【シノドス総会】10日午後の記者会見で、「扉が開かれる時、教会は『最も素晴らしい教会』になる」とトービン枢機卿

Sister Gloria Liliana Franco Echeverri, a Colombian religious of the Company of Mary Our Lady, US Cardinal Joseph William Tobin (right) and Paolo Ruffini (left)Sister Gloria Liliana Franco Echeverri, a Colombian religious of the Company of Mary Our Lady, US Cardinal Joseph William Tobin (right) and Paolo Ruffini (left) 

 またシスター・エチェヴェリは「私たちの作業部会では、互いに対する敬意、交流、相互認識から生まれる尊厳を正確に認識されています。意見交換では、貧しい人々の叫びに耳を傾けよう、という呼びかけが心に響き、貧しい人々の顔、移民、人身売買、社会的な排除が念頭に置かれました」と指摘した。

 トービン枢機卿は、「私たちの作業部会には、ロシアの若い女性、ウクライナの母親、ガーナのペンテコステ派の牧師、マレーシアの神学者、シンガポールのコーディネーターも参加していました。これほど多様な人々が参加し、互いの声に耳を傾けることができるのは、私にとって最適な環境になっています」と述べ、デトロイトの多文化環境で育ち、司祭として45年間「自分のものではない文化、少なくとも私が育った文化」で暮らしてきた自分にとって、「とても感動的な経験であり、私がこれまで参加した中で、最も多様なシノドス総会になっている。教会が選ぶべきは『友愛』、誰にも余地がある場となることです」と指摘。

 また、ニューアーク大聖堂での「性的指向のせいで疎外されていると感じた人々の巡礼」という具体的な司牧体験についても語り、司祭がグループに行った説明を思い出し、「この教会は素晴らしい教会ですが、扉が開いているときが最も素晴らしいのです」と述べ、「排他的なナショナリズムと外国人排斥によって特徴づけられ、国境にフェンスを立てることに熱心な指導者が存在する世界で、教会が選択すべきは友愛であり、私たちが皆兄弟であることを理解することを可能にすること」、「私たちが自分たちを兄弟姉妹だと考える教会には、誰にとっても参加の場があるのです」と強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月11日

【シノドス総会】第二週始まるー総括報告者、オロリッシュ枢機卿が問題提起、「いかにすれば、私たちを全人類の一致の道具にできるのか」

Synod participants begin the 4th General CongregationSynod participants begin the 4th General Congregation  (Vatican Media)

 全体会合ではまず、オロリッシュ枢機卿がモジュールB-1の内容を確認。モジュールAをもとにした先週の全体会合、分科会で「私たちは過去2年間にわたる神の民の”共に旅する”経験を思い起こし、包括的なビジョンとして、シノダル(共働的な)教会の在り方について、さらに注目するよう努めました」と振り返った。

 そのうえで、次の段階として、「神の民の声に耳を傾けることから明らかになり、この会合が洞察力を働かすよう求められている3つの問題のうちの1番目に取り組む」ことを提案。

 その主題は、「四方に広がる交わり」であり、「どうすれば私たちは、もっと完全な神との結び付き、全人類の一致のしるしとなり、道具となることができるのか」を考察することが優先事項になる、と述べた。

  ホレリッヒ枢機卿は総会参加者たちに、これからの先にあるものを繰り返し指摘し、 「9日の午後と10日の朝、私たちはすでに実践した聖霊との対話に触発された共同体の識別の仕方に従って、Circuli Mineres(小さな集まり=分科会)で作業をします。私たちは互いの声に耳を傾け、御霊の声に耳を傾けます… 私たちはそれぞれの分科会の報告書の草案を作り、報告者が全体会合で行うスピーチの準備をし、共通の認識をさらに深めるために、分科会が全体会合に提起したいと考えている点に焦点を当てます」と説明した。

 オロリッシュ枢機卿のあいさつと会議の進め方についての説明の後、参加者たちは討議要綱のモジュールB-1に示されたテーマに関するいくつかの意見を専門家などから聞いた。

 (注:英国のドミニコ会の修道士で説教師の)ティモシー・ラドクリフ師からは、「井戸に水を汲みに来たサマリア人の女」(ヨハネ福音書4章7-30節」について霊的な考察があり、 英国のダーラム大学神学・宗教学部のンナ・ローランズ教授からは、「交わり:小羊の婚宴」というテーマでの神学的な考察がされた。 

 また、カトリック教会と正教会の神学対話国際委員会の共同委員長であるギリシャ正教のジョブ・ゲッチャ・エキュメニカル総主教からは、正教会におけるシノダリティ(共働性)についての考察を述べ、マレーシアのクラレンス・ダヴェダサン師は、「どのようにすれば私たちはより完全に神との結合、そして全人類の結合のしるし、手段となることができるのか」について語った。香港出身のカトリック教徒、シウワイ・ヴァネッサ・チェン氏は、シノダリティ(共働性)と文化、特に「シノダリティとアジア文化」について語った。

 この後、9日午後から分科会が再開され、討議要綱のモジュールB1をもとに分かち合いが行われた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月10日

【シノドス総会】分科会で「奉仕に生きる代わりに、権力の独占に走る危険性」も指摘されたーバチカン広報長官、二度目の記者会見

シノドス会場、バチカン・パウロ6世ホールのアトリウムの「サン・ダミアーノの十字架」と参加者たち 2023年10月6日シノドス会場、バチカン・パウロ6世ホールのアトリウムの「サン・ダミアーノの十字架」と参加者たち 2023年10月6日  (Vatican Media)

(2023.10.8 バチカン放送)

 シノドス総会の広報責任者のルッフィーニ・バチカン広報長官が6日夕、総会に関する二度目の記者会見を開き、5日午後の35に分かれて続けられた作業部会(分科会)と6日午前の二度目の全体会議について説明した。

 まず5日午後の分科会では、午前の部会に続いて、シノドス事務局から事前に配布されていた討議要項の中のセクションA「共に歩む教会のために。一つの統合的体験」についての意見の交換が行われた。

 6日午前に開かれた二度目の全体会議には、教皇フランシスコも出席され、前半は分科会の報告者18人が、それぞれの意見交換の結果を「レポート」として発表。後半では、22人の個人による発表が行われた。発表は1人3分で、4つの発表ごとに沈黙と祈りの時間が設けられた。

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 記者会見に同席したシノドス広報委員会のシェイラ・ピレス氏は、分科会の雰囲気について、「非常にシノドス的であり、参加者らは互いについて知ろうとしながら、まさに『共に歩んで』います」とし、それぞれの分科会は様々な大陸の出身者から構成され、ピレス氏が所属する分科会には、アジア、アフリカ、北米、欧州からのメンバーが集まり、「多様性の中にも兄弟的な精神があり、『共に歩もう』という意欲があります」と強調した。

 ルッフィーニ長官とピレス氏によると、5日の分科会の2セッションで取り上げられたテーマとして、「家族のように、すべての人を受け入れる教会」をめぐる考察が多くなされ、「信仰一致」「諸宗教対話」「若者たちに対する認識」「女性の参加の重要性」や「教会法、教皇庁、育成などの観点からの教会制度の見直し」「東西教会の関係」「移民・難民への対応」「牧者としての司教の奉仕の在り方」なども話されたという。

 さらに、ルッフィーニ長官は、ある分科会参加者は、パウロ6世ホールのアトリウムにもコピーが掲げられている「サン・ダミアーノの十字架」に言及し、アッシジの聖フランシスコがその十字架の前で祈っている時に「行って、私の家を建て直しなさい」というキリストの声を聞いたエピソードに触れながら、「教会を建て直すための奉仕」というテーマを提示した、と説明した。

 このほか、「教会、また信者として、キリストに似ていないすべてと、福音にそぐわないことのすべてを、脱ぎ捨てることの重要性」が強調され、この中で注意すべき点の一つとして、「奉仕に生きる代わりに、権力の独占に走る危険性」が指摘されたという。

 シノドス総会の参加者たちは、迫害や戦争など重大な危機のため会議に参加できなかった人々を思い、特にウクライナの「苦しむ教会」に連帯を確認した、という。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月10日

【シノドス総会ファイル】②開かれた窓、閉じられた扉、そして司祭不足という困難な問題(Crux)

(2023.10.8  Crux  Editor John L. Allen Jr.)

