5月8日は世界召命祈願日ですから、司祭養成の場である神学院について、少しお話しします。
近年、東京の神学院では、基本的に修道会の司祭志願者も受け入れていますが、そういった修道会からの聴講生も含めて、毎年20人から30人ほどの神学生が在籍し、その中で東京教区から、今年度は4名の神学生が在籍しています。
現時点での東京の神学院の養成は、予科(1年ないし2年)から始まって、哲学を2年と神学を4年。その後助祭に叙階されて半年以上を経てから司祭に叙階されることになっています。
以前は、神学の3年目終了時の神学4年目に助祭に叙階されていましたが、現在の司祭養成は2016年に教皇庁聖職者省が示した司祭養成基本綱要「司祭召命のたまもの」に基づいて、生涯をかけての養成プログラムへと根本的に変えられました。
なおこの司祭養成基本綱要は邦訳が単行本として今年の3月に出版されています。またこれに基づいて、それぞれの国の司教団は、地域の事情に応じた個別の司祭養成の基本綱要を作成することになっています。
哲学や神学やそのほか様々な科目の先生は、各地から通って授業を担当してくださっていますが、神学生と一緒に神学院で生活をともにする養成担当者が不可欠です。
修道会の神学院の場合は、それ自体が修道院共同体なので、当然神学生以外にも複数名の修道会員が居住しており、神学生の霊的養成に参加するのですが、教区の神学院は事情が異なるため、養成担当者をいずれかの教区から派遣しなければなりません。
現在、東京の神学院では、4名の司祭が神学生と寝起きをともにしています。その内訳は、東京教区、横浜教区、名古屋教区か
らそれぞれ1名の3人が養成担当、これにグァダルペ宣教会のマルコ神父様が霊的指導者として加わっています。そしてその中の誰か一人が、全体の院長とならなくてはなりません。
加えて東京カトリック神学院の院長は、教皇庁の福音宣教省長官が任命する役職です。
昨年までは大阪教区の松浦信行神父様が院長に任命されていましたが、このたび任期が満了し大阪教区にお戻りになりました。
東京カトリック神学院司教団の推薦に基づき、新たに今年度4月から、東京教区の稲川圭三神父さまが神学院長として、福音宣教省長官タグレ枢機卿から任命をいただきました。

過日、ローマからの書類や正式な任命書(もちろんラテン語で書かれています)が届き、教皇庁大使館で教皇大使が見守る中、稲川圭三神父さまは定められた方式で、荘厳に信仰宣言を行い、誓約書に署名されました。私は稲川神父さまの所属する東京教区を代表して同席させていただきました。(上の写真は大使館での院長就任の誓約書に署名する稲川神父さま)
稲川圭三神父様、院長就任おめでとうございます。教会にとって大切なお働きに、神様の豊かな祝福と導きがあるように、お祈りいたします。
また、復活節第四主日の世界召命祈願日にあたり、どうか、司祭・修道者の召命のためにお祈りください。また、機会があれば(ザビエル祭など)神学院を訪れ、養成の現場をご覧ください。さらに小教区に神学生が土日の司牧研修でお邪魔する際には、声をかけ、祈りを約束し、励ましてくださいますようにお願いいたします。
司祭叙階への道程は短くありません。最低でも七年半です。長い道のりを歩む神学生を孤独のうちにおかず、共同体の絆を持って支えてくださいますように。(写真は、東京カトリック神学院正面入り口、そして聖堂前に立つザビエル像)
主は復活され、私たちを憐れみ、平和な世へと導いてくださることを今、信じてやまない。そして、私たちは、主への祈りと感謝を、どんな時にも忘れてはならない。
「あなたがたに平和があるように」
主は「平和」と、何度言われたことか。
人は自分にショックな事が起こると、心に平和はなく、恐怖から思考力も失せ虚脱状態に陥る。(イエスの弟子たちや婦人たちがそうであったように。)心が平和でなければ神からの愛も拒絶し、孤立した状態を好むようになる。たとえ“愛の宗教”と論じられているキリスト教の信仰を持っていてもそれは起こりうる。
「自分が人から愛されたことがないから人を愛することができない」「自分は親から褒められた事も愛された事もない。」「教会の愛って何?」「教会に愛はあるの?」
人が愛について疑問を持つことは否めない。
(ここで一信徒の私が“愛”を語るのはおこがましい限りだが。ましてや、このような文章を書く時には、私の心が平和でなければ、まともな文章表現などできないのだが…)
大体の人は、自分の身体の健康を日々気にかけている。自分をいたわっている。それも愛だろう。「愛」は限りない。自分を愛することで自分を大切にする。しかし、自分勝手な愛にならないためには、自分にとって大切な人からの愛を実感することが必要だろう。偽りのない愛を私たちは神から学ばなければならない。
「神の御子イエス・キリストの名を信じ、この方が私たちに命じられたように、互いに愛し合うこと、これが神の戒めです」(ヨハネの手紙1・3章23節)
自分を犠牲にしてまでも、その人を守る愛、それは本物の愛と言える。
神の愛は、ひとり子イエスの十字架上の死によって、私たちを守ることで示された。
コロナ禍から、キリスト教を信仰する私たちには神の愛を改めて黙想する機会を与えられたように思う。教会に行けない状況下では聖書を読み、神とイエスを思い起こし、自分の宗教を深く考える為の時間を私は持つことができた。二つのグループで定期的に聖書の分かち合いをし、互いの信仰を支え合い、共に歩む喜びをその都度感じ、感謝の祈りを唱える。これも愛。
受洗して間もない若者にとって、聖書から教会や共同体のルーツを知ることも、信徒として必要だ。愛ある共同体で彼らの信仰は育まれねばならない。教会に偽物の愛や嫉妬があってはならない。
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。妬まない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、怒らず、悪をたくらまない。不正を喜ばず、真理を共に喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」(コリント信徒への手紙1・13章4節-7節)
「平和があるように」と、主は言われる。
この世で生きる私たちの苦しみや不安や寂しさを、慰め癒やしてくださる神からの愛と憐れみと私は理解している。
私たちが互いに愛し合うことができますように。平和でありますように。
(西の憂うるパヴァーヌ)
主のご復活おめでとうございます。
*私たちを圧倒する世界の出来事
復活節の最中に、何だか暗そうな話に聞こえるかもしれませんが、最近の世界の出来事は、「死の威力が、いかに私たちを圧倒するか」を改めて認識させるものです。ウクライナでの戦争の報道を見ていると、私たちは無力感に襲われます。ブチャで、両手を後ろに縛られた男性、女性、青年たちや子どもたちの集団墓地が発見された、という報道は、私たちを激怒させると同時に、どうしたらいいのかと無力感を抱かせます。
そして2年以上も続いているコロナ禍も、人種差別、政治的隔たり、無差別に物質の買い溜めをする傾向やそれに起因する紛争など、様々な人間の痛ましい側面を明らかにしました。私たちが生きている世界では、まるで「死」が優勢で最終決定権を持っているかのように感じることがあるでしょう。そして、各自
が単に快適さを求めて生きることや、死から身を守ろうとする誘惑も芽生えるでしょう。
主イエスの最初の弟子たちの経験も同じようなものだったのではないか、と思います。弟子たちは聖金曜日に目の当たりにしたり、知っていたりしたのは、彼らが期待していた「イスラエルに救いをもたらしてくださる方」の公共の場での恐るべき拷問と、痛ましく恥ずべき処刑でした。
*「死」は勝たない
最初のご復活の朝はすんなりと喜びの日ではなかったのです。「誰かが主を墓から取り去りました。どこに置いたのか、分かりません」(ヨハネ福音書20章2節)と、マグダラのマリアが苦悶の言葉を弟子たちに告げました。そして、弟子たちのペトロとヨハネが悲しみと恐怖にさいなまれながら、急いで愛する主の墓に走って行きましたが、亜麻布以外は何もなく、理解できませんでした(同9節)。
