・東京教区が「コロナ禍の今、教会(私たち)のミッション 」第一回・動画配信

(2021.4.9  カトリック東京教区)

 2020年11月14日に開かれた東京教区災害対応チーム主催オンライパネルディスカッション「コロナ禍の今、教会(わたしたち)のミッション 第一回」の動画をYouTubeにアップいたしました。まだご覧になったことがない方も、すでにご覧になった方も是非ご視聴ください。
第二回、第三回の動画も順次、YouTubeにアップする予定です(現在も災害対応チームfacebookページからは視聴可能です)。

https://youtu.be/OJjJS5wsKNc
2021年4月10日

・教皇の不可謬説に異論を唱えたスイスの高名な神学者が死去

  スイスの神学者ハンス・キュンクが6日、ドイツのテュービンゲンにある自宅で亡くなった。93歳。

 1928年3月19日にスイスのルツェルン州ズールゼーで生まれ、1954年に司祭に叙階。3年後、博士論文で、カトリックとプロテスタントの信仰義認の教義についての違いについて、「同じことが違う言葉で表現されているだけ」として歩み寄りを訴えた(義認=神によって人が義と認められること)。

  1960年にテュービンゲン大学の神学部教授になり、専門家として第二バチカン公会議に参加し、将来の教皇ベネディクト16世であるジョセフ・ラッツィンガーと関わる機会があった。

 諸宗教の歴史、特にアブラハムの宗教(聖書の預言者アブラハムの神を受け継ぐと称するユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三宗教)の歴史の研究にに加えて、神学と道徳の分野の見解でも知られたが、カトリック教義のさまざまな点に批判的な立場をとった。特に、彼は第一バチカン公会議(1869年12月8 日から1870年10月20日)で了解されカトリックの教義となっている教皇不可謬説に異議を唱え、1979年にバチカン教理省から教理神学の教授としてのタイトルを剥奪されたが、テュービンゲン大学でエキュメニカル(キリスト教一致運動)神学担当の名誉教授の職を続けた。

 キュンクは、聖ヨハネパウロ2世とベネディクト16世の二代にわたる教皇を繰り返し批判した。ベネディクト16世は教皇就任直後の2005年9月に教皇の夏の別荘、カステル・ガンドルフォでキュンクと会談し、「友好的な雰囲気の中で行われた」(バチカン広報)とされた。双方は、カトリックの教義を巡るキュンクとバチカンの対立には触れないことで事前に合意しており、二人の対話は、キュンクの専門分野で特に関心のある「Weltethos(世界倫理=世界のあらゆる宗教的価値観の中に最小限の共通項を見出し、人間の幸福、世界の平和のための理念を形成することを目指す)プロジェクト」と「自然科学の条理とキリスト教信仰の条理との間の対話」に焦点があてられた。

 バチカン広報局は声明で、「キュンクは『Weltethosのプロジェクトは、決して抽象的な知的構造ではないこと』を強調し、世界の偉大な宗教があらゆる違いを超えて収束する道徳的価値を強調した。それは、世俗的な理由から説得力のある合理性を考えると、有効な基準として認識することができる」とした。

 前教皇ベネディクト16世は「キュンク教授は、諸宗教の対話を通じて、そして世俗的な理由との出会いにおいて、人類の本質的な道徳的価値に新たな認識を提供することに貢献された」と謝意を示し、「人間の生命を維持する価値観についての新たな認識に深く関わることは、教皇職の重要な目的でもあります」と述べた。さらに、「信仰と自然科学の間の対話を復活させ、科学的思考に関して、Gottesfrage(神についての問いかけ)の合理性と必要性​​を主張する」というキュンクの試みに同意することを改めて表明した。

 バチカン広報局の声明は「キュンクは、宗教の対話と現代世界のさまざまな社会集団との出会いを支持する教皇の努力に同意する、と語っていた」と締めくくった。だが、こうした二人の会談にもかかわらず、司祭の独身制、女性の司祭職、避妊、安楽死などの多くの問題について、二人の立場は大きな距離を置いたままだった。。

 キュンクは、信仰と科学の関係についても分析し、完全な確実性に到達するためのいくつかの科学理論の主張に異議を唱えた。近年、彼は健康上の理由から、公的活動のテンポを弱め、”現役”を引退するようになっていた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・教会改革を主張し、教皇フランシスコに「希望の光」と期待をかけていた

(2021.4.8 LiCAS.news reporter)

 キュンクは、1962年から1965年の第2バチカン公会議以来、カトリック教会の改革を支持してきた。同公会議では、分散型教会、既婚司祭、人工避妊を主張する若い顧問だった。

 1960年にドイツ南西部のテュービンゲン大学の神学教授に任命されましたが、バチカンは1979年に彼のカトリック神学を教える免許を剥奪。大学は代わりに、エキュメニカル神学の教授にし、何十冊もの著作ーそのいくつかはベストセラーになったー、そして多くの評論を執筆するポストを確保した。

 1990年代初頭、キュンクは、世界の宗教に共通するもの、一連の共通の価値観を確立することを目的とした「Weltethos(世界倫理)」プロジェクトを開始した。

 2010年、世界のカトリック司教たちに、当時の教皇ベネディクト16世に臆することなく、聖職者による性的虐待で大きく揺れる教会の信頼回復へ下からの改革を進めるよう呼びかけた。そして、ベネディクト16世退任の後、新教皇となったフランシスコに「希望の光」として期待を表明していた。

 キュンクは1957年の博士論文で、「義認の教義」について、「同じ内容が、違う言葉で表現されているだけだ」として、カトリックとプロテスタントの歩み寄りを主張して注目された。諸宗教の歴史、特に「アブラハムの宗教」の研究に専念し、神学と道徳の分野で、しばしばカトリック教義のさまざまな点に批判的だった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

*LiCAS.newsはタイのバンコクに拠点を置く、カトリック信徒による有力インターネット・ニュースメディアです。「カトリック・あい」はその記事を許可を得て翻訳、掲載します。

( LiCAS.news  is established under the umbrella of the Catholic Communications Office of the Archdiocese of Bangkok, operating its headquarters and main editorial office from the capital of Thailand with endorsement and acknowledgement from the Catholic Bishops’ Conference of Thailand.  Its coverage from Asia brings to the world stories of human rights violations, denial of justice and religious persecution in some of the world’s fastest growing economies, all within the political backdrop of eroding religious and press freedom. Staffed entirely by lay-people across Asia, LiCAS.news witnesses and supports the mission of the Catholic Church in their work to spread the Good News to all corners of society.)

I

2021年4月8日

・東京会議 WORLDシンクタンクD-10会議報告「国際協調に地政学的対立を持ち込まず、民主主義の後退を放置すべきでない」

(言論NPOニュース 2021.3.29)

言論NPO 主催の東京会議のイベントとして、WORLDシンクタンクD-10会議「世界の民主主義国は国際協調と自由秩序の修復でどう連携すべきか」が開催されました。

米国のバイデン政権は「国際協調と民主主義の修復を図る」としているが、その修復は本当に可能なのか、可能とするためには世界の民主主義国はどのような努力が求められているのか、について、議論され、「今回のコロナ危機は世界の国際協調の重要なテストとなったものの、その結果は世界が国際協調を失いつつあるということであり、その修復を世界は期待するが、修復ができるか現時点で答えを出すことは難しい」という見方で一致しました。

その背景には米中対立や米国と欧州の協調問題があり、利害が相反する課題では協調できる分野は限られること、その中でリーダーシップを発揮できる国はなく、国家を軸とした国連システム自体の限界が明白になっている、と多くのシンクタンクは指摘します。

ただ、今後の国際協調を進める上で国家だけではなく、個人、企業、地域といったセクターに期待するする見方や、国際協調の象徴である国連を使いこなす努力を指摘する声、国際協調に地政学的な対立を持ち込むことへの反対の声も相次ぎました。

民主主義の後退が深刻化していることは、参加したシンクタンクの共通の認識です。 世界の多くの民主主義国で制度や原理が信頼を失い始めていることが指摘され、またそうした原理への攻撃が続いていることも報告されました。ただ、先進国の民主主義国は魅力を失っているが、途上国は民主主義や人権保障、法の支配を求めているとし、「民主主義を魅力的に見えるように努力することは民主主義国の責務」との意見も出されました。

「民主主義の後退は放置すべきではない」が、この会議での10カ国のシンクタンクのご合意です。これに対してはそれぞれの国が自国の民主主義の修復への努力を始めることと同時に、民主主義国の競争力の問題として民主主義の価値への攻撃に連携して対応するなどの、意見が出されました。

・・・・・・・・・・・・

東京会議のイベントとして、WORLDシンクタンクD-10(WTD10)会議「世界の民主主義国は国際協調と自由秩序の修復でどう連携すべきか」が開催されました。

米国のバイデン政権は、「国際協調と民主主義の修復を図る」としていますが、その修復は本当に可能なのか、可能とするためには世界の民主主義国はどのような努力が求められているのかについて、このセッションでは議論が行われました。

今回のコロナ危機は世界の国際協調の重要なテストとなったものの、その結果は世界が国際協調を失いつつあるということであり、その修復を世界は期待するが、修復ができるか現時点で答えを出すことは難しい、という点で合意しました。

その背景には米中対立や米国と欧州の協調問題があり、利害が相反する課題では協調できる分野は限られること、その中でリーダーシップを発揮できる国はなく、国家を軸とした国連システム自体の限界が明白になっている、と多くのシンクタンクは指摘します。

ただ、今後の国際協調を進める上で国家だけではなく、個人、企業、地域といったセクターに期待するする見方や、国際協調の象徴である国連を使いこなす努力を指摘する声、国際協調に地政学的な対立を持ち込むことへの反対の声も相次ぎました。

