(評論)「性虐待被害者のための祈りと償いの日」―「祈り」で済ませてはならない

(2022.3.17 カトリック・あい)

  18日は今回で6回目となる日本のカトリック教会の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」だ。だが、中央協議会のホームページを検索して出てくるのは、司教協議会会長名の2月17日付けの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」への参加呼びかけのみだ。東京教区では、菊地大司教が20日に東京カテドラル・関口教会で、祈りと償いのミサを奉げるが、その他の教区の対応は、中央協議会のページを見る限り判然としない。

  

*司教協議会会長の呼びかけは出されているが…

 中央協議会の担当部門と思しき「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」のページには、「祈りと償いの日」がスタートした2017年当時に作成したのと同じ文面のリーフレット配布の告知があるだけだ。各教区の関連行事予定を調べると、なんと2018年3月の札幌、仙台、名古屋、長崎のものがいまだに載せられたままになっているだけで、今年の予定のまとめは皆無である。

  司教協議会会長名の呼びかけでは「私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」とし、「四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りをささげてくださいますようにお願いいたします」としているが、この呼びかけが全国の司教、司祭、そして信徒にどこまで届いているのか。疑問を持たざるを得ない。

 だが、日本の教会が置かれている状況は、このような無関心のまま、「祈りと償いの日」を、祈りだけで“やり過ごせる”環境にはない。

 

*長崎教区は損害賠償命令に、仙台教区は和解調停勧告”に速やかに応える必要

  具体的に言えば、聖職者の性的虐待に関する民事訴訟が、確認されているだけで長崎教区、仙台教区の二件があり、それらへの、両教区の速やかな対応が求められる。

 長崎では、2月22日に長崎地方裁判所で「2018年に司祭からわいせつ行為を受けたことで発症したPTSD(心的外傷後ストレス障害)を、高見大司教(当時)の不用意な発言でさらに悪化させ、精神的な苦痛を受けた」とする原告の訴えを認め、長崎教区に賠償を命じる判決が出された。

 だが、この判決を受け入れるのか、不当として上告するのか、1か月近く経った今も、新しく大司教に就任した後任の教区長から判断が出たとは聞いていない。

  仙台地方裁判所では、やはり司祭から性的虐待を受けたとする被害者が仙台教区を訴えている裁判が、今月初めに最終段階を迎え、担当裁判官から、原告、被告双方に和解調停に応じるよう提案がされたという。原告側は調停に応じる意向を表明しているというが、仙台教区は、3月19日に新司教が叙階されるまで、司教空席であるためか、まだ判断は出ていないようだ。

  いずれの件も、原告となった女性たちは、教区側から訴えをまともに受け入れてもらえず、長い間苦しんだ末に、周囲の教会関係者からの無言の圧力や、冷たい視線を浴びながら、やむを得ずの提訴となった、といわれている。教区が被告となった裁判をこれ以上長引かせ、被害を訴えている信徒を、これ以上苦しめてはならない。

 司教協議会会長のメッセージにある「無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したい」という思いを、関係司教たちが本心から共有するのであれば、早急に、判決、あるいは和解調停を受け入れ、関係者による被害者への心からの謝罪、賠償、そして、今後の責任あるケアを決断すべきだろう。

 長崎、仙台両教区長はいずれも、新任。長崎は2月に大司教着座式を終えたばかり、仙台は19日に司教叙階式予定だが、過去のしがらみを断ち切り、多くの心ある信徒の信頼を回復するためにも、早急な判断が求められる。

 

*司教団にも具体的な取り組みが求められている

  日本の教会としても、目に見える具体的な対応が求められる。

 司教協議会会長の呼びかけでは「残念ながら模範であるはずの聖職者が、命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という人間の尊厳を辱め蹂躙する行為におよんだ事例が、世界各地で多数報告されています。…日本の教会も例外ではありません…。日本の司教団は2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました」としている。

 

*「”対応”してきた」と胸を張って言えるのか

  だが、果たして2002年以来、本当に具体的な目に見える対応をしてきたのだろうか。ガイドラインを作り、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」を設置し、さらに『未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン』を作成した、というが、先に述べたような長崎、仙台両教区に代表されるような対応を見ると、“仏作って魂入れず”の感を否めない。

  

*「聖職者の性的虐待問題の責任者」が見えない

  それが端的に表れているのは、誰が聖職者による性的虐待問題への対応にあたるか、という司教団の中の責任体制だ。中央協議会のホームページで、司教協議会の担当部署を見ると、司教協議会の中の社会司教委員会(委員長:勝谷太治・札幌教区司教)、副委員長:成井大介・新潟教区司教))のもとに、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」が置かれ、責任司教はヨゼフ・アベイヤ福岡教区司教、担当司教は松浦悟郎・名古屋教区司教と、この2人の分担は不明だが、少なくとも二人の司教が担当になっている。だが、どのような役割、責務があるか判然としない。

 

*司教協議会の”デスク”のHPに書かれているのは…

  さらに、「デスク」のページを開いて活動状況を調べると、3月16日現在で、見るべきものは、「2022年度『性虐待被害者のための祈りと償いの日』に関する日本カトリック司教協議会会長(菊地 功大司教)の呼びかけのみ。あとは、「2021年 性虐待被害者のための祈りと償いの日 (2021年3月5日) にあたり 動画」「司教協議会は2020年5月に、毎年9月1日から10月4日までを『すべてのいのちを守るための月間」と定めました」「2019年・・・・」と過去のものをそのまま残しているだけだ。

 極めつきは、「休業延長のお知らせ カトリック中央協議会は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、4月19日まで休業期間を延長いたします。 再開日あらためてお知らせいたします」という告示だ。今年のことかと思い、もう一度読みなおすと「2020年4月7日最終更新日」とある。なんと二年前の連絡が消去もせずに残されているのだ。コロナだから、何もしなくていい、ということなのだろうか。

 中央協議会や各教区に、デスクは作られ、電話番号などはHPに出ているが、どれほど機能しているのか、現況の活動、成果の説明はなく、判断のしようがない。それどころか、長崎教区などでの、性的虐待についての訴えへの対応について関係者の話を聴くと、「加害者を守るための部署になっている」との批判さえあるほどだ。

 

*”ガイドライン”には見直すべき点が多い

  『未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン』にも、幾つか首をかしげたくなる点がある。まず、名称が「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」となっているが、司教協議会での担当と思しき部署「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の名称との間に、大きなずれがある。「未成年イコール子ども」なのか?「弱い立場に置かれている成人イコール女性」なのか?そうではなかろう。

 また、「弱い立場に置かれている成人」とは誰を指すのか、ガイドラインを読んでも、非健常者を指すのか、健常者でも”伝統的価値観“の教会で”司祭の権威“に抵抗できないと考えて泣き寝入りする人まで対象とするのか、判然としない。仮に、健常者の成人が性的虐待を受けた場合、このデスクが受け付けられるのか。実際、長崎教区も、仙台教区も被害を訴えているのは、被害当時、成人女性の健常者だった。欧米人の場合、幼児や年少者に対する聖職者の性的虐待が目立つが、日本の場合、むしろ成人女性が被害に遭うケースが多いのではなかろうか。

 筆者が耳にしている性的不適切行為を働いた別の二人の司祭の場合も、被害者は成人女性だ。

 そもそも、成人の健常者は、「ガイドライン」や「デスク」の権利擁護の対象とならない、というのは、おかしな話だ。未成年は論外だが、年齢、性別に関係なく、誰に対しても聖職者による性的虐待は厳しく罰せられるべきだし、それを隠蔽したり、見て見ぬふりをしたりするような高位聖職者も責任を問われるべきではないか。

 「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」という名称自体、「聖職者による性的虐待に厳しく対応し、再発を防ぐ」という明確な意志の表明には、ほど遠い。

 さらに、このガイドラインでは、肝心の「監査」についての記述に「日本カトリック司教協議会は、各教区における本ガイドラインの遵守状況を確認し、監査結果を公表する」とあるが、「監査」を具体的に、何を、誰が、どの組織が監査するのか、どのような頻度でするのか、結果の公表をするのかしないのか、指摘された問題への対応はどこがするのか、問題の責任者の処遇はどうするのか、など肝心の点が不明だ。

 また、このガイドラインは昨年12月に作成された、と会長のメッセージは説明しているが、ガイドラインの本文を見ると、「2021年2月17日の司教協議会総会で承認された」とある。なぜ、司教協議会総会で承認されたものが、10か月も公表されなかったのか。しかも、3月16日の時点でも、このガイドラインは、小教区レベルには全く周知徹底していない。

 ガイドラインの末尾に「今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けて参ります」とあるが、以上のような問題を真摯に受け止め、早急に見直し、さらに具体的で、説得力のある肉付けをしてもらいたい。

 

*司教団として最優先すべきは、明確な役割、権限をもつ性的虐待問題担当部署の設置、担当司教の選任

  3月11日にHPに掲載された会報3月号によると、司教協議会は今年1月13日に開いた定例常任司教委員会で、「聖職者による性虐待問題に取り組むための体制について 子どもと女性の権利擁護のためのデスクからの提案である『未成年者と弱い立場におかれている成人 を保護するためのガイドライン』推進のために司教協議会会長を責任者として修道会・宣教会との連携、神学校での養成、司祭生涯養成、教区間などの横断的なつながりを推進する組織を作ることを承認し、今後組織体制を整えていくことを申し合わせた」とある。

 だが、それよりも先に手を付けるべきは、「聖職者による性虐待問題に取り組むための体制」を抜本的に見直し、外部からもはっきり認識されるような名称の部署の新設、その役割、権限を明確にする規定を作ったうえで、そのトップとしての責任司教を決めることだ。司教協議会の核となる体制が明確さを欠いたまま、会長を責任者とした外部組織との連携、教区館などの横断的つながりなどは、とても実のある形では進められまい。

