・(論考)現在の世界的な危機の中で、神は「沈黙」しているのか (La Civiltà Cattolica)

(2023.4.19 La Civiltà Cattolica Joseph Lobo, SJ)

(このエッセイの狙い)

 原理主義の台頭、欺瞞的なポピュリズム、悪意に満ちた多数派主義、暴力的な右翼政治とその愛国主義的政策、大衆の極度の貧困、人々の強制退去、戦争によって解き放たれた悲惨さなど、多くの人々が私たちの今の時代に起きていることに圧倒されている。

 そして、新型コロナの世界的大感染、搾取された人々の”骨格”の上に帝国を築く”全能”の企業、拡大する生態学的災害…。

 何よりも、人々はしばしば知覚し、人を恐ろしい死に至らしめる神の「沈黙」に呆然とし、預言者ハバククの次のような叫びを現代の人間の苦悩の叫びに重ね合わせる。

 「主よ、いつまで助けを求めて叫べばよいのですか。あなたは耳を傾けてくださらない… なぜ黙ったおられるのですか。悪しき者が自分より正しい者を呑み込んでいるのに」 (旧約聖書ハバクク書1章2節、13節)。 これが何を意味するのか疑問に思う。

 以下の記事で、三つの極の間を無益に往復する典型的で伝統的な神学の問題に厳密に対処するつもりはない―三つの極とは① 神は善だが、全能ではない。 したがって、悪が存在する② 神は全能だが、善ではない。 したがって、悪が存在する③ 客観的な悪は存在しない。 それは善の剥奪であるか、主観的な認識のみだ―である。

 さらに第四の立場は、「悪と苦しみを引き起こす人間の自由の悪用を神が許す」というものです。申命記 11章13-17節 などのテキストに基づいて、「悪と苦しみを人間の不従順に対する神の報復行為」として解釈する 5 番目の位置さえありうる。

 だが、ヨハネ 福音書9章2-3 節(「弟子たちがイエスに尋ねた…『この人が生まれつき目が見えないのは誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか』。イエスはお応えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである』」)は、そのような解釈に断固として反論している。 これらすべてを念頭に置いて、私は、私たちの時代に感じられた「神の沈黙」について考察し、それについて推測するのではなく、それに対応するための実りある方法を提案しようと思う。

(この記事は有料購読者専用です。 この記事を読み続けるには、La Civiltà Cattolicaを購読する必要があります)⇒https://www.laciviltacattolica.com/newsletterへどうぞ。)

 

 

 

2023年4月20日

・言論NPOなど世界10か国のシンクタンクによる東京会議、G7首脳会議へメッセージ

(2023.3.24 言論NPOニュース)

 アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランス、日本の G7加盟国にインド、シンガポール、ブラジルを加えた世界10カ国のシンクタンクの代表者による「東京会議2023」が24日、東京都内のホテルで開かれ、「日本でのG7首脳会議に向けたメッセージ」を採択、同日夕の歓迎夕食会に出席した岸田首相に手渡された。

 今回のG7首脳会議に向けた共同声明は七つのセッションで議論を深め、共通の理解の元に集約した。特に民主主義制度を鍛え直し、世界課題の解決のために努力することを目的に、五つの諸課題に焦点を当てている。

 具体的には①ロシアのウクライナ侵略の和平交渉に実現のため、G7各国は関係国との対話を急ぐべきだ。②厳しい世界経済の状況下にあって、G7各国は気候変動の危機的状況に高い優先順位を持ち、公平に対処すべきだ。③新興国や途上国の経済悪化が懸念される中、G7各国は危機管理と債務問題の解決に向けて一層努力を払うべきだ。同時に中国に対しても、国際協力の姿勢を示すよう求めよ。④G7各国は省エネなど新しい技術開発、情報共有など資源外交を拡大すべきだ。⑤自由と法の支配を守る民主主義の修復のため、G7各国は中間層を再構築し、社会基盤を安定化させるべきだ──などと記し、世界的な喫緊の課題を踏まえた内容となった。

 メッセージの全文は以下の通り。

  「日本でのG7首脳会議に向けたメッセージ」 東京会議 2023年3月24日

 私たちは3月24日、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランス、日本の G7加盟国に、インド、シンガポール、ブラジルを加えた世界10カ国のシンクタンクからの参加者が東京に集まり、今回で7回目の「東京会議2023」を開催した。メアリー・ロビンソン元アイルランド大統領、ウィリアム・ヘイグ元英外相、その他のゲストにも参加いただいた。

 自由と民主主義の価値を共有する10カ国の参加者が、東京で対面の会議に参加するのは、コロナ禍でオンライン会議となった過去二回を経て、3年ぶりである。

 ロシアのウクライナ侵略で始まった戦争は一年を経過しても収まらず、世界の平和秩序は依然、壊れたままである。その影響は世界経済の一層の不安定化や資源エネルギーの高騰などに波及し、多くの国際課題への多国間協力が暗礁に乗り上げている。

 また、米中の競争激化は、世界が分断に向かう危険性をさらに高めている。全てを安全保障の側面から考える傾向が強まっており、21世紀は民主主義国と権威主義体制との対立の時代となるとの見方が広がっている。

 この歴史的に重大な局面で、10ヵ国の参加者のリーダーが東京に集まったのは、今がまさに、世界の対立をこれ以上悪化させず、世界の課題で多くの国が力を合わせる、その局面だと考えるからである。この点について、私たちは議論を行い、今年のG7議長である日本政府に提案しようと考えた。そして、日本の岸田文雄首相は、2017年の「東京会議」の設立時に参加・協力した政治リーダーの一人である。

 この二日間、私たちは7つのセッションで議論を深め、特に二つの点で共通の理解を得た。

 まず、私たちが目指すべきことは、世界の分断をこれ以上悪化させないことであり、法の支配や自由、領土の一体性と人権を基本とするルールに基づく世界を守るために多くの国が結束することである。そして、より強靭性と持続性のある世界に発展させる努力を始める、ことである。

 そのためにも、世界は、ロシアのウクライナ侵略に基づく戦争を領土の一体性の原則を維持する形で正当かつ公平に一刻も早く終結させ、混乱した国際秩序を修復させると同時に、国際課題への協力に向けこれまで以上の努力を行わなくてはならない。

 二点目は、私たち民主主義国に問われた特別の責任である。自由や平等、基本的人権は、先人の長い努力で獲得した人類の共通の財産である。民主主義の国際社会での正統性をより高めるためには、民主主義国自体が国際政治の場や市民の強い信頼に支えられる必要がある。

 そのためにも民主主義国は自国の民主制度を鍛え直し、その有用性を高めないといけない。過度に対立を拡大するのではなく、世界課題の解決のため率先して努力し、国内の政治体制の如何に関わらず、世界が抱える問題を解決しようとする国々と連携しなくてはならない。

この問題意識から、私たちは以下の5点に焦点をあてた。

  • 1.国際社会にとっての最優先課題は、ロシアのウクライナ侵略に基づく戦争を正当かつ公平な形での終結を可能な限り早く実現し、平和の秩序を再建することである。侵略を受けているウクライナへの軍事や人道支援、さらに国際経済への影響は配慮しながらも実効性のあるロシア制裁により多くの国が参加する努力は今後も必要である。しかし、一刻も早く和平交渉に持ち込むためには、より多くの国が力を合わせなくてはいけない。その目的の達成のためにも、G7各国は関係国との対話を急ぐべきである。

  • 2.世界経済は厳しい状況にあり、米中のデカップリングも進んでいるが、経済のイノベーションと世界経済の成長のためには、健全で公平な競争に基づく開かれた自由貿易こそ、守らなくてはならない。私たちは法の支配、自由、人権を守るために結束するべきであり、今後も自由経済の発展のために力を合わせ続けなくてはならない。私たちが取り組むべきことは、グローバルあるいは地域における自由貿易の再構築であり、そのためのルール作りに取り組むことである。分断の先鋭化や保護主義に陥ることは避けなくてはならない。G7各国は、気候変動の危機的状況に高い優先順位を持ち、公平な方法で緊急にこの問題に対処しなければならない。

  • 3 世界的なインフレによる利上げや資源価格の高騰は世界の経済や金融を不安定化させ、新興国や途上国の経済悪化から、途上国の債務問題を拡大させている。G7各国は世界経済で懸念される危機を管理すると同時に、債務問題の解決のためのコモン・フレームワークが実効的に稼働できるように一層の努力を行う。この債務問題では、債権国中国にも貸し手としての責任を遂行し、国際協力の姿勢を世界に示すことを求める。

  • 4.ウクライナ侵略を受けて発動されたロシア制裁を受け、石油、天然ガスなどの資源価格の高騰から、資源ナショナリズムの傾向が世界的に強まり、資源争奪や生活に必要な資源を確保できない国が出ている。G7各国は、途上国などへの省エネ技術、調達先の紹介や、代替資源の開発に向けた一体的な支援など、需要・供給両面からの取り組みをさらに強化するべきである。また、G7国間でも新しい技術の共同開発や情報共有、緊急時の資金供与など資源外交を拡大すべきである。

  • 5.民主主義の修復のためには、G7各国で中間層を再構築し、民主主義の社会基盤を安定化させることが必要である。そのためには賃上げだけではなく、新しい変化や多様な価値に対応する人的投資を行い、民主主義国自体の強靭性を高めなくてはならない。また、民主主義国は、共通の基盤を持つ多くの国と、民主的な政治制度における違いを認めたうえで連携する必要がある。こうした連携こそが、私たちが信じる民主主義、自由と法の支配を守るための砦となるからである。

  • ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・G7の一つの目標は「法の支配に基づく国際秩序を守り抜くというG7の決意を力強く示すこと」と岸田首相

 3月24日の「東京会議2023」の公開フォーラムで採択された「日本でのG7首脳会議に向けたメッセージ」(共同声明)は、その後、開かれた歓迎夕食会で言論NPO代表の工藤泰志から、「東京会議」の生みの親の一人でもある岸田首相に手渡され、首相からG7に向けた決意が表明された。

 岸田首相は講演の冒頭、「世界は今、歴史の転換期を迎えている。ロシアによるウクライナ侵略は、国際社会のルール・原則そのものへの挑戦だ」と強く非難した上で、日本の首相として戦後初めて戦地に入るという、ウクライナへの歴史的な電撃訪問を回顧。「ロシアによる侵略を一刻も早く止めなければならないとの決意を新たにした」と語った。

 その上で、今年5月の広島サミットにおいて、日本がG7議長として達成しようとしている目標について説明した。

334772746_910114216985568_5428270976194432169_n-(1).jpg

 その第一の目標は、「法の支配に基づく国際秩序を守り抜くというG7の決意を力強く示すこと」とし、ロシアによるウクライナ侵略に限らず「力による一方的な現状変更の試みは、東シナ海や南シナ海においても続いている。さらに、経済的威圧もまた、看過することのできない課題」であると指摘。

 「大小問わず、すべての国は、法の支配の下でこそ、平和と安全を確保することができ、また、自由で開かれた国際秩序の恩恵を享受することができる」とし、広島サミットでは、「いかなる地域においても力や威圧による一方的な現状変更を認めず、法の支配に基づく国際秩序を守り抜く、というG7の結束とその意思を、国際社会に示す」と意気込みを語った。

 同時に、「ロシアが行っている核兵器による威嚇もまた国際社会の平和と安全に対する深刻な脅威」とし、被爆地・広島で行われるサミットでは核兵器による惨禍を再来させないための「G7として現実的かつ実践的な取組を進めていくとの力強いメッセージを発信したい」と述べた。

 続いて、G7議長国としてのもう一つの優先課題として、「いわゆる『グローバル・サウス』への関与の強化」を提示。その理由として、多様化する世界の中で「様々な特色を持った国のパワーが相対的に増してきている」との認識を表明しつつ、こうした新たな勢力との対話と協力を進めていく必要があるとした。

 特に、気候変動を始めとする地球規模の課題深刻な問題については、G7間で議論するだけではなく、グローバルサウスを含めた国際社会と広く連携していく姿勢が大事であり、ウクライナ訪問に先立つインド訪問もその戦略の一環だったと説明。

 「モディ首相との間ではG7とG20で連携して、国際社会の重要課題に取り組むことを確認した」と振り返りました。また、インド滞在中に「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の新プランを発表したことについても、「国際社会を分断と対立ではなく協調に導くとの決意を示したもの」としつつ、FOIPのビジョンを共有する国々との連携・協力の輪を広げていくとの意向を示した。

