(解説)”同性愛支持”と”中国との暫定合意更新”-教皇の判断を巡る波紋の行方は(Crux)

(2020.10.25 Crux Editor  John L. Allen Jr.

Beyond ‘Moviegate,’ deep questions remain on Vatican’s China gamble

 In this April 18, 2018, file photo, Pope Francis meets a group of faithful from China at the end of his weekly general audience in St. Peter’s Square, at the Vatican.(Credit: Gregorio Borgia/AP.)

 今からほぼ75年前、英国の歴史家アーノルド・トインビーは著書「試練に立つ文明」で、歴史家たちが過去を精査する際、何を見つけようとしているのか、について次のように書いている。

 「良い見出しを作るものは、生命の流れの水面にあり、水面下で働き、深く浸透する、ゆっくりとした、たやすく理解できない、計り知れない動きから、私たちの気をそらす。だが、歴史を作るのは、本当にこれらのより深く、よりゆっくりとした動きだ。煽情的な一過性の出来事が大局的に見て本来の規模に収まった時、振り返って、それは非常に際立ってみえるものだ」。

*先週一週間に起きた二つの出来事ーどちらが歴史的に重大か

 このようなコントラストを完全に捉えるには、バチカンの最近一週間の出来事を振り返ればいいー 2つの筋書きがバチカンの取材をわがものにしようと戦いを続けている。今のところそれは争いではないー新しいドキュメンタリーでの「civil union(注:結婚に似た「法的に承認されたパートナーシップ関係」を指す言葉)に関する数秒の教皇の言葉の操作と検閲をめぐるメディアの大騒ぎは、バチカンと中国の司教任命に関する暫定合意の2年延長を圧倒した。

 100年後、これら2つの展開のどちらが、「煽情的な一過性の出来事」で、どちらが「歴史を作る、より深く、よりゆっくりとした動き」だった、ということになるのだろうか。そして、意外な結末は、ほぼ間違いなく、両方の物語が、同じ教皇フランシスコの決定的な直観を反映しているということだ。

 Moviegate(35歳以上限定の総合映像配信サイト)で、ロシアの映画製作者エフゲニー・アフィネフスキーによるドキュメンタリー「フランチェスコ」からの切り抜きで明らかにされたことー教皇フランシスコが、ゲイの人々の「民事上の共存」の法的是認について話しているー実際には2019年にメキシコ人ジャーナリストのヴァレンティーナ・アラズラキによるインタビューで教皇が話した、とされていることだが。バチカンがカメラとアラズラキのインタビューのテープの編集を管理していたため、関連する部分は、放映された時点では公開されす、カメラとテープが彼女のところに戻った時、市民同盟云々に関する箇所は消えていた。

 

*イタリアの新聞が”特報”した教皇の隠された”同性愛支持”の発言

 この露見は、バチカンによる教皇(注:の発言や書物)に関する検閲ーそこでの長く、際立った歴史を持つ慣行ーについてのイタリアの複数紙の一連の見出しとなったーそれは、バチカンの機関紙 L’Osservatore Romanoが、第二バチカン公会議に関する聖ヨハネ23世教皇のいくつもの言及を無視するか、選択的に”編集”編集したやり方を思い起こさせるのに十分である。新たな著作の全文についてのベネディクト16世教皇の書簡の一部を全文にしてしまうバチカンの努力に関する最近の”ちょっとした出来事”については、言うまでもない。

 明らかに、バチカンは完全なダメージコントロールの体制に入っている。22日、イタリアの新聞Il Fatto Quotidianoは、すべてのバチカンの情報通信担当者に送られた内部メモをすっぱ抜いた。メモには、次のような内容が含まれていたー「今のところ、我々はラジオでもウェブでも、いかなるニュースも発表するつもりはない。今日のバチカンにおいて、映像や裁定について何もない。現在起きているメディア危機に対処するための再調査が進められており、バチカン広報局の情報通信も例外とされていない」。

 このスクープが報道されたのは先週の半ばのことであり、この筆者がこの記事を書いている時点では、バチカン広報局から、これについての声明は出ていない。だが、教皇の「civil union」に反対していない、という発言が記録に残っているため、大局的には、正直に言って、事の詳細は大した問題ではない。ご自身が支持を表明している印象を与えることに、教皇が不満をお持ちなら、そのように言うことができただろう。だが、教皇の”沈黙”は”実際の言葉と同じように雄弁だ。

*中国との暫定合意更新はバチカンが周到にマスコミ対策

 これに比べて、中国では、メディアの反応があまりなかったということは、恐らく、このように説明できるだろうーバチカンが「中国との暫定合意をあと二年延長することで更新したい」という自身の希望を、メディアの我々に、数週間以上にわたって、しっかりと伝える機会を逃さなかったからだ。先日のバチカン国務省のポール・ギャラガー外務局長のCruxとのインタビュも含めて。

 合意内容がいまだに公表されないこの中国との取り決めは、長期的な成り行きを伴う、はるかに大きな展開である。第一に、中国は世界の超大国であり、21世紀の残りの期間、世界の課題に影響を与えるバチカンの力は、部分的には、中国と効果的に関わる能力によって強くもなれば弱くもなる。第二に、カトリック教会は、権力の大部分が世界中の司教たちに分散化された行政システムを持っているため、どの教皇がすることも、誰がその役割を担うかを決めることほど重要ではない。教会が選択の際の自主権の一部を与える際の影響力は潜在的に計り知れない。

 事実上、バチカンは中国で歴史に残るサイコロを振っている。Cruxのギャラガー外務局長とのインタビューで数多く記録されたように、暫定合意のこれまでの成果についてバチカンにいくつもの不満があるにもかかわらず、そして人権と信教の自由に関する中国の疑問のある”実績”にもかかわらず、バチカンは、教皇によって認められた中国の一致した司教団を時を経て実現することを見込んでいる。

*暫定合意更新は、教皇が打った”大博打”-評価は未来の歴史家に?

 同時に、これは、「この暫定合意で、中国に望むもののほとんどを提供することに、中国との会話を継続し、中国当局を様々な分野で徐々に動かしていく立場に、バチカンを置く意味をもたせる」という”博打”でもある。

 これは巡りめぐって、二つの筋書きを通して走る運命の赤い糸に、我々を連れて行くー教皇フランシスコの直感は、道徳的に欠陥のある演技者を相手にすることになった場合、それが人であろうと国であろうと、近い関係がさらなる前進をもたらすという希望を抱きながら、譲歩してしまうのだ。


 LGBTQ(いわゆる性的少数の人たちの総称レズビアンゲイバイセクシュアルトランスジェンダークィア または クエスチョニングの英語の頭文字をあわせた造語)のコミュニティ、あるいは中国共産党の内側の態度と行動のいずれかに関して、そうした直感が功を奏するかどうか、まだ分からない。だが、我々が核心をもって言えるのは、問題は、ドキュメンタリー映画「フランチェスコ」のフィルム編集室で厳密に起きたことではなく、未来の歴史家が最もじっくりと考えそうなことである、ということだ。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2020年10月27日

・核兵器禁止条約来年一月発行へ-肝心の核保有国は批准せず、教皇の思いは…

 

The mushroom cloud on Hiroshima, Japan, after the dropping of the atomic bomb on Aug. 6, 1945.The mushroom cloud on Hiroshima, Japan, after the dropping of the atomic bomb on Aug. 6, 1945. 

