・「台湾海峡での事故回避の危機管理で米中対話を急ぐべき」ー「アジア平和会議」①(言論NPO)

台湾海峡での事故回避の危機管理で米中対話を急ぐべき―「アジア平和会議」非公開会議セッション1報告―

(2022.2.26 言論NPOニュース)

 「アジア平和会議」の本会議は2月23日にオンラインで二つのセッションが行われ、日本と米国、中国の韓国の4カ国の安全保障と外交のハイレベルの専門家18氏がまず前半の会議で「台湾問題の紛争回避をどう実現するか」を議論しました。DSC_5592.pngロシアがウクライナの二つの地域の独立を一方的に承認し、武力行使に乗り出すという状況下で行われた会議では、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、ウクライナと類似する環境下にある北東アジアの現状を指摘し、「昨日の会議では、ウクライナ情勢と同様、北東アジアの安全保障環境も冷戦後『最悪』の状態で、一触即発との見方も出された。懸念が高まっている台湾海峡での紛争を回避するためにどのような努力を行うべきか」と語り、議論が始まりました。これに対し、米軍で大西洋艦隊・太平洋艦隊の双方を指揮した経験を持つラフヘッド元米海軍作戦部長と、中国の人民解放軍系のシンクタンクで学術主任を長期で務めた張沱生氏、

日本からは前駐米大使の杉山晋輔氏、韓国からは崔剛(チェ・ガン)アサン研究所副所長の4氏が冒頭で問題提起し、その後、議論となりました。

「アジア平和会議」は非公開で行われましたが、冒頭の4氏の発言は公開すること、議論はチャタムハウス方式で発言者を特定しない形で報告する、ことが決まっています。

この会議では、中国と米国、日本、韓国の出席者から、台湾海峡での紛争の危険が高まっている背景やそれを回避するための対応を相手に求める厳しいやり取りが行われ、お互いの認識に大きな違いがあることが浮き彫りになりました。

中国側からは、台湾に関しては平和統一の考えは何ら変わっておらず、紛争回避のためには米国は台湾の独立姿勢を支援する動きを自制し、台湾を説得すべきとの見方が示されました。ただ、米国や日本の安全保障関係者からは状況は変わってきており、中国の香港などでの行動や軍事演習の状況を見ると平和統一自体の姿勢が信頼を失っている、武力行動は取らないとの姿勢を明確化すべきだ、との発言もありました。

日本側からは一つの中国や台湾の独立は支持しないとの基本的な立場は明確で何も変わっていない、との説明もありました。

米中対立の深刻化と中国のこの地域での行動が台湾を巡る緊張した状況を作り出している、との見方も出され、この地域で失っているのは相互信頼であり、会議ではそのためにも戦略的な対話が米中間で必要だとの共有の認識がありました。

また米国と中国との間の紛争回避のため、危機管理の様々なこれまでの合意が事実上機能していないことも明らかになり、台湾海峡の最優先の課題は必要な迅速性を持った対話であり、危機管理の仕組みを早急に構築することだ、ということでは出席者の認識はほぼ一致しました。

前半の議論に出席したのは以下の18氏です。司会は工藤泰志(言論NPO代表)が務めました。

【米国】
ゲイリー・ラフヘッド(元アメリカ海軍作戦部長)
マーク・モンゴメリ(サイバースペース・ソラリウム・コミッション会長上級顧問)
フランク・ジャヌージ(モーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団理事長)
ロバート・ギリア(パシフィック・フォーラム名誉会長、海軍分析センター上級研究員)
【中国】
賈慶国 (政治協商会議常務委員、北京大学国際関係学院前院長)
楊超英  (中国国際戦略研究基金会副理事長)
張沱生  (中国国際戦略研究基金会研究員, 国観シンクタンク学術委員会主任)
滕建群  (中国国際問題研究院(CIIS)アメリカ研究部シニアリサーチフェロー)
周波   (清華大学国際安全保障戦略センター・シニアフェロー)
【韓国】
チェ・ガン (アサン研究所副所長)
ホ・テグン(元韓国軍准将)
【日本】
香田洋二(元自衛艦隊司令官)
河野克俊(前統合幕僚長)
杉山晋輔(前駐米大使、元外務次官) ※1
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部名誉教授)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元在中国日本大使)

会議ではまず、4氏が、台湾での紛争を回避するための問題提起が行いました。

戦略的な対話により、広範な共通利益を見出す枠組みの構築が重要

ゲイリーラフヘッド2.png ラフヘッド元米海軍作戦部長は「アジア太平洋関係の問題に30年来関わり、現在も台湾海峡を注視している。米中関係はかつて『不確実な時代』と言われ、再び『不確実な時代』が訪れている」と指摘しました。両国関係の方向性を探って軍同士の交流や個々の協力関係が深まった一時期を経て、「相互主義」の欠如から「失望の時代」へと変わり、現在の不確実な関係性を「どう終わらせるのか」と模索が続いていることを示唆したものです。

