・22日の「神のことばの主日」ミサ、教皇が聖ペトロ大聖堂で司式

Sunday of the Word of God celebration in 2022Sunday of the Word of God celebration in 2022  (Vatican Media)

 

2023年1月18日

・教皇フランシスコの1,2月の主要日程ー月末からコンゴ、南スーダン歴訪へ

(2023.1.13  Vatican News staff reporter)

  バチカンの教皇儀典室が教皇フランシスコの2023年1月と2月の儀式、公式行事予定を発表、31日から2月5日にかけてコンゴ民主共和国と南スーダン共和国を歴訪されることが確定した。

 発表によると、教皇の1月の22日「神のみことばの主日」にあたり、イタリア時間午前9時30分(日本時間午後5時30分)から、バチカンの聖ペトロ大聖堂でミサを司式される。次いで25日水曜日は、「聖パウロの回心の祝日で、18日からのキリスト教一致祈祷週間の最終日にあたり、午後5時30分(同26日午前1時30分)から、ローマの「城壁外の聖パウロ大聖堂」(Basilica Papale di San Paolo fuori le Mura)で夕べの祈りを捧げられる。

 コンゴ民主共和国、南スーダン共和国訪問は1月31日にローマを発たれ、2月1日にコンゴの首都キンシャサのンドロ空港で歓迎を受けられた後、ミサを捧げられる。翌2日は、キンシャサ大聖堂(Cathedral of Notre Dame du Congo)で現地の司祭、助祭、神学生、および修道者たちとの祈祷会に参加。

 次いで南スーダンに向かわれ、4日の首都ジュバの同国初代大統領のジョン・ガランの霊廟でのエキュメニカル礼拝を、英国国教会のカンタベリー大司教とスコットランド教会代表と総会の司会者と共にされる。 5 日は、ジョン・ ガラン霊廟でのミサ聖祭で、訪問を締めくくりとされる予定。

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 なおコンゴ民主共和国は、中部アフリカに位置し、約半世紀にわたるベルギーによる植民地支配の後、1960年に独立したが、その後も内紛が続き、多くの国民が犠牲となった。最近でも2018年の大統領選挙をめぐり騒乱が起きるなどしている。また先月12月中旬には豪雨で大洪水が発生、同国政府によると、被害は200人の死傷者、倒壊家屋280棟、約3万9000人が被害に遭うなど自然災害も起きている。

 南スーダン共和国、通称 南スーダン は、コンゴ民主共和国と国境を接する。2011年にスーダン共和国の南部10州が分離独立した。現在、国連が独立を承認した中で一番新しい国となっているが、非政府組織平和基金会が発表した「世界で最も脆弱な国家ランキング」で2019年に3位になるなど、不安定な政治・社会状況が続いている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年1月14日

・岸田首相、ベネディクト16世逝去に弔意と供花

(2023.1.11 バチカン放送)

 G7(主要国首脳会議)の議長国として欧米5か国訪問中の岸田首相が、10日にイタリアを訪問した際、名誉教皇ベネディクト16世の逝去に弔意を表し、供花を行った。

 日本は1月からG7議長国となり、岸田首相は5月に予定する広島サミットの準備のため、9日から15日にかけメンバー国の欧米5か国を歴訪している。

(編集「カトリック・あい」)

2023年1月13日

・教皇の補佐役、バチカン財政改革、そして性的虐待で逆転無罪のペル枢機卿が帰天、81歳(Crux)

Australian Cardinal George Pell holds a copy of his book, “Prison Journal,” during an interview with Catholic News Service at his residence in Rome Dec. 18, 2020. (Credit: CNS photo/Robert Duncan.)

(2023.1.11 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

 教皇は2013年の就任直後に、カトリック教会の統治と改革について自身を補佐する枢機卿顧問会議を設置、ペル枢機卿をそのメンバーにされ、新設の財務事務局の初代長官に任命された。

 バチカンで教皇、国務長官に次いで 3 番目に強力な高位聖職者となった枢機卿は、バチカンの不透明で問題の多い財政関係部門の改革を担当。バチカンの財務諸表の見直し、厳格な会計監査の実施、さらにバチカンの保有財産のかなりに部分について権限を握る国務省の権限を制限する試みも改革の具体策に含まれていた。このため、パロリン国務長官との間で、国務省の権限をめぐって摩擦が生じ、いったんは国務省の権限維持に教皇の判断が傾いたが、バチカンがロンドンに保有する高額の不動産の処分をめぐる国務省の不明朗な扱いが問題とされるに至って、ペル枢機卿の意向が通ることになった。

 だが、こうした功績の一方で、メルボルン大司教時代の1996年に 2 人の未成年の少年を性的に虐待したとして被害者から訴えられ、オーストラリアの検察当局から起訴されるという事態が起き、2017 年に財務事務局の長官を辞任。枢機卿自身は無罪を繰り返し訴えたが、地方裁判所の裁判で陪審員の満場一致で有罪判決を受けて6 年の禁錮刑を言い渡され、2020 年 4 月に高等裁判所によってこの判決が覆されるまでの400 日以上を刑務所で過ごすことを余儀なくされた。

 その後、枢機卿は刑務所日記を出版し、刑務所での日々の生活と精神的な反省を読者に垣間見せた。また、バチカン国務省のナンバー・ツーでライバル関係にあったアンジェロ・ベッチュウ枢機卿を告発。ベッチュウ枢機卿は現在、バチカンでの金融犯罪の裁判にかけられている 10 人の被告の 1 人となっている。

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 ペル枢機卿は、1941 年 6 月にオーストラリアのビクトリア州バララットで生まれ、1960 年にウェリビーで神学校に入り、1966 年に司祭に叙階された。間もなく、オーストラリアの教会で人気の高い若手司祭となり、1987 年にメルボルン大司教区の補佐司教、1996 年に大司教に任命。教会でのキャリアを積み、バチカンでもいくつかの部門のメンバーとして活躍した。さらに 2001 年にシドニーの大司教となり、2003 年に教皇ヨハネ パウロ 2 世によって枢機卿に任命されて、ベネディクト 16 世を後任教皇に選ぶコンクラーベに参加した。

 オーストラリアのカトリック教会における彼の長年の影響力、性的虐待に関する有罪判決と逆転無罪判決をめぐってオーストラリア中に巻き起こした論争、バチカン改革における彼の役割などを考えると、枢機卿は、稀有で”複雑”な遺産を残すことになった、容易に忘れ去ることのできない、カトリック教会の現代の巨人の 1 人であることに間違いない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年1月11日

・ベネディクト16世 の墓が一般公開、訪問可能に

バチカン・聖ペトロ大聖堂地下にある、ベネディクト16世の墓バチカン・聖ペトロ大聖堂地下にある、ベネディクト16世の墓  (Vatican Media)