(2020.10.26    Vatican News Staff Writer)

 国連で採択されて3年余りで批准基準の50か国に達したTPNW。アントニオ・グテーレス国連事務総長は「核兵器の使用による人道上の壊滅的な結果に注意を引くための世界的な運動の集大成」と歓迎。

 事務総長は、2017年7月7日の総会で122か国によって採択された協定の批准が、市民社会グループなどの活動によって実現した、と賞賛。「条約の発効は、核爆弾と核実験の生存者への敬意を込めた贈り物であり、その多くの方はこの条約の提唱者でした」と述べた。

 その中で際立っているのは、2017年にノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)。ベアトリス・フィン事務局長は、発効を「核武装解除の新しい章」として歓迎。 「何十年にもわたる活動は、多くの人が不可能だと言っていたことを達成した」が、条約の批准は「広島と長崎への恐ろしい原爆投下と、核軍縮を礎石にした国連の創設」から75年余りかかった、とし、 「この条約を批准した50か国は、核兵器は不道徳であるだけでなく違法だ、という新しい国際規範を設定する上で真のリーダーシップを示している」と強調した。

 だが、核兵器禁止条約は、核兵器禁止条約に署名することを拒否する国々を拘束するものではない。米国と世界の他の8つの核武装国(ロシア、中国、英国、フランス、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエル)は、条約の策定交渉を放棄し、条約を受け入れようとしていない。

 それでも「核保有諸国は、この条約に拘束されなくても、影響を受けることを承知しています。友好国を含めて他の国々からの(核廃棄の)圧力を、どの国も免れることはありません」とフィン事務局長は語った。

 教皇フランシスコとバチカンはこれまで、核兵器に反対する国連と世界の努力を強力に支援してきた。教皇は先月25日、国連創設75周年を記念してのビデオメッセージで、核の軍縮、不拡散、禁止に関する主要な国際的、法的手段への支援強化を国際社会に呼びかけている。

 また昨年11月に日本を訪問された際には、長崎の国立長崎原爆死没追悼平和祈念館で献花された際のあいさつで、1945年8月9日の長崎原爆投下の被害を受けた方々の苦痛と恐怖を思い起こされ、「私たちは、核兵器禁止に関する条約を含む核の武装解除と不拡散ための主要な国際的、法的手段を支援する努力を、決して怠ってはなりません」と訴えられ、広島でも、「核兵器の所持が不道徳であるように、戦争目的での原子エネルギーの使用は不道徳です」と言明されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2020年10月27日

・バチカンと中国が、問題抱えて「司教任命に関する暫定合意」を更新(Crux)

Vatican and China renew debated deal on picking bishops

In this April 18, 2018 file photo, Pope Francis meets a group of faithful from China at the end of his weekly general audience in St. Peter’s Square, at the Vatican. The Vatican on Tuesday, Sept. 29, 2020, answered its critics and justified its decision to pursue an extension of an agreement with China over bishop nominations, acknowledging difficulties but insisting that limited, positive results had been achieved. (Credit: Gregorio Borgia/AP.)

(2020.10.22  Crux Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

 ローマ発ー中国政府・共産党による信教の自由を含む人権侵害に対して国際社会から批判が高まっているにもかかわらず、バチカンは22日、司教の任命に関する中国との暫定合意の更新を発表した。多くの専門家は、北京との最終的な外交関係樹立への”ローマの頭金”と見なしている。

*バチカンは暫定合意の成果を自賛するが

 バチカンは22日の声明で「聖座は、教会的および司牧的的価値の高い協定の実行は前向きに始まった、と考えている」とし、「合意された事項に関する当事者間の良好なコミュニケーションと協力に感謝する」と述べ、暫定合意の更新、延長について、「カトリック教会の生活と中国人の利益のために、開かれた建設的な対話を追求することを意図している」と説明した。

*更新・延長の中身は秘密のまま

 2018年9月に締結された暫定合意は、バチカンのベトナムとの合意をモデルにしていると考えられている。同合意では、聖座は中国政府が提案する候補者の中から司教を選ぶことができる、とされているが、その条件は公表されていない。

 2018年に暫定合意が発表された際、教皇フランシスコは、教皇の許可なしに中国政府・共産党の管理・統制下にある中国天主愛国協会が一方的に指名し、バチカンが破門、その後、破門を解いていた8人全員を正式に司教に任命した。。

 22日の発表では、さらに2年間延長された暫定合意(ad experimentum )の内容について、明らかにしなかった。

*中国の狙いは外交関係の復活、バチカン・台湾の国交断絶

 中国・バチカン関係の専門家によると、暫定合意自体は司牧的なものだが、バチカンの中国との完全な外交関係復活のための第一歩とすることが明確に意図されており、そのためにバチカンと台湾との関係が交渉の切り札にされる可能性が高い。

 

*外交関係復活の切り札は台湾、だがバチカンは台湾を切れない

 Cervellera神父によれば、台湾の立場は、バチカンにとっての戦略ー信教の自由など中国共産党が関わる関心事項についてより目に見える変化を推進することーの中に置かれている可能性がある。

 「中国が、司教の任命について新たな合意内容を受け入れた場合、今後2年間に、国内の教会の宗教上の活動の自由を拡大するために努めねばならなくなります。それは中国政府が”地下教会”の司教を合法、と認めることを意味し、投獄された司教たちを解放し、中国の教会の支配組織として政府が認めた中国天主愛国協会を”排除”するか”傍観”することになる」とも指摘。だが中国側がそうした措置をとらないとすれば、「バチカンが中国との交渉で残されたカードは台湾との関係だけだが、バチカンが台湾と決別するのは難しいと思います。となると、バチカンには、中国に圧力をかける道具がない」と悲観的見通しを語る。

*フランシスコ教皇に始まったことではない対中接近

  CervelleraとAffatatoがそろって指摘するのは、バチカンの中国との接触は、教皇フランシスの下で始まったものではなく、中国で共産党が政権を握り、1949年に外交関係が断絶して以来、聖座の一貫した姿勢だ、ということだ。

 「バチカンはこの60年の間、中国との関係を築こうとしてきました。毛沢東の時代は、バチカンとの関係を完全に立っていたので、接触が出来なかったが、鄧小平が実権を握って以降、ヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世、そしてフランシスコの歴代教皇がそろって、中国との関係を築こうとしました」とCervellera。

 Affatatoは、中国の司教の問題に最初に注意を向けたのはヨハネ・パウロ2世だった、とし、「暫定合意は教皇フランシスコの下でなされましたが、ヨハネ・パウロ2世の時代から聖座の意志は非常にはっきりしていました。中国も過去70年で多くの変化を遂げ、”毛沢東の中国”ではなくなっています」と述べた。

 だが、そうした流れの中で、今の暫定合意は、「非常に小さくて壊れやすいもの」というのがCervelleraの見方で、その意味を過度に重視することに懐疑的だ。「中国における信教の自由には大きな問題があります… 中国の教会活動の9割は機能していません。その現実を認識したうえで、信教の自由が中国で広がることを願っています」と語った。

*国際社会で相次ぐ暫定合意を批判する声

 中国との暫定合意については、当初から、「共産党政権による迫害と投獄に耐えてきたカトリック教徒を売り払うようなものだ」とカトリック教会内外から厳しい批判を受けてきた。「共産党が信徒に対する”呼吸の余地”を広げることには結びつかず、カトリックを含む諸宗教に対する規制を強化するのを可能にするだけだ」とも非難された。

 2018年秋の合意締結から有効期間2年が満了し、バチカン姿勢の更新・延長の姿勢が明らかになるにつれて、批判の声は国際社会の間でも高った。

 米国のポンぺオ国務長官は、9月のバチカンへの訪問を前にして米国の保守的な宗教雑誌First Thingsに記事を掲載し、中国による信教の自由と人権の侵害を非難し、バチカンに対して、中国に「道徳的権威」を行使するよう求めた。