民主主義の後退が深刻化していることは、参加したシンクタンクの共通の認識です。

世界の多くの民主主義国で制度や原理が信頼を失い始めていることが指摘され、またそうした原理への攻撃が続いていることも報告されました。ただ、先進国の民主主義国は魅力を失っているが、途上国は民主主義や人権保障、法の支配を求めているとし、「民主主義を魅力的に見えるように努力することは民主主義国の責務」との意見も出されました。

「民主主義の後退は放置すべきではない」が、この会議での10カ国のシンクタンクのご合意です。これに対してはそれぞれの国が自国の民主主義の修復への努力を始めることと同時に、民主主義国の競争力の問題として民主主義の価値への攻撃に連携して対応するなどの、意見が出されました。

 司会を務める言論NPO代表の工藤泰志はまず、世界的な課題に対する国際協調の在り方について問題提起。新型コロナ危機が浮き彫りにしたのは、国家を軸とした国連システムによる国際協調の脆弱性だとし、これを修復することは本当に可能なのかと問いかけました。

*今後も米中対立と国際協調の分断は続く

米外交問題評議会(CFR)のシニアバイスプレジデントのジェームズ・リンゼイ氏は、新型コロナのような大きな脅威に対しては、いかなる大国であっても自国だけでは対応できないにも拘らず、今回のテストで明らかになったのは、世界は国際協調を失いつつあるということだと語りました。その背景としてリーダー的な役割を果たす国がなかったとし、バイデン政権はリーダーシップを取り戻そうとしているが、それができるかはまだ分からない段階だと指摘しました。

さらに、今後の国際協調は「ワシントンと北京が合意できるところのみで見られるのでは」とし、真正面から利害が相反する分野では今後も激しく対立が続くと予測。合意できる分野は限られるとの見方を示しました。

*国家連合である国連自体に限界が来ている。民間の役割に期待

フランス国際関係研究所(IFRI)所長のトマ・ゴマール氏は、国連に依存してきたこれまでの国際協調自体に限界が来ていると分析。その理由として国はこうした危機対応においては国際機関に求めるよりも、今回のワクチンのように国はその対応を補完するために大企業との接点を求めており、特に新型コロナのような感染症や気候変動などといった分野でも国は投資ができる企業との関係をより重要視している、と語りました。

*大国間対立、地政学的対立が国際協調に影響しないように管理すべき

元ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長で、現在は国連スーダン特別代表・国連スーダン統合移行支援ミッション代表を務めるフォルカー・ペルテス氏は国際協調が何といっても必要だとの視点から、更なるリーダーシップは必要だが、今後の国際協調を推進していく上で国家だけではなく、個人・企業、地域といった新たなアクターの存在に期待を寄せました。

その一方で、国連は国際協調の象徴であるし、国家の役割は依然として重要であるとも指摘。大国間対立、地政学的対立が国際協調に影響しないように管理する方策を考えなければならないとも語りました。

シンガポール・ラジャトナム国際研究院(RSIS)所長、副理事長のオン・ケンヨン氏も、国際機関のガバナンスの問題等を指摘しつつ、国際協調は必要だとし、ルールや国際法を管理し、必要な修正はあってもルールの基づく秩序は重要だとの見方を示しました。

インドのオブザーバー研究財団(ORF)理事長のサンジョイ・ジョッシ氏は、コロナの対策で国のコントロールが強化され、国境を越えて世界が対応することができなかったことは一番のショックだと語り、現時点でどのように克服できるか、答えは難しいと国際協調は大きな問題を抱えたままとの認識を示しました。

*米欧関係も国際協調のリスク要因

国際協調に関しては、米国のバイデン政権の行動の不確実性も話題になりました。イタリア国際問題研究所(IAI)副理事長のエットーレ・グレコ氏は、不確実性が高まる中では可能な限り予め米国と欧州が協調できる分野を作っておくことが備えになるとしましたが、その際の懸念要素として、トランプ政権期に悪化した米欧関係や対中関係を挙げ、米国がどういった形で新たな政略を持っているのかが、まだ予見性は高くないと指摘。その上でヨーロッパはできる限り、中国への対立構造に与したくないが、技術の優位性を巡る中国との競争では、欧米はその方向性を整合させることが必要だと、語りました。

これに対しては、ゴマール氏も、中ロに対するバイデン政権の対抗姿勢をその実現性も含めてEUは「やりすぎだと思っている」と同調し、仏海軍がインド太平洋に進出しようとているのも、中国封じ込めが主目的ではなく、世界の海洋秩序を重視しているからであるとし、国際協調に地政学対立を持ち込むことに反対しました。

*「新たなアクターが国連を使いこなす」という視点が必要

こうした議論を受けて工藤も発言。国家間対立がある中では、国家連合である国連システムが世界課題に立ち向かうことができないのは必然としつつ、「新たなアクター」という発想に賛同。「国連に頼るのではなく、国連を使いこなすという視点が必要だ」と述べました。

今回の新型コロナ危機では、国民の命を守るという点での民主主義統治の脆弱性も浮き彫りとなりました。そこで、民主主義自体の修復は可能なのか、修復していく上で問われているものは何か、といった点についても、冒頭から真剣な議論が展開されました。

*民主主義の修復について議論を深めるべきだが、「民主主義対権威主義」というような構図を強調すべきではない

民主主義の問題は、民主主義自体の修正と、民主体制の競争に議論が分かれ、その二つの側面で、民主主義が危機に陥っている、という点でシンクタンク参加者は一致しています。

イタリアのグレコ氏は、「民主主義の後退は放置すべきではない」と語り、民主体制や制度への信頼が失われていることに警鐘を鳴らします。欧州でも法による支配、チェックアンドバランスが後退し、権力の過剰使用が見られ、コロナの影響がさらに制度に圧力を高め、その信頼欠如に繋がっていることを懸念。民主主義が権威主義体制との競争に入っている状況の中では、法の支配などの民主主義原則への攻撃に対処すると同時に、「民主主義に何が足りないのか、オープンに議論して対策を考えるべき」と主張しました。

ただ、中国など体制を排除しては世界の課題の解決は難しいとの立ち位置から、「大民主同盟」のような枠組み構築には「懐疑的だ」と語りました。

米国のリンゼイ氏も、民主主義の後退の深刻化は政府の政策上の問題があり、バイデン政権は政府が大きな社会問題に対処することを目指しているものの、成功できるかは不透明であり、自助に基づいた強靭な民主主義を作るしか、この後退を回避できないとの持論を展開。ただ、民主主義が新型コロナ対応に失敗したと印象付けること自体が適切ではないと問題提起し、封じ込めに成功した中国は、そもそも発生源なのだから情報も豊富であり、したがって復興も早いのは当然と指摘しました。

ただ、国際協調のさらなる分断を招きかねないため、民主主義対権威主義というような構図を強調することには慎重な見方を示しました。

*民主国家同士の自浄作用とともに、途上国支援も必要

フォルカー氏は、先進国では民主主義が魅力を失いつつあるとする一方で、途上国は依然として民主主義や人権保障、法の支配を強く求めていると指摘。「我々にとって、当然のものを途上国は求めている。彼らにとって民主主義が魅力的に見えるように我々は努力しなければならない」と主張しました。

同時にそのためには、EUやASEANを参考にしながら、民主主義的価値に反するような行動をとった国に対しては、他の民主主義国家がプレッシャーをかけるなどの自浄作用が働くような仕組みをつくるべきだと提案しました。さらに、途上国に対する包括的サポートの必要性にも言及しました。

インド・オブザーバー研究財団(ORF)理事長のサンジョイ・ジョッシ氏も、権威主義国家からのプレッシャーによって、途上国の民主主義が弱体化しているとし、これに対する支援が不可欠との認識を示しました。

こうした議論を受けて工藤も発言。新型コロナ対応の”ベストプラクティス”は既に明白であるが、それが多くの民主主義国でなされていないのは、「統治の仕組みが機能していないからであって、民主主義という体制の問題ではない」と主張。民主統治の仕組みこそ、それぞれの国で修復しなければならないと語りました。

*格差を解消しない民主主義に対する反感が高まっている

 

この日の会議では、民主主義の弱体化の要因についても、様々な分析や意見が提示されました。

カナダの国際ガバナンス・イノベーション(CIGI) 総裁のロヒントン・メドーラ氏は、グローバル化の恩恵を受けられていない”取り残された人々”の不満が、それを解消してくれない民主主義への不満につながっていると分析。

英王立国際問題研究所シニアフェローのジョン・ニルソン=ライト氏も同様に、格差が民主主義への反感につながっているとの見方を示しました。

*インターネットとデジタルの進展は民主主義にとって諸刃の剣

シンガポール・ラジャトナム国際研究院(RSIS)所長、副理事長のオン・ケンヨン氏は、インターネットやデジタル技術の進展は、多くの人々に意見の発信や情報の入手を容易にさせ、民主主義の発展にも寄与しているとしましたが、同時にフェイクニュースの蔓延というリスクもあると指摘。主権者たる市民の判断の前提となる正確な情報が得られないことも、民主主義を危機にさらしていると語りました。

ブラジル・ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV) 総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏も、こうした誤った情報の氾濫が民主主義にダメージを与えているとの見方に賛同。その是正と同時に、市民が情報の真贋を見抜く力を身につけるための教育も不可欠と指摘しました。また、過去25年間に、西側の国々で中間層が自分の権利を十分に享受できないとことも要因とし、「民主主義は中間層の強力なサポートがなければ漸弱化する」と語りました。

*「超国家の枠組み」で今後も民主主義を議論

最後にフランスのゴマール氏は、こうした様々な難題に直面している民主主義について、議論し続けていくためには、「国家を超えた枠組み」が必要と主張。「東京会議」のさらなる発展に期待を寄せると、工藤もそれに応じて、今後の議論の展開に意欲を示しつつ、白熱した議論を締めくくりました。

