・教皇フランシスコ在位10年ー物議を醸した5つのポイント(Crux)

(2023.3.8 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen

 ローマ発 – カトリック教会の舵取りを 10 年間務めた教皇フランシスコは、世界的に愛され、尊敬される人物になったが、その一方で、公正な役割を越えた論争を生み出した。その多くは、ソーシャル メディアの”おかげ”で、 リアルタイムで目に見える形で再生されている。

 教皇に選出された後の最初の”ハネムーン”の期間が終わった後、真剣な意思決定を始めたとき、ゆっくりと批判の小滝が流れ落ち始め、前任の二人の教皇との大きなトーンの違いが明らかになってきた。

 在位 10 周年を前に、これまでにフランシスコが下した決定の中でおそらく最も物議をかもした5つの点を振り返ってみよう。

 

 

*最大の議論を呼んだ使徒的勧告「愛の喜び」の脚注

 おそらく、教皇フランシスコの 10 年間の統治全体で、2014,2015年の家庭に関する世界代表司教会議の結論を基に2016年に出された使徒的勧告「Amoris Laetitia(愛の喜び)」ほど、大きな議論を呼んだものはなかったろう。

 具体的に言えば、騒ぎは、この勧告の本文そのものよりも、第8章「弱さに寄り添い、識別し、受け入れる」の305項の脚注351によって起きた。そのような表現で、離婚して再婚したカップルがケースバイケースで秘跡を受けることができるように、慎重な扉を開いたのだった。

 305項は「司牧者は、人の人生に向かって石を投げるかのように、『例外的な』事情にある人に道徳法をあてはめることで、務めを果たした、と思ってはなりません…」で始まり、「酌量の予備のある条件や要因から、客観的に見て罪の状態にある… 人は、神の恵みを味わい、愛し、恵みと愛ある命を育めるようになります。それは、そうなるように、との教会の支援を受けながらのことです」とあり、その個所の脚注として352で、「場合によって、それは諸秘跡の助けを含む… 聖体は『完璧な人のための褒美ではなく、弱い者のための良質な薬であり栄養』…」と述べている。

 離婚して再婚したカップルが聖体拝領を受けられるか否かは、使徒的勧告のもとになった家庭に関する世界代表司教会議で最も激しく争われた問題の 1 つであり、「聖体拝領を認めれば、カトリック教会の公式の教えに違反し、結婚観の変更を意味することになる」と多くの参加者が主張した。

 教皇フランシスコの判断は、「すべてのカップルが同じ、というわけではなく、白黒明瞭な区別はない。したがって、教会の教えは、そのようなカップルに寄り添い、聖体を拝領できるか、出来るとしたらいつかについて、適切な識別ができるような余地を、司牧者たちに認めている」ということだった。

 この使徒的勧告を受けて、世界の多くの国の司教協議会が、離婚して再婚したカップルに聖体拝領をケース・バイ・ケースで認めることを含む適用指針を出したが、それは、彼らに聖体拝領の扉を開いた教皇への反発をさらに大きいものにした。

 米国のレイモンド・バーク枢機卿を含む 4 人の保守派の有力枢機卿が教皇に対して、使徒的勧告にある脚注 351 の有効性について 5 つの疑念を表明したが、教皇から回答がないとして、その内容を 保守的なカトリックのメディアを使って公けにして、騒ぎを大きくし、その後の論争のもとを作った。

 教皇のこの決断は、ルビコン川を渡る―二度と戻ることのできない―決断であり、自身と批判勢力の者の間の対立を決定的なものにした瞬間と言えた。

 その時点まで、カトリック教会の保守勢力は教皇を擁護することができると考えており、教皇の決定のいくつかに反対しながらも、教皇は自分たちの側にあると主張できた。だが、使徒的勧告「愛の喜び」が出された後、保守勢力の多くが、教皇に、裏切られ、亀裂は決定的になったと感じ、彼のもとを去っていった。

 余談だが、フランシスコは、「中絶権利擁護派」の政治家が聖体拝領を受けることを認めるか否かの論争にも、この論理を適用。「聖体拝領を政争の武器にすることはできない」とし、担当教区にそのような政治家のいる司教たちに、「警官」ではなく「司牧者」として対応するように、強く勧めている。

 

*ヨハネ・パウロ2世研究所の再設立

 教皇フランシスコをめぐるもう 1 つの主要な論争点は、2017年の「結婚と家庭の科学のための教皇庁立神学研究所ヨハネ・パウロ2世」の再設立だ。

 この研究所の前身はヨハネ・パウロ2世教皇が1981年に設立した「結婚と家庭の研究のための教皇庁立研究所ヨハネ・パウロ2世」。命と結婚についての教会の教えを推進するために作られ、堕胎、避妊、安楽死に明確な反対を表明するものだったが、新研究所はそれに取って代わり、家庭生活の日常の現実についての学際的な研究と、カトリック以外の団体との交流に重点を置いている。

 新研究所の設立当初、多くのカトリック関係者は、設立の意味をよく理解していなかった。そして、教皇に批判的立場をとる何人かは、「”敵対的”と思われる研究員を解雇するのか目的」と非難し、教皇の新研究所設立の狙いにも反対した。

 新研究所の設立は、使徒的勧告「愛の喜び」で示された教皇フランシスコの意向、より一般的には「結婚と家庭」に関する論争を再燃させた。その中には、教皇の立場が「カトリック教会の教え」と整合性があるのかどうか、また教皇の本当の狙いが教会の倫理神学を完全に変えることにあったのではないか、と疑問を呈する人も含まれていた。

