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◎教皇連続講話「老年の意味と価値について」⑤「年を取ると肉体的感覚は鈍るが、聖霊が精神的な感覚を研ぎ澄ましてくれる」
(2022.3.30 )
教皇フランシスコは30日、水曜恒例の一般謁見で「老年の意味と価値について」をテーマとする連続講話を続けられ、「福音書に書かれている高齢のシメオンとアンナをすべての年配者の模範としてどのよう生かしていくか」を考察された。
教皇は、「年配者たちは、神の約束の成就に対する信仰と信頼の個人的な証人となり、それによって世代間の架け橋を築くよう求められています」とされ、「年を取ると、私たちの肉体的感覚は鈍くなりがちですが、人生のこの貴重な時期に、聖霊は私たちの精神的感覚を研ぎ澄してくれます」とも語られた。
そのうえで、「キリストの臨在と霊的の賜物を認識し、横論で受け入れることのできる年配者を、私たちの社会はどれほど必要としていることでしょう」と述べ、「快楽で有頂天になり、”永遠の若者”の幻想を育てるむ社会は、『信仰、知恵、思いやり、そして困っている人々の世話』という本質的な精神的価値に、容易に麻酔をかけてしまいます」と警告。
「年配者の生きざまと証しは、この精神的な価値の基盤を確保し、私たちの日々の暮らしにおける神の存在を識別し、世代から世代へ神の救いの計画を伝えていくことの重要性を教えてくれるのです」と強調された。
(バチカン広報発表の要約版を「カトリック・あい」が翻訳)
☩「戦争が人類を歴史から消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去れ」教皇が訴え

(2022.3.27 Vatican News Christopher Wells)
ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めて1か月経ったが、教皇フランシスコは27日の四旬節第4主日の正午の祈りの中で、改めて、攻撃の即時停止を訴え、「戦争が人類を歴史から消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去るように」強く求められた。
教皇は、「すべての戦争と同様に、ウクライナでの『残酷で無意味』な戦争は、今や2か月目に入りました。戦争の長期化は、人類すべての『敗北』を意味します」と強く非難され、このような野蛮で、罪もない人に犠牲を強いる戦争行為は「現在の社会だけでなく、未来の社会も破壊する」と警告。
また、ウクライナの子供たちの半数が現在、家を離れることを余儀なくされている事実を示され、「これが未来を破壊することの意味。私たちの中で最も小さく、最も罪のない子供たちの生活に甚大なトラウマを引き起こしています」と嘆かれた。
さらに、教皇は、「戦争は避けられないもの、としてはなりません。私たちは戦争に慣れるべきではない。今日の蔑視を明日への誓いに変える必要があります」とし、世界のすべての政治指導者に対して、戦争に終止符を打つことを誓うように求められた。
「自滅の危険の前に、戦争を捨てる時ー戦争が人類の歴史を消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去る時ーが来たことを人類が理解しますように!」
教皇は、特に「痛め続けられているウクライナ」に目を向け、関係する国々の指導者たちに、「日々の戦闘がすべての人にとって状況を悪化させることを認識するように」と強く求め、「もうたくさんです!戦争を止めなさい!武器が沈黙するように。平和の回復に、皆で真剣になりましょう!」と訴えられた。
最後に、教皇は25日の「聖母マリアの汚れ泣き御心のロシアとウクライナの奉献」を思い起こされ、全世界の信徒たちに、改めて、「平和の女王マリア」に祈りを捧げるよう促され、アベマリアの祈りを共に唱えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩教皇、四旬節第4主日の正午の祈り「開かれた心で神の慈しみを受け取れますように」
(2022.3.27 Vatican News staff writer)
教皇フランシスコは27日、四旬節第4主日の正午の祈りに先立つ説教で、この日のミサで読まれた福音書の「放蕩息子」のたとえ話を取り上げ、このたとえ話から、私たちは、「神は、私たちの最悪の罪さえも赦し、戻ってくる私たちを歓迎し、そして、私たちのために祝宴を開いて喜んでくださる父」であることを学ぶことができる、と語られた。
「私たちが、その父の息子であり、父はいつも私たちを深く愛してくださり、私たちを待っていてくださる、と思うと、とても心打たれます」。
*頑なな心で神と距離を置かないように
このたとえ話には、放蕩の限りを尽くしたあげくに父に赦してもらおうと家に戻って来た弟を、父が喜んで迎えた時に、兄が怒って家に入ろうとしなかったことも、書かれている。
教皇は、「この兄のような振る舞いを、私たちもすることがあります。神との関係が、義務を果たし、命令を守ることにあると信じているために、怒りたくなるのですが、そのような時、私たちは、神の父親としての、限りない慈しみ、思いやり、愛を忘れています」と指摘。「私たちの頑なさが、神と距離を置くような仕方で、神との関係を作る危険を知る必要があります」と説かれた。
*大いに喜びなさい