 最後に、「我々の目の前にある挑戦は、G7にとってのみならず、国際社会の基本原則を共有し、人類の平和と繁栄を願う全ての国々にとっての挑戦である」とし、こうした認識の下、「この時代に何が求められているのか、現実的な外交を通じて、G7議長国としての目標達成に取り組み、グローバル・サウスを含む、国際社会のあらゆる国々と共に新たな時代を築いていく」と決意表明し、講演を締めくくった。

(編集「カトリック・あい」)

2023年3月25日

・教区司祭2人含めて6人の新司祭が東京カテドラルで叙階(菊地大司教の日記)

(2023年3月22日 (水) 菊地大司教の日記 「司祭叙階式@東京カテドラル」

2023_03_21_023 3月は卒業シーズンですから、各地の教育機関では卒業式が行われています。司祭を養成する学校である神学校も、この時期、神学生が巣立っていきます。厳密な意味では違うのですが(司祭の養成そのものは生涯養成で卒業がないので)、その卒業式にあたるのは司祭叙階式ですが、3月21日には、全国各地で叙階式が行われました。

2023_03_21_027 東京カテドラル聖マリア大聖堂では、久しぶりに多くの方に参加していただき、また内陣に司祭団もあげて、司祭叙階式を執り行い、六名の新しい司祭が誕生しました。

2023_03_21_197

 この六名の新しい司祭とは、東京教区のフランシスコ・アシジ 熊坂 直樹(くまさか なおき)師、フランシスコ・アシジ 冨田 聡(とみた さとし)師、コンベンツアル聖フランシスコ修道会の大天使ミカエル 外山 祈(とやま あきら)師、テモテ・マリア 中野里 晃祐(なかのり こうすけ)師、聖パウロ修道会のレオ 大西 德明(おおにし とくあき)師、そしてレデンプトール会のフランシスコ・アシジ 下瀬 智久(しもせ としひさ)師の六名です。みなさんおめでとうございます。

 神様からの呼びかけに応え、御父から司祭職を授けられました。この道を生涯歩み続けることができるように、共に祈りを続けたいと思います。

 なおこの日のミサには、先日叙階されたイエズス会の森・渡辺の二人の助祭も参加してくださいました。

 それぞれの修道会での喜びであり、個別にお祝いも考えられたかと思いますが、こうして教区の中心にあるカテドラルで一緒に叙階されることで、司祭誕生の喜びを修道会に留めることなく、教区全体の喜びをして祈りの時を共有できたかと思います。ご一緒にと言う教区からのお誘いに快く応じてくださった修道会の皆様に感謝します。昨日誕生したこの六名の司祭をはじめ、この時期に各地で誕生している新しい司祭たちの、これからの協会での活躍に期待しながら、司祭の召命のために祈り続けます。

 なお、熊坂新司祭は北町教会・豊島教会の助任司祭として、また冨田新司祭は松戸・市川教会の助任司祭として、それぞれ、復活祭後から派遣いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2023_03_21_073 以下、叙階式ミサの最中、呼び出しと養成担当者からの適格性の確認の対話後におこなった、説教の原稿です。

【東京教区、レデンプトール会、パウロ会、コンベンツアル会 司祭叙階式ミサ 東京カテドラル聖マリア大聖堂 2023年3月21日】

この三年間、感染症による危機的な状況の中で、私たちは、世界中のすべての人たちと一緒になって、どこに光があるのか分からないまま、暗闇の中を彷徨い続けてきました。

命は神の似姿として創造された尊厳ある存在であり、すべての命は例外なく神からの賜物として与えられたと信じる私たちには、この現実の中でとりわけ命の意味について深く考え、責任を持って命の尊厳を語り、そのために行動する務めがあります。

東日本を襲った巨大地震と津波の発生から、数日前に12年となりましたが、あの時、私たちは、自然の驚異的な力の前に、人間の知恵や知識のはかなさを痛感し、命の創造主の前で謙遜に生きなければならないことを、実感させられました。12年におよぶ復興の時にあっては、互いに支え合い、連帯のうちに歩むことこそが、命を生きる希望を生み出すことを学んだはずでした。しかし残念ながら、私たちは時の流れとともに教訓を忘れ去ってしまいます。忘れ去ったところに襲いかかったのが、この感染症でありました。

私たちはこの一連の時の流れの中で、私たちを巻き込む様々な出来事のただ中に身を置きながら、どこに向かって歩むように、と導かれているのかを考えてみる必要があります。

2023_03_21_159 感染症によってもたらされた危機は、私たちを疑心暗鬼の闇に引きずり込みました。先行きが分からない中で、人は自分の身を守ることに躍起になり、心は利己的になりました。利己的になった心は余裕を失い、社会全体は寛容さを失いました。寛容さを失った社会は、暴力的、攻撃的になり、異質な存在を排除して心の安定を求めるようになりました。深まる排他的感情の行き着く先は、命への暴力であり、さらには戦争の勃発です。

この感染症の危機の中で、皆で光を求め、共に歩まなくてはならないときであるにもかかわらず、ミャンマーではクーデターが起き、一年前にはウクライナで戦争まで始まり、いまだ終結の気配さえ見せていません。

ちょうどこの困難な時期に教皇様は、シノドスの道を共に歩むようにと呼びかけておられます。そのテーマは、「共に歩む教会のため-交わり、参加、そして宣教-」と定められました。私たちは今その道程を、全世界の教会とともに歩んでいます。各国が報告書を作成し、提出したらそれで終わりではないのです。私たちには、教会のあり方そのものを見つめ直し、新たに生まれ変わることが求められています。道程は、まだまだ続いていきます。

2023_03_21_274 私たちは一人で生きていくことは出来ません。孤独のうちに孤立して命をつなぐことはできません。神からの賜物である私たちの命は、互いに助けるものとなるために与えられています。互いに支え合って、共に道を歩むことで、私たちは命を生きる希望を見いだします。

人間関係が希薄になり、正義の名の下に暴力が横行し、排除や排斥の力が強まる陰で孤独や孤立による命への絶望が深まる今だからこそ、命の尊厳を守り抜き、そのために互いに連帯し、支え合いながら、道を歩むことが不可欠です。

命の与え主である神に向かってまっすぐと歩みを進めるために、聖霊の導きをともに見出さなくてはなりません。そのためにも、互いのうちに働かれる聖霊の声に耳を傾け、共に祈る中で、神の導きを見出していかなくてはなりません。教会共同体がともに歩むことは、命を生きる希望を生み出す源です。

交わりによって深められた私たちの信仰は、私たち一人ひとりを共同体のうちにあってふさわしい役割を果たすようにと招きます。交わりは参加を生み出します。一人ひとりが共同体の交わりにあって、与えられた賜物にふさわしい働きを十全に果たしていくとき、神の民は福音を証しする宣教する共同体となっていきます。果たして今、私たちの教会共同体は、何を証ししているでしょうか。

さて皆さん、この兄弟たちは間もなく司祭団に加えられます。・・・

(以下、叙階式定式文に続く)

ビデオでは、2:48:00から、叙階をうけた新司祭のインタビューをご覧いただけます。当日のライブ配信そのままの録画ですので、いろいろと周囲ががたがたしていますが、ご覧いただければと思います。またインタビュー前には、記念撮影の状況もご覧いただけます。

2023年3月22日

・(評論)劇的な10年を経て…”ゴルバチョフ・ジレンマ”に直面する教皇フランシスコ(Crux)

(Credit: Both images by Associated Press.)

(2023.3.12 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 ”彼”が権力の頂点に立って10 周年を迎える頃には、この”異端児”の指導者の下では何も変わらないことが明らかになった。 彼の開放性、改革への情熱、可能性への感覚は、世界の想像力を捉え、彼が率いる組織を未知の領域へと駆り立てたが、やがて制御不能に…。

 海外での絶大な人気にもかかわらず、国内では、左右両陣営からの断固たる攻撃を受け、彼自身の組織は引き裂かれ、二極化し、ますます脆弱になっていく。

After a dramatic decade in power, Pope Francis faces a Gorbachev dilemma

 これまで考えられなかった 10 年間の変化は、伝統的な確信を打ち砕き、ほぼすべてのことが可能に見える状況を作り出した。その中には、”指導者”が考えも、望みもしなかったものも含まれている。

 このように、聖ペトロの後継者に選ばれて 10 周年を迎えた教皇フランシスコを説明できるかもしれない。しかし実際には、それは1991年初頭、トップとして懸命に内部から革新しようとしていた「帝国」が崩壊する直前のソ連大統領、ミハイル・ゴルバチョフの姿だ。

   そして今、教皇フランシスコが”ゴルバチョフ問題”を抱えていることは明らかなようだ。

 

*教会外での絶大な称賛、内における左右双方からの攻撃…

 カトリック教会の外では絶大な称賛を得ているが、内においては、批判的な声がますます高まりを見せている。ゴルバチョフのように、フランシスコは、進歩的な姿勢に不満を持つ伝統主義の右派と、単なる”改革”ではない、実のある”改革”を渇望する性急な左派の両方から攻め立てられている。

 同じようにフランシスコも、前の教皇の下で過小評価されていた人々―ウォルター・カスパー枢機卿、オスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿など―を復権させ、離婚して民法上の再婚をしているカトリック教徒に聖体拝領を認めることや、ラテン語のローマ典礼ミサの規制など、教会の方針を逆転させた。

 

*制御不能の地滑りを起こしたゴルバチョフの二の舞となるか、それとも…

 

 今から見て、ゴルバチョフが何を目指していたかは明らか―社会正義と世界的連帯を約束するソ連の政治システムをその約束通り実現させたかったのだ。彼のビジョンは、素晴らしい未来を約束するに十分強力なソ連の政治機構だった。

 そのような試みが、実際にはどう展開したか。過去の復活を目ざす”8人の盗賊”が率いる保守反動分子による1991 年 8 月の反ゴルバチョフ・クーデターの挑戦を受け、それを失敗させた後、 ボリス・エリツィンに政権を譲り、彼の下でソビエト連邦は、12か国による独立国家共同体に移行、連邦は終焉を迎えた。そして… ゴルバチョフは昨年亡くなるまで主張し続けていた―新しいソ連の政治システムというビジョンが勝利を収めていれば、ロシアは、共産主義と経済の崩壊、そして独裁全体主義国家への回帰-プーチン大統領の下での”帝国”には立ち至らなかったろう、と。だが、実際には、ゴルバチョフ自身が制御不能の地滑りを引き起こしてしまったのだった。

 そして今の問題は、フランシスコもまたゴルバチョフと同じ運命をたどるのか、それとも”魔神”を瓶の中に閉じ込めることに成功するのか、である。

 先行したゴルバチョフのように、フランシスコは今、自身のカトリック教会のシステムの内部で強力な”右翼”の動きに直面している。 彼らが実際に”クーデター”を試みる可能性は低いものの、教皇が推進する課題の多くに対して、積極的に、あるいは受動的に抵抗する傾向があるのは確かなことだ。

 その一方で、さらに抜本的な教会改革を実行する許可を待とうとしないリベラル派集団の増加にも直面している。その動きは現在、ドイツやベルギーなどの西欧の一部の国で顕著だ。 バチカンの指針をあからさまに無視して、同性婚に祝福を与えるのを認める方向でのドイツの司教団の採決は、ゴルバチョフの回避の呼びかけを無視してエリツィンたちリベラル派が強行した1990年ロシア連邦人民代議員大会選挙を想起させる。

 

*ソ連を凌駕する持続力を持つ教会、だが穏健な改革が左右両派の攻撃に耐えられるか?

 

 確かに、カトリック教会は、ソ連をはるかに凌駕する持続力を持っている。 ソ連の寿命は70年足らずだったが、 カトリック教会は2000年以上前から存在している。 フランシスの下で対立がどれほど激しくなったとしても、彼が率いる教会が単純に解体されることはまずない。

 にもかかわらず、問題は残っている― フランシスコによって描かれた穏健な改革は左右両派の攻撃に耐えることができるだろうか?  それとも、二極化が進む時代の強力な遠心力の働きで、破断は避けられないのだろうか?

 言い換えれば、フランシスコは、ゴルバチョフの台本に最後まで倣う運命にあるのだろうか? 詩篇で語られているように、この苦杯をなめる運命にあるのだろうか? それとも、カトリック教会の回復力が予想外に強力で、フランシスコ自身も経験から学ぶ機会を与えられているとすれば、ゴルバチョフが失敗したところで成功し、新しいエネルギーと目的意識をもって課題に立ち向かう用意のある組織体制を後に残すことができるだろうか?

