
*教会指導者たちは、「真実を語る」ことを恐れてはならない


ローマ – イタリア司教協議会(CEI)の主要メンバーが2月27日、聖職者虐待の被害者とその家族のグループと面談した。昨年5月に続いて2回目。
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(2024.1.30 Crux Senior Correspondent Elise Ann Allen )
ローマ発 – ケベック大司教区に対して性的虐待の損害賠償を求める集団訴訟でジェラルド・ラクロワ枢機卿が被告リストに載ったことに対し、同大司教区事務局は1月26日に声明を発表し、ラクロワ枢機卿が容疑を否定する一方、問題が解明されるまで「大司教区を指導する立場」から身を引くことを発表した。
ラクロワ枢機卿は1月25日、1987年と1988年の2回、当時17歳だった少女に「不適切な接触」をしたと主張する原告側の法廷文書により、集団訴訟の被告リストに載せられた。
ケベック大司教区は26日の声明で、ラクロワ枢機卿が「自身に対する容疑を断固として否定」し、容疑は「根拠がない」と考えている、と述べた。その一方で、枢機卿が「大司教区の指導から一時的に退く」ことを決めた、とした。そして、数日以内にラクロワ枢機卿は大司教区に「個人的な連絡を送り」、それが「メディアに中継される」予定としている。
ラクロワ枢機卿は、教皇の枢機卿顧問会議のメンバーで、昨年10月の世界代表司教会議の第1会期会合で、今年10月の第2会期を経てまとめられる最終文書を監督するために選ばれた7人の1人で、第2会期の会合に参加する予定。
だが、今回、集団訴訟の被告リストに載ったことで、2022年にバチカン司教省の元長官、マルク・ウエレ枢機卿が告訴(後に無罪)されて以来、性的虐待の被告とされた2人目のカナダ人枢機卿となった。
今回の ケベック大司教区に対する集団訴訟には約147人の被害者が参加している。 法廷文書には大司教区関係者15人の名前が挙げられているが、ラクロワ枢機卿が性的暴行をしたとされる相手の女性の身元は特定されていない。
ケベック大司教区は声明の中で、ラクロワ枢機卿が大司教ポスト不在中に物事を進めるために「あらゆる手段を講じる。真実を尊重し、誠実に集団訴訟に対応する」とする一方、 性的虐待の被害者への補償について”関心”を持っている」としている。
ローマ 発– 教皇フランシスコの重要な協力者であるカナダの枢機卿が、カナダ・ケベック大司教区に対する性的虐待に関わる損害賠償訴訟の被告リストに載った。「司祭から繰り返し性暴力」‐東京の女性信者が神言会に損害賠償求める裁判始まる⇒の記事を「カトリック・あい」に23日夕から掲載(朝日新聞も翌24日の朝刊に掲載)してわずか3日の26日夕現在で、閲覧件数が300件を大きく超えている。異例の閲覧件数の高さは、そのまま多くの日本の信徒、さらに司祭の間にも、大きな苦痛と不安の中であえて裁判に臨むことになった原告被害者への理解と共感が広がっていることを示しているように思われる。
カトリック教会では、聖職者による性的虐待問題が世界的に深刻な問題となり、信者の教会離れにもつなっがっているが、1月に入ってからも、南米ボリビアで「性的虐待被害者の会」がイエズス会の司祭9人とボリビア管区を相手取って訴訟を起こしたことが明らかになるなど、いまだに終息を見せていない。
日本でも、教会自体で責任ある対応ができずに訴訟になった、あるいはなっているケースが、確認できただけで長崎で2件、仙台で1件、そして今回の東京での1件があり、他にも問題のケースが数件あると見られる。
