Prof. Myriam Wijlens took part in the recent Protection of Minors seminar
(2021.12.17 Vatican News Gudrun Sailer & Devin Watkins)
教皇庁の未成年者保護委員会がこのほど、「未成年期の性的虐待を訴えた人の教会法の刑事賠償上の権利」と題するセミナーを教皇庁の担当者や専門家の参加で開催した。性的虐待に絡むさまざまな司法制度の規定について意見を交換し、教会法上の刑事訴訟における被害者の権利について理解を深めるのが狙い。
保護委員会のメンバーで、セミナー参加した独エルフルト大学のミリアム・ウィレンズ教授が、Vatican Newsと会見し、「このセミナーを通して、保護委員会のメンバーは、性的虐待被害者たちの声を聴き、さまざまな法的手段によって被害者たちの権利を深く検討する必要を、改めて認識した」と、以下のように語った。
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ウィレンズ教授:今回のセミナーで、私たちは、教皇フランシスコが最近おっしゃった「耳を傾けること」が賢明だ、と認識しましたーつまり、世界中の(性的虐待に関する)民事裁判の現状について耳を傾けることです。
法的手続きにおける虐待被害者の権利を、世界の関係者たちがどのように理解し、保護し推進しているのか?虐待の被害に遭った方々から話を聴くことから始めるように、との助言を得ました。フランスから参加したある被害者は、法的手続きでどのようなことを経験したかを語ってくれました。性的虐待そのものではなく、法的手続きで経験したことについてです。
次に聴いたのは、被害者の法的規範における立場についてでした。現在の法的規範の対応はどうなっているのか?国連のこの問題の担当者を特別報告者として出席してもらい、被害者を保護するための手続きなどを定めた国際的な規範や協定について説明を聞きました。
その次に、私たちは世界中のさまざまな国から参加した方々を、英米法系、ローマ法系、ゲルマン系など法的な伝統にしたがってグループに分け、話を聴きました。オーストラリア、フィリピン、インド、アメリカの方から始めて、次に、アルゼンチン、スペイン、フランス、イタリア、そしてドイツとポーランドの方の話に耳を傾けました。
問:様々な声を聴く中で、何を発見しましたか? 教会法の法律専門家として、何を教えられましたか?
教授:国際的な標準があることを発見しました。そのいくつかには、キリスト教の伝統にルーツを持つものもあります。しかし、本当に興味深かったのは、異なる伝統の国々だけでなく、同じ法的な伝統を持つ国々の間でも、極めて多様な運用がされている、ということでした。
特にカトリック教会で性的虐待に遭った方々は、自分の国の法的な文化が適切な対応をすると期待しているかもしれないので、多様性が存在することを知ることが重要だと思います。
世界中のどこの国の教会でもそうだとは言えませんが、自国の教会が法的な制度をもち、世界の教会のために法的手立てを作ることは、教会にとって好ましいことですし、他者の声に耳を傾け、彼らがどのようにしているかを聴くことは、私たちにとって良いことです。。
さて、教会はいつもそうすることはできませんが、法制度を持ち、世界中の教会のために法的な規定を設けている教会にとって、そして私たちが他の人たちと彼らがそれをどのように行うかについて聞くことは良いことです。
問:カトリック教会の性的虐待被害者にとって、今日の主な課題は何でしょうか?話を聴いてもらうこと、それとも、権利を守ってもらうことですか?
