・教会に関する戦略的研究:ドイツの教会がバチカンから離れたら、どうなるか(Crux)

(2023.2.12 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 

ローマ – ワシントンの米国防大学のような場では、政治、諜報、軍事の将来の指導者が、さまざまな仮説を立て現実世界への戦略的影響について熟考するよう求められるーロシアがウクライナで戦術核兵器を使用したらどうなるか ? 中国が台湾に侵攻したら? イスラエルがイランの核施設を爆撃したら?ー未来を予測することは誰にもできないが、危機が実際に訪れる前に、将来の展開を予想し、最善の戦略的対応を検討することが重要だ。

 カトリック教会には、米国の国防大学に相当する機関はないが、複雑で絶えず変化する世界的な課題に直面して、対応を検討することが必要だろう。教会の戦略研究の演習例として、現時点ではそれほど深刻でないように見える問題について考えてみようー”シノドスの道”の歩みの過程で引き起こされた、ドイツの教会のバチカンとの対立だ。

 ドイツの教会の少なくとも一部が、バチカンとの関係を断ち切り、司教と一般信徒が共同で決定を下す「シノドス(共働)評議会」の考えに基づく新しい指導体制を採用するとしたら、それはどういう意味をもつだろうか?

*実際に教会活動しているカトリック教徒は310万人で”誤差の範囲内”だが

 

 まず第一に、厳密に戦略的な観点から言えば、カトリックの人的資本という点ではそれほど重要ではないかもしれない。ドイツには現在、約 2200 万人のカトリック教徒がいるが、ミサ出席率はわずか 14% であり、定期的に教会活動に参加している者は 310 万人しかいない。世界全体で 13 億人の信者がいるカトリック教会で、300 万人は”誤差の範囲内”に近い数字だ。

 新たに司祭になろうとする人数も減っている。ドイツの司教協議会が先月末に発表した報告書によると、現在、全27教区で司祭候補者はわずか48人。 カトリック人口がほぼ同じインドでは、毎年その約 10 倍の新司祭が生まれているにもかかわらずだ。

*財政力は圧倒的、ドイツが離れればバチカン財政は大きな打撃を受ける

 だが、財政力を見た場合、仮にドイツがバチカンとの関係を断ったら、バチカン財政は大きな打撃を受けるだろう。ドイツの教会財政に詳しいジャーナリストのカルステン・フレルク氏は、ドイツのカトリック教会の総資産を約 4600 億ドル(60兆円)と見積もっている。 カトリック教会は、ドイツの納税者が所属する教会に所得税の一定割合が振り向けられる「教会税制度」の恩恵を受けている。

 2021 年だけでドイツのカトリック教会は教会税から 70 億ドルの収益を得ている。 このような潤沢な予算をもとに、ドイツのカトリック教会は政府に次ぐ同国 2 番目の大雇用主となり、総従業員数は約 80 万人にのぼる。また、ドイツのカトリック教会は、国内の財団を通して、発展途上国のカトリック教会にかなりの貢献をしている。

 最新のバチカンの財務報告によると、年間歳出は約 11 億(1450億円)に上り、投資と金融、保有不動産収益、世界のカトリック教会からの寄付、という 3 つの主な収入源によって賄われている。バチカンへの献金額をめぐって、ドイツの教会は 毎年、米国の教会との首位争いを繰り広げており、それぞれがバチカンの年間収入の約 4 分の 1 を占めている。したがって、仮に、ドイツの教会がバチカンから離れた場合、ドイツからの献金を断たれたバチカンは、年間約 9000 万ドル(120億円)の歳入に陥る可能性があるのだ。

*本当の問題は、リベラル派優位のカトリック教会への政治的な影響

 だが、本当に興味深いのは、ドイツの教会がバチカンから離れた場合の政治的影響だ。ドイツ教会は、教皇フランシスコによる進歩的な教会改革を強力に支援してきた。離婚し民法上の再婚をしたカトリック教徒に聖体拝領を認めること、同性愛のカトリック教徒に手を差し伸べる… 故ベネディクト 16 世教皇を信奉する人々の集まりを含め、ドイツのカトリック教会には、強力な保守派も存在するが、それでも”重心”は”左”に傾いている。

 さらに、仮にドイツの教会がバチカンから分離独立した場合、教会をめぐる変化に対するリベラルな要求が手に負えなくなるほど大きくなり、そのような事態を招くことを警告してきた保守派の判断は正しかった、ということになるだろう。

 バチカンは、これまでのような献金や資金援助をドイツの教会から受けられなくなれば、それに代わる資金供給先を見つけねばならなくなる。となれば、バチカンは保守的な人物や機関への依存度を高まる可能性がある、と考えるのは理に適っている。

*ドイツのバチカン離れで利益を受けるのは誰?

 最近、Neuer Anfang(新しい始まり)として知られる保守的なドイツのカトリック教徒のグループは、シノドス方式に反対し、「ドイツの特定の教会の状況を明確にするための最も直接的な解決策」として教会分裂を実際に要求した。彼らは恐らく、”大地震”が起きた後にドイツのカトリック教会に残るのは、最も保守的な要素である、と想定している。

 もしそうなれば、世界のカトリック教会のリベラル派にとって、ドイツの行き過ぎた改革推進を抑制するというメリットがある反面、保守派はその暴走を助長するという、直観的な力を示唆しているように思われる。

 言い換えれば、「 cui bono?(誰が利益を受けるか?)」とい古くからの分析的質問に答えて、ドイツの”シノドスの道”の歩みの場合、このシナリオは、正しい答えが、「(利益を得るのは)あなたが考えている人ではない」と言う結果になることを示唆している。

 当然ながら、以上のような分析が正しいかどうかは議論の余地がある。 しかし、それが教会の戦略的研究で私たちが手に入れることのできる”気晴らし”の見本であるなら、仲間に入れてほしい!

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2023年2月13日