・ある主任司祭の回想・迷想 ⑦「教会は”喫茶店”か”ファミレス”か」

 最近は喫茶店も少なくなりました。新聞を読みながら”モーニング・セット”を食べる場所は、ファミレスに取って代わられてしまった感じです。町中の人がそう望んだのかといえば、そうではないでしょう。これは商店街の商売が巨大なショッピングモールに奪われてしまったのと似ています。もちろん、喫茶店も商店街も、まだまだ頑張っているところもありますが。

 教会(この場合は主に小教区)も同じですよね。都会の新興宗教団体は現代化されたチェーン店形式で拠点を充実させていきますが、カトリック教会は、そういう合理化一辺倒の動きを、伝統宗教の立場から、一過性のものとして危険視してもいいくらいなのですが、むしろチェーン店形式になりたくてもなれない、と言った方が正確でしょうね。つまり、そうなると、たちまち「お客さん」と「店員さん」に分かれてしまう。そうすると信仰生活にまで、そういう意識が忍び込んでしまうから、なるべくならそれを避けたいわけです。

 教会の一人一人は大事な成員なのであり、神学的な表現でいうところの「キリストの神秘体」を一人一人が構成している、と言うことができます。だからキリスト者は教会にサービスだけを求めてやってくる消費者などでは決してない。その意味では、所属教会というのは「馴染み」の、「行きつけ」の喫茶店に似ており、「ファミレス」になってしまうとまずいところがあります。そこに集まるのは、単なる「お客」というより、お馴染みの皆さんなので、利用者である前に「仲間」なのです。

 現場では司祭だけが法人職員であることがほとんどで、パートで教区に雇われている人は個々の現場にはほとんどいない。これはマスターだけが喫茶店の店主であるのと似ています。それに集まる人は利用者というより、仲間です。店主が入れたコーヒーを飲み、「いつもの味だ」と安心してくれるのです。

 けれどもオーナーの都合で、時々、店長が交代します。そうすると、コーヒーの味が微妙に変わってしまう。「微妙に」ならいいが、「大きく」変わることもありますよね。すると仲間たちは違和感を感じます。「あれ、いつもの味とは違う」と。

 そもそも、こんなことはファミレスでは起きません。行きつけのファミレスの店長が交代しても利用者には何の影響もない。それに、他方、集まるのは仲間たちというわけではなく、徹頭徹尾、「利用者」です。ファミレスの場合、クレーマーには平謝りをしますが、喫茶店の店長は「うちの店が気に入らなきゃ帰ってくれよ」と言えてしまう。これに客は「店じゃない。あんたが気に入らんのだ」と言い返す。これって、小教区でのトラブルとなんとなく似ているような気がします。

 でも店はオーナーのもので、小教区は教会(広い意味での)のものですから、「キリがないやり取り」を賢い人たちは望みません。どちらの気持ちもわかります。なぜならマスターはただコーヒーを入れ、モーニングを出していればいいのか、というと、それ以上に仲間たちは、世間話や身の上話をしながらそれを飲み食べるのですから、集まる人たちにとって、その店は単なる飲食の場ではなく、ホッとする「安らぎの場」です。しかも仲間たちは、マスターとだけ話し、付き合うわけではありません。お互いに「今日は早いね」などと、声を掛け合います。

 司祭もまた、ミサは大事な務めだからそれに注力しますが、ミサだけしていればいいのかというと、そうもいかない。そうすると、仲間たちとゆっくり関われないことにもなってしまいます。来る人たちとの世間話や身の上話が、ミサを一層、良いものにします。コーヒーやモーニングに加え、マスターとの会話がその店の良さとなることに似ています。私もいくつかの店で店長を務めてきました(つまり主任司祭をしました)ので、それはよく分かります。

 「店長が誰になろうと、俺の目的はこの店さ。あんたに興味はない」と言われることもあります。それは寂しくはありますが、実は頼もしくもあるのです。店長の交代に影響されないほど、共同体が堅固だ、と思われるから。けれども、逆に、同じ言い方でも、動機が別のところにあると、まずいな、と思うことも、無いわけではありません。

 「影響されない」どころか、それ以前に認識がそこまで及んでいないことがあったりするからです。つまり、喫茶店をファミレスのように思っていたり、チェーン店なのに本店のマネージャーにも、交代した店長にも、興味がなかったり、という場合に、「店長変わったの?だから何?」という反応もあり得るからです。似て非なるものというか、ベクトルが正反対というか、両者はかなり異なります。

 「ここは俺の憩いの場であるがゆえに、俺はここを守る」と言うのと、「ここは俺の憩いの場だが、そうじゃなくなったら、違う店に行くさ」と言うのでは、かなりの意識の差があるでしょう。前者には「憩いの場を新店長の勝手にはさせないぞ」という気概を感じることができますが、後者は、そもそもマスターとの世間話も身の上話もなくていい、だから店長の交代はどうでもいい。それにお客様が神様だ、喫茶店だろうがファミレスだろうが、どうでもいい、仲間もいらない、という感じの、消費社会の利用者をイメージになってしまいますよね。

