新年あけましてめでとうございます。
昨年は教皇フランシスコをお迎えして、喜びと幸せ、希望と感謝にあふれるはじけるような笑顔に接することができました。新しく始まるこの一年が皆様にとって喜びと幸せ 希望と感謝に満ちた一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。 石野澪子
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「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住むものの上に、光が輝いた」
愛する自分の子どもに、最高の贈り物を与えたい。愛するあの人に、最高のプレゼントがしたい。クリスマスと言えばプレゼントがつきものですし、今日もこのミサが終わってから、またはもうすでにそういうシーズンですから、プレゼント交換をする人も少なくないことだと思います。
もちろんクリスマスとプレゼントは無関係ではありません。それは、クリスマスの出来事そのものが、神から人間への最高のプレゼントとして起こったからに他なりません。神は自ら創造した人間を愛するがあまりに、闇にさまようようにして生きている人間を見捨てることなく、神に至る道を指し示すために、自らを人間としてお与えになった。
最初に天地を創造された状態にこそ、神が定められた秩序が実現しており、それこそが本当の意味での正義と平和に満ちあふれた状態であった。しかし人間は与えられた自由意志を乱用し、その世界からはみ出し神から逃れることによって、闇の中をさまようことになった。そこで神は、闇の中をさまよい続ける民に、自らが道しるべの光となるために、そして神の道に立ち返るよう呼びかけるために、自ら人となって誕生し、人類の歴史に直接介入する道を選ばれました。
この神の行為にこそ、わたしたちの信仰における重要な行動の原理が示されています。
必要があるところに直接自分から出向いていくという、行動の原理です。
神は天の高みから人に命令を下すのではなくて、自ら人間となって、人のもとへと出向いていくことによって、そこに光をもたらそうとされました。教会は、神が示された道を歩みたいと願っています。ですから、神ご自身の行動の原理に倣い、必要とされているところへ自ら出向いていく教会でなければなりません。
「出向いていく教会」とは、あらためていうまでもなく、先日訪日された教皇フランシスコが、幾たびも繰り返されている教会のあるべき姿であります。
教皇はなぜ日本に来られたのか、と問う声がありました。教皇はまさしくこの教会のあるべき姿を自ら実践されたのではないかとわたしは思います。そこに必要があるからこそ、教皇は日本に来られた。
それではいったいどのような必要が日本にはあるのか。それは今回の訪日のテーマであった「すべてのいのちを守るため」という福音のメッセージを、伝えなければならないような現実が日本にあるからこそ、教皇は自ら出向いて、現場に足を運んだのです。宮殿の中から教え命じる教皇ではなく、現場に足を運び、苦しみのうちに助けを、闇の中に光を必要としている人たちとともに歩みながら、大切なメッセージを発信するのは、今の教皇のスタイルです。
今わたしたちが生きている社会の現実は、ともにいのちを守ることよりも、自らのいのちを守るために他者を排除する社会でもあると感じることがあります。異質な存在を排除して安心安定を得ようとする誘惑に満ちあふれています。それは障害のある人たちへの排除であったり、海外から来られた方々への排除であったり、性的指向性による排除であったり、思想の違いによる排除であったり、姿格好の相違による排除であったり、文化や言葉や慣習の違いによる排除であったり、ありとあらゆる排除の傾向が現実社会には存在します。
異質な存在を排除することで安心安定を目指す社会は、残念ながら一部のいのちを守ることはできるでしょうが、「すべてのいのちを守るため」の社会ではありません。
教皇は、東京ドームでのミサで、こう呼びかけられました。
「わたしたちは、すべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています。知恵と勇気をもって、無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢、それらに特徴づけられるあかしです。それは、実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度です。『そこにあるもろさ、さもしさをそっくりそのまま、そして少なからず見られる、矛盾やくだらなさをもすべてそのまま』引き受けるのです。わたしたちは、この教えを推し進める共同体となるよう招かれています」その上で教皇は、「傷のいやしと、和解とゆるしの道を、つねに差し出す準備のある、野戦病院となることです」と述べて、誰も排除されない社会は、神のいつくしみを状況判断の基準とする社会だと指摘されました。
さらに教皇は、このカテドラルで、集まった青年たちを前にして、こう言われています。
「世界には、物質的には豊かでありながらも、孤独に支配されて生きている人のなんと多いことでしょう。わたしは、繁栄した、しかし顔のない社会の中で、老いも若きも、多くの人が味わっている孤独のことを思います。・・・抱えている最大の貧しさは、孤独であり、愛されていないと感じることです」クリスマスにはプレゼントがつきものです。神はすでに最高のプレゼントをわたしたちに与えられました。闇に輝く光を輝かせ、わたしたちに善の道を示し続けてくださっています。
今夜、主の降誕を祝うわたしたちが、自ら与えることのできるプレゼントはいったいなんでしょうか。わたしたち一人ひとりは、いったい何のために、どこへ出かけていくことができるでしょうか。伝えなければならないメッセージの必要があるところは、いったいどこでしょうか。
教皇は、「何のために生きているのではなく、だれのために生きているのか。だれと、人生を共有しているのか」と問いかけました。
わたしたちはこの問いかけにどう答えることができるでしょう。それぞれの生きている場の中で、この問いかけへの答えを探し続けたいと思います。
誰のもとへ、どのようなプレゼントを持ってで向いていくのか。
「すべてのいのちを守るため」は、いま、この日本に生きているわたしたちすべてにとって、最も重要な呼びかけの一つであると思います。わたしたちは、この呼びかけに応えて積極的に出向いていき、いのちが危機に直面している暗闇の中で、互いに支え合い、互いを尊重し合い、理解を深め、いのちを守り抜いている姿を光のように輝かせ、より善なる道を指し示すプレゼントとなりたいと思います。
「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住むものの上に、光が輝いた」
主イエスの輝ける光を、わたしたちも輝かし続けましょう。
(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)(「司教の日記」より)




