・コロナ禍での軍縮推進と宗教の役割を議論‐23日にバチカンなど主催のウエブ・シンポジウム

(2021.3.21 カトリック・あい)

 バチカン人間開発省がこのほど発表したところによると、同省はバチカン・新型コロナウイルス対策委員会、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院と共催して、「コロナ禍でも欠かすことのできない軍縮への努力」と題するウエブ・シンポジウムを23日午後3時(日本時間同日午後11時)から開催することになった。同時刻から人間開発省のYouTubeチャンネル「VaticanIHD」(www.youtube.com/VaticanIHD)を通じて動画配信する。

 シンポジウムの狙いは、教皇フランシスコが先に発出した回勅「 Fratelli Tutti(兄弟の皆さん)」の呼び掛けに応え、カトリック始め諸宗教の代表者と国際政治・軍縮の専門家が一堂に会し、現在世界各地で続いている紛争の背景にある武器の生産と拡散、軍備拡張を抑える方策について考察し、国連事務総長や教皇フランシスコはじめ国際社会の和平努力を支援することにある。

 シンポジウムは3部からなり、すべて英語で行われる。第一部は、バチカンのピエトロ・パロリン国務長官、ピーター・タークソン人間開発省長官、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院のダン⊡プレッシュ・国際・外交研究センター所長による基調講演。第二部は軍縮を追求するための国際法と具体的な方策について、この分野の専門家たちが意見を述べ合う。そして第三部では、軍縮の推進に諸宗教と宗教間対話が果たす役割について、バチカンのキリスト教一致推進評議会のクルト・コッホ議長・枢機卿、諸宗教対話評議会のミゲル・アユソ・ギグソット議長・枢機卿はじめ、キリスト教各派や諸宗教の代表が、議論する予定だ。

 またこのシンポジウムは、カトリックの国際団体「Pax Christi International」「Catholic Peacebuilding Network」や、米国のアメリカ・カトリック大学政策研究所、ジョージタウン大学宗教・平和・世界問題バークレー研究所なども後援者となっている。

 

 

2021年3月21日

♰「価値ある家庭の絆を守ることを誓おう」‐教皇が「愛の喜び・家庭年」開始を宣言

Pope Francis meets with a family during the World Meeting of Families in Dublin, Ireland 2018Pope Francis meets with a family during the World Meeting of Families in Dublin, Ireland 2018  (Vatican Media)

(2021.3.19  Vatican News staff writer )

  教皇フランシスコが19日、「愛の喜び・家庭年」の開始にあたって行われたバチカン主催のオンライン・イベントにメッセージを送られ、この特別年の開始を告げられた。

 「Our Daily Love(私たちの日々の愛)」をテーマとするこのイベントは、バチカンの信徒・家庭・命の部署、ローマ司教区、ヨハネ・パウロ二世神学研究所の共同主催によるもの。

 教皇はメッセージで、「夫婦と家族の愛の素晴らしさとと喜びについての世界代表司教会議を受けて5年前に出された使徒的勧告「Amoris laetitia」の出版について思い起こされ、来年6月26日に第10回世界家庭大会が開かれるまでの一年を、「勧告に改めて目を通し、そのテーマを深く味わう期間とするように」と、世界の全ての信徒に呼びかけられた。

*2022年6月に第10回世界家庭大会

 信徒・家庭・命の部署によると、「家族の国際年」は国連が1994年に宣言して始まったが、当時の教皇ヨハネパウロ2世の意向で、この年の10月にカトリック教会としての第1回世界家族会議(WMF)が開かれ、以来、3年ごとに、世界中のさまざまな場所で、世界家族会議が国際司牧・神学会議とともに開かれてきた。来年はその10回目に当たる。

*家族の新しい形

 さらに教皇はメッセージで、「この使徒的勧告の主たる目的は、今日、教会にとって、家庭についての新しい形が求められている、と伝えること」とされ、「教義の大切さを繰り返すだけでは十分ではありません… それよりも、私たちは家庭の素晴らしさの”管理人”となり、その脆弱さと傷を、思いやりを持って、ケアすることが重要です」と強調。

 また、すべての家庭司牧の核心には「福音を宣べ伝える率直さと、共に歩む優しさ」という2つの側面がある、と指摘され、「私たちは、男女、夫婦、家庭に、一致と愛、三位一体の愛のしるしと姿、そしてキリストと教会の間の契約の、真の意味を理解する助けとなる言葉を宣べ伝えるのです 」と司牧者たちに求められる一方で、その言葉は「上からまたは外から与えることはできず、決してそのようにして与えてはなりません」と注意された。

 そして、教会は、主がそうであったように、歴史の中で具現化されてきた。だから、教会が家族についての福音を宣べ伝えるときには、実際の家庭生活の中に入り、配偶者の、両親の日々の争い、彼らが抱える問題、苦しみ、彼らの人生の旅の重荷となり、時として妨げとなる大小すべての事柄を知ることによって、そうする必要がある、とも語られた。

 

*「私たちの日々の愛」

 さらに教皇は、「Our Daily Love(私たちの日々の愛)」というオンライン・イベントのタイトルに言及し、「このタイトルを選んだのは重要なことです。なぜなら、それは、『夫婦生活の率直さと日々の働きによって、そして、夫婦、母親、父親、そして子供たちによる日々の、時には骨の折れる献身によって、生み出される愛』という意味が込められているからです」と説かれ、「福音が日々の暮らしの『肉』に入らず、『上からの教義』として示されるなら、素晴らしい理論だけが残り、道徳的な義務としてしか受け止められないリスクさえあります」と注意された。

 そして、司牧者たちが家庭司牧において心掛けるべきこととして、このように諭された。「私たちは家庭の人生の旅を共に歩み、耳を傾け、祝福するよう求められています… 方向を示すだけでなく、彼らと共に旅をすること。思慮分別と愛をもって”家”に入り、夫婦にこのように話しかけます。『教会はあなたと一緒にいます』『主はあなたの近くにおられます』『私たちは、あなた方が受け取った贈り物を守る手助けをしたいと思っています』と」。

 メッセージの最後に教皇は、「家庭の素晴らしさを損なうすべてのものから、家庭を守りましょう」と呼びかけられ、全ての人に対して、「驚き、思慮分別、そしてやさしさをもって愛の神秘に近づくように。そして、この価値のある、壊れやすい絆を守ることを心に誓いましょう。子供たち、両親、祖父母との絆… 私たちは生きるためにそしてよく生きるために、そして人類がもっと友愛で結ばれるように、これらの絆を必要としているのです」と訴えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

*特別年にさまざまな企画、6月には世界の司教団など参加してのフォーラムも

(2021.3.19 バチカン放送)

 聖ヨセフの祝日の19日、現在行われている「聖ヨセフの特別年」と並行する形で、教皇フランシスコの使徒的勧告「Amoris Laetitia(家庭における)愛の喜びよろこび」発表5周年を記念する(愛の喜び・家庭年)」が始まった。来年6月26日にローマで開催予定の第10回世界家庭大会まで行われる。

 教皇のこの使徒的勧告は、家庭をテーマにした2回のシノドス(世界代表司教会議=2014年の第3回臨時総会「福音宣教との関連から見た家庭の司牧的問題」と2015年の第14回通常総会「教会と現代世界における家庭の召命と使命」)での議論を受けた指針として、2016年3月19日に発表された。今年で5周年を迎えるにあたり、教皇は昨年末、同使徒的勧告についての考察を深める特別年の開催を布告された。

 主催者を代表する形で、バチカンの信徒・家庭・いのち省の長官、ケビン・ジョセフ・ファレル枢機卿が18日、この特別年の目的、概要を説明、特別年が、家庭を司牧活動と社会の中でより主役的にするための助けとなることを希望した。

 また、同枢機卿は、「新型コロナの世界的な大感染という困難の時こそ、キリスト教的家庭の姿を真の『善き知らせ』として示す必要があります」と強調。「家庭は私たちの最も正真で最も根源的な人間関係を守る存在であり続けます… シノドスの長い歩みの実りである、教皇の使徒的勧告「『Amoris Laetitia』を、教会の中だけでなく、家庭の中でも手に取り、その豊かな内容に改めて触れるように」と信徒たちに勧め、さらに、この特別年を「困難を抱えた家庭に寄り添い、危機にある夫婦や家族を導き、孤独な人や、貧しい家族、分裂した家族を支える機会とするように」と呼びかけた。