 それを判断するのは時期尚早だが、フランシスコが 教皇在位10 周年を迎えた今、少なくとも次のように言うことはできる―教皇職の残りの期間で、”歴史上に実在したゴルバチョフ”となるのか、それとも物事が実際に計画通りになる”ゴルバチョフが歩んだ時空とは別の時空のゴルバチョフ”になるのか、だ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年3月14日

(評論)教皇フランシスコ在位10周年:慈しみと平和の願いを込めた宣教の熱意(VN)

(2023.3.12 Vatican News   Isabella Piro )

 教皇フランシスコ、当時のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿がローマ教皇に選出された日から13日で10年が経つ。福音宣教への情熱と宣教的な意味での絶え間ない教会改革の歩みに特徴づけられた10年の時間の流れは、2つの異なる見方で捉えることができる。一つは「前に進んでいく時間」、もう一つは「他者と出会い、豊かになって戻る、めぐる時間」である。

 ・・・・・・・・・・・・・

*「前進」と「巡回」が重なる形で進むフランシスコの教皇職

 

 「時間は、空間を超える」-教皇は、着座して最初に出された使徒的勧告「福音の喜び」の中でこう述べておられる。この勧告は、教皇着座から今日までの10年を、たくさんの意味とともに包み込んでいる。

  イエズス会士で南米出身の最初の教皇、フランシスコと名乗られ、さらには前任教皇の退位後に選出された近代初の教皇 にとって、「空間は、進行を強固なものにし、時間は、未来に向かって歩みを進め、希望をもって前進するよう私たちを力づける」ものだ。この時間の理解は、フランシスコの教皇職を解釈するうえでの鍵-「前進」と「巡回」が重なる形で展開する。前者は「人を歩み始めさせる時間」であり、後者は「出会いと兄弟姉妹愛の広がりを持つ時間」だ。

 

*使徒憲章「福音の宣教」に象徴される「前進の時間}

 「前進の時間」で第一に挙げられるのは、2022年に発布された使徒憲章「Praedicate Evangelium( 福音の宣教)」だ。この憲章は、教皇庁組織により宣教的な構造をもたらした。新しく導入されたものの中で、支援援助省や、教皇によって直接運営される新生の福音宣教省の設立などが目を引く。さらに、教皇庁における信徒の登用に目を向けるとともに、2015年の財務事務局の創設はじめ教皇のこの10年に経済・財政分野で行ってきた多くの改革の仕上げを目指している。

 教皇フランシスコによって始められた様々な歩みは、エキュメニズム、諸宗教対話、シノドスの中にも見られる。

 教皇は、毎年9月1日に正教会と共にキリスト者に「エコロジー的回心」をアピールする「環境保護のための世界祈願日」を2015年に創設。教皇は、同年に発表されたご自身の2番目の回勅(最初の回勅は、前任教皇ベネディクト16世との共著「信仰の光」)「ラウダート・シ − 共に暮らす家を大切に」の中でも同様の呼びかけを記している。

*地球環境,教会一致、諸宗教対話

 

 同回勅の主軸となるものは、「共に暮らす家を大切にする」ための取り組みを人類が責任をもって負うようにとの、「航路の変更」の勧告である。取り組むべきものの中には、貧困の根絶や、貧しい人々への関心、地球の資源に対するすべての人の平等なアクセスが含まれている。

 2016年2月12日、教皇はキューバで、モスクワおよび全ロシア総主教キリル1世と会見、「慈愛のエキュメニズム」-より兄弟愛に満ちた人類を築くキリスト者の共通の努力-を実践する共同宣言に署名した。この努力は、2022年3月16日、ウクライナにおける戦争のただ中という悲劇的な状況の中でも行われた。教皇フランシスコとキリル1世は電話会談を行い、この中で「和解プロセス」を目指す「停戦」への共通の努力を強調した。(「カトリック・あい」注:残念ながら、この”成果”は、ウクライナ軍事侵攻を止めないプーチン大統領を全面支持するキリル1世の声明や振る舞いによって踏みにじられているが。)

 また、今年2月に教皇が、イングランド国教会のジャスティン・ウェルビー・カンタベリー大主教と、スコットランド国教会の総会議長イアン・グリーンシェルズ牧師と共に行った、南スーダンの平和のためのエキュメニカルな巡礼も忘れがたい。

 諸宗教対話においては、2019年2月4日、アブダビで、教皇とグランド・イマーム、アフマド・アル・タイーブ師によって署名された共同文書「世界平和のための人類の兄弟愛」は、一つの道標となった。同文書は、キリスト教とイスラム教の関係の基礎をなす一歩であり、諸宗教対話を励まし、テロリズムと暴力をはっきりと非難するものだ。

*そして”シノドスの道”の開始、聖職者による性的虐待との戦い

 ”シノドスの道”を開始したことも、教皇フランシスコの教会変革の重要な取り組みの一つだ。耳を傾け、識別し、話し合うことを基本に据えた”シノドスの道”は、教区、大陸、普遍教会の3つのレベルで3年をかけて歩みが続けられており、その歩みを総括する「世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会」は当初、今年10月の一回とされていたが、教皇は、「共に歩む教会のため − 交わり、参加、そして宣教」をテーマに今年と来年の2回にわたって開く、という異例の決定をされた。

 「聖職者などによる未成年者に対する性的虐待との戦い」も、教皇フランシスコが注力されているものの一つだ。未成年者の保護に関する世界の司教協議会会長による会合を2019年2月に開かれ、真実と透明性をもって行動する教会の意志を確認。それをもとに自発教令「Vos estis lux mundi(あなたがたは世の光である)」を発出、被害者たちが虐待や暴力を届け出るための新しい手続きを定め、司教や修道会の長上らにとるべき態度を周知することに努められた。

 

*「 巡回の時間」としての40回の海外司牧訪問、移民・難民問題への対応

 「前進の時間」に対し、教皇フランシスコの「巡回の時間」は、地理的、あるいは実存的な意味での「辺境」への関心を中心に動いている。

 教皇は、「現実は、中心から見るより、隅から見た方がよく見える」と言われる。それを象徴するのは、教皇の40回にわたる海外司牧訪問だ。36回を数えるイタリア国内訪問と同様、ほとんどの訪問地はいわゆる「辺境」だった。2013年7月8日、教皇としての初めての訪問地は、地中海における移民・難民問題の舞台、ランペドゥーサ島だった。

 2016年4月、ギリシャ・レスボス島の難民キャンプ訪問も記憶に残る。訪問の終わりに、教皇はご自分の特別機にシリア難民12名を同乗させ、ローマの支援団体に託された。難民問題は、「巡回の時間」の中のもう一つの重要なテーマだ。教皇はこのテーマを「進んで受け入れる」「保護する」「助ける」「統合する」という4つの動詞に沿って発展させた。このテーマは、「切り捨ての文化」や「無関心のグローバル化」との、継続的な戦いも含んでいる。

*回勅「兄弟の皆さん」と世界平和への努力

 

 教皇フランシスコの「巡回の時間」の中には、平和に対する絶え間ない努力がある。2020年10月4日に発表された回勅「 Fratelli tutti兄弟の皆さん)」は、それを見事に表現している。同回勅は、兄弟姉妹愛と社会的友愛を呼びかけ、断固として戦争に反対している。2年後、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった時、「連帯のグローバルな倫理」から生まれる「現実的で恒久的平和」を説くこの回勅は、「散発的な第三次世界大戦」を次第に体験しつつある世界において、”預言”的なものとなった。

 教皇によって推進された「平和の外交」の別の例として、2014年6月8日、バチカン庭園で、イスラエルのペレス大統領とパレスチナのアッバース大統領と共に行われた「聖地の平和のための祈り」がある。

 また、同年12月17日発表された、米国とキューバの国交正常化という歴史的な出来事のために、教皇フランシスコは両国の元首、オバマ大統領とカストロ国家評議会議長に親書を送り、「新しい段階を始める」よう呼び掛けてきた。

 教皇庁と中国間の司教任命をめぐる暫定合意も同じ方針の上にある。2018年に署名されたこの暫定合意は、2020年に延長され、さらに2022年さらに2年延長された。

 さらに、ウクライナにおける戦争が大きな影を落としたこの1年、教皇は自ら平和のために取り組んだ。2022年2月25日、教皇は駐バチカン・ロシア大使館に大使を訪問。また、数回にわたりウクライナのゼレンスキー大統領と電話で会談した。教皇は停戦に向け、数多くのアピールを繰り返してきた。

 

*連続講話「使徒的熱意について」に込めた宣教する教会への願い。前任者たちとの絆

 

 一般謁見の連続講話で現在進められている「使徒的熱意について」も、教皇の「巡回の時間」の重要な部分を占めている。2013年に発表された使徒的勧告「Evangelii gaudium(福音の喜び)」以来強調されてきた宣教への情熱は、喜びと、神の救いの愛の美しさ、「外へ出て行く」教会、信者に寄り添う、「優しさの革命」に応える教会に特徴づけられる。

 教皇フランシスコは、前任の教皇たちと強い絆で結ばれている。それは、2014年4月17日の、ヨハネ23世とヨハネ・パウロ2世の列聖にも、よくしるされている。さらに、2018年10月14日にパウロ6世、 2022年9月4日にはヨハネ・パウロ1世の列福が加わった。現教皇は、ヨハネ・パウロ1世の微笑みを「喜びの顔を持つ教会」の象徴、として思い起こしておられる。

 また、教皇フランシスコの中で特別な位置を占めているのは、2022年12月31日に帰天した名誉教皇ベネディクト16世だろう。この10年、教皇フランシスコは、ヨセフ ・ラッツィンガーへの大きな尊敬を隠されることがなかった。様々な機会に、その神学的な洗練、優しさ、献身を称えてきた。今年1月5日、教皇フランシスコは、前任者の葬儀を主宰する近年初の教皇として、ベネディクト16世の葬儀をなさった。

 今、教皇フランシスコは在位11年目に入ろうとしておられる。教皇はそれを希望と共に始められる。「希望する者は、決して失望することがない」と教皇は言われる。なぜなら、「希望は、復活の主の御顔を持っている」からだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」)

2023年3月13日

・教皇フランシスコ在位10年ー物議を醸した5つのポイント(Crux)

(2023.3.8 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen

 ローマ発 – カトリック教会の舵取りを 10 年間務めた教皇フランシスコは、世界的に愛され、尊敬される人物になったが、その一方で、公正な役割を越えた論争を生み出した。その多くは、ソーシャル メディアの”おかげ”で、 リアルタイムで目に見える形で再生されている。

 教皇に選出された後の最初の”ハネムーン”の期間が終わった後、真剣な意思決定を始めたとき、ゆっくりと批判の小滝が流れ落ち始め、前任の二人の教皇との大きなトーンの違いが明らかになってきた。

 在位 10 周年を前に、これまでにフランシスコが下した決定の中でおそらく最も物議をかもした5つの点を振り返ってみよう。

 

 

*最大の議論を呼んだ使徒的勧告「愛の喜び」の脚注

 おそらく、教皇フランシスコの 10 年間の統治全体で、2014,2015年の家庭に関する世界代表司教会議の結論を基に2016年に出された使徒的勧告「Amoris Laetitia(愛の喜び)」ほど、大きな議論を呼んだものはなかったろう。

 具体的に言えば、騒ぎは、この勧告の本文そのものよりも、第8章「弱さに寄り添い、識別し、受け入れる」の305項の脚注351によって起きた。そのような表現で、離婚して再婚したカップルがケースバイケースで秘跡を受けることができるように、慎重な扉を開いたのだった。

 305項は「司牧者は、人の人生に向かって石を投げるかのように、『例外的な』事情にある人に道徳法をあてはめることで、務めを果たした、と思ってはなりません…」で始まり、「酌量の予備のある条件や要因から、客観的に見て罪の状態にある… 人は、神の恵みを味わい、愛し、恵みと愛ある命を育めるようになります。それは、そうなるように、との教会の支援を受けながらのことです」とあり、その個所の脚注として352で、「場合によって、それは諸秘跡の助けを含む… 聖体は『完璧な人のための褒美ではなく、弱い者のための良質な薬であり栄養』…」と述べている。

 離婚して再婚したカップルが聖体拝領を受けられるか否かは、使徒的勧告のもとになった家庭に関する世界代表司教会議で最も激しく争われた問題の 1 つであり、「聖体拝領を認めれば、カトリック教会の公式の教えに違反し、結婚観の変更を意味することになる」と多くの参加者が主張した。

 教皇フランシスコの判断は、「すべてのカップルが同じ、というわけではなく、白黒明瞭な区別はない。したがって、教会の教えは、そのようなカップルに寄り添い、聖体を拝領できるか、出来るとしたらいつかについて、適切な識別ができるような余地を、司牧者たちに認めている」ということだった。

 この使徒的勧告を受けて、世界の多くの国の司教協議会が、離婚して再婚したカップルに聖体拝領をケース・バイ・ケースで認めることを含む適用指針を出したが、それは、彼らに聖体拝領の扉を開いた教皇への反発をさらに大きいものにした。

