・「ナイジェリアのキリスト教徒は『改宗するか、殺されるか』の選択に直面、最近3か月だけで2500人以上殺害」と調査報告書

(2026.7.9  Crux  Africa Correspondent  Ngala Killian Chimtom)

     このほど発表された「 International Society for Civil Liberties and the Rule of Law(Intersociety)」の2026年上半期報告書によると、今年わずか180日間で、ナイジェリアでは少なくとも2550人のキリスト教徒が殺害された。2800の拉致事件が起こり、300の教会が破壊され、イスラム教に強制改宗されたキリスト教徒も800人に上るという。

 

 

*女性や子供たちが洗脳され、改宗を強要されている

 

*アフリカに広く分布するフラニ族のジハーディストによる”反キリスト教十字軍”

 

*政府は数千人のキリスト教徒が虐殺されても何もせず、隠蔽

 

*キリスト教指導者たちの大部分は、

(政府と手を組み、虚偽の主張を広めるだけだ

 

*加害者の責任を問う手段はまだ残されている

 

2026年7月12日

・「ヨルダン川西岸地区のキリスト教徒の村が、イスラエル人入植者によって生活を脅かされている」教区司祭が理解と支援を訴え

Israeli settlers set fire to fields surrounding TaybehIsraeli settlers set fire to fields surrounding Taybeh  (AFP or licensors)
(2026.7.7  Vatican News   Beatrice Guarrera)

  ヨルダン川西岸地区で唯一の全員がキリスト教徒のパレスチナ人の村タイベが、イスラエル人入植者の前哨基地建設による生活破壊の危険にさらされており、教区司祭のバシャール・ファワドレ神父は「信徒住民にとってかつてない脅威。聖地を守るためには、言葉だけではなく、具体的な行動が必要」と訴えている。

 ここ数か月、タイベ村には、イスラエル人たちによる暴力行為が繰り返されていたが、住民や地元の監視団体によると、イスラエル人入植者たちは、村が所有する山岳地帯であるジャバル・アル・マシス地区で、違法とみられる前哨基地の建設を開始した。このまま進められれば、住民の家からわずか数メートルの場所に入植者の前哨基地が設置される可能性があり、住民たちは不安をさらに高めている。

 ファワドレ神父によれば、村の各家庭は絶え間ない威嚇の下で生活することを恐れており、農民たちは村の東部にある畑や養鶏場へ行けなくなることを懸念している。

 神父は、「このような入植者の動きは、武力によって、新たな既成事実を押し付け、タイベの住民に土地を離れるよう圧力をかけることが目的です… 前哨基地の設置は、多くの場合、恒久的な入植地建設の先駆けをなすものであり、地域住民は不安感をいっそう強めています」と語る。

 この村は、オスロ合意に基づく「エリアB」に該当し、「民政」はパレスチナ自治政府が担当し、「治安」はパレスチナ警察とイスラエル軍当局が共同でされている。そして、村当局者は過去数か月にわたって、各国の大使や宗教指導者、国際代表団を招き、事件を記録した報告書、写真、動画、目撃証言を提供することで、自らの状況に国際社会の注目、理解を集めようとしてきた。だが、村の西側でも暴力は続いており、落胆が深まる中、「国際法や国際社会への繰り返しの訴えが、もはや何の変化ももたらさないのではないか」と理解と協力の可能性に疑問を抱き始めている住民も多い

 ファワドレ神父は、聖地におけるキリスト教徒の存在を守るため、具体的な措置を講じるよう、世界各国、国際機関、そして、善意あるすべての人々に、「聖地は言葉だけでは守れません。具体的な行動によって守られねばならない… 新たな前哨基地の設置を許せば、地元のキリスト教コミュニティに対し、『あなたがたの安全、ここに住み、生活する権利、そして未来は、もはや保障されない』という絶望的なメッセージを送ることになります。手遅れになるまで待ってはなりません。今こそ行動すべき時です」と呼びかけた。

