・性的虐待で大量の訴え受けたグアムのカトリック教会が破産申請

(2019.1.18 カトリック・あい)

 日本人観光客などでにぎわう米領グアムのカトリック大司教区が16日、現地の米連邦裁判所に破産を申請した。AP通信など複数のメディアが報じた。

 同大司教区は聖職者による性的虐待を受けたとする信徒たち190人から数百万㌦(数億円)に上る賠償請求の訴えを受けている。破産が認められれば、幼児虐待の何十件もの裁判を回避し、和解交渉に入ることになるという。

 大司教区の弁護士によると、和解金の金額として望ましい額は明らかにできないが、大教区が保有する資産は2290万㌦の価値を持つのに対し、負債総額は4560万㌦。緊急性の低い不動産を売却して和解基金に充てることも計画しているという。

 また破産法によれば、破産が認められても、教会や学校など大司教区が所有する施設の運営は継続できる。

 グアムのカトリック教会では2016年に、アンソニー・アプロン大司教が、司祭時代に侍者の少年たちを性的に虐待したとして訴えられ、教皇フランシスコが暫定教会管理者に大司教の職務を代行させたが、これをきっかけに、他の司祭が関係する訴えも数十件だされてきた。こうした状況から、教皇は昨年初めにアプロン大司教を職務から外し、バチカンの裁判所で有罪判決が出た後、グアムへの復帰を禁じることを命じている。

 

2019年1月18日

・教会は閉鎖、主任牧師夫婦は拘禁、そして…中国でプロテスタント教会も

(2019.1.17 カトリック・あい)

 カトリックの”地下教会”の中国国内での聖職者逮捕・監禁、聖堂損壊などの”被害”が相次いでいるが、プロテスタントの”地下教会”も同様の事態が深刻化しているようだ。 

 英国の有力日曜紙The Observerが13日付けの四川省の省都・成都発で報じたところによると、中国でもっともよく知られた成都のプロテスタント地下教会「Early Rain church」の信徒100人以上が先月、警察に逮捕され、さらに教会は閉鎖、Wang Yi 主任牧師夫婦が拘禁された。夫婦は「破壊を扇動した」罪に問われ、有罪となれば最高で15年の刑となる、という。主任牧師の母親と彼の息子は逮捕を免れたものの、監視下に置かれており、逮捕されなかった信徒の中にも、成都から立ち退かされ、帰宅を禁じられている者もいる、という。

  逮捕・拘禁される3か月前の2018年10月、Early Rain 教会で祈るWang Yi牧師 ( Photo: Early Rain/Facebook)

 The Observerによると、昨年中に、地方政府が公認教会以外での集会、”家庭教会”が数百も閉鎖されており、昨年11月に500人の家庭教会代表が出した声明によると、当局によって建物から十字架が取り外され、国旗をかがげさせられ、愛国的な歌を強制され、未成年の参加が禁じられている、という。こうした”被害”は各地に広がっており、その中で起きた成都での事件は、文化大革命以来、最も大規模で深刻なもの、という見方も出ている。

 

 

 

2019年1月16日

・”地上教会”の司教を、教会建物の不当処分や資金使い込みで、司祭、信徒たちが訴え

Chinese bishop accused of embezzling $4 million

Priests and the faithful block Sacred Heart Church’s main entrance on Dec. 28 to prevent a developer from entering. (Photo supplied)

(2019.1.16 カトリック・あい)

 政府・共産党の規制・監督に従わない中国のカトリック”地下教会”に対する当局の弾圧、破壊が、昨年9月のバチカン・中国”暫定合意”以後、一段と強まっている、と複数の海外メディアが伝えているが、今度は政府・共産党に隷属する中国天主愛国協会-”地上教会”-の司教の教会建物の不当な処分や多額の金銭を巡る不法行為が浮上してきた。

 先の”暫定合意”で、中国当局が一方的に司教と選んだ”地上教会”の8人を公認することにしたバチカンが、この問題にどのように対応するのか注目される。

 ucanews.com が15日、香港発で報じたところによると、中国南部、広西チワン族自治区の首都、南寧市のヨゼフ・タン・ヤンクアン司教が教会の資金の使い込み、投機の失敗で多額の負債を負ったとして訴えられた。少なくとも五つの私企業を設立するのに2700万元(約400万ドル、4億円)を使い込み、司教座教会である聖心教会建物を独断で大型ビルに建て替えたうえ、その大部分を不法に売却しようとした。

 これに対して、教区の司祭、修道女、教会職員、信徒あわせて200人以上が同市の民族・宗教担当委員会に共同で文書を送り、南寧市の中国天主愛国協会の正式代表であるタン司教の財政・資金面の行動について徹底的に捜査するよう求め、文書の写しは、同市の共産党統一戦線工作部にも送付、司教が国の財政・経済関係の諸法規を無視して、教会の資金を独断で使用し、教区財政は正常な教区運営ができないほど悪化している、と訴えた、とucanews.comは伝えている。

 司教は、3階建ての教会建物を撤去して、20階建てのビルにし、聖堂と司祭、修道女用の二つの階を除いて、住宅、店舗用に売却する計画を独断で実施しようとし、一部のスペースについては入居希望者から前金を手に入れていた。だが、先の司祭や信徒たちの訴えを受けた当局が、教会建物の撤去を認めない、との判断を下し、入居予希望者からは前金の返還を求める動きも出ている。これとは別に、司教は利殖目的で12以上の企業に投資し、うち5社では筆頭株主になっているが、ここでも赤字を出している、という。

 タン司教は、政府当局から2003年に広西チワン族自治区を一つの教区する教区長に選ばれたが、バチカンは同自治区に四つの教区を置く従来の形を堅持したことから、司教の”支配地域”は南寧市内のみに限定されている、という。

2019年1月16日

・「多様な宗教、言語、文化のアジアで福音を証しする新たな手段、方法を」

(2019.1.15 VaticanNews Linda Bordoni)

  アジア地域の司教協議会教理委員長会議が15日から3日間の予定でバンコクで始まったが、教皇フランシスコは会議参加者たちにメッセージを送り、互いに協力と兄弟的交流を育て、大きな多様性をもつアジアの中でカトリック信仰の一致と統合を推進するよう激励した。

 このメッセージで、教皇は「多様な宗教、言語、そして文化をもつ広大なアジア地域で、あなた方は、カトリックの信仰の一致と統合のための私たち共通の責任を改めて確認するために、様々な課題に直面なさっています」としたうえで、「現代世界が抱える様々な課題の中で、福音を証しするために、新たな手段と方法を探求するように」と励まされた。

