・教皇が教皇庁未成年者保護委員会のメンバーを刷新、男女同数にー「委員会そのものが”被害者の声”になる」とオマリー委員長

(2022.9.30  Vatican News)

   教皇フランシスコが9月30日、性的虐待などから子供たちを守るために教皇庁に設けている未成年者保護委員会のメンバーに新たに10人を任命した。委員長のショーン・パトリック・オマリー枢機卿はVatican Newsとの会見で、新たな使命として「地域社会の被害者の声」に耳を傾けることを強調している。

 同委員会は、先に教皇が実施した教皇庁の抜本的な組織改革で、教理省の委員会に位置付けられ、役割、権限が強化された。

 新任の10人のうち7人は女性、3人は男性。また再任された10人を合わせて20人では男女同数になる。地域別では、アジア/オセアニアとヨーロッパが各6人、南北アメリカ大陸が4人、アフリカから4人。また、司教が3人、女性修道者が3人、司祭が2人、一般信徒が10人、他のキリスト教会派が2人となった。

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 新体制での抱負についてオマリー委員長は、Vatican Newsの Christopher Wellsのインタビューで次のように語っている。

 

*バチカンに”保護の文化”を徹底する”模範”に

オマリー枢機卿: 教皇が始められたこの委員会は、これまでに大きく進化しました。そして教皇庁改革によって、委員会がもはや単なる独立機関ではなく、教皇庁の機関として活動することになり、教皇庁そのものの”保護の文化”を促進するという使命を遂行することになった。これは、私たちにとって、とても特別な機会を与えられたということです。

 私たちの存在が、聖座と教皇庁にとって、そして教会全体にとって、最高水準の「保護の模範」となるよう努めることが非常に重要であると感じています。この意味で、これまで教会内で保護を促進する努力の一部になれたことをうれしく思っています。

 教皇は、私たちに未成年者保護のガイドラインに関する新しい責任を与えられました。教皇は、私たちが世界の個々の司教協議会と従来以上に直接関わりを持ち、ガイドラインが順守される体制が整えられ、適切に実施されるように支援することを、望んでおられます。そして、現地の教区においてなされた虐待の訴えに関する報告が信頼でき、誰でもが入手可能となり、被害者を助けるものとなることを確実にするよう、希望されています。

 私たちは、世界の多くの地域で、このような教皇の希望に応じつことにできる人的、物的な資源が非常に不足し、これまでこの問題を十分に議論することがなかったのを知っています。ですから私たちにとっての課題は、そうした地域(の司教協議会、あるいは教区)と共に努力し、現地の人々に奉仕し、保護を進めることのできる人的、物的資源を見つけ、その種のセンターを作るのを助けることだ、と認識しています。

*教理省の組織の一部となって役割が明確になった

問:教皇庁改革で、委員会が教理省の組織の一部となったわけですが、実際に、委員会の仕事はどのように変わるのでしょうか?

オマリー枢機卿:私たちの委員会はこれまでも、教理省と協力してきました。発足当初から、委員会のメンバーの一人は教理省から出ています。また、委員会が個々の事件や、保護の全分野の法的問題への対処に関して、何の役割も持たないことを明確するよう努めてきました。

 今回の教皇庁組織改革で、教理省の機関として位置付けられたことで、委員会の役割、機能が明確に、つまり未成年者の保護と予防がバチカンの司法制度とどのように関係を持っているかを明確にすることになりました。そして、私たちの委員会の役割をよりよく定義し、教理省に組み込まれることになった今回の組織改革で、独自に、しかも同省の関係機関とどのように密接に働くことができるかを具体的に明確にするため、多くの対話を関係者と続けています。

問: 委員会をこれまでの基本的に独立した機関から、教理省の機関に代わることに、どのような意味があるのでしょう?

オマリー枢機卿:はっきりしているのは、教理省が、すべてのケースにおいて、未成年者の保護に最大の責任を持っているということです。ですから、教理省の担当者と密接に関係を持つことは重要です。連携がうまく進めば、私たちが彼らの仕事に司牧的な要素をもたらすのを助け、彼らの仕事は私たちが虐待の現実と世界中で起こっていることをより深く理解するのを助けることができるでしょう。

*虐待被害者と教会の指導者たちを結びつける

問: あなたは司牧的要素についておっしゃいましたが、虐待の被害者が教会の司牧的関心事の中心にあるのは明白です。委員会は、被害者と彼らの幸せが優先事項であり続けることを、どのように保証しようとしていますか?

オマリー枢機卿:委員会は発足当初から、虐待被害者とその両親をメンバーに入れています。そして今回の委員会のメンバー刷新後も、それは続いています。そして、委員会のメンバーは皆、自分の国の被害者のグループや個々の被害者と絶えず接触しています。

 私自身、何年にもわたって何百人もの犠牲者と会ってきましたが、それがとても重要であると感じています。教会の指導者教育の際に、私たちが常に強く求めるのは、司教や修道会の責任者が被害者と個人的に会い、彼らの経験を理解できるようにすることです。

 これは被害者と教会の指導者と結びつけるという、委員会の仕事の非常に重要な部分だったと思います。メンバー全員がとても気にかけていることです。私たち委員会そのものが、”被害者の声”になりたいのです。

 

 

*世界の司教協議会による被害者保護の体制整備を支援する

問:被害者の立場と彼らへの理解を優先事項として、そして教会の司牧面での関心事として、今後、委員会が新たに何に取り組もうとしていますか?委員長としてどのような仕事にとりかかっていますか?

オマリー枢機卿:先週、新メンバーたちとZoomミーティングを行いました。10月には、ここローマでメンバー全員の会議を開き、今後の課題について話し合い、教皇が私たちに与えてくださった新しい役割について検討する予定です。

 私たちは、委員会の仕事に、より多くの人的、物的資源を確保しようとしています。そして、教皇が望んでおられる、世界のすべての司教協議会が未成年虐待についてバチカンへの報告を確実に行えるようなセンターの設立のために、必要な人的、物的資源を確保できるような支援を、とくに発展途上地域の司教協議会に行えるようにしたい、と考えています。

 私がいつも言っているのは、「人々が即興で”演奏”すると、どんなに善意があっても、多くの間違いを犯すだろう」ということです。そして、間違いが、多くの苦しみを引き起こします。被害者の権利と求めに応えようとする場合、加害者、教会共同体、政府や自治体との関係も考慮する必要があります。被害者に対する保護・支援プログラムの効果的な実施にも、十分な教育と訓練が必要です。

 様々な課題とこなしていくことで、教会が子供や青少年にとって安全な場所となることができるのです。

 

 

*教会が信頼を回復し、若者たちにとって真に安全な場所となって、初めて福音宣教が可能になる

 

問: 個人的なことをお聞きします。あなたは40年近く司教として、そして16年にわたって枢機卿として働いておられます。あなたは、ご自分の教会における聖職者としての仕事の多くで、教会における聖職者の性的虐待に焦点を当ててきた、と言われました。あなたは聖職者としての仕事をどのようにして続けておられますか。あなたと同じような立場にあり、複雑な状況の中で難しい判断を下さねばならない女性と男性、特に指導的立場にある女性と男性に、どのような励ましの言葉をおかけになりますか?

