・Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉕神様の確かな計らいを拠り所に、後向きで歩いてみませんか

  人生の面白い進み方(前進の仕方)を学び、合点が行き、私の視座がひっくり返った事についてお話ししましょう。実に愉快になる考え方で人生の後半戦に役立っています。 久しぶりに再読した雨宮慧神父様の「旧約聖書のこころ」。「聖書の民の知恵」からの学びです。

 存在する全ては時の流れの中にありますが、人間だけが自覚して未来を思い巡らし計画を立てる、確かに。不確実な将来、期待と希望を持って生きるしかない、ではいかに? 聖書の民は、約束を成就され導かれ「一歩一歩を備えてくださる」(箴言16章9節)神に、全幅の信頼と希望を懸けて歩んで来ました

 聖書学者の著者によるヘブライ語の聖書の時間把握の説明が実に面白くて腑に落ちるのです。 「ヘブライ人はわれわれとは異なり、過去を目の前に見て、未来を背中の側に置いている。過去の出来事は確かな事実として人の手の中にあり…未来は違う」その「過去をヘブライ人は重視する」「未来を背に、過去を目の前に生きる者は、いわば後ろ向きに歩く者だ。手を取って導く者がいなければ怖くて一歩も進めないだろう。我々の導き手は神である」と雨宮師は説明します。歩きにくい姿勢ですが、神の数々の心憎いご配慮を手に取れるようにしながら、後ろ向きで進む、私たちの歩き方とは真逆です

 「聖書の民の知恵」に導かれ、じっくり考えてみました。前方を見つめ風を切ってひたすら進んで来た過ぎし日、神様の実績が刻まれていました。取るに足らない、しかし神様に導かれた自分の人生劇が、走馬灯のように胸の内によぎり、感謝がこみ上げてきます。あちこち走り回った83年の自分の人生、特にタイ国宣教での30年の日々を思うと、小躍りしたいほど、うれしい「聖書の民の知恵」です。

 「確かめることのできる過去に目を凝らす。神の行われた技を一つ一つ思い返す時、魂は神に向き導く者の愛を見つけ出した時、未来を生きる力が出る。」(169頁)

 読者の皆さん、過ぎし日々の神様の確かな計らいを拠り所に、今日ここに在ることに新たな感謝を捧げながら、後向きで歩いてみませんか?

*引用は、雨宮慧著「旧約聖書のこころ」(女子パウロ会出版)より

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年6月1日

・「パトモスの風」 ⑫創世記の流れをゆっくり眺めてみると…

 「創世記の流れをゆっくり眺めてみるのはいいかもしれない」と思い立ち、まずは新約聖書を開きました。すると、「父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛した。私の愛にとどまりなさい」(ヨハネ福音書15章9節)という御言葉が目に飛び込んできました。「これはやっぱり創世記を見ないといけない」と思いました。

 御父は御言葉となる御子を愛され、その愛で私たちを愛してくださる。御子イエスが、「私の愛にとどまりなさい」と言われる「愛」は、イエスの名によって遣わされた聖霊のことだ。そして、イエスがこのように話された原点が創世記にあるはずだ…

 こんな気持ちで創世記を読み始めて、すぐ目に留まったのは、創世記1章と2章に見られる神を表現する言葉の違いでした。1章の初めから2章の3節までは、「神」ですが、2章の4節から終わりまで「神である主」と表現されています。

 1章では、「初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』すると光があった」(創世記1章1~3節)と書かれた初めの文脈から、父と子と聖霊の関係の中で働く「神」の姿を思い描くことができます。

 次に、「神」から「神である主」に言い換えられたその変わり目は、2章の「神である主が地と天を造られたとき、地にはまだ野の灌木もなく、野の草もまだ生えていなかった。神である主が地上に雨を降らせず、土を耕す人もいなかったからである。」(創世記2章4~5節)という箇所です。「土を耕す人」、それは、人を創造された神が、「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」(創世記1章28節)と人に命じたことが実現されるために、神が初めに設定した人の在り方でした。

 神はまず、人が従わせることになる地に仕える者となることを望まれたのです。そのために神は、人に「命の息」を吹き入れて、人が霊を持つようにされました。それは、神の似姿として創造された人が、聖霊とつながり、神との関係性の中に置かれるためでした。このとき表現されている「神である主」は、御父と御子の関係を言い表していると思われます。

 神と人との関係性におけるこの状態は、私たちがミサの中で、ご聖体を前にして、聖霊と共にミサに与っている状態とよく似ています。イエスは、この状態をミサにおいて、私たち信者に取り戻してくださったのではないでしょうか。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年6月1日

・「余白の想い」⑤ 「人に親切にする」という基本を知らずに、「愛」を説いても無駄

 このコラムで聖書の事を語るのは、少々気が引ける。何故なら、幅広く、奥深い聖書を述べるには、当方の能力を遥かに超えているからだ。だから、これから述べる事は私の私見であり、あくまで私の個人的な見解と思っていただきたい。以下は一片の文にすぎない。

 我々はこの混沌とした現実生活の中で、聖書とどの様に対峙すべきか。否、対峙と言うより、どの様に読むべきか。まあ、これは大変難しい問題だ。

 20世紀最大の神学者と言われたスイスの神学者、カール・バルトは「現実を知りたければ、新聞の三面記事を読み、それを聖書から説き起こせ」と言った。K・バルトだから言えたのであろう。

