☩「ブチャでの虐殺を深く悲しみ、ウクライナでの戦闘停止を改めて訴える」

Pope Francis holds a Ukrainian flag that came from Buchaブチャからもたらされたウクライナ国旗を広げられる教皇 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年4月6日

☩「私たちは歴史から学ばず、”カインの亡霊”に魅入られている!」マルタから帰国途中の機上会見で

Pope Francis answers questions during an inflight press conference from MaltaPope Francis answers questions during an inflight press conference from Malta  (Vatican Media)

(2022.4.3  Vatican News)

   2日間のマルタ訪問を終えて教皇フランシスコは3日、ローマへの帰途の機上会見で、ウクライナで続いているロシアが引き起こした戦いと、首都キーウへのご自身の訪問の可能性などを中心に、記者団の質問におお答えになった。

 (以下は、非公式英語訳をもとに翻訳した機上会見での質疑の内容)

【ご自身の健康について】”ゲーム”がどう終わるか分からない

問:マルタにお出でいただいたことに感謝します。私の質問の第一は、今朝の聖ジョージ・プレカが埋葬されている礼拝堂での出来事です。マルタの人々はとても驚きましたが….  もう一つお聴きしたいのは、今回のご訪問で印象に残ったこと。それと、ご自身の健康状態です。今回のご訪問で厳しい日程をうまくこなされたようですが。 (Andrea Rossitto with TVM)

教皇:私の健康は少し気まぐれです、膝に問題があり、歩き回ったり、ただ歩いたりするのに問題が起きます。少し面倒ですが、良くなっており、少なくとも、外に出ることができる。 2週間前、私は何もできませんでした。(回復に)時間がかかっています。回復するかどうか確かめましょう。でも、私の年齢では、ゲームがどのように終るか分からない、疑問が起きる。うまくいくことを願いましょう。

 マルタ訪問について。私は訪問に満足しています。マルタの現実を見ました。ゴゾとマルタ、バレッタ、そして他の場所で、人々の熱意に心を打たれました。通りには大きな熱意がありました。私は感嘆しました。訪問期間が少々足りなかったようですね。

【避難民の受け入れ】特定の国に過度の負担がかからないように

 訪問中に私が改めて強い印象を持ったのは、避難民の問題です。ギリシャ、キプロス、マルタ、イタリア、スペインはアフリカと中東に最も近い国々であり、そうした地域からの上陸地となっており、避難民の受け入れ問題が深刻です… 彼らは常に歓迎されなければならないのです!問題は、各政府の避難民の受け入れ可能人数です。これには欧州諸国の間の合意が必要であり、すべての国に避難民を受け入れる意思があるわけではありません。欧州が移民によって作られたことを忘れてはならない。受け入れができる人数に差があるとしても、積極的に受け入れようとしている国ーマルタもその一つですがーに、すべての負担をかけないようにしましょう。

 今日、私は避難民受け入れセンターを訪れました、避難民の辛い経験を聞きました。センターに来るまでに大変な苦労をしています。収容所… 彼らが海を渡る途中で捕まり、送り返された時に入れられるところの一つにリビアの海岸の収容所があります。これは犯罪のようですよね?欧州諸国が、扉をたたくウクライナ人のために積極的に部屋を用意するように、地中海を渡って避難して来る人たちにも、そうしてください。

 

【ウクライナ訪問は?】選択肢の一つだが、まったくの検討段階

問:昨日マルタに来る途中の機上会見で、あなたは記者の1人の質問に、キーウ訪問は「机上にある」とおっしゃいました。マルタ訪問中、ウクライナの人々のそばに居ることの重要性について言及され、直前1日のローマで、あなたと会談したポーランド大統領が、同国国境へのご訪問の道を開きました。今日、キエフの近くの村、ブチャからの映像を見て衝撃を受けました。撤退したロシア軍によって破壊された村の通りに、数多くの遺体が放置されています。今、(このような悲劇が繰り返される中で、)教皇が現地においでになることの必要性が一段と高まっているようです。そのようなご訪問は、実行可能だと思いますか?そして、ご訪問が可能になるためには、どのような条件が満たされる必要がありますか? (Jorge Antelo Barcia with RNA)

教皇:私がまだ知らないニュースを教えてくださり、ありがとう。戦争は常に残酷な行為であり、人間の精神に反する非人間的な行為です。非キリスト教徒、ではなく、非人間的、です。それは(注:創世記で、人類最初の殺人者とされている)カインの亡霊、「カイニスト」の行為です… 私は(注:ウクライナ戦争を止め、平和を回復させるために)必要なことは何でもするつもりです。今でも、バチカンは、特に外交分野でパロリン枢機卿(国務長官)とギャラガー大司教(外務局長)があらゆる努力を… 可能な限りのすべてを尽くしています。慎重さや守秘義務のために、彼らが進めているすべてを公けにはできませんが、私たちの仕事の限界を押し広げています。

 そうした努力の可能性の中には「訪問」があります。可能な訪問は二つ。ポーランド大統領は、自国が受け入れているウクライナ避難民と会うためにクラジェフスキー枢機卿を送るように私に要請しました。枢機卿は既に2回訪問し、2台の救急車を寄贈しています。そして、再度、訪問するでしょう。喜んで訪問します。

 もう一つの選択肢は、あなた方の何人かが質問された、私の「訪問」です。私は、誠実に答えましたー訪問を計画しています、その可能性は依然として変わりません、と。 「いいえ」はありません。私は訪問の用意があります。そのような訪問について、私はどう考えるか?あなた方の質問はこうでしたー「あなたがウクライナ訪問を考えていると聞いています」。私は「それは机上にある」と。それは私が受け取った提案の1つですが、それができるかどうか、それが適切であるかどうか、そしてそれが最善であるかどうか、それを実行するのに適しているかどうか、私が行くべきかどうかは分かりません。… まったくの検討の段階です。

 ここしばらく、ロシア正教会のキリル総主教との会談について検討されています。今はその取り組みの最中で、中東が会談の場となる可能性があります。これが現在の状況です。

 

【プーチン大統領との対話】昨年末に誕生祝の電話をもらった際に言葉を交わしたが

問:ご訪問中に、ウクライナでの戦争について話されましたが、皆がお尋ねしているのは、「この戦争が始まってから、プーチン大統領と話をされのか」です。もし話しをされていないのなら、今日、彼に何と言おうとお思いですか。 (Gerry O’Connell with America Magazine)

教皇:私があらゆる面で当局者たちに言ったことは公になっています。どれも秘密ではありません。私が総主教と話した時、彼は私たちがお互いが話したことについて立派な声明を発表しました。

 昨年末に、私はロシア大統領と話をしました。彼が「誕生日おめでとう」と私に電話をくれた時です。ウクライナの大統領とは二度、話しました。そして、戦争が始まった日に、私はロシア大使館に足を運びました。ロシア国民のバチカンにおける代表である大使と話をし、質問し、私の思いを伝えねばならない、と思ったからです。

 キーウのシェフチュク大司教とも話をしました。また、あなたがたの記者の1人、リヴィウで働いていたが今はオデッサに移っているエリザベッタ・ピケとは、2、3日おきに連絡を取り合っています。彼女は私に現在の状況について知らせてくれます。神学校の学長とも話をしました。

 また、亡くなったあなた方の同僚たちにお悔やみ申し上げます。どちらの側にいるかは、問題ではありません。あなた方の仕事は公益に奉仕することであり、彼らは、情報を伝える仕事、公益のための仕事の最中に倒れました。彼らのことを忘れないようにしましょう。彼らは勇敢でした、そして私は、彼らのために、主が彼らの仕事に対して報いてくださるように、祈ります。

 

【戦争について】「二度と悲劇を繰り返さない」という約束を皆が忘れている

問:仮に、(プーチン大統領と話す機会があったら)、どのようなメッセージを彼に出されますか?