その上で、ラフヘッド氏は「台湾を巡る紛争の可能性がどれくらいあるのか検討することが重要であり、未曾有の紛争が生じることもあり得ると思う。台湾問題への対応は不十分だ。基本的なプロトコロールに必要な速度が欠如し、コミュニケーションのチャンネルも欠けて弱体化しており、このままでは即、エスカレートしてしまう」とも述べ、緊張緩和への方策に限りがあるとの現状認識を示しました。

こうした事態を避けるためにも「まずは戦略的な対話が必要ではないか」と指摘し、より広範な共通利益を見出す枠組みの構築が重要であると主張しました。

一方で、政府内の意思決定や世論の変化、社会的問題による米国の力の衰えにも触れながら「歴史的なサイクルを念頭に置いて事態がどのように動くかを考慮しなければならない。再び協力できる『楽観の時代』に戻す必要がある」と訴えました。

台湾海峡における3つの軍事リスク

 

張沱生.png 中国の張沱生氏はまず、台湾の紛争が起きる可能性について「2016年に蔡英文総統が就任してから独立志向を強めて、中国との対話を軽視している。米国は”中国が武力で攻撃する”と誇張している。両岸関係は緊張に満ちている」と述べ、三つの観点から軍事リスクがあると指摘しました。

具体的には①米台による演習に伴う「誤解」から紛争が起きかねない、②米国が対中圧力を継続し、台湾の挑発的行動が一線を超すと、中国は独立派に対抗せざるを得なくなる、③米軍の台湾支援の活発化は、深刻化につながりかねない──と懸念を示しました。

一方で、紛争回避については「台湾問題は中国の内戦の残滓であり、他国の介入は許されない」と述べた上で、①「一つの中国」原則の堅持、②関係国は独立派へ誤ったシグナルを送らないこと、③中国政府は「平和的統一」を強い決意姿勢で臨み、軍事力は独立抑止である──と強調。「中台の対話を再開し、関係を改善し、軍事紛争を避けなければならない」として、あくまでも国民党・馬英九旧政権下で中台関係を律した「1992年コンセンサスがベースとなる」と強く主張しました。

台湾での紛争を回避するため、粘り強い対話で平和的な問題解決の努力が大事

 

杉山.png こうした見解を受けて、日本の前駐米大使の杉山晋輔氏は「基本的には『中国の国内問題である』と日本の国会では答弁されてきた。さらに2021年4月の菅義偉首相、バイデン大統領による日米首脳会談の共同声明において、半世紀ぶりに台湾に関する言及があったことに触れて「ものすごく違和感を覚えた。そもそも文言が違う」と指摘しました。

具体的には「1969年の佐藤栄作首相、ニクソン大統領による共同声明では『台湾地域における平和と安全の意義』だった。昨年は『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』であり、『両岸関係の平和的解決を促す』との文言を付け加えている。この言葉は日本政府が長らく使っている決まった言い方だ。ひと月後に行われた韓米首脳会談でもほぼ同じ表現が使われていた」と指摘しました。

その上で「我々は中国の立場はよく知っている。ただ、首脳会談で公に示した『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』という立場の通り、どこにも”二つの中国””台湾の独立の支持する”とは何も言っていない」と日本政府の立場を振り返りました。

杉山氏はさらに「台湾海峡は完全に中国の領海だけではないため、平和と安定の重要性は国際的な関心を呼ぶ事項であってもおかしくない。その上で『両岸関係の平和的解決を促す』という立場だ。69年の東アジアの状況と異なるのは元より、現実な脅威があることは否定しない」と述べ、日本の公式見解に軍事的緊張を高めようという意図はないと強調。外交官出身として「粘り強い対話で平和的な問題解決の努力が大事だ」と述べ、外交的対話と戦略対話が不可欠との考えを強調しました。

北東アジアに地域には、安全保障メカニズムの構築が急務

 

崔剛2.png 最後に発言した韓国の崔剛氏は「台湾問題に関しては、中国の責任があると思う。大半の人が、次の総統選で蔡英文氏が敗れるだろう、と想定しているが、台湾では蔡氏が非常に高い人気だ。『一つの中国』がいつか実現するためには、平和裏に行われなければならないと考えている。しかし中国の姿勢からはそうとは思えない」と懸念を伝えました。

