Synod participants begin the 4th General Congregation (Vatican Media)
(2023.10.9 Vatican News By Deborah Castellano Lubov)
二週目に入ったシノドス総会は9日朝、総会の総括報告者、ジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿の挨拶に始まり、シノドス事務局から事前に配布された討議要綱のモジュール B-1 についての分かち合いを開始した。
会議に先立って聖ペトロ大聖堂で捧げられたミサでは、 アンティオキアのマロン派教会のベチャラ・ブトロス・ライ総主教が説教をし、「”シノドスの道”は、世界的な危機に対応するのに役立ちます」と強調した。ミサ後、参加者たちは 会場であるバチカンのパウロ6世ホールに戻って全体会合を開き、準備要綱の モジュールAに関する先週の分かち合いに続いて、モジュールB1に焦点を移した。
全体会合ではまず、オロリッシュ枢機卿がモジュールB-1の内容を確認。モジュールAをもとにした先週の全体会合、分科会で 「私たちは過去2年間にわたる神の民の”共に旅する”経験を思い起こし、包括的なビジョンとして、シノダル(共働的な)教会の在り方について、さらに注目するよう努めました」と振り返った。
そのうえで、次の段階として、 「神の民の声に耳を傾けることから明らかになり、この会合が洞察力を働かすよう求められている3つの問題のうちの1番目に取り組む」ことを提案。
その主題は、 「四方に広がる交わり」であり、「どうすれば私たちは、もっと完全な神との結び付き、全人類の一致のしるしとなり、道具となることができるのか」を考察することが優先事項になる、と述べた。
ホレリッヒ枢機卿は総会参加者たちに、これからの先にあるものを繰り返し指摘し、 「9日の午後と10日の朝、私たちはすでに実践した聖霊との対話に触発された共同体の識別の仕方に従って、Circuli Mineres(小さな集まり=分科会)で作業をします。私たちは互いの声に耳を傾け、御霊の声に耳を傾けます… 私たちはそれぞれの分科会の報告書の草案を作り、報告者が全体会合で行うスピーチの準備をし、共通の認識をさらに深めるために、分科会が全体会合に提起したいと考えている点に焦点を当てます」と説明した。
オロリッシュ枢機卿のあいさつと会議の進め方についての説明の後、参加者たちは討議要綱の モジュールB-1に示されたテーマに関するいくつかの意見を専門家などから聞いた。
(注:英国のドミニコ会の修道士で説教師の)ティモシー・ラドクリフ師からは、「井戸に水を汲みに来たサマリア人の女」(ヨハネ福音書4章7-30節」について霊的な考察があり、 英国のダーラム大学神学・宗教学部のンナ・ローランズ教授からは、「交わり:小羊の婚宴」というテーマでの神学的な考察がされた。
また、カトリック教会と正教会の神学対話国際委員会の共同委員長であるギリシャ正教のジョブ・ゲッチャ・エキュメニカル総主教からは、正教会に おけるシノダリティ(共働性)についての考察を述べ、 マレーシアのクラレンス・ダヴェダサン師は、「どのようにすれば私たちはより完全に神との結合、そして全人類の結合のしるし、手段となることができるのか」について語った。 香港出身のカトリック教徒、シウワイ・ヴァネッサ・チェン氏は、シノダリティ(共働性)と文化、特に「シノダリティとアジア文化」について語った。
この後、9日午後から分科会が再開され、討議要綱のモジュールB1をもとに分かち合いが行われた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Briefing on Synod (Vatican Media)
(2023.10.6 Vatican News By Salvatore Cernuzio)
シノドス総会情報委員長のパオロ・ルッフィーニ・バチカン広報省長官は5夕、二度目の記者会見を行い、5日の段階で351人による35の作業部会で取り上げられ、自由な意見交換もされている「家庭としての教会」「虐待」などのテーマの概要を説明。 私たちはできる限りのことを皆さんに提供できるよう、毎日最善を尽くします」と約束した。
長官によると、5日の作業部会は、司祭、神学生、信徒、カテキスタなど「全員」の参加の確認に始まり、「誰もが居場所を持つ家庭としての 教会」「祈り」「女性や一般信徒、叙階された聖職者、そうでない人の役割」「 聖体と神の言葉の中心性」、 そして「教会の選択肢としての貧しい人々の重要性」「移民難民、虐待、迫害と苦難の中で暮らすキリスト教徒の問題」などが主なテーマとなった。 参加者は、戦争中の苦しみについての感動的な物語を聞いたウクライナ人に拍手を送った。
また会見に同席した情報委員会事務局長のシーラ・ピレス氏は、「非常に会議的」な雰囲気で会合する予定のさまざまな作業部会について、「人々はお互いのことを知り始めている… 私たちは本当に一緒に歩んでいます」。 もちろん「緊張感もないわけではない」が、なによりも「楽しい」雰囲気が進めらている。