教皇:私がすべての関係者に出したメッセージは、公にしています。私は”二重表現”をしません。いつも同じことを話しています。

 あなたの質問には、正義の戦争と不正義の戦争についての疑問もあるようですね。すべての戦争は不正義から発します。それが戦争の様式だからです。平和の様式ではありません。武器を手に入れるために投資をする場合、 「自分たちを守るために必要なのだ」と言う人もいます。これが戦争の様式です。

 第二次世界大戦が終わった時、誰もが「二度と戦争をしない」と言い、平和を誓いました。広島と長崎(に原爆が投下された)後、平和のために、武器を、核兵器を提供しないー平和への取り組みの波が起きました。そこには、大きな”善意”があった。それから70年以上たって、私たちは、それを全く忘れてしまいました。そして戦争の様式が取って代わっています。以前の国連の活動には大きな希望がありましたが、戦争の様式に染まっている。それ以外の様式を想像できない。平和の様式を考えられなくなっているのです。

 私が回勅「Fratelli tutti (兄弟の皆さん)」の文末に記した、ガンディーなどのように、平和の様式に自らを賭けた素晴らしい人たちがいます。だが、私たち人類は頑迷です。”カインの亡霊”で、戦争に恋をしてしまいます。聖書の初めに、この問題が示されているのは、たまたま、ではありません。

*【ノルマンディー上陸作戦】多くの若い犠牲者のことを誰も口にしない

 聖書の冒頭でこの問題ー平和の魂ではなく、人殺しの”カイニスト”の魂ーが記されているのは、たまたま、ではありません。 (注:カインは言った)「父よ、(私の過ちは大きく)背負いきれません!」

 個人的なことをお話しします。2014年に、レディプーリア(注:イタリア北東部にある第一次世界大戦の戦死者を弔う大規模な軍事墓地)で(注:戦死者を追悼し、平和を願うミサを奉げた時)、戦死者たちの名前を見て、私は涙を流しました。その後、死者の日に追悼ミサを奉げに、アンツィオに出掛け、その地で倒れた人たちの名前を目にしました。若い人たちばかりで、私はまた涙を流しました。私たちは、墓の前で涙を流さざるを得なくなります。

 もう一つの私の経験です。ノルマンディー上陸作戦の記念式典があり、関係国の政府を代表する人たちが出席しました。だが、彼らがあいさつで、その海岸で命を落とした約3万人の若者たちについて語った、という記憶はありません。若者たちは関係が無い… おかしなことです。私は悲しく思います。私たちは(注:過去の失敗から)決して学ぶことをしません。

 主が、私たち、私たちすべてを、憐れんでくださいますように。私たちは皆、罪人です!

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年4月4日

☩「大量の避難民発生は、”文明の遭難”だ」教皇、マルタのセンターで

(2022.4.3 バチカン放送)

 教皇フランシスコは3日午後、マルタ共和国訪問の最後の行事として、ハル・ファの避難民センター「聖ヨハネ23世・平和のラボラトリー」で、避難民たちとお会いになった。

 このセンターは、フランシスコ会のディオニスス・ミントフ神父によって1971年に創始された。現在はボランティアたちによって運営され、50人ほどの避難民を受け入れている。多くはリビア経由でヨーロッパに向かう、ソマリア、エリトリア、スーダンなどからの人々で、人権教育の機会や医療サービス等を提供している。

 教皇は、創立者のミントフ神父ら関係者に迎えられ、施設の野外劇場で約200名の避難民と集いを持たれ、避難民の代表たちから、自国の内戦や暴力、貧困、遭難の恐怖、厳しい現実、未来への希望などをお聴きになった。

 教皇は挨拶で、「使徒言行録」に記されている聖パウロの遭難とマルタ島で受けたもてなしの体験を取り上げ、「これは現在、地中海で無数の大人や子どもたちが体験しているもの。残念ながら、その多くは悲劇的なものです」とされてうえで、海だけではないもう一つの遭難、「文明の遭難」を指摘。「私たちの船が今日の文明の中で沈まないためには、人を単なる”数字”として扱ってはならない。一人ひとりの顔やこれまでの体験を大切にする”人間性”が必要です」と強調された。

 また、移民たちがこれまでたどって来た人生に、戦争のために祖国を追われた多くのウクライナの人々の姿を重ね、さらに安全な場所を求めて住み慣れた土地を後にせざるを得なかったアジア、アフリカ、アメリカ大陸の避難民たちにもご自身の祈りと思いを向けられた。

 そして、教皇は避難民たちにご自身の夢を託され、「人間性と兄弟愛に満ちた受け入れを体験した後、皆さん自身が、受け入れと兄弟愛を第一線で証しし、推進する人になって欲しい」と希望。「今日の世界は、避難民の人々が尊厳ある兄弟的な生活のための、基本的な人間の価値の証し人となることを必要としています」と語られた。

 教皇は集いの後で、同センターで援助を受けている何人かの避難民とお会いになり、これらの人々に耳を傾けられ、2日間にわたるマルタ共和国の司牧訪問を終えた教皇は、送別式が行われる空港へと向かわれた。

(編集「カトリック・あい」=「移民」は自分の意志で、新たな可能性を求めて、他国に定住する目的で、自国を出る人、という意味も含まれており、この場合の「migrant」の訳としては、適当ではありません。戦争や暴力などでやむを得ず故郷を出なければならなかった人々を指しているので「避難民」が適当と判断しました)

2022年4月4日

☩「神聖を汚す攻撃に晒されるウクライナに平和が戻るよう祈ろう」マルタでの主日の正午の祈りで

2022.04.02 Pope Francis delivers Angelus Address in Malta2022.04.02 Pope Francis delivers Angelus Address in Malta  (Vatican Media)

 (2022.4.3 Vatican News Deborah Castellano Lubov)

   教皇フランシスコは3日、マルタのフロリアーナでの主日の正午の祈りの説教で、苦しみの淵に置かれたウクライナに速やかに平和が戻るよう祈ることを、信徒たちに求められた。

 教皇は、ロシアの軍事侵略で苦しの淵に置かれたウクライナに今も爆撃が続いている現状を、「(人の命の)神聖さを汚す戦争」と強く非難。ウクライナを聖母マリアに託し、平和回復を祈るように、世界中のすべての信徒に促された。

 ロシアの正当性を全く欠いた一方的なウクライナ攻撃は2か月目に入り、罪もない数千人の人々が命を落とし、何百万人もの人々、特に女性と子供たちが近隣諸国に脱出を余儀なくされている。