 この記事に対して、バチカンのパロリン国務長官は、驚きを表明、「雑誌は議論をするのに適切な場所ではなかった」と批判。暫定合意の更新は「考え抜かれた決定」であり、信教の自由の懸念についても認識している、と反論した。

*合意更新は「信徒への裏切り行為」と香港の陳枢機卿

 香港の名誉司教で、教皇フランシスコの対中政策を批判して来た陳日君・枢機卿は、最近の記事で、パロリン国務長官は「嘘つき」だとして彼の信仰に疑問を呈するとともに、「合意の更新・延長は、司牧ではなく政治を意図するものだ」と暫定合意の更新に反対する声明を繰り返してきた。

 枢機卿は、22日、香港の住まいからCruxの電話インタビューに応じ、暫定合意の更新を「(注:信徒への)裏切り」「大きな過ち」「愚行、「不条理」と決めつけた。そして、自身が中国の枢機卿という立場にあるにもかかわらず、暫定合意の文書を一度も見せられたことがない、としたうえで、中国当局が「約束を守らない」から、「合意の更新は無意味だ」と主張した。

 さらに、「外交関係への効果はどうなるのか?」と問いかけ、東西冷戦期にバチカンが東欧の共産主義政権に対してとった「東方政策」を振り返り、「この時もバチカンは合意書を取り交わしたが、共産主義者たちは合意を尊重しませんでした」と述べた。

 これは中国の場合も同じで、「合意締結からこれまで2年の間に何があったのか。バチカンは何も得ていません。信教の自由に改善の兆しはなく、それどころか、さらなる迫害が起きているのです」と強く批判。政府・共産党の介入に従わない”地下教会”は次々と破壊されており、バチカンは「信徒たちが持っていたすべてのものを、中国政府・共産党に引き渡している」と訴え、中国の教会の今後についても、「楽観的な見方をするためには、”実績”が必要。私に楽観的になるように促すものは、何もありません」と語った。

 

*課題は「信教の自由」の確保・拡大、バチカンの強力な支援が必要

 こうした陳枢機卿の見方に対して、先のCervelleraは、中国における信教の自由の現状と中国政府の合意の扱い方について、「いくつかの非常に重要なこと」が指摘されている、としたうえで、「司祭と司教が(注:中国政府・共産党)当局に協力することを余儀なくされた場合、彼らは『福音宣教の代表者』ではなく『政府の役人』に変わる危険があります… これからの2年間にすべきことは、そうした危険を避け、カトリック教徒だけでなく、イスラム教徒、仏教徒、プロテスタントの信教の自由を確保すること」と述べ、中国内外の関係者に努力を強く求めた。

 一方、Affatatoは、この暫定合意には「宗教的、司牧的な性格がある」とし、「米国政府が望むように、政治的および地政学的な重みを与えるべきではない」と立場を示した。合意は、「カトリックが、厳密に言って、『西からの宗教』ではなく、普遍的な宗教であることを示しています」と述べ、暫定合意の更新で重要な点は、「中国のカトリック教会共同体の一致と好意的な評価」だとした。また暫定合意に批判的な意見があることは承知しているが、「暫定合意がなければ、『壁に向かって努力を重ねる』しかなくなる」としつつ、カトリック教会は中国における福音宣教について、従来よりも明確な立場をとる必要があることも指摘。「暫定合意の2年間の延長期間中に、バチカンは中国の教会活動を強力に支援する方法を見つける必要がある… 中国でプロテスタントが大きく伸びているのを見れば、中国と外交関係を持たなくても、福音宣教は可能だと思う」と強調した。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年10月23日

・暫定合意延長・バチカン「”極めて苦痛な状況”は解消されていないが、合意の効果の評価はまだ」と(BW)

2020年10月23日

・中国でカトリック聖職者の愛国教育、”中国化”加速(BW)

   バチカンとの司教任命に関する暫定合意はバチカン側が2年延長を提案しているにもかかわらず、中国側からの公式な回答は明らかにされていないが、そうした中でも、国内の宗教活動の規制・監督の権限を持つ中国共産党が地方当局を通じで、党の管理・統制に服したカトリックの聖職者に対し、中国国内の”革命的遺産”への訪問や愛国教育に関する講座など、教化活動への参加を強制している。

 江蘇省東部の徐州市のカトリックの司祭と修道女たちは10月1日、中国建国71周年記念行事の一環として、隣接する山東省の台児荘革命教育基地で行われた記念イベントに参加を強制された。

 地元のニュースメディアによると、参加者は1938年に日中戦争で「中国初の大勝利」をおさめた台児荘の戦いの現場を訪れ、「革命的な殉教者の銅像に敬意」を表した。また、「革命的殉教者の遺産を受け継ぐこと」と「国と宗教を愛し、カトリックの”中国化”の目標を堅持し、社会主義の核心的価値を実行すること」を誓った。民族宗教局の幹部は司祭たちに、今回の行事での経験を活かし、「愛国心の前向きなエネルギーを積極的に信徒たちに説く」よう要求した。CPCA officials and Catholics from the Xiaoshan district of Zhejiang’s Hangzhou city visit the Taierzhuang Battle Memorial Hall.

*浙江省杭州市の蕭山地区のCPCA職員とカトリック教徒が台児荘大戦紀記念館に。

 河南省の鄭州の民族宗教局によると、同市の中国天主教愛国協会(CPCA)と国家天主教会管理委員会(NACCCC)の司祭を含む20人以上が10月1日前に、「赤い遺産群」を訪れた。その1つは、鄭州市外の赤旗運河で、1950年代後半から60年代前半にかけての毛沢東の大躍進運動の中で開始された灌漑プロジェクトだ。

 習近平主席は、この運河を「党の貴重な精神的な富」と呼び、地元の信者たちの訪問を義務とした。訪問中に、信者と司祭たちは、毛沢東の言葉ー「天国との戦闘は無限の喜び、地球への挑戦は無限の喜び、そして人類との奮闘は無限の喜びである」とともに、その無神論と自然の制御についての話を聞いた後、”記念写真”の撮影に応じた。

 地元のカトリック教徒はBitter Winterの取材に対し、宗教局の職員が聖職者に対して、「訪問の印象を書き留め、教会での活動の中で信徒たちと共有」するよう求めた、と述べ、「こうした行事は、中国共産党のイデオロギーを押し付けられているのを感じます。邪悪で、本当に不親切です」と、行事に参加を余儀なくされた河南省のある司祭は語った。

 河南省の天主愛国協会(CPCA)のメンバーのある司祭は「聖職者を”赤い行事”に参加させることは、共産党を賛美する歌を歌わせることに等しい… 私たちがこのような命令に従うのは、私たちの教義に反します」と批判し、 「習近平・主席が政権を握った後、人々の宗教的自由を剥奪する多くの規制を導入しました。この悪魔のような政府と折り合いをつけていくのは容易なことではない。それが、私がCPCAを離れようとする理由です」と述べた。

 鄭州のカトリック信徒は、修道女が革命的遺産を訪問するのを余儀なくされている、と聞いてショックを受けた、と述べたー 「習近平は神に反対している。彼は世界中のすべての人々に彼の政権を崇拝することを望んでいるのです」。別の年配の信徒は、「共産党はカトリック教徒を迫害し、それでも私たちに党を愛するように求めています」と、現在、党が進めている信徒教化に不満を語った。

*四川省政府の幹部と宗教団体の代表は、9月29日に省都、成都で開かれた中国建国71周年を記念しSichuan Province government leaders and religious community representatives took part in an event “Love Your Country, Religion, and Hometown” to mark the 71st anniversary of the founding of the People’s Republic of China, organized in the provincial capital Chengdu on September 29.た「あなたの国、宗教、故郷を愛する」行事に参加した*

