・マリウポリで支援活動中のカリタス・ウクライナのスタッフ、家族7人をロシア軍が殺害

An image of the devastated city of Mariupol in UkraineAn image of the devastated city of Mariupol in Ukraine 

(2022.4.12 Vatican News  Alessandro Gisotti)

   ウクライナへ一方的な軍事侵略を続けるロシア軍は、同国南東部の港湾都市マリウポリで大勢の民間人を殺害しながら、なお陥落を目指して攻撃を続けているが、同地で被災者の支援を続けているカリタス・ウクライナのマリウポリ事務所が攻撃され、カリタスの女性スタッフとその家族、計7人が殺されていたことが、11日明らかになった。

 カトリックの国際援助組織、カリタス・インターナショナルのアロイシウス・ジョン事務総長は「カリタスの仲間たちの悲劇に驚き、衝撃を受けています。悲劇の中にいるカの仲間と家族の皆さんの悲しみに心を合わせます」と述べ、犠牲者たちに深い哀悼の意を捧げた。

 現地のカリタス関係者によると、7人が殺害されたのは、3月15日。ロシア軍の戦車がカリタスのマリウポリ・センターに砲弾を撃ち込み、センターに避難していた2人の職員と5人の家族を殺害した。カリタス・ウクライナのタチアナ・スタウニチイ代表は、「犠牲者の家族のために、皆さんの連帯と祈りが必要です」と訴えた。

 現段階では、マリウポリとの連絡が絶たれているために、現地のカリタス事務所にアクセスできず、カリタス・ウクライナはそこで起きたことを把握するための情報収集を続けている状態だという。

 カリタス・インターナショナル会長のルイス・アントニオ・タグル枢機卿は、Vatican News の取材に対して、「自分たちの命を危険にさらし、戦争で荒廃したウクライナに留まって人々を助け、戦闘を終わらせるよう心から訴え続ける方々の証しは極めて価値あるもの」としたうえ、改めて、ロシア軍の即時攻撃停止を強く求め、以下のように語った。

VN: マリウポリのカリタスセンターが攻撃されました。 2人の女性スタッフを含む少なくとも7人が亡くなっています。この悲劇的なニュースについてどう思いますか?

タグレ枢機卿: 殺害のニュースに深い悲しみとショックを感じます。カリタス・インターナショナルは、亡くなった方々、負傷された方々とその家族の皆さんに哀悼の意を捧げます。このような悲しみを繰り返さないためにも、残忍な行為を一日も早く終わらせ、対話に戻り、すべての人が兄弟姉妹となるために、あらゆる努力をせねばならない、と世界に訴えます。

VN: ウクライナの人たちを助けるために、自分の命を危険にさらしながら、活動を続けている人たちにおっしゃりたいことは?

枢機卿: 命を危険にさらしている男女の方々に心から感謝します。あなたがたは、聖なる行い、聖なる働きをされています。あなたがたは、無私無欲の行いによって、世界を変える真実、正義、愛と平和の種を蒔いています。神は、あなたがたの努力が無駄にならないようになさいます。あなたがたの行いは必ず、実を結びます。

VN: 犠牲になったカリタスの人道支援活動に従事している人々、そして恐ろしい残虐行為のすべての犠牲者を称えるために、私たちには何ができるでしょうか?

枢機卿: 私たちは、人道支援活動をされていた方々とその家族のために祈ることで、彼らの犠牲を心から称えます。私たちは、神が、無欲で奉仕する人たち、正義を行なう人たちの叫びを聴いておられると信じ、人道支援活動を行う組織が提供する奉仕の価値を確認することで、彼らを称えます。神に祈り、平和を願い、そのために働く善意の人々に訴えることで、彼らを称えます。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年4月12日

・欧州のカトリックとキリスト教各派代表が共同声明で、ウクライナの平和回復を訴え

Cardinal Hollerich and Rev. Krieger visit refugees and humanitarian workers on the border between Poland and Ukraine ポーランドのウクライナの国境で、避難の実情を聞くオロリッシュCOMECE(右)、クリーガーCEC両会長 (左)  (Alessandro Di Maio)

    オロリッシュ、クリーガー両会長は声明で、「訪問中に出会った避難民の皆さんや支援者の方々から、ウクライナでの、そして非難してくる途中での人々の悲劇の体験を聴き、ショックを受けた」と述べるとともに、また、軍事侵略ですべてを失った彼らを快く受け入れ、支援を続けている組織の関係者、ボランティア、政府関係者、宗教関係者に感謝の意を表わした。

 そして、「キリストの受難と死の物語は、世界の多くの地域で、特にウクライナの人々が自分の国で、そして非難した場所で経験した苦難、悲劇を映している。だが、神は、キリストを通して、私たちと同じ人間の姿になり、私たちの限界と嫌悪を引き受け、私たちが出会う難局、悲憤、諦観と絶望を、神への信頼を通して希望に変えてくださいます。その変化は、人間の心の中で、そして神が愛する世界で起こります」と避難民たちを激励した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年4月10日

(解説)教皇の「国連は無力」発言の真意はー安保理事会など主要機関の改革(VN)

Pope Francis addressing the UN, 25 September 2015Pope Francis addressing the UN, 25 September 2015 

    教皇フランシスコが6日の水曜恒例の一般謁見で、「ウクライナにおける今の戦争で、私たちは、国連の諸組織の無力さを目の当たりにしています」と言明され、大きな反響を呼んでいる。

 教皇は、これまでも国連総会へのメッセージや回勅「Fratelli tutti(兄弟の皆さん)」の中で、”世界家族”の具体化を図るための国連改革を提唱し、多国間主義に向けた努力を強く求めてきたが、それらに劣らず、重い意味をもつ。

 この言葉は、次のような厳しい見方が前提となっているー「第二次世界大戦の後、平和の時代の基礎を築く試みがなされました。だが、残念ながら、私たちは(大戦の悲劇から)学ぶことが全くなかったのですね?大国間の競争という”古い話”が続いたのです」と。

 教皇は「国連の役割」と「多国間主義の価値」を固く信じている。「人類共存への新たな地平を模索する中に、私たちが生きている」という確信が、現在の「時代の変化」の中でさらに強められている。彼の前の教皇たち、特に聖パウロ6世、聖ヨハネパウロ2世、ベネディクト16世を受けて、教皇フランシスコは、国連を支持する姿勢や言葉を繰り返し行い、国連の諸機関の無力に苦しめられている国々、人々によって求められている改革を奨励してきた。

 2015年9月25日の国連総会で、教皇は「時の変化に合わせた改革と適応は、国連の究極の目的を追求する中で、欠かすことができません。その目的とは、すべての加盟国に、例外なく、平等の政策決定への参加を実現することです」と訴えた。教皇は就任当初から、特に安全保障理事会、国際通貨基金や世界銀行などの金融機関と各種のグループ、あるいは世界的な経済危機に対処するために作られたメカニズムなど、重要な執行能力を備えた機関における加盟国の公平性の確保を強く求めている。

 そして、教皇は、国連総会へのこのメッセージを、このように締めくくった。 「称賛に値する国連機関の法的枠組みは、将来の世代のための安全で幸せな未来の誓約となり得ます。そして、加盟国の代表たちが、党派的、イデオロギー的な利害にとらわれず、共通善への奉仕へ誠実に努力するなら、その可能性は現実のものとなるでしょう」。私たちの「共通の家」の世話、人々を中心に置いた国際紛争の平和的解決と経済発展において、教皇とバチカンは、多様な問題と関心を取りまとめるために、国連が最もふさわしい場であると判断している。

 2019年12月、教皇とグチエレス国連事務総長は共同のビデオメッセージで、「個人間および国家間の対話、多国間主義、国際的な諸機関の役割、そして、相互評価と理解の手段としての外交に対する信頼は、平和な世界の構築に欠かすことができない」と強調した。

 その数か月後に、新型コロナウイルスの世界的大感染が始まり、人類すべてが”同じ船”に乗っていることを、世界の人々が実感し、多国間主義に力を入れることが一層、重要になった。彼は、2020年9月25日の国連総会の第75回会合のビデオメッセージで、「新型コロナウイルスの世界的大感染は、私たちが互いの存在なしでは生きていけないことを改めて認識するとともに、悪いことに、互いが対立する関係にあることを明らかにしました。国連は、国々を結びつけ、人々の間の架け橋となるために作られています」と述べ、さらに、「紛争に苦しむ私たちの世界は、平和実現へ効果的な国連を必要としています。安全保障理事会の理事国、特に常任理事国は、これまで以上に強い団結と決意を持って行動しなければならない」と訴えている。

 国連改革の主張は、教皇が一昨年に出された回勅「兄弟の皆さん」にも見られる。この回勅で、教皇フランシスコは、特にこのために一項(173項)を設け、国連改革は「世界家族の概念が実際のものとなるために欠かすことができない」とし、「法の支配と、交渉、調停、仲裁による紛争解決」を確実にする必要がある、と強調している。

 6日の一般謁見での発言と同様のトーンで教皇はまた、「国連の組織の問題と欠点は、共同で対処し解決することが可能であり、この組織が”非合法化”されないようにする必要がある」と警告している。このような表現で、「国々が相互理解の道を勇気をもって追求することで一致しないなら、国連は存在価値がない」と教皇は示唆しているようだ。ロシアによるウクライナ侵略の終結、ワクチンの専売特許、あるいは地球温暖化への戦いで、皆が“得る”ことができるように、それぞれが少しばかり”失う”ことを進んで受け入ればならないのか否か。最も重要な課題ー人類の未来ーが危機の瀬戸際にある。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年4月8日

・ギリシャ正教の総主教が「ロシアとウクライナの正教会対立は絶対に受け入れられない」(LaCroix)

 

コンスタンディヌーポリ総主教バーソロミュー1世(写真提供:IKERIM OKTEN / EPA / MAXPPP)

Patriarch Bartholomew says inter-Orthodox war is "absolutely unacceptable”

(2022.3.29 LaCroix Magda Viatteau |ポーランド)

 ギリシャ正教の第一人者、コンスタンティノープル・エキュメニカル総主教のバーソロミュー1世が29日、訪問中のポーランド・ワルシャワのステファン・ヴィシンスキー・カトリック大学で講演し、ロシアのウクライナ軍事侵攻について「いかなる戦争も非難さるべきもの」と強く批判するとともに、両国の正教会における対立は「絶対に受け入れられない」と強調した。

 総主教は当初、キエフ訪問を希望していたが、安全上の問題などから不可能と判断、ウクライナ避難民の受け入れに積極的なポーランドのドゥダ大統領の招待を受けて、同国を訪れた。

 総主教は、大統領との会見で、「ロシアによる、まったく正当化できないウクライナ攻撃と暴力によって、住まいを放棄せざるを得なくなった何百万人の人々に連帯し、祈りの中で団結するために招待を受けた」と説明。