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月3日

☩教皇、マルタでの主日ミサ「イエスによって、これまでと違う新たな人生が常に可能になる」

(2022.4.3 Vatican News  Deborah Castellano Lubov)

 マルタ訪問2日目の3日、教皇フランシスコは、フロリアーナで四旬節第五主日のミサを奉げられ、ミサ中の説教で、信徒たちに「イエス・キリストによって、私たちは、これまでと違う新しい人生がいつも可能になります」と語られた。

 教皇はミサと正午の祈りの後、3日午後に難民たちとの集いに出席されて、2日間のマルタ訪問を終えられ、夕方に空路、ローマへの帰途に就かれる。

 ミサ中の説教で、教皇は、この日の福音の箇所ーヨハネ8勝2節に始まる「姦淫の女とイエス」ーを取り上げ、まず、姦淫の現場で捕らえられた女性を連れて来た律法学者たちやファリサイ派の人々に注目され、彼らが「すでにすべてを知っているから、イエスの教えを必要としない」と考えていたことを強調。

 「女性を告発した人々は、自分たちの過ちを無視する一方で、他人の過ちを非常に気にしている。そしてこの場面では、公正で信心深く振舞いながら、『経験で信心深いという名声に乗じて』イエスを非難し、試練に遭わせたいと考えます」とされた。

 

*私たちの生き方でイエスを否定するリスク

 そして、私たちに起きる善と他人を指さす衝動を警告された教皇は、「私たちが誠実に主に心を開けば、私たちの中で働いてくださいます」と述べたうえで、律法学者たちが他の人をどのように扱うかに注意を向け、「私たちが主の真の弟子であるかどうかを理解するために、自分自身をどのように見ているかについて考える必要があります。姦淫したとされる女性を告発した人々は、『自分たちには、学ぶことは何もない』と確信していました。彼らは、外見は申し分なかったが、誠実な心を欠いていたのです」と指摘された。

 

*何を変えるべきかをイエスに尋ねよう

 さらに、教皇は「イエスにとって真に重要なのは、開かれた心と誠実さです。私たちの外見に満足されず、内面の誠実さを求めておられます。ですから祈りの中で『私に何を望んでおられますか?私の人生で、何を変えることを望まれますか?他の人たちをどのように尊重することを望まれますか』と主に問いかけ、心を開けば、主が私たちの中で働いてくださいます」と説かれた。

 続いて教皇は、「姦淫の現場を目撃され、絶望的な状況に立たされた女性に、イエスは新しい予期せぬ地平線を開きました。彼女を非難せず、希望を取り戻させたのです」とされ、「神は私たちに、いつも再度のチャンスの余地を残してくださいます。このため、私たちは、常に救いにつながる道を見つけることができるのです」と強調。そして 「神はいつも私たちを赦そうとしておられるのに、私たちは赦しを願うことにうんざりしている」と付け加えられた。

*それでも神は私たちを信じておられる

 「赦しは、女性の人生を変えました」とされた教皇は、「同じように赦された私たちに、主は、たゆまぬ和解の証人になることを望んでおられます」と述べ、「神には、『取り返しのつかない』という言葉が存在しない。その証人となること。常に赦し、私たちを信じ続けることを決しておやめにならず、常に新規まき直しの機会を与えてくださる神。だが、神の前に私たちの罪や失敗を置かない限り、主の慈悲の下に、新しい、これまでと異なる人生を始める機会は得られません」と忠告された。

 さらに教皇は、「悲惨な状況にあった女性。憐れに思われたイエスによって赦され、癒された女性の姿は、教会を構成する私たちが”福音の学び舎”に立ち戻り、私たちに感動を与え続ける希望の神から学ぶよう促します」と述べ、「私たちがキリストに倣うなら、他者の罪を非難することに懸命になるのではなく、新しい人生が可能であることを愛を持って示すことに集中する必要があります。主に、私たちを驚かせましょう。主がもたされる”よき知らせ”を進んで受け入れるようにしましょう」と信徒たちに呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年4月3日

☩「残酷な戦争を止めるための祈りを新たにしよう」ウクライナの子供たちを前に

(2022.3.30 バチカン放送)教皇フランシスコとウクライナの子どもたち 2022年3月30日 バチカン・パウロ6世ホール

 教皇フランシスコは30日の水曜恒例の一般謁見に参加したウクライナの子どもたちに挨拶され、現在続いている「残酷な戦争」を止めるための祈りを新たにするよう、参加した信徒たちに強く求めらえた。

 他の欧州諸国と同じように、イタリアには、ロシア軍の一方的な軍事侵略で多くの民間人が犠牲になっているウクライナから避難し、支援団体や大使館の支援を受けている子供たちを含む多くの人がいる。

 この日、バチカンのパウロ6世ホールで行われた一般謁見に、教皇は、そうしたウクライナの子供たちを招かれ、励ましの言葉を送られた。そして、参加した信徒たちに「子供たちを前に、改めて残酷な戦争の非道さを考えざるをえません」と語られ、「この残酷な戦争を止めるために祈りを新たにしましょう」と呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

2022年3月31日

◎教皇連続講話「老年の意味と価値について」⑤「年を取ると肉体的感覚は鈍るが、聖霊が精神的な感覚を研ぎ澄ましてくれる」

(2022.3.30 )

 教皇フランシスコは30日、水曜恒例の一般謁見で「老年の意味と価値について」をテーマとする連続講話を続けられ、「福音書に書かれている高齢のシメオンとアンナをすべての年配者の模範としてどのよう生かしていくか」を考察された。

 教皇は、「年配者たちは、神の約束の成就に対する信仰と信頼の個人的な証人となり、それによって世代間の架け橋を築くよう求められています」とされ、「年を取ると、私たちの肉体的感覚は鈍くなりがちですが、人生のこの貴重な時期に、聖霊は私たちの精神的感覚を研ぎ澄してくれます」とも語られた。

 そのうえで、「キリストの臨在と霊的の賜物を認識し、横論で受け入れることのできる年配者を、私たちの社会はどれほど必要としていることでしょう」と述べ、「快楽で有頂天になり、”永遠の若者”の幻想を育てるむ社会は、『信仰、知恵、思いやり、そして困っている人々の世話』という本質的な精神的価値に、容易に麻酔をかけてしまいます」と警告。

 「年配者の生きざまと証しは、この精神的な価値の基盤を確保し、私たちの日々の暮らしにおける神の存在を識別し、世代から世代へ神の救いの計画を伝えていくことの重要性を教えてくれるのです」と強調された。

(バチカン広報発表の要約版を「カトリック・あい」が翻訳)

2022年3月30日

☩「戦争が人類を歴史から消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去れ」教皇が訴え

Local residents sit on a bench in the besieged city of MariupolLocal residents sit on a bench in the besieged city of Mariupol  (ALEXANDER ERMOCHENKO)

(2022.3.27 Vatican News Christopher Wells)

   ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めて1か月経ったが、教皇フランシスコは27日の四旬節第4主日の正午の祈りの中で、改めて、攻撃の即時停止を訴え、「戦争が人類を歴史から消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去るように」強く求められた。