教皇はその後、たとえ話の父が兄に心を開いて弟を歓迎するように懇願したとき、父が自分の心を開いてこう言ったとき、次のように語っています。死んでいて、生きています。」教皇は、私たちも一瞬を振り返り、父が私たちの心に必要としているこれら二つのこと、「陽気になり、喜ぶこと」もあるかどうかを見るべきだと言いました。
*悔い改める人の側に
また、このたとえ話に書かれている、父が、帰って来た息子を家に迎え入れ、「喜び祝った」ことは、「リスクを冒す恐れがあったり、遠くにいたりしても、悔い改め、あるいは悔い改めようとしている人たちの側に、私たちがいることを意味します」と語られ、「そうすることで、自分自身の過ちを思い出すことで生まれる恐れや失望に対応できるのです」と説かれた。
そして、「父である神のように、私たち全ての人を温かく迎え入れ、励まさねばなりません。彼らと距離を置いたり、咎めたりすることは役に立ちません。遠くにいる人たちにも手を差し伸べ、彼らを励まし、彼らがより良い方向に変わるときに共に祝うために、そこにいなければなりません」とされた。 「開かれた心、耳、澄み切った笑顔で、どれほど多く、良いことができるでしょうー祝うために、気まずくさせないために!」
*神と”同期”した心
教皇はさらに、「私たちは、大いに喜ぶ必要があります」とされ、「私たちの心が、本当に神と”同期”していれば、誰かが悔い改めを見て、その人にどのような深刻な過ちがあっても、過ちを糾弾し続けることはできず、彼が選択した善のゆえに、共に喜びます。ですから、他の人たちが喜ぶような、そして共に喜べるようなやり方を学びましょう」と信徒たちを促された。 最後に、「聖母マリアが、私たちの隣人を見る光となる「神の慈しみ」を受け取れる方法を教えてくださいますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
◎教皇連続講話「老年の意味と価値について」④年配者は、信仰を伝える、かけがえのない存在
(2022.3.23 Vatican News staff reporter)
教皇フランシスコは23日の水曜恒例一般謁見で、「老年の意味と価値について」の講話を続けられ、教会の信仰の個人的な経験を新しい世代に引き継ぐためのに年配者に与えられた特別の召命を中心に語られた。
この日の講話で教皇は、老いたモーセの死に関する旧約聖書の記述をもとに観想された。
イスラエルの民をエジプトから約束の地に導く旅の終わりに、年老いたモーセは、壮大な歌(申命記31章30節-33章29節)を通して、自身が忠実であり続けた主に対する信仰の経験を民に伝えたが、教皇は、「このモーセの歌は、神と共に生きた歴史、アブラハム、イサク、ヤコブの神への信仰から形成された人々の冒険の記憶でもあるのです」と説かれた。
*年配者は信仰の財産をもっている
そして、「モーセは、神ご自身の苦しみと失望も記憶しています。彼の主への忠実さは、彼の民の不信仰によって絶えず試された」が、「120歳になってもなお、モーセは、その長い人生と信仰の経験の財産を次世代に引き継ぐことを可能にする明晰さを持っていました」と語られた。
そのうえで、教皇は、「現在では、教会が福音の宣教し、信仰を伝える努力は、本や映画、その他の資料の助けを借りてなされています。それでも、信仰において神と共にある生涯の経験の物語を人から人へ伝えていくことに代わるものは他にありません」と言明。「長生きをし、自身の歴史についての明晰で情熱的な証言の賜物を受け取った年配者は、かけがえのない祝福を受けています」と指摘。
また教皇は、個人的な経験として、1914年にピアーヴェ川で戦った祖父から戦争に対する憎悪と怒りについて学んだことを思い起こされ、「祖父は私に、戦争の酷さについて話すことで、戦争への憤りを伝えたのです。そのようなことは、本を読むことや他の方法で学べません。祖父母から孫へと伝えていべきものです」とされたうえで、「残念ながら、今ではそうではなく、”祖父母は廃棄物”だとさえ言われます。そうではないのです。年配者は、人々が生きた記憶であり、若者や子供たちは、彼らの話を聞く必要があるのです」と説かれた。
*年配者には知恵と経験がある
だが、現代の”政治的に正しい文化”の下で、このような伝え方は多くの点で妨げられている。そうした中で、「若い世代が、教会を内面から知り、神の言葉に忠実な生活を送り、試練の中で希望を持ち続け、すべての人に思いやりのある愛を示すようになる」ために、年配者の知恵と経験が大いに必要とされている、と強調された。
*実際に見聞きすることの重要さ
教皇はまた、「今日の教会にしばしば欠けているのは、現在に至る信仰の真の歴史と教会共同体の活動を、実際に聞き、目撃することから得られる知識です」とされ、「私たちが子供の時は、カテキズムのクラスで神の言葉を学びました。しかし、今の若者は、教室で、そして世界的な情報媒体で、教会を”学び”ます」と指摘。福音書に目を向けられて、言われたー「福音書の筆者たちは、使徒たちの過ち、誤解、さらには裏切りさえも隠すことなく、イエスの物語を正直に語っています。これは、教会の”長老たち”が初めの時から、”手から手”へ、次の世代へと伝えていく記憶の賜物です」。
*年配者の貴重な役割を尊重する