 中国天主愛国協会(CPCA)に所属する浙江省東部の司祭は「中国共産党の”教義”を学ぶように、との信徒たちへの圧力が高まっています」と述べた。 今年7月、彼は1956年に設立された党幹部の中央学校である社会主義研究所の地元支部での講座に出席を求められた。出席者全員に感想文を書くことが義務付けられ、チェックのために党の統一戦線工作部に送られた、という。

 やはりCPCAに所属する山東省の教会のある司祭は、Bitter Winterの取材に対して、彼と他の聖職者が今年6月、”革命的な殉教者”の墓地を訪れ、7月には習近平の演説を研究するために集められた、と語った。

 「共産党はプロパガンダを通じて成長し、繁栄しているのです」と、愛国的な教育講座への出席を余儀なくされた山東省の別の司祭は言う。

 司祭とシスターは、中国天主愛国協会(CPCA)あるいは国家天主教会管理委員会(NACCCC)の命令を受けた場合、さまざまな愛国的活動に参加する義務がある。河南省のある司祭は「党に異議を唱えたとして非難されたり、参加を拒否すると、問題が起きる可能性がある」とし、「さらなる抑圧から教会を守るためにも、参加をあえて辞退する人はほとんどいません。習近平は、聖書を含め、すべての宗教を中国化しようとしています。この独裁政権の下で、私たちは静かな怒りを込めて、窒息しているだけです」と苦悩を語った。

 過去数年、中国共産党の管理統制に従う教会では国旗掲揚が義務付けられてきた。鄭州市の二七区にある明光路カトリック教会は、バチカンと中国の暫定合意2周年を記念して、9月に国旗掲揚の式典開催を義務付けられた。「教会の事務所の前にあるイエスの聖心の像は取り壊され、当局の命令で中国国旗に置き換えられました」と、ある信徒は悲嘆。 「この1年間、教会は原形をとどめないほど、変えられてしまった… 当局は、徐々に教会を党の組織に変えようとしているのです」と訴えた。

A flag-raising ceremony was held on September 23, as part of a patriotic education activity outside the Shigu Road Catholic Church in the Qinhuai district of Nanjing city in Jiangsu.

 「当局の言うことを聞かなければ、常に私たちの落ち度を見つけようとし、ミサを捧げるのを妨げ、聖堂を破壊するかもしれません」と別の信徒は力なく嘆いた。

 *江蘇省の省都、南京市秦淮地区のカトリック教会でも、愛国教育の一環として9月23日に中国国旗掲揚の式典が行われた*

2020年10月14日

・バチカン外務局長、中国との暫定合意を擁護「何かをせねばならない」(Crux)

(2020.10.7 Crux Editor John L. Allen Jr.)

 ローマ発–司教の任命に関する中国との暫定合意を更新しようとするバチカンの方針に対し、米国のポンペオ国務長官などから強い批判が出ているが、バチカン国務省のポール・ギャラガー外務局長は6日、Cruxとのインタビューで、今月末で期限を迎える暫定合意の更新に楽観的見通しを示すとともに、「何かをせねばならなかった」ので(注:合意更新から)逃れるわけにはいかない、との考えを強調した。

*今月末までに中国側から返答なければ、暫定合意は失効、そうならないと信じる

 バチカンが、司教の選定に重要な役割を中国に与えなかったら、「私たちは、すぐにではないにしても、十年経つうちに、教皇と共にある司教は、ほんのわずかになってしまうでしょう… 今始めないなら、先のことになってしまいます」と外務局長は語った。

 そして、バチカンは中国側に、暫定合意ーその内容は、暫定的な取り決めであるため、引き続き公表されない)の更新、二年延長を提案したことを確認した。さらに、「月末までに中国側から返答がない場合、暫定合意は失効することになる」が、「中国側が提案を受け入れる」と信じる理由があることを示唆。「本格的な取り決めに進む前に、まず試しにやってみることです」と述べた。

 さらに、「私たちは、暫定合意の条件の範囲内でバチカンとの対話を継続することを中国当局が望んでいると楽観しています」とし、適切な条件のもとで、最終的に正式合意になることが「強く望まれます」と強調した。

*暫定合意のままの延長を提案したのは、成果に十分には満足していないから

 バチカンが2年間更新を”暫定合意”にとどめる形で中国側に提案した理由のひとつは「私たちは99%は満足しておらず、多くの約束がされたにかかわらず、多くのことが私たちの望んでいたようになされてなかったから」とした。

 だが、「バチカンが中国側に譲歩したことで、ほとんど得るものはなかった」とする米国務長官たちの批判に対して「実際に、具体的な成果も上がっている」と主張。その成果として、1950年代以来初めて中国のすべての司教たちを教皇と交流させることができた、という事実、そして中国当局が教皇に司教たちの任命について控えめな発言を認めている、という事実を挙げ、とくに最後の言葉は非常に注目に値する」と指摘した。「実態以上に誇張するつもりはありませんが、パロリン国務長官がよく言われるように、それは『隙間から射し込む小さな光、窓』です… 英語で表現すれば、『It’s getting your toe in the door(足がかりをつかみつつある)』ということになるでしょう」

 これに対し、外務局長は「そうした批判は傾聴に値すると思います。批判は理解できます」としつつ、バチカンは中国との外交関係がなく、使うことのできるカードが他にない小国としては、関わりを続ける方法を見つけねばならないのです… 強い影響力のある国は、中国との関係で見解を示させたり、要求を出したりするために、使える手段をたくさん持っていますが、バチカンにはそうした手段がない。あるのは対話だけなのです」と理解を求めた。

 そして、「暫定合意がなかったら、中国とのコミュニケーション手段はまったくない、と言ってもいい… 暫定合意は、中国に他の問題を提起する機会があることも意味します。仮に私たちが対話から完全に離れるなら、その機会はなくなります。北京にバチカンは外交使節団を置いていません。香港には代表を置いていますが、それはほとんど教会レベルでの交流で、政治的交流ではなく、何も外交的成果は残されていない」と強調。

 「現時点では、あまり多くを得ているとは言えませんが、私の上司の1人である(イタリア人の)アンドレア・コルデロ・ランザ枢機卿は何年も前、私が新人外交官だった時に、ウルグアイでこう言われましたー『何かあると何もないの間には大きな違いがある』」と述べた。

*コロナ大感染の影響は克服できている

 新型コロナウイルスの世界的大感染の交渉への影響については、感染防止のための海外旅行制限で、中国側の代表と実際に会って協議する会合が不可能になっているが、「在イタリアの中国大使館を介して、協議は非常にうまくいっています」と述べた。

 また、バチカンが、中国側に対して暫定合意の履行が不十分と考えているのは、教皇の司教任命を承認するペースが遅いことを除いて、司教候補者の審査の厳しさと、中国政府の約束と地方レベルの履行とのギャップの二点。「ある程度の進歩を遂げていると思いますが、難儀しているのは、司教候補の名前を提示した後、中国側の[評価]が非常に厳しい、ということ」。 「通常は、世界中にいる(教皇大使)と連絡を取り、相手と話をしますが、中国のように現地に常駐者がいない場合、それが難しい。書類の交換だけで約束ごとをするのは、非常に困難なのです」と苦労を語った。

