☩教皇、ガザ地区の状況悪化を深く懸念—対話、人道支援の確保、人質解放を訴え

空爆により施設の一部が破壊され、18人が死亡した、ガザ地区のギリシャ正教会、聖ポルフィリウス教会空爆で施設の一部が破壊され、18人が死亡した、ガザ地区のギリシャ正教会、聖ポルフィリウス教会  (ANSA)

(2023.10.22 バチカン放送)

 教皇フランシスコは22日の正午の祈りの集いで、イスラエルとパレスチナ双方に対して、対話と人道支援の確保、人質の解放を求める呼びかけをされた。

 緊迫した状態が続いているガザ地区でのイスラエルとパレスチナの武力衝突に、教皇は深い憂慮と苦悩を表明され、「苦しむすべての人々、特に人質となっている人々、犠牲者と遺族、負傷者たち」に思いをはせ、祈られた。

 また、ガザ地区の深刻な人道的状況がさらに悪化することを懸念されるとともに、先週、英国国教会系の病院とギリシャ正教会が攻撃を受けたことに深い悲しみを示され、イスラエル、パレスチナ、そして世界の国々に、両者の対話の場を作ること、人道支援を継続的に実施すること、人質を解放することに全力を尽くすよう、改めて強く願われた。

 そして、ロシアの一方的な軍事侵略で一年半以上も深刻な人的、物的被害を被り続けているウクライナにも思いをはせられ、「ウクライナにおける戦争をはじめ、世界各地のあらゆる戦争は、敗北です。戦争は常に敗北であり、人類の兄弟愛を破壊するもの。兄弟たちよ、戦争をやめてください。やめてください」と訴えられた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月23日

☩「信仰と日々の暮らしは、決定的に結びついている」教皇、年間第29主日の正午の祈りで

Pope Francis gives Angelus addressPope Francis gives Angelus address  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

   教皇フランシスコは22日、年間第29主日の正午の祈りに先立つ説教で、「信仰と日々の暮らしを『別のもの』と考える誘惑に」対して警告され、「そのような考え方は、一種の『統合失調症』です」と厳しく批判された。

 そして、「私たちは主に属しており、地上のいかなる権力の奴隷でもありません」と言明され、 信仰と日々の暮らしが無関係だ、と考えがちな人々に対し、率直に言って、そのような考えは真実ではない」と注意された。

 教皇の説教は、この日のミサで読まれたマタイ福音書の「皇帝への税金」の箇所(22節15章以降)をもとにしたもので、そこには、「イエスを罠にはめるために」ヘロデ派と一緒になったファリサイ派の人々のことが書かれている。

 「 彼らはイエスのところに行き、『皇帝に税金を納めるのは許されているでしょうか』と尋ねます それは策略です。イエスが税金を正当化すれば、イエスは国民から不支持な政治権力の側に自分を置くことになりますし、逆に、イエスが税金を支払わないと言えば、帝国に対する反逆罪で告発される可能性があります。 しかし、イエスは彼らに持っている硬貨を見せるように言われ、罠を逃れました。硬貨には皇帝の像が刻まれています。イエスはそのことをもとに、彼らにこう言います-『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい』と」と語られた教皇は、信者たちに「これはどういう意味でしょうか?」と尋ねられた。

 教皇は、イエスのこの言葉は、教会で”ありふれたもの”になっており、「教会と国家、キリスト教徒と政治の関係について語るために、時には誤って、あるいは少なくとも、それに帰結するように、多くの場合、次のように解釈されています」と指摘されたうえで、「そうではなく、イエスは『皇帝』を『神』と、つまり地上の現実を霊的現実と区別したかったのです。私たちも時々、『信仰とその実践は別のものであり、日々の暮らしは別のものだ』と考えてしまいます。でも、これは『統合失調症』の一種であり、あたかも信仰が現実の生活とは何の関係もないかのように、思い込むのです」と注意された。

 そして、「イエスは、『皇帝』と『神』をそれぞれ適切な場所に置けるように、私たちを助けたいと望んでおられるのです。私たちは、主のものですから」とされ、「イエスは、『すべての人間が神のものである』という根本的な現実を確認しておられます。このことは、私たちが地上のどの現実にも、この世界のどの『皇帝』にも属していないことを意味ます。私たちは主のものであり、この世の権力の奴隷になってはなりません。 たとえ硬貨に皇帝の肖像が刻まれてたとしても、覚えておくべきは、『私たちの人生には、何者も、誰にも覆い隠すことのできない神の姿が刻まれている』ということです」と説かれた。

 教皇フランシスコは、「この世のものは『皇帝』に属するかもしれませんが、『人間と世界そのものは、神のものである』と言うことを忘れてはなりません!」と強調され、「 イエスは私たち一人一人を本来、自分自身があるべき姿に戻してくださいます」と続けられた。