 講演では、ウクライナに速やかに平和が回復されることを祈るとともに、ロシアのウクライナ侵攻で深刻化した両国の正教会関係の危機について、「(両国の正教会の)信徒たちが信仰を共に告白し、同じ杯に手を伸ばすことを希望している」と述べた。

 両国正教会の対立は、ウクライナ正教会がロシア教会から分かれた後、バーソロミュー1世が2019年にウクライナ正教会の独立を認め、これに対して、ロシア正教のキリル大主教が「分裂行為」としてコンスタンティノープルのエキュメニカル総主教庁との関係を断絶したことで深刻化し、さらに今回のロシアによるウクライナ軍事侵攻を巡る、キリル大主教のプーチン大統領支持の姿勢につながっている。

 ポーランドのカトリック情報局のプシビシェフスキ局長によると、総主教のポーランド訪問の目的の一つに、両国正教会の間に生じている傷を少しでも癒やすことにあった、としたが、その傷は、キリル大主教が、ロシア軍の”特別作戦”を正当化し、さらにロシアとウクライナの統一を妨げる”悪の勢力”を避難することで、大きく開いてしまっている。

 ロシア以外の各国正教会は、ウクライナ正教会を認めているが、ポーランド正教会は態度を保留している。これは、伝統的にモスクワに忠誠を保っているためで、ロシアによるウクライナ侵攻に対する非難声明も、バーソロミュー一世のポーランド訪問を受けて、ようやく出された。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2022年4月2日

・笹川平和財団 <論考>ウクライナ侵攻ーロシアの核兵器使用の可能性を排除できない理由

【2022.3.30 笹川平和財団 <論考>】

 笹川平和財団客員研究員 山口昇・国際大学教授

 2月24日にロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、核の脅威が急激に色濃くなっている。プーチン大統領は27日、核戦力を含む軍の核抑止部隊に任務遂行のための高度な警戒態勢に以降するよう指示した。同日ベラルーシは憲法から核兵器の自国内配備を禁ずる条項を廃止して、ロシアの核兵器がベラルーシに前進配備される可能性を示唆した[1]。

 まさに「核威嚇下の侵略」の様相を呈している[2]。ロシアがウクライナに侵攻する狙いは、ウクライナ全土を占領して統治することにあるのではなく、ウクライナに軍事的圧力を与えて、ロシアの意思を強制的に受け入れさせることにあるように見える。

 一方、ロシアが核戦力を持ち出して恫喝したのは、ウクライナではなく、むしろNATO諸国をはじめとする国際社会に対するシグナルであろう。親ロシア政権を望むロシアにとってウクライナ国民の憎悪を掻き立てるのは本意ではなかろうし、ロシアが核戦力に言及したのは欧米の行動を制約するためだからだ。

 実際プーチン大統領は27日、「西側は我々に対して経済的に非友好的な行動をとっているだけでなく、NATOからは攻撃的な発言がなされている」としているし、これに先立つ24日にはロシアの侵攻を妨害する国々に対しては「歴史で経験したことがない重大な結果」に直面すると警告している[3]。ロシアが核兵器を使用する可能性はどれぐらいあるのだろうか?

*戦略核と戦術核

 ここで重要な点は、大陸間弾道ミサイルをはじめとする長射程の戦略核と射程の短い戦術核の間には大きな違いがあるということだ。米ロ両国は1988年から2019年までの間、中距離核戦力全廃条約(Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty:INF条約)によって射程500km〜5,500kmのミサイル保有を禁止してきた。

 このため、現在両国が保有する核弾頭搭載可能なミサイルは、共に、ロシアの北岸から米国とカナダの国境までの距離にあたる5,500km以上の射程を持つもの(戦略核)か、逆に500km以下の射程でNATO諸国領域からモスクワに、あるいはロシア領域からロンドン、パリなどNATO域内の主要都市に到達できない短射程のもの(戦術核)に限られる[4]。

 前者の戦略核に関しては、冷戦期の米ソ2局構造の下で精緻な抑止理論が組み立てられ、これが機能してきたと考えられる。いずれが戦端を開いた場合でも、最初の攻撃から生き残った核兵力の反撃によって両者ともに耐えられない損害(人口の20〜25%と産業基盤の50%)損害を被ることを確実にする相互確証破壊(Mutual Assured Destruction: MAD)という構造だ。

 これに対して後者の戦術核は、都市や産業基盤といったソフトターゲットに対する攻撃ではなく、軍と軍との衝突を念頭においたものだ。しかも射程を500km以下に制限しているために、欧州戦域内で自国領から相手方の主要都市などを破壊する能力はない。破壊力も比較的小さく、副次的な損害も戦略核に比べれば小さいことから、戦場での使用を想定したものとして扱われてきた。

*弱者の兵器としての戦術核の恐怖

 あまり議論されないが、戦術核は弱者の兵器だ。冷戦の間、ワルシャワ条約機構軍の通常兵力はNATOに対して圧倒的な数的優位にあり、その攻撃を西側の通常兵力だけで撃退するのは困難と考えられていた。このため西側としては、自陣営の領域内、例えば旧西ドイツ領内で核兵器を使用して攻撃を阻止すること含め、戦術核の使用はNATO防衛の重要な要素であった。このため、西側は戦術核を相手に先立って使用する選択肢を放棄することはなかった。

 冷戦終焉後、この構造が逆になり、ロシア側が防衛のために止むを得ない場合には核兵器を使用することを示唆するようになる。1990年代以降のロシアの安全保障政策は、通常戦力は相対的に劣勢にあるという前提にたっており、2000年に公開された軍事ドクトリンでは、ロシアの「国家安全保障に危機的な通常兵器による大規模侵略に対抗して核兵器を使用する権利を留保する」としている[5]。通常戦力の劣勢を核で補完することを宣言政策としてきたと言える。

 弱者が核に依存することは一見合理的に見える。ただし、ウクライナに対する侵攻との関連で言えば、ロシアの宣言政策にある「国家安全保障に危機的な」という核使用の条件は、かなり広く攻撃的に解釈されているようだ。つまり、ウクライナに対して武力を行使して親ロシアな国家にするために、必要ならば核使用に訴えるとさえ聞こえる。言い換えれば、力によって現状を変更するロシアに対して通常兵力で優勢なNATOが抵抗するのであれば核を使うという脅しに他ならない。国際社会として、このような「居直り強盗」に近い論理を許容すれば、将来に大きな禍根を残す。

エスカレーションの恐怖

 もう一つの問題はエスカレーションだ。いかに小規模なものといえ核兵器を実際に使用すれば広島・長崎以来のことになる。核兵器が使用されれば、相手側に深刻な衝撃を与えてより熾烈な核使用を惹起し、急激に米ロ両国間の戦略核の応酬に拡大する危険性は高い。かつては、ロシアとしてもこの危険性を認識していた模様だ。1993年に公表されたロシアの軍事ドクトリンでは「限定的なものを含め、一方の側が戦争において核兵器を使用すれば核兵器の大量使用を引き起こし、破滅的な結果につながる」としている[6]。

 怖いのは、最近のロシアがエスカレーション・ラダーの一段一段の幅を小さくして、エスカレーションをコントロールしようと考えている節があることだ。しかも、小さなエスカレーションによって相手側の恐怖を掻き立てて自らの意思に従わせようとしている。米国のシンクタンク、海軍分析センター(Center for Naval Analysis: CNA)の最近の研究によれば、ロシアは、平時から核戦争に至るフェーズの比較的初期、すなわち危機に際して相手の軍事行動を抑止する段階から核を含む手段による重要目標破壊の脅しを選択肢として挙げており、局地戦以上の段階では、核兵器使用の脅しから戦術核の大規模な使用までのエスカレーションを想定している[7]。このような選択肢に人口希薄な地域に対する「デモンストレーション的な攻撃」が含まれていることを勘案すれば、現下の状況を楽観することはできない[8]。

ウクライナ侵攻の動機に潜む恐怖

 戦術核の影をさらに陰鬱なものとする事情がある。今次侵攻の目的がウクライナのNATOへの接近を阻止することにあり、その背景にプーチン大統領のパラノイアとも言える脅威認識があるとすれば、問題は深刻だ。ロシア側から見れば、ウクライナはNATO諸国とロシアの間に位置する。キエフとモスクワの距離は約500km、INF条約上戦術核兵器として扱われてきた射程にあたる。

 そのウクライナにNATOの戦術核が配備され、モスクワがその射程に入ることをプーチン大統領が真剣に懸念しているとすれば出口はなく、実は理にかなわないことでもあり、また、ロシアにとってもNATOにとっても安全保障上の利益を損なう結果となる。

 純粋に自らの安全を目的とする行動が結果としてより不安全な状態を招く、いわゆる「安全保障のジレンマ[9]」のダイナミズムそのものだ。

 まず、INF条約の縛りがなく、ロシアもNATOも中距離ミサイルを保有できることを考えれば、ロシアとNATOの間にバッファーを設けることの意味は小さい。少なくとも中距離ミサイルの脅威を取り除くことはできないからだ。だとすれば、この分野における軍拡競争が懸念される。

 さらに、ロシアのウクライナ侵攻とこれに対する国際社会の強い反発によって、相互の関係が険悪になり猜疑心が極大化している今、エスカレーションを止める壁は極めて薄い。プーチン大統領がすでに核の脅しのレベルまでエスカレートさせているからだ。ロシアの軍事ドクトリンは、その次の段階にデモンストレーションを目的とした核使用や敵軍事力に対する限定的な核使用を選択肢として挙げている[10]。そのような核使用という事態を度外視してはいられない。

(2022/03/30)

脚注

  1. 1 “Belarus referendum approves proposal to renounce non-nuclear status – agencies,” Reuters, February 28, 2022.

  2. 2 戸崎洋史「ロシアのウクライナ侵略と核威嚇」日本国際問題研究所『国問研戦略コメント(2022-02)』2022年3月2日

  3. 3 Michael O’Hanlon, “Putin is angry, but he isn’t mad,” The Wall Street Journal, March 9, 2022.

  4. 4 INF条約が失効したことにより、両国に対する中距離ミサイル保有禁止という制約は無くなった。このため、今後は両国とも中間的な射程のミサイルを導入することは可能である。なお、米国はかねてから、ロシアがこの義務に反して射程500km以上のミサイルを開発していること、また、中国や北朝鮮がこの制約を受けていないことを繰り返し指摘してきた。

  5. 5 小泉悠「ロシアの核・非核エスカレーション抑止概念を巡る議論の動向」、日本国際問題研究所『大国間競争時代のロシア』(令和2年度外務省外交・安全保障調査研究事業;研究報告)2021年3月96頁:表2

  6. 6 同上。

  7. 7 C N Aの研究は、平和時の次の段階にあたる「軍事的脅威の抑止(Deterrence of military threat)」のフェーズにおける選択肢として“threat of damage infliction to vitally-important objects with non-nuclear means and nuclear weapons”を挙げている。Michael Kofman, Anya Fink and Jeffrey Edmonds, Russian Strategy for Escalation Management: Evolution of Key Concepts, Center for Naval Analysis, April 2020, Figure 5, p.26.