そして、アフリカ南部でカトリックとのコミュニケーションに長い経験を持つモザンビーク人にとって、最も興味深い点は、各グループに異なる大陸からの人々が集まっている、という事実であり、「例えば、私のグループには、アジア、アフリカ、北米、そして欧州の人々がいます。 多様性があり、友愛の精神があり、共に歩みたいという願望を持っています」と参加しての印象を語った。
またルッフィーニ長官は、 作業部会で扱われているテーマの中で、特に「すべての人を歓迎する家庭としての教会」に注目し、 「これは総会の会議で繰り返し取り上げられるテーマの一つです」と述べ、「エキュメニズムと宗教間の対話」「若者の認識と女性の参加の重要性」なども主要テーマとして挙げた。
そして、教皇が総会の冒頭で述べたように、優先事項は「耳を傾けること」であり、「聴く ことだけでなく、聴くことを学ぶことは、シノダリティ(共働性)に関するこのシノドス総会の初めの数日間の課題であり、いくつかの祈りの瞬間が散りばめられています。それは熟考と洞察力を助ける休みの時」とピレス氏は述べた。
「友情の絆」を強めることも重要な課題、と長官は指摘し、 「作業部会の小さな集まりから友情が生まれ、皆で教会が何を必要としているかを理解しようと努めました。… 確かに困難はあったし、常にある、と言われていますが、苦しむキリストの肉体を思えば、多くの障壁はなくなるでしょう」と付け加えた。
長官は、現在行われている作業部会では、「教会法典などの教会の仕組みの改定、教皇庁の規模、そしてやはり組み立て」や「 東西関係」にも焦点が当てられており、「移民・難民問題」では、彼らに寄り添い、司牧者としての司教たちの奉仕がその基本になること、「女性の役割」については、教会における促進、教会活動の様々なプロセスに女性を積極的に参加させることの重要性が繰り返し述べられているという。「若者」や「貧困者」への懸念にも強い関心が集まり、「対応の遅さ」を克服する必要も指摘されている、という。
移民という現象に関しては、移民の同行と牧師としての司教の奉仕の必要性が「この同行の基本である」と繰り返した。 女性の役割については、教会における女性の役割を促進し、さまざまなプロセスに女性が積極的に参加することの重要性が繰り返し語られた。 若者や貧しい人々についても同様の懸念が示され、ある種の「遅さ」を克服することが求められていました。
アッシジの 聖フランシスコの 回心の きっかけとなったサン ・ダミアーノの 聖十字架が会場のパウロ6世ホールに置かれているが、 作業部会での議論で、 「(この聖人に倣って、『教会を修復する』というテーマも浮上しました。(…)奉仕に身を置く人々は、教会を修復し、診断と予後を提供し、純粋な心で時代のしるしを読み取るのです」と説明。
作業部会では、「教会として、また信者として、キリストに似ていないものすべて」と「福音に適合しないものすべて」を取り除くことの重要性も強調され、「重要な点の一つ」として、「モノを懸命にため込むよりも、奉仕に徹すること 」も強調されたという。さらに、参加者たちは 「シノダリティ(共働性)は教会のDNAの一部である」という点で同意した。
さらに、「迫害を受け、あるいは国家危機の重大な状況の中にいて、総会に出席できなかった世界の人々に思いを向け」、とくにロシアの軍事侵略の長期化で苦しみ続けるウクライナの教会に注目が集まり、「ある発言には、賛意を示す拍手も起きましたが、これは、戦乱の中にある人たちとの交わりを感じる手段の一つとなりました」と長官は説明した。
とりわけ、ウクライナの「苦しむ教会」に注目が集まった。「拍手を誘発する言及があった」とルフィニ博士は述べ、これは「戦争中の人々との交わりを感じる」方法だと説明した。 苦しみ続けているウクライナのキリスト教徒とともに。 別の拍手が、理由は異なりますが、今日誕生日を祝うレティシア・サラザール姉妹と、司教叙階記念日にちなんでチャールズ・シクルーナ大司教に捧げられました。
会見では、複数の記者から、シノドス総会に関する米国のテレビ番組で 5日に放映された、教理省の前長官、ゲルハルト・ミュラー枢機卿のインタビューに関する質問が出された。
質問によると、このインタビューで、枢機卿は、教皇フランシスコが「公の発言を”断食する”ように」とシノドス総会の参加者たちに求めたことに、不快感を覚えた、と述べたといい、記者の中には、 「懲罰」が考えられているのか、との問いかけもあったが、長官は、 「(懲罰は)誰によってされるのですか?私によってですか?」と冗談交じりに答えたうえで、 「沈黙の中に識別力がある。あなたを罰する憲兵はいない… 総会は、自らに”活動の一時停止期間”を課した兄弟姉妹の集まりです。教皇が参加者に求めたのは個人的な識別力です。 私たちが話していることをあなたに説明する際にもそうです。 識別力は人それぞれに委ねられているのです」と説明した。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