 名誉教皇ベネディクト16世の墓が8日、一般に公開され、墓前への訪問が可能となった。

 バチカンの聖ペトロ大聖堂の下(グロッテ)には、地下聖堂があり、前世紀以降の歴代の教皇たちをはじめ、多くの教皇たちの墓がある。故ベネディクト16世は5日、バチカンの広場での葬儀の後、そこに埋葬された。

 生前希望されたとおり、墓は前任者の聖ヨハネ・パウロ2世の墓が以前あった場所につくられた。ヨハネ・パウロ2世の墓は、2011年5月1日に同教皇が列福された後、聖堂地下から、大聖堂のミケランジェロのピエタ像に近い、聖セバスティアノ礼拝堂に移されている。

 ベネディクト16世の墓は、大理石のシンプルなもので、墓碑銘は「Benedictus PP XVI」とだけ記されている。故名誉教皇の墓が公開された8日、朝から訪れた人たちが列を作り、墓前で静かに祈りを捧げていた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年1月10日

・教皇フランシスコが香港で中国の”圧政”に立ち向かう陳日君・枢機卿とお会いに

Pope Francis with Cardinal Joseph Zen Ze-kiunPope Francis with Cardinal Joseph Zen Ze-kiun  (@VaticanMedia)

   香港の民主化運動を助けたとして香港の裁判所から罰金の有罪判決を受けた陳日君・枢機卿が7日、ベネディクト16世の葬儀ミサに出席するためバチカンを訪れ、5日に教皇フランシスコと会見した。

 会見は、教皇の宿舎であるCasa Santa Martaで行われた。陳枢機卿は当時、香港教区長だった2006年にベネディクト16世から枢機卿に叙せられている。

 2人が会見したことは、米国のイエズス会が発行する雑誌「America」が報じたもので、それによると、13日で91歳になる陳枢機卿は「(会見は)素晴らしかった。教皇フランシスコは温かかった」と会見後に語っている。(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年1月8日

・ベネディクト16世追悼のミサ、東京カテドラルで10日午前11時から

(2023.1.7 カトリック・あい)

 ベネディクト16世追悼のミサ追悼ミサが日本でも、10日午前11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われる。

 新型コロナウイルス感染防止のために、参列は、小教区、修道会、関連団体の代表者に制限し、それぞれから2名程度の出席を目安にするよう希望している。

 また、献花・お別れは10日午後零時45分から3時まで、同じ東京カテドラル聖マリア大聖堂で、誰でも可能。

 カテドラル大聖堂祭壇の馬小屋横に、ベネディクト16世の遺影を飾られている。(大聖堂の開館時間午前9時から午後5時まで)

(以下は、菊地大司教の日記より)

 東京カテドラルには、祭壇前の馬小屋の隣に、葬儀にあわせてベネディクト十六世の遺影を飾りました。追悼ミサの日まで置かれていますので、ベネディクト十六世の永遠の安息をお祈りいただければと思います。

 追悼ミサは10日午前11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で捧げられます。司教協議会と教皇庁大使館の共催で、司式は菊地大司教が行い、教皇大使をはじめ、日本の司教団も共同司式します。なお追悼ミサの模様は、関口教会の主日ミサと同様に、カトリック関口教会のYoutubeチャンネルから、配信される予定です。

 入場には制限がありますが、ミサ後には大聖堂を開放して、皆さんに献花をしていただく時間を設けます。10日午後零時45分から3時まで、ご自由に訪れ、祈りをささげ、献花していただくことができます。

 ともに名誉教皇ベネディクト十六世の永遠の安息のために、お祈りいたしましょう。

2023年1月7日

・ベネディクト16世は、中国との対話で”信教の自由で、妥協の余地なし”の原則を貫いたが…

Benedict XVI and Cardinal Zen. From Twitter.

(2023.1.5 Bitter Winter   Massimo Introvigne*)

 教皇フランシスコは前任者であるベネディクト16世の中国共産党への対応を根本的に変えたのだろうか?

 バチカンと中国政府による中国国内での司教任命に関する暫定合意は、2018年秋に発効した後、2020 年と 2022 年の二度にわたって更新された。

 これに対して、香港の名誉司教、陳日君・枢機卿は、バチカンの国務長官、ピエトロ・パロリン枢機卿に対する非常に厳しい批判をインターネットの書き込みで行い、長官が、2007 年 5 月 27 日付のベネディクト 16 世の中国の信者に向けた「中華人民共和国のカトリック教会の司教、司祭、奉献された男性と女性、および信者に対する書簡」を改ざんした、と非難している。

 陳枢機卿によれば、「ベネディクト 16 世と教皇フランシスコの中国に対する態度との間に存在しない連続性をでっち上げ、ベネディクト 16 世のこの書簡の文面と精神を裏切った」のだ。

 この指摘は正しいのだろうか。 ベネディクト 16 世とフランシスコの対中政策には連続性があったのか、なかったのか? 2007 年のベネディクト16世の「書簡」は、教皇と国務長官の対中外交の在り方をめぐる長い議論を経て作られたもので、「宣言」「説明」「大要」を合わせて公表されている。

 それによれば、バチカンは、重要な 3 つの点について中国共産党の”機嫌”をとっている。 具体的には、国家への国民の国家に対する不服従を認めた司牧指針を撤回し、教区の管理体制について交渉する意向を示し、台湾問題についてさえも対話の用意があることを示唆した。司教の選任について、いかなる司教の指名も常に教皇のみに属する、との理解のもとに、中国政府との合意が前提となることを排除していない。

 非公式には、欧州における輝かしい歴史先例をもつベトナムでの有効な解決策への開放性を反映し、バチカンは中国側に司教候補者の最終リストを提出し、中国側がそのリストの中から選択する、というものだった。確かに、このような意向の表明には、ポーランドでの個人的な経験から共産主義政府に対して強い不信感を抱いていたヨハネ・パウロ2世よりも融和的な姿勢が表れていた。

 これは実際には、可能な教区(したがって、すべての教区ではない)で、1957年に設立された(中国政府・共産党の管理・監督に服する)中国愛国天主協会 の司教と同じ人物を任命することを意味した。中国天主愛国協会に属する”地上教会”と、教皇、そしてバチカンのみに忠誠を誓う”地下教会”との相違は残されていたが、中国国内の一部の教区では、両方の教会が同じ司教を持つことで 統合された形となった。

