【シノドス総会】25日夕、参加者全員でロザリオの祈り「主に従い、命と希望と平和を証しできるように」

シノドス参加者らによる宗教行列  2023年10月25日 ロザリオの祈りの集いで バチカン・聖ペトロ大聖堂シノドス参加者らによる宗教行列  2023年10月25日 ロザリオの祈りの集いで バチカン・聖ペトロ大聖堂  (Vatican Media)

 バチカンで開催中の世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会・第一会期の参加者たちが25日夕、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、平和のためにロザリオの祈りを唱えた。

 聖ペトロ大聖堂の主席司祭、マウロ・ガンベッティ枢機卿の主宰によるこのロザリオの祈りの集いは、大聖堂のアトリウム(入口のホール)における導入の祈りから始まった。続いて、ろうそくの灯を手にした参加者たちは、十字架を先頭に、聖堂内奥の司教座の祭壇に向けて宗教行列を行った。

 参加者たちは、ロザリオの祈りの「栄えの神秘」の黙想を通し、戦争や暴力、憎しみや復讐、人の苦しみを感じない非人間性、子どもやお年寄りたちの涙にノーを唱えた。そして、復活の主に従い、命と希望と平和を証しできる者となることができるように、と祈った。

 また、互いの差異を超えた交わりの恵みの目に見えるしるしとなることができるように、互いの尊重、出会いと対話は可能であると示すことができるように、祈りが捧げられた。

 参加者たちは、ロザリオの祈りの黙想の中で、今回のシノドスを「新たな聖霊降臨」として神に感謝するとともに、シノドスで体験した「キリストにおいて洗礼を受けた者たちの兄弟的喜び」を強調。キリスト者同士の兄弟愛の証しが平和のパン種となることを願った。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月27日

【シノドス総会】☩「私は、教会を『神の誠実な民』と考えたい」と教皇、25日午後の全体会議冒頭で発言

Pope Francis at the XVIII General CongregationPope Francis at the XVIII General Congregation  (Vatican Media)

(2023.10.26 Vatican News)

    教皇フランシスコは25日午後のシノドス総会全体会議で、冒頭に特別に発言され、その中で、「教会は神の忠実な民であり、信じることにおいて間違いのないものです」と強調された。

 発言の全文以下の通り。

::::::::::::::::::

 私は、教会を「神の忠実な民」、「聖人」であり「罪人」、「(イエスの山上での)至福の教えとマタイ福音書 25 章の力によって召され、呼ばれた民」であると考えたいと思います。

 イエスはご自身の教会のために、当時のいかなる政治的計画も取り上げませんでした。パリサイ派も、サドカイ派も、エッセネ派も、熱心党も受け入れませんでした。 「閉じられた共同体」であってはならない―イエスは実直に、イスラエルの伝統を取り入れます-「あなたは私の民となり、私はあなたの神となる」。

*「忠実な民」という言葉を使うのは、その現実を矮小化するイデオロギーに与しないため

 

 私は、教会を「主の臨在の中を歩む、実直で謙虚な人々(神の忠実な民)」として考えるのが好きです。 これが私たちの「忠実な民」の宗教的な意味です。 そして、私が「忠実な人々」と言うのは、神の民の現実を「矮小化」する多くのイデオロギー的アプローチや計画に与しないようにするためです。 単に忠実な人々、あるいはまた「神の聖なる忠実な人々」、聖人、罪人。 そして、これが教会です。

*「忠実な民」の特徴の一つは「無謬性」

 この忠実な民の特徴の 1 つは、その無謬性です。そうです。「信じること」に間違いはありません。間違いないのは「信じること」です。 そして私は、それを次のように説明します-「 あなたが、聖なる母の教会が信じているのは何か、を知りたいとき、教導職の人々のところに行きなさい。なぜなら、彼がそのことを教える担当だからです。もしも、教会がどのようにして信じるのかを知りたいときは、信者たちの所に行きなさい」と。

 エフェゾの大聖堂の入り口に集まった忠実な人々のイメージを思い浮かべます。 物語(または伝説)によると、司教たちの行列が入場する間、人々は大聖堂に向かう通りの両側に立ち、コーラスで繰り返しました-「神の御母」、神の民として既に持っている教義が真実であることを、宣言するよう、高位聖職者たちに求めて。(彼らが手に棍棒を持ち、司教たちに見せた、という人もいます)。それが 史実なのか伝説なのかは分かりませんが、そのイメージには正当な根拠があります。

*信仰は多くの場合、母や祖母から女性”訛り”で子に伝えられる

 

 忠実な民、神の聖なる忠実な民には魂があり、私たちは、人々の魂について語ることができるので、解釈学、現実の見方、良心について語ることができます。 私たちの忠実な民は自分たちの尊厳を意識しており、子供たちに洗礼を授け、死者を埋葬します。

 私たち上位聖職者は、そのような人々の出身であり、その人々の信仰を、一般的には自分の母親や祖母から、受け取っています。パウロはテモテに語ります-「信仰は、女性の”訛り”で伝えられた。自分の子供たちに”訛り”で話すマカベア家の母のように」と。そして、信仰は、神の聖なる忠実な民の間で、その土地の方言、通常は女性”訛り”の方言で伝えられている、と言うことを、私は強調したい。

  これは、「教会が母であり、教会を最もよく反映しているのがまさに女性である」からだけでなく、(教会は女性です)、どのようにして待つか、どのようにして教会と忠実な民の内面的な力強さを見出すのかを知っており、おそらくは恐れと勇気をもって、限界を超えるリスクを冒し、一日の始まりの光と影の中で、そこに命があるかも知れないという直感(まだ希望にはなっていない)で、墓に近づきます。神の聖なる忠実な民である女性は、教会を反映しています。 教会は女性らしく、教会は妻であり、教会は母です。

*聖職者の行き過ぎた勤め、神の民の虐待は、教会の顔を傷つける

 

 聖職者たちが勤めにおいて行き過ぎをし、神の民を虐待すると、男性優位を誇示し、独裁者的な態度で教会の顔を傷つけてしまいます(シスター・リリアナ・フランコの発言を思い出すだけで十分です)。

 一部の教区事務所で、量販店のようなやり方で秘跡の”価格表”が掲示されているを目にするのは苦痛です。 教会は、歩みの途中で、聖人も罪人もいる、神の忠実な民となるか、それとも、さまざまなサービスを提供する人の集まりになってしまうか、いずれかです。そして、司牧のために働いている人々が後者の道を選ぶと、教会は”救済の量販店”になり、司祭は”多国籍企業の単なる従業員”になってしまいます。これは、聖職者主義が私たちを導く大きな敗北です。そして、とても情けなく、恥ずべきことです。(ローマの教会の仕立て屋に行って、カソックや帽子、またはアルブやレースで覆われたローブを試着する若い司祭の恥ずかしい姿を見るだけで十分です)。

*聖職者主義は、神の聖なる民を奴隷にし、民はそれに耐えて前に進む

 

 聖職者主義は鞭であり、主の花嫁の顔を汚し、傷つける、世俗性の一形態です。 それは、神の聖なる忠実な民を、奴隷にします。 そして神の民、神の聖なる忠実な民は、制度化された聖職者主義の侮辱、虐待、疎外に耐えながら、忍耐と謙虚さを持って前に進みます。

 そして、教会の”王子たち”について、あるいはキャリアアップとしての司教への昇進について、私たちは、何と当たり前のことのように話しているのでしょう! この世の恐怖、神の聖なる忠実な民を虐待する世俗性。

(教皇は以上をスペイン語でお話しになり、Vatican News が英訳し、それをもとに「カトリック・あい」が日本語に翻訳した).

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月26日

【シノドス総会】総会参加者が全世界の信者に宛てた「a Letter to the People of God(神の民への手紙)」を発表—来秋の総会Ⅱに向けてすべての人の参加を希望

A moment from the XVIII General Congregation of the General Assembly of the Synod of BishopsA moment from the XVIII General Congregation of the General Assembly of the Synod of Bishops  (Vatican Media)

 

(2023.10.25 Vatican News )

 世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会の参加者たちが25日、全世界の司祭、修道者、信徒に向けた「a Letter to the People of God(神の民への手紙)」を賛成336、反対12で可決、発表した。この文書では、過去数週間の総会の動きを述べ、自分たちの経験したことに感謝し、これから来年10月の通常総会第二部に向けて、「すべての人が『シノドス』という言葉によって示される福音宣教者の交わりの力強い動きに具体的に参加する」ことへの強い希望を表明した。

 

「a Letter to the People of God(神の民への手紙)」の全文次の通り。

 

親愛なる姉妹、親愛なる兄弟の皆さん

 世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会の第1会期が終わりに近づく中、私たちはこれまでの素晴らしく、豊かな経験を皆さんとともに神に感謝したいと思います。 私たちは皆さんとの深い交わりの中でこの祝福された時間を過ごしました。

 私たちは皆さんの祈りに支えられ、皆さんの期待、疑問、恐れを受け止めて、総会に臨んでいます。教皇フランシスコが2年前に”シノドスの道”の歩みを始められ、聖霊の導きの下で「共に旅をする」ために、誰一人排除されない、神の民全員に開かれた「傾聴と識別の長いプロセス」が開始され、実質的に 9月30日から私たちはローマに集い、討議を進めてきました。

 多くの面で、それは前例のない経験でした。 教皇フランシスコの招きによって、洗礼を受けた男女が初めて同じテーブルに座り、議論だけでなく、この総会の投票プロセスにも参加するように求められました。 私たちは共に、自分の召命、神から与えられた特性、聖務で補完しながら、神の言葉と他の人々の経験に熱心に耳を傾けてきました。 私たちは聖霊による対話という方法を用いて、聖霊が今日、教会に何を言おうとしているのかを、見極めることに努めつつ、あらゆる大陸の共同体の富と貧困を謙虚に分かち合いました。私たちは、ラテン典礼の伝統と東方典礼の伝統との相互交流を促進する重要性も経験しました。他の教会や修道会の兄弟の参加で、私たちの議論はより豊かなものになりました。

 私たちの総会は、世界が危機的状況にある中でで開かれました。そこに存在する酷い傷と不平等が私たちの心の痛いほど共鳴し、私たちの討議に特別な重みを与えてくれました。参加者の中には、戦乱の渦中にある国から来た方もいます。私たちは、悲惨な生活、為政者の汚職などで移民という危険な道を選ぶことを余儀なくされた全ての人々を念頭に置きつつ、致命的な暴力の犠牲者のために祈りました。正義と平和の実現のために努力を続ける世界中の女性、男性と共に、一致と決意を表明しました。教皇が勧めておられるように、互いに耳を傾け、聖霊における交わりを求める気持ちを育むために、沈黙の時間を大きく取りました。

 総会冒頭の信仰一致の徹夜祭で、十字架につけられたキリストを静かに観想する中で、私たちは、どれほど一致への渇望が高まるかを経験しました。十字架は、世の救いのためにご自分をささげ、「彼らが皆一つになるように」と弟子たちを御父に委ねられた方の唯一の司教座です(ヨハネ福音書17章21節)。私たちは、主の復活でもたらされた希望で堅く一致し、地球と貧困者の叫びがますます緊急性を増している”共通の故郷”を主に委ねました。教皇が総会の初めに語られたように、私たちは司牧者、宣教者への回心の差し迫った呼びかけを、日に日に感じました。

 教会に与えられた使命は、福音を宣べ伝えることであり、神が世に示された無限の愛をもって奉仕することを通して、福音を告げ知らせることです(ヨハネ福音書3章16節参照)。総会が開かれているバチカンの聖ペトロ広場のそばにいたホームレスの人々は、「教会に何を期待するか」との問いに、「愛だ!」と答えました。愛は、教会がいつも熱心に持ち続けねばならない。教皇は総会中盤の15日、全体会議で、幼子イエスの聖テレジアの「三位一体と聖体への愛」を思い起こされました。