 また、ご自身が使徒的勧告「福音の喜び」で示されたように、全教会が「前進する」ように、いかに求めておられるか、について強調され、「教理省が各国司教協議会、特に教理委員会のの重要な働きを積極的に支援し、アジアの教会指導者たちの間の効果的で兄弟的な協力を助けていることを、うれしく思っています」と述べられた。

 最後に、この会議がアジアにとって具体的かつ適切な福音のメッセージを示す機会を提供することができるように祈っている、とされた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

 

15 January 2019, 12:21
2019年1月16日

・22日から「世界青年の日」-キリスト教伝来500周年のフィリピンは250人以上参加

(2019.1.12 VaticanNews Robin Gomes)

 世界中のカトリック信徒の若者たちを集め、今月22日から27日にかけて、パナマで開かれるワールドユースデイが目前に迫って来た。「私は主の召し使いです。お言葉通りになりますように」がテーマの今回の大会には、23日に教皇フランシスコが出席される。

 世界中のカトリック信徒の若者たちを集めて開かれるこの大会に、フィリピンからは、主役である若者に司教、司祭も含めて70人以上が参加を決めているが。同国司教協議会の 若者司牧委員会事務局長、コネグンド・ガルガンタ神父は「さらに新たな若者のグループが登録申請をし、最終的なフィリピンからの参加者は少なくとも250人になるでしょう」と若者たちの意気込みを語っている。

 今年は、フィリピンにキリスト教が伝えられた1521年から500周年の記念の年に当たり、司教協議会はその記念の一環として、今年を「若者の年」としている。

 フィリピンは、1995年1月に、アジア初のワールドユースデイ主催国として、マニラで大会を開いた。ワールドユースデイの創始者である聖ヨハネ・パウロ二世教皇も参加され、ルネタ・パークでの閉会ミサには推定で500万人以上が会場を埋めた。

 教皇の大会参加の際には、特別のことをなさることがある。今回のパナマ大会への参加の期間中に、大会に出ることのできない若者の受刑者とHIV患者にお会いになる。このほど改築工事を終えた400年の歴史を持つパナマの大聖堂の奉献式、中央アメリカの司教たちとの会見、若者たちとの昼食会なども予定されている。

 就任以来26回目の外遊となるパナマ訪問の期間中に、教皇は説教、演説などを7回、ミサを2回、告解の指導をなさることになっている。

(翻訳「カトリック・あい」南條)

2019年1月13日

・香港教区長の早すぎる死-後任人事が教皇にとっての”踏み絵”に(CRUX)

The death of Hong Kong bishop a potential crisis for Church in China

Auxiliary Bishop Joseph Ha, Bishop Michael Yeung, and retired Cardinal John Tong concelebrate Mass May 24, 2018, on the feast of Our Lady, Help of Christians at the Cathedral of the Immaculate Conception in Hong Kong. Yeung died suddenly on Jan. 3, leaving the diocese vacant for the first time since it came under Chinese rule in 1997. (Credit: Francis Wong/CNS.)

(ニュース解説)

 「危機」という漢字は、危険を示す「危」と機会を示す「機」で出来ている。香港教区長のMichael Yeung Ming-cheung司教が1月3日、73歳で亡くなったのを聞いて、すぐ頭に浮かんだのは、1997年に香港が英国から中国に返還されて初めて、教区長のポストが空いた、ということだった。

 Yeung司教の死は、バチカンと中国の関係が岐路に立つ最中に起きた-彼の後任の選択は、北京の共産党当局と1300万人といわれる中国のカトリック信徒によって注視されるのだ。

 昨年9月22日にバチカンと中国政府は、司教任命に関する”暫定合意”に署名し、中国政府によって指名された8人の司教が公認された。大方の報道によれば、この合意-詳細は未だに公表されていない-は、バチカンは中国政府に司教を提案することを認め、その提案に対して教皇には拒否権しか認められず、しかも拒否権の行使をしないように様々な圧力を受ける、というものだ。

 バチカンの中国政府との交渉の狙いは、1950年に共産党政権が「中国天主愛国協会」(いわゆる”地上教会”)を設立し、国内のカトリック信徒がバチカンから独立するように監視を始めて以来続いてきた、中国のカトリック教会の地上教会と地下教会の分裂状態を終わらせることにあった。教皇に忠誠を誓い、共産党政権の監督・支配を拒む地下教会の中国本土における信徒数は、地上教会とほぼ同数と、それぞれが主張している。

 ”暫定合意”の署名が伝えられた時、中国の多くのカトリック信徒は、「合意は、何十年も迫害に遭い続けた”地下教会”を裏切るものであり、北京政府への屈服だ」と非難の声をあげた。批判する人々は「教皇が認めた司教たちはカトリック教会よりも中国共産党に忠実だ」と指摘し、さらに「教皇が認めた司教8人のうち少なくとも2人は”秘密の家族”を持っている(注:つまりカトリックの司教・司祭が禁じられている結婚をし、子供をもうけている)」と糾弾している。

 しかも、”暫定合意”が署名されても、中国当局は、このようなカトリック信徒たちの懸念を軽減するようなことは何もしていない。それどころか、「反カトリック教会キャンペーン」を強め、愛国協会への加盟を拒む司祭たちを逮捕し、司教たちを拘留し、修道院の建物を破壊し、未成年者のミサ聖祭など宗教行事への参加を禁じる政令を公布している。

 このような弾圧は、中国のあらゆる宗教活動に対する共産党による規制強化に努める習近平主席の方針に沿ったものだ。だが、こうした中国側の振る舞いに対して、バチカンは、”暫定合意”が損なわれないように、と沈黙を続けている。

 バチカンの中国との交渉で、香港は特別重要なケースだ-この英国の元植民地は、英国の統治下で保障されていた信教の自由を含む諸々の自由を住民に与える基本法によって統治されている。香港の司教たちは、中国政府の干渉を受けることなく、教皇によって任命されている。

 だが、それにもかかわらず、バチカンは香港での司教任命に慎重なやり方をしてきた。香港が1997年に英国から中国に返還されてから、直接に司教を任命することをせず、まず、補佐司教として任命し、司教が務める教区長のポストが空いた時に、自動的にその後任の司教となる、というやり方をしてきたのだ。こうすることで、教区長が空席となったときに中国政府がバチカンにかける可能性のある圧力を軽減し、新司教には教区長のポストに就く時になるものだということを、中国政府に認識せるようにしてきたのだ。