 プロテスタント教会はルターの宗教改革以来、「聖書のみ、信仰のみ、」を教会の基盤としてきたが、この「聖書のみ」はややもすれば、「聖書主義」になりはしないか、と疑問が生じる。ではカトリック教会はどうか。カトリック教会は、その是非は別にするが、「ミサ聖祭」が中心になっている。ミサ聖祭は「ミサ主義」になる可能性を内包しているだろう。「聖書主義」も「ミサ主義」も「主義」と揶揄さるのではないか。まあ、聖書主義もミサ主義も自己満足の結果であろう。では、自己満足は信仰なのか。

 こうなると、「いったい聖書の教えていることは何か」となる。これを一言で言うのはある意味で、無茶かもしれない。イエスの教えたことは「人を大切にすること」であった。これ以外にキリスト教の伝えることはないであろう。

 人を大切にすることを忘れた時、キリスト教は大きな間違いを犯すことになる。聖書主義、ミサ主義と揶揄された時、キリスト教会は大いなる反省を促されている。

 聖書の言葉が人の心に刺さり、その結果、人が大きな決意、決断をした時、その聖書の言葉は、もはや単なる言葉ではなく、それは神からの啓示となる。このことを難しく言えば、「我々の歴史と神の救済史が交叉する時」だ。それは各個人の歴史が神の救済史と交じり合う時でもある。

 先に述べた「人を大切にする」ことをもっと突き詰めると、多分、「人に親切にする」ということになる。この最も基本的なことを知らずに「愛」を説いても無駄だ。ナチス・ドイツによって命を奪われたドイツの神学者、D・ボンヘッファーの言葉に「人は良きキリスト者になるのではなく、より良い人になれ」がある。この言葉を再度思い起こすことが肝要である。

(東京教区信徒 纐纈康兵)

2026年5月31日

・「愛ある船旅への幻想曲」(64) ヨハネ福音書の「遣わす」「お与えになる」に思いを馳せる

    2026年5月、聖霊降臨の主日、三位一体の主日に読まれるヨハネによる福音には『遣わす』『お与えになる』という表現がとても印象的に使われる文脈があり、その時々の状況に思いを馳せる。

  「あなたがたに平和があるように。父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす」(20章21節)「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(3章16節)。

 この神のミッションを知らずしてイエスを理解することはできないだろう。私自身イエス・キリストをどのくらい理解しているのだろうか。多々あるイエス・キリストの本を読み漁ってきたものの、なかなか納得できず、今も不完全燃焼状態だ。ミサ中の説教者が毎週のように変わる昨今、イエスの名前さえ聞かれない主日もある。。説教者の神への思いは、イエスの人格と愛を知るために大切だと思うのだが。

 以前、ある教会のミサに与った時に、ミサ後に、その日の司祭の説教について分かち合うグループからお誘いを受けて参加させていただいたことがある。説教をなさった司祭は参加されない。新鮮な驚きであった。この時、既にシノドス的教会を司祭と信徒方が歩んでいる教会があった、と思う。

 もう一つの驚き。以前、私の所属教会で議長を務めていた信徒もそこに居て、意見を述べているではないか。彼との偶然の再会を喜び、「さすがに熱心!」「お久しぶり」とエールの交換。社会でリーダーとして、人間関係を試行錯誤しながらまともに生きている信徒と教会の絆は大事だ。外に向かう教会を目指すのなら、必要不可欠だろう。その後、コーヒーショップでの互いの近況報告と分かち合い?に花が咲いた。教会への思いが「熱心」な二人の会話に久しぶりに充実感を覚えた。もっとも、彼との偶然の出会いは、これが初めてではない。。

 私は今の世の『人間イエス』を知りたい。この世を人間イエスは、どのように思い、生きるのだろうか。教会についてどのように感じ、どのような立ち位置をとるのだろうか。興味津々である。

 「自らと過去に閉じこもった教会、習慣や行動に関する些細な規則だけに目を向ける教会は、自らの本来の姿に背く教会です」(教皇フランシスコの21回目の一般謁見講話「使徒的教会」より)

(西の憂うるパヴァーヌ)

2026年5月31日

・「神様がくれた贈り物」㉞「宗教は怪しいものではない。人として生きる上での指針だ」と「信仰はない」と言う人に伝えたい

 ある国の障害者施設が、近代的で便利なものに建て替えられたらしい、という話を聞いた。私たちは、そのおしゃれな外観や内装を思い描いて、憧れの眼差しを向けていた。

 その時、「たしか、宗教が関わっているよね…」と声を落として言った人がいた。確かに、その施設の改修の費用の内訳には、キリスト教の団体の寄付があった。けれども、偏見がにじみ出るようなその言い方に、私の胸がぐっと詰まるような気持ちになった。

***

 日本では、まだまだ「宗教は、怪しいものだ」と見られたり、「宗教を信じる人は、危険な思想を持つ」という思い込みが強いようだ。だが、海外ではその印象は真逆である。それを目の当たりにした経験がある。

 まだ洗礼を受けることすら頭になかった頃のことだ。カナダ人の友人が、日本での仕事を終え、帰国することになった。その前に、私たちはお別れの挨拶をしたくて、一緒に喫茶店へ行き、和風のパフェを食べた。その時に、彼女は初めて自分の信仰について話してくれた。「バハイ教に出逢い、自分らしく生きられるようになりました」と目をキラキラさせた。自分の信仰について語ってくれたことに、私の心の深いところが、じんわり温かくなった。

 「ところで、マイが信じる神は?」と質問されたので、私は「信仰はない」とごく自然に答えた。すると、彼女は驚いて、「…really(本当に)?」と私に聞き直した。その予想外の反応に、私は、ポカンとしてしまった。何が起きたのか、分からなかった。 