*中国側の問題は、中央政府の約束が地方政府レベルで実行されにくいこと

 そして、中国の場合、中央政府の取り決めを、地方政府レベルで実行に移す、という問題を克服することについて、楽観的には見ていない、とし、「中央政府と交渉する際、交渉担当者はよく、『はい、それは合理的な提案ですね。それで行けます』と言いますが、そうした前向きの答えを現地の地方政府の実行に移すのは、必ずしも容易ではありません」とも述べ、さらに続けた。「国務長官のパロリン枢機卿の立場は常に『長く、困難で、時には不確実なプロセスになるだろう』というものでした… しかし、そのプロセスから離脱する、という強力な根拠はないと思います」。

 そうした困難にもかかわらず、暫定合意を正式な協定にすることについては、「合意内容の適用の問題のいくつかを解決できれば、望ましいことだと思います… 私たちはあくまでも、”オープンマインド”を保ちます」と希望を捨てていないことを強調した。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年10月8日

・司教に肩書や”飾り”は必要かーコロナで亡くなったフィリピンの名誉大司教の言葉(LaCroix)

 「洗礼だけが私たちに至高の品格を与える、それは神格そのものだ」

(2020.9.10 LaCroix  David M. Knight)

 フィリピンのオスカーV.クルス名誉大司教が8月26日、新型コロナウイルス感染による多臓器不全で85年の人生を終えた。

 10年前に彼のブログーOVCRUZ、JCDーを見つけた時、私は、”司教たちの尊大な肩書”について彼が当時出版した著書に、どれほどの信頼性があるのか、分からなかった。

 クルス名誉大司教は、かつてフィリピン司教協議会の会長を務め、アジア司教協議会連盟の議長も務めていた。彼の葬儀では、彼のことがこのように語られたー「説教台に立っているだけでなく、戦う活動家だった。違法なギャンブルと売春に反対する我々の運動に加わり、社会正義と女性の権利を守ろうとする、聖人… 世界と教会を愛するがゆえに怒り、物事のあり方に怒り… それは、希望から生まれた怒りだった」と。

 百聞は一見に如かず。大司教の写真を見てもらいたい。2008年2月27日、フィリピンのマニラでの記者会見で、汚職を糾弾している場面だ。(EPA / ROLEX DELA PENA / MaxPPP)

 名誉大司教は自身のブログで、読者たちにこう問いかけたことがあったー「どの司祭も司教になった瞬間に英語表記では名前に『D.D.』が付く。これは『Doctor of Divinity(神学博士)』の略称ですが、この肩書は、本当にその通りの意味なのでしょうか?そもそも博士号というのは何なのでしょうか?」と。

*仮面舞踏会の衣装と同じような…

 彼自身の答えは、「この肩書が単なる名誉称号で、自動的に授与される場合は、それはほとんど神聖を汚すものです。だが、それが本当の意味を持たせる形で、意図されて授与される場合、『D.D.』というイニシャルは嘘になります」だった。そして、次のように書いている。

 一般の人は、その肩書は、司教が大学で博士号を取得し、学位を授与されか、あるいは少なくとも名誉博士号を授与されたことを示している、と考えるだろう。

 だが、本当は、全くそのようなのことではない。大半の司教たちは神学校で一学期も神学(の博士課程)を学ばず、まして大学から神学博士の学位を受けたことはないのだ。

   現在の聖職者の肩書と祭服はすべて、仮面舞踏会の衣装と同じようにまがい物。それにふさわしい名前を付けるべきだ。『聖職者主義』と呼ばれる酷くゆがんだ姿、教皇フランシスコが「聖霊が私たちの人々の心に注ぐ洗礼の恵みを損ない、価値を落とすような振る舞い」と非難されるものだ。

 「すべての権力には腐敗する傾向がある。絶対的な権力は絶対に腐敗する」という有名な格言を残した英国の歴史家、思想家、政治家、ジョン・ダルバーグ・アクトン(1834~1902)は、1887年にマンデル・クライトン司教にあてに同じ手紙に次のように書いている。「権力の所持者を公けに聖別することほど、酷く”異端”的なことはない」と。

 私たちは、この言葉を、「一般信徒が洗礼を受けることで、叙階された聖職者と対等でない、ということほど酷く”異端”的なことはない」、あるいは「叙階された聖職者のReverends, Very Reverends and Most Reverendsというようなランク分けは、『至高の尊厳ー神格そのものーを人に与えるのは、洗礼のみ」という真理と全く矛盾している」と、言い換えることができるだろう。

*司教の肩書についての6つの問い

 私は、世界の司教たちに次のような6つの質問をしたいと思うのだが、現実には無理なので、この記事をお読みになった方々に、ご自分の司教に、答えをお聞きになることをお勧めする。

1.これらの肩書が最初に教会で使われたのはいつか?イエスの使徒たちが生きている間でなかったことは確かだ。

2.なぜ使われるようになったのか?そうする宗教的、あるいは霊的な動機があったのか、今のあるのか?

3.肩書を使うことが、聖職者と一般信徒の両方にある教会のイメージにどのような影響を与えているのか?

4.イエスはこれらの肩書について福音書のどこで語っているのか?

5肩書は、どれほど重要なものなのか?そのわずかな単語に関心を抱きすぎではないのか?実際には何にも影響を与えない「うわべだけ」のものではないのか?

6.今日、教会でこうした肩書を使い続けたい、または止めたいと思っているのは誰で、その理由は何か。私たちが真似たいライフスタイルを持っている人か?

*自分自身はこう答える

 私がが考える答えは次のようなものだ。

 1.肩書がいつ生まれたか?ーローマ皇帝、コンスタンティヌスが教会を統治機構の一部とし、司教に世俗的な地位を与えた後、と見るのか適当だろう。

 2.なぜ使われるようになったのか?ーまず推測されるのは、単に、ローマ帝国の宮廷の儀典を真似た、ということだ。イエスの教えと模範に反するような動機を、誰が創造することができるだろう。もしも、軍隊のように、肩書が教会の権威に対する従順さを高めるとすれば、肩書を用いることが、信仰を基礎に置いた動機を妨げる目的のために、このような世俗的な手段を使うことを意味することはないのか?

 もしも、私たちが「timor reverentialis(畏敬の念)」ー彼らの祭服と肩書が作り出すものーから司教たちに敬意を払い、従うのだとすると、私たちは、どのようにして、その中に神の働きを意識するのだろうか。

 3.肩書が教会のイメージに与える影響は?ー教会に階級意識があることを示しているのか?思い上がり?ある者を他の者よりも”高い水準にある”とすることで、聖職者の間に分裂を引き起こすことはないのか?

 種々の肩書は、聖職者が平等の兄弟ではないことを明確にするものだ。(英語表記の場合)聖職者の肩書には、 “Most Reverends,”  “Very Reverends”そして、単なる “Reverends”があるが、そうした区別は、司祭からも、助祭や一般信徒からも明確に認識されている。これはイエスが望まれた結果なのか、果たして、司教たちが望んでいることなのか?

 

*イエスは肩書について、どう語っているか?

 4.イエスは肩書きについてどこで、どのように語っているのか?マタイ福音書23章2節以降でイエスは弟子たちにこう語っている。

 「律法学者たちやファリサイ派の人々は… 宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む」「だが、あなた方は『先生』と呼ばれてはならない。あなた方の師は一人だけで、後は皆、兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなた方の父は天の父お1人だけだ」「『教師』と呼ばれてもいけない。あなた方の教師はキリスト1人だけである。あなた方のうちで一番偉い人は、仕える者になりなさい。誰でも、高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」

 今の教会では、英語などの表記で、司教に対して「Excellency」や「Most Reverend」、枢機卿に対して「Eminence」などの”尊称”が使われているが、これがイエスの言葉に反している、と正直に言える人はいるだろうか?