また、マルコ福音書には、天使から主イエスがご復活されたことを告げ知らされた婦人たちも恐怖のあまり逃げ去り、そのことを「誰にも何も言わなかった」と記されています(マルコ福音書16章8節)。
その後、弟子たちはたしかに集ってはいたのですが、おそらく「これからは、各自が自分の身は自分で守らねば」という気持ちで一杯だったのではないでしょうか。なぜなら、「私たちの世界は修復不可能なほど破壊されてしまったのだから」、「死が勝ったのだから」と。
その日の夕方、鍵のかかったドアの向こう側で怯え、打ちひしがれた弟子たちは、輝くようになられた主イエスに割り込まれ、「あなたがたに平和があるように」と言われ、御自分の傷跡をお見せになり、御霊の息で彼らを暴力的な世界に送り返されました(ヨハネ福音書20節19節~23節)。弟子たちもまた変えられ、新たな勇気を与えられ、言葉や人種、国の境界を越えて語りかけ始めました。主イエスの愛、主の赦し、主の平安と約束が、弟子たちに真の喜びをもたらし、ご復活の証人となるためにすべてを賭けることを厭わないようにさせました。
*心の中で復活された主、喜びに満ちたキリスト者になる
今の復活節では、私たちも、おそらく最初の弟子たちのように、世界の悲劇に対する落胆や絶望感を抱えながら集っているのかもしれません。しかし、もし私たちがそうなろうと切に願うなら、また一人一人が賜わった可能性のすべてをもって、私たちも主のご復活の証人となれることでしょう。
これは、決して、私たちの悲しみや絶望感を払拭するための「うわべだけの空想」ではありません。むしろ、主イエス・キリストが「私たちの心の中で復活され」、真の喜びに満ちたキリスト者に変えてくださる時だ、と思います。キリストが私たちの痛みと世の中の痛みにご自身の傷で触れられるとき、私たち自身が変化と希望の担い手として力を与えられます。
このような苦渋に満ちた時期は、復活された主によって変えられた私たち一人一人が、希望と愛とご復活の御力への信仰をもって、主に与えられた各自のすべての可能性を活かしながら、できる範囲で、この疲れ果てた世界の傷に触れる機会なのではないでしょうか。
そして、私たちもこの世界で復活された主イエスにお会いすることができるようになるでしょう。
「あなたがたは、私が飢えていた時に食べさせ、喉が渇いていた時に飲ませ、よそ者であった時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に世話をし、牢にいた時に訪ねてくれたからだ」(マタイ福音書25章35節~36節)。
(ガブリエル・ギデオン=シンガポールで生まれ育ち、現在日本に住むカトリック信徒)
復活ローソクが暗闇に放つ輝き、今年はいつになく感動して仰ぎ見ました。
バンコク郊外の聖ミカエル教会の前庭、辺りはすっかり暗い。赤々と燃える焚き火囲んで、復活徹夜祭の光の祭儀が始まりました。キリストの光、灯された復活ローソクを掲げる司祭を先頭に、続々と人々が聖堂に進み入る様子…募る思いを抱く胸にじんと来る光景、ひたすら平和を願いながら入堂。
なかなか収束の目途が立たないコロナ感染、ロシアによるウクライナ軍事侵攻がもたらした恐ろしい戦況、世界中を巻き込む恐ろしさに、合掌する手も胸も締め付けられるほどです。国を守るために武器援助を求めるウクライナ、これに応じる一方でロシアへの経済制裁を強める欧米の国々。攻撃の姿勢をさらに強めるロシア… 火が付いた兄弟喧嘩が止まる気配もなく、心が強く痛みます。様々な事情があるのでしょうが、どうして人が人に対してこれほど残酷なことが出来るのか、本当に悲しいです。
とにかく、一日も早くこの残虐な戦いが終わって欲しい… 平和を祈る日々。苦しむ人々との連帯で、自分の小さな十字架が担い易くさえ感じられます。人間の業(ごう)が刻まれた歴史から多くの事を学ぶ機会にもなっています。
聖木曜日の早朝、聖香油と司祭制定のミサがアサンプション・カテドラルでありました。バンコク教区(11県)76 小教区(信徒数12万2554/人口1381万4885) の司祭、信徒代表が参列した荘厳な典礼、叙階と聖体の秘跡の制定、2時間余の荘厳なミサ、格別な思いであずかりました。師イエスに感謝、乾杯。この仏教国で、凄いな〜といつも思います。
ミサの最後に、復活祭のローソクが枢機卿から小教区信徒代表に手渡されます。修道会聖堂も含め100本余、祭壇の麓に見事に並ぶ復活ローソク、何と、バンコク教区では毎年スポンサーにより用意されるのです。
復活のローソクを自分の心に点じ、罪と悪に勝利し、復活したキリストの愛を信じ共に宣言して生きましょう!
『光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった』(ヨハネによる福音書1章5節)
(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)
(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」を使用=「カトリック・あい」)
「イエスは生きておられる」(ルカによる福音書24章23節)ー聖書は、この出来事を、「復活」という言葉で表します。しかし、それは、単なる「蘇生」とは違います。イエスは人間として、この世において亡くなりました。しかし神として、今もなお生きておられる。この出来事は、人間の理解と表現を、超えています。(あり得ない)――これが私たちの、素朴な反応でしょう。イエスの弟子たちもまた、同様の思いを抱きました。しかしこれは、歴史的にも確かな事実です。
*希望は消え失せた
イエスが、亡くなった。それは、人々に大きな失望を与えました。彼らは再び、以前の自分たちの生活へと戻って行きます。その中に、エマオ出身の二人の弟子がいました(ルカによる福音書24章13-35節)。彼らは、他の弟子たちと同様に、イエスこそ、自分たちが待ち焦がれていた救い主である、と信じていました。しかし、十字架上のイエスの死を確認し、意気消沈の中に故郷の村へと帰って行きます。
その途上で、彼らは、イエスと出会います。近づいて来たのは、イエス。しかし彼らは、それがイエスだとは分かりませんでした。彼らの目は、塞がれていたのです。彼らは、一連の出来事について、話し合い論じあっていた、と聖書は語ります。イエスの復活は、そのような議論の対象として分かるようなものではない、と聖書は語っているかのようです。
*空の墓
イエスとの会話が始まります。その中で彼らは、一つの不思議が出来事に言及します。「仲間の女たちが私たちを驚かせました。女たちが朝早く墓へ行きますと、遺体が見当たらないので、戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げた、と言うのです」(ルカによる福音書24章22-23節)。しかし彼らは、婦人たちの言葉が信じられませんでした。墓は死者の住む所。イエスがそこにいないのは、当然です。なぜなら、彼は、生きているからです。
*イエスがパンを割かれると
イエスがなおも先へ行こうとされると、彼らは、イエスを無理に引き留めます。イエスは、彼らの家に泊まります。食事の席に着くと、イエスは、パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになります。すると、二人の目が開け、イエスだと分かります。しかしその瞬間、イエスの姿は消えます。パンを裂くーそれは、最後の晩餐の席で、まさにイエスが行ったこと。テーブルの上に残っていたものーそれは、パン。イエスは、その中に留まっています。だから、ご聖体は、私たちにとって命の糧なのです。