オマリー枢機卿:私がしている仕事は容易なものではありませんが、私にとって一番重要な聖職者としての仕事だと確信しています。教会は福音を宣べ伝えるために存在していますが、人々が私たちを信頼しないなら、いったい、どのように福音を宣べ伝えることができるでしょう?マルティーニ(バチカンの改革派で、教皇候補にも挙げられたイタリアのイエズス会士、カルロ・マリア・マルティーニ枢機卿。ミラノ教区長の前にバチカンの聖書学院長、グレゴリアン大学学長を歴任。聖書学者、教育者としても知られ、聖書釈義から詩、祈りの手引きまで、数多くの著作を残し、2012年8月に85歳で亡くなった)は、イエスの優先事項について語る素晴らしい著作の中で、イエスがもっとも重視されたのは「憐れみ」だった、なぜなら、憐れみは福音宣教の基本であり、伝える相手に、あなたがたを愛している、ということを知ってもらう必要があるから、と指摘しています。

 フランシスコが教皇に就任された時の、聖ヨセフに関する説教はとても素晴らしいものでした。教皇は語られましたー「ヨセフのように、私たちは賜物を守らねばなりません。それが教会が果たすべき機能です」と。

 私たちは主からの賜物を守り、子供たちを守らねばなりません。そうすることで初めて、私たちは、信頼を得、人々に声を聴いてもらえるに値する存在となるのです。私たちが子供たちを確かに愛していること、教会が若者たちにとって最も安全な場所となることを希望し、その実現に努めているのだ、ということを、人々が理解して、初めて、福音宣教が可能となるのです。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年10月1日

・「不適切な行為はない、私を中傷する行為だ」クエレット枢機卿、訴えを否定する声明

 カナダでの女性に対する性的虐待で集団代表訴訟を起こされたバチカン・司教省長官のマーク・クエレット枢機卿が19日、声明を発表し、「性的に不適切な行為はしていない」とし、今後の裁判の行方次第では、虚偽の訴えと名誉棄損で逆告訴する用意のあることを明らかにした。‎

 クエレット枢機卿の声明は、バチカン広報省長官が、教皇はこの問題に関し、教会法に基づく捜査をしないと判断された、と発表した翌日に出された。‎

 AP通信によると、枢機卿は、集団代表訴訟で自身がケベック大司教当時の2010年にケベック市で行われた行事の場で、女性の背中に手を入れるなど、性的に不適切な行為をした訴えられているのに対して、声明で‎「彼女に対して不適切な振る舞いをしたとの指摘を、私は断固として否定する。こうした虚偽を拡散させることは、私を中傷する行為だ」と強く反論。この訴訟を受けた裁判が始まれば、真実が立証され、無実が認められるよう、積極的に参画していく」と言明している。‎

2022年8月21日

・教皇、クエレット枢機卿に対する教会法に基づく捜査せず、と判断

Cardinal Marc OuelletCardinal Marc Ouellet  (Vatican Media)

 バチカンの司教省長官、マーク・クエレット枢機卿に性的虐待を受けたとするカナダ人女性の訴えについて、教皇フランシスコは、予備捜査の結果を踏まえて、教会法に基づく捜査を行わないことを決めた。

 バチカン広報省のマッテオ・ブルーニ長官が18日の声明に明らかにしたもので、それによると、「女性”F”に関するクエレット枢機卿の性的虐待についての教会法に基づく捜査を開始するのは、根拠が不十分だ」と教皇は判断された、としている。

 枢機卿に対する訴えは先日、明るみに出たもので、10年以上前、枢機卿がカナダのケベック大司教時代に性的虐待がなされた、というもの。声明によると、女性からの訴えを受けて、教皇はジャック・セルべ神父に予備捜査を命じたが、同神父による報告では、クエレット枢機卿の性的虐待容疑について正式な捜査を始める根拠は見つからなかった、という。

 (翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年8月19日

・バチカン司教省長官、カナダでの性的虐待集団代表訴訟で加害者リストに名前

 米国司教団のニュースサイトCNSが17日報じたところによると、聖職者による性的虐待の被害者101人がカナダ・ケベック大司教区を相手に集団代表訴訟を起こし、その訴訟で加害者リストにバチカン司教省長官のマルク・ウエレット枢機卿が載っていることが明らかになった。(ニュースの全文はCardinal Ouellet, Vatican official, among clergy accused of abuse in lawsuit – Catholic News Service

 枢機卿はケベック大司教だった2010年6月に、前教皇ベネディクト16世によって司教省長官に任命され、75歳の役職定年を超えた今も、教皇フランシスコの判断で役職が延長されている。2005年と2013年の教皇選挙の際には”候補者”の一人に挙がったこともある。

 集団代表訴訟は、米国などで採用されている訴訟方式の一つ。利害を共通にする多数の人の集団の1人または数人が,その集団の全員を代表して訴訟を起こすものだ。今回の訴訟は、「1940年から現在に至る期間に、教区の聖職者、あるいは修道者、教区スタッフ、一般信徒やボランティアによってなされた性的虐待の被害者すべてを代表する形で起こされ、今年5月19日付けでケベック州上級裁判所が事前審査で適正と判断していた。

 CNSが伝える裁判所に出された訴状によると、ウエレット枢機卿による問題行為は、司教長官に就任する前、ケベック大司教だった2008年8月に始まった。

 ある会合で、大司教区の職員として働いていた若い女性に後ろから近づき、肩や背中を必要に触りまくり、女性は「体が固まり、どうしていいかわからなくなった」。数か月後には、あるレセプションに出た枢機卿は、同じ女性に接吻したうえ、抱きしめて背中を撫でまわした。さらに一年以上たった2010年2月のあるパーティーで再会したこの女性に、「また接吻しても害はない」と言って迫り、背中から尻にかけて撫でまわした。ショックを受け、怖くなった女性は、以後、枢機卿と会う可能性のある会議などあらゆる機会を避けるようにした、という。

 女性は、2020年に開かれた性的虐待に関するワークショップの後で、「ウエレット枢機卿のとった行動は、合意のない性的接触であり、”性的攻撃”だったことが分かりました」とし、被害者としての自覚をもった。枢機卿のこのような行動は、この女性だけではないと思われる、と判断した。このことをケベック大司教区の幹部に伝え、大司教区の「未成年者および弱者保護のための委員会」から要請を受けた被害女性が2021年2月、教皇に直接、個人的な親書をメールで送った。これを受信したバチカンでは、教皇がこれを読み、ジャック・セリべ神父( Casa Balthasar霊性・識別研究所長)を担当者に選び、調査を命じている。‎

 集団代表訴訟の”加害者”リストには、1977年から1995年までケベック大司教区で働き、2001年に死亡したジャン=ポール・ラブリー補助司教も入っている。ケベック州のサン・ビクター・ド・ボースの神学校の指導者だった1968年に性的虐待をした、とされている。

 また、原告の代表者のうちの二人は、50年以上前に、教区司祭から性的虐待を受けた、といい、その司祭の一人は、虐待の訴えがあった後、「休暇」のために担当を外れ、後に他の教区に移動させられたが、それ以上の処罰はなかった。もう一人の司祭は、カトリック・アクションの指導司祭で、被害者が一緒に映画を見に出かけた際に、性的虐待を受けた、という。二人の司祭は訴状に、数回も名前が出ている。

 

2022年8月18日

・「複数の神父からパワハラ、PTSD発症」で裁判始まるー被告の長崎大司教区は全面否認

(2022.8.2 テレビ長崎)

 カトリック長崎大司教区の複数の神父からパワハラを受け、精神的被害を受けたとして、元職員が慰謝料などを求めている裁判が長崎地裁で始まり、 被告の長崎大司教区は事実関係について全面的に争う姿勢を示しました。