 総会で私たちが経験した「大胆さ」と「内なる自由」を与えてくれるのは「信頼」でした。それがあれば、自分たちの一致点、相違点、願望、疑問を、自由かつ謙虚に語ることに躊躇しません。そして今、これからどうするか。2024年10月の総会第2期までの期間に、誰もが、「シノドス」が示す宣教の交わりの力強い動きに具体的に参加できるよう、願います。シノドスは、イデオロギーに関するものではなく、使徒の伝統に根差した経験に関するものです。2021年10月、教皇は、”シノドスの道”を始められた時に、すべての人の参加を奨励され、「シノダリティ(共働性)を具体的に示すような教会の慣行を育てない限り、ミサ典礼と宣教活動は、何がしか抽象的なままになる恐れがあります」と語られました。

 私たちの前には、さまざまな課題と多くの問題が残っています。

 (今総会の閉幕時に発表される)総会Ⅰの総括文書では、これまでに合意した点を示し、未解決の問題を明らかにし、(来年10月の)総会Ⅱに向けた作業をどのように進めるかを提示する予定です。この過程でさらに識別力を固めていくためには、教会は、最も貧しい人々から始めて、あらゆる人の声に耳を傾ける必要があります。そのためには回心、そして賛美の道を歩むことです。

 「天地の主である父よ、あな人々のたを褒めたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子たちにお示しになりました」(ルカ福音書10章21節)。このことは、そうした人々に耳を傾けることを意味します。社会で発言する権利を否定されたり、教会からさえも排除されていると感じている人々、あらゆる形の人種差別に遭い、特に、自己の伝統文化が否定されてきた先住民の人々の声に耳を傾ける必要があります。

 そして現代の私たちの教会には、教会関係者による虐待の犠牲となった人々の声に、回心の精神を持って耳を傾け、虐待が二度と起こらないように、具体的、制度的に対応する義務があります。

 また、洗礼を受けた女性、男性の声に耳を傾けねばなりません。多くの場合、福音宣教の先頭に立っているカテキスタに耳を傾け、子供たちの純粋、活発さ、若者たちの熱意、疑問や希望、 高齢者の夢、知恵、記憶にも注意を払うことが求められます。家庭、彼らの子弟の教育についての心配、今日の世界で家庭が提供するキリスト教の証しにも耳を傾ける必要があります。 奉仕活動に参加し、識別と意思決定の仕組みに参加したいと願う一般信徒の声を歓迎する必要があります。

 シノダル(共働的)な識別をさらに前進させるために、教会は特に、聖職者たち、つまり司教の主要な協力者である司祭たちからの言葉や経験をさらに集める必要があります。司祭の秘跡の務めは教会全体の活動にとって不可欠です。助祭は、その職務を通じて、最も弱い立場にある人々に対する教会全体の配慮を示します。

 教会はまた、聖霊の呼びかけの”見張り番”である奉献生活者の預言的な声によって、問いかけられるようにする必要があります。 信仰を自分と共有していないが真理を求めているすべての人々―その人々の中にも、過越の神秘に関わる可能性をすべての人に提供する聖霊がおられる—に注意を払う必要があります(Gaudium et Spes 22)。

 私たちが住んでおり、たとえ矛盾があっても愛し、奉仕するよう求められているこの世界は、教会に、その使命のあらゆる分野で協力を強化することを求めています。

 教皇フランシスコは、「神が三千年紀の教会に期待しておられるのは、まさにこのシノダリティ(共働性)の道です」(2015年10月17日)と言われました。。 この呼びかけに応えることを恐れる必要はありません。 教会の母マリアが旅の最初の方として、私たちの巡礼に同行してくださいます。 喜びのときも悲しみのときも、彼女は私たちに御子をお見せになり、信頼するように勧められます。 そして彼、イエスこそが、私たちの唯一の希望なのです!

バチカン市国、2023 年 10 月 25 日

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月26日

【シノドス総会】「総会の総括文書を28日夕に発表」バチカン広報長官が定例記者会見で

Dr. Paolo Ruffini, the Prefect of the Vatican's Dicastery for Communication, holds daily Synod briefing in the Vatican.Dr. Paolo Ruffini, the Prefect of the Vatican’s Dicastery for Communication, holds daily Synod briefing in the Vatican. 

(2023.10.23 Vatican News  By L’Osservatore Romano)

 バチカン広報省のルッフィーニ長官は23日午後、シノドス総会の進行状況などについての定例記者会見で、今総会のSynthesis Document(総括文書)が28日夕に発表されることを明らかにした。

  長官は、23日朝の総会全体会議でシノドス事務局長のマリオ・グレック枢機卿がこの文書の原案を説明すると、参加者全員が拍手で支持した、と説明。グレック事務局長は「全体会議で若干の修正や追加、特に様々な言語への翻訳に関する提案があり、受け入れられた。さらに追加の提案があれば23日午後6時まで受け付けることになっている」と述べた。

 これらの修正、追加をもとに、28日までに総括文書の最終案をまとめ、総会での承認を得て、同日夕の発表となる予定だ。

 また長官の説明によると、総会そのものは週初の23日朝、聖ペトロ大聖堂で、ヤンゴン大司教のチャールズ・マウン・ボー枢機卿主宰のミサが捧げられたあと、16回目となる全体会議が教皇はじめ350人が参加して開始。この場で総括文書原案が提示され、意見交換がされた。

 この定例会見には、ウィーンのクリストフ・シェーンボルン枢機卿、メキシコシティのカルロス・アギアル・レーテス枢機卿、 マルセイユのジャン=マルク・アヴリーヌ枢機卿、そしてCongregation of the Sisters of the Sorrowful Motherの総長でグレゴリアン大学教授のシスター・サミュエラ・リゴンが同席した。各氏の発言など以下の通り。

 

*シェーンボルン枢機卿「ラーナー師の『公会議で信望愛が生まれなければすべてが無駄になる』という言葉は、今開かれているシノドス総会にも当てはまる」

 シノドス事務局の常任理事会でウィーン大司教のクリストフ・シェーンボルン枢機卿は、過去のシノドス総会での経験とともに、第二バチカン公会議末期の1965年、当時20歳の神学生だった自身の記憶を思い起こし、「公会議で、高名な神学者、カール・ラーナー師の講演を聞きましたが、『この公会議で信、望、愛が生まれなければ、すべてが無駄になる』という彼の最後の一言が心に残りました。今開かれているシノドス総会でも、同じことが言えるでしょう」と語った。さらに、「シノドス発足50周年を経た今、私たちは、『教会におけるミサ聖祭をいかに生きるか』を問いかけられている、という印象を持っています。それは言い換えれば、信仰の交わり、唯一にして三位一体の神との交わり、信者同士の交わり、そして、すべての人に開かれた交わりです」と指摘。

 そして、「いかに生きるか」の問いに対せいて、「シノダリティ(共働性)が最良の答えです。教会の偉大な神秘を語る公会議の『教会憲章』が示したビジョンを再考することです。教会は神秘であり、教会は神の民であり、それを前提にして初めて、教会のメンバーたちの階層構造について語ることができるのです」と強調した。

 また、枢機卿は、「欧州は、もはや教会の中心ではありません」と言明。「今のシノドス総会で日々明らかなように、ラテンアメリカ、アジア、アフリカそそれぞれの大陸レベルシノドス会合が主役となる一方で、欧州の司教たちは司教協議会連盟などがもつ潜在的な可能性を生かすことができていない。欧州大陸で、私たちは活発な会合の開催に少し遅れをとっています。刺激が必要です」と述べ、実例として、欧州司教協議会連盟が移民・難民の問題について統一した見解を一度も表明していないことを挙げた。

 最後に枢機卿は、東方教会が「ミサ典礼なしにシノダリティ(共働性)はない、ということを常に経験してきた」ことを指摘。自分たちも、まずミサを祝い、それから討議を行うという、信仰の在り方を育てる必要があります」と語った。

*アギアル・レーテス枢機卿「2012年の『新たな福音宣教』シノドス総会で、信仰の伝達が断たれた後、教皇フランシスコの下で”復旧”された」

 メキシコ・シティ教区長のカルロス・アギアル・レーテス枢機卿は、ベネディクト16世教皇が2012年に、「新たな福音宣教」を課題に招集したシノドス総会を回想し、「その総会で、信仰の伝達が断絶した、と結論付けられました」と述べた。

 そして「家庭内では、新しい世代に話しかけることができなくなりました。教皇フランシスコが就任されて最初のシノドス総会が『家庭』に捧げられたのは、そのような背景があったのです。 そして、若者たちに手を差し伸べ、協力することが重要だとされ、2018年の次のシノドス総会は「若者」がテーマになった。当時、私はトラルネパントラ司教区にいましたが、若者世代との友好を育てる集まりを、様々な社会階層の若者たちを持ちました。対話を目的として、さまざまな社会階級の若者たちと会合を持ちました。信仰は、信仰に生きる若者たちを通して伝えられねばなりません。 その後、教皇はアマゾン地域シノドス総会を招集され、気候変動と創造物の保護の重要性を確認し、子供たちや若者の環境への感受性を信頼することが重要だという認識を共有しました。気候変動などの問題に関する神の言葉を理解できるように、若者たちを助ける必要があります」と語った。

 最後に、メキシコシティ司教区での”シノドスの道”の歩みに関しては、「新型コロナウイルスの世界的大感染の影響で開始が延ばされ、2021年10月からのスタートとなりましたとなった。 現場を訪問した経験 、対話、そして互いに耳を傾け合うなどのやり方で、成果は社会の要請に応えるために蓄積されています」と説明した。

 

*ジャン=マルク・アヴリーヌ枢機卿「フランスでは誰もが”シノドスの道”の歩みに加わっているわけではない。より多くの傘下に努力する余地がある」

 仏マルセイユ大司教のジャン=マルク・アヴリーヌ枢機卿は、このシノドス総会で経験したことなどについて、「 総会が始まる前、世界中の人々と会い、互いの経験を分かち合うことに好奇心をもっていましたが、総会開会と共に始まり、日増しに悪化していく戦争の動きにも関心を持たざるを得なくなった」と述べ、こうした悲劇的な出来事の中で、「教会は神の愛のメッセージを世界にさらに強力に広める責任を負わなければならない、と痛感しています」と語った。

 また、「私の国では、信者の誰もが”シノドスの道”の歩みに加わっているわけではない。より多くの人がこの歩みに参加するためには 努力の余地がある、という思いがある」ことを認めたうえで、「私たちの『共通の責任』を反映する、今総会の総括文書に多くの期待が高まっています。今週は、さまざまな問題について合意し、相違点を解決しようとする重要な段階を迎えています。今後数か月は、私たちが蒔いた果実を刈り取る月となるでしょう」と総会の成果に期待を表明した。

 

*シスター・リゴン「 すべての人にとって世界をより良い場所にするために、私に何ができるだろうか?」

 シスター・サミュエラ・マリア・リゴンは、まず、 「私は祈りの中で、洗礼を受けたキリスト教徒で、修道女として、このシノドス総会に召される、という神の呼びかけを受け入れました」とし、「今回のシノドス総会に参加できたことは、教会の普遍性に触れる、非常に豊かな経験であることが証明されつつあります。 この経験は、謙虚さへの招待状であり、私の視点は美しいモザイクを構築するのに役立つ、地平線上の窓です」と語った。

 そして、「私は昨日以来、ミサ聖祭から、使徒パウロが、勤勉な信仰、熱心な慈善活動、イエス・キリストへの希望の堅固さについて語った三つの言葉を持ち歩いています。もしも、この言葉がこの総会で出てきたなら、私たちは、良い意味での本当の革命を起こしていたでしょう。それは、私たちが、神と共に成長でいる重要な種を受け取ったからです」と述べ、 この原則に基づいて、「今日、私は、これまでとは違うキリスト教徒として歩み始めます。 全員がこれを実行すれば、私たちは変革を遂げることになるでしょう」と強調した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この後、記者からの質問を受け、総括文書について、ルッフィーニ長官は「最終決定のための投票方法はまだ決まったいません。いずれにしても、28日の夕方には発表し、文書を配布することを予定しています」と説明した。

*一般信徒が議決権を持つシノドス総会は、これからも続くのか

 