シノドス総会第1回全体会議 教皇フランシスコと、グレック枢機卿(中)、オロリッシュ枢機卿(左) 2023年10月4日 バチカン・パウロ6世ホール (Vatican Media)
(2923.10.5 バチカン放送)
世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会・第1会期は4日午前、教皇フランシスコが司式したバチカンの聖ペトロ広場での開会ミサの後、同日午後、パウロ6世ホールで第1回全体会議が行われた。
会議では、教皇フランシスコのあいさつに続いて、導入の言葉に続き、シノドス事務局長のマリオ・グレック枢機卿のあいさつ、総会議長のジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿による基調講話があった。
グレック枢機卿はあいさつで、「岐路に立つ今日の教会は、神学的、教会学的な課題以上に、「すべての人々にとって、神の愛のしるし、道具となることに召されています」とし、「教会が神の愛のしるし、傷ついた人類をいやす薬となること」を願った。
さらに、「教会とシノドスとは同義であり、シノドス的教会とは、『人々の声に耳を傾ける教会』であると同時に、今日、神がお望みになることを理解するために、伝統の光のもとに『御言葉に耳を傾ける教会』でなけらばなりません」と述べ、シノドスのプロセスは普遍教会と地方教会との間の相互の内在性に基づくものであり、使徒の時代のように「心も魂も一つ」になることを体験するために、教会内の多様な賜物とカリスマをもって、互いの傾聴という形で表されるもの、と話した。
そして、「今回のシノドスで初めて、信徒・修道者・助祭・司祭たちが『会議のメンバー』という完全なタイトルを得て参加していること」を強調した。
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続いて総会議長となったオロリッシュ枢機卿が基調講話を行い、「私たちが話す言葉が少しずつ変わっていくように、シノドスの表現法も時代とともに変わっていきますが、『カトリック性』という文法は変りません… 私たちはシノドスのあり方、表現を学ぶように招かれています」とし、「教会は、キリストを中心に置きながら歴史の中を歩む神の民… 主に眼差しが向けられている時、自分と異なる考えを持つ人に気を取られることはありません。重要なのは、所属しているグループではなく、キリストの教会の中を、キリストと共に歩むことです」と強調した。
次に、今総会の進め方などについて①識別のための4つの考察プログラムと5つ目の討議で構成されること②祈りに多くの時間を割くこと、③分科会では「聖霊のもとに会話する方法」をとり、互いの違いを尊重しつつ、誰もが自分の考えを語ること、などを説明した。そして、今総会の最終的な目標は、「合意に達した点や、さらなる考察が必要と思われる点などを示す、来年の同シノドス総会・第2会期に向けたロードマップ作り」にあることを強調した。
(編集「カトリック・あい」)
Pope Francis presides at Holy Mass with the new Cardinals and the College of Cardinals for the opening of the General Ordinary Assembly of the Synod of Bishops (Vatican Media)
(2023.10.4 Vatican News By Christopher Wells)
教皇フランシスコは4日午前9時から聖ペトロ広場で、第16回司教会議通常総会の開会ミサを、およそ2万5千人の信者たち を前に、新任を含む120人の枢機卿、370人のシノドス参加司教と共に捧げられ、「信頼と喜びをもって、聖霊と共に歩もう」と呼びかけられた。
シノドス総会開会を付ける荘厳ミサは、 教会、教皇、司教たち、そして教皇に託された群れ、そして一般の指導的立場にある人々、男女すべてへの神の保護と祝福を願う伝統的な聖歌Laudes Regiaeで始まった。
教皇はミサ中の説教で、その前に読まれたマタイ福音書に記されたイエスの地上での宣教における「困難な瞬間」を思い起こされ、 「イエスは、先を見ることのできる眼差しを持っておられます。イエスは御父の知恵をたたえ、目に見えないところで育つ善いもの、素朴な人々に歓迎される御言葉の種、夜でも歩むべき道を示す神の国の光を、識別することがおできになります」と語られた。
そして、シノドス総会の開会に当たって、「私たちには、人間の戦略、政治的打算、イデオロギー的闘争で構成される”まったく自然”なビジョンは必要ありません。それよりも、 私たちは御父を祝福し、疲れ抑圧されている人々を喜んで迎えてくださるイエスの眼差しと共に歩むためにここにいるのです」と強調。