 

*公正な調査、提言能力のある独立委員会の設置も必要だ

  さらに、大事なのは、フランスやドイツなど欧州各国で相次いで実績を挙げている、司教協議会から独立した調査、提言能力を持つ法律などの専門家による独立調査委員会の設置だ。司教協議会や教区の性的虐待相談窓口にもたらされた訴えを独立委員会の公正な調査に委ねることができれば、調査への信頼度も増す。

 

*不完全な”アンケート調査”から二年、何がなされたのか

  司教協議会では2019年6月から「聖職者による未成年者への性虐待の対応に関するアンケート」を開始したが、”後処理”に時間がかかり、翌2020年4月になってその結果をまとめ、発表したが、その内容は、2020年2月末日の時点で、全16教区ならびに全40の男子修道会・宣教会、55の女子修道会・宣教会から得た回答では、1950年代から2010年代に「聖職者より性虐待を受けた」とされる訴えは16件、加害聖職者は、教区司祭7名、修道会・宣教会司祭8名、他1名は不明。加害を認めたものが4件、否認が5件、不明が7件。加害聖職者の措置(事件発覚時)は、職務停止は2件に過ぎず、退会も1件のみ。異動で済ましたものが8件(国内外含)、ほか5件は不明という内容。強制調査権も何もない、ただ報告を受動的に受け取る”アンケート“の弱さが露呈した。

 この発表文では「本調査によって訴えが上がってこなかった教区・修道会・宣教会においても、『被害がない』という短絡的な捉え方をするべきではない。被害者が安心して声を上げられる環境かどうかを見直し、教会全体として、性虐待・性暴力根絶に向けた、たゆまぬ努力が必要である」と述べられているが、具体的にどのような行程表を作り、形だけでない内実を伴った取り組みをしようとしているのか、各教区に何を期待するのか、明確な説明は皆無だった。

 アンケート結果の発表から2年も経って、出てきたのは「ガイドライン」だけ。「被害者が安心して声を上げられる環境かどうかを見直し、教会全体として、性虐待・性暴力根絶に向けた、たゆまぬ努力」がされてきたとはとても言えない。

 

*これ以上の司教団の”不作為”があってはならない

  ちょうどこの数年は、高見・長崎大司教が司教協議会会長を務めていた時期と重なる。信徒に性的虐待をしたとされる聖職者、そして彼を監督、指導すべき立場にあり、いったんは和解しようとした被害者を心無い言動によって傷つけて裁判となり、裁判所から教区に損害賠償命令を出されるに至った。

 そうした事情にコロナ禍での教会指導者たちの動きの鈍さが重なって、このような結果となった、とも考えられるが、長崎、仙台両教区における裁判に代表されるように、対応次第で教会に対する信頼を大きく損ないかねない事態も起きている。コロナ禍を理由にした、これ以上の“不作為”があってはならない。

 

*司教団の新体制に、祈りと”有言実行”を期待する

  「世界中の教会に多くの(聖職者による性的虐待の)被害者がおられるといわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」。

 2月に司教協議会の会長に就任した菊地・東京大司教は、「性虐待被害者のための祈りと償いの日」への参加呼びかけを、このように結んでいる。新会長と日本の司教全員が共に「信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動」、実績を示すことを望んでやまない。

 

(「カトリック・あい」代表・南條俊二)

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2022年3月17日

・アルゼンチンで元司教が、性的虐待で禁固4年半の有罪判決(Crux)

(2022.3.4 Crux  Rome Bureau Chief   Inés San Martín)

ローマ発–アルゼン​​チン・サルタ州オランの裁判所が4日、グスタボ・ザンチェッタ元司教に対し、2人の元神学生に継続的な性的虐待を犯したとして、4年6か月の禁固刑を言い渡した。

 パブロ・リベロ検事は、元司教を有罪とし、即時拘禁を求めるのに先立って、「被害者が被った被害の大きさについて判断することはできないが、我々には、正義を守る立場から社会に答える義務がある」と述べた。

 アルゼンチン北部のオラン教区の元司教であるザンチェッタは、被害者たちから性的迫害の訴えを受けた際、訴えの内容を否定する自分の主張を教皇フランシスコは支持してくれている、と”友情”を誇ってさえいた。

 ザンチェッタは2013年に教皇フランシスコによって司教に叙階され、オラン教区長に任命されたが、2017年に53歳で「健康上の理由」から辞任。その数か月後、教皇は、彼をバチカンの金融資産を管理する使徒座財産管理局(APSA)の評議員に任命していた。

 バチカンのスポークスマンは、ザンチェッタが、教皇庁入りした際、性的虐待を働いた、との申し立てを聞いていなかったが、翌年の2018年に、「性的違法行為」と「経済的不正行為」の両方で告訴されたことが公表された。2019年に教皇フランシスコはあるメディアとの会見で、「私が彼に辞任を求める前に、告発がありました。告発後、すぐに彼と告発者を呼んで、事情を説明させました」と語っていた。

 告訴状には、同性愛ポルノとザンチェッタの露骨な性的画像の存在を示す被告の電話が含まれおり、弁護側は、電話は盗聴されたもの、と主張したが、それがかえって疑惑を強める結果となり、教皇は被告に、教皇庁を離れ、帰国するよう言い渡した、という。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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2022年3月6日

・「性虐待被害者のための祈りと償い」東京教区、20日は関口教会で菊地大司教司式ミサ、各教会も18日ないし20日にミサを

(2022.3.4  カトリック・あい)

 3月18日は日本のカトリック教会の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」だが、菊地・東京大司教は4日、東京教区の教会、司祭、信徒に今年の方針について以下のメッセージを出した。菊地大司教が20日に東京カテドラル・関口教会で、祈りと償いのミサを奉げるととともに、各教会も18日ないし20日にミサを奉げるよう求めている。

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東京教区の皆様

 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 四旬節の第二金曜日は、日本の教会における「性虐待被害者のための祈りと償いの日」と定められています。今年は3月18日(金)がその日となります。

 この数年間、世界各地の教会において、聖職者による性虐待のケースが報告されるようになり、調査の結果、同様の事例が多数、過去にさかのぼって存在することが明らかになりました。加えて、聖職者によるそういった行為には、保護の対象である未成年者への性虐待行為もあることが明らかになりました。これは日本の教会も例外ではありません。さらには司教や修道会の責任者が、事実を隠蔽しようとした事例の報告も相次いでいます。

 教皇様は、いのちの尊厳を守る立場から、これらの事実に目を背けることのないようにと指示をされ、世界中の教会が、この数年、対応のための制度を整えています。東京大司教区でも、すでに対応委員会や窓口を設けていますが、その制度をさらに整える努力を続けてまいります。

 もちろん制度を整えたからと言ってすべてが解決するわけではありません。制度を正しくふさわしく運用するための啓発活動が必要ですし、さらに一番大切なことは、被害を受けられた方々の尊厳が回復されるために手を尽くすことであると思います。

 いのちの尊厳を守るはずの聖職者がこのような正反対の行為をしたことに、心から謝罪いたします。これからも東京大司教区において、すべての人のいのちの尊厳を守るために、取り組んでいく決意を新たにいたします。

 今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたり、東京大司教区では当日の3月18日(金)、またはその直後の3月20日(日)に、それぞれの教会において、教皇様の意向に合わせてミサを捧げるものとします。なおミサにあたっては、「ゆるしの奉献文」を使うものとします。

 また3月20日(日)の関口教会10時のミサを大司教司式ミサとし、この意向で捧げます。

 日本の司教団は昨年、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を改訂し、中央協議会のホームページで公開しています。このガイドラインは対象を「教会で宣教や司牧に携わるすべての人」、つまり司祭や修道者だけでなく、教会関連施設で奉仕するすべての職員やボランティアとしています。教会共同体のすべての方が、この問題を自分自身のこととして、ともに考え、祈り、行動してくださるようにお願いいたします。

 なお、司教協議会会長としての呼びかけ文も、私の名前で公開されています。以下に掲載いたしますので、ご一読ください。

 カトリック東京大司教区 大司教 菊地功

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日本のカトリック信者の皆様

2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 いのちを賜物として与えてくださった神を信じるわたしたちには、いのちの尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。

 残念ながら模範であるはずの聖職者が、いのちの尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という人間の尊厳を辱め蹂躙する行為におよんだ事例が、世界各地で多数報告されています。なかでも保護を必要とする未成年者に対する性虐待という、卑劣な行為を行った聖職者の存在も明らかになっています。日本の教会も例外ではありません。

 教皇フランシスコは、聖職者によって引き起こされたこの問題に、教会全体が真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを請い、また被害にあった方々の尊厳の回復のために尽くすよう求めておられます。また特別の祈りの日である「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を設けるようにと、各国の司教団に指示をされました。日本の教会では、四旬節・第二金曜日を、この祈りと償いの日と定めました。2022年にあっては、来る3月18日(金)がこの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。

 日本の司教団は、2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました。昨年12月には、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を作成し、日本の教会に委ねられている未成年者のいのちを守る使命を果たす決意を新たにしています。今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けてまいります。

 いまシノドスの道をともに歩んでいる教会は、互いに耳を傾けあい、支え合いながら、連帯の絆に結ばれた共同体であることを目指しています。日本の教会が、いのちの尊厳を守り抜くための努力を怠らない教会共同体であるように、努めて参ります。

 世界中の教会に多くの被害者がおられるといわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神のいつくしみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、わたしたち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います。

 どうぞ、四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りをささげてくださいますようにお願いいたします。