教皇フランシスコの日本訪問は、実質三日ほどの短い旅でしたが、多くの人に強烈な印象を残し、また特にわたしたち日本の教会に、豊かな宝を与えてくださいました。
教皇様の与えてくださった豊かな宝とは、日本にいる間に教皇様が語られた、様々な言葉です。広島や長崎では、核兵器の廃絶や平和について力強く語りました。そのメッセージは、原子爆弾の悲劇を体験した広島と長崎から語られたからこそ、日本のみならず、世界中の多くの人の心に力強い生きた言葉として届いたことだと思います。
東京においても教皇様は、東北の大震災の被災者と出会い、災害からの本当の復興とは衣食住が整うことだけを意味するのではなくて、共同体の絆が再建されることが必要なのだと力説されました。教皇様は、次のように言われました。
「わたしたちにもっとも影響する悪の一つは、無関心の文化です。家族の一人が苦しめば家族全員がともに苦しむという自覚をもてるよう、力を合わせることが急務です。課題と解決を包括的に受け止め、きずなという知恵が培われないかぎり、互いの交わりはかないません。わたしたちは、互いにつながっているのです」
互いに助け合い、関心を持ち合うことの大切さは、教皇フランシスコが2013年の教皇就任以来、強調されてきたことです。就任直後には地中海に浮かぶランペドィーザ島を訪れてアフリカから逃れてきた難民と出会い、自分の安全安心ばかりを考えてシャボン玉の中にこもり、助けを必要としている人に関心を持たない無関心のグローバル化に警鐘を鳴らされました。
そして、誰ひとりとして排除されない神の愛しみに満ちた世界の実現を、常に呼びかけてこられました。忘れられて良い人は誰もいない。無視されて良い人は誰もいない。すべてのひとが、神から与えられた賜物である命を生きているのだから、おなじように大切にされなければならないし、互いに支え合わなくてはならない。教皇様は、そう繰り返してこられました。今回のテーマ、『すべてのいのちを守るため』は、教皇フランシスコが大切にしていることを明確に表す言葉です。
カテドラルで青年たちと出会ったとき、教皇様は困難に直面する人たちへの思いやりの心の大切さを強調して、こう言われました。
「さて、とくにお願いしたいのは、友情の手を広げて、ひどくつらい目に遭って皆さんの国に避難して来た人々を受け入れることです。数名の難民のかたが、ここでわたしたちと一緒にいます。皆さんがこの人たちを受け入れてくださったことは、あかしになります。なぜなら多くの人にとってはよそ者である人が、皆さんにとっては兄弟姉妹だからです」この短い言葉には、多くのことが詰め込まれています。
今、日本の社会を見れば、様々な国から来られた方が一緒に生活し、その中には、安全と安心を求めて避難してきた方々も少なくありません。文化の違い、言葉の違い、外見の違い。様々な違いによって、社会の中で孤立して、助けを必要としている人も少なくありません。
社会全体としても、若者たちの間にも、また高齢者の間にも、助けの手が差し伸べられることなく、孤立し孤独のうちに生きている人も少なくありません。
わたしたちは教皇様の呼びかけに励まされて、この社会にあって、助けを必要としている人に積極的に手を差し伸べ、互いに支え合って生きていく共同体を育てていきたいと思います。
(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)(「司教の日記」より)