 この特別年の企画として、教皇庁信徒・家庭・いのち省は、同省のホームページに使徒的勧告「愛の喜び」をテーマにした一連のビデオを定期的に掲載し、教皇や幾人かの証言者が参加する予定だ。さらに、関連の出版やビデオ会議も計画されており、6月9日から13日にかけては、世界中の司教協議会および協議会の家庭司牧担当らが参加し、「Amoris Laetitia」が司牧にどう生かされているか、生かしていくべきかを話し合うフォーラムが開かれる予定だ。

(編集「カトリック・あい」)

 

*「カトリック・あい」より特別年の日本語名称について

 特別年の名称について・公式英語版の名称は「 Amoris Laetitia Family Year 2021-2022」とされ、バチカンの共通ロゴもそうなっています。Familyは『家庭』とも『家族』とも日本語に訳されますが、この特別年に学びなおそうとする使徒的勧告「Amoris Laetitia」の内容は、Familyがキーワードで、日本のカトリック中央協議会のイタリア語原文からの翻訳でも、これより先行した「カトリック・あい」の公式英語版からの試訳でも、『家庭』とする方が、文脈から判断して適当とし、『家庭』としています。したがって、その延長としての特別年の名称の和訳も『家庭』で統一することにしました。なお、18日付けのバチカン放送日本語版は「愛の喜び家族年」と訳しています。中央協議会は3月19日現在、この特別年の始まりを告知していませんが、今後、告知することがあれば、名称をそろえることも検討します)

 

2021年3月20日

・19日からの「愛の喜び・家庭年」にあたって、ファレル枢機卿が会見

 

Year Amoris Laetitia Family - 2021-2022Year Amoris Laetitia Family – 2021-2022 

 

 (2021.3.19 カトリック・あい)19日からの「愛の喜び・家庭年」を前に、バチカン「信徒・家族・命の部署」長官のケビン・ファレル枢機卿が主催者を代表して18日、記者会見し、この特別年の狙いと意味について語った。(概要は、バチカン広報局が日本時間18日深夜発表した会見の全文を基に、「カトリック・あい」が翻訳、まとめました)

 長官はまず、新型コロナウイルスの世界的な大感染が人々を苦しめている現状を取り上げ、「このような事態が私たちを”麻痺”させるようなことがあってはなりません。むしろ、このような時であるからこそ、キリスト教徒は『希望の証人』となる必要があります」と述べた。

 そして、このような状況であるからこそ、その現実の中で使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」を学びなおし、勧告発出から5周年となるこの年を捧げることが重要であり、それは「神の家族への計画を世界に示すことは、喜びと希望の源、良き知らせ、だからです」と強調した。

 長官は、教皇は昨年12月8日から今年12月8日までを、聖ヨゼフを「カトリック教会の保護者」と定めて150周年を記念する「聖ヨセフ」年としているが、19日の聖ヨセフの祝日とともに始まる「愛の喜び・家庭年」はともに重要な意味を持つ、と指摘。

 教皇が、今年を、聖母マリアの夫であり、イエスの父である聖ヨセフに捧げられたのは、「彼は、聖家族を世話するために選ばれるほど、神から愛された。彼のように、この世のすべての夫婦は、神に選ばれ、愛されている、と感じてもらいたい」と教皇が願われたから、と説明。

 「コロナの大感染は、何百万もの人々に非常に苦痛な結果をもたらしました。しかし、そのなかで、『家族』が、聖ヨセフがそうであったように、『生命の守護者』としての顔を見せている。家族は、私たちの最も本質的な関係、愛の中で生まれ、私たちが人として成熟することを可能にする関係であり続けねばならないのです」と強調した。

 その中で、発出5周年を迎える使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」は、それまでの世界代表司教会議などの成果を、改めて学び、実践する貴重な機会であり、教会としても、そして家族も、勧告の内容の豊かさを受け止め、成熟への”旅”に勇気をもらい、全ての人に実践を通して手を差し伸べ、福音を広めていくきっかけになる、と指摘。コロナ禍の中で、苦しみ、孤独に陥る世界の家族と共に歩み、声を聴き、勇気と愛を育むように助ける機会としたい、と希望を述べた。

 

2021年3月19日

・バチカン教理省、同性婚の祝福に否定的回答‐教皇も承認

 

(2021.3.15 バチカン放送)

 教皇庁教理省は15日までに、同性間の一致に対する祝福をめぐる質問書に対し、「教会は同性間の一致に祝福を与える権限を持たず、正当と認められない」と文書で回答した。

 具体的には、同性のカップルが自分たちのパートナーシップ関係に対する一種の宗教的な公認を求めて祝福を願う場合、司祭はそのカップルに祝福を与えることはできないーというもの。

 教皇フランシスコは事前に、この件について報告を受けられ、教理省のルイス・ラダリア長官、次官ジャコモ・モランディ次官が署名した回答書と注釈の公表を承認された。

 回答公表に当たっては、確認といくつかの手順が踏まれた。同文書は「同性愛者の受け入れと、寄り添いに対する誠実な意志」の枠組みに位置づけられるもので、使徒的勧告「愛の喜び」にも記された方針に従い、同性愛者に対し、信仰における成長の歩みを提案するもの、としている。この使徒的勧告では、同性愛者が「その人生において、神のみ旨を理解し、完全に実現するための」「必要な助け」について言及している。

 そしてこのテーマについて吟味されるべき司牧計画と提案の中に、同性間のユニオンに対する祝福の問題があった。

 教理省の回答書で、基本にあるのは、一個人と、パートナーシップ関係との間の区別。同性間の一致を祝福することへの否定的な回答は、実際、この件に関わる一個人に対する見解ではない。教会の教えに関する諸文書がすでに明示しているように、むしろこれらの人々は「尊重、思いやり、配慮」をもって迎え入れられるべきであり、あらゆる不当な差別のしるしを退けなければならない。

 回答書で、否定的な回答の基礎となる理由の一つは、祝福の真理と価値は「秘跡的な」ものであり、教会の典礼行為である。そして、祝福の対象となる人が「創造においてしるされた神の計画に沿って、恵みを受け、それを表現するように客観的に定められていなければならない」ことだ。

 次に、婚姻外での、すなわち、命の継承に向けて開かれた、男性と女性による不解消の婚姻外での、性的実践を伴う関係は、たとえそれが安定したものであっても、またその関係にポジティブな要素が存在するとしても、それは「神の御計画」に呼応しない。留意すべきことは、これは同性愛者のカップルだけでなく、婚姻外において性的関係を伴うすべての一致についていえるということだ。

 三つ目の理由は、同性間の一致への祝福と結婚の秘跡が、誤って同一視される恐れがあるためだ。

 回答書は最後に、神によって啓示された計画に忠実に生きる意志を表明する、同性愛指向を持つ個人への祝福は可能であることを明確にする一方、同性間の一致の承認を目的とする「あらゆる形の祝福」は認められない、と言明している。

(編集「カトリック・あい」)

2021年3月17日

・19日にバチカン主催で「愛の喜び家族年」開始のオンライン・イベント

Dated 19 March 2016, "Amoris laetitia" was released on 8 April 2016. Dated 19 March 2016, “Amoris laetitia” was released on 8 April 2016.  

 使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」の発出5周年を記念して、教皇フランシスコは今月19日の聖ヨセフの祝日からの一年を「“Amoris Laetitia Family Year(愛の喜び家族年)」とすることを昨年暮れに発表されているが、教皇が19日、この年の開始を告げられるのに合わせて、記念のオンライン・イベントが19日、ローマで開催される。

 「Our Daily Love(私たちの日々の愛)」と題するこのイベントは、バチカンの信徒・家庭・命の部署、ローマ司教区、教皇庁ヨハネ・パウロ二世神学研究所の共同主催によるもの。10日に発表された三者の共同声明では、このオンライン・イベントについて「(”家族年”開始の)お祝いではなく、”道”の始まり。なぜなら、この使徒的勧告には未知の発見が残されているからです」と説明。

 さらに、「教皇は、カトリック教会全体が、この使徒的勧告に込められたメッセージをもとにさらなる行動を起こすことを希望しておられます」と述べ、イベントでは、その目的に沿い、この年の締めくくりとなる来年6月26日の第10回世界家族会議を念頭に置いて、司牧、神学を合わせた内容を提供する、としている。

 イベントは、ヨハネ・パウロ二世神学研究所のYouTubeチャンネルの他、各種メディアを通じで動画配信される。内容そのものは二部に分かれ、第一部は、信徒・家庭・命の部署長官のケビン・ファレル枢機卿をはじめとする主催者代表、使徒的勧告のもととなった家族をテーマとした全世界代表司教会議に参加した一般信徒の夫婦などの講演、教皇からのメッセージ。第二部は、神学など学術的な内容となる予定だ。