 村の墓地や古代のアル・カデル(聖ジョージ)教会の近くで、入植者グループによって放火事件が発生してから1年経つが、タイベのキリスト教徒たちは、依然として不安を抱えながら生活し、教区の活動も続けられている。161人が参加する村の子供向けサマーキャンプは6日から始まった。タイベの3つのキリスト教共同体―ギリシャ正教会、メルキト・ギリシャ・カトリック教会、ラテン・カトリック教会―の司祭たちが共同で調整して実施するものだ。

 国際社会への信頼は揺らいでいるものの、ファワドレ神父によれば、信者たちは依然として神と教会に信頼を寄せ続けているという。神父は、 「タイベに住む人々を忘れないでほしい。もしこの村から人々が去ってしまえば、世界は、単なる一つのキリスト教徒の村だけでなく、生き生きとしたキリスト教共同体をも失うことになるでしょう」と訴えている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年7月8日

・ロシアの攻撃でウクライナの首都の正教会大修道院・聖ソフィア大聖堂が破壊、炎上

(大規模な夜間攻撃により、火災が発生したウクライナ首都キーウのキーウ・ペチェールシク大修道院=15日/Ukrainian Culture Ministry/Handout/Reuters)

 ロシアが14日夜、ウクライナ各地を攻撃し、少なくとも合わせて11人が死亡、複数の負傷者が出た。首都キーウへの攻撃では、4人が殺害されたほか、国連教育科学文化機関

キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院

(ユネスコ)の世界遺産に登録されているウクライナ正教会のペチェールシク大修道院で11世紀に建てられた聖ソフィア大聖堂などが大きな被害を受けた。

 ウクライナ当局によると、北東部ハルキウでは、ロシアの攻撃で起きた火災の消火に当たっていた救助隊員5人が死亡した。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアはこの日の攻撃でウクライナ各地にミサイル70発とドローン611機を撃ち込んだとし、歴史的な大聖堂破壊は、「現在のキリスト教文化に対する、ロシアによる最大の犯罪の一つとなった」と非難。

 シビハ外相も「キーウ・ペチェールシク大修道院という、キリスト教にとって最も聖なる場所のひとつを攻撃したことで、プーチンは歴史上最悪の野蛮人のリストに永遠に名を連ねた」と厳しく批判し、さらに、「我々はユネスコおよびその他すべての国際的枠組みの下で、関連するあらゆる手続きを緊急に開始し、国家によるこの蛮行に対して即時かつ適切な対応を求める」と強調した。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は15日に発表した生命で、「ウクライナで最も重要な精神的・文化的ランドマークの一つへの攻撃」を非難。「こうした施設が破壊されることは、復興と社会的結束に不可欠な文化、教育、共有空間へのアクセスを地域社会から奪うことになる」と述べた。

 ユネスコによると、大聖堂は、第2次世界大戦中に南東の塔を除きほぼ完全に破壊されたが、1999年から2000年にかけて、18世紀後半のウクライナ・バロック期の建築様式に基づいて再建されていた。

(BBC6.16更新、Reuter6.15の報道をもとにまとめました)

2026年6月17日

・教会など標的のテロ頻発のモザンビークで、カトリック司教が銃殺される(Crux)

Bishop slain in Mozambique(2026.6.6   Crux Now Staff)

 アフリカのモザンビークで6日未明、カトリック司教が銃撃され、遺体となって発見された。事件の詳細はほとんど明らかになっていないが、司教は公邸の廊下で胸部を撃たれたとみられる。

 司教殺害は、教会や国全体を襲うその他の暴力、特にモザンビーク北部のカボ・デルガド州におけるテロリストによる暴力が頻発する中で発生した。

 54歳の同司教はコンソラタ宣教会の宣教師であり、教区長着任から1年未満。モザンビーク司教協議会会長のイナシオ・サウレ大司教が同日、教会支援団体「Aid to the Church in Need(ACN)」への声明で述べたところによると、ケリマネ教区のオソリオ・シトラ司教が同日、司教公邸で「息絶えているのが発見された。まだ解明されていない不可解な状況下にあった」という。