 米国のレイモンド・バーク枢機卿を含む 4 人の保守派の有力枢機卿が教皇に対して、使徒的勧告にある脚注 351 の有効性について 5 つの疑念を表明したが、教皇から回答がないとして、その内容を 保守的なカトリックのメディアを使って公けにして、騒ぎを大きくし、その後の論争のもとを作った。

 教皇のこの決断は、ルビコン川を渡る―二度と戻ることのできない―決断であり、自身と批判勢力の者の間の対立を決定的なものにした瞬間と言えた。

 その時点まで、カトリック教会の保守勢力は教皇を擁護することができると考えており、教皇の決定のいくつかに反対しながらも、教皇は自分たちの側にあると主張できた。だが、使徒的勧告「愛の喜び」が出された後、保守勢力の多くが、教皇に、裏切られ、亀裂は決定的になったと感じ、彼のもとを去っていった。

 余談だが、フランシスコは、「中絶権利擁護派」の政治家が聖体拝領を受けることを認めるか否かの論争にも、この論理を適用。「聖体拝領を政争の武器にすることはできない」とし、担当教区にそのような政治家のいる司教たちに、「警官」ではなく「司牧者」として対応するように、強く勧めている。

 

*ヨハネ・パウロ2世研究所の再設立

 教皇フランシスコをめぐるもう 1 つの主要な論争点は、2017年の「結婚と家庭の科学のための教皇庁立神学研究所ヨハネ・パウロ2世」の再設立だ。

 この研究所の前身はヨハネ・パウロ2世教皇が1981年に設立した「結婚と家庭の研究のための教皇庁立研究所ヨハネ・パウロ2世」。命と結婚についての教会の教えを推進するために作られ、堕胎、避妊、安楽死に明確な反対を表明するものだったが、新研究所はそれに取って代わり、家庭生活の日常の現実についての学際的な研究と、カトリック以外の団体との交流に重点を置いている。

 新研究所の設立当初、多くのカトリック関係者は、設立の意味をよく理解していなかった。そして、教皇に批判的立場をとる何人かは、「”敵対的”と思われる研究員を解雇するのか目的」と非難し、教皇の新研究所設立の狙いにも反対した。

 新研究所の設立は、使徒的勧告「愛の喜び」で示された教皇フランシスコの意向、より一般的には「結婚と家庭」に関する論争を再燃させた。その中には、教皇の立場が「カトリック教会の教え」と整合性があるのかどうか、また教皇の本当の狙いが教会の倫理神学を完全に変えることにあったのではないか、と疑問を呈する人も含まれていた。

 論争は最終的に収まったが、多くの批評家の口にいやな後味を残している。

 

 

*南米アマゾン地域シノドス(代表司教会議)と「パチャママ」の像

 教皇フランシスコのこれまでの在位の中で論争になったことがもう一つある。それは、2019 年に開かれたアマゾン地域シノドス(代表司教会議)で、先住民族の霊性をめぐる議論が噴出し、教皇を批判する人々が「教皇は異教崇拝を公然と容認している、と受け止めたことだ。

 議論の象徴になったのは、「パチャママ」―先住民族の豊穣と母なる大地の女神―の像だった。それは、ひざまずいて妊娠したおなかを抱きしめる裸の先住民族の女性の姿をかたどっている。

 議論が激しさを増したのは、バチカン庭園でのアマゾン地域シノドスの開会に当たって、先住民文化の要素を取り入れ、カトリックの典礼に先住民の霊性を反映させることを象徴する祈りがなされてからだ。

 批判的な人々は、その場に、パチャママの彫像を含む、アマゾンの先住民にとって文化的および精神的に重要な多くのものが目立つように置かれていたこともあり、その典礼は「カトリック教会の主を讃える祈りからはほど遠い、異教の儀式や偶像崇拝に類似したものだ」と異議を申し立てた。

 こうした異議が出るのを事前に察知したのか、教皇フランシスコはバチカンの担当者が事前に準備したあいさつ文を暗唱せず、代わりに、主の祈りを唱えるように会議出席者に求める配慮をしたが、地域シノドスの開催中にバチカン近くのローマの教会にアマゾン地域に関係する他の品々と共に展示されていたパチャママ像が盗まれ、そばのテベレ川に投げ込まれるという”事件”が起き、議論は先鋭化。教皇が、像を含む置物が置かれたのは”偶像崇拝”を意図したものでない、としたうえで、不快に感じた人たちに謝罪文を出す、と言う事態になった。

 アマゾン地域シノドスでの議論で他に注目されたのは、月に一回もミサを捧げることができなくなっている現地の司祭不足に対処するための女性助祭、そして、既婚男性の司祭叙階の是非だった。

 関係者が関心を持ったのは、アマゾン地域の幾人かの司教たちが出してきたこの提案を、教皇フランシスコが認めるかどうかだったが、この地域シノドスを受けて2020 年に教皇が出した使徒的勧告「 Querida Amazonia(愛するアマゾン)」で、女性助祭も既婚男性司祭の叙階も認められることはなかった。

 女性助祭について、教皇は議論することを認めたものの、「さらに研究する必要がある」とし、すでに2016年に設置している「女性助祭について研究する委員会」に”研究”を委ねたが、いまだに明確な判断は出されていない。既婚男性の司祭叙階については、教皇は正式に認める決定を避け、地元の信者たちの召命を促進するために現地に神学校を設立する必要を強調するにとどまった。

 全体として、アマゾン地域シノドスは教皇フランシスコにとって、大きな論争の的となった出来事の 1 つであり、異教崇拝、女性助祭の叙階、既婚男性の司祭叙階の是非に関する議論だけでなく、カトリックの典礼と第二バチカン公会議の適切な解釈に関する内部対立も復活させた。

 

 

*伝統的なラテン語ローマ典礼ミサの制限

 最近になって始まり、世界のカトリック教会に大きな波紋を巻き起こし続けているのが、伝統的なラテン語のミサへのアクセスを制限する、という2021年の決定だ。

 第二バチカン公会議による典礼改革以前に世界中で行われていたラテン語によるローマ典礼ミサは、公会議以後、現地の司教の認可を条件とするなど厳格な枠がはめられてきたが、これを前任者のベネディクト16世が主任司祭の自由な判断で出来るようにしていた。これをフランシスコは自主教令の形で、「ミサは世界のそれぞれの現地の言葉で捧げる」という公会議の方針に沿って、ベネディクト16世による”自由化”以前に戻した。

 自主教令によるミサ典礼に関する新規範では、すでにラテン語のローマ典礼ミサを捧げている司祭が、それを続けようとする場合には、所属教区の司教から許可を得る必要があるとした。また 新規範の公布後に叙階された司祭がラテン語のローマ典礼ミサを捧げることを希望する場合、司教に正式な申請が必要で、司教は許可を与える前にバチカンと協議することが義務つけられた。さらに、世界の司教たちに、ラテン語のローマ典礼ミサを捧げることのできる特定の時間と場所を決めるよう求め、伝統的なラテン語のローマ典礼ミサのみを捧げる小教区の新規設立や、小教区のミサの通常の日程にラテン語のローマ典礼ミサを入れることを禁じた。

 この決定は、たちまち賛否の論争を呼び、ラテン語によるローマ典礼ミサに固執する人々は「教皇は”残酷”。我々は誤解され、”虐待”されている」と述べ、「難しい問題ではあるが、地域の教会共同体に分裂が根付くのを防ぐための必要なこと」と支持する人々との間で対立が起きた。

 教皇はさらに2月末、世界の司教に対して、担当教区の司祭たちにラテン語のローマ典礼ミサを認める権限を制限する教令を出し、これがさらに論争をあおる形になっている。

 特定の教会関係者の中での伝統的なラテン語ローマ典礼ミサに対する人気と、第二バチカン公会議から始まった改革を否定する動きが繋がっていることを考えると、これは教皇フランシスコと前任者ベネディクト16世にとって極めてデリケートな問題であり、伝統的な典礼へのアクセスを制限するというフランシスコの決定は、彼が次世代に引き継がせる問題で最も物議を醸すものの一つであり続けるだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年3月10日

(評論)教皇フランシスコ着座10周年を前にー左派対右派の論争は”信徒の教会離れ”と関係なし(CRUX)

(図表は Istat/Corriere della Sera 提供)

(2023.3.5 Crux 編集者 John L. Allen Jr.)

ローマ – 教皇フランシスコの 着座10 周年の3月19日を前に、多くの論評がなされるだろう。バチカン専門家たちは、フランシスコと前任者たちーヨハネ・パウロ 2 世とベネディクト 16 世ーとの対比を強調し、ある者は教皇フランシスコが過去 10 年間にとった新しい方向を称賛し、またある者は失望する見方を述べるだろう。

Repeat after me: On left v. right debates over popes, ‘It just doesn’t matter!’

 いずれにも共通するのは教皇職の重要性への認識だ。教皇が右寄りになるか、左寄りになるか、ハッチを閉じるか、開け放つか、は、カトリックの盛衰にとって重要だ。

 そうした中で、現代の教皇職を取り巻くすべてのイデオロギーの「響き怒り」にもかかわらず、こういうことがあるのを思い起こすことは意味のあることだろうーつまり、教皇たちには、彼らがどれほと伝統主義的か前衛的かに関係なく、制御できないことがある、ということだ。

 その一つが、カトリックの活力の基本的で一般的に受け入れられている尺度ー日曜日に教会のミサに出てくる信徒がどれほどいるか、だ。

 2001 年には、全回答者の 36.4% が「週に 1 回以上教会に行く」と答え、15.9% は「一度も行ったことがない」としていたが、 20年たった2021年には、32.4%が「一度も行かない」と約二倍に増え、「毎週行く」と答えたのは19.2%と大幅に低下した。

 ミサ出席者の減少は1960 年代に始まったが、これは第二バチカン公会議 (1962-65) のリベラルな改革と一致し、パウロ 6 世の比較的左寄りの教皇職の時代まで続いた。 1980 年代には、より保守的な教皇ヨハネ・パウロ 2 世の下で出席者は落ち着いたように見えたが、1990 年代に再び減少し始め、それ以来、上向くことはない。

 2001 年から 2021 年にかけての減少は、影響力がピークに達していたはずのヨハネ・パウロ二世の治世最後の 4 年間と一致している。そして、 ベネディクト 16 世の 8 年間。 さらにフランシスコの教皇着座から8年間。 言い換えれば、12年間の保守的な教皇のリーダーシップと、8年間の進歩的な教皇の治世のいずれもが、ミサに行く人の数に影響を与えていないのだ。 つまり、イタリアにおけるミサ出席者の顕著な減少の原因は、教皇が保守的かリベラルかとは、ほとんど関係がないようである。

 教皇フランシスコの教皇着座10周年を迎えるにあたって、真に劇的な この10 年間の変転を味わい、分析するのは意味のあることだ。だが、カトリックの繁栄を取り戻したい、と思うのなら、左派と右派の観点だけで教会活動を分析して解を求めようとするのは、時間とエネルギーの最も有望な使い方では必ずしもない、ということを認識する必要がある。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年3月6日

・ロシアのウクライナ軍事侵攻1年‐教皇の繰り返しの和平への祈りと訴え

キーウ近郊、ブチャからもたらされたウクライナ国旗を示す教皇フランシスコ 2022年4月6日キーウ近郊、ブチャからもたらされたウクライナ国旗を示す教皇フランシスコ 2022年4月6日  (Vatican Media)

 ウクライナ侵攻から1年、この12か月間を教皇フランシスコの平和への祈りとアピールを通し振り返る。

 2022年2月24日のウクライナへのロシアによる軍事侵攻開始から、1年が経過した。

 侵攻開始の前日、2022年2月23日、教皇は一般謁見の席で、ウクライナ情勢の緊迫に深い悲しみと、苦悩、不安を表明。「神は平和の神、戦争の神ではありません。神は皆の父であり、誰かのものではありません。わたしたちが必要とするのは兄弟であり、敵ではありません。国家間の共存を破壊し、国際法を軽んじながら、人々の苦しみを増すようなあらゆる行動を控えるよう、関係するすべて当事者たちにお願いします」と呼びかけた。

 しかし、その翌日2月24日朝ロシア軍はウクライナの北部、東部、南部に侵入し攻撃を開始。バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は、「皆が憂慮していた悲劇的な展開が、残念ながら現実になろうとしている。しかし、まだ努力の時間はあり、協議の余地はある。まだ、知恵を用いて一部の利害を優先させることを防ぎ、皆の正当な願いを守り、世界を戦争の狂気と恐怖から免れさせることはできる」と声明した。