 それから何年かたって、高校や大学で、なぜあの時、彼女が驚いたのか理由が分かってきた。英語の授業中、教授が次のように話されたのだ。

 「外国で、自分の信仰を尋ねられた時、『自分は無宗教だ』と答えるのは、あまりおすすめしません。なぜなら、彼らにとって、それぞれの信仰は、道徳的な行動をとるための指針のようなものです。それがない、ということは、サイコパスのように、残忍で、残酷な行動を平気でする人間、とになる。しかも、自分からそれを宣言する人だ。そう思われたら、怖いですよね」。やっと腑に落ち、すっきりした気持ちになったことを、今でも覚えている。

***

 日本の「信仰はない」と言う人たちには、「宗教をむやみに怖がらないで」と願ってしまう。けれども、誰にとっても、分からないものは怖い。私だって、初めて教会を訪れた日は、ものすごく緊張したし、中に入るのをためらう瞬間があった。今は、自分の前に、教会に興味をもった人が現れたら、その瞬間の自分を思い出しながら、言葉を紡ぎ、向かい合いたい。

(東京教区信徒・三品麻衣)

2026年5月30日

・「カトリック精神を広める」 ㉚勧めたい本紹介・13 竹内均著「驚くべき旧約聖書の真実」(同文書院)

 今回お勧めしたい本は、竹内均著「驚くべき旧約聖書の真実」(同文書院、1991年3月15日初版)だ。

 地球物理学者の故竹内均(たけうちひとし)氏は、旺文社の「傾向と対策」で物理を執筆、「受験の神様」とも言われた。東京大学退職後は、科学雑誌「Newton」を創刊、自ら編集長を務め、科学の普及に尽力された。その彼が71歳の時に執筆したのが本書だ。

 カトリック教徒ではないが、「日本の古事記と同様、エデンの園やノアの洪水、ソドムとゴモラなどの旧約聖書の物語は、単なる物語ではなく、歴史的真実であったことは疑いようがない」とされ、旧約聖書の物語が、いかにして真実の出来事を記しているのかを、地球物理学から見て解き明かしており、実に興味深い。

 その主張を一つだけ挙げよう。旧約聖書の出エジプト記14章には、モーセ率いるイスラエル人が、追っ手のエジプト軍が迫る中、モーセが手を上げると海が二つに分かれて陸地が現れ、イスラエル人が対岸に渡りきり終えたあと、再びモーセが手を下に下げると、海が元に戻り、追ってきたエジプト軍が海に飲み込まれるシーンが記述されている。

 海が二つに分かれることなど、有り得たのか。竹内氏いわく、「有り得た」と。紀元前1600年頃、巨大な「ミノア噴火」でギリシャ本土から南東にあるサントリーニ島の大部分が崩壊して陥没、現在の三日月型カルデラが形成されたが、この陥没に紅海の海が引き込まれたことで、紅海で海が二つに分かれ、陸地が生じることがありえた。そうして引きこまれた海水が反動で元に戻れば、エジプト軍が海に飲み込まれ、海の藻屑と消えたことは実際に有り得る、と言うのだ。

 海がカルデラの穴に引き込まれ、イスラエル人が海を渡りきった途端に、勢い余った海が元に戻り、追ってきたエジプト軍がその海に飲み込まれる、そのちょうど良いタイミングを、神が取り計らっておられたと、筆者は考える。

 横浜教区信徒 森川海守(もりかわ・うみまもる)(https://note.com/mamoru_umi/n/n738ffcb2238f)

2026年5月30日

(投稿)ハンセン病の方々の苦しみ、人権、差別を深く知る機会となったーカトリック小金井教会有志の春の巡礼

  東京のカトリック小金井教会では信徒有志の実行委員会により、1999年5月からコロナの大感染の期間などを除いてほぼ毎春、都内や長崎、山口などへ50人規模の巡礼を続けている。今年の春の巡礼は「国立ハンセン病資料館と全生園―人権、差別を考える」をテーマに、5月12日、主任司祭同行で48名が参加して行われた。

 

 小金井教会を二台のマイクロバスで出発し、最初に、東京・東村山市のハンセン病から回復された方々がお住まいになっている多磨全生園に隣接する資料館に向かった。「患者・元患者とその家族の名誉回復を図るために、ハンセン病問題に関する正しい知識の普及啓発による偏見・差別の解消」を目指す同館では、まず1階にある映像室で全生園入所者の平沢保治氏(2026年3月に99歳になられた)の証言のビデオを見た。彼は、「1年で病気が治る」と言われて、全生園に14才で入所。偽名を名乗ることを要求され驚いたという日常生活の体験から話が始まり、やがてハンセン病患者の人権について戦い、そして現在は啓発活動に注力されているところでビデオは終わった。

 「怨念を怨念で返せば未来はない。『赦す心』にこそ明日がある。」という彼のメッセージから80年以上全生園内で過ごされてきた彼の存在の重みを感じた。2階にはハンセン病の歴史、全生園やその他の療養所の生活の展示物が設置されている。講演直後のこともあり入所者の思いを想像しながら理解を深めることができた。

 

 昼食後、学芸員の案内で資料館を出発し、園内見学がスタート。火葬場跡(看取りを含む葬儀の作業はすべて患者作業であった。)を経由して、納骨堂へ。物故者数は4298人、そこに安置されているのは2743柱(約6割)である。故郷に帰れなかった人が多いことがわかる。そして、納骨堂に書かれている「倶会一処」(死んで阿弥陀仏の極楽浄土で共に会う、という意味)からは、家族から離れて苦楽を共にしてきた全生園の人々の強い願いが感じられた。

 