このうち、仙台市の女性信徒の場合、カトリック仙台教区の司祭から性的暴行を受け、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症、その後の教区関係者の不適切な対応、発言もあって多大な精神的苦痛を受けたとして、同教区などに謝罪と損害賠償を求め、仙台地方裁判所に提訴していた事件が昨年12月、和解金の支払いなどで一応の決着を見た。
だが、教区から本人への謝罪も公けにはなく、精神的なケアもなく、それどころか一部の信徒たちから「和解金目当てに裁判をやったのか」という本人の心の傷口にさらに塩をすり込むような声も出て、本人を教会に絶望させる事態に追い込んでいる、という。
日本の司教団は、バチカンからの指示を受けて性的虐待防止などのガイドラインの作成や各教区の女性や子供の保護のための担当司祭、窓口の設置などはしている。だが、長崎教区では窓口の担当職員が複数の司祭のパワハラでPTSDを発症、休職に追い込まれ、窓口は一時、閉鎖となり、東京教区のように担当司祭が、理由も公開されないまま、人事異動期でもないのに突然、解任されるなど、窓口そのものの信頼を大きく損なう事態も起きている。
また司教団は、ガイドライン決定から2年半たって、ようやく一回目の監査結果を昨年9月に明らかにしたが、「各教区から提出された確認書によれば、2022年4月から2023年3月の間に性虐待の申し立てがあったのは4教区、5件であった」などとするだけだった。
具体的な教区名、申し立てやそれに対する教区の対応などの説明はなく、「性虐待の申し立てのあった各教区には、監査役から提出された調査報告書に記載された所見を通知し、ガイドラインに基づいてさらなる対応をするよう求めた」とあるのみ。被害者に寄り添おうとする姿勢も、虐待問題に真剣に対応しようとする意志もうかがえない。
聖職者による性的虐待が後を絶たないことに心を痛める教皇フランシスコは、昨年11月にフランス・ナント教区の聖職者による性的虐待被害者のグループと会見された際、聖職者による性的虐待の被害者が「家族とともに何が真実で善であるかを追求してきた場で、最大の悪に苦しんでいる」とされ、「『被害者や生存者の声に耳を傾ける』という積極的かつ敬意を持った心の広さが、受け手にあれば、虐待に対する”沈黙”は打ち破ることができる」と語られている。
傷ついた被害者に耳を貸そうとせず、それどころか代理人弁護士を立てて、加害者と見なされる司祭を守ろうとする人々に、教皇のこの言葉は届いているのだろうか。このような態度を続ける限り、司教も司祭も、そして信徒が互いに耳を傾け、共に歩もうと教皇が願って始められた”シノドスの道”を歩むことが、果たしてできるのだろうか。
教皇の言われる「受け手」としての日本の教会、そして何より司教団は、昨年12月の仙台での和解とその後の教会の対応、今回の東京での裁判開始を機に、改めて、この教皇の言葉をかみしめる必要がある。
(カトリック・あい 南條俊二)
(2024.1.24 Vatican News)
バチカン裁判所は控訴審で24日、イタリア・コモ出身のガブリエレ・マルティネッリ神父(31)に、バチカンの聖ピオ神学校の学生だった2008年8月9日から2009年3月19日までに犯した未成年者に対する性的行為の罪で懲役2年6か月、罰金1000ユーロの判決を下した。
マルティネッリ神父は、「L.G.」という名の元神学生から出された告訴状をもとに起訴され、一審では、本人が16歳未満だった2008年8月2日までに犯した事実については処罰の対象とされず、告訴した元神学生に対する強姦と猥褻行為の罪について7か月の懲役刑が宣告されていた。