 大司教は、この「悲しい出来事」に直面するすべての人々に対し、「信仰の平静と兄弟愛による連帯」を呼びかけた。

 Crux Nowは、ACN米国支部のジョン・バーガー氏からのメールでこの事件を知った。同協会による声明によると、犯人は依然として不明。

 モザンビークのダニエル・チャポ大統領も声明を発表し、司教の早すぎる不自然な死の報に「深い悲しみと衝撃」を表明した。そして、この喪失をモザンビーク社会およびキリスト教共同体にとって「取り返しのつかないもの」と表現し、殺害された司教は「生涯を通じて、謙虚さ、牧会への献身、そして平和と和解の価値を説くことで際立っていた」と述べた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年6月8日

(評論)モザンビークの司教殺害事件は、教皇スペイン訪問中にキリスト教徒への迫害を浮き彫りにした

(2026.6.7  Crux  Editor-in-Chief  Charles Collins)

   モザンビークのケリマネでオソリオ・シトーラ・アフォンソ司教が6日殺害されたことについて、 教皇レオ14世は「悲しみをもって知った」と語られた。バチカン報道局の声明によると、教皇は「この途方に暮れる時、教区民およびモザンビークの人々と共に祈りを捧げ、主が彼らに慰めを与え、その愛をもってすべての男女を守り、暴力の手を止められるように」と願われた。

 54歳のシトーラ・アフォンソ司教は、司教公邸で銃撃され死亡した。ケリマネの司教に任命されたのは昨年7月。ベイラ大司教区の使徒座代理も務めていた。

 司教殺害は、モザンビークのカトリック教会にとって衝撃だ。モザンビークはかつてポルトガルの植民地であり、ケリマネの北に位置するカボ・デルガド州ではイスラム過激派による反乱が続いている。シトーラ・アフォンソ司教は、同教区への任命前は同国司教協議会の事務総長を務めており、国内北部の紛争について頻繁に報道陣に語っていた。故国に戻る前、彼は長年イタリアに滞在し、コンソラータ宣教会の様々な役職に就き、バチカンの福音宣教省でも職務に就いていた。

 

 

*世界中で起きているキリスト教徒迫害について、教皇は今のところ言及せず

 

 司教の殺害は、世界中で起きているキリスト教徒への迫害に注目を集めることになる。現時点では、教皇はスペインにおいて、この問題について言及することを避けている(とはいえ、彼のスペイン訪問はまだ始まったばかりではあるが)。

 1930年代のスペイン内戦中、西欧におけるカトリック教徒への最大の迫害とされる事件が起きた。13人の司教を含む6800人以上の聖職者をはじめ数万人のキリスト教徒が信仰のために殺害された。これらの殉教者のうち2200人以上が列福され、そのうち11人が列聖されている。

 教皇レオ14世も、昨年12月に120人以上のスペイン人殉教者を列福しており、4月27日には、今週首都バルセロナを訪問する予定のカタルーニャ地方で殉教した47人の将来の列福を承認した。これらの殉教者の多くは、主に反宗教的であった共和派によって殺害された。フランコ将軍率いる国民派はカトリック教会の支持を受けており、教会は国民派を「キリスト教徒を守る唯一の存在」と見なしていた。フランコは勝利し、1975年に他界するまで独裁者として国を統治。スペインの政党は、今もなおこれら二つの派閥と結びついている。