 そこから「尊厳回復の碑」(生後すぐに命を奪われた新生児を供養)を通過して、盲動線・盲動鈴の説明を聞きながら広い通りへと歩く。

 次は復元された「山吹舎」(大工である患者によって建設された独身男性用4部屋の長屋)である。およそ十二畳の広さの和室に多いときは八人が同居していたという。

 実際に和室に座ってみると、なんとなく入居者の生活の一部に触れたような気がした。玄関前の大きな石畳の小道も患者作業によるという。ここで学芸員の説明は終了した。

 

 この後、宗教地区にあるカトリック秋津教会の分教会(全生園)で野口師(カトリック秋津教会)とディン師(カトリック小金井教会)の共同司式によりミサが捧げられた。一人一人が今日の巡礼を思い起こし、二度とこのような偏見や差別が繰り返されないようにと願いつつ、「主の平和」の挨拶を交わしたのではないだろうかと思う。

 ディン師は秋津教会の主任司祭として2002年3月31日の復活祭のミサを全生園分教会で捧げ、秋津教会の信徒(100人以上)も参加している。これは全生園のカトリック愛徳会の71年の歴史で初めてのことであり、二つの教会の信徒たちの喜びはいかばかりであったろうかと想像した。現在秋津教会の信徒会館内に全生園カトリック愛徳会の資料や典礼部品の一部が保管されている。ミサ後、全生園の看護学校で学んだ聖ヨハネ会シスター星村の貴重なお話があった。車椅子の対応も万全で全員が無事教会に戻り、「巡礼終わりの祈り」を唱えて巡礼が終了した。

 

 参加者のうち60才代から80才代までが91.5%を占める。信徒の高齢化が進んでいることを示しているが、それはともかく、巡礼後のアンケートによれば、この年代の人たちにでさえ、ハンセン病についてあまりよく知られていなかったことを知るとともに、今回の巡礼で、患者となられた方の苦しみ、辛さ、そして生への願望を少しでも知ることができ、人権や差別について考える機会がもてたことを、実行委員も、参加者たちも、心から感謝する一日となった。

(カトリック小金井教会信徒 Maria Francesca)

2026年5月28日

(投稿)財政赤字に窮したカトリック鹿児島教区が取った、あまりにも”反シノドス的”な「いきなりの献金増額要請」

 

 鹿児島教区が教区財政支援の名目で献金の増額を始めている。信徒の意見を聞くこともなく、3月に突然、「教区財政支援献金」要請文書(以下「献金要請文書」と略す)なるものが発表されたのだ。教区内では、対応がまちまちで信徒間でも意見が分かれている。一番の問題は信徒の意見を聞かずに、一方的に決めたことにある。シノドス(共働性)の道を共に歩くことに無関心な教区における「反シノドス的」手法だ。

 もっとも、これは鹿児島教区に限ったことではないのではないか。信徒も司祭も、司教も教皇も共に歩む教会を目指すシノドスの道を、”霊における対話”の”シノドス流”にすり替え、司祭・信徒の高齢化、減少、若者たちの教会離れなど緊急の問題を司教、司祭、信徒が皆で率直に話し合い、具体策に力を合わせて取り組むことをしない日本の教会、司教団に共通した現象かもしれない。

 「献金要請文書」は、教区報5月号にその詳細が5つの項目に分けて掲載され、一般信徒に広く知られることになったのだが、まず、唐突に出されたこの文書の真意が理解しかねる。昨年の「教区評議会」で教区会計の赤字が問題となったが、それ以後、原因分析や具体的対応についてどのような協議がなされてきたのか、経緯の説明がなされていない。

 第1項に、「情報開示が遅くなり… 司教として責任を感じる」とあるが、本当に責任を感じているのであれば、「経済問題評議会」、「司祭会議」等における議事録の公表など、説明責任を果たすべきだろう。どのような協議がなされ、今回の信徒の教会維持費など献金の増額という結論に至ったのか。維持費納入の当事者である信徒の意見はどのように反映されているのかを明らかにすべきでではないか。

 この文書の宛先は「鹿児島司教区の皆様」となっている。「皆様」であれば、司祭、修道者、、信徒全員を含むことになるが、文書の内容は、維持費負担者である信徒に対する献金増額の要請である。そうであるなら、あて先は「鹿児島教区の信徒の皆様」にすべきだ。

 また、「赤字額が過去最高の2000万円台」(第1項)とあり、直近5年間の教区の赤字額が一覧表で示されているが、収入・支出それぞれの中身の分析がない。当たり前のことだが、赤字は収入よりも支出が多いことから生じるものである。そうであるなら収入の減少と支出の増加の両面からの分析が必要だ。昨年の「教区評議会」の資料も支出についての精査はされていない。無駄な支出がなかったかどうか、出費を抑えるための努力がされてきたのか、全く不明だ。

 「維持費納入者の継続的減少」(第2項)とあるが、毎年行なっている教区現勢調査で、信徒数について実態調査が行なわれているのか。宗教法人法に基づく信徒名簿が作成されているのかどうか。信徒数に占める維持費納入者が少ない現実をどのように分析しているのか。

 これらの調査・分析を行なわず「維持費納入者の継続的減少」と安易に言うべきではない。維持費納入者が少ない現状の根本的原因を、これまで教区全体で真剣に議論したことがあるだろうか。他教区の中には、「維持費改善プロジェクトチーム」を作って恒常的にこの問題に取り組んでいる教区もある。筆者は、教区が本来の使命である「福音宣教」を怠っていることに最大の原因であると考えているのだが。

 「教会において人件費は・・・「典礼」を支えるために欠くことのできない支出である」(第2項)と書いてある。あたかも典礼が教会の存在理由とも読める。典礼のためだけの教会であれば、支出は抑えられるはずである。しかし、その直後には「教会の存在理由である宣教司牧活動が滞る」とも書いてある。