 今回のYeung司教の死去に伴って生じた危険は、中国共産党当局が、この元英国領で、新司教を作る力を行使しようとするかも知れない、ということだ。

 香港のカトリック信徒数は40万人にのぼるが、全人口の5パーセントでしかない。だが、カトリック信徒たちは英国による統治以来、卓越した役割を演じてきた-教育、住宅、医療健康、その他の社会サービスを提供している。香港の民主主義運動でも活発に活動しているが、中国政府が背後についた行政府にも格別に大きな影響力をもつ-香港特別行政区行政長官の林鄭 月娥(りんてい げつが、キャリー・ラム)はカトリック信徒であり、三人の前任者たちの1人もそうだった。

 その独特の性格から、香港教区長は通常、”中国のカトリック教徒の声を事実上代弁する存在”とされてきた。英国から中国へ返還されて以来の三人の司教たちは全員が枢機卿になっているが、そのうちの1人、86歳になる陳日君枢機卿は、”暫定合意”に対する最も歯に衣を着せぬ批判者だ。

 香港の新教区長・司教として、最も可能性のあるのは、香港生まれの現役の2人-マカオのLee、それに香港の補佐司教、Joseph Haである。Leeは属人教区Opus Deiの会員で、”暫定合意”の強力な支持者だが、”政治”への関与は避ける傾向にある。これに対して、フランシスコ会の会員であるJoseph Haは、香港の民主活動家たちの支持者で、香港教区の正義と平和委員会の指導者でもあり、中国の共産党政権の不興を買うような政策をしばしば主張している。

 もっとも、このような二人の違いは大げさにするものではない-Leeは共産党政権の”使徒”ではないし、Haも、中国当局に嫌がられる陳枢機卿のような激しい批判者ではない。だが、中国のカトリック信徒たちは、香港教区長・司教の後任人事を、中国における信教の自由の実現に、バチカンが前向きに取り組むかどうかの証しとなる、と見ている。

 もし教皇がHa、あるいは同様の考え方を持つ人物を選べば、中国の信徒たち、特に香港の信徒たちは「教皇が我々の思いを聴いてくれている」と受け取るだろうし、「ほとんどの切り札を持っている」と自信を深める中国との交渉で、バチカンが何枚かのエースを確保することになるだろう。

 だがもし、この人事で「中国政府に屈した」という見方をされれば、教皇は、地下教会の信徒たちをさらに見放す危険を冒すことになり得る-地下教会の多くの信徒たちは”暫定合意”と共産党の支持を得た司教たちを受け入れることを、躊躇している。

 陳枢機卿はすでに、中国に新たな分裂が起きる可能性を示唆している-地下教会の信徒の中に、中国政府とバチカンの両方への忠誠を拒否する者が出る可能性だ。

 香港の暫定教区長は「11日にYeung司教の葬儀が終わるまでは、正式の新教区長が選ばれることはないでしょう」と語っている。教皇は人事を早期に行うと見られている。ポストが長く空いたままであればあるほど、中国政府による人事への関与が強まる、と見られるからだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

2019年1月9日

・菊地東京大司教の主の降誕あいさつ・2019年の課題(「東京教区ニュース」)

2018年主の降誕のご挨拶   カトリック東京大司教 菊地  功

 昨年末に東京教区に着座してから一年が過ぎました。大司教としての務めを十分に果たすことのできない私を、多くの方が祈りを持って支えてくださいました。この一年の皆様のお祈りと支えに、心から感謝申し上げます。

 さて、この一年を振り返りますと、まずもって東京教区は多くの教区司祭を見送りました。井手神父様、市川嘉男神父様、川原神父様、藤岡神父様、國枝神父様と、大勢の先輩司祭を御父のもとへお返しいたしました。亡くなられた神父様方の、永遠の安息をお祈りください。失った働き手を補うだけの十分な召命が与えられているわけではありません。どうぞ、さらなる召命の恵みのためにお祈りいただきますように、お願い申し上げます。

 来る2019年4月には、日本の神学院は再び二つに分かれ、福岡と東京にそれぞれ独立した神学院を運営することになります。加えて、教皇庁からの求めに応じて、各国司教協議会は司祭養成課程を見直しております。それに伴い、司祭養成の課程はこれまでの6年から7年へと変更になります。一人の神学生が誕生したとしても、司祭の誕生までには7年の時間が最低限でも必要です。将来の教区の姿を見据えながら、新たな召命のために祈りと促進の活動をお願いいたします。

*宣教司牧方針の策定のためにお願い

 私は2018年の聖霊降臨祭に、「多様性における一致を掲げて」¹と題する文書を発表いたしました。この文書は、副題にあるとおり、「宣教司牧指針の方向性について」記したものです。すなわち、この文書自体が東京教区における宣教司牧の方針なのではなく、これからそれを定めるために様々な方々の意見を伺いたく記した、話し合いの「方向性」を示す文書です。

 まず第一に記しておきますが、教区司教としての私は、確かに教区の方向性を定める最終的な責任を担っています。しかしそのことは、私が一人で判断し決めたことを公示し、皆様に実施していただくことを意味してはいません。教区司教として最終的な責任は私が負いますが、基本的に多くの方々の意見を伺い、可能な限り様々なレベルでの意見交換の上で、方向性を定めていきたいと私は考えています。とりわけ、宣教と司牧に関することは、司教の独断で方向性を定めることは避けたいと思います。

 そこで、新しい年に向けて、小教区や修道院共同体の皆様にお願いがあります。「多様性における一致を掲げて」の文書の中に、課題として10の項目²を掲げてあります。そのすべてでもかまいませんしまた一部でもよいのですが、それぞれの共同体の中で是非とも話し合っていただいて意見を交わし、それを集約した上で、文書をもって皆様の提言を私にご提出いただけませんでしょうか。一つでも多くの小教区共同体や修道院共同体からのご意見やご示唆をお待ち申し上げます。ご提出いただく期限は、2019年の聖霊降臨といたします。

 すでに、いくつかの分野では、教区の既存の委員会などを通して、見直しの作業を始めています。その結果と、皆様のご意見を集約した上で、2019年末頃までには、教区全体の宣教司牧の具体的な方針を、文書をもってお示しできればと考えています。
教皇様が招集されるシノドス(世界代表司教会議)のような会議を教区シノドスとして開催する方法もありますが、今の段階ではそうした会議による意見集約の方法は、事前の準備の時間が必要なことなどを考えて採用いたしませんでした。