 そのうえで教皇は、信者たちに、「自分は、このような適切な理解を持っているか?」「自分には、個人的な偽善を克服する必要があるか?」と自問するよう促され、さらに、 「この世の硬貨には『皇帝』の像が刻まれているが、あなたは自分の心の中にどのような像をイメージを抱いていますか?あなたの人生の像は、誰ですか? 私たちは、自分が主のものであることを覚えているでしょうか?それとも世の論理に自分をはめ込まれ、仕事、政治、お金を、崇拝すべき偶像にしてしまっているのでしょうか?」と続けられ、最後に、「私たちとすべての人間の尊厳を認識し、尊重できるよう助けてくださいますように」と聖母マリアに祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月22日

☩「私たちが、現代の旅人たちの『隣人』であるように」—教皇、聖ペトロ広場の移民・難民の徹夜の祈りで

(2023.10.19 Vatican  News  By Thaddeus Jones)

 教皇フランシスコ19日夜、聖ペトロ広場で「移民と難民のための徹夜の祈り」を主宰され、「私たちは、現代のすべての旅人の『隣人』となり、彼らの命を救い、傷を癒し、心を落ち着かせるよう求められています」と強調された。

 祈りには、シノドス総会に参加している司教、枢機卿らとともに、カメルーン、ウクライナ、エルサルバドルからの難民も加わった。祈りは聖ペトロ広場の「Angels Unwares」記念碑の前で行われた。この記念碑は、ブロンズと粘土で作られた等身大の彫刻で、さまざまな文化的、人種的背景、さまざまな歴史的時代の移民と難民のグループを描いている。

 教皇は徹夜の祈り中で、さまざまな移民・難民ルートで命を落としたすべての人々を悼む黙祷を捧げられ、また、この徹夜の祈りで読まれたルカの福音書の「善きサマリア人」の箇所を取り上げ、「このたとえ話は、閉ざされた世界から開かれた世界へ、戦争中の世界から平和な世界へどのように移行すべきか、を示しています」と語られた。

 そして、「たとえ話で描かれた時代、エルサレムからエリコに旅する人たちが出会う危険は、現代の、敵対的な砂漠、森林、海を通って移動する人々が直面する危険に似ています。 非常に多くの人が強盗され、裸にされ、殴られ、しばしば悪徳人身売買業者に騙され、商品のように売られています」と指摘。「 移民や難民の人たちが今日、直面しているのは、誘拐、搾取、拷問、強姦の危険。目的地に到着するまでに生き残れない人も多い。 悲しいことに、今日でも人々が戦争やテロから逃れているのを、私たちは目の当たりにしています」と語られた。

Moment of Prayer for Migrants and Refugees, St. Peter's Square

 さらに教皇は、『善きサマリア人』で描かれた、山賊に殴られて道端に横たわっている男性に同情したサマリア人の証言を思い起され、「彼は負傷した男性を見て同情しました。同情心は、心に刻まれた神の痕跡です。私たちの心の中には、神がいます。山賊に襲われた人は、”よそ者”のおかげで、回復しました。それは単なる支援ではなく、友愛の結果でした」と説かれた。

 そして、「善きサマリア人のように、私たちは、現代のすべての旅人の隣人となり、彼らの命を救い、傷を癒し、痛みを和らげるように努めることを求められています。 多くの人にとって、悲劇的なことに、もう手遅れであり、たとえ彼らに墓があったとしても、私たちは彼らの墓の前で泣くだけしか残されていません。 しかし主は彼ら一人一人の顔をご存じであり、それを忘れられません」 と訴えらえた。

 また教皇は、「善きサマリア人の行動は単純な慈善活動を超えており、彼の奉仕を特徴付ける4つの動詞、つまり『歓迎』『保護』『促進』『統合』で構成されています。善きサマリア人も、当面のケアにとどまらず、完全に回復することを確認しながら、正常に戻れるように、長期的にわたる責任にを果たそうとしました」と指摘。

 そして、現代においても、「このような長期にわたる連帯が、より包括的で、より素晴らしい、より平和な社会の発展につながるのです」と強調され、さらに、 「私たち全員が可能なもう一つの行動は、「現代の旅人が盗賊の犠牲にならないように、”道路”をより安全なものにするよう努力すること。人々の希望や夢を搾取する犯罪ネットワークに対抗するためにも、さらなる努力が必要です」と語られた。