 「教区が宣教活動をしている」と見ている信徒がどれほどいるだろうか。教区が懸命に福音宣教に取り組んだ結果、教区会計が赤字になったのであれば、信徒も何とかしようと思うはずである。残念ながらそうでないからこそ維持費納入者が減っているのだ。

この文書の第2項の終わりに、第二バチカン公会議公文書の引用がある。「教会生活の頂点であり源泉である典礼」(「教会憲章」10項)」とあるが、これは「典礼憲章」10項の誤りである。その程度の認識なのだろう。今回の献金や財政問題に関して第二バチカン公会議文書を引用するのであれば、「現代世界憲章」69項、「信徒使徒職に関する教令」8項が適切だと思う(岡田武夫『福音の喜びを伝えるために』女子パウロ会参照)

 第3項に「教区財政支援献金のお願い」が書いてある。そこに「納入者増のためのご協力をお願いします」とある。これについて司教自身の具体的指針は明らかでない。「自分は文書を出し、後は小教区の主任司祭に委ね、納入は各信徒の判断にお任せ」ということなのだろうか。このようなやり方は教区指導者として適切ではないだろう。

第4項で「一口1000円として、毎月の維持費とともに小教区に納入する(複口数の納入も可とする)」といきなり”事実上の強制”とも受け取られかねない具体的な数字が出て来る。仮に毎月3000円維持費を納入していた信者は、1000円上乗せして毎月4000円納入することになる。物価高で生活が苦しい中での出費は痛手だ。維持費納入者の大半は、年金生活者である。毎月6~7万円の年金から1000円の増額献金はかなりの負担になるはずだ。

 司教は信徒の生活状況をどのように理解しているのだろうか。カトリック教会には確かに生活に余裕のある信徒もいるだろう。しかし、「貧しい人々に対する配慮と注意が教会の中でもっとはっきり存在すること」(教皇レオ14世『私はあなたを愛している』第三章参照)を思い起こしてもらいたい。

今回の献金要請文書では、献金増額をいつから始めて、いつまで続けるのかが、一切書かれていない。通常の要請文書では、通知をしてから一定期間経過した後に実施するものである。文書の受取人(信徒)が趣旨(教区財政支援の目的)を理解して、全員(全教区民)に周知する必要があるからだ。

 3月末に突然、文書を発表し、4月から献金増額を開始するということであれば、常識外だ。社会通念上、ありえない。終期のない献金増額も異様である。教区財政再建の見通しも示さずにこのような行為はまともな企業、団体ならとても通らない。

 また、”特別献金”名目での増額であれば、無記名での納入にすべきである。記名の納入を原則とすれば、教会内での「差別化」が生じることが懸念される。増額に応じられない信徒、納入口数が少ない信徒に肩身の狭い思いをさせる方法は取るべきでない。

 第5項に「教区司教・教区本部としても引き続き… 収入と支出の一つひとつについて注意深く精査してまいります」とある。本当に精査する意思があれば、これまでの年度会計報告について精査したものを全教区民に公表すべきだろう。文書の最後にある「鹿児島の地における福音宣教の維持のため」(第5項)という文言が空虚に聞こえる。

 今回のような文書を拙速に出し、いたずらに献金の増額を信徒に”強制”することより、今、取り組むべき課題は、教会刷新のために世界代表司教会議(シノドス)第16回定例総会の最終文書の実践に、司教、司祭、信徒が手を取り合って、共に取り組むことだ。

 教皇フランシスコが始められた”シノドスの道”を引き継がれたレオ14世は、2028年の世界教会会議を目指して、この最終文書をもとに、世界の小教区から、教区、国、地域のレベルに上げて行く形で、歩みを進めて行くよう求めておられる。この歩みの中で、教区財政の現状と課題について分かち合い、具体的な財政再建の方策と司教、司祭、信徒が一体となって作り上げ、実施していくことこそ、正道ではないか。

(日本の教会と鹿児島教区の前途を憂うる一信徒)

2026年5月18日

・Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉔ 今でも水道水が苦手な自分、そして「水」に関わるタイの生活文化

  すっかり身に付いた習慣で、日本に帰って2年にもなるのに、日本人なら普通のことをしようとして、躊躇してしまうことがあります。それは水道水を飲むことです。どんなに喉が乾いていても、蛇口から出て来た水を飲めない自分…。タイとフィリピンを往復しながら過ごした30年の徹底した習慣に驚いています。「飲んでも大丈夫」と言い聞かせて飲む次第です。

 タイで「水」と言えば、縦横に走る大河や運河があり、人々の生活文化と経済発展に大いに影響して来ました。タイの人々の水との親しみに触れ、水への意識と感性が豊かになったように思います。

 「นำ้(ナム)」( 水)という言葉を付けて、「心優しい良い人」を指し、「浄化と敬意」、「幸運を祈る」意味に使われています。

 仏像に水を注ぎ、心身が清められ、年長者の手に水を注いで敬い、厄を払い魂の浄化や煩脳を洗い流すなどの儀式もあり、金や銀の器に花びらを浮かべた水を用意し、小さな容器に掬って相手の手に注ぐのです。

 弔いの時、納棺の前に亡くなった人の右手に水を注ぎ、故人に赦しを乞い、安らかな永眠を願う儀式を初めて見た時、親しみと絆を感じました。

 婚約や結婚の儀式にも花びらを浮かべた水注ぎの儀式があり、祝福と感謝、喜びを表します。

 タイ正月(4月13~15 日)は暑い最中に祝われ、「水かけ祭り」とも言われます。水を注ぎ合い、水をかけ合って悪いものを流し、清らかな新年を迎えるのです。そう言えば、お向かいの聖ミカエル教会でイタリア人の神父様に思いっきり水をかけられ、びしょ濡れになったことがありました。大人も子供の様に水遊びをして、正月のお祭りを楽しむのです。