 教皇は、「すべての戦争と同様に、ウクライナでの『残酷で無意味』な戦争は、今や2か月目に入りました。戦争の長期化は、人類すべての『敗北』を意味します」と強く非難され、このような野蛮で、罪もない人に犠牲を強いる戦争行為は「現在の社会だけでなく、未来の社会も破壊する」と警告。

 また、ウクライナの子供たちの半数が現在、家を離れることを余儀なくされている事実を示され、「これが未来を破壊することの意味。私たちの中で最も小さく、最も罪のない子供たちの生活に甚大なトラウマを引き起こしています」と嘆かれた。

 さらに、教皇は、「戦争は避けられないもの、としてはなりません。私たちは戦争に慣れるべきではない。今日の蔑視を明日への誓いに変える必要があります」とし、世界のすべての政治指導者に対して、戦争に終止符を打つことを誓うように求められた。

 「自滅の危険の前に、戦争を捨てる時ー戦争が人類の歴史を消し去る前に、人類の歴史から戦争を消し去る時ーが来たことを人類が理解しますように!」

 教皇は、特に「痛め続けられているウクライナ」に目を向け、関係する国々の指導者たちに、「日々の戦闘がすべての人にとって状況を悪化させることを認識するように」と強く求め、「もうたくさんです!戦争を止めなさい!武器が沈黙するように。平和の回復に、皆で真剣になりましょう!」と訴えられた。

 最後に、教皇は25日の「聖母マリアの汚れ泣き御心のロシアとウクライナの奉献」を思い起こされ、全世界の信徒たちに、改めて、「平和の女王マリア」に祈りを捧げるよう促され、アベマリアの祈りを共に唱えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月27日

☩教皇、四旬節第4主日の正午の祈り「開かれた心で神の慈しみを受け取れますように」

(2022.3.27 Vatican News staff writer)

 教皇フランシスコは27日、四旬節第4主日の正午の祈りに先立つ説教で、この日のミサで読まれた福音書の「放蕩息子」のたとえ話を取り上げ、このたとえ話から、私たちは、「神は、私たちの最悪の罪さえも赦し、戻ってくる私たちを歓迎し、そして、私たちのために祝宴を開いて喜んでくださる父」であることを学ぶことができる、と語られた。

 「私たちが、その父の息子であり、父はいつも私たちを深く愛してくださり、私たちを待っていてくださる、と思うと、とても心打たれます」。

*頑なな心で神と距離を置かないように

 このたとえ話には、放蕩の限りを尽くしたあげくに父に赦してもらおうと家に戻って来た弟を、父が喜んで迎えた時に、兄が怒って家に入ろうとしなかったことも、書かれている。

 教皇は、「この兄のような振る舞いを、私たちもすることがあります。神との関係が、義務を果たし、命令を守ることにあると信じているために、怒りたくなるのですが、そのような時、私たちは、神の父親としての、限りない慈しみ、思いやり、愛を忘れています」と指摘。「私たちの頑なさが、神と距離を置くような仕方で、神との関係を作る危険を知る必要があります」と説かれた。

*大いに喜びなさい

 教皇はその後、たとえ話の父が兄に心を開いて弟を歓迎するように懇願したとき、父が自分の心を開いてこう言ったとき、次のように語っています。死んでいて、生きています。」教皇は、私たちも一瞬を振り返り、父が私たちの心に必要としているこれら二つのこと、「陽気になり、喜ぶこと」もあるかどうかを見るべきだと言いました。

*悔い改める人の側に

 また、このたとえ話に書かれている、父が、帰って来た息子を家に迎え入れ、「喜び祝った」ことは、「リスクを冒す恐れがあったり、遠くにいたりしても、悔い改め、あるいは悔い改めようとしている人たちの側に、私たちがいることを意味します」と語られ、「そうすることで、自分自身の過ちを思い出すことで生まれる恐れや失望に対応できるのです」と説かれた。

 そして、「父である神のように、私たち全ての人を温かく迎え入れ、励まさねばなりません。彼らと距離を置いたり、咎めたりすることは役に立ちません。遠くにいる人たちにも手を差し伸べ、彼らを励まし、彼らがより良い方向に変わるときに共に祝うために、そこにいなければなりません」とされた。 「開かれた心、耳、澄み切った笑顔で、どれほど多く、良いことができるでしょうー祝うために、気まずくさせないために!」

*神と”同期”した心 

 教皇はさらに、「私たちは、大いに喜ぶ必要があります」とされ、「私たちの心が、本当に神と”同期”していれば、誰かが悔い改めを見て、その人にどのような深刻な過ちがあっても、過ちを糾弾し続けることはできず、彼が選択した善のゆえに、共に喜びます。ですから、他の人たちが喜ぶような、そして共に喜べるようなやり方を学びましょう」と信徒たちを促された。   最後に、「聖母マリアが、私たちの隣人を見る光となる「神の慈しみ」を受け取れる方法を教えてくださいますように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年3月27日

◎教皇連続講話「老年の意味と価値について」④年配者は、信仰を伝える、かけがえのない存在

(2022.3.23 Vatican News staff reporter)

 教皇フランシスコは23日の水曜恒例一般謁見で、「老年の意味と価値について」の講話を続けられ、教会の信仰の個人的な経験を新しい世代に引き継ぐためのに年配者に与えられた特別の召命を中心に語られた。

 この日の講話で教皇は、老いたモーセの死に関する旧約聖書の記述をもとに観想された。

 イスラエルの民をエジプトから約束の地に導く旅の終わりに、年老いたモーセは、壮大な歌(申命記31章30節-33章29節)を通して、自身が忠実であり続けた主に対する信仰の経験を民に伝えたが、教皇は、「このモーセの歌は、神と共に生きた歴史、アブラハム、イサク、ヤコブの神への信仰から形成された人々の冒険の記憶でもあるのです」と説かれた。

*年配者は信仰の財産をもっている

 そして、「モーセは、神ご自身の苦しみと失望も記憶しています。彼の主への忠実さは、彼の民の不信仰によって絶えず試された」が、「120歳になってもなお、モーセは、その長い人生と信仰の経験の財産を次世代に引き継ぐことを可能にする明晰さを持っていました」と語られた。

 そのうえで、教皇は、「現在では、教会が福音の宣教し、信仰を伝える努力は、本や映画、その他の資料の助けを借りてなされています。それでも、信仰において神と共にある生涯の経験の物語を人から人へ伝えていくことに代わるものは他にありません」と言明。「長生きをし、自身の歴史についての明晰で情熱的な証言の賜物を受け取った年配者は、かけがえのない祝福を受けています」と指摘。

 また教皇は、個人的な経験として、1914年にピアーヴェ川で戦った祖父から戦争に対する憎悪と怒りについて学んだことを思い起こされ、「祖父は私に、戦争の酷さについて話すことで、戦争への憤りを伝えたのです。そのようなことは、本を読むことや他の方法で学べません。祖父母から孫へと伝えていべきものです」とされたうえで、「残念ながら、今ではそうではなく、”祖父母は廃棄物”だとさえ言われます。そうではないのです。年配者は、人々が生きた記憶であり、若者や子供たちは、彼らの話を聞く必要があるのです」と説かれた。