  8. 8 小泉 前掲書。

  9. 9 「安全保障のジレンマ」とは、国家が純粋に防衛態勢強化のために行った施策が他国の猜疑心を呼び、その国に軍備増強という選択肢をとらせてしまうことに端を発する連鎖をいう。その結果、最初に行動に出た方も更なる軍備増強を余儀なくされ、さらに相手方の反応を呼ぶといった悪循環に陥り、最終的に紛争が不可避になる、あるいは、結果的に自衛が必要と考えて行動を起こした時以上に危険な状態を招くというダイナミズムである。

  10. 10 Michael Kofman, Anya Fink and Jeffrey Edmonds, 前掲書。

2022年3月31日

・「ロシアがしているのは、スターリン時代を想起させる”完全破壊”だ」ウクライナのシェフチュク大司教

The aftermath of shelling in DonetskThe aftermath of shelling in Donetsk 

(2022.3.30 Vatican News  Lisa Zengarini)

    ローマの教皇庁立東方研究所主催のオンライン・シンポジウム「戦争におけるウクライナ東方カトリック教会の役割」が29日に開かれ、基調講演者として参加したギリシャカトリック教会の長であるスビアトスラフ・シェフチュク大司教が、ロシアの一方的な軍事侵略で深刻な危機にあるウクライナの状況について語った。

 バチカンの東方教会省のレオナルド・サンドリ長官や人間開発の部署のマイケル・チェルニー暫定長官も参加したこのシンポジウムは、ウクライナの現在の状況と、すでに約1300万人に上りさらに増え続けている国内外の避難民の実情、そして教会の支援活動などについて知るために開かれた。

*大聖堂の地下が避難所に、援助物資届かず、”強制連行”の懸念も

 講演でシェフチュク大司教は、ロシアのプーチン大統領が行っている残忍な攻撃は「正当性を全く欠いた、ウクライナを完全破壊する戦争だ」と強く非難した。

 具体的な現状について大司教は、「わが国への侵略が2月24日に始まって以来、ロシア軍は約1300発のミサイルを我が国土に打ち込みました。ガス、水道、電気など日常生活に欠かせない公共設備、一般の人が住むアパート、さらには病院までもが標的とされ、死の町と化したマリウポリだけでなく、ハリコフ、チェルニーヒウ、キエフなどの主要都市も絶え間ない攻撃を受けて、破壊され続けています」と説明。

 さらに、「被災者たちに必要な人道援助物資がマリウポリに入るのを妨げられており、多くの人が飢餓で命を落としかねない状況になっています」と訴えるとともに、ロシア軍が数千人以上の人々をロシア国内の遠隔の地へ強制連行している可能性に言及し、「これは、ソ連時代のスターリン政権における最も暗い年月を想起させる」と強い懸念を示した。

*それでも司祭も司教も現地に留まり、人々に寄り添い、「希望の説教者」に

 こうした中で、ウクライナの教会の司祭と司教が、苦しむ人々に寄り添うために残っている奉仕と献身、ロシアの侵略に抵抗することで示されたウクライナの人々の勇気に誇りについても触れ、 「どうしたら人々を救えるか?どのようにして人々を助けるか?どうすれば最も弱い者に助けをもたらすことができるのか?… 私たちの大聖堂の地下室が、爆弾攻撃の避難所になるとは思いもよらなかった」と述べた。

 また、教皇フランシスコとバチカンの物心両面からの支援、ロシア軍のウクライナでの罪のない人々を虐殺する行為を阻止するために可能な限りの努力を続けてくれていることに感謝の意を表明。3月25日の教皇の「ロシアとウクライナの汚れなきマリアの汚れなき御心への奉献」について、教皇のこの意志と行為は、ウクライナをはじめ、多くの正教会の信徒に信者によってもしっかりと受け止められた、としたうえで、「私たちの中心にある汚れなき御心は、本当に重要です」と強調しました。

 そして最後に、シェフチュク大司教は「私は『希望の説教者』となる義務を感じています。軍隊がもたらせない希望。まだ外交からもたされていない強さ。そうした中で、信仰から来る強さをもたらしたい」と抱負を述べて講演を締めくくった。

 

*ウクライナで起きているのは「過去」への悲しい逆戻り、速やかな平和を

 

 東方教会省長官のレオナルド・サンドリ枢機卿は、ウクライナでの1か月にわたる戦争は、ウクライナだけでなく、欧州や全世界にとっても、「過去への悲しい逆戻り」であり、「戦争がもたらす荒廃と武器による破壊的な狂気によって引き起こされる恐怖について、最近の歴史から学ぶこともされていないように見える」と述べたうえで、戦火の中で苦しむウクライナの人々に対する、ウクライナのギリシャカトリック教会とすべての教会が果たしている役割を強調。

 教皇フランシスコが、苦しみ人々の側に立ち、軍事侵略を非難し、即時停止を実現するための努力を続ける一方で、キリスト教共同体と全世界の全ての人々に、効果的な連帯を求めておられることを指摘し、ウクライナに可能な限り速やかに平和、正義が取り戻され、国際法が順守されるように、戦争がもたらす傷が一日を早く癒されるように、強く希望した。

 

*被災者を助ける「天使」とともに、助けを受ける「天使」もいる

 人間開発の部署の長官、チェルニー枢機卿は、ウクライナから多くの避難民を受け入れているハンガリーとスロバキアを訪れた経験を語り、「私たちは、多くの『天使』に出会いました。困難に直面している、見も知らぬ人を助けるために全力を尽くしています。彼らは、司祭と司教、男女の修道会員、その家族、そして多くの一般のボランティアです」と述べた。

 さらに、「そう人たちはむろんのことですが、戦火を逃れ、避難し来ている人々もまた、姿を変えた天使の可能性があることを知るように、聖書は勧めています」とし、聖パウロが「ヘブライ人への手紙」で、「旅人をもてなすことを忘れてはなりません。そうすることで、ある人たちは、気付かずに天使たちをもてなしました」(13章2節)と書いていることを強調した。

2022年3月31日

・教皇の元側近、ベッチウ枢機卿が無実を主張-ロンドン不動産巨額損失事件の裁判で(LaCroix)

Cardinal professes his innocence in historic appearance before Vatican civil court
Cardinal Angelo Becciu in 2018 (Photo by FABIO FRUSTACI / EIDON /MAXPPP)

(2022.3.18 La Croix  Vatican City Loup Besmond de Senneville)|

   バチカンの民事裁判所で裁判にかけられた最初の枢機卿であるアンジェロ・ベチウ枢機卿は、横領と汚職の容疑にしっかりと反論している

   バチカンの前列聖省長官で教皇の側近の一人だったアンジェロ・ベッチウ枢機卿が17日、バチカンの民事法廷に出廷した。バチカンがロンドンの高級商業街に所有する不動産の売買に絡む不正行為の容疑で起訴されていた。枢機卿が法廷に出たのは、教会の歴史の中で初めてのことだ。

 この裁判では、枢機卿を含めて十人が、バチカンの資金を不正に利用したとして起訴されているが、裁判手続き上の問題で審理が停滞していた。

 17日の公判では、ジュゼッペ・ピグナトーネ裁判長が、枢機卿に対し、バチカンで資金運用を担当する国務省の次官を務めていた当時、自分の兄弟が代表を務めるカリタスの事務所宛ての10万ユーロ(訳1300万円)を含む、複数の事業のためとして、サルデーニャの自身の教区に、に12万5000ユーロ(約1650万円)を送金したことについてただした。

 尋問に先立って枢機卿は声明を読み上げ、「私は無実を主張する権利を守る」「私は、恥じることなくここにいる」と述べ、さらに、「私の力強く、澄んだ良心をもって、ここに今、断言する。私は、1ユーロたりとも、1ペンスたりとも、不正流用したり、誤用したり、ないしは、制度から外れた目的のために使ったことはない」と主張した。

 4年前の2018年6月に教皇フランシスコは、ベッチウを枢機卿に昇格させた。だが、この問題が発覚した後の2020年9月に、教皇選挙権など枢機卿としての特権をはく奪している。

 ベッチウは、親族が絡む投資を、担当国務次官として認めた責任がある。その投資の中には、国務省が疑わしい仲介者を通じて行ったロンドン、チェルシー地区での不動産取引が含まれている。また、バチカンの資金を使って、国際法の専門家として自分自身を売り込み、「世界の様々な地域で誘拐され、人質となっている教会職員の釈放を確実にする手伝いをする」と持ち掛けた女に、そのための費用として支払いをした疑いも、もたれている。

 枢機卿はこの日の審理で、自分は「前例のないメディアによる虐殺」「暴力的で品位の無いキャンペーン」の犠牲者だ、とし、「私は最悪の枢機卿…腐敗した、金に貪欲な、教皇に対して不誠実な人物にされてしまった」と嘆き、「不条理で、信じられないほど、グロテスクで巨大な告発」だとして、容疑を強く否定した。

 四時間以上にわたる審問の間に、ベッチウは、自分の教区の、兄弟がトップを務めるカリタスの事務所を含め、慈善活動に12万5000ユーロの送金を命じたことは認めた。だが、自分の家族のために、バチカンの資金を流用した容疑は否認し、「送金したお金は、若者や困窮者たちに雇用を作り出す活動に投資する予定のものだった」とする一方、家族のために資金流用については否定し、「私の兄弟は、利益を出したこともないカリタスの現地事務所の責任者だ」とも主張した。

 裁判長は、真理が5月20日まで続く、とし、今後の審理日程を明らかにした。これらのセッション中に裁判長から他の被告も質問される。被告には、ロンドンの不動産物件へのいかがわしい投資に少なくとも1億7600万ユーロ(約230億円)の支出を認めた国務省職員と仲介に当たった業者とともに、不正を監視、摘発したはずの聖座財務情報監視局の幹部たちも含まれている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

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2022年3月21日

・バチカンの不動産投資を巡るもう一つの裁判ー”ブダペスト宮殿”での敗北の教訓は…(Crux)

(2022.3.17 Crux  Editor John L. Allen Jr.)