 10~11月の満月の夜に行われる水の祭典、ローイクラトン(ลอยกระทง)という灯籠流しもまた、水への感謝と粗末にしたお詫びをする美しい祭典です。11月の満月の頃、線香とローソクを灯し、バナナの葉や花で飾った灯籠を川に流し、感謝と希望を捧げ、罪や穢れ不運を流す祭りです。今年は11月22日の満月の日、気候も観光に適した凌ぎやすい時節です。

 アニミズム(精霊信仰)と仏教の浄化思想に深く影響された、「水に宿る強力な命の霊」への人々の信奉、大切なことだなぁ、と思います。

 日本の神学生や大学生を伴い、十数年間、毎年の様にタイ北部の山岳民の村に入り、体験学習や教会造りの手伝いをしていました。電気も電話もない別世界、夜空には満点の星、清らかな美味しい水がありました。湧き水を手で掬って飲んだ味わいは忘れられません。北タイの山岳地帯の水は、非常に良質であるとの調査結果も出ています。

 「命の水」と言えば、お茶を立てる時、先ず水窯(かめ)を少し低めに抱えて茶室に入ります。「水窯は、命の水である救い主イエス様を宿した聖母マリア様だから、大切に抱えるのよ。茶席で一番大切、先ず水窯を携えて挨拶して始めるの」とは、茶道とキリスト教との深い関わりを探りながら茶道教授をしていた母の水窯の教え。

 「水を掬(すく)う」-救いの命の水を両の手で掬い、満たされて生きる習慣、コラムを書いている今日、改めてこだわる覚悟です。

 「イエスは言われた。『私は…命である』」(ヨハネ福音書14章6節)

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年5月13日

・「パトモスの風」 ⑪AIが人間の知識を凌駕しようとする時代だからこそ…

 私は、アッシジの聖フランシスコに深い影響を与えたサン・ダミアーノの十字架のイメージから、ヨハネ福音書が、新約の司祭職を中心テーマとして書かれたのではないか、と考えました。そして、その考
えを追ってみようと思い、すぐヨハネ福音書に入ってみました。

 ところがヨハネ福音書は、その冒頭から、創世記の1章を指し示していました。それですぐ試行錯誤を繰り返し、ご意見もいただくことができました。そうしてみると、創世記の流れをゆっくり眺めてみるのはいいかもしれない、と気づきました。それが近道かもしれない、と思うようになったからです。

 神は、森羅万象を完成され、そのすべての業を終えて7日目に休まれ、その日を聖別されました。人は、神が聖別されたその日を、神と共に祝うために創造されたのです。私たちはそれを、神が人となられ
、イエス・キリストとして地上に来られたことで、知ることができました。さらにイエスは、神が天の父であることを教えてくださいました。

 神の独り子であるイエスは、「自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる権能を与えた」(ヨハネ福音書1章12節)と書かれています。神は、人と、父と子の関係の中で、共に聖別された日を祝うことを望まれたのだと思います。そして、「権能を与えた」イエスは、人が神の子となるための具体的な養成を、弟子たちに授けていかれました。

 神の似姿に創造された人にどのような特徴があったのか、具体的には分かりませんが、イエスが、「神は霊である」(ヨハネ福音書4章24節)ということを知らせてくださったので、人が授かった神との類
似性が霊にある、ということが分かります。でもそれは、人がずいぶん昔から感じていたことなのではないかと思います。一方で、たとえば自由意志といったテーマがあるように、神の似姿にするために人
に霊を授けることに、リスクがあったのかもしれない、ということも考えられるようになりました。

 私たちは、AIの出現によって、そのリスクを身近に感じています。AIはあっという間に人間の知識を凌駕しようとしています。何より人々が困っているのは、AIは自己学習しつつたくさんの問題に解を与え
ながら、短時間で最適化された結論を導き出すのですが、その結論に至った道筋が、人には全く見えないことです。

 そんな状況の只中でも、利益のためにどんどん実用化され売り出される商品があって、それで世界経済が回ってしまう。社会がまるで危険な実験室のようになっているのを、多くの専門家が危惧しているのです。さらには、自分の利益や欲望を遂げるために、その成果を悪用する人まで出ている、という現実が続いています。

 イエスを受け入れ、その名を信じる私たちは、このような環境でこそ、「神の子となる権能」を与えられたことに信頼して、神の子となるための道を行きたいのです。その道は、「私は道であり、真理であ
り、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない」(ヨハネ福音書14章6節)と言われたイエスが残されたものでなければなりません。とにかく前進して行きたいと思います。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年5月1日

・「余白の想い」④啓蒙思想、産業革命とカトリック教会、そして今は…

 18~19世紀後半にわたり、例えば、イギリスにおきた産業革命は、工業化の著しい発展により時の産業・経済に大きな影響を与えた。この近代化とも言える啓蒙思想・産業革命は、次第に全世界に広がり始めた。啓蒙思想及び産業革命は以前の時代とは異なり、所謂、パラダイム乃至はフェイズが新しくなり、時代が新しい段階、又は、新しい時に突入した事を意味した。こうした状況下で教会はどのような姿勢を保ったのであろうか。

 ヨーロッパのプロテスタント教会の伝統的な教えでは、この近代化を乗り越えることは不可能、と思われた。だが、こうした時代的背景のもと、19世紀後半から20世紀にかけて、プロテスタント教会には近代化を乗り越えるべく、数多くの神学者が表れた。