*年配者には知恵と経験がある

 だが、現代の”政治的に正しい文化”の下で、このような伝え方は多くの点で妨げられている。そうした中で、「若い世代が、教会を内面から知り、神の言葉に忠実な生活を送り、試練の中で希望を持ち続け、すべての人に思いやりのある愛を示すようになる」ために、年配者の知恵と経験が大いに必要とされている、と強調された。

*実際に見聞きすることの重要さ

 教皇はまた、「今日の教会にしばしば欠けているのは、現在に至る信仰の真の歴史と教会共同体の活動を、実際に聞き、目撃することから得られる知識です」とされ、「私たちが子供の時は、カテキズムのクラスで神の言葉を学びました。しかし、今の若者は、教室で、そして世界的な情報媒体で、教会を”学び”ます」と指摘。福音書に目を向けられて、言われたー「福音書の筆者たちは、使徒たちの過ち、誤解、さらには裏切りさえも隠すことなく、イエスの物語を正直に語っています。これは、教会の”長老たち”が初めの時から、”手から手”へ、次の世代へと伝えていく記憶の賜物です」。

 

*年配者の貴重な役割を尊重する

 そして講話の最後に、「信仰の歴史の物語は、『モーセの歌』、福音書や使徒言行録の証言で語られているもの。言い換えれば、強い感情を持って神の祝福を、誠実さを持って私たちの過ちを思い起こすことのできる物語なのです」とされ、信徒たちに、「過去の賜物を大事にし、神の王国の到来で神の約束が成就されることを待ち望んでいるのと同じように、年配者の貴重な役割を尊重するように」求められた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月24日

☩「戦いを止め、平和をもたらしてください」ー教皇の「マリアの穢れなき御心への奉献の祈り」バチカン放送訳+中央協議会訳

教皇フランシスコ ポルトガル・ファティマ巡礼で 2017年5月13日 教皇フランシスコ ポルトガル・ファティマ巡礼で 2017年5月13日  

 25日に予定される教皇フランシスコによる、ロシアとウクライナの「マリアの穢れなき御心への奉献の祈り」の全文が23日、発表された。 教皇は、世界のすべての司教、司祭に、この祈りで一致するよう求められている。

 教皇は、イタリア時間3月25日午後5時(日本時間3月26日午前1時)から、バチカンの聖ペトロ大聖堂で行われる共同回心式の中で、ロシアとウクライナをマリアの穢れなき御心に奉献される。教皇による奉献の祈りは、午後6時半前後に予定されている。25日には、ポルトガルの聖母巡礼地ファティマでも、教皇特使、コンラート・クライェフスキ枢機卿によって、聖母の穢れなき御心への奉献が行われる予定。

 教皇が唱える祈りの全文(日本語訳)は以下のとおり。

**********

マリアの穢れなき御心への奉献の祈り

 神の御母、私たちの母、マリアよ、この懊悩の時、あなたにより頼みます。母であるあなたは、私たちを愛し、私たちをご存知です。私たちが心に抱くいかなるものも、あなたに隠すことはありません。慈しみ深い母よ、私たちは何度も、あなたの配慮ある優しさ、平安に導くあなたの存在を体験しました。なぜなら、あなたは、私たちをいつも、平和の君であるイエスに導く方だからです。

 しかし、私たちは平和の道を見失いました。私たちは前世紀の悲劇の教訓を、世界大戦の無数の死者たちの犠牲を忘れました。国々の共同体としての義務を尊重せず、人々の平和への夢と、若者たちの希望を裏切りました。私たちは強欲に取りつかれ、国益の中に閉じこもり、無関心によって心はひからび、エゴイズムによって麻痺してしまいました。

 神を無視することを選び、欺瞞と共に生き、攻撃性を増し、人命を殺め、軍拡に走り、自分たちが隣人と共通の家を守るべき者であることを忘れました。地上の園を戦争によって破壊し、私たちが兄弟姉妹として生きることを望まれる、御父の御心を罪によって傷つけました。自分たち以外の、すべての人、すべての箏に対し無関心になりました。私たちは恥をもって言います。主よ、お赦しください!

 罪の惨めさの中で、疲れと弱さの中で、悪と戦争の不条理の中で、聖なる母よ、あなたは、神は私たちを見捨てられず、愛の眼差しを注ぎ続け、私たちを赦し、再び立ち上がらせたいと望んでおられることを思い出させてくださいます。神はあなたを私たちにお与えになり、あなたの穢れなき御心を教会と人類のよりどころとしてくださいました。神の善によって、あなたは私たちと共におられ、歴史の最も暗い曲がり角においても、私たちを優しく導いてくださいます。

 私たちは、あなたにより頼み、あなたの御心の扉をたたきます。あなたは、愛する子である私たちをいつも見守り、回心へと招かれます。この闇の時、私たちを救い、慰めに来てください。私たち一人ひとりに繰り返してください。「あなたの母である私が、ここにいないことがあるでしょうか」と。あなたは私たちの心のもつれと、時代の困難を解くことがお出来になります。私たちはあなたに信頼します。特に試練の時、あなたは私たちの祈りを蔑むまず、助けに来てくださる、と確信しています。

 ガリラヤのカナで、あなたはイエスの助けを促され、イエスの最初のしるしを世界にもたらしました。婚礼の祝いが悲しみに変わった時、「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハネ福音書2章3節)と、あなたはイエスに言われました。

 御母よ、神にその言葉をもう一度繰り返してください。今日、私たちに希望のぶどう酒はなくなり、喜びは消え去り、兄弟愛は薄められたからです。私たちは人間性を見失い、平和を壊してしまいました。あらゆる暴力と破壊をしうる者となってしまいました。私たちはあなたの母なる助けを急いで必要としています。

 御母よ、どうか、私たちの願いを聞き入れてください。
海の星であるあなたよ、戦争の嵐の中で私たちを遭難させないでください。
新しい契約の櫃であるあなたよ、和解の計画と道を呼び起こしてください。
「天の大地」であるあなたよ、神の調和を世界にもたらしてください。
憎しみを消し、復讐を宥め、赦しを教えてください。
戦争から私たちを解放し、核兵器の脅威から世界を守ってください。
ロザリオの元后、祈り、愛することの必要を呼び覚ましてください。
人類家族の元后、人々に兄弟愛の道を示してください。
平和の元后、世界に平和をお与えください。

 御母よ、あなたの嘆きが、私たちの頑な心を動かしますように。あなたが私たちのために流した涙が、憎しみで干上がった谷に再び花を咲かせますように。武器の音が止まぬ中、あなたの祈りが、私たちを平和に向かわせますように。あなたの母なる手が、爆撃の下で苦しみ、逃げまどう人々に優しく触れますように。あなたの母なる抱擁が、家と祖国を後にせざるを得ない人々に慰めを与えますように。あなたの苦しむ御心が、私たちに憐れみの心を動かし、扉を開けさせ、傷つき、見捨てられた人類の世話にあたらせますように。

 聖なる神の御母よ、あなたが十字架の下におられた時、イエスはあなたのそばの弟子を見て、「御覧なさい、あなたの子です」(ヨハネ福音書19章26節)とあなたに言われました。こうしてイエスは、私たち一人ひとりをあなたに委ねられました。それから、イエスは弟子に、つまり私たち一人ひとりに、「見なさい、あなたの母です」(同19章27節)と言われました。