 ローマ 発– 今月、世界のさまざまな地域で 2 つの統治のドラマが同時に展開されており、それぞれが、もう一方の落とし穴と課題をかなり完璧に捉えているようだ。ローマでのシノダリティ(共働性)に関するシノドス総会と、米国での先行き混とんとした議会下院議長ポストをめぐる抗争だ。

 シノドス総会はこれまで少なくともある程度の公開性を持って開かれてきた催されたイベントだったが、今回は総会出席者の議論への自身の貢献さえ明らかにすることが禁じられるなど、新たな厳格な機密保持の条件下で開かれている。 一方、米議会下院では、通常は非公開で行われる議長選出プロセスが公の場で進行しており、明らかに悲惨な結果をもたらしている。 どちらの場合も、一方の状況が、もう一方の主な困難を示しているようだ。

 関係者の立場が公の場で展開され、妥協の努力が軌道に乗る前に硬化する、という事実によって増殖する議長レースの有害な側面を抑え、合意を形成しようとするなら、 多くの場合、スポットライトをしばらく避けるのが良い考えだ。 現在、一部の有力な共和党議員は下院議員に対し、”フォックスニュース・フォーラム”の計画を撤回するなど、トークショーやソーシャルメディアに、論争に参加しないよう求めている。これは、再び明らかな内破が起こる前に、解決策が出てくる余地を作るためだ。 ある共和党議員は昨日、CNNに対し、「良いことは何もないが、『失敗を公にすることが、議会にとっても国にとっても最善だ』とは多くの人は考えていない」と語っている。

 一方、シノドス総会での参加者の発言内容などのの機密保持(教皇フランシスコは、やや婉曲的に「断食」と呼んでいる)をめぐる論争は、あらかじめ作られた結果をもとに”デッキ”を積み上げているのではないか、との疑いをさらに強めてしまっており、そうすることで、ある種の試みがなされていることを想起させている。

 暗闇に紛れて重要な政策決定を行うことには、それ自体に危険が伴う。 例えば、対中国をめぐる姿勢などで教皇を頻繁に批判している元香港司教で陳日君・枢機卿は最近、司教たちに書簡を回覧し、シノドス総会の主催者を「”操作技術”に非常に優れている」人々と揶揄し、「総会での誠実な議論を抑圧しようとしている」と批判した。当然のことながら、広報担当者や総会参加者が内部で何が起こっているかについて話すことが禁じられている場合、このような批判にに反論するのはかなり困難になる。

 以上をまとめて言えば、米議会下院の混乱は「透明性が高すぎる」ことのマイナス面を示し、シノドス総会の運営に関する騒動は、これとは正反対の「秘密の過多」がもたらす問題を浮き彫りにしている、ということだ。

 米議会下院では、ケビン・マッカーシー前議長のほかに、”犠牲者”として挙げられるのは、2017年に設立された超党派のグループ「プロブレム・ソルバーズ・コーカス」かもしれない。 共和党は政府機関閉鎖を回避するための超党派の合意を支持したマッカーシー氏を民主党が救わなかったことに激怒し、一斉に行動を起こすと脅している。

  教皇フランシスコは、シノドス総会がこのような結末を迎えるのは避けたい、と考えており、4週間続く総会の早い段階で世論の圧力にさらすことが、米下院議会のようなリスクをもたらす、と確信している。その結果、ここにはとてつもない皮肉が働いている。教皇は、”シノドスの道”の究極の目的は「第二バチカン公会議の精神を復活させることだ」と繰り返し述べており、それは教皇ヨハネ23世の「今こそ、 カトリック教会の『窓を開け』、新鮮な外の空気を取り入れよう」という言葉につながる。

 だが、教皇フランシスコは、窓を開けるために、少なくとも今のところはシノドス総会の扉を閉めることに決めた。 それが正しいアプローチであるかどうかについては、明らかに議論の余地がある。だが、避けようとしている問題が完全に彼の頭の中にあるわけではないことを理解するには、現時点での米議会下院の動きを注視するだけで十分だろう。

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 シノドス総会の情報公開に対する人々の声に、少なくとも若干の譲歩をするしるしとして、主催者は昨日、記者会見で、2人の参加者の発言を公開した。その2人は、コンゴ民主共和国のフリドリン・アンボゴ・ベスング枢機卿と、聖マリア修道女会の会員で米カリフォルニア・サンバーナディーノ教区の尚書担当のシスター・レティシア・サラザール。彼らは、機密保持に関する会議のルールを擁護しつつ、作業部会などで議論されている内容について一般的な洞察を提供した。

 アンボンゴ枢機卿は、世界の一部の地域で神学生の数が減少する事態が生じていることを認める一方で、この問題は「世界中で起きている問題ではない」と指摘。 自国の首都で彼の担当教区であるキンシャサだけでも「約130人の神学生がさまざまな育成段階にあり、『どこの神学校も空いている』と言うのは正確ではない」と述べた。

 総会でこの話題が大きく取り上げられる場合に備えて、枢機卿の主張に簡単な背景を追加しておくといいだろう。

 確かに、最近アフリカでは、西欧や北米よりもはるかに速いペースで、司祭職や修道生活への新たな召命が生まれています。だが、このことは、『アフリカで司祭が余っている』ということを決して意味しない。実際、アフリカはカトリック人口全体に対する司祭の割合という点で、ひどく不十分なサービスを受けている。

  現在、カトリック教徒に占める司祭の割合は、米国では1300人に1人、欧州では1700人に1人だ。これに対して、アフリカでは、5000人以上の信者に対して1人の司祭しかいない。 特に、サハラ以南のアフリカでは、20 世紀後半から 21 世紀初頭にかけて、カトリック教徒が急速に成長しているため、司祭不足は改善されるどころか、一段と悪化している。理由は単純で、この地域の成長サイクルの中でカトリック教会が人々を叙階するよりもはるかに短期間で洗礼を施しているからだ。

 そうした現実にもかかわらず、先進国の多くの地域では、アフリカだけでなくフィリピンなど他の地域出身の外国人司祭への依存がますます高まっている。フィリピン人司祭などは宣教師として世界各地に散らばり、奉仕活動を行っている。

 このような傾向に対して、一部の批評家は、カトリック版の「頭脳流出」であり、「最も切実に司祭を必要としている地域から人材を吸い上げ、裕福な教区が他の教区への影響を考慮せずに自分たちの穴を塞ごうとする利己的な取り組み」と見ている。 米国のベイラー大学で世界の宗教を研究するフィリップ・ジェンキンス氏は「世界的な観点から見ると、このような政策は、痛ましいほど近視眼的であり、悪く言えば、カトリック教徒を自殺に追い込むように運命づけるものだ」と述べている。

 もっとも、これは決して新しい見方ではない。 2001年、改革前の福音宣教省は「宣教地域からの教区司祭の海外派遣および滞在に関する指示」と題する文書を発表し、 当の長官、ジョセフ・トムコ枢機卿は「世界の南から北への司祭の異動が、ますます懸念されるようになっている」と指摘。「 (2001年現在で)イタリアだけでも 1800 人の外国人司祭がおり、そのうち 800 人以上が直接、司牧的ケアに従事している… これほど多くの教区司祭がいれば、(注:まだカトリックの教えが十分伝えられていない)宣教地域に、多くの新しい教区が設立されるはずだ」と強調していた。

 カトリック教会が多国籍企業であれば、システムアナリストが「教会の市場とその資源配分の間に深刻な不一致があること」に気づくのに、それほど時間はかからないだろう。

 現在、世界のカトリック教徒の3分の2はアフリカ、アジア、ラテンアメリカに住んでいるが、それらの地域の司祭の数は世界の総司祭数の3分の1をわずかに超える程度だ。 「カトリック教会にとって本当に必要なのは、”事業”が成長している地域に、司祭を”再配分”する計画を進めることだ」という強力な主張が、これからのシノドス総会の議論の中でなされる可能性がある。

 たとえ総会参加者たちがその問題について話しているかどうか明らかにされないとしても、会議の議論が進むにつれて、それは興味深い考えの材料になるかも知れない。

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*10月4日から29日までのシノダリティに関する司教会議の間、Crux編集者のジョン・アレンが「シノドス・ファイル」のタイトルで定期的に分析を提供する。

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(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年10月9日

【シノドス総会】「移民・難民、女性、貧困などが作業部会のテーマになっている」—広報長官、5日夕の会見で

Briefing on SynodBriefing on Synod  (Vatican Media)

(2023.10.6 Vatican News  By Salvatore Cernuzio)

 シノドス総会情報委員長のパオロ・ルッフィーニ・バチカン広報省長官は5夕、二度目の記者会見を行い、5日の段階で351人による35の作業部会で取り上げられ、自由な意見交換もされている「家庭としての教会」「虐待」などのテーマの概要を説明。私たちはできる限りのことを皆さんに提供できるよう、毎日最善を尽くします」と約束した。

 長官によると、5日の作業部会は、司祭、神学生、信徒、カテキスタなど「全員」の参加の確認に始まり、「誰もが居場所を持つ家庭としての教会」「祈り」「女性や一般信徒、叙階された聖職者、そうでない人の役割」「 聖体と神の言葉の中心性」、 そして「教会の選択肢としての貧しい人々の重要性」「移民難民、虐待、迫害と苦難の中で暮らすキリスト教徒の問題」などが主なテーマとなった。参加者は、戦争中の苦しみについての感動的な物語を聞いたウクライナ人に拍手を送った。

 また会見に同席した情報委員会事務局長のシーラ・ピレス氏は、「非常に会議的」な雰囲気で会合する予定のさまざまな作業部会について、「人々はお互いのことを知り始めている… 私たちは本当に一緒に歩んでいます」。もちろん「緊張感もないわけではない」が、なによりも「楽しい」雰囲気が進めらている。