2022年2月17日
日本カトリック司教協議会 会長
菊地 功

2022年3月4日

・独でも、少女たちを性的虐待のカトリック司祭に懲役12年の有罪判決(Crux)

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2022年2月26日

改・「司祭のわいせつ行為巡る、高見大司教の発言」で長崎大司教区に地裁が賠償命令-翌日に中村新大司教着座式

 カトリック長崎大司教区に所属する司祭が、2018年に県内の女性信者に対してわいせつ行為を働いた問題では、地元警察が捜査し、2020年2月、「強制わいせつ容疑」で長崎地検に書類送検したものの、同年4月に”証拠不十分”で不起訴。それ以前の2019年8月に、大司教区が女性に謝罪し慰謝料を払うことで女性との間で示談がいったん成立していた。

 だが、不起訴となったことを逆手に取るかのように、高見大司教が、ある会議の席で、被害女性について「『被害者』と言えば『加害が成立した』との誤解を招くので、『被害を受けたと思っている人』など別の表現が望ましい」などと発言。

 この発言を記録した会議の議事録を見せられた女性が改めてショックを受け、2018年に司祭からわいせつ行為を受けたことで発症したPTSD(心的外傷後ストレス障害)をさらに悪化させ、「精神的な苦痛を受けた」として大司教区に慰謝料550万円の損害賠償を求めていた。

 これに対して、長崎大司教区は訴えを否定する形で請求棄却を求め、裁判となっていた。昨年11月に同裁判所で行われた口頭弁論で、高見大司教が尋問に答え、「言葉足らずで勘違いをさせた。『被害者が被害を受けたと思い込んでいる』という意味ではない。加害行為が存在しなかったとは考えていない」と、原告の”勘違い”で片付けるような”釈明”にとどまり、謝罪や賠償に応じる姿勢は見せていなかった。

 長崎地方裁判所の古川大吾裁判長は22日の判決で、賠償命令の理由として「大司教の発言は『性被害自体が存在しなかった』などという旨の言動であり、2次被害を受けないようにする注意義務に違反する行為だ。女性の受けた精神的苦痛は多大だ」と指摘した。

 22日の判決後、原告の女性信者は「私の思いが法律によって理解されたことに安堵しています。聖職者も社会で生活するひとりの人間です。逸脱した行為や言動を見直してもらうよう切に願います」というコメントを出しているが、同大司教区は「判決文の内容を精査し、今後の対応を検討したい」と型通りの言葉を述べるにとどまっている。

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高見・引退大司教、新大司教着座式で「ご心配をおかけしました」と他人事のようなあいさつ

(2022.2.23 カトリック・あい)

 長崎大司教区では、高見大司教が定年で(注:この問題や、同大司教区での不明朗な資金運用による2億5000万円という、教区の財政規模からみて巨額損失発生の責任を取ってではない)辞任し、後任の大司教に、同教区の中村倫明補佐司教が、2019年9月の司教叙階からわずか2年半で昇格することになり、23日に着座式が行われた。

 着座式の冒頭あいさつで高見・引退大司教は出席者への感謝、教区の司祭、信徒たちの協力、支援のおかげで長崎教区、日本の教会のために奉仕できたことに感謝を述べた後、前日22日の長崎地裁による、本人の発言を注意義務違反とする損害賠償命令の判決に触れないまま、「私の力が及ばなかったことで、大変ご心配をおかけしたことをお詫びいたします… 中村大司教と共に、長崎大司教区を建て直し、信仰共同体として成長して行けるように」と述べた。

 また、中村信大司教は、説教の中で、「イエスの手に支えていただきながら、一つになって共に歩んでいきましょう。それがシノドスのテーマでもあります」と訴えた。

 駐日バチカン大使や菊地・東京大司教など多くの参加者が大司教就任の祝いを述べる中で、長崎教区の司祭団の代表者の祝辞とともに語った「長崎大司教区は、諸問題を抱え、教区内外から多くの目が注がれている。そうした中での着座となるが、新大司教と皆、心合わせて諸問題に対応していきたい」に、”本音”に近い言葉が聞かれたように思われた。

 中村大司教の下で、長崎大司教区が”諸問題”にどのように対応し、文字通り、大司教、司祭、信徒が心を一つにして、共に歩み、傷ついた人の心を癒やし、失った信頼を取り戻すことが出来るか、今後が注目される。

 

2022年2月22日

・「前教皇の遺憾表明は不十分だ」性的虐待被害者が書簡を批判(Crux)

(2022.2.9 Crux Senior CorrespondentElise Ann Allen)

 ローマ発–前教皇ベネディクト16世が8日に書簡を出し、先に発表されたミュンヘン大司教区から委託を受けた機関による聖職者の性的虐待に関する報告書への所見を明らかにしたが、自身がアイルランドの聖職者による性的虐待の被害者で教皇庁未成年保護委員会の元メンバーの女性は「聖職者による未成年者などへの性的虐待に対応を誤ったことを当時のミュンヘン大司教として謝罪したこと、教会がその教訓を学んでいないということの証拠として役立つ内容になっているが、いくつかのケースで不正行為を認めるのを拒否している」と述べた。

 報告書はミュンヘン大司教区から性的虐待に関する調査と実態解明を委託された法律事務所Westpfahl Spilker Wastlが報告書をまとめ、1月20日に発表。1893ページに上る報告書には、1945年から2019年までに497人がミュンヘン大司教区で性的虐待の被害に遭ったことを確認。司祭、教区、信徒の教会職員などを含む加害者約235人を特定している。

 1977年から1982年までミュンヘン大司教区を率いた当時のラッツィンガー枢機卿(現在は元教皇ベネディクト16世)は、3つの案件で、虐待の加害者である司祭を隠蔽し、小教区などでの司牧を続けることを許可したとし、もう一つの案件と共に、報告書は、彼に過失があった、と判断している。

   前教皇は、弁護士や法律専門家4人からなる前教皇の法務チームが実際には起草した8日の書簡の中で、教会の指導的役割を持つ者として「重大な過ち」について謝罪し、赦しを求め、「私のミュンヘン大司教の任期中にそれぞれ異なった場所で起きた性的虐待と間違いに、大きな痛みを感じている」と述べた。

 だが、報告書が指摘した案件での前教皇の不正行為については、否定し、「ラッツィンガー枢機卿は、決定を下す際に問題の司祭の不正行為に気付いていなかった」と主張した。

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 この書簡について、教皇庁未成年保護委員会の元メンバーで、自身がアイルランドの聖職者による性的虐待の被害者であるマリー・コリンズ女史はCruxの取材に対して、まず、「教会の指導的地位にある人の行為が問題にされた場合、彼らがすぐにやることは弁護士に対処を求めること。前教皇の場合も例外ではない。弁護の余地のない道徳的な責任が問われる場合は特にそうです」と語った。

 そのうえで、「『報告書が指摘した4件のどれについても司祭の性的虐待行為を前教皇は知らなかった』という書簡に書かれた主張は、自分を防御するためにとられる典型的な表現ですが、まったく”防御”になっていません」とし、「なぜなら、そのような主張が真実なら、自分の教区で起きていることを把握する教区指導者としての義務を怠ったことになるからです」と指摘した。

 前教皇が自らの過ちについて「赦しを求めた」と述べている点については、「誤解を招くような言い方ですが、バチカンで歓迎されているのは間違いありません」と述べ、「私は性的虐待の被害者として、あることを意味するのに使われる言葉が、教会では、まったく違う使われ方をすることにうんざりしているのです」と批判を込めた。

 さらに、「前教皇は、この書簡で、これまで何年にもわたって多くの性的虐待の被害者たちに繰り返してきた言葉―『起こされた性的虐待と被害者が受けた傷について赦しを願う』を再び来る返しています。でも、彼は、自分自身の行為に対して個人として赦しを求めることは、絶対にありません」と強く批判した。・・・・・・・・・・・・・・・・

 ミュンヘン大司教区から性的虐待に関する調査と実態解明を委託された法律事務所Westpfahl Spilker Wastlがまとめた報告書では、1893ページのうち、ミュンヘン大司教だった当時の元教皇に関する記述が220ページを占めている。そのうちの73ページは、報告書をまとめた専門家たちが、教皇の対応に”疑惑”をもった5つの虐待案件のうち4つについての概略と評価、66ページは調査結果の詳細、となっている。さらに付録として、2021年12月に前教皇が書簡の形で、調査担当者に行った証言が82ページにわたって掲載されている。

 その主要箇所の内容の英訳は以下の通り、“Case 37”

One of the cases in which Ratzinger is accused of mishandling is the transfer to Munich of a priest, identified only as “Case 37,” who had apparently been convicted of attempted sexual abuse and insults to children several years earlier, yet he managed to arrive in the Archdiocese of Munich in the late 1970s and was assigned a position with proximity to minors.

This priest was again convicted of abuse of minors twice, with one of the sentences resulting in a suspended prison sentence. He finally underwent specialized treatment and was forbidden by Munich to teach in public schools.

Investigators, after consulting Benedict XVI’s answer regarding this case, in which he denied having precise knowledge of the facts, said Benedict’s response was not enough for them to “fundamentally question” their initial assessment, and therefore they judged that they could correctly assume that Benedict had knowledge of “Case 37’s” actions, having been informed by his vicar upon the priest’s first conviction.

It was also argued by investigators that Benedict XVI had minimized what he described as “lesser offenses” committed by the priest, such as exhibitionism, and voiced regret that preventative actions were not taken and that no action was taken toward victims.

“Case 40”

In another case referred to as “Case 40,” investigators charge that Ratzinger had taken a priest into Munich despite the fact that the priest in question had previously been sentenced to imprisonment for the repeated sexual abuse of children before fleeing to a diocese abroad.