 カトリックの信徒たち、とくに高位聖職者たちが、「このような慣行は、あなた方が承知の上で、故意に、そしてはっきりと、このイエスの言葉とその教えの真髄に反したものだ」と批判された時に、慣行を弁護することが、私たちにできるだろうか?

 教会のこのような位階は、マルコ福音書9章33節で、イエスが弟子たちに「道で何を論じ合っていたのか」とお尋ねになった時のことを思い起こさせる。マルコは「彼らは黙っていた。道々、誰が一番偉いか、と言い合っていたからである」と書いている。そして、イエスは座って、十二人を呼び寄せ、「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」と忠告されている。

 もしイエスが、肩書を好む人たちが考えているような考えであったら、こう言われるだろう。

 「論じ合うことはない。あなた方は皆、誰が偉いか、偉くないかをはっきり分かっている。私の普通の信徒たちよりも偉いことを示すために、全員が”Reverend”という肩書を付ける」

 「だが、あなた方の中に、他の者よりも高い職務にあることを示すために、”Very Reverend”と呼ばれるだろう。そして、司教として地方教会を担当する者は、他の皆よりも偉いから、”Most Reverend”と呼ばれるだろう」

 「あなた方の間に分裂が起きないように。あなた方の一致は、あなた方の教会を『位階的な教会』とする明確な不平等の受容を基礎に置くことになるだろう」 

 「偉くなりたい人は、もっと重要な職務に就くように努めることができる。そして、それを手に入れた時、あなたの肩書は、立っている場所を正確に教えてくれるだろう」と。

*その言葉をよく注意せよ!

 このような言葉を、イエスが語ったように述べるのは、ショッキングで、冒涜的でさえあるかも知れない。だが、教会の約束事が私たちに告げているのは、まさにこういうこと。否定することはできない。そしてそれは、人々の心に教会のイメージを植え付けるために、イエスのすべての言葉と神学者の教えを合わせたものよりも、多くのことをしている。

 だが、そうした肩書がどれほど重要なのか?何の重要な影響力もない、単なる「うわべだけ」のものではないのか?

 女性解放運動は、私たちに何も教えなかったのか? 私たちが女性を認識する仕方に影響を与えてきた「見境なく女性を男性と区別する”男っぽい”言葉を使う」という何世紀にもわたる慣習のように、「性差別語」の廃止が日常化するまで、女性たちは、抗議の声を上げ続けた。英語の言葉にいつくかの小さな変更をもたらすために、バリケードを張るのは価値があると考えた。

 ずいぶん昔のこととして私の記憶にあるのは、黒人を表現する”N”で始まる言葉や何度も口に出せない言葉を、礼儀正しい社会でさえ、受け入れていたことだ。現在では、そうした言葉を恐怖を感ぜずに使うことはできないし、公務員がそうした言葉を使ったら、解雇されるだろう。

 教会では言葉は重要ではない、と私たちはまだ言い続るのだろうか?

*肩書を持ちたい人とそうでない人

 今日の教会の誰が、本当にこれらの肩書を持ち続けたいのか、誰がそれを変えたいのか?

 教皇フランシスコは、”肩書維持派”に反対のようだ。彼はご自分の回勅に「Franciscus」とだけ署名している。ローマの司祭たちへの手紙の最後に「Fraternally, Francis」とだけ書いている。

 今から半世紀余り前、カナダ・モントリオール大司教だったポール=エミールレジェ枢機卿は、第2バチカン公会議で次のことを検討するよう提案した。

 「私たち司教ががしばしば自分の意に反して使用し、司牧に有害な記章や装身具、肩書に関する一連の規制の導入… 古代からの豪華な飾り物の継続的な使用は、福音の精神の障害になる(と考えられるからだ)」

 豪華な飾り物は、恐らく、司教たちが世俗的な権利を持っている時にも必要と考えられていたのだろう。だが、私たちの現代では… そのような飾り物は社会生活の通常のあり方に、合わなくなっており、時代の精神と一致しない(「第二バチカン公会議における演説集」(114~115ページ)1964年 Paulist Press刊)。

 公会議が閉幕する数日前、40人の司教たちが、ローマの聖ドミティラのカタコンベ(地下墓地)でミサを捧げた後、「カタコンベの誓約」に署名し、「兄弟司教」を名乗り、「貧困の生活」を送ること、権力を象徴するものとその特権を放棄することを誓い合った。

 13の具体的な誓いのうちの2つは次のようなものだった。

 「私たちは、偉大さや権力を表わそうとする名称や肩書 (Your Eminence, Your Excellency, Monsignor …)で、 演説や書き物で自分が呼ばれるのではなく、福音書にある「父」と呼ばれたい(マタイ福音書20章25~28節、23章6~11節、ヨハネ福音書13章12~15節参照)」

 「私たちが自分の教区に戻って、この誓約を教区司祭たちに示し、理解と協力、祈りを願う。神は私たちが忠実であるように助けてくださる」

 イエスは、十字架につけられる前に、「すべての人を一つにしてください」と父に祈られた。父と子と聖霊が一つだからだ(ヨハネ福音書17章21節)。父と子と聖霊が一つであるように、私たちが一つになるためには、すべてのキリスト教徒が尊厳に置いて平等であり、他者よりも優れたものに取り巻かれないに注意する必要がある。

 先に渡した提起した6つの質問に対する答えは1つしかない、と私は思っている。

 福音書でパウロは、「互いにこのことを心掛けなさい。それはキリスト・イエスにも見られるものです。キリストは神の形でありながら、神と等しくあることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の形を取り、人間と同じものになられました」(フィリピの信徒への手紙2章5~7節)と語っている。

 

David M. Knight=米国のカトリック、メンフィス教区の主任司祭。洗礼の5つの神秘に基礎を置く霊的成長を確信する運動「Immersed in Christ」の指導者でもある。元イエズス会士で、神学博士号、19か国で50年にわたる宣教活動を経験し、40冊の著作がある。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

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2020年9月12日

・バチカンが前向きな中国との暫定合意は「何も成果を生んでいない」と専門家が批判(CRUX)

(2020.9.7 Crux SENIOR CORRESPONDENT Elise Ann Allen

 ROME –今月下旬に期限を迎える中国との司教任命に関する暫定合意ーバチカンは延長する姿勢を見せているが、カトリックの中国問題の有力専門家は、「バチカンの中国との対話に前向きな姿勢は理解できるが、暫定合意からこれまで2年間に何も目に見える成果は出ていない」と無条件の延長に否定的な考えを示している。

 カトリックのアジアでの有力ニュース・メディア Asia News の代表で、中国本土での宣教活動の経験を持つベルナルド・セルベッラ神父は、4日開かれたカトリック系の自主組織 Acton Institute主催のオンライン会議で語ったもの。

*バチカンは暫定合意を”賛美”しているが、中国側は”沈黙”を続けている

 神父は、新型コロナウイルスの世界的大感染と香港への中国国家安全維持法導入という事態の中に中国を位置付けたうえで、「バチカンの関係幹部の多くは暫定合意を肯定的にとらえ、成果を生んでいる、としていますが、一方の中国はこの暫定合意について何も発言していません」と指摘。その証拠として、中国共産党機関紙の人民日報の系列英語新聞であるGlobal Timesに掲載された記事が「バチカンは暫定合意を称賛している、と書く一方で、中国政府の幹部への言及や、その発言は載せていない」ことを挙げた。

 このように、中国が暫定合意について沈黙を続けているということから、二つのことが考えられるー中国共産党が「暫定合意を自分たちにとって有益なもの」と考えている、あるいは、「かけ金の高さに見合う形で、すべてを期待する」というサインをバチカンに送っているか。この場合の「すべて」とは、「バチカンが、中国がやることに全て同意し、台湾との対話を止めねばならない」ということを意味すると考えられる、と述べた。