2021年4月5日

・東京教区が外国籍信徒の司牧指針「多国籍の人々がつくる豊かな教会共同体を目指して」

2021年03月19日

(2021.3.19 カトリック東京教区ニュース)

【多国籍の人々がつくる豊かな教会共同体を目指して (司牧指針)】

目次

はじめに

 わたしは、2020年12月に東京大司教区の宣教司牧方針を発表しました。それは、①「宣教する共同体をめざして」、②「交わりの共同体をめざして」、③「すべてのいのちを大切にする共同体をめざして」の三つの大切な柱から成り立っています。

 この宣教司牧方針を策定するにあたって、わたしは教皇ベネディクト十六世のことばに力をいただきました。「教会の本質は三つの務めによって表されます。神のことばを告げ知らせること、秘跡を祝うこと、愛の奉仕をおこなうこと」(回勅『神は愛』25参照)。

 三つの務めは互いに関係しあいます。神のことばを告げ知らせる宣教の前提に秘跡を祝う共同体がなければなりません。秘跡を祝う共同体は愛の奉仕へと突き動かされていきます。愛の奉仕は、主イエス・キリストの生き方を実践することなのです。ですから、この三つの務めを大切にしなければなりませんし、そのためには、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」を造りあげていかなければなりません。

 宣教司牧方針では、外国籍の信徒への宣教司牧は二番目の柱である「交わりの共同体をめざして」と関連します。次のように記しました。「東京大司教区内には多くの外国籍の信徒がいます。その子どもたちもいます。彼らの住む地域にある小教区共同体との交わりを豊かにするようにしましょう。」これは、教区全体への招きの言葉です。外国籍の信徒への宣教司牧への取り組みをより具体的にしていくために、具体的な指針が必要です。

 この文書は外国籍の信徒のための宣教司牧指針です。この文書は、外国籍の信徒ばかりではなく、彼らの司牧に携わる信徒、修道者、聖職者、さらには教区内のすべての小教区共同体と信仰共同体の司牧に携わる方々に向けて書かれています。外国籍の信徒とその子どもたちとの交わりを深め、一致を目指していくのは東京大司教区にとって大切な課題となるからです。

 指針の具体的な内容に立ち入る前に、わたしは東京大司教区を司牧する司教として、わたし自身がこころに描いている日本の教会のヴィジョンを皆さまと分かち合いたいと思います。

 「多様性の一致」というモットーを掲げて、東京大司教区に着座して以来、文化、価値観、生き方が多様化する現代社会にあって、教区内にある信仰の共同体の一つひとつが、とりわけ教区にとって一番の基礎となる小教区共同体が立場の異なる様々な人々を受け入れるものとなるべきだと考えてきました。特に、日本に暮らす多くの外国籍の人々を認め、受け入れる教会になっていただきたいと願っています。日本人の信徒だけによる小教区共同体ではなく、共に暮らし、共に信仰を生きていく多国籍の信徒を含めた小教区共同体へと変わっていくことを求めます。つまり、日本人による〈日本の教会〉から、多国籍の信徒と共に生きる〈日本にあるキリストの教会〉へと変わっていきたいのです。

 このような教会へと変わっていくためには、多くの努力と犠牲が不可欠です。しかし、こういった教会ができあがったときに、神と人、人と人、そして人と地域という「つながり」を新しい姿で示す「しるし」となることでしょう。こうして、「多様性の一致」は具体的に実現していくのです。

 このように考えていきますと、外国籍の信徒とどのような共同体を育んでいくかという課題は、福音を現代社会に実現させていく福音宣教の課題であり、東京大司教区内の小教区共同体が「歩むべき道」、「目指すべき姿」でもあります。ヴィジョンの実現のために多くの皆さまのご理解とご協力をお願いしますとともに、この指針に基づいて、具体的な行動計画を検討していきたいと思います。

 なお、この文書では外国籍の信徒への司牧の現状を分析し、その課題を考察します。最後に具体的な目標を提示します。

1. 現状の分析

 異なる文化を理解しあい、異なる言語を受け入れあい、異なる出身地を認めあうという多文化、多言語、多国籍の信仰の共同体は、様々な背景や状況を抱えたメンバーから成り立っています。

 ある方々は親子代々日本の社会で生活し、教会の歴史を共に歩んできました。また、難民として故郷を離れ、日本に定住した東アジアの諸国の出身の方々も多くいます。経済的な安定を求めて来日し、働いている方々もいます。

 南米、東アジアなどから来たこういった方々の中には、長期にわたり働き、生活の基盤を日本の社会においた人々もいれば、数年の滞在で帰国する人々もいます。さらに、留学や技能実習生として日本に滞在し、いずれは帰国する人々もいます。

 さらには、出会いと交わりを経て、故国とのつながりが薄らいで、日本の社会で新生活を始める人々もいます。また、適切な在留資格のないまま日本の社会に滞在しなければならない外国籍の人々もいます。さらには、圧政を避け、自由を求めて来日し、難民としての法的な保護を求めている人々もいます。このように、多種多様な外国籍の方々がわたしたちの隣人として生活しているのです。

 東京大司教区の現状を見ますと、特に小教区共同体での多文化、多言語、多国籍の信徒の方々とのかかわりには三つのスタイルが見られます。

① 外国語によるミサは行わないが、外国籍の信徒への配慮、工夫がなされている小教区共同体。このような共同体では典礼のある部分を日本語以外で実施し、日本語以外の黙想会やゆるしの秘跡の機会を年に数回実施しています。

② 日本語のミサを主体としながらも、外国語のミサが行われている小教区共同体。この場合、主任司祭などがミサを司式するケースと他から司式者を呼ぶケースとがあります。

③ 特定の国籍、言語のグループが共同体を形成し、専任の司牧者をもっている信仰の共同体、もしくは小教区共同体。東京韓人教会、六本木チャペルセンター、イエズス会中国センター、フランス語共同体、ドイツ人共同体などが当てはまります。

 以上の三つのスタイルですが、実際には多様なかかわりが生まれています。小教区によっては毎月一回、ある一つの外国語のミサがおこなわれているところもあれば、毎週のように外国語のミサがなされ、しかも複数の言語でなされているところもあります。

 また、ミサへの参加についても、通常は日本語のミサに参加しつつ、機会があれば外国語、とりわけ自国語のミサに参加する信徒もいますし、日本語のミサにはまったく参加しない外国籍の信徒もいます。さらには、ご自分の家族との関係で日本人であっても外国語のミサにしか参加しない信徒の方もいます。そして、洗礼を受けていながらも、まったくミサに参加しない信徒の方も数多くいます。

 現在のところは外国籍の信徒への三つのスタイルと多様なかかわりがあることはお分かりいただけたと思いますが、今後、社会の変化の中で、日本人の信徒と外国籍の信徒との形を変えた新たなかかわりが生まれるかもしれません。三つのスタイルには、それぞれよい点と、取り組んでいくべき課題があるのは確かです。これからいくつかの課題を提示して、外国籍の信徒への宣教司牧の指針としましょう。

2. 課題の考察

2.1. 教区との一致を目指して

 神の民は司教のもとに集まります。信徒ひとりひとりは、日本人であれ、外国籍の方であれ、司教と共にあること意識すべきです。司教のもとに教区の一員であることを自覚しなければなりません。このことを、わたしは、カトリック教会の組織の点からばかりでなく、信仰を生きる上で大切なものとして強調したいです。教区とはその地域において信仰を生き、福音を宣教するための神の民の拠り所、拠点です。司教のもとに一つの共同体を造りあげるのです。

 前述の③のスタイルの信仰の共同体は、特にこの点に注意していただきたいです。確かに共通の言語が信徒それぞれを結びつけるものとなるでしょう。しかし、自分たちが東京大司教区の一員であることを忘れないでください。東京都と千葉県にわたる領域の福音宣教を担う教会共同体一員であることを自覚してください。そうでなければ、内向きの教会共同体となってしまいます。

 教区との一致は、まず、堅信式といった典礼を通じて大司教であるわたしとの交わりによって表されます。次に、隣接する宣教協力体との交流によって、育まれます。さらには、平和旬間やその他の教区の行事への参加を通しても具体的に体験され、深められていきます。同じ言語だけではなく、異なる言語の人々との出会いと交わりの体験を期待します。

2.2. 小教区との一致を目指して

 人種、国籍、言語、文化を乗り越えて、キリストの体である信仰の共同体として一致していくのは、小教区共同体の直面する課題です。主日に複数回のミサがおこなわれ、しかもそれぞれのミサが異なる言語でなされているような小教区では、共同体としての交わりと一致を保つことは簡単なことではありません。信仰における決意と相手への深い尊敬がなければ、実現は不可能でしょう。

 日本人の信徒が、外国籍の信徒に対して従うことを求めていては真に福音に基づく共同体の実現は難しいでしょう。外国籍の信徒たちは「お客さま」のままになってしまいます。他方、外国籍の信徒の方々も、非キリスト教社会にあって隣人への配慮を忘れずにしながら、小教区共同体を維持してきた日本人信徒への努力と苦労は認めなければならないと思います。

 最初から、簡単に一致が生まれていくわけではありません。出会いは交わりを生み、一致へと成長していくのですから、日本人信徒と外国籍の信徒がお互いに協力しあって、共に小教区共同体を築いていくのだという意識を育んでください。互いの違いを認めあいながら、協力していく姿の中に神の国は少しずつ実現していくのです。こうして、それぞれの地域に「キリストの体」を造りあげてください。忍耐と知恵が求められています。