かつてイエスは、「私が命のパンである」(ヨハネによる福音書6章35、48節)と語りました。「私は、天から降って来た生けるパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」(6章51節)。これは、イエスの招き。そして彼は、私たちに、新しい掟を与えます。「私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(13章34節、15章12節)。イエスは、「私があなたがたを愛したように、私を愛しなさい」とは言いません。彼は、消えます。しかしもし、私たちが互いに愛し合うなら、彼はまさに、そこに現存します。愛ーそれは、言葉としては抽象的です。しかし、その本質は、極めて具体的です。
ヨハネは、こう語ります。「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの、すなわち、命の言(ことば)について。ーこの命は現れました」(ヨハネの手紙1・1章1節)。命は、今もなお、私たちを活かし続けています。
(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)
2022年2月24日、ウクライナへのロシアによる軍事侵攻が開始された。私たち家族は、言葉にならない衝撃を受けた。
娘は一言「悲しい…」と電話口で言った。彼女はロシアに留学した経験がある。今もロシアには、当時からの友達が暮らしている。芸術の国ロシア。芸術を深めたい人にとって、憧れの国だ。娘にとっても、サンクト・ペテルブルクでの三年間は、苦労も多かっただろうが、素晴らしい指導者、そして才能ある学友との出会いは、神様からの最高のプレゼントだった。世界最高峰の芸術を提供する国で、今こんなにも悲惨な戦争が起こるとは誰もが思ってなかっただろう。
西洋の芸術には、必ず宗教がある。そして、“本物”の芸術に触れなければ、神を知ることもできず、自分を高め感性を磨くことはできない。これは、私の信念とも言える。(おかげで、私は、目に見えるものや聞こえるもの、特に音楽への評価が厳しく、妥協できない、厄介な性格の持ち主である)
娘は、ロシアの人たちの気遣いと優しさに感謝の思いしかない。マリンスキー(キーロフ)劇場での舞台やロシア正教での卒業式は、私たち親子にとって夢のような美しい思い出だ。ロシア人司祭たちの澄んだ歌声からの祈りと、十字架を首にかけて祈るロシア人生徒たちからは厳粛な神との交わりを感じた。ロシア正教とウクライナ正教、神の教えは一つのはずだ。
歴史ある劇場も、ロシア人の誇りであろう。キエフの劇場に、子どもたちが避難しているのは周知の事実だったにもかかわらず、ロシア軍が爆撃し、多くの死傷者を出した。こんなことを神が許されるはずがない。ロシアとウクライナは兄弟ではないのか。良識あるロシア人は、この非人道的な軍事侵略に反対し、政権への不満を募らせていることだろう。
ウクライナは当然として、一日も早くロシアの”崩壊”を止めねばならない。「ロシア兵士母の会」の訴えが、若者の訴えが、勇気あるロシア人の反戦デモによる訴えが、どうすれば自国の指導者に届くのか。
「神の名のもとに殺人やテロや迫害が正当化してはならない」と教皇フランシスコは述べておられる。そして今、ロシアとウクライナの残酷な戦争を止めるために、教皇は『マリアへの汚れなき御心への奉献の祈り』を全世界の教会で唱え、全世界の司教、司祭、修道者、一般信徒が心を合わせるように訴えられている。
日本の教会はどうだろう。東京教区や大阪教区など一部の教区では、教皇の呼びかけに応えて、この祈りの日に参加したようだが、他の多くの教区、さらに小教区にはほとんど動きがないようだ。だが、”感度”の低さを嘆いていてはいけない。まず、個人から、そして理解ある人たちから、祈り、さらに、各種の援助機関を通して、ウクライナの現地に留まって、あるいは避難民となって故郷を出、悲惨な状況に置かれている人たちへの援助など、出来ることをしていこう。
「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。 マタイによる福音書5章21節
(西の憂うるパヴァーヌ)

親友がバンコクで37年経営して来た日本人のための幼稚園が、3月末で閉園しました。来タイ以来、祈りながら見守り、励まして来た園の最後の卒園式、会場に心込めてお花を生け、友人の側で子供たちを見送りました。 本気で誠心誠意幼児教育に取り組んで来ただけに、感無量の友人、声を詰まらせていました。
式後、思い思いにお庭で記念写真、お隣のお父さんにお祝いの挨拶をすると「実は私は32 年前の卒園児、小3の娘もこの園で学び、息子が最後の卒園児です」と。幼い時の楽しい思い出が、現在のタイ赴任、子供たちを父親の思い出の園で学ばせることに。
園長先生と「子育てのステップ」で学んだ事、「アドラー」の教育に大変助けられた、と語る母親、最後の卒園式に嬉しい出会いでした。時の園長先生、何と32 年前の子供の名前まで覚えていました。
親友が幼稚園を始めたのは、カトリックの幼稚園に通って学んだ楽しい思い出が生涯の貴重な宝となったから。
「最初の募集はどうされたの?」と尋ねると、幼稚園の前にポスターを貼っただけで、「何も宣伝しませんでした」。申し込みは8人。父兄が自分たちで声をかけて子供たちを集め、35入の園児で開園した。
「預かった子供を大事に、必死で取り組み、その気持ちが子供たちに、父兄に浸透して園が続いたのだと思います」「登園して泣く子が静かになるまで、腰が痛くなっても抱き続け、翌日、お母さんからパッと離れて登園したのを見て、うれしかったです。とにかく子供たちと真心込めて取り組んだ37年、捧げた思いは必ず滋養になっていると信じています」。
タイ国に進出している日系企業 は昨年秋の統計で5865社、在留邦人は8万1187人で、米国、中国、オーストラリアに次いで第4位。タイ国の日本人人口の70%がバンコク在住で、子供たちの教育機関も比例して多い。
バンコクの日本人学校は、1926年に「尋常小学校」として発足、1963年中学も併設され、長い歴史を持ち、現在の生徒2350人の私立学校。日本人向けの幼稚園も、インター併設を含め、バンコクに17園ありますが、入園希望者は以前よりも少なくなり、一部で”奪い合い”なども起きているようです。
コロナ禍で日系企業も人口も減少してるのでは、と思いましたが、かえって増えてい るのには驚きました。子供たちを連れて日本に帰った家庭もずいぶんありますが、タイ社会での日本人の活躍は、今後もより良い関わりを保ちながら続く事でしょう。
日本人の正直で、礼節を尊び、勤勉で向上心に富む気質(根性が竹のように根を張り、松の緑の勢、梅の香を漂わせる)が、これまで園が続いて来た一因だと思います。園の名前は『たけのこ』。園が閉じても、卒業していった方々の強くしなやかな成長を祈ります。
(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)
「人の生命を確かに守り育て得る食べものの向こうには、かならず信頼に足る人物が存在しております。私はここに食材そのものに関する解説を書きましたが、実のところ心はその作り手に通わせておりました。食物作りは、変化する自然相手の生活、その人生は消費者の想像を超えた、油断できぬ忍耐、努力の日々だからです」(辰巳芳子『この国の食を守りたいーその一端として』まえがきより)。
食は、私たちにとって、単なる付帯的なことがらではありません。むしろ、私たちの生活の中心に位置します。このことをしっかり心しておかないと、私たちは、真に大切なものを見失います。自然に対する謙虚な態度、私たちを育む風土への親和性。もしそれらをなおざりにするならば、きっと私たちは、道を誤りいのちを失うことになるでしょう。
*「私は命のパン」
イエスは、引き渡される夜、パンを取って感謝の祈りを捧げてそれを裂きこう言われますー「これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい」(コリントの信徒への手紙一11章24節)。また食事の後、こう言われますー「この杯は、私の血による新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこれを行いなさい」(11章25節)。