では、当時のカトリック教会はどうだったのであろうか?カトリック教会はプロテスタント教会とは全く異なる方向に向かった。
それは教会が新たな「教理信条」を発令したことにある。

 ①教皇ピオ9世、1854年、マリアの「無原罪の御宿り」が教義として公認

 ②教皇ピオ9世、1870年、第1バチカン公会議、「教皇不可謬説」を決議

 ③教皇ピオ12世、1950年、「マリアの被昇天」を公布

 上記の「教理信条」等は、ハンス・キュンクによれば、充分な討論、協議を経ることなしに決定された、と明言されている。そこには「神学者」はもとより、「見聞豊かな学者」さえ隣席していなかった、とのことだ。そして…

 ①「マリアの無原罪の御宿リ」は、イギリスの枢機卿ジョン・ヘンリー・ニューマンに「贅沢な教義」と皮肉を込めて注釈された。

 ②「教皇不可謬説」に関して、ドイツ、フランス、ハンガリー、アメリカ等の枢機卿たちは「協議するに値しない」と、それぞれの国に帰国した。時の教皇ピオ9世は、イタリア、スペインの高位聖職者をできるだけ多く集め「不可謬説」を決議した。

 ➂ 「マリアの被昇天」は教皇ピオ12世と数名の高位聖職者によって決定された。

 これら三つの「教理信条」の根拠を聖書から積極的に見出すことは、ほとんど不可能である。ただし、超保守的なバチカン寄りの聖書学者の見解は判断できない。

 最後に、こうした硬直した教義が、近代ヨーロッパの想念を超えていた、とはとても思えない、と付け加えておく。なおカトリック教会は、トレント公会議(1545~63年)で、聖書と聖伝を教理の根拠にした。

 *参考文献:H・キュンク著、福田誠二訳「キリスト教、本質と歴史」教文館、694~706頁、参照。

(東京教区信徒 纐纈康兵)

2026年4月30日

・「愛ある船旅への幻想曲」(63) 欧州のカトリックの友人たちとの対話で知る教会の昔と今、そして”時代錯誤”の日本の一部聖職者

  今年も、日本では、ゴールデンウィークが終われば各学校も職場も落ち着き、新年度の本格的なスタートが切られることだろう。教会も然りであろう。

 私の孫二人も高校と大学に入学した。この二人は各々、入学式前から新しい環境に入り、新しい友を得たようだ。自分で見極めながら良き環境の中、かけがえのない青春時代を送って欲しい。大学三年生の孫は日々課題に追われ、休日はひたすら寝ているようだ。彼は、二人の弟の生活を羨ましげにしながらも、マイペースである。まさしく三者三様の学生生活だ。そして、これがごく普通の日本の若者の姿、と納得する私である。

 「フランスやアメリカでは、若者のカトリック信者が増えている」との記事を見た。母国から日本に帰って来たフランス人の友人からも、その記事が正しいことを確認できた。

 以前、「フランスの教会が変わってしまった」と嘆いていた彼だが、今は熱心なカトリック信徒として、この現状に喜んでいるようだ。彼と私の教会への思いは全く同じだが、信仰の姿勢は違う。私には経験することができない、できなかった「生まれ持ってのカトリックの信仰心」を持つ彼から得る知識は、新鮮だ。穏やかに正論を語る彼に、真のカトリック信者の姿を見る。

 ポルトガルから日本に帰って来たポルトガル人の友人とも、「教会」について話し合った。彼女と私の教会への思い、そして信仰の姿勢は全く同じだ。もちろん、彼女は生まれてすぐの信者である。「昔と今の状態は違う」と彼女は言う。自分の考えを論理的に語り、決して感情に流されることのない強い女性の姿である。昔は、彼女の国でも、信徒は義務的に教会に行き、意見など言える状態ではなかったことを改めて知る。

 それぞれの信仰だ。国、男女の違いは今も、カトリック教会では大きな課題である。ただ、私にとっては欧州の友達との教会についての話は、日本人信徒よりスムーズに分かち合える。成人洗礼の日本人の私が知らないカトリック国の過去の教会事情を知り、今も変わらぬ一部の日本の聖職者に見る振る舞いに、改めて時代錯誤を感じる。

 何事も経験者の正直な話を聞く事が必要だ。そして、今の社会から取り残されない感覚を持つことが、宗教にも必要だろう。「神の思い、イエスの真実は何か?」—永遠の課題である。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2026年4月30日

・「カトリック精神を広める」㉙ 勧めたい本紹介・12 「ヨハネの黙示録を読む」(今道瑤子著)

 今回紹介したい本は、「ヨハネの黙示録を読む」(今道瑤子著、女子パウロ会、2000年4月1日初版)だ。

 今道氏は、聖パウロ女子修道会のシスターで、ローマ・グレゴリアン大学神学部を卒業、教皇庁ローマ聖書研究所聖書学修士課程卒業の俊才である。ギリシア語本文から、研究しては黙想し、また原文を研究しては黙想しを繰り返して数十年かけた労作である。

 黙示録の著者は、一般には、使徒聖ヨハネとされているが、現在では、そうではないというのが大方の学者の意見という。では誰か、本文を読んでいただくとして、ヨハネ黙示録は、新・旧約聖書の中で最も新しい書物で、一般会衆に向けて読んでもらうことを前提に書かれており、随所に出てくるシンボルやイメージは、この時代の迫害の中にあった人々には自明なことであった、という。

 しかし、今の我々には「世間一般では恐怖の終末到来を告げる謎めいた書」として受けとられている。その理由としては、「ハルマゲドン」や「七つのラッパ」、「ほふられた子羊」といったシンボルやイメージが多々使われているからだ。中でも「神の子羊」という言葉がどのようにして生まれて定着していったのか、の考察は面白かった。