 教皇が昨年12月27日に発表された”家族年”は、教会の指導者、司祭、さらに信徒全員が使徒的勧告「Amoris Laetitia 」を深く学び直し、教会が、新型コロナウイルスの世界的大感染という厳しい試練を受けている世界中の家族に、もっと近い存在となるきっかけを作ることを狙いとしている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2021年3月12日

・駐日バチカン大使にレオ・ボッカルディ大司教ー停滞中の司教人事進展に期待

(2021.3.11 カトリック・あい)

 教皇フランシスコは11日、昨秋以来空席となっていた駐日バチカン大使に、現在イラン大使を務めているレオ・ボッカルディ大司教を任命された。バチカン広報局が同日、発表した。

 バチカン大使の重要な役割の一つが、赴任国の司教人事にあたって、候補者を、任命権者である教皇に推挙することだ。日本では、すでに3年余にわたって任命がされていない東京大司教区の補佐司教を始め、仙台教区、大分教区の各司教も空席のままの状態が続いている。人事停滞の一因が、肝心のバチカン大使の長期不在にあったとすれば、今回のボッカルディ大司教の駐日大使就任を機に、司教人事が進展することが期待される。

 ボッカルディ大司教は1953年4月15日生まれの67歳。イタリア南部、モリーゼ州のサンマルティーノ・インペンシルスに生まれ、1979年6月に司祭に叙階され、1987年からバチカンの外交官としての道を歩み始め、数か国の大使館に勤務後、国務省に。

 その後、国連の国際原子力機関(IAEA)や欧州安保協力機構(OSCE)、包括的核実験禁止条約準備委員会(CTBTO)のバチカン代表を務め、2007年1月にスーダン大使(エルトリア大使兼務)、2013年7月からイラン大使に就任、「紛争解決に必要なのは交渉と正義、戦争と武器は世界の問題を解決しない。交渉(による和平実現)を信じなければならない」がバチカン外交官としての信条だという。

 

2021年3月11日

♰「慈善、慈愛、友愛が私たちの進むべき道」教皇、イラクから帰国の途上で機内会見・全文と概要

Pope Francis talks to journalists on flight from IraqPope Francis talks to journalists on flight from Iraq  (AFP or licensors)

(2021.3.8 VATICAN NEWS)

 「慈善、慈愛、そして友愛が、進むべき道だ」。それが、教皇フランシスコ8日、がローマへの帰路の機上での随行記者団との会見で強調された言葉だった。教皇は、機上会見で、教皇史上初となったイラン訪問を振り返られ、”神の賢者”シスタニ師との会談の印象、破壊されたモスルの教会の前に立った時の気持ち、息子を殺した者たちを赦したキリスト教徒の母親の言葉への感動、そしてレバノン訪問の約束… などを語った。

 教皇は、記者会見の冒頭で、8日が「国際女性デー」にあたっていることを取り上げ、「女性の皆さん、おめでとう!私は今回の訪問で、イラク大統領夫人とお会いした際、『(女性の日があるのに)なぜ、男性の日がないのか』が話題になりました。それで私は、こう申し上げたのです-『それは、私たち男性はいつも、祝っているからです』。大統領夫人は私に女性について語り、人生、歴史、そしてとても多くのことを前に進める女性の持つ力の素晴らしさについて語られました」と語り、されに、「昨日7日は、COPE(出版規範委員会:英国に本部を置き、学術論文の出版規範を議論・制定し、世界の学術雑誌の編集者や出版社に助力する非営利組織)が生まれた日でした。おめでとう。これもお祝いしなければなりません」と述べられた。以下は、記者団との問答。

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問:教皇は2年前にアブダビを訪問された際、アルアズハルのイマーム・アルタイエブとお会いになり、友愛に関する宣言に署名されました。そして今回のイラク訪問で、アル・シスタニ師と会われました。宣言を出される考えはなかったのですか。もうひとつは、レバノン訪問の可能性についてです。聖ヨハネパウロ2世は、訪問の意向を示されていましたが、残念ながら実現していません。レバノン訪問は近々に実現するのでしょうか。

教皇:アブダビでの宣言は、事前に6か月にわたって、グランドイマームと秘密裏に話し合い、祈り、双方の意向を反映し、修正するという作業の結果、実現しました。おこがましい言い方ですが、これは、”第一歩”であり、第二歩、さらに第三歩とする必要があります。友愛の道は重要ですが、アブダビ宣言で私は「友愛」にしっくりしていないものを感じ、その経験もいれて、新回勅「Fratelli tutti(兄弟の皆さん)」を出したのです。

 この二つの文書は、友愛の道という同じ方向を進むものであり、そのように学ばれる必要があります。アヤトラ・アル・シスタニは、私がしっかり覚えたい言葉をお持ちです。それは「人は宗教によって兄弟、あるいは創造によって平等である」という言葉。友愛においては平等ですが、平等のもとでは私たちは進めません。それはまた、文化的な旅でもあると思います。

 私たちキリスト教徒について考えましょう-例として、三十年戦争(1618年から1648年まで中央ヨーロッパで主に戦われた宗教戦争。ドイツの人口の20%を含む800万人以上の死者を出し、人類史上最も破壊的な紛争の一つとなった。最初は神聖ローマ帝国内のプロテスタントカトリックの戦争だったが、ヨーロッパ全体の戦争へと発展した)、そしてサン・バルテルミの虐殺(1572年8月24日、フランスカトリックプロテスタントを大量虐殺した事件)が挙げられます。

 私たちのメンタリティーは変わる。それは、信仰が、イエスの啓示は愛と慈しみであり、そこに導くことを、私たちに分からせるからですが、そうなるのに、どれほどの年月がかかったことでしょう。重要なのは友愛、人として私たちは皆、兄弟であり、私たちは諸宗教と共に進まねばならない、ということなのです。第二バチカン公会議は、この点で大きな前進をもたらしました。そして、その成果をもとに、キリスト教一致推進評議会と諸宗教対話評議会がバチカンに作られました。今回のイラク訪問には、諸宗教対話評議会の議長、アユソ枢機卿が同行しています。

 あなたがたは人間であり、あなたがたは神の子供であり、そして、あなたは私の兄弟!ーこれは最も素晴らしい意思の表明であり、それに従うために何度もリスクを冒さねばなりません。いつくかの批判があるのはご存じでしょうー「教皇は勇気がなく、カトリック教義に反対する無謀な人物だ、一歩間違えば異端者になる、いくつも危険がある」と。ですが、決断はいつも、祈り、対話し、助言を求め、よく考えたうえで、しています。気まぐれではなく、評議会が教えてくれる線に沿ったものです。

 二つ目のご質問にお答えしましょう。レバノンは”メッセージ”です。レバノンは苦しんでいます。禍福の均衡を超えています。多様性の持つ弱さがあり、和解されないことがいくつかあるが、偉大な和解の民のレバノン杉のような強さを持っています。ライ総主教(マロン派カトリック)から、今回のイラク訪問の途中でベイルートに立ち寄ってくれるように頼まれましたが、少々の問題があるように思われました。レバノンのように苦しんでいる国の問題です。それで、私は彼に手紙を送り、訪問を約束しました。しかし、現時点では、レバノンは危機にあるー感情を損ねたくありませんが、命の危機にあります。レバノンは、難民たちを迎えることにとても寛大です。

問:アル・シスタニ師との会談は、どの程度まで、イランの宗教指導者たちに対するメッセージでもあったのでしょうか?

教皇:私が確信しているのは、信仰と贖罪の巡礼をし、偉大な人、賢者、神の人に会いに行くことを義務と感じることが、普遍的メッセージだったということですー彼に聴くことによってのみ、これを受け取る。メッセージに関して言えば、それは、全ての人のためのメッセージであり、その人は知恵と忍耐を持った人物です。

 シスタニ師は私にこう言いましたー「この10年の間、私は、政治的、文化的な意図をもって来る人を受け入れて来ませんでした。(受け入れたのは)宗教人だけです」。そして、とても丁寧に対応してくれました。(普段は客人と)挨拶する時に、絶対に立ち上がらないのですが、私には2度、立ち上がって挨拶してくれました。謙虚で賢い方です。この出会いは、私にとてもいい印象を残しました。

 彼は灯台であり、こうした賢者はいたるところにいる。それは、神の知恵が世界中に散らばっているからです。聖人が祭壇にいるだけではないのと同じです。毎日のように出会うのは、私が”隣にいる聖人”と呼ぶ人々ーそれが何であれ、一貫して信仰を生きる男女ーです。一貫性して、人間の価値を、友愛を、生きる人です。私たちはこのような人たちを見出し、目立たせるべきだと思います。そのための実例が沢山あります… 教会においてさえも、スキャンダル、とても多くの問題が起きた時に、このことは助けになりませんが、友愛の道を探し求める人たちに”隣にいる聖人”を知らせましょう。そして、私たちは、自分の家族、祖父、祖母の中から、そのような人をきっと見つけます。

 

問:あなたの旅は、世界中に大きな反響を呼びました。それは教皇の「旅」と言えるとお考えですか。今回の旅はまた、とても危険だと言われました。いらう訪問中に危険を感じたことはありませんでしたか?教皇になられて8年になろうとしていますが、(在位の)残りはあと少し、と今でもお考えですか?最後に、大きな質問です。アルゼンチンにお戻りになるのでしょうか?