 そして、アフリカ南部でカトリックとのコミュニケーションに長い経験を持つモザンビーク人にとって、最も興味深い点は、各グループに異なる大陸からの人々が集まっている、という事実であり、「例えば、私のグループには、アジア、アフリカ、北米、そして欧州の人々がいます。多様性があり、友愛の精神があり、共に歩みたいという願望を持っています」と参加しての印象を語った。

 またルッフィーニ長官は、作業部会で扱われているテーマの中で、特に「すべての人を歓迎する家庭としての教会」に注目し、「これは総会の会議で繰り返し取り上げられるテーマの一つです」と述べ、「エキュメニズムと宗教間の対話」「若者の認識と女性の参加の重要性」なども主要テーマとして挙げた。

 そして、教皇が総会の冒頭で述べたように、優先事項は「耳を傾けること」であり、「聴くことだけでなく、聴くことを学ぶことは、シノダリティ(共働性)に関するこのシノドス総会の初めの数日間の課題であり、いくつかの祈りの瞬間が散りばめられています。それは熟考と洞察力を助ける休みの時」とピレス氏は述べた。

 「友情の絆」を強めることも重要な課題、と長官は指摘し、「作業部会の小さな集まりから友情が生まれ、皆で教会が何を必要としているかを理解しようと努めました。…確かに困難はあったし、常にある、と言われていますが、苦しむキリストの肉体を思えば、多くの障壁はなくなるでしょう」と付け加えた。

 長官は、現在行われている作業部会では、「教会法典などの教会の仕組みの改定、教皇庁の規模、そしてやはり組み立て」や「東西関係」にも焦点が当てられており、「移民・難民問題」では、彼らに寄り添い、司牧者としての司教たちの奉仕がその基本になること、「女性の役割」については、教会における促進、教会活動の様々なプロセスに女性を積極的に参加させることの重要性が繰り返し述べられているという。「若者」や「貧困者」への懸念にも強い関心が集まり、「対応の遅さ」を克服する必要も指摘されている、という。

 移民という現象に関しては、移民の同行と牧師としての司教の奉仕の必要性が「この同行の基本である」と繰り返した。 女性の役割については、教会における女性の役割を促進し、さまざまなプロセスに女性が積極的に参加することの重要性が繰り返し語られた。 若者や貧しい人々についても同様の懸念が示され、ある種の「遅さ」を克服することが求められていました。

  アッシジ聖フランシスコ回心きっかけとなったサンダミアーノの十字架が会場のパウロ6世ホールに置かれているが、作業部会での議論で、 「(この聖人に倣って、『教会を修復する』というテーマも浮上しました。(…)奉仕に身を置く人々は、教会を修復し、診断と予後を提供し、純粋な心で時代のしるしを読み取るのです」と説明。

 作業部会では、「教会として、また信者として、キリストに似ていないものすべて」と「福音に適合しないものすべて」を取り除くことの重要性も強調され、「重要な点の一つ」として、「モノを懸命にため込むよりも、奉仕に徹すること」も強調されたという。さらに、参加者たちは「シノダリティ(共働性)は教会のDNAの一部である」という点で同意した。

 さらに、「迫害を受け、あるいは国家危機の重大な状況の中にいて、総会に出席できなかった世界の人々に思いを向け」、とくにロシアの軍事侵略の長期化で苦しみ続けるウクライナの教会に注目が集まり、「ある発言には、賛意を示す拍手も起きましたが、これは、戦乱の中にある人たちとの交わりを感じる手段の一つとなりました」と長官は説明した。

 とりわけ、ウクライナの「苦しむ教会」に注目が集まった。「拍手を誘発する言及があった」とルフィニ博士は述べ、これは「戦争中の人々との交わりを感じる」方法だと説明した。 苦しみ続けているウクライナのキリスト教徒とともに。 別の拍手が、理由は異なりますが、今日誕生日を祝うレティシア・サラザール姉妹と、司教叙階記念日にちなんでチャールズ・シクルーナ大司教に捧げられました。

 会見では、複数の記者から、シノドス総会に関する米国のテレビ番組で5日に放映された、教理省の前長官、ゲルハルト・ミュラー枢機卿のインタビューに関する質問が出された。

 質問によると、このインタビューで、枢機卿は、教皇フランシスコが「公の発言を”断食する”ように」とシノドス総会の参加者たちに求めたことに、不快感を覚えた、と述べたといい、記者の中には、 「懲罰」が考えられているのか、との問いかけもあったが、長官は、「(懲罰は)誰によってされるのですか?私によってですか?」と冗談交じりに答えたうえで、「沈黙の中に識別力がある。あなたを罰する憲兵はいない… 総会は、自らに”活動の一時停止期間”を課した兄弟姉妹の集まりです。教皇が参加者に求めたのは個人的な識別力です。 私たちが話していることをあなたに説明する際にもそうです。識別力は人それぞれに委ねられているのです」と説明した。

 (翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月7日

【シノドス総会ファイル】① 陳枢機卿の書簡が”沈黙”を破り、バチカン裁判が議論に影響を与える(Crux)

(2023.10.6 Crux Editor   John L. Allen Jr.

ローマ – 5日のシノドス総会の会議に関連する大きなニュースは、外部からもたらされたものだった。イベントが行われているバチカンのパウロ 6 世謁見の間からではなく、むしろその場にいない人物—香港の元司教、陳日君・枢機卿—から発せられたのだ。陳枢機卿が公表して9月21日付けの批判的な書簡は、さまざまなカトリック・メディアで話題になっている。

*バチカン広報省長官の第一回定例会見-「何が語れないか」を弁明

 5日の総会内部から発せられた公式の唯一の情報は、バチカン広報省長官を務めるイタリア人信徒パオロ・ルッフィーニ氏の記者会見からだった。彼は総会開催中に予定される定例会見の第一回目を行ったが、記者たちに「何が起こったのかを語れない」というよりも、「なぜ語れないのか」の弁明が印象に残った。

 総会のRegolamento、つまり”ルール・ブック”には、総会参加者が自分自身の貢献や他者の貢献を話し合うことを禁止するなど、ほとんど絶対的な機密保持という要件が盛り込まれていたが、その説明に、ルッフィーニ氏は”最善”を尽くした。

 彼は、そのような措置は「suspension of time(時間の一時的な停止)」をもたらし、「それによって『耳を一時的に聞こえなくする沈黙』を生むことを目的としている、定型的な論点や対位法に慣れ親しんだ通常のやり方とは全く異なるものだ… 教会のような大きな組織が信仰、ミサ典礼、祈りにおいて沈黙の時を持つことが、”ニュース”なのです」と”勇気”を奮って弁明した。

 公平を期すために言うと、ルッフィーニ氏には困難な仕事が課せられている。あるイタリアメディアの(アクション映画「007」のタイトルをもじった)見出しにあるように、「情報が遮断された行事の広報担当を務めるのは基本的に”mission impossible(不可能な任務)”なのだ。

*長官が強調する”沈黙”は、陳枢機卿の総会に疑問を呈する書簡で既に破られている

 

 ルッフィーニ氏が記者会見で「沈黙」という言葉を二度使っていることに注目しよう。昨日、我々が得たのは、全くの”静寂”ではなく、陳枢機卿の書簡をめぐる多くの”喧噪”だ。その主な理由は、シノドス総会に関して他に興味深い発言を耳にすることができなかったことにある。

 

 

*ベッチュウ枢機卿ら10人の金融犯罪をめぐる裁判の影響も避けられない

 今回のシノドス総会には詳細な議題が予定されているが、会議場とは別の所で起きていることが議論に影響を与えるのは避けられない。

 その一つが、(注:元の教皇フランシスコの側近でバチカンの国務省副長官だった)アンジェロ・ベッチュウ枢機卿を含む10人の被告の様々な形態の金融犯罪に関して、最終段階に入っているバチカンでの裁判だ。 この裁判は、教皇フランシスコの下で進められてきたバチカン改革に対する厳しい試練であり、実際に起きているのは「正義」の遂行ではなく、失敗から目をそらすことが目的の、その場限りの法的駆け引きに基づく“いけにえの羊”だ、との非難の中で行われている。

  今総会が始まる前日、フィリッポ・ディ・ジャコモ神父(70)の発言が注目を集めた。神父 は、イタリアのメディア、特に国営放送RAIでバチカン情勢について頻繁にコメンテーターを務めている。ベネディクト十六世教皇のもとで国務長官を務めたタルチシオ・ベルトーネ枢機卿の大学教員当時の学生であり、教理省で当時長官だった後の教皇であるラッツィンガー枢機卿の下で15年間働いた。

 10月3日に、ベッチュウ枢機卿の裁判についてコメントを求められた神父は、クリスマス前に判決が出ると予想される、と述べ、「個人に対するバチカンの法的慣習で、イタリアの法律がバチカンのシステムに受け入れられたことがないことを考慮すると、おそらくその時になって初めて、どの訴訟法典が適用されたのかが分かるでしょう」と語った。