 また、「今後開かれるシノドス総会では、これまでの各国の代表司教のみが参加する形から、今回の総会のように変わるのか」との問いには、アギラール・レーテス枢機卿は、「この総会で議論され、経験されたことが実践につながれば、変わることはあるでしょう。今後のシノドス総会の形がどうなるか、その すべては、参加者たちが、自分の教区に戻ったときに何が達成されるかにかかっています」と答えた。

 関連して、「今回の総会で選ばれた形(司教だけでなく、司祭や一般信徒も議決権を持って参加する形)が、教会のあらゆるレベルの会合で適用され、一般信徒と女性の教会の意思決定への参加を広げる可能性」を聞かれた シェーンボルン枢機卿は、「エルサレム公会議から始めて、公会議が採用したのは、何よりもまず聴くこと、つまり神が歩く経験を通して示されることに耳を傾けることでした。 シノドス総会の結論は、この傾聴と共通の認識から得られます」とし、「私のウィーン大司教区では、すでにそうしたやり方に慣れています。2015年から今日まで、1400人が参加する5つの教区集会が開かれました。これは神の民全体の表現でです。 たとえ投票による議決が行われなかったとしても、傾聴と交流は経験されました。重要なのは、最終的には決断が下されなければならない、ということ。エルサレム公会議は教会の歴史にとって根本的な決定を下し、そこに到達する方法は、使徒言行録に書かれている通りです。 この方法の特徴は、『傾聴』『沈黙』『議論』の 3 つにあります」と指摘した。

 

*「シノドス総会の本質は『聴くこと』にある」「『シノドス』であることに変わりはない}

 シスター・リゴンも同様の意見で、「シノドス総会の本質的な側面は、『聴くこと』にあります。 職場や家庭、教会共同体で、誰もがこの側面を再発見する必要がある。 誰もが共有し、耳を傾ける機会を持たなければなりません」と述べた。

 また、「一般信徒が議決権を持って参加している今回のシノドス総会」に疑念を示す記者の意見には、シェーンボルン枢機卿が、この総会には司教以外の信者も参加していますが、シノドス(世界代表司教会議)であることに変わりはありません。私は、このことは問題ではないと思う。合議的な責任を行使する機関としての、性質は変わっていません。 参加者が拡大されただけであり、前向きな変化です。これまでも、シノドス総会には一般信徒の専門家が存在し、いくつかの非常に重要な決定には事実上参加して来ましたが、今総会はその”緊密度”が増した、ということです」と答えた。

 

 「シノダリティ(共働性)の喪失が教会を分裂に導いたのか、すべての教会がどの程度まで、共通の道に誘われるのか」との記者の疑問に対しては、「キリスト教徒の分裂が、証しの障害になっている」ことを認め、コプト正教の修道士の言葉を引用しながら、「人は人類の利益のために団結をうまく活用することがまだできないため、神はこの『恥』を赦されるかもしれません」と述べた。

*「文化的な違いがあっても、多様性は障害となるべきでない」

 アギアル・レーテス枢機卿は、人口1億8千万人を擁し、その80%がカトリック教徒であるこの国で、グアダルーペの聖母に根ざした宗教性を中心に団結したメキシコ司教協議会の経験について言及。メキシコの北部、南部、中央部では状況が異なります。 2016年の使徒訪問の際、教皇は社会文化的背景のニーズに応えて安全なプロセスを求められましたが、その際、『多様性が障害となるべきではありません。さまざまなやり方がありますが、すべて教会の利益のために努力を集中することです』とおっしゃっています」と語った。

 アヴェリン枢機卿は、シノドス総会参加者の一致の素晴らしい瞬間は、信仰一致の徹夜の祈りで経験された、と指摘、「皆が十字架につけられたキリストの周りにいたのは、キリストの弱さとして十字架につけられた者を観想する中で一致への願いが高まるからです。そうすることが、一致への唯一、確実な道です」と指摘した。

*LGBT+の人々にとって「カトリック教会のカテキズム」は

 「一部のLGBT+の人々が、カトリック教会のカテキズムの道徳的”無秩序”という表現に傷つかれたと感じるのではないか」との質問に、シェーンボルン枢機卿は、自身がこのカテキズムの草案作成に関わったことを認めたうえで、「カテキズムは、教皇によって公布されたもの。公布以来、表現に変化があったのは、教皇フランシスコが「死刑」の扱いに介入した時だけです。 他に変更が必要かどうかは、教皇の決定によります」と説明。「常にカテキズムのテキスト全体を読むことをお勧めします。道徳神学に関わる問題だが、その原理には、客観的な秩序があり、人間が存在する、ことにあります。たとえ罪を犯したとしても、常に尊重される権利があり、ありのままの姿で神に受け入れられる権利があります」と強調した。

 最後に、教導職の話題性と神学者の貢献、そして「信者の感覚」との関係について、シェーンボルン枢機卿は、「聖ヨハネ23世教皇と、彼が第二バチカン公会議の初めに教義の不変性とその提示方法について語られたことに注目する必要がある」とし、「理解の程度には大きな進歩があるが、信仰の不変性は存在し、三位一体、神のキリストにおける顕現、聖体についての教義は誰も変えられない」と指摘。そして、これを基に、世界共通の信仰宣言がある。文化が違っても、信仰の実体は、使徒の時代から大きく発展していても、変えられない」と明言した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月24日

【シノドス総会】「中東の若者たちを助け、平和実現の手立てを提供するように」全体会議で特別声明ー21日の記者会見

A moment during the Synod AssemblyA moment during the Synod Assembly  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 

 

*ペルーのヒメノ枢機卿「総会の経験は、神の一致における多様性の地平を開く」

 

 ペルーのワンカヨ大司教で、アマゾン司教協議会会長でもあるペドロ・リカルド・バレト・ヒメノ枢機卿は、”シノドスの道”は「最初は小教区から教区、国レベル、そしてと大陸レベルと2年かけて、総会に向けて準備されてきました。私たちは聖霊が教会に告げた言葉を集めてきた。私たち司教は、自分の教区に責任を持ち、同時に普遍的な教会全体に対して、教皇フランシスコと共同責任を負っています。各国、地域の多くの司教たちを代表して参加しています。修道者、信徒、司祭も代表しています」と述べた。

 そして、この総会で「生きた経験を集めるだけでなく、普遍的な教会の生活、つまり人種、文化、言語は多様だが、すべてが一つの聖霊、聖三位一体を源とする聖霊において一致するという活動を小規模なグループで体験する機会」を得たことを喜び、「 神は交わりであり、使命であり、参加—このシノドス総会の経験は、私たちに神の一致における多様性の地平を開きます。教会は内外で直面する困難の中でも、キリストと人類に仕えるために前進し、歩み始めているのです」と楽観的な見方で締めくくった。

 

*ドイツのオーファーベック司教「聖職者による性的虐待多発で始められた”ドイツ・シノドス”—常にうまくいったわけではない」

 

 ドイツのエッセン教区長で軍担当のフランツ・ヨーゼフ・オーファーベック司教は、2018年に始まり昨年終了したドイツ教会の”シノドスの道”の歩みについて語った。司教は「私たちがこの道を歩み始めた理由は、この国で多数の聖職者による性的虐待事件が明らかになったためでした」と前置きし、この問題への取り組みは、教会内のさまざまな専門家グループ代表者を含むドイツ・カトリック中央委員会と協力して進められた、と説明。

 この『悔い改めと再生の道』には、教会活動の再生に緊急に必要な問題に取り組むために、教会の働きを自己批判的に検証する作業が含まれていました… 求められたのは、神学的知識の根源への回帰―学術神学上の新たな発見を通しての聖書とカトリックの伝統の確認に始まり、キリスト教の信仰宣言を信頼できるものにするために、信者の信仰と時代のしるしを 、福音の光のもとに解釈することです」とし、「もし神学、教導職、あるいは伝統と時代のしるしに、調整不能な、あるいは相容れない矛盾があるのであれば、誰も説得することはできず、ドイツの総人口の30パーセントでしかないカトリック教徒に、指針を提供することもできないでしょう」と述べた。

 そしてこの「再生の道」では、専門委員会を作って、権力、神権、女性の役割、性道徳という 4 つの問題を研究し、フランクフルトで 開かれた5 つの主要な会議で、教会として取るべき行動のリストをまとめ、これをもとにドイツ司教協議会が一連の文書を発表した。

  司教は、「こうして、私たちは一致のための新たな活動の形式を選択しました。これは、ドイツの教会レベルのシノドス総会の形に近いものでした。総会では、司教たちの投票で3分の2以上の支持を得た内容だけに、拘束力を持たせることにしました。”ドイツ・シノドスの道”の3 年間で 15 件の拘束力を持つ決定がなされました」としたうえで、「この道は常に経験に学びながら、シノダリティ(共働性)を実践するものでしたから、すべてが常にうまくいったわけではありません。それで、私たちは、シノダル(共働的)な集まりを継続できるような教会会議の概念をまとめることで合意したのです」と語った。

 そして最後にオーバーベック司教は、司教、司祭、修道者、信徒が「創造と現地の住民の保護」に共に働くことを決めたアマゾン地域シノドス(代表司教会議)の経験を高く評価。「慣習と伝統主義にしがみつかず、常にイエスを信仰の中心に置くことです。批判的に検証すれば『真理の階層』に優先順位はありません」と強調した。

 

 

*フランスのエシェンヌ司教:「人口15万の教区と100万の教区に共通する主題は『共同責任』だ」

 フランス、グルノーブル・ヴィエンヌ教区長のビシュポ・ジャンマルク・エイシェンヌ司教は、トゥールーズ南部、”フランスのアマゾン”とされている地域での経験を語ることから話を始めた。

  この地域は貧困が蔓延しているのが特徴だが、キリストと福音の霊的な探求が熱心に行われている。そのような人口15万の地域から、経済的、社会的状況は異なるものの、多くの共通の課題と類似点を持つ人口100万の現在の教区に移ったことによる経験を詳しく語った。

 「二つの教区に共通する主要課題は『共同責任』。シノダリティに関する今回のシノドス総会は、教会がこの概念をどのように受け入れることができるかを共に考え、検討することを意味している、と思います。そしてその先にあるのは、少数の個人が責任を負う教会から、全員がキリストと福音の宣言に責任を負う教会、つまり、 誰もがキリストの体の一部であり、全員に関わる問題の最終決定のために各人が意見を表明する教会の姿です」と強調した。

 司教はまた、刑務所訪問の経験について語った。「受刑者たちと集まり、神の言葉である福音書を読み、各自が感想や意見を語ります。彼らの多くは文字が読めず、社会からひどくのけ者にされてきた。しかし、朗読された聖書の箇所について、はっとするような素晴らしい言葉が、彼らから発せられることがあるのです」。

 また「 共同責任」について、「本当のシノダル(共働性)の経験をすることを意味します。それは、新しい教区司祭が赴任した際、彼が奉仕者であることを強調するために、信徒たちの足を洗う儀式を行うことと似ています」と指摘。さらに、「地域社会で、人々に命令を下しているのは一人ではなく、若者、高齢者、障害者で構成される『私たち』であり、共通の責任があることを象徴的に示しています。小規模な教区チームには、「地域に関する決定で高位聖職者を助ける司教代理の女性とともに、女性も参加しています」と述べた。。

*シスター・ニルマリーニ

 

インド人のシスターで、Apostolic Carmel Congregationの総長、インド修道会連盟会長のシスター・マリア・ニルマリーニは、「シノドス総会というこの美しい経験と素晴らしい旅には、同行の奉献者の仲間たちの祈りと支援があること」を指摘したうえ、「文化や背景の違いがありながら、恐怖や心理的圧力を受けることなく総会に参加し、枢機卿、司教、神学者、若い修道者、信徒、そして自分のような者と、どのようにしてそれぞれの経験や考えを自由に分かち合ったか」を語った。 「総会が終わってインドに戻る時、地域社会のすべてのメンバーが参加する進行中のプロセスである”シノドスの道”を持ち帰ります」とし、「平和、移民、難民のために分かち合い、祈りを捧げるあらゆる時の重要性」を強調し、 「私たちは、それぞれの出自に関係なく、皆、神の家族の一員です」と締めくくった。

 

*「女性助祭と既婚助祭—問題は、神学生のいなくなっている現状で、教会をどう生き延びさせるかだ」

 