さらに、「イエスは、拒絶に直面しているにもかかわらず、失望に囚われることなく、御父に目を向け、嵐の中でも落ち着きを保っておられます… そして イエスは、私たちが神の働きを深く思いめぐらし、現在置かれている状況を識別できる教会となるよう、求めておられます」とされたうえで、 「分裂的で論争的な精神を持って今日の困難な課題と問題に顔を向けるのではなく、交わりである神に目を向け、畏敬と謙遜の心を持ってイエスを祝福し讃え、唯一の主としてイエスを認めるように」と語られ、 ベネディクト16世の言葉を引用しながら、シノドス総会が直面する「根本的な課題」は、「神が今の人々に語られた現実を、人々の救いとなるように、どうやって伝えるかにある」と指摘された。
また教皇は、「イエスはその生涯を通じて、最も弱い者、苦しんでいる者、見捨てられた者たちに対して、父なる神の喜びを持って迎える眼差しを向けておられ、私たちを 喜び迎える教会に誘い、恐れることなく互いに出会うことを可能にする心を持つよう、 呼びかけておられます… シノドス(共働)的な対話の中で神の民として共に歩む素晴らしい『聖霊における旅』で、私たちは主との一致と友情を深め、現代の課題を主とともに見つめることが可能となります」と説かれた。
教皇は説教の最後に、神の民に向けて、今日祝われている聖フランシスコの足跡をたどるように勧められ、 イエスが聖フランシスコに「行って私の教会を修復しなさい」と呼びかけられたことを取り上げて、「今回のシノドス総会は、私たちに、母である教会がいつも浄化を一つ用としていることを思い起させるものとなります」と強調され、世界の信徒たちに、 「謙虚さと一致、祈りと慈善、という福音の武器のみを取るように」と促された。そして、「シノドス総会は 政治的な集会ではなく、聖霊において招集されたもの。二極化した議会ではなく、 恵みと交わりの場です」とされ、 「聖霊は、私たちの予測や消極的な姿勢を超える新しいものを創造するために、しばしば私たちの予想を打ち砕きます… 総会の主人公である 聖霊に心を開き、 信頼と喜びをもって神と共に歩みましょう」と呼びかけられた。
**********(バチカン放送より)
「共に歩む教会のため − 交わり、参加、そして宣教」をテーマとする「世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会」は、初めての試みとして、地方教会レベル、大陸レベル、世界レベルにおける、3ステージを持った、一つの大きな「歩み」として準備されてきた。
2021年10月10日、バチカンでの開幕ミサをもって同シノドスの歩みが始まり、この後、2022年夏まで、第一ステージ、地方教会レベルでの、集い・傾聴・識別などの作業が行われた。次いで、2022年秋から2023年春にかけて、第2のステージである大陸レベルでの会議・考察・提案・総括などの歩みが続いた。
そして、「共に歩む教会のため」というテーマのとおり、地方教会から始まり、大陸別の集いと作業を経て、教会内のあらゆる役割の多くの人々の参加・協力を交えながら入念に準備されてきた同シノドスは、ようやく最終ステージである、ローマでの世界代表司教会議・総会の第1会期(2023年10月4日〜10月29日)を迎えるに至った。総会の第1会期終了後は、2024年秋開催の第2会期に向け、同シノドスの歩みは続いていく。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2023.10.2 Crux Senior Correspondent Elise Ann Allen)
教皇、枢機卿5人の”疑問”に返答-同性カップルの祝福は慎重な”Yes”、女性司祭は”No”(Crux)
(14行目)カトリックの啓示と教会の教導権に沿っ他者 たもの であるか、の問いに対して、教皇は
(16行目)『部分的かつ類似した方法』に によるものと限定的に理解され
ローマ – 教皇フランシスコは2日、4日から始まる世界代表司教会議(シノドス)総会に関して、保守派の有力枢機卿5人が提起した批判的な問いについての回答内容を公表。その中で、 女性司祭叙階について、なお研究する余地を残しつつ、それを禁じる現在の教会の方針をおおむね支持する一方、同性カップルに祝福を与えることにについては、結婚の秘跡を混同しないことを条件に、前向きな姿勢を示した。
教皇は7月に、5人に対して回答していたが、公表は2日となった。 5人の保守派枢機卿は9月29日に、教皇に宛てたdubia(疑念の文書)を公表していた。この文書は、女性の司祭叙階、同性愛者の祝福、拘束力のある教義を公布するシノドスの権限などについて、教皇の考え方を問うもので、 7月10日に教皇に提出し、翌11日に回答を受け取ったが、dubiaに対する伝統的な答え方である「Yes」No」となっていなかったため、質問の表現を明確にしたうえで、改訂版を8月21日に提出した。だが、返答を得られなかったため、シノドス総会開幕直前に、公表に踏み切った、という。
これに関して、バチカン教理省の長官に就任したばかりのビクトル・フェルナンデス新枢機卿から教皇宛てた9月25日付けの書簡が2日に公表され、その中には7月に提出された5人の枢機卿のdubiaに対する教皇の回答が含まれていた。
*同性カップルの祝福はケースバイケース—だが「結婚」はあくまで男女間の解消不可能な結びつき