「私は命のパンである」(ヨハネによる福音書6章48節)ーそうイエスは語りました。パンとは、生活の糧一般のことでしょうか。もしそうなら、パンという言葉は、象徴的な意味で使われているのかもしれません。しかし、イエスは、自分(の言葉)を信じる者は、決して飢えることも渇くこともない(6章35節参照)、と断言します。飢えることも渇くこともないとは、つまり、‶永遠の命〟に満たされるということ。それはまた、イエスをこの世に遣わされた方の御心でもあります(6章38-40節)。
そのパンは自分の‶肉〟に他ならない、とイエスは語ります。それゆえ、彼は、「肉を信じなさい」とは言わず、「自分を食べなさい」といっそう直截的な言葉で語ります。「食べる」ということは、そもそも、具体的・身体的なことです。事実、ここで使われている「食べる」(トローゴー)という言葉は、もともと、「かみ砕く、音を立ててかじる」といった意味で、動物が餌を食べるときにも使われるそうです。ですから、ここで求められているのは、イエス自身を、比喩的にではなく端的に「食べる」ことです。
*揺るぎないものへ
自分は、普段、何を食べているのか、どのように食べているのか、また、誰と食べているのかーこれらのすべてによって、自分の状態(ありかた)は決まります。先の書物のあとがきには、次のような言葉が記されています。
「この国の人々が、どこまでまじめな気持ちで食に向かえるかを、私は問いかけたいのです。一見、食を守ることとは無関係に見える、原子力の問題、また憲法の問題を、本文中に掲げました。結局この国が、食を生みうる風土であることが大前提なのです。自然に対する人間の分際というものを、謙虚に知ることが大事です。今まで私たちは自然をむさぼってきました。しかし、私欲を去らないと、食は残せません」
この本が上梓されたのは、2009年。それから二年後、3月11日の大地震とそれによってもたらされた大津波は、多くの人の命を奪い、生活を破壊し、この国を根底から揺さぶりました。そして追い打ちをかけるような、原発による大惨事。私たちの生活は、いかにもろいものの上で営まれているのか――あらためて、その現実の前に立ちつくします。
私たちは、今、決して揺らぐことのないものー永遠ーに、真摯に心を向けるべき時(カイロス)にいます。それを見定める時、私たちは、パウロが主から受けた言葉に値する者となるでしょうー「(あなたは、)私が選んだ器である」(使徒言行録9章15節)。
(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)
四月、新しい年度が始まる。二年間、コロナウィルス感染症拡大のため、オンライン会議、オンライン講座…が続いた。気が付けば、まだ実際に「顔と顔を合わせて」会ったことがない人たちと重要な話をして、決断をしなければならない状況が増えてきた。
2022年度の、私の切なる願い。できるだけ、少なくとも一度は、大切な協働者たちと実際に会って、話をしたい。
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オンラインでの会議で思うことは、その時だけとりつくろえば何とかなる、「画面上」で、そつなくしていれば「ボロは出ない」という、スマートかもしれないけれど、互いに目を見て話す真剣勝負、という雰囲気に欠ける、ということだ。
***
同時に、「休憩時間」の要素も欠ける。実際に会って会議をする時の、コーヒーブレイクや食事を共にする時間は、言葉だけでは伝わらないことを共有し、互いに知り合うための大切な要素だ。一緒の空間を共有することで、ちょっとしたしぐさ、クセ…など、すべて含めて、「丸ごと」の相手を受け入れることを学ぶ。
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オンライン会議では、出席者たちは、何か、ヨーロッパの大聖堂の「ファサード」(正面部分)のように、美しいけれど何となくすべては見せていない、「切り取られた部分」しか見せていない、と思うときがある(私がそう感じるだけかもしれないけれど)。
文化の異なる人とのオンライン国際会議になるとなおさらだ。微笑みの「裏」で、彼は、彼女は、何を感じているのだろうか、直接会って聞いてみたい、と思うことがたびたびある。
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オンラインではない実際の会議では、肯定、否定を「空気」で感じることもできる。たとえ皆が微笑んでいても、やさしい言葉のオブラートに包まれていても、否定的な方向に話が流れている、と「空気」で感じることがある。「そうですね」と言いながら、彼は、彼女は、目が笑っていない、「違うよね」と言いたげに目配せを送ってくる…。そのようなことは、オンライン会議で感じ取るのは難しい。
さらに、実際の会議では、会議の後、「さっき、あなたはこういう風に言ったけど、本当にそう思っているの?」、「あなたは、あの人が言ったこと、どう思った?私はこう思ったんだけど、どう思う?」…と、コーヒーを飲みながら、食事をしながら、話すことができる。
オンライン会議だと、終わったら「退出」。あの人と話したい、と思っても、そううまくはいかない。結局、何か聞きたかったら、その人にメールやメッセージを書かなければならない…。
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世の「終わりの時」(終末)、私たちは「顔と顔とを合わせて」神を見る、と使徒パウロは宣言する(コリントの信徒への手紙1・13章12節参照)。「オンライン」の画面を通してではなく、実際に「聞いたもの、目で見たもの、手で触れたもの」(ヨハネの手紙1・1節章1参照)として、神を知るようになる。
教皇フランシスコは、キリスト教を「バーチャル」な世界で理解しようとする、「受肉していない精神主義」の危険を指摘する。使徒聖ヨハネは、神は「人となり」、私たちの間に実際に、真に「現れた」ことを強調する。
神はこの世界を、「きわめて善いもの」としてお造りになった(創世記1章31節参照)。「人間の罪は、自身の存在そのものにおいて、『きわめて善いもの』を暗くしてしまい、そのようにして、世界を神から引き離し、世界を『それ自体が目的』としてしまった、つまり、堕落と死としてしまったことにある」(Alexander Schmemann)。
神は、御子の「受肉」と「過越」の神秘を通して、元来「きわめて善いもの」であった世界を救った。世界の意味、使命を再び明らかにすることによって:「神との交わりの中に、そして神のうちにすべての被造物との交わりの中にいること」(A. Schmemann)。
***
「オンライン」は便利である。遠く離れている人たちとも、気軽に会議をすることができる。けれど「実際に会う」「同じ空間・時間を共有する」ことの大切さを、いつも覚えているべきだろう。実際の会議を行うことは、けっこう面倒である。日程調整、宿泊場所… の段取り。
でも、神は、その「面倒」なことを、私たちの救いのためにしてくださった。相手を丸ごと受け入れることを学ぶためにも、顔と顔を合わせる「面倒」を忘れないでいたい。
(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)
古いことなので、私の記憶に過ち無しとしないが、当代の国際政治状況を判ずるにあたって、ジオポリティックス=地政学=の手法を用いるのを躊躇する学者が結構いたものである。代表的な例は、東京帝国大学の政治学の泰斗、蝋山政道教授であった。ヒットラー独逸には地政学専攻の研究所もあったが、当時の日本では、地政学を「学問とは呼べない、領土侵略を正当化するための”似非学問”だ」と歯牙にもかけないのが、「真面目な学者の品質証明」とされていた。
地政学は、東京帝国大学では全く無視されたが、冒険心旺盛な京都帝国大学や、東京では慶應義塾大学には、この新学問領域に挑む学者もいた。「満州事変(日中戦争)」という国際政治上の新展開が、新しい学問の有用性に光を当てたためである。