教授:私はこう思います。カトリック教会の大きな問題は、すでに被害者の権利に関するにいくつかの規範を、教会が持っているにもかかわらず、被害者たちが十分に分かるようになっていないことです。私たちの教会が持っている規範を実際にどのように運用するかについては、極めて人間的な側面があります。
簡単な例で説明しましょう。被害者の第一の権利は、性的虐待があったことを実際に申告することです。しかし、申告を受け付けるウエブサイトが開設されていない、あるいは開設されていても、それを見つけるのに大変な苦労をしなければならない、そういう教区が世界にはいくつもあるのです。
また、被害者からこういう問い合わせがありますー「今、私は被害に遭ったのと別のところに住んでいます。被害を訴えるために、被害を受けた教区に行かねばならないのですか」と。いいえ、無条件で適用されるわけではありませんが、被害に遭った教区でなくても構わない、と教会法は認めています。こういった基本的な質問がセミナーでもされましたー「どのようにしたら、被害者たちにもっとよく情報を伝える事ができるだろうか?改善すべき法的問題は何だろうか?」
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Pope Francis and the members of the French Bishops’ Conference presidency: From left to right, Bishop Olivier Leborgne, Bishop Éric de Moulins-Beaufort, Bishop Dominique Blanchet, and Fr Hugues de Woillemont. (Vatican Media)
(2021.12.14 Vatican News Cyprien Viet)
聖職者による大規模、かつ長期にわたる性的虐待の実態が独立委員会(CIASE)の手で明らかされたフランスのカトリック教会の司教団が13日、バチカンを訪問して教皇と定例の会見をした後、14日、ローマ市内で記者団との会見に応じた。
記者会見には、フランス司教協議会のエリック・ド・ムーラン・と二人の副会長が出席。
冒頭、今回の教皇との会見は、毎年行われているもので、今回は、先に開いた司教協議会総会の内容などを報告するのが主たる目的だった、と断ったうえで、教皇に対して、1950年以来これまでの教会における性的虐待の被害者が33万人に上るとのCIASE報告が中心議題となった11月の定例司教協議会総会の内容、参加司教たちが皆で「回心」をし、制度的な責任を引き受け、被害者たちのケアに尽くすことを誓ったことなどを説明した、と述べた。
ビューフォー会長によると、説明を聞かれた教皇は、彼らの尊厳ある姿勢とCIASE報告を受けた対応を評価し、「さらにシノドス的な取り組みを進めるように」と促された。
教皇は後日、CIASEのジャン・マルク・ソーヴェ委員長からも話を聴くことにしておられるが、今回の司教たちからの報告では、これまでフランスの教会が”問題司祭たち”にどのように対応して来たかについて、特に関心を示された。また、「世界の教会に根深くある悪に対処するために、あらゆるレベルで必要なことをすべてしなければならない」と改めて決意を述べられた、という。
フランスの教会の性的虐待とこれまでの対応のより具体的内容は、バチカン司教省のマルク・ウエレット長官、奉献・使徒的生活会省のジョアン・ブラス・ジ・アビス長官との協議で説明された。また欧州の他国教会との関係では、非公式な意見交換がかなりの頻度でなされており、来月には司教協議会会長が、ドイツ、スイスの各司教協議会会長と、実態調査やそれに対する対応などこれまでの経験を話し合う予定であることも報告した。
また、雑誌に女性との交流を書かれたのを受けて先に教皇に辞表を提出、受理されたパリ教区長のミシェル・オペティ前大司教については、教皇は、この決定を下さなければならなかったことに対する悲しみを、打ち明けられ、前大司教の司牧者としての活動に敬意を示すとともに、『司教たちも罪人になり得る』ということを受け入れず、叫び声を上げる美しい魂ー『祈り、苦しむ神の民』のそれとは対照的な態度に言及された、という。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2021.11.24 La Croix Christa Pongratz-Lippitt | Austria)