それによると、同性のunions(注:結合あるいは結婚などと訳される)を 祝福する慣行がカトリックの啓示と教会の教導権に沿ったものか、の問いに対して、教皇は、「教会は結婚に関して、非常に明確な概念を持っています。それは、結婚とは、男性と女性の間の排他的で安定した解消不可能な結びつきであり、子供たちを授かることが自然のこととされています」とし、 「このunionだけが『結婚』と呼ばれる。unionの他の形は、『部分的かつ類似した方法』にによるものと限定的に理解され、それが、厳密には『結婚』と呼ぶことができない理由です… 結婚の秘跡は、単なる『理想』をはるかに超えたものであり、教会が、この確信に反し、結婚として認められないことを意味する可能性のある儀式や秘跡のあらゆる形を避けるわけは、そこにあります」と言明。
そのうえで、同性愛の個々の人々に対して司牧上のケアで、深い思いやりを持つ必要があることを強調、同性によるunionに、ケースバイケースで祝福を与えることに前向きな姿勢を示し、 「人々と関わる際に、司牧的な慈愛を失ってはなりません。それは私たちの判断と振る舞いのすべてを通してです… 客観的な真実を守ることだけが慈愛の表現ではなく、親切、 忍耐、理解、優しさ、励ましもそうです」とされ、 「したがって、私たちは拒否し、否定し、排除するだけの”裁判官”になってはなりません」と答えている。
そして、この理由から、「司牧的な思慮深さにおいて、結婚について誤った概念を伝えないような祝福の形が、さまざまな人々によって求められているかどうか、適切に見極めねばならない。それは、 祝福を求めるとき、神からの助けを求め、より良く生きることができるようにと祈り、より良く生きるよう助けてくださる父への信頼を表明していることになるからです」とする一方で、 「特定の状況では、司牧的慎重さが求められる可能性がある決定は、必ずしも規範による必要はない」とし、そうした趣旨の規範を作ることに否定的な考えを示した。
*ドイツ教会の”シノドスの道”-司教協議会がすべてをカバーすることはできない
また、教会のこれまでの規範などを壊す動きとして物議を醸しているドイツ教会の”シノドスの道”の歩みに関連して、教皇は「教区、司教協議会、その他の教会組織にとって、あらゆる種類の問題に対して常に公式に手順や儀式を適用しようとすることは適切ではありません… 特定の状況に直面した際の実際的な識別に関するものは、いかなるものも、規範のレベルに引き上げることはできず、耐え難い不自然さを引き起こすことになるからです」とし、さらに 、「教会法はすべてをカバーしてはならないし、すべてをカバーはできない。さまざまな文書や議定書を備えた司教協議会も、すべてをカバーできると主張することはできません。なぜなら、教会活動は規範的なものに加えて多くのルートを通ってなされるからです」と述べた。
*女性の司祭叙階—聖ヨハネ・パウロ二世の「不可能」との判断は支持するが、それは女性蔑視ではない、女性には教会で重要な役割
女性の司祭叙階について、教皇は、第二バチカン公会議の「教会憲章」を引用し、「すべての信者の共通祭司職と司教及び司祭の職位的祭司職は、本質的に異なる」が、「信者の共通祭司職を、”第二分類”あるいは、価値の劣るもの(劣後したもの)のように考えることを意味する、程度の違いを支持するのは適切ではありません… 二つの祭司職は互いを照らし、支え合うものです」としたうえで、これまで通り、「女性を司祭叙階することが不可能なこと」を権威をもって確定した聖ヨハネ・パウロ二世教皇の判断を支持した。
ただし、 ヨハネ・パウロ二世は「決して女性を蔑視したり、男性に最高権限を権力を与えたりしたわけでありません… 尊厳や神聖さではなく、職務上のこととして、祭司の権限について語られたのです」と説明。 「彼の言葉の真意を、私たちは十分に受けとめていない… 司祭の務めを果たすことは、ある人が他の人よりも優れていることを示すものではないし、 支配の一形態として理解されるべきではなく、『キリストの手足の神聖さ』を構成することなのです… もしこのようなことが理解されなければ、司祭としての役割が男性だけに与えられていることを受け入れるのが難しくなり、女性の権利や、女性たちが様々な形で、教会における主導的な役割を担う必要があることを認識できなくなるでしょう」と強調した。
*神の啓示は、文化の変化に応じて、より良く解釈されるべきもの
また、文化の変化に応じて神の啓示を再解釈すべきかどうか、との問いには、「判断は、『再解釈する』という言葉にどのような意味をもたすか、によります。それが『より良く解釈される』という意味なら、その言葉 は有効です」とし、 「神の啓示が不変で常に拘束力をもつのは事実ですが、教会は謙虚で、主から受けた計り知れない富を決して使い果たさず、啓示への理解を深めていく必要があることを認識する必要があります」と答えた。
そして、教会自身と教導職についての教会の理解は、 時が経つとともに成熟し、 「文化の変化や新たな歴史的課題は、啓示を変えるものではありませんが、常に、さらに多く与えられる豊かな富のいくつかの側面をより明確にするように、私たちを刺激する可能性があります」と語った。