そうした中で、東大の蝋山政道は、地政学を歯牙にもかけない学者の一人だった。東大法学部政治学科に在学中、民主社会主義理論家としての素地を作り、卒業と同時に法学部助手、助教授を経て、1928年に教授となり、二・二六事件に際して『帝国大学新聞』に軍部批判の論説を掲載するなど、軍部に批判的な姿勢を見せた。
その一方で、「立憲独裁」を提唱して、近衛文麿のブレーン組織である昭和研究会の設立構想に参加。第一次近衛内閣の下で対中全面戦争に突入した1938年には「東亜共同体」をめぐる論争の口火を切り、その過程で、国際法違反の日本の立場を”合理的”に釈明するのに、地政学が利用可能、と判断するに至るのであった。
「日本が、北東アジアでの地政学的課題と脅威の最前線にいる」と、山上信吾・豪州大使が文芸春秋の4月号に「驕れる中国とつきあう法ー『戦狼』対策は豪州に学べ」のタイトルで書いておられる。
今、欧州大陸で独裁専制主義国家に逆戻りしたロシアがウクライナに軍事侵略を進め、人道に反する行為を繰り返し、東アジアでは、軍事・経済大国となった中国が覇権を確立しようと攻勢を強めている。そうした中で地政学が再び脚光を浴びるようになったのを、鬼籍に入られた蝋山政道教授、そして、御子息で上智大学で私の同僚だった道雄教授(故人)は、どう見ておられるだろうか。
(2022年3月23日記)
(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大博士)
今も、コロナに関しての注意点や感染者数が報道される。感染者と濃厚接触者は、隔離期間を設けられ、全てに管理下で動かねばならない。しかし、管理されるまでの道程を把握できている人は少ない。行政と医療機関の連携・検査体制は各地域でその場に立たないと分からないことが多い。コロナ禍の気付きからも不安な問題が山積みである。
子供たちへの影響も大きく、去年よりも教育現場は悪化している。特に受験生は不安だろう。閉鎖された学校もあり、進捗状況も把握されず彼らは公平さを欠く現実を受け止めることになりかねない。先生方も大変だろうが、自分達が歩んできた過程を振り返り、不条理な結末を子供達に味合わせないように、と切に願う。
私は県の『公立高校入試改革委員会』のメンバーだった時に、幼稚園長や各校長方の発表から学校間の連携のなさを感じた。この会議で情報が活発に交換できることを期待した。子供達の実態を知り“改革”という目的を委員会は達成せねばならない。国から出向の教育委員会トップは、多様な機能と特色の明確さが各学校に必要なこと、何よりも連携の改善を図ることを簡潔にまとめ発表された。彼はメンバーの中で一番若く、しかし、真のリーダーシップを発揮できる人だった。
チェコの著名な宗教社会学者でカトリックの司祭でもあるトマーシュ・ハリーク教授はワルシャワで開催された児童保護会議での講演で「教会は神の“巡礼者”が集まるところであり、キリスト教の知恵を学ぶ“学校”“野戦病院”だ。そして、“出会い、交流、和解の場“だ」と、主張している。
まさに、教会はキリスト教の知恵を学ぶ“学校”であって欲しいと私は思う。信徒にとって、キリスト教を深く正しく学ぶのは、むしろこれからかもしれない。キリスト教という宗教を今の日本で軽視されない為にも歴史を振り返り、自分の宗教観を持つことは必要だろう。そして、独自の精神性をも高めねばならない。
先日、ある高位聖職者発表文書を読み、出だしのアプローチはともかく最終希望は現状維持を思わせる言い回しであり、今必要とされる問題への意識を実感できなかった。来秋の世界代表司教会議(シノドス)通常総会に向けた”シノドスの道”の歩みへの平信徒の思いは、”予想”通り、伝わらないのか、と憂う。昔、王様や貴族は庶民が本当に困っているのが理解できなかった、という話があるが、今、まだ、その時代を生きている人達を、ある意味、”羨ましく”さえ思う。
私たちは『現代』の家族のかたちで生きている。各世代によって生きてきた道程から家族観の違いはあるだろう。しかし、「周りに壁を作って、自分の主張だけで幸せに生きていければ良い」という考えでは、家族と共に歩むことは難しい。相手の思いに関心を持ち、互いが受け入れた時に、お互いの存在を確認し合い、“愛”を知る。人間として自分を知るためにも支え合う他者の必要性を日々心に留めたい。
聖職者、修道者また信徒も、”ひとりの人間”だと私は思っている。しかし、それがカトリック教会では曖昧に思える時が私にはある。(全くそう思わない信者もいるだろうが)。
昨晩、ある報道番組で『フランスの聖職者による性的虐待の実態』が放送された。伝統的なカトリック文化の中で沈黙を保ってきた人達が声を上げ始めたのだ。当時、熱心な信徒の親には言えなかった為に、結婚し子供を持った今もトラウマに苦しみ、悪夢から逃れたい被害者達の訴えだ。生涯独身の司祭達の様子も語られたが、再発防止策は報告されていない。被害者達は、今まで自分が恥ずべき存在と思ってきたが、恥ずべきは教会側だと“教会の改革”に動こうとしている。
ハリーク教授は主張する。「権力と権威を乱用する聖職者主義を克服しなければならない。この危機は、今日の社会における教会の役割を理解することによってのみ克服できる。」と。
私は、「人間でないなら、人間が分かるわけがなく、人間イエスをも語れない」と思っている。
改めて、日本の教会の指導者であるはずの方々に問いたいー「自分の家を治めることができない者に、どうして神の教会の世話ができるでしょうか」(テモテへの手紙1・3章5節)と。
(西の憂うるパヴァーム)
タイに来て間もない頃、イサーン地方(東北)で宣教に励んでいるフィリピン人のシスターに招かれ、ウボンラーチャターニーを訪ねました。列車に揺られて12時間、南はカンボジア、東はラオスに接する地区です。
一帯に農業を営なむ経済的にあまり豊でない地帯、シスター達は保育園と村の女性たちに縫製を教える仕事をしていました。畑もあり何頭かの牛を飼い、土地の人々と親しい関わりの中で、宣教に励んでいました。
川辺に浮かぶ船の上で一緒に食事を楽しみ、村の友人宅を訪問しました。人々は養蚕で生計を立て、辺りは桑畑で蚕も家族
の一員、家々には蚕棚が所狭しと並んでいました。
そこで出されたご馳走が蚕のサナギ、見た目は”虫々”で姉妹たちはたじろぐ。私はといえば、「これは村人の大切な食糧。挑戦あるのみ」。そう思っていただきました。「美味しい!」ー滋養満々と感じました。蚕と共に生きる人々のカルシウムいっぱいの美容常用食、たいへん印象に残る出来事でした。
そう言えば、戦時中の疎開先は、宮城県の米どころで、自分で蝗を取り、竹串に刺して炙り、平素のおやつ。小学に入るまでの栄養満点の野外幼児教育、自然のお陰で様で元気な体に恵まれました。
シルク製品と言えばタイの誇る伝統産業で特産品。『タイシルク』として親しまれ定番のお土産です。 タイの絹織物は大変古い歴史を持ち繭が出す糸は太く光沢があり、独特のデザインの絹の衣服は、タイの人々が晴れの日や大切な儀式の時に身に付けます。
日本では紀元前200年頃に有田遺跡に平絹が出土、養蚕業は世紀を経て技術をみがき、発展し、絹織物の輸出は経済を支えてきました。大戦で輸出が途絶え、ナイロンの発明で養蚕業の最盛期は終わりましたが、先日、ニュースで養蚕技術が新たに陽の目を見たことを知りました。手術用縫合糸、床ずれ防止用シルク・スポンジ、人口血管、ガーゼの材料のほか、栄養・医療源としての粉末の開発、日本の養蚕の技術と知恵が人々に福音をもたらし、ますます身近な生活の助けとなっていくことでしょう。本当に、うれしく思いました。
無害で素肌に優しい絹織物ー手縫の下着を母のお土産にした時、「身体にじかに着るといいのよね」と言って、早速、身に付けて喜んでくれたのが、思い出されます。
不便不安な生活環境の中で、心穏やかに生きる工夫がひらめき、人間の内から命が輝きますように。コロナ禍の今は、「試練の時」、「地に根を張る時」だと思います。もうすぐ春ですね、愛読者の皆様ファイト!