 でも、コーヒーの味が変わっても気にならないとなると、インスタントで「ボられ」てしまうことにもなります。それはとても残念なことですが…。

(日読みの下僕「教会の共通善について」より)

2020年9月12日

・ガブリエルの信仰見聞思 ⑩「Nunc Coepi(ヌンク・チェピ)―今、新たに始める」

 「ニューノーマル(新たな状態、新しい日常、新しい生活様式)」―昨今のコロナ禍関連の新語・流行語の1つです。この「ニューノーマル」は、不確実性、不安定さ、警戒、そして孤立さえある状態のようであり、また、不安の高まりが伴われる現実でもあるようです。

 「ニューノーマル」に関する記事を読んでいくうちに、新型コロナの世界的大感染によって私たちが直面している「ニューノーマル」と、私たちの個人生活の中で遭遇する「新しい現実」との類似点が見え始めました。

 克服しなければならない病気の発見、愛する人が亡くなった後の生活、長い間大切にしてきたものの喪失、犯してしまった過ちや失敗、いつも信頼してきた人からの裏切りなど、私たちの個人生活の新しい現実は、私たちが慣れ親しんできたものとは異なる限り、様々な形で現れてきます。

 新しい現実が何であれ、私たちはまったく知らない新しい領域に移動させられてしまいます。そして、私たちがそれらの手ごわい現実に引きずり込まれていくうちに、しばしば最も重要なこと、すなわち、祈りと主イエス・キリストへの依存を忘れてしまいがちになるのでは、と思います。

 「私の声よ、神に届け。/私は叫ぶ。/私の声よ、神に届け。/神は私に耳を傾けてくださる。苦難の日にわが主を尋ね求め/夜もたゆまず手を差し伸べた。」と詩編77編1-2節にあるように、私たちが恐れたり、困難に陥ったりするとき、神様はそこにおられます。どんな状況であろうと、またどんな現実であろうと、神様は私たちと共におられ、私たちが神様の導きを求めることを望んでおられます。

 ラテン語で「Nunc Coepi(ヌンク・チェピ)」というフレーズがあります。「今、新たに始める」を意味します。このフレーズは、主イエス・キリストの内にある新たな人生への呼びかけを完全に体現していると思います。

 Nunc Coepi(いま、新たに始める)。私たちの祈りの中、習慣の中、人間関係の中、仕事の中、人生のあらゆる変遷の中、そして、どんな状況に直面しても、どんな不安と悩みを抱えても、どんな過去や失敗があっても、私たちはいつでも主キリストの内に新たに始めることができ、いつでも主の導きを求め、主の聖なる御前で生きることを意識することができます。

 Nunc Coepiという句の背後にある信仰は、私たち一人一人のための神様の御計画への信頼、そして、人生の移り変わりの中を通しての信仰を示しています。なぜなら、私たちの人生における「ニューノーマル」」や「新しい現実」に関係なく、「イエス・キリストは、昨日も今日も、また永遠に変わることのない方」(ヘブライ人への手紙13章8節)だからです。

 主は、私たちが未来を恐れたり、過去を恥じたりして生きることを望んでおられません。主は私たちの過去の罪を洗い流し、主の摂理によって私たちの未来を導いてくださることを望んでおられます。私たちは後からではなく、いま、主に従わなければなりません。

 私たちは落胆に屈するのではなく、主が私たちの内に始められた善い業を完成してくださるようにしなればなりません(フィリピの信徒への手紙1章6節参照)。

 Nunc Coepi(ヌンク・チェピ)―今、新たに始めましょう。主に仕え、忠実に歩みましょう。振り返るために立ち留まらず、毎日新たに始めましょう。なぜなら、主が私たちに、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。私たちの罪をお赦し下さい」とお祈りするように教えてくださったからです。

(ガブリエル・ギデオン=シンガポールで生まれて育ち、現在日本に住むカトリック信徒)

(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」を使用)

2020年9月2日

・「被造物を大切にする世界祈願日」と「すべての命を守るための月間」について・菊地大司教

すべてのいのちを守るための月間(9月1日から10月4日まで) 2020.9.1

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 教皇フランシスコは、2015年に回勅「ラウダート・シ ともに暮らす家を大切に」を発表され、全世界の人に向けて、「私たちの共通の家」という総合的な視点から、エコロジーの様々な課題に取り組むことを呼びかけられました。その上で教皇は、毎年9月1日を「被造物を大切にする世界祈願日」と定められました。日本ではこの世界祈願日を9月最初の主日と定めていますので,今年は9月6日が祈願日です。