 御母よ、今、私たちの人生、私たちの歴史の中に、あなたをお迎えしたいと思います。今この時、疲れ切り、動揺した人類は、あなたと共に十字架の下にいます。そして、あなたに信頼し、あなたを通して、キリストに自らを奉献したい、と望んでいます。愛をもって、あなたを崇敬するウクライナの民とロシアの民は、あなたにより頼んでいます。それに対し、あなたの御心は、彼らのために、そして戦争、飢餓、不正義、貧困によって殺されたすべての人々のために鼓動しています。

 神と私たちの御母よ、私たちは、あなたの穢れなき御心に、私たち自身を、教会を、全人類を、特にロシアとウクライナを、厳かに託し、奉献いたします。私たちが信頼と愛を込めて唱えるこの祈りを聞き入れてください。戦争を止め、世界に平和を整えてください。

 あなたの御心から出た「はい」という言葉は、平和の君に歴史の扉を開きました。あなたの御心を通して、再び平和が訪れることを信じています。あなたに全人類の未来と、人々の必要と願い、世界の苦悩と希望を奉献いたします。あなたを通して、地上に神の慈しみが注がれ、平和の穏やかな鼓動が私たちの日常に再び響きますように。

 「はい」と答えた乙女よ、あなたの上に聖霊は訪れました。私たちに神の調和を再びもたらしてください。「ほとばしる希望の泉」である方、渇いた私たちの心を癒やしてください。人類をイエスに織り込んだ方、私たちを交わりを作り出す者にしてください。私たちの道を歩まれた方、平和の小径を導いてください。

アーメン。

(編集「カトリック・あい」)

*以下は、3月24日発表の日本カトリック中央協議会訳

ロシアとウクライナをマリアの汚れなきみ心に奉献する祈り

 神の母、わたしたちの母マリアよ、この苦難の時、あなたにより頼みます。母であるあなたは、わたしたちを愛し、わたしたちのことをご存じです。わたしたちが心に抱くことは、何一つあなたに隠されていません。いつくしみ深い母よ、わたしたちはあなたの優しい計らいと、平和をもたらすあなたの存在をたびたび経験してきました。あなたはいつも、わたしたちを平和の君であるイエスのもとに導いてくださるからです。

 しかし、わたしたちは平和の道を見失いました。わたしたちは前の世紀の悲劇の教訓を忘れ、世界大戦の犠牲となった数えきれないほどの死者のことを忘れてしまいました。国際的な共同体として交わした約束を無視し、人々の平和への夢と若者たちの希望を裏切りました。わたしたちは欲望に取りつかれ、国益の中に閉じこもり、心は無関心によって渇き、利己主義によって麻痺してしまいました。神を無視し、偽りとともに生き、攻撃する心をかき立て、いのちを消し去り、武器を蓄えることを選び、隣人と共通の家を守るべき者であることを忘れてしまいました。戦争によって地球の庭を荒廃させ、わたしたちが兄弟姉妹として生きることを望まれる御父のみ心を、罪によって傷つけてしまいました。わたしたちは、自分以外のすべての人や物事に無関心になってしまいました。そして、恥ずかしながらこう叫びます。「主よ、おゆるしください!」

 聖なる母よ、悲惨な罪の中で、疲れと弱さの中で、悪と戦争という理解しがたい不条理の中で、神はわたしたちを見捨てることなく、愛のまなざしを注ぎ続け、わたしたちをゆるし、再び立ち上がらせようと望んでおられることを、あなたは思い出させてくださいます。神はあなたをわたしたちにお与えになり、あなたの汚れなきみ心を教会と人類のよりどころとしてくださいました。神の恵みによって、あなたはわたしたちとともにいて、歴史の最も厳しい曲がり角においてもわたしたちを優しく導いてくださいます。

 わたしたちはあなたにより頼み、あなたのみ心の扉をたたきます。あなたは、愛する子であるわたしたちをいつも見守り、回心へと招いてくださいます。この暗闇の時、わたしたちを救い、慰めに来てください。わたしたち一人ひとりに繰り返し語ってください。「あなたの母であるわたしが、ここにいないことがありましょうか」と。あなたは、わたしたちの心と時代のもつれを解くことがおできになります。わたしたちはあなたに信頼を寄せています。とくに試練の時、あなたはわたしたちの願いを軽んじることなく、助けに来てくださると確信しています。

 ガリラヤのカナで、あなたはイエスの執り成しを促し、イエスの最初のしるしを世界にもたらしてくださいました。婚宴の祝いが悲しみに変わった時、あなたはイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハネ2・3)と言われました。御母よ、神にそのことばをもう一度繰り返してください。今日、わたしたちに希望のぶどう酒はなくなり、喜びは消え去り、きょうだい愛は水を差されてしまったからです。わたしたちは人間性を見失い、平和を壊してしまいました。あらゆる暴力と破壊を可能にしてしまいました。わたしたちは、あなたの母なる助けを直ちに必要としています。

母マリアよ、わたしたちの願いを聞き入れてください。
海の星であるマリアよ、戦争の嵐の中でわたしたちを難破させないでください。
新しい契約の櫃であるマリアよ、和解への計画と歩みを奮い立たせてください。
「天の大地」1であるマリアよ、神の調和を世界にもたらしてください。
憎しみを消し、復讐をしずめ、ゆるしを教えてください。
わたしたちを戦争から解放し、核の脅威から世界を守ってください。
ロザリオの元后、祈り愛することが必要であることを呼び覚ましてください。
人類家族の元后、人々にきょうだい愛の道を示してください。
平和の元后、世界に平和をお与えください。

 わたしたちの母よ、あなたの嘆きが、わたしたちの頑な心を動かしますように。あなたがわたしたちのために流した涙が、憎しみで涸れる谷に再び花を咲かせますように。武器の音が鳴りやまない中で、あなたの祈りがわたしたちを平和に向かわせますように。あなたの母なる手が、度重なる爆撃によって苦しみ、逃げまどう人々に優しく触れますように。あなたの母なる抱擁が、家と祖国を追われた人々に慰めを与えますように。あなたの苦しむみ心が、わたしたちのあわれみの心を動かし、扉を開き、傷つき見捨てられた人々のために尽くす者となりますように。

 聖なる神の母よ、あなたが十字架の下におられたとき、イエスはあなたのそばにいる弟子を見て、「御覧なさい。あなたの子です」(ヨハネ19・26)と言われました。こうしてイエスは、わたしたち一人ひとりをあなたにゆだねられました。そして、イエスは弟子に、すなわちわたしたち一人ひとりに、「見なさい。あなたの母です」(同19・27)と言われました。御母よ、わたしたちは今、あなたをわたしたちの人生と歴史の中にお迎えしたいと願っています。今この時、疲れ果て、動揺した人類は、あなたとともに十字架の下に立っています。そして、あなたに信頼し、あなたを通してキリストに自らを奉献したいと望んでいます。愛をもってあなたを崇敬するウクライナとロシアの民は、あなたにより頼んでいます。あなたのみ心は、彼らのために、そして戦争、飢餓、不正義、貧困によって殺されたすべての人のために鼓動しています。