 女性助祭と既婚男性司祭の叙階の問題について、記者から再度質問され、ヒメノ枢機卿は、「このシノドス総会は、7500平方キロのアマゾンの地域シノドスの経験の延長にある。この地域シノドスの重要な決定の一つが、すべての信者が参加するアマゾン教会会議 (Ceama) の創設でした。教会の歴史で初めてのこの経験を積む必要があります」と述べた。

  オーヴァーベック司教も「ドイツ教会会議の過程で提起された聖職者の性的虐待問題を含むすべての問題は、人々がもはやイエス・キリストとは何者なのかについて明確な認識を持たず、宗教も理解していない”ポスト世俗国家”という状況の中で生じたものでした」としたうえで、「ドイツではプロテスタントの牧師の半数が女性です。 助祭職は1968年から存在しており、助祭職における女性の役割と将来の存在について問題が指摘されています。終身助祭は重要ですが、それは単なる『権利』ではなく『召命』なのです」と強調した。

 また記者から、ドイツでの”シノドスの道”の歩みが、このシノドス総会に与えた効果とドイツにおける影響について質問されたのに対して、オーヴァーベック司教は「ドイツ教会の”シノドスの道”の歩みでなされた全てのことが社会に影響を与えている、という印象を持っています。噴出する問題に対処するうえで、inculturation(文化的受容)と神学の役割をよく考える必要があります」と述べ、既婚男性の司祭叙階の可能性については、「長年にわたる歩みがありました。(司祭候補となる)神学生はほとんどいなくなっている。問題は、教会におけるミサなど秘跡をどう救うか、だけでなく、教会をどうやって生き延びさせるか、です」と指摘した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月22日

【シノドス総会】「武器取引で第三次世界大戦に加担する人々に回心の呼びかけを」20日の定例記者会見で討議の模様

Synod Briefing in Holy See Press OfficeSynod Briefing in Holy See Press Office 

*グルーシャス大司教「様々な国から来ていても、信仰、成長への意欲という共通点がある」

 リトアニアのビリニュス大司教であり、欧州司教協議会連合とリトアニア司教協議会の会長、ギンタラス・グルーシャス大司教は、2月にプラハで開催された”シノドスの道”の大陸レベル会合を振り返り、会合には45カ国の聖職者が集まって、さまざまな視点からそれぞれが抱える問題などについて語り合い、互いの見解を知ることができ、「対話と霊的共有の極めて前向きな機会」となった、と述べた。

 シノダリティ(共働性)については、「教会であるための方法、共に生きるための方法、交わりを経験するための方法」としての育成を強調。「シノドス総会での経験そのものが、これらすべてを具体的に実現している」とし、 「長い会議で疲労を感じているが、大きなエネルギーを保っています。それは、私たちは様々な異なる国々から集まってきたにもかかわらず、共通点がたくさんあることを認識しているからです。まず第一に信仰。そして、メンタリティを変える意欲から始まる回心、つまり教会として成長しようとする意志です」と語った。

*シスター・ファドゥール「戦乱、コロナ、地震など人災、天災が続くシリアで、新任司祭が”巻き返し”に努めている」

 続いて、シリア・カトリックの修道会Deir Mar Musaのシスター・フーダ・ファドゥルが、東方教会と中東の”シノドスの道”の歩みに参加してきた経験について述べた。戦乱、新型コロナの世界的感染、地震などの人災、天災が続いたシリアの彼女の教区では3年間にわたって司教不在の状態が続いていたが、新任の司祭が、若者たちを教会活動に参加させ、着任したばかりの司教を様々な教会関係の集まりに招くなどして、「巻き返し」に努めている。

 シノドス総会については、祈りの中で捧げられる一致と分かち合いが緊張感を育み、非常に豊かな交流の時を体験。「各テーマについての作業部会での話し合いは、出発点、道筋、達成すべき目標があり、『共に歩む』スタイルで続けられています」と評価した。

 

*菊地大司教「日本人やアジア人は沈黙を大切にし、声を上げるのを難しく感じることもある、小グループの分かち合いは重要」

(以下の感想は、大司教ご本人からの情報提供による)

 菊地功大司教は、日本人だけではなくアジアの人間は「沈黙」を大切にしているので、声を上げることを難しく感じることもある。今回のシノドス総会で、小さなグループでの分かち合い、霊的会話で皆が話す機会を得たことは重要、と指摘し、総会に先立つアジアの大陸レベル会合でも、小さなグループでの霊的会話を行い、参加者全員が自分の思いを分かち合うことができた。アジアではこの方法は素晴らしく働いたし、今このシノドスの会場でもうまく機能している、と語った。

(以下の,菊地大司教の部分は「バチカン放送日本語課」による)

 同時に、菊地大司教は、カトリック教会の普遍性を強調しつつ、一方で、一つのサイズがすべての人にフィットしないように、アジアには非常に多様な言語、文化、現実があり、すべての人に働きかけるかけるために、一つの方法を押し付けるということはできない、とも述べた。各地方の文化、現実を尊重すべきアジアにおいて、シノドス性とは画一性を意味せず、それぞれの文化をリスペクトすることが要求される、と語った。

 さらに、菊地大司教は、国際カリタス総裁の立場から、カトリック教会のシノドス性において、カリタスは重要な存在である、と指摘。カリタスは世界に広がり、各組織は独立性を持つが、それぞれがカトリック的アイデンティティーを持ち、様々なパートナーと積極的に協力するだけでなく、エキュメニカルかつ諸宗教対話的な性質を持っていることを示した。

 また、同大司教は、国際カリタスの責任者や地方で活動する人々の様々な国籍にも見られるように、カリタスはすべての人が参加する本来シノドス的な組織であること、その活動は、現地で一人ひとりの困難に寄り添い、人々の尊厳の向上を目指し、未来の希望を生むものであることなどを説明。カリタスはカトリック教会が共に歩む上で強力な道具であり続けるだろう、と話した。

*シスター・バロン「アフリカでの”シノダリティ(共働性)”の教会の経験、底辺から参加の意欲を持つ『若い教会』に耳を傾けるべき」

 Congregation of the Sisters of Our Lady of the Apostlesの総長で、女子修道会総長による国際連合の会長でもあるシスター・メアリー・テレサ・バロンは、東アフリカの地方の教会で修道女としての活動を始め、そこでシノダリティ(共働性)の教会の最初の経験を過ごした経験を持つ。母国のアイルランドの半分ほどの面積に35の村があり、2人の司祭と1人のカテキストを擁する「若い」教会だたったが、「今回の総会で35の作業部会に分かれて話し合いをする経験は、私がアフリカで経験したことに似ています。毎週日曜日、地域のコミュニティに出かけ、信徒たちと、泥小屋の外で輪になって座り、全員で意思決定をし、教育を受けていない人々も含めて、心の底から信仰を共有しました。 どの声も、同じ重みを持っていました」と語った。

 そうした経験からシスターは、「底辺から強い参加の意欲を持つ『若い』教会の声にもっと耳を傾ける必要があります。そして、誰もが教会で、それぞれの役割を持っているのです」と強調した。

 

 

*”シノダリティ”は修道生活でも重要

 シスター・ファドゥールは、”シノダリティ”に関連して、自身の体験として、自分のコミュニティの困難な状態にあるシリア人キリスト教徒を見捨てず、共に祈るよう助け、連帯感がもてるようにしたことを語った。

 シスター・バロンは、”シノドスの道”の歩みへの修道会総長の関与の重要性の一方、修道者としての奉献生活で、シノダリティ的生き方を理解するための育成の重要性を指摘。また、オンラインを活用した育成の波及効果についても言及し、「共有の拡大とコミュニティの構築に役立ちます」と述べた。

*「女性助祭の問題は、すでにシノドス総会での識別のテーブルに載っている」

 また、女性助祭について記者から聞かれ、「この問題は、すでにシノドスでの識別のテーブルに載っています」とする一方で、「さまざまな意見があるのがカトリック教会の素晴らしさですが、(是非が)議論されている問題に、この場で(是非についての自分の考えを)申し上げるのは適切とは思いません」と語った。

 これに関連して、シスター・ファドゥールは「男性も女性も、誰もが教会で役割を引き受け、主の賜物を生かすことを、学ばねばならない、と思います」と述べ、グルーシャス大司教は「教会のさまざまな聖職に関する議論は、シノドス総会での非常に幅広い意見交換の一つ。文化的背景により意見の違いもあり、現段階でイエスかノーの決断を下すのは時期尚早です」と付け加えた。

 また、”シノドスの道”の歩みに関連して、グルーシャス大司教は「各国の司教協議会の会長たちは、教会法で既にシノダル(共働的)とされているいくつかの仕組み検討しています」と述べ、菊地大司教は「新型コロナの大感染の期間中、人々が”シノドスの道”を共に歩む機会が多くなかったので、オンラインでの歩みが選択された」とし、「もし一般信徒と本当に関わりたければ、彼らの活動、彼らの家族を考えることが必要ねばなりません」と語った。

 アジアの大陸レベル会合の文書で提案された、教会におけるもてなしと包括性についての記者の質問には、菊地大司教は、「靴を脱いで中に入る」という東洋の習慣が、作業部会で示された、と述べた。

 会見の最後に、グルーシャス大司教は、今総会における参加者の一致を強調する一方、 特定のテーマについては「現段階では意見がまとまっていないし、2024年以前に最終決定がされるとは、思われない。しかし、私たちが成長し、シノダリティで歩めば、最終決定に至るでしょう。教条的な結論を追求してはいないし、このシノドス総会がどうなるべきがについて先入観は持っていません。誰もが決定できることを望んでいますが、重要なのは『決定』よりも『プロセス』なのです」と指摘。シスター・ファドゥールも「互いに耳を傾け、分かち合い、識別することが教会全体にとってのキーワードです」と述べた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月21日

【シノドス総会】参加者全員による19日夕の「移民・難民のための祈り」が18日の会見の基調に

Press briefing of 19 OctoberPress briefing of 19 October 

(2023.10.19 Vatican News   L’Osservatore Romano)

 シノドス総会参加者は19日夕、聖ペトロ広場で移民・難民のための祈りの集いを開いたが、それに先立って同日午後行われたルッフィーニ広報長官による定例記者会見も、同席したツェルニー総合人間開発省長官たちからの苦難と犠牲を強いられている人々を教会としてどう受け止め、対応するかについての説明が中心となった。

 会見ではまず、ルッフィーニ長官から18日午後から19日朝にかけての35の作業部会での討議について説明があり、「聖霊における対話」に時間が割かれ、さらに準備要綱のセクションB3に焦点を当て、「参加、責任、権限」という一般テーマのさまざまな側面について議論が続けられた、という。

 (準備要綱B3の主題は、B3/3 が宣教の使命を負ったシノダル(共働的)な教会を強固にするために、どのような仕組みが必要か?」。 B3/4 が「現地教会のグループ化を含む synodality(共働性) and collegiality (合議性)の特徴は形成することができるか?」。B3/5が「すべてのシノダルな教会の中で司教による合議制を示すことができるように、世界代表司教会議(シノドス)をどのように強化することができるか」となっている)

 

*ツェルニー総合人間開発省長官「地球上で最も弱い立場にある人々と共に歩む」

 記者会見に同席した総合的人間開発省の長官、ミヒャエル・ツェルニー枢機卿は、19日夕の移民・難民のための祈りの集いについて「今回のシノドス総会で、教会として共に歩む方法を学んでいるが、これは地球上で最も弱い立場にある人々、すなわち、戦乱や虐待などから避難を余儀なくされている人々と、教会が共に歩むことを象徴するものとなることになるでしょう」と述べた。

 そして、聖ペトロ広場での祈りの中心に置かれるティモシー・シュマルツ制作のブロンズ像は「あらゆる年齢、あらゆる場所で、何らかの形で故郷からの避難を余儀なくされたすべての人々を象徴」しており、そこに表現された「移民・難民の人々の不安、無力さ、疎外感、そして、こうした現実を拒絶する私たちの社会の恐ろしい沈黙」と、「シノドス総会の会場内で私たち参加者が経験する調和と善意、そして…本当に深い交流」の「劇的なコントラスト」を指摘した。