 この日は、東方正教会の兄弟姉妹との一致のうちに、また他の教派やキリスト教共同体とともに、「被造物の管理人となるという自らの召命を再確認し、すばらしい作品の管理をわたしたちに託してくださったことを神に感謝し、被造物を守るために助けてくださるよう神に願い、わたしたちが生きているこの世界に対して犯された罪へのゆるしを乞う(2016年教皇メッセージ)」日です。すなわち、環境問題への行動を促し,生きる姿勢において回心を求める日でもあります。

 日本の司教団は、昨年11月の教皇訪日を受けて,教皇フランシスコが日本から世界に向けて発信されたさまざまなメッセージを具体的に生きていくために、訪日のテーマである「すべてのいのちを守るため-Protect All Life」を深め、黙想し,祈り、行動するために、特別な期間を設けることにしました。「ラウダート・シ」に記されたメッセージこそ,教皇が日本から世界に向けて語られた、賜物であるいのちへの強い思いを具体化するものです。

 そこで日本の司教団は、9月1日から10月4日(アシジの聖フランシスコの記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」と定めました。司教協議会会長の髙見大司教様は、「すべてのいのちを守るためには、ライフスタイルと日々の行動の変革が重要であることはいうまでもありませんが、とくにこの月間に、日本の教会全体で、すべてのいのちを守るという意識と自覚を深め、地域社会の人々、とくに若者たちとともに、それを具体的な行動に移す努力をしたい」と呼びかけておられます。

 今年は新型コロナウイルス感染症対策のため,教会における特別な行事などを制限せざるを得ませんが、教皇様の呼びかけを心にとめ,司教団で用意した祈りなどを共に祈りながら、「私たちの共通の家」への心遣いを深め、また私たち一人一人の回心のときとしていただきますように,お願いいたします。

 なお東京大司教区ホームページに特設サイトを設けています。こちらのリンクです。

 また同じ期間を、全世界の教会も被造物を大切にする月間としています。ご存じのように、この一年、来年の5月までは、教皇様が定めた「ラウダート・シ」特別年の最中です。

 それと併せて,数日前にアジア司教協議会連盟(FABC)の人間開発局(Office for Human Development)から,この特別月間のための祈りが送付されてきました。この祈りには、FABCの会長であるミャンマーのチャールズ・ボー枢機卿のメッセージがつき、環境問題に取り組んでいるインドのOHD事務局担当者が作成した祈りや聖体礼拝の手引き、さらには毎日の祈りが添付されていました。

 日本の司教団の公式の翻訳ではなく、東京大司教区の広報担当者が,3日4日ほどの時間しかないなかで,すべて翻訳してくれましたので、ホームページに掲載してあります。

 通常こうした祈りは,翻訳後に,典礼の専門家などの校閲や助言を経てから公開されるものですが、何といっても今日から始まる月間ですし、送付されてきたのが先週ですから(日本人も、みんな英語が分かる、と思われているのかもしれません)、まだ専門家の校閲をしていない荒削りの翻訳ですし、言葉ももう少し練る時間があれば良かったのですが、その作業をしていては9月はあっという間に終わってしまいます。それではあまりにもったいないですので、このまま掲載することにしました。皆様の霊的成長の一助となることを願っています。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

2020年9月1日

・三輪先生の時々の思い ㉑「至福観賞」と「至福奉仕」

 「至福観賞」と「至福奉仕」を対語として学んだのは、旧制高校の一年生の時。同じころ対語は英語で「pormanteau words」という、と習った。中学5年、高校が3年の時代であった。もっとも、中学は4年から高校進学は可能で、受験に合格しさえすればよかったのだ。

 実際、私自身、4年生で筆記試験には合格したが、身体検査で不合格となった2人のうちの1人になってしまったのだった。当時「官立」と言っていた松本高校へは、晴れて中学は5年枠で入学した。

 もともと華奢な体躯だったが、別に病弱というのではなく、それに開智小学校の5、6年次の担任教師、山口先生は、昭和15年の未発に終わった東京オリンピックに体操選手として出場が予定されていた運動選手だったから、松本中学に進学してからは、市内の他の小学校から進学してきた同級生などから、体操の時間になんで「開智出身者は皆、体操が上手なのか」と感心されたものだった。

 いや話がそれてしまった。「至福観賞」と「至福奉仕」である。連想ゲーム風に言えば、「至福観賞」は「美しいもの、旨いものを楽しむ」ということ、エピキューリアンの生き方である。バランス感覚がきかなければ、享楽から堕落へと向かう事必定と戒められていた。「至福奉仕」はといえば、「博愛主義で、自我を忘却して、世のため、人のために生きる」ことであった。