タイ国の首都バンコクの上空に、11月19日夕~23日朝に掛け


「神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」
人知を遙かに超えた全能の神は、私たちのいのちを支配されている。だからわたしたちは、神の限りない愛による計らいに信頼し、それに身をゆだねていのちを全うしていこう。そう心に刻みながら、わたしたちは信仰の道を歩んでまいります。
本日わたしたちは、神の計らいに身をゆだね、生涯を司祭として神の救いの計画の実現のために捧げられた、東京教区の司祭使徒ヨハネ田中康晴神父様に、別れを告げ、その永遠の安息を祈るためにここに集まっています。
わたしは、東京教区へ赴任して2年ですが、そのとき田中神父様はすでに入院しておられましたので、残念ながら一緒に働いた体験がありません。ただ、田中神父様の司祭としての人生は、必ずしも順風満帆ではなかったとうかがっています。
教区ニュースの2012年5月号に、田中神父様の紹介記事が掲載されていました。
そこには、大学生の頃に不思議な出会いから洗礼を受けた体験や、お父さんの強い反対を押し切って神学校へ入学した経緯などが記されていました。そして、司祭叙階後しばらくして病を得て、それから長い年月にわたって、病と闘いながら、ご自分にとって可能な限り、司祭として様々な分野での奉仕職に当たられてきたことが述べられています。
締めくくりには、次のような田中神父様の言葉が記されていました。
「神さまのはからいのままに、神さまの意に従って働くことが大事。病気を経験したことで、自分はもとより他者に注がれる神さまの愛、恵みをたくさんいただいていることに気づかせてもらう。たくさんの人を通していただくお恵み、その元をただせば、それは神さまです。出てくる言葉は「神に感謝!」「神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」。
この答唱句を持つ典礼聖歌は、詩篇90編で、「あなたの目には千年も過ぎ去った一日のよう、夜回りのひとときに過ぎない。人の命は草のよう、あしたには花を開くが夕べにはしおれて枯れる」と歌います。
健康に生きることも、病と共に生きることも、人間の意図するところではなく、神の計らいの中にあることなのだ。そしてそれに生きることによって、新たな気づきがある。すべては与えられているのだから、与えてくださる神に感謝。そのように、田中神父様は述べておられました。
わたしたちが生きている現実には、ありとあらゆる困難が存在しており、様々な意味でわたしたちの人生に苦しみを生み出しています。そういった現実に直面するとき、わたしたちはどうしても、苦しみは何のために存在するのか、なぜわたしに苦しみが与えられるのか、という問いかけを発してしまいます。
教皇ヨハネパウロ2世は、1984年の贖い聖年にあたり、苦しみの意味を考察する書簡を発表されています。
教皇は、「神は御ひとり子を、人間が悪から解放されるために世に与えられた」と指摘し、その中に、「苦しみについての決定的、絶対的な見地が」示されていると述べています。十字架の苦しみは、永遠のいのちへの門を開く、希望を生み出す苦しみです。十字架の苦しみは、あふれ出る神の愛を多くの人に与えるための、愛の源としての苦しみです。
田中神父様は、人生の様々な苦しみに直面しながらも、それを神の計らいのなせる業だと受け入れ、病気による人生の苦しみは、「自分はもとより他者に注がれる神さまの愛、恵みをたくさんいただいていることに気づかせて」くれたのだと言われ、その苦しみから神の愛が生み出されたのだとして、インタビューを「神に感謝」と締めくくられました。
そういった生きる姿勢は、司祭として忠実に召命に生きた姿でもありました。司祭が忠実にその使命に生きる姿は、勇気を持って神からの呼びかけに応える姿として、すべてのキリスト者の模範であります。
司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」とカテキズムには記されています。
すなわち司祭には、三つの重要な役割があるとそこには記されています。一つ目は「福音を宣教すること」。二つ目が「信者を司牧すること」。そして三つ目が、「神の祭礼を執行する」ことです。
小教区を担当する司祭として、また様々な役職につく司祭として、その人生を全うすることも、司祭としての召命を生きる姿であります。しかし、病を得て、その病と闘いながら、苦しみのうちから神の愛を見いだしている姿も、司祭としての召命を生きる姿であります。
実際に体を充分に動かすことができなくなっても、司祭は祈ることができます。
苦しみとの戦いの中で神の計らいに身をゆだねている姿の模範で、司祭は福音を告げしらせることができます。
病床にあっても、出会う人々との絆の中で、司祭は信徒を司牧することができます。「苦しみは、また、人間の人格の中で、愛を誘発するために存在している」と述べられたのは、教皇ヨハネパウロ2世でありました。
人生の苦しみのなかから、神は愛を生み出そうとしているに違いない。そう信じて、神の計画に身をゆだねて司祭職を生きた田中神父様は、それぞれの召命を生きているキリスト者にとって、一つの模範を示す存在です。天に召された兄弟である司祭の人生から、わたしたちが生きる道を学び、その働きを引き継いで、すべての人に神の愛の福音をのべ伝え、祈りを捧げ、互いに共同体にあって支えていくことができるよう、神様の計らいに身をゆだねたいと思います。
そしてわたしたちも、様々な困難に出会う中で、神に感謝とすべてを締めくくることができるように、人生の道程を歩んでいきたいと思います。
(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

区久が原の同会修道院で、後者は聖ヨハネ会が運営に関わる桜町病院のある小金井教会聖堂で、それぞれの修道会でお一人ずつの方が初誓願を宣立され、さらに先輩の修道女の方々が、それぞれの会で修道誓願の銀祝、金祝、ダイアモンド祝を祝われました。
「奉献生活は、教会の
使命の決定的な要素として教会のまさに中心に位置づけられます。奉献生活がこれまで教会にとって助けとなり支えとなってきただけでなく、神の民の現在と将来にとって貴重な欠かすことの出来ないたまものであるということです」。
「他の人々がいのちと希望を持つことが出来るために、自分のいのちを費やすことが出来る人々も必要です(104)」。



タイ国は近隣諸国に陸路で繋がり、首都バンコクは世界の中継分岐