 そして「この裁判は、『世紀の裁判』と呼ぶ人が頑固に主張するようなものではなく、19世紀の凡庸な俳優によるメロドラマです」 と批判。訴追の法的根拠には重大な疑問が残されており、 まず第一に、「この裁判では、教皇が4つの勅令を用いて介入し、とりわけ検察官の裁量権を強化し、捜査の範囲を拡大したことが明らかになった」。そして第二に、「この裁判の異常なことは、実際には、ロンドンの不動産取引に関する事件、サルデーニャのカトリック慈善団体事件、そして自称”諜報専門家”セシリア・マローニャ事件の少なくとも3つの異なる事件を合わせる裁判であるということです。 誰が何の罪で起訴されるのか混乱している」と指摘した。

 さらに、神父は、ベッチュウ枢機卿に対する一連の容疑について言及し、「現在のバチカンの法規の下では犯罪とされているこれらの罪状の一部が、実際に起きたとされる時点で実際に行われていたかどうかも明らかではない」と批判。かつて検察側の”スター証人”だったイタリアのモンシニョール・アルベルト・ペルラスカが、彼の証言の一部がベチュウ氏を攻撃するための明らかな軸を持つ二人の人物によって台本にされていたことが明らかになった後、”視界から消えてしまった”ことなど、他のおかしな点も指摘した。

 主任検察官であるイタリアの弁護士アレッサンドロ・ディッディに関して、神父は、今年のニュースなどで注目される有力候補者となる彼のカトリック教会に対する理解を軽蔑し、「彼は、聖別されたホスチアと目玉焼きの違いを区別できないことで、それが十分に証明されています」と皮肉った。

その観点からどう考えても、シノドス総会の会議の中で、裁判とその苦しい試練が話題として浮上するのは避けられない。つまり、教皇とそのチームがどれほど「教会の明日」に焦点を当てようとしても、そうはならない、ということだ。 彼らは、「昨日の影」から完全に逃れることはできないのだ。

*10月4日から29日までのシノダリティに関する司教会議の間、Crux編集者のジョン・アレンが「シノドス・ファイル」のタイトルで定期的に分析を提供する。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2023年10月7日

【シノドス総会】ルッフィーニ・バチカン広報省長官が記者団に対し、「深く耳を傾ける」ことを強調

(2023.10.5 Vatican News By Salvatore Cernuzio and Deborah Castellano Lubov )

 シノドス総会で情報委員長を務めるパオロ・ルッフィーニ・バチカン広報省長官が5日、記者会見し、今総会の作業部会(Circuli Mineres)の進め方などについて説明した。

 説明によると、作業部会は35に分かれて5日から始められ、参加者は自己紹介から始め、シンノダリティ(共働性)に関する自分の経験を語り、他の参加者の意見から印象に残ったことを振り返るなど、互いをよりよく知る機会をもった。
そして、教皇フランシスコが4日の第一回全体会議の冒頭で語られたように、作業部会を含む会議における参加者は、聞くことを優先し、話すこと(特に公の場)を抑制し、互いを知り合い、 洞察力と機密保持に心がける必要がある、と指摘。

 静かで敬意を持って耳を傾ける今総会の4週間は、「他の面でも世界を助けることができる。戦争や気候危機を止め、お互いの意見に耳を傾けることができます」と述べ、総会を取材、報道するジャーナリストたちにも、教皇が語られたように、「深く耳を傾けることの価値を認識」しつつ仕事をするよう求めた。そして、「ニュース」とはまさにそのようなものであり、聖書に見られるように、「時間の停止」、つまり耳を傾け識別することを可能にする「沈黙」である、とし、「教会のような偉大な組織が、信仰、聖体拝領、祈りにおいて黙祷を捧げるやり方はニュースです」と述べた。

 また35の作業部会の運営などについて、長官は、総会参加者がそれぞれ使用言語ごとに集まり、現在考察の中心となっているのは、総会準備文書のセクションAにある「シノドスの特徴的なしるし」と「聖霊との対話」に関してで、教皇自身が総会冒頭のあいさつなどで言及された、よりデリケートな問題は、初日の議論にはまだなっていない、と説明。

 5日のそれぞれの作業部会では、参加者それぞれが割り当てられた 4 分間で、まず自己紹介をし、次に、シノドスの道の第一段階で自分たちの教会の歩みがどのように始まり、どのように進んだのか、その途上で出会った困難、地方教会と普遍教会との関係などを報告。そのあと、それぞれの教会のさまざまな経験や事例を出し合い、話し合った後、全体会議に報告するために「報告者」が選ばれた。多数決で選ばれた報告者は、報告の草案をまとめ、同意を得て全体会議に報告する。

 全体会議では、報告者以外の参加者の発言することができ、作業部会の話し合いは「自由で、穏やかな分かち合いの雰囲気」の中で進められ、 誰もが深い「スピリチュアルな体験」をしている、と長官は強調。また「これまで経験しきたのは、何よりも『交わり』。この参加者やあの参加者が何を言うか、が重要ではなく、教会がその交わりの精神に基づいて何を決定するかが重要です。これは複雑なプロセスですが、誰もが自分の視点を持てるようになります」と説明した。

 また、取材記者団に対して、「ジャーナリストとして、何かの結末を想像しようとするのは当然でしょう。それはサッカーの試合でも政治家の選挙でも変わりません。しかし総会はまだ始まったばかりなので、結末がどうなるかについては答えられません」と述べ、教皇フランシスコがこれまで繰り返し語ってこられたように、「シノドス総会はプロセス」であり、「2024年10月まで続く、シノドスに関する今回のシノドス総会ではなおさらです。あせらず、一歩一歩進んでいきましょう。今総会は”途中”の会議であり、第一期の今総会で、来年の総会第二期の結末がどうなるかを予見することはできません」と理解と協力を求めた。

 関連して長官は、今月末に策定される総会第一期の報告書には「合意点と相違点」が含まれるが、「それは、『到達点』ではなく『私たちが進む道』を示すものになります。したがって、これは過去のシノドス総会が出していた「最終文書」ではなく、「討議要綱」に近いものになるでしょう」と強調。また、各作業部会は、「参加者の積極的な発言で、共通の認識を進めており、収束点と相違点、生じている緊張と未解決の疑問点、解決策の具体的な道筋に関する洞察と提案を、全体会議に提供することができるでしょう」 と説明し、最後に次のように記者会見を締めくくった。

 「総会の参加者たちは、そのようなことをするために参加しています。私たちがそのことを信じるか、総会に何の価値も見出さないか、のどちらかです。私たちは参加者それぞれの意見を問題にするわけではありません。イエスかノーか、ではなく、教会全体が耳を傾け、識別するのです」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月6日

【シノドス総会】第1回全体会議:グレッグ事務局長とオロリッシュ議長が会議の心構えと総会の目標について説明

シノドス総会第1回全体会議 教皇フランシスコと、グレック枢機卿(中)、オロリッシュ枢機卿(左) 2023年10月4日 バチカン・パウロ6世ホール シノドス総会第1回全体会議 教皇フランシスコと、グレック枢機卿(中)、オロリッシュ枢機卿(左) 2023年10月4日 バチカン・パウロ6世ホール   (Vatican Media)

 世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会・第1会期は4日午前、教皇フランシスコが司式したバチカンの聖ペトロ広場での開会ミサの後、同日午後、パウロ6世ホールで第1回全体会議が行われた。

 会議では、教皇フランシスコのあいさつに続いて、導入の言葉に続き、シノドス事務局長のマリオ・グレック枢機卿のあいさつ、総会議長のジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿による基調講話があった。

 グレック枢機卿はあいさつで、「岐路に立つ今日の教会は、神学的、教会学的な課題以上に、「すべての人々にとって、神の愛のしるし、道具となることに召されています」とし、「教会が神の愛のしるし、傷ついた人類をいやす薬となること」を願った。

 さらに、「教会とシノドスとは同義であり、シノドス的教会とは、『人々の声に耳を傾ける教会』であると同時に、今日、神がお望みになることを理解するために、伝統の光のもとに『御言葉に耳を傾ける教会』でなけらばなりません」と述べ、シノドスのプロセスは普遍教会と地方教会との間の相互の内在性に基づくものであり、使徒の時代のように「心も魂も一つ」になることを体験するために、教会内の多様な賜物とカリスマをもって、互いの傾聴という形で表されるもの、と話した。

 そして、「今回のシノドスで初めて、信徒・修道者・助祭・司祭たちが『会議のメンバー』という完全なタイトルを得て参加していること」を強調した。

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 続いて総会議長となったオロリッシュ枢機卿が基調講話を行い、「私たちが話す言葉が少しずつ変わっていくように、シノドスの表現法も時代とともに変わっていきますが、『カトリック性』という文法は変りません… 私たちはシノドスのあり方、表現を学ぶように招かれています」とし、「教会は、キリストを中心に置きながら歴史の中を歩む神の民… 主に眼差しが向けられている時、自分と異なる考えを持つ人に気を取られることはありません。重要なのは、所属しているグループではなく、キリストの教会の中を、キリストと共に歩むことです」と強調した。