 神の母、わたしたちの母よ、あなたの汚れなきみ心に、わたしたち自身を、教会を、全人類を、とくにロシアとウクライナを厳かにゆだね、奉献いたします。わたしたちが信頼と愛を込めて唱えるこの祈りを聞き入れてください。戦争を終わらせ、世界に平和をもたらしてください。あなたのみ心からあふれ出た「はい」ということばは、歴史の扉を平和の君に開きました。あなたのみ心を通して、再び平和が訪れると信じています。あなたに全人類の未来と、人々の必要と期待、世界の苦悩と希望を奉献いたします。

 あなたを通して、神のいつくしみが地上に注がれ、平和の穏やかな鼓動がわたしたちの 日常に再び響きますように。「はい」と答えたおとめよ、聖霊はあなたの上にくだりました。わたしたちの間に神の調和を再びもたらしてください。「ほとばしる希望の泉」であるマリアよ、渇いたわたしたちの心を潤してください。人類をイエスに織り込んだマリアよ、わたしたちを、交わりを作り出す者としてください。わたしたちの道を歩まれたマリアよ、平和の道へと導いてください。アーメン。

2022年3月24日

☩「ウクライナの平和を祈る奉献に、全世界の教会の参加を」教皇、世界の司教たちに緊急書簡+英語全文

(2022.3.23 Vatican News  Devin Watkins)

   教皇フランシスコは、25日の聖ペトロ大聖堂の共同回心式でのロシアとウクライナの奉献を前にした23日、世界の全司教に緊急の書簡を送り、この奉献に参加かすることを通して、「罪のない人々への暴力と苦痛に終止符を打つため」の普遍教会の確固たる姿勢を示すように、強く求められた。

 25日午後5時(日本時間26日午前1時)からの共同回心式は、バチカンのラジオ、YouTube、ウェブサイト、Facebookなどで中継放送され、奉献自体は午後6時半前後に行われる予定だ。

 この書簡で教皇は、ウクライナで激しさを増すロシアによる無差別攻撃の「試練を受け続けている人たち」の「測り知れない苦しみ」に深い悲しみを表明され、ウクライナに留まらず、「世界の平和を脅かしています」と指摘。「子の暗黒の瞬間に、教会は、平和の御子の前で仲介に努め、攻撃で直接の影響を受ける人たちと共になることを示すことが、緊急に求められている」と強調された。

 また教皇は、これまで世界の多くの信徒が、ご自身の呼びかけに応えて、ウクライナの人々のために祈り、断食し、そして慈善活動などで協力してくれていることに感謝されるとともに、天使がマリアに神の子イエス・キリストの受胎を告知したことを記念する25日に、ロシアとウクライナのマリアの穢れなき御心への奉献に共に参加するよう、全世界の司教たちに促された。

 さらに、この日の共同回心式の中で、奉献をすることは、「私たちが、神の赦しを得て、新たな心で平和を求めることを可能にするため、特にふさわしいものとなります」と語られた。

 奉献の意味について、教皇は「私たちの人間の家族の未来を平和の女王に委ねるこの行為には、神の母マリアと私たちを通して、暴力に苦しみ、暴力の終焉を懇願するすべての人々の痛みの叫びを神に上げる、普遍的な教会の姿勢を示すことが意図されています」と説明。

 25日に、世界のすべての司教、司祭、修道者、信徒がそれぞれの祈りの場に集まり、神の聖なる民が私たちの母マリアに、心からの嘆願に声を合わせることを願われた。そのために、この書簡に奉献に使うテキストを添付し、誰もが「その日を通して、兄弟姉妹が共に暗唱する」ことができるようにした、とされた。

 書簡の最後に、教皇は、25日の奉献にすべての人が注意を傾け、準備に協力してくれていることに感謝を宣べ、司教たちと信徒たちを祝福を送られ、 「イエスがあなた方を守り、聖母があなた方を見守ってくださいますように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

*書簡の全文英語公式訳以下の通り。

LETTER OF HIS HOLINESS POPE FRANCIS TO THE BISHOPS  FOR THE ACT OF CONSECRATION TO THE IMMACULATE HEART OF MARY

Dear Brother,

Nearly a month has passed since the outbreak of the war in Ukraine that is daily inflicting immense suffering upon its sorely tried people and threatening world peace. At this dark hour, the Church is urgently called to intercede before the Prince of Peace and to demonstrate her closeness to those directly affected by the conflict. I am grateful to the many people who have responded with great generosity to my appeals for prayer, fasting and charity.

Now, also in response to numerous requests by the People of God, I wish in a special way to entrust the nations at war to the Blessed Virgin Mary. As I announced yesterday at the conclusion of the Angelus prayer, on 25 March, the Solemnity of the Annunciation, I intend to carry out a solemn Act of Consecration of humanity, and Russia and Ukraine in particular, to the Immaculate Heart of Mary. Since it is fitting that we should invoke peace with hearts renewed by God’s forgiveness, the Act of Consecration will take place in the context of a Celebration of Penance to be held in Saint Peter’s Basilica at 5:00 p.m., Rome time. The Act itself will take place about 6:30 p.m.

This Act of Consecration is meant to be a gesture of the universal Church, which in this dramatic moment lifts up to God, through his Mother and ours, the cry of pain of all those who suffer and implore an end to the violence, and to entrust the future of our human family to the Queen of Peace. I ask you to join in this Act by inviting the priests, religious and faithful to assemble in their churches and places of prayer on 25 March, so that God’s Holy People may raise a heartfelt and choral plea to Mary our Mother. I am sending you the text of the prayer of consecration, so that all of us can recite it throughout that day, in fraternal union.

I thank you for the attention you will give to this request and for your ready cooperation. With great affection, I bless you and the faithful entrusted to your pastoral care. May Jesus protect you and the Holy Virgin watch over you. I ask you, please, also to pray for me.

Fraternally,

From Saint John Lateran, 21 March 2022

FRANCIS

2022年3月23日

☩「戦争は人間性の破壊だ」教皇、改めてウクライナの平和の祈りへの参加を呼びかけ

Rescuers work at the site of buildings damaged by shelling in MykolaivRescuers work at the site of buildings damaged by shelling in Mykolaiv 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年3月23日

☩「ウクライナ侵略戦争は非人間的で、神聖な人の命を冒涜する行為だ」四旬節第三主日正午の祈りで

Pope Francis blesses a Ukrainian girl wounded in the warローマの小児病院に、負傷して避難して来た子供を祝福される教皇  (Vatican Media)

(2022.3.20 Vatican News  Devin Watkins)

 教皇フランシスコは20日、四旬節第三主日の祈りの説教の後で、ロシアによる正当性を欠いたウクライナ軍事侵略が4週目に入って激しさを増し、多くの犠牲者が出続けていることを取り上げ、攻撃の即時中止を訴えるとともに、ウクライナからの避難民の長期受け入れを強調された。

  教皇は、「[残念ながら、ウクライナに対する暴力的な攻撃は止まりません。毎日、正気の沙汰ではない大虐殺ー殺戮と残虐行為が繰り返さています。これには正当な理由はありません!」と強く非難し、「国際社会に関わりをもつすべての人に、この忌まわしい戦争を止めることを心から誓うよう願います」と世界の国々の指導者たちに呼びかけられた。