 戦争勃発直後から、教皇のアピールは頻度を増していった。2月27日のお告げの祈りで、教皇は「戦争をする者は、人間性を忘れます」、「あらゆる紛争において、戦争の狂気の代償を身をもって払う真の犠牲者は普通の市民たちです」と述べ、避難者のための人道回廊を開くよう訴えた。

 2022年の「灰の水曜日」、3月2日、教皇の呼びかけで「平和のための断食の日」が行われた。同日の一般謁見で、教皇はお年寄りたちをはじめ、ウクライナの人々に連帯を示すと同時に、避難民のために「国境と心と家の扉」を開いたポーランドの人々に感謝を述べた。

 3月6日、教皇はお告げの祈りで、「ウクライナでは血と涙が流されています」、「これは単なる軍事作戦ではありません。死と破壊と悲惨をもたらすだけの戦争です」と強調。母と子たちをはじめとする避難民に思いを寄せ、人道的支援を願った。また、教皇は、教皇慈善活動室のコンラート・クライェフスキ枢機卿と、人間開発省のマイケル・チェルニー枢機卿をウクライナの人々の支援のために現地へ派遣したことを明らかにした。

 3月13日のお告げの祈りで、教皇は「おとめマリアの名を冠した都市マリウポリは、ウクライナを破壊しつつある耐えがたい戦争によって、今や殉教の町となりました」と悲しみを表し、「神の名において願います。この殺戮を止めてください」と嘆願。

 その数日後、3月16日、教皇はモスクワ総主教キリル1世とビデオを通して会談し、「教会は、政治的な言語を話さず、イエスの表現を用いる」、「戦争の犠牲を払うのは人々であり、ロシア兵であり、爆撃されて亡くなる市民である」と話し、司牧者として戦争に苦しむ人々を助ける使命を示した。

 この後も、教皇のウクライナ情勢に対する言及、アピール、祈りは、毎週の一般謁見やお告げの祈りにおいてだけでなく、様々な機会を通し行われた。

 教皇は、3月25日、バチカンでとり行われた共同回心式の中で、全人類、特にロシアとウクライナをマリアの汚れなき御心に奉献。「戦争の嵐の中でわたしたちを遭難させないでください」、「憎しみを消し、復讐をなだめ、赦しを教えてください」、「戦争からわたしたちを解放し、核兵器の脅威から世界を守ってください」「戦争を止め、世界に平和をととのえてください」と聖母に祈りを捧げた。

 4月2日と3日に行われたマルタ共和国訪問でも、教皇は「この戦争は冒涜です」と述べ、苦しむ人々のために祈り、これらの人々を助けなければならない、と話した。

 4月6日の一般謁見で、教皇はウクライナ・キーウ近郊ブチャでの市民に対する殺戮を非難。「『戦争を止め、武器を置き、死と破壊の種をまくのをやめよ』という、犠牲者たちの無実の血が上げる叫びは、天にまで届いています」と述べた。「この国旗は戦場から、苦しみに痛めつけられた町、ブチャから来たものです」と教皇はブチャから届けられたウクライナ国旗を広げられた。

 4月17日、2022年度復活祭の「ウルビ・エト・オルビ」のメッセージで、教皇は、冷酷な戦争の暴力と破壊に深く傷つけられたウクライナを思い、「この苦しみと死の夜に一刻も早く新たな希望の朝が訪れ、平和が選択されるように」と祈願された。

 5月1日のレジーナ・チェリの祈りで、教皇はカトリック教会の伝統で聖母に捧げられた5月、毎日のロザリオの祈りを平和のために捧げるようすべての信者たちに願った。教皇はマリウポリの製鉄所に閉じ込められた人々の避難のために確実な人道回廊が準備されるようアピールされた。

 5月8日「ポンペイの聖母」の記念日、教皇は正午の祈りで、イタリア南部ポンペイの聖母巡礼聖堂に集った信者たちと心を合わせ、ウクライナの人々の苦しみと涙を聖母に示し、平和を祈願された。

 「聖母月」最終日、5月31日、教皇はローマの聖マリア大聖堂の「平和の元后マリア」像前で、世界の聖母巡礼聖と中継で結ばれた、ロザリオの祈りの集いを持った。教皇はこの中で「平和の大きな恵み」を求め、人々の回心、暴力や復讐心に満ちた心の変容を祈った。

 教皇は6月1日の一般謁見で、ウクライナの小麦の輸出停滞に懸念を表明。この問題を解決し、普遍的な人権である「食料への権利」を保証するためにあらゆる努力を惜しまぬよう、また小麦という基本的な食料を戦争の武器として用いることがないよう、アピールされた。

7月上旬、教皇は、司教会議のためポーランドに集ったウクライナのギリシャ典礼カトリック教会の司教らにメッセージをおくり、「教会が、希望の水を汲む場所、常に扉が開かれた場所、慰めと励ましを受け取る場所となるように」との助言をおくり、キリスト教的希望を決して失わないように励まされた。

 教皇は、8月7日の「お告げの祈り」で、ウクライナ産の穀物を積んだ船が出港したことに喜びを表し、この一歩は、対話を通して皆に有益な具体的結果へ到ることは可能であると示すもの、と希望のしるしを見出された。

 9月中旬に行われたカザフスタン訪問からの帰国途中、教皇は記者会見で、「すべての人に対話の可能性は与えなくてはならない。対話によって何かが変わる、他の見方や考え方を与える、という可能性は常にある」と常に対話に開かれた姿勢を強調、「さもなくば、平和への唯一の理性的な扉を閉ざしてしまうことになる」と語った。

 教皇は、10月2日の正午の祈りで、「ウクライナにおける戦争の状況は深刻かつ破壊的、懸念すべきものになっている」、「この恐ろしい理解不能な戦争は収まるどころか、流血の事態を増大させながら、さらに広がろうとしている」と深い憂慮を表明。「人類が再び核の脅威に直面していることはもってのほかである」と述べた。教皇はロシア連邦大統領に対し、この暴力と死の連鎖を自国民への愛のためにも止めるようにと訴え、同時に、ウクライナ大統領に対し、平和のための真剣な提案に心を開くよう信頼をもって呼びかけた。

 11月6日、教皇はバーレーン訪問終了後、随行の記者団との対話で、ロシアとウクライナ間の和平交渉に対するバチカンの継続的な関心、解決模索のための接触や、人質をめぐる働きかけなどに言及。先の2つの大戦の悲惨を振り返り、無数の戦没者への思いを語った。

 12月8日、「無原罪の聖マリア」の祭日、教皇はローマ市内スペイン広場の聖母のモニュメントの前で祈りを捧げた。「無原罪のおとめよ、長い間平和を主に祈ってきたウクライナの人々の感謝を、今日ここでお伝えするはずでした」と教皇は言葉を詰まらせながら聖母に語りかけ、「あなたが十字架の下で御子のそばに留まられたように、あなたが彼らと、苦しむすべての人々と、共におられることを知っています」、「愛が憎しみを超え、真理が欺瞞に勝利し、赦しが侮辱にまさり、平和が戦争に打ち勝つと、信じ、希望し続けることができますように」と祈願した。

 12月25日、2022年度降誕祭の「ウルビ・エト・オルビ」で、教皇はウクライナに思いを向け、「ウクライナの人々は、10ヵ月にわたる戦争による破壊のために、この降誕祭を暗さと寒さの中で、あるいは自分の家から遠く離れた場所で過ごしています。苦しむすべての人々を助けるために、わたしたちがすばやく具体的な行動を取ることができるよう、また武力を鎮める力を持った人の精神を照らし、この言語道断の戦争を直ちに終わらせることができるよう、主が助けて下さいますように」と祈った。

 そして、教皇は、2023年1月1日のカトリック教会の「世界平和の日」のメッセージの中で、「新型コロナウイルスによるパンデミックが最悪の状態を脱したかと思われた時、もう一つの恐ろしい災難が人類を襲った」とウクライナにおける戦争に言及。

 この戦争が無実の人たちの命を奪い、人々を不安に陥れているだけでなく、小麦や燃料問題に代表されるように、遠く離れている人々にまで苦しみを与えている状況を示した。教皇は「この戦争は他の地域で起きているすべての戦争と同様、全人類の敗北を表すもの」と強調。

 適切な解決がまだ模索されるこの戦争に対し、わたしたちはどうすべきなのかと問いながら、まず心を改め、自分や自国のことだけに関心を向けずに、普遍的な兄弟愛の精神のもと、共通善の光に照らし考えることから始めなくてはならない、と招いている。

 さらに、1月9日、駐バチカン外交団への年頭の言葉で、教皇は、「今日いまだに核の脅威は回避されず、世界を恐怖と不安に陥れている」と述べ、「核兵器の所有は倫理に反する」、「核兵器による脅しの下では、いつもわれわれ全員が敗者である」と明言。ウクライナにおける戦争の死と破壊、周辺地域のみならず世界全域に与えている影響を見つめつつ、この意味のない戦争を直ちに止めるようアピールを新たにされた。

2023年2月27日

・コロナの影響で若者が「失われた世代」となる恐れ(世界銀行報告)

(2023.2.17 世界銀行東京事務所Eニュース)

 コロナが子供・若者の認知力発達と生涯収入を損ない 複数世代の将来の豊かな暮らしと経済成長に陰り


 2月16日ワシントン発 – 新型コロナ危機は、ライフサイクルの中で人的資本構築にとって決定的に重要な時期に甚大な悪影響を与え、低・中所得国で数百万人に上る子供や若者の発育を妨げた、と世界銀行は、「崩壊と回復:コロナがむしばんだ人的資本と挽回への道筋」で指摘した。

 報告書は、コロナ危機が始まった時点で25歳未満だった子供と若者を対象に、新型コロナの世界的大感染による影響に関するデータを分析した初の報告書で、主要な発育段階を幼児期(0~5歳)、学齢期(6~14歳)、青年期(15~24歳)に分類している。分析の結果、現在学生の世代はコロナで教育機会が損なわれたことにより将来の収入を最大で10%失いかねないとされている。また、現在幼児の世代は認知力の発達が損なわれた結果、成人後の収入が通常より25%低くなる恐れがある。

 人的資本とは、人が長い時間をかけて積み上げる知識、スキル、健康のことで、子供の潜在能力を引き出し、各国が強靭な回復と力強い将来的成長を達成するための鍵となる。ところが、新型コロナの世界的大感染により学校や職場が閉鎖され、母子保健や職業訓練など、人的資本を守り強化するためのほかの主要サービスも途絶した。

 「新型コロナの世界的大感染の際の学校閉鎖、都市封鎖、サービスの途絶により、人的資本構築における数十年分の進歩が帳消しになる恐れが生じた。複数の世代の発育を損ねないようにするためには、基礎的な学習、保健、スキルの損失を挽回するための的を絞った政策が不可欠である。」とマルパス世界銀行総裁は述べた。「各国は、公衆衛生上のショック、紛争、低成長、気候変動という重複する危機への国民の強靱性強化のために人的資本への投資拡大の新たな道筋を示すと共に、迅速でより包摂的な成長のための強固な基盤を構築する必要がある。」

 新型コロナの世界的大感染により、多くの国で学齢期前の幼児の場合、コロナ前と比べ、早期の言語・識字学習機会の34%以上、数学の学習機会の29%以上が失われた。さらに、学校再開の後でも、学齢期前の就学率が2021年末までに以前の水準まで回復しなかった国は多く、10%ポイント以上低かった国もめずらしくない。また新型コロナの世界的大感染の間に子供の食料不足は一段と深刻化した。

 学齢期児童では、平均して、学校閉鎖30日間につき約32日分の学習が失われた。学校閉鎖と非効率な遠隔学習により学習機会が減った上、それまでの学習内容が忘れられてしまったからである。低・中所得国では学校閉鎖により、10億人近い子供が少なくとも1年分、7億人以上が1年半分の対面での学習機会を失った。結果として、コロナ前に既に57%だった学習貧困がさらに悪化し、10歳児の70%が基本的な文章を読んで理解することができないと推定される。

 新型コロナの世界的大感染は若者の雇用にも大きな打撃をもたらした。コロナ感染がなければ仕事についていたはずの4,000万人が、2021年末の時点で仕事についておらず、若者の失業増加傾向に拍車がかかっている。若者の収入は2020年に15%、2021年に12%減少した。学歴が低いまま労働市場に参入すると、最初の10年間の収入が13%低くなる。ブラジル、エチオピア、メキシコ、パキスタン、南アフリカ、ベトナムのデータでは、2021年に若者全体の25%が通学・就業せず、職業訓練も受けていなかった。

 資本蓄積の後退に対応するための機会は限られている。人生の早い時点での空白は時間と共に拡大する傾向にあるからである。緊急に対策を講じない限り、新型コロナの世界的大感染は貧困と格差の深刻化も招きかねない。報告書は、現在の損失から回復し、将来の損失を未然に防ぐための政策オプションを科学的裏付けに基づき示している。また、危機からの回復に向けて各国が様々に異なる政策オプションの中で優先順位をつけやすくするアプローチも示している。