そして講話の最後に、「信仰の歴史の物語は、『モーセの歌』、福音書や使徒言行録の証言で語られているもの。言い換えれば、強い感情を持って神の祝福を、誠実さを持って私たちの過ちを思い起こすことのできる物語なのです」とされ、信徒たちに、「過去の賜物を大事にし、神の王国の到来で神の約束が成就されることを待ち望んでいるのと同じように、年配者の貴重な役割を尊重するように」求められた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩「戦いを止め、平和をもたらしてください」ー教皇の「マリアの穢れなき御心への奉献の祈り」バチカン放送訳+中央協議会訳

25日に予定される教皇フランシスコによる、ロシアとウクライナの「マリアの穢れなき御心への奉献の祈り」の全文が23日、発表された。 教皇は、世界のすべての司教、司祭に、この祈りで一致するよう求められている。
教皇は、イタリア時間3月25日午後5時(日本時間3月26日午前1時)から、バチカンの聖ペトロ大聖堂で行われる共同回心式の中で、ロシアとウクライナをマリアの穢れなき御心に奉献される。教皇による奉献の祈りは、午後6時半前後に予定されている。25日には、ポルトガルの聖母巡礼地ファティマでも、教皇特使、コンラート・クライェフスキ枢機卿によって、聖母の穢れなき御心への奉献が行われる予定。
教皇が唱える祈りの全文(日本語訳)は以下のとおり。
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マリアの穢れなき御心への奉献の祈り
神の御母、私たちの母、マリアよ、この懊悩の時、あなたにより頼みます。母であるあなたは、私たちを愛し、私たちをご存知です。私たちが心に抱くいかなるものも、あなたに隠すことはありません。慈しみ深い母よ、私たちは何度も、あなたの配慮ある優しさ、平安に導くあなたの存在を体験しました。なぜなら、あなたは、私たちをいつも、平和の君であるイエスに導く方だからです。
しかし、私たちは平和の道を見失いました。私たちは前世紀の悲劇の教訓を、世界大戦の無数の死者たちの犠牲を忘れました。国々の共同体としての義務を尊重せず、人々の平和への夢と、若者たちの希望を裏切りました。私たちは強欲に取りつかれ、国益の中に閉じこもり、無関心によって心はひからび、エゴイズムによって麻痺してしまいました。
神を無視することを選び、欺瞞と共に生き、攻撃性を増し、人命を殺め、軍拡に走り、自分たちが隣人と共通の家を守るべき者であることを忘れました。地上の園を戦争によって破壊し、私たちが兄弟姉妹として生きることを望まれる、御父の御心を罪によって傷つけました。自分たち以外の、すべての人、すべての箏に対し無関心になりました。私たちは恥をもって言います。主よ、お赦しください!
罪の惨めさの中で、疲れと弱さの中で、悪と戦争の不条理の中で、聖なる母よ、あなたは、神は私たちを見捨てられず、愛の眼差しを注ぎ続け、私たちを赦し、再び立ち上がらせたいと望んでおられることを思い出させてくださいます。神はあなたを私たちにお与えになり、あなたの穢れなき御心を教会と人類のよりどころとしてくださいました。神の善によって、あなたは私たちと共におられ、歴史の最も暗い曲がり角においても、私たちを優しく導いてくださいます。
私たちは、あなたにより頼み、あなたの御心の扉をたたきます。あなたは、愛する子である私たちをいつも見守り、回心へと招かれます。この闇の時、私たちを救い、慰めに来てください。私たち一人ひとりに繰り返してください。「あなたの母である私が、ここにいないことがあるでしょうか」と。あなたは私たちの心のもつれと、時代の困難を解くことがお出来になります。私たちはあなたに信頼します。特に試練の時、あなたは私たちの祈りを蔑むまず、助けに来てくださる、と確信しています。
ガリラヤのカナで、あなたはイエスの助けを促され、イエスの最初のしるしを世界にもたらしました。婚礼の祝いが悲しみに変わった時、「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハネ福音書2章3節)と、あなたはイエスに言われました。
御母よ、神にその言葉をもう一度繰り返してください。今日、私たちに希望のぶどう酒はなくなり、喜びは消え去り、兄弟愛は薄められたからです。私たちは人間性を見失い、平和を壊してしまいました。あらゆる暴力と破壊をしうる者となってしまいました。私たちはあなたの母なる助けを急いで必要としています。
御母よ、どうか、私たちの願いを聞き入れてください。
海の星であるあなたよ、戦争の嵐の中で私たちを遭難させないでください。
新しい契約の櫃であるあなたよ、和解の計画と道を呼び起こしてください。
「天の大地」であるあなたよ、神の調和を世界にもたらしてください。
憎しみを消し、復讐を宥め、赦しを教えてください。
戦争から私たちを解放し、核兵器の脅威から世界を守ってください。
ロザリオの元后、祈り、愛することの必要を呼び覚ましてください。
人類家族の元后、人々に兄弟愛の道を示してください。
平和の元后、世界に平和をお与えください。
御母よ、あなたの嘆きが、私たちの頑な心を動かしますように。あなたが私たちのために流した涙が、憎しみで干上がった谷に再び花を咲かせますように。武器の音が止まぬ中、あなたの祈りが、私たちを平和に向かわせますように。あなたの母なる手が、爆撃の下で苦しみ、逃げまどう人々に優しく触れますように。あなたの母なる抱擁が、家と祖国を後にせざるを得ない人々に慰めを与えますように。あなたの苦しむ御心が、私たちに憐れみの心を動かし、扉を開けさせ、傷つき、見捨てられた人類の世話にあたらせますように。