 訴えを起こしたのは、長崎大司教区で起きた性暴力や人権侵害の相談業務を行っていた長崎県内在住の元職員。 訴状によりますと、元職員は2017年から2020年までに長崎大司教区の複数の神父から業務を批判されたり、辞めさせると怒鳴られ、パワハラ行為によりPTSD ( 心的外傷後ストレス障害)を発症。カトリック長崎大司教区が安全配慮義務を怠ったとして、慰謝料など約5384万円の支払いを求めています。

 2日、長崎地裁で行われた第一回口頭弁論で、被告側は全面的に争う姿勢を示しました。 原告側の中鋪美香・弁護士「原告が主張している事実について、ほぼ全面的に否認している状態」とする一方、 被告である長崎大司教区の代理人弁護士は「裁判中なのでコメントは差し控える。これまで通り誠実に対応する」と語っている。次回は10月4日に行われる予定です。

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*(カトリック・あい)なお、長崎大司教区がこのほど発表した2021年度決算報告によると、経常支出の部の「諸委員会活動費」にある「子供と女性の人権相談室」の決算額はゼロ、となっている。この決算で見る限り、長崎大司教区では、同室の活動が停止していることになる。

 聖職者による未成年など信徒への性的虐待が世界の教会で深刻な問題となり、教皇フランシスコが被害者への救済、発生予防に徹底した対策を世界の全教区に求め、その一環として日本の教会も全教区に窓口である「子供と女性の人権相談室」を設けている。

 長崎大司教区は、先日、長崎地方裁判所での性的虐待裁判で賠償金支払い命じる判決を受け、さらに、今回、長崎大司教区で起きた性暴力や人権侵害の相談業務を行っていた元職員を原告とする裁判が始まった。そうした長崎大司教区での「子供と女性の人権相談室」の”支出ゼロ”は、何を物語るのだろうか。

 

(関連記事)長崎教区、今度は教区事務局の元職員に「パワハラでPTSD発症」で訴えられる

(2022.4.28 カトリック・あい)

 教区司祭の女性信者へのわいせつ行為に関連して、長崎地方裁判所から被害女性に対する損害賠償を命じる判決を受けたばかりのカトリック長崎教区が、今度は、この被害女性のケアや教区の2億5000万円にのぼる巨額損失発生問題などの対応に当たっていた同教区事務局の元職員から26日、「複数の司祭からパワハラを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した」として損害賠償を求める訴えを起こされた。長崎新聞など新聞、テレビ各社が27日までに報じた。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、間違っても”不都合な真実”から目を背け、”嵐”が去るまでだんまりを決めるような無責任な態度は許されまい。

 相次ぐ裁判がらみの不祥事に、2月の長崎地裁判決の翌日に着座したばかりの中村倫明・大司教が、どのように原告たちに誠実な対応を示し、大きく低下した信頼の回復に取り組むか注目される。

 報道によると、原告の代理人弁護士が26日の提訴後に会見し、原告について、この長崎教区事務局の元職員は、司祭などによる性的虐待や人権侵害などの信徒たちからの相談業務を担当していたが、複数の司祭からパワハラを繰り返し受け、PTSDを発症。2020年6月から休職を余儀なくされ、今年3月に退職したが、現在も就労可能な程度まで回復していない、という。

 原告は、弁護士を通じて、「宗教内部の特殊性を背景に、言葉にできないくらいの苦しみがあった。同じ痛みを抱えている人がいると思う。こういう立場になって初めて、被害者がいつもどれだけの思いで相談に来ていたか痛感した。一人でも多くの方々が被害者の方々と歩んでくだされば」と語っている。

 また弁護士は会見で、「宗教団体は信徒に対して聖職者に優位性があり、圧倒的な権威を持つ聖職者に盾つくことは難しい」「加害者、被害者双方の当事者がいる組織内で相談業務を担うこと自体が困難で、大司教区は担当者に精神的な圧力がかからないように配慮する義務があった」と説明している。

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 2019年2月に長崎教区の司祭の多くが参加した会合で、原告は、この無断流用問題の経緯を説明させられが、参加した司祭などから、「自分の思い通りになると思うなよ」「一信者のくせに」と罵声を浴びせられ、ある参加者が元職員を修道者と呼び間違えると、嘲笑さえ起き、精神的に追い込まれ、PTSDを発症した。しかも、こうした対応を問題とする関係者の指摘にも、教区側は聴く耳を持たず、さらにこの会合の議事録として配布された文書には、原告を誹謗中傷するような事実無根の言葉が記載され、心の傷を深めた、という。

 今回の提訴と、2月に損害賠償を命じる判決が出た原告のケースに共通するのは、教皇フランシスコが繰り返し、司教や司祭たちに強調されている、弱い人たちの側に立ち、寄り添う心の欠落ではなかろうか。そして教皇が最も嫌われる”聖職者主義”から未だに脱することが出来ずにいる、少なくない司教、司祭の実態ではないだろうか。どこの信徒が好き好んで、自分の属する教会を訴えるだろうか。

 訴えるだけでも、大変な勇気と犠牲が伴うし、長期にわたる公判に加わる心理的苦痛は想像を絶する。彼らをそのような事態に追い込む前に、教区司教も、関係司祭も、なぜ、彼らの訴えに真摯に耳を傾け、心から謝罪し、心身のケアに努めようとしなかったのか。

 長崎地裁の2月22日の、長崎教区に原告女性に対し損害賠償の支払いを命じる判決が出た後、すでに2か月が経過している。関係者への取材によると、長崎教区はこの判決を不服として控訴することはしない、と裁判所側に伝え、判決が確定している。

 だが、当事者の長崎教区からは、この判決に関していまだに、何の発表もなく、長年この問題を追い続けてきたジャーナリストの質問にも応じる気配すらない、という。このような態度からうかがえるのは、原告への思いやりも含めて、何の反省もしていない、ということではないだろうか。これが、”迷える羊たち”の司牧者の態度だろうか。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、これは、2月の長崎地裁の判決が出た時の答えと同じだ。

 2月の判決に納得できないのなら、堂々と控訴して、原告の主張に反論すればいいし、判決を受け入れるのなら、公に謝罪し、賠償を行なうだけでなく、長崎教区の信徒としての”復権”を含む心身のケアに努めるべきだろう。今回の提訴についても、教区側が誠実に対応し、過ちを認め、教区事務局への復職、精神的ケアを含め、女性を教会に改めて迎え入れるなどに努めれば、女性に判決までの苦しく長い道のりを歩ませずに済む可能性も生まれるはずだ。

 一連の長崎教区の対応は、同教区だけでなく、日本の教会の信頼を大きく傷つけている。真面目に教会を思い、信徒として日々を送っている人の間にも、司教、司祭の振る舞いに疑問をもち、それを見て見ぬふりをする自らの教区の聖職者たちにも批判的な目を向ける動きも出ている。もはや長崎教区だけで済む問題ではなくなっていることを、関係者は強く認識する必要があるだろう。

2022年8月8日

☩「聖職者の性的虐待に対する断固とした措置に妥協はない」ロイターとの会見で

Pope Francus during interview with ReutersPope Francus during interview with Reuters 

 そして、聖職者による性的虐待からの未成年者の保護に努める,バチカンの未成年者保護委員会のオマリー委員長(枢機卿)、スモール事務局長の「勇気ある活動」を讃えるとともに、今後も活動を支援していくことを確認された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年7月10日

・米オルバニー教区、聖職者による性的虐待被害者補償の新制度(Crux)

(2022.6.30 Crux National Correspondent  John Lavenburg)  