When this priest came to Munich, he was assigned to a chaplaincy but was prohibited from giving religious instruction. This priest was apparently transferred several times, and was finally banned from parish ministry after an instance of exhibitionism in front of children.

In his provided testimony, Benedict XVI said he had no recollection of this priest and was confident that he had not met the priest or dealt with his case. Investigators were not convinced, arguing that Benedict had made “contradictory statements” and that, based on their records, it was “very unlikely” that he had not met with Case 40.

“Case 42”

In the third case in which Benedict is faulted, he is accused of giving a priest known for taking “suggestive photos of young people under 14 years of age” an assignment at a retirement home and hospital. Although the priest was later convicted after his assignment, he did not suffer disciplinary or canonical repercussions.

While Benedict denied having knowledge of the facts at the time, investigators charge that he had been alerted to the priest’s actions through a newspaper article that was sent to him in which the priest was accused of touching a 12-year-old girl. They also insist that Ratzinger at this point should have launched a canonical procedure.

“Case 41”

A case referred to as “Case 41″ or “Case X” was handled separately than the others in the report, as it was investigated in further depth. Investigators who dealt exclusively with this case said this was done due to the number of resources available, whereas in other cases the resources were often “deficient.”

This case, which had been examined already in a previous report in 2010, spans four decades, and includes Ratzinger’s successor in Munich, Cardinal Reinhard Marx, who currently oversees the archdiocese.

In this case, a priest was transferred from a diocese where he had been removed from his work with young people after assaulting three 12-year-old boys. This priest, after underdoing psychotherapy, was taken into Munich by Ratzinger, where he continued to abuse. He had apparently been given a role that involved proximity to children.

Benedict in his testimony denied knowledge of the priest’s background, and while the investigators largely absolved Benedict in this case, they accused him of employing a “protection strategy” in which “almost everything he does not remember did not happen.”

Investigators deemed that the testimony provided to them for the report was “not very credible” and in each of the cases voiced regret for Benedict’s “systematically claimed ignorance” and for his refusal to answer questions about his role after 1982.

Survivors want more

While Benedict XVI’s record and his apology and plea for forgiveness have been praised and defended by collaborators such as Jesuit Father Federico Lombardi, who served as spokesman while Pope Benedict was in office, and Cardinal Sean O’Malley, head of the Pontifical Commission for the Protection of Minors, survivors are less pleased.

In addition to Collins’s critique, the Survivors Network of those Abused by Priests (SNAP) in a statement following the publication of Benedict’s response also weighed, in, saying, “To us, Benedict’s letter is admitting to one thing to cover up a thousand.”

“It is the same pattern of abuse, institutional knowledge, and concealment,” they said, calling his apology “faint, especially to a victim population that could care less what Pope Emeritus has to say.”

SNAP argued that Benedict in his apology was simply repeating words “that have fallen on deaf ears for decades.”

It is no surprise, they said, that Benedict’s legal team attempted to “recreate a narrative in their favor.”

SNAP argued that the apology was done to protect the Church’s “deteriorating image and financial flow to the hierarchy,” insisting that true apologies are followed by genuine acts of reparation, which is “a concept the church does not seem to be able to grasp.”

They criticized Benedict for failing to “do the simple thing and offer full accounting and apology” despite evidence of his mishandling in the Munich report, saying the opportunity the report provided for true accountability “has been squandered.”

“The rot of clergy sexual abuse of children, sadly, runs throughout the Catholic church, to every country, and we now have incontrovertible evidence, all the way to the top,” they said.

In addition to SNAP, several others survivor organizations and individuals working with abuse survivors have voiced disappointment in Benedict’s response, saying his failure to admit wrongdoing falls short of what’s needed for the Church to truly move forward.

The Eckiger Tisch group representing clerical abuse survivors in Germany said Benedict’s response was yet another example of the Catholic Church’s “permanent relativizing on matters of abuse – wrongdoing and mistakes took place, but no one takes concrete responsibility.”

Benedict, the group said, “can’t bring himself simply to state that he is sorry not to have done more to protect the children entrusted to his church.”

Matthias Katsch, a spokesman for the group, told the DPA news agency that Benedict only apologized for making a mistake in the information he provided to investigators in one case, but “He should actually apologize for the whole process, because he is partly responsible for the fact that this priest was able to endanger children in the diocese for decades.”

“That’s the real scandal,” Katsch said, saying to only admit what can no longer be disputed has become a pattern in the Church, and “It really make you feel like you can’t believe them.”

Follow Elise Ann Allen on Twitter: @eliseannallen

 

2022年2月11日

・前教皇ベネディクト16世がミュンヘン・性的虐待報告で関与否定の書簡

(2022.2.8  Crux Senior Correspondent Elise Ann Allen)

*「会議には出たが、問題司祭が性的虐待をしたという認識はなかったし、議題にもならなかった」

 報告書では、ラッツィンガー枢機卿はミュンヘン大司教として、複数の司祭による性的虐待行為を認識していたにもかかわらず、隠蔽し、司牧者としての任務を継続することを許可するなど、適切な対応をしなかった案件が三つあり、さらにもう一件についても不正行為があった、と判断した。不正行為を裏付けるもののひとつとして、大司教が1980年1月15日に開かれた、性的虐待をした”司祭X”への対応を話し合う会議に出席した、という関係者の証言が、報告書には書かれている。

 これに対し、前教皇は書簡で、「”司祭X”が性的虐待の加害者であることも、司牧活動に従事していることも知らなかった」と反論した。

 前教皇は、1月20日の報告書公開直後に出した声明では「”司祭X”に関する会議には出ていなかった」としていたが、それは自身の声明作成を助けてくれた人の限られた時間に作業を終えねばならなかったことなどによる、「転記ミス」であり、正確ではない、とし、実際には会議に出ていたことを認め、「故意に偽った訳ではない」と弁明した。

 そのうえで、その会議では、”司祭X”を司牧活動に従事させないことを決めたが、「”司祭X”が性的虐待を犯した、という事実は話し合われなかった」とし、話し合いのテーマは、「”司祭X”には治療が必要なので、どう処遇するかに限られていた」が、「治療が必要な理由については述べられず」、「その性的虐待司祭を司牧に従事させることも決めなかった」と主張している。

*4件について、私が隠ぺいなど不正行為を働いたという証拠が示されていない

 前教皇は、この”司祭X”の関係する件以外の3件の性的虐待案件について、処遇について判断する以前に、司祭たちが性的虐待の加害者であることを認識していた、との報告書の指摘についても、全面否定。「3件のいずれについても、司祭たちが性的虐待を犯したこと、あるいは疑いがあることについて、私は知らなかった。報告書には、認識していたとする証拠が示されていない」「それは、”司祭X”に関しても同じだ」と主張した。

 また、こうした司祭たちの行為を隠蔽した、との報告書の指摘についても、「報告書は、隠蔽の不正行為ないしは謀議があったことを裏付ける証拠を示していない。私は、当時の大司教として、性的虐待行為のいかなる隠蔽にも関与していない」と反論。

 ”司祭X”に露出癖があった、ということを前教皇が軽視した、という報告書の指摘には、「“司祭X”に露出癖があることは知られていたが、正確な意味での性的虐待者とは見なされていなかった」とし、「自分は、露出癖のある者の問題を過小評価せず、厳しく対処した… この問題を軽視していた、という表現は文脈を無視して使われている」。

 前教皇が報告書作成者に提出した書面による証言で、露出癖を含む虐待行為を「ひどい」「罪深い」「道徳的に非難される」「取り返しのつかない」行為と断罪していることからも、「過小評価」の指摘は当たらない、と強調。さらに、「報告書の主張は、当時の教会法の規定では、露出癖は厳密な意味で意味での犯罪とされていなかったことを、判断に入れていない」とも指摘した。

 

*私は日々、過ちを告白している、被害者たちに心から詫び、赦しを願う

 また、前教皇は、この書簡で、報告書を読み込み、自身の回答をまとめるのを手伝ってくれたすべての人々に感謝を表明。

 1980年の”司祭X”に関する会議に出席していなかった、との自分の誤った主張が、「私の主張への真実性に疑問を投げかけ、私を”嘘つき”とするために使われたことで、非常に傷つけられた」とするとともに、「多くの人から寄せられたさまざまな信頼の表明、心からの証言、感動的な励ましの手紙に心を打たれた」とし、「特に私に自信を持たせ、支援してくれたことに、教皇が個人的にしてくれた祈りに、感謝している」と述べた。

 さらに、ミサ聖祭が、罪の告白と、自からの過ちの赦しを神に願うことから始まることを思い起こし、自分は告白をしている、とし、「『最も悲惨な』という言葉が毎日、すべての人に同じように当てはまるわけではないが、それでも日々、彼ら(注:虐待の被害者たち)が、私に、最も悲惨な過ちについて話すべきかどうか考えるようにさせている。そして、そうした言葉が、今日の私の過ちがいかに大きくても、心から主にお調べいただくようにすれば、主は私を赦してくださる、と慰めてくれるし、実際に私には変わる用意が出来ている」と語った。

 また、性的虐待の被害者たちとの出会いの中で、「最も悲惨な過ち」を直接、目にすることができ、その結果、「決断力と責任感をもってこの問題に立ち向かわない限り、私たちは重大な過ちに頻繁に、継続的に引き込まれる、ということを理解するようになった」と反省したうえで、「改めて、性的虐待の犠牲となったすべての方に、私ができるのは、深く恥じ入り、悲しみ、そして赦しを心から願うことに尽きます」と謝罪の気持ちを新たにした。

 そして、自分が、カトリック教会の中で権威ある地位を占めていたがゆえに、「私の任期中にさまざまな場所で起きた性的虐待ど過ちに対する、私の心の痛みはさらに大きい。性的虐待の個々の不祥事はそれぞれ、恐怖を覚えるものであり、取り返しのつかないものだ。性的虐待の犠牲となられた方々と、私は心からその痛みを共有し、不祥事の一つ一つに大きな悲しみを感じている」とも述べた。