聖なる神の御母よ、あなたが十字架の下におられた時、イエスはあなたのそばの弟子を見て、「御覧なさい、あなたの子です」(ヨハネ福音書19章26節)とあなたに言われました。こうしてイエスは、私たち一人ひとりをあなたに委ねられました。それから、イエスは弟子に、つまり私たち一人ひとりに、「見なさい、あなたの母です」(同19章27節)と言われました。
御母よ、今、私たちの人生、私たちの歴史の中に、あなたをお迎えしたいと思います。今この時、疲れ切り、動揺した人類は、あなたと共に十字架の下にいます。そして、あなたに信頼し、あなたを通して、キリストに自らを奉献したい、と望んでいます。愛をもって、あなたを崇敬するウクライナの民とロシアの民は、あなたにより頼んでいます。それに対し、あなたの御心は、彼らのために、そして戦争、飢餓、不正義、貧困によって殺されたすべての人々のために鼓動しています。
神と私たちの御母よ、私たちは、あなたの穢れなき御心に、私たち自身を、教会を、全人類を、特にロシアとウクライナを、厳かに託し、奉献いたします。私たちが信頼と愛を込めて唱えるこの祈りを聞き入れてください。戦争を止め、世界に平和を整えてください。
あなたの御心から出た「はい」という言葉は、平和の君に歴史の扉を開きました。あなたの御心を通して、再び平和が訪れることを信じています。あなたに全人類の未来と、人々の必要と願い、世界の苦悩と希望を奉献いたします。あなたを通して、地上に神の慈しみが注がれ、平和の穏やかな鼓動が私たちの日常に再び響きますように。
「はい」と答えた乙女よ、あなたの上に聖霊は訪れました。私たちに神の調和を再びもたらしてください。「ほとばしる希望の泉」である方、渇いた私たちの心を癒やしてください。人類をイエスに織り込んだ方、私たちを交わりを作り出す者にしてください。私たちの道を歩まれた方、平和の小径を導いてください。
アーメン。
(編集「カトリック・あい」)
*以下は、3月24日発表の日本カトリック中央協議会訳
ロシアとウクライナをマリアの汚れなきみ心に奉献する祈り
神の母、わたしたちの母マリアよ、この苦難の時、あなたにより頼みます。母であるあなたは、わたしたちを愛し、わたしたちのことをご存じです。わたしたちが心に抱くことは、何一つあなたに隠されていません。いつくしみ深い母よ、わたしたちはあなたの優しい計らいと、平和をもたらすあなたの存在をたびたび経験してきました。あなたはいつも、わたしたちを平和の君であるイエスのもとに導いてくださるからです。
しかし、わたしたちは平和の道を見失いました。わたしたちは前の世紀の悲劇の教訓を忘れ、世界大戦の犠牲となった数えきれないほどの死者のことを忘れてしまいました。国際的な共同体として交わした約束を無視し、人々の平和への夢と若者たちの希望を裏切りました。わたしたちは欲望に取りつかれ、国益の中に閉じこもり、心は無関心によって渇き、利己主義によって麻痺してしまいました。神を無視し、偽りとともに生き、攻撃する心をかき立て、いのちを消し去り、武器を蓄えることを選び、隣人と共通の家を守るべき者であることを忘れてしまいました。戦争によって地球の庭を荒廃させ、わたしたちが兄弟姉妹として生きることを望まれる御父のみ心を、罪によって傷つけてしまいました。わたしたちは、自分以外のすべての人や物事に無関心になってしまいました。そして、恥ずかしながらこう叫びます。「主よ、おゆるしください!」
聖なる母よ、悲惨な罪の中で、疲れと弱さの中で、悪と戦争という理解しがたい不条理の中で、神はわたしたちを見捨てることなく、愛のまなざしを注ぎ続け、わたしたちをゆるし、再び立ち上がらせようと望んでおられることを、あなたは思い出させてくださいます。神はあなたをわたしたちにお与えになり、あなたの汚れなきみ心を教会と人類のよりどころとしてくださいました。神の恵みによって、あなたはわたしたちとともにいて、歴史の最も厳しい曲がり角においてもわたしたちを優しく導いてくださいます。
わたしたちはあなたにより頼み、あなたのみ心の扉をたたきます。あなたは、愛する子であるわたしたちをいつも見守り、回心へと招いてくださいます。この暗闇の時、わたしたちを救い、慰めに来てください。わたしたち一人ひとりに繰り返し語ってください。「あなたの母であるわたしが、ここにいないことがありましょうか」と。あなたは、わたしたちの心と時代のもつれを解くことがおできになります。わたしたちはあなたに信頼を寄せています。とくに試練の時、あなたはわたしたちの願いを軽んじることなく、助けに来てくださると確信しています。
ガリラヤのカナで、あなたはイエスの執り成しを促し、イエスの最初のしるしを世界にもたらしてくださいました。婚宴の祝いが悲しみに変わった時、あなたはイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハネ2・3)と言われました。御母よ、神にそのことばをもう一度繰り返してください。今日、わたしたちに希望のぶどう酒はなくなり、喜びは消え去り、きょうだい愛は水を差されてしまったからです。わたしたちは人間性を見失い、平和を壊してしまいました。あらゆる暴力と破壊を可能にしてしまいました。わたしたちは、あなたの母なる助けを直ちに必要としています。
母マリアよ、わたしたちの願いを聞き入れてください。
海の星であるマリアよ、戦争の嵐の中でわたしたちを難破させないでください。