“フランシス派”と広く見なされているドイツのハイナー・ウィルマー司教(ヒルデスハイム教区長)が24日、ハノーバーで毎年開かれる教区主催の集会で、教会関係者や社会活動家、政治活動家など約200人を前に、「SOS-私たちの魂を救うかどうかの問題だ」と題して講演し、「これまで教会にとっての最重要事項は、教会制度と性的虐待の加害者を守ることであり、虐待の犠牲者を守ることを全く怠った」と深く反省するとともに、「カトリック教会は、聖職者の性的虐待問題への対処を誤ることで、人々の信頼を失っている」と改めて指摘した。
ウィルマー司教は、この集会に出席を予定していたラインハルト・マルクス枢機卿が新型コロナウイルスで陽性と判断され結成したため、”代理”の形で講演したもの。講演で司教はまず、「カトリック教会は、もはや社会の中で支配的な役割を演じることができなくなっています」と警告した。
そうした中で「教会は聖書に示されたルーツを再発見せねばならない」としたうえで、「制度としての教会は規模を縮小し、徹底的に謙虚な存在になる。地球に関する生命観を説明するための数多くの主張の中の一つの声に過ぎなくなる」と述べ、「小さくなる一方で、普遍的なものになるでしょう… 私たちの信仰は今よりもカバーする範囲は狭くなる一方で、深く、聖書的なルーツのもとで成長することになるでしょう」と展望した。
また、司教は、「司教に今、どれほどの決定権がありますか?」「人々は何を求めていますか?」「教会は今、どれほど役に立っているのか?」と参加者に問い掛け、「司教よりも、中古車のセールスマンの方が信頼されているのです」と述べた。そして、「司教たちが、権威を振りかざし、上から目線で、見下すような扱いを人々にする、自分たちを法律よりも優越していると考える、そうした時代は終わった」と言明。
さらに、「今日、人々は、司教よりもセールスマンを信用しているが、同時に、これまで以上に、(新しい環境への)適応と安定を指向している… 新型コロナウイルスの世界的感染と気候変動問題で、人々は喪失感をさらに悪化させ、自分たちが依って立つ所を求めている、まさにそうした今の時に、カトリック教会は”がれきの山”に向き合っているのです」と嘆いた。だが、そうした教会に対しても、環境問題と社会問題で人々の利害が衝突したとき、仲介者、双方の間に”橋を架ける者”として行動するよう求める声が、なお残っている、とも指摘した。
10月23日に”シノドス・プロセス”を自身の教区で開始した際、ウィルマー司教は信徒たちに、「教皇は、教会のこれまでの行き方を覆すことを望んでおられます」と呼びかけた。さらに、「教会における権力の配分を改めねばなりません。通常の聖職者の振る舞いにおいての”上下”は終わりにすべきです。男女についての新たな見識が求められています。そし、聖職者の役割について考え直す必要があります」と強調ている。
Read more at: https://international.la-croix.com/news/religion/astoundingly-candid-bishop-says-catholic-church-is-a-shattered-remains-of-its-former-self/15260
(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。
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Pope Francis (© Servizio Fotografico Vaticano)
(2021.11.11 Vatican News staff writer)
教皇フランシスコはフランスの雑誌「パリマッチ」とのインタビューで、児童ポルノの制作に責任ある人々を非難するとともに、フランスの教会を大きく動揺させている聖職者による性的虐待スキャンダルに遺憾の意を表明した。
インタビューで、世界中で氾濫している児童ポルノの問題について聞かれた教皇は、これらを制作している集団は、未成年の犠牲者に損害を与えるために「身を隠して自分たちを守るマフィアのように振る舞っている」と強く非難。このような卑劣な行為を排除するために、速やかに行動するよう、各国のこの問題の担当者に要請された。
また、フランスの独立委員会報告で先日明らかにされた同国の聖職者による最近まで70年にわたる未成年者などに対する広範な性的虐待について、「恥ずべきこと」と言明された。
*新型コロナウイルス感染の危機への対応
新型コロナウイルス感染の危機に対するカトリック教会の対応について聞かれた教皇は、バチカンの人間開発の部署に設けられたコロナ対策委員会をを中心に、「勇気と決意をもって、教会、様々な機関、ボランティアを巻き込み」精力的に活動して来た、とし、「具体的な大規模に進められた活動は、現在も続く世界的な危機に立ち向かうために欠かすことができない。教会と世界の将来を見据えて、取り組みを続けることが必要」と語られた。