ニューヨーク発=米ニューヨーク州・オルバニー教区のエドワード・シャーフェンバーガー司教が6月29日、聖職者の性的虐待の被害者に対する新補償制度“Victims/Survivors Path Forward Plan”を発表した。公正かつ公平な基準を設定し、金銭補償を最大限に引き上げるとともに、支払いを速やかにすることで、被害者からの訴訟の多発や教区の財政破綻を避けようとするものだ。

 オルバニー教区は、現在、400件以上の被害者からの訴訟を抱えているが、新制度は、訴訟を担当するニューヨーク州最高裁の監督のもとに策定された。発表に当たって、シャーフェンバーガー司教は「私は、虐待被害者、友人や家族、そして彼らの虐待の話から多くを学んだ。辛い経験を語り、ニューヨーク州児童被害者法が約束する正義が行われることを忍耐強く待っていてくださるすべての人々に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と述べている。

 また教区の新制度は、400件に上る訴訟案件を判決に至る前に裁判所での和解調停を推進することとし、和解調停には、教区代表、利害関係者、保険代理人、被害者が参加、教区、理解関係者、保険代理人の出資をもとに基金を設け、調停の乱用などを防ぐための和解調停の手続きを定める。調停参加者は、教会法で定めた手続きを通し、援助コーディネーターを伴い、教区の金銭負担により顧問弁護士と追加の支援を得ることができる。

 シャーフェンバーガー司教は、「新制度は、被害者、教区の双方にとって有益。被害者にとっては、基金をもとに公平な補償を受けることが可能となる。また、和解調停が成立することで、訴訟継続に伴う弁護士費用など裁判費用の負担増が避けられる一方、教区も、長引く訴訟に財政負担の増大、連邦破産法位の適用による教区財務の再建などの事態も回避可能になる」と説明している。

 ただし、29日にシャーフェンベーカー司教が発表したのは新制度の概要で、全容は近いうちに発表する、としている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2022年7月1日

・性的虐待の被害者が前教皇ベネディクト16世に損害賠償請求訴訟

(2022.6.22 Crux / Catholic News Service Contributor)

 ミュンヘン発—ドイツのカトリック系通信社KNAが22日までに伝えたところによると、ミュンヘン・フライジンク教区での聖職者による性的虐待に関連して、被害者が前教皇ベネディクト16世を訴えた。

 原告の訴訟理由は、約40年前に当時司祭だったペーター・Hから性的虐待を受けたが、当時ミュンヘン・フライジンク教区の大司教だった前教皇は、Hが性的虐待者として知られていたにもかかわらず、バイエルンのある小教区の主任司祭に任命した、それが虐待をうける原因となったので、損害賠償する必要がある、というもの。現地の公共放送Bayerischer Rundfunkは22日、「この訴訟は、前教皇が、この性的虐待事案について部分的な責任を負っていることを立証するのが狙い」と伝えた。

 元教皇は、これまで、Hに関する情報を受けていたことを否定し、その人事にも関与していなかった、と主張しているが、原告弁護士によると、Hが1970年代にエッセン教区で犯した未成年者虐待に関する教会法に基づく判決、および独自調査に基づいて訴訟に踏み切った、とし、この時の判決では当時の教会の担当幹部が義務違反をした、と主張。独自調査では、当時大司教だった前教皇が虐待事件に関して部分的に責任があることの証拠をつかんだ、としている。

 Hは1980年に治療のためにミュンヘンに送られ、これについては、ラッツィンガー大司教も同意していたが、その後まもなく、H.は教区の主任司祭として”復活”。Hは、1986年に数人の少年を性的に虐待したとして現地の刑事裁判所から執行猶予付きの判決を受けたにもかかわらず、再び小教区の主任司祭に任命され、仕事を続けたあと、 2010年に解任、今月に入って、本人の申し出により司祭を解雇されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」)南條)

2022年6月23日

・イタリアの性的虐待被害者たち「司教団の努力が足りない」と強く批判(Crux)

(2022.5.28 Crux  Senior Correspondent Elise Ann Allen)

  イタリア司教協議会の新会長に就任したマッテオ・ズッピ枢機卿(Credit: AP Photo/Alessandra Tarantino.)

 ローマ発–イタリア司教協議会(CEI)は27日まで開いた定例総会で、新会長にボローニャ教区長で教皇フランシスコの”同盟者”であるマッテオ・ズッピ枢機卿を選出した。総会後に記者会見したズッピ新会長は、聖職者による性的虐待の事案に関する新たな報告の方針を発表したが、虐待被害者たちは、その内容について、強い不満を表明している。

 イタリアの唯一の性的虐待被害者の組織「Rete L’Abuso(被害者ネットワーク)」のフランチェスコ・ザナルディ代表は、「司教たちの示した対応は、”役立たず”で、情けない。極めて不満だ」と言明した。

 ここ何が月もの間、イタリアの性的虐待被害者たちとその支援団体は、イタリアの司教団と政府当局に、聖職者による性的虐待について独立調査委員会による全国調査を、過去数十年に遡って実施し、他の欧州諸国にならって包括的な報告にまとめるよう強く求めて来た。

 ズッピ新会長は、記者会見で、「聖職者による性的虐待に関する調査は独立の調査センターに分析などを任せ、最初の年次報告は11月発表を目指す」とする一方、「対象となる虐待の案件は、2020年から2021年までの過去2年間に司教団に報告されたもののみが対象になる」とし、その後の調査でも「教理省から得られるデータも2001年以降の者に限られている」と、被害者側が求めていた内容よりも大幅に限定されたものになるとの見通しを述べた。

 このような新会長の発言に対して、ザナルティ代表は、「他の欧州諸国の司教団の先例にならおうとしていない」と批判、何人かの被害者たちも「過去20年に遡っての調査は可能。これでは、多くの被害者が、自分たちが性的虐待を受けたことを認めてもらえないままになる」と強い不満を示した。

「Rete L’Abuso(被害者ネットワーク)」は、国内の被害者たちや関係団体に広く呼び掛け、インターネットを使って性的虐待の再発を防ぎ、被害者の意識を高める「#ItalyChurchToo」運動を始めており、公正で広範な調査の実施へ司教団にさらに求めていく方針だ。すでに、今回のCEIの総会以前に、イタリアの司教たちとバチカンの担当部署の長に対して公開書簡を送り、全国規模の調査、教区の資料の公開、全教区における被害者の訴えを聴くセンターの充実、などを要請している。

教皇は、この総会中に、被害者の訴えを聴くセンターをイタリアのすべての教区に設置し、教会の指導者たちの間での被害者保護の努力について年次監査を実施し、対策が適切にされているか、変える必要のあるものは何か、を明らかにし、説明責任を果たすことに努めるよう、司教団に対して求めた。

このような教皇の要請にもかかわらず、イタリアの司教団の対応は不十分だ、とザナルディと「#ItalyChurchToo」のメンバーは言う。「新会長に示した方針は、『国の調査は受けない』ということを確認し、国の司法機関のデータは使わず、教会がもっている役に立たないデータだけで対応することを明確にした。これでは、被害者にとっての正義は行われない」とするザナルディ代表は、「この問題に対処し、”クリーン”になろうとする世界の教会の流れに逆行することを表明するようなものだ」と反している。

 イタリアで被害者の声を聴くセンターを設置している教区は、全体の7割にとどまっているが、ズッピ新会長は、これを10割に上げるともに、被害者の声への対応や被害者との接見など、センター担当者はじめ若者たちと司牧活動をするすべての人々のための訓練課程の開設する方針を示し、また、CEIは、小児性愛や児童ポルノを取り締まる国の監視機関に客員として既に参加しているが、さらに協力を深めていく、とも説明した。