 だが、「交渉の余地のない価値観」をもつベネディクト16世は、教会が中国においても世界の他地域と同様に「使徒ペトロの権威」の下にあり「使徒的」な教会であらねばならない、と念を押している。 2007 年の書簡は、中国に 3 種類の司教ーバチカンに忠誠を誓う”地下教会”の司教、中国天主愛国協会に属するがバチカンとの交わりを秘密裏に受け入れている司教、そしてバチカンと和解しない”愛国的”な司教ーが存在することを指摘していた。

 またこのベネディクト16世の書簡によれば、中国の信者は、第 1 および第 2 のカテゴリーの司教と、彼らによって任命された司祭のミサに合法的に出席することができる。 第 3 のカテゴリーの司教と司祭は有効ではあるが違法であり、信者は「重大な不便なしに」教皇との交わりで祝われるミサを見つけることができない場合にのみ、彼らに出席することができる、としていた。 中国政府・共産党によって承認され、「愛国的」な司教を集めた「中国のカトリック司教協議会」は、ベネディクト16世にとって、正当な司教協議会ではなく、実際に「カトリックの教義と相容れない要素を提示する実体」だった。

 ただし、第3のタイプの司教、つまりバチカンと和解していない「愛国者」を、正統なカトリックの枠内に戻すような和解について、ベネディクト 16 世は「可能である」とし、いかなる交渉も問答無用に拒否する過激な人々、バチカンが「愛国的」モデルに屈するだけの対話を支持する人々のいずれに対しても、批判的な立場をとっていた。

 また、書簡の重要な一節では、次のように書かれている。「当局が教会の信仰と規律に関する問題に過度に干渉する場合、それに従うことは許容できない」。

A view of the National Seminary of the Patriotic Catholic Church in Beijing. Screenshot..A view of the National Seminary of the Patriotic Catholic Church in Beijing. Screenshot.

 ベネディクト 16 世が教皇職を務めている間は、中国側との間で司教選任に関する合意は決してなされることがなかった。なぜなら、中国側が、自分が司教の選任権を持ち、教皇はその司教を叙階するだけにとどまらねばならず、すべてのカトリック信者が愛国天主協会に所属せねばならない、ベネディクト16世が「カトリック教会の教義と相容れない」と言明したものを含む、としていたからだ。

教皇フランシスコは、中国側が示したこれらの条件を受け入れ、前任者が拒否した中国側への妥協によって、中国天主愛国協会に属する教会と教皇とバチカンの身に忠誠を誓う”地下教会”の分立の終結など、十分な成果をもたらすと確信していた。
ベネディクト 16 世とフランシスコの間には、しばしば見過ごされがちな不連続の要素がもう 1 つある。前者は 2007 年の書簡で、教会は「結婚と家族に関する神の計画」を宣言することを、世界のどこにおいても、断念することはできない、と指摘した。

彼は、中国で、教会が純粋に宗教的な事柄について自由に説教できるようになったとしても、「家族に悪影響を与える力」を「より鋭く、より切羽詰まったものとして」非難することができなければ、「信教の自由はなくなるだろう」と書いている。 ベネディクト 16 世が「交渉の余地がない」と見なした「人間としての生き方と家族に関する言論の自由」の要求も、後継者によって取り下げられたようだ。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由 と人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日4か国語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

2023年1月7日

・ベネディクト16世逝去に伴う証書「ロジト」ー「信仰の本質的真理について豊かな遺産を残された」

2023.01.03 La salma di Benedetto XVI in Basilica per l'omaggio dei fedeli

 25日、ベネディクト16世の葬儀に続き、聖ペトロ大聖堂の地下、「グロッタ」への埋葬が行われた。自身が生前に希望されように、前任者、聖ヨハネ・パウロ2世の墓がかつてあった場所に埋葬された。(聖ヨハネ・パウロ2世の墓は、現在、聖ペトロ大聖堂の本堂にある。)

 ベネディクト16世の棺の中には、故名誉教皇の在位中に発行された硬貨とメダル、牧者の象徴であるパリウムと共に、在位中の功績等をラテン語で記した証書「ロジト」が入れられた。

 教皇の逝去に伴い起草される「ロジト」は、故教皇の生涯、在位中の功績等をラテン語で簡潔に記した公式証書で、金属の筒に入れ封印したものを棺の中に入れる。

 ベネディクト16世の「ロジト」の本文の部分は、以下のとおり。

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【名誉教皇ベネディクト16世の敬虔なる死のための証書】

 死者の中から復活されたキリストの光のもとに、2022年12月31日、午前9時34分、この年が終わろうとし、私たちが主から賜った多くの恵みのために「テ・デウム」を歌おうとしていた時、教会の愛する名誉教皇、ベネディクト16世は、この世から御父のもとに移られた。全教会は、教皇フランシスコ聖下と共に、祈りのうちに、その逝去を見守った。

 ベネディクト16世は、第265代教皇であった。その記憶は、教会と全人類の心にとどめられるものである。

 2005年4月19日、教皇に選出された、ヨセフ・アロイジウス・ラッツィンガーは、パッサウ教区(ドイツ)内の、マルクトル・アム・インに、1927年4月16日に生まれた。彼の父は警察官で、バイエルン南部の農家の出身、その経済的状況はつつましいものであった。母はキーム湖のほとり、リムスティングの職人の娘で、結婚前はいくつかのホテルで調理をしていた。

 幼少期と少年期を、オーストリア国境に近く、ザルツブルグからおよそ30㎞の小さな町、トラウンシュタインで過ごし、ここでキリスト教的・人間的・文化的育成を受けた。青少年期の時代は、決して容易なものではなかった。家庭の信仰と教育が、カトリック教会への強い敵意で知られる、ナチス政権にまつわる諸問題の過酷な体験に備えさせた。この複雑な状況の中で、キリスト教信仰の素晴らしさと真理を見出すことになった。

 1946年から1951年まで、フライジングの哲学・神学高等学院、およびミュンヘン大学で、哲学と神学を学んだ。1951年6月29日、司祭叙階。その翌年から、フライジングの高等学院で教職活動を開始した。この後、ボン、ミュンスター、テュービンゲン、レーゲンスブルクでも教鞭を取った。

 1962年、ヨセフ・フリングス枢機卿の神学顧問として、第2バチカン公会議の正式な専門家となった。1977年3月25日、教皇パウロ6世によって、モナコ-フライジング大司教に任命され、同年5月28日に司教叙階。司教モットーは、「真理の協働者」。