 ローマ–プーチンのロシアによるウクライナ軍事侵略に世界の耳目が集まっているが、そうした中で、バチカンでは「世紀の裁判」という名の激しい戦いが繰り広げられている。”戦場”はバチカンの裁判所。教皇の名の下に行動する検察官が相手にするのは、かつてはバチカンで教皇の懐刀ともされてきた前列聖省長官、アンジェロ・ベッチウ枢機卿を含む10人の被告だ。

 裁判官3人の合議の結果、弁護側の裁判手続き上の異議申し立てすべてが、3月1日に却下され、これまで数か月にわたって滞っていた審理が、再美動き出すことになった。検察側にとって、大勝利というわけだ。ベッチウ枢機卿が証言台に立つ日も近くなった。

 だが、検察側にとって良いニュースばかりというわけではない。最近の挫折の舞台となったハンガリーでの裁判は、現在のバチカンでのこの裁判、ロンドンにバチカンが保有していた不動産を巡るスキャンダルと不気味に似ている。

 バチカンで裁判になっている、ロンドンでの不動産を巡るスキャンダル。その始まりは、数年前、バチカンが、ロンドンの高級商業・住宅街のチェルシー地区にある土地・建物に約4億ドル(420億円)もの投資をした。高級ブティックや住宅の入る建物に改装して、投資額を上回る賃貸収入を得ようという考えだったが、思惑が外れて多額の損失を被ることになった

 この問題物件への投資は、バチカンの担当部署の承認を得てなされたという事実にもかかわらず、バチカンは、イタリア

Budapest case asks: Is the Vatican’s money problem fraud, or incompetence?

の金融業者とバチカン内部の腐敗した職員が関与する詐欺に遭った、と主張。その意向を受けて、バチカンの検察当局が公判に持ち込んでいるというわけだ。

 だが、この裁判と並行した別の問題案件がある。

  2013年、バチカンで預金・送金・投資を担当する宗教事業協会、いわゆる「バチカン銀行」が、マルタの投資機関、Futura Fundに約1900万ドル(約20億円)を払い込み、Futura Fundは子会社を通して、ハンガリーのブダペストにある証券取引所のかつての建物(”ブダペスト宮殿”として知られる)を取得する目的で、ルクセンブルグの不動産保有会社に現金を支払った。

 だが、ロンドンの不動産投資と同じように、取引は失敗し、バチカン銀行が多額の損失を被り、取引が関係するマルタ、ルクセンブルグ、ブダペストの裁判所に救済の訴えを起こした。

 バチカン銀行は、Futuraがブダペスト宮殿の取引価格を銀行側に不当に高く提示して払い込ませ、実際の購入額との差額、約1300万ドルを違法に手にした、と主張している。だが、いずれの裁判所も、バチカンが主張する詐欺行為を立証するに至っておらず、救済の要件を満たしていない、との判断を示した。

Budapest Stock Exchange Palace. (Credit: Wikimedia Commons.)

 バチカン銀行は「陰謀と疑わしい取引の威嚇的なネットに巻き込まれた」として、ブダペスト地方裁判所に、ブダペスト宮殿の所有者であるTKKFTがこの物件を他者に売却するのを差し止めるよう申し立てたが、却下され、さらに、TKKFTの弁護士への弁護費の支払いを命じられた。

 Futuraのスポークスマンは声明で、「当社は、バチカン銀行が主張する不正行為すべてを強く否定する。物件への投資は(バチカン銀行)自身の外部アドバイザーと幹部の話し合いにより、完全に承認された通りの条件で行われたものだ」とのべ、さらに、当時のバチカンの財務・金融の責任者だったジョージ・ペル枢機卿が2017年に、Futuraと和解交渉をしたが、バチカン当局が交渉を妨げた、と主張した。

・・・・・・・

 しばらく前、妻と私はローマで不動産を購入しようと考え、相手の会社に手付金を払った。だが、その後、私たちは気が変わって、購入を取りやめ、手付金を没収された。それは私たちが署名した契約にそう書いてあったからだ。さらに、所有者からこの不動産の売却を委託された不動産業者から、「売却の機会が失われたので、所有者に対して、この保証金と同額の賠償金を支払わねばならなくなった」と没収された保証金と同額の支払いを求められた。だが、私たちは、契約でそうなることを知っていたので、手付金を取り戻す訴えは起こさなかった…。

 これと同じように、ブダペスト宮殿の件も、バチカン銀行が支払った金は取り戻せない、ということだ。

 現在行わている裁判がこれと同じ結果になるとは限らないが、「バチカンが疑わしい金融ブローカーとベッドに入り、彼らが提案する契約文書に署名し、最終的に損失を被ってしまう」というパターンの繰り返しとなる可能性を示唆している。もちろん、それは苛立たしいことではあるが、これまでのところ、ロンドンまたはブダペストの取引を検討したバチカンの外部の裁判官のほとんどは、犯罪者の存在を認めいない。

 今月後半にバチカンでの裁判が再開されが、今後の展開については、悲観論、楽観論が相半ばしている。教皇フランシスコが、こうした問題への対応を可能にし、”バチカン文化”に直接挑戦しているのは心強いことだろうか?それとも、「教皇と担当チームが、バチカン内部の管理・監督体制の不備と欠陥に向き合う代わりに、バチカン外の裁判所が詐欺とは判断できないとした案件を犯罪行為の事案としようとしているのは、厄介なことだろうか?

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2022年3月18日

・カンタベリー大主教もウクライナ危機でキリル総主教とビデオ会談、「和平の早急な実現のため、継続的な接触」で合意

The Archbishop of Canterbury, Justin WelbyThe Archbishop of Canterbury, Justin Welby カンタベリー大司教

(2022.3.17  Vatican News staff reporter)

  教皇フランシスコが16日にプーチン大統領に影響力を持つロシア正教のキリル総主教とビデオ会談を持ったのに続いて、英国国教会・聖公会の指導者であるウェルビー・カンタベリー大主教も同日、キリル総主教とオンライン会談を行い、ウクライナにおける和平達成が強く求められている、との認識で一致した。

 会談後発表された声明によると、ウェルビー大主教は、ウクライナ情勢について「大きな悲劇が起きている」と深刻な懸念を表明。戦争と暴力は、紛争解決への答絵にならない、と繰り返し述べ、欧州の歴史の一部となって来た他者への攻撃や、多くの人に苦しみを味あわせることなく、互いに隣人として生きる方法を見つける必要性を強調した。

 そして、「平和をもたらす者となれ」と弟子たちに求められたイエス・キリスト従い、諸教会は、政治家がウクライナのすべての人々の自由と権利を確立する、という役割を果たせるように、一致して働きかけねばならない、と訴え、キリル総主教に対して、「公の場で、平和を求める呼びかけに加わる」よう求め、攻撃中止が緊急に必要とされていることについても話した。

 その結果、双方は、「正義に基づく永続的な平和を、可能な限り早急に実現する必要性を確認し、継続的に接触を続けることで合意した」という。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月18日

・キエフ市長が教皇に書簡「ウクライナ訪問を、無理なら大統領とビデオ会議を」と訴え(Crux)

A Ukrainian military checkpoint in the centre of KyivA Ukrainian military checkpoint in the centre of Kyiv  (AFP or licensors)

(2022.3.15 Crux Rome Bureau Chief Ines San Martín)

 クリチコ市長は、3月5日にも、世界中の宗教指導者たち、具体的には教皇、アルアズハルのグランドイマーム、ダライラマ、イスラエルの首席ラビ、ロシア正教会のキリル総主教ひ、キエフ訪問を求めるビデオを公開。 現在のウクライナ情勢について、「人間の尊厳が問われています。欧州大陸の中心部で起きていることは、地域や宗教に関係なく、正義と善の価値を愛する地球上のすべての住民の心に触れています。私は宗教指導者たちに、自らに課せられた道徳的役割を果たすために立ち上がり、平和のために彼らの宗教の責任を誇りをもって引き受けるように、強く訴えます」としたうえで、キエフを訪問し、「ウクライナの人々との連帯を示し、キエフ市を人類、精神性、平和の首都にする」ことを求めている。

 ロシアによる軍事侵略の可能性がまだ切迫していなかった今年初め、ウクライナ・ギリシャ・カトリック教会のスビアトスラフ・シェフチュク大司教は、教皇のウクライナ訪問への強い希望を表明し、「教皇の訪問は、この地域の平和、人類の平和にとって非常に強力なジェスチャーになる」「ウクライナでは、カトリック教徒だけでなく、正教会の信徒、そして信徒でない人々の間でも、教皇フランシスコが今日の世界で最も重要な道徳的権威だ、というコンセンサスがあり、平和の使者とみている。教皇がウクライナにおいでになれば、戦争は終わる」と期待を述べていた。

 教皇が、ご自分の訪問が平和をもたらすのに役立つと確信する場合、危険をおそれずに実行される方だ。そのことは、2015年に、内戦が続く中央アフリカ共和国を訪問されていること、今年後半には停戦中だが、予断を許さない状態にある南スーダン訪問を予定されている事でも明らかだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2022年3月16日

・ロシア正教のキリル総主教「西側がロシアの弱体化を狙って起こしたもの」ープーチンへの戦争停止の働き掛け要請を拒否(Crux)

(2022.3.11 Crux  Senior Correspondent   Elise Ann Allen)

ローマーロシアのウクライナ軍事侵略で多くの人々が傷つき、苦しむ中で、その張本人であるプーチン大統領に影響力を持つロシア正教会の指導者、キリル総主教に対して、キリスト教の指導者たちがそろって、戦争の即時中止を働きかけるよう求めている。

 これに対して、キリル総主教が10日、世界教会協議会(WCC)のイアン・サウカ事務局長代行に書簡を送り、サウカ事務局長代行から2日付けで受け取った書簡にあったプーチン大統領への働き掛けの要請には直接答えず、「西側諸国がロシアの安全保障上の懸念を無視し、ロシアを弱体化させるために、ウクライナとの間の緊張をかき立てた」と非難した。

 この書簡で、総主教は「ロシア正教会は1961年にWCCに加盟している」としたうえで、1950年のWCCの常任委員会で合意したトロント声明を引用する形で、「WCCは、一つの主張や一つのグループの道具になることはできない… メンバーの教会は互いの連帯を認識し、必要に応じてお互いに助け合い、兄弟的な関係に相応しくない行動を控えなくてはならない」と主張した。

 さらに、WCCのメンバーは、世界のキリスト教徒の連帯と支援とともに、世界の共同体社会における「正義、平和、そして被造物の誠実さ」に責任を共同で負っている、とも指摘した。

 そして、現在のウクライナにおける”conflict (紛争)”に言及して、「それが、世界中のキリスト教徒の”思い”と”祈り”の核心にあるが、この紛争は今日始まったものではない」と述べ、「私が確信しているのは、紛争が、キエフ大公国の一つの洗礼盤から生まれ、共通の信仰、祈りを持ち、歴史的運命を共有するたロシアとウクライナの人々から起きたのではなく、ロシアと西側諸国の誤った関係がもたらしたものだ、ということだ」と言明。