*中国の狙いはバチカンと外交関係を樹立し、台湾と断交させること

 そして、「中国の外相がバチカンとの関係樹立に強い関心をもっていることが、中国側の根本的な動機であるのは、確かなこと… なぜなら、(注:台湾との断交を意味する)バチカンと中国の外交関係樹立が、欧州で唯一の大使館をバチカンに置いている(注:外交関係を維持している)台湾を、欧州から完全に追い出すことになるからです」と中国の狙いを説明した。

 現在、台湾と外交関係を結んでいるのは、世界でわずかに15か国。欧州ではバチカンただ一国だ。毛沢東によって1949年、中国に共産党政権が樹立されて以来、聖ヨハネ・パウロ2世やベネディクト16世を含む歴代の教皇による試みにもかかわらず、中国との外交関係の扉は閉じられている。

 セルベッラ神父は「バチカンが中国と対話に魅力を感じている理由は、理解できます… 中国がバチカンとの外交関係を望んだことはなく、常に窓を閉めていた。対話を希望しなかった。だから、極めて細い対話の糸を手にしたバチカンが、それを大事にしようとするのは分かります」としながら、「暫定合意後これまで2年の間に、少しの成果も出ていません」と否定的な見方をした。

*中国側が認めた司教は、合意前に決まっていた

 「暫定合意は、新司教を任命するためのものであるはずですが、合意後に新たに司教とされた者は事実上、一人もいません。この2年間で、2人が司教に任命され、3人が中国政府に司教として認められましたが、いずれも、実際は、2018年秋の暫定合意以前に司教に選ばれていた人たちばかりです… 今後の結果には期待したいが、これまでのことは暫定合意による成果とはいえません」と言明。

 また神父は、新型コロナウイルスの大感染の視点から、アジア地域において近年、自分が注目する要素が三つあり、そのいくらかは、新型コロナと香港での抗議活動の中で一段と明確になっている、とし、「中国を含むアジアの経済が新型コロナによって屈服させられただけでなく、リーダーたちが傲慢さを増しています」と指摘した。

*中国、パキスタン、タイ…新型コロナ禍で加速する独裁の動き

 そして、「それは彼らにとって、『公明正大な人物だ』というポーズを続ける必要が、もはやなくなった、ということを意味するように思われます… 彼らは皆、今後何十年も続くであろう独裁の信奉者に変容しつつある」と述べ、こうした新しい流れの犠牲者として、中国、パキスタン、タイを挙げ、その結果、「リーダーたちは、いとも簡単に、国際社会の批判を受けることなく、人権を、とくに小数派の人々の権利を抑圧することになり得るのです」と警告した。

 こうした傾向をとともに、最近目立ってきているのは、「自分の人生や仕事に意味を見出したい」と希望する若い人々の間に、伝統的、固定的な見方をしない者が増えていること、であり、「アジアの文化は伝統時に共同体社会の中心に位置付けられてきたが、若い人々の間には、『自分たちを取り巻く状況が自分個人にとってどういうことを意味するのか』に関心が絞られる傾向が高まっている… この非常に新しい傾向が、アジアの多くの地域で動揺を生み出している」と述べた。

*香港の若者たちは自由のために活動を続けている

 そして、その顕著な例は、「13,4歳の若年層も含む若者たちが中心になって大規模な抗議行動を展開して来た香港に表れている。香港では、昨年6月以来の抗議活動で、中国本土への犯人引き渡しを認める法案を撤回させることに成功したものの、それを受けた中国政府が、国家安全維持法の香港への導入という”直接介入”に踏み切り、同法を根拠に、抗議活動を「テロ」「政府転覆」「外国勢力による内政干渉」などの罪で抑え込みに出ている。

 「香港の若者たちは、中国政府、香港行政府による人権抑圧に抗議することで、自分たちを様々な危険に晒すことを余儀なくされている。職を奪われ、高校や大学から追い出される危険もある。それでも、活動を続けるのは、何のためでしょうか。自由のためなのです… 彼らは、宗教的原理主義、イデオロギーに打ち勝ちたい、と考えています」と説明。

 さらに、「中国では、誰も共産主義を信じていない。誰も、です。多くの人は、共産主義を信じているのではなく、社会的な便益を得るために、”共産主義の木”の下に身を置いているのです」としたうえで、「中国では、あなたのような人は常に有罪とされ、無実を証明しなければなりません。(注:民主主義国のように)有罪が証明されるまで、罪に問われない、のではない。その逆です… すべては党に奉仕するのです」と述べ、そのような中国の”支配下”に置かれつつある香港の人々に懸念を示した。

*急拡大するアジアの教会、だが6割の国で信教の自由が侵されている

 また神父は、急速な拡大が目立つアジア地域のカトリック教会の現状に触れ、世界人口の半分以上、約30億人ないし40億人がいるアジアに、約1億2000万人から1億3000万人のカトリック教徒がいるが、「アジア諸国の少なくとも6割は信教の自由に問題を抱えています。迫害され、宗教の自由を制限される教会は、毎年5%づつ増加えている」と問題を指摘する一方、欧州の教会については、「キリスト教徒の移民・難民が流入しているおかげで、欧州全体としての信徒数は、横ばいを維持していますが、アジアやアフリカなど他の地域と比べ、福音宣教の勢いはほとんどありません」と指摘した。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2020年9月8日

・”ほほえみの教皇”ヨハネ・パウロ1世教皇選出から42年、列聖の準備進む

*公会議に”普遍教会”の息吹を感じた

 第二バチカン公会議の分科会で、未来の教皇は”普遍教会”を強く体験した。1963年に自分の教区の信徒たちにあてた手紙にこう書いていた。「公会議の議場で、私の目の前の階段に目を上げるだけで十分です… そこには、現地で宣教する司教たちのひげ、アフリカ人の黒い顔、突き出たアジア人の頬骨… そして、彼らといくつかの言葉を交わすことで十分。将来への展望と今求められていることが、明らかになります… 私たちはそれについて名案がないことも」。

 言い換えれば、彼は、公会議に”キリスト教的楽観主義”の息吹を感じ、それが、相対主義的な文化についての”広範な悲観主義”に対して、公会議の果実となることを約束するものだったのだ。

*列聖調査の最終段階、奇跡の有無の判断

 ヨハネ・パウロ1世を列聖する動きは2003年に始まっている。ベニス大司教区での3年間の調査を経て、報告書が2006年にバチカンに提出され、担当の列聖省による関係者の証言と関係書類の綿密な調査・検討で、2017年11月に結論が出された。現在は、聖人と認めるのに必要な「奇跡」についての調査が行われている。具体的には、アルゼンチンのブエノスアイレス大司教区で起きた「ヨハネ・パウロ1世の執り成しによる特別の癒し」についてだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2020年8月27日

・アジア司教協議会連盟(FABC)は”会議のための集まり”から”実行力”のある連合体”に変わる必要(LaCroix)

'Querida Amazonia' asks Asian bishops to change path

 2015年1月にフィリピン・セブ市で開かれた第51回国際聖体大会の開催ミサ・前列左にアジア司教協議会連盟のボー会長(ミャンマー枢機卿=Photo by EPA/JAY ROMMEL LABRA/MaxPPP)

 

*アマゾン地域シノドス受けた使徒的勧告で教皇の姿勢は明白に

 昨年10月のアマゾン地域シノドス(代表司教会議)を受けて今年3月に発表された教皇フランシスの使徒的勧告は、スペイン語版で「Querida Amazonia(愛するアマゾン)」と題されていが、英語版は「The Amazon: New Paths for the Church and for an Integral Ecology(アマゾン:教会と統合生態学のための新しい道)」とされていた