 

*米ブランズビルのフローレス司教「メキシコ 国境の教区で、増加する中南米からの入国者を受け入れる」

 

また、会長代議員で総会準備委員会のメンバーでもあるダニエル・アーネスト・フローレス司教は、メキシコとの国境にあるテキサス州ブラウンズビルの教区長だが、「世界中の各教区の代表が、それぞれの現地の教会の賜物や経験を携えて、この総会に集まっている」としたうえで、自身の教区について「このところ、中南米から私の教区を通って米国に来る人の数が増えていますが、教区の信徒たちは彼らを迎える態勢をしっかり整えている。入国してくる母親や子どもたちの世話をするために時間を割くボランティア、レストランのオーナー、医師、看護師たちが活発に活動しています。カトリック教会だけでなく、キリスト教の諸宗派、イスラム教徒、ユダヤ人など他のコミュニティのメンバーも重要な貢献をしています」と説明。

 そして、「私たちの教区には、豊富な”物質的資源”があるわけではありませんが、住民の心はとても広く、貧困とは何かをある程度知っているので、非常に前向きに対応してくれています。 私たちが守るべき原則は、入国してくる人たちを家族として尊重し、最大限の敬意を持って扱うよう努める、ということです」と語った。

 

 

*マロン派修道会のアルワン前総長「世界最高の難民比率のバノンの国民は巨額の財政負担にあえいでいる」

 レバノンのマロン派宣教会の前総長、ハリル・アルワン神父は、東方カトリック教会協議会の事務局長で、ベイルートのレバノン大学の教授でもあり、東方諸教会を代表し、中東の総会参加者の調整役も務めているが、「シノドス総会には、これまで4回参加してきましたが、今回の総会は、討議の方法や内容が、従来とは違っている。 現実がすべて表現され、 それに参加することは、私たちにとって、教会の幸せな未来への希望を与える大きな恵みです」と述べた。

 そのうえで、レバノンにおけるシリア難民の状況について説明。「 国際社会がレバノンに彼らを留まらせ、欧州に行くことを妨げており、レバノンには現在、シリア難民が200万人以上、出生届も多く出されている。人口500万人のレバノンは世界で最も難民の割合が高い国になっています」と語った。

 そして、「このような状況を緩和するために、ある程度の人道援助が提供されていますが、最も求められているのは、難民が人としての尊厳を持って迎えられるようにすることです」と訴え、「 レバノン人は人間性ゆえに罰を受けています。難民はレバノンの国家経済に負担をかけている。国際政府機関では対処できないほどの巨額に上っており、結果として、レバノン国民はますます貧しくなっており、大きな怒りを引き起こしている。難民問題を”人道問題”とすることはレバノンに難民を留めておくための口実だ、と受け止めており、シリア人の難民の人たちの間に、欧州行きを求める多くの声が上がっている」と強調。

私たちは人類の悲劇に直面しており、世界の大国がこの悲劇を終わらせるために働き、シリア人がいつか自分たちの国と文化に戻れるよう、祈ります」と述べた。

 

*南アフリカ司教協議会副会長のムパコ司教「アフリカで最大の移民・難民受け入れ国、司牧ケアが課題」

 

 プレトリア大司教で南アフリカ司教協議会の副会長であるダブラ・アンソニー・ムパコ大司教は、南アフリカにおける移民・難民状況について概説した。

 ムバコ大司教は「自分の出身地を振り返って、多くのアフリカ諸国が既にこの”シノドスの道”を歩むための肥沃な土壌を持っていることに気づきました」としたうえで、「南アフリカは、アフリカで最も多い290万人以上の難民を受け入れており、彼らに司牧ケアを提供するという課題に直面しています」と指摘。さらに、「南アフリカに流入する難民の最大の原因は貧困。彼らの大半は『経済移民』です」と説明した。

 また大司教は、「難民・移民にとって最も人気のある目的地の一つであるプレトリアには、教会が『移民と難民のための司牧的ケアのための確立された奉仕』の態勢が整えられ、食料の提供や、 衣服、医、必要な書類作成などの支援を行っている」とし、「地元の教会は、彼らの言語で典礼を提供したり、移民・難民担当の宣教司祭を任命したりするなど、状況に応じた司牧的ケアを提供しながら、彼らが地域社会に溶け込めるよう努めています」と語った。

 

 

*カトリック教会におけるシノダリティ(共働性)とヒエラルヒー(ピラミッド型階層構造)

 

 記者団からは、「シノダリティに基づいた教会改革が、教区における司教の権威と特権を損なう可能性があるか」という質問が出たが、これに対して、フローレス司教は「その問題は新しいものではない。 教会による権威や奉仕は、回心に基づいていなければならない。いかなる組織にとっても前向きな目標を達成するために不可欠だからです」と述べる一方、この刷新がどのように行われるかについて多くの意見があることを認めた上で、「キリストにおいて互いに奉仕することに注力する人々に洗礼を施し、叙階することへの強い願望について、懸念している」と指摘した。

 ムパコ大司教は、「教会におけるシノダリティとヒエラルヒーという2つの構造が共存せねばならない、ということは万人に受け入れられているが、私たちが考えるべきは、教会のヒエラルヒーの運営方法にシノダリティが浸透する形で、この二つがどのように機能することができるか、ということです」と述べた。

 ツェルニー枢機卿は、「教会の階層構造は、聞くことから始まるプロセスを恐れるものではありません。 それが教会の階層的性質を損なうなどということはあり得ないのです」と強調した。

*難民とLGBTQ+

 

 難民の中のLGBTの人々の存在についての記者の質問では、ムパコ大司教が「どのように対応についての教会の立場は明白です。教皇はそれを非常に印象的で素晴らしい方法で体現されていると思います」としたうえで、「しかし、私たちが扱っているのは伝統的なキリスト教人類学であり、その人類学がこの問題にどのように関係しているのかを、調べようとしている段階です。 そして私の印象では、この問題はすぐには解決されないでしょう。私たちはキリスト教人類学を守りながら、私たちはLGBTQ+の人々が教会でくつろげる方法を模索しています」と説明した。

 一方、フローレス司教は、「自身の教区において、困難な状況にある家族を受け入れることが、『教会の慈善の使命』だ、と考えています。私たちは、すべてのボランティアに『苦しんいる人の中に、キリストの顔を探す』よう奨励している」とし、「私たちは、彼らにカトリック教徒かどうかは尋ねないし、キリスト教徒かどうかも尋ねません… 私たちは彼らに、政治信条を尋ねないし、性的指向についても尋ねません。ただ、苦しむキリストに仕えたいだけなのです」と強調した。

*ラテンアメリカ文化とシノドス

 またフローレス司教は、ラテンアメリカ文化におけるシノドスについての見方について質問を受け、「容易なことではありませんが、異なる文化を一つに結びつけることは、シノダリティの表現です。私自身は、ラテンアメリカ文化と英米文化を分け隔てしないバイリンガルの家庭で育ちましたが、それは、ある世界を別の世界に翻訳しようとする問題です。若い人たちはこれをうまくやる方法を知っていますし、特に国境地域に住んでいる人たちにとって、それは財産にもなります」と語った。

 だが、そのことを、「教会レベルで単純化することはできない。 地域のさまざまな教会の間で、対話に向けて前進するよう努力する必要があります」と述べ、 同様に、二つの世界に生きてきたツェルニー枢機卿も、自分にとって「人生は”翻訳”であり、両方の文化の中で生まれていても、いなくても、『synoding』は、”翻訳”する方法を学ぶことでもあるのかもしれません」と語った。

*「シノドス総会は外部からの圧力や”陰謀”の影響を受けていない」

 この後、ルッフィーニ長官から、作業部会の発言と総会の取りまとめ文書への賛否投票など総会の運営方法について説明があり、ツェルニー枢機卿からは「叙階された奉仕職に関する秩序と職権の関係」についての発言があり、「私は、秩序と職権の識別は克服されていると考えています。つまり、秩序を理解することはすべての職権には必要でなく、これまで聖職者、高位聖職者、場合によっては枢機卿が行使してきた職権に秩序は必要でないということです」とし、「教会の本質に危険はありません。すでに責任があり、おそらく枢機卿以外、司教以外、司祭以外の者に、その責任が委ねられることがますます増えていくからです」と付け加えた。

 また、記者からの追加の質問に対して、フローレス司教とムパコ大司教は、「現在のシノドス総会は、外部からの圧力や”陰謀”の影響を受けていない」と口をそろえ、フローレス司教は「”陰謀”があるとは思わない。 私はただ、使徒ペトロのケアの下で、正直で、誠実で、忠実で、慈しみにあふれた参加者の言葉に耳を傾けているのです。 それは信仰に対する脅威にはなりません」と言明した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

Cardinal Czerny then spoke about the relationship between order and office with regard to ordained ministries, saying, “I think that the identification between orders and offices is something that is being overcome. In other words, we’re understanding orders not to be necessary for every office, which until now has been headed by a cleric and in fact a hierarch and in some cases even a cardinal”.

He added the assurance, “There’s no danger to the nature of the Church because there are responsibilities which are already being, and which perhaps increasingly will be entrusted to non-Cardinals, non-bishops, non-priests.

Responding to further questions from the media, Bishop Flores and Archbishop Mpako assured reporters that the synodal reflection was not influenced by external pressures or “conspiracies”: “I do not see a conspiracy”, said Bishop Flores. “I have simply heard honest, sincere, faithful, charitable conversations under, shall I say … ‘sub tutela Petri’, under the care of Peter. That is not a threat to the Faith”.

Finally, Cardinal Czerny, the Prefect of the Dicastery for the Service of Integral Human Development took the floor to give some details about tonight’s celebration in St. Peter’s Square for migrants.

2023年10月20日

【シノドス総会】総会後半にー「参加、責任と権威の役割。共に歩む宣教的教会におけるプロセス、構造、制度」についての討議続く

開催中のシノドス 2023年10月18日のミサ バチカン・聖ペトロ大聖堂開催中のシノドス 2023年10月18日のミサ バチカン・聖ペトロ大聖堂  (Vatican Media)

(2023 .10.18  バチカン放送)

 「共に歩む教会のため − 交わり、参加、そして宣教」をテーマに、バチカンで開催中の「世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会・第1会期」の討議と作業は、現在、全スケジュールの後半部に入っている

 4日から始まった同会議は18日、開催2週間目を迎えた。

 会議では、先週13日から17日まで、討議要綱のセクションB「交わり、宣教、参加。共に歩む教会のための3つの優先課題」のうち、B2.「宣教の共同責任者。福音への奉仕のためにいかに賜物と課題を分かち合うか」をめぐり作業が続いた。

 そして、18日、テーマは討議要綱の最終項目、セクションB中の「B3.「参加、責任と権威の役割。共に歩む宣教的教会におけるプロセス、構造、制度」に移った。同テーマの討議・作業は、21日まで続き、その後、23日から、29日の閉会に向けた最終的なまとめの作業が行われていく。

 このシノドスでは、新しい討議テーマに入る毎にミサが捧げられる。 最終テーマの討議が始まった18日午前、バチカンの聖ペトロ大聖堂の「司教座の祭壇」で、ヴィリニュス(リトアニア)の大司教、ジンタラス・グルサス師の司式でミサがとり行われた。

 ミサの説教でグルサス大司教は、ルカ福音書10章のイエスが72人を任命の上、派遣し、どこかの家に入ったら「この家に平和があるように」と命じたエピソードを取り上げ、「イエスが言われる平和は、この世が与える平和ではなく、シャローム、神の御心から来る平和です」とし、「神の平和は、慈しみと同じように、すべての人に与えられるものですが、イエスは、それをすべての人が受け入れるわけでないことをご存じでした。内的平和の恵みを得るには、まず神の慈しみを求めねばなりません」と説いた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月19日

( シノドス総会ファイル)③「シノダリティ(共働性)」は、「新たな福音宣教」と同じ道をたどるのか?(Crux)

(2023.10.17 Crux Editor  John L. Allen Jr.)