*バチカンの課題
また、教皇はインタビューの中で、バチカン改革を含めた、取り組みを続けるべき課題についても言及。「(2013年に)教皇に選ばれて以来、枢機卿などから提案された方策についても実現に努めてきたが、その全てが実現されたわけではない」として、バチカン改革を含む諸課題についてのさらなる取り組みについて意欲を示された。
*手術後の健康状態
教皇は今夏、イタリア・ローマのジェメッリ大学病院で結腸憩室炎(けいしつえん)の手術を受けられたが、その後の体調について聞かれたのに対しては、「私は普通の生活を送っており、以前と同じペースで働くことができます」と強調された。
このインタビューは、フランスの出版社Plon Publishing Houseが11月18日に刊行を予定する “ Pourquoi eux” (Why them) に掲載される。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
The Bishops of France meet in Lourdes for their plenary assembly (AFP or licensors)
(2021.11.8 Vatican News Devin Watkins)
フランスのカトリック司教協議会は8日、秋の定例総会最終日を迎え、独立委員会による聖職者の性的虐待に関する詳細な報告書を受けて、同国の教会の統治を根底から改めることを約束する決議を行なった。
同司教協議会会長のエリック・ド・ムーラン=ボーフォー大司教は、閉会に当たってのスピーチで、今回の総会で、司教たちは、調査報告書の内容を真摯に受け止め、対応を話し合った結果、「フランスの教会は、浄化と刷新の抜本策に着手する必要があることを確認し、教区レベル、全国レベルで、私たちの統治慣行を全面的に刷新することを決めるに至りました」と述べ、教会と教会指導者、司祭たちに対する信頼回復に全力で努める決意を表明した。
フランスの識者などで構成する「教会における性的虐待に関する独立委員会(CIASE)」が先に発表した報告書では、1950年から70年の間に司祭や修道者たちによって少なくとも21万6000人が性的虐待の犠牲となり、多くの人が今も苦しんでいることが明らかにされ、同国内に留まらず、欧州から世界の教会関係者などに強い衝撃を与え、教皇フランシスコも重大な関心と悲しみを持て受け止める事態となっている。
ムーラン=ボーフォー会長は、「CIASEの報告書のおかげで、おぞましい事実ー人の強い結びつき、構造的な結びつきが、常に過ちを犯しうることが明らかになりました」と述べ、司教団として自らの「制度的責任」を認め、「性的虐待の確認と償い、被害者に対する和解調停と補償が行えるようにする体制をとる」と言明。「フランスの教会は、性的虐待の犠牲となった、心の底から嘆き声をあげ、成人後もそうし続けるかも知れない小さな少年、少女、そして十代の子供たち1人ひとりに思いをいたしながら、この歩みを始めます」と語った。
さらに会長は、今回の総会を期に、フランスの教会は制度レベルでの根本的な変化を起こす時を迎えた、とし、「この総会で、私たちは、犠牲者に対する具体的な対応にとどまらず、私たちの教会が、現代社会の中で、どのように幅広く働くことができるか、対応に取り組むことを決めた。このような取り組みは、10月10日の教皇フランシスコによるミサによって始まった『シノドスの道』の歩みとも一致するものです」とし、「私たちは、信徒たちと意見を交わし、その様々な視点からの意見に、進んで耳を傾ける必要があり、そのための最も適切な仕方を模索していかねばなりません」と訴えた。
会長はまた、司祭の「霊的な父性」という言葉が、司祭自身や信徒を惑わす危険性を指摘。「私たちは、この言葉を使う時に注意深く、意味を明確にすべきであり、だまされてはなりません。『父性』の暗喩には、恐怖をもって拒絶せねばならない『近親相姦の父性』も含まれるのです」と警告し、「真の父性は、人を成長させ、解放へと導くものでなければなりません」と強調した。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Candles are lit during mass in a Church in France (AFP or licensors)
(2021.10.19 VATICAN NEWS)
性的虐待の被害者は、手紙を通して神学生たちにに話しかける。手紙の中で彼女は、教会全体の未来への希望とともに、過去に経験した痛みを共有する…。教皇庁の未成年者保護委員会が、聖職者の性的虐待の被害者が神学生たちにあてて書いた手紙を、ウェブサイトで公開した。