*「シノダリティ(共働性)」は教会活動に不可欠な要素
また、「シノダリティ(共働性)が教会を構成する要素か、教会が生来、シノダリティであることを意味するのか、という問いには、 教皇は、「教会は『福音宣教の使命を帯びた交わりの神秘』だが、この交わりは、情緒的、あるいは霊的なだけでなく、 必然的に実際の参加を意味します… その 階層構造と様々な生き方をする様々なレベルの神の民全体が、互いの声を聴き、教会の旅を担っていると感じることができる。 この意味で、形態として動きとして、教会活動に欠かすことのできない要素である、と言えます」と述べた。
また、世界の人々の多様性を無視して、「一つの集団を喜ばせるような、シノダルな方法論を神聖化したり押し付けたりし、すべての人にとっての規範と義務とするような試みに陥らないように。それは世界中の教会の多様性を無視し、”シノドスの道”を” 凍結”させるだけです」と警告した。
*「告解」は、罪の赦しを受ける権利の行使
告解の秘跡が罪の赦しを受ける必要条件か否か、については、「赦しを受けるのは人の権利」という自身の持論から、「答えは”Yes”です」とし、 「告解は、秘跡による赦しの有効性のために必要であり、二度と罪を犯さないという意図を示すもの。ここには数学は存在しない。告解場は”税関”ではない、ということを改めて思い起こさねばなりません」と指摘した。
さらに、「私たちは”主人”ではなく、信徒を養う秘跡の謙虚な”管理者”です。秘跡という主の賜物は、保存されるべき”遺物”ではなく、人々の生活にとっての聖霊の助けだからです… 自尊心が強い人々にとって、罪や悪行を認めることは残酷な拷問ですが、告白という行為は、回心と神の助けを求める象徴的な表現です」と述べた。
続けて教皇は、「私が覚えておきたいと思うのは、司牧活動の中で無条件の神の愛に多くの場を作るのが、負担になることがある、ということです。しかし、私たちは学ばねばなりません… 信徒たちに、結果として抽象的になったり、自己愛に陥るような、余りに正確かつ確実な解答を求めてはなりません」とし、ヨハネ・パウロ二世が1996年に米国のウィリアム・バウム枢機卿に送った手紙を引用する形で「新たな秋(注:シノドス総会)についての予測能力さえも、決意の信頼性を損なうことはない」と締めくくった。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.
Cardinal Raymond Leo Burke, left, talks with Cardinal Robert Sarah, right, as he arrives for the presentation of his book “Divine Love Made Flesh” in Rome on Wednesday, Oct. 14, 2015. (Credit: Andrew Medichini/AP.)
ローマ発 –4日に始まる世界代表司教会議(シノドス)総会を前に、 カトリック教会の保守派を代表するとされる5人の枢機卿が、教皇フランシスコに対し、女性の司祭叙階と同性カップルの祝福、そして拘束力のある教義を公布するシノドスの権限についての新たなdubia(疑念)を提起した。
新たなdubia は、2016年に教皇が出した使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」フランシスコの文書「アモリス・レティシア」とそこで示された離婚・再婚したカトリック教徒に関する見解ついての少数の枢機卿によるdubiaに続くもの。通常はその内容は公開されないが、2016年に教皇に提出したdubiaに対して本人から返答がなかったため、新たな形で今回の提出となった、という。
署名者は、ドイツのウォルター・ブランドミュラー枢機卿、米国のレイモンド・バーク枢機卿、メキシコのサンドバル・イニゲス枢機卿、ギニアのロバート・サラ枢機卿、元香港司教の陳日君・枢機卿の 5人。いずれも、4日に始まるシノドス総会の参加者に含まれていない。
また、ブランドミュラー枢機卿(94)、バーク枢機卿(75)は、2016年のdubiaの署名者で、バーク枢機卿は最近、保守団体「伝統・家族・財産(TFP)」が発行する小冊子の序文で、今回のシノドス総会を「分裂的」と批判していた。
新dubiaは「キリストの信者への通知」というタイトルで、「高位の聖職者のさまざまな発言… 教会の揺るぎない教義と規律に公然と反するもの、信徒や善意の人々の間に大きな混乱と誤謬をもたらし、今ももたらし続けていることに対して、教皇を支える責任を持ち続ける立場から、申し上げたい」と前置きしている。
5人によると、新dubiaはは7月10日に教皇に提出し、翌11日に返答を受け取った。その時点では教皇の返答を公開しなかった。それは返答が自分たちに宛てられたもので、公開することを前提としていなかったからだが、教皇の書簡が、bubiaへの返答の「慣例に従ったものでなかった」ことから、 「教会の揺るぎない教義と規律に基づいた明確な返答を引き出す」ために、質問の言葉を変えた改訂版を8月21日に再提出したが、「まだ返答は得られていない」という。