ローマ発 – 10月4日に始まったシノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議(シノドス)総会は、日を追うにつれて、10年ほど前のシノドス—教皇ベネディクト16世の下で2012年10月7日から28日まで開かれた「新しい福音宣教」に関するシノドス—にますます似てきたように思われる。

 二つのシノドス総会の類似点は次のようなものだ。

・ヨハネ・パウロ2世教皇とベネディクト16世教皇のもとでは「新しい福音宣教」が教皇にとっての最優先事項と理解され、教皇フランシスコのもとでは、「シノダリティ(共働性)」が最優先事項とされている。

・この二つの buzzword(もっともらしいが実際には 意味があいまいな 言葉)は、その明確さよりもその遍在性によって、いずれの場合も際立っていた。 「新しい福音宣教」は、「信仰から遠く離れたカトリック教徒への布教」という単純な考えとして始まったが、使われ過ぎて、意味が非常に柔軟になり、ほとんど「善い」の同義語になった。 同様に、「シノダリティ」は、「互いに耳を傾け合うことと対話を基礎に置く教会のスタイル」への言及として始まったかも知れないが、やはり、使われ過ぎるうちに、それが「システムが承認するものすべてを包括する用語」に変わりつつある。

・二つのシノドス総会はともに、大きな国際危機の下で開かれている。 2012年のシノドス総会の場合は、シリア内戦の勃発だったが、今回の総会は、ガザ地区でイスラエルとハマスの間で渦巻く戦乱の勃発だ。 2012年のシノドス総会は、世界の教会を代表して懸念を表明するためにシリアに代表団を派遣しようとしたが、安全上の問題と政治的介入の疑念で瓦解した。今回の総会が、ガザ地区の戦乱にどのような具体的な対応をするのか、まだ分からない。

・二つのシノドス総会はともに、大スキャンダル発覚で注目を集めるバチカンでの裁判と同時進行の形で開かれている。 2012年10月は、イタリア人ジャーナリストへの機密文書漏洩で元教皇秘書パオロ・ガブリエレが有罪判決を受けた。今は、教皇の側近だったアンジェロ・ベッチュウ枢機卿を含む10人の被告が、さまざまな金融犯罪容疑で裁かれる「世紀の裁判」が大詰めを迎えている。

 そして、2012年のシノドス総会は、カトリック教会における「ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世の時代」の最後の大行事となった。 閉幕からわずか3か月余り後の2013年2月11日に当時85歳だったベネディクト16世が辞任を発表し、教皇フランシスコ選出の準備が整えられたのだ。

 今、教皇フランシスコは86歳で、シノドス総会を主宰している。現時点で教皇に健康危機の兆候はないが、少なくとも来年10月の第2回会期を含むこのシノドス総会の大事業を自らの手で終了させる可能性はある。

 だが、より基本的な問題は、ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世の後に、「新しい福音宣教」に降りかかったのと同じ運命が、このフランシスコの後の「シノダリティ(共働性)」に降りかかるかどうか、ということである。

 「新しい福音宣教」という言葉を主導してきた教皇たちが去った後、その言葉への言及が公式の隠語や実践から、驚くべき速さで消え去った。 2012年のシノドス総会で出された「カトリック大学への『新しい福音宣教』の部門新設」「世界中の教区への『新しい福音宣教のための養成センター』の新設」「司教協議会やその他の教会組織内への『新しい福音宣教のための新委員会の発足」は勧告で終わった。

 新教皇にフランシスコが選出され、ローマの地盤が変わると、「新しい福音宣教」はもはや新教皇の関心事ではないことが明らかになり、勧告を実現する動きはほとんど起こらなかった。 2010年に鳴り物入りで設立されたバチカンの「教皇庁新福音宣教評議会」は、2022年に活動が停止され、新しい福音宣教省に吸収されるまで、わずか12年間しかもたなかった。

 一般に官僚組織が専門の部門を作ることで(職務の)優先順位を示していることを考えると、そのような部門を廃止することは通常、「関心が薄れていること」と同義、あるいは反語である。 官僚組織以外でも、話はほぼ同じだ。たとえば、米国の司教のウェブサイトを調べてみると、「新しい福音宣教」の専門ページは、ベネディクト16世の治世の後期以降、基本的にバチカンのテキストで更新されていないことがわかる。

 これは「新しい福音宣教」の旗印の下に放出されたエネルギーが単に消滅したと言っているわけではない。 堕落したカトリック教徒に手を差し伸べる取り組みは、この運動が最高潮に達していた時期にいくつも生まれ、その多くは大きな成功を収めています。

 さらに、教皇フランシスコの「シノダリティ」は新しい福音宣教の独自のバージョンであり、この考えは語彙的に消え去ったのではなく、むしろ新しい装いをとったと主張するでしょう。 それにもかかわらず、「新しい福音宣教」と銘打たれた取り組みは、10年前と同様に教皇から直接的、かつ明示的に、奨励されていないと言えるのは依然としてバランスを欠く。そしてそれは、教皇の出入りに応じてカトリック教会において認識されている優先事項がしばしば変わることを思い出させる。

 将来、2012年に行われたのと同様の”廃止”が、「シンノダリティ」を取り巻くかどうかは、時間が経てば分かるだろう。 しかし、新しい福音宣教とシノドス総会の両方の信奉者にとって良いニュースは、カトリック教会では、実際に消えることはないということです。 カトリックは、おじいちゃんの屋根裏部屋のようなものです。 おじいちゃんが持っていたものはすべて、まだそこにあり、ホコリを払って再び使用できるのを待っている。その時、車輪が回転すると突然、それが再び価値のあるものになるのだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年10月18日

【シノドス総会】「シノドス総会は”トーク・ショー”ではない、世界でどのように教会が歩むべきか熟慮する場だ」

A working group at the General AssemblyA working group at the General Assembly  (Vatican Media)

(2023.10.17 Vatican News   Salvatore Cernuzio)

 シノドス総会の17日昼までの進行状況などについて、バチカン広報省のルッフィーニ長官が17日夕、定例の記者会見を開き、4日以来、総会に参加している枢機卿、司教、司祭、修道女、修道者、信徒の話し合いの模様などについて説明。全体会議や35の作業部会では、司教の務め、女性の役割、教会法改正の可能性、信徒の貢献などが話し合われている、と述べた。

 長官の会見には、モロッコ・ラバト大司教のクリストバル・ロペス・ロメロ枢機卿、オセアニア地域司教協議会連盟会長で豪ブロークン・ベイ教区長のアンソニー・ランダッツォ司教、それに著名な神学者である レネー・ケーラー=ライアン・シドニー・ノートルダム大学教授とナイジェリアのイエズス会士アグボンキアンメゲ・エマニュエル・オロバトル教授が同席し、「聴いて学ぶ」という総会での経験」に満足していると口をそろえた。

*「協力」から「共同責任」へ―教会法改定の可能性

 

 記者会見の冒頭、ルッフィーニ長官は、17日の朝に聖テレジアに関する教皇の使徒的勧告「C’est la confiance」が総会参加者に改めて配布された、としたうえで、今週初め、16日から17日昼にかけての全体会議と作業部会では、準備文書の「福音宣教の使命における共同責任」に関するモジュールB2をもとに意見を交換した。 「共同責任」とは、「改正」が求められている教会法における「協力」に代わる導入が提案されている言葉だ。

 教会法の専門家であるランダッツォ司教は、「教会法はその前提としているものが変われば、当然、変わり得ます。法規の中には、特定の地域社会や状況、状況のニーズに応じて適応させることが可能なものもある」と述べた。

 

*「女性たちの関心は『叙階』だけだと考えると、世界の大半の女性たちの関心を忘れてしまう」

 また教会改革に関して、総会参加者たちは、まず「diaconate(叙階)の本質」を明確にしたうえで、それを女性に開放する可能性について議論した。 教会における女性の役割に関して、ルッフィーニ長官は、参加者たちの議論では「イエスが女性を retinue(随行者)として扱われたこと」が想起され、「最初に主の復活を宣言した女性たちが説教をしなかっただろう、ということを想定することは可能でなかったかのかどうか、という問いが持ち上がった」と説明。

 また、 「(教区や小教区の)司牧評議会に女性が出席することで、意思決定がより現実的になり、地域社会がより創造的になる」という意見も出た、とし、会議で語られた格言を引用して、「何かについて話したいなら 男性だけの集まり、何かをしたいなら女性の集まりを開くといい」と述べた。

 このように、教会における女性の役割に議論の多くが割かれたが、女性の司祭叙階については、それが唯一の役割ではなく、あるいは主要な役割とする意見はなかった。ケーラー=ライアン教授は、女性の司祭叙階は、「女性たちの要請を必ずしも反映していない”ニッチ”な問題です… (女性の司祭叙階に関する)問題が強調されすぎていると思う」と述べ、「この問題を重視しすぎると、世界中のほとんどの女性が求めていること、つまり住居、食べ物、衣服、そして子供たちの将来についての問題を忘れてしまうことになりかねない」と指摘。 「子供たちに未来を、そして教会に迎え入れられる未来、そして知っている人や愛する人全員が教会に歓迎される未来を持ってほしいと思っています」と語った。

 

*「信徒の奉仕を司祭不足の一時しのぎにしてはならない」

 作業グループと個々の参加者の発言について出された報告では、「教区—”給油所”ではなく、交わりの場—とコミュニティの重要性」、「 信徒の奉仕を司祭不足の一時しのぎの手段としない、聖職者化しない」「そして受洗者の共同体は司祭の奉仕なしでは成り立たない」などを指摘する意見も出ている。

 

*「司教は、何でも抱え込まず助けが必要、虐待被害者の声を聴く時間と場も必要」

 

 シノドス総会情報委員会のシーラ・ピレス氏によると、17日の午前の会議では、司教の奉仕活動にも同様の関心が払われ、「司教は信者たちに寄り添い、愛、配慮、懸念を表現する父親のような人物とみなされている」という発言や、「 司教は、諸宗教間および信仰一致のための対話を促進しなければならず、財政、経済、法的側面を管理しなければならない。まさにそのような問題に忙殺されないように、協力者や専門家から助けを受けることができた」という報告もあった。 「司教は、『自分だけが教区ではない』ことを理解せねばなりません。一人ですべてを行うことはできず、助けが必要です」と述べた。

 会議ではまた、司教候補の育成、司教と聖職者、および新司教との関係にも関心が集まり、「司教は、虐待被害者の声に耳を傾けることを避けるべきではない」といことが強調された。そして、彼らの声を聴くための時間と空間が必要です」と語った。

 

 

*「我々は半分まで来た、まだあと一年、作業が残っている」

 今総会の会議では、幅広い問題について話し合われているが、ロペス・ロメロ枢機卿は、「これは2021年10月に始まり、2024年まで続く”シノドスの旅”の半分に過ぎません」と述べた。

 そして、「私たちがここローマで経験している事だけが”シノドスの道”ではない。過去2年間に世界中の小教区、教区、修道会で経験した何千回もの会合は、それだけの価値はあった。私たちは灰から、新しい火を灯すことができました」とする一方、「現段階では具体的提案を期待すべきではありません。まだ少なくとも1年の作業が残っており、なすべき課題があります。それをこなしたうえで、より具体的な提案に至るための結論を導き出すのです」と強調した。

 

*「普遍的な教会として、私たちはどのような立場にあるのかを理解する」

 

 ケーラー=ライアン教授は「このシノドス総会で今起きているのは、普遍的な教会として非常に多くの異なる声を聞く機会がもたらされ、祈りの気持ちを持って互いに耳を傾けることに重点を置くという非常に重要だということだと思います」とし、「信徒の参加」が「このシノドス総会の最も重要な点の一つ」だと指摘した。。

 また、今総会は、「普遍的な教会としての私たちがどのような立場にあるのか、また私たちが全世界で多くの点で共通した立場にあることを理解するための素晴らしい機会になっています。私たちにはキリストとその母についての普遍的な教えがあり、私たちの教会について知らない人々に手を差し伸べようと、真剣に努力している…  そして、まだデジタル技術にアクセスできない人々がいることを理解しながら、デジタル技術など様々な方法で、それを実現しようとしています」と述べた。