 短期的には、幼児のために各国が注力すべきは、ワクチン接種と栄養補給の促進、学齢期前教育へのアクセス向上、脆弱世帯への現金給付の対象拡大に対象を絞った取組みが必要である。学齢期児童のためには、政府は学校の運営を続け、授業時間を増やすと共に、学習成果を測定して生徒の学習レベルに見合った教え方を探り、基礎的学習を強化するためカリキュラムを再編する必要がある。若者のためには、状況に応じたトレーニング、職業斡旋、起業家プログラム、労働者を重視した新たなイニシアティブが極めて重要な意味を持つ。

 長期的には、各国が機動的で強靭かつ状況に適応できる保健、教育、社会的保護システムを構築し、現在そして将来のショックにより効率的に備え対応できるようにする必要がある。

 「現在25歳未満の人々、つまり人的資本崩壊により最も大きな影響を受けた世代は、2050年に働き盛りの労働人口の90%以上を占めることになる。」と報告書の代表執筆者である、世界銀行のノーバート・シェイディ人間開発チーフエコノミストは述べた。「新型コロナの世界的大感染が彼らに与えた影響を挽回し、その将来に投資することを、各国政府の最優先分野とすべきである。そうでなければ、一つの世代だけでなく複数の『失われた世代』を生み出すことになってしまう。」

 世界銀行グループは、新型コロナの世界的大感染による打撃から立ち直ろうとする人々を守り、彼らに投資するため、各国政府と緊密に協力を続けている。世界銀行によるパンデミック対応資金は、2020年4月から2022年6月までに728億ドルに達した。ここには、国際復興開発銀行(IBRD)からの376億ドルと国際開発協会(IDA)からの351億ドルが含まれる。同期間に、人間開発に対する資金は475億ドルに上り、低・中所得国において300件のプロジェクトに充てられている。

2023年2月18日

・教会に関する戦略的研究:ドイツの教会がバチカンから離れたら、どうなるか(Crux)

(2023.2.12 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 

ローマ – ワシントンの米国防大学のような場では、政治、諜報、軍事の将来の指導者が、さまざまな仮説を立て現実世界への戦略的影響について熟考するよう求められるーロシアがウクライナで戦術核兵器を使用したらどうなるか ? 中国が台湾に侵攻したら? イスラエルがイランの核施設を爆撃したら?ー未来を予測することは誰にもできないが、危機が実際に訪れる前に、将来の展開を予想し、最善の戦略的対応を検討することが重要だ。

 カトリック教会には、米国の国防大学に相当する機関はないが、複雑で絶えず変化する世界的な課題に直面して、対応を検討することが必要だろう。教会の戦略研究の演習例として、現時点ではそれほど深刻でないように見える問題について考えてみようー”シノドスの道”の歩みの過程で引き起こされた、ドイツの教会のバチカンとの対立だ。

 ドイツの教会の少なくとも一部が、バチカンとの関係を断ち切り、司教と一般信徒が共同で決定を下す「シノドス(共働)評議会」の考えに基づく新しい指導体制を採用するとしたら、それはどういう意味をもつだろうか?

*実際に教会活動しているカトリック教徒は310万人で”誤差の範囲内”だが

 

 まず第一に、厳密に戦略的な観点から言えば、カトリックの人的資本という点ではそれほど重要ではないかもしれない。ドイツには現在、約 2200 万人のカトリック教徒がいるが、ミサ出席率はわずか 14% であり、定期的に教会活動に参加している者は 310 万人しかいない。世界全体で 13 億人の信者がいるカトリック教会で、300 万人は”誤差の範囲内”に近い数字だ。

 新たに司祭になろうとする人数も減っている。ドイツの司教協議会が先月末に発表した報告書によると、現在、全27教区で司祭候補者はわずか48人。 カトリック人口がほぼ同じインドでは、毎年その約 10 倍の新司祭が生まれているにもかかわらずだ。

*財政力は圧倒的、ドイツが離れればバチカン財政は大きな打撃を受ける

 だが、財政力を見た場合、仮にドイツがバチカンとの関係を断ったら、バチカン財政は大きな打撃を受けるだろう。ドイツの教会財政に詳しいジャーナリストのカルステン・フレルク氏は、ドイツのカトリック教会の総資産を約 4600 億ドル(60兆円)と見積もっている。 カトリック教会は、ドイツの納税者が所属する教会に所得税の一定割合が振り向けられる「教会税制度」の恩恵を受けている。

 2021 年だけでドイツのカトリック教会は教会税から 70 億ドルの収益を得ている。 このような潤沢な予算をもとに、ドイツのカトリック教会は政府に次ぐ同国 2 番目の大雇用主となり、総従業員数は約 80 万人にのぼる。また、ドイツのカトリック教会は、国内の財団を通して、発展途上国のカトリック教会にかなりの貢献をしている。

 最新のバチカンの財務報告によると、年間歳出は約 11 億(1450億円)に上り、投資と金融、保有不動産収益、世界のカトリック教会からの寄付、という 3 つの主な収入源によって賄われている。バチカンへの献金額をめぐって、ドイツの教会は 毎年、米国の教会との首位争いを繰り広げており、それぞれがバチカンの年間収入の約 4 分の 1 を占めている。したがって、仮に、ドイツの教会がバチカンから離れた場合、ドイツからの献金を断たれたバチカンは、年間約 9000 万ドル(120億円)の歳入に陥る可能性があるのだ。

*本当の問題は、リベラル派優位のカトリック教会への政治的な影響

 だが、本当に興味深いのは、ドイツの教会がバチカンから離れた場合の政治的影響だ。ドイツ教会は、教皇フランシスコによる進歩的な教会改革を強力に支援してきた。離婚し民法上の再婚をしたカトリック教徒に聖体拝領を認めること、同性愛のカトリック教徒に手を差し伸べる… 故ベネディクト 16 世教皇を信奉する人々の集まりを含め、ドイツのカトリック教会には、強力な保守派も存在するが、それでも”重心”は”左”に傾いている。

 さらに、仮にドイツの教会がバチカンから分離独立した場合、教会をめぐる変化に対するリベラルな要求が手に負えなくなるほど大きくなり、そのような事態を招くことを警告してきた保守派の判断は正しかった、ということになるだろう。

 バチカンは、これまでのような献金や資金援助をドイツの教会から受けられなくなれば、それに代わる資金供給先を見つけねばならなくなる。となれば、バチカンは保守的な人物や機関への依存度を高まる可能性がある、と考えるのは理に適っている。

*ドイツのバチカン離れで利益を受けるのは誰?

 最近、Neuer Anfang(新しい始まり)として知られる保守的なドイツのカトリック教徒のグループは、シノドス方式に反対し、「ドイツの特定の教会の状況を明確にするための最も直接的な解決策」として教会分裂を実際に要求した。彼らは恐らく、”大地震”が起きた後にドイツのカトリック教会に残るのは、最も保守的な要素である、と想定している。

 もしそうなれば、世界のカトリック教会のリベラル派にとって、ドイツの行き過ぎた改革推進を抑制するというメリットがある反面、保守派はその暴走を助長するという、直観的な力を示唆しているように思われる。

 言い換えれば、「 cui bono?(誰が利益を受けるか?)」とい古くからの分析的質問に答えて、ドイツの”シノドスの道”の歩みの場合、このシナリオは、正しい答えが、「(利益を得るのは)あなたが考えている人ではない」と言う結果になることを示唆している。

 当然ながら、以上のような分析が正しいかどうかは議論の余地がある。 しかし、それが教会の戦略的研究で私たちが手に入れることのできる”気晴らし”の見本であるなら、仲間に入れてほしい!

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

2023年2月13日

☩「”シノドスの道”でドイツの教会改革はイデオロギー的でエリートが作ったもの」と教皇が批判ーAP通信と単独インタビュー(CRUX)

(2023.1.26  Crux  Senior Correspondent Elise Ann Allen)

 ローマ発 -教皇フランシスコはこのほど、米国の国際通信社 APと独占インタビューに応じ、聖職者による性的虐待問題や対中国など幅広い質問に答えられた。

 インタビューは24日にバチカンの教皇の住まいで行われ、25日に公開されたが、その中で最も意外な回答として受け取られたのは、教皇主導の”シノドスの道”の歩みの中で ドイツの教会が進めようとしている改革プロセスを「イデオロギー的」であり、「エリートによってなされているもの」と批判したことだった。

 ”シノドスの道”は一昨年秋に世界の小教区レベル、教区レベルで始まり、各国レベルの歩みを経て、現在、各大陸レベルの歩みに入っており、今年10月と来年10月にはそれを総括する形で世界代表司教会議(シノドス)通常総会が2期にわたって開かれる予定だ。

 APとのインタビューで、この”シノドスの道”との関連で、関係者の間で論争の的になっているドイツの教会の取り組みについて、「ドイツの経験は役に立たない。なぜなら、彼らのこれまでの歩み(で出された改革案)は、いわゆる”シノドスの道”をもとにしたものではあっても、神の民の総意ではなく、”エリート”によって作られたものだからです」とされ、ドイツのシノドスの道は「少々、エリート主義的であり、シノドス自体の手続き上のコンセンサスをすべて得ているわけではありません」と批判。

 そして、「対話をするのは良いことです。危険なのは、そこに、極めてイデオロギー的なものが入り込むことです。イデオロギーが教会のプロセスに入り込むと、聖霊は”家に帰って”しまいます。イデオロギーが聖霊に打ち勝ってしまうからです」と警告された。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 ドイツの教会の”シノドスの道”は、教皇が世界的取り組みとして始められたのに先立って、 2019 年に開始された。聖職者による性的虐待がドイツの教会にもたらしている危機への具体的対応、その一環として、一般信徒に教会の管理・運営上の重要な役割を与えることなどを柱とする教会改革をまとめるのが、主たる目的だった。だが、歩みの中で、女性の司祭叙階や、同性カップルに対する司祭による祝福、さらには聖職者の妻帯、同性婚の承認、司教選任に関して一般信徒の権利、などを肯定する声が有力司教や司祭、一般信徒から相次ぎ、バチカンや世界の教会関係者の間で大きな議論を呼ぶに至っている。

 バチカンは昨年夏、ドイツの司教団に「分裂をあおることのないように」と警告する声明を出し、「”シノドスの道”は、カトリックの教義と道徳の問題について判断する何の権限もない」と言明。 これに対し、ドイツの司教団は、これを「意外なこと」と受け止め、この問題についてバチカンと話し合いをしたい、との希望を表明した。そして、昨年11月にドイツの司教団がバチカンに定期訪問をした際、教皇庁の関係部署のトップと会合をもち、教皇庁側から、ドイツの”シノドスの道”の歩みを”一時停止”するように、との提案がされた。

 ドイツ側はこれを拒否し、対話継続で合意したものの、今週になってバチカンが、ドイツ司教団にあてた書簡で、ドイツ共働評議会ードイツの教会を管理・運営する、司教と一般信徒で構成する常設の立法機関ーの設置案の却下を表明したことで、対立が再燃した。却下の理由として、バチカン側が「ドイツ共働評議会は、ドイツ司教協議会に取って代わるリスクを冒し、司教団の権威を損なうことにつながる」と説明したのに対して、ドイツ司教協議会会長のゲオルク・ベッツィング司教は「バチカンの懸念は妥当なものではあるが、根拠に乏しい」と反論している。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

*シノドスの主たる目的は

 教皇はAPとのインタビューで、現在進められている”シノドスの道”とそれを総括する場としての今年秋と来年秋の二度にわたって開かれる世界代表司教会議総会の狙いは、「カトリック教会をすべての人に対して、もっと思いやりのある、包括力のある存在とすることある」と強調。これまでの世界の各教区レベルの意見交換の中で、女性たちに教会における場、特に指導的地位に着く機会を増やすことの必要性などが強く指摘されているが、「歩み中で生まれたこのような”新たな課題”はどれもが、私個人ではなく、聖霊からもたらされたもの」と指摘された。

 また、女性の司祭叙階と女性助祭は、”シノドスの道”以前から課題とされており、「既婚司祭と女性助祭の是非については、2019 年のアマゾン地域代表司教会議で多く関係者の注目を集めましたが、実際の会議では、この地域にとって差し迫った課題ーカテキスタの増員や現地での司祭召命を促進する神学校の増設などーへの対処が中心となりました」と付け加えられた。