 また安全なルートを作るには、「移民・難民の正規の経路を拡大する努力」とともに、「人口統計および経済政策を、移住政策と”対話”させる必要がある。また今後も増加を続ける可能性が高い移民・難民の流れを管理するための共通かつ責任ある方法を開発するよう努める必要もあるが、その場合も、最も脆弱な人々に気を配ることが肝要です」とされた。そして次のように説教を締めくくられた。 「私たちの扉をたたくすべての移民・難民に寄り添う恵みを主に願いましょう。今日、強盗でも通行人でもない人も、怪我するか、怪我人を肩に担ぐからです」と参加者たちに促された 。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2023年10月20日

☩「27日を世界の『祈りと断食の日』、午後6時から祈りの時間に」教皇、世界の教会に参加訴え

Smoke billows over northern GazaSmoke billows over northern Gaza  (AFP or licensors)

 教皇フランシスコは18日の水曜恒例一般謁見で、ガザ地区の人道状況に深い懸念を表明、すべての当事者に対して武器を放棄を求めるとともに、すべてのキリスト教徒に対して10月27日を平和のための祈りと断食の日とするよう呼びかけられた。27日は午後6時からバチカンの聖ペトロ広場で1時間の祈りを予定しており、 「私は世界のすべての教会に対し、神の民を巻き込んだ取り組みを企画し、参加するよう勧めます」と訴えられた。

  教皇は、パレスチナとイスラエルの現状を嘆かれ、「犠牲者の数は増え続けており、ガザの状況は極めて深刻になっています。人道的大惨事を回避するためにあらゆることを行う必要があります」と訴えられた。

 そのうえで、世界の指導者たちに、 「世界はすでに多くの戦線が開かれているのを目の当たりにしています… 武器を捨て、貧しい人々、国民、罪のない子供たちの平和を求める叫びに耳を傾けてほしい」と懇願され、 「戦争は何の問題も解決しません。死と破壊をまき散らし、憎しみを増大させ、復讐を増幅させるだけです。戦争は未来を消し去ります」と非難された。

 そして、世界の信者たちに対し、「平和の側だけに立つように。言葉ではなく、祈りと行動で全力を尽くすことです」と説かれ、その一環として、10月27日を「平和のための祈り、断食、悔い改めの日」とし、カトリックだけでなく、あらゆるキリスト教宗派、他の宗教を信じる人々、そして平和を主張するすべての人々に対し、それぞれ適切と思われる時と場での参加を求められた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月18日

◎教皇連続講話「使徒的熱意について」㉓聖シャルル・ド・フーコー は、イエスを沈黙のうちに振る舞うようにさせる

   教皇フランシスコは18日の水曜恒例一般謁見で、「使徒的熱意について」の連続講話を続けられ、今回は、聖シャルル・ド・フーコーがサハラ砂漠で行った喜びに満ちた証しについて考察された。

  聖シャルルは司祭で探検家、地理学者。1858年にフランスのストラスブールで生まれ、フランス軍の兵士として勤務した後、アルジェリアでトゥアレグ族と共に行動し、彼らの文化を調査するなどしていたが、1916年に暗殺された。

 教皇は、「この聖人は、イエスと最も貧しい兄弟姉妹たちに自己の人生の情熱を傾けました。 回心後、聖シャルルは洗礼を受けていない友人への手紙で『ナザレのイエスに心を失った』と書きましたが、それは福音宣教の第一歩が『心の中心にイエスを置くこと』だということを示しています」とされ、 「これが起こらなければ、私たちは自分たちの人生で、それを示すことはほとんどできません。自分自身や私たちのグループ、道徳、さらに悪いことに一連の規則について話すリスクは冒しても、イエスや彼の愛、慈悲について話すリスクは冒さないのです」と指摘。

 

 

*沈黙の中で福音を叫ぶためにサハラ砂漠へ

 さらに教皇は、「聖シャルルは、『イエスに惹かれる』ことから、『イエスに倣う」ことに移行し、自分を主の弟のようにさえ感じるようになりました。そして、『沈黙のうちに福音を叫ぶ』ために、トゥアレグ族の中で暮らそうと、サハラ砂漠という最も辺鄙な場所まで出かけました」。そして、「彼は『聖体の命』が福音をもたらすと確信し、イエスに沈黙のうちに振る舞わさせました。確かに、彼は『キリストが最初の福音宣教者だ』と信じていました。イエスが福音宣教の働きを遂行してくださることを信頼し、幕屋の前で1日最大12時間、祈りを捧げたのです」と強調された。

 

 

*柔和の使徒職

 続けて、「聖シャルルは、信徒の福音宣教の使命を強調することで第二バチカン公会議を予見していました」と述べ、「すべてのキリスト教徒は使徒であり、司祭は慈善活動に近い気持ちで福音宣教のできる信徒を身近に持つ必要がある、と書いています」とされたうえで、信者たちに、「ひざまずき、聖霊の働きを喜びを持って受け入れることで、福音宣教への呼びかけに応じるように」と促された。