教皇:最後の質問からお答えしましょう。私の考えはこうです。それはアルゼンチンのジャーナリストで医師の私の友人、ネルソン・カストロの本に関連していますーその本は、大統領の病いについて書いているのですが、ある時、私は彼に言いました。「ローマに来たら、教皇たちの病について書かなければならない。彼らの病を知るのは、少なくとも、最近のいくつかの事例について知るのは興味があることだろうから」。それで、彼は私にインタビューし、本にしました。読んだ人たちは、いい本だ、と言っていますが、私は読んだことがない。

 彼は私にこう質問しましたー「あなたは教皇を辞めたら、アルゼンチンに戻りますか。それとも、バチカンに残りますか」。私は答えましたー「私はアルゼンチンには戻りませんが、私の教区に滞在します。しかし、この仮説では、回答は質問と結びついています。いつ、アルゼンチンにいくのか、あるいは、なぜアルゼンチンに行かないのか… 私はいつも、少しばかり皮肉な答え方をしますー「私はアルゼンチンに76年もいました。それで十分でしょう?」。

 言っていないことが一つありますー2017年の11月にアルゼンチン訪問が計画されたことです。もともとは、チリ、アルゼンチン、そしてウルグアイを、2017年11月の末に訪問することで準備が始められたのですが、その時期はチリは選挙戦の真っ最中で、12月に当時のミシェル・バチェレ大統領の後任が選ばれ、翌3月に交替となるので、2018年の1月にチリ、次にアルゼンチンとウルグアイに行こうと考えたのですが、アルゼンチンとウルグアイに同じような問題があるので、無理。それでは、どうしてこの二つの国とチリと繋げなければならないのか。それは、チリ訪問とエクアドル、ボリビア、パラグアイ訪問を切り離していたからでした。そのようなわけで、チリとペルーを2018年の1月に訪問する計画になったのです。でも、申し上げたいのは、それには「故郷恐怖症」があったわけではない、ということ。アルゼンチン、ウルグアイ、そしてブラジル南部を訪問するのは機会があればできることです。

 それで、今回のイラク訪問についてです。訪問の計画が決定された時、助言者たちの意見を聴きましたー「そこを訪問すべきでしょうか」と。人の話を聴くのは私にとっていいことです。判断の助けになりますから。助言を聴いた後で祈り、よくよく考えました。そうして、判断が、内から、お腹の底から、熟した果物のように、もたらされました。長く時間のかかった判断でした。これよりもっと難しい場合も、やさしい場合もあります。今回のイラク訪問の判断は、この国を代表する小児科医の大使からもたらされました。彼女は素晴らしい人です。自分の国を訪問するように、しつこく勧めました。それからイタリア駐在の大使がやって来て…彼女は悪戦苦闘する女性です。それから、新任のバチカン駐在大使が来ました。それより前に大統領が来られました。

 これらすべてが、私の頭にありましたが、申し上げておきたいのは、私の判断の背景には、もう一つのことがあったのです。それは、あなた方ジャーナリストの中の一人が私にくださったナデイァ・ムーラド著「The Last Girl」のスペイン語版でした。私はそれをイタリア語で読みました。ヤズィーディー (  イラク 北部などに住む クルド人 の一部において信じられている 民族宗教)の物語です。そこで、ナディアは恐ろしいことを語っています。皆さんにもお読みになるようお勧めします。箇所によっては、重く感じるように思われるかも知れませんが、私にとっては、判断の根拠となるものでした。この本は、私の心の中に働きました。恐ろしい話を私にするために来たナディアに話を聴いた時でさえも… そして、これら全てが、私を決断に至らせたのです。何回も、よく考え、最終的に、判断に至りました。

 そうして、私の教皇在位8年目についてです。私は8年目を務めるべきでしょうか?さらなる外国訪問が実現するかどうか、分かりません。白状しますが、この訪問はこれまでよりもずっと、疲れを覚えます。84歳の私は、一人では出かけられません。年齢からいって避けられないことです… 様子を見ましょう。私は今年9月に開かれる第52回国際聖体大会で閉幕ミサを捧げるためにハンガリーに行かねばならない。国への訪問ではなく、ミサのためにです。もっとも、ブダペストからスロバキアの首都ブラスティスラバは車で2時間の距離です。それなら、スロバキアを訪問してもいいのではないか。これから判断することですが…

 

問:今回にイラク訪問は、あなたに会うことができた人々にとって非常に有意義でしたが、一堂に会した人々にとっては、新型コロナウイルスが拡散する可能性もありました。あなたに会いたいという願う人々が感染し、命を落とすかもしれない、と心配なさいませんか?

教皇:先ほども申し上げたように、海外訪問は、私の意識の中で、時間の経過とともに”調理”され、私に力をくれたことの一つです。私は、(今回の訪問について)たくさんのことを考え、たくさん祈り、心の内から本当にもたらされる決断をしました。そして、このこと(新型コロナウイルスの大感染の問題)も、私の頭にありました。もしかしたら、もしかしたら… 私はたくさん祈り、最終的に、心の内から来た自由な判断に任せました。そして自分に言い聞かせましたー「その判断に私を導いた方、その方に人々をケアしていただこう」と。すべての後で、私はリスクを意識しながら、決断しました。

Q:私たちは、イラクのキリスト教徒の勇気、活動、直面している課題、イスラム教徒からの暴力の脅威、置かれた環境の中での信仰の証しを目の当たりにしました。彼らが体験している課題は、キリスト教会全体の課題です。レバノンだけでなく、聖地シリアにとってもです。10年前に中東でシノドス(代表司教会議)が計画され ましたが、バグダッド大聖堂が攻撃されたため、断念されました。地域シノドスの開催など、中東全体のために何か出来ることをお考えですか?

教皇:シノドスの開催は考えていません、私は様々な動きを歓迎しますが、シノドスは頭にありません。あなたはこの課題の先陣を切りました。皆で考えましょう。中東でのキリスト教徒の生活は問題を抱えていますが、キリスト教徒に限りません。ヤズィーディーについても話しました… そして、これは、理由はわかりませんが、私に非常に大きな力を与えてくれました。

 移民・難民の問題があります。昨日、カラコシュからエルビルに戻ってきた時、多くの若い人々に会いました。彼らの年齢は非常に低い。ある若者が私に尋ねましたー「私たち若者の将来はどうなるのでしょう?どこに行くのでしょう?」。若者の多くは国を去らなければなりません。金曜日、現地を発つ前に、12人の難民の方が私に別れを告げに来ましたが、そのうちの一人は義足でした。トラックの列を避けようとして轢かれたのです。移住には「しない権利」と「する権利」がありますが、彼らにはどちらの権利もない。世界はまだ移住が人権であることに気づいていないで、彼らは移住できないのです。

 以前、イタリアの社会学者が「イタリアの人口動態の冬」について、私に語ったことがありますー今後40年以内に、イタリアは労働力として外国人を”輸入”し、イタリア人の年金のために税金を払わせるようにしなければならなくなる、と。あなたがたフランス人もっと賢いので、家庭を支援する法律でイタリアより10年先行しており、成長のレベルがとても高い。

 しかし、移住は「侵略」として経験されます。昨日、ミサの後、(シリア難民のクルド人の3歳の幼児で、2015年に地中海で溺死した)アラン・クルディの父親に頼まれて、会うことを希望しました。クルディは苦しむ移民・難民のシンボル。私はFAO(国連食糧農業機関)に彼の彫像をお渡ししています。単に、移住の過程で亡くなった子どものシンボルというだけではない、死んだ文明のシンボル、生き残れない者のシンボル、人類のシンボルなのです。人々が自分の国で働き、移住しなくでもいいように、緊急の対策が必要です。そして移住する権利を確保する措置も必要です。彼らを受け入れても、浜辺に残しておくのではなく、すべての国が受け取る体制をよく考えねばなりません。移民・難民を自分の国民として取り込むことが対策のカギです。

 これに関して、逸話を二つ紹介しましょう。ベルギーのザヴェンテムでは、テロリストたちはベルギー人で、ベルギーで生まれましたが、イスラム移民が住むスラム街にいました。もう1つは、私がスウェーデンに行った時のことです。私に別れの挨拶をした大臣はとても若く、スウェーデン人らしくない人相をしていました。移民とスウェーデン人の間に生まれましたが、スウェーデンの国籍を得て、大臣になったのです。

 この二つのことは、私たちに多くのことを考えさせます。同じ国民として受け入れること。移民・難民は、この地域の劇的な事件。移民を受け入れる寛大な国々に感謝したいと思います。レバノンには200万人のシリア人がいます。ヨルダンもとても寛大な国です。国王は、私たちがこの国と通過する際、編隊飛行で敬意を表することを希望されましたが、150万人以上の移民・難民を受け入れています。こうした寛大な国々に感謝します!ありがとうございます!