*「世界中の信者が、皆同じ条件にあるわけではない、『欧州的見方』をすべきではない」

 デジタルの問題については、ランダッツォ司教も、「デジタル通信とデジタル世界のシンノダリティ(共働性)について話すとき、 『燃料を積んだ船が、しばしばそばを通る島』を思い起すといい。島に 船が来なければ、燃料が手に入らず、発電機も動かず、コンピューターがあっても接続できず、孤立してしまいます」と述べ、物事を「欧州的な見方」で見ないよう、つまり、「ある場所から別の場所に移動したり、たとえば教区に行くために、誰もがタクシーや電車に乗れるのが当然」と考えないように促した。 

 そして、「このシノドス総会で私にとって本当に素晴らしい経験の一つは、欧州の伝統的な教会に所属する人たちだけでなく、世界中から来た人たちとテーブルを囲み、時折コーヒーを皆で飲むことです」とし、これは私にとって、とてもシノダリティ(共働性)を感じます。そして、教皇フランシスコの天才的なところは、これが何もない所から生まれるものではない、ということです」と語った。

*「シノドス総会は、『結果』よりも『プロセス』が重要になる」

 オロバトル神父もランダッツォ司教の意見に同意し、「この総会は、神学者にとって『生きがい』の一環、つまり”資源”を引き出すプロセスの一環です。おそらく、結果よりもプロセスの方が重要になるだろうと確信している。教会というコミュニティとして、人々を誰でも、立場や地位や状況に関係なく、新しい生き方を体験できるように導く枠組みとメカニズム、だと信じています。また、教会では、自分たちの意見を聞いてもらうだけでなく、識別のプロセスに貢献することもできます」と述べた。

 

*「総会参加者の間に多くの意見の相違があるが、”派閥同士の衝突”ではない」

 また、ロペス・ロメロ枢機卿は、「シノドス総会参加者の間には、多くの意見の相違が生じていますが、それらは決して”派閥同士の衝突”ではなく、”憎しみや敵意”を伴ってもいません。この会議の趣旨は、『対話すること』であり、『相手に応答すること』ではありません」と指摘した。

 関連して、ルッフィーニ長官は「シノドス総会は、記者からの問いに答えるように設計されているのではなく、プロセスから生じる教会の識別のために設計されています。  その識別は、『教会が世界でどのように歩むことができるか』に関係しています」と説明した。

*「女性問題やLGBT+の人々の問題は、記者だけでなく、多くの信徒が関心を持って見ている」

 これに対し、記者からは、「いくつかの問題、特に教会における女性の役割とLGBT+の人々を受け入れる問題は、単なる記者の関心の問題として扱われるべきではない。 まさにこれらの問題については、これまでの(司教区、小教区レベルなどの「”シノドスの道”の歩みで、多くの信徒たちが時間とエネルギーを費やして議論してきており、今、その答えを待っている人々が多くいる」との意見が出された。

 長官は、「指摘された問題は、総会での議論の対象となっている」ことを認めたうえで、「シノドス総会は確かに単なる”円卓会議”ではなく、もちろん”トーク・ショー”でもなく、『聖霊による対話』です。今総会では、報告書をまとめ、それが世界の『神の民』に送られ、その後再び総会が開かれます。 ロペス・ロメロ枢機卿が語ったように、それはまだ長いプロセスであり、忍耐と希望が必要です」と説明した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月18日

【シノドス総会】「シノダリティ(共働性)は”決まり文句”でなく、日々の実践だ」16日午後の記者会見で

Synod briefing (file photo)Synod briefing (file photo)  (Vatican Media)  cliche

(2023.10.16 Vatican News   Federica Piana)

   シノドス総会の16日月曜午前までの討議状況などについて、バチカン広報局のルッフィーニ長官が16日午後、記者会見した。

 それによると、全体会議や35に分かれた作業部会では、シノダリティ(共働性)の真の意味、多様性における豊かさ、教会での受洗者の役割、宣教活動、キリスト教一致と宗教間対話、女性助祭からみた女性の教会での役割、デジタル革命、 最新技術から完全に切り離されている世界の貧しい国の若者たちの問題、などが忘れないこと、などが話題に上っている。

 長官によると月曜の全体会議は冒頭、教皇が前日15日に出された、リジュ―の聖テレジア生誕150年を記念する使徒的勧告「C’est la confiance」に注目することから始まった。また、これまでの各作業部会からの最初の討議報告についての検討もされた。

 記者会見にゲストとして出席したスリランカ出身の神学者ヴィマル・ティリマンナ神父(C.S.R.)は今総会に出席しての感想について、「シノダリティ(共働性)は、その人が実行するときに起きることを実感した… 総会に参加するまでは『シノダリティ』は単なる決まり文句だ、と思っていた」が、「霊的な対話の仕方に補完された素晴らしい祈りの雰囲気のおかげで、私たちはシノドスの道、シノドスの生活様式が、実際に、どのように生きているかをしることができました」と語った。

 神父は、これがテーブルの配置にもどのように反映されているかを強調し、枢機卿、司教、信徒、特に女性が「ピラミッド型の教会ではなく、同心円状の教会… 互いに肩を触れ合った経験」を指摘。 「この総会には、シノダリティの文化が息づいています。私たちの 課題は、それを会議場の外に持ち出すことです」と述べ、また、シノドスの道は、「教皇フランシスコの個人的な課題ではなく、第二バチカン公会議の継続なのです」と強調した。

 

 女子修道会の世界的な集まりである国際修道会総長連盟(UISG)の事務局長、シスター・パトリシア・マレーは、「シノダリティが、ますます現実のものになっていることを、うれしく思っています」とし、「女子修道会のメンバーとして、私たちは20年以上にわたって、シノダリティ(共働性)を実践してきたと感じています… 特に人生において重要なことについて決断を下し、結論を出した時には、そうでした」と語った。 そして、「イエスと聖霊を私たちの生活の中心に据え、修道会の全員の声に耳を傾けて、今、神が私たちをどこに召されているのか、どこに神が会衆を召されているのかを見極めることが、多くの集会で実践されてきました… ですから私にとって、このシノダリティ共働性)という言葉が普遍的な教会に広まるのは、さらなる喜びです。これが私たちが生き、共にいたい、と願う方法であり、参加、交わり、使命の言葉なのです」と述べた。

 

 プラハ補佐司教のズデネク・ヴァッサーバウアー司教は、リジューの聖テレジアについての使徒的勧告に感動したと述べ、「私は、この使徒的勧告の中にシノドス全体の羅針盤を見ています… これまでの総会の話し合いで、『使命』という言葉が私たちにとって重要なポイントであることをはっきりと認識しました」とした。

 そして、なぜこの使徒的勧告が導き手または道しるべとみなされるのかについて、「まず、私はこの総会で400人の会員全員が毎日、他者の利益や救いを求めて集まっていることに気づきました。 そして、1856年にリジューの聖テレジアは魂の中で感じた暗い夜に言及し、今日も、三千年紀の教会は暗闇の中にある、と言う人がいますが、この総会は、暗闇を照らす光となっているからです 

 LGBTQ+の人々の「痛み」について議論されたかどうかについての記者の質問に、シスター・マレーは「35全部ではありませんが、多くの作業部会で、意見が述べられ、話し合われました。そして、教会がどのようにその傷を表現できるかについても議論されています。また引き起こされた痛みと苦しみについて深い認識があります」と説明。

  別の記者の「同性カップルへの祝福の問題が取り上げられたか」との問いには、ルッフィーニ長官が、その問題は「中心的なものではありません」とだけ答え、その問題よりも、組織形成、聖職者任命、貧しい人々への優遇措置、植民地主義についてもっと議論がなされています」と説明。「カトリックの教義は、総会での議論のすべての中心になっている」と付け加えた。

  さらに、長官は、シノドス総会に出席している中国の司教たちが明日、バチカンを離れる、という情報が間違っていなことを確認し、それぞれの教区に戻る司牧上の理由からそうするのです」と述べた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2023年10月17日

【シノドス総会】「一致点と相違点を強調し過ぎないように、前向きな提案を」総会総括責任者が作業部会での討議で注意

Cardinal Hollerich presents the theme of the third module of the General Assembly of the Synod of BishopsCardinal Hollerich presents the theme of the third module of the General Assembly of the Synod of Bishops 

(2023.10.13  Vatican News   Christopher Wells)

 シノドス総会の総括責任者、ジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿が13日朝、同日からの全体会議、作業部会での分かち合いのテーマとなる準備要綱のモジュールB2「宣教の使命における共同責任—福音の奉仕において、私たちはどのようにして、賜物と仕事をより良く分かち合えるか」について説明した。

 枢機卿は、『宣教のテーマは、昨日までの分かち合いの中でも継続的に取り上げられました。『交わり』は内に閉じこもらず、宣教へと駆り立てます。そして宣教は、その交わりの範囲を広げること」と述べ、世界で新たに形成されつつある”デジタル大陸”を取り上げ、「この”大陸”は、その”住民”によって宣教されねばならない、新たな宣教の領域です… それは同時に『共同責任』の概念も際立たせています。そして、デジタル大陸に当てはまることは、教会の使命の他の側面にも当てはまります」と説明。

 さらに、各作業部会が取り組む5つのワークシートについて手短に説明し、「これらには、使命の意味と内容を深めることが含まれます- 聖職者、 女性の役割。 叙階された聖職と洗礼を受けた者の聖職の関係、 そして司教の聖職についてです」と述べ、「互いの言葉のためのスペース」を作り続ける必要を強調した。

 また枢機卿は、「全体会議での参加者の自由な意見の表明は、会議直前の作業部会で共有された洞察と共有されるものであること」「これまでの作業部会の分かち合いの結果の報告と報告者の発言で、参加者の意見の一致と相違に重点が置かれる傾向が顕著になってきていますが、総会期間中に、探求すべき課題と、具体的な方策を提案することが重要です。今日これからは分かち合うモジュールB2では、今総会での重要なポイントのいくつかに触れますが、難しい設問のあらゆる側面を考えたり、性急に答えを出そうとしたりしないようにしましょう」と参加者の理解と協力を求めた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2023年10月14日

【シノドス総会】戦争ではなく、友愛の 追求が、紛争解決の唯一の道だー12日の記者会見で

An image from a briefing on the Synod at the Holy See Press OfficeAn image from a briefing on the Synod at the Holy See Press Office  (Vatican Media)

 ガザ地区での戦闘に関連しては、「イスラエルでは多くの人が、ガザに住む人々と対話の橋を架けることに疑問を持っていますが、私のユダヤ人の友人は、イスラム教徒と同時に祈り、祈りの中で団結することを決意しています」と説明。和平に向けた交渉が再開され、紛争解決が緊急の課題であることを多くの人が認識するように、世界の国、世界の人の協調行動の必要を訴え、 「まだ沈黙が多すぎる。 私の声だけでは成果は出ません。 人権の尊重と民族間の和解を促進するには、世界中の人々の関与が必要です」と強調した。

 

*アフリカとシノダリティ(共働性)

 カメルーンの司教協議会会長、アンドリュー・エンケア・フアンヤ大司教は、「シノダリティ(共働性)はアフリカ文化の一部を形成している。なぜなら、私たちは常に家族として一緒に物事を行うからです」と述べたうえで、「今回のシノドス総会は、アフリカにとって非常に大きな慰めになると思います… アフリカは多くの問題を抱えており、私たちは時々孤立し、見捨てられた、と感じています。 しかし、この総会に参加して、私たちは、ここに参加していない地元の教会の人々と共に、アフリカで起きている問題、特に戦争の影響を受けている国々のために祈ります。これはアフリカにとって、シノドス総会に自らの足跡を残す非常に素晴らしい機会だと思います」と語った。

*「異なる言語を結びつける福音」

  バグダッド保健センターの医師で Congregation of the Daughters of the Sacred Heart of Jesusの会員、シスター・キャロライン・ジャルジスも、今のシノドス総会で「一つの家族」になる経験をした。12日朝の祈りの集いで、他の参加者と共に、自国語のアラビア語で福音書を読み、自分の言葉がどのようにすべての人に理解されたかを知って、衝撃を受けた、という。 「神は、私たちがシノドス総会で行う働きの中におられます。 私たちを選び、ローマに来る前に備えさせてくれました。私たちはすべてを分かち合った最初のキリスト教徒の経験を共にしています」と語った。

