そして、「父である神のように、私たち全ての人を温かく迎え入れ、励まさねばなりません。彼らと距離を置いたり、咎めたりすることは役に立ちません。遠くにいる人たちにも手を差し伸べ、彼らを励まし、彼らがより良い方向に変わるときに共に祝うために、そこにいなければなりません」とされた。 「開かれた心、耳、澄み切った笑顔で、どれほど多く、良いことができるでしょうー祝うために、気まずくさせないために!」
*神と”同期”した心
教皇はさらに、「私たちは、大いに喜ぶ必要があります」とされ、「私たちの心が、本当に神と”同期”していれば、誰かが悔い改めを見て、その人にどのような深刻な過ちがあっても、過ちを糾弾し続けることはできず、彼が選択した善のゆえに、共に喜びます。ですから、他の人たちが喜ぶような、そして共に喜べるようなやり方を学びましょう」と信徒たちを促された。 最後に、「聖母マリアが、私たちの隣人を見る光となる「神の慈しみ」を受け取れる方法を教えてくださいますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)