*「教会が改心を求められる今、勇気ある証言」と枢機卿
同委員会のショーン・オマリー委員長(枢機卿)は公開に先立つ説明で、「多くの神の子たちに対する性的虐待の醜聞と傷に直面する教会が司牧的回心を求められている今、教皇は、虐待被害者による、すべての聖職者に対する勇気ある証言をお受けになりました」と述べた。
そして、「実名の公表を控えた被害者から提供されたこの証言を共有することで、教皇は、すべての被害者の声に進んで耳を傾け、すべての聖職者に、傷つきやすいすべての人のための神の真の奉仕への道を示すことを望んでおられます」と語っている。
*「司祭たちが怖い、彼らに近づかれるのが怖い」
聖職者から性的虐待を受けた被害者の手紙は、「同じような被害を受けて苦しんでいるすべての人に代わって、この手紙を書くことを決めました」と前置きして、「自分はここにいます。なぜなら、教会は私の母であり、教会が私を傷つけた時、教会も、けがを負っているからです」と述べ、「子供の時にこの偽善的な行為を経験した人は、成人した後の人生から、それを消すことは決してできないでしょう。一時は、それを忘れ、赦し、充実した人生を送ろうとするかもしれませんが、受けた傷は彼らの心にとどまり、消えることはありません」と訴えた。
さらに、手紙の筆者は「性的虐待を受けた結果起こされた、心的外傷後ストレス障害、うつ病、不安神経症など、今も日々も続いている精神的な苦しみとの戦い」について説明した後、「私は司祭たちが怖い、彼らに近づかれるのが怖いのです」とも訴えた。
*「教会の傷がさらに深くならないように」「よい聖職者になって」
そして、「傷や傷跡でいっぱいの教会を守って欲しい。教会の傷がさらに深くなり、新しい傷を負うのを放置しないでください」と求めた。
また、神学生たちは「神に仕えるために、そして神を通して人々に仕えるために、神によって召された若くて強い人」であることを強調し、「カーペットの下にあるものを一掃しないでください。(注:ごみを)一掃して隠すとき、私たち自身が(注:性的虐待の加害者の)協力者になってしまう。真実を生きたいのなら、目を閉じることはできません!」と強調。「どうか、よい聖職者になってください」と強く願っている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Archbishop Charles Scicluna – archive photo
(2021.10.7 Vatican News)
聖職者による性的虐待に関するフランスの独立委員会報告が世界に衝撃を与えているが、バチカン教理省次官でで虐待問題を担当するチャールズ・シクルナ大司教は7日、 Vatican Newsとの会見に応じ、「”嘆き”から、断固かつ積極的な”行動”に移らねばならない」と強調した。
会見での質疑は以下の通り。
*さらなる行動の覚悟を新たにする機会だ
問:フランスの独立委員会の報告についての意見は?
答:性的虐待の被害に遭われた人たちに哀悼の意を示された教皇フランシスコと同じ気持ちです。まず最初に私たちが関心を向けねばならないのは、この大きな悲劇の無数の被害者たちだからです。
しかし、それにとどまってはならない。教皇が思い起こされたように、報告書で明らかにされた悲劇は、私たちがこの問題に対処するために、近年、実施した対策に留まらず、さらに多くのことをする、という覚悟を新たにする機会にせねばなりません。
私は先に、「聖職者による未成年者の性的虐待の蔓延」という極めて悲しむべき現象に関する著作をフランスで出版しましたが、その中で、私たちは”嘆きの精緻化”を図る必要がある、と書いたのです。
嘆きには段階があります。フランスの教会の場合、最初の段階は、あまりの衝撃に神経が麻痺し、悲劇的な現実を消化することさえできない、という段階です。だが、そこに留まっていてはならない。次の段階ー嘆きから行動へ、新たな決意と信念をもって歩む段階ーに移らねばなりません。これは、教皇が2018年8月に、”神の民”へあてた書簡で、聖パウロの言葉を引用して「私たちの1人が苦しむとき、私たち全員が苦しむ」のだ、とされ、示された取るべき道に沿ったものです。ここには、「連帯」と「対応」の神学がある。虐待、屈辱、さらには組織的隠ぺいのトラウマに苦しんでいる被害者たちが、自分たちの一部であること、と私たちは理解し、より断固とした前向きな方法で行動しなければなりません。
*悲劇は、報告書の数字にとどまらない
問:フランスの報告書は、1950年から2020年の間に少なくとも21万6000人が聖職者から性的虐待を受け、小児性愛の犯罪に関与した司祭、修道者は約3,000人に上ることを明らかにしました。あなたの経験から、この数字は驚くべきものでしょうか?