 「キリストの体」を造りあげる上で、福音宣教者であり司牧者である主任司祭の役割は重要です。上述の②のスタイルの小教区共同体では、主任司祭が交わりと一致のためのキーパーソンとなります。仮に、外部から司祭を呼んできて外国語のミサをしている場合でも、そこに集う人々への司牧的配慮は自らの責任であることを主任司祭は示してほしいです。司祭の声かけ、あいさつがどれほど外国籍の信徒を励まし、力づけているでしょうか。この点を司祭たちは心に留めてください。また、主任司祭はできる限り外国語のミサを司式する司祭、ならびにCTICと連携を深めていただきたいです。

 ①のスタイルの小教区共同体では、多言語によるミサ、いわゆるインターナショナルなミサを実施しているところが多いです。典礼を通じて共同体の一致を表すことができるのは、ミサの参加者にとって大きなチャレンジであると同時に、恵みの大切な体験ともなります。互いに困難とストレスを乗り越えながら、一緒に主の食卓を囲むことができるのは、なんとすばらしいことでしょうか。

 しかし、現実には②のスタイルのミサ、あるいは③のスタイルのミサへと外国籍の信徒の方々がより多く参加しているのは残念です。自分が住んでいる地域の小教区共同体を愛し、助け、支えていただきたいです。人々を父なる神のもとへと集めるために、ご自分を十字架にささげたイエスさまは、ミサの中で多くの人々を一つに集め、一致させるために小さなホスチアの形までへりくだられます。

 このイエスさまのわたしたちへの思いを知っていれば、多少の不自由さを犠牲にしながらも、小教区共同体が一つになるという典礼を築きあげることができると信じています。今後もインターナショナルなミサが豊かなものとなるように努力と工夫を重ねていきましょう。

一致を目指していく典礼、とりわけミサがささげられるためには、日本人信徒であれ、外国籍の信徒であれ多くの人々が役割を担う必要があります。ミサの中で、数々の役目を果たしながら積極的に関わっていくのは当然なことです。

 また、日本語に不自由を感じ、日常のコミュニケーションにも難しさを感じる外国籍の信徒の方々への情報の共有はぜひおこなってください。小教区での情報の共有を多言語でおこなうような配慮はなされるべきです。多くの人々の協力の上に小教区共同体が成り立っているという体験と実感は、典礼をさらに豊かなものとしていくと信じています。

 

2.3. 小教区共同体に属する

 信徒は原則として居住地の小教区共同体に属さなければなりません。そこで、日本の教会では小教区共同体とのつながりを密接なものとするために、信徒籍のシステムを採用しています。

 教会維持費と呼ばれる月ごとの献金(月定献金)を納めることで、信徒は小教区共同体を支え、助けます。また、連絡や手続(秘跡や葬儀)などを円滑におこなうためにも信徒籍のシステムは役立ちます。

 外国籍の信徒の中には、特定の小教区共同体に信徒籍を持たず、結果的に所属教会がはっきりしない方々が多いです。信徒籍のシステムが存在しない国や地域から日本に来られた方にとっては、このシステムについての理解がなかなか難しいかと思います。

 また、ご自分の都合にあわせて、外国語のミサをおこなっている共同体へと出向く方も多いと思います。さらに、外国籍の信徒の方々が一つの居住地に必ずしも定住するとは限らないのも事実です。

 しかし、東京大司教区内の小教区共同体の一部では、この信徒籍のシステムについての説明を外国籍の信徒の方々におこなっているところもあります。今後、東京大司教区としては、こういった取り組みを参考にしながら、外国で受洗した信徒も、あるいは一時的に滞在する信徒も、個別に所属教会に信徒籍をおくことを取り組んでいきます。そして、外国籍の信徒の方々にご自分がお住まいの近くの小教区共同体に属するようにと勧めていくことを計画しています。

 

2.4. 次世代の信仰教育

 次の世代に信仰を伝えることは教会、特に小教区共同体の大切な使命です。しかしながら、これまで外国語のミサに集まる信徒の子どもたちへ信仰教育がなされずに信仰が十分に伝えられなかったという現実も認めなければなりません。

 ②のスタイルの小教区共同体では、日本語のミサの時間に合わせて行われる教会学校に子どもたちが参加するのが難しいです。また、外国語のミサが行われている教会へと通うことから、子どもたちが毎週同じ小教区共同体に必ずしも通うとは限りません。

 確かに、初聖体に向けての勉強、堅信式に向けての勉強が教会学校参加へのきっかけになりますが、秘跡を受けるまでの一時的な参加で終わってしまうことも少なくありません。秘跡のために教会学校への参加を促すだけでは問題の解決とはなりません。

 次の世代の子どもたち、若者たちが信仰の共同体の中で神との出会い、主イエス・キリストとの交わりを育むことができるように、教区全体とそれぞれの小教区のレベルで多角的な取り組みが必要でしょう。

 

2.5. 分散している外国語のミサ

 ①と②のスタイルでおこなわれている外国語のミサは、1980年代から90年代にかけて自分たちの小教区共同体に来た外国籍の信徒へのサービスとして始まっていったという起源があります。こうして近隣の教会で月に1回程度の頻度で外国語のミサが行われるという状態が生まれました。

 その中で日本人信徒との交流が生まれ、①のスタイルのミサで定着する場合もあれば、いわば小教区共同体が場所を提供するという形で②のスタイルのミサへとなっていった場合もありました。いずれにせよ日本の教会が、海外から来た信仰の仲間を兄弟姉妹として積極的に受け入れてきたのです。様々な困難に直面しながらも取り組んでいった皆さんの努力は決して無駄ではなかったと思います。

 しかし、あれから四半世紀以上が経過して、②のスタイルで外国語だけでなされるミサが各小教区で分散して行われているのは信仰の共同体を作る上でも、次世代への信仰伝達をおこなっていく上でも、あまり望ましくないと考えます。また、司祭の減少により、外国語のミサを司式できる司祭を探し出すのも難しくなってきました。

 これからは、日本語を交えず外国語だけでなされるミサについては、教区レベルでの検討課題とする必要があると考えます。具体的には複数の外国語のミサを行う拠点となる教会を定める方向で検討します。

 しかし、前述の①のスタイルのミサは、〈日本にあるキリストの教会〉と特徴となる典礼の姿となりますので、ないがしろにしてはならないでしょう。人種、国籍、言語、文化の違いを超えて、できる限り同じ典礼に参加し、共に祈り、共に成長するという責任を担った小教区共同体を目指していきたいと考えています。

2.6. 多様性への理解と配慮

 信仰における一致した共同体を造りあげることを目指しつつも、多様性の尊重がもたらす恵みにも光を注ぐ必要があります。日本で生活する移住者にとって、自分たちの言語、国籍の小グループによる憩いを軽視すべきではありません。様々な困難がある日常の生活から離れ、母国語で話せる仲間がいるのは大きな喜びでしょう。それは、学校や就労で苦労する子どもたちや若者たちにも当てはまることだと思います。

 このような言語別、国籍別の集いの中で、そこに集う人々は、自分たちの文化で育んできた信仰の姿を分かち合うこともできるでしょうし、さらには自由な信仰表現ができるようになるでしょう。そして、創造的な発想をもって小教区共同体に貢献することも可能となるでしょう。なによりも、そういったグループ活動は、一人ひとりにとって心の安らぎを得る場面ともなることでしょう。

 日本人信徒は小教区共同体に生まれた言語別、国籍別の小グループによる活動を否定してはならないと思います。むしろ多様な活動グループが集まって、一つの小教区共同体を造りあげていくことに注目すべきです。また、個々の活動グループが小教区共同体とは無関係に存続していくのは好ましくないと思います。この点については外国籍の信徒の方々に気をつけてほしい点です。

2.7. 教会とのつながりが途切れている信徒への配慮と福音宣教

 洗礼を受けていながらも小教区共同体とのつながりが希薄になり、場合によって途切れてしまっている信徒が日本人であれ、外国籍の方であれ相当数存在します。こういった方々、また、まだ洗礼を受けていない方々とのつながりはどのようにしたらよいのでしょうか。

 外国籍の信徒であれば、結婚や葬儀を機会に小教区共同体と知りあっていくことはよくあります。また、CTICや外国語のミサを司式する司祭など通じて教会とのかかわりも生まれていきます。いずれにせよ該当する地域の小教区共同体と連携を取りながら、こういった方々との関わりを深めていく必要があるでしょう。小教区共同体の司牧の担当者もそれぞれの事情を考慮に入れながら、いつくしみ深い司牧的な配慮をしていただきたいと思います。

 教会が福音宣教をしていく上で、すべての人が対象となります。上述の言語別、国籍別の小グループによる活動もまた福音を伝える責任を担っていることを強調したいと思います。

 わたしたちは、ともすると外国籍の方々の司牧的なニーズにどのように応えていくのかだけに目が奪われてしまいがちですが、日本人の信徒への司牧的な配慮がなされるのと同様に、外国籍の方々への入門講座などで新たな信仰の仲間を得るための努力についても目を向けていかなければならないでしょう。教会が日本の社会に向けて福音宣教を行うように、日本に滞在する外国籍の方々にも福音宣教をしていかなければならないのです。

3. カトリック東京国際センター(CITC)について

 CTICは1990年に国際化する教会と社会に奉仕するセンターとして設立されました。多くの移住者と関わりながら、その時々に求められる司牧的サービスや社会的奉仕を行い、さまざまな変遷を経て現在にいたります。これまでの活動を支えてこられた多くの方々の奉仕と祈り、献金に心から感謝申し上げます。CTICの活動の重要な点は次の二つです。

① 教区内の小教区共同体の多文化、多国籍な司牧的努力へのサポート。これには外国語ミサの司式者の依頼も含まれます。
② 外国籍の方々への具体的な生活へのサポート。

 この二つの活動について、これまではではその時々の状況や必要性に応じて優先順位が変化していきました。さらには教区内にCTICについての認識の違いがあったのも否めません。