*聖職者による性的虐待ールプニク神父の問題

 教皇フランシスコはまた、聖職者による虐待がもたらしている教会の危機、同性愛を犯罪とする法律を撤廃する必要性、バチカンと中国との関係、ご自身の健康、そしてご自分を批判する人々への思いなどについても、質問に答えた。

 聖職者による性的虐待について、教皇は「より透明性を高め、傷つきやすい成人に注意を向ける必要性」を強調し、最も最近明らかになった性的虐待の被疑者であるイエズス会士、マルコ・イヴァン・ルプニク神父に対しては、「驚きであり、傷です」と述べた。

 バチカンや世界中のバジリカや礼拝堂などの壁画で知られる著名な芸術家でもあるルプニクは、1990 年代に数人の修道女を性的および精神的に虐待したとして告発されたが、昨年のバチカンの調査では、告発の対象となっている事案がすでに時効になっている、として罰則は適用されなかった。また、性行為の相手の女性を聴聞司祭の立場を利用して無罪放免にしたとして、いったん破門になったものの、1カ月もたたずに破門解除となった。結果、彼が受けている制裁は、イエズス会本部による聖職者としての活動制限のみだ。

 これに対して教皇は、ルプニクに対する訴訟で「自分ができるのは、通常の裁判を続けること。そうでないと、手順が分裂してしまい、すべてが混乱してしまうからです。私自身は、この問題とは何の関係もない」と述べ、ルプニクに対する訴えの対象には未成年が含まれていなかったため、「時効を適用しない、という判断はしなかった」と説明した。

 

*教皇自身の健康状態は「正常」

 自身の健康状態について聞かれた教皇は、「私の年齢では、正常です」と答え、精神的な状態については「私は少し頭がおかしい」と冗談を言ったうえで、「全体的には良好です」とされた。

 教皇は2020年7月に炎症を起こした結腸の一部を切除する手術を受けているが、「術後、腸壁の膨らみが元に戻った」。また、昨年、転倒の際に膝をわずかに骨折し、しばらく杖と車椅子の使用を余儀なくされたが、「レーザーと磁気療法のおかげで手術をせずに治癒しました」と語った。

 

*自身への批判について

 昨年12 月 31 日に教皇の前任者、ベネディクト 16 世が亡くなった後、自身に対する批判と新たな抵抗の動きが出ていることについて、AP通信に聞かれた教皇フランシスコは「そのような私への批判はいつもあります。彼は、教会の司牧的実践に対する私の手法と対立している、とよく言われてきました」としたうえで、そのような声を耳にして、「最初は驚きがありましたが、良いこともありました。 そして、私の欠点に気付き始めると、それを嫌う人もいます。 どんな多様な考え方であっても、いくらかの批判は存在します…しかし、批判の声があるということは、発言の自由があることを意味します」と述べた。

 そして「私がお願いしたいのは、私に面と向かって批判すること。それによって、皆が成長できるからです」と強調した。

*ベネディクト16世、ペル枢機卿の死を受けて

 また、ベネディクト16世に続いて、オーストラリアのジョージ・ペル枢機卿も1月初めに帰天した。枢機卿は、後に教皇フランシスコの統治を「大惨事」と呼んだ匿名の手紙の筆者であることが明らかになり、議論を呼んだが、教皇は、「彼には批判する権利があった。批判する権利は人権の一つです」とする一方で、ペル枢機卿は「バチカンの財政改革で私を大いに助けてくれた。偉大な人物でした」と評価した。

 ベネディクト16世は亡くなるまでの9年間、名誉教皇として過ごしたが、帰天を機に「名誉教皇」に関する新たな規範を作ることを考えているかどうか、と尋ねられた教皇は、「考えていません。私自身は、遺言書を書くことさえ、考えていません」と答え、「物事は自然に起きねばならないと思います。 そして、あと何回か現職教皇が生前辞任を繰り返した後で、規則あるいは規制が整えられる可能性がありますね? でも、それは私に思い浮かんだ考えではありません」と述べた。

 

*中国との司教選任の暫定合意と陳枢機卿に対する評価

 中国との対話、また司教の任命に関するバチカンと中国の暫定合意に関して、教皇は「忍耐が必要である」ことを強調し、「中国は複雑な存在ですが、私たちは対策を講じています」と述べた。

 そして中国国内での司教選任について「(問題のある点を)”拡大鏡”で見られていますが、そうでない場合は、込み入った対話がある場合はどうでしょうか。重要なのは、対話が途切れないことです」と強調。「中国人は親切ですが、時には少し閉鎖的で、また時にはそうでない場合もある。辛抱強く、歩かねばなりません」と語った

 関連して、昨年の秋、中国政府・共産党によって鎮圧された香港の民主化運動を支持したとして、香港の裁判所から有罪の罰金刑を受けた陳日君・枢機卿(元香港教区長)を称賛。自身の対中政策を強く批判していた同枢機卿を「魅力的なお年寄り。優しい心を持った方」と讃えた。

 教皇は、1月5日のベネディクト16世の葬儀ミサに香港当局の特別許可を得て参列した同枢機卿と会見したが、彼のことを「勇敢な方」と評した。そして、教皇の書斎に来て、中国で大切にされている『佘山の扶助者聖母像』を見て子供のように泣き始めたことを思い起こされ、「陳枢機卿は、意志が強く積極的であるという側面をほとんど表に出しません。『無い』と言うのではなく、『ある』のですが、(子供のような)純朴さの裏に隠れているのです」とも語った。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年1月27日

・2023年、バチカンをめぐる5大予想は…(Crux)

(2022.12.30 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 ローマ発 – 衆目の一致するところでは、2022 年の決定的な世界的出来事は多くのアナリストが恐れていたことだったが、正確に予測した人はほとんどいなかったーロシアによる 2 月 24 日の全面的なウクライナ侵攻は、第二次世界大戦以来、ヨーロッパで最も深刻な武力紛争を引き起こした。

 最も劇的な転機となる出来事は、多くの場合、私たちがそうなるとは予測しないものだ。2022年の予測の誤りは、2023年の予測について、少しは慎重になる必要があることを教えている。

 未来学の優れた点は、予測した時点で、それが間違いだと証明されることはまずない、ということだ。予測が正しかったと評価できる時には、ほとんどの人は、誰がその予測をしたかを忘れている。米議会で長く上院院内総務を務めたボブ・ドールがかつて副大統領職について語った予測は、こうだったー「それは屋内作業だ。”重労働”はない」。

 このような気持ちで、2023 年のバチカン予測の主要リストをここに掲げよう。このいずれかが実現したら、まず、「この記事で読んだ」と歴史に刻んでほしい。そうならなかったら、私は1 年後にこの記事を Crux サイトから静かに削除する。

5. ウクライナは無理でも、イランの安定回復へ貢献の可能性

 2022年は、バチカン外交にとって、がっかりするような形で終わりを迎えようとしている。教皇フランシスコと彼のチームは、ロシアによるウクライナ戦争の調停者となることを両国指導者などに繰り返し申し出たが、耳を貸してもらえなかったようだ。 ウクライナの外相が和平交渉を提案したとき、教皇ではなくアントニオ・グテーレス国連事務総長を仲介者に”指名”した。

 だが、2023 年にバチカンが、誰もが驚くほど大きな役割を果たすことが期待される別の紛争があるーイランだ。この国は現在、1979 年のイスラム革命以来、最も長く続く内紛に巻き込まれており、逮捕者や処刑者が増えているにもかかわらず、抗議の人々が街頭に繰り出し続けている。今後の展開を予測することはできないが、今後数か月で内紛が一層激しくなり、不安定になる可能性がある。

 世界の主要な非イスラム国・組織の中で、バチカンはイランに関与する独自の能力を持つ。 教皇庁は、米国と正式な外交関係を結んだ1984年より30年も前、1954 年からイランと外交関係を続けている。また、多くの宗教学者が、カトリックとイランを支配するシーア派のイスラム教の間には、聖人、大衆の信心から聖職者の位階制、殉教と贖罪まで、多くの類似点がある、と指摘している。「カトリック教徒とシーア派は自然な会話相手だ」と言う専門家もいる。 もしバチカンがそのカードを適切に使えば、イランを「穏健と改革」へと導く能力を持つ数少ない”舞台裏の役者の一人”になる可能性がある。

4.イスラエルの右翼政権とパレスチナ問題への関与は

イスラエルの歴史の中で最も右翼的で民族主義の政権が力を持つにつれて、2023年に聖地が再び、複数のレベルでバチカンの頭痛の種になるとの予測が出ているようだ。 バチカンは、イスラエルとパレスチナの紛争に対する二国間の対話による解決と、対話の間、和平を保つために宗教施設の共有について現状を維持することを、支持し続けてきた。 だが、イスラエルの新政権は、このようなバチカンの主張のいずれも受け入れないように見られる。

 さらに、新政権は、少数派のキリスト教徒に対して新たな圧力をかけることを示唆している。バチカンは、「キリスト教会指導者が過度に親パレスチナだ」という、多くのイスラエルの組織、団体の先入観を確固たるものにしないよう、キリスト教徒とその機関に行動を慎重にするよう釘を刺す必要がある。

 2023 年には、バチカンとイスラエルの外交関係の基本協定 30 周年を迎える。それは両者の関係を深める機会となるべきものだが、金融、税金、資産の問題を扱う付則が、30年経った今でも採択されていないことを思い起させる機会ともなるだろう。 聖地のカトリックの法務担当は最近、この地域のカトリックの教会、団体を法的に支援するための「専門法律事務所」を開設している。

3.”シノドスの道”の成果望む教皇に厳しい試練

 2023 年のバチカンのカレンダーには、 2 つの重要な日付が記されている。3 月 5 日に、ドイツの”シノドスの道”で 5 回目で最後 (少なくとも今のところ) の総会が開かれ、10 月 4 日には、教皇フランシスコが世界代表司教会議通常総会PhaseⅠを開会する予定だ。PhaseⅡは一年後の2024年10月に予定されている。

 ”シノドスの道”で、ドイツの”実験”的な歩みとローマの正式な歩みの緊張関係は、今後 1 年間のカトリックのドラマの多くを際立たせるはずだ。ひと言で言えば、教皇と彼のバチカンの顧問は、同性婚、聖職者の独身制、女性の司祭・助祭の叙階、司教の選任方法の見直しなど「世界中で多くの議論を呼んでいる問題に前向きな方針を打ち出すことで、世界の教会の流れに先んじることのないように」とドイツの司教団に”警告”を出している。

 その一方で教皇は、ドイツ教会の”歩み”の主導者を批判することはせず、少なくとも今のところは事の成り行きに満足されているようにも見える。教皇自身の”シノドスの道”に対する期待がうまく実現するように努め、世界中の信者たちによる多くの協議、多くの参加の中で、教会活動の根本的な見直しを進めようとする教皇にとって、おそらく最も厳しい試練の年となるだろう。

2. いまだ続く聖職者による性的虐待と対処への強い批判、どう対応

 2002 年に米国で聖職者の性的虐待スキャンダルが勃発して以来、世界中のカトリック教会は、被害者に正義を行い、子供たちに安全な環境を作るために多大な努力を払ってきた。 その取り組みの一環として、バチカンは児童虐待事件の手順を成文化し、速やかで確実な対応を世界の司教たちに求めた。

 2023年は、カトリック教会が大人、特に女性への虐待に関して同様に積極的な姿勢を取らざるを得なくなった年として、教会の歴史に刻まれるかも知れない。 現在、その”原動力”となっているのは、イエズス会士のマルコ・ルプニク神父をめぐる性的虐待スキャンダルだ。神父は著名なスロベニアの芸術家だが、母国の女子修道院のシスターたちに対する長きにわたる性的、精神的虐待と、「性行為を行った女性を赦免する」という告解の秘跡の乱用で告発されている。

  現在までに、ルプニクが受けた唯一の懲罰は、告解の乱用に対する短期間の破門と、イエズス会による聖職者としての活動の制限だけだ。 他の聖職者の性的虐待行為に対する厳罰に比べ、あまりにも甘い懲罰にとどまっていることに、多くの聖職者、信徒の間に困惑と怒りを引き起こしている。

 2021年に、教皇は教会法における性的虐待の定義を拡大し、対象に未成年だけでなく、成人の被害も含むように改めたが、多くの識者は、その実施が明らかに不均一にとどまっている、と批判している。 新年に入って、教皇と世界の教会指導者たちは、ルプニク問題への対処にとどまらず、この問題で明らかにされた聖職者による性的虐待への対応と定められた手順のギャップを埋めることを求める強い圧力にさらされる可能性が高い。

 

1.フランシスコの 教皇職終焉の憶測

 

 この記事を書いている時点で、世界のカトリック教会は名誉教皇ベネディクト 16 世の治癒を祈っている。病状はここ数日で著しく悪化し、95 歳の引退教皇に終わりが近づいている可能性があるとの報告がされている。

 ベネディクト 16 世が帰天することになれば、フランシスコの教皇職がどのように終わるかについての憶測へのブレーキの 1 つが取り除かれるだろう。多くのバチカン観測筋は、一時期に 2 人の引退教皇が存在するというシナリオを避けるために、そのような憶測を巡らすのをベネディクトの生存中は控えている。

 しかし、ベネディクトに何が起こるかに関係なく、86 歳の現教皇が車いすに活動を制限され、昨年には結腸の大手術を受けたことで、次の教皇の可能性についての憶測が、新年にさらに高まることは避けられない。だが、フランシスコが、教皇職を当分の間続ける可能性があることを裏付けるデータがあることも事実だ。

 教皇は 2023 年に向けて野心的な海外訪問の計画を立てており、”シノドスの道”を2024 年10月の世界代表司教会議総会PhaseⅡまでやり遂げること、バチカンの抜本改革を成し遂げることへの意欲も衰えていない。 ご自身が最近言われたように「人は膝ではなく、頭で統治する」のだ。

 それにもかかわらず、2023年に教皇に新たな健康上の問題 が起きれば、教皇職の終焉の憶測が堰を切ったように流れ出す可能性がある。教皇職に任期があれば、そのような憶測のいくつかはそれに含まれるかもしれないが、教皇職の移行が、教皇の死去か自身の意思による退任に限定されている以上、誰にも終焉を迎えさせる権限はないように思われる。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年12月31日

・86歳になった教皇、「3パーセント」に仲間入りしたが、なお意気軒高(Crux)

Pope Francis talks to a guest in the Paul VI Hall at The Vatican at the end of his weekly general audience, Wednesday, Dec. 14, 2022. (Credit: Domenico Stinellis/AP.)