 そして、「 聖チャールズは、『柔和の使徒職』を通して、すべての人にとって「普遍的な兄弟」になりたい、という願望を通して、福音の素晴らしさを伝えました。こうして人々と結んだ絆が、徐々に、友愛、包摂、相手の文化への感謝を生み出したのです。彼の善良さは単純素朴であり、常に笑顔を見せることを恐れない単純素朴な人間になることを、私たちに求めています」と説かれた。

*笑顔で、素朴な振る舞いで宣教した聖シャルルの生き方に倣おう

 講話の締めくくりとして、教皇は、聖シャルルに倣い、「キリスト教的な喜び、キリスト教的な柔和さ、キリスト教的な優しさ、キリスト教的な思いやり、そしてキリスト教的な親密さを持って生きるように」と、すべての人に呼びかけられた。「シャルル兄弟は笑顔で、素朴な振る舞いで福音を証ししました。  福音宣教は、決して改宗を通して行われるのではなく、証言を通して、魅力を通して行われるのです」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月18日

☩「危機の中で、真の価値観を発揮することを恐れるな」教皇、アルゼンチンの通信社との会見 で

Pope Francis' interview with Telam's Bernarda LlorentePope Francis’ interview with Telam’s Bernarda Llorente  (Vatican Media)

 教皇フランシスコはアルゼンチン通信社テラムとのインタビューに応じ、進行中のシノドス総会、戦争、世界的危機、人工知能、そして、教皇が実現を希望する使徒的訪問の先、アルゼンチンとパプアニューギニア訪問の希望について語った。

 インタビューで教皇は、現在世界各地で起きている戦争について、「搾取が戦争の一つの原因です。そして、もう一つの原因は、領土の支配に関連した地政学的なのもの」とされた。

*「危機」は、いつ、どこで行動を起こすべきかを示す声

 さらに、今日、世界が直面している戦争を含む多くの危機について、「私は『危機』という言葉が好きです。なぜなら、この言葉には内面的な動きがあるからです。危機から抜け出すのは、陰謀によってではなく、『上から』です。その場から抜け出すわけではありません。抜け出そうとする者は、道を迷い、常にぐるぐる回り続けます」と語られた。

 また、若者に危機の解決法を教えることの重要性を強調され、「そうすることで、彼らは成熟し、”偽救世主”を識別する方法を学ぶのです」と述べられた。

 記者が「人類には何が欠けていて、何が過剰なのか」と尋ねたのに対して、教皇は「真の価値観」を促進する必要性を強調し、 「私たちの世界には、人間としての役割を発揮する人類の主人公が不足しています。時々、危機を管理し、文化を発展させる能力が欠如していることに気づきます。真の価値感を発揮させることを恐れないようにしましょう。危機は、私たちがいつ、どこで行動を起こすべきかを示す声のようなものです」と説かれた。

 

*労働の尊厳と搾取

 労働の問題に関して、教皇「労働の尊厳」と「搾取という重大な罪」を指摘され、 「労働は、私たちに尊厳を与えてくれます。そして、尊厳への道に対する最大の裏切りは『搾取』です。個人的な利益のために人々を搾取することは、最も重大な罪の一つです」と強調。

 教皇の社会回勅について一部の人々が、教皇を「独裁者」と呼んでいる、ということに対しては、 「それは真実ではありません。教皇は福音書を受け取り、福音書に書かれていることをそのまま述べているのです。すもに旧約聖書の時代、ヘブライ法では未亡人、孤児、外国人の世話を義務付けていました。もし社会がこれら3つのことを満たしていれば、それは真実です… そして、一部の人が言うような共産主義者でもありません。教皇は福音に従うのです」と述べられた。

*技術的な抑圧

 また、技術の進歩とその影響について質問された教皇は、「科学の進歩に対する人間の優位性」を強調。 「人工知能を含む文化の進歩の基準は、それを管理し、同化し、統治する男女の能力です。言い換えれば、男性と女性は創造の主人であり、そうであることを辞めてはなりません」と語られた。

「搾取」と「領土支配」が「独裁政権によって助長」され、戦争の根源となる

 改めて戦争に言及された教皇は、「平和を求めて対話を追求」するように、各国の指導者たちに呼び掛け、 「対話は『国家主義的』なものだけであってはならない、私は信じています。特にあらゆる通信手段が利用できる現代においては、対話は普遍的なものになっています。 だから、私は普遍的な対話、普遍的な調和、普遍的な出会いについて話します。 もちろん敵は戦争です」とされた。