*小共同体からなる共同体

 さて、「多様性における一致」という私の司教職のモットーに関連して、是非とも考えていただきたいことがあります。

 教会の共同体における多様性は、そこに内包される小共同体の存在によってたちます。教会共同体は、ただ一つの共同体なのではなく、小さな様々な共同体の集合体として成り立つものです。ただし、その小さな様々な共同体が、それぞれ勝手ばらばらに存在しているのではなく、全体として同じ信仰に結ばれ同じ方向を向いて存在することによって、全体の共同体が一致のうちに成り立ちます。

 ですから、是非とも教区にあっても小教区にあっても、小さな共同体を育てて下さい。たとえば、教区の青少年司牧と一口で言っても、ひとつの青少年の集まりがあればよいというわけではありません。そこには様々な指向性を持ち、様々な異なる優先事項を持った青少年の集まりがあるはずで、それぞれを豊かに育て、かつ互いが勝手に存在するのではなく、互いに連携を持ちながら全体としてゆるくつながっている形を理想としたいのです。

 小教区にあっても、たとえば様々な信心のグループが豊かに存在してほしいと思います。それぞれは小さなグループ(共同体)でかまわないのです。ただ一つ、互いを批判したり異なるグループの意義を否定することなく、連携をとりながらつながっていてほしいと願っています。

 教会には様々な方が集まります。その「様々」性、すなわち多様性に応えるために、様々な小グループが豊かに存在してほしいのです。極端に言えば、二人でも三人でもかまいません。ただ互いがつながっていることを必ず意識し、司祭の霊的な指導を受けながら、豊かに存在することで、教会共同体は多くの人の様々な必要に応えていくことができるのだと思います。

*国境を越えた兄弟姉妹との一致

 少子高齢化の波は、教会にも激しく押し寄せてきています。この一年、30近い小教区を訪問させていただきました。まだ全体の半分に及びません。なるべく速やかにすべての小教区を訪れることができればと思いますが、それには今しばらくの猶予をください。この訪問を通じて、少子高齢化が小教区における大きな課題であることを感じました。そのためなのか、ともすれば教区が全体的に守りの姿勢に入り、多少消極的になっている嫌いも見受けられました。

 確かに将来を考えれば、今ある教会をどう守るのか、建物をどのように維持していくのかは重要な検討の課題です。しかし同時に、周囲を見渡せば、私たちの教会には世界各地からやってきた若い兄弟姉妹の存在があります。「日本の教会」が「外国人」のゲストをどうもてなすのかという問題意識ではなく、「普遍教会」の視点から、日本を含めた世界各地から集まった兄弟姉妹が一緒になって力を合わせ教会共同体を育てあげ、この日本の地でどうしたらより良く福音を告げ知らせていくことができるのか。その視点から、これからどのような教会を一緒になって育てていくのかを、考えていただければ幸いです。

終わりに

 2019年には、教皇様の来日の可能性が取りざたされております。最終的な決定は、政府間の交渉ですので未定ですが、仮に決まれば東京には必ずおいでになるでしょうから、教区の皆様には即座にお知らせいたします。

 8月末にお知らせした、教皇庁福音宣教省直轄の神学院設立の通知に関しては、現在、保留となっているとのことですが、これも何か動きがあればお知らせします。

 年明け1月には、中米のパナマで世界青年の日(WYD)が開催され、東京教区からも参加される方々がおられます。また9月には東京教区において、青年たちの全国的活動の一つであるネットワークミーティングが開催される予定です。青年たちの活動のために、お祈りください。

 加えて9月にはカトリック聴覚障害者の会の全国大会も、東京教区で予定されています。聴覚障害の方々をはじめ、障害と共に生きておられる兄弟姉妹が、安心して過ごすことのできる教会共同体でありたいと思います。

 これ以外にも、様々な行事が東京教区内で2019年には予定されていることと思います。
皆様の上に神様の豊かな祝福があり、2019年が、素晴らしい年となりますように、お祈り申し上げます。

(「東京教区ニュース」1,2月号より)

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(カトリック・あい)

注2

1:修道会の垣根を越えた、教区における司牧協力体制の充実 2:滞日外国人司牧の方向性の明確化と見直し 3:継続信仰養成の整備と充実 4:現行「宣教協力体」の評価と見直し 5:カトリック諸施設と小教区・教区との連携 6:イベントの豊かさだけではなく、霊的にも豊かな共同体の育成 7:信仰の多様性を反映した典礼の豊かさの充実 8:文化の多様性を尊重した典礼の豊かさの充実 9:教区全体の「愛の奉仕」の見直しと連携の強化   10:東日本大震災への取り組みに学ぶ将来の災害への備えの充実

注¹

「多様性における一致を掲げて」宣教司牧指針の方向性についてー2018年5月20日・ 聖霊降臨の主日に -カトリック東京教区 大司教 菊地功

多様性における一致をモットーに掲げて、私は昨年12月に東京大司教として着座いたしました。私たちの東京教区は、社会の中における単なる組織体ではなく、キリストの体をともに形作る信仰共同体です。しかもこの信仰共同体はキリストによる宣教命令を受けているのですから、現代社会の直中にあって福音宣教共同体として存在しなければなりません。教区をともに形作っているそれぞれの教会共同体が福音に生き、御言葉と御聖体のうちに現存される主イエスと喜びをもって歩みを共にするとき初めて、全体としての教区共同体は福音に生かされた宣教共同体となります。そのために、それぞれの教会共同体が自らの多様性に目覚め、その自覚のうちに全体として一致しようとすることが不可欠です。

着座してまだ半年しか経過しておらず、教区全体の訪問すらできていない現時点では、具体的な宣教司牧の指針を提示することはできません。しかし、多様性における一致を足がかりにして、これからの宣教司牧指針の方向性をできる限り明示したいと思います。

1:「多様性」と「一致」

聖パウロはローマ人への手紙において、「わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」と述べています(ローマ人への手紙十二章四~五節)。

わたしたち自身がまず、それぞれの豊かな個性のうちに、与えられたいのちを生きています。様々な個性が集まって、あたかも一つの体の部分のように互いに結ばれることによって、この世界は成り立っています。当然、そこには様々な考え方や異なる価値観を持った、自分とは意見の異なる人たちが多く存在します。私たちが共同体の中で生きるということは、多様性のうちに生きるということを意味しています。画一的ではない豊かな社会は、私たち自身の多様性があってこそ実現します。