 パウロ6世によって、1977年6月27日の枢機卿会議で、枢機卿に叙任された。名義は、サンタ・マリア・コンソラトリーチェ・アル・ティブルティーノ。

 1981年11月25日、ヨハネ・パウロ2世によって、教皇庁教理省長官に任命される。翌年2月15日、モナコ-フライジング大司教区の教区長を引退。

 1998年11月6日、枢機卿団副主席。2002年11月30日、枢機卿団主席、名義は、スブウルビカリア・ディ・オスティア。

 2005年4月8日、ヨハネ・パウロ2世の葬儀ミサを聖ペトロ広場で司式した。

 2005年4月19日、コンクラーベに集った枢機卿たちの中から、教皇に選出され、ベネディクト16世を名乗った。祝福のロッジャから、自らを「主のぶどう畑のいやしい働き手」と紹介した。2005年4月24日、その教皇職を正式に開始した。

 ベネディクト16世は、その在位の中心に神と信仰のテーマを据えた。主イエス・キリストの御顔の追求を続ける中で、特に著書「ナザレのイエス」全3巻の発表を通して、すべての人がその御顔を見出せるように助けた。聖書と神学における広く深い知識に恵まれ、教理的、霊的な主要テーマ、また教会生活と現代文化の重要問題について、照らされた総括を作り出す、たぐいまれな才能を持っていた。

 英国国教会、ユダヤ教、他の諸宗教との対話を、成果をもって推進した。また同様に、聖ピオ10世共同体の司祭たちとの接点を取り戻した。

 2013年2月11日、3人の福者の列聖をめぐり召集した枢機卿会議での投票後、教皇職から引退する旨を次のようにラテン語で宣言した。

 「私の良心を繰り返し神の御前で確かめた後、私の力は、高齢のため、教皇職をよりよく遂行するためにもう適していないという確信を得ました。この教皇職が、その霊的本質ゆえに、行動と言葉だけでなく、苦しみ、祈りつつ、完成させられるべきであることはよく知っています。しかしながら、速い変化と、信仰生活に対する大きな問題によって揺れる今日の世界において、聖ペトロの船を治め、福音を告げるためには、心身の活力が必要ですが、ここ数か月、自分に託された任務をよりよく遂行するための力がないことが自覚されるほど、その活力が減じてきました。そのために、この行為の重大さをよく自覚した上で、完全な自由をもって、2005年4月19日に枢機卿たちによってわたしの手に託されたローマの司教職、聖ペトロの後継者の位を引退することを宣言します」。

 2013年2月27日、教皇在位中最後の一般謁見で、すべての人、一人ひとりに、自身の決意を受け入れてくれたその尊重と理解に感謝を述べた。そして、「私は教会の歩みを、祈りと考察をもって、私が今日まで毎日生き、常に生きたい、と願う、主とその花嫁への献身をもって、これからも見守ります」と約束した。

 カステル・ガンドルフォでの短い滞在の後、生涯の最後の年月を、バチカンのマーテル・エクレジエ修道院で、祈りと観想に専念しつつ送った。

 ベネディクト16世の教理的教えは、3つの回勅、『神は愛』(2005年12月25日)、『希望による救い』(2007年11月30日)、『真理に根ざした愛』(2009年6月29日)に要約される。4つの使徒的勧告、数多くの使徒憲章、使徒的書簡、さらには一般謁見の講話、世界における24回の司牧訪問の際の言葉も含めた講話を教会に残した。

 蔓延する相対主義と実践的無神論を前に、2010年、自発教令「ウビクンクエ・エト・センペル」をもって、教皇庁新福音化推進評議会を創設、2013年1月、カテケーシスに関する事項における管轄を同評議会へ移管した。

 聖職者の代表が未成年者や弱い立場にある人々に行った犯罪と毅然と闘い、教会を回心と、祈り、悔い改め、清めへと招き続けた。権威ある神学者として、信仰の本質的真理をめぐる学問と研究の豊かな遺産を残した。

 聖なる父よ、キリストのうちに永遠に生きられんことを!

(編集「カトリック・あい」)

2023年1月7日

・ベネディクト16世の葬儀、バチカンの聖ペトロ広場で挙行

(2023.1.5 バチカン放送)

  2023年1月5日、名誉教皇ベネディクト16世の葬儀ミサが、バチカンの聖ペトロ広場で教皇フランシスコによって行われ、ローマ、イタリアからはもとより、世界各国から多くの参列者が集い、故名誉教皇の冥福を共に祈った。

 儀式には、葬儀を主宰する教皇フランシスコをはじめ、120人以上の枢機卿、400人以上の司教、およそ4千人の司祭が参加。イタリアとドイツ両国からそれぞれの大統領率いる公式使節が参列したほか、欧州を中心にした世界各国から、元首や首相、政府や王室の代表が出席し、正教会、プロテスタントの諸教会の使節、ローマのユダヤ教共同体、イタリアとローマのイスラム教関係者の代表も参列した。

 ミサ開始前には、大聖堂内からベネディクト16世の棺が「セディアーリ」と呼ばれる職員らによって広場に運ばれ、信者らによるロザリオの祈りが行われ、入祭の行列に続き、葬儀ミサが始まった。 ミサでは、「みことばの典礼」とそれに伴う説教を教皇が、後半の「感謝の典礼」を枢機卿会主席のジョヴァンニ・バッティスタ・レ枢機卿が司式。

 通常、前任教皇の葬儀を、後継者の教皇が行うことはまれだ。教皇の逝去後、葬儀の段階は「使徒座空位」期間であり、後継教皇を選出するコンクラーベ(教皇選挙)はまだ行われていないためだが、ベネディクト16世の場合、生前退位であったため、後継者の教皇フランシスコがその葬儀を行うことになった。前任教皇の葬儀を、後継教皇が行った前例としては、ナポレオン軍の「捕虜」となり、1799年にフランスのヴァランスで亡くなったピウス6世の葬儀を、遺体がローマに返還された、帰天から3年後の1802年に、後継者のピウス7世がとり行ったケースがある。

 教皇フランシスコは葬儀ミサの説教で、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23,46)というイエスの十字架上での最後の言葉が表す、御父の御手にたえず自らを捧げ続けたイエスの生涯を観想。師イエスに従う者として、感謝と、祈り、聖霊の慰めに支えられ、神と人々のために献身した牧者、イエスの忠実な友であったベネディクト16世を思い起こした。簡素で厳かな儀式は、会場全体を祈りで包み、わき上がる聖歌の合唱が、宗教音楽をはじめ、音楽に深く親しんだ故名誉教皇をしのばせた。

 聖体拝領後、告別の儀式がとり行われた。司式者のレ枢機卿がベネディクト16世の棺を聖水で祝別し、献香を行い、次いで、教皇フランシスコが告別の祈りを唱えた。それまで静まり返っていた広場から、割れるような拍手と共に、「Santo subito!」(「すぐに、聖人に」)という叫びと、オマージュのために「ベネディクト」と呼ぶ声が会衆の中から響いた。