 この新会長の会見に先立って、記者会見した「#ItalyChurchToo」の関係者は、「私たちが先に出した公開書簡に対する回答は、これまでのところ、CEIからもバチカンの関係部局からもなされていない」と述べた。 ザナルディ代表はCruxの取材に対して、「独立委員会での調査が今後行われることは、期待できない。希望していたが、裏切られた」とする一方で、ズッピ新会長から面談の誘いがきており、可能な限り早く応じたい」とも語っている。

 (翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

 

2022年5月29日

・アルゼンチンの修道女たちが大司教ら司祭3人を「性的差別による虐待」で提訴(Crux)

(2022.4.29 Crux ローマ支局長 イネス・サン・マルティン)

 ローマ発= 教皇フランシスコのお膝元、アルゼンチンの大司教区で、修道女たちのグループが大司教などを相手取り、司祭から性的差別による虐待を受けたとして提訴した。

 アルゼン​​チンでは今年3月に、サルタ州オランの裁判所が、グスタボ・ザンチェッタ元司教に対し、2人の元神学生に継続的な性的虐待を犯したとして、4年6か月の禁固刑を言い渡している。

 今回の提訴があったのは、同国のサルタ大司教区。教区長であるマリオ・カルグネッロ大司教に対して、跣足カルメル会の聖ベルナルド修道院所属の修道女たちによってなされた。

 訴えの相手は、カルグネッロ大司教とサント・ドミンゴ教区のマルティン・デ・エリザルデ引退司教とルシオ・アジャヤ神父の3人。サルタ大司教区は、この件について沈黙しており、カルグネッロ大司教も、メディアの会見要請に応じていない。

 修道院の弁護士団は、訴状は特定の犯罪に焦点を当てていないが、「大司教自身あるいは他者の助けを借りた威圧的な要求と振る舞いで特徴付けられる、優越的な立場、高慢、”男らしさ”からもたらされる(大司教と修道女の間の)長年にわたる込み入った関係がある」と説明している。

 一方で被告弁護団は、こうした訴えを全面否定し、教会法に定めた修道院が守るべき資質への不服従そのものである、と決めつけている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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2022年4月29日

・長崎教区、今度は教区事務局の元職員に「パワハラでPTSD発症」で訴えられる

(2022.4.28 カトリック・あい)

 教区司祭の女性信者へのわいせつ行為に関連して、長崎地方裁判所から被害女性に対する損害賠償を命じる判決を受けたばかりのカトリック長崎教区が、今度は、この被害女性のケアや教区の2億5000万円にのぼる巨額損失発生問題などの対応に当たっていた同教区事務局の元職員から26日、「複数の司祭からパワハラを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した」として損害賠償を求める訴えを起こされた。長崎新聞など新聞、テレビ各社が27日までに報じた。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、間違っても”不都合な真実”から目を背け、”嵐”が去るまでだんまりを決めるような無責任な態度は許されまい。

 相次ぐ裁判がらみの不祥事に、2月の長崎地裁判決の翌日に着座したばかりの中村倫明・大司教が、どのように原告たちに誠実な対応を示し、大きく低下した信頼の回復に取り組むのか、注目される。

 報道によると、原告の代理人弁護士が26日の提訴後に会見し、原告について、この長崎教区事務局の元職員は、司祭などによる性的虐待や人権侵害などの信徒たちからの相談業務を担当していたが、複数の司祭からパワハラを繰り返し受け、PTSDを発症。2020年6月から休職を余儀なくされ、今年3月に退職したが、現在も就労可能な程度まで回復していない、という。

 原告は、弁護士を通じて、「宗教内部の特殊性を背景に、言葉にできないくらいの苦しみがあった。同じ痛みを抱えている人がいると思う。こういう立場になって初めて、被害者がいつもどれだけの思いで相談に来ていたか痛感した。一人でも多くの方々が被害者の方々と歩んでくだされば」と語っている。

 また弁護士は会見で、「宗教団体は信徒に対して聖職者に優位性があり、圧倒的な権威を持つ聖職者に盾つくことは難しい」「加害者、被害者双方の当事者がいる組織内で相談業務を担うこと自体が困難で、大司教区は担当者に精神的な圧力がかからないように配慮する義務があった」と説明している。

 2019年2月に長崎教区の司祭の多くが参加した会合で、当時、教区事務局の職員だった原告は、この無断流用問題の経緯を説明させられが、参加した司祭などから、「自分の思い通りになると思うなよ」「一信者のくせに」と罵声を浴びせられ、ある参加者が元職員を修道者と呼び間違えると、嘲笑さえ起き、精神的に追い込まれ、PTSDを発症した。しかも、こうした対応を問題とする関係者の指摘にも、教区側は聴く耳を持たず、さらにこの会合の議事録として配布された文書には、原告を誹謗中傷するような事実無根の言葉が記載され、心の傷を深めた、という。

 今回の提訴と、2月に損害賠償を命じる判決が出た女性のケースに共通するのは、教皇フランシスコが繰り返し、司教や司祭たちに強調されている、弱い人たちの側に立ち、寄り添う心の欠落ではなかろうか。そして教皇が最も嫌われる”聖職者主義”から未だに脱することが出来ずにいる、少なくない司教、司祭の実態ではないだろうか。どこの信徒が好き好んで、自分の属する教会を訴えるだろうか。

 訴えるだけでも、大変な勇気と犠牲が伴うし、長期にわたる公判に加わる心理的苦痛は想像を絶する。原告たちをそのような事態に追い込む前に、教区司教も、関係司祭も、なぜ、原告たちの訴えに真摯に耳を傾け、心から謝罪し、心身のケアに努めようとしなかったのか。

 長崎地裁の2月22日の、長崎教区に原告女性に対し損害賠償の支払いを命じる判決が出た後、すでに2か月が経過している。関係者への取材によると、長崎教区はこの判決を不服として控訴することはしない、と裁判所側に伝え、判決が確定している。だが、当事者の長崎教区からは、この判決に関していまだに、何の発表もなく、長年この問題を追い続けてきたジャーナリストの質問にも応じる気配すらない、という。このような態度からうかがえるのは、原告たちへの思いやりも含めて、何の反省もしていない、ということではないだろうか。これが、”迷える羊たち”の司牧者の態度だろうか。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、これは、2月の長崎地裁の判決が出た時の答えと同じだ。

 2月の判決に納得できないのなら、堂々と控訴して、原告の主張に反論すればいいし、判決を受け入れるのなら、公に謝罪し、賠償を行なうだけでなく、長崎教区の信徒としての”復権”を含む心身のケアに努めるべきだろう。今回の提訴についても、教区側が誠実に対応し、過ちを認め、教区事務局への復職、精神的ケアを含め、原告を教会に改めて迎え入れるなどに努めれば、原告に判決までの苦しく長い道のりを歩ませずに済む可能性も生まれるはずだ。

 一連の長崎教区の対応は、同教区だけでなく、日本の教会の信頼を大きく傷つけている。真面目に教会を思い、信徒として日々を送っている人の間にも、司教、司祭の振る舞いに疑問をもち、それを見て見ぬふりをする自らの教区の聖職者たちにも批判的な目を向ける動きも出ている。もはや長崎教区だけで済む問題ではなくなっていることを、関係者は強く認識する必要があるだろう。

 

 

 

 

 

2022年4月28日

・「性的虐待の深刻な現実に目覚めよ」バチカン専門家がイタリア司教団の対応遅れ批判(LaCroix)

(2022.3.29 La Croix  Loup Besmond de Senneville | Italy)

 イタリアのカトリック教会、そして一般社会は、未成年者の性的虐待の現実に立ち向かうのに時間がかかっている。そうした状況に変化の兆しがある、と多くの関係者が希望的観測をする中で、教会のリーダーである司教団には、対処への努力がまだ十分になされていない、という厳しい見方がある。

 その一人が、教皇フランシスコが2014年に設置された未成年者保護のための教皇庁委員会で委員を務めるErnesto Caffoだ。児童心理学者のCaffoは、子どもの権利を促進し子どもや青少年に対するあらゆる種類の虐待や暴力と戦うイタリアの非営利団体「SOS ! Telefono Azzurro」の代表を務め、欧州児童青年精神医学会(ESCAP)元会長、2008年から「国際行方不明および搾取された子供センター(ICMEC)」の理事を務めている。

以下は、La Croixとのインタビューでの一問一答。

La Croix:イタリアでは教会の未成年性的虐待に関する認識が高まっていますか?