 

(2022,12,18 Crux Editor Jhon L. Allen Jr.)

   ローマ発=教皇フランシスコが17日、86歳の誕生日を迎えた。

 教皇の生年月日に関して信頼できる記録が残っている過去1000年の間に123人が教皇職を務めたが、86歳を過ぎて在職した教皇は、フランシスコ以前では6人に過ぎない。

 

*歴代教皇266人中、86歳超えの8人のうちの1人に

 それ以前の記録は信憑性に劣るが、キリスト教の最初の千年紀で現教皇よりも年上だった教皇はただ一人、681年に104歳で亡くなったアガト教皇である、とされている。つまり、フランシスコは、歴代の教皇266人のうち、86歳を超えて教皇職を務めた8人のうちの一人、統計的には無視できるとされる「3パーセント」に含まれる可能性がある、ということだ。

*”全力前進”の姿しか見えない

 世間一般の通念からすれば、フランシスコの86歳の誕生日は「教皇職の終盤を迎えたという憶測」を呼ぶはず、ということになる。ところが、驚くべきことに、今現在、そのような話はほとんど聞こえない。それどころか、今のフランシスコからは”全力前進”の姿しか見えてこない。

 (今年の夏の間、教皇がいくつかの予定をキャンセルし、枢機卿全員を集めた会議を開き、そして、自分から退任したベネディクト16世教皇の墓を訪れたことから、観測筋が「終わりが近い」熱に浮かされたことがあったが…)

 教皇は、18日に公表されたスペインの新聞Abcとのインタビューで、自身の健康、とくにこれまで一年間、歩行を不自由にさせてきた右膝の関節炎について尋ねられ、以前からのセリフを繰り返したー「統治は『頭』でするもの。『膝』ではありません」。そして、「今は歩けるようになっています。『手術は受けない』という判断が正しかったことになります」と語っている。

 

 

 コンゴ共和国、南スーダンに続く外国訪問では、昨年の夏の予定が延期を余儀なくされたレバノン訪問を、教皇は考えているだろう。 不測の事態がなければ、世界青年の日(WYD)世界大会出席のため、 8 月にポルトガルの首都、リスボン訪問の可能性も高いようだ。

*ウクライナ和平の可能性も捨てず、努力続けている

 

 教皇はまた、ロシアの一方的な軍事侵攻で始まり、今も続くウクライナでの戦争とそれに関係する外交・地政学上の問題に熱心に取り組み、早期和平の実現に取り組み続けている。最近、ウクライナ戦争で、チェチェン人やブリヤート人などの少数民族に最大の残虐行為の責任があると示唆したことで、ロシア政府から抗議を受け、謝罪に追い込まれたが、ロシアとの通信回線は開いたままにし、対話による和平実現の可能性を残そうとしている。

 

 また、教皇フランシスコのバチカン改革の青写真である使徒憲章「 Praedicate evangelium 」と、バチカンにおける金融汚職に対する「世紀の裁判」の遂行についても、自身で完了することを望んでいるようだ。

 これはすべて、フランシスコのついての主要な業績に追加されることになる。

 

*在任期間は「いつ終わるか」でなく「どこまで続くか」であるべきだ

 このような見方からすれば、フランシスコの教皇在任期間は、「いつ終わるか」ではなく、「どこまで長く続くか」ということであるべきだろう。フランシスがこれから 18 年生き、アガト教皇よりも現職として最高齢となる可能性は非常に低い。

 だが、「ありそうもないこと」は、「不可能なこと」と同義ではない。教皇フランシスコによれば何でも可能であることに、これまで気づかなかった人がいたら、それは、注意をしてこなかっただけだ。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

 

 

 

 

2022年12月19日

・日本司教団ー11月27日実施の新「ミサの式次第と第一~第四奉献文」など(伴奏譜追加)

(2022.10.13 カトリック中央協議会)

 教皇庁典礼秘跡省は、本年(2021年)5月23日(聖霊降臨の祭日)付で、日本の司教団から提出されていた以下の式文を認証しました(Prot.N.148/14)。

  • 「ミサの式次第と第一~第四奉献文」 「ミサの結びの祝福と会衆のための祈願」「水の祝福と灌水」

 日本司教団はこの認証を受けて、2021年度日本カトリック司教協議会第1回臨時司教総会(7月開催)において、これらの新しい式文によるミサを2022年11月27日(待降節第1主日)から実施することを決定しました。
今後、上記の期日からの実施に向けて、各共同体で準備を進めることになりますが、そのための資料として『新しい「ミサの式次第と第一~第四奉献文」の変更箇所-2022年11月27日(待降節第1主日)からの実施に向けて』が発行されました。この冊子には、改訂作業の経緯や基本方針などのほか、認証された式文の全文とおもな改訂箇所の解説が掲載されています。今後予定されている各教区における新しい式文の説明会や各共同体での勉強会などの機会にもご活用ください。(※情報を随時追加いたします。)

各共同体での準備のために

新しい「ミサの式次第と第一~第四奉献文」の変更箇所――2022年11月27日(待降節第1主日)からの実施に向けて

新しい「ミサの賛歌(ミサ曲)」の楽譜と音源について

以下は、11月27日(待降節第一主日)から新しい「ミサの式次第と奉献文」の実施に向けて、日本カトリック典礼委員会が準備した「ミサの賛歌(ミサ曲)」の楽譜と音源です。練習のために楽譜をコピー、印刷してお使いください。
また、「ミサの式次第」の楽譜も準備が整いしだい掲載します。




2022年10月24日

・「多くの司祭は『司教たちが自分を支持してくれる』とは信じていない」全米の調査結果(Crux)

Survey shows many priests don’t trust bishops to support them

Brandon Vaidyanathan, associate professor and chair in the department of sociology at The Catholic University of America in Washington, speaks at the university Oct. 19, 2022, during a presentation on the findings of a national study of Catholic priests. At right is Stephen White, executive director of The Catholic Project at the university. (Credit: Bob Roller/CNS.)

 

(2022.10.20 Crux  National CorrespondentJohn Lavenburg)

 ニューヨーク発 – 全米カトリック司教協議会が設立し、ワシントンにキャンパスを置く「カトリック大学アメリカ」が20日、性的虐待問題の暗雲が続く全米の司祭を対象にした調査報告書を発表した。

 「危機の時代における福利、信頼、および政策: カトリック司祭の全国調査」と題するこの報告書によると、米国の司祭の大多数が「ダラス憲章と聖職者の性的虐待の危機に対する制度的対応を支持する一方で、自分たちが誤って告発されることを恐れており、そうした場合、司教が彼らを支持してくれるが確信が持てない」と回答。

*司祭の士気は高いが、司教への信頼は高くない

 そして「米国の司祭たちの士気は高いものの、司教に対する全体的な信頼は高くなく、特に若い司祭はある種の”燃え尽き症候群”を経験している」と報告書は指摘している。

 報告書をまとめた同大学のカトリック ・プロジェクト事務局長、スティーブン ホワイト氏は「今から5年後に同じ調査を行った場合、状況が異なっていることを期待している。聖職者は自分の召命に満足いるが、『不安を和らげてもらいたい。支えられていると感じさせててもらいたい』と願っている。司教たちも、それを望んでいることは分かるが(うまく表現できていない)、このデータが役立つことを願う」と述べた。 今回の調査はまず、全米の191 の教区の 1万人のカトリック司祭に調査票を送る形で行われ、36% の3516 人から回答を得、さらに回答のあった司祭100人以上の司祭に面接調査を行った。また、全米の司教すべてに対しても調査票を送ったが、回答者は131人だった。

*回答司祭の45%が”燃え尽き症候群”を経験、特に若い司祭に多い

 

調査ではまず、ハーバード大学が作成したFlourishing Indexを使って、司教と司祭の幸福度を測定。司祭の 77% と司教の 81% が「生き生きと活動している」と分類された。だが、一方で、司祭の 45% が、聖職者としての務めに”燃え尽き症候群”を発症していると判断され、回答者の 9 パーセントが重度の燃え尽き症候群となっている。また、若い司祭は、何らかの形で燃え尽き症候群を経験する可能性が高いことも判明した。

「若い司祭の燃え尽き症候群の原因をよりよく理解することは、司祭養成と聖職者の定着の在り方を改善するために重要である」と報告書は指摘している。

また、司祭の司教に対する信頼感については、司祭の 49% が「自分の司教を信頼している」と答えたものの、「全米の司教全体のリーダーシップと意思決定を信頼している」と答えた司祭は3516人の回答者のうちわずか 24 人。さらに、司祭たちは、さまざまな社会的支援において司教を最下位にランク付けし、「上司の司教が、個人的な問題への対応の力になってくれる」とした司祭は36%にとどまった。

*性的虐待で誤って訴えられるのを恐れる司祭が8割

報告書に引用された匿名の司祭は、「自分の上司の司教は『自分のお尻を隠したいだけ。司祭のことはあまり気にしない管理者だ」と辛らつに批判している。報告書は「司教に対する司祭の不信感の少なくとも一部は、聖職者による性的虐待がもたらした教会の危機に対処すべく作成された対策の実施に関する経験から来ている」と指摘している。

 また報告書では、司祭の 90% は「教区が子供の安全と保護の強い文化を持っている」と考えているが、 40% は「性的虐待には例外なく厳しい措置を取る」という教皇の方針は厳しすぎる、と考えている。また司祭の 82% が「性的虐待で誤って告発されることを恐れている」と回答した。

 さらに「性的虐待の訴えが出された場合、自分たちを弁護するために、教区から十分な人的、物的支援がが提供される」と信じる教区司祭は 36% にとどまる一方、司祭全体の51% は、「訴えが出された場合、司教が自分たちを支援してくれると信じている」と述べた。

 これについて、匿名を条件の語ったある司祭は、「私たちには、まず、司教たちが後ろ盾になってくれていない、と「いう一般的な感覚がある… 司教たちは、司祭を支えるという司教としてしなければならないことをするのではなく、告発された司祭の後ろを向く、という感覚があります」と語り、また別の司祭は「訴えがされた場合、それを審査する委員会がどのような対応をすることになっているのか、何の情報もない」と述べた。

 

 

*司教は「兄弟、父親」として、司祭との信頼関係改善の必要

 このような結果から、報告書は、司教が司祭との信頼関係を改善するためまずすべきことは、「”雇用主”ではなく、兄弟と父親として」個人的な関係を強化することであり、次に司祭たちが願っているのは、司教たちに「もっと透明性と説明責任を果たす」こと。財務や役割などに関する計画立案と実施決定に関する透明性、および性的虐待の申し立てを受けた司教たちの審査プロセスと適正な手続きの確保に関する透明性を図ることを求めている。

 説明責任に関しては、多くの司祭が一貫した基準を示すよう求めている。面接調査を受けた匿名の司祭は、「司教は、司祭と同じように責任を負わなければなりません… また、カトリックの教えに忠実であるべきですが、悲しいことに、多くの場合そうではありません」と訴えている。

2022年10月21日