同時に「習近平政権になって以降、台湾海峡を巡る状況は緊迫しており、私も外交・戦略的な対話が必要だと思う」と述べ、ラフヘッド元米海軍作戦部長らの提案に賛意を示しました。

さらに中国が「現状維持」を求めているのか、国際秩序の「修正主義」を目指しているのかは「判断できない」とした上で、国際秩序の将来を考慮する観点からの「対話」が求められるとの認識を明らかにしました。

続けて「中国が台湾に侵攻する可能性は低いと考えられるが、軍事演習は頻繁に行われている。こうした力ずくのシナリオについては慎重に管理される必要がある。より透明性の高い話し合いを続けて相手国の誤解を避けなければならない」とし、この地域における安全保障メカニズムの構築を急ぐべきだと主張しました。

台湾海峡を巡る米中対立の背景に相互信頼の喪失がある

4氏のプレゼンテーションに続いて非公開対話が行われ、4カ国の18氏が議論に参加しました。

議論では、中国と米国、さらには日本と韓国の出席者間で台湾有事についての意識で大きな食い違いが明らかになっています。

中国側は、「あくまでも台湾問題は、内政問題であり、主権に属する問題なので核心的な国益である」という立場です。中国側の行動が変わったのは、「状況が変わったからで、(台湾の)民進党が権力を握ってから蔡英文政権が『一つの中国』の合意から後退し、米国もそれを支援している」という理解です。

そのため、中国の発言者は、紛争の危機を鎮静化させるために、「米国が、(一つの中国で達成された合意)92年コンセンサスの戻るように台湾当局を説得し、米国は台湾を支持することを自制すべき」と話しました。

これに対しては、日本、米国、韓国側からは、「台湾の状況がどうであろうと、日本と、米国、韓国の『一つの中国』に基づく、基本政策は全く変わっていない」との立場です。

ただ、3カ国は「中国の最近の行動から、中国は平和統一ではなく、武力で統一するのではないか」と疑っており、これらの食い違いはお互いの信頼の欠如によるものであり、最後まで歩み寄る、ことはありませんでした。

これに対しては、米国側参加者から、「蔡英文が選挙で勝ったのは、中国の香港での市民の弾圧の状況があった。状況は変わっており、アメリカ人は中国の言うことは信じていない。中国は『武力を使わない』と約束すべきだ」という発言もありました。

 

「ウクライナと台湾と間には明確な違いがある」と中国側

中国の台湾への武力統一の可能性には、ロシアのウクライナへの軍事侵攻との類似性からも様々な議論がありました。

これに対する、中国側の説明は、「ウクライナと台湾は二つの明確な違いがある」というものです。

「ウクライナはロシアの勢力拡大に伴うものだが、台湾は中国の国内問題であり、中国の一部だということは世界が認めている、さらにアメリカのウクライナと台湾に関する対応は、直接の介入をしないウクライナと、介入を示唆する台湾との間に明確な違いがある」というものです。ただ、ウクライナに軍事的な対抗をしなかった米国と台湾との違いは、中国と米国の間には、冷戦時代に米国がソ連との間で確立した「戦略的安定性」がない、という指摘がありました。

 

台湾海峡の平和と安定性にためには米中の対話が不可欠

ただ、会議では台湾海峡での緊張感の高まりは、「米国と中国の行動がどちらも曖昧で、それがこの地域の不安定さを拡大させている」との発言もありました。

中国が疑っているのは、「米国の軍事的な姿勢は、台湾の独立に向けた支援なのではないか」という点ですが、米国はこの点に関しては、その不安を解消するための努力はしていません。また中国の短期的な行動は、「台湾独立への抑止だ」ということは認めたとしても、「この地域で拡大する中国の軍事的な長期的な拡大については説明がない」という点です。

さらに、今回の会議で何度も指摘されたのは、「北東アジアの関係国間で相互理解が進まず、それがそれぞれの発言が信頼を失う要因になっている」ということです。その信頼醸成のためにも、「この地域の危機管理のためには対話こそが大切だ」と、参加者から何度も提起されました。

特に4カ国の参加者は、この台湾地域での紛争の危険性を強く意識しており、議論は「台湾海峡の紛争防止と平和と安定のために、どのような努力をすべきか」に向かいました。

台湾海峡での偶発的事故防止に向けた戦略的な対話や、現在、米中間で実質的に機能していない「危機管理に関する合意」を急ぐべきだ、という点では、4カ国の参加者の認識は一致しています。そうした枠組みを「北東アジア全域に広げるべき」との発言もありました。

相互信頼を醸成する努力によって、そうした溝を埋めていく「地道な対話が重要である」との認識でも出席者は一致し、第1セッションは終了しました。

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2022年3月3日