 そして、「搾取」と「領土支配」が「独裁政権によって助長」されたものが、戦争の根源だ、と確信している、とされ、「 平和と共通善の構築のために、諸国民自覚」を求め、 「自分の立ち位置を認識していなければ、他者と対話することはできません。 2 つの意識的なアイデンティティが出会うとき、人々は対話し、合意し、共に歩むための一歩を踏み出すことができるのです」と強調。

*時代に適応し、調和しながら進む教会

 また、現在進行中のシノドス総会については、「教会は、あらゆる時代に適応する必要があります。第二バチカン公会議の初めから、ヨハネ23世は『教会は変わらなければならない』という非常に明確な認識を持っておられました。彼の後を継いだパウロ6世も、それに同意し、公会議を続けされました。そして、彼らの後継の教皇たちも同様でした」とされ、 「それは個人の尊厳を促進することについての時代への適応としての変化。そこに神学的な進歩があり、道徳神学やすべての教会科学、さらには聖書の解釈も、教会の時代の感性に従って進歩してきました。そしてそれらは常に調和するものです」と説かれた。

*「私たちは、希望なしでは生きていけない」

 教皇は、インタビューの最後を「人と神との関係」で締めくくられ、 「主は良き友人です… 彼は私をよく扱ってくれます」 と述べ、さらに「笑顔で希望の美徳を受け入れること」の重要性を強調され、 「私たちは、希望なしでは生きていけない。毎日の小さな希望を断ち切ってしまったら、私たちは自分の存在意義を失ってしまいます。私たちは、希望に基づいて生きていることに気づいていません。神学的希望は非常にささやかなものですが、それこそが希望なのです」と語った。また、外国訪問について、「アルゼンチンに行きたい… 最果ての訪問先といえば、まだパプアニューギニアが残っています」と述べた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年10月17日

☩「愛に燃える心臓が、今の教会にあるか」教皇、リジューの聖テレジア生誕150年に使徒的勧告

リジューの聖テレジア (1873 - 1897)リジューの聖テレジア (1873 – 1897) 

 教皇フランシスコが15日、幼きイエスと尊き面影の聖テレジアがフランスのアランソンに誕生してから150年を記念し、使徒的勧告「セ・ラ・コンフィアンス」を発表。24歳の若さで帰天した「宣教の保護者」リジューの聖テレジア(テレーズ)の「神の慈しみにおける愛と信頼」を教会の本質として示された。


 「私たちを愛に導くのは信頼であり、信頼以外の何ものでもありません」。教皇フランシスコがリジューの聖テレジア(テレーズ)に捧げた使徒的勧告のタイトルは、同聖人が1896年9月に記したこの言葉から採られている。

教皇たちが認めた小さき聖テレジアの証し

 教皇フランシスコは、リジューの聖テレジアの証しの類いまれなる価値を認めた歴代の教皇たちの行いを「テレジアに15歳で修道院に入ることができるよう計らったレオ13世」から、「テレジアを1925年に聖人として、1927年に宣教者の保護の聖人として宣言したピオ11世」、「1980年にリジューの聖テレジアに教会博士の称号を与えた聖ヨハネ・パウロ2世」に至るまで振り返っている。

 リジューの聖テレジアは、その修室で「イエスは私の唯一の愛」と記し、自身の霊的体験を分析した。教皇フランシスコは、「イエスとの出会いがテレジアを宣教へと召し、その奉献は兄弟たちの善の追求なしには考えられないものだったとし、事実、テレジアがカルメル会に入会したのは、人々の魂を救うためだった」と述べている。

信頼と愛の道

 教皇は、小さきテレジアの霊性の中心である「小さき道」「霊的幼児の道」の考察へと向かう。幼きイエスの聖テレジアにとって、大切なのは神の働きかけ、恵みであり、個人の功績ではなかった。なぜならば物事を聖化するお方は主だからだ。教皇はこうしたことから、「最もふさわしい態度は、心の信頼を自分自身の外に、すなわち、私たちを際限なく愛され、イエスの十字架においてすべてを与えられた神の無限の慈しみの中に置くことです」と記している。

神の御手の中での委託

 教皇は、私たちの人生はしばしば「恐れや、人間的な安泰への願望、すべてをコントロール下に置く必要」に押しつぶされている、と言う。小さきテレジアが勧める神における信頼と委託は、「私たちを強迫観念的な計算や、未来の不安、平和を乱す心配から私たちを解放してくれる。(…)もし、私たちを際限なく愛してくださる御父の御手の中にいるなら、あらゆる状況に見舞われても、あらゆることが起きても、進んで行けることは確かです」と述べている。

