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・教皇、ボッカルディ駐日教皇大使の退任を承認-この重要な時期に”定年前倒し”の外交官規則”活用”とは?
(2023.9.1 カトリック・あい)
バチカンの9月1日付けの公式発表によると、教皇フランシスコが同日付けで、駐日教皇大使、レオ・ボッカルディ大司教の大使退任願を受理、退任を認めた。後任は発表されていない。ボッカルディ大司教は、現職のまま急逝したジョセフ・チノッティ前大使の後を継いで、2021年3月に駐イラン大使から駐日大使に就任した。それからわずか2年半での退任となる。
高位聖職者の役職定年は慣習的に75歳となっているが、バチカンには「70歳を迎えた時点で現職からの引退を前倒しできる」という外交官のための規則(art. 20, § 2)がある。今年4月15日に、70歳の誕生日を迎えた大司教は、この前倒しルールを使って引退願を出したものだ。
司祭、信徒の急激な高齢化、減少への対応という重い課題を抱える日本の教会には、緊急にバチカンの判断や指導が求められているいつくかの問題がある。そのひとつは、5年近くの間、空席になっている東京大司教区の補佐司教の任命問題だ。2017年12月に就任した菊地大司教には、日本の司教協議会会長、アジア司教協議会連盟事務総長、さらに国際カリタス総裁などいくつもの重責を担っているにもかかわらず、補佐司教がいまだに教皇から任命されないというのは、常軌を逸している、とも言える。
また、先月15日にバチカンが発表した大阪、高松両教区の合併を、両教区の信徒、司祭などの意向を反映しながらいかに円滑に進め、さらにこれを機に、日本の教会の教区再編・統合を含む抜本的な機構改革につなげるかも、差し迫った問題だ。
バチカンと連携しつつ、課題解決に重要な役割を果たす立場にある教皇大使が、このような重要な時期に”前倒し退任”をする、というのは、その判断自体に首をかしげざるを得ないばかりでなく、日本の教会の取り組みにも大きな支障をもたらすことが懸念される。
【モンゴル訪問】教皇、ウランバートルに到着、「共に希望する」をモットーに訪問開始
(2023.9.1 バチカン放送)
教皇フランシスコは、9月1日午前10時(日本時間同日午前9時)前、モンゴルの首都ウランバートルのチンギスハーン国際空港に到着、バトツェツェグ外相やマレンゴ・ウランバートル使徒座知牧区司教、中央アジア司教協議会会長でアルマトイ(カザフスタン)聖三位一体教区のシエラ司教らの出迎えを受けられた。

空港での歓迎式の後、ウランバートル市内の使徒座知牧館(司教館)に向かわれ、子どもたちからの歓迎を受けられた。9時間の飛行後でもあり、教皇はこの後、知牧館で過ごされ、2日から公式行事を開始。ウランバートル市内の広場での歓迎式や、政府宮殿での大統領や各界代表との会見、カテドラルでの教会関係者との集いなどを予定されている。
今回の旅は、教皇フランシスコの第43回目の海外司牧訪問(イタリアを除く)で、歴代の教皇による初めてのモンゴル訪問となる。教皇のモンゴル訪問のモットーは、「共に希望する」。この訪問は、同国のカトリック共同体を励ますという司牧的性格と、モンゴル政府からの招きを受けた公式訪問としての性格を併せ持っている。
ウランバートルには4日正午頃まで滞在された後、ローマに戻られる予定。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇、「『第二ラウダ―ト・シ』はアッシジの聖フランシスコの祝日、10月4日に発表」

教皇フランシスコが30日の水曜恒例一般謁見で、使徒的勧告「第二ラウダ―ト・シ」を、9月1日からの「創造の季節」が終わるアッシジの聖フランシスコの祝日、10月4日に発表する、と表明された。
9月1日のカトリック教会「被造物を大切にする世界祈願日」の今年の教皇メッセージのテーマは、「正義と平和が流れるように」だ。そして、この日から始まる、教会にとっての「創造の季節」は、10月4日のアッシジの聖フランシスコの祝日で幕を閉じるが、教皇は「この日に、私は回勅、『第二のラウダート・シ』を発表するつもりです」と語られた。
そして、「環境や気候の”不正義”の被害となっている人たちに寄り添い、酷い世界戦争が起きている私たちの”共通の家”で無意味な戦いを終わらせるために努める必要があります。 皆さんが、溢れる活気を取り戻せるよう、働き、祈っていただきたい」と訴えられた。
教皇は既に発表されている「被造物を大切にする世界祈願日」のメッセージで、「私たちは、心、ライフスタイル、社会を支配する公共政策を変える決意をしなければならない」とされ、「『創造物を搾取されるべき対象』として考えるのではなく、『創造主からの神聖な贈り物として守られるべき現実』として考える必要があります」と強調。
さらに、10月の世界代表司教会議(シノドス)通常総会のテーマになっている「シノダリティ(共働性)」の重要性にも言及。「この『創造の季節』の月間に、キリストに従って”シノドスの道”を歩む者として、私たちは暮らし、働き、祈り、私たちの”共通の家”が再び『命』で満たされることを願っています」と語られている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・教皇、31日から9月4日までロシア、中国と国境を隔てるモンゴルを訪問

教皇フランシスコは8月31日から9月4日にかけて、歴代教皇として初のモンゴル訪問をなさる。
29日の定例会見で、バチカンのマッテオ・ブルーニ報道局長は、今回の訪問は教皇フランシスコにとって61か国目、43回目の海外訪問となり、訪問中に、この国の約1500人のカトリック教徒に向けて語ることを中心課題としている、と説明。
「人類の活動の分野で重要な貢献をしているこの美しい国で、彼らに励ましと希望の言葉をかける予定だ」と述べた。