もちろん多様性は、全体としての体を生かす部分としての多様性であり、共通善に導かれた神からの豊かな賜物を生きる個性でもあります。

同時に私たちには、多様性のうちにありながらも一致していることが求められます。ヨハネ福音に、「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。(ヨハネ十七章二十一節)」と記されています。またコリント人への手紙には、「一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです(一コリント十二章十三節)」と記されています。

御子が御父と一致していたように、私たちも一つの体として一致するようにと呼ばれているのですが、とりわけキリストに従う者は、御言葉と御聖体によって、キリストの体において一致するようにと招かれています。

同じくコリント人への手紙に、「わたしたちが神を賛美する賛美の杯は、キリストの血にあずかることではないか。わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です(一コリント十章十七節以下)」とあります。

さらに、エマオへと向かっていた二人の弟子は、イエスの御言葉によって「心は燃え」、食卓においてパンが割かれることによって目が開かれ、エルサレムに残された兄弟たちと再び一致するために旅立ちました(ルカ二十四章十三節以下)。二人の弟子は、御言葉と御聖体によって、キリストの体において兄弟たちと一致するようにと導かれたのです。

2:福音を告げる教会共同体

福音は教会に集う私たちだけの隠すべき宝ではありません。教皇フランシスコは「福音の喜び」において次のように指摘されています。

「神が実現し、教会が喜びを持って告知するこの救いは、すべての人のためのものです。神はすべての時代の一人ひとりと一つになるための道を整えました。神は人々を個々としてではなく、民として呼び集めることをお選びになりました。ひとりで救われる人はいません」(福音の喜び113)。

その上で教皇は、「教会は無償のあわれみの場でなければなりません。すべての人が受け入れられ、愛され、ゆるされ、福音に従うよい生活を送るよう励まされると感じられる場でなければならない」と指摘されます(福音の喜び114)。

さらに教皇は、「聖霊は、たまものの多種多様な豊かさを生み出すと同時に一致を築きます。この一致は決して画一的なものではなく、引き寄せる力を持った多様性の調和です。福音化というものは、聖霊が教会にもたらす多様な豊かさを喜んで認めます」と指摘されます(福音の喜び117)。

東京教区の教会共同体にあっても、聖霊に導かれて、いつくしみのうちに誰ひとり排除することなく、多様性を受け入れ、それぞれに与えられた豊かなたまものを生かしながら、一つの民として一致し、福音を告げ知らせる共同体として日々成長する道を選び取りたいと思います。

ところで教皇ベネディクト16世は、回勅「神は愛」において、教会の本質は次の三つの務めであると指摘されています。

「教会の本質はその三つの務めによって現されます。すなわち、神の言葉を告げしらせること(宣教・ケーリュグマ)とあかし(マルテュリア)、秘跡を祝うこと(典礼・レィトゥールギア)、そして愛の奉仕を行うこと(奉仕・ディアコニア)です。これらの三つの務めは、それぞれが互いの前提となり、
また互いに切り離すことができないものです。(神は愛25)」

私は、教区共同体にあっても、この三つの務めが十分に具体化していることが不可欠であると思います。またこの三つの務めは、無関係に存在するのではなく、「互いの前提となり、また互いに切り離すことができない」のですから、教区共同体にあっても三つの務めの相互関連性を深めていく必要があります。

そこで、多様性における一致を実現し、福音を告げ知らせる教会共同体を育てるために必要だと思われるいくつかの取り組みのポイントを、この教会の本質である三つの務めに導かれながら、記してみたいと思います。これらのポイントは、現時点での私の限られた情報に基づいていますので、最終的な方針ではなく、流動的な検討課題です。今後、これらのポイントについて、それぞれの方面で取り組まれている信徒、修道者、司祭の意見をいただき、ともに検討する中で識別を重ね、具体的な方向性を定めていく努力を始めたいと思います。

 

3-1:「神の言葉を告げしらせることとあかし」
何よりもまず、私たちにとっての最優先事項は福音宣教であります。教会共同体には既存の組織体として様々な課題があり、同時に教会を取り巻く現実は日々変化する対応を求めています。

そういった要求や必要への対応に追われるとき、私たちはもっとも優先すべき福音宣教の務めを後回しにしてしまう誘惑に駆られます。しかし、どう考えても、主イエスご自身から与えられた福音宣教命令は最優先事項であり、後回しにすることはできない課題です。

福音宣教に優先的に取り組むためには、様々な課題があることは事実ですが、その中でも、以下のような事項に取り組みたいと考えています。

1:修道会の垣根を越えた、教区における司牧協力体制の充実

2:滞日外国人司牧の方向性の明確化と見直し

3:継続信仰養成の整備と充実

4:現行「宣教協力体」の評価と見直し

5:カトリック諸施設と小教区・教区との連携

3-2:「秘跡を祝うこと」

典礼は、「キリストの神秘と真の教会のまことの本性を信者が生き方をもって表し、他の人々に明らかにするためにきわめて有益である」と第二バチカン公会議の典礼憲章は指摘します(2)。

その上で典礼憲章は、「典礼は教会のうちにある人々を日々、主における聖なる神殿、聖霊における神の住まいに築き上げ、キリストの満ちあふれる豊かさに達するまで成長させるのである。同時に典礼は、キリストをのべ伝えるために彼らの力を驚くほど強め、こうして外にある人に対しては、諸国民の中に掲げられたしるしとして教会を示」すと指摘しています(2)。

教会共同体の典礼を豊かにすることは、一人ひとりの霊的成長のために不可欠であると同時に、力に満ちた福音宣教のためにも不可欠なのです。

考えられる事項はいくつもありますが、中でも以下の点に取り組みたいと考えています。

6:イベントの豊かさだけではなく、霊的にも豊かな共同体の育成

7:信仰の多様性を反映した典礼の豊かさの充実

8:文化の多様性を尊重した典礼の豊かさの充実

3-3:「愛の奉仕を行うこと」

使徒言行録には初代教会のあり方が、次のように記されています。

「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った(使徒言行録2章44-45節)」。

教会はそのはじめから、共同体として愛を実践し、互いに支え合ってきました。キリスト者が個人として愛の業を実践することは大切ではありますが、同時に教会は全体として、「秘跡とみことばをないがしろにすることができないように、愛の奉仕をないがしろにすることもできません(神は愛22)」。

東京教区においても、多くの方々が個人として様々な愛の奉仕に関わっておられます。また教区にも、様々な取り組みが存在しています。それらを総合して、教区共同体全体の愛の奉仕の業として、一度見直してみる必要があるのではないでしょうか。