*人生最後の審判が目前… キリスト教徒である恵みが一段と明確に

 94歳の前教皇は、「自分が高齢であることを考えると、人生の最後の審判を目前にしているのが分かる」とし、「恐れおののくことには十分な理由があるが、それにもかかわらず、私は意気軒高であり、主が、裁判官であるだけでなく、私の欠点のために苦しまれた友、兄弟であり、私の擁護者、私の”パラクレートス”でもあることを、私は固く信じている」と言明。

 「『裁きの時』のことを考えると、キリスト教徒であることの恵みは、私にとってますます明確なものとなる。それは私の人生の裁きとともに、知識と確かな友情を私に与えてくれる。そうして、死の暗黒の扉を、自信を持ってくぐることが出来るようにしてくれる」と語った。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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(前教皇ベネディクト16世の書簡全文の英語版は以下の通り)

Letter of Pope Emeritus Benedict XVI regarding the Report on Abuse in the Archdiocese of Munich- 08.02.2022

Vatican City, 6 February 2022

Dear Sisters and Brothers,

Following the presentation of the report on abuse in the Archdiocese of Munich-Freising on 20 January last, I feel the need to address a personal word to all of you. Even though I served as Archbishop of Munich and Freising for a little less than five years, I continue to feel very much a part of the Archdiocese of Munich and to consider it home.

I would like first to offer a word of heartfelt thanks. In these days marked by examination of conscience and reflection, I was able to experience greater friendship and support, and signs of trust, than I could ever have imagined. I would like to thank in particular the small group of friends who selflessly compiled on my behalf my 82-page testimony for the Munich law firm, which I would have been unable to write by myself. In addition to responding to the questions posed by the law firm, this also demanded reading and analyzing almost 8,000 pages of documents in digital format. These assistants then helped me to study and analyze the almost 2,000 pages of expert opinions. The results will be published subsequently as an appendix to my letter.

Amid the massive work of those days – the development of my position – an oversight occurred regarding my participation in the chancery meeting of 15 January 1980. This error, which regrettably was verified, was not intentionally willed and I hope may be excused. I then arranged for Archbishop Gänswein to make it known in the press statement of 24 January last. In no way does it detract from the care and diligence that, for those friends, were and continue to be an evident and absolute imperative. To me it proved deeply hurtful that this oversight was used to cast doubt on my truthfulness, and even to label me a liar. At the same time, I have been greatly moved by the varied expressions of trust, the heartfelt testimonies and the moving letters of encouragement sent to me by so many persons. I am particularly grateful for the confidence, support and prayer that Pope Francis personally expressed to me. Lastly, I would thank the little family in the Mater Ecclesiae Monastery, whose communion of life in times of joy and sorrow has given me the interior serenity that supports me.

Now, to these words of thanks, there must necessarily also follow a confession. I am increasingly struck by the fact that day after day the Church begins the celebration of Holy Mass – in which the Lord gives us his word and his very self – with the confession of our sins and a petition for forgiveness. We publicly implore the living God to forgive [the sins we have committed through] our fault, through our most grievous fault. It is clear to me that the words “most grievous” do not apply each day and to every person in the same way. Yet every day they do cause me to question if today too I should speak of a most grievous fault. And they tell me with consolation that however great my fault may be today, the Lord forgives me, if I sincerely allow myself to be examined by him, and am really prepared to change.

In all my meetings, especially during my many Apostolic Journeys, with victims of sexual abuse by priests, I have seen at first hand the effects of a most grievous fault. And I have come to understand that we ourselves are drawn into this grievous fault whenever we neglect it or fail to confront it with the necessary decisiveness and responsibility, as too often happened and continues to happen. As in those meetings, once again I can only express to all the victims of sexual abuse my profound shame, my deep sorrow and my heartfelt request for forgiveness. I have had great responsibilities in the Catholic Church. All the greater is my pain for the abuses and the errors that occurred in those different places during the time of my mandate. Each individual case of sexual abuse is appalling and irreparable. The victims of sexual abuse have my deepest sympathy and I feel great sorrow for each individual case.

I have come increasingly to appreciate the repugnance and fear that Christ felt on the Mount of Olives when he saw all the dreadful things that he would have to endure inwardly. Sadly, the fact that in those moments the disciples were asleep represents a situation that, today too, continues to take place, and for which I too feel called to answer. And so, I can only pray to the Lord and ask all the angels and saints, and you, dear brothers and sisters, to pray for me to the Lord our God.

Quite soon, I shall find myself before the final judge of my life. Even though, as I look back on my long life, I can have great reason for fear and trembling, I am nonetheless of good cheer, for I trust firmly that the Lord is not only the just judge, but also the friend and brother who himself has already suffered for my shortcomings, and is thus also my advocate, my “Paraclete”. In light of the hour of judgement, the grace of being a Christian becomes all the more clear to me. It grants me knowledge, and indeed friendship, with the judge of my life, and thus allows me to pass confidently through the dark door of death. In this regard, I am constantly reminded of what John tells us at the beginning of the Apocalypse: he sees the Son of Man in all his grandeur and falls at his feet as though dead. Yet He, placing his right hand on him, says to him: “Do not be afraid! It is I…” (cf. Rev 1:12-17).

Dear friends, with these sentiments I bless you all.

2022年2月9日

・ニュージーランドでも、カトリック教会における虐待が1680件、半数が未成年への性的虐待(Vatican News)

2021.11.18 abusi su minori, abuso, tutela del minore

(2022.2.3 Vatican News  Lisa Zengarin)

  ニュージーランドで首相が設立した王立委員会の要請で実施されたカトリック教会における虐待行為に関する実態調査結果が1日発表され、1950年から現在まで70年余りの間に教会の司祭、男女修道会の会員、一般信徒から虐待を受けたとの訴えが1680件に上っていることが明らかになった。

 調査はこれまで2年かけて行われてきたが、それによると、1950年からこれまでにカトリックの聖職者、男女修道会会員、一般信徒から虐待を受けたとの被害者などからの訴えが、1122人、1680件出され、うち592人の実名が明らかになっている。

 またこれらの虐待行為の約半数は性的虐待に関するもので、虐待は1960年代から1970年代にされたものが多く、75%が1990年以前で占められている。

 この調査は、ニュージーランドに6つあるカトリック教区と43のカトリック修道会から情報を収集して行われ、428のカトリック教区、370のカトリック学校、および67の他の機関が対象となった。

 被害を訴えられた1122人、1680件の内訳は、教区司祭182人(全教区司祭の14%)で378件、男子修道会の会員(司祭およびブラザー)187人(全体の8%)で599件、女子修道会の会員が120人(全体の3%)、258件。また教会職員やボランティアなど一般信徒が103人、138件となっている。

 

*未成年への性的虐待

 1680件の被害訴えのうち、1350件が未成年、164件が成人。残り167件は不明。835件は未成年に対する性的虐待の訴えだった。また、加害者が特定されたのはこのうち1296件で、加害者数は592人。このうち6人が一人で合計15件以上の訴えを受けており、10件から14件が10人、5件から9件が40人、2件から4件が143人だ。

 虐待が行われたのは、687件が教育施設、425件が介護施設、228件が小教区、122件はその他。不明が219件となっている。

 訴えを受けた加害者すべてが特定されたわけでなく、虐待の件数、内容も教会などに記録されているもののみであり、教会関連の虐待の実態の全てを解明できているわけではない。

*「驚愕している」と司教協議会会長のデュー枢機卿

 このような調査結果に対して、ニュージーランド・カトリック司教協議会(NZCBC)の会長、ジョン・デュー枢機卿は「驚愕している。恥ずかしい限りです」と謝罪した。そして、「すべての人にとって安全な教会を作る」という司教団の誓約を確認、今回の報告をまとめてくださった方々に感謝する共に、この報告書から教訓を学び、すべての人々の保護に努めることを改めて誓います」と述べた。

 また、ニュージーランド修道会指導者協議会会長のシスター・マーガレット・アン・ミルは、「この報告の内容は衝撃的。明らかにされた悲痛な現実は、無力で脆弱な未成年者と成人の痛み、苦しみがこの報告書の数字と内容の背後にある、ということです」と述べ、「教会は、虐待被害者たちとその家族に与えた強い衝撃を認め、そのことが被害と信仰共同体にとって何を意味するのかを理解せねばならない。すべての教会指導者たちは、(注:未成年者を含むすべての人に被らせた心身の)危害を受け止め、彼らの心身の癒しに努めねばなりません」と強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年2月4日

・スペインー司教団が性的虐待調査の独立委員会設置を拒否、政府は実態解明着手へ(Crux)

(2022.2.2 Crux  Rome Bureau Chief  Inés San Martín)

 スペインの司教協議会(CEE)が、過去の聖職者による性的虐待について独立委員会を設けて調査することを拒否したのを受けて、スペイン政府は2日、同国議会に、同問題に関する調査委員会の設置などの法案を提出することに決めた。

 ペドロ・サンチェス首相が率いる左翼政府は、カトリック教会内部における未成年者に対する性的虐待問題の解明に、政府が積極的な役割を果たす方針をすでに決めている。

 今回の決定は、連立政権の与党による要請にもとずいて行われたが、政府のイサベル・ロドリゲス報道官は1日の記者会見で「政府は、性的虐待の被害者の側に立って、実態を解明し、被害者をケアする適切な仕組みを検討中」とし、調査委員会の設置と被害者への手当てなどを含めた法案を、議会に近く提出する、と述べた。法案提出は2月17日以降となる見込みだが、現地メディアの多くは、法案が提出されれば、必ず成立する、と見ている。

 また、こうした動きと並行して、社会党員の元閣僚がトップを務める検察庁も、この問題について手続きを開始。同国の17の自治州の全ての上級検察官に対して、宗教施設内でなされた性的暴行と未成年者に対する性的虐待に関する苦情案件と訴訟案件すべてを、今後10日以内に検察庁に報告するよう求めている。

 以下、英語原文に続く

 The Spanish bishops have refused to launch the investigation – which has been commissioned by other national bishops’ conferences, such as Portugal, France and Germany – on the grounds that every diocese in the country is already compiling this information.

