・ベネディクト16世は、中国との対話で”信教の自由で、妥協の余地なし”の原則を貫いたが…

Benedict XVI and Cardinal Zen. From Twitter.

(2023.1.5 Bitter Winter   Massimo Introvigne*)

 教皇フランシスコは前任者であるベネディクト16世の中国共産党への対応を根本的に変えたのだろうか?

 バチカンと中国政府による中国国内での司教任命に関する暫定合意は、2018年秋に発効した後、2020 年と 2022 年の二度にわたって更新された。

 これに対して、香港の名誉司教、陳日君・枢機卿は、バチカンの国務長官、ピエトロ・パロリン枢機卿に対する非常に厳しい批判をインターネットの書き込みで行い、長官が、2007 年 5 月 27 日付のベネディクト 16 世の中国の信者に向けた「中華人民共和国のカトリック教会の司教、司祭、奉献された男性と女性、および信者に対する書簡」を改ざんした、と非難している。

 陳枢機卿によれば、「ベネディクト 16 世と教皇フランシスコの中国に対する態度との間に存在しない連続性をでっち上げ、ベネディクト 16 世のこの書簡の文面と精神を裏切った」のだ。

 この指摘は正しいのだろうか。 ベネディクト 16 世とフランシスコの対中政策には連続性があったのか、なかったのか? 2007 年のベネディクト16世の「書簡」は、教皇と国務長官の対中外交の在り方をめぐる長い議論を経て作られたもので、「宣言」「説明」「大要」を合わせて公表されている。

 それによれば、バチカンは、重要な 3 つの点について中国共産党の”機嫌”をとっている。 具体的には、国家への国民の国家に対する不服従を認めた司牧指針を撤回し、教区の管理体制について交渉する意向を示し、台湾問題についてさえも対話の用意があることを示唆した。司教の選任について、いかなる司教の指名も常に教皇のみに属する、との理解のもとに、中国政府との合意が前提となることを排除していない。

 非公式には、欧州における輝かしい歴史先例をもつベトナムでの有効な解決策への開放性を反映し、バチカンは中国側に司教候補者の最終リストを提出し、中国側がそのリストの中から選択する、というものだった。確かに、このような意向の表明には、ポーランドでの個人的な経験から共産主義政府に対して強い不信感を抱いていたヨハネ・パウロ2世よりも融和的な姿勢が表れていた。

 これは実際には、可能な教区(したがって、すべての教区ではない)で、1957年に設立された(中国政府・共産党の管理・監督に服する)中国愛国天主協会 の司教と同じ人物を任命することを意味した。中国天主愛国協会に属する”地上教会”と、教皇、そしてバチカンのみに忠誠を誓う”地下教会”との相違は残されていたが、中国国内の一部の教区では、両方の教会が同じ司教を持つことで 統合された形となった。

 だが、「交渉の余地のない価値観」をもつベネディクト16世は、教会が中国においても世界の他地域と同様に「使徒ペトロの権威」の下にあり「使徒的」な教会であらねばならない、と念を押している。 2007 年の書簡は、中国に 3 種類の司教ーバチカンに忠誠を誓う”地下教会”の司教、中国天主愛国協会に属するがバチカンとの交わりを秘密裏に受け入れている司教、そしてバチカンと和解しない”愛国的”な司教ーが存在することを指摘していた。

 またこのベネディクト16世の書簡によれば、中国の信者は、第 1 および第 2 のカテゴリーの司教と、彼らによって任命された司祭のミサに合法的に出席することができる。 第 3 のカテゴリーの司教と司祭は有効ではあるが違法であり、信者は「重大な不便なしに」教皇との交わりで祝われるミサを見つけることができない場合にのみ、彼らに出席することができる、としていた。 中国政府・共産党によって承認され、「愛国的」な司教を集めた「中国のカトリック司教協議会」は、ベネディクト16世にとって、正当な司教協議会ではなく、実際に「カトリックの教義と相容れない要素を提示する実体」だった。

 ただし、第3のタイプの司教、つまりバチカンと和解していない「愛国者」を、正統なカトリックの枠内に戻すような和解について、ベネディクト 16 世は「可能である」とし、いかなる交渉も問答無用に拒否する過激な人々、バチカンが「愛国的」モデルに屈するだけの対話を支持する人々のいずれに対しても、批判的な立場をとっていた。

 また、書簡の重要な一節では、次のように書かれている。「当局が教会の信仰と規律に関する問題に過度に干渉する場合、それに従うことは許容できない」。

A view of the National Seminary of the Patriotic Catholic Church in Beijing. Screenshot..A view of the National Seminary of the Patriotic Catholic Church in Beijing. Screenshot.

 ベネディクト 16 世が教皇職を務めている間は、中国側との間で司教選任に関する合意は決してなされることがなかった。なぜなら、中国側が、自分が司教の選任権を持ち、教皇はその司教を叙階するだけにとどまらねばならず、すべてのカトリック信者が愛国天主協会に所属せねばならない、ベネディクト16世が「カトリック教会の教義と相容れない」と言明したものを含む、としていたからだ。

教皇フランシスコは、中国側が示したこれらの条件を受け入れ、前任者が拒否した中国側への妥協によって、中国天主愛国協会に属する教会と教皇とバチカンの身に忠誠を誓う”地下教会”の分立の終結など、十分な成果をもたらすと確信していた。
ベネディクト 16 世とフランシスコの間には、しばしば見過ごされがちな不連続の要素がもう 1 つある。前者は 2007 年の書簡で、教会は「結婚と家族に関する神の計画」を宣言することを、世界のどこにおいても、断念することはできない、と指摘した。

彼は、中国で、教会が純粋に宗教的な事柄について自由に説教できるようになったとしても、「家族に悪影響を与える力」を「より鋭く、より切羽詰まったものとして」非難することができなければ、「信教の自由はなくなるだろう」と書いている。 ベネディクト 16 世が「交渉の余地がない」と見なした「人間としての生き方と家族に関する言論の自由」の要求も、後継者によって取り下げられたようだ。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由 と人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日4か国語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

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2023年1月7日