 「1990年代までは、ロシアの安全と尊厳が守られる、と約束されていた。だが、時が経つにつれて、ロシアをあからさまに敵視する各国の軍事力が、我々の国境に迫って来た。年を追うごとに、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国は、武力行使についてのロシアの懸念を無視して、軍事的なプレゼンスを構築してきた。さらに、ロシアを封じ込めようとする政治勢力は、それ自分が戦うのではなく、ロシアとウクライナという兄弟間で憎悪をかき立てた」と、プーチン大統領と同じ論法で西側諸国を非難した。

 さらに、キリル総主教は書簡の中で、ギリシャ正教のバーソロミュー・コンスタンディヌーポリ総主教について、自分の意向に反して、「2018年にウクライナ正教会・キエフ総主教庁と少数教派のウクライナ独立正教会を統合させ、ウクライナ正教会にした、と批判。

 また、ウクライナの人々が2014年に、当時の親ロシア派の大統領を大規模な抗議活動によって追放した時、当時のWCC事務局長が「多くの無実の命を深刻な危機にさらしている」とし、「集団的、原則的対応が必要な多くの緊急課題に、今、あるいは将来、国際社会の対応力を弱体化させるリスク」について懸念を表明した、と指摘。

 その後まもなく、ロシアはウクライナ領のクリミア半島を武力で併合し、ウクライナ南東部のドネツクとルガンスクの分離主義者を支援したことからさらなる紛争が発生した。キリル総主教は「この紛争は、ウクライナ政府がこの地域の人々にロシア語を話すことを違法にしたのに対し、ロシア語を話す権利を守り、歴史的、文化的伝統の尊重を求める人々によってなされた」人々によって行われたもの。何よりもまず、ロシアの弱体化を目的とした大規模な地政学的戦略の一部になっていた」と、プーチンの武力行使を正当化する説明をした。

 そして西側初稿はじめ多くの国々が、不法な武力侵略を停止するよう求めて、ロシアに対して経済制裁を実施していることに対しては、「こうした行為は、ロシアの指導者を罰する効果はなく、全ての人に有害だ。そうした国々は、ロシアの政治、軍事の指導者たちだけでなく、すべてのロシアの人々に苦しみをもたらそうとする、狙いをこのことで明らかにしている」と批判。「”Russophobia(ロシア嫌悪症)”は前例のないスピードで西側世界に広がっている」とし、「神が、正義の基づく、永続的な平和のすみやかな確立を助けてくださるように」と祈った。

 キリル総主教の今回の書簡は、プーチン大統領のウクライナ軍事侵略決定をあからさまに支持するような,”新ロシア派”の立場を明確にする総主教に対する批判の高まりの中で出された。

 10日の書簡に先立つ6日、「赦しの主日」のミサ中の説教で、キリル総主教は、ウクライナ東部ドンバス地域の分離主義者を支援し、「同性愛者を支持するパレードを禁止する国々に対して西側の匿名機関が虐殺キャンペーンを準備している」という虚偽に満ちた指摘さえもした。また、9日のミサでの説教では、ロシア人とウクライナ人は一体だ、とし、ロシアが軍事力を強化していることを恐れ、弱体化させるために西側がウクライナに武器を供給している、とも非難している。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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2022年3月12日

・息子をウクライナの戦場に送り出されたロシアの母親たちが抗議(VN)

Russian police escort two women away from a protest in Moscowモスクワで、抗議の女性たちを拘束する警察隊  (AFP or licensors)

(2022.3.11 Vatican News  By Sergio Centofanti)

 ロシアの不当な軍事侵略に対して、ウクライナの人々は自由を守るため必死の抵抗を続けているが、一方のロシア国内では、息子たちがウクライナと戦うことを知らされないまま、戦場に送り出され、安否を知らされない母親たちの街頭での抗議の動きが、首都モスクワなどで起きている。

 勇気ある母親たちは、息子たちが知らないうちにウクライナを侵略するために送られたことを知って、抗議することを恐れない。戦場に送り出されている徴収兵の中には、年配者も、戦いを望まない若者がいる。

 ロシア当局の宣伝工作や偽の情報の拡散により、ウクライナ軍事侵略に息子が駆り出されていることに納得してしまう母親もいるが、自分たちが騙され、利用され、息子たちがウクライナ人を殺し、自分も命を落とすために戦場に送られたことを知った場合、抗議の声は、それがもたらす制裁も越える。

 プーチン大統領は、ウクライナ侵略について口にするだけで1最高15年の懲役に処するという法律を施行したが、それにもひるむことのない母親たちにの反抗に、プーチン政権は手を焼きそうだ。

 母親たちが街頭に出て抗議のデモに加わり、殴られ、逮捕されている。だが、母親たちにとって、自分の子供がすべてなのだ。息子たちが今、どこにいるのか、大砲のエサのように前線に送られた息子たち、当局が彼らの現状を話そうとしない… 息子たちがどうなっているのか、母親たちは知りたがっている。

 ウクライナ側に捕らえられた息子たちは、泣きながら電話をかけることができたので、希望を持つ母親がいるー「まだ生きている」と。戦線を離脱して逃亡する若い兵士もいるーなぜ、このような戦争のために死なねばならないのか、理解できない… そして、兵隊に駆り出されたロシアの人々が相手にしているのは、プーチン独裁政権の奴隷にされることを拒否し、自由を守ろうと、勇気ある抵抗を続けるウクライナの人々だ。

 ロシア兵の中には、”ナチス”の手にある人々を解放するために戦っている、という嘘を信じている者もいる。侵略者から故郷を守るために戦っているのだ、と信じる者もいる…だが、その嘘を見破るには、ロシア軍の戦車が蹂躙する街頭に年配の、女性の、武装していないウクライナの人々が出て、ロシア兵に「出ていけ」と叫ぶのを見るだけで、十分だ。ウクライナの人々は、自由に、自分の意志で将来を決めることのできる国を守る必要がある、と確信し、抵抗を止めることはない。

 ロシア軍がウクライナ全土で、民間人を殺戮し、飢えさせ、家、病院、学校、教会を破壊する残虐行為を続けている。ロシアの指導者たちは戦いに勝てると考えているが、自由を求めて戦う人々を滅ぼすことはできない。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年3月12日

・カトリックとギリシャ正教の欧州のリーダー、ロシアのキリル総主教に「ウクライナの平和に貢献せよ」と要請(Crux)

(2022.2.10 Crux Rome Bureau Chief  Inés San Martín)

ローマ–ロシアの完全に正当性を欠いたウクライナ軍事侵略は、首都キエフ陥落まで一歩のところまで来ているが、欧州のカトリック教会とロシア正教会の司教たちは、ロシア正教会の長であるキリル総主教に対して、プーチン大領領に即時停戦を働きかけるよう強く求めている。

 ロシア正教会の西欧側の主要教区は、ロシアのウクライナへの軍事侵略と市民への暴力的攻撃によって、「ロシア正教会の団結が酷く脅かされている」と強い懸念を示している。

 カトリック教会も、欧州カトリック司教協議会委員会(COMECE)のクロード・オロリッシュ委員長(枢機卿)が8日にキリル総主教宛ての書簡を送り、「教会は平和を作る力になることができる』という、ご自身の発言を心に留めるべきです」と訴え、「ウクライナ国民に対する敵対行為を直ちに阻止するよう、ロシア当局に緊急の訴えを出していただきたい」と強く求めた。

 さらに、「人類にとっての、このような暗黒の時に、多くの人々が絶望と恐れの激しい感情をもって、あなたを『この紛争の平和的な解決への希望の兆候をもたらすことができる方』と見ているのです」と強調。「戦争の愚かさ」によって引き起こされた苦しみを止め、「対話、常識、国際法の尊重に基づいて、紛争の外交的解決策を模索するための善意を示す」ために、ロシア当局の政策に介入するよう、訴えた。

 また「ロシア軍に包囲された地域の人々からの悲劇的な証言に、心を痛めています。彼らが危険地域から脱出するための安全な人道回廊の確保、人道支援が適切に行われるための無制限のルート確保が必要です」とも要請した。

 そして、ロシアが2014年にウクライナのクリミア半島を軍事力で奪取した当時、キリル総主教と教皇フランシスコは、この軍事攻撃で多くの犠牲者を出し、平和な住民に無数の傷を負わせ、社会を深刻な経済的、人道的危機に陥れた、ロシアのウクライナに対する敵意を「共に嘆いた」ことを思い起こし、「その時の言葉を無駄にしないでください」と述べた。

 同様に、西欧側のロシア正教会のリーダーであるドゥブナのヨハネ大主教は、10日、キリル総主教に、ウクライナに平和を回復させるために介入するように求めた。キリル総主教に宛てた書簡で、大主教は「私たちの信徒たちは、司祭たちが平和の福音のメッセージをもたらすことを期待しています」と述べ、「私たちの大司教区のすべての信徒を代表して、この巨大で無意味な戦争に対して、ロシア正教会の首座主教としてあなたが声を上げ、この殺人的な戦争を続けるロシアの当局に介入するように、あなたに求めます。何世紀にもわたる歴史とキリストに対する共通の信仰で団結した二つの民族と二つの国の間では考えられないようなことが起きているのです」と強く訴えた。

 まだ大主教は、キリル総主教が3月6日の「赦しの日」のミサで、現在のロシアのウクライナに対する「残酷で殺人的な攻撃の戦争」は「光の側、神の真実の側に立つ権利」の名の下に、「形而上学的な戦い」として正当化される、と受け取られるような説教をした、と批判。「あなたのおかげで、私はそこから離れない」だけでなく、「限りない苦痛をもって」、総主教への敬意をもって、「そのような福音の読み方に同意できない、と注意を喚起しなければなりません」とし、また、教会の「善き羊飼い」が、「平和の職人」でなくなることを正当化することは、いかなる状況下でも、できない」と強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2022年3月11日

・「北東アジアでも、力による一方的な現状変更は許されない」ー「アジア平和会議」②止(言論NPO)

北東アジアでも、力による一方的な現状変更は許されない―「アジア平和会議」非公開会議セッション2報告―

(2022.2.28 言論NPOニュース)

 この「アジア平和会議」の第2セッションでは、「北東アジアの安全保障リスクをどう管理するか」をテーマに、主催者の言論NPOの工藤の他、米国、中国、韓国の3氏が、北東アジアの平和と安定で、今、我々にどのような努力が問われているのか、問題提起を行いました。
 
 主催者である言論NPOの工藤泰志がこれまでの2回の会議で合意されたことや浮かび上がった課題を確認しながら、米中対立に起因して北東アジアで様々なリスクが顕在化し、安全保障環境が最悪になりつつある状況を指摘し、「この地域を分断するのではなく、包摂的なルールに基づいた平和秩序を目指すというアジア平和会議が当初から掲げている原点ともいうべき目標を、私たちは今でも合意しているのか」と切り出しました。
 