 スペイン訪問中の教皇はスペイン内戦についてまだ直接言及していないが、6日の講話で、現在も続く緊張関係に暗に言及。「真理への愛ゆえに、私は皆に、社会の現実や歴史に関する分裂や対立を招く物語を脇に置き、複雑さを実りあるものとして受け入れることで、実りのない単純化を乗り越えるように」と呼びかけ、「複雑さを理解し研究し、それを否定するのではなく祝福として受け入れることを学び、すべてを説明しているように見えながら実際には世界を『亡霊』や敵で満たすだけの、アイデンティティに基づくアプローチから逃れること。これこそが、偉大な歴史の継承者たちの課題だ」と言明した。

 

 

*司教殺害は、キリスト教徒への迫害が単なる「歴史」でないことを示している

 

 モザンビークで起きた最新の殺人事件は、キリスト教徒への迫害が単なる歴史ではないことを示している。スイスのクルト・コッホ枢機卿は昨年、教皇から教皇庁財団「教会援助協会(ACN)」の会長に任命された。今月初め、彼はACNに対し、「教会史の最初の数世紀よりも、今、多くの殉教者がいる。独裁者たちは、カトリック、正教会、ルーテル派、英国国教会、あるいはプロテスタントといった区別をしない。そして、流された血は、分裂を超えてキリスト教徒を結びつける」と述べている。

 慈善団体Open Doorsによると、世界中で3億8800万人以上のキリスト教徒が、信仰ゆえに深刻な迫害や差別に苦しんでいる。その多くはアジアやアフリカだが、中南米の一部でも同様の状況が見られる。

 だが、欧米諸国で長年勢力を伸ばしてきた「ポスト・キリスト教的進歩主義」は、結婚、性、性自認、安楽死、その他の医療問題について、これとは相反する見解を掲げてきた。それによって、スペインを含む多くの欧米諸国で、伝統的なキリスト教的見解を持つ人々に対する社会的、司法的な弾圧が生じている。

 この問題が提起する課題は、欧米諸国にとどまらず、南半球や東アジアにも及んでいる。そこでは、西側による搾取が日常的であり、西側からの援助が21世紀の進歩的な道徳観を受け入れる意思があるかどうかに左右されることが多い。教皇フランシスコは、このような現状を「イデオロギー的植民地化」と呼んだ。この言葉は、強制的かつ文化・社会的な再構築に帰着する「社会的、地政学的な現象の複雑な網の目」を形容する痛烈な表現である。

 教皇レオ14世は、現在の”危機の火種”の一つであるスペインで、慎重に歩みを進め、社会の様々な要素の間で、より深い和解と協力を模索している。

 彼は6日、スペイン国民に向けて、「現実には、平和のメッセージは、現在残念ながら一部の人にはナイーブに、また他の人には対立的だと受け取られているが、先入観に囚われず、むしろ真理に開かれた人々には歓迎されている」と語った。教皇は、スペイン国内だけでなく、21世紀の世界中の各地において、スペイン内戦の「亡霊」と戦わねばならないかもしれない。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年6月8日

・ロシアとウクライナも一時停戦で合意-正教会の復活祭に合わせ11日からの週末

正教会の教会内に、オレンジ色のビニールで包まれたお菓子が積み上げられている。その上に、長いひげを蓄えて伝統的な法衣を着たエピファニー1世が、はけで聖水を振りまいている。その後ろに、迷彩柄の軍服を着た兵士たちが並んでいる。背景には正教会特有の絵画「イコン」も見える

画像説明,ウクライナ正教会のエピファニー首座主教(手前)が、最前線で戦うウクライナ兵に届けられる復活祭のケーキを祝福した(9日、キーウReuters

(2026.4.10 カトリック・あい)

 英国営放送BBCなど世界の報道機関が10日報じたところによると、ロシアとウクライナは9日、正教会の復活祭に合わせた停戦に合意した。

 ロシアのプーチン大統領は、今週末にロシア軍に対し「全方向で」停戦するよう命じた、と述べた。これに対し、ゼレンスキー大統領は即座にXに投稿し、「ウクライナは、”対称的な措置”を取る用意がある」と表明。「人々には、脅威のない復活祭と、平和に向けた実質的な前進が必要だ。ロシアには、復活祭後も攻撃に戻らない機会がある」とも述べた。