 論争は最終的に収まったが、多くの批評家の口にいやな後味を残している。

 

 

*南米アマゾン地域シノドス(代表司教会議)と「パチャママ」の像

 教皇フランシスコのこれまでの在位の中で論争になったことがもう一つある。それは、2019 年に開かれたアマゾン地域シノドス(代表司教会議)で、先住民族の霊性をめぐる議論が噴出し、教皇を批判する人々が「教皇は異教崇拝を公然と容認している、と受け止めたことだ。

 議論の象徴になったのは、「パチャママ」―先住民族の豊穣と母なる大地の女神―の像だった。それは、ひざまずいて妊娠したおなかを抱きしめる裸の先住民族の女性の姿をかたどっている。

 議論が激しさを増したのは、バチカン庭園でのアマゾン地域シノドスの開会に当たって、先住民文化の要素を取り入れ、カトリックの典礼に先住民の霊性を反映させることを象徴する祈りがなされてからだ。

 批判的な人々は、その場に、パチャママの彫像を含む、アマゾンの先住民にとって文化的および精神的に重要な多くのものが目立つように置かれていたこともあり、その典礼は「カトリック教会の主を讃える祈りからはほど遠い、異教の儀式や偶像崇拝に類似したものだ」と異議を申し立てた。

 こうした異議が出るのを事前に察知したのか、教皇フランシスコはバチカンの担当者が事前に準備したあいさつ文を暗唱せず、代わりに、主の祈りを唱えるように会議出席者に求める配慮をしたが、地域シノドスの開催中にバチカン近くのローマの教会にアマゾン地域に関係する他の品々と共に展示されていたパチャママ像が盗まれ、そばのテベレ川に投げ込まれるという”事件”が起き、議論は先鋭化。教皇が、像を含む置物が置かれたのは”偶像崇拝”を意図したものでない、としたうえで、不快に感じた人たちに謝罪文を出す、と言う事態になった。

 アマゾン地域シノドスでの議論で他に注目されたのは、月に一回もミサを捧げることができなくなっている現地の司祭不足に対処するための女性助祭、そして、既婚男性の司祭叙階の是非だった。

 関係者が関心を持ったのは、アマゾン地域の幾人かの司教たちが出してきたこの提案を、教皇フランシスコが認めるかどうかだったが、この地域シノドスを受けて2020 年に教皇が出した使徒的勧告「 Querida Amazonia(愛するアマゾン)」で、女性助祭も既婚男性司祭の叙階も認められることはなかった。

 女性助祭について、教皇は議論することを認めたものの、「さらに研究する必要がある」とし、すでに2016年に設置している「女性助祭について研究する委員会」に”研究”を委ねたが、いまだに明確な判断は出されていない。既婚男性の司祭叙階については、教皇は正式に認める決定を避け、地元の信者たちの召命を促進するために現地に神学校を設立する必要を強調するにとどまった。

 全体として、アマゾン地域シノドスは教皇フランシスコにとって、大きな論争の的となった出来事の 1 つであり、異教崇拝、女性助祭の叙階、既婚男性の司祭叙階の是非に関する議論だけでなく、カトリックの典礼と第二バチカン公会議の適切な解釈に関する内部対立も復活させた。

 

 

*伝統的なラテン語ローマ典礼ミサの制限

 最近になって始まり、世界のカトリック教会に大きな波紋を巻き起こし続けているのが、伝統的なラテン語のミサへのアクセスを制限する、という2021年の決定だ。

 第二バチカン公会議による典礼改革以前に世界中で行われていたラテン語によるローマ典礼ミサは、公会議以後、現地の司教の認可を条件とするなど厳格な枠がはめられてきたが、これを前任者のベネディクト16世が主任司祭の自由な判断で出来るようにしていた。これをフランシスコは自主教令の形で、「ミサは世界のそれぞれの現地の言葉で捧げる」という公会議の方針に沿って、ベネディクト16世による”自由化”以前に戻した。

 自主教令によるミサ典礼に関する新規範では、すでにラテン語のローマ典礼ミサを捧げている司祭が、それを続けようとする場合には、所属教区の司教から許可を得る必要があるとした。また 新規範の公布後に叙階された司祭がラテン語のローマ典礼ミサを捧げることを希望する場合、司教に正式な申請が必要で、司教は許可を与える前にバチカンと協議することが義務つけられた。さらに、世界の司教たちに、ラテン語のローマ典礼ミサを捧げることのできる特定の時間と場所を決めるよう求め、伝統的なラテン語のローマ典礼ミサのみを捧げる小教区の新規設立や、小教区のミサの通常の日程にラテン語のローマ典礼ミサを入れることを禁じた。

 この決定は、たちまち賛否の論争を呼び、ラテン語によるローマ典礼ミサに固執する人々は「教皇は”残酷”。我々は誤解され、”虐待”されている」と述べ、「難しい問題ではあるが、地域の教会共同体に分裂が根付くのを防ぐための必要なこと」と支持する人々との間で対立が起きた。

 教皇はさらに2月末、世界の司教に対して、担当教区の司祭たちにラテン語のローマ典礼ミサを認める権限を制限する教令を出し、これがさらに論争をあおる形になっている。

 特定の教会関係者の中での伝統的なラテン語ローマ典礼ミサに対する人気と、第二バチカン公会議から始まった改革を否定する動きが繋がっていることを考えると、これは教皇フランシスコと前任者ベネディクト16世にとって極めてデリケートな問題であり、伝統的な典礼へのアクセスを制限するというフランシスコの決定は、彼が次世代に引き継がせる問題で最も物議を醸すものの一つであり続けるだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2023年3月10日