 この主催者側からの問題提起を受けて、米国からダニエル・ラッセル元東アジア・太平洋担当国国務次官補、中国は人民解放軍系のシンクタンク・中国国際戦略研究基金会副理事長の楊超英氏、韓国からはホ・テグン元韓国軍准将の3氏が発言に立ち、その後、議論が行われました。
 ラッセル氏は、工藤が提起した内容に賛同する姿勢を示しながらも、「その前に一歩下がれば、現状を不満に思う中国の存在があり、中国の行動に不満を強める米国との摩擦が急増している。工藤さんが提起した目標がなぜ、この北東アジアで実現できないのか、その出発点に戻って議論を始めるべきだと」と提案しました。 これに対し、中国の楊超英氏は、北東アジアで起こっている全ての緊張は、当事者関係の信頼関係の欠如が背景にあると語り、米中関係の戦略的な安定性の構築を期待しつつ、「自国の政党政治にハイジャックされるのではなく、お互いに対話を行い、この地域の共通利益のために努力を払うこと、さらに戦争を防止するメカニズムを検討すべき」だと訴えました。

また、韓国のホ・テグン氏は、「北東アジアで多国間の枠組みを議論することは大事だが、その前に困難に陥っている米中、日中、日韓の二国間の関係の改善に力を入れるべき。現状のように対外関係を内政に利用し、ナショナリズムを煽ることは事態を難しくする」と語りました。また、この地域の平和と安定のためには、この地域で守るべき原則や軍事衝突を避けるためのルールを共有化するための努力は必要と提起しました。

*ウクライナへのロシアへの軍事侵攻に関する中国の姿勢には疑問も

その後の議論では3つの問題を巡って議論が進みました。

一つは、米中の信頼醸成の構築についてです。米ソの冷戦の際にもお互いは、事故防止協定を締結するなどの信頼醸成の措置を取りましたが、現在、米中間の危機管理のメカニズムは機能しておらず、その修正と新しい措置は可能なのか、どのようなメカニズムが必要なのか、ということです。

二つ目はまず、どんな紛争も平和的に解決するために、武力を使わない、力による現状変更はしない、という根本的な価値観はこの北東アジアでも共有されているのか、ということです。

ウクライナでのロシアの行動は、力による現状変更ですが、これに対する中国の姿勢がはっきりとしないということがこの日の会議では何度も議論になりました。

ロシア軍がウクライナの国境周辺に集結している最中に、北京を訪問したプーチン氏に、中国の指導者は支持を表明し、ロシアはその後、軍事侵攻をしている、ということも米国側から問われました。会場で提起されたのは、領土の主権に拘る中国はどうしてロシアの軍事侵攻に伴う主権の侵害に対して自らの姿勢を明確にしないのか、との疑問です。

最後は、台湾海峡の軍事衝突を防止する仕組みはできないのか、という点です。これに対する出席者全員の危機感は高く、対話を迅速に始めるべきとの多くの議論がありました。

この第二セッションには、第一セッションに参加した4カ国の18氏に、今回問題提起したダニエル・ラッセル氏、日本からは河野克俊(前統合幕僚長)の2氏が加わり、20氏での議論になりました。議論の部分はチャタムハウスルールに基づく、発言者を特定しない形での公開となります。

 

*緊張感が高まる北東アジアでも、包摂的なルールに基づく平和は可能か

kudo4.png 冒頭、司会を務める言論NPO代表の工藤泰志がこのセッションの問題提起を兼ねて、「アジア平和会議」そのもののあるべき方向性について発言しました。

工藤はまず、米中対立に起因して北東アジアで様々なリスクが顕在化し、安全保障環境が最悪になりつつある状況だからこそ、「アジア平和会議が当初から掲げている、包摂的なルールが機能する平和秩序を目指すという目標」の確認を求めました。

また、昨年のアジア平和会議の議論を振り返り、「自国の核心的な利益よりも、北東アジアの共通の核心的な利益を意識し、それを実現するために力を合わせるべきだという意識に変えないとこの地域の平和秩序は生み出せない」という発言に多くの賛同が集まったが、「それは今年も合意できるのか」と質問を投げかけました。

その上で、今もなお合意できるというのであれば、平和実現のために「いかなる作業が必要なのか、そしていかなる努力をしなければならないのか、それを今日私たちは考えなければならない」と出席者に問いました。

工藤は、言論NPOが毎年実施している日中と日韓の共同世論調査では、三カ国の6割以上の国民が、アジアの将来における「平和」と「協力発展」を望んでいること、そして、すでに過去2回の「アジア平和会議」がこの地域の平和原則として、「不戦」、「法の支配」、「反覇権主義」を確認していることを改めて紹介。中でも「不戦」については、アジア平和会議の出発点であり、「その実現に向けた行動や枠組みが問われている」と指摘しつつ、この地域が一触即発の局面にあるからこそ、危機管理メカニズム構築や行動規範策定、信頼醸成に向けた対話を急ぐべきだと語りました。

ただ、こうした原則には各国間で解釈の違いがあるため、その違いを整理し、埋めていく努力が必要であると訴えました。この中で工藤は、力による勢力圏を広げるための一方的な現状変更も覇権的な行動だ、と指摘しました。

他にも、この地域は紛争の平和解決だけではなく、気候変動や感染症、ルールに基づく自由な経済秩序など地域共通の課題に取り組める強靭性を培うべきとしつつ、「これはQUADのビジョンにも重なる。違うのはこの地域の枠組みには、中国と韓国も加わるということだ」と指摘し、こうした視点での議論の展開は可能か、と問いました。

最後に工藤は、アジア平和会議の次の作業として、この地域で抱える台湾海峡、北朝鮮、東シナ海など多くのホットスポットの紛争回避の前提づくりに向けた議論を行うと同時に、最終的な出口として、地域安全保障のための多国間枠組みの構想をどう具体化するのか、といった課題にも言及。そのための協議に多くの時間が必要となるが、「この会議はどんな状況に陥っても絶対に中断せずに継続しなければならない」と協力を呼びかけました。

*現状変更は破壊の脅迫ではなくコンセンサスを得ることによって実現すべき

ダニエル・ラッセル3.png 米国から問題提起に登壇した元東アジア・太平洋担当国国務次官補のダニエル・ラッセル氏はまず、中国が現状に不満を抱く一方で、米国はそうした中国の態度に不満を抱いており、さらに双方の国内世論の悪化も相まって摩擦の悪循環を生んだことが、北東アジアにおける「破壊の時代」到来にも直結しているとの見方を示しました。

その上で、力を付けた新興国・中国が時代の変化に合わせてアップデートが必要となった今の局面で、中国が関与する権利は当然にあるとしつつ、前提条件は「現状変更はあくまでも他の国々の同意の下で行うものであり、一方的に行ってはならない」とし、破壊の脅迫ではなくコンセンサスを得ることによって実現すべきと説きました。

そして、このアジア平和会議の議論のあり方としては、共通利益の模索や危機管理メカニズム構築に向けて話し合うことに賛同しましたが、同時に「枠組みや協力の必要性はこれまでも語られてきたのにもかかわらず、なぜそれができなかったのか。その原因を探ることがまず重要だ」と問題提起しました。

*どうすれば実効的な紛争防止メカニズムが、北東アジアで機能するのか

楊超英.png 中国国際戦略研究基金会副理事長の楊超英氏は、これまで行われてきた議論の中で出席者がその重要性を指摘してきた対話と信頼構築、共通利益の模索、紛争防止メカニズムの構築といった諸課題に賛同しつつ、それらに関する問題提起を行いました。

楊超英氏は、言論NPOが前日公表した、専門家アンケートで上位のリスクとされた米中対立、台湾問題、北朝鮮問題などいずれも信頼の欠如が原因であるとしつつ、信頼というものは構築には時間がかかるものの、壊れる際には一瞬であるという難しさを指摘。しかし、信頼醸成は急務である以上、行動を始めなければならないとし、それには対話しかないと語りました。

その上で、日中間がそうであるように誰しも緊張が高まると対話を避ける傾向にあるが、意見が一致しないような相手だからこそ対話が必要だとし、それが信頼醸成にもつながると説きました。

共通利益については、気候変動、感染症、非核、貿易、不戦など共有すべき課題は山積みであり、そこから見出す可能性は大いにあるとしました。そして、それこそが各国国民にとっての利益でもあるのだから、各国の政治リーダーは他国に対して悪印象を抱く国内世論に迎合することなく、協力を進めるべきと主張しました。

紛争防止メカニズムについてもその必要性を強調しましたが、例えば、危機管理では米中軍事海洋協議協定(MMCA)が実効性を有するに至っていないと解説。各種の行動規範も同様の課題を抱えているとの見方を示しました。楊超英氏は、そういった中ではメカニズムをつくるべきか否かといった議論ではなく、どうすれば実効的なものにできるのかという視点の議論をすべきだと語りました。

 

*大国だけでなく、あらゆるステークホルダーが参加する多国間のチャネルを

teng.png

そこではまず、多国間の枠組みを構築することの難しさを指摘。例えば、今回の専門家アンケート結果が示しているように、それぞれの国で脅威に対する認識や対応の優先順位は異なっており、こうした認識のずれがある中では多国間協力はなかなか進まないと述べました。

また、日韓関係、米中関係など二国間関係が悪化の一途を辿っており、二国間ですら困難な状況では多国間関係はさらに難しいとも語りました。

ホ・テグン氏は、現在の世界では既存秩序から恩恵を受けて?栄した側とそうではない側のせめぎ合いが起きているとの認識を示した上で、自由、人権、民主主義、法の支配など何を守り抜くのかを問われていると指摘。もっとも、それらの価値や原則が何を意味しているのか、国によって解釈が異なり、そのずれ自体が新たな対立を生むリスクをはらんでいるとも語り、だからこそ対話によって認識をすり合わせる必要があるとしました。

最後にホ・テグン氏は上記のことを踏まえて、二国間関係の早期改善の必要性を改めて強調。また、紛争防止メカニズムづくりの必要性にも言及しつつ、そこでは例えば、行動規範を策定しても自分だけに有利なように解釈したり、不利だからといって無視したりしないように戒めました。

そうした上で、大国だけでなく、あらゆるステークホルダーが参加する多国間のチャネルをつくるべきと主張。そこでは繁栄の利益は全体で共有するという原則が大事だと語りました。