答:このような情報を提供し、調査をしているのは私たちなど、限られています。私たちはうまくやっていると思いますが、この問題に関連する教育的環境の現実や文化的環境に関する他の研究や報告も必要だと考えています。
報告書が明らかにした数字は確かに、私たちを驚かせました、なぜなら、教皇が言われるように、性的虐待は一件だけでも私たちの手に余るからです。
ですが、フランスの教会のこの称賛に値する取り組みを実際に報告書にまとめた専門家は、この数字が過去数十年にわたるフランスでの性的虐待の総数の3%に過ぎない、と言っています。つまり、まだ精査されず、公にされない虐待が97%もあることを意味しているのです。
報告書の内容は、それだけでも間違いなく悲劇的なことではありますが、(注:”氷山の一角”であり)性的虐待が横行するのを止めねばならない、ということを社会全体が認識するプロセスの始まりとなることを期待します。
*法制度も、文書も、説教もすでにある、足りないのは理解と実行だ
問:教会として、これまでしてきたこと以上に、何ができると思いますか?
答:新しい法律を作る必要があるか、と尋ねられたら、私は「いいえ」と答えます。文書や説教も十分あります。私たちは行動に移らねばなりません。
まず、私たちは教会共同体の再構成ー家族、若者だけでなく、神学生や司祭の育成も含めてーに向けた新たな取り組みが必要です。危険な状況を特定したり、誰かを虐待する可能性のある人々を特定したりするには、すべての情報が入手できなければなりません。繰り返しますが、この分野では「養成」が不可欠です。
次に、虐待の報告を受けた時に、明確な対応をする決意が必要です。まず、誠意を持って行われた被害の訴えを、決して隠蔽しない、と私たちは肝に銘じねばなりません。そして、確実にその訴えを、すでに整えられている法制度に従って、フォローアップ(調査し、その結果を基にした措置を取る)する必要があります。教会の司牧者たちの果たすべき責任について、教皇が希望された新しい教会法の定めがあります。2016年に教皇が出された自発教令「Come una madre amorevole」もあります。
さらに、2019年に教皇が出された自発教令「Vos estis lux mundi」。被害者の立場で考え、支援を提供する必要性について説いておられるだけでなく、虐待を隠蔽しようとする試みーomertà(注:マフィアの世界で使われる”血の掟”)の試みー非難しておられます。私には、教会法があり、優れた内容であり、問題は、それが十分に理解され、実行されていないことだけだ、と思われます。法制度の実践が求められているのです。
*被害者の訴えに公正な対応、対話が必要
問:フランスの独立調査委員会の委員長は、今後、性的虐待の訴えがされた場合、公正な裁判が行われることが慣行となり、被害者に裁判の進展状況が知らされるよう期待する、と述べています。
答:私は、グレゴリアン大学の機関誌「Periodica deReCanonica」に掲載した記事で、同様のことを提案しています。また、教皇庁の未成年者保護委員会主催のセミナーへの招待状をいただきましたが、教会法上の被害者の権利、民法上の対応と教会法上の有益な慣行を提案する比較研究などを目的としています。
教皇の自発教令「Vosestis lux mundi」は、被害者から性的虐待で訴えられた聖職者に対する捜査が開始された場合、捜査責任者はそれを行う者は被害者の代理者対して、捜査の終結と捜査結果を通知せねばならない、としています。ですから、さらなる制度的、さらなる構造的な、被害者との対話に向けた道を開く小さなしるしが、すでに見えているのです。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Pope Francis at Wednesday’s General Audience (Vatican Media)