Furthermore, some bishops have argued collecting all the data in one report instead of actually investigating allegations, does not help victims. What they propose, instead, is to focus attention and resources to listening and accompanying victims, inviting them to come forward with allegations either to Church or civil authorities.

The left-wing People’s Party voted against the Commission when the proposal was debated on Tuesday because they wanted to broaden the scope of the study to look into cases of sexual abuse against children than might have occurred in other settings, including public schools.

According to the Center for Decease Control, one in four girls and one in thirteen boys experience child sexual abuse before turning 18, and in 91 percent of the cases, the abuser is known by the child or the family, with an estimated 60 percent of the cases taking place within the family.

The request for a government commission comes after an investigation carried out by El Pais, a left-wing national newspaper aligned with the government. Their report was handed to Pope Francis in December. According to the newspaper, the investigation is “unprecedented” for the Church in Spain. It includes allegations of child sexual abuse made against 251 members of the clergy and some lay people from religious institutions. The investigation was opened in October, 2018.

At least nine dioceses, and most religious orders named in the report, have asked the newspaper for help in contacting the survivors who are willing to make the allegations to authorities.

Sources have told Crux that one of the reasons why the bishops have refused to do a historic investigation is because they are convinced the government, through the newspaper, has targeted them and launching a commission would be “caving in.”

Other prelates, however, argue that they have followed suit with every request made by the Holy See. They claim that during their ad limina visits to Rome – held between December and January – Pope Francis, the Vatican’s Congregation for the Doctrine of the Faith and the Congregation for Bishops expressed satisfaction with the steps taken to investigate allegations, accompany victims and prevent abuse.

“It is true that the Church in Spain has made mistakes,” a source from within the bishops conference told Crux. “But to go from ‘we didn’t do everything right’ to accusing us of ‘doing absolutely nothing’ is flat out a lie.”

The bishops’ conference hasn’t issued a statement about the proposed commission, and only one bishop – Luis Argüello, secretary general of CEE and auxiliary of Valladolid – has spoken about it.

During an interview with Vatican Media following the ad limina visit, he expressed concerns about the proposal.

“We are also witnessing a use of this situation: A media use, a political use in these last hours and that worries us,” Argüello said. “Not only because it affects the life of the Church and without addressing the problem of abuse in society as a whole. Above all, because it seems to us especially painful that the situation of the victims could be used as a political dispute, in the confrontation of the Parliament or of the Spanish social and political life.”

Cardinal Juan Jose Omella, Archbishop of Barcelona, is greeted by Pope Francis after he received the red three-cornered biretta hat during a consistory inside the St. Peter’s Basilica at the Vatican, June 28, 2017. (Credit: Alessandra Tarantino/AP.)

 Spaniard Yago De la Cierva, a layman member of Opus Dei who was part of the consulting team of the Vatican’s 2019 summit on clerical abuse, told Crux that the situation in Spain is particular because it is a newspaper, not the bishops, that has taken the initiative to do what the Holy See demanded at the end of that meeting.

“The Vatican said it should be the bishops who investigate and take lead on this matter, because no one is more interested in guaranteeing safe spaces in ecclesial contexts,” he said. “Hence, the paradox of the situation: A left wing newspaper, and a Socialist-Communist government, are more interested in carrying out an investigation than the bishops’ conference.”

“It is not that the bishops are doing it all wrong. We just don’t know what they are doing,” he added.

This, De la Cierva argued, has left the lay faithful in a “worrying situation of abandonment,” seeing on the one hand the aggressiveness of El Pais, and on the other, no response from the bishops.

“These issues are impossible to avoid in the public square, and the less upfront the bishops are in addressing this social scourge, the worse it is going to be,” he said.

Furthermore, if they are not responsible for cleaning their own house, then they will have no credibility in addressing the problem in the larger society.

Since each country is different, he said, the regulations of the Holy See are applied differently. But at the end of the summit of presidents of bishops’ conferences in Rome, the Holy See asked the prelates to investigate abuse allegations, to go looking for survivors and make reparations. If the Spanish bishops can guarantee that this happens at the diocesan level, “perhaps there is no need for an investigation at the national level.”

“But public opinion is not divided by diocese, and it is very difficult for each diocese to do the same thing, with the same spirit, methodology and dedication, as the diocese next door,” De la Cierva said. “For this reason, episcopal conferences around the world have decided to provide a service to the particular dioceses so that there is a systematization.”

Yet he said the Spanish bishops are very jealous of their dioceses, and they doubt the bishops’ conference could do a better job.

De la Cierva said he fears this means the Spanish Church could fall by the wayside in tackling abuse in a systematic mannter.

、“There is no injustice worse than comparative injustice. It makes no sense to treat an abused person in Madrid worse than one from Huelva or one abused by a Marist. Because neither the faithful nor society accept this difference,” he said.

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2022年2月3日

・伊司教団も、性的虐待で独立調査委員会設置を検討-被害者は効果に懐疑的(Crux)

(2022.1.31 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

Italian bishops pondering national abuse inquiry

 独立調査委員会の設置は、3か月前の昨年11月に開かれたイタリア司教協議会(CEI)秋季総会で、未成年者保護を担当するラヴェンナ・セルビア教区長のロレンツォ・ギッツォーニ司教から提案された。

 だが、この提案は、独立委員会によるイタリアの全教会を対象にした調査とその結果が引き起こす事態に対処する用意があるか疑問視する司教たちの抵抗に遭い、結論は今年5月の春季総会まで延期された。

 CEIのスポークスマンは、Cruxの取材に対して、独立調査委員会の設置については「しばらくの間、検討を続ける、ということ。まだ『進行中』だ」とする一方、「イタリアの大多数の教区は、性的虐待に関する相談センターや委員会など、虐待被害者のための体制を作っている。227の教区、2万5000以上の小教区をもつイタリアの文化的、風土的、教会的特徴を考慮する必要がある」と述べた。

 聖職者による性的虐待の問題は、先週開かれたCEIの常任委員会の会議でも取り上げられた。

 会議後の記者会見でCEI事務局長のステファノ・ルッソ司教は「調査が行われる場合は、結果的に意味のあるものとなるように、慎重に対応する。私たちは(注:調査の)”量”にはさほどの関心はない。関心があるのは”質”。調査が行わる場合は、その結果が、可能な限り信頼のおけるものであることを希望する」と述べ、イタリアのカトリック教会は、虐待被害者を支援し、虐待の再発を防ぐためのネットワーク構築に「真剣に取り組んでいる」と強調。

  さらに、ルッソ事務局長は「被害者への配慮が優先される」とし、虐待を予防するための努力を強める、というCEIの方針を繰り返した。また、 「私たちはすべての被害者に寄り添いたい」としたうえで、「(注:独立委員会による)調査を行したいという”願望”を排除するものではない」と主張した。

 また、常任委員会の会議後に出された声明では、「(注:性的虐待から未成年たちを)守る措置を実施、強化する」ことが強調され、「真実の正義の探求は、未成年者の保護のための教区の担当部署のネットワークと増設中の相談センターが進める本当の変化を支持することで、促進される」とし、「教会は常に性的虐待の被害者の側にいて、彼らが味わった苦しみを決して忘れず、話を聴き、助け、いたわり続ける 」と言明した。

 司教団が前向きな取り組みを強調しているにもかかわらず、被害者たちは、司教団の姿勢に疑問を呈している。

 聖職者から性的虐待をを受けた犠牲者の一人で、被害者支援の会「Rete L’ABUSO」の会長であるフランシスコ・ザナルディ氏は、Cruxの取材に「私は、イタリアの教会指導者たちが(注:独立委員会の)調査を受ける用意が出来ているとは思わないし、教会から自分たちが調査を受けたいとも思わない」と述べ、「教会は”ランプの傘”の下で、ありきたりの対策を出している。前向きの兆候はまだあるが、残念ながら、彼らがそうすべき時に、対策を出さない」と批判。

 また、最近調査結果を発表したフランスやドイツの独立調査委員会のように、調査の独立性が保証され、真剣な取り組みがされれば「役に立つ可能性がある」が、「単なる”見世物”にするためだけなら、役に立たない」とし、「調査は、過去に何が起こったかを知るだけでなく、今の教会ではできない「虐待が今後繰り返されない」保証を目標とせねばなりません」と注文を付けた。

 さらに「イタリアでは、国も、教会も、(注:性的虐待について)話さない方に賭けている。ここ数年、被害者に本気で手を差し伸べようととしたことが無い」と批判。彼の会はイタリアの司教団と正式な接触をしていないが、2019年の2月に教皇フランシスコが召集して開かれた未成年者保護に関する世界司教協議会会長会議の出席者の高位聖職者の何人かとは、連絡を取り合っている、と述べた。

 聖職者による未成年者たちに対する性的虐待は、教会内部の精神的な問題ではなく、「犯罪であり、すべての国が法律に基づいてそれを処理しなければなりません。そして、教会はこれに協力し、怠慢な司教たちに辞任を求め、被害者に補償を提供する必要がある」とする一方で、独立委員会の調査が公正な形で行われた場合、多くの損害賠償訴訟が行われ、補償が求められた場合、教会には「今は、その準備が出来ていないし、対応する意思もないでしょう」と悲観的な見方をしている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2022年2月1日