 この文書の発表後、一部の評論家は「教会の重心が欧州から”辺境の地”に移った」と指摘した。 先住民族の教会や教会の女性など、これまで無視されてきたいくつかの分野に焦点を当てていたからだ。

 教皇フランシスコが就任から7年目に入った今、教会の内部にいくつかの変化が起きている。教皇は、司祭や司教だけでなく、貧しい人々、女性、そして社会から取り残された人々の話を聞くことに、より大きなウエイトを置いており、教会が協働制を実践するよう、強く働きかけている。

 

*アジアの教会の協働制

 アジアの司教たちが一堂に会したのは、1970年、マニラで当時の教皇、聖パウロ6世臨席の会議だ。この会議で、アジアの司教たちで恒久的な組織を作ろう、ということになり、翌1971年3月に香港で準備会議が開かれた。

 だが、バチカンの教皇庁はこの考えに反対し、在香港のバチカン代表を通じて、司教たちに、そのまま帰国するよう求めた。バチカンがそのような行動に出たのは、当時、ラテンアメリカ司教会議(CELAM)がバチカンとの間で論争を起こしており、アジアに地域の司教協議会ができることで、アジアでも同じことが起きるのを懸念したため、と見られた。

 第二バチカン公会議の7年前に発足したCELAMは、後に「解放の神学」と言われるようになった、貧しい人々の側に立つ神学的考えをもとに進歩的な活動を始め、ラテンアメリカ各国に広がった富裕層を背景にした軍事独裁政権と対峙するようになった。 これに対し、当時の教皇パウロ6世は、こうした解放神学を基にした動きを抑えようと動いたことが背景にある。

 だが、その後、パウロ6世は、アジアの指導的な司教たちーマニラ、ジャカルタ、ムンバイ、コロンボの枢機卿ーから、直接、話を聞き、アジアに司教たちの組織を作る必要を理解。「アジアの文化とアジアの人々の信仰心を生かす形で、教会の福音宣教に役立てる」ことを目的としたアジア司教協議会連盟(FABC)が1972年に発足した。

 それ以来、約半世紀の間に、アジアの司教や神学者たちは、いくつかの文書の取りまとめやセミナーの開催などを通じて教会に貢献した功績が認められる。だが、残念なことに、FABCは各国の司教協議会による、決定を実行する権限のない”任意団体”として作られ、実行はそれぞれの司教協議会に任され、最終的には司教それぞれの判断に委ねられている。つまり、FABCがアジアの教会をその決定に従わせるような仕組みは、存在しないのだ。

 連合体としてのFABCを活性化し、教会の協働制を前に進めるために、アジアの司教たちはアマゾン地域シノドスの準備に使われた手法に倣う必要がある。アマゾン地域シノドスでは、現地の指導者たちが模範的なやり方で意見を求められた。

 だが、FABCではこのようなことは起こらない。現地の教会の指導者たちは、FABCの活動についてほどんど何も知らされず、単に相談を受けたり、話を聞かれるだけだ。そうしたプログラムの後で、最終文書を出すが、司祭や信徒たちからほとんど無視されている。

*アジアの夢

 アマゾン地域シノドスを受けて教皇が出された使徒的勧告では、この地域の「社会」「文化」「生態系」「教会」の4つの夢について、はっきりと語られている。

 「社会」の夢は、貧しい人々の声が聴かれ、彼らの生活が力のあるものとなる世界だ。「文化」の夢は、現地の文化を異なる共同体によって認められ、受け入れられ、「植民地化」が終わることを目指す。「生態系」の夢は、環境に配慮し、森林破壊を阻止するために働くこと。そして、「教会」の夢は、皆が秘跡に与ることができ、典礼が現地の文化を受け入れ、宣教師と、男女の信徒たちが貧しい人々を守るという司牧の義務を果たせるようにすることだ。

 この4つの夢すべては、アジアの教会の活動に当てはめることができ、FABCの第5回総会で議論された「教会であるための新しい道」に向けて歩む助けとなる。

 FABCを、教会の活動と使命をより良いものとするための決定を実行する権限を持つ組織とするために、現在のような”任意団体”であることをやめねばならない。そして、各司教協議会の間での決定の実施について評価する方法を工夫する必要がある。

 森林破壊、耕地の砂漠化、資源の不法な採掘、その他、現地の自然を利用して暮らしている村の人々の土地や資源が破壊されることで、何百万人ものアジアの貧困層が苦難に追いやられている。多国籍企業の利益だけを目的とする偏った開発政策で、何百万もの人々が暮らしの糧を奪われ、国内難民となるのを余儀なくされている。

 タール砂漠(インド北西部とパキスタン南東部のインダス川東方の砂漠)は拡大を続け、ヒマラヤを水源とするアジアの多くの河川の流域の草原や山林の生態系が脅威にさらされている。森林破壊と都市化はアジアの熱帯雨林を脅かし、豊かな生物多様性の存続を危うくしている。

 環境破壊は人間の存在そのものにとっても脅威を増している。生存に不可欠な飲料水が、少なくともアジアの一部の地域では不足しており、気温の上昇、河川の環境悪化、洪水、台風、地震などの自然災害が頻繁に起きることで、さらに不足する。

 アジアの教会は、このような問題に対処するための政策形成に加わり、環境保全に関する諸律法を策定し、施行し、運用し、順守するための積極的な主体となる道を見つけねばならない。FABCは、アジアに住む人々に正義が行われるよう努める教会の主体となるために、その地位を、「会議を開く集まり」よりも高くすることが、求められているのだ。

 各国の司教協議会は、大規模な開発計画を評価し、声を上げることのできない貧しい人々、少数民族、土着の共同体社会のために、そうした計画に影響を与えるような「環境正義委員会」を設けることが可能だ。国によって、司教たちは自分の国の不正な開発計画を批判することを、たじろぐかも知れない。だが、FABCは多国籍の主体として、そのような”搾取”的な開発計画を止めるために国際的な関心を惹きつけ、行動することができる。教皇フランシスコは、環境はキリスト教の神学の一部だ、と強調されている。

 司祭や修道者の育成もまた、教皇が「Querida Amazonia」で言われる「新しい聖職」を取り入れるために、変わらなければならない。今や、アジアの神学校は、この使徒的勧告の視点から、アジアの司牧活動の要請に応えるよう、カリキュラムを改める時を迎えているのだ。 FABC以外に、誰がその仕事を引き受けるだろうか?

 FABCは厳密には司教たちの集まりだが、「人々中心」にならねばならない。現在のFABCはほとんどの場合、司教たちと神学の専門家たちの排他的な会合の場所になっている。その閉鎖的な会合の前後に、アジアの、社会から疎外された人々、貧しい人々、女性たち、少数民族、先住民の集団の声を聴く必要がある。彼らの声を熱心に聴くことは、「Querida Amazonia」が提示する教科の一つだ。”閉鎖的な神学化”の時代は終わったのだ。

 2022年に、FABCは創立50周年を迎える。その時、創立した世代の人々はすでにこの世にいない。新世代の人々は、現在のFABCの果たすべき役割と使命をどう考えるかで迷うべきではない。アジアで果たすべき使命を活性化させるために、このユニークなアジアのカトリックの組織のもつ強さ、弱さ、機会、そして恐れを、まず、評価する必要がある。

・・・ Reid Shelton Fernando神父は、スリランカの著名な人権擁護家。大学講師を務め、 the Young Christian Workers Movementの指導司祭をしていた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

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2020年8月26日