(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)
3月2日は、灰の水曜日です。四旬節が始まります。今年は受難の主日(枝の主日)が4月10日、聖木曜日からの聖なる三日間は4月14日から16日、復活の主日は4月17日です。したがって聖霊降臨祭は6月5日ですが、この日に教区合同堅信式を行うかどうかについては、3月の司祭評議会で話し合う予定です。
灰の水曜日には、頭に灰を受けることになります。通常は、司祭は個別に言葉を唱えながら、額に灰を持って十字をするのですが、感染症への対応として、昨年に続き今年も、司祭はこの言葉を全員に向かって一度唱え、あとは沈黙のうちに、頭に灰をかけることになっています。
灰を頭に受け、それによって人間という存在が神の前でいかに小さなものであるのか、神の偉大な力の前でどれほど謙遜に生きていかなくてはならないものなのか、感じとっていただければと思います。司祭は、「回心して福音を信じなさい」、または「あなたはちりでありちりに帰っていくのです」と唱えます。
前者は、四旬節の持っている意味、つまりあらためて自分たちの信仰の原点を見つめ直し、神に向かってまっすぐに進めるように軌道修正をするということを明示しています。後者は、すでに触れたように、神の前で人間がいかに権勢を誇ろうとも、小さなむなしい存在であることを自覚して謙遜に生きるようにと諭しています。
なお3月2日午前10時からの関口教会での灰の水曜日ミサは、大司教司式ミサですが、その中で教皇様の意向に従ってウクライナの平和のために祈ります(なお通常の典礼ですので、平和のための特別な典礼を行うわけではありません)
四旬節は信仰の原点に立ち返る時ですから、これに合わせて、洗礼を志願する人たちも歩みをともにし、復活祭に洗礼を受けることが勧められています。このことから四旬節第一主日には、その年の復活祭に洗礼を受けるために準備をしてきた方々の洗礼志願式が、多くの小教区で行われます。四旬節は、自らの信仰を見つめ直すとともに、洗礼への準備をする方々を心に留めて祈りをいたしましょう。
四旬節にあたり教皇様はメッセージを発表されています。今年は少し長いのですが、「たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、善を行いましょう」(ガラテヤ6・9-10a)と言うタイトルになっています。教皇様のメッセージ全文はこちらの中央協議会へのリンクをどうぞ。
四旬節には、祈り、節制、愛の業が、伝統的に勧められています。その教会の伝統に倣って、四旬節には特別の愛の献金が行われてきました。日本の教会ではカリタスジャパンが、この四旬節愛の献金の担当になっております。詳しくはこちらのリンク、カリタスジャパンのサイトをご覧ください。
そして祈り、節制、愛の業ですから、その節制です。灰の水曜日は小斎と大斎の日と定められています。今年の大斎と小斎は、教皇様の呼びかけに応えて、特にウクライナの平和のために捧げましょう。これについては、こちらの中央協議会のホームページをご覧ください。なおこちらに私が書いた司教協議会会長の談話も掲載されていますので、ご一読ください。
大斎は、「1日に1回だけの十分な食事とそのほかに朝ともう1回わずかな食事をとることができ、満18歳以上満60歳未満の信者が守ります。」
小斎は、「肉類を食べないことですが、各自の判断で償いの他の形式、とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行をもって代えることができ、満14歳以上の信者が守ります。」(中央協HPより)
四旬節にあたり、信仰を見つめ直しましょう。自分が信じている福音に従って生きるとはどういうことなのか、イエスの呼びかけに従って生きるとはどういうことなのか。祈りと黙想のうちに考える時にしたいと思います。
私たちの信仰は、ひとり隠れて生きるものではなく、イエスが弟子を集めたときから、共同体の中で生きる信仰です。教会における人間関係の中で、社会における人間関係の中で、家族の人間関係の中で、福音をどのように生きていくのかを、改めて考えてみたいと思います。
「全世界に行って福音を告げ知らせよ」という主からの宣教命令は、誰かのための命令ではなくて、「私たち一人ひとりへの命令」であることも忘れないようにいたしましょう。
(菊地大司教の日記)
*初代教会から続く「エクソシスト」は「悪魔、悪霊にさいなまれる人を苦しみから解放する人」
日本の信徒の方々には、あまりなじみのない方が多いとは思うが、私は、かつて正式な「エクソシスト」としての任務をおこなった経験から、お役に立てそうに思うことを、少し分かち合いたい。
エクソシストの任務は、キリストが使徒に与えた任務の一つであり、初代教会以来、教会の使命の一つとされている。具体的には、「悪霊を追い払うこと、悪霊にさいなまれる人をその苦しみから解放する人」を指すが、「エクソシズム」という用語そのものは、「強く誓うこと、言い換えれば悪ではなく神にこそ聞き従うことの宣誓」と言える。
*教会は現代も「悪魔、悪霊の働き」を認めている
カトリック教会は、技術社会と呼ばれる現代においても悪魔の働きを認め、それに対処する役務として悪魔払い(エクソシズム)を実施している。もちろん、「悪魔、悪霊に悩まされていると訴える人の99%は何らかの精神的な疾患を抱えている」ということは、周知の事実となっているものの、ごく稀に、科学的にも説明のつかない現象があることを、教会が認めていることも確かである。
当然、現代社会において、神の御旨、慈しみ、愛、真理、正義などから人を遠ざける悪の働き、社会的な悪の根底に潜む悪魔の存在を認めることもできる一方で、人や物に対する直接、かつ個別の悪魔の働き、いわゆる「悪霊の憑依現象」を介して個人の生活を崩壊に追い込む具体的な力、としての悪魔の存在も、否定されるものではいない(『現代世界憲章』37項参照)。
また、『カトリック教会のカテキズム』(2851-2854参照)にもあるように、教会の教義は、悪魔の存在と働きは「単に良くない状態、不運、不幸、失敗などいう漠然とした状態、概念としての悪」を指すものではなく、明確な人格的な主体と、その働きだ、という。それこそが現在の教会における「主の祈り」の「悪よりお救いください」という祈りの解釈とされている。
この悪魔は、ホラー映画のような超常現象を伴うようなわかりやすい形でなくとも、社会的なレベルでも個人生活のレベルでも巧妙に働きかけるものでもあり、常にキリスト信者は悪魔の巧妙な手口に負け、迎合する生き方ではなく、真善美そのものである主に従う者としての人生を歩むように招かれている。
*悪魔的な力は、今も、教会組織内部にも入り込み、大きな害悪を生み出している
その意味で地上の教会の歴史は、世にあるキリスト者の悪に対抗する歩みの歴史である、とも言える。この悪魔的な力は、巧妙に教会組織内部にさえも入り込む。つまり霊的に身を固めていない、目覚めて祈っていない教会の人間のうちに、利己主義、高慢、欺瞞、貪欲、無理解、無慈悲、怒りや憤り、不懸命さ、自己正当化、怠慢… さまざまな仕方において、教会内外で大きな害悪を生み出している。