 停戦については、ウクライナのゼレンスキー大統領が今週初め、米政府に対し「復活祭の週末の停戦案を第一歩としてロシアに伝えてくれるよう要請した」と述べていた。

 BBCによると、プーチン大統領は9日、「モスクワ時間の11日午後4時から復活祭当日の12日まで停戦する」と発表。「ウクライナがロシアの”模範”に従うことを期待する」と述べた。また、自軍に対し、「起こり得る敵の挑発」やいかなる「攻撃的行動」にも迎撃できるよう備えるよう命じた。

2026年4月10日

・イスラエルと国境を接するキリスト教徒の村を守る神父、「私たちは諦めない。平和に暮せるレバノンを」

Smoke of an explosion is seen at Kafr Kila following Israel army activity across the border between Israel and Lebanon, as seen from the Israeli side of the borderSmoke of an explosion is seen at Kafr Kila following Israel army activity across the border between Israel and Lebanon, as seen from the Israeli side of the border 
(2026.4.8  Vatican News  Guglielmo Gallone)

 イスラエルのネタニヤフ首相が米イラク停戦合意はレバノンには適用されない、と言明したが、レバノン南部のイスラエルとの国境沿いの村ルメイシュのレバノン・マロン派の教区司祭、トニ・エリアス神父は、「私たちは諦めない、主への信頼。これこそが、私たちを取り巻く戦争と紛争の渦中で私たちを真に強靭な民たらしめているのです」と言明した。

 エリアス神父は「私たちは平和と安らぎの中で生きるレバノンを望んでいる。若者たちに仕事を見つけさせたい。家族が村を離れることを余儀なくされなくなることを望んでいます… なぜなら、主が私たちに『すべての人を愛するよう二』と教えてくださったからです」と語った。

 そして、「私はすべての人を愛している。シーア派、スンニ派、ドルーズ派…すべての人をです。今こそ、声をさらに大きく上げる時が来ている。私たちはもう戦争を望みません」と訴えた。

 「ルメイシュは、イスラエルと国境を接するキリスト教徒の村です。国境の近くにいるのではない。国境そのものにいるのです。ビン・ジベイル地区で、今なお持ちこたえているのは私たちだけ。『レバノン南部での停戦はあり得ないだろう』と誰もが思っていた。イスラエル軍がすでに私たちの村を通り過ぎており、今回の戦闘におけるイスラエル軍の規模があまりにも大きいからです」とも語った。

 8日、イスラエルは、レバノン南部、首都ベイルート南部とベッカー渓谷東部を空爆した。これらはイスラエルが「ヒズボラが数多く活動している」とする地域だ。わずか10分間で、ヒズボラの司令部や軍事施設と説明する100か所以上という大規模な攻撃だった。

 こうした状況にもかかわらず、エリアス神父が主任司祭を務める教会では「何とか、主の復活を祝うことができました。主に対して感謝しています。復活徹夜祭は断念せざるを得なかったが、それでも心を込めて聖週間を祝うことができました。これこそが私たちの抵抗の核心です。信仰、主への信頼、そして主に委ね、諦めない。主を信頼すること。これこそが、私たちを取り巻く戦争と紛争の渦中において、私たちを真に強靭な民たらしめているのです」と述べた。

 彼は、教皇が自分たちのために祈ってくださったことに、教会共同体を代表して深い感謝の意を表した。

 そして、「ちょうど今朝、レバノン駐在教皇大使のパオロ・ボルジア大司教が、私たちの様子や必要なものを聞いてくれました。私は必要とされる医薬品のリストを作成しています。がんを患っている人や、深刻な治療を受けている人がいる。中には、非常に特殊な薬や高価な薬を必要としている人もおり、それらは高額だったり、すでに手に入らなくなっていたりする。こうした必需品が必要だが、何よりも、それを届けてもらえる人道回廊の確保が必要です」と語った。神父は、このリストを、この地域でカリタスと緊密に連携しているマルタ騎士団に送ろうとしている。