Ernesto Caffo:そうですね。2年前、イタリアの司教協議会はこの問題について、ルールを全面的に改め、具体的な取り組みをコロナ禍の中でも進めていますが、主な対応が始まったのは、特に、ドイツとフランスで聖職者による性的虐待の報告が出た後でした。

 教会の内外から対応への圧力が強まっていますが、司教に”主権”があるため、教皇によって奨励されている具体策で足並みがなかなかそろいません。司教協議会のレベルで決定を下すだけでは十分ではない。一部の司教が積極的でも、他の司教はそれほど積極的ではありません。

 誰もが、性的虐待の被害者にもっと注意を払い、「敵」ではなく、「耳を傾けなければならない相手」と見るようにしなければなりません。被害者たちは自分たちを襲った悲劇に対し、黙ったままという経験を頻繁にしています。教皇フランシスコが強く促しておられるように、私たちは、犠牲者たちに中心的な役割を与えねばなりません。

La Croix:司教たちの中には、被害を受けた方々と過去に起来た悲劇を軽視することにつながるとしても、まず、再発を防ぐべきだ、と主張する方もいます。

Ernesto Caffo:その通りです。再発を防ぐための教育を含む措置を取るべきことは言うまでもありませんが、過去に何が起きたか理解するためにできる限りのことをする必要がある。その努力を通して、問題の透明性を確保し、将来に備える答えを見つけることができます。多くの被害者は、自分の受けた悲劇に対する答えを求めています。それは、彼らがこれまで、訴えを、受け入れてもらったり、聴いてもらったりする経験がなかったからです。

La Croix:司教たちは過去の性的虐待被害者との和解の重要性を認識していますか?

Ernesto Caffo:多くの司教は、そうです。しかし、司教たちが皆、”防御的”な態度よりも”建設的”な態度をとるよう促すために、この動きを増幅する必要があります。司教たちは、性的虐待の責任を特定した後、現実を直視し、何が起きたかを理解し、すべての側面を分析し、そこから学ばねばなりません。

La Croix:イタリアの司教たちは教会における未成年性的虐待に関する説明に着手すべきでしょうか?

Ernesto Caffo:イタリアは、性的だけでなく、教会に限らない、あらゆる形の虐待に対する取り組みを行なう必要があります。性的虐待はイタリア社会全体で、あらゆる分野で、そして長い間、問題となってきたことから、幅広い取り組みが必要です。ですから、調査を命じる責任は政府または議会にあります。その調査の一部として、教会は自分の範囲の中で、恐れと抵抗を排除して、調査を行わねばなりません。

La Croix:政府・議会と教会の二重の取り組みは可能な限り早期に始めるべきですが、イタリアの国民はその用意がありますか?

Ernesto Caffo:ごく少数の人々は、多くの賛同者を得ないまま、何年もこの問題について話し合ってきました。それが国民の間、教会関係者の間になかなか広がらないのは、性的虐待の現実を直視することを望まないイタリアの文化特有の事情があるからです。専門家の警告にもかかわらず、性に関連するすべての問題は、強い抵抗を引き起こします。これは、メディアによって示されたこの問題への関心の低さに反映されています。

 最近、スペインの司教たちに対応を促す調査報告書が出ましたが、イタリアでは想像できないような内容でした。性的虐待はあたかも目に見えないかのようです。この文脈で、教会の役割は、この重大な問題を最前線に持ってくることです。私たちは皆、性的虐問題に,目を覚まさねばなりません。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2022年4月2日

・聖職者による性的虐待ー長崎教区は賠償命令、仙台教区は和解勧告、問われる新教区長2人の対応

(2022.3.27 カトリック・あい)

 ウクライナにおけるロシア軍の罪もない市民、女性や子供たちを巻き込んだ残虐非道な攻撃が続き、教皇フランシスコの25日のバチカン・聖ペトロ大聖堂での共同回心式に合わせた、ウクライナの速やかな平和回復を聖母マリアに祈る奉献に、日本を含む世界の教会が参加した(ことになっている)。

 だが、日本の教会には、もう一つ、ウクライナ問題に比べれば”小さい”が、その信頼に関わる差し迫った課題がある。長崎、仙台両教区での聖職者の女性信者に対する性的虐待にからんだ裁判への、両教区の対応だ。

 

*裁判所から賠償命令を受けた長崎教区、一か月たっても対応が見えない

 長崎教区のケースについては、2月22日に長崎地方裁判所が、すでに教区司祭からの性的虐待で心身症に陥っていたにもかかわらず、高見大司教(当時)の心無い言葉で、さらに深刻な精神的打撃を受けたとの原告女性の主張を認め、長崎教区に対して賠償命令を出しいるが、教区側がどう対応するのか、したのか、いまだに明らかではないようだ。

 仙台教区のケースは、原告女性が2020年9月、仙台司法裁判所に、加害者司祭(当時)を「被害者原告に対する性的虐待の直接的な加害者」、司教(当時)を「加害者を指導・監督すべき仙台教区裁治権者としての注意義務違反、原告被害者への不適切な発言および対応による二次被害の加害者」、カトリック仙台教区を「信徒への安全配慮義務違反、本件事案の調査義務違反、被害事実の隠蔽、加害者への適切な処分ならびに被害者への適切な対応についての不作為があった」として、三者を相手取り、損賠賠償を求める民事訴訟を起こした。

 原告は、被告三者の違法行為により、①身体的虐待を受け、②PTSDを発症したのみならず、③その後の被告らによる不適切な対応により多大な精神的苦痛を与えられた、と訴えている。被告加害者自体が、本来なら刑事責任が問われるべき事案であるものの、既に刑事時効が成立しているところから、事実の確定を求めるため、やむを得ず除斥期間の経過していない損害賠償請求事件として訴えた。

*仙台教区は裁判所から和解勧告を受け、話し合いを始めたが…

 結審を迎えた今月初めに、仙台地方裁判所の担当判事から原告、被告双方に対し、和解のための話し合いに入るよう提案があり、双方が同意して、和解に向けた手続きが始まっている。

 今月23日に非公開で行われた仙台地裁での、双方からの和解条件についての一回目の聴取では、原告側から、①司教が公的な場での真摯な謝罪をする、聖職者による性的虐待の再発防止に、外部機関の点検を受けつつ、教区全体で具体的に取り組む、②原告に対する教区の信徒たちの誤解を解くため、原告が虐待事件の真実を語る場を設けるーなど、具体的な提案をした、という。