 次に、今総会の進め方などについて①識別のための4つの考察プログラムと5つ目の討議で構成されること②祈りに多くの時間を割くこと、③分科会では「聖霊のもとに会話する方法」をとり、互いの違いを尊重しつつ、誰もが自分の考えを語ること、などを説明した。そして、今総会の最終的な目標は、「合意に達した点や、さらなる考察が必要と思われる点などを示す、来年の同シノドス総会・第2会期に向けたロードマップ作り」にあることを強調した。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月6日

【シノドス総会】「聖霊は調和と敬意を持った聴取に私たちを導く」教皇、第一回全体会合の冒頭あいさつで

Pope Francis at the first General Congregation of the General Assembly of the SynodPope Francis at the first General Congregation of the General Assembly of the Synod

(2023.10.4 Vatican News  By Deborah Castellano Lubov)

    教皇フランシスコは4日始まった「シノドダリティ(共働性)に関する第16回世界代表司教会議(シノドス)通常総会の第一回全体会合であいさつされ、「聖霊がシノドスの主人公であり、他の誰でもないこと」を強調、「すべての人の意見に敬意を持って耳を傾けながら、自由に自己を表現するように」と参加者たちに求められた。

 第16回司教シノドス通常総会は1年間隔で2回の会期に分けて開かれ、第1回目は2023年10月4日から29日までの今回、第2回目は2024年10月に開催される。 

 教皇はあいさつの初めに、第二バチカン公会議の精神を受けて世界の司教たちの共働性を促進するためにシノドスを始められた聖パウロ6世教皇の取り組みを思い起しつつ、総会参加者たちを歓迎し、彼らの働きに感謝の意を表された。

 そして、「教会には、常にこの対話を行う用意ができていたわけではないが、現在では世界の司教たちと神の民にとって、シノダリティ(共働性)について話すことがますます重要になっている」とされ、 「それは容易なことではありませんが、素晴らしい、とても素晴らしいことです」と強調。参加者たちに、シノドスの旅に出発する際に、a collection of Patristic textsを読むよう特別に勧められた。

 また教皇は、聖霊が「教会を前に導く」「教会生活の主人公」であり、「母性的」であることを参加者たちに思い起させ、「シノドスの主人公は私たちではなく、聖霊です… 聖霊が主導すれば良いシノドスであり、そうでないなら、良いシノドスではありません」とされ、「聖霊は私たちを手で導き、慰めてくださるのです」と説かれた。

 そのうえで、 教皇は参加者たちに、「調和」に向けて努力するよう呼びかけ、調和には必然的に「ニュアンス」の余地が残ることを指摘。「微妙なニュアンスがなければシノドスではありません」と注意された。

 続けて、「特殊性を教会に組み込む必要があります… そして、これは私たちではなく、聖霊によって行われねばなりません」と強調され、「シノドスは”議会”ではないし、教会の司牧のための会議でもない」と、シノドスに誤った性格付けがされないよう警告された。

 また、シノドスに関する報道について、メディアの貢献を評価しながらも、「時として注目を集めている問題に焦点を当てすぎる」ことを嘆かれ、「他者に耳を傾ける優先事項」に対する教会の関心を、メディアに伝える努力を求められた。そして、「誰もが自由に自分自身を表現する必要があります」とされ、その過程で、聖霊が彼らの信仰を確認してくれることを指摘された。

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  教皇の総会全体会合でのあいさつに先立つ、バチカンのパウロ6世ホールで行われた式典では、エジプト・アレクサンドリアのコプト教イブラヒム・アイザック・セドラク総主教が冒頭あいさつで、「主がいかに教会への愛を示し続け、これまで教会に愛を示し続けてこられたか」を強調し、シノドス総会にインスピレーションを与えた。

 セドラク総主教は、このシノドダリティに関するシノドス総会は「神の民、洗礼を受けた各人、それぞれが独自のカリスマ性を持ち、より生き生きとして、現実的で、具体的な会合」であり、 世界は「復活したキリストの証し、命と希望を私たちが待っています。ですから、キリストを中心とすることをこの会議の導きの糸としましょう。 キリストを、私たちの議論のアルファでありオメガに、私たちの議論を照らす光にし、私たちのすべての努力の”案内糸”にするように。 シノドス総会が主自身の目標を達成できるよう祈っています」と期待を述べられた。

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 教皇は4日朝、シノドス総会の開会にあたり、聖ペトロ広場でミサを主宰され、参加した枢機卿、司教はじめ信者たちに「信頼と喜びのうちに」聖霊とともに歩むよう呼びかけられた。

  また、教皇の名のもとになったアッシジの聖フランシスコの祝日であるこの日に、教皇は、2015年の画期的な環境回勅「Laoudato si:私たちの共通の家のケアについて」を受ける形でその第二部となる使徒的勧告 Laudate Deum」を発出され、現在の環境状況と私たちが何をなすべきかについて詳細に語られている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月5日

☩「信頼と喜びをもって、聖霊と共に歩もう」教皇、シノドス総会開会ミサで呼びかけ

Pope Francis presides at Holy Mass with the new Cardinals and the College of Cardinals for the opening of the General Ordinary Assembly of the Synod of BishopsPope Francis presides at Holy Mass with the new Cardinals and the College of Cardinals for the opening of the General Ordinary Assembly of the Synod of Bishops  (Vatican Media)

 さらに、「イエスは、拒絶に直面しているにもかかわらず、失望に囚われることなく、御父に目を向け、嵐の中でも落ち着きを保っておられます… そしてイエスは、私たちが神の働きを深く思いめぐらし、現在置かれている状況を識別できる教会となるよう、求めておられます」とされたうえで、 「分裂的で論争的な精神を持って今日の困難な課題と問題に顔を向けるのではなく、交わりである神に目を向け、畏敬と謙遜の心を持ってイエスを祝福し讃え、唯一の主としてイエスを認めるように」と語られ、 ベネディクト16世の言葉を引用しながら、シノドス総会が直面する「根本的な課題」は、「神が今の人々に語られた現実を、人々の救いとなるように、どうやって伝えるかにある」と指摘された。

 また教皇は、「イエスはその生涯を通じて、最も弱い者、苦しんでいる者、見捨てられた者たちに対して、父なる神の喜びを持って迎える眼差しを向けておられ、私たちを喜び迎える教会に誘い、恐れることなく互いに出会うことを可能にする心を持つよう、呼びかけておられます… シノドス(共働)的な対話の中で神の民として共に歩む素晴らしい『聖霊における旅』で、私たちは主との一致と友情を深め、現代の課題を主とともに見つめることが可能となります」と説かれた。

 教皇は説教の最後に、神の民に向けて、今日祝われている聖フランシスコの足跡をたどるように勧められ、イエスが聖フランシスコに「行って私の教会を修復しなさい」と呼びかけられたことを取り上げて、「今回のシノドス総会は、私たちに、母である教会がいつも浄化を一つ用としていることを思い起させるものとなります」と強調され、世界の信徒たちに、「謙虚さと一致、祈りと慈善、という福音の武器のみを取るように」と促された。そして、「シノドス総会は政治的な集会ではなく、聖霊において招集されたもの。二極化した議会ではなく、恵みと交わりの場です」とされ、 「聖霊は、私たちの予測や消極的な姿勢を超える新しいものを創造するために、しばしば私たちの予想を打ち砕きます… 総会の主人公である聖霊に心を開き、信頼と喜びをもって神と共に歩みましょう」と呼びかけられた。

 

**********(バチカン放送より)

 「共に歩む教会のため − 交わり、参加、そして宣教」をテーマとする「世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会」は、初めての試みとして、地方教会レベル、大陸レベル、世界レベルにおける、3ステージを持った、一つの大きな「歩み」として準備されてきた。

 2021年10月10日、バチカンでの開幕ミサをもって同シノドスの歩みが始まり、この後、2022年夏まで、第一ステージ、地方教会レベルでの、集い・傾聴・識別などの作業が行われた。次いで、2022年秋から2023年春にかけて、第2のステージである大陸レベルでの会議・考察・提案・総括などの歩みが続いた。

 そして、「共に歩む教会のため」というテーマのとおり、地方教会から始まり、大陸別の集いと作業を経て、教会内のあらゆる役割の多くの人々の参加・協力を交えながら入念に準備されてきた同シノドスは、ようやく最終ステージである、ローマでの世界代表司教会議・総会の第1会期(2023年10月4日〜10月29日)を迎えるに至った。総会の第1会期終了後は、2024年秋開催の第2会期に向け、同シノドスの歩みは続いていく。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月4日

☩教皇、枢機卿5人の”疑問”に返答-同性カップルの祝福は慎重な”Yes”、女性司祭は”No”(Crux)

(2023.10.2 Crux  Senior Correspondent   Elise Ann Allen)

教皇、枢機卿5人の”疑問”に返答-同性カップルの祝福は慎重な”Yes”、女性司祭は”No”(Crux)

(14行目)カトリックの啓示と教会の教導権に沿っ他者たものであるか、の問いに対して、教皇は

(16行目)『部分的かつ類似した方法』によるものと限定的に理解され

ローマ – 教皇フランシスコは2日、4日から始まる世界代表司教会議(シノドス)総会に関して、保守派の有力枢機卿5人が提起した批判的な問いについての回答内容を公表。その中で、女性司祭叙階について、なお研究する余地を残しつつ、それを禁じる現在の教会の方針をおおむね支持する一方、同性カップルに祝福を与えることにについては、結婚の秘跡を混同しないことを条件に、前向きな姿勢を示した。