モンゴルは東と南の二方向を中国、北をロシアとそれぞれ接する内陸国で、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が長期化しつつある今、地政学的にも重要な位置にある。教皇は実質3日間の訪問中の講話の少なくとも一つで、このことに言及する可能性が高い。
モンゴルの教会の歴史は、モンゴル帝国が中国の一部にまで及んでいた時代、最初の司教が任命された 4 世紀初頭に遡る。 その後何世紀にもわたって、この地域におけるキリスト教徒は減り続け、共産主義独裁時代には完全に消滅した。
1992年に、教会は活動を再開し、以来30年間、宣教師たち、特にイタリアの宣教修道会、Missionaries of the Consolataの宣教師たちの働きによって、活発になっている。そして、教皇は昨年、 同国の枢機卿として、ジョルジョ・マレンゴ・ウランバートル使徒座知牧区司教を任命されている。
今回の訪問で、教皇は9月3日に首都ウランバートルの Steppe Arenaでミサを主宰され、首都に大部分が住むモンゴルの信者をはじめ、ロシア、中国、タイ、カザフスタン、キルギス、アゼルバイジャン、ベトナムなど近隣諸国からも約1,000人の信者が参加する予定だ。
また6日の日曜日には、 Hun Theatreで、民族宗教や神道、仏教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教など様々な宗教の代表者との集いに出席されるが、ブルーニ報道局長は「 このイベントは、数十年にわたってモンゴル国民の特徴となってきた平和共存への使命の表れになる」と強調した。会合には、政府や大学の代表も出席する予定だ。
報道局長はまた、教皇が、仏陀の10番目の生まれ変わりとされる子供を含むチベット仏教の代表者たちと会見することや、ミサ後にロシアと中国のキリスト教徒と個人的に会見する可能性について、「現時点では、教皇は私的な会見は予定されていない。諸宗教との集いには、モンゴルの多数派宗教である仏教徒を含むすべての宗教団体が参加する」と説明。 教皇が隣国中国の問題に言及する可能性についての記者団の質問に対して、 「教皇が27日の正午の祈りの最後に語られたように、今回の訪問を、幸せと大きな敬意を持って待望されている。現地で多くの人々に会いたいと強く願っておられるが、それ以上のことは申し上げられない」と語った。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・教皇、環境回勅「Laudato si(ラウダ―ト・シ)」第二部を執筆中ー現在の地球規模の異常気象、災害に焦点

(2023.8.21 Vatican News )
教皇フランシスコは現在、2015年に公開された環境回勅「Laudato si(ラウダ―ト・シ)」の第二部を、最近の地球規模の異常気象とそれがもたらしている大規模災害に焦点を当てて執筆中だ。
教皇が21日、欧州評議会加盟国の弁護士代表団と会見された際に明らかにされたもので、教皇は「『ラウダート・シ』の第二部を『現在の問題』に合わせる形で新たに執筆しています」と語られた。
そして、「『若い世代には、美しく、住みやすい世界を私たちから受け取る権利がある』ということを、私たちは決して忘れてはなりません。このことは、私たちが神の寛大な手から受けた創造物に対して、重大な責任を負っていること、を意味します」と強調された。
バチカン報道局は、教皇の発言を受けた声明で、「ラウダート・シ」の第二部では、「特に五大陸の人々に影響を与えている最近の異常気象現象や大惨事に焦点を当てることになる」と説明した。
「ラウダート・シ」は教皇が2013年に就任されて出された2番目の回勅。 2015年6月18日に発表され、執筆日として同年5月24日の聖霊降臨祭の日付が記されている。
回勅の 「共に暮らす家を大切に」という副題は、聖フランシスコの「生き物の賛美歌」の冒頭から引用されており、次の言葉で始まっている。
「『“’LAUDATO SI’, mi’ Signore’―私の主よ、あなたは称えられますように』。アッシジの聖フランシスコは、この美しい賛美の言葉の中で、私たちに思い起こさせてくれます―私たちの共通の家は、人生を共にする姉妹のようなものであり、両手を広げて私たちを抱きしめてくれる美しい母親のようなものである、と。 『主よ、私たちを支え、治め、色とりどりの花やハーブでさまざまな実を結ぶ、私たちの姉妹である母なる地球を通して、あなたが讃えられますように』」(回勅1項参照)。
回勅が発出された直後に開かれた「現代の奴隷制度と気候変動による都市の取り組み」をテーマにしたワークショップの参加者との会見で教皇は、この回勅の意味について、次のように語られている。
「環境を大切にする文化は、単なる『グリーン(私は言葉の本当の意味で言います)に対する態度ではなく、それをはるかに超えたものです。 環境を大切にするということは、人間として環境保全に対する姿勢を持つことを意味します。 つまり、人類が”ここ”にいて、創造物、つまり環境が”そこ”にある、ではない。 環境は全体であり、人間もその中にある。 これがこの回勅で、私が表現しようとしたことです。人間は他の存在と切り離すことはできない。 環境が人に与える影響と、人が環境に与える影響、互いに影響を与え合う関係にあるのです。 環境が乱暴に扱われると、その影響は人間に跳ね返ります」
「 ですから、私はある人に『この回勅は”グリーン回勅”ですか』と尋ねられて、「いいえ、そうではありません。”社会回勅です」と答えました。 なぜなら、社会で、人類の社会生活で、環境への配慮を忘れることはできないからです。 環境に配慮することは社会的な態度であり、環境は何らかの意味で、私たちを社会化します。それぞれの人が環境に自分の選んだ意味を与えることができ、環境が私たちを受け入れることを可能にします。私は、イタリア人が環境について語る時の、このような言い回しが好きです-『被造物、贈り物として私たちに与えられるもの、それはすなわち、環境だ』」。