*台湾海峡での危機管理での対話の実現には時間がもう限られている

その後、行われた議論ではまず、米中の信頼醸成の措置に関しては、米国側から二つの見方が示されました。

一つは、米中間の一触即発的な状況に関してです。これに対しては、お互いが自分の主張や意見を主張するだけで二国間関係がすでに政治化しており、双方に信頼を醸成するという意思が欠けている現状では、機械的な回答が難しいという発言がありました。

ただ、台湾海峡では偶発的な危機の危険性が高まっており、実務者の関与や対話が必要な局面だという認識は強調されました。特に作戦行動を担当する人間が早急に繋がって対話を急ぐこと、指導者間では反復的な交流を行うことが必要であり、もはや時間は限られているとの見方も示されました。

対話による信頼醸成や防衛交流の促進といった点については日米中韓いずれのパネリストからも概ね一致した見解が見られました。

とりわけ、実務者レベルから対話を始めて徐々に政治指導者レベルに上げていくことが効果的であるといった視点は米中双方から寄せられました。

海洋をめぐっては、実効的な危機管理メカニズム早期構築の必要性では一致しましたが、その一方で、「航行の自由」をめぐっては、米国側から全面的に認められるものとする意見が出たのに対し、中国側からは軍事行動は認められないといった意見が寄せられ、認識の違いが浮き彫りとなる場面も見られました。

また、東シナ海をめぐっては、資源開発に関する日中間の「2008年6月合意」が14年経っても停滞している現状について日本側が見解を問うと、中国側からは日本が尖閣諸島を国有化した状況は変わっておらず、また日中関係も改善途上との回答があるなど、交渉再開の見通しは立たない現状が明らかとなりました。

*「ウクライナ問題は国際問題、台湾問題は国内問題で全く類似性はない」と中国側

次にウクライナに対するロシアの軍事行動への中国側の認識ですが、ウクライナ情勢をめぐっては、台湾問題と構図の類似性が見られるため、言及する発言者が相次ぎました。

中国側からは、この問題は外交で解決されるべきとの中国の姿勢は明確であり、主権と領土の一体性を維持するために最善の努力は必要であり、それこそが国連憲章の考えだという基本的な見方は示されました。また台湾問題との類似性に関しては、中国側は「ウクライナ問題は国際問題。台湾問題は国内問題」とし、全く類似性はないと回答。また、ロシアは旧ソ連圏を勢力圏としているのに対し、むしろ中国は東アジアでは米国等によって圧迫を受ける被害者の立場にあるとの反論も寄せられました。

ウクライナの問題は国際法に基づく世界の秩序への明らかな挑戦ですが、現状のロシアのウクライナへの一方的な武力行動に対する明確な抗議の姿勢は最後まで中国側出席者には見られませんでした。

中国側の出席者には米国とロシアとの対立と考える発言があり、深刻化する米中対立との中では中国政府がロシアの行動に理解を示す傾向も見られ、その配慮も感じました。

このウクライナ問題が様々な議論に発展しましたが、韓国の出席者からはウクライナ危機は同盟の重要性を示しており、アメリカとより強い同盟を結ぶことが平和と安定との担保になる、世界が大きく変わるとしても新しい原則ができるまでは、こうした既存の同盟の枠組みに従うしかない、との発言もありました。

これに対しては、共通の価値観を守るためには強権的な行動に対しては制裁だけではなく軍事力の姿勢も強化すべきで、米国はリーダーシップを発揮していない、とバイデン米政権の対応に関しては、米国の発言者からも批判の声がありました。

 

*米中軍事海洋協議協定(MMCA)に代わる新しい米中の危機管理は可能か

最後の、台湾海峡周辺で活発化している軍事行動の偶発的な事故に関しては、早急に実務者も含めた実際的な対話を急ぐことは参加者間の総意でした。その上で、これまでの米中軍事海洋協議協定(Military Maritime Con- sultative Agreement: MMCA)などの米中の合意が機能していないことを点検して、この地域の事故防止に対する新しい枠組みの検討も多くに発言者から提起されました。

これらの討議を踏まえ、「アジア平和会議」の総括を3氏が行いました。

宮本.png 日本側からは、元駐中国大使の宮本雄二氏が発言。「現下の安全保障情勢がいかに厳しいか、その認識は共有でき、この油断できない状況を切り抜けるためには危機管理が必要であること、その前提として対話と信頼醸成が不可欠であること、共通利益の必要性についてもコンセンサスが得られた」と総括しました。

その上で、次回のアジア平和会議では、「具体的な課題についての議論を始めるべき」と主張、そうした具体的な共同作業を通じて「さらに相互理解が深まる」と提案しました。

*中国は「実効的な危機管理メカニズムが必要」という点では日米韓の発言に賛同

賈慶国2.png  中国の人民政治協商会議常務委員で、北京大学国際関係学院前院長の賈慶国氏は、立場の違いを越えて良い議論ができたとしつつ、実際の協力を進めていくためには各国はイデオロギーを越えて「オリンピック精神に則るべき」と閉幕したばかりの北京冬季五輪を引き合いに出しながら主張しました。

台湾問題については、「平和統一を遠ざけているのは92年コンセンサスに反する行動を続ける米国と台湾側である」と批判。「ロシアのウクライナにおける親露派の地域独立承認に反対するのであれば、西側は台湾独立にも反対すべき」と主張しました。

また、台湾海峡に関連して、航行の自由に関しては中国も賛成しており、「反対しているのは軍事的行動や偵察活動のみだ」と強調。こうした認識のギャップを埋めるためにも「対話が必要である」とするとともに、「実効的な危機管理メカニズムが求められる」という点については日米韓のパネリストに賛同しました。

また、アジア平和会議のようなセカンドドラックによる対話の重要性を強調し、「政府間はこうした対話の動きを尊重すべきだ」と主張しました。

「一つの中国」は続いているが、中台の変化で現状が変わっている

フランクジャヌージ4.png 米国のモーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団理事長であるフランク・ジャヌージ氏は、今回、我々が話し合った共通テーマは、ルールに基づく国際秩序が圧力にさらされているということ、世界の新しい秩序はどうあるべきかで共通項がない中で、新たなビジョンに基づいてルールをアップデートすることが必要だということ、そして「大国だけでなくすべての国々が参加した上で包摂的に行うべきものであることについてコンセンサスが得られた」と議論を振り返りました。

また、台湾問題に関しては、「一つの中国」へのコミットは今も続いているが、「アメリカ、中国、台湾の変化によって、現実は変わってきている」と指摘。「率直な対話でルールをどのように補強して平和と安定を担保するのか、それが問われている」と発言しました。アップデートが完了するまでは既存の秩序に服するべきであり、「それが現状維持ということだ」とも指摘しました。

さらに、ウクライナ情勢をめぐり、2月21日に開かれた国連安全保障理事会の緊急会合で、ケニアのキマニ国連大使が行った演説に言及。「アフリカの国境線は欧州列強によって勝手に引かれ、多くの地域で歴史的、文化的、言語的に強く結ばれた同胞が分断された。しかし、国境線の引き直しをすると新たな血が流れることになりかねないため、それをせずに、代わりにアフリカ大陸の政治的、経済的、法的な統合を目指すことにした」という趣旨のこの演説を高く評価しつつ、一方的現状変更による帝国主義の再来に警鐘を鳴らしました。

対話によって一つひとつ共通項を見つけ出し、一歩一歩前進していく

議論を受けて最後に工藤は、世論調査結果からは「この北東アジア各国の国民は、ルールに基づいた秩序と平和を強く希求していることが明白に示されている」ことを改めて紹介し、「我々もそれを何としても作り上げるという意志に揺らぎはない」と断言。その一方で、「相手の言っていることが信用できないという相互不信の構造に陥っている現状も分かった」と今回の会議を振り返りつつ、「対話によって一つひとつ共通項を見つけ出し、一歩一歩、信頼を組み立てていくしかない」とし、次回のアジア平和会議、そして日米、日中、日韓の二国間対話への強い意気込みを語りました。

(以上)

2022年3月3日

・「台湾海峡での事故回避の危機管理で米中対話を急ぐべき」ー「アジア平和会議」①(言論NPO)

台湾海峡での事故回避の危機管理で米中対話を急ぐべき―「アジア平和会議」非公開会議セッション1報告―

(2022.2.26 言論NPOニュース)

 「アジア平和会議」の本会議は2月23日にオンラインで二つのセッションが行われ、日本と米国、中国の韓国の4カ国の安全保障と外交のハイレベルの専門家18氏がまず前半の会議で「台湾問題の紛争回避をどう実現するか」を議論しました。DSC_5592.pngロシアがウクライナの二つの地域の独立を一方的に承認し、武力行使に乗り出すという状況下で行われた会議では、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、ウクライナと類似する環境下にある北東アジアの現状を指摘し、「昨日の会議では、ウクライナ情勢と同様、北東アジアの安全保障環境も冷戦後『最悪』の状態で、一触即発との見方も出された。懸念が高まっている台湾海峡での紛争を回避するためにどのような努力を行うべきか」と語り、議論が始まりました。これに対し、米軍で大西洋艦隊・太平洋艦隊の双方を指揮した経験を持つラフヘッド元米海軍作戦部長と、中国の人民解放軍系のシンクタンクで学術主任を長期で務めた張沱生氏、

日本からは前駐米大使の杉山晋輔氏、韓国からは崔剛(チェ・ガン)アサン研究所副所長の4氏が冒頭で問題提起し、その後、議論となりました。

「アジア平和会議」は非公開で行われましたが、冒頭の4氏の発言は公開すること、議論はチャタムハウス方式で発言者を特定しない形で報告する、ことが決まっています。

この会議では、中国と米国、日本、韓国の出席者から、台湾海峡での紛争の危険が高まっている背景やそれを回避するための対応を相手に求める厳しいやり取りが行われ、お互いの認識に大きな違いがあることが浮き彫りになりました。

中国側からは、台湾に関しては平和統一の考えは何ら変わっておらず、紛争回避のためには米国は台湾の独立姿勢を支援する動きを自制し、台湾を説得すべきとの見方が示されました。ただ、米国や日本の安全保障関係者からは状況は変わってきており、中国の香港などでの行動や軍事演習の状況を見ると平和統一自体の姿勢が信頼を失っている、武力行動は取らないとの姿勢を明確化すべきだ、との発言もありました。

日本側からは一つの中国や台湾の独立は支持しないとの基本的な立場は明確で何も変わっていない、との説明もありました。

米中対立の深刻化と中国のこの地域での行動が台湾を巡る緊張した状況を作り出している、との見方も出され、この地域で失っているのは相互信頼であり、会議ではそのためにも戦略的な対話が米中間で必要だとの共有の認識がありました。

また米国と中国との間の紛争回避のため、危機管理の様々なこれまでの合意が事実上機能していないことも明らかになり、台湾海峡の最優先の課題は必要な迅速性を持った対話であり、危機管理の仕組みを早急に構築することだ、ということでは出席者の認識はほぼ一致しました。