この判決を、バチカンの検察官、ロベルト・ザノッティ氏とマルティネッリ神父の代理人弁護士ローラ・スグロ氏の双方が不服として控訴し、ほぼ1年にわたる二審での審理の末、2021年10月6日に、証拠不十分で、すべて無罪の判決を受けていた。
聖ピオ神学校の元学長エンリコ・ラディチェ神父は性的行為の幇助と教唆の罪で告発されていたが、証拠不十分で無罪となった。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2024.1.23=2.24改 カトリック・あい)
カトリック信者の女性が、外国人司祭からの性被害を訴えたにもかかわらず適切な対応をとらなかったとして、司祭が所属していたカトリック修道会、神言会(日本管区の本部・名古屋市)を相手取り、損害賠償を求めた訴訟の審理が1月23日、東京地方裁判所で始まった。
第二回の審理は3月5日を予定していたが、一回目の法廷の部屋の傍聴席が満杯となったため、広い部屋を用意する都合から、3月11日(月)午前10時から、606号法廷で開かれることになった。傍聴は自由。審理終了後には今回も、被害者と傍聴者との面談が予定されている。本件に関心をお持ちの方の傍聴、真相解明への参加を、原告、原告弁護人は期待している。
1月23日の審理には原告の田中時枝さん(東京教区信徒)と代理人の秋田一惠弁護士が出廷、被告の神言会とその代理人弁護士は文書提出のみで欠席のまま、今後の審理の進め方などについて裁判所側から意見を聞いた。
裁判の前に、原告田中さんと代理人の秋田弁護士が、原告の支持者たち20数人と会見し、原告が訴訟に至った経緯などについて改めて説明。田中さんは、「救いを求めた教会の司祭に、真実を打ち明け、神の赦しを得るはずの『告解』という機会を利用され、肉体だけでなく、精神的に深い傷を負わされた。今も夜中に目が覚め、恐ろしさがよみがえり、絶望感に襲われることがしばしば。修道会もまともに対応してくれない。こんなことが繰り返され、同じように不幸な人を作ってはならない、との思いで、あえて実名も出し、訴訟に踏み切った」と語った。
代理人弁護士などの説明によると、田中さんは、子供時代に性的虐待を受け、トラウマに苦しみ続け、今から約十年前、50代になってようやく気持ちの整理がつき、当時在籍した長崎の教会で告解をした。ところが告解を聴いた神言会士の司祭から、教会の外の建物に連れて行かれ、性的暴行を受けたが、「逃げると殺される」という恐怖感から抵抗できず、4年半も繰り返され、回を重ねるごとに酷さが増した。
神言会の日本管区長などに被害を伝えたところ、2019年に、その司祭に対して、「性犯罪を行い、貞潔の誓願を破ったと告発されていること」「将来スキャンダルを引き起こす可能性があること」などを理由に聖職を停止し、共同生活から離れる3年の「院外生活」を決め、母国への帰国を認めた。だが、その後、この司祭は日本に戻り、還俗して他の女性と結婚し、東京都内にいるという情報もあるが、神言会は「所在不明」と言い続けているという。
代理人の秋田一惠弁護士は「神父は告解を利用して彼女の重大な秘密を知り、それに乗じて性加害を繰り返した。修道会は性被害の事実と加害者を組織的に隠蔽(いんぺい)している」と語っている。
神言会は、1875年に聖アーノルド・ヤンセン神父によって創られたカトリックの宣教修道会で、日本では1907年に宣教活動を開始。現在、名古屋市に中学、高校、大学を、長崎には中高を経営。新潟、仙台、東京、名古屋、福岡、長崎、鹿児島の各教区で約30の小教区を担当し、東京教区、新潟教区の教区長に、それぞれ同出身の大司教、司教が就いている.