*被告側の和解素案は”加害”に反省なく、「対応に欠ける所があったが…事案に鑑みて和解する」と

 問題は、教区側が代理人弁護士を通して出した和解条件の”素案”だ。教区側はその具体的内容を明らかにしていないが、関係者によれば、その概要は、①この訴訟は、原告が被告から性的侵害行為を受けたとして提起され、被告らはその事実を全面的に否認している②だが、教区が設置した第三者調査委員会が、原告の主張する性的侵害行為は「存在した可能性が高い」と判断しているので、「事案の性格に鑑みて」和解する⓷第三者委員会の報告書が出されたのに対して、速やかに対応すべき点で欠けるところがあったことを謝罪する④被告の仙台教区は、原告が教区の元信者であって、その信者が「性的侵害行為」の申告を行ったことを考慮して「解決金」を支払う、ということのようだ。

 要すれば、「自分たちは悪くないが、第三者委員会が『性的虐待が存在した可能性が高い』との判断を出しているので、和解する、第三者委員会の報告に速やかに対応すべき点で欠けることがあったことは反省する」という内容で、被告たちとしては、あくまで性的虐待行為を認めず、謝罪もしない、反省するところがあるのは「速やかに対応しなかった」ことだけ。しかも、被告をどういうわけか「元信者」と決めつけ、信者だったから「解決金」で片を付ける、というように読み取れる、まさに「血も涙もない」対応。これが聖職者の取るべき態度のなか、あきれてものが言えない、とは、このことではないか。

 そもそも、性的虐待行為を第三者が目撃しているケースは少ないし、まして教会やその施設内での行為であれば、そのようなことはまずありえない。第三者の証言を得られることはなく、時が経過していれば、”証拠”も残らない。状況証拠の積み重ねも困難とすれば、残るのは、加害者本人とその上司である司教の誠実な答え、被害者に対するいたわりの姿勢しかない。被害者は、司教や司祭への批判を受け付けられないばかりか、聖職者に”逆らう”ことを悪と見なすような教会の雰囲気の中で、長い間苦しみ、しかも、その間に、さまざまな無理解、いやがらせにあって来た、とすればなおさらだ。

*「性的虐待行為があった可能性が高い」と5年前に独立委員会が報告している

 ありえないことだが、仮に百歩譲って、被告側に重大な非が無い、としても、原告の女性がこれほどの精神的な痛みを受け続けてきたことまでは否定できまい。まして、2016年7月に教区が設置した第三者委員会がその年の10月に「性的虐待行為があった可能性が高い」と判断する報告書を出しているのだ。

 被告側は、唯一の謝罪理由を「速やかに対応すべき点で欠けるところがあったこと」としているようだが、原告女性が損害賠償を求めて訴えた2020年9月の段階で、第三者委員会の報告が出てから、すでに4年も経っていたことになる。それは「速やかに…欠けるところがあった」と謝罪して済ませられることだろうか。なぜ、真摯な反省と、心からの謝罪ができなかったのだろうか。放っておけば、いずれ忘れ去られると考えたのだろうか。相手を思いやる心があり、それを示したなら、そもそも、原告女性が、さらに大きな苦痛を伴う提訴に至ることはなかったに違いない。

 裁判所から、判決で決定的なダメージを受ける事態に至る前に和解するように勧められたのに、教区側の和解条件が伝えられる内容であるとすれば、なぜ、原告女性にさらなる苦痛をもたらすような対応をせねばならないのか。仮にも「(教会内の事情をよく理解しない)弁護士に任せてあるので」という思いがあったとすれば、お門違いだ。あくまで被告当事者は教区や二人の聖職者なのだ。

 一言付け加えれば、この独立調査委員会の報告には、加害司祭が司祭叙階後、原告女性以外の女性とも性交渉が複数あったことを認める供述をしている、と書かれているようだ。当時、教区長の座にあった司教は当然、2016年10月に出されたこの報告を読んでいたはずだし、このことも、少なくともその時点で知ったに違いない。だとすれば、その後も、その司祭に何の処分もせずに放置したことは、教会法上の重大な監督義務違反となるのではなかろうか。

*”不都合な真実”に目を背け続けて、3月18日の「祈りと償いの日」にどういう意味?

 3月18日の、聖職者による性的虐待被害者のための「祈りと償いの日」を前に、日本の教会を代表する司教協議会会長の菊地・東京大司教は日本の全信徒に宛てたメッセージの中で、「命を賜物として与えてくださった神を信じる私たちには、命の尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。残念ながら模範であるはずの聖職者が命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という、人間の尊厳を辱め、蹂躙する行為に及ぶ事例が、世界各地で多数報告されています…。日本の教会も例外ではありません」と反省している。

 そのうえで、「世界中の教会に多くの被害者がおられる、といわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」と言明している。

 だが、先のような教区レベルの対応を見ると、菊地会長のメッセージに込められた誠意ある姿勢とは大きな乖離が感じられ、その言明も空虚に響く。残念ながら、司教協議会会長の呼びかけにもかかわらず、教区、小教区レベルで「祈りと償いの日」に積極的に応じたところは、あまりなく、あっても一言の祈りで済ませたところが少なくなかったようだ。

 にもかかわらず、「祈りと償いの日」に関する「カトリック・あい」の報道には、読者から大きな関心が寄せられ、”コロナ”や”ウクライナ”の中にあっても、閲覧件数が多数に上っている。それだけ、日本の聖職者による性的虐待、司教など高位聖職者の対応の問題を深刻に受け止め、彼らの今後の振る舞いを注視している、ということでもある。

*長崎、仙台の二人の新教区長の判断に関心が向けられている

 二つの教区に代表されるような心ない対応を続けていては、教会内外の人たちの教会や聖職者に対する信用が一段と落ちるばかりだ。そのことを、司教や司祭たちはどこまで分かっているのだろうか。いつまで、”不都合な真実”に目を背ける習慣から抜け出られずにいるのだろうか。

 フランスの独立調査委員会が昨年10月、同国の聖職者による大規模、かつ長期にわたる性的虐待の実態を明らかにした際、教皇フランシスコは直後の一般謁見で、「これは恥ずべきこと」と強く批判し、「被害者の方々が受けた心身の傷を深く悲しみます…。被害者を中心に置いた対応をすることができなかった『教会のあまりにも長期にわたる過ち』を深く恥じます」と教会を代表して、被害者たちに率直に謝罪された。聖職者による性的虐待撲滅にかけた教皇の思いを、どれほど真剣に受け止めているのだろうか。

 3月19日、仙台教区では、2020年3月に平賀司教が引退して以来、約2年の間空席となって教区長・司教ポストにエドガル・ガクタン司教が就任した。長崎教区長には、一足先に、中村倫明・新大司教が補佐司教から昇格している。新たにリーダーとなった方々には、速やかに、被害者(教区側に言わせれば、「と称している人」=これは長崎地裁が長崎教区に出した賠償命令の根拠となった高見・大司教=当時=の言葉でもあるが)の立場に立った、公正かつ”心”のある判断による和解の実現で”模範”を示し、仙台教区はもとより、長崎問題なども合わせて、損なわれた日本の教会の信用を回復するために、具体的な努力を始めることが期待される。

(「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月27日

(性的虐待・読者の反響)”形”を整えただけで中身は無し、教区にやる気無し-”聖職者主義”の壁も

(2022.3.22 カトリック・あい)

 18日の日本のカトリック教会の「聖職者による性虐待被害者への祈りと償いの日」を前に「カトリック・あい」に掲載した評論は、多くの方が閲覧され、この問題への関心の高さが改めて示されています。そうした読者の方からメールをいただきましたので、ご本人のプライバシー保護のために匿名としたうえで、以下に掲載いたします。