新dubiaのオリジナル版は、文化の変化を踏まえた神の啓示の解釈に焦点を当て、 同性結婚の祝福。 「教会の構成要素」としてのシノダリティ(共働性)、 女性の司祭叙階。 そして、教皇が司牧者たちが「常にすべての信徒」の罪を赦す必要があると頻繁に主張していることを踏まえ、赦しを受けるために告解が必要か否か、などについて言及。
改訂版では、教皇の返答に感謝したうえで、新dubiaを提出することを決めたのは、「現代の人々との対話や、彼らがキリストの福音についての問うことを恐れたたためではない」とし、 「私たちがdubiaを提出する動機となったのは、人々の心を変容させる福音の力に疑いをもち、健全な教義ではなく「自分自身の好みに合わせた教え」を信徒たちに語ってしまう司祭たちが いることへの懸念だ、と説明。
さらに、「 神の憐れみは、『私たちの罪を覆い隠すことではない、戒めを守ることによって神の愛に応えること、回心し福音を信じること、を可能にするという点で、 それよりはるかに大きなものだ』と理解されることに懸念を持っている」と述べている。
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だが、枢機卿たちが提起した疑念に対して、教皇の返答は、疑念を解消するものではなかったので、提起した5つの疑念に対して、YesかNoで応えてくれるように、次のように改訂版で表現を変えて、改めて求めた、としている。その内容は次のようなものだ。
①今日の教会が、ex cathedra(教皇が持つ権能のうち、最高のものとされるもの。またその行使による教理宣言。聖座宣言、または教皇座宣言)によってであれ、公会議の決定であれ、あるいは世界中の司教の普遍的な教導職であれ、信仰と道徳に関してこれまで教えてきたものに反する教義を教えることは可能でしょうか?
② 状況次第で、司祭が同性愛者の間のunions(注:結合、結婚、性交などと訳される)を祝福し、同性愛的な行為自体が神の律法や、彼らの神への旅に反しないとすることがあり得るでしょうか? この疑問に関連して、別の疑問を提起する必要があります-普遍的な通常の教導職によって支持されている教え、つまり結婚以外のあらゆる性的行為、特に同性愛的行為は、それがなされる状況や意図に関わらず、神の律法に反する客観的に重大な罪を構成する、という教えは 有効であり続けていますか?
③ローマで開かれる今回のシノドス総会—選ばれた司祭たちと信徒たちの代表のみで構成される総会—は、発言するように求められている 教義的ないしは司牧的な課題において、教皇に委ねられ、教皇と共にある司教団に属する教会の最高権威を執行するのでしょうか?
④将来において、教会は女性に司祭叙階を授与する権限をもつことになり、そうして、洗礼を受けた男性によるこ の秘跡の占有は教会が変更することのできないthe Sacrament of Ordersの本質そのものである、ということが否定されるのでしょうか?
⑤告解した人が、犯した罪を認めながら、再び罪を犯さないとの意思表明をいかなる形にせよ拒んだ場合、正当な赦しの秘跡を受けることができるのでしょうか?
新dubiaに署名した枢機卿5人は、この 「キリストの信者への通知」で、最後に次のように述べている。
「ここで提起した問題の重大さを、特にシノドス総会を目前に控えていることを考慮して、信者の皆さんに、その内容をお知らせすることが私たちの義務であると判断しました。皆さんが 混乱、誤り、落胆にさらされることがないように… 信者の方々は、普遍教会のために、そして特に教皇のために、福音がれまで以上に明確に教えられ、これまで以上に忠実に守られるように、祈らなねばなりません」。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
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親愛なる兄弟である司教の皆さま、
「2021 年 10 月に教皇フランシスコが全教会をシノドスに招集して以来、神の民は動き始めて」(『討議要綱』1項)おり、そして今わたしたちは、神の民の意見聴取から始まったこの歩みにおいて、新たな節目を迎えています。あと数日と迫った10月4日、教皇はシノドス第16回通常総会「共に歩む教会のために―交わり、参加、そして宣教」の第1会期を開会します。
「祈りなくしてシノドスなし」 (教皇フランシスコ「2022 年10月の祈りの意向」)。シノドスとは、何よりも祈り、耳を傾ける行事であり、シノドス総会の参加者だけでなく、洗礼を受けたすべての人とすべての部分教会を巻き込むものです。実際、この時、私たち全員が祈りの交わりのうちに一致し、主が今日の教会に何を求めておられるかを識別するために私たちを導いてくださるよう、聖霊に熱心に呼びかけるよう求められているのです。