・前教皇、性的虐待問題で「(大司教時代の)説明に誤りがあった」と認める(Crux)

(2022.1.24 Crux  Rome Bureau Chief  Inés San Martín)

 ドイツのミュンヘン大司教区における聖職者による性的虐待に関する調査報告書が発表されたのを受けて、前教皇ベネディクト16世が、個人秘書のゲオルグ・ガンスバイン大司教を通してドイツのカトリック系通信社Kath.netに声明を発表。

 自身がミュンヘン教区の大司教であった当時、「未成年者を性的に虐待したと非難されていた他教区の司祭」を自身が管轄するミュンヘン教区に受け入れることについて話し合った会議との関わりについて、「以前、私が聴聞に答えた内容は客観的に見て誤りだった」と述べ、会議に欠席していたとの以前の発言を撤回、会議に参加していたことを認めた。

 ガンスバイン大司教によると、前教皇は、さる20日に渡された1900ページに上る報告書を「被害に遭った人たちの苦しみについて、恥と痛みをもって」読んでおり、前教皇は、報告書の全文に目を通し終えた段階で、改めて声明を出すことを考えている、という。

 また、以前に聴聞を受けた際、この会議に参加していなかったと述べたことについて、大司教は「悪意からなされたものでなく、聴聞に対する声明をまとめる際に、見落としたことによる」ものだが、前教皇は、「非常に申し訳なく思い、許しを求めている」とした。

 ただし、 「前教皇が参加したこの会議では、問題の司祭の司牧活動を認めるか否かについての決定がなされなかった、という以前の声明の記述に変更はない。会議では、この司祭がミュンヘンで治療を受けている間、教区が宿泊施設を提供することのみが議題となり、承認されていた」とも説明した。

 なお、ミュンヘン大司教区からの委託を受けたこの報告書には、2019年まで過去74年以上にわたるミュンヘン大司教区での約500件にのぼる聖職者による未成年者などへの性的虐待の事例が記録されており、その中には、前教皇が教区長を務めていた1977年から1982年にかけて4人の聖職者が性的虐待を犯した事例が含まれている。そのことに関しては、今回の声明に言及はない。

 教皇庁の未成年者保護のための委員会の創立メンバーで、教皇庁立グレゴリアン大学の人類学研究所の責任者であるハンス・ゾルナー教授は、今回の前教皇の声明について、「もっと率直で、個人としての言葉にすべきだった。『私は問題の会議に参加したことを思い出せません。もし会議に出ていたのなら、誤りを犯しました。謝罪します。この問題に、心理学者が別の評価を下すかも知れませんが、当時の私は、この問題にもっと注意を払うべきだった。このことについて申し訳なく思います』と言えたのではないか」と語った。

 また教授は、前教皇が声明で、自分の行為を「法律的、証明的、教会法的な側面に限定した」ことに驚きを隠すことができない、とし、「この問題は人間的な側面と外的知覚に関する問題でもある、という認識が欠けている」とも批判した。

 枢機卿として、バチカンの教理省の長官として、ベネディクトは、聖職者による未成年者たちへの性的虐待に対するバチカンの対応を転換させた、として評価されている。彼は2001年に、世界の司教たちが性的虐待の加害者たちを罰せず、教区から教区へ移動させるだけで済ましていることを知り、こうした行為に対して責任を取らせることを決定していた。そして、2005年、聖ヨハネ・パウロ二世の死を受けて、教皇に選ばれる直前の聖金曜日に、十字架の道を黙想し、説教の中で、教会そのものにある”汚れ”について語ったとき、性的虐待がもたらしている危機に言及して、名を高めていた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2022年1月27日

・独ミュンヘン教区の未成年者虐待と対処に関する報告書ー前教皇ベネディクト16世も対象に

(2022.1.20 Crux   Geir Moulson(Associated Press)

Report on sexual abuse in German diocese faults retired popePope Emeritus Benedict XVI sits in St. Peter’s Basilica as he attends the ceremony marking the start of the Holy Year, at the Vatican, Dec. 8, 2015(Credit: Gregorio Borgia/AP.)

 ドイツのミュンヘン大司教区における聖職者などによる性的虐待の事件の教会の対応に関する調査報告書が20日発表された。

 同教区の委託を受けたWestpfahl Spilker Wastl法律事務所が作成したもので、約1900ページに及ぶ膨大なもの。対象期間は1945年から2019年にわたり、調査対象者には、1977年から1982年まで同大司教区で教区長を務めた前教皇ベネディクト16世(当時はラッツィンガー枢機卿)も含まれている。前教皇の書面による回答も掲載されているが、実名は黒く塗りつぶされている。

 調査期間は1945年から2019年迄で、この間に少なくとも聖職者など少なくとも235人が性的虐待を犯し、少なくとも497人が被害に遭っていることが確認されたが、実際には加害者も被害者もさらに多数に上る、と報告書作成者たちは述べている。

 調査報告書は、前教皇は同教区の大司教を務めていた際、制定虐待の訴えのうち4件の処理を誤った、としている。法律事務所は、前教皇は、いかなる不正行為についても強く否定している、というが、この調査結果が前教皇に対する批判を再燃させることは間違いない。

 大司教区と法律事務所によると、教会の最高幹部は調査報告書の内容を事前には知らされていない、としている。教皇フランシスコの著名な盟友で、教会改革推進の旗頭の一人であるラインハルト・マルクス枢機卿は現在、ミュンヘン大司教区のトップを務めているが、この調査報告書では、彼も、2つの案件で対応を誤った、と判断している。マルクス枢機卿は、報告書発表を受けて声明を出す予定だ。

 前教皇ベネディクト16世に関して、調査報告書の作成者の一人、マルタン・ブシュ氏は「合計4つの案件で、当時の大司教であるラッツィンガー枢機卿が不正行為で告発される可能性がある、という結論に達した」と語っている。
そのうちの2件は、前教皇が大司教を務めていた期間に、性的虐待行為で訴えられた複数の加害者に関するもので、国の司法制度によって罰せられたが、教会においては制限なく司牧活動を続け、教会法に基づく何の措置もとられなかった。

  他の1件は、国外の裁判所で有罪判決を受けた聖職者がミュンヘン大司教区で奉仕活動をし、当時の大司教である前教皇ベネディクト16世は、この聖職者のこのような事情を知っていた、と判断されるとしている。

 2010年にドイツの教会で聖職者による性的虐待問題が最初に表面化した際、これとは別の案件に注目が集まった。1980年にミュンヘン教区に移すこと認られた小児性愛者の司祭の問題だ。この司祭は、ミュンヘン教区で司牧活動を行うことが認められたが、それは大司教の相談することなく、教区の担当者によってなされた。だが、この司祭はその後、 1986年に少年に対して性的行為をしたとして執行猶予付きの判決を受けている。

 調査報告書の別の作成者ウルリッヒ・ワストル氏は、「1980年に司祭のミュンヘンへの移送が議論された会議に出席しなかった」という前教皇の主張は信頼性に欠ける、と述べた。 またマルタン・ブシュ氏は「すべての案件で、ベネディクト16世は自身に不正行為があったことを厳しく否定している」と言い、「前教皇は事実に関する”知識の欠如”と”教会法および刑法の下での関連性の欠如”を強調しているが、”知識の欠如”の主張は、我々が精査した教区の関係資料の内容と一致させるのが難しい場合がある」と付け加えた。

 バチカンのスポークスマン、マッテオ・ブルーニ氏は、聖座が報告書を完全に読み、内容を「注意深く詳細に検討」できるまでコメントを保留する、と述べた。 教皇としてのベネディクト16世の”遺産”は、2010年に聖職者による性的虐待スキャンダルの世界的に噴出した際、バチカンの教理省長官として問題への対処を適正に行う責任があったにもかかわらず、そうしなかったことで、すでに”色付け”されていた。

 彼は、ミュンヘン大司教を務めた後、1982年に教理省長官となり、性的虐待問題について世界的かつ直接的な知識を得た。そして、前教皇は2001年に、世界中の司教たちが加害者を罰せず、性的虐待を再度犯す可能性を残して他教区に移していることに気付いた後、このような問題を処理する責任を負うことを言明していた。

 また、調査報告書によれば、前教皇からミュンヘン大司教の職務を引き継ぎ、2008年まで務めたフリードリッヒ・ウェッター枢機卿は、21件の事件の処理について過失を犯した。ブシュ氏は、「彼もまた、不正行為があったことを否定している」と述べた。

 ウェッター枢機卿からミュンヘン大司教の職務を引き継いだ現職のラインハルト・マルクス枢機卿は、ケルン大司教区で補佐司教を務めていた時期に、性的虐待問題への対応を誤ったとして、引責辞職を教皇フランシスコに申し出たが、教皇は辞表を受理せず、代わりに、性的虐待の再発を防ぐ改革の必要性を強調するとともに、すべての司教が、「性的虐待危機」の責任を負わねばならない、と述べていた。

 ドイツの教会では、2018年に外部委託していた性的虐待に関する調査の結果、少なくとも3677人が聖職者による性的虐待の被害に遭っていることが明らかになり、その後、ケルン大司教区における虐待問題への高位聖職者による対応の誤りを指摘する報告書が明らかになり、司祭、信徒の間で大きな動揺が起きている。とくに、教区のトップ、レイナー・マリア・ウォルキ枢機卿の対処の過ちに、多くの信徒が激怒し、教皇フランシスコが、枢機卿に数か月間の職務停止を言い渡している。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2022年1月21日

・「性的虐待への対処の誤りが、教会の急激な減退を招いている」ポーランドの虐待担当大司教が告白(LaCroix)