 教皇は7月に、5人に対して回答していたが、公表は2日となった。5人の保守派枢機卿は9月29日に、教皇に宛てたdubia(疑念の文書)を公表していた。この文書は、女性の司祭叙階、同性愛者の祝福、拘束力のある教義を公布するシノドスの権限などについて、教皇の考え方を問うもので、7月10日に教皇に提出し、翌11日に回答を受け取ったが、dubiaに対する伝統的な答え方である「Yes」No」となっていなかったため、質問の表現を明確にしたうえで、改訂版を8月21日に提出した。だが、返答を得られなかったため、シノドス総会開幕直前に、公表に踏み切った、という。

 これに関して、バチカン教理省の長官に就任したばかりのビクトル・フェルナンデス新枢機卿から教皇宛てた9月25日付けの書簡が2日に公表され、その中には7月に提出された5人の枢機卿のdubiaに対する教皇の回答が含まれていた。

*同性カップルの祝福はケースバイケース—だが「結婚」はあくまで男女間の解消不可能な結びつき

 

 それによると、同性のunions(注:結合あるいは結婚などと訳される)を祝福する慣行がカトリックの啓示と教会の教導権に沿ったものか、の問いに対して、教皇は、「教会は結婚に関して、非常に明確な概念を持っています。それは、結婚とは、男性と女性の間の排他的で安定した解消不可能な結びつきであり、子供たちを授かることが自然のこととされています」とし、 「このunionだけが『結婚』と呼ばれる。unionの他の形は、『部分的かつ類似した方法』にによるものと限定的に理解され、それが、厳密には『結婚』と呼ぶことができない理由です… 結婚の秘跡は、単なる『理想』をはるかに超えたものであり、教会が、この確信に反し、結婚として認められないことを意味する可能性のある儀式や秘跡のあらゆる形を避けるわけは、そこにあります」と言明。

 そのうえで、同性愛の個々の人々に対して司牧上のケアで、深い思いやりを持つ必要があることを強調、同性によるunionに、ケースバイケースで祝福を与えることに前向きな姿勢を示し、 「人々と関わる際に、司牧的な慈愛を失ってはなりません。それは私たちの判断と振る舞いのすべてを通してです… 客観的な真実を守ることだけが慈愛の表現ではなく、親切、忍耐、理解、優しさ、励ましもそうです」とされ、「したがって、私たちは拒否し、否定し、排除するだけの”裁判官”になってはなりません」と答えている。

 そして、この理由から、「司牧的な思慮深さにおいて、結婚について誤った概念を伝えないような祝福の形が、さまざまな人々によって求められているかどうか、適切に見極めねばならない。それは、祝福を求めるとき、神からの助けを求め、より良く生きることができるようにと祈り、より良く生きるよう助けてくださる父への信頼を表明していることになるからです」とする一方で、「特定の状況では、司牧的慎重さが求められる可能性がある決定は、必ずしも規範による必要はない」とし、そうした趣旨の規範を作ることに否定的な考えを示した。

*ドイツ教会の”シノドスの道”-司教協議会がすべてをカバーすることはできない

 

 また、教会のこれまでの規範などを壊す動きとして物議を醸しているドイツ教会の”シノドスの道”の歩みに関連して、教皇は「教区、司教協議会、その他の教会組織にとって、あらゆる種類の問題に対して常に公式に手順や儀式を適用しようとすることは適切ではありません… 特定の状況に直面した際の実際的な識別に関するものは、いかなるものも、規範のレベルに引き上げることはできず、耐え難い不自然さを引き起こすことになるからです」とし、さらに、「教会法はすべてをカバーしてはならないし、すべてをカバーはできない。さまざまな文書や議定書を備えた司教協議会も、すべてをカバーできると主張することはできません。なぜなら、教会活動は規範的なものに加えて多くのルートを通ってなされるからです」と述べた。

 

*女性の司祭叙階—聖ヨハネ・パウロ二世の「不可能」との判断は支持するが、それは女性蔑視ではない、女性には教会で重要な役割

 女性の司祭叙階について、教皇は、第二バチカン公会議の「教会憲章」を引用し、「すべての信者の共通祭司職と司教及び司祭の職位的祭司職は、本質的に異なる」が、「信者の共通祭司職を、”第二分類”あるいは、価値の劣るもの(劣後したもの)のように考えることを意味する、程度の違いを支持するのは適切ではありません… 二つの祭司職は互いを照らし、支え合うものです」としたうえで、これまで通り、「女性を司祭叙階することが不可能なこと」を権威をもって確定した聖ヨハネ・パウロ二世教皇の判断を支持した。

 ただし、ヨハネ・パウロ二世は「決して女性を蔑視したり、男性に最高権限を権力を与えたりしたわけでありません… 尊厳や神聖さではなく、職務上のこととして、祭司の権限について語られたのです」と説明。 「彼の言葉の真意を、私たちは十分に受けとめていない… 司祭の務めを果たすことは、ある人が他の人よりも優れていることを示すものではないし、支配の一形態として理解されるべきではなく、『キリストの手足の神聖さ』を構成することなのです… もしこのようなことが理解されなければ、司祭としての役割が男性だけに与えられていることを受け入れるのが難しくなり、女性の権利や、女性たちが様々な形で、教会における主導的な役割を担う必要があることを認識できなくなるでしょう」と強調した。

 

 

*神の啓示は、文化の変化に応じて、より良く解釈されるべきもの

 

 また、文化の変化に応じて神の啓示を再解釈すべきかどうか、との問いには、「判断は、『再解釈する』という言葉にどのような意味をもたすか、によります。それが『より良く解釈される』という意味なら、その言葉は有効です」とし、 「神の啓示が不変で常に拘束力をもつのは事実ですが、教会は謙虚で、主から受けた計り知れない富を決して使い果たさず、啓示への理解を深めていく必要があることを認識する必要があります」と答えた。

 そして、教会自身と教導職についての教会の理解は、 時が経つとともに成熟し、「文化の変化や新たな歴史的課題は、啓示を変えるものではありませんが、常に、さらに多く与えられる豊かな富のいくつかの側面をより明確にするように、私たちを刺激する可能性があります」と語った。

 

 

「シノダリティ(共働性)」は教会活動に不可欠な要素

 

 また、「シノダリティ(共働性)が教会を構成する要素か、教会が生来、シノダリティであることを意味するのか、という問いには、教皇は、「教会は『福音宣教の使命を帯びた交わりの神秘』だが、この交わりは、情緒的、あるいは霊的なだけでなく、必然的に実際の参加を意味します… その階層構造と様々な生き方をする様々なレベルの神の民全体が、互いの声を聴き、教会の旅を担っていると感じることができる。 この意味で、形態として動きとして、教会活動に欠かすことのできない要素である、と言えます」と述べた。

 また、世界の人々の多様性を無視して、「一つの集団を喜ばせるような、シノダルな方法論を神聖化したり押し付けたりし、すべての人にとっての規範と義務とするような試みに陥らないように。それは世界中の教会の多様性を無視し、”シノドスの道”を”凍結”させるだけです」と警告した。

*「告解」は、罪の赦しを受ける権利の行使

 告解の秘跡が罪の赦しを受ける必要条件か否か、については、「赦しを受けるのは人の権利」という自身の持論から、「答えは”Yes”です」とし、 「告解は、秘跡による赦しの有効性のために必要であり、二度と罪を犯さないという意図を示すもの。ここには数学は存在しない。告解場は”税関”ではない、ということを改めて思い起こさねばなりません」と指摘した。

 さらに、「私たちは”主人”ではなく、信徒を養う秘跡の謙虚な”管理者”です。秘跡という主の賜物は、保存されるべき”遺物”ではなく、人々の生活にとっての聖霊の助けだからです… 自尊心が強い人々にとって、罪や悪行を認めることは残酷な拷問ですが、告白という行為は、回心と神の助けを求める象徴的な表現です」と述べた。

 続けて教皇は、「私が覚えておきたいと思うのは、司牧活動の中で無条件の神の愛に多くの場を作るのが、負担になることがある、ということです。しかし、私たちは学ばねばなりません… 信徒たちに、結果として抽象的になったり、自己愛に陥るような、余りに正確かつ確実な解答を求めてはなりません」とし、ヨハネ・パウロ二世が1996年に米国のウィリアム・バウム枢機卿に送った手紙を引用する形で「新たな秋(注:シノドス総会)についての予測能力さえも、決意の信頼性を損なうことはない」と締めくくった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年10月3日

・シノドス総会直前、有力保守派枢機卿5人が教皇に対し、同性婚の祝福や女性司祭叙階、シノドスの権限などに”疑念”を提起(Crux)

Cardinal Raymond Leo Burke, left, talks with Cardinal Robert Sarah, right, as he arrives for the presentation of his book “Divine Love Made Flesh” in Rome on Wednesday, Oct. 14, 2015. (Credit: Andrew Medichini/AP.)