 読者は、この本を読むことで、黙示録が読みやすくなり、「神からの光に照らされて現実を見つめ、歴史を導く神のみ手に自分を委ねて、神と兄弟に開かれた態度で与えられた命を生きるために、大いに助けとなる書物」であることを理解することができる、と氏は述べている。

(横浜教区信徒 森川海守=もりかわうみまもる=X:https://x.com/UMImamoruken

2026年4月29日

・「神様がくれた贈り物」㉝それぞれのコミュニティの一致を願って、「結び目を解く聖母マリア」への祈り

 『マリアへの祈り』(女子パウロ会刊)という本を買った。深い紺色で、手のひらくらいのサイズなので、持ち運びにも便利だ。マリア様への祈りがこんなにもたくさんあることに驚いたし、私が生まれる遥か昔からマリア様に取り次ぎを願ってきた人たちの思いを感じた。

 最近の私は、毎晩、この本からいくつかの祈りを選んで、唱えてから床につくようになった。その中で、変わらずに毎回唱えている祈りがある。それが、タイトルにもある『結び目を解く聖母マリアへの祈り』だ。

***

 人が集まるところには、喜びや癒しと同じくらい、さまざまなすれ違いや誤解が生まれる。何を大切にしたいか?は同じだとしても、そこに向かうためのルートやプロセスが真っ向から対立することもある。

 たとえば、感染症が広がった後、「オンライン会議やチャットなどでのやり取りの方が、便利で効率的だ」という理由で、対面での会議や申し送りがほとんどなくなった職場を知っている。確かにいろんな事がスピード感を持って進むようになったが、情報のやり取りしかできず、感情のやり取りがなくなった。チームはそれぞれ自分のやりたいことを熱心にやるようになったが、気持ちや方向性がずれることが増えた。職場環境を改善したい思いは、みな同じだったので、だからこそ、切なかった。

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 「昨年当たり前だったことが、今年はもう当たり前ではない」という時代の変化に、頭も心も、ついていくので精一杯である。時代に合わせた変化を余儀なくされる時、一時的な対立や分裂は避けられないのかもしれない。その渦中にいる時は、胸が締め付けられるような思いだ。みんながそれぞれ「このコミュニティを良くしたい!」と思っているからこそ、複雑な気持ちになる。

 ただ、「それだけ強い感情が起きるのは、コミュニティを愛する気持ちが深いということだ」と、私は感じる。

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 だから、私は今晩も、マリア様に取り次ぎを祈る。「マリア様、どうか、私たちの絡まった糸をほぐしてください、そして、一致できるようお祈りください」。

(カトリック東京教区信徒・三品麻衣)

2026年4月29日

・Sr.阿部の『乃木坂の修道院から』㉓「体だけでなく、魂にも、土壇場で湧き出す力が与えられている」

 人間、苦境で嘆き始めると落ち込んで行きますが、「さて、ここをどう乗り切るか」の心境に切り替えると、創意工夫が生まれ、生気が湧いて来るから不思議ですね。長い私の巡礼人生、岐路に立っては、内から新たに奮起させられ、創造主が込めて下さった不思議な力に導かれて今日まで歩んで来ました。

 窮地に立ち、万事休すの状況に追い詰められると湧いて来るエネルギーがあるのだそうです。

 以前 茶碗が持ち上げられなくなり左手首に支障を来した時、カイロプラクティックの鍼治療院に通ったことがありました。「ちょっと通ったら治る」と軽く考えていましたが、長い間の使い過ぎが祟ったようで 、1年近く治療が続きました。

 その間、治療院の奥で鍼のベテラン老先生が患者さんに話しているのを耳にしました。「ツボに命中させられる、まだ腕は大丈夫だ。人間の体の経穴(ツボ)に鍼を刺すとモルヒネを出し、治癒するんですよ」と。自然に備わった鎮痛物質が治癒する、体というのは凄いものだ、と感動してしまいました。

 同じように、魂にも土壇場で湧く力が備えられていて、追い込まれ極限の境地で発揮するエネルギーがある。逃げていては、宝の持ち腐れ、奥深くに秘められた才能は埋れたままになってしまう。もったいないことです。

 そんな確信がいつも胸のうちにあって、自分にも他人にも過干渉、過保護にならないように自戒して生きて来ました。

   思い返せば、自分でもびっくりするような閃きの発揮に驚く事が多い人生でした。50 歳までの宣教に走り回った人生、その後のタイ国に派遣されてからの30年は、本当にAmazing Grace 、「えぇっ」と驚く仕事をやって来ている、創造主に賛美と感謝あるのみです。

 タイに派遣され、生活習慣も文化も違う姉妹たちと共に生きる中で、姉妹が苦しんでいる時、声をかけ、寄り添う衝動に駆られる事がありました。そっと祈りで見守るのは、なかなか難しいのですが、苦しみのるつぼの中で呻吟する姉妹を、一線を越えず、じっとそばに居て、神の導きを信じて待つことがありました。それは神様と人間に秘められた力を信じ、姉妹への敬愛の体験でした。神様と私だけの秘密ですが、人間同士が密に生きる環境の中で役立つかもしれませんね。

 復活祭、人類の罪を負い、十字架の死をもって贖われたイエス、重い石が取り除けられて、命の勝利を祝う復活の秘義を新たな感動で味わいました。

 私たちの魂に宿された命の種が成長し、日々創造のみ業に与る人生を生きて行きましょう。「Amen Alleluia !」と口ずさみながら。

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

 

2026年4月7日