・Sr.阿部のバンコク通信(64) タイシルクにまつわるいくつかの経験

  タイに来て間もない頃、イサーン地方(東北)で宣教に励んでいるフィリピン人のシスターに招かれ、ウボンラーチャターニーを訪ねました。列車に揺られて12時間、南はカンボジア、東はラオスに接する地区です。

食べた 昆虫食 ダックデーッ(蚕のさなぎ) - ソムタム学級通信 ☆さちえのタイ生活☆  一帯に農業を営なむ経済的にあまり豊でない地帯、シスター達は保育園と村の女性たちに縫製を教える仕事をしていました。畑もあり何頭かの牛を飼い、土地の人々と親しい関わりの中で、宣教に励んでいました。

   川辺に浮かぶ船の上で一緒に食事を楽しみ、村の友人宅を訪問しました。人々は養蚕で生計を立て、辺りは桑畑で蚕も家族の一員、家々には蚕棚が所狭しと並んでいました。

   そこで出されたご馳走が蚕のサナギ、見た目は”虫々”で姉妹たちはたじろぐ。私はといえば、「これは村人の大切な食糧。挑戦あるのみ」。そう思っていただきました。「美味しい!」ー滋養満々と感じました。蚕と共に生きる人々のカルシウムいっぱいの美容常用食、たいへん印象に残る出来事でした。

  そう言えば、戦時中の疎開先は、宮城県の米どころで、自分で蝗を取り、竹串に刺して炙り、平素のおやつ。小学に入るまでの栄養満点の野外幼児教育、自然のお陰で様で元気な体に恵まれました。

  シルク製品と言えばタイの誇る伝統産業で特産品。『タイシルク』として親しまれ定番のお土産です。  タイの絹織物は大変古い歴史を持ち繭が出す糸は太く光沢があり、独特のデザインの絹の衣服は、タイの人々が晴れの日や大切な儀式の時に身に付けます

 日本では紀元前200年頃に有田遺跡に平絹が出土、養蚕業は世紀を経て技術をみがき、発展し、絹織物の輸出は経済を支えてきました。大戦で輸出が途絶え、ナイロンの発明で養蚕業の最盛期は終わりましたが、先日、ニュースで養蚕技術が新たに陽の目を見たことを知りました。手術用縫合糸、床ずれ防止用シルク・スポンジ、人口血管、ガーゼの材料のほか、栄養・医療源としての粉末の開発、日本の養蚕の技術と知恵が人々に福音をもたらし、ますます身近な生活の助けとなっていくことでしょう。本当に、うれしく思いました。

 無害で素肌に優しい絹織物ー手縫の下着を母のお土産にした時、「身体にじかに着るといいのよね」と言って、早速、身に付けて喜んでくれたのが、思い出されます。

 不便不安な生活環境の中で、心穏やかに生きる工夫がひらめき、人間の内から命が輝きますように。コロナ禍の今は、「試練の時」、「地に根を張る時」だと思います。もうすぐ春ですね、愛読者の皆様ファイト!

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

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2022年3月3日