(2023.10.2 Crux  Senior Correspondent Elise Ann AllenFive conservative cardinals submit new dubia to Pope ahead of synod

ローマ発 –4日に始まる世界代表司教会議(シノドス)総会を前に、 カトリック教会の保守派を代表するとされる5人の枢機卿が、教皇フランシスコに対し、女性の司祭叙階と同性カップルの祝福、そして拘束力のある教義を公布するシノドスの権限についての新たなdubia(疑念)を提起した。

 新たなdubiaは、2016年に教皇が出した使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」フランシスコの文書「アモリス・レティシア」とそこで示された離婚・再婚したカトリック教徒に関する見解ついての少数の枢機卿によるdubiaに続くもの。通常はその内容は公開されないが、2016年に教皇に提出したdubiaに対して本人から返答がなかったため、新たな形で今回の提出となった、という。

  署名者は、ドイツのウォルター・ブランドミュラー枢機卿、米国のレイモンド・バーク枢機卿、メキシコのサンドバル・イニゲス枢機卿、ギニアのロバート・サラ枢機卿、元香港司教の陳日君・枢機卿の 5人。いずれも、4日に始まるシノドス総会の参加者に含まれていない。

 また、ブランドミュラー枢機卿(94)、バーク枢機卿(75)は、2016年のdubiaの署名者で、バーク枢機卿は最近、保守団体「伝統・家族・財産(TFP)」が発行する小冊子の序文で、今回のシノドス総会を「分裂的」と批判していた。

 新dubiaは「キリストの信者への通知」というタイトルで、「高位の聖職者のさまざまな発言… 教会の揺るぎない教義と規律に公然と反するもの、信徒や善意の人々の間に大きな混乱と誤謬をもたらし、今ももたらし続けていることに対して、教皇を支える責任を持ち続ける立場から、申し上げたい」と前置きしている。

 5人によると、新dubiaはは7月10日に教皇に提出し、翌11日に返答を受け取った。その時点では教皇の返答を公開しなかった。それは返答が自分たちに宛てられたもので、公開することを前提としていなかったからだが、教皇の書簡が、bubiaへの返答の「慣例に従ったものでなかった」ことから、「教会の揺るぎない教義と規律に基づいた明確な返答を引き出す」ために、質問の言葉を変えた改訂版を8月21日に再提出したが、「まだ返答は得られていない」という。

  新dubiaのオリジナル版は、文化の変化を踏まえた神の啓示の解釈に焦点を当て、 同性結婚の祝福。 「教会の構成要素」としてのシノダリティ(共働性)、 女性の司祭叙階。 そして、教皇が司牧者たちが「常にすべての信徒」の罪を赦す必要があると頻繁に主張していることを踏まえ、赦しを受けるために告解が必要か否か、などについて言及。

  改訂版では、教皇の返答に感謝したうえで、新dubiaを提出することを決めたのは、「現代の人々との対話や、彼らがキリストの福音についての問うことを恐れたたためではない」とし、 「私たちがdubiaを提出する動機となったのは、人々の心を変容させる福音の力に疑いをもち、健全な教義ではなく「自分自身の好みに合わせた教え」を信徒たちに語ってしまう司祭たちがいることへの懸念だ、と説明。

 さらに、「神の憐れみは、『私たちの罪を覆い隠すことではない、戒めを守ることによって神の愛に応えること、回心し福音を信じること、を可能にするという点で、それよりはるかに大きなものだ』と理解されることに懸念を持っている」と述べている。

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 だが、枢機卿たちが提起した疑念に対して、教皇の返答は、疑念を解消するものではなかったので、提起した5つの疑念に対して、YesかNoで応えてくれるように、次のように改訂版で表現を変えて、改めて求めた、としている。その内容は次のようなものだ。

 ①今日の教会が、ex cathedra(教皇が持つ権能のうち、最高のものとされるもの。またその行使による教理宣言。聖座宣言、または教皇座宣言)によってであれ、公会議の決定であれ、あるいは世界中の司教の普遍的な教導職であれ、信仰と道徳に関してこれまで教えてきたものに反する教義を教えることは可能でしょうか?

② 状況次第で、司祭が同性愛者の間のunions(注:結合、結婚、性交などと訳される)を祝福し、同性愛的な行為自体が神の律法や、彼らの神への旅に反しないとすることがあり得るでしょうか? この疑問に関連して、別の疑問を提起する必要があります-普遍的な通常の教導職によって支持されている教え、つまり結婚以外のあらゆる性的行為、特に同性愛的行為は、それがなされる状況や意図に関わらず、神の律法に反する客観的に重大な罪を構成する、という教えは有効であり続けていますか?

③ローマで開かれる今回のシノドス総会—選ばれた司祭たちと信徒たちの代表のみで構成される総会—は、発言するように求められている教義的ないしは司牧的な課題において、教皇に委ねられ、教皇と共にある司教団に属する教会の最高権威を執行するのでしょうか?

④将来において、教会は女性に司祭叙階を授与する権限をもつことになり、そうして、洗礼を受けた男性によるこの秘跡の占有は教会が変更することのできないthe Sacrament of Ordersの本質そのものである、ということが否定されるのでしょうか?

⑤告解した人が、犯した罪を認めながら、再び罪を犯さないとの意思表明をいかなる形にせよ拒んだ場合、正当な赦しの秘跡を受けることができるのでしょうか?

 新dubiaに署名した枢機卿5人は、この「キリストの信者への通知」で、最後に次のように述べている。

 「ここで提起した問題の重大さを、特にシノドス総会を目前に控えていることを考慮して、信者の皆さんに、その内容をお知らせすることが私たちの義務であると判断しました。皆さんが 混乱、誤り、落胆にさらされることがないように… 信者の方々は、普遍教会のために、そして特に教皇のために、福音がれまで以上に明確に教えられ、これまで以上に忠実に守られるように、祈らなねばなりません」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2023年10月3日

☩「神が、シノドス総会に『耳を傾ける賜物』をお与えくださるように」エキュメニズムの祈りの集いで

(2023.9.30 Vatican News By Joseph Tulloch)Ecumenical Vigil in St Peter's Square

  10月4日からの世界代表司教会議(シノドス)総会を前にした9月30日、教皇フランシスコは聖ペトロ広場で、キリスト教各宗派代表はじめ数千人が参加するエキュメニズム(信教一致)の祈りの集いを主宰され、説教で、「真理を人々の心に届けるために、大声で叫ぶ必要はありません」と説かれた。

 教皇は、説教で、今日のキリスト教徒にとっての沈黙の3つの側面について言及。その一つ目として、「沈黙は、キリストの地上での存在の始まりと終わりにあります。御父の御言葉は、飼い葉桶の中でも、十字架の上でも、降誕の夜でも、受難の夜でも、『沈黙』になりました」 と指摘。

 「神は、『叫び声やうわさ話、騒音』よりも、沈黙を好まれるようです… 預言者エリヤの前に神が現れるとき、神は風や地震や火の中ではなく、『静かで小さな声』として現れます。 要するに、真実を人々の心に届けるのに、大声で叫ぶ必要はありません」とされ、「ですから、私たちも信者として主の声を聞くために、多くの”騒音”から自分自身を解放せねばなりません…  私たちの沈黙の中でのみ、主の言葉は響き渡るのです」と説かれた。

  二つ目の側面として、教皇は使徒言行録に書かれている「エルサレムで開かれた使徒会議でペトロが演説した後、『全会衆が静かになった』(15章12節)」ことに注目され、「 このことは私たちに、『教会共同体では沈黙が兄弟間のコミュニケーションを可能にする』ということを思い起させます。 私たちが沈黙して他の人の話を聞くときにのみ、聖霊は、様々な見方を一つにまとめることができるのです」と語られた。

 さらに、「沈黙は、神の民の中に響き渡る、言葉では言い表せないほど深い聖霊のため息に、注意深く耳を傾けることを通してによって、真の識別を可能にします」とされたうえで、「間もなく始まるシノドス総会の参加者たちに『耳を傾ける賜物』を与えてくださるよう、聖霊に願うように」と聖ペトロ広場に集まった信者たちに勧められた。

  そして、「沈黙」の三つ目の側面について、教皇は、「沈黙は、私たちキリスト教徒のエキュメニズムの旅路に欠かすことができないものです」とされ、 「それは、沈黙が祈りの基本であり、エキュメニズムは祈りから始まり、祈りなしでは不毛だからです…  私たちが祈りの中で、主に目を向ければむけるほど、『私たちを清め、違いを超えて私たちを一つに結び付けてくださるのは主だ』とますます感じるようになります」と強調された。

 教皇は説教の最後に、「沈黙すること、つまり御父の声、イエスの呼びかけ、聖霊のうめきに耳を傾けることを再び学ぶように」「シノドス総会が友愛のkairós(ギリシャ語で『絶好の機会』)となり、聖霊が『ゴシップ、イデオロギー、二極化』から教会を清めてくださる場所となるように」、そして、「東方の賢者たちのように、一致と沈黙のうちに、神が人を造られた神秘を崇敬し、キリストに近づけば近づくほど、私たちの間でさらに一致が進むことを確信する方法を、私たちも知ることができるように」と、シノドス総会参加者はじめ、すべての信者に。主に祈るよう願われた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月1日