問:中東の主要国イラクでの3日間で、世界の有力な指導者たちが30年かかって議論してきたことを実行されました。今回の訪問の動機などについて既に説明なさいましたが、現在の不測の事態が予想されるような情勢の中で、シリアへの訪問をお考えになれますか?ご訪問を希望している他の国はどうでしょうか?

教皇:中東では、まだ決まっていませんが約束しているのはレバノンです。シリア訪問については考えていませんでした。そうした考えが浮かばなかったからです。しかし、私は、苦しんでいる、愛するシリアに心を寄せています。私が教皇になった始めの、サンピエトロ広場での午後の祈りを思い出します。ロザリオの祈り、聖体顕示がされました。そして、シリアでは、多くのイスラム教徒の方々が、地面に敷いたカーペットの上で、私たちと一緒に祈りを捧げましたー爆撃を止めるように、と。当時、ひどい爆撃がされる、と言われていたのです。私はシリアのことをいつも思っています。でも、訪問については、考えてきませんでした。

問:このところ、あなたの活動は非常に限られており、一般謁見の仕方も通常ではなくなっています。昨日、あなたはカラコシュの人々と直接にお会いになり、話をされました。どうお感じになりましたか?新型コロナの大感染以前のように、信徒たちと直接お話をされた感想は?

教皇:私は、一般謁見で信徒の方々と距離を置いていることに違和感を持っています。できるだけ早く、通常の一般謁見の形に戻したい。(コロナ感染防止のための)当局のルールに従わねばなりませんが、早く通常の形に戻れるように願っています。

 今、日曜日の正午の祈りを、サンピエトロ広場に集まった方々に向けて行うようにしていますが、皆さんには距離を置いてもらっています。小規模な謁見をしたら、との提案もありますが、コロナ感染の状況がどうなるのか明らかになるまで判断は控えようと思います。

 この数か月、ちょっとですが、投獄されたように感じていた。ですから、今回のイラク訪問は、私にとって、生気を取り戻すものでした。現地の教会に触れ、神の聖なる民に触れ、すべての人々に触れることで、生き返りました。

 司祭は奉仕するために、神の民に奉仕するために司祭になります。出世主義でも、お金のためでもありません。今朝のミサでは、(第一朗読で列王記下)の、シリア人ナアマンが預言者エリシャにハンセン病を癒やされる箇所(5章1-19b)が読まれましたーナアマンは病を癒やしでもらった後で、贈り物をしようとしましたが、エリシャはそれを断りました。聖書は続けます。エリシャの従者は、ナアマンの後を追いかけ、主人の伝言だとして、贈り物を求め、自分のものにしました。そのことを知ったエリシャは怒り、「ナアマンが持っていた病は、あなたとあなたの子孫にまとわりつくことになるだろう」と従者に言い渡しました。

 私たちー教会の男性と女性、特に私たち司祭は、私たちを救う人々である神の民にエリシャのように無償で奉仕する接し方をせず、ナアマンの従者のように、主人が助けた人の所に戻って、贈り物をもらおうとするのではないでしょうか。そして、強欲、高慢の”ハンセン病”から私たちを救う唯一の方は、神の聖なる民です。

 神がダビデに語られたのは「私はあなたを群れから連れ出した。群れを忘れないように」であり、パウロがテモテに語ったのは「信仰をもってあなたを養ったあなたの母と祖母を思い出してください」です。つまり、”特権を持った排他的な階級”、”宗教の指導者”などになろうとして、神の民の会員資格を失ってはならないのです。私たちを救い、私たちを助ける人々と接し、ミサを捧げ、説教をし、奉仕することです。それでも、彼らは私たちに、持ち物をくれるでしょう。神の民に属するものを忘れないようにしましょう。イラクで、カラコシで私は何と出会ったでしょうか?私はモスルの遺跡を心に描くことはしません、本当にです… そう、私は物事を目にしたかもしれない。書き物を読んだかもしれないが、そこには感動、感動があったのです。

 最も感動したのは、カラコシュのある母親が語った言葉でした。貧困、奉仕、苦難を本当に知っている司祭と、イスラム過激派ISISによる最初の攻撃で息子を亡くした女性が証言しました。「赦す」と言ったその女性に、私は感動しました。この母親はこう言ったのですー「私は赦します。彼らのために赦しを願います」と。

 それを聞いて、私は、コロンビア訪問の時のことを思い出しました。中部の都市、ビジャビセンシオでの集いで、沢山の人々、とりわけ女性たち、母親たち、妻たちが、わが子、わが夫を殺された経験を聞かせてくれたのです。そして彼女たちは言いましたー「赦します、赦します」と。私たちはそのような言葉を無くしていました。どのように相手を非難し、弾劾するかを知っています。自分第一、なのです。それでも、赦す…自分の敵を赦す。それが真の福音。カラコシで私の心を一番打ったのは、彼女の言葉でした。

 

問:破壊されたモスルの街をヘリコプターでご覧になった時、教会の廃墟の中でお祈りになった時の気持ちを教えてください。それと、今日は国際女性デーなので、女性についても、少し質問したいと思います。カラコシュの女性たちをとても美しい言葉で励まされましたが、イスラム教徒の女性が家族に捨てられてしまわないように、キリスト教徒との結婚をあきらめている、という現状についてどう思われますか?

教皇:モスルで、私は破壊された教会の前で立ち止まり、言葉がありませんでした。信じられない、信じられない… その教会だけでなく他の教会、破壊されたモスクさえもです。信じられないほどの、人間の残酷さ。今、そうしたことが再び始められている、と言いたくありません。でも、アフリカを見てください。そして、モスルでの教会やすべてのものが破壊された経験があるのに、憎しみ、戦いが作り出され、いわゆる”イスラム国”がまた、同じ行動を繰り返し始めています。

 これは悪い、非常に悪いことです。モスルの教会で、ある疑問が私の頭に浮かびましたー誰が破壊者たちに武器を売るのか?なぜ自分の家で武器を作らないのか?たしかに、彼らはいくつかの爆発装置を作りますが、誰が武器を売るのでしょうか?誰がその責任を負うのでしょうか?私は少なくとも銃の売り手たちに「自分たちは銃を売るのだ」と正直に言ってもらいたい。でも、彼らはそうは言いません。醜いことです。

 女性についてお話ししましょう。女性たちは男性たちよりも勇気があります。でも、いつもそうでした。しかし、今日でさえも、女性たちは屈辱を味わわされています。あなた方の一人が私に女性の価格表を見せてくれました。キリスト教徒やヤズィーディーの女性たちを買っているISISが作ったものです。私は、そんなものがあることが信じられませんでした。どのような女性か、年齢は、それに応じていくらになるか、などです… 女性たちが売られ、女性たちが奴隷にされている。ローマの中心部でさえも、人身売買の取り締まりが日常的に行われているほどです。

 (2015年から2016年にかけての)特別聖年の時、私は Opera Don Benziにある多くの家の一つを訪ねたことがあります。そこでは、身代金代わりにされた少女たちがいて、その一人は、その日のお金を稼ぐことができなかったという理由で耳を切り落とされていました。他の一人は誘拐されて、奴隷状態で、ブラチスラバから車のトランクに入れられて運ばれてきました。こうしたことが私たちの間で起きているのです。なんということ!人身売買です。ある国々、特にアフリカの一部では、行わなければならない儀式としての”切除”があります。女性は依然として奴隷にされている。私たちは、女性の尊厳のために戦い、闘わなければなりません。女性たちは歴史を前進させる存在です。これは誇張ではありません。女性は歴史を前進させるのです。今日は国際女性デーですが、誉め言葉として申し上げるわけではありません。