 今後は、CTICの目的、活動の範囲を明確にしながら、教区内の他の活動団体と協調しつつ、外国籍の方々への司牧的なニーズに対応した活動とするために組織の再編に取り組みます。今回の宣教司牧方針では「教区カリタスの創設」について明言しました。

 具体的には、担当の司教総代理を中心に、CTICを核として教区内の社会的活動を実施している諸委員会を統合していきます。教会の本質はコイノニア(交わり)とディアコニア(奉仕)です。しかし、ディアコニアはサービスの提供ではありません。むしろ、自分を小さくして仕えるミニストリーです。サービスの提供から始まった外国籍の方々へのかかわりは、多くの人々を生かすために共に仕えていくというものへと転換しつつあると思います。

4. 司牧方針のまとめと今後の方向性

 以上の分析と考察を踏まえて、外国籍の方々への司牧方針を次のようにまとめます。

● 東京大司教区は、人種、国籍、言語、文化の違いを乗り越えて一つの信仰の共同体を教区のレベルでも小教区共同体のレベルでも実現することを目指します。
●東京大司教区は、すべての信徒が、小教区共同体に所属し、共に責任を担いあって育て運営する信仰の共同体を目指します。
●東京大司教区は、人種、国籍、言語が異なるという多様性の中で、誰一人として孤立することのないように、信仰における固い決意と互いの尊敬のうちに支え合う信仰の共同体を目指します。
●東京大司教区は、それぞれの小教区共同体での違いを乗り越える取り組みを支援するために、CTICを核とした社会司牧の組織を創設し、支援体制を整えます。
●なお、この方針に記した内容や、それに基づいて行った取り組みについては三年後を目途にふり返りと評価を行い、必要に応じた修正をします。
●さらに、このふり返りと評価は、教区の宣教司牧評議会が中心となって実施しますが、可能な限り多くの方々の意見を伺うつもりですので、教区内の皆さまの協力をお願いします。

おわりに

 「一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです」(一コリント12章13節)。

 パウロがこう記すように、わたしたちすべてのキリスト者は、一人ひとりが等しく大切な一つの体の一部分です。わたしたちには、世界のどこにいたとしても、その地にあって共同体を構成し、共同体としてすべての人に「福音を宣教する」という同じ使命が与えられています。わたしたちの信仰は、ひとりのものではなく、共同体の信仰です。その共同体は、一つの体、キリストの体です。

 違いを乗り越えることは、創造力と忍耐力を必要とします。なかなか理解できないこともあり、衝突することもあるでしょう。しかし、「一つの体となるために洗礼を受け」た者として、互いに尊敬を持ち、歩みを共にしましょう。

 東京大司教区の小教区が、多国籍の人々がつくる豊かな教会共同体を目指し、〈日本にあるキリストの教会〉となることで、日本の社会の中で「福音を告げる教会共同体」へと成長できるように祈りながら、共に歩んでいきましょう。

 2021年3月19日 カトリック東京大司教区 大司教 タルチシオ菊地功

2021年3月20日

・「Amoris laetitia(家庭における)愛の喜び」と聖ヨセフの特別なつながり

 

The Holy Family at the Nativity of Our Lord, mosaic by Fr. Marko RupnikThe Holy Family at the Nativity of Our Lord, mosaic by Fr. Marko Rupnik 

(2021.3.19 Vatican News Benedetta Capelli)

 「Amoris Laetitia Family” Year(愛の喜び・家庭年)」が聖ヨセフ特別年が行われる中で19日、始まった。 カトリック教会の守護の聖人である聖ヨセフの特別年、そして教皇の回勅「Amoris Laetitia」の公布5周年を迎えて始められた記念の年、は特筆すべき連続性を示している。

(以下英語訳全文)

Saint Joseph and the family form a bond of tenderness that is immediately recognizable. Pope Francis described the Saint at Wednesday’s General Audience as a “just and wise man,” a beloved Father, welcoming yet in the shadows.

He is a father of creative courage, as we read in Patris Corde, the Apostolic Letter with which the Pope proclaimed the Year of St. Joseph on 8 December 2020. The year overlaps with that of Amoris Laetitia Family, which begins on Friday, the solemnity of Mary’s husband, five years after the publication of Amoris laetitia.

Pope Francis, in another important association, signed the Apostolic Exhortation on 19 March 2016 during the Jubilee of Mercy and under the protection of St. Joseph. In the conclusion of Amoris laetitia, the many threads of this fabric, woven of love for the Church and her children, are reconnected.

A Prayer to the Holy Family

Jesus, Mary and Joseph, in you we contemplate the splendor of true love, to you, confidently, we entrust ourselves,
Make our families places of communion and places of prayer, authentic schools of the Gospel and small domestic Churches,
That there may never again be in our families, episodes of violence, closure and division;
That whoever has been wounded or scandalized may be promptly comforted and healed,
Make us all aware of the sacred and inviolable character of the family, of its beauty in God’s plan.

Amoris Laetitia Family Year

It was during the Angelus on the Feast of the Holy Family, 27 December 2020, that Pope Francis announced the Year dedicated to Amoris Laetitia Family.

It begins on 19 March 2021, five years after the publication of the Apostolic Exhortation; and is set to end on 26 June 2022, on the occasion of the 10th World Meeting of Families in Rome.

As Pope Francis explained when he announced the event, it is meant to be “a year of reflection, an opportunity to deepen the contents of the document.” The Dicastery for the Laity, the Family and Life is coordinating pastoral, spiritual and cultural initiatives for the Year. The Dicastery’s website, www.amorislaetitia.va, has created pamplets, conferences and in-depth studies on the papal document available in five languages. Pope Francis himself clarifies, in the fifth paragraph of the text, the importance of Amoris laetitia:

This Exhortation is especially timely in this Jubilee Year of Mercy. First, because it represents an invitation to Christian families to value the gifts of marriage and the family, and to persevere in a love strengthened by the virtues of generosity, commitment, fidelity and patience. Second, be-cause it seeks to encourage everyone to be a sign of mercy and closeness wherever family life re- mains imperfect or lacks peace and joy.

Family of Nazareth, a ‘northern star’

Pope Francis looks to the “icon of the Holy Family of Nazareth with its daily life that had its share of burdens and even nightmares” – such as Herod’s violence, which even today is renewed on the skin of so many refugees. He also holds up its “covenant of love and fidelity” which “illuminates the principle that gives shape to every family and enables it better to face the vicissitudes of life and history.”

In Amoris laetitia, the Pope quotes Paul VI and his speech in Nazareth on 5 January 1964: “Nazareth teaches us the meaning of family life, its loving communion, its simple and austere beauty, its sacred and inviolable character. May it teach how sweet and irreplaceable is its training, how fundamental and incomparable its role in the social order.”

Year of Saint Joseph

It is St Joseph who watches over this treasure, “as head of the family.” It is he, writes Pope Francis in Patris corde, who teaches us that “having faith in God also includes believing that He can work even through our fears, our frailties, our weaknesses.”

“It is the true miracle by which God saves the Child and His mother,” trusting in Joseph’s “creative courage.”

To this much-loved figure, 150 years after his proclamation as Patron of the Universal Church thanks to Pope Pius IX’s decree Quemadmodum Deus, Pope Francis decided to dedicate a Year of St. Joseph.

He also granted the “gift of special Indulgences,” until 8 December 2021, for those participating in the celebrations, under the usual conditions: sacramental confession, Eucharistic Communion and prayer for the Pope’s intentions.

 

2021年3月20日

・東京教区・ヨセフ年記念企画「ヨセフ像のエピソード」

2021年03月15日

(2021.3.15 カトリック東京教区お知らせ)

 すでに始まっている「ヨセフ年」を記念して、東京教区の教会や修道院に置かれているヨセフ像を、その像にまつわるエピソードと共にご紹介します。機会があれば、最寄りの「ヨセフ様巡り」の巡礼をなさってみてはいかがでしょうか?

  ※ヨセフ年に関する詳しい解説はカトリック中央協議会の特設ページをご覧ください。※カトリック中央協議会では「聖ヨセフの連願」「聖ヨセフへの祈り」の日本語訳を公表しています。お祈りください。

東京カテドラル

 カテドラルのルルドの横に立つヨセフ像をご存じでしょうか。白柳誠一枢機卿によって「受けとめるヨゼフ」と名付けられたこの像は、彫刻家の関谷光生(せきや みつお)氏の手によって1999年に完成しました。銘板の文字も白柳枢機卿の筆によるものです。

 カトリック信者ではない関谷氏は、ヨセフ像を制作するにあたり、アトリエで森一弘司教や稲川保明神父から説明を受けたり、森司教と一緒に宇治のカルメル会のヨセフ像を見学しに行ったりするなどして、聖ヨセフへの理解を深めたそうです。

 また、このヨセフ像の設置には、当時司教館で奉仕していた大阪聖ヨゼフ宣教修道女会のシスターたちへの感謝も込められており、大阪ヨゼフ会の本部修道院(大阪府箕面市)にも関谷氏の手によるヨセフ像が置かれています。

 カテドラルの正面扉から外に出ると、ルルドのマリア像と受けとめるヨセフ像の両方が目に入ります。今年はヨセフ年。カテドラルにお越しの際には、ルルドだけではなく、是非ヨセフ像の前にも足を運び、主イエスの養父である聖ヨセフに祈りを捧げていただければ幸いです。


白柳枢機卿の筆による銘文

 

*ヨセフ像の写真募集します!

 「ヨセフ年」を記念して、東京教区の教会や修道院にあるヨセフ像の写真を募集いたします(個人所有は含みません)。その像が制作・設置された由来や像にまつわるエピソードの文章を添えて、教区本部事務局広報部宛に郵送かEメールで写真をお寄せください。お送りいただいた写真と文章は教区ニュースと教区ウェブサイトでご紹介いたします。沢山のご応募お待ちしています!