「信仰に対する試練」と慈しみにおける信頼

 この若きカルメリットの霊的生活は、信仰に対する試練にも無縁ではなかった。小さきテレジアの時代、近代的無神論が大きな広がりを見せていた。そして、聖テレジアは「無神論者たちの姉妹」であると感じ、彼らのために取り次ぎ、彼らのために人生を差し出し、信仰の証しを新たにしていた。聖テレジアは神の無限のいつくしみを信じていた。神におけるすべては愛、そして正義である。教皇は言う。「これは小さきテレジアの最も重要な発見の一つであり、彼女が神の民全体に与えた最も偉大な貢献の一つである。素晴らしい方法をもって、聖テレジアは神の慈しみの奥深くへと入り込み、そこで神の無限の希望の光を得た」。

「母なる教会の心臓の中で、私は愛となりましょう」

 小さきテレジアは、アヴィラの聖テレジアから「教会への偉大な愛を受け継ぎ、この神秘の奥深くに到達することができた」と教皇は記す。自叙伝の中で小さき聖テレジアはこう書いている。「私は悟りました、教会には一つの心臓が、愛に燃える心臓があると。 […] 私の母なる教会の心臓の中で、私は愛となりましょう」。教皇フランシスコはこのようにコメントする。「その心臓とは凱旋的な教会のものではなく、愛にあふれ、謙遜で、慈しみ深い教会の心臓である。[…] 小さき聖テレジアが教会の心臓を見出したことは、今日の私たちにとっても、闇や罪に傷つけられた教会組織の限界や弱さにつまずかないための、偉大な光なのです」。

最後に重要なのは愛のみ

 最後の章で、教皇はこの使徒的勧告は、「福音の喜び」にもあるように、宣教的な教会において「福音の告知は、最も美しく、最も偉大で、最も魅力的であり、同時に最も必要な本質に集中すること」を思い出させる、と述べている。「最後に重要なのは愛のみ」と教皇は強調しながら、小さきテレジアのこの非凡な直感を受け入れ、内的な大胆さと自由をもって、その論理的、実践的、教義的、司牧的、個人・共同体的な実りを引き出す必要を神学者や倫理学者たちに呼びかけている。

小さき道の今日性

 結論に導く中で、教皇はリジューの聖テレジアの「小さき道」の本質的な点を思い起こすと共に、その今日性に触れている。そして、教皇は「愛する小さき聖テレジア、あなたがそうであったように、神が私たちに持たれる偉大な愛にいつも信頼できるように、助けてください。あなたの聖性の小さき道に私たちも毎日、倣うことができますように」と、祈りをもってこの使徒的勧告を締め括っておられる。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月16日

☩「ガザ地区で人道法規を順守を」教皇、、17日の聖地教会の「祈りと断食」に参加するよう、世界の信者が呼びかけ

rescuers and civilians remove the rubble of a home destroyed following an Israeli attack on the town of Deir Al-Balah in the central Gaza Striprescuers and civilians remove the rubble of a home destroyed following an Israeli attack on the town of Deir Al-Balah in the central Gaza Strip  (AFP or licensors)

 

2023年10月15日

☩「神の喜びと交わりへの招待に”はい”と答えよう」教皇、年間第28主日の正午の祈りの説教で

Pope at AngelusPope at Angelus  (Vatican Media)

(2023.10.15  Vatican News  Thaddeus Jones)

   教皇フランシスコは年間第28主日の15日の正午の祈りの説教で、この日のミサで読まれたマタイ福音書でイエスが語られた「婚礼の祝宴」のたとえ話(22章1節以降)を取り上げられた。

 そして、「神のこの招待を受け入れるかどうかの選択は「私たちの自由な判断に任せられていますが、イエスは(子のたとえ話を使って)、私たちが永遠の喜びと神との交わりに入ることができるように『はい』と答え、人生の中に常に神のための場を確保するように勧めておられるのです」と強調された。

 この日の説教で教皇はまず、「(イエスが語られたこのたとえ話に登場する)王は善良な性格の持ち主です。なぜなら、誰にも婚礼の祝宴への出席を強制せず、招待を受けるかどうかの判断は彼らに任せているからです。 全員が招待されている-これが神が、私たちとの交わりのために用意してくださった祝宴です。私たち全員が神に招かれているのです」と語られた。

 そして「 神なる父が私たちに提供してくださるこの種の関係は、服従の関係ではなく、父親と息子の関係であり、私たちに自由を全面的に尊重してくださいます。神は、決して(ご自分へ招きを)押し付けたりはされません」と述べられた。