それゆえ私は、各自の部分教会において「一致の目に見える原理であり、基礎」(『教会憲章』23項)であり、ゆだねられた神の民のための祈りの第一の担い手である皆さんに手紙を書いています。それは、全教会から「熱心な祈り」(使徒言行録12章5節)が、教皇フランシスコとシノドス総会のすべての参加者のために、神に届けられるためです。
皆さんがシノドスのために祈り、各自の部分教会のあらゆるキリスト教共同体、とりわけ観想修道会の一致した熱心な祈りを勧めてくださるようお願いします。祈りは、あらゆる司教にとって、団体性に基づく行為においてふさわしい参加の一形態であり、普遍教会のために心を向けていることの明らかなしるしなのです(司教省『アポストロールム・スチェソーレス』13項参照)。
さまざまな祈りの形態は、教会のシノドス的生活の多次元的な表現にすぎません。何よりもまず、祈りとは耳を傾けること です。教皇はシノドスの旅の冒頭で、次のように語りました。「シノドスはわたしたちに、耳を傾ける教会になる機会を与えてくれます。立ち止まって耳を傾けるために、日常から抜け出し、司牧的関心を一旦ストップするのです。(教皇フランシスコ「内省の時」ローマ、2021年10月9日)。
祈りの第一歩は、神の言葉に耳を傾け、霊に耳を傾けることです。洗礼を受けたすべての人による、シノドス総会の展開に対する第一の貢献は、霊の声が教会の識別にとって必要条件であるという確信のもとに、神の言葉と霊に耳を傾けることです。
祈りの第2の形態(顔)は崇敬の祈り です。教皇は次のように述べています。「今日、私たちはどれほど崇敬の祈りを欠いていることでしょう。多くの人々が、習慣だけでなく、神を礼拝するということの意味そのものを見失ってしまっているのです」(同、ローマ、2021年10月9日)。
ですから、耳を傾けたあとには、神がご自身の教会に語られていること、そして霊が今日の教会に呼び覚ましていることに、畏敬の念をもって、崇敬を表す沈黙が続くべきです。これまで歩んできたシノドスの道は、私たちを驚きと畏敬の念へと導き、私たちのまなざしを、あきらめの悲しみ(ルカ24・17参照)から、復活した方の現存を自分たちのただ中に発見した人々の喜びの使命(ルカ福音書24章33節参照)へと転換させるのです。
祈りの第3の顔は執り成しの祈り です。私たちは執り成しの祈りの力を信じるべきです。それは神のみ旨を、自分の意志に寄せてくることではありません。むしろ、「執り成し」とは、主が命を与える霊の力で、私たちの心を照らしてくださることによって、私たちが主のみ旨を識別し、実行できるように願うことなのです。
また「執り成す」ということは、責任を担うことでもあり、神の前で自らの参加と関与を宣言することでもあります。「執り成す」とは「私は関心があります、参加します、それは私のものです」と公言することです。シノドス総会のため、その参加者全員のため、そして何よりもまず、たびたび私たちに自らのために祈るよう願う教皇のために執り成すことは、参加の最高の形です。
最後に、親愛なる兄弟の皆さん、祈りとは感謝 であり、私たちのすべての働きとキリスト教共同体の生活のうちに、神のわざと恵みが先に存在するのだと理解すべきです。
教皇は言われました。「感謝の祈りは、常にこのことを起点としています。つまり、恵みは、私たちに先立って与えられることに、気づくことから始まります。私たちは、考え方を学ぶ前から、考えられていました。愛し方を知る前から、愛されていました。自分たちが望む前から、望まれていました」(教皇フランシスコ「一般謁見講話」2020年12月30日)。感謝の祈りは私たちを、自分自身の中に閉じこもった状態から、神が教会の中で働き続けておられることをすべて発見できる、開かれた状態へと駆り立てる、真の「癒し」なのです。
親愛なる兄弟の皆さん。耳を傾けること、崇敬、執り成し、感謝の祈りをもって、霊の力のうちに、洗礼を受けたすべての人に関わる行事であるシノドス総会に、教会共同体全体があずかることになります。 とりわけ10月1日、年間第26主日(A年)に、皆さんがシノドス総会のための祈りを強調し、ミサ中の説教、共同祈願、派遣の祝福の中で、シノドス総会のことを思い起こすよう、お願いします。そのために、共同祈願と派遣の祝福に使用することのできるテキストをいくつか添付します。
シノドスの旅において、各自の部分教会を導いておられる皆さんの配慮に感謝し、また、私たち教会の旅において、交わりと喜びに満ちた希望の賜物を花開かせてくださる主に感謝しつつ、皆さんと、また全教会を代表する皆さんの奉仕職のために、心よりお祈りいたします。どうか、主の霊が私たちを照らし、その御旨の道へと、いつも導いてくださいますように。私たちを生かし(詩編119章50節参照)、その中に私たちが喜びを見出すのは、主の言葉だけだからです。
シノドス事務局長 マリオ・グレック枢機卿
添付資料:
1.「派遣の祝福―年間第26主日」(典礼秘跡省による規範版)
2.派遣の祝福の各国語訳例
3.週日のための「執り成しの祈り」
4.主日のための「執り成しの祈り」―年間第25、26主日
シノドス第16回通常総会サイト:Without prayer there will be no Synod
(編集「かとりっく・あい」)