 奴隷も、女性の拒絶です。妻を離縁するのに、書面で行うべきか、口頭でのみ行うべきかについて議論されているところがある、ということを考えてみてください。女性には離婚の権利すらないところがあるのです!これが、今も地球上で起きていることなのです。でも、それが本当かどうか、疑わないように、ローマの中心部で起きていること、誘拐され、搾取されている少女たちがいること、を考えてください。私が思っていることを全部申し上げました。あなた方の旅が無事終了しますように願っています。そして、私のために祈ってくださるようにお願いします。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

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*機上会見の概要は以下の通り(2021.3.9 バチカン放送)

 3月8日、教皇フランシスコは、イラク訪問を終え、ローマに向かう特別機の機内で、記者団の質問に答えられた。

 2年前の教皇とアル=アズハルのグランド・イマーム、アフマド・アル・タイーブ師による共同文書「世界平和のための人類の兄弟愛」に続き、今回イラク訪問で、同国のイスラム教シーア派最高権威、シスタニ師と会見したことについて、教皇は兄弟愛の歩みの重要さを強調。アブダビにおける共同文書によってかき立てられた兄弟愛への思いが、回勅「フラテッリ・トゥッティ」につながった、と述べた。

 教皇は、シスタニ師の、人間は宗教によって兄弟であるか、あるいは創造によって平等である、という言葉を思い出しつつ、「兄弟愛の中に平等がある。わたしたちは平等以下になることはできない」と述べた。「人間は皆兄弟であるということは重要であり、この人類的兄弟愛に基づき、他の宗教とも対話を進める必要がある」と語った。

 教皇は、第二バチカン公会議は諸宗教対話において大きな一歩を踏み出した、と指摘。諸宗教対話の歩みをめぐり、カトリック教義に反する、異端に由来する、リスクがある、との批判もあるが、これらの決定は常に祈りと対話、助言と熟考のうちになされるものであり、第二バチカン公会議の方針に従ったものである、と話された。

 シスタニ師との会見は、イランの宗教指導者たちへのメッセージにもなったか、との問いに、教皇は、普遍的なメッセージ、すべての人へのメッセージである、と述べた。シスタニ師について、「賢明かつ慎重で、謙虚で尊重に満ちた人」とし、同師は「一つの光であり、神の叡智は全世界に広がるために、こうした賢者たちが様々なところにいる」と語った。

 イラク訪問で特に印象づけられたこととして、教皇は、モスルで見た破壊の跡は想像もできないものであった、破壊された教会の前で立ち止まったが言葉もなかった、と述べた。その教会だけでなく、他の教会もモスクも破壊されており、人間の残酷さは信じがたいものである、と話した。

 最も心に触れたものは、「カラコシュでの一人の母親の証言や、真の貧しさや奉仕、悔い改めを知る司祭の話」と振り返り、「この婦人はISの攻撃で息子を失ったにも関わらず、赦しを語ったことに心を打たれた」と述べた。さらに、「誰がこの破壊者たちに武器を売ったのか、という思いがわいた」と述べ、「武器を売る者たちには、せめて正直に『武器を売っている』と言って欲しいが、しかし彼らはそれを言うことはない」と語った。

 教皇の今後の海外訪問をめぐる質問の中で、「アルゼンチンに行く予定はあるか」との問いに対し、教皇は、「この質問にいつもユーモアを交えて、アルゼンチンには76年いたが十分では?と答えている」と話した。そして、教皇は、2017年11月にチリ・アルゼンチン・ウルグアイ訪問の計画があったが、チリの選挙期間が重なり白紙に戻されたこと、2018年1月に再検討されたが、こちらの冬季は南半球では夏の休暇シーズンである問題からうち2国は調整がつかず、途中でペルー案が浮上し、その結果2018年1月にチリ・ペルー訪問が実現した、などの経緯を明かされた。

 教皇は、ご自分を「祖国嫌い」などと想像しないように、と話しつつ、まだアルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル南部など(行っていない国・場所)があるため、もし機会があれば訪問は可能である、と話された。

 今回の訪問は他の訪問より疲れた、と体力的な感想を述べた教皇は、84歳という年齢の波は、一気に来るのではなく、後から少しずつやってくる、と語られた。

 現在計画されている海外訪問として、教皇はハンガリーで開催の国際聖体大会への出席が検討されていることを紹介。この際、国の訪問ではなくミサだけの出席を予定しているが、「ブダペストはブラチスラバから車で2時間だ、なぜスロバキアに寄らないのか?」という風になっていく、と訪問が計画される時の様子を話された。

 中東の他国への訪問計画について、教皇は、まだ仮定であり約束でもある、と前置きした上で、レバノンの名を挙げられた。シリア訪問の可能性を問われた教皇は、「愛するシリア」へのご自身の寄り添いを表明。シリアをいつも心にかけているが、訪問を考えてはいない、と語った。

 

2021年3月9日

・教皇、4日間のイラク訪問を終え帰国後、聖マリア大聖堂で祈り

イラク大統領夫妻の見送りを受ける教皇フランシスコ 2021年3月8日 バグダッド空港イラク大統領夫妻の見送りを受ける教皇フランシスコ 2021年3月8日 バグダッド空港 

(2021.3.8 バチカン放送)

 5日から教皇として初のイラク訪問をされていた教皇フランシスコは8日朝、バグダッド空港を出発、ローマに戻られた。その後、市内の聖マリア大聖堂で祈りを捧げられた。

 バチカン広報局によれば、教皇は、聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」の礼拝堂で祈り、イラクから持ち帰った花束を祭壇に捧げられた。教皇は、イラクへの出発前日、4日にも、同大聖堂で祈っておられる。

 教皇はイラク滞在中、首都バグダッドをはじめ、中南部ナジャフ、南部ウル、そして北部のアルビル、モスル、カラコシュを訪れ、様々な会見や集い、ミサや祈りなどを通して、人々と交流し、イラクの今日の姿に接すると共に、未来に向け復興を励まされた。

 訪問最終日、教皇は、バグダッド空港でバルハム・サリフ大統領と短い会談の後、大統領夫妻と、政府・教会関係者に見送られ、現地時間午前9時54分、特別機でイラクを後にされた。

(編集「カトリック・あい」)

2021年3月8日

・イラク訪問3日目:エルビルのハリリ・スタジアムで主日ミサ「イラクの教会が生きていることを確認」

(2021.3.7 Vatican News Christopher Wells) 

  教皇フランシスコは7日夕、イラク訪問の締めくくりに、エルビルのフランソ・ハリリ・スタジアムを埋めた信徒たちと共に、主日のミサを捧げられた。

 新型コロナウイルス感染予防のため、スタジアムには入場規制が行われたが、聖職者や信徒たち約1万人がミサに参加したほか、ラジオ、テレビ、インターネットなどを通じで、さらに数万人が”参加”した。

 ミサの説教で教皇はまず、「今日、私はイラクの教会が生きていること、そして、キリストが、その中に、聖なる深い信仰を持った人たちの中に、生きて、働いておられることを、実感しています」とされ、説教に先立って読まれた聖パウロのコリントの信徒への手紙にある「神の力、神の知恵であるキリスト」(1・1章22₋25節)を取り上げて、「イエスは、赦しを与え、憐れみを示すことによって、何よりもその力と知恵を明らかにしました」と述べられた。

 そして、「私たちには、自分が強く、賢いことを他の人に示さなければならない、という考えの罠に陥ることがよくあります。『戦争と暴力の傷』に苦しんでいる私たちは、『人間の力、人間の知恵』で対応する誘惑にかられます。しかし真実は、『私たち全員が、十字架上のイエスによって明らかにされた神の力と知恵を必要としている』ということです」とされた。

 

*私たちの心の神殿を清める

 次に教皇は、ミサで読まれたヨハネ福音書のイエスが神殿から商人を追い出された箇所(2章13-25節)に言及され、「父なる神が石で造られた神殿だけでなく、何よりも私たちの心の神殿を清めるために、イエスを遣わされたのです。私たちの心は、『偽善的で不誠実な行為から心が汚される偽り』『人を欺くような安全』『権力とお金の邪悪な誘惑』から清められねばなならない… しかし、私たち自身の努力では、清めることはできません。イエス・キリストだけが、悪の業に陥った私たちを清めることができるのです… イエスは、私たちの邪悪さを打ち負かす力をお持ちです。私たちの病を癒し、私たちの心の神殿を作り直されます」と語られた。