*罪のない人者が殺され続けている

 そして、教皇は特に、高齢者、子供、妊娠中の母親を含む罪のない一般市民が攻撃の対象となっていることに強く心を痛められ、「このような行為は、すべて非人道的。人の命の神聖さに反する行為です。特に尊重され、保護されるべき人の命、排除されるべきではない、いかなる戦略よりも優先すべき、自らを守る手立ての無い人の命に反する行為です!」とされたうえで、「このような行為が、非人道的で神聖な人の命を冒涜する残虐行為であることを忘れないように!」と強く訴えられた。

 教皇は、前日19日の午後、ローマ市内の Bambino Gesù小児病院を訪問され、ロシア軍の攻撃で負傷し、治療を受けているウクライナの子供たちを励まされた。「ある子は腕をなくし、ある子は頭にけがをしていました。罪のない子供たちです」とされ、「ウクライナでは今、多くの家族が戦争によってばらばらにされ、多くの子供たちや弱い人たちは、防空壕にさえ安全な場を見つけられず、爆弾の下で命を落とすままにされています」と深い悲しみを語られた。

 

*避難してくる人を温かく迎え入れ、”ハゲタカ”から守ろう

 身の安全を求めて何百万人もの人々がウクライナから脱出を続けているが、教皇は欧州の人々に、彼ら受難者に寄り添い、心から、寛大に迎え入れるよう求め、「ウクライナから避難してくる人たちを、私たちは今後数週間から数か月にわたって、温かく受け入れ、助け続けねばなりません」と強調する一方で、「私たちが良く経験するのは、初めは困った人を受け入れるために全力を尽くそうとしますが、時間がたち、慣れてくると、あまり関心を払わなくなり、忘れてしまうこと」と注意された。

 また、避難してくる人の多くは女性と子供であり、現在は夫や父から離され、収入を得るための仕事もないことを認識したうえで、彼らを保護し、支えるように、彼らを食い物にする”社会のハゲタカ”から守るように、強く求められた。

*ウクライナに留まる司教、司祭たちに感謝

 さらに、教皇は、ウクライナに留まり、信徒たちや市民を支援し、励まし続けている多くのカトリック司教と司祭に感謝され、特に、カトリック教会だけでなく、ウクライナ正教会や、イスラム教などの組織と連帯し、国内避難民への食糧の配給や、安全の確保などに努めている駐ウクライナ教皇大使のヴィスヴァルダス・クルボカス大司教の働きに深い感謝を表明された。

*ロシアとウクライナの奉献を改めて呼びかけ

 最後に教皇は、25日金曜日に予定する「マリアの汚れなき御心への人類、特にロシアとウクライナの厳粛な奉献」へ、世界のすべてのキリスト教徒が参加するよう、改めて呼びかけられ、「平和の女王であるマリアが、私たちが平和を得るのを手伝ってくれますように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月20日

☩「 主の差し迫った回心の呼びかけに進んで応えられますように」教皇、四旬節第三主日正午の祈り

Angelus in St. Peter's SquareAngelus in St. Peter’s Square  (Vatican Media)

(2022.3.20  Vatican News staff reporter )

 教皇フランシスコは20日、四旬節第三主日の正午の祈りの説教で、ロシアのウクライナ軍事侵攻で人々に多くの犠牲者が出続けている悲惨な状況を念頭に起きながら、「愛と友愛が支配するところでは悪は力を失う。罪から立ち返り、心を開いて福音の教えを進んで受け入れることで、主の回心への差し迫った呼びかけに応えるように」と信徒たちに訴えられた。

*災難は神の罰か、なぜ神が介入されないのか、という人々の問い

 教皇は説教で、この日のミサで読まれたルカ福音書の中で、イエスが、エルサレムでシロアムの塔が倒壊して18人が死の災難に遭ったことを語られていることに注目。

 そして、「(イエスの話を聴いていた)人々は、18人の死の責任は誰にあるのか、誰が罪を犯したのか、イエスに尋ねていたようです」とされたうえで、「同じ問いかけは、今も、悪いニュースを耳にするたびになされますーウクライナ戦争や新型コロナウイルスの大感染が起きたのは、神の罰なのか、なぜ主が介入されないのか、と」と信徒たちに注意を促された。

 

*神は人間の出来事に介入されない、解決策を示される

 教皇は、「悪が私たちに重くのしかかる時、注意する必要がある。なぜなら、私たちは状況をはっきり見ることができなくなり、起こっていることに対する安易な答えを求め、自分の過ちや不幸を神のせいにすることさえあるからです」と忠告され、「神がご自分の意志を通そうと人間の出来事に介入されることはありません。ただ、解決策を示されるのです。決して暴力は使われず、私たちと、私たちのために苦しまれます。自分に起きている悪いことを神のせいにするという、人々の考えに、イエスは強く異議を唱えられました」と説かれた。

 さらに、「イエスは、彼らが被った悲劇は、彼らが、他の人たちよりも罪深かったためではない、と言われました。『神は私たちを罪に応じてあしらうことがない』(詩編103章10節)ので、悪は決して神からもたらされることはありません。憐れみで私たちに対応されるのです」と語られた。

 

*「回心」が唯一の解決策

 教皇は、私たちの罪がどのように人と人の関係を壊し、暴力を選ぶことが、邪悪を解き放つのか、その原因を知ることができるように、イエスが私たちに、「自分自身の内面を見るように」と呼びかけられたことをた方法を思い起こされた。

 そして、重要なのは、イエスが「悔い改めない限り、あなたは皆同じように滅びる」(ルカ福音書13章5節)と言われたように、回心が唯一の解決策だ、ということであり、「イエスの回心への招きは、今の四旬節の時期に、私たち全員にとって特に緊急の呼びかけになっています。愛と友愛が支配するところでは、悪にはもはや力をもたないのです!」と強調された。

 

*神は私たちの回心を忍耐強く待ってくれる

 教皇は、「回心の招きを受け入れるのは容易なことですが、回心への道は容易ではありません。私たちはしばしば同じ過ちや罪を繰り返し、落胆して、回心をあきらめる可能性さえある」ことを認めつつ、「今日のルカ福音書の箇所で、イエスは、私たちに対する神の忍耐強さを、たとえ話を使って語っておられますー三年経っても実をつけないが、さらに待つことを許されるイチジクの木、切り倒されずに、実を結ぶ可能性が残されるーと。これが、私たちと共に働かれる主のなさり方。私たちに、時間を与え、私たちを優しく信頼する意欲を失われたり、疲れられたりすることはありません」と説かれ、さらに次のように信徒たちを励まされた。

 「兄弟姉妹の皆さん。神は私たちを信じてくださいます!私たちを信頼し、忍耐強く私たちに付き添ってくださいます。落胆されず、常に私たちに希望を植え付けてくださいます。神は父であり、父として世話してくださいます。最高の父親として、あなたが達成できない業績ではなく、これから成らすことのできる果実に目を向けておられます。あなたの欠点を追うことはなさらず、潜在力を引き出そうとなさいます。あなたの過去にこだわるのではなく、自信を持ってあなたの未来に賭けられます」

 そして最後に、私たちが希望と勇気を持ち続け、回心への新たな希望を燃やし続けられるように、聖母マリアの助けを祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年3月20日