 故名誉教皇の棺は、入場の時と同様に、再びセディアーリらに担がれた。棺を迎える枢機卿たちの行列が大聖堂内に入っていった。棺が教皇フランシスコの前に止まると、教皇は棺に向かって十字架のしるしをし、その上に手を置いてしばし祈られた。 最後に、棺は故名誉教皇の秘書ゲンスヴァイン司教らにつきそわれ、埋葬が行われる大聖堂内へと入り、大聖堂正面入り口は赤い覆いによって左右から閉じられた。霧の中で始まったミサの終わりには、雲間から薄青い空がのぞいた。大聖堂の鐘が鳴る中、ベネディクト16世の葬儀ミサは閉祭した。

(編集「カトリック・あい」)

2023年1月6日

☩「ベネディクト、あなたの喜びが今、全きものとなりますように」ベネディクト16世葬儀ミサで

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年1月5日

・名誉教皇ベネディクト16世葬儀ミサの式次第(試訳)

名誉教皇ベネディクト十六世 葬儀・告別式 2023年1月5日 9時半~(日本時間17時半~) 聖ペトロ広場
ラテン語ミサ[試訳]

✤開祭

入祭
(答唱)主よ、永遠の安息を彼に与え、絶えざる光を彼の上に照らしてください。(詩編64 2 6参照)
1 シオンにいます神よ、あなたには沈黙も賛美。
あなたへの誓いが果たされますように。
祈りを聞いてくださる方よ すべての肉なる者はあなたのもとに来ます。(答唱)
Per te il silenzio è lode, o Dio, in Sion, a te si sciolgono i voti. A te, che ascolti la preghiera,
viene ogni mortale.
2 数々の過ちが私を責めたてます。
私たちの背きを、あなたが覆ってくださいます。
幸いな者 あなたに選ばれ あなたに近づけられ あなたの庭に住む人。(答唱)
Pesano su di noi le nostre colpe, ma tu perdoni i nostri delitti. Beato chi hai scelto perché ti
stia vicino: abiterà nei tuoi atri.
3 私たちはあなたの家 あなたの聖なる宮の恵みに満ちたります。
我らの救いの神よ あなたは義によって 恐るべき業によって答えます。
遠い海、地の果てに至るすべてが信頼する方。(答唱)
Ci sazieremo dei beni della tua casa, delle cose sacre del tuo tempio. Con i prodigi della
tua giustizia, tu ci rispondi, o Dio, nostra salvezza, fiducia degli estremi confini della terra e
dei mari più lontani.
父と子と聖霊のみ名によって…

回心の祈り
キリエ

集会祈願
神よ、あなたは、み摂理の計画の中で、教会を導くよう あなたの僕ベネディクトを呼ばれました。
あなたの御子の代理者として仕えた彼を、天において、御子の永遠の栄光にあずかるようにしてください。
O Dio, che nel disegno della tua provvidenza hai chiamato a guidare la Chiesa il tuo servo
Benedetto, donagli di partecipare in cielo alla gloria eterna del tuo Figlio, che egli ha servito
come vicario sulla terra.
聖霊による一致のうちに、あなたとともに神であり、
世々とこしえに生き、治められる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
Per il nostro Signore Gesù Cristo, tuo Figlio, che è Dio, e vive e regna con te, nell’unità
dello Spirito Santo, per tutti i secoli dei secoli. Amen.

✤ことばの典礼

第一朗読 イザヤの預言29章16‐ 19節

その日、見えない人の目が見るようになるだろう
主はこのように言われる。
陶工が粘土と同じものともなされようか。
造られたものが自分を造った者に「彼がわたしを造ったのではない」と
陶器が陶工に「彼の腕はたいしたことはない」と言えるだろうか。
もうしばらくすれば、レバノンは果樹園となり、果樹園は森林に数えられる。
その日には、耳の聞こえない者が巻物の言葉を聞き、
目の見えない者の目が暗黒と闇を解かれて、見えるようになる。
もう一度、へりくだる者は主の故に喜び、人々の中にあって貧しい者は、イスラエルの聖なる方の故に楽しむ。

答唱詩編 詩編22章
1.主はわたしの牧者、わたしは乏しいことがない。
(答唱)わたしを緑の牧場に憩わせる。
2.わたしを静かな水辺に伴う。(答唱)
3.魂を生き返らせ、み名にふさわしく正しい道に導かれる。(答唱)
4.わたしは死の影の谷を歩む時でさえ、災いを恐れない。
あなたがともにおられるから。(答唱)
5.あなたの杖、あなたの牧杖(ぼくじょう)こそ、わたしを安心させる。(答唱)
6.あなたは敵の見ている前で、わたしのために食事を調え(ととのえ)る。(答唱)
7.わたしの頭に香油を注がれた。わたしの杯は溢れた。(答唱)
8.恵みと慈しみは生涯わたしに伴う。(答唱)
9.わたしは主の家にとこしえに住まう。(答唱)

第二朗読 聖ペトロの第一の手紙1章 3 9節

イエス・キリストの死者の中からの復活によって、私たちに生き生きとした希望をもたせてくださった
わたしたちの主イエス・キリストの神であり父である方が、たたえられますように。神は豊かな憐みをもって、わたしたちを新たに生まれさせ、イエス・キリストの死者の中からの復活によって生き生きとした希望をもたせ、朽ちることも、汚れることも、しぼむこともない遺産を受け継ぐ者としてくださいました。

この遺産は、あなた方のために、天に蓄えられています。あなた方は、終わりの時に現わされる、準備された救いにあずかるために、信仰によって神の力に守られています。ですから、今しばらくの間、いろいろな試練に苦しまなければならなくても、心から喜びなさい。

それは、イエス・キリストが現れるとき、その試練が、賛美と栄光と誉れに変わるためです。試練を経たあなた方の信仰は、火で精錬されて滅び去る金よりもずっと尊いものです。あなた方は、イエスを見たことはありませんが、愛しています。今、見ていませんが、信じて、言い尽くせない輝かしい喜びにあふれています。それは、あなた方が、信仰の実りである魂の救いを手にしているからです。
アレルヤ唱 ヨハネ6 40
わたしの父のみ旨とは、子を見て信じる人がみな、永遠の命を持ち、
わたしが、その人を 終わりの日に復活させることである。

福音朗読 ルカによる福音23章39‐46節

父よ、あなたのみ手の中に私の霊を委ねます
十字架にかけられた犯罪人の一人が、イエスを侮辱して言った、「お前はメシアではないか。自分とおれたちを救ってみろ」。すると、もう一人の犯罪人が彼をたしなめて言った、「お前は同じ刑罰を受けていながら、まだ神を畏れないのか。われわれは、自分のやったことの報いを受けているのだからあたりまえだが、この方は何も悪いことをなさってはいない」。そして言った、「イエスよ、あなたがみ国に入られるとき、わたしを思い出してください」。すると、イエスは仰せになった、「あなたによく言っておく。今日、あなたはわたしとともに楽園にいる」。