かつてのローマ教区のエクソシストの一人が、「司祭や司教が『悪魔の働きなど現代においては存在しない、悪魔祓いなど現代の教会においては全く必要ないものだ』などと考えるのであれば、悪魔の侵攻は、おおかた成功している、と言えるだろう」とコメントしていたことを思い出す。
悪の働き(誘い)に対抗する必要がもはやない、と言うのなら、もはや教会の必要さえないのだ。万物が神から与えられた本性を取り戻した、と言うのであれば、聖化する働きなどもはや必要ないことになる。聖別の祈りなど不要ではないか。聖霊の働きを認める一方で、悪の巧妙な働きは認めない、と言うのもどうなのだろうか。悪の力、罪の力を認めつつ、聖性の恩恵の尊さを心から感謝して生きることは、できるのではないだろうか。
教会の歩みは、世の福音化の旅(これこそ善の促進であり悪の駆逐に他ならない働き)であるが、同時に常に自らも回心・刷新し続ける旅でもある。教会は、さまざまな時と場所で、さまざまな仕方で、世の終わりまで、神が全てにおいて全てとなるまで、悪と戦い続ける存在である。
*公式の悪魔払いの儀式に臨んだ経験から
前置きが長くなったが、私がこれまで数件の公式の悪魔払いの儀式に臨んだ経験から感じていることを述べたい。とは言え、エクソシストの任務は典礼法規によって具体的な事例についての情報を秘匿しなければならないため、具体性に欠くことはお許しいただきたい。
実際、現場の司祭がこの手の相談を受けた場合、対処法がわからない、病気とも悪霊の仕業とも、なんとも言えない状況において解決のため、地区裁治権者がエクソシストの助けを必要とした場合に限り、個別に悪魔祓いの儀式の執行許可が与えられる。
海外のように、通常の教区のエクソシストとして任務を受けている司祭がいる場合は、いちいち司教館を騒がせずにその司祭が事案に対処することができる。そしてエクソシストは、典礼法規にしたがって必ず精神科医などの専門家の支援を受けて事案に対処しなければならない。
*”悪魔の憑依”ともとれるような様相を呈する場合も
私が関係したケースにおいては、実際に祈りを始めると突如としてトランス状態になり、目つきや顔つきも変わり、身体の状態も震えや通常ではない姿勢、
仕草をとりはじめ、言葉遣いにも別人格が現れ、それまでの本人とは全く異なる話し方をしたり、普段本人が関心を持たないような話題を供述し始めたりと、確かに一見すると映画にも見られるような悪魔の憑依ともとれるような様相を呈するものがいくつもみられた。また祈りに対する嫌悪や信仰への罵倒などもみられたこともあった。
ともかく、エクソシズムの儀式を仮にも執行するに至るケースは、非常に人間のエキセントリックな状態を体験する。とは言え、私の立ち会ったケースでは、邪気を感じたり、身体が宙に浮いたり物が飛んだりする現象はなかったし、儀式書にあるラテン語の命令にも、答えは返ってこなかった。この種の人格の変貌ぶりは、(ご存知の方もおられるだろうが)精神科の専門病棟においては、さほど珍しくない光景である。
儀式書の中で悪魔に命令をおこなう箇所はあるものの、典礼法規によって式中に余計な質問をしてはならないことになっているのだが、それでもトランス状態、あたかも”憑依状態”とおぼしき当事者の別人格による叫び、汚らしい言葉遣いや罵倒も含めた言い分に耳を傾けることは重要である。
それは、その後の式の進め方のみならず、その後その人の生活において構ずべき措置を検討する上でも、重要になるからである。そしてそれこそが、悪魔と思しき、本人の真の心の内なる声、心の傷の叫び、だったりするからである。
*現代医療の見地からは「精神性疾患」だが
これまで主だったケースのサポートにあたってくれたカトリックの医師は「100%と言い切れないが、ほぼ精神疾患で間違いないだろう」という判断を下して
いる。WHO(世界保健機構)が出している『国際症病分類』(通称 ICD)や、アメリカ心理学協会の『精神障害の診断、統計マニュアル』(通称DSM)などから、所謂「悪魔憑き」、「悪魔に苛まれる」現象は、現代精神科医療の見地からは、統合失調症や解離性障害、ヒステリー、祈祷性精神病、憑依型感応精神病と言われる症状として診断される。
重要な点は、こうした精神性疾患は、多くの場合、自我が形成される過程、またはそれ以前の幼児期に受けた様々な悲劇的体験によるもの、とされている点である。即ち、人間が個を形作る上で、虐待や疎外などで、極度に身体・精神を傷つけられるような異常な体験をすることによって、自己の意識が不安定になり、人格の分裂をきたす、と精神医学から説明がなされている。
*児童への性的虐待が発症の引き金になるケースもある
近年、教会内外で大きな問題とされている児童への性的虐待の事案でも、こうした経験を持つ人が上記の精神的な問題を抱えることはよく知られている(例えば、森田ゆり『子どもへの性的虐待』(岩波新書)を参照されたい)。同様な事例として、性風俗で働いた経験のある人々の中には、後年、解離性障害などの精神疾患に悩まされる人が多い、とも言われている。
とはいえ、当該医師は、「精神疾患である以上、治療が必要だが、教会に心の救いを求めて来ている限り、祈りなどなんらかの対処によって、一時的な安静程度は期待できる」とも助言してくれた。根本的な治療には、心と体を傷つけた原因を見極め、薬物療法を併せて、少しずつ癒していく、という気の遠くなる作業療法が必要になるわけだが、これにまったく教会が無力であるとか、仕事の領域外である、と言うものいかがなものかと思う。
当事者は教会に、心の救いを求めているわけである。そして使徒たちも、病人に加えて、悪霊に取り憑かれた人、生きることに疲れてしまっていた人々を癒すイエスの働きを確かに担っていたのである。
*教会の主たる役割は、人々を悪から救うこと-他人事にしてはならない
教会は、決して物分かりのよい真面目な人間に、ただ教会の教理を教える”生涯学習センター”のような組織ではないし、ましてやボランティア事業を展開する
NGOでもない。昔も今も、教会の任務の主眼は人々を悪から救うことに他ならない。教会は、信仰を伝えること、福音によって愛と希望に生きるための組織であって、苦しみを訴える人を単に病人だといって追い払う所ではない。少なくとも確実な解決となる機関に結びつける働きくらいはすべきであろう。
では、現在の教会の有様はどうだろうか。さまざまな人々の訴え、真の問題のありかを、まともに見ず、つまり丁寧に、真剣に人に向き合うことをせず、切って捨てるように、「それは教会の仕事ではない」「教会の扱う問題ではない」「うちに来られても迷惑だ」などと言って、病院任せや弁護士任せ、国の裁判所任せにする冷たい姿勢でいるのではないだろうか。
そして、人々は、もはや苦しみの解決先として教会に頼ることなどしなくなる。多くの人々が教会の扉をたたかない理由は、こうした教会の「冷たさ」にあるようにも思う。
*人々が教会の扉をたたかない理由は「冷たさ」にあるー『救い」を見いだせる存在に