 個人的に私は「享堕」はなじまず、努力しなくても、この陥穽に堕ちるおそれは無かった。倫理学の教室で、「至福観賞」は古代ギリシャのアテネにその典型をみると教わった。ヴィジュアルに私はパンテオンとか大理石のオリンピアンの彫像が好きだったから、文句なしに「至福観賞」を選び、社会の一構成員としての自覚からは、「至福奉仕」にも半分以上の生命力を向けなければならない、と覚悟していたのだと思う。

 まあ平たくいえば、至福観賞はレジャーであり、社会のニーズにそれなりの貢献をするのが生産的生活であるということだった。そのことを松高入学式の時の校長の訓話ではっきり自覚した。

 「君たちが卒業するまでに、国は国庫から一人当たり10万円を支出するのです。その恩を忘れないように」とのことであった。この恩に報いようとする時、至福奉仕の一端を担うことになる筈だ、と観念したのだった。(2020 8 31 記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際研究所長、プリンストン大博士)

2020年9月1日

・Sr.岡のマリアの風 (54)「マリア論オンライン講座」9月26日開講+動画による説明

 私が会員になっている「教皇庁立国際マリアン・アカデミー」(PAMI)の活動の一つ、「マリア論オンライン講座」の日本語版を開講することになりました。

 第一期の初回は9月26日の土曜日午後3時から5時です。年間9回、1回2時間で、講座の締めくくりに、全講座を受講されA4で1枚程度のレポートを提出してくださった方に、「修了証書」を差し上げることにしています。Zoomでの動画配信もしますので、試しの「聴講」でも構いません。受講料は無料。ご出席お待ちしています。受講方法など、お問い合わせ、受講のご希望はoka.ritsuko1208@gmail.comへどうぞ。

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 「主の母マリアの真の姿」(原点である聖書、教会の伝統から出発して)を、出来るだけ多くの人々に伝えることが、PAMIの最優先課題の一つ。「出来るだけ多くの言語」で、「出来るだけ多くの人」に届くようにするのがオンライン講座。先駆けとして昨年から、イタリア語の講座が始まっています。

 わたしとしては、日本語での講座はしてみたかったけれど、カトリック国ではない日本で受講の希望者が集まるだろうか、と思っていました。

 そんな時、PAMI長官で、母校、教皇庁立『マリアヌム』神学院の先輩、ステファノ・チェッキン神父から「PAMIの2020年秋からの年間プログラムに『日本語のマリア論オンライン講座』を入れたいのだが」と打診され、「背中を押された」と感じました。そして「とにかく始めてみよう!」と。

 尊敬するH神父の明言、「先ず動いてみないと、風は吹かない」。「風」はわたしの好きなイメージ。太平洋の荒波を見て育った(茨城県日立市生まれ)からかも知れませんが…。何かが、誰かが動けば「風」が吹きます。その「風」に乗る人も、逆らう人もいるでしょう。でも、それは当たり前。一人ひとり違うのですから。

 人間の作る「小さな風」が吹くところに、神さまの根源的な「深い風」が吹き込みます。神さまの深い風が吹くところに、人間の小さな風が吹き始めます。どちらもありだ、と思います。神さまの風と、人間の風。三位一体の神さまの命を芯として調和するとき、思いがけない力を得るのでしょう。

 どうなるんだろう、と期待半分不安半分で「オンライン講座のお知らせ」をしたところ、本気で(?)講座を受講したいと希望される方が30名になりました。その他にも、「自分の教区の信徒に知らせたい」「友人を招待したい」「シスターたちにも」と、「ゆるい参加」「聴講」を希望される方も…。

 皆さんの希望を汲んで、またPAMIの「すべての人に届くよう」という意向を受けて、オープンに、「ゆるく」始めてみたいと思います。「オンライン講座」が受けられない方には動画配信。時間のある時に、興味あるテーマだけ見てみようかな~という「聴講のみ」の参加、途中からの参加も歓迎します。

 決まり事ととしては、参加者の状況が分かるよう(PAMIへの報告のためもあります)、オンライン講座専用アドレスに登録していただくことくらいでしょうか。ご希望があれば、続けて第二期を行うことも考えたいと思っています。

 とにかく始めてみます!。わたしたちに先立って信仰の旅路を歩んだマリア(『教会憲章』)を見つめながら、キリストを信じる者として生きるとはどういうことかを、共に学んでいきたいと願っています。お祈りで支えていただければ幸いです。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

 

 

2020年8月31日

・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記 ㊷ 2020年、彼岸花の⾵景

 猛烈な暑さが続いた今年の夏だが、9⽉の声を聞くと「秋の花」をめでたい気持ちになる。彼岸花苗2鉢セット|山野草栽培苗|自然を育てる|自然生活ネット通販

 秋の花の中で、私は、彼岸花に⼼ひかれる。花茎の先に鮮やかな⾚い花を反り返るように咲かせる姿。お彼岸の時期に花芽を出し、燃えるような⾚い花で周囲を⾚く染め上げる。⽇本の秋の⽥園⾵景には⽋かせない花だ。