さて、時はすでに正午ごろであった。全地を闇が覆い、三時まで続いた。太陽は光を失った。聖所の垂れ幕が真ん中から二つに裂けた。その時、イエスは声高く叫んで仰せになった、「父よ、わたしの霊をみ手に委ねます」。こう仰せになると、息を引き取られた。

説教

共同祈願
1.(ドイツ語)主において眠りに就いた名誉教皇ベネディクト十六世のために。
永遠の牧者であるキリストが、ご自分の光と平和のみ国に、彼を受け入れてくださいますように。
主よ、私たちの祈りを聞き入れてください。
2.(フランス語)私たちの教皇フランシスコと教会のすべての牧者たちのために。
言葉と行いをもって、悪と死に対するキリストの勝利を、大胆に告げ知らせることができますように。
3.(アラブ語)国家や国際機関の責任者のために。
賢明と先見の明をもって、正義と平和のために働くことができますように。
4.(スペイン語)貧困や、あらゆる種類の困窮に苦しんでいる兄弟姉妹のために。
神の愛が、私たちをいつくしみへと開き、私たちが、最も見捨てられている人、貧しい人を受け入れることができますように。
(イタリア語)ここに集い、主イエスによって成し遂げられた、死への勝利を祝っている私たちのために。

み国の到来を待ちながら、希望のパン種となることが出来ますように。

結びの祈り
命を愛する、私たちの父である神よ、名誉教皇ベネディクト十六世のために、また、教会と人類のために、私たちが信仰のうちにあなたに捧げる祈りを受け入れてください。
私たちも、もはや嘆きも涙もない、天のエルサレムにおける、あなたとの交わりにあずからせてください。
主キリストによって。アーメン。
O Dio nostro Padre, amante della vita, ascolta la preghiera che ti rivolgiamo, nella fede del
Signore risorto, per il Papa Emerito Benedetto, per le necessità della Chiesa e dell’umanità.
Donaci di partecipare alla comunione con te nella Gerusalemme del cielo, dove non vi
saranno più né lutto né lacrime.
Per Cristo nostro Signore. Amen.

✤感謝(エウカリスチア)の典礼

奉献の歌
栄光の王、主イエス・キリストよ、あなたに信頼するすべての死者の霊魂を、地獄の苦しみと深い淵から救ってください。
ライオンの口から彼らを救い、陰府に呑み込まれず、暗闇に落ちないようにしてください
軍隊の旗手 聖ミカエルが、彼らを聖なる光に導いてくださいますように。
あなたがかつて アブラハムとその子孫に約束したように
O Signore Gesù Cristo, Re di gloria, libera le anime di tutti i fedeli defunti dalle pene
dell’inferno e dalla fossa profonda: liberarle dalle fauci del leone, né le inghiotta il tartaro, né
cadano nelle tenebre: ma il vessillifero san Michele le conduca alla luce santa: come un
tempo promettesti ad Abramo e alla sua discendenza.
主よ、私たちは賛美のホスチアと祈りをあなたに捧げます。
今日私たちが記念する人々の霊魂の永遠の憩いのために それを受け取ってください。
主よ、彼らが死から生へと移れるようにしてください。
あなたがかつて アブラハムとその子孫に約束したように。
Ti offriamo, o Signore, ostie e preghiere di lode: tu ricevile a suffragio di queste anime che
oggi commemoriamo: fa’, o Signore, che esse passino dalla morte alla vita. Come un
tempo promettesti ad Abramo e alla sua discendenza.
皆さん、ともにささげるこのいけにえを、全能の父である神が受け入れてくださいますように。

奉納祈願
主よ、祈りのうちにある教会の賜物を、いつくしみをもって顧み、このいけにえの力によって、あなたが牧者の長としてご自分の羊の群れを導くよう置かれた、あなたの僕ベネディクトが、聖なる司教たちの間で 天に迎え入れられるようにしてください。私たちの主キリストによって。
Guarda con bontà, o Signore, i doni della Chiesa in preghiera, e per la potenza di questo
sacrificio concedi al tuo servo Benedetto, che hai posto a guida del tuo gregge come
sommo pastore, di essere accolto in cielo tra i vescovi santi. Per Cristo nostro Signore.

叙唱

聖なる父、全能永遠の神、いつどこでも主キリストによって賛美と感謝を捧げることは、まことに尊いたいせつな務めです。
È veramente cosa buona e giusta, nostro dovere e fonte di salvezza, rendere grazie
sempre e in ogni luogo a te, Signore, Padre santo, Dio onnipotente ed eterno, per Cristo
Signore nostro.
キリストはご自分の上に私たちの死を引き受けながら、私たちを死から解放し、ご自分の命をささげることで、不滅の命への道を開いてくださいました。
Egli, prendendo su di sé la nostra morte, ci ha liberati dalla morte e, sacrificando la sua vita,
ci ha aperto il passaggio alla vita immortale.
この救いの神秘のために、天使の群れとともに、終わりなくあなたの栄光を誉め歌います。…
Per questo mistero di salvezza, uniti ai cori degli angeli, cantiamo senza fine la tua gloria …
Sanctus

第三奉献文

✤交わりの儀(コムニオ)
Agnus Dei
拝領唱
答唱 主よ、彼を、あなたの聖人たちとともに、永遠の光で照らしてください。
Splenda a lui, Signore, la luce perpetua, insieme ai tuoi Santi, in eterno, perché tu sei
buono.
詩編129
1.主よ、わたしは深い淵からあなたに叫びます。 答唱
2.主よ、わたしの声を聞き入れ、切なる願いの声に耳を傾けてください。 答唱
3.主よ、もしあなたが目を留められるなら、主よ、誰が立っていられましょう。 答唱
4.しかし、あなたのもとには赦しがあります。それ故、人々はあなたを敬います。 答唱
5.主はわたしの望み、わたしの魂の望み。わたしはその言葉を待ち望む。 答唱
6.夜回りが暁を、夜回りが暁を待ち望むにも増して、わたしの魂は主を待ち望む。
イスラエルよ、主を待ち望め。 答唱
7.主のもとには慈しみがあり、豊かな贖いがある。 答唱
8.主自ら、イスラエルをあらゆる悪から贖ってくださる。 答唱

鹿のように 詩編41 2 4
鹿が谷川の水を慕いあえぐように、神よ、わたしの魂はあなたを慕いあえいでいます。
わたしの魂は神を、生ける神を渇き求めています。
行って、み前に出られるのはいつの日でしょうか。
ひねもす人々に、「お前の神はどこにいるのか」と言われ、わたしは昼も夜も涙を糧としてきました。

拝領祈願
主よ、あなたの愛の賜物によって強められた私たちは、お願いします。
地上での、神の秘義の忠実な分配者である、あなたの僕ベネディクトが、聖人たちの永遠の栄光の中で、あなたのいつくしみをたたえることができますように。
私たちの主、キリストによって。
Fortificati dai tuoi doni della tua carità, o Signore, ti chiediamo che il tuo servo Benedetto,
fedele dispensatore dei divini misteri sulla terra, possa lodare la tua misericordia nell’eterna
gloria dei santi.
Per Cristo nostro Signore.