 また、このたとえ話で、王は、家来たちに、祝宴に招いた人々を二度、呼びに行かせたが、人々はそれを無視したり、一人は畑に、一人は商売に出かけたりしてしまう。

 教皇は「これが人々が『ノー』と言えるこのたとえ話がどれほど深刻なものであるかを示しています。しかし、そうした人々の拒否に対して、神は大きな忍耐と寛大な心をもって再び招き、祝宴への参加の機会をお与えになります」とされ、「私たちの父である神は、諦めず、私たちを誘い続けます。貧しい人々の中から招待を受ける人が見つかるまで、招き続けられるのです」と強調された。

 続けて教皇は、「私たちは、自分のことばかりに神経を集中し、神の招きを見たり聞き入れたりすることができなくなる可能性があります」と指摘。「私たちは、神のために自由な時間を作らねばなりません。自分自身を自由にし、心を軽くし、癒しを受ける時間を見つける必要があります。そうすることで、私たちの心に平和、自信、喜びがもたらされ、悪や孤独、人生の意義の喪失から救われます… ミサで神の御言葉を聞き、祈りるだけでも、貧しい人、病人、孤独な人など助けを必要としている兄弟姉妹を慰め、助ける活動、互いの話に耳を傾けることによって、主のための場を作ることができます」と述べられた。

 最後に教皇は、信者たちに、「神の招きに、どう応えればいいか? 日常生活の中で、どれだけ神のためにスペースを割いているのか? そして、主の招きに応えて、助けを必要としている兄弟たちを助けることよりも、自分自身のことにもっぱら気を配っていないか?」と自問するように勧められ、「そうすることで、私たちは、真の充実感と幸福を見つけることができるのです」と語られて説教を締めくくられた。そして、聖母マリアに次のように祈られた- 「『はい』と言って神の居場所を作られたマリアが、私たちが神の招きに耳を貸さないことのないよう、助けてくださいますように」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月15日

☩「暴力を抑え、平和を」教皇、水曜の一般謁見で、改めてイスラエルとハマスに訴え

Rockets are fired by Palestinian militants from Gaza towards IsraelRockets are fired by Palestinian militants from Gaza towards Israel  (AFP or licensors)

   パレスチナのイスラム過激派、ハマスの攻撃で始まったイスラエルとの激しい戦いは今も続き、11日現在で双方合わせて2000人を大きく超える死者が出ているが、教皇フランシスコは11日の水曜恒例一般謁見で、聖地の平和を訴え、「イスラエルには自国を守る権利がある」ことを認めつつ、「暴力は正義に基づいた永続的な平和の実現に貢献できない」と断言された。

 教皇は、この戦いで双方に多くの犠牲者が出ていることに、深い悲しみを示され、死傷した多くの人々を悼まれ、ユダヤ人が「律法の喜び」を意味するシムチャト・トーラーを祝う日が追悼の日に変わった遺族のために祈り、ハマスに対し、数十人と言われる「人質の即時解放」を求められた。

 また教皇は、「攻撃を受けた者には、身を守る権利がある」としつつ、ガザ地区で民間人を主体とするパレスチナ人が直面している、イスラエル側による「完全全面包囲」で多くの罪のない犠牲者が出ていることにも、強い懸念を示された。

 そして、「テロと過激主義は、イスラエルとパレスチナの間の紛争解決には役立たず、憎しみと暴力、復讐心を煽り、互いに苦しみを与えている」と強く非難したうえで、ハマス、イスラエルの双方に自制を呼び掛け、紛争の早期解決への努力を求められ、「中東に求められているのは、戦争ではなく平和。正義と対話、友愛への勇気のうえに築かれる平和です」と早期の戦闘停止に向けた対話を呼び掛けられた。

2023年10月11日

◎教皇連続講話「使徒的熱意について」㉒「聖ジュゼッピーナ・バキタ の一生は神の恵みを示している」

Pope Francis leads the weekly General AudiencePope Francis leads the weekly General Audience  (Vatican Media)

 

2023年10月11日

☩「どの戦争も”敗北”だ!」教皇、イスラエルとパレスチナに戦闘停止を求める

The aftermath of a rocket attack that struck the Israeli city of AshkelonThe aftermath of a rocket attack that struck the Israeli city of Ashkelon  (ANSA)

 教皇フランシスコは8日の正午の祈りで、突然の残忍な暴力に見舞われ多くの死傷者を出したイスラエルの状況に憂慮と悲しみを表し、テロリズムと戦争は無実の人々の死と苦しみ以外何ももたらさない」「どの戦争も”敗北だ」と批判するとともに、イスラエルとパレスチナ間の平和を訴えられた。

 パレスチナのハマスのイスラエルへの大規模攻撃で始まり、イスラエル側が反撃している戦争で、すでに双方合わせて1000人以上の死者が出ている(日本時間9日朝現在=「カトリック・あい」)。