新しい契約の櫃であるマリアよ、和解への計画と歩みを奮い立たせてください。
「天の大地」1であるマリアよ、神の調和を世界にもたらしてください。
憎しみを消し、復讐をしずめ、ゆるしを教えてください。
わたしたちを戦争から解放し、核の脅威から世界を守ってください。
ロザリオの元后、祈り愛することが必要であることを呼び覚ましてください。
人類家族の元后、人々にきょうだい愛の道を示してください。
平和の元后、世界に平和をお与えください。
わたしたちの母よ、あなたの嘆きが、わたしたちの頑な心を動かしますように。あなたがわたしたちのために流した涙が、憎しみで涸れる谷に再び花を咲かせますように。武器の音が鳴りやまない中で、あなたの祈りがわたしたちを平和に向かわせますように。あなたの母なる手が、度重なる爆撃によって苦しみ、逃げまどう人々に優しく触れますように。あなたの母なる抱擁が、家と祖国を追われた人々に慰めを与えますように。あなたの苦しむみ心が、わたしたちのあわれみの心を動かし、扉を開き、傷つき見捨てられた人々のために尽くす者となりますように。
聖なる神の母よ、あなたが十字架の下におられたとき、イエスはあなたのそばにいる弟子を見て、「御覧なさい。あなたの子です」(ヨハネ19・26)と言われました。こうしてイエスは、わたしたち一人ひとりをあなたにゆだねられました。そして、イエスは弟子に、すなわちわたしたち一人ひとりに、「見なさい。あなたの母です」(同19・27)と言われました。御母よ、わたしたちは今、あなたをわたしたちの人生と歴史の中にお迎えしたいと願っています。今この時、疲れ果て、動揺した人類は、あなたとともに十字架の下に立っています。そして、あなたに信頼し、あなたを通してキリストに自らを奉献したいと望んでいます。愛をもってあなたを崇敬するウクライナとロシアの民は、あなたにより頼んでいます。あなたのみ心は、彼らのために、そして戦争、飢餓、不正義、貧困によって殺されたすべての人のために鼓動しています。
神の母、わたしたちの母よ、あなたの汚れなきみ心に、わたしたち自身を、教会を、全人類を、とくにロシアとウクライナを厳かにゆだね、奉献いたします。わたしたちが信頼と愛を込めて唱えるこの祈りを聞き入れてください。戦争を終わらせ、世界に平和をもたらしてください。あなたのみ心からあふれ出た「はい」ということばは、歴史の扉を平和の君に開きました。あなたのみ心を通して、再び平和が訪れると信じています。あなたに全人類の未来と、人々の必要と期待、世界の苦悩と希望を奉献いたします。
あなたを通して、神のいつくしみが地上に注がれ、平和の穏やかな鼓動がわたしたちの 日常に再び響きますように。「はい」と答えたおとめよ、聖霊はあなたの上にくだりました。わたしたちの間に神の調和を再びもたらしてください。「ほとばしる希望の泉」であるマリアよ、渇いたわたしたちの心を潤してください。人類をイエスに織り込んだマリアよ、わたしたちを、交わりを作り出す者としてください。わたしたちの道を歩まれたマリアよ、平和の道へと導いてください。アーメン。
☩「ウクライナの平和を祈る奉献に、全世界の教会の参加を」教皇、世界の司教たちに緊急書簡+英語全文
(2022.3.23 Vatican News Devin Watkins)
教皇フランシスコは、25日の聖ペトロ大聖堂の共同回心式でのロシアとウクライナの奉献を前にした23日、世界の全司教に緊急の書簡を送り、この奉献に参加かすることを通して、「罪のない人々への暴力と苦痛に終止符を打つため」の普遍教会の確固たる姿勢を示すように、強く求められた。
25日午後5時(日本時間26日午前1時)からの共同回心式は、バチカンのラジオ、YouTube、ウェブサイト、Facebookなどで中継放送され、奉献自体は午後6時半前後に行われる予定だ。
この書簡で教皇は、ウクライナで激しさを増すロシアによる無差別攻撃の「試練を受け続けている人たち」の「測り知れない苦しみ」に深い悲しみを表明され、ウクライナに留まらず、「世界の平和を脅かしています」と指摘。「子の暗黒の瞬間に、教会は、平和の御子の前で仲介に努め、攻撃で直接の影響を受ける人たちと共になることを示すことが、緊急に求められている」と強調された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
*書簡の全文英語公式訳以下の通り。
LETTER OF HIS HOLINESS POPE FRANCIS TO THE BISHOPS FOR THE ACT OF CONSECRATION TO THE IMMACULATE HEART OF MARY
Nearly a month has passed since the outbreak of the war in Ukraine that is daily inflicting immense suffering upon its sorely tried people and threatening world peace. At this dark hour, the Church is urgently called to intercede before the Prince of Peace and to demonstrate her closeness to those directly affected by the conflict. I am grateful to the many people who have responded with great generosity to my appeals for prayer, fasting and charity.