カトリック教会では、聖職者による性的虐待問題が世界的に深刻な問題となり、信者の教会離れにもつなっがっているが、1月に入ってからも、南米ボリビアで「性的虐待被害者の会」がイエズス会の司祭9人とボリビア管区を相手取って訴訟を起こしたことが明らかになるなど、いまだに終息を見せていない。
日本でも、教会自体で責任ある対応ができずに訴訟になった、あるいはなっているケースが、確認できただけで長崎で2件、仙台で1件、そして今回の東京での1件があり、他にも問題のケースが数件あると見られる。
このうち、仙台市の女性信徒の場合、カトリック仙台教区の司祭から性的暴行を受け、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症、その後の教区関係者の不適切な対応、発言もあって多大な精神的苦痛を受けたとして、同教区などに謝罪と損害賠償を求め、仙台地方裁判所に提訴していた事件が昨年12月、和解金の支払いなどで一応の決着を見た。
だが、教区から本人への謝罪も公けにはなく、精神的なケアもなく、それどころか一部の信徒たちから「和解金目当てに裁判をやったのか」という本人の心の傷にさらに塩をこすりつけるような声も出、本人を教会に絶望させる事態に追い込んでいる、という。
日本の司教団は、バチカンからの指示を受けて性的虐待防止などのガイドラインの作成や各教区の女性や子供の保護のための担当司祭、窓口の設置などはしている。だが、長崎教区では窓口の担当職員が複数の司祭のパワハラでPTSDを発症、休職に追い込まれ、窓口は一時、閉鎖となり、東京教区のように担当司祭が、理由も公開されないまま、人事異動期でもないのに突然、解任されるなど、窓口そのものの信頼を大きく損なう事態も起きている。
また司教団は、ガイドライン決定から2年半たって、ようやく一回目の監査結果を昨年9月に明らかにしたが、「各教区から提出された確認書によれば、2022年4月から2023年3月の間に性虐待の申し立てがあったのは4教区、5件であった」などとするだけだった。
具体的な教区名、申し立てやそれに対する教区の対応などの説明はなく、「性虐待の申し立てのあった各教区には、監査役から提出された調査報告書に記載された所見を通知し、ガイドラインに基づいてさらなる対応をするよう求めた」とあるのみ。被害者に寄り添おうとする姿勢も、虐待問題に真剣に対応しようとする意志もうかがえない。
聖職者による性的虐待が後を絶たないことに心を痛める教皇フランシスコは、昨年11月にフランス・ナント教区の聖職者による性的虐待被害者のグループと会見された際、聖職者による性的虐待の被害者が「家族とともに何が真実で善であるかを追求してきた場で、最大の悪に苦しんでいる」とされ、「『被害者や生存者の声に耳を傾ける』という積極的かつ敬意を持った心の広さが、受け手にあれば、虐待に対する”沈黙”は打ち破ることができる」と語られている。
「受け手」としての日本の教会、そして何より司教団は、今回の東京での裁判開始を機会に、改めて、この教皇の言葉をかみしめる必要がある。
(カトリック・あい 南條俊二)
サンパウロ(ブラジル)発-イエズス会ボリビア管区の司祭による40年以上にわたる80件以上の性的虐待事件の暴露を受けて設立されたボリビアの「虐待被害者の会」が、イエズス会ボリビア管区を相手取って訴訟を起こしている。
「イエズス会は長年にわたり事件を隠蔽しようとしてきた。 彼らは何が起こっているのかについての情報を持っていましたが、それを司法当局に届けることをしなかった。 私たちは彼らが組織的に犯罪を犯したと考えている。彼らは責任を負わなければなりません」と、「虐待被害者の会」の会長で自身も性的虐待の被害者であるワイルダー・フローレス氏は語った。
「虐待被害者の会」は昨年10月にボリビアの裁判所にイエズス会の司祭9人と同会の元ボリビア管区長を相手取って訴訟を起こした。訴えを受理した裁判所が現在、調査中だが、 イエズス会ボリビア管区の広報担当者はCruxの取材に、「会は被害者との連帯に尽力しており、刑事捜査と民事捜査の両方に全面的に協力している」と述べた。
「虐待被害者の会」はボリビアでの聖職者による性的虐待被害者25人によって結成され、現在、100人以上の被害者が新たに加わっている、という。その中にはまだ正式に会のメンバーになっていない人もいるが、虐待に関する情報を会に提供しており、会ではさらに多くの被害者たちと連絡を取り合っている。
会の 創設メンバーの多くは、ボリビアの3番目の都市、コチャバンバにあるイエズス会の寄宿学校Colegio Juan XXIIIの元生徒たちだ。