 教皇は犠牲者の遺族たちに心から哀悼の意を表されるとともに、亡くなった方々、また今恐怖と不安の中にあるすべての人々のために祈られた。

 「攻撃を止め、武器を収め、テロリズムと戦争は何の解決もたらさず、ただそこにあるのは多くの無実の人々の死と苦しみだけであることを知って欲しい」「戦争は一つの敗北です。どの戦争も敗北です!」

 このように話した教皇は、イスラエルとパレスチナ間の平和を祈るよう、すべての人に求められた。

 また、カトリック教会の伝統として、10月は宣教とロザリオの祈りに捧げられていることに言及しつつ、教皇は、「戦争と紛争によって傷つけられた世界の多くの国々に平和の賜物があるよう、ロザリオの祈りを通して聖母の取り次ぎを絶えず祈り続けよう」と呼び掛けられた。

 そして、教皇は、日々苦しみを生きているウクライナの人々を忘れないようにと、信者らに呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

 

2023年10月8日

☩「聖母マリアが、私たちをいつも感謝するようにしてくださるように」年間第27主日の正午の祈りで

Pope Francis greets the faithful at the Sunday AngelusPope Francis greets the faithful at the Sunday Angelus  (Vatican Media)

(編集「カトリック・あい)

2023年10月8日

☩「私たちを破滅させようとする敵と戦わない者はキリスト者ではない」バチカン憲兵隊のために捧げるミサで

Pope Francis presides at Mass for the Vatican gendarmesPope Francis presides at Mass for the Vatican gendarmes  (Vatican Media)

 教皇フランシスコが7日午後、 バチカン庭園のルルドの洞窟で、バチカン市国憲兵隊のために大天使聖ミカエルを祝うミサを捧げられ、説教で、翌日年間第27主日のミサで読まれるマタイ福音書の「ぶどう園の農夫」のたとえ話(21章33-43節)を取り上げ、「私たちの人生は注意して守られればならないぶどう畑のようなもの」と語られた。

 説教で教皇はまず、福音書より先の第一朗読のイザヤ書の「ぶどう畑」(5章1-7節)に注目され、「 憲兵の仕事は、敵が植えられているものを台無しにし、破壊するために夜に侵入するぶどう畑を守ること。ぶどう畑は、善と悪が互いに戦う、すべての人の人生を表してもいます」とされた。

 そして、「主は私たち一人一人を、あたかも良いぶどう畑の枝のように植えてくださいましたが、敵は常に私たちを破滅させようとやって来ます。 これは毎日の戦いです。あなたがたと私、そして私たち全員の戦いです。 戦わない者はキリスト教徒ではないし、誘惑に抵抗しない者はキリスト教徒ではありません」と言い切られた。

 また教皇は、「私たちは皆、罪びとですが、前に進むために、自分の人生に入り込もうとする悪魔と戦わなければなりません」と語られ、 大天使ミカエルがこの戦いを助けてくれることを思い起しつつ、「ここバチカンのぶどう畑にも、悪い芽が入らないように」と説かれた。

 そして、「マタイの福音書に出てくる邪悪な農夫たちのたとえ話は、悪魔が何かを手に入れようとするとき、手に入れようとするものは破壊してしまう、ということを語っています。そして、 すべてを破壊しようとする戦争は”汚い戦争”であり、すべてを破壊することで勝利しようとする悪魔のやり方です」と強調。それでも大天使聖ミカエルは「私たちが、その悪魔を追い出すのを助けてくれるのです」と結論付けられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年10月8日

☩10月「ロザリオの月」にー「戦争で傷つく地域、福音宣教、そしてシノドス総会のために祈りを」と教皇

10月はロザリオの月10月はロザリオの月  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 (2023.10.1 バチカン放送)

 教皇フランシスコは1日の正午の祈りで、「10月のロザリオの月を迎え、ロザリオの祈りの素晴らしさを体験し、聖母マリアと共にキリストの神秘を観想し、教会と世界の必要のために聖母の取り次ぎを祈りましょう」と信者たちに呼びかけられた。

 そして、ロシアの軍事侵攻の長期化に苦しめられるウクライナをはじめ、戦争で傷つくすべての国、地域のために、世界の人々の福音宣教のために、そして4日から始まる「シノダリティ(共働的)な教会」をテーマとする「世界代表司教会議(シノドス()総会・第一会期のために、ロザリオの祈りを祈るように」と希望された。

 また、教皇は1日は、教会暦で「信頼の聖人」、幼いイエスの聖テレーズ(テレジア)を祝うことに触れながら、10月15日に聖テレーズのメッセージをめぐる使徒的勧告が発表されることを予告された。そして聖テレーズと聖母に祈るよう勧められた教皇は、神に信頼し、宣教のために働くことができるよう、聖テレーズの助けを願われた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月3日