 彼岸花は、東京都⻘梅市にいくつもの名所がある。霞丘陵⾃然公園、吹上しょうぶ公園、塩船観⾳寺……。いずれも私の勤務先からほど近い距離だ。このうち霞丘陵公園は、毎年9⽉中旬から下旬にかけ、約2600平⽅メートルの敷地⼀⾯に⾚い花が広がる。その数は、約2万株に達する。⽩や⻩⾊の彼岸花も混じり、⾥⼭の⾵景が美しい。

 塩船観⾳も、⼭⾨から阿弥陀堂に⾄る参道脇に彼岸花が乱舞する。吹上しょうぶ公園は、園名をなす春の菖蒲に取って代わり、9⽉末から10⽉はじめにかけては彼岸花が主役となる。

 彼岸花には、⽇本各地でさまざまな異名がある。その数は1000を超えるとも⾔われている。

 いくつかを紹介すると、曼珠沙華、死⼈花、地獄花、幽霊花、狐花、捨⼦花、毒花、灯籠花、痺れ花、剃⼑花、狐の松明、天蓋花……。その多くが、不吉な⽂字を当てられ、もの悲しい響きを持ち、「死」を強く連想させる。花の咲くタイミングが昔から⽇本⼈に「来世」を意識させる彼岸の時期であること、墓地などで群⽣が⾒られること、球根にアルカロイドを含む強い毒性があることなどが、こうした名前の理由なのだろう。

 ⼀⽅、お隣の韓国ではこの花を、「相思華」(サンチョ)と呼ぶ。

 彼岸花は、冬に茂った葉が夏に枯れ、その後、秋に花が咲く。このため、葉と花が同時に出ることはない。花が凜と美しく咲く時期に、緑の葉は⾒られない。こうしたことから、「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で、相思華という名前がついたのだという。どんなに相⼿のことを思えども、決して会えない切なさを感じさせる。

 2020年9⽉、新型コロナウイルスの感染拡⼤は「第2波」のただなかにある。⾃由に帰省ができない。故郷に暮らす両親に会えない。東京の⼤学で学ぶ我が⼦と会えない。単⾝赴任中のパパに帰って来てもらうことがかなわない。同じ都内の施設に⼊所するおばあちゃんの部屋を訪ねることもできない……。⼤切な⼈がウイルスに感染するリスクをできるだけ低減させるためには、彼岸花のように、「花」と「葉」が距離を保つ必要がある。

 私たちには、もう少しの⾟抱が求められる。新しい⽣活様式の定着、命を守るための優先事項の順守、そして、愛する⼈たちとの距離をきちんと考えること。2020年の秋を彩る彼岸花=相思華は、例年とは別の「⾵景」を私たちに⾒せてくれるのではないだろうか。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 世間を騒がせた医学部不正⼊試事件に、5⼈の⼥性医師の⽣き⽅を重ね合わせて描いた『ブラックウェルに憧れて』=光⽂社=を7⽉刊⾏。他の著書に『いのちの停⾞場』=幻冬舎=、『ステージ・ドクター菜々⼦が熱くなる瞬間』=講談社など。モンスター患者で揺れる医療現場と医師―患者の絆を考える『ディア・ペイシェント―絆のカルテ』=幻冬舎⽂庫=はNHKテレビ「ドラマ10」で連続ドラマ化され、放映中)

2020年8月31日

・9月1日「被造物を大切にする世界祈願日」に始まる「被造物の季節」と別に「”いのち”を守る月間」とする意味は?

 9月は世界のカトリック教会はじめキリスト教諸教会が参加する「被造物の季節」。1日の「被造物を大切にする世界祈願日」に始まり、アッシジの聖フランシスコを記念する10月4日まで、人類はじめ神に作られた物を守り、育てる祈りと行動の月間だ。

*教皇フランシスコのメッセージ

 教皇フランシスコは 2016年の9月1日「被造物を大切にする世界祈願日」に当たって、「私たちの共通の家に慈しみを」と題する次のようなメッセージを出されている。(以下、抜粋)

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 正教会の兄弟姉妹との一致のうちに、カトリック教会は今日、他の教派やキリスト教共同体に支えられ、「被造物を大切にする世界祈願日」を祝います。

 この日は、被造物の管理人となるという自らの召命を再確認し、すばらしい作品の管理を私たちに託してくださったことを神に感謝し、被造物を守るために助けてくださるよう神に願い、私たちが生きているこの世界に対して犯された罪への赦しを乞うのにふさわしい機会を、各々のキリスト者と共同体に与えてくれます。

 人間の命そのものと、その命に含まれるすべてのものの中には、私たちの共通の家を大切にすることが含まれます。したがって、七つの業からなるこの二通りの伝統的な慈善の業に一つ補足することを提案させてください。慈善の業に「私たちの共通の家を大切にすること」が含まれますように。