悪魔祓いの訴えは、確かに解決困難であるし、回復困難なまでに精神的に身体的に元に戻れないほど凹んでしまった人と向き合うことは、本当に骨の折れる
ことである。上記のサポートに当たってくれたカトリックの精神科の医師の日々との仕事を見るにつけ、聴罪司祭以上に尊い仕事をしているように感じ、通常、一週間に一度程度の赦しの秘跡しか行なえていない自分自身を反省する。そして、多くの生活苦を抱えている信者に、教会以上に丁寧に関わってくれる弁護士など教会外の人々のの姿にも頭が下がる。
私たち教会の人間は、真の意味で、もっともっと人々の苦しみを受け止められる存在になっていく必要があろう。そうしてこそ、世の人々は、教会に「救い」を見出せるはずである。人々が本当に見出したい救いは、「愛情をもって、自分を受け入れてもらえる温かさ」のはずだ。真の意味での「教会」とは、ただの宗教施設でもなければ税関や管理事務所でもない。キリストに起き上がらせてもらい、まっとうな人生を仲間と共に歩み出せる力をもらえる場所ではないか。
かつて、聖ヒエロニムスに関する伝説だ、として聞いた話がある。幻で現れたキリストに「何を差し上げたらよろしいでしょうか」と尋ねる聖人に対して、キリストは「あなたの罪、あなたの苦しみを、私に差し出すように」と言ったという。
教会も、人々がその苦しみや悲しみ、そして罪と悪を、そこに置いて行き、人々が救われていく場になっていけたら、と思う。
(東日本の、とある教会の主任司祭)
ウクライナの人々、ロシアの人々、周辺に住む人々の中に苦しむキリスト、傷つくキリストの「肉」を、キリストの叫びを、私たちは感じます。キリストの「体」が引き裂かれているのを感じます。
二年前、ルーマニアを訪れました。そこには、ロシア正教会、ウクライナ正教会の人々が住んでいました。私たちの修道院があるポーランドにも、たびたび訪れました。そこにも、東方正教会の方々が住んでいました。
***
目に見える戦争は、突然、現れるのではないことを、私たちは知っています。長い年月の憎しみ、恨み、妬み…が、私たちの心をゆがめ、不信、絶望、怒りを噴出させます。
教皇フランシスコのメッセージは、一貫しています。まず、私たちの心から、憎しみ、恨み、妬みの芽を取り除かなければなりません。そして、それは、私たち人間の努力では、不可能です。真の平和は、創造主、あがない主である、神からの賜物だからです。
***
教皇フランシスコが言われるように、私たちは、常に、誘惑にさらされていることを自覚し、「戦う」必要があります。
個人主義、自分たちだけの安全、利益を求めて閉じこもり、無関心、あきらめ、絶望の誘惑に陥る誘惑に対して、戦わなければなりません。
私たちの武器は、唯一、神のみ言葉、福音の力です。
八百年前、アッシジの聖フランシスコは、自分と同じ信仰・信念をもたない人々に対してさえ、「何であれ攻撃や争いを避け、謙虚で兄弟的な『服従』を生きるよう」招きました(『兄弟のみなさん』3)。
嫌悪や不信、恐怖を煽るメンタリティーに、まず私たち自身が流されないように、目の前の現実、傷つく人々の現実を見つめながら、「目覚めて」警戒していなければなりません。
***
真の平和が「賜物」であるということは、私たちはその賜物に心を開き、賜物を心の中に迎え入れ、それを日々の生活の中でー絶え間ない「普通の日々」の中でー培い、育てていかなければならない、ということでしょう。
「賜物」は、「受容」を求めます。受け止めるのを止めた瞬間に、それはもはや、賜物ではなくなります。
***
教皇フランシスコの2022年、四旬節メッセージは強力です。それは、ただ一言に要約することができるでしょうー疲れることなく(倦まずたゆまず)善を行うこと(ガラテヤの信徒への手紙6章9節参照)。
「疲れることなく」「たゆまずに」「飽くことなく」… なぜなら、教皇がしばしば思い起こすように、先ず、神が、疲れることなく私たちを探し求め、赦し、再び起き上がらせてくださるからです。天地創造の初めから今に至るまで、ずっと。
***
私自身の中にも、いつも、自分の身の安全を優先し、周囲の問題から遠ざかり、閉じこもろうとする誘惑があります。
そんな時、教皇フランシスコの、回勅『兄弟のみなさん』の中の問いかけが心に深く響きます。
教皇は、「イエス・キリストによって語られたたとえ話」、通常、「善いサマリア人」と呼ばれているたとえ話(ルカ福音書10章25-37節)を引用し、強盗に襲われて負傷し、道端に倒れている人に対峙した三人の人、祭司、レビ人、サマリア人を示しながら、「あなたは、どの人が自分と同じだと思いますか」と問いかけています。
この質問は鋭く、直接的で決定的です。「あなたはこの中の誰ですか」。
私たちは、他人に、とりわけいちばんの弱者に対し、無関心でいる誘惑に取り巻かれていることを知る必要があります。いわば、私たちは多くの面で成長を遂げたものの、発展した社会において、最ももろく、弱い人々に寄り添い、世話をし、支えることには無知なのです。
自分に直接影響するまでは、他に目をやったり、素通りしたり、状況を無視したりすることに、慣れてしまっているのです」(『兄弟のみなさん』64項)。
***
教皇フランシスコの、他の箇所での訴えは、切実に私たちの心に迫ります。
「どの戦争も必ず、世界を、かつての姿よりもいっそう劣化させます。[…]理屈をこねるのはやめて、傷に触れ、犠牲者のからだに触れようではありませんか。『巻き添え被害』で殺戮された無数の民間人を、しっかり見つめようではありませんか。犠牲者に尋ねようではありませんか。避難民、被爆者や化学兵器の被害者、わが子を亡くした母、手足を失った子や幼少期を奪われた子どもたちに、目を向けようではありませんか。こうした暴力の犠牲者が伝える真実に意識を向け、彼らの目を通して現実を見つめ、開かれた心で彼らの話に耳を傾けようではありませんか」(『兄弟のみなさん』261項)。
私たちが、自分の殻から抜け出し、顔のない「数」ではなく、名前と顔のある一人ひとりの苦しむ人の目をみつめ、キリストの苦しむ肉に触れるとき初めて、
「戦争の根底にある悪の深淵に気づけるようになり、平和を選ぶことで『愚直だ』と言われようとも、動じることのない」(同)真のキリストの弟子となるのでしょう。
***
イエスは、十字架の上から、私たちに「母」を賜物としてくださいました。マリアは、「母」の心で、私たちの日々の戦いに寄り添ってくださいます。
何よりも、個人主義、無関心に簡単に陥ってしまう私自身との戦い…。
***
母であるマリアよ、私たちを見守り、御子キリストに執り成してください。
私たちが、憎しみや恨み、違いを乗り越えて、人々の傷(キリストの肉の傷)に触れ、ケアするよう招かれている「母」である教会の使命を、日々、生きることができますように。
御子、主キリストの十字架のもとに「立ち」、主の復活の後、使徒たちの共同体に寄り添った「母」であるあなたの謙虚さ、率直さ、勇気を、私たちが学び、真の平和を心に受け入れ、共に歩んで行くことができますように。
アーメン。
(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)