この回勅で、教皇は、ご自分の教皇職の導き手、励ましとして「フランシスコ」という名前を選んだことを思い起こされ次のように書いている。
「 私は信じています。聖フランシスコが傷つきやすい者への気遣いの最良の手本であり、喜びと真心をもって生きた、総合的な環境保全の最高の模範だ、と。彼は環境保全の分野で研究や仕事に携わるすべての人の守護聖人であり、キリスト者でない人々からも深く愛されています。彼は特に、神が創造された物、貧しい人々や見捨てられた人々に思いやりを示しました。愛に生き、その喜び、寛大な献身、開かれた心のために、深く愛されました。飾ることがなく、神と、他者と、自然と、自分自身との見事な調和の中で生きた神秘家、巡礼者でした。自然への思いやり、貧しい人々のための正義、社会への積極的な関り、そして内的な平和―これらの結びつきが、どれほど分かち難いものであるかを、彼は私たちに示してくれます」(同10項参照)
そして教皇はこの回勅で、「全人類にとってより良い未来を築くため、私たちの共通の家を守ること」と強く訴えられている。
「私は、『自分たちの地球の未来をどのように形作っていくかに』ついての新たな対話を始めるよう、強く訴えます。 私たちが経験している環境問題とその人間的な根源は、私たち全員に関係し、影響を与えるものであり、私たち全員が参加する対話が必要なのです。 世界的な環境保全のための運動はすでにかなりの進歩を遂げ、環境保全に関する課題に対する人々の意識を高めることに取り組む組織が数多く作られてきました。しかし 残念なことに、環境危機を解決するための具体策を実行しようとする多くの努力は、強い抵抗に遭い、そればかりか広範な、環境問題への関心の欠如のために、結果が出せずにいます。環境保全の努力を阻む動きは、信者の中にも存在し、環境に問題があることの否定から、無関心、あきらめ、技術的な対応への盲信など、多岐にわたります。私たちは、新たな普遍的な連帯を必要としています。南アフリカの司教団が述べているように、『神の創造の御業を人類が濫用して生じさせた傷を修復するには、あらゆる人の才能と関与が必要』なのです。私たちは皆、被造物を養い育てる神の道具として、それぞれの文化、経験、関わり方、才能に応じて、力を合わせることができるのです」(同14項参照)
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・教皇、大阪大司教区と高松教区を合併し「大阪・高松大司教区」にー教区の再編・統合含む抜本改革が司教団の緊急課題
(2023.8.16 カトリック・あい)
教皇フランシスコはローマ時間8月15日正午、大阪教区と高松教区を合併し、新たに大阪・高松大司教区を設立、その初代大司教として前田万葉枢機卿を任命することを発表された。新しい教区の日本語における正式名称は、後日、大阪教区より発表される予定。
日本の教会は、戦後になって1947年に琉球使徒座管理区(後に那覇教区)、1961年に宮崎知牧区改編される形で大分教区が誕生したのを除くと、第二次世界大戦前の1936年までに出来た教区体制が事実上、この90年以上にわたる教会内外の大きな変化の中で、変わらずに続いてきた。
今、日本の教会は、信徒の教会離れ、信徒数の減少・高齢化、司祭の減少・高齢化などが深刻化しており、希望ある将来につなげるための、教区の再編・統合も含めて、抜本的な体制改革が緊急の課題となっている。司教団が、今回の大阪、高松の教区合併を”一過性の現象”に終わらせず、この課題に真剣に取り組む契機とすることが求められる。
なお、16日午前10時時点で、この合併について、大阪、高松いずれの教区の公式ホームページには一言も掲載されておらず、まず情報が提供されるべき小教区、信徒たちには知らされていないようだ。ここにも、教皇フランシスコが繰り返し訴えておられる「Synodal(共に歩む、共働的)教会」の理念からかけ離れた高位聖職者の意識が見て取れ、日本の教会改革にはまず、高位聖職者の意識改革から始めねばならないことを、図らずも示しているようだ。
*信徒数4位の大阪教区が最少の高松教区を”吸収合併”したが、日本にはまだ15の教区
事実上”吸収合併”されることになった高松教区は、1904年、徳島、香川、愛媛、高知の四国4県は、大阪教区から分離されて四国使徒座知牧区となったのが始まりで119年の歴史を持つ。1949年に知牧区長館が徳島市から高松市に移され、1963年9月に司教区に昇格して高松教区となった。
カトリック中央協議会が公表している「カトリック教会現勢」の最新版(2022年)によると、大阪教区の信徒数は東京教区、長崎教区、横浜教区に次いで第4位の4万6817人、司祭数は東京教区に次いで2位の148人。高松教区の信徒数は全国16教区の中で最も少ない4208人、日本最大の小教区、東京・麹町教会の4分の1にも満たず、司祭数は13位の34人。合併後の大阪・高松教区ではそれぞれ、5万1015人、182人となるが、順位に変化はない。
なお大阪教区は大阪、兵庫、和歌山の3府県、高松教区は徳島、香川、愛媛、高知の四国4県を管轄しており、合併により新教区の管轄は7府県、、管轄都道府県数では日本最大の教区となる。
また大阪教区は教区長の前田大司教・枢機卿と酒井補佐司教で、高松教区は教区長の諏訪司教が2022年9月に定年で退任し、空位。このため、司教職に関係する人事は、前田・大阪大司教がそのまま、大阪・高松大司教となる以外に変わりはない。
今回の合併で、日本のカトリック教会の教区数は16教区(3大司教区・13教区)から15教区(3大司教区・12教区)に一つ減る。
*東京・麹町教会の信徒数よりも少ない教区が7つもある