 精神的な慈善の業としての「私たちの共通の家を大切にすること」は、「神の世界を感謝のうちに観想すること」(回勅『ラウダート・シ』214)を必要とします。その観想は、「神がわたしたちに届けようとお望みになる教えを、一つ一つのものの中に発見させてくれます」(同85)。

 身体的な慈善の業としての「私たちの共通の家を大切にすること」は、「暴力や搾取や利己主義の論理と決別する、日常の飾らない言動」(同230)を必要とします。この業は、「よりよい世界を造ろうとする一つ一つの行為において感じられます」(同231)。

 私たちは自分の罪や非常に困難な課題に直面しても、決して希望を失いません。「創造主は決して私たちをお見捨てになりません。神は決してご自身の愛する計画を放棄したり、私たちをお造りになったことを後悔したりなさいません。……主がご自身を私たちの地球と決定的に結ばれ、またその愛が、前へと向かう新たな道を見いだすよう、絶えず私たちを駆り立ててくれるからです」(同13、245)。とりわけ9月1日に、そしてその後は、一年中、次のように祈りましょう。

「おお、貧しい人々の神よ、あなたの目にはかけがえのない この地球上で見捨てられ、忘れ去られた人々を救い出すため、私たちを助けてください。……
愛の神よ、地球上のすべての被造物へのあなたの愛の道具として、この世界での私たちの役割をお示しください。いつくしみ深い神よ、あなたの赦しを受けて、私たちの共通の家全体に あなたの慈しみを運ぶことができますように。あなたは讃えられますように。アーメン」

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*今年5月になって日本の司教団が、同じ期間を「すべてのいのちを守るための月間」にする、と発表

 だが、日本の司教団は今年5月になって、高見・司教協議会長名で「すべてのいのちを守るための月間」設置について、「わたしたち司教団は、教皇フランシスコの訪日にこたえて、毎年9月1日~10月4日を「すべてのいのちを守るための月間」と定め、今年から実施することにいたしました」という発表をした。昨年まで、バチカンとキリスト教諸教会の呼びかけを受けて日本でも行っていた「被造物の季節」とどのように連携するのかも含めて、その後、カトリック中央協議会のホームページも5月の発表当時のまま、具体的な提案もなく8月31日に至っている。

*わざわざ、漢字の「命」でなく、ひらがなの「いのち」を使う意味はどこにあるのか?

 この問題への立ち入った論評は控えるとして、この司教団の標語のキーワードである「いのち」という表記について考えたい。どうして、「命」という通常の当用漢字表記が一般にされているのに、わざわざ、ひらがなにするのか。特別の思いを込めているのなら、説明が必要だが、そのような説明は聞いたことがない。

 語源的にみると、ひらがなの「いのち」の語源には諸説あり、「い」は「いく(生)」や「いき(息)」と共通の意味があり、「ち」は「いかづち(雷)」や「大蛇(おろち)」などの「ち」と同じく「霊力」を意味するとする説。「いきのうち(息内)」が略されて「いのち」になったとする説。「いののち(息の後)」が略されて「いのち」になったとする説。「「いきのうち(生内)」が略されて「いのち」になったとする説、など、要するに「霊」や「息」に関係する説が多いが、はっきりしない

*「命」には語源的に「祈りを捧げる人に神から与えられるもの」を表わしている

 これに対して、漢字の「命」は「人」「口」「」から作られ、「祈りを捧げる人に神から与えられるもの」との解釈で一致。高名な漢文学学者、白川静氏は『常用字解』(平凡社、2004)で、「命」は「令と口とを組み合わせた形。令は深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託を受ける人の形。口はᄇで、祝詞を入れる器の形。神に祝詞を唱えて祈り、神の啓示として与えられるもの」としている。この場合の「神」は中国の神だが、その「神」が何を指すのかは諸説あるだろうが、漢民族の伝統的な宗教とされる道教では、中心概念の(タオ)は宇宙人生の根源的な不滅の真理を指す。

*福音書のイエスの言葉、日本語訳も「命」が使われている

 8月30日、年間第22主日のミサで読まれたマタイ福音書のキリストの弟子たちへの言葉は、日本語訳では「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか」(16章25節=カトリック教会のミサ典礼で使用されている「新共同訳」)と、漢字の「命」を使っている。漢字の「命」の語源を知っていれば、ひらがなでなく、漢字の「命」ー祈りを捧げる人に神から与えられるものーが実にしっくりくる、キリストの言葉の意味がよく理解できるのではなかろうか。

 「すべての…」の標語のキーワードに、ひらがなの「いのち」を使うことに、どれほどの理解と思いがあったのか、知らない。言えることは、聖書の日本語訳で漢字の「命」がきちんと使われているにもかかわらず、わざわざ、「いのち」と書くカトリック教会の聖職者、関係者が多く、おそらく、その意味について深く考えることもなく、使用しているのではないか、ということだ。言葉は、人にメッセージを伝えるための重要な手段であり、一言一言、とくに重要なメッセージを込めたキーワードについては、十分な理解と配慮が必要だ。それがおろそかになっては、福音のメッセージもうまく伝えることはできない。

*日本語の用語を大切にしないのはカトリックの”伝統”?