Now, also in response to numerous requests by the People of God, I wish in a special way to entrust the nations at war to the Blessed Virgin Mary. As I announced yesterday at the conclusion of the Angelus prayer, on 25 March, the Solemnity of the Annunciation, I intend to carry out a solemn Act of Consecration of humanity, and Russia and Ukraine in particular, to the Immaculate Heart of Mary. Since it is fitting that we should invoke peace with hearts renewed by God’s forgiveness, the Act of Consecration will take place in the context of a Celebration of Penance to be held in Saint Peter’s Basilica at 5:00 p.m., Rome time. The Act itself will take place about 6:30 p.m.
This Act of Consecration is meant to be a gesture of the universal Church, which in this dramatic moment lifts up to God, through his Mother and ours, the cry of pain of all those who suffer and implore an end to the violence, and to entrust the future of our human family to the Queen of Peace. I ask you to join in this Act by inviting the priests, religious and faithful to assemble in their churches and places of prayer on 25 March, so that God’s Holy People may raise a heartfelt and choral plea to Mary our Mother. I am sending you the text of the prayer of consecration, so that all of us can recite it throughout that day, in fraternal union.
I thank you for the attention you will give to this request and for your ready cooperation. With great affection, I bless you and the faithful entrusted to your pastoral care. May Jesus protect you and the Holy Virgin watch over you. I ask you, please, also to pray for me.
Fraternally,
From Saint John Lateran, 21 March 2022
FRANCIS
☩「戦争は人間性の破壊だ」教皇、改めてウクライナの平和の祈りへの参加を呼びかけ

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩「ウクライナ侵略戦争は非人間的で、神聖な人の命を冒涜する行為だ」四旬節第三主日正午の祈りで

(2022.3.20 Vatican News Devin Watkins)
教皇フランシスコは20日、四旬節第三主日の祈りの説教の後で、ロシアによる正当性を欠いたウクライナ軍事侵略が4週目に入って激しさを増し、多くの犠牲者が出続けていることを取り上げ、攻撃の即時中止を訴えるとともに、ウクライナからの避難民の長期受け入れを強調された。
教皇は、「[残念ながら、ウクライナに対する暴力的な攻撃は止まりません。毎日、正気の沙汰ではない大虐殺ー殺戮と残虐行為が繰り返さています。これには正当な理由はありません!」と強く非難し、「国際社会に関わりをもつすべての人に、この忌まわしい戦争を止めることを心から誓うよう願います」と世界の国々の指導者たちに呼びかけられた。
*罪のない人者が殺され続けている