ちなみに、日本の小教区で信徒数が最も多いのは東京教区の麹町教会で1万7152人(2019年12月末現在。次が長崎教区の浦上教会で約7000人と言われている=公表データが見つからない)。麹町教会一つよりも信徒数の少ない教区は、札幌(1万4958人)、仙台(9196人)、鹿児島(8420人)、新潟(6676人)、那覇(6132人)、大分(5607人)、高松(4208人)と7つ。今回の合併で、一つ減るが、麹町教会よりも信徒数が少ない教区が高松を除いでも6つもある現状は、信徒数も、司祭の数も減り続ける中で考え直す必要があるようだ。
*ミサ参加者、受洗者、司祭数など激減の中で、教区によってばらつきも
先ごろカトリック中央協議会が公表した「カトリック教会現勢」を10年前に公表された「現勢」と合わせて算定した結果は、別掲しているが、ここで改めて説明すると、2022 年 12 月末現在の日本の聖職者、一般信徒などを合わせた「信者数」は」42 万 2450 人で、10 年前の 2012 年の 44 万 4441人より 2万1991人、 4.95%減った。日本の総人口に占める割合は2022年が 0.335 %、2012 年は 0.351 %で、毎年、小幅ながら日本の総人口の減少を上回る減り方を続けている。またミサ参加者は、日本でコロナ大感染が始まる直前の2019年と比べて、主日、復活祭、クリスマスともに4割前後も激減しており、信者減少に対する長期的な取り組みと共に、コロナ禍で激減したミサ参加者、教会を離れた信徒を、どのように回復するのかも、教会にとって大きな課題となっていることが明瞭に浮かび上がっている。
全国で16ある教区別に見ると、信徒数が最も多いのは東京で9万2001人、これに長崎の5万6826人、横浜の5万2929人、大阪の4万6817人が続き、最も少ないのは高松の4208人など、1万人未満が大分、那覇、新潟、仙台、鹿児島をあわせて6教区もある。2012年から10年間で減り方が最も大きいのは仙台の11.04%で、これに札幌9.70%、大阪9.20%、鹿児島8.22%、それに長崎の7.80%が次いでおり、減少数では長崎が4808人と最も多くなっている。
ちなみに東京は2.38%の減少にとどまり、那覇とさいたまは、それぞれ4.16%、2.43%の増加。特に後者は、外国人の顕著な流入が影響していると見られる。
*”中心教会”の一つであるはずの長崎教区が…
聖職者・修道者・神学生の減り方を教区別に見ると、大幅な減少率の中で、教区によるばらつきがみられ、最も大幅な減少率を示したのは仙台で44.03%、ついで、新潟、福岡、鹿児島、高松が30%を超えている。大きく落ち込むなかでもばらつきがみられるのは、2022年までの十年間の主日のミサ参加者の減り方で、東京が51.92%と半減しているほか、札幌が48.15%、横浜が46.17%、鹿児島が41.87%、長崎が41.58%を4割を上回る減少。対して、大阪は12.17%の減少にとどまっている。
年間の受洗者数を見ると、2022年の全国総数4089人のうち、トップは東京の996人、ついで横浜527人、名古屋503人、大阪419人で、信徒数で2位の長崎は237人にとどまっている。2012年に比べた受洗者の減り方もっとも大幅なのは鹿児島で64%、次いで新潟60.52%、長崎が52.88%で三番目に大きい落ち込み。対して、広島2.75%、名古屋2.90%、さいたま3.85%と小幅の落ち込みにとどまる教区もある。
以上の教区別の動きを見ると、特に日本のカトリック教会の中心教区の一つとされてきた長崎が、信徒数の減少、主日のミサ参加者の減少、新規受洗者の減少率がそろって大幅になっているのが目立つ。その原因として考えられることについて、ここでは明らかにすることは避けるが、当事者も含めて心当たりの方も少なくないだろう。一言で言えば、信頼回復の努力、体制の見直しも含めた抜本的な教会改革、その前提として高位聖職者の意識改革が必要、ということではなかろうか。
*戦前、20年余りの間に11の教区が新たに作られたが、戦後78年で減る教区はただ一つ
日本の現在のカトリック教会は1846年(弘化3年)に日本代牧区が設置されたことに始まり、1876年(明治9年)に、近畿、中国、四国、九州を管轄する「南緯代理区」と、中部、関東、東北、北海道を管轄する「北緯代理区」の”2教区体制”に分けられ、前者は1888年に「南緯代理区」(九州管轄、1891年に長崎教区に名称変更)と「中部代理区」(近畿、中国、四国管轄、1891年に「中部教区」)に、後者は1891年に「東京大司教区」(関東7県、中部9県管轄)と「函館教区」(北海道、東北管轄)の”4教区体制”となった。
1900年代に入って、1904年に中部教区から「四国知牧区」が分かれた。その後、函館教区から1912年に「新潟知牧区」、1915年に「札幌知牧区」が分かれ、1923年に中部教区から「広島代理区」が分かれ、それより一年前の1922年に東京教区から「名古屋知牧区」が分かれ、さらに長崎教区から1927年に「鹿児島教区」と「福岡教区」が分かれ、1935年に「宮崎知牧区」(後に再編されて「大分教区」に)が分かれた。1937年に中部教区から「京都知牧区」が、東京教区から「横浜教区」が分かれ、1939年にはさらに、横浜教区から「浦和知牧区(現在のさいたま教区)」が分かれた。1936年に函館から仙台に司教座が移され、事実上の「仙台教区」が生まれるといった具合に、20年余りの間に11教区というm「異常ともいえる速さで速い分離・独立が繰り返された。
戦後になって、1947年に琉球使徒座管理区(後に「那覇教区」)、1961年に長崎教区から「大分教区」が分かれて誕生したが、現在の教区の体制は、戦前、1936年までに事実上、出来上がっていたわけで、逆に、大分教区誕生以来、教会内外の環境激変の中で、60年以上も、新たな再編統合に全く手を付けてこなかったことが奇異に感じられる。