送付先
郵送:〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15 カトリック東京教区事務局広報部 E-mail

※メール添付の場合、ファイル形式は問いませんが、できる限りサイズの大きな写真を添付してください。

2021年3月16日

・全世界に福音の喜びをもたらすためにー教皇フランシスコ在位8年を振り返る(VN)

Pope Francis with young people at WYD in Panama 2019Pope Francis with young people at WYD in Panama 2019  (Vatican Media)

(2021.3.13 Vatican News Isabella Piro)

  2013年3月13日、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオが聖ペトロの座に就くように選ばれた。初のイエズス会士の、ラテンアメリカ出身の、初めてフランシスコの名を冠する教皇の誕生だった。

 以来、教皇フランシスコの8年は、全人類にイエスの愛をもたらすことを目的とした新たな福音宣教の推進に、すべてのキリスト教徒を参加させるための先導と改革で特徴づけられてきた。

 親密さ、協議制、勢いある福音宣教ーそれが8年前に聖ペテロの座に選ばれた教皇フランシスコの教皇職の要石だ。彼の教皇観は、自身の存在と行動の対照として、底辺から、実存的で地理学的な”辺境”に注意を向けるところから始まる。

 「福音が本来もっている新鮮さ」を取り戻すように、すべての人を招き、イエスの愛が本当にすべての人に届けるために新たな熱意と力強さを手にするように、信徒たちに強く促す。教皇フランシスコが熱望する教会は、”開かれた扉”、「優しさの革命」や「優しさの奇跡」を恐れない”野外病院”をもつ、「外に向かう教会」だ。

*新しさとEvangelii gaudium(福音の喜び)ー教皇の案内書

 「フランシスコ」という名の最初の教皇、教皇として最初のイエズス会士、最初のラテンアメリカ出身者として、また前任者の辞任を受けて選ばれた近代で初の教皇として、教皇フランシスコは、”新鮮”の旗の下で教皇職を始めたーサンタマルタの家で日々のミサを捧げ、そこを住まいにした。

 教区司祭の仕方で自然な形で行われる短い説教で、教皇は信者たちと直接の対話をし、神の言葉と直接向き合うように促す。2013年はまた、使徒的勧告「Evangelii gaudium(福音の喜び)」ー新教皇の基本指針ーを発出し、その中で、教皇フランシスコは、喜びで特徴づけられる新たな福音宣教、、教会構造の改革、そして教皇による統治の改変をーそれによって、イエスが意図された目的にかなう宣教活動がなされるようにー司教、司祭を含むすべての教会関係者、信徒に求めた。

 そして、この2013年には、「枢機卿評議会」を設け、(1988年に当時のヨハネ・パウロ二世教皇が発出した)教皇庁の組織体制を規定する使徒憲章「Pastor bonus」の改訂の検討に着手させた。

【2014年】「家庭」

 「家庭」は教皇フランシスコの2014年の司牧の最重要テーマだった。そのために、「家庭」をテーマとする全世界代表司教会議(シノドス)の特別総会を招集した。教皇は、現在の個人主義が蔓延する社会で子供たち、親たちの権利が、とくに道徳教育、宗教教育の面で危機に瀕していることに、強い懸念を持っていたのだ。シノドスの成果は2016年4月に公布された使徒的勧告「Amoris Laetiti(家庭における愛の喜び)」として結実し、その中で教皇は、分かち難い男女の結婚を基礎にした家庭の重要さと素晴らしさを強調するとともに、離婚して再婚した人々にも目配りし、司牧者たちに識別力を働かせるように促した。

 教会改革に関しては、バチカンに未成年者保護のための委員会を設置したことが特筆される。委員会の目的は、すべての未成年者と脆弱な成人の保護について特定の教会の責任を促す対策を、教皇に提言することだ。

 外交面では重要な二つのことがあった。一つは7月8日にバチカンの庭園で、イスラエルのペレㇲ大統領とパレスチナ自治政府のアッバス議長と共に、「聖地エルサレムの平和の祈り」を捧げたこと。それに、米国とキューバの外交関係樹立にあたって、教皇が両国の代表に書簡を送り、これに強く関与する姿勢を示したことだった。

【2015年】被造物の保護

 2015年の中心には「被造物の保護」が置かれた。5月24日、教皇は回勅「ラウダート・シー私たちの共通の家を大切に」に署名した。回勅の核心は、欠かすことのできない環境、自然へのいたわり、貧しい人々の公正な扱いと社会への関与は分けることができない、ということだった。回勅の延長として、教皇は、信仰一致のもとで「被造物へのいたわりの祈り国際デー」を毎年9月1日に設定した。

 教会改革では、”教皇庁に関する新使徒憲章、後に「Praedicate Evangelium」という仮題がつけられる使徒憲章の策定が進められた。

 この一方で、Vatileaks 2(教皇庁の秘密文書の漏洩)が発覚し、教皇が11月8日の主日の正午の祈りでこれについて「文書を盗むのは犯罪です。全く情けない行動です」と遺憾の意を表明。被疑者4人はバチカン裁判所で裁かれ、2人が刑法犯で有罪となっ

【2016年】慈しみの特別聖年

 「慈しみ」が2016年を通しての共通の糸となった。教皇は、「父のように慈しみ深く」のテーマの下に特別聖年を実施した。最{も弱い人々へのいたわりは「慈しみの金曜日」で具体化され、この日に教皇は貧困者、病者、そして社会の隅に追いやられている人々を受け入れている施設に私的訪問をされた。さらに、広く開かれた教会」を象徴する形で世界中の教会で”聖なる扉”が開かれ、教皇は聖ペトロ大聖堂のその扉を開くのに先立って、2015年11月に中央アフリカ共和国を訪問した際に、バンギの大聖堂の扉を開けた。

 また 2016,年には、もう一つ大きなことがあった。2月12日にキューバで教皇がロシア正教のキリル一世モスクワ大主教と会見し、現代社会の課題ーキリスト教徒に対する迫害と戦争の終結、宗教間対話の推進、移民・難民支援、命と家庭の保護ーへの取り組みを約束する共同宣言に署名した。

【2017年】世界貧困の日

 2017年には教皇が推進する平和外交で大きな前進があった。2017年9月20日に国連総会で「核兵器禁止条約」が採択され、その直後にバチカンが世界の国々に先駆けて、同条約を批准した。

 司牧面では、「世界貧困の日」の第一回が祝われ、「イエスの現存が証しされる」のはまさに貧困の中であること、貧困は「天国への道」を開き、「天上への旅券」であることを思い起こす契機となった。

【2018年】中国との司教任命に関する暫定合意

 2018年は二つの点で特徴付けられた。司牧の面では、”若者”シノドス(全世界代表司教会議)の開催。教皇は若者たちに、「信仰は出会いであり、理論ではない。聞き、近づき、証人となるように」と求めた。その呼びかけは、シノドスを受けて翌2019年に出された使徒的勧告「Christus vivit,(キリストは生きている)」で一層、強いものとなった。「あなたがたは、神の”今”だ」と教皇は述べ、現代社会の挑戦に遭っても引き下がらず、”最も小さな人々”への配慮に献身するように願った。

 外交面では、2018年9月22日、中国政府(中国共産党ではない)との間で、同国内での司教任命についての暫定合意に署名した。そしてこれは、2年の期限を迎えた2020年秋にさらに2年延長することが決まったが、具体的内容は、2021年になっても公けにされていない。

*「カトリック・あい」注:中国国内のカトリック教会は、従来から、中国共産党の指導に服する「中国天主愛国協会」所属の教会と、教皇のみに忠誠を誓う”地下教会”に分かれていた。バチカンは基本合意によって司教の選任が一本化し、中国における福音宣教が正常な形で進む、と期待していたようだ。

 だが、実際には、暫定合意と前後して、中国国内の諸宗教の活動の監督・規制の権限が、政府である国務院の宗教担当部局から中国共産党の統一戦線工作部に移管され、それとともに、カトリックも含めた諸宗教の”中国化”、共産党の指導に従わない諸宗教を強制的に指導・監督下に置き、従わない者は徹底的に監視・弾圧するという動きが活発になっている。

 このような実情を教皇がどこまで理解されているのかは定かでないが、バチカン内部には中国に融和的な姿勢をとる高位聖職者もいるようだ。このようなバチカンの対応が、新疆ウイグル自治区やチベット自治区での少数民族弾圧、香港での民主活動の抑圧など、基本的人権の侵犯の姿勢を強める中国政府・共産党の姿勢を、結果として容認するのではないか、という懸念も関係者の間に高まっている。

【2018年-2019年】聖職者による性的虐待への対応

 2018 年はカトリック教会にとって”極めて苦い”ページを開く年でもあった。高位聖職者などが絡んだ性的虐待に関する出来事だ。教皇の側近で、バチカンの財政・金融改革に大きな役割を期待されていたジョージ・ペル枢機卿が未成年性的虐待の容疑で起訴され、オーストラリアの裁判所で無罪を勝ち取り、13か月後に釈放となったこと。チリの高名な説教師で、一司祭ながら同国の教会に強い影響力を持っていたフェルディナンド・カラディマが幼児性愛で有罪、教皇から聖職者の地位をはく奪されたこと。さらに、米国では、改めて信徒たちの間に大きな衝撃を与えた、多数の聖職者による未成年性的虐待に関する「ペンシルバニア報告」が出されたこと。

 8月にアイルランドを司牧訪問された教皇は、その最後に、カトリック教会を代表して赦しを乞う「罪の告白」をされた。これと同じ時期に、米ワシントン大司教だったセオドア・マカリック枢機卿(当時)が未成年への性的虐待で責任を問われる「マカリック事件」が浮上した。枢機卿は翌2019年にその地位をはく奪され、さらに2020年11月に教皇の指示を受けたバチカン国務省のこの問題に関する特別報告が出された。