 「なぜ『神』なのですかー聖書のキーワードのルーツを求めて」(2011年、燦葉出版社刊)で筆者が書いたことを詳細に繰り返すつもりはないが、日本語を大切にしない”伝統”は明治初期、キリスト教の布教が改めて始まった時から続いているようだ。

 聖書の日本語訳に最初に手を付けたのはプロテスタントの宣教師だったが、「God」の中国語訳をめぐって議論が分かれる中で「神(shin)」と訳した米国人プロテスタント宣教師が、たまたま漢字が同じだったことで、聖書和訳の際に「神(カミ=一般的には八百万の神を意味していた)」を使った。

 それをカトリックの翻訳者も(翻訳に関わった日本人が、プロテスタント宣教師を手伝ったのと同じ人物だったこともあり)そのまま使用して、現在に至っている(第二次大戦中は、神道の「神」との混同を避ける為か、軍部に命じられたのか、不明だが、中国のカトリック教会が使用していた「天主」「天主教」に変えられていたが)。

 もともと、日本語の「神」には一神教の概念はなかったにもかかわらず、この漢字を採用したことが、日本人の間に、いやカトリック信者でさえも、「神」理解に齟齬が生じる原因となって続いているのだが、そのような経過を知っているカトリック関係者がどれだけいるのだろうか。ひらがなの「いのち」を多用することにも共通しているように思われる。「”いのち”を守る月間」の機会に改めて考えてみた。

 (「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

 

 

 

 

2020年8月31日

・Sr.阿部のバンコク通信 ㊼タイ東北部で57歳の新司教の叙階式に8000人!

    タイのイサーン(東北)地方、タレー・ノンセン教区のタレーにある聖ミカエル大聖堂で、クリエンサック枢機卿司式による司教叙階式がありました。

 当地出身の57歳、6代目教区長のヴィラデット司教の誕生です。雨天の中を13人の司教、270人の司祭、そして信徒たち合わせて総勢8000人が参列しての感謝のミサ、叙階式は、歓迎の喜びに満ちていました。聖堂と回廊は満席。入りきれない信徒のために屋外のテントでも実況中継… 見事な準備、何ともいい雰囲気でした。

 タレーは、全人口7500人がカトリック信徒の町。1884年に若きパリ外国宣教会の2人の宣教師(プロドム神父32歳、ゲゴ神父26歳)がカトリックの教えをもたらしたことに始まります。

 2人は1881年、バンコクを出発し、宣教(馬車や馬で)の旅へ。ウボン、ナコンパノム、サコナコンを経て、沼を渡り、3年後の諸聖人の祝日にタレーに到着。そこは正に信徒の新天地でした。

 1885年には、ベトナムとラオスの信徒を連れて、これまた若きパリミッションの宣教師コンボリエ神父がタレーに到着。その後、前任宣教師はウボンに戻り宣教に続投、コンボリエ神父は52年の間、タレーを中心に宣教司牧に奮闘。若き献身者を養成し、1924年にはLover of Cross 修道会を創立。修道会は100余名の会員を得て教育司牧の奉仕を続け、現在に至っています。イサーン地方の人々に親しまれ、苦楽を共にする修道会、タイ宣教の私のお手本です。

 1950年に東北4県をカバーするタレー・ノンセン教区ができ、この度、6代目の司教が誕生。「当然の務めを果す、取るに足らない僕」を標語に就任の挨拶、翌日はLover of Cross修道院でミサを捧げ、年配のシスターに囲まれ喜びの会食。この街に誕生した9人兄弟の7番目のデット君(神学校に入り叙階そして司教)を囲む、街の誇り期待に満ちたお祝いでした。

 実は、以前にタレーの修道院にお世話になった時、クリニックで働く女医のシスターの運転で、当時神学校の院長だったヴィラデット司教様とドライブ、会食、そして思いっきり卓球を楽しんだ思い出があるのです。いつかまたお相手を… 無理なお願いでしょうか。司教様の司牧のお勤めに乾杯合掌。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2020年8月30日

・Sr.石野の思い出あれこれ ㉖ローマでの修道誓願から2か月で帰国、志願者養成の担当!