ちなみに、第二バチカン公会議での、世界に開かれ、共に歩む教会を目指す改革の方針決定を受けて、今から半世紀前、日本の司教団の中にも積極的な取り組みの動きがあり、具体的には、東京教区と横浜教区を再編・合併して「首都圏教区」とし、日本の教会改革の推進力とするアイデアが浮上したが、多くの司教たちの反対で日の目を見ることができなかった。
再編統合の動きが、自分たちの関係する教区にも広がり、教区が削減、教区長である司教ポストも削減されるのは困る、自分の任期中にそのようなことがあっては困る、というのが、反対者たちの”本音”との見方もあったが、それが真実とすれば、誠に低レベル、目先の自分の利害しか考えない、聖職者にあるまじき対応だったといえよう。このようなことが、繰り返されないよう願いたい。
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なお、日本時間8月16日午前9時過ぎにバチカンのホームページに掲載された内容、公式英語訳は以下の通り。上記の信徒数などに若干の違いがあるが、これは定義の違い、日本からの報告の時期の違いなどによるものと思われるが、大きな差はない。
Erection of the metropolitan archdiocese of Osaka-Takamatsu, Japan, and appointment of first metropolitan archbishop
The Holy Father has erected the new metropolitan archdiocese of Osaka-Takamatsu, Japan, by incorporating the archdiocese of Osaka and the diocese of Takamatsu.
The Holy Father has appointed His Eminence Cardinal Thomas Aquino Manyo Maeda, until now archbishop of the archdiocese of Osaka, as first metropolitan archbishop of the new archdiocese of Osaka-Takamatsu.
Curriculum Vitae
His Eminence Thomas Aquino Manyo Maeda was born on 3 March 1949 in Tsuwasaki, Kami Goto, Prefecture of Nagasaki, in the archdiocese of the same name. After completing his studies at the Nanzan High School of Nagasaki, he entered the Saint Sulpice Major Seminary of Fukuoka.
He was ordained a priest on 19 March 1975 and incardinated in the archdiocese of Nagasaki.
On 13 June 2011 he was appointed bishop of the diocese of Hiroshima, and received episcopal consecration on the following 23 September. Since 2014 he has served as metropolitan archbishop of Osaka, and was created a cardinal on 28 June 2018, of the Title of San Pudenziana.
Statistical data
| Osaka | Takamatsu | Osaka-Takamatsu | |
| Area (km sq) | 15,031 | 18,804 | 33,835 |
| Inhabitants | 15,307,909 | 3,766,866 | 19,074,755 |
| Catholics | 47,170 (0.31%) | 4,243 (0.11%) | 51,413 (0.27%) |
| Parishes | 77 | 28 | 105 |
| Diocesan priests | 48 | 19 | 67 |
| Religious priests | 90 | 16 | 106 |
| Permanent deacons | 1 | 3 | 4 |
| Major seminarians | 3 | 0 | 3 |
| Men religious | 17 | 1 | 18 |
| Women religious | 543 | 49 | 592 |
| Educational institutes | 91 | 27 | 118 |
| Charitable institutes | 89 | 24 | 113 |
・教皇の来年元旦の世界平和メッセージのテーマ「AI(人工知能)と平和」でバチカン総合人間開発省が声明

バチカンの総合人間開発省が8日、声明を発表し、来年2024年元旦の「世界平和の日」に教皇フランシスコが出されるメッセージが「AI(人工知能)と平和」となることを明らかにする共に、「破壊的な可能性と、プラスの効果をもつAIの新技術の意味についてのオープンな対話」を呼びかける教皇の意向を強調している。
AIについては、最近、それが持つ潜在的な大きな可能性と共に、情報の恣意的な摂取、改ざん、公共の安全や福祉を脅かす懸念が強まっており、教皇のメッセージのテーマが、AIのプラス面を強調しているように受け取られかねない、との懸念から、メッセージ発出の5か月も前に、異例の声明を出したもの、と見られる。(この項、「カトリック・あい」)