そして、教皇は特に、高齢者、子供、妊娠中の母親を含む罪のない一般市民が攻撃の対象となっていることに強く心を痛められ、「このような行為は、すべて非人道的。人の命の神聖さに反する行為です。特に尊重され、保護されるべき人の命、排除されるべきではない、いかなる戦略よりも優先すべき、自らを守る手立ての無い人の命に反する行為です!」とされたうえで、「このような行為が、非人道的で神聖な人の命を冒涜する残虐行為であることを忘れないように!」と強く訴えられた。
教皇は、前日19日の午後、ローマ市内の Bambino Gesù小児病院を訪問され、ロシア軍の攻撃で負傷し、治療を受けているウクライナの子供たちを励まされた。「ある子は腕をなくし、ある子は頭にけがをしていました。罪のない子供たちです」とされ、「ウクライナでは今、多くの家族が戦争によってばらばらにされ、多くの子供たちや弱い人たちは、防空壕にさえ安全な場を見つけられず、爆弾の下で命を落とすままにされています」と深い悲しみを語られた。
*避難してくる人を温かく迎え入れ、”ハゲタカ”から守ろう
身の安全を求めて何百万人もの人々がウクライナから脱出を続けているが、教皇は欧州の人々に、彼ら受難者に寄り添い、心から、寛大に迎え入れるよう求め、「ウクライナから避難してくる人たちを、私たちは今後数週間から数か月にわたって、温かく受け入れ、助け続けねばなりません」と強調する一方で、「私たちが良く経験するのは、初めは困った人を受け入れるために全力を尽くそうとしますが、時間がたち、慣れてくると、あまり関心を払わなくなり、忘れてしまうこと」と注意された。
また、避難してくる人の多くは女性と子供であり、現在は夫や父から離され、収入を得るための仕事もないことを認識したうえで、彼らを保護し、支えるように、彼らを食い物にする”社会のハゲタカ”から守るように、強く求められた。
*ウクライナに留まる司教、司祭たちに感謝
さらに、教皇は、ウクライナに留まり、信徒たちや市民を支援し、励まし続けている多くのカトリック司教と司祭に感謝され、特に、カトリック教会だけでなく、ウクライナ正教会や、イスラム教などの組織と連帯し、国内避難民への食糧の配給や、安全の確保などに努めている駐ウクライナ教皇大使のヴィスヴァルダス・クルボカス大司教の働きに深い感謝を表明された。
*ロシアとウクライナの奉献を改めて呼びかけ
最後に教皇は、25日金曜日に予定する「マリアの汚れなき御心への人類、特にロシアとウクライナの厳粛な奉献」へ、世界のすべてのキリスト教徒が参加するよう、改めて呼びかけられ、「平和の女王であるマリアが、私たちが平和を得るのを手伝ってくれますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩「 主の差し迫った回心の呼びかけに進んで応えられますように」教皇、四旬節第三主日正午の祈り

(2022.3.20 Vatican News staff reporter )
教皇フランシスコは20日、四旬節第三主日の正午の祈りの説教で、ロシアのウクライナ軍事侵攻で人々に多くの犠牲者が出続けている悲惨な状況を念頭に起きながら、「愛と友愛が支配するところでは悪は力を失う。罪から立ち返り、心を開いて福音の教えを進んで受け入れることで、主の回心への差し迫った呼びかけに応えるように」と信徒たちに訴えられた。
*災難は神の罰か、なぜ神が介入されないのか、という人々の問い
教皇は説教で、この日のミサで読まれたルカ福音書の中で、イエスが、エルサレムでシロアムの塔が倒壊して18人が死の災難に遭ったことを語られていることに注目。
そして、「(イエスの話を聴いていた)人々は、18人の死の責任は誰にあるのか、誰が罪を犯したのか、イエスに尋ねていたようです」とされたうえで、「同じ問いかけは、今も、悪いニュースを耳にするたびになされますーウクライナ戦争や新型コロナウイルスの大感染が起きたのは、神の罰なのか、なぜ主が介入されないのか、と」と信徒たちに注意を促された。
*神は人間の出来事に介入されない、解決策を示される
教皇は、「悪が私たちに重くのしかかる時、注意する必要がある。なぜなら、私たちは状況をはっきり見ることができなくなり、起こっていることに対する安易な答えを求め、自分の過ちや不幸を神のせいにすることさえあるからです」と忠告され、「神がご自分の意志を通そうと人間の出来事に介入されることはありません。ただ、解決策を示されるのです。決して暴力は使われず、私たちと、私たちのために苦しまれます。自分に起きている悪いことを神のせいにするという、人々の考えに、イエスは強く異議を唱えられました」と説かれた。
さらに、「イエスは、彼らが被った悲劇は、彼らが、他の人たちよりも罪深かったためではない、と言われました。『神は私たちを罪に応じてあしらうことがない』(詩編103章10節)ので、悪は決して神からもたらされることはありません。憐れみで私たちに対応されるのです」と語られた。
*「回心」が唯一の解決策
教皇は、私たちの罪がどのように人と人の関係を壊し、暴力を選ぶことが、邪悪を解き放つのか、その原因を知ることができるように、イエスが私たちに、「自分自身の内面を見るように」と呼びかけられたことをた方法を思い起こされた。
そして、重要なのは、イエスが「悔い改めない限り、あなたは皆同じように滅びる」(ルカ福音書13章5節)と言われたように、回心が唯一の解決策だ、ということであり、「イエスの回心への招きは、今の四旬節の時期に、私たち全員にとって特に緊急の呼びかけになっています。愛と友愛が支配するところでは、悪にはもはや力をもたないのです!」と強調された。