そこで以下の点に取り組みたいと思います。

9:教区全体の「愛の奉仕」の見直しと連携の強化

10:東日本大震災への取り組みに学ぶ将来の災害への備えの充実

4:いくつかの個別の課題について

それぞれの課題について、まだ具体的で詳細な内容はお示しできませんが、その中でも重要と思われる最初の三点について、特にその概要を説明いたします。

4-1:修道会の垣根を越えた、教区における司牧協力体制の充実

東京教区においては、現時点で男子の修道会・宣教会が24、女子の修道会・在俗会が60ほど拠点を置いて活動しています(2018年カトリック教会情報ハンドブック)。

すでに、2002年に発表された 「福音的使命を生きる」において、宣教協力体の編成にあたって、修道会の協力への期待が述べられています。

教区内のいくつかの小教区は、修道会の共同体や施設を母体として成立してきた経緯もあります。それぞれの修道会のカリスマや、修道生活の優先事項を尊重しながらも、教区共同体全体の福音宣教のために、これまで以上の相互の協力の可能性を、一緒に模索することができればと期待しています。また相互の協力とは司祭の協力にとどまるのではなく、男女修道者全体として、教区全体の福音宣教や司牧における協力体制を構築するための方策を模索することができればと思います。

また各修道会は、会員の高齢化や減少、施設の維持など、様々な共通の課題を抱えています。それらについて情報を共有し、互いに支え合うために、教区の修道会協議会を設立する方向で検討します。

4-2:滞日外国人司牧の方向性の明確化と見直し

日本全体を見てもいわゆる外国人居住者は200万人を超え、いまや日本の農業人口に匹敵する規模の外国籍居住者が国内に存在すると言われます。

なかでも東京教区においては、以前から様々な国籍や民族的背景を持った方々が多数居住しておられ、その中には信徒の方も多く見られます。

「日本の司教団は、 1989年、 司教総会にて 『外国人労働者への人権問題への関わり』 が日本の教会の福音宣教の課題のひとつであるとした。 1993年には 『国籍を越えた神の国をめざして』 を発表し、 日本の教会へ 『移動する人々を、 キリストにおける兄弟姉妹として迎え入れ、様々な違いと共存できる共同体を作りあげていく努力』 を求めた」と2010年の教区報276号に記されています。

1990年には、まず「国際司牧センター」が創立され、その後現在の「カトリック東京国際センターCTIC」として、様々な必要に対応しています。2002年には 「福音的使命を生きる」が発表され、その中では、「外国人の司牧と困難を抱えた外国人へのサポート」が教区の優先課題の三つのうちの一つとして提唱されました。そこには次のように記されています。

「これについてはすでにカトリック東京国際センター(CTIC)が活動しており、教区としての対応が始まっています。この活動を教区の活動として継続していくことは重要です。

一方で、かなり多くの教会で外国語のミサが行われ、外国人の共同体が存在しています。外国語ミサの多くは、たまたまその教会に外国語のできる司祭がいたので始まったものや、必要性を感じた教会がその言語のできる司祭を探してきて招くというところから始まったものです。そのため、司祭の交替に伴い、継続性に問題が生じることもありました。これでは、本当の意味で、日本に来ている多くの外国人の霊的ニーズにこたえる態勢であるとは言えません。」

教区内に居住する外国籍の方々の直面する課題は複雑化し、加えてその人数の増加から、対応すべき課題は山積しています。

CTIC は、その活動を始めてから間もなく30年になろうとしていますが、この多様化する現実の前に、その活動を今一度振り返り評価し直すことも必要ではないでしょうか。

また、私は「外国人の霊的ニーズにこたえる」ことが、大切ではあるものの、それが教区共同体との絆を失い、全体との連携のない独立した共同体を生み出すことのないようにしたいと思います。

とりわけ、定住する方々も増加する中で、主に日本語を使う子どもたちの存在にも配慮する必要があり、できる限り、小教区共同体との連携の中で、外国人の霊的ニーズに応える方策を探りたいと思います。特に、それぞれの母語による典礼などが提供される教会を、外国籍の信徒の方がミサごとに移動し続けるような事態は避けたいと願っています。

早急に、外国籍信徒の方々の司牧や諸言語による典礼に関わっている方々を集め、今後の方向性について意見交換を行うことを考えています。

4-3:継続信仰養成の整備と充実

2002年に発表された「福音的使命を生きる」は、もう一つの優先課題として、「教会の福音的使命にたずさわる信徒の養成」を掲げ、継続信仰養成の必要性が、信徒の召命の重要性とともに次のように記されています。

「現状の小教区は、あまりにも司祭に依存しています。信徒ができること、しなければならないことはたくさんあるはずです。それは財務管理や建物管理だけではなく、教会の福音的使命そのものに関わる部分についてです。大人から子供までを対象としたカテキズムや典礼の奉仕者(集会司式者や聖体奉仕者を含む)。病床訪問をしたり、孤独な人や苦しむ人々のために働く人。また、小さなグループで生活と信仰の支え合いをするための奉仕者あるいはリーダー。これらのことのために必要なのは確かな人選と適切な養成です。」

教区共同体が全体として福音宣教共同体となるためには、様々な多様性のうちにその使命を果たす信仰者の養成が不可欠です。しっかりとした養成を企画し実施することで、福音宣教の使命を果たす多様性と一致が確保されます。

すでに、教区の生涯養成委員会が、「入門講座担当者養成講座」として、入門講座を担当する信徒の奉仕者を養成するための連続した講座を用意してくださいました。

東京以外の教区にいた者としては、毎月の教区報に掲載される東京での様々な研修会や講演会のあまりの豊富さに、いつも驚かされておりました。それにさらに加えるようで恐縮ですが、教区としても今後、教会共同体の様々なレベルでのリーダーを養成するためのコースを充実していきたいと思います。

なおそれに関連して、信徒の信仰養成の手段について、ここで特に一つのことを明示しておきたいと思います。それは、しばしば話題に上る「新求道共同体の道(以下「道」)」のことです。

新求道共同体の道(以下「道」)は、1964年にスペイン人信徒キコ・アルグェヨ氏らによって創設された「キリスト教入信と信仰の継続養成の一つの方式」です(「道」規約より)。日本においては1970年代に広島教区でその活動が開始され、その後高松教区をはじめいくつかの教区に活動は広がっていきました。

「道」は2008年にその規約が教皇庁信徒評議会によって認証され、2010年末には「道」のカテキズムも教理省によって認証を受けています。したがって、「道」はカトリック教会における公式の認可を受けた存在です。東京教区にもすでに、「道」において信仰生活を営んでいる方が、いくつかの小教区に在籍しておられます。