声明では「AIの分野での目覚ましい進歩」と、それが「人間の活動、個人生活、社会生活、政治、経済に与える影響が急速に増大している」とし、教皇は元旦のメッセージで、「破壊的な可能性とプラスの効果という相反する潜在性を備えたAIなどの新技術の意味についてのオープンな対話」を呼びかけ、「最も脆弱で排除された人々を犠牲にして、そのような機器の製造と使用に暴力と差別の論理が根付かないように」十分な配慮が必要であると強調することにされている、と述べた。
さらに声明は、「AIを人類に奉仕させ、私たちの共通の家の保護に役立てることを目的とし、AIの概念と利用を責任ある方法で方向付ける必要性」についても触れ、その目的は、倫理的な配慮」を「教育と法律」の分野にまで広げなければ達成できない」と強調している。
そして、「個人の尊厳の保護と、人類家族全体に実質的に開かれた友愛への配慮」が、「世界の正義と平和の促進に貢献するための技術開発にとって不可欠な条件である」と述べて、生命は締めくくられている。」
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カトリック教会は 毎年1月1日、聖母マリアの祝日を「世界平和の日」とすることが、 1967 年に教皇パウロ 6 世によって定められ、平和構築の取り組みに関連して重要な主題について考えるようすべての人々に奨励する教皇からのメッセージが発出されることになっている。今年のメッセージで、教皇フランシスコは、「誰も一人では救われない。 共に新型コロナウイルス感染症と闘い、平和の道を一緒に歩み始めよう」だった。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
【教皇 ポルトガル訪問最終日】教皇、6日午後、世界青年の日(WYD)大会ボランティアとの集いの後、帰国
(2023.8.6 バチカン放送)
6日、ポルトガル訪問の最終日を迎えられた教皇フランシスコは、午前、リスボン市内のテージョ公園で、世界青年の日(WYD)大会の記念ミサ(閉会ミサ)を捧げられた後、午後、リスボン郊外、パッセイオ・マリティモ・デ・アルジェスで、WYD大会のボランティアたちとお会いになった。そして、フィーゴ・マドゥーロ軍用飛行場で見送りを受けた教皇は、特別機でリスボンを後にし、ローマへ戻られた。
今回のポルトガル訪問は、首都リスボンで開かれたカトリックの若者たちの祭典「世界青年の日(WYD)大会の各種公式行事への参加を主な目的としていた。2日から5日間にわたるポルトガル訪問で、教皇はWYD大会の諸公式行事の会場となったリスボンを拠点に、カスカイスへの訪問、ファティマ巡礼などを交えながら、様々な形で若者たちとの交流を深めた。
また、教皇はポルトガル滞在中、マルセロ・レベロ・デ・ソウザ大統領をはじめ、同国の各界要人や、カトリック教会を代表する人々とも会見された。
ポルトガル訪問最終日、教皇は午前中リスボンのテジョ公園でワールドユースデー大会閉会に伴う記念ミサをとり行い、午後にはパッセイオ・マリティモ・デ・アルジェスで大会ボランティアたちの労をねぎらわれた。
そして、教皇は夕方、フィーゴ・マドゥーロ軍用飛行場で大統領や教会関係者に見送られ、現地時間18時20分、特別機でリスボンを後にされた。
教皇を乗せた特別機は、同日午後9時40分、ローマ・フィウミチーノ国際空港に到着。ご自身の第42回海外司牧訪問(イタリアを除く)を終えられた。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇、ポルトガル訪問とWYDリスボン大会を前に、聖母に保護を祈る

ポルトガル司牧訪問を2日後に控えた7月31日、教皇フランシスコはローマの聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)を訪問され、今回の訪問とその主たる目的である世界青年の日(WYD)リスボン大会の成功と保護を聖母マリアに祈られた。
教皇は、同大聖堂の聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」(ローマ人の救い、の意味)が掲げられたボルゲーゼ礼拝堂に入られ、始まるポルトガル訪問と、WYDリスボン大会を聖母の保護に託して祈られた。
教皇が「サルス・ポプリ・ロマーニ」の前で祈りの時を持たれたのは、これで109回目。海外訪問の前後をはじめ、様々な機会に、教皇はこのイコンの前で祈って来られた。最近では、6月16日、ローマのアゴスティーノ・ジェメッリ総合病院を退院し、バチカンに戻る途中、聖マリア大聖堂に立ち寄り、感謝の祈りを捧げられている。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇とベトナム国家主席が、ベトナム駐在のバチカン代表と駐在事務所設置に関する取り決め―「新たなスタート」と国務長官

取り決めは、ベトナムとバチカンの3月31日の第10回合同会議の成果をふまえ、両国関係の発展継続を願ったもので、トゥオン主席は教皇と会見の後、ピエトロ・パロリン国務長官と会談し、両国関係の大きな進展と、ベトナムにおけるカトリック共同体のこれまでの貢献に、双方から大きな満足が示された。
また、ベトナム駐在のバチカン代表が合意によって与えられた役割を果たし、同国のカトリック信者たちが法令を遵守し、教会の教えに基づきながら「国家と共に歩む」という召命を実現し、「良きカトリック信者、良き市民」として国の発展に寄与できるよう支えることについて、互いの信頼を表明。ベトナム駐在のバチカン代表が、ベトナムとの関係を発展させるための橋となることが期待された。
ベトナムとバチカンの外交関係は、1975年に中断したが、1990年以降、関係改善のきざしが見られ、ベネディクト16世が2011年に、同国に駐在しない形でのバチカンの代表を任命した。今回、同国駐在の代表と事務所に関する取り決めが結ばれた。