(2021.10.6 Vatican News staff reporter)
フランスの「聖職者による性的虐待に関する独立調査委員会(CIASE)」が5日、過去70年間に3000人前後に上る聖職者が性的虐待を犯し、聖職者以外の教会関係者によるものも含め被害者は推定33万人に上る、とする報告書を発表した。
教皇フランシスコは6日の水曜恒例の一般謁見で、この衝撃的な発表を受け、「これは恥ずべきこと」と強く批判するとともに、被害者たちが受けた心身の傷に深い悲しみを表明。被害者たちのために祈られた。
一般謁見で、教皇はフランス語を話す巡礼者たちに、「被害者の方々が受けた心身の傷を深く悲しみます」と語りかけ、「被害者を中心に置いた対応をすることができなかった『教会のあまりにも長期にわたる過ち』を深く恥じます」と、教会を代表して被害者たちに謝罪された。
さらに、フランスの司教団と修道会の責任者たちに対して、「このような悲劇が二度と繰り返されないために、あらゆる努力を続けるように」と求めた。また、フランスの全カトリック信徒に「教会がすべての人にとって”安全な家”とする責任があること」を強調しつつ、困難な試練の時を迎えているフランスの聖職者たちを親身になって支えることも約束した。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
カトリックの司祭や他の教会の従業員による性的虐待に関する壊滅的な報告が国を揺るがしたフランスの主要なイエズス会の神学者との独占インタビュー
(写真:CENTERSÈVRES)
(2021.10.5 La Croix Gilles Donada |フランス)
フランスの独立委員会(CIASE)が5日発表した、カトリック聖職者や教会関係者による未成年の性的虐待に関する報告書は、これまで考えられていた以上に事態が深刻であることを示し、フランスに留まらず、世界のカトリック教会に衝撃を与えている。中でも最も恐ろしいのは、フランスの聖職者が過去70年間に20万人以上の子供たちを性的な虐待していた、ということだ。
報告書が突き付けた内容は、フランスのカトリック教徒たちに、改めて苦痛を与え、「教会指導者たちを、これでも信頼できるのか」と疑問を抱かせている。
イエズス会の司祭であり、フランスを代表する神学者のエティエンヌ・グリュー神父がLa Croixに次のように語っている。
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*現実から目を背けず、直視する勇気を
問:5日に発表された報告書が、フランスの信徒たちに動揺を与えています。信徒たちにおっしゃりたいことは?
答:たしかに、報告書の内容は、教会共同体に大きな感情を呼び起こしています。心理的抵抗、怒り、悲しみ、嫌悪、惨めさ、など、あらゆる感情を、私たちは受け止めねばなりません。最も重要なのは、たとえ私たちが嘆き悲しみに逃げ込みたいと思っても、こうした感情すべてを一緒に受け入れることです。私たちは、こうした感情を共有し、司祭、教会などとの関係で、こうした驚きの事実が私たちの中に引き起こすものに、耳を傾ける必要があります。答えを見つける前に、時間をかけることが欠かせません。
問:現実を直視することは容易でしょうか?
答:もちろん、容易ではありません。こういう事態の直面すると、私たちは、「教会はいつも攻撃されている。もう、うんざりだ」「なぜ泥沼をかき立てるようなことをするのか。教会を傷つけたいのか」「教会は他の組織より悪くない。スポーツ界や教育界と比べたらどうか」「自責の念を持つのは止めよう」など、自分を守る誘惑に陥りがちです。たしかに、ショックですが、背を向けず、現実を直視し、「これが私たちの現実だ」と認める必要がある。残念なことですが、そうしなければ、前進はありません。
*信徒を守らない教会、情報が伝わらない教会の”沈黙の掟”
問:報告書の指摘は、教会の機能について何を明らかにしていますか?