「道」の規約第1条第2項には、「新求道期間の道は教区において実施される、キリスト教入信と信仰の継続養成の一つの方式として司教に提供されるものである」と記されています。また同じ「道」の規約第26条第1項には、教区司教の権限として「教区に新求道期間の道の実践を許可すること」とあります。したがって「道」をキリスト教入信と信仰の継続養成の方式として東京教区において採用するか否かは、教区司教である私が決定する事項です。

私は、「道」を東京教区におけるキリスト教入信と信仰の継続養成の方式として採用いたしません。また近い将来に、それを採用することも考えていません。加えて、「道」に限らず、教会共同体育成のために、何らかの既成の方法や特定の運動に頼ることも考えていません。

そもそも信徒の養成とは、それぞれの小教区を中心に行われなければ意味がありません。私たちは信仰を個人として生きるのではなく、小教区という共同体のうちに生きるのであり、小教区という神の民の部分をなす共同体に呼び集められて、ともに支えあいながら救いを目指しているのです。私たちの信仰の成熟は、小教区共同体の存在なしに考えることはできません。

教区共同体の中に、様々なカリスマを持った修道会、奉献生活の会、在俗会、運動体、信心会などが存在することは、教区共同体の霊的な成長のために不可欠であり、その多様性は霊的な健全性でもあると考えます。

同時に、そういった多様性の中において、特定のカリスマだけが優先されることや、その正統性を主張することは、霊的な健全性にとってふさわしくはないと考えます。それぞれが豊かに成長し、教区共同体にあって互いを支え合うことができる存在となることを、心から願っています。

もちろん福音宣教のことを考え、また私たちの教会共同体のこれからを考えるとき、聖霊の導きに信頼しながら、つねに新しく変えられていくことを拒むことはできません。時代と現実に柔軟に対応しながらも、福音の導きから離れることなく、勇気を持って福音を告げ知らせていく道を探りたいと思います。ひとりひとりの信仰者が、それぞれに与えられた個々のカリスマに生き、それぞれの生き方で福音をあかししなければ、どんな手法を持ってきても教区共同体が生かされることはありません。

5:終わりに

2002年に発表された「福音的使命を生きる」は、もう一つの優先課題を掲げておりました。それは、「心の病や心の傷を負った人々へのサポート」です。これは現在でも重要な課題の一つでありますから、「愛の奉仕」の課題の中で、これまでの具体的な取り組みの評価を含めて考えていきたいと思います。

さらに、これら優先課題を実現するための組織である宣教協力体についても、すでにふれたように、一度評価と見直しが不可欠ではないかと考えています。

これらについての具体的な方策は、今後、司祭評議会や宣教司牧評議会、さらには他の方法での意見聴取を経て、最終的に具体的な方針として定めていきたいと思います。そのための作業は、できる限り早急に開始いたします。

いろいろな課題を羅列いたしましたが、一番の根本にあるのは、私たち東京教区が共同体として福音宣教を真摯に行うことであります。私たちの信仰生活は、その使命に生きることに尽きると言っても良いでしょう。

どうぞこれから、私とともに、神の御言葉に生き、福音宣教の道をともに歩んでくださいますように、お願いいたします。

人となられた神の御言葉の母であり、教会の母である聖母マリアの母としての愛に信頼しながら、聖母の信仰における勇気に倣って、神の示される道を歩み続けましょう。

2019年1月9日

・2019年のキリスト教一致祈祷週間、1月18日から25日まで

(日本カトリック中央協議会)

 2019年のキリスト教一致祈祷週間は、2019年1月18日(金)~25日(金)、全世界で行われます。今回のテーマは、「ただ正しいことのみを追求しなさい」(申命記16章18-20節)です。

 毎年、キリスト教一致祈祷週間で使われる資料は、世界教会協議会(WCC)と教皇庁キリスト教一致推進評議会の共同事業として、各国から選ばれたキリスト教諸教会が協力して作成しています。今年はヘンリエッテ・フタバラット・レバン博士を議長とするインドネシア教会連合(PGI)と、イグナティウス・スハルヨ大司教を会長とするインドネシア・カトリック司教 協議会(KWI)によって編成された、インドネシ アのエキュメニカルなグループが担当しました。

 日本でも、世界に広がる教会と心を合わせてキリスト者の一致を祈るため、カトリック中央協議会と日本キリスト教協議会が共同で翻訳した資料を小冊子『キリスト教一致祈祷週間』として発行し、ポスターとともにご案内しています。小冊子には以下の内容が盛り込まれています。

・その年のテーマの解説 ・エキュメニカル礼拝式文 ・8日間の聖書の黙想と祈り ・作成担当国のエキュメニズムの現状

 この小冊子は、キリスト教一致祈祷週間の期間だけでなく、一致を求める個人の祈りや共同の祈りのために年間を通して用いることができるよう配慮されています。

【小冊子・ポスター申込要領】お申し込みご希望の方は、希望送付先の氏名・団体名・所在地・電話番号・FAX 番号・メールアドレス・希望部数を明記の上、PDFのFAX申込書にてお申し込みください(PDFのFAX申込書をご利用ください←クリック)。申込み締切期限は2018年12月7日(金)です。在庫に限りがありますので、お早めにどうぞ!

 小冊子およびポスターはともに無料ですが、送料のみ受取人払いとなっています。また合わせて、エキュメニズムの活動推進のための寄付も受け付けています。

 カトリック中央協議会エキュメニズム部門 (カトリック側受付窓口)135-8585 東京都江東区潮見2-10-10 Tel 03-5632-4445 Fax 03-5632-4465

 日本キリスト教協議会 169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-24 Tel 03-6302-1919 Fax 03-6302-1920

 

*「2019年キリスト教一致祈祷週間」にちなむ行事が、全国各地で行われます。 各教区事務局から当部門に報告された行事については、以下のPDFファイルをご参照ください。2019年キリスト教一致祈祷週間にちなむ各地の行事ダウンロード(PDF176KB)

2019年1月7日

・アジアの教会の新代表、ボー枢機卿が新年に示した5目標(VaticanNews)

(2018.12.31 Vatican News Robin Gomes

 アジア司教協議会連盟(FABC)の会長に新年1月1日からミヤンマーのチャールズ・ボ-枢機卿(ヤンゴン大司教)が就任し、アジアにおけるカトリック教会の代表としての五つの抱負を、クリスマス・メッセージを通して語った。