・アメとムチの一環?-中国政府・共産党公認の司教二人がシノドス総会に参加(BW)

 姚舜司教(左)と楊永強司教(右)( 微博より)

(2023.9.25 BitterWinter

 10月4日に始まる世界代表司教会議(シノドス)第16回総会第一期に中国本土から政府・共産党公認の二人の司教-楊永強司教と姚順司教-が参加することになった。

 2018年の前回シノドス総会には2人の中国代表が出席したが、7月初旬にバチカンのシノドス事務局から今総会の参加者リストが発表された時には中国本土の司教は含まれていなかった。総会開始の直前になって最終リストに、山東省・周春の楊司教と内モンゴル・済寧の姚司教が載った。

 二人は忠実な「愛国的」司教だ。楊司教は1990年代、政府・共産党管理の中国天主愛国協会がバチカンから明確に分離されていた時代に、同協会の国立神学校の長を務めており、同協会の典礼委員会の主要メンバーだった。

 そして、2019年に、2018年のバチカン・中国暫定合意後に叙階された最初の司教となった。その時点で、楊司教は同協会の地方管区で指導的地位を占めていたが、2016年から副会長になっていた。

 両司教が選ばれたのは、おそらく中国共産党の許可によるものであり、バチカンに対していくぶん融和的な姿勢を示したものと見るべきだ。

 二人の司教任命は、2010年に教皇ベネディクト16世のもとでローマが極秘に承認されていた。楊司教は反体制派ではなかったが、先の教皇モンゴル訪問の際、訪問許可が出されなかった。 中国本土の司教が、7月発表のシノドス総会参加者リストに載せられず、直前の最終リストに載せられたのはなぜか。

 その答えは、中国共産党が、司教任命に関するバチカンとの暫定合意に違反して、バチカンの同意なしに、海門教区の司教だった沈斌司教を上海教区司教に任命したということにある。これに バチカンが抗議したため、7月の時点で、中国共産党はシノドス総会出席のために中国の司教がローマを訪問する許可を出さなかったのだろう。そして、教皇が沈司教の上海教区司教任命を”追認”した後に、中国共産党は考えを変え、バチカンが眉をひそめそうにない、あるいは、他の司教よりはそうでないと思われる2人の司教を選び、総会参加を認めた、ということだ。

 これは、お決まりの「アメとムチ」のゲームの一環である。 「アメ」を大切にする者は、「ムチ」が決して遠くないことを考慮すべきだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由 と人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日4か国語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

 

2023年9月26日

・「まず祈り、神の言葉に耳を傾けよう」ーシノドス事務局長が各国司教宛の書簡(邦訳)

(2023.9.22 カトリック中央協議会ニュース)

2023年9月12日、バチカン 各国司教各位

 親愛なる兄弟である司教の皆さま、

 「2021 年 10 月に教皇フランシスコが全教会をシノドスに招集して以来、神の民は動き始めて」(『討議要綱』1項)おり、そして今わたしたちは、神の民の意見聴取から始まったこの歩みにおいて、新たな節目を迎えています。あと数日と迫った10月4日、教皇はシノドス第16回通常総会「共に歩む教会のために―交わり、参加、そして宣教」の第1会期を開会します。

 「祈りなくしてシノドスなし」(教皇フランシスコ「2022 年10月の祈りの意向」)。シノドスとは、何よりも祈り、耳を傾ける行事であり、シノドス総会の参加者だけでなく、洗礼を受けたすべての人とすべての部分教会を巻き込むものです。実際、この時、私たち全員が祈りの交わりのうちに一致し、主が今日の教会に何を求めておられるかを識別するために私たちを導いてくださるよう、聖霊に熱心に呼びかけるよう求められているのです。

 それゆえ私は、各自の部分教会において「一致の目に見える原理であり、基礎」(『教会憲章』23項)であり、ゆだねられた神の民のための祈りの第一の担い手である皆さんに手紙を書いています。それは、全教会から「熱心な祈り」(使徒言行録12章5節)が、教皇フランシスコとシノドス総会のすべての参加者のために、神に届けられるためです。

 皆さんがシノドスのために祈り、各自の部分教会のあらゆるキリスト教共同体、とりわけ観想修道会の一致した熱心な祈りを勧めてくださるようお願いします。祈りは、あらゆる司教にとって、団体性に基づく行為においてふさわしい参加の一形態であり、普遍教会のために心を向けていることの明らかなしるしなのです(司教省『アポストロールム・スチェソーレス』13項参照)。

 さまざまな祈りの形態は、教会のシノドス的生活の多次元的な表現にすぎません。何よりもまず、祈りとは耳を傾けることです。教皇はシノドスの旅の冒頭で、次のように語りました。「シノドスはわたしたちに、耳を傾ける教会になる機会を与えてくれます。立ち止まって耳を傾けるために、日常から抜け出し、司牧的関心を一旦ストップするのです。(教皇フランシスコ「内省の時」ローマ、2021年10月9日)。

 祈りの第一歩は、神の言葉に耳を傾け、霊に耳を傾けることです。洗礼を受けたすべての人による、シノドス総会の展開に対する第一の貢献は、霊の声が教会の識別にとって必要条件であるという確信のもとに、神の言葉と霊に耳を傾けることです。

 祈りの第2の形態(顔)は崇敬の祈りです。教皇は次のように述べています。「今日、私たちはどれほど崇敬の祈りを欠いていることでしょう。多くの人々が、習慣だけでなく、神を礼拝するということの意味そのものを見失ってしまっているのです」(同、ローマ、2021年10月9日)。

 ですから、耳を傾けたあとには、神がご自身の教会に語られていること、そして霊が今日の教会に呼び覚ましていることに、畏敬の念をもって、崇敬を表す沈黙が続くべきです。これまで歩んできたシノドスの道は、私たちを驚きと畏敬の念へと導き、私たちのまなざしを、あきらめの悲しみ(ルカ24・17参照)から、復活した方の現存を自分たちのただ中に発見した人々の喜びの使命(ルカ福音書24章33節参照)へと転換させるのです。

 祈りの第3の顔は執り成しの祈りです。私たちは執り成しの祈りの力を信じるべきです。それは神のみ旨を、自分の意志に寄せてくることではありません。むしろ、「執り成し」とは、主が命を与える霊の力で、私たちの心を照らしてくださることによって、私たちが主のみ旨を識別し、実行できるように願うことなのです。

 また「執り成す」ということは、責任を担うことでもあり、神の前で自らの参加と関与を宣言することでもあります。「執り成す」とは「私は関心があります、参加します、それは私のものです」と公言することです。シノドス総会のため、その参加者全員のため、そして何よりもまず、たびたび私たちに自らのために祈るよう願う教皇のために執り成すことは、参加の最高の形です。

 最後に、親愛なる兄弟の皆さん、祈りとは感謝であり、私たちのすべての働きとキリスト教共同体の生活のうちに、神のわざと恵みが先に存在するのだと理解すべきです。

 教皇は言われました。「感謝の祈りは、常にこのことを起点としています。つまり、恵みは、私たちに先立って与えられることに、気づくことから始まります。私たちは、考え方を学ぶ前から、考えられていました。愛し方を知る前から、愛されていました。自分たちが望む前から、望まれていました」(教皇フランシスコ「一般謁見講話」2020年12月30日)。感謝の祈りは私たちを、自分自身の中に閉じこもった状態から、神が教会の中で働き続けておられることをすべて発見できる、開かれた状態へと駆り立てる、真の「癒し」なのです。

 親愛なる兄弟の皆さん。耳を傾けること、崇敬、執り成し、感謝の祈りをもって、霊の力のうちに、洗礼を受けたすべての人に関わる行事であるシノドス総会に、教会共同体全体があずかることになります。 とりわけ10月1日、年間第26主日(A年)に、皆さんがシノドス総会のための祈りを強調し、ミサ中の説教、共同祈願、派遣の祝福の中で、シノドス総会のことを思い起こすよう、お願いします。そのために、共同祈願と派遣の祝福に使用することのできるテキストをいくつか添付します。

 シノドスの旅において、各自の部分教会を導いておられる皆さんの配慮に感謝し、また、私たち教会の旅において、交わりと喜びに満ちた希望の賜物を花開かせてくださる主に感謝しつつ、皆さんと、また全教会を代表する皆さんの奉仕職のために、心よりお祈りいたします。どうか、主の霊が私たちを照らし、その御旨の道へと、いつも導いてくださいますように。私たちを生かし(詩編119章50節参照)、その中に私たちが喜びを見出すのは、主の言葉だけだからです。

 シノドス事務局長 マリオ・グレック枢機卿

添付資料:
1.「派遣の祝福―年間第26主日」(典礼秘跡省による規範版)
2.派遣の祝福の各国語訳例
3.週日のための「執り成しの祈り」
4.主日のための「執り成しの祈り」―年間第25、26主日

シノドス第16回通常総会サイト:Without prayer there will be no Synod

(編集「かとりっく・あい」)

2023年9月23日