 

✤(告別と葬送)最後の祈りと別れ
Ultima raccomandazione e commiato
愛する兄弟姉妹の皆さん、聖なる神秘の祭儀において、私たちは幸いな希望へと心を開きました。
同じ信頼をもって、私たちは、名誉教皇ベネディクトに、最後の挨拶をし、いつくしみ深い父であり、愛にあふれる神に彼を委ねます。
Fratelli e sorelle carissimi, nella celebrazione dei santi misteri abbiamo aperto la mente e il
cuore alla beata speranza; con la stessa fiducia diamo l’ultimo saluto e affidiamo a Dio,
Padre misericordioso e grande nell’amore, il Papa Emerito Benedetto.
私たちの先祖の神が、その独り子イエス・キリストを通して、主であり命の与え主である聖霊において、死から贖われた名誉教皇ベネディクトに最後の日の体の復活を待ちながら、天のエルサレムで神をたたえることが出来るようにしてください。
Il Dio dei nostri Padri, per mezzo di Gesù Cristo, suo unico Figlio, nello Spirito Santo, che è
Signore e dà la vita, conceda al Pontefice Emerito Benedetto, riscattato dalla morte, di
lodarlo nella Gerusalemme celeste, in attesa che il suo corpo mortale risusciti nell’ultimo
giorno.
使徒の元后、ローマ市民の救いである、祝されたおとめマリアが、永遠の神の傍らで執り成してくださいますように。
神が、名誉教皇ベネディクトに、御子イエスのみ顔を示し、主の到来を待ちながら時代を旅する教会を慰めてくださいますように。
La Beata Vergine Maria, Regina degli Apostoli e Salvezza del popolo romano, interceda
presso l’Eterno, perché mostri il volto del suo Figlio Gesù al Papa Emerito Benedetto, e
conforti la Chiesa che, pellegrina nel tempo, attende la venuta del Signore.

答唱
私は信じます。主は復活し、生きておられ、いつか、私もまた主と共に復活することを。
私の神、私の救い主であるあなたを見つめることができますように。
Io credo: Il Signore è risorto e vive, e un giorno anch’io risorgerò con lui.
Che io possa contemplarti, mio Dio e Salvatore mio.
私の目は、主の光に開かれ、主の上に私のまなざしは留まるでしょう。
私の神、私の救い主であるあなたを見つめることができますように。
I miei occhi si apriranno alla sua luce, e su di lui si poserà il mio sguardo.
Che io possa contemplarti, mio Dio e Salvatore mio.
私はこの希望を心にしっかりと刻みます。
私の神、私の救い主であるあなたを見つめることができますように。
Conservo salda questa speranza in cuore:
Che io possa contemplarti, mio Dio e Salvatore mio.

祈願
最もいつくしみ深い父よ、あなたがペトロの後継者、教会の牧者、あなたの言葉の大胆な宣教者、神の秘義の忠実な分配者とされた名誉教皇ベネディクトを、あなたのいつくしみに委ねます。
Padre clementissimo, affidiamo alla tua misericordia il Papa Emerito Benedetto che tu hai
costituito successore di Pietro e pastore della Chiesa, annunciatore intrepido della tua
parola e fedele dispensatore dei divini misteri.
彼を天の聖所の中に受け入れ、あなたが選ばれたすべての人々と共に、永遠の栄光にあずかるようにしてください。
主よ、あなたがいつくしみのうちに、あなたの民の善のために彼に与えたすべての恩恵に感謝します。
Ammettilo, ti preghiamo, nel santuario del cielo, a godere dell’eterna gloria con tutti i tuoi
eletti. Ti rendiamo grazie, Signore per tutti i benefici che nella tua bontà gli hai concesso per
il bene del tuo popolo.
私たちに、信仰の慰めと希望の力を与えてください。
Dona a noi il conforto della fede e la forza della speranza.
命の源である父よ、
命を与える霊において、死に勝利したキリストによって、あなたにすべての誉れと栄光が、代々とこしえにありますように。アーメン。
A te, Padre, sorgente della vita, nello Spirito vivificante, per Cristo, vincitore della morte,
ogni onore e gloria nei secoli dei secoli. Amen.

アンティフォナ
天使たちがあなたを楽園に伴い、殉教者たちがあなたの到着を迎え入れ、あなたを聖なるエルサレムに導きますように。
Il Paradiso ti accompagnino gli Angeli, al tuo arrivo ti accolgano i martiri, e ti conducano
nella santa Gerusalemme.
天使の群れがあなたを迎え、あなたが、地上で貧しかったラザロと共に、天において、永遠の安息を受けることが出来ますように。
Ti accolga il coro degli Angeli, e con eterno nel cielo.

マグニフィカト
ルカ1・46-55(私の魂は主において喜ぶ)。

(試訳者:岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

2023年1月4日

・名誉教皇ベネディクト16世葬儀前の弔問始まる

 昨年大晦日に逝去した名誉教皇ベネディクト16世の葬儀を1月5日(木)に控え、一般の人々の弔問が2日午前9時から、バチカンの聖ペトロ大聖堂で始まった。

 逝去後、ベネディクト16世のご遺体は、退位後のお住まいであり、亡くなった場所でもあるバチカンのマーテル・エクレジエ修道院の礼拝堂に安置された。

 バチカンの小高い丘の上にある同修道院には、1日午後、友人や、かつての協力者であった枢機卿や司教たち、職員、修道者、学生など、名誉教皇と生前ごく親しい関係にあった人々が、最後の別れを告げるために次々訪れた。

 ベネディクト16世の枕元では、秘書であったゲオルグ・ゲンスヴァイン師が絶えず付き添いながら弔問に対応し、礼拝堂の中では、名誉教皇の身の回りの世話を家族のように長年行ってきた修道女らが静かにロザリオで祈っていた。