*神は私たちの回心を忍耐強く待ってくれる
教皇は、「回心の招きを受け入れるのは容易なことですが、回心への道は容易ではありません。私たちはしばしば同じ過ちや罪を繰り返し、落胆して、回心をあきらめる可能性さえある」ことを認めつつ、「今日のルカ福音書の箇所で、イエスは、私たちに対する神の忍耐強さを、たとえ話を使って語っておられますー三年経っても実をつけないが、さらに待つことを許されるイチジクの木、切り倒されずに、実を結ぶ可能性が残されるーと。これが、私たちと共に働かれる主のなさり方。私たちに、時間を与え、私たちを優しく信頼する意欲を失われたり、疲れられたりすることはありません」と説かれ、さらに次のように信徒たちを励まされた。
「兄弟姉妹の皆さん。神は私たちを信じてくださいます!私たちを信頼し、忍耐強く私たちに付き添ってくださいます。落胆されず、常に私たちに希望を植え付けてくださいます。神は父であり、父として世話してくださいます。最高の父親として、あなたが達成できない業績ではなく、これから成らすことのできる果実に目を向けておられます。あなたの欠点を追うことはなさらず、潜在力を引き出そうとなさいます。あなたの過去にこだわるのではなく、自信を持ってあなたの未来に賭けられます」
そして最後に、私たちが希望と勇気を持ち続け、回心への新たな希望を燃やし続けられるように、聖母マリアの助けを祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩「欧州の”壁”が”玄関口”となるように」ー教皇、European Catholic Social Daysに

*彼らの叫びは私たちに行動を求めている
また、教皇は、European Catholic Social Daysの今回の標語である「コロナ禍を超えた欧州、新たな始まり」を取り上げ、「新型コロナの大感染は、欧州の社会、経済、文化、さらには教会に大きな変化をもたらしています。長引く苦痛の中で、恐怖が高まり、貧困が増大し、孤独が増している。多くの人が職を失い、不安定な生活を送る一方で、他者との関わり方が変っています」と指摘。
「そのような中で、私たちは、ぼんやりと立っていてはなりません。キリスト教徒として、そして欧州市民として、私たちは勇気を持って、『私たちの故郷、欧州。私たちの故郷である欧州の共通善』を実践するよう求められています」と強調され、「欧州と欧州を構成する国々は互いに反目してはいない。そして未来の建設は、統一ではなく、多様性を認め合いつつ、絆を強めていくことを意味するのです」と説かれた。
*愛は、寄り添い、分かち合うことだ
最後に、教皇は、European Catholic Social Daysのロゴに使われた「トゥールの聖マルティヌス」に注目された。この聖人は、貧しい人に施すために、自分のマントを二つに切った。「愛は、寄り添い、分かち合い、他人を世話することだと、私たちに思い起こさせます」と語られた教皇は、「紛争、飢饉、貧困から逃れようとする非常に多くの兄弟姉妹と一致することは正しく、人間的で、キリスト教徒的な行為です」とされ、欧州に依然として存在する壁は、「歴史的、信仰的、芸術的、文化的な財産への玄関口に変えられる必要がある。友愛に基づく人間の共存が進むように、対話と社会的友情が促進されねばなりません」と訴えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
◎教皇連続講話「老年の意味と価値について」③年配者には、神がノアに託された役割がある
(2022.3.16 バチカン広報)
教皇フランシスコは16日の水曜恒例の一般謁見で、「老年の意味と価値について」をテーマにした連続講話を続けられ、要旨次のように語られた。
「老年の意味と価値について」をテーマにした講話で、今回は、新しい世代へ人生の真の持続的な価値を引き継ぐ際の、高齢者の重要な役割を考えたいと思います。
聖書の最初のページで、神は、暴力と邪悪が地に広がったことで堕落した「ご自身の創造物の善なる姿」を取り戻す仕事を年配のノアに託されます。人類に決定的な救いと霊的な刷新をもたらす神の王国がやって来るとみ、回心するように私たちに注意を与えるために、イエスご自身が「ノアの日々」について語ります。
あらゆる時代において、ノアの時代のように、私たちは、罪と堕落を当たり前のように受け入れ、貧しい人々の不当な苦しみと、自然環境の破壊から、目をそらす誘惑にさらされています私たちの今の時代で言えば、それは、物質主義的で自己中心的で精神的に空虚な”捨てる文化”です。ノアのような年配者は、こうした危険を人々に警告し、「私たちは神から与えられた創造物の守護者と管理者なのだ」ということを、人々に思い起こさせる役割を果たすことができるのです。
高齢の人たちが、このことー自分たちに与えられた特別の能力ーを認識し、私たちの世界の将来と新たな創造の夜明けを待ち望み、気にかけ、希望する、新たな”箱舟”を建造するのを助けてくれるよう、ノアの模範と祈りが促しますように。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
☩「教会はイエスの言葉を使う、”政治の言葉”を使ってはならない」ー教皇、ロシア正教指導者とビデオ会議
☩ 「爆撃で苦しんでいるウクライナの子どもたちのために祈りましょう」イタリアの子供たちと共に