 枢機卿はまず、「新年2019年が、生ける神、愛の神、解放の神がイエスを通してこの世に示された愛の年となりますように」としたうえで、「このメッセージは、アジアの全ての方々に対して、正義と繁栄の私たちの旅を続ける決意を再確認するものです。ベツレヘムの慎ましやかな小屋の上に輝いた光は、私たちすべてに対して、希望の光となります」と述べた。

 2018年11月に開かれたFABCの中央委員会で、会長を12月末に任期満了で退任したオズワルド・グラチアス枢機卿(インド・ボンベイ大司教)の後任として、 ボー枢機卿が新会長に選ばれていた。

 メッセージで、枢機卿はさらに「私は、アジアの社会・司牧の大事業で達成する必要のある五つの目標を確かめたいと思います」と述べ、それらの目標を以下のように示しながら、「これらはまだ私の提案の段階であり、さらに、もっと価値のある提案」が出されるかも知れません、と付け加えた。

 アジアという世界最大の人口を抱える地域にとっての、第一の目標は、聖ヨハネ・パウロ二世が1999年のニューデリーでのアジア・シノドスにおける勧告-“Ecclesia in Asia”(アジアにおける教会)で明確にされたものだ。教皇は勧告で、「キリスト教は最初の1千年期にヨーロッパで確立され、次の2千年期にアメリカとアフリカで、そして、その次の3千年期はアジアの番です」とされ、「この広大で活力のある大陸で、信仰の素晴らしい実りが収穫されるでしょう」と努力を求められていた。

 第二の目標は、教皇フランシスコが使徒的勧告「福音の喜び」と環境回勅「ラウダ―・トシ」で訴えておられ、「アジアではその権利が多くの面で否定され」ている「経済と環境における正義」の確立だ。

 そして第三の目標は、アジア大陸の多くの国の広範な地域でカトリックの大きな集合体を形成している原住民の人々の存在と権利を認める緊急の必要性に応えることだ。現在の市場経済は、自然との調和の中での彼らの暮らしに大きな騒乱を作り出している。「『ラウダ―・トシ』は天然資源と伝統的な生活様式に対する権利を主張する原住民の教会との絆を、取り戻すように求めています」と枢機卿は語った。

 第四の目標として、枢機卿は、貧困、文化、宗教の三層の対話を続けることを通して平和を追求することを提起した。「貧しい人々と彼らの尊厳を守る私たちの仕事は、他の宗教と出会う”芝地”であることが必要」とする枢機卿は、教会を現地の文化に溶け込ませる招きとしてのアジアの文化・宗教の多様性を念頭に置いている。

 最後の第五の目標は、紛争と絶えない戦争がアジアのいくつかの地域を傷つけ、血を流させていることを深刻にとらえ、アジアの教会は「和解」を新たな福音宣教の本流とすることだ。教皇フランシスコは2017年11月にミヤンマーを訪問された際、「教会は、勢力を急速に強めている『嫌悪の文化』の解毒剤とならねばならない」と訴え、「教会は嫌悪を嫌悪で返してはなりません。知られた傷、隠れた傷を癒すものとなる必要があります」と述べておられる。

 枢機卿は「貧困、嫌悪、文化の衝突は、改めて私たち皆に、三層の対話に深く関わるよう求めているのです」と強調した。

 彼はまた、以上の五つの目標以外にもアジアの教会には多くの課題があることも認めるとともに、これらを、あらゆる時を通してアジアの信徒たちを助け導く機会と考えるように、強く求めた。

 FABCは南、東南、東、中央のアジア全域の19の司教協議会と8の準会員から成る連合体でアジアにおける教会と社会の繁栄のために相互の連帯と教皇の責任を強め、より大きな善に役立つもの全てを促進し、守ることを目的としている。

(翻訳「カトリック・あい」」南條俊二)

 

 

 

 

2019年1月1日

・中国共産党統一戦線工作部の高官が”地下教会”の愛国協会への統合促す-”自主・独立”60周年記念で

China's seminaries should 'strengthen political education'

12月18日に開かれた「中国の司教”自己選出””自己叙階”60周年記念」のシンポジウム (Photo supplied)

(2018.12.24 カトリック・あい)

 中国政府・共産党が、9月のバチカンとの司教承認に関する暫定合意後、各地で、教皇に忠誠を誓い、政府・党の支配・監督を受け入れない”地下教会”への圧迫の動きが目立っているが、そうした中で、中国政府による司教の選出、叙階を始めて60周年を記念するシンポジウムが開かれた。

 中国情報に詳しいアジア地域のカトリック系メディア、ucanews.com が24日、香港発で報じたところによると、このシンポジウムは中国のカトリック司教協議会と中国天主愛国協会が主催して18日、中国東部の江蘇省南京市のカトリック教会に隣接する金鷲国際飯店で開かれた。

 ucanews.comによると、同会議には、中国共産党中央統一戦線工作部(UFWD)のWang Zuoan(王作安= 兼 中国国家宗教事務局局長)副部長が出席し、全国から集まったカトリックの司教、司祭、修道女、一般信徒など100名以上の参加者を前に、「自主、独立と自己統治の原則-『バチカンからいかなる干渉も受けない』ことを意味する隠語ーが順守されねばならい、と強調した。

  UFWDはカトリックの中国天主愛国協会と中国司教協議会など五つの宗教の”国営組織”を直接規制・管理しているが、副部長はさらに、「この公式の原則は、カトリックの主導権が『国と教会を愛する』者の手にあることを保証するものだ」と述べ、いかなる外国の宗教組織、外国権力も、中国のカトリック教会を管理、操作することで、国益を危険に追いやることはできない、としたうえで、「よって、神学校はイデオロギー的、政治的教育を強化し、管理監督制度を設け、教師と学校の質を改善するための教育設備の整備を加速せねばならない」と指示。また、参加者に対して、”地下の勢力”を親政府の愛国協会に引き入れる必要のあることを想起させた。

 会議に出席した司教たちと中国共産党中央統一戦線工作部のWang Zuoan,(王作安)副部長(中央) (Photo supplied)

.シンポジウム参加者の集合写真. (Photo supplied)

  このシンポジウムは、クラウディオ・マリア・チェリ大司教らバチカン代表団が9月の暫定合意後、初めて中国入りし、これまで”地下教会”の司教が務めていた教区長のポストを政府公認の愛国協会の司教に交替するのを見届けてから、8日後に開かれた。

 

2018年12月25日