*キリストの王国のしるし

 続けて教皇は、「イエスは私たちの罪を清めるだけでなく、彼自身の力と知恵の一部を私たちに与えてくださいます… 助けを必要としている兄弟姉妹の世話をする開かれた教会と社会を築くために、イエスは、家庭、信仰、共同体についての偏狭で不和を起こすような思いから、私たちを解放してくださいます」と述べ、また、「イエスは、復讐をしようとする誘惑に抵抗する力を私たちに与え、改宗を勧める者ではなく、宣教する使徒として、人生を変える福音の力を証しする男女として、私たちを送り出されるのです」と説かれた。

 さらに、「イエスは、3日後に神殿を建てることを約束された時、ご自分の体の復活だけでなく、教会についても、話しておられます… 主は私たちに約束なさいますー復活の力によって、私たちと私たちの共同体を、不正義、分裂、憎しみによってもたらされた廃墟からよみがえらせることができる、ということを」と語られ、「イエスは、この国の、すべての傷に塗油し、辛い記憶を癒やし、平和と友愛にあふれた未来を奮い立たせることを望まれています」と励まされた。

 

*イラクのキリスト教徒の信仰を確認

 教皇は、説教の締めくくりに、イラクのキリスト教共同体に目を向けられ、「イラクの教会は、神の慈しみによって、特に最も必要としている人たちにキリストの憐れみと赦しを広く注ぐことで、十字架の素晴らしい知恵を宣言されています」とされ、「これは、私があなたがたのところに巡礼者として訪問し、あなたがたに感謝し、あなたがたの信仰と証しを確認しようとした理由の一つでした」と述べられた。

*聖母マリア像を祝福

 そして、ミサの終わりに、教皇はイスラム過激派によって破壊され、後に修復された聖母マリアの像を祝福された。アルビールの Radio Mariam のディレクターであるサミール・シアー神父は、「この像はキリスト教徒が住むカラムレス村から運ばれて来ました。祝福をいただいた後、ニネベ平原に戻されます。地元のキリスト教徒が希望しているのは、聖母が、カラムレスの子どもたちを抱きしめるためにすぐにお戻りになること」としていた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2021年3月8日

・イラク訪問3日目:「イエスが側にいる、希望を持ち続けて」教皇、カラコシュの信徒たちと交流

 イラク滞在3日目、同国北部を訪れた教皇フランシスコは、2014年に過激派組織ISによって大きな被害を受けたカラコシュのカトリック共同体と交流された。

 7日午前、バグダッドからアルビルを経由しモスルを訪問された後、モスル南東のカラコシュに向かわれた。古代アッシリアのニネベとニムルドの遺跡の近くにあるカラコシュは、アラム語で「バグディーダ」とも呼ばれる農業を主産業とする町。この町のキリスト教共同体は、イラクで最も大きいものの一つで、2014年に過激派組織ISに占領される前は、約5万の人口のうち9割をキリスト教徒が占めていた。

 だが、2014年のISの攻撃で家屋や、教会、図書館その他の主要な施設が破壊され、多くのキリスト教徒は主にクルド自治区に逃れた。2年後の2016年に解放され、復興の動きに合わせて、避難民の帰還が徐々に進むものの、人口は約3万5千人に留まっている。

 教皇とカラコシュのカトリック共同体の出会いは、シリア典礼カトリック教会のカテドラルで行われた。無原罪の聖母に捧げられ、イラクで最大級の大きさを持っていたが、ISによって略奪、放火され、教会の内装や調度品、図書などが焼失。鐘楼は倒され、回廊は射撃場にされた。カラコシュ解放後、聖堂は聖別されると共に修復が開始され、建て直された鐘楼の頂上には再び無原罪の聖母像が据えられている。

 カテドラルに向かう道のりと聖堂周辺の多くの人々に迎えられた教皇は、聖堂での集いで、「宗教的・文化的多様性の美しさが輝くこの地域で、暴力と、憎しみ、紛争がもたらした破壊の跡を見ることは非常に悲しいことです」とされたうえで、「今日のこの出会いは、勝利者は『テロリズムと死』ではなく、『神と御子』であることを示しています。神の御子は罪と死に打ち勝たれましたが、テロと紛争の破壊の中でも、私たちは信仰の目を通して、死に対する命の勝利を見ることができます」と語られた。

 そして、「今は、神の恵みに信頼し、再興と再出発をする時… イラクの教会は独りではなく、全教会が祈りと具体的な支援をもって皆さんに寄り添っています」「イエスは、今この時も皆さんの側にいます。夢を見ることをあきらめず、希望を持ち続けてください」と信徒たちを激励された。

 また「どのような時も、神の恵みに感謝し、この地と人々に平和と、赦し、兄弟愛が与えられることを祈りましょう」と呼びかけ、「多様性の尊重と相互理解のうちに、命と和解、兄弟愛の文化が勝利すること」を願われた。最後に、人々の必要と未来の計画を聖母の保護に託し、お告げの祈りを信者たちと共に唱えられた。

(編集「カトリック・あい」)

 

2021年3月8日

・イラク訪問三日目:「神は愛の神。殺すことも、戦争も、兄弟を憎むことも許されない」教皇、モスルで紛争犠牲者のために祈る

(2021.3.7 バチカン放送)

 教皇フランシスコは、イラク訪問3日目を迎えた7日、同国北部のモスルで紛争の犠牲者のために祈りを捧げられた。

 同日早朝、バグダッドから特別機でクルド自治区の中心都市アルビルに到着した教皇は、空港内でネチルバン・バルザニ大統領およびマスルール・バルザニ首相と相次ぎ会見。同日午後、アルビルの競技場でとり行われるミサに先立ち、ヘリコプターでモスルへと向われた。

 モスルは、2014年から2017年にかけて過激派組織ISに占領され、解放までの激動の期間、人命はもとより、家屋、市民生活、社会・経済機能、文化遺産など、膨大な犠牲を払わされた。 2004年に人口およそ185万人だったモスルからは、この期間に、キリスト教徒12万人以上を含む約50万人の住民が他地域や国外に避難。解放後の今、モスルに残った住民は、国際社会の協力を得ながら復興という大きな挑戦に立ち向かい、難民となった人々の帰還のために努力している。

 教皇が訪れたモスル市内の広場には、シリア典礼カトリック教会、アルメニア正教会、シリア正教会、カルデア典礼カトリック教会の4つの教会が建っていたが、2014年から2017年にかけて、テロ攻撃で破壊された。

 紛争の爪痕を残す広場に到着された教皇は、悲劇から立ち上がり復興に取り組む人々の証言に耳を傾けられ、モスルの小教区で主任司祭を務める神父が、モスル解放後、市内に戻り、破壊された教会の再建に取り組む中、イスラム教徒の市民たちの温かい協力と友情を体験した、と説明した。

  教皇は「神は命の神。それゆえ神の名のもとに兄弟を殺すことは許されません。神は平和の神。それゆえ、神の名のもとに戦争は許されません。神は愛の神。それゆえ、兄弟を憎むことは許されないのです」と訴え、モスル、イラク、そして中東全地域の、すべての紛争の犠牲者を神の憐みに委ねて祈られ、さらに、「神の目には、私たちは皆、兄弟姉妹だ」という自覚をもち、「宗教の違いを超えて、皆が平和と協調のうちに生きることができるように」と、神に祈りを捧げられた。

(編集「カトリック・あい」)

 

2021年3月7日

♰イラク訪問二日目:バグダッドの大聖堂でミサ「『至福の教え』は迫害されるあなたのもの」

(2021.3.6 バチカン放送)

  教皇フランシスコは、イラク訪問2日目の夕方、首都バグダッドのカルデア典礼カトリック教会の大聖堂で、今回の訪問で初のミサを捧げられた。旧市街から新しい地区に移住したカルデア典礼の信者たちのために1956年に献堂され、聖ヨセフに捧げられた大聖堂でのミサは、イタリア語、カルデア現代アラム語、アラビア語で司式され、信徒の祈りには、クルド語やトルクメン語も用いられた。

 ミサの説教で教皇は、「最も小さな者には憐れみによる赦しがあるが、力ある者たちは力をもって罰せられる」という「知恵の書」(6章6節)の一節を引用され、「世にとって持たざる者は見捨てられ、豊かに持つ者は優遇されますが、神にとってはそうではなく、権力を持つ者たちは厳しく調べられ、貧しい者たちは先になるのです」と語られた。

 そして、この「逆転」を福音において完成されたイエスは、山上の説教での「至福の教え(いわゆる”真福八端”)」(マタイ福音書5章1-10節)で、「貧しい人々、悲しむ人々、迫害される人々は幸いである」と教えておられる、と指摘。