(2022.1.4 LaCroix)

 「聖職者による未成年性的虐待に対処できないことが、ポーランドにおける教会衰退の主要な要因になっている」と同国の司教協議会で児童保護の責任者を務めるヴォイチェフ・ポラック大司教(グニェズノ大司教管区長)が語った。

 ポラック大司教は、聖ヨハネパウロ2世の故郷、敬虔なカトリック国のポーランドの教会が、聖職者による性的虐待とそれへの対応の不誠実さが若者の間で教会に対する不信や嫌悪を招き、それが主因となって「壊滅的な」衰退にある、としたうえで、「教会そのものを浄化する努力を重ねることだけが、衰退を食い止めることを可能にする」と述べた。

 同国の調査研究機関、CBOSが発表した1992年以降の最近のデータによると、1990年代初めに、ポーランドの若者たちの約70パーセントが信仰を実践していると答えていたのが、現在ではそれが25パーセント以下に低下している。大司教はこの数字について、「”壊滅的”というしかない数字です」とポーランド通信社(PAP)とのインタビューで語った。

 2020年の同国の世論調査では、ポーランド人の54パーセントが「教会を信頼していない」と答え、「信頼している」はわずか33パーセントだった。また回答者の8割が「教会は、子供たちを保護するのに十分なことをしていない」としていた。別の調査によると、若者のわずか9パーセントだけが教会を前向き受け止めている。

 「若い世代では、教会に対して極めて厳しい”再評価”がされている」とする大司教は、聖職者による未成年者に対する虐待の訴えに適切に対応できない教会の高位聖職者たちが、こうした教会の衰退を引き起こす主な原因を作っている、とし、 「不当な扱いを受けた人々の側に立とうとしない高位聖職者たちの怠慢が、教会共同体としての私たちの信頼を損なっている」と厳しい自己批判をした。

 ポーランドでは、ジャーナリストのトマス・セキエルスキー氏が、2019年に教会における性的虐待に関するドキュメンタリーを制作、公開し、多くのポーランド人の間に教会、聖職者に対する怒りを呼び起こした。その後、国の小児犯罪委員会は昨年7月に、2017年から2020年の間になされた未成年者に対する性的虐待の加害者の30パーセントが聖職者だったことを示す調査結果を発表している。

 これまで高位聖職者たちが隠蔽し、表ざたにならなかった聖職者による性的虐待が、このように表に出されることで、カトリック司祭養成のための新学校への入学者も減少。ポーランドの主要神学校の協議会は、昨年の神学校の入学者数が前年比で20パーセントも減って356人に留まったことを明らかにした。9年前に入学者が828人いたことから比べれば激減と言える。教会が、性的虐待批判に対していくつかの対策をとっていても、この数字なのだ。

 教皇フランシスコは2019年5月、虐待事件への対応を誤ったり、隠ぺいしたりする司教たちに厳しく対処するための自発教令「Vos estis lux mundi(あなた方は世の光)」を発出された。それ以来、バチカンは昨年一年だけで9人の司教たちを懲戒処分にした。最新の処分は、ヴロツワフの前大司教、マリアン・ゴレビエフスキーに対するもので、この 83歳の高位聖職者は、聖職者による未成年者の性的虐待事件に関し、適切な対処を怠った罪で有罪判決を受けた。

 先月12月28日に、クラクフのマレク・イェドラシェフスキ大司教は、聖職者と未成年の若者との接触を厳しく制限する規制を、ポーランドの教区では初めて発出した。

 このように、最近になってポーランドの教会もバチカンも従来よりも厳しい対応に努めているが、ポーラック大司教は、「これまでの聖職者による多くの性的虐待とそれへの対応の問題が多くのカトリック教徒の信仰に、深い危機を引き起こしている。結果として、教会のミサに出る回数が減り、さらに完全な教会離れの動きにつながっている」と改めて、同国の教会関係者、特に高位聖職者に警告。

 そして、現在の危機に対処する唯一の方法は、信頼回復へ教会を再構築する道を示し、実行すること、であり、「私たちは真実を明らかにし、これらすべての犯罪を取り除くる責任を負っています。それは容易なことではありませんが、信頼を取り戻すために必要なことです」とPAPに語った。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

 

2022年1月10日

・教皇に”直訴”されたスペインの聖職者251人関与の性的被害に、司教団が対応を始めたが…(Crux)

ヒラルダの塔とセビリア大聖堂(Credit: Marcelo del Pozo/Reuters via CNS)

(2021.12.22 Crux Rome Bureau Chief Inés San Martín)

 教皇に報告を手渡したのは、スペインの新聞「ElPais」の記者Danuel Verduで、同紙の報道によると、教皇への報告書の提出は「スペインの教会にとって予想していなかったこと」という。報告の内容は、聖職者と教会関係の機関の一般信徒若干名を含む251人の未成年者に対する性的虐待に関するもので、被害者などの訴えをもとにした調査は、2018年10月から調査が行われていた。

 その内容はスペイン司教協議会の会長でバルセロナ大司教のフアン・ホセ・オメラ枢機卿からバルセロナの教会裁判所に送られ、捜査が始まっているが、訴えの内容が31の教区、31の修道会に関わるため、多岐にわたらざるを得ないという。

 ElPais紙以外のスペインの報道機関が取材した匿名の複数の関係者によると、「虐待の被害者たちは、新聞には訴えたが、教会に訴えることをしなかったので、犠牲者と生存者は新聞に行ったが教会には行っていなかったため、(教会裁判所が)訴えに対応するのは事実上不可能」と捜査の進展について否定的だ。

 同国のカトリック系週刊誌Vida Nuevaは、ElPais紙が被害者たちと会った際、彼らと教会の仲介をしようという申し出をしたが、無視された、という、ある関係者の話をもとに、「公正な対応を欠いている」と批判した。このことは、スペインの司教団が、調査に距離を置いた理由の説明になる。司教たちは、聖職者の性的虐待の被害者のによる報告を推奨し、この問題を終わらせようとする動きは歓迎するが、ElPais紙にはもっと厳格さが必要、という考え方だ。

 司教協議会も声明で「報告に含まれている訴えは、より厳格であることが強く望まれる。その理由は、本質的に極めて異なる内容が、捜査に役立つ結論を引き出すのを難しくしている。特に、訴えを受けた人々の名前が欠落し、虐待が起きた時期、あるいは亡くなった人に関すること(などが明確でない)」としている。

 これに対して、司教協議会の声明は、「教皇とオメラ枢機卿に渡されたものと同じ情報が、各教区とバチカン教理省の未成年者の保護と虐待の防止の部署に提供される必要がある。そうすれば、その情報をもとに適切な調査が可能だ」とし、加害者の名前や性的虐待が起きた時期なども明確にする必要がある、としている。

 ElPais紙は、「報告には、被害者とされる人々の個人情報は含まれていないが、バチカンの担当部署が被害を受けた人と連絡を取り、必要なら証言してもらえるようにしている」と説明している。

 司教協議会はまた、「教会あるいは一般社会で、未成年者や脆弱な人々に対して行われた性的虐待の悪行を断つのに役立つ各種機関とメディアのすべての活動は、原則として、良好な協力体制がとられている」とも述べ、「性的虐待を弾劾する重要性」を主張し、「自分たちの希望に最も合うような司法的、教会法的、あるいは社会的な機関に被害を届け出ること」をすべての被害者に勧めることで、声明を締めくくっている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2021年12月23日

・豪州のカトリック司教協議会が、性的虐待対策の年次報告を国に提出

2021.11.18 abusi su minori, abuso, tutela del minore

 豪州カトリック司教協議会(ACBC)とカトリック修道会連盟(CRA)が9日、「教会における性的虐待に対処する国および地方レベルでの取り組みに関する年次進捗報告」を発表した。

 報告は、ACBCとCRAが、同国の王立委員会から、児童への性的虐待に対して制度的な取り組みを勧告されたのを受けて、2018年から毎年出されているもの。

 児童保護の分野でなされた対応の進捗状況について具体的に同国政府に報告するのが目的で、全国の50以上のカトリック関係団体から出された報告をもとにまとめられており、カトリック教会の全国的な児童保護の取り組みを強化するため、これまでのCatholic Professional Standards Limited(CPSL)に代わる全国組織として、Australian Catholic Safeguarding Limited(ACSL)を設立したことなども盛り込まれている。

 報告は序文で、ACBC会長のマーク・コールリッジ大司教とCRA議長のピーター・キャロル師は「私たちはあまりにも多くの子供たちを失望させ、何千人もの人々を虐待した」とし、「恥ずべき過去」を改めに反省した。

 そして、「豪州のカトリック教会は、聖職者、修道者、教会で働く一般信徒による児童への性的虐待という悲劇的な行為で、彼らに及ぼした危害の全責任を負う」ことを確認し、 「心身に深い傷を負わせた聖職者たちなどの過ちと、それに全く、あるいは適切に対応しなかった教会指導者たちの過ちは、被害者とその家族、そして彼らの助けようとする人々を傷つけ、多くの人々に苦痛に満ちた人生をもたらしました。そして、教会の共同体を傷つけ、社会の多くの人々を幻滅させました」と改めて謝罪している。

 そのうえで、コールリッジ大司教とキャロル師は、豪州のすべての司教と修道会責任者を代表して、教会の使命として「(信徒たちの)安全を最優先事項」とし、「性的虐待被害者のより良い未来を築く」ことに全力を尽くし、子供たちへの配慮を強化する、という誓約を繰り返し、教会の使命は、「これまでに起きた虐待を痛悔し、被害者たちの心身に具体的に癒しをもたらすことによって、初めて果たすことができます」と言明した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2021年12月19日