 修道誓願宣立は、私の生活にとってピリオッドではなく、一つのコンマにすぎない。これによってまた新しい扉が開かれ、ある意味で新しい生活を始めることになる… そんなことを思いながら、およそ二年間のローマ生活を振り返り、まだ興奮冷めやらぬ日々を過ごしていた。

 柔らかい緊張感に包まれた喜びと感謝、恵みに次ぐ恵みの二年間。これからまた心機一転、しばらくの間たくさんのことを学びながらローマでの生活を満喫したい、と望みもし、そうなると思っていた。ところが、み旨は違った… 「できるだけ早く日本に帰ってきてほしい」というのが日本側の望みだった。

 当時、修道生活は「この世から隔離され、規則と沈黙が支配する厳しい生活」と思われていた。実際、ほとんどの修道会の生活がそうであった。「現代的」と言われる聖パウロ女子修道会とて、大きな違いはなかった。しかし、聖パウロ女子修道会は20世紀の初めに創立された比較的新しい修道会で、100%とは言えないが、ある程度、世間との接点があった。コミュニケーション手段を用いて福音を宣教したり、よい書物を普及普及するために世に出て直接人々に出会って話したりで、多少は現代の社会と足並みそろえていた。

 そんな修道会だから、現代的で、風通しの良い修道院での生活を希望する若い女性が多く入会してきた。ところが、これらの志願者を養成するための日本人の立誓者が一人もいない。だから「ローマで養成されて誓願を立てたシスターが一日でも早く欲しい」というのだ。

 誓願を立ててからおよそ2か月後、私は後ろ髪をひかれるような思いでローマを後にし、日本への帰路についた。

 「日本に帰ったら、あなたは志願者の養成担当になります」。ローマの空港まで見送ってくれた修道会の総長が、空港で私をそっと脇に呼んで、こう告げた。私は衝撃を受けた。誓願を立てたばかりの私が養成担当者に?誓願を立てて正規の会員になったとはいえ、まだホヤホヤのシスターなのに。考えるだけで気が重くなった。

 誰にも言えない大きな宿題を胸に、私は機上の人となった。東京に戻る途中で立ち寄るマニラ行きのフィリピン・エアー・ラインだった。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

2020年8月30日

・ある主任司祭の回想・迷想 ⑥「司祭とは何か」の問いに主は答える-「私に従いなさい」

 「司祭って何なのだろう」ー最近、よく考える。コロナの影響で、いつもより過去を振り返る時間があるからだろうか。

 「それが解らずに司祭になったのですか」と叱られそうだが、実はこの問いには、かなりの「深み」が伴い、「これだ」と一言では言い尽くせないものがある。教皇さまさえも、語ればきりの無いくらい語ってくださるであろうテーマだと思う。

 振り返えれば、神学生の頃は、とにかく「司祭になること」だけを考えていたような気がする。その頃は漠然としながらも、ぼんやりと「司祭職」を思い描いていた。ところが、いざ司祭になって4、5年経つと、「本当にこれでいいのか」とよく思うようになった。

 まあ、言ってみれば、そもそも自信がなかったわけで、これまで迷いながらの歩みを進めてきた。忙しい時はともかく、今の時期のように、振り返る時間があると、つい考えてしまうのだー「司祭ってなんだろう」と。

 「ミサを司式する人」、すなわち「秘跡の執行者」、聖書や教会の教えの「解説者」。主任司祭であれば、「小教区の司牧責任者」、はたまた聖書的な表現で言えば「民の長老」。どれも間違いではないはずだが、いまひとつ、しっくりこない。

 神学生の頃、先輩や同僚から、こんなことを言われた-「加藤君、駄目だね。『福音宣教』という一番大事な使命を忘れていないか」。だが、福音宣教は、司祭だけでなく、信徒を含めた教会全体が担っている使命であるはずだ… そんなふうに考えれば考えるほど、よく分からなくなる。実際、私以上にこのことを考え抜いていた先輩たちもいた。

 そうこうしているうちに、私自身の叙階の日がやってきた。その時、あることが思い浮かんだー「目の前に司教と司祭団がいる。司祭は司教の駒であり、司祭団という集団の一人なのだから、一人の司祭の立場だけでこのことを理解しようとしても、あまり意味がないのではないか」。

 あれからどれだけの年月が経ったのだろうか。物理的な年数は当然、分かっている。だが、その過ぎ去った年月の内容が、はっきり見えないように思われるのだ。実際、今でも分からないことが多い。しかし、司祭1人の立場だけで理解することはできなくても、「互いに補い合う」ことはできる。これに主眼をおいて考え続けていけば、ひょっとしたら何か分かるかも知れない… 少なくとも今はそう思えるし、そうやって前に進んで行くしかないのだろう。

 ペトロが、イエスの愛しておられた弟子を見て、イエスに「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と聞いた時、イエスはこう言われたー「私の来るときまで彼が生きていることを、私が望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、私に従いなさい」(ヨハネ福音書21章22節=聖書協会共同訳)。

 司祭職の何たるかは、あまりに深淵すぎて、私には分からない。「つべこべいわず、ついて来なさい」と主は仰せなのだろう。

2020年8月18日