彼らが在籍していた当時の校長は「ピカ神父」として知られるスペイン生まれのイエズス会士、アルフォンソ・ペドラハス神父(故人)。2023 年 4 月にスペインの新聞El Pais が報道した同神父の日記には、1960 年代から 2000 年代にかけて、自分が犯した数多くの性的虐待事件が書かれており、 少なくとも当時未成年だった85人が性的虐待を受けたことが明らかになった。
フローレス会長も、ピカ神父の性的虐待の被害者の一人だった。虐待は1993年に行われたが、神父はすでに校長をやめていた。
会長によると、この寄宿学校の生徒の大半は地元の貧しい家の出身で、鉱山労働者の子供も含まれており、学校に入ることは、貧困を脱却する機会と見なされていた。
会長は、虐待を受けた時の様子を「ペドラハス神父が学校を訪ねてきた当時、私は13歳でした。神父は非常に重要な人物として私たちに紹介され、そこで1週間を過ごしました… ある晩、彼が私のところにやって来ました。 そして性的虐待を受けたのです。私は 何時間も泣きました。 まるで悪夢のようでした」と振り返った。
翌日の夜、フローレス氏は、神父がまた生徒たちの宿舎にやって来て、同僚の生徒一人を部屋から連れ出したところを目撃した、という。
フローレス氏は今、「長年にわたって性的虐待を繰り返した後も、なぜ、このような異常な小児性愛者が十代の若者たちの育成を担当することができたのか」と強い疑問を感じているとCruxに語った。「私が虐待を受けた当時の校長は、ペドラハス神父の後任でしたが、二人ともスペイン生まれで、友人同士だった。校長はペドラハスに性的虐待の性癖があることを知っていたはずですが、それでも彼を学校に訪問させたのです」と批判した。
ペドラハス神父は、日記の中で、さまざまな機会に、イエズス会の上長や他の会士に自分の罪を告白したと書いているが、告白を聴いた誰も、司法当局に彼を訴えることはしなかった。 「神父は日記で、85人の被害者について言及していますが、私たちは、この寄宿学校だけで150人以上が被害を受けていると考えています」とフローレス氏は断言した。
また、フローレス氏が被害に遭った当時の寄宿学校の校長は、スペイン東部カタルーニャ出身のフランセスク・ペリス神父で、ボリビアに赴任する前に欧州で虐待で訴えられていた。被害者の一部から公に非難され、職を追われている。だが、 「ぺリス校長の後任となったカルロス・ビジャミル神父も虐待を犯しました。20年以上にわたって、この寄宿学校の校長を務めた5人が生徒たちを性的に虐待していたのです」と氏は語った。
これに対して、イエズス会ボリビア管区の広報担当、セルジオ・モンテス神父は、2018年以来、イエズス会は潜在的な虐待事件を調査し、対処するために、いくつかの体制を作っおり、イエズス会士が関与した一部の事件が正規の手続きで適切に捜査され、検察に送致され、開示されることが保証された、とCruxに説明した。
モンテス神父によれば、ペドラジャスの事件は公けになる直前に、当局から予備的な捜査を受け、管区に対する隠蔽の告発は検察によって捜査されている。
「イエズス会は、告発された事件に関して持っているすべての文書を検察に提出している。公正な捜査と司法手続きを経て、有罪とされれば、イエズス会士は法で定められ決定に従わなければならない」とする一方、「ボリビアの法律では、犯罪は組織ではなく人々のみに責任がある、とされている。裁判所の 命令は各個人に対するものでり、(隠ぺいで、イエズス会管区が)刑事責任を負うことはない」が、「イエズス会ボリビア管区は、何よりもまず被害者たちに連帯を表明し、法的・心理的支援を提供してきた。一部のイエズス会士が犯した酷い犯罪について謝罪し、会としても虐待防止のために規律強化などの努力をしている」と説明した。
だが、フローレス氏は、「イエズス会が被害者に現在のような対話の道を開いたのは、ペドラハスによる虐待が発覚した後になってからだ。イエズス会は、すでに死亡した会員が犯した犯罪の責任だけを認め、会が関与したそれ以外の存命の神父たちの事件を隠蔽しようとしている」と批判。
さらに、 「私たちは『個人的な野心を持っている』と非難されてきた。だが、私たちが望んでいるのは、これ以上、若者たちが性的虐待を受けないようにすることだけなのです」と訴えている。
また、同氏は、「虐待被害者の会」は、イエズス会以外の修道会の会員による虐待の報告も受けているが、それらに対応する体制ができていないため、イエズス会のみを対象とせざるを得ない。それだけでも長い戦いになると思います。十分な準備が必要です」とも語っている。