前半の議論に出席したのは以下の18氏です。司会は工藤泰志(言論NPO代表)が務めました。

【米国】
ゲイリー・ラフヘッド(元アメリカ海軍作戦部長)
マーク・モンゴメリ(サイバースペース・ソラリウム・コミッション会長上級顧問)
フランク・ジャヌージ(モーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団理事長)
ロバート・ギリア(パシフィック・フォーラム名誉会長、海軍分析センター上級研究員)
【中国】
賈慶国 (政治協商会議常務委員、北京大学国際関係学院前院長)
楊超英  (中国国際戦略研究基金会副理事長)
張沱生  (中国国際戦略研究基金会研究員, 国観シンクタンク学術委員会主任)
滕建群  (中国国際問題研究院(CIIS)アメリカ研究部シニアリサーチフェロー)
周波   (清華大学国際安全保障戦略センター・シニアフェロー)
【韓国】
チェ・ガン (アサン研究所副所長)
ホ・テグン(元韓国軍准将)
【日本】
香田洋二(元自衛艦隊司令官)
河野克俊(前統合幕僚長)
杉山晋輔(前駐米大使、元外務次官) ※1
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部名誉教授)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元在中国日本大使)

会議ではまず、4氏が、台湾での紛争を回避するための問題提起が行いました。

戦略的な対話により、広範な共通利益を見出す枠組みの構築が重要

ゲイリーラフヘッド2.png ラフヘッド元米海軍作戦部長は「アジア太平洋関係の問題に30年来関わり、現在も台湾海峡を注視している。米中関係はかつて『不確実な時代』と言われ、再び『不確実な時代』が訪れている」と指摘しました。両国関係の方向性を探って軍同士の交流や個々の協力関係が深まった一時期を経て、「相互主義」の欠如から「失望の時代」へと変わり、現在の不確実な関係性を「どう終わらせるのか」と模索が続いていることを示唆したものです。

その上で、ラフヘッド氏は「台湾を巡る紛争の可能性がどれくらいあるのか検討することが重要であり、未曾有の紛争が生じることもあり得ると思う。台湾問題への対応は不十分だ。基本的なプロトコロールに必要な速度が欠如し、コミュニケーションのチャンネルも欠けて弱体化しており、このままでは即、エスカレートしてしまう」とも述べ、緊張緩和への方策に限りがあるとの現状認識を示しました。

こうした事態を避けるためにも「まずは戦略的な対話が必要ではないか」と指摘し、より広範な共通利益を見出す枠組みの構築が重要であると主張しました。

一方で、政府内の意思決定や世論の変化、社会的問題による米国の力の衰えにも触れながら「歴史的なサイクルを念頭に置いて事態がどのように動くかを考慮しなければならない。再び協力できる『楽観の時代』に戻す必要がある」と訴えました。

台湾海峡における3つの軍事リスク

 

張沱生.png 中国の張沱生氏はまず、台湾の紛争が起きる可能性について「2016年に蔡英文総統が就任してから独立志向を強めて、中国との対話を軽視している。米国は”中国が武力で攻撃する”と誇張している。両岸関係は緊張に満ちている」と述べ、三つの観点から軍事リスクがあると指摘しました。

具体的には①米台による演習に伴う「誤解」から紛争が起きかねない、②米国が対中圧力を継続し、台湾の挑発的行動が一線を超すと、中国は独立派に対抗せざるを得なくなる、③米軍の台湾支援の活発化は、深刻化につながりかねない──と懸念を示しました。

一方で、紛争回避については「台湾問題は中国の内戦の残滓であり、他国の介入は許されない」と述べた上で、①「一つの中国」原則の堅持、②関係国は独立派へ誤ったシグナルを送らないこと、③中国政府は「平和的統一」を強い決意姿勢で臨み、軍事力は独立抑止である──と強調。「中台の対話を再開し、関係を改善し、軍事紛争を避けなければならない」として、あくまでも国民党・馬英九旧政権下で中台関係を律した「1992年コンセンサスがベースとなる」と強く主張しました。

台湾での紛争を回避するため、粘り強い対話で平和的な問題解決の努力が大事

 

杉山.png こうした見解を受けて、日本の前駐米大使の杉山晋輔氏は「基本的には『中国の国内問題である』と日本の国会では答弁されてきた。さらに2021年4月の菅義偉首相、バイデン大統領による日米首脳会談の共同声明において、半世紀ぶりに台湾に関する言及があったことに触れて「ものすごく違和感を覚えた。そもそも文言が違う」と指摘しました。

具体的には「1969年の佐藤栄作首相、ニクソン大統領による共同声明では『台湾地域における平和と安全の意義』だった。昨年は『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』であり、『両岸関係の平和的解決を促す』との文言を付け加えている。この言葉は日本政府が長らく使っている決まった言い方だ。ひと月後に行われた韓米首脳会談でもほぼ同じ表現が使われていた」と指摘しました。

その上で「我々は中国の立場はよく知っている。ただ、首脳会談で公に示した『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』という立場の通り、どこにも”二つの中国””台湾の独立の支持する”とは何も言っていない」と日本政府の立場を振り返りました。

杉山氏はさらに「台湾海峡は完全に中国の領海だけではないため、平和と安定の重要性は国際的な関心を呼ぶ事項であってもおかしくない。その上で『両岸関係の平和的解決を促す』という立場だ。69年の東アジアの状況と異なるのは元より、現実な脅威があることは否定しない」と述べ、日本の公式見解に軍事的緊張を高めようという意図はないと強調。外交官出身として「粘り強い対話で平和的な問題解決の努力が大事だ」と述べ、外交的対話と戦略対話が不可欠との考えを強調しました。

北東アジアに地域には、安全保障メカニズムの構築が急務

 

崔剛2.png 最後に発言した韓国の崔剛氏は「台湾問題に関しては、中国の責任があると思う。大半の人が、次の総統選で蔡英文氏が敗れるだろう、と想定しているが、台湾では蔡氏が非常に高い人気だ。『一つの中国』がいつか実現するためには、平和裏に行われなければならないと考えている。しかし中国の姿勢からはそうとは思えない」と懸念を伝えました。

同時に「習近平政権になって以降、台湾海峡を巡る状況は緊迫しており、私も外交・戦略的な対話が必要だと思う」と述べ、ラフヘッド元米海軍作戦部長らの提案に賛意を示しました。

さらに中国が「現状維持」を求めているのか、国際秩序の「修正主義」を目指しているのかは「判断できない」とした上で、国際秩序の将来を考慮する観点からの「対話」が求められるとの認識を明らかにしました。

続けて「中国が台湾に侵攻する可能性は低いと考えられるが、軍事演習は頻繁に行われている。こうした力ずくのシナリオについては慎重に管理される必要がある。より透明性の高い話し合いを続けて相手国の誤解を避けなければならない」とし、この地域における安全保障メカニズムの構築を急ぐべきだと主張しました。

台湾海峡を巡る米中対立の背景に相互信頼の喪失がある

4氏のプレゼンテーションに続いて非公開対話が行われ、4カ国の18氏が議論に参加しました。

議論では、中国と米国、さらには日本と韓国の出席者間で台湾有事についての意識で大きな食い違いが明らかになっています。

中国側は、「あくまでも台湾問題は、内政問題であり、主権に属する問題なので核心的な国益である」という立場です。中国側の行動が変わったのは、「状況が変わったからで、(台湾の)民進党が権力を握ってから蔡英文政権が『一つの中国』の合意から後退し、米国もそれを支援している」という理解です。

そのため、中国の発言者は、紛争の危機を鎮静化させるために、「米国が、(一つの中国で達成された合意)92年コンセンサスの戻るように台湾当局を説得し、米国は台湾を支持することを自制すべき」と話しました。

これに対しては、日本、米国、韓国側からは、「台湾の状況がどうであろうと、日本と、米国、韓国の『一つの中国』に基づく、基本政策は全く変わっていない」との立場です。

ただ、3カ国は「中国の最近の行動から、中国は平和統一ではなく、武力で統一するのではないか」と疑っており、これらの食い違いはお互いの信頼の欠如によるものであり、最後まで歩み寄る、ことはありませんでした。

これに対しては、米国側参加者から、「蔡英文が選挙で勝ったのは、中国の香港での市民の弾圧の状況があった。状況は変わっており、アメリカ人は中国の言うことは信じていない。中国は『武力を使わない』と約束すべきだ」という発言もありました。

 

「ウクライナと台湾と間には明確な違いがある」と中国側

中国の台湾への武力統一の可能性には、ロシアのウクライナへの軍事侵攻との類似性からも様々な議論がありました。

これに対する、中国側の説明は、「ウクライナと台湾は二つの明確な違いがある」というものです。

「ウクライナはロシアの勢力拡大に伴うものだが、台湾は中国の国内問題であり、中国の一部だということは世界が認めている、さらにアメリカのウクライナと台湾に関する対応は、直接の介入をしないウクライナと、介入を示唆する台湾との間に明確な違いがある」というものです。ただ、ウクライナに軍事的な対抗をしなかった米国と台湾との違いは、中国と米国の間には、冷戦時代に米国がソ連との間で確立した「戦略的安定性」がない、という指摘がありました。

 

台湾海峡の平和と安定性にためには米中の対話が不可欠

ただ、会議では台湾海峡での緊張感の高まりは、「米国と中国の行動がどちらも曖昧で、それがこの地域の不安定さを拡大させている」との発言もありました。

中国が疑っているのは、「米国の軍事的な姿勢は、台湾の独立に向けた支援なのではないか」という点ですが、米国はこの点に関しては、その不安を解消するための努力はしていません。また中国の短期的な行動は、「台湾独立への抑止だ」ということは認めたとしても、「この地域で拡大する中国の軍事的な長期的な拡大については説明がない」という点です。

さらに、今回の会議で何度も指摘されたのは、「北東アジアの関係国間で相互理解が進まず、それがそれぞれの発言が信頼を失う要因になっている」ということです。その信頼醸成のためにも、「この地域の危機管理のためには対話こそが大切だ」と、参加者から何度も提起されました。

特に4カ国の参加者は、この台湾地域での紛争の危険性を強く意識しており、議論は「台湾海峡の紛争防止と平和と安定のために、どのような努力をすべきか」に向かいました。

台湾海峡での偶発的事故防止に向けた戦略的な対話や、現在、米中間で実質的に機能していない「危機管理に関する合意」を急ぐべきだ、という点では、4カ国の参加者の認識は一致しています。そうした枠組みを「北東アジア全域に広げるべき」との発言もありました。

相互信頼を醸成する努力によって、そうした溝を埋めていく「地道な対話が重要である」との認識でも出席者は一致し、第1セッションは終了しました。

2022年3月3日