 「どうしてそのようなことが可能なのでしょうか。イエスの教えは受け入れるに値するのでしょうか」と教皇は問いかけ、「このイエスの教えの中心にあるのは『愛』。世の目には無力に見えても、最後に勝利します。なぜなら、イエスは十字架上で罪より強く、死に打ち勝ったからです」と説かれた。さらに、「この同じ愛が、古今の殉教者たちを試練の中で勝利者にしました… 愛は、イエスの名のもとに侮辱され、迫害された兄弟姉妹たちの力であったのです」とされた。

 では、「至福の教え」をどのように実践したらよいのか。教皇は「『幸いな者』とは、柔和さをもって生き、置かれた場所で憐みを示し、心の清さを保つ者」とし、「英雄的な振る舞いをひんぱんにする必要はありません。日々の証しを通じて、イエスの示された精神を生き、力や権力に頼らず、『至福の教え』によって世界を変えていきましょう」と呼びかけられた。

 また、教皇は、「愛することを知る者は、物事がうまくいかない時も自分自身に閉じこもることなく、十字架の勝利の知恵を思い出しながら、悪に対して善で応えます」「神はご自身の約束を、私たちの弱さを通してかなえられます… 自分の手が空しく見えても、不信に襲われても、挫折を感じていても、恐れることはありません」と語られた。

 そして最後に、「『至福の教え』は、苦しみ、正義に飢え渇き、迫害されるあなたのものです。神はあなたの名を心に、天に刻まれます」と信徒たちを励まされた。

(編集「カトリック・あい」=聖書の引用は「聖書協会・共同訳」による)

 

 

 

 

 

2021年3月7日

・イラク訪問二日目:ウルの遺跡で、諸宗教の代表者との集い「皆が兄弟姉妹として平和の道を歩めるように」

(2021.3.6 バチカン放送)

 イラク訪問2日目の6日、教皇フランシスコは南部ナジャフでイラクのイスラム教シーア派最高権威、サイード・アリ・シスタニ師と会見された後、さらに南方のナシリヤに移動。そこから約24㎞郊外のウル遺跡に向かわれた。

 ウルは、かつてメソポタミア南部に位置した古代都市。旧約聖書の「創世記」には「カルデアのウル」と記され、父祖アブラハムの生誕の地と言われており、遺跡の一角で行われた諸宗教代表者の集いでは、創世記やコーランの一節が朗読された。また、キリスト教、イスラム教、マンダ教の信者らが、すべての人を傷つける戦争や暴力への反対と、宗教を超えた友情の体験、相互尊重と平和ある共存への思いを語った。

 教皇は挨拶の中で、「アブラハムが生まれ、神の声に従い旅立ったこの場所から、共にアブラハムを父祖として尊ぶ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、そして他の宗教の人々が、互いを兄弟姉妹として、アブラハムと同じように天の星を見つめながら、平和の道を共に歩んでいけるように」と、呼びかけられた。

 また「真の宗教性とは、神を礼拝し、隣人を愛すること… 今の世界は、しばしば神を忘れ、その誤ったイメージを与えようとしますが、神を信じる者は、兄弟愛を通して、神の愛と父性を証しするよう招かれています」と説かれ、「神は慈しみ深い方であり、神の名のもとに兄弟を憎むことは、最も冒涜的なことです」とされた。

 イラク北部でテロによって破壊された教会の修復について、イスラム教徒のボランティアの若者たちが手伝ったエピソードを思い起こされ、「現在のように暗い闇の時にも、星は輝いています」とされて、「すべての聖なる場所が、皆の平和と出会いのオアシスとなるように」と父祖アブラハムの助けを願った。

 そして、「天は私たちが歩むべき道として、平和の道を示しています… 人類家族がすべての子らを受け入れ、同じ天を見つめ、同じ地平を平和のうちに歩んでいけるように」と祈られ、さらに、アブラハムの子らとしての祈りを神に捧げた教皇は、「私たちの心を、神とすべての兄弟たちに開くことができるように」と願い、イラクの復興と発展のための助けを祈り求められた。

(編集「カトリック・あい」)

 

2021年3月6日

・イラク訪問二日目:イスラム教最高権威のシスタニ師と会見-「宗教間の協力と友好」を強調

イラクのシーア派最高権威シスタニ師と教皇フランシスコ 2021年3月6日 イラク・ナジャフでイラクのシーア派最高権威シスタニ師と教皇フランシスコ 2021年3月6日 イラク・ナジャフで 

(2021.3.6 バチカン放送)

 教皇フランシスコはイラク訪問2日目の6日朝、イラク中南部ナジャフで、同国のイスラム教シーア派最高権威、シスタニ師と会見された。

 バチカン広報局の発表によると、およそ45分間にわたるこの表敬訪問で、教皇は、相互尊重と対話を育み、イラクならび地域と全人類の善に寄与するための、宗教共同体間の協力と友好の重要性を強調された。

 また、教皇は、シスタニ師がここ数年の暴力や大きな試練へ声を上げたことに感謝を述べられ、最後に、未来の平和と兄弟愛のために、愛するイラクと中東、全世界のために、万物の創造主である神への、ご自身の祈りを強調された。

2021年3月6日

♰イラク訪問初日:「多様性が社会の調和を生み出すことを世界、中東に示すように」教皇、各界代表に求める

教皇フランシスコ、イラク各界要人と 2021年3月5日 バグダッド・大統領官邸ホールで教皇フランシスコ、イラク各界要人と 2021年3月5日 バグダッド・大統領官邸ホールで 

 教皇フランシスコはイラク訪問初日の5日午後、首都バグダッドに到着後、大統領官邸にバルハム・サリフ大統領を表敬。続いて官邸内のホールで各界の代表や外交団と会見された。

 会見で、教皇は「イラクの地は文明の揺り籠、父祖アブラハムと多くの預言者たちを介した救いの歴史と、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の偉大な宗教的伝統と深く結びついた場所です」と述べ、長年望んできたこの国への訪問が実現したことに深い喜びを表明され、招待してくれたサリフ大統領に感謝された。

 イラクのカトリック教会関係者に対しては、「今回の訪問を通して、信者たちの信仰、希望、イラク社会における慈愛の奉仕を励ましたい」と希望を述べられた。そして、他のキリスト教会や諸宗教代表者たちにも挨拶をおくり、「『真の宗教の教えは、平和と相互理解、兄弟愛などの価値に結びついているのだ』という強い確信のもとに、兄弟姉妹として共に歩むことができるように」と希望された。

 また教皇は、「イラクで戦争、テロ、原理主義に基づく宗教的分派による闘争などが数十年にわたって続き、異なる民族や宗教の平和的共存が妨げられ、死と破壊がもたらされきたこと」を振り返られ、これらの出来事が人々と社会に植え付けた深い傷を見つめながら、特に残忍な迫害の犠牲になったヤジディ教徒たちの苦しみに言及された。

 そして、「互いを同じ人類家族として見つめることでのみ、復興のプロセスを有効に進め、より正義に満ちた人間的な世界を次世代に残すことができる」とされ、「イラク社会の歴史的な宗教・文化・民族の多様性は、取り除くべき障害ではなく、貴重な豊かさです」と強調、「イラクは今、この多様な要素を、紛争の種ではなく、社会の調和ある協力を生み出すものとして、世界、特に中東に示さなければなりません」と訴えられた。

 教皇は、「平和の巡礼者」としてイラクを訪問したことを強調され、生前、同国訪問を強く希望されていた聖ヨハネ・パウロ2世をはじめ、イラクの平和を願ってきた人々の祈りを伝えるとともに、「矛を収め、一部の人の利害より市民の必要を優先し、平和を築く人々の声に耳を傾け、誠実な対話をもって、すべての人の参加のもとに国を再興していくように」と出席者たちに努力を求められた。

 また、「宗教の本質」について、「平和と兄弟愛に奉仕すべきもの」であり、「神の名のもとに殺人やテロや迫害が正当化されてはなりません」と語られた。そして、イラクの地におけるキリスト教徒たちの歴史ある存在に触れ、「キリスト者たちが完全な権利と自由を享受し、責任をもって社会に参加することで、宗教・民族・文化の多様性が国の発展と調和に寄与することを証しできる」ことを希望された。

 最後に教皇は、人々が、兄弟愛に基づく一致、連帯、調和を特徴とする社会を築き続けることを願い、イラクのすべての国民に神の豊かな祝福を祈られた。

(編集「カトリック・あい」)

2021年3月6日