答:まず、この「悪」の体系的な側面です。私たちは信者を保護する措置を講じていません。こうした犯罪行為に気付いたとき、私たちはそれらを阻止する手段を講じなかっただけでなく、被害者を守り、話を聞くことをしばしば拒否しました。二つ目に、「情報」が教会内でどのように伝達されているのか、疑問を投げかけています。密かに目撃したことに、どうして声が上がらなかったのですか。訴え、警告する勇気を奮った人たちを、どうした信用しなかったのですか。
第二に、それは情報が教会でどのように流通しているかに疑問を投げかけます。秘密裏に目撃したことをあえて大声で言わなかったのはどうしてですか。そして、私たちに警告する勇気を持っていた人々に私たちが信用を与えなかったのはどうしてですか?一種の”沈黙の掟”があったのです。
真実を話す人はとても貴重です。彼らの言葉が邪魔だと感じられても、教会は彼らを必要としているのです。この醜悪な事件は、私たちが持っている司祭についてのイメージに影響を与えます…これは明らかです。教会では、信頼の絆は非常に重要ですが、今、叙階された司祭、司教に対する信頼が、揺らいでいます。
問:こうした行為に対する警戒を強めることはできます。
答:では、何について警戒するのですか。その有効性を過大評価しないでください。加害者はしばしば強い性格の持ち主で、自分を押し付け、矛盾すると思われることはしません。虐待は、第三者を介入させない状況の中で起きます。ほとんどの場合、司祭が他の人を排除し、自分自身を唯一の相手とする。一人だけに頼ることは、健全とは言えません。他の男性、女性の信徒、司祭、修道者、教会幹部などとの関係も持つことが必要です。
*司祭は”手の届かない存在”である前に、欠陥だらけの”兄弟”だ
問:私たちは、司祭にどのような態度をとるべきですか?
答:司祭が”手の届かない存在”ではないことを覚えておくのがいいでしょう。すべての人間と同じように、堕落しています。欠陥、心の傷、弱さを持っています。叙階された司祭は、第一に”兄弟”です。ある種の聖職者の神学はこれを忘れがちです。
問:どのような神学ですか?
答:司祭を「もう一人のキリスト((alter Christus)」とするものです。この概念は、17世紀にフランスの霊性に関する学校(Pierre de Bérulle, Saint Vincent de Paul, Jean-Jacques Olier, Saint Jean Eudes, Saint Louis-Marie Grignion de Montfort, Bossuet)で主張されました。これはトレント公会議(1545-1563)に決定に沿ったものでしたが、これは司祭を通常の状況とは別扱いされる時に、誤った神学となりえます。司祭は、キリストの存在と召し出しのしるしだったとしても、まず第一に「兄弟」なのです。私たちは”教会文化”について問わねばなりません。文化が問われることはめったにない。私たちが、それに浸っているからです。
*「教会の神聖さ」は、「完璧」を意味しない、「いつも神に顔を向けている」こと
問:使徒信経では、信者は「使徒継承の唯一の聖なるカトリック教会」への信仰を確認しています。教会の”神聖さ”も問われているのではありませんか?
答:神聖とは「完璧」という意味ではありません。私たちが「聖なる教会」と言うとき、教会が「神に向けられている」ことを意味します。カトリック教徒が「教会が、こうした悪から完全に守られているのだろうか」と疑問を持つのは、正常です。残念ながら、教会の歴史を見ると、忌まわしきものに囚われたのは、今回だけではない。魔女狩りによる何千人もの女性の虐殺、米国の先住民に対する残虐行為、異端審問や、十字軍など、数多くあります。
問:どこに目を向けるべきでしょうか?
答:福音書です。教会について完璧なものは何もないことを、私たちに思い起こさせてくれます。特にマルコの福音書で、”スーパーヒーロー”にはほど遠い弟子たちを発見します。彼らは足を引きずり、注意を払われることもない… イエスは教会を一人の男、ペトロの委ねますーイエスを裏切り、公衆の面前で否定した男にです。
聖パウロが私たちに思い起こさせるように、私たちは、「この宝を土の器に納めています」(コリントの信徒への手紙2・4章7節)。本質的なことは、教会という大きな体が、人間の苦悩と完全に連帯し、それを神に届けるために、神に顔を向け続けている、ということ。そこに「神聖」があるのです。
*聖霊は教会を見捨てない、必要なのは「回心」「刷新」
問:今回の報告書による衝撃の先に、私たちに開かれている道は何でしょうか?
答:私たちは、危機を経験する時、基盤としているものが揺さぶられる時、それでも、聖霊が教会を捨てないことに気づきます。私たちは、回心、深遠な刷新を求められています。この大変動のまっただ中に、私たちは何か新しいことが現れる可能性がある、と信じています。
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(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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