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 「性虐待被害者への償い」についての「カトリック・あい」の評論を読ましていただきました。私も、自分の教区の対応を見ていて、同様の感想を持っています。この日を前にしての教区本部の呼びかけは何もありませんでした。教区報の3月の「行事予定」に「18日に性虐待…償いの日」とあるだけ。昨年もそうでした。司教も、教区本部もやるきがないのです。

 教区でこれまでになされたのは、2020年4月に性虐待防止教区規程および宣言の通達が出されただけでした。司教協議会への提出の締め切りに間に合わせるために、急いで作成したもので、他教区の文書をほとんどそのまま借用したもの。コロナ対策を優先すべき大変な時期であるにもかかわらず、司祭会議は映画鑑賞でした。

 それ以来、今年に至るまでの約2年間、信徒には、この問題について説明は全くありません。昨年も今年も、「償いの日」に関して、司教からメッセージが出されたこともありません。ホームページに、中央協議会の記事が紹介されているだけです。

 「子どもと女性の人権相談室」は作られましたが、相談の件数はもちろんのこと、内容、対応すら一切公表されていません。担当者に相談件数について尋ねても答えてくれない、という話を知人から聞きました。

 2年前の「宣言」には、聖職者による性的虐待問題を扱う「第三者機関」、「規程」には「第三者委員会」の設置が書いてありましたが、これらの組織が本当に設置されているか不明です。設置されたとの広報もありません。

 要するに、”形”を整えただけで、中身は空っぽということです。長崎教区の問題も「対岸の火事」。そこから教訓を得ようとする意識も感じられません。教皇が世界の教会に参加を訴えておられる来年秋の世界代表司教会議に向けた「シノドスの道」の歩みにも、司教には本気で取り組む熱意を感じません。昨年暮れに意見書の締め切りを決めたままで、現在どうなっているのか、報告がありません。シノドス前会議をやる予定もないので、担当司祭がひとりで報告書を作成して、司教団に送るのではないかと危惧しています。

 教区の現状を憂いている信徒・司祭は複数おり、そういう方々と連帯して、何とか現状を打開したいと試みてはいるのですが、なかなか進めません。「聖職者中心主義」が浸透しているため、司教や教区本部に抗することにためらいがあるのです。

(西日本のある教区の男性信徒より)

2022年3月23日

・「問題の重大さを多くの方に理解していただきたい」菊地大司教が「性虐待被害者のための日」に改めてメッセージ

(2022.3.18 カトリック・あい)

 菊地・東京大司教(カトリック日本司教協議会会長)は、18日のカトリック教会「性虐待被害者のための祈りと償いの日」に当たって、「司教の日記」のページに以下のメッセージを掲載した。全文以下の通り。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 16日の夜遅く、東京の司教館も、ミシミシと音を立てながら、かなり揺れました。東北をまたも襲った大きな地震です。被害を受けられた皆様に、お見舞い申しあげます。

 今週末の土曜日はガクタン司教様の司教叙階式で仙台へ行かなくてはならないのですが、当初予定していたのは新幹線でしたので、別の移動手段を思案中です。

 3月18日は、今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。東京教区での呼びかけと、司教協議会会長名での呼びかけ文を、以下に再掲いたします。なお東京教区では、できる限り多くの方に祈り、またことの重大さを理解していただきたく、次の主日である20日に、この「祈りと償いの日」の教皇様の意向に合わせてミサを捧げることにしており、わたしも関口教会10時のミサを司式させていただく予定です。

 なおこれに関連した教皇庁の諸文書が中央協議会のホームページに掲載されています。また改訂された教会法の翻訳なども掲載されています。ご参照ください。(教会法の翻訳は、基本的には現在出版されている教会報における用語翻訳と整合性を持つようにしてありますが、一部変更されているものもあり、今後、ラテン語用語の邦訳の見直しから、教会法全体の翻訳見直しへと作業が継続する見込みです)

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*東京教区の皆様 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 四旬節の第二金曜日は、日本の教会における「性虐待被害者のための祈りと償いの日」と定められています。今年は3月18日(金)がその日となります。

 この数年間、世界各地の教会において、聖職者による性虐待のケースが報告されるようになり、調査の結果、同様の事例が多数、過去にさかのぼって存在することが明らかになりました。加えて、聖職者によるそういった行為には、保護の対象である未成年者への性虐待行為もあることが明らかになりました。これは日本の教会も例外ではありません。さらには司教や修道会の責任者が、事実を隠蔽しようとした事例の報告も相次いでいます。

 教皇様は、命の尊厳を守る立場から、これらの事実に目を背けることのないようにと指示をされ、世界中の教会が、この数年、対応のための制度を整えています。東京大司教区でも、すでに対応委員会や窓口を設けていますが、その制度をさらに整える努力を続けてまいります。

 もちろん制度を整えたからといって、すべてが解決するわけではありません。制度を正しくふさわしく運用するための啓発活動が必要ですし、さらに一番大切なことは、被害を受けられた方々の尊厳が回復されるために手を尽くすことであると思います。

 命の尊厳を守るはずの聖職者がこのような正反対の行為をしたことに、心から謝罪いたします。これからも東京大司教区において、すべての人の命の尊厳を守るために、取り組んでいく決意を新たにいたします。

 今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたり、東京大司教区では当日の3月18日(金)、またはその直後の3月20日(日)に、それぞれの教会において、教皇様の意向に合わせてミサを捧げるものとします。なおミサにあたっては、「赦しの奉献文」を使うものとします。

 また3月20日(日)の関口教会10時のミサを大司教司式ミサとし、この意向で捧げます。

 日本の司教団は昨年、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を改訂し、中央協議会のホームページで公開しています。このガイドラインは対象を「教会で宣教や司牧に携わるすべての人」、つまり司祭や修道者だけでなく、教会関連施設で奉仕するすべての職員やボランティアとしています。教会共同体のすべての方が、この問題を自分自身のこととして、ともに考え、祈り、行動してくださるようにお願いいたします。

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*日本のカトリック信者の皆様 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 命を賜物として与えてくださった神を信じる私たちには、いのちの尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。

 残念ながら模範であるはずの聖職者が命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という、人間の尊厳を辱め、蹂躙する行為に及ぶ事例が、世界各地で多数報告されています。中でも保護を必要とする未成年者に対する性虐待という、卑劣な行為を行った聖職者の存在も明らかになっています。日本の教会も例外ではありません。

 加えて司教をはじめとした教会の責任者が、聖職者のこうした加害行為を隠蔽した事例が、過去にさかのぼって世界各地で報告されています。

 教皇フランシスコは、聖職者によって引き起こされたこの問題に、教会全体が真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを請い、また被害にあった方々の尊厳の回復のために尽くすよう求めておられます。また特別の祈りの日である「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を設けるようにと、各国の司教団に指示をされました。日本の教会では、四旬節・第二金曜日を、この祈りと償いの日と定めました。2022年にあっては、来る3月18日(金)がこの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。

 日本の司教団は、2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました。昨年12月には、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を作成し、日本の教会に委ねられている未成年者の命を守る使命を果たす決意を新たにしています。今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けてまいります。

 今、シノドスの道を共に歩んでいる教会は、互いに耳を傾けあい、支え合いながら、連帯の絆に結ばれた共同体であることを目指しています。日本の教会が、命の尊厳を守り抜くための努力を怠らない教会共同体であるように、努めて参ります。

 世界中の教会に多くの被害者がおられる、といわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います。

 どうぞ、四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りを捧げてくださいますようにお願いいたします。

2022年2月17日 日本カトリック司教協議会 会長 菊地功

2022年3月18日