パロリン国務長官は27日、バチカンの記者団に対して、今回のベトナム駐在のバチカン代表と事務所設置は、「”ゴール”ではなく、新たなスタート」であることを強調し、次のように語った。。
「今回の取り決めに至った歩みの本質的要素は、次の2つの言葉に要約できます-教皇ヨハネ23世の『互いに尊敬し合うために、互いを知る』という言葉と、教皇フランシスコの『プロセスを開始し、それを妨げない』という言葉です。ベトナム政府との関係の開始は、バチカンの正義と平和評議会議長、ロジェ・エチェガライ枢機卿(当時)がベトナムを公式訪問した1989年にさかのぼります。教皇ヨハネ・パウロ2世の考えは、教会の教えの特徴であると同時に教会が日々証しする『正義と平和』を通して、対話の道を切り開くことにありました。バチカン使節のベトナム訪問が毎年行われるようになり、その目的は「政府との接触を保つこと」「ベトナムの諸教区の共同体と出会うこと」の二つでした。そして1996年に、司教任命に関する方法を明確にするための会談が始まりました。バチカンの外務局次官としてこれらの訪問に携わった私にとって、素晴らしい思い出です。
2009年12月に、ベトナムのグエン・ミン・チエット国家主席がベネディクト16世と会見するためバチカンを訪れ、これを機会にベトナムとバチカンの共同作業グループが形成されました。その共同作業の成果として、バチカンのベトナム担当代表をシンガポールに置くという形で、非駐在のバチカン代表の設置が決まり、2011年1月13日、代表としてレオポルド・ジレッリ大司教が任命されました。
強調したいのは、これらの研究や作業を進める双方担当者に、互いの尊重と前進への意志が共有されていた、ということです。自分たちの立場を率直に述べ、相手の立場とその主張に、誠意をもって対応して来ました。そして、これからのバチカンとベトナムの関係については、何か別の目的を果たすために無理をしたり、急いだりせず、より良い結果を得るために話し合う姿勢を保ち、共に進み、歩み続けるように、希望します。今回の合意は単なる一つのゴールではなく、互いの尊重と信頼のうちに、新たなスタートを切ろうとするものです」
(編集「カトリック・あい」)
・23日の「祖父母と高齢者のための世界祈願日」を前に、バチカンが世界の教会、信徒に”全免償”付きで参加を呼び掛け

(2023.7.20 Vatican News By Edoardo Giribaldi)
23日の「祖父母と高齢者のための世界祈願日」を前に、バチカンの「命・信徒・家庭省」が世界の教会、信徒に対して、ミサへの参加や独居高齢者を慰問するなど、祈願日にふさわしい行為をするよう呼びかけている。
今年で三回目となる「祖父母と高齢者のための世界祈願日」のテーマは、「その憐れみは代々に限りなく」(ルカ福音書1章50節)だ。
年間第16主日となる23日は、教皇フランシスコが、ローマ時間午前10時から、聖ペトロ大聖堂で祈願ミサを捧げられ、イタリア全土の高齢者を中心に6000人以上が参加する見通しだ。高齢者の中には、「孫や家族を連れた祖父母、退職者や住宅型特別養護老人ホームで暮らす高齢者、小教区、教区、団体生活で活動している多くの高齢者」が含まれる。
ミサの終わりには、各大陸の代表1人ずつ計5人の高齢者が、8月初めにリスボンで開かれる世界青年の日(WYD)大会に参加する5人の若者に、「WYD巡礼者の十字架」を手渡す予定。これは、「世代から世代への信仰の伝達」を象徴しているだけでなく、「高齢者や祖父母が、大会へ旅立つ若者のために祈り、彼らに祝福をもって寄り添う決意の表明」でもある、と「命・信徒・家庭省」は声明で述べている。また聖ペトロ大聖堂での祈願ミサの参加者全員に、この日に捧げる祈りと教皇の祖父母や高齢者へのメッセージのコピーが贈られる。
また同省は声明で、世界のすべての教区で、この祈願日に、祖父母や高齢者のためのミサを捧げ、あるいは独居高齢者を訪問するという2つの方法を示し、「これらの行為を行った人には全免償が与えられる」としている。
バチカン以外でも、ブラジルの司教団がサンパウロ郊外のアパレシーダ聖母大聖堂で高齢者とともにミサを捧げるほか、カナダの司教団が「老人ホームの高齢者を慰問するよう若者たちに呼びかけるビデオ」を作成、放映している、という。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・ズッピ和平特使が訪米、バイデン大統領に教皇の書簡を手交、ロシアが連行のウクライナの子供たち帰還実現へ協力

(2023.7.19 Vatican News By Salvatore Cernuzio & Devin Watkins)
教皇フランシスコのウクライナ和平特使、マテオ・ズッピ枢機卿が17日から訪米し、18日、ホワイトハウスでバイデン米大統領と会談し、ロシアに連行されたウクライナの子供たちの帰還の方策などについて意見を交換した。
ホワイトハウスの発表によると、会談は現地時間18日午後5時から約2時間半にわたって行われ、 大統領は、教皇の奉仕的な活動に感謝し、今後も世界を視野に入れた指導力を発揮してくれることへの希望を表明。また、先日の20人の新枢機卿発表に米国の大司教が加えられたことに歓迎を述べた。
大統領と和平特使はまた、ロシアによるウクライナ軍事侵略が続いていることで、ウクライナの人々にもたらされている苦しみに対処する一環としての、バチカンによる人道援助の努力、さらに、2022年2月24日のロシアの軍事侵攻開始以来、ロシアに連行された推定1万9000人に上るウクライナの子供たちを本国に取り戻ためにバチカンが進めている活動についても意見を交換した。
ロシアに抑留されているウクライナの子供たちの人数について、ウクライナ政府は、この数字よりもっと多い可能性がある、としているが、この問題は、ズッピ特使が6月上旬にウクライナの首都キエフを訪問した際、ゼレンスキー大統領ら同国高官と、同月下旬にモスクワを訪問した際にも、プーチン大統領の外交政策顧問、ウシャコフ氏、大統領府児童権利局長のリヴォヴァ=ベロワ氏とこの件について意見を交換。同局長は、自身のウエブサイトで、このことを確認するとともに、和平特使が「軍事作戦」に関連する人道問題と子どもの権利保護について語った、と述べていた。