*「イラク殉教者たちによってもたらされた教会の豊かさ」

 

 また、シスターは、 「私は戦争中の国から来ています。キリスト教徒は少数派ですが、私たちの教会の豊かさは、殉教者たちの存在によってもたらされています。 殉教者たちの血は、私たちに前へ進もうとする力を与えてくれます。私は、普遍的な教会との交わりの経験から得られる、大きな力を持って家に帰ります」と述べた。

 イラクでは、ラシド大統領からキリスト教の長と認める布告を取り消されたサコ枢機卿がバグダッド総主教庁本部から退出することを決めたことについて、記者から質問を受けたシスターは、「殉教の地で、キリスト教徒として尊厳を持って生きるのは正しいことです。私たちは二級国民ではありません」と答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 12日の午後、シノドス総会参加者たちは、聖ペトロと聖パウロの遺物を一時保管している聖セバスチャンのカタコンベ、聖カリストスと聖ドミティラのカタコンベへの巡礼をした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*8回目の全体会議は「使命における共同責任」がテーマに

 

 13日の朝は、コンゴ民主共和国のアンボンゴ・ベスング枢機卿が司式する聖ペトロ大聖堂祭壇でのミサの後、8回目の全体会議が開かれ、「使命における共同責任: 福音への奉仕において賜物と任務をよりよく分かち合うにはどうすればよいか?」というテーマで、準備要綱の 3 番目のモジュールに取り組む。 これに先立つ「交わり」をテーマにした2番目のモジュールについては、11日午後と12日午前に作業部会の後の全体会議で、各作業部会からシノドス事務局長に報告書を提出している。

 

*7回目の全体会議では36人が発言

 12日の7回目の全体会議には343人が出席し、36人から、 「宗教間および異文化間の対話」「 植民地主義が先住民族コミュニティに与えた影響」「 罪の赦しを求めれば受け入れられる『和解の秘跡』の重要性」、 そして、「イエスに会いたいと願う若者たちの声に耳を傾け、それに参加すること」などをテーマに発言があった。また、シノドス総会の働きの中心として「カルカッタのマザー・テレサの姿と彼女の病人へのケア」が挙げられ、「 カトリック指導者の平和促進への取り組みの緊急性」「疎外された女性たちのドラマ」「教会活動における互いを包み込み、耳を傾ける必要性」なども語られた。

*シノドス総会におけるマリアの存在

 

 記者会見の最後に、ルッフィーニ長官は、12日が「アパレシダの聖母」と「ピラールの聖母の祝日」であることを挙げ、「今朝、シノダル(共働的)な教会におけるマリアの姿の重要性が強調されました。 マリアは母であり、信徒であり、預言であり、対話であり、カリスマであり、聖性であり、生きた福音です」と強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2023年10月13日

【シノドス総会】12日朝の全体会議でイスラエルとハマスの戦いの最中にある中東の人々のために祈り

(2023.10.12 Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

 シノドス総会は12日の全体会議での朝の祈りを、特に聖地の平和を祈ることに捧げ、バグダッドのカルデア・カトリック教会のルイ・ラファエル・サコ総主教が「世界中で戦争に苦しみ、恐怖の中で暮らしているすべての人々」のために祈った。

 総主教は祈りの前に「世界、特に聖地だけでなく、ウクライナ、イラク、イラン、レバノンでの暴力の平和のために祈っていただきたいと思います… それぞれの国の人たちは、将来に大きな希望を抱き、恐れや不安を抱えながらではなく、尊厳と友愛のうちに生きることを待っています」と述べ、「人類が暴力のない一つの家族となるように」と、祈り、友愛、そして苦しんでいるすべての人々との連帯を呼び掛けた。

 参加者たちは詩編130章(Vatican News は「129章」としているが、130章の間違い)の「主よ、深い淵の底からあなたに叫びます。わが主よ、私の声を聞いてください」(1‐2項)など、いくつかの祈りを唱え、サコ総主教も「ああ、すべてを顧みられる神よ、あなたを起源とする人類全体が、暴力もなく、不条理な戦争もなく、兄弟の精神をもって一つの家族を形成し、平和に団結して暮らせますように」と祈った。

 また、フォコラーレ運動の指導者でパレスチナ人のカトリック教徒、マーガレット・カラム氏も 「主よ、私たちは聖地のために、前例のない暴力にさらされているイスラエルとパレスチナの人々のために、犠牲者、特に子供たちのために、負傷者のために、人質にされた人々のために、行方不明者とその人々のために祈ります。苦悩と停滞のこの数時間において、私たちは教皇の声と、平和を願う世界中の人々の合唱の祈りに声を合わせます」と祈った。

 さらにカラム氏は、中東の他の国々や戦争中のすべての国が恐怖と破壊の中で暮らしてきたことを振り返り、 「主よ、これらの民族と、不安定と暴力による紛争という同じ状況にある人々が、正義、対話、和解が不可欠な手段となる人権尊重の道を見つけることができるよう、兄弟的な世界の構築に尽力できるよう私たちを助けてください。 平和を築いてください」と主に願った。。

。。。。。。。。。。。。。

 教皇フランシスコは、これまで、水曜の一般謁見などの機会に、聖地や中東で暴力に見舞われた国々など、戦争に苦しむ国々の平和のために数え切れないほどの祈りを捧げてきた。 昨年2月にロシアの軍事侵攻が始まって以来、苦しみ続けているウクライナの和平実現に数え切れないほど祈り、行動してきた。 中東にも、2021年3月にイラクを訪問している。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月12日

【シノドス総会】参加者全員が、戦争の犠牲者たちのために祈りを捧げるー11日の記者会見での報告

Participants in the briefing at the Holy See Press OfficeParticipants in the briefing at the Holy See Press Office 

*ガザ地区で起きている「血なまぐさい戦争」の悲惨さを念頭に黙祷

 

 ルッフィーニ長官によると、シノドス総会の6回目の全体会合は、ハマスが引き起こしたパレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとの「血なまぐさい戦争」の悲惨さを思い起こすアーサー・ロシュ枢機卿が主導する黙祷で幕を開けた。

 ラクロワ枢機卿は、これまでの会議での「豊かさ」の経験について報告。ウラキア氏は、パプアニューギニアの「小さな」コミュニティの声を届けた。

 地中海での数千人の死者に対する「憤り」から生まれ、海上での人命救助に当たっているNGO「Mediterranea Saving Humans」の創設者のカサリーニ氏は、「Mare Nostrum(私たちの海)」での取り組みについて説明。自己の経験を二つの貧困の「出会い」と呼び、「それは、『唯一の資産である土地』を離れることを余儀なくされた人々の物質的な貧困と、『恐怖を悼み、拒絶する能力』を失ったかに見える西洋諸国の精神的な貧困だ」と語った。

 ルッフィーニ長官は、10日に聖マルタの家で開かれた「小さな『作業部会』」について報告。ローマ市内の貧困者が食事会に招かれ、教皇フランシスコと慈善事業担当のコンラッド・クライェフスキーから、教会に期待することについて意見を聞かれた。「彼らの答えは、ただ『愛』でした」と長官は述べた。

*61年前に聖ヨハネ23世が始められた第二バチカン公会議とシノドス総会

 

 10日の全体会議の出席者は339人、11日朝の祈りには345人が参加し、この日、誕生日を迎えたイタリア司教協議会会長のマッテオ・ズッピ枢機卿が先唱、1962年10月11日に第二バチカン公会議が始まった記念日でもあるこの日、公会議の唱道者である聖ヨハネ23世のとりなしを求めた。

 ラクロワ枢機卿がヨハネ23世は『預言的』な方でした。高齢で病弱であったにもかかわらず、聖霊によって公会議開催の霊感を受け、実行されました。しかし、その結末は生きてご覧になることはできなかった」と語り、「私たちが使っている方法論は、主、主の言葉、洗礼を受けた一人ひとりの中の主の存在、を聴くことに向けられています。そしてこのことが、私たちの心を他者に開かせるのです」という、聖ヨハネ23世が公会議の開催に当たって言葉を読み上げた。そして、「神の言葉を聞くことによって、私たちは微妙なニュアンスを受け、自分の考えを変えられます。そうすることで、神がすべての人々の中で働き、働いていることが分かるのです… その働きを生きることで、私たちは自分の考え方を調整し、洗練し、少し変えることができるのです」と強調した。

 その延長に、今回のシノダリティ(共働性)をテーマとするシノドス総会が支持する考え方として、これまでなおざりにされていた人々が声を上げられるようにするとともに、「他者の介在で明らかになったことに挑戦を受けさせる」ことがある。

 この点に関して、ワラキア氏は、ソロモン諸島とパプアニューギニアの代表をシノドスに招待されたた教皇に感謝し、「何年もの間、私たちは他の人の声に耳を傾けてきましたが、今度は自分から話したいと思います。そして、皆さんにそれを聴いてもらいたい。 私たちには世界に提供できるものがある。私たちが心から提供できるのは、私たちの暮らし方、交わりの中で暮らし、共に暮らし、関係を築くことです」と語った。

 

*戦争、貧困、気候変動の犠牲者たちへの対応は

 また、ルッフィーニ長官は、作業部会や全体会合の内容について、「多くの発言者が、平和と戦争に苦しむ人々について触れた」とし、「戦争と暴力によって損なわれた今の世界で、キリスト教徒がどのようにして、平和と和解のしるしとなり得るか、について語り、 紛争に苦しむ国々と「一部の東方教会の苦しみ」に真剣に対応するよう「強い訴え」がなされた、と説明した。

 総会の広報担当のシーラ・ピレス氏によると、一連の会合で、浮上したもう一つのテーマは「貧困に寄り添い、謙虚で、自らを低くし、貧しい人々と共に歩む教会の在り方」。 「さまざまな顔を持つ」貧しい人々、排除された人々、移民・難民、気候変動の犠牲者、さらには世界の一部地域の女性や姉妹たちも、「二級国民とされ、虐待されることから守られるべき存在」であることも強調された、という。

 

*性的虐待スキャンダルで教会の信頼性に疑問符が付いている

 

 性的虐待を含む虐待への対応も、もう一つの中心テーマだった。 「性的虐待などのスキャンダルによって、私たちの教会の信頼性に疑問符が付いている。性的、物理的、精神的な虐待をすべて根絶するために、あらゆることを行い、あらゆることを継続し、被害者に寄り添う必要がある」という意見も出された、という。

 作業部会や全体会合での報告では、「性的同一性」の問題も取り上げられた。 長官は、「この問題は、福音と教会の教えに忠実でありつつ、責任と理解を持って取り組まなければならない問題です」とし、「性に関する教会の教えに対するさらなる洞察を求める人もいましたが、一方で、今以上に識別する必要はない、という意見もありました」と述べた。

 また長官は、総会参加者たちが自問したのは、「教会の教えに忠実でありつつ、離婚した同性愛者のカップルへの、愛に関する司牧的配慮を具体的にどのようにするか」だった、とし、「これらの問題について発言した人たちは、多かれ少なかれ、『あらゆる形の同性愛への嫌悪を否定せねばならない』という意見でした。また何人かから、『現実と個人の個人的な歩みを知らないことから、多くの困難が生じるのだ』との指摘がありました」と説明した。

*移民・難民問題への対応は

 移民・難民の問題に関しては、一部の司教から「移民・難民の受け入れでより良い状況にある他国の司教協議会に助けを求めた。これは、受け入れられた人々が確実に社会に溶け込めるように開発された手法から恩恵を受けられる方法です」との説明があった。 移民・難民への対応では、「自分たちの国の法律を尊重する必要もある」ことも再確認された、という。

 シノドス総会では、「怒りと憤りを、敬虔さに変える方法を学んでいます。私が学んでいるのは、相手の立場に立つことです。自分ですべてを解決できると期待せず、行動してくださるのは聖霊だ、と確信することです。聖霊に働きは、 とてもクレイジーなことが起こすこともある… 私がシノドス総会に出席しているということも」とカサリーに氏は語った。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月12日