 性的虐待との戦いは2019年も続き、2月に全世界司教協議会会長会議でこの問題が話し合われ、それをもとに教皇は自発教令「Vos estis lux mundi,」を発出、性的虐待の案件を知った聖職者、修道者の告知義務を明確化し、全世界の司教区が、公共機関がその報告を容易に受けることのできる体制をとることとした。さらに12月に教皇は、性的虐待に関する教皇の秘匿義務を拝する勅令を出した。

【2019年】友愛、平和、キリスト教徒の一致

 2019年は、3つの大きなことがあった。1つ目は、アブダビでイスラム教のグランド・イマームであるアフマド・アル=タイイブ師と共同で「Human Fraternity for World Peace and Living Together(世界の平和と共に生きるための人間の友愛)」の文書に署名したことだ。文書は、宗教間対話の強化を奨励し、テロと暴力を非難し、相互尊重を促すもので、その共同署名は、キリスト教とイスラム教の関係における画期的な出来事となった。

  2つ目は、南スーダンの指導者たちのために精神的な休息の場をバチカンに提供したことだ。集まりは4月に行われ、衝撃的な行為で幕を閉じたー教皇が、到着した同国のサルバ・キール・マヤルディ大統領の前にひざまずいて、その足に接吻したのだ。教皇の意図は、この”若いアフリカの国”で「戦争の火が完全に消えることを懇願する」ことだった。

 3つ目は、キリスト教の一致に向けられたものだ。6月29日、教皇はコンスタンティノープル総主教庁からの代表団に聖ペテロの遺物の断片をいくつかを贈った。教皇自身がバーソロミュー1世総主教への手紙に書いているように、この贈り物は「私たちの教会が互いに近づくために行った旅の確認となること」を意図したものだ。

 

【2019年】バチカンの財政・金融改革

 教皇が就任当初から重視して来た財政・金融改革の一環として、教皇は2019年8月、IOR(宗教活動研究所=通称「バチカン銀行」)に関する規則を改め、その会計を監査する外部監査人の制度を導入した。これに続いて、2020年末に、金融情報局(ASIF)に関する規則も刷新して監督機能を持たせ、名称もそれにふさわしい「監督及び金融情報局」に改められた。

 さらに、「経済および財政・金融問題における特定の能力」に関する自発教令を発出し、教皇に対する献金を含む基金と財産の管理・運用の権限を国務長官から、聖座財産管理局(APSA)に移管するとともに、財務事務局の監督機能を強化した。

【2020年‐】ウイルス大感染への対応・使徒的勧告「Querida Amazonia」そして回勅「Fratelli tutti」

 2020年に最大の危機を迎えた新型コロナウイルス大感染に対して、教皇は絶え間ない祈りで、世界の信徒たちの側に立ち続けた。全世界は、3月27日に教皇が一人でなさった「Statio Orbis(聖体崇拝)」を忘れることがないだろう。人気のない、雨に濡れた聖ペテロ大聖堂前の広場。ウイルスの蔓延を抑えるために、その場に実際に参加する代わりに、信徒たちは、世界中に対してされた動画中継を通じて、教皇と心を合わせた。

 教皇の水曜恒例の一般謁見、主日正午の祈り、そしてサンタマルタの家での朝のミサも、しばらくの間、インターネットの動画中継で行われた。

 2月に、教皇就任後5つ目となる使徒的勧告「Querida Amazonia(愛するアマゾン)」を発出された。2019年にバチカンで開かれたアマゾン地域特別シノドスの成果を集めたもの。

 10月には、三つ目の回勅「Fratelli tutti(兄弟の皆さん)」を出された。この回勅は、このフランシスコの教皇職の顕著な特徴をさらに明確にし、教会と世界の人々に、兄弟愛と社会的友愛を呼びかけ、より良い世界を構築するために戦争を拒絶することを強調している。

【2020年】眼差しを”周辺”に向けた司牧訪問‐イラク

  2020年は、イラクへの歴史的な教皇訪問を今年3月にするとの発表で締めくくられた。教皇のイラク訪問は歴史上初めて。コロナ大幹線の影響を受けて、外国訪問を15か月の休止した後、教皇は福音の光と美しさを世界にもたらそうとする視線を、「友愛と希望」が緊急に求められている”周辺”に向けた。

 2013年7月に行われた教皇フランシスコとしての初の”外国訪問”は、移民・難民の中継地になっているイタリア最南端のランペドゥーザ島。教皇の移民・難民に対する強い思いが行動となった。教皇は、「すべての移民・難民は、何よりもまず、人間です」と繰り返し言明されている。そして、言葉だけでなく、行動でそれを実行される。ギリシャのレスボス難民キャンプに訪問された際には、12人のシリア難民をローマに連れて戻られ、彼らが助けを受けられるようにされた。

【教皇フランシスコに関係する統計データ】

 教皇就任からこれまでに、フランシスコは、イタリア国内を25回、外国を33回訪問されている。一般謁見は340回以上、主日の正午の祈りは450回以上、サンタマリアの家での説教は790回近い。イタリア・オトラントの800人の殉教者を含む約900人の列聖。7回の教会会議を開き、新たに101人の枢機卿を任命した。

 数々の特別年ー奉献生活(2015年-2016年)、聖ヨセフ(2020年-2021年)、そして、使徒的勧告「Amoris Laetitia(家庭における)愛の喜び」を学び直す年(2021-2022)ーを設け、特別の「日」も「祖父母と高齢者の世界デー」(2021年7月)などいくつも新たに作られている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・・・・・・・・・・・・・・

 (以下、バチカン放送日本語版)

 教皇フランシスコは、寄り添い、互いに耳を傾け共に歩む姿勢、宣教的跳躍への招き、地理的・社会的「辺境」への関心などの特徴と共に、教皇は「外へ出てゆく教会」「開かれた教会」「野戦病院としての教会」を目指してきた。

 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響下にあったこの一年、教皇は信者たちのそばに精神的に留まり、絶えず祈りを捧げてきた。

 2020年3月27日、教皇はパンデミックの収束と信仰による励ましを願い、雨の降る無人のバチカンの聖ペトロ広場で祈りと聖体降福式をとり行われた。

 感染拡大防止対策上の様々な制限の中で、教皇は、一般謁見や日曜のお告げの祈りをはじめ、ミサやその他の儀式などのビデオ中継を積極的に行われてきた。

 昨年2月、教皇は、2019年にバチカンで開催されたアマゾン地域をめぐるシノドスの実りとしての使徒的勧告「ケリーダ・アマゾニア」を発表した。

 そして、続く10月には、兄弟愛と社会的友愛をテーマにした新回勅「フラテッリ・トゥッティ」を発表。紛争を止め、すべての人が参加するより良い世界を築くことの大切さを強調した。

 教皇は2019年11月下旬に行われた訪日以来、パンデミックのために15ヶ月以上海外司牧訪問を中止していたが、今年3月、ローマ教皇として初めてイラクへの訪問を行った。

 教皇は、昨年12月8日、福者教皇ピオ9世によって聖ヨセフが「カトリック教会の保護者」として宣言されてから150年を記念し、「聖ヨセフの特別年(2020年12月8日から2021年12月8日まで)の開幕を宣言。

 また、家庭をテーマにした使徒的勧告『愛のよろこび』の発表から5周年を機に、同文書についての考察を深める特別年(2021年3月19日から2022年6月開催予定の「第10回世界家庭大会」まで)の開催を告げている。

 さらに、今年1月、教皇は、「祖父母と高齢者の世界デー」を、イエスの祖父母である、聖ヨアキムと聖アンナの日(7月26日)に近い、7月の4番目の日曜日に制定された。

2021年3月13日

・13日で教皇フランシスコ在位8年-課題解決へバイデンの「熱を冷ます」戦術に倣うか?(Crux解説)

(2021.3.12 Crux  EDITOR  John L. Allen Jr.

At his eight-year mark, will Francis try turning down the temperature?

Pope Francis arrives to visit the community at the Church of the Immaculate Conception in Qaraqosh, Iraq, March 7, 2021. (Credit: Paul Haring/CNS.)

ローマ発 – 米国のバイデン大統領は就任から2か月経とうとしているが、ニューヨークタイムズ紙のエズラ・クライン記者によると、米国の主要メディアの見出しはトランプ前大統領に関するものが依然として彼の2倍になっている。その現象の核心は、現代政治学の理論をもとにした意識的なバイデンの戦術にある、とクライン記者は分析する。つまりこうだ。

 「陰極(負の電極)」が今、政界においてもっとも強い力を持っている。そうした中で、人々は、自分たちが好きな者を支援するからといって、その考えを常に支持するように動くとは限らないが、自分たちが嫌いな者が支持する考えには、必ず反対に動く。(その理論を使って)バイデンは、自分自身を注目の的にすることを避けること(たとえば、バイデンが打ち出した野心的な経済刺激策を、ホワイトハウスの誰も「バイデン計画」と呼んでいない)で、保守派が反対に動くような要素を減らした。バイデンのスポークスパーソンは、これを「熱を冷ます」戦術、と呼ぶ。

 そして、これを聞くと、13日に在位8周年を迎えた教皇フランシスコのことが思い浮かぶ。

 新型コロナウイルス大感染の危機によって元気を取り戻したように見える84歳のフランシスコは、教会と世界のために野心的な課題に今も取り組み続けているた

 彼の”業務リスト”には、教会内的な課題として、問題山積するバチカン改革、財務・資金管理体制の抜本的な見直し、聖職者による性的虐待絶滅への戦い、女性と一般信徒の権限強化、より“共同的”な意思決定過程の確立ーなどが並ぶ。対外的には、”ポスト・コロナ”の世界ビジョンとしての、人類の友愛と連帯、世界の最貧層の人々のための経済的正義、自然環境保護と武力紛争の終結ーがある。