(2023.7.19 Vatican News By Linda Bordoni)
バチカン報道局は19日、ズッピ和平特使の3日間のワシントン訪問について声明を出し、特使がバイデン米大統領はじめ、ヘルシンキ委員会(米政府の独立機関、正式名称は「欧州における安全保障協力委員会」)の委員や米連邦議会議員と意見を交換、戦争で引き裂かれたウクライナ国民の苦しみを軽減し、平和への道を支持するという特使の使命を一歩進めた、と述べた。
今回のワシントン訪問は、特使が6月、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談したキエフ訪問、ロシア正教総主教キリルや他の政府関係者らと会談したモスクワ訪問に続くものだ。
報道局は声明で、和平特使は「教皇フランシスコから託された任務を継続するため、バイデン米大統領との会談も含め、バチカン国務事務局職員とともにワシントンを訪れた」とし、日を追って特使の活動を説明。まず初日、17日夜にワシントンに着いた特使は、駐米バチカン大使公邸で、米国カトリック司教協議会会長のブロリオ大司教と会い、 ロシアの軍事侵略で犠牲となっているウクライナの人々への対応、和平実現に向けたバチカンの対応について意見を交換した。
翌18日朝、特使は、ピエール駐米バチカン大使、ホーガン首席公使とともに、ヘルシンキ委員会の委員たちと会談し、教皇から託された使命の性質とこれまでの取り組みについて説明し、より効果的にする方法についてお議論した。 そして、同日午後、ホワイトハウスでバイデン大統領の出迎えを受け、教皇からの書簡を大統領に手渡し、ロシアの軍事侵攻で苦しみ続けるウクライナの人々に教皇が深く悲しんでいることを伝えた。
会談について、報道局発表は、「午後5時過ぎに始まり、1時間以上続いた会談は、誠意に満ち、相互に傾聴する真摯な雰囲気の中で行われた」とし、「特に人道支援の準備が整っていること、特に、 子どもたちと最も弱い立場にある人々のために、バチカンと米国の両者が共に、現在の緊急事態に対応し、和平の道を確実にすること、が確認された」としている。
最終日の19日の朝、和平特使らバチカン代表団は、米議会の祈りの朝食会に出席し、和平特使から、ウクライナ和平、ウクライナの人々の支援に向けたバチカンのこれまでの様々な取り組みなどについて説明さら、朝食会主催者からは、「バチカンの努力に謝意が示され、平和のために努力する各個人の責任が強調された」という。
また、Vatican Newsの取材に応じた、ピエール駐米大使は、ズッピ和平特使の枢機卿の今回の訪米を含めた活動が、特に「ロシアに連行されたウクライナの子供たち(の帰還実現)」に向けた進展につながること、への期待を表明した。
また、バイデン大統領との会談について、「大統領は多くのことを聞き、教皇の取り組みについて満足していると述べた。またこの問題についての大統領と教皇の見解について、時間をかけて語り合った… ズッピ特使は、『たとえすべての問題がすぐに解決できないとしても、バチカンは問題解決に貢献する意思を持っている。問題が複雑であることも認識している』と強調した」と説明。「現時点ではまだ、具体的な成果は出ていないが、苦しんでいる人たちのためにあらゆる努力を続けることが重要。特使の訪米中の米側関係者たちのとの様々な出会いで、彼らがこの問題に強い関心を持っており、ウクライナの人々を助ける用意ができていることがはっきりした」と、訪米の成果を語った。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・「バチカンは、ロシア政府・軍による『組織的な戦争犯罪』に目を背けない」国務省のギャラガー外務局長が講演

(2023.7.13 バチカン放送)
バチカン国務省のギャラガー外務局長・大司教は13日、創刊30年を迎えるイタリアの国際政治雑誌「Limes」の「ウクライナ」特集号を紹介する催しで講演し、教皇フランシスコの平和をあきらめない姿勢について語った。
外務局長はこの講演で、特にロシアによるウクライナ軍事侵略に対する教皇とバチカンの姿勢について説明。
「教皇はこの現実を前にしてもあきらめることなく、確固として平和を信じ、すべての人を平和を織り成し、作り出す人となるように招いておられます」とし、教皇の言葉や態度を「無駄な平和主義」と解釈することは、教皇の持つビジョンと意向に適っていない、と強調した。
そして、「教皇を動かしているのは、『対話と平和を可能にしたい』という強い思いであり、『教会は”政治的言語”ではなく、”イエスの言語”を用いて対応する』という原則に基づくもの、と指摘。「当然ながら、バチカンは、ロシア政府・軍による『組織的な戦争犯罪』に目を背けない。『侵略した国』を『侵略されている国』と同列に扱うことは、バチカンの意図するところではない」と言明した。
さらに、教皇の態度と言葉は、「単なる『平和のレトリック』ではない。力強く勇気ある『平和の預言』だ」と強調。具体的に、駐ウクライナ・バチカン大使は戦争が始まっても首都キーウから離れず、教皇は支援援助省長官クライェフスキ枢機卿を繰り返しウクライナに派遣し、苦しむ人々に「寄り添いと慈愛の抱擁」をもたらしていることなどを挙げた。
最後に外務局長は、ロシアの軍事侵略がもたらしているウクライナの惨状がこれ以上進まないように、一刻も早く停止するよう関係国指導者たちに呼び掛け、「あらゆる戦争は、いかなるものでも、どこにおいても、常に、人類の敗北だ」という教皇フランシスコの言葉を引用して、講演を終えた。
(編集「カトリック・あい」)
(解説)21人の新枢機卿、世界の周辺地域からも―教皇が予想外の”7月人事”(Vatican News)