 2日午前7時15分、ベネディクト16世のご遺体は、10年近く暮らした修道院を出発。ゲンスヴァイン師や儀式係の職員、また親しい人々からなる行列と共に、まだ暗いバチカンの庭園を横切りながら、聖ペトロ大聖堂へと向かい、7時40分頃に聖堂の後陣脇の扉に到着し、堂内へ入場した。ご遺体は、同日9時から、ローマ教皇逝去の際の伝統に倣い、大聖堂内の中央祭壇前に顕示された。

 この日、夜明け前から並んだ人々をはじめ、多くの市民、巡礼者らが大聖堂を訪問、故名誉教皇と対面し、冥福を祈った。イタリアのマッタレッラ大統領や、メローニ首相ら、各界要人の弔問も相次いだ。大聖堂に入場する人々の列は夜まで続き、バチカン警察の発表によれば、この一日でおよそ6万5千人がベネディクト16世との別れの時間を持った。

 ベネディクト16世のための葬儀前弔問は1月4日まで、バチカンの聖ペトロ大聖堂で午前7時から19時の間行われ、葬儀は、1月5日午前9時30分から、バチカンの聖ペトロ広場で、教皇フランシスコにより行われる。

(編集「カトリック・あい」)

2023年1月3日

☩ 「 名誉教皇による信仰の証しと祈りに感謝」 教皇、夕べの祈りでベネディクト16世を思い起こす

(2022.12.31 バチカン放送)

 2022年の大晦日、31日夕(日本時間1日未明)、教皇フランシスコはバチカンの聖ペトロ大聖堂で、「神の母マリア」の祭日(1月1日)の前晩の祈り夕べの祈りをされ、この中で同日朝帰天された名誉教皇ベネディクト16世を思い起こされた。

 過ぎた一年を締めくくるこの集いで、教皇は感謝の賛歌「テ・デウム」を捧げられた教皇は、説教で、「私たちの救いのために、乙女マリアから生まれることを通し、歴史の中に入ることを選ばれた神の、人間への優しさに満ちたなさり方」を観想するように勧められた。

 そして、教皇は「優しさ」について語る中で、この朝帰天した名誉教皇ベネディクト16世を思い起こし、次のように話された。

 「今、優しさについて話しながら、この朝、私たちを置いて旅立った名誉教皇ベネディクト16世のことを考えずにはいられません。私たちは名誉教皇の尊い人柄、これほどまでの優しさを感動と共に思い出します。そして、心は大きな感謝でいっぱいになります。それは、教会と世界に彼を与えてくださった神への感謝です。そして、私たちのために善を尽くしてくださった名誉教皇への感謝です。特に、退位後のこの年月をはじめ、名誉教皇が示してくださった信仰の証しと祈りに対する感謝です。神だけがその価値と、取り次ぎの祈りの力、教会の善のために捧げた犠牲をご存知です」。

 夕べの祈りの終了後、教皇は聖ペトロ広場に赴かれ、プレゼピオの前で祈られた。

2023年1月1日

・ベネディクト16世が帰天”主のブドウ園の謙虚な労働者”ー葬儀は5日に

Portrait of the late Pope Emeritus Benedict XVIPortrait of the late Pope Emeritus Benedict XVI  (Vatican Media)

 名誉教皇ベネディクト 16 世が31日午前 9 時 34 分(日本時間同日午後5時34分)、バチカンのマーテル・ エクレシア修道院の住居で亡くなられた。95歳だった。

 バチカン広報省は31日朝、名誉教皇が住まいとされていた同修道院で亡くなられた旨、以下のように発表した。

 「悲しみとともに、名誉教皇ベネディクト16世が本日午前9時34分、バチカンのマーテル・エクレシア修道院で亡くなったことをお知らせします。 さらなる情報はできるだけ早く提供いたします。 2023 年 1 月 2 日、月曜日の朝、名誉教皇の遺体は聖ペトロ大聖堂に安置され、信者たちは別れを告げることができます」。

 名誉教皇は、すでに数日前から、加齢により健康状態を悪化させていた。教皇フランシスコは 28 日の今年最後の一般謁見で、名誉教皇の健康状態の悪化について確認され、「非常に重い病状にある」名誉教皇のために祈りを捧げてくれるよう、世界の信者たちに呼びかけられていた。それは、主が彼を慰め、「教会への愛の証人として、最後まで支えてくださる」ようにするためであり、世界の多くの人々、指導者たちが祈りに参加していた。

 広報省が31日正午に発表したところによると、名誉教皇のご遺体は、別れを告げる信者たちのために、2023年1月2日朝から、バチカンの聖ペトロ大聖堂に安置され、葬儀は5日午前9時30分から、バチカンの聖ペトロ広場で、教皇フランシスコによって行われる。名誉教皇はご自身が生前からそうであったように、葬儀も簡素であることを望まれていた、という。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・・・・・・・・・・・・・・

*自らの意思で退任した史上二番目、719年ぶりの”学者”教皇

(カトリック・あい)

 ベネディクト16世、ヨーゼフ・ラッツィンガーは1927年、ドイツ南部バイエルン州で生まれた。1951年6月に司祭に叙階され、その後、『聖アウグスティヌスの教会論における神の民と神の家』の論文で神学博士号を取得。1957年にドイツのフライジング哲学神学大学、さらにボン大学、ミュンヘン大学、チュービンゲン大学で教鞭をとり、レーゲンスブルク大学で副学長を務め、1960年代の第2バチカン公会議ではケルン大司教ヨーゼフ・フリングス枢機卿の神学顧問となった。

 1977年にミュンヘン大司教、さらに1981年に時の教皇、聖ヨハネ・パウロ2世によってバチカン教理省長官に指名された。同ポストを24年間と異例の長期にわたって務めた後、聖ヨハネ・パウロ2世教皇の帰天を受けて行われた教皇選挙で教皇に選ばれ、2005年4月に78歳で第265代教皇に就任。カトリック教会の中でも避妊や人工妊娠中絶などに強く反対する保守派としての立場を明確にする一方、など「開かれたバチカン」をツイッターなどでアピールした。

 在任中にはバチカン内部の機密漏洩などのスキャンダルも相次ぎ、聖職者による性的虐待の問題やローマ教皇庁の不透明な財務状況の問題などで対応に追われ、イスラム教などに誤解を生む発言で反発を買われることもあった。

 そして就任から約8年後の2013年2月に高齢による体力の低下を理由に退位することを突然表明。死去によらず、自らの意思による教皇退位は1294年のケレティヌス世の辞任以来719年ぶり、史上2人目であり、カトリック教会のみならず、世界中の人々に驚きをもって受け止められた。

 退位後は、「名誉教皇」となり、バチカンのマーテル・ エクレシア修道院を住まいとしながら、行事などに姿を見せていた。

2022年12月31日