 これらの課題達成をややこしくしている要因の一つが、カトリック教会においても「陰極」が強い力を持っている、ということだ。現代の事実上すべての公的な人物と同じように、教皇フランシスコも、好むと好まざるにかかわらず、不和を招いている。カトリックの信徒のある部分には、教皇は熱心な支持を高めているが、一方で、その数は相対的に少ないものの、頑強な少数派がおり、教皇が彼らの懐疑主義と反発を誘っている。

 その観点から、おそらくフランシスコは、少なくとも公的責任が許される範囲で、バイデンの”作戦帳”の1ページを拝借し、難しい”方程式”を解こうとするかもしれない。それはどのようなものだろうか?自身への注目度を減らし、課題の実行を他の主体ー個人、グループ、あるいは機関ーに委ねることを意味することになるように思われる。

 コロナ感染拡大防止のために、バチカンで多くの人が実際に参加する行事が中止となり、外国訪問も制限されていることは、教皇の注目度を減らすのに”役立つ”と言えるかもしれないが、それは、他の公人にもあてはまることだし、教皇の注目度を必ずしも減らすことにはならない。

 当然ながら、コロナ禍においても、教皇は、バチカンと世界のカトリック教会の統治に関わる仕事に手を抜くことはできない。世界中の司教の任命、使徒的勧告や教令の公布、予算の承認その他、バチカンと世界の教会の活動を続けていくために必要な業務は止められないし、これが必然的に、ニュースになっていく。

 だが、フランシスコは、注意を惹くような非公式なやり方-インタビューを受けたり、ドキュメンタリー番組に出たり、本を出したり、電話を掛けたり、手紙を書すなど、メディアで取り上げられる振る舞いーを避けることが可能だ。そして、その時間を、優先事項と考える課題の取り組み促進へ、関係者ーバチカン官僚、世界中の司教、活動体や修道会の指導者、その他カトリック関係の活動家たちーを督促することができる。

 バイデンの経済刺激策と同じように、教皇が取り組んでいる多くの課題に対しては、強力な公的支援がある。バチカンと教会が透明性を高め、しっかりと説明責任を果たすようにするという教皇の方針を、極めて多くの人が好意を持って受け止めている。大多数が、女性と一般信徒にもっと大きな役割を与えようとする動きを支持している。全世界の信徒の3分の2が途上国の信徒で占められているカトリック教会で、教皇の掲げる社会正義の課題は幅広い支持を得ている。

 米国の政治と同じように、以上のような課題に関するカトリック教会の対話の二極化は、しばしば主張の中身ではなく、誰がその主張の背後にあり、誰がそれに反対しているのか、で生じている。

 教皇に就任して8年、フランシスコは時代のしるしを読み、自身が与えられた今という時に、教会と世界が必要としているものをつかみ取ることに長けていることを示してきた。

 バイデンの例が示唆しているのはこうだーバイデンとフランシスコがどれほど相似形でないとしても、教会と世界が今、教皇フランシスコに求めているのは、魅力のある個性を抑え、より多くの政策の選択の余地を作るということだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

 

2021年3月13日

・2021年、北東アジアの平和を脅かすリスクは「北朝鮮問題」と「米中対立」ー日米中韓の専門家195氏採点(言論NPO)

(2021.2.24 言論NPO)

  言論NPOは2021年2月24日の「アジア平和会議」に合わせて、日本、米国、中国、韓国の外交や安全保障の専門家195人の採点によって、4か国の専門家が判断する2021年の「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」を明らかにしました。

 その結果、2021年にこの北東アジア地域の平和を脅かす最も高いリスクとして「北朝鮮が核保有国として存在すること」がトップとなり、以下、「米中対立や、デジタル分野における覇権争い」、「南シナ海における領土・領海をめぐる対立」が続き、中国の行動やそれに伴う米国との対立が上位に並びました。

 

*総合:北東アジアの平和を脅かす最も大きなリスクは、「北朝鮮問題」

 この評価は、日本の有識者(115氏が回答)による北東アジアのリスク項目の絞り込みと日米中韓の外交・安全保障の専門家195氏による採点の、二段階によって行われています。

 また、採点の際の評価基準は、そのリスクの①「影響と深刻さ」と、その問題が②「2021年に困難や障害が発生する可能性」の二つの基準から採点しています。

 その結果、北東アジアの安全保障にかかわる日米中韓の4カ国の専門家の判断は、北東アジアの平和を脅かすリスクとして「北朝鮮が核保有国として存在すること」(4.17点)を挙げる人が最多となりました。核兵器が実際に使用された場合、その被害が甚大かつ広範囲に及ぶため、「影響と深刻さ」に関する基準1で2.20点と高い得点になったことが大きな要因となったものとみられます。

 一方、第二位となった「米中対立や、デジタル分野における覇権争い」は、すでに対立が深刻化していることから、実際に「2021年に困難や障害が発生する可能性」に関する基準2で2.03点と高得点になったことが順位を押し上げる要因となりました

 第三位の「南シナ海における領土・領海をめぐる対立」は、すでに中国と、米国・ASEAN諸国などとの間に対立が顕在化していること、事態がエスカレートした場合の影響が深刻であることなどから、基準1(1.88点)、基準2(1.82点)のいずれも高い得点水準となっています。

◆日米中韓4か国195氏の国別結果

 【日本の専門家55氏】

 日本の専門家では、「北朝鮮が核保有国として存在すること」(4.27点)、「米中対立や、デジタル分野における覇権争い」(4.12点)、「南シナ海における領土・領海をめぐる対立」(3.98点)の3つが4点前後で並んでいます。

 他の3カ国と異なる傾向がみられるのは、「中国の海警法の適用のあり方と、現状変更に向けた行動」で、3.85点と4番目に多い結果となっています。

 【米国の専門家35氏】

米国の専門家では、「北朝鮮が核保有国として存在すること」(4.63点)が最も多く、次いで「南シナ海における領土・領海をめぐる対立」(4.20点)となり、ここまでが4点を超えています。

 【中国の専門家50氏】

 中国の専門家の評価は、全体的に日米韓とは異なる傾向をみせており、「新型コロナウイルスが、アジア各国の経済や財政にさらに大きなダメージを与えること」(3.52点)で最も多い結果となりました。これに「米中対立や、デジタル分野における覇権争い」(3.46点)、「バイデン米新政権のアジア政策の方向性」(3.44点)、「インド太平洋における日米豪印などの連携と中国の対立」(3.42点)が同水準で並んでいます。4点を超える項目はありませんでした。

 【韓国の専門家55氏】

 韓国では、「北朝鮮が核保有国として存在すること」が突出しており、4.91点と5点近くになっているなど、専門家の強い懸念が表れている結果となりました。「日韓対立」も3.15点と9位に入っており、「台湾海峡での衝突や偶発事故」を上回っています。

 

2021年2月24日

・「性的虐待被害者のための祈りと償いの日」を教会の”文化”を変える日に-バチカンの専門家

Father Hans Zollner, SJ, addressing a gathering in Lima, Peru Father Hans Zollner, SJ, addressing a gathering in Lima, Peru   (ARZ_LIMA)

 「性的虐待被害者のための祈りと償いの日」は教皇フランシスコが提唱して、毎年の四旬節の適当な金曜日にされることになっており、世界の主なカトリック国では2月19日、日本では3月5日に予定されている。

 この機会にVaticanNewsと会見したバチカンの未成年者保護委員会のハンス・ゾルナー神父(グレゴリアン大学未成年者保護センター長)は、聖職者による未成年者などへの性的虐待を根絶するためには「祈りだけでなく、行動。行動だけでなく、教会そのものの”文化”を変える努力も必要」と改めて訴えた。

 ゾルナー神父は、まず、聖職者による未成年性的虐待に対処するために、共に行う祈りの重要性を指摘し、「イエスの名の下に2、3人が集まれは、祈りがさらに強力になる」と述べた。

 この祈りと償いの日は、2019年2月に教皇が召集して開かれた未成年者虐待に関する全世界司教協議会会長会議で教皇が提唱して始められたが、この二年間の世界の教会の取り組みについて「目に見える成果と目に見えない成果がある」と指摘。

 目に見える成果としては、教皇のイニシアチブによるルール整備がある。その代表的なものは、教皇が2019年5月に出された自発教令Vos estis lux mundiで、これにより、司教や修道会の上長が聖職者や修道者の性的虐待について上部機関への報告を怠ったり、隠ぺいしたりするなど、すべきことをしない場合の、教会法の規範に従った措置を明確にした。

 さらに同年12月、教皇は、所有したり他人に見せたりして処罰の対象となる未成年ポルノ画像の年令を14歳以下から18歳以下に広げる措置をとり、聖職者による性的虐待の関する事案を「秘密」にする教皇特権を廃止した。

 また、この全世界司教協議会会長会議は、各国の現地教会での性的虐待に関する「意識のレベル」を高めた、と述べ、新型コロナウイルスの世界的大感染以前、まだが海外旅行が可能であった時期に、私は、これまで性的虐待の問題は自分たちには関係ないと考えていた国の司教協議会のいつくかに招かれ、話をするように求められたことを実例として示した。

 「彼らは、自分たちの国はそのような問題はないと考えていたのが、実際にそうではなかったことに気が付き、この問題に真剣に取り組むことを約束してくれました。そうした認識は、高位聖職者だけでなく、司祭や一般信徒にもいえることです」。

 教皇庁立グレゴリアン大学でも、前向きな変化が進み、今学期、自身が責任者を務める大学の未成年保護センターは、英語とスペイン語で学士号がとれるようになった。対象となった者の一部は、各国の司教や修道会の上長から派遣された学生たちで、「将来の仕事をよりよく理解するために、神学から社会学に至る包括的な教科を学習できるようにしています。現地教会で性的虐待から未成年を保護する責任を負うことになるでしょうから」と語っている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2021年2月21日