 「私は、この小教区で全責任を負っており、支援を受けられる方法も模索しています。そして、平和的な抵抗を貫き通します」と決意を語っている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年4月9日

・「”石”は取り除かれる、死よりも強い神の愛の力によって」エルサレム・ラテン総大司教が聖墳墓大聖堂で復活徹夜ミサ

Cardinal Pierbattista Pizzaballa during the Easter Vigil at the Church of the Holy SepulchreCardinal Pierbattista Pizzaballa during the Easter Vigil at the Church of the Holy Sepulchre 

(2026.4.5 Vatican News   Beatrice Guarrera)

 復活徹夜祭のミサが4日夜、エルサレムの聖墳墓大聖堂で行われ、司式したエルサレム・ラテン総大司教のピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿は説教で、主の復活を祝うミサは「勝利の宣言から始まるのではなく、一つの物語に耳を傾けることから始まる。それは、命に至るために死と向き合う物語です」とされ、「死の記憶に彩られ、今日では多くの分裂に苛まれているエルサレムが、命が宣言される場所となります」と語った。

 治安上の制限から、このミサには聖地守護区のフランシスコ会修道士たちを含め、ごく少数の人々だけが参加した。彼らは、地元のキリスト教徒から「復活の教会」と呼ばれる聖墳墓修道院に住んでいる。

*神は人間の存在のあらゆる側面を自ら引き受けられる

  ピッツァバッラ枢機卿は説教で「扉は依然として閉ざされています。この聖なる『引き裂かれた地』で戦争が続いているものの、沈黙はほぼ完全に保たれている。だが、いつ、遠くから聞こえる音によって破られるかもしれない… まさに、そのような場所で、神の言葉は、いかなる沈黙よりも力強く響き渡るのです」と強調。

 そして、「聖地におけるキリスト教共同体の信仰は試練にさらされ、疲れ果てているかもしれない…それでもなお立ち続けている… それは彼ら自身の力によるのではなく、”誰か”がここで、私たちを支えてくださっているからです」としたうえで、「神は”逃げ道”を選ばれなかった。人間の存在の最も深遠な現実へと入り込み、人間の存在のあらゆる側面を自ら引き受けられたのです。そこには、今日、私たちが残念ながらしばしば暴力的な形で経験しているもの―痛みと死―も含まれています」と語った。

 

 

*「誰が私たちのために石を転がしてくれるのか?」

 

 枢機卿はまた、長い「御言葉の典礼」が、「信徒たちを段階的にマタイによる福音書へと導きました。(主が埋葬された墓に至ると)、大きな地震の後、主の天使が石を転がして墓を開く… これは、全世界を揺るがす記述の核心。人間の力ではなく、神の力によって、墓をふさいでいた石が取り除かれたのです」とし、「私たちの今この瞬間、戦争によって絶えず掘り起こされる苦しみの墓から、石を転がし去ることができる者は誰もいないように思えます。しかし、まさにその理由ゆえに、私たちは、イエスの墓にやって来た女性たちが心に抱いた問い—『誰が私たちのために石を転がしてくれるのか?』に、より切実な思いで耳を傾けるのです… これは、もはや何もできないように思える時、あらゆる希望の探求の核心にある問いです」と述べた。

 そして、「今日、この問いは、聖地全土で、そして暴力に染まった世界のあらゆる場所で投げかけられています… そしてその答えは、空虚な宣言ではなく、現実の出来事です。石は取り除かれたのです。私たち自身の力によってではなく、死よりも強い神の愛の力によって」と言明した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年4月5日

・イスラエル警察が、受難の主日(枝の主日)にミサを捧げようとしたラテン総大司教の聖墳墓教会への立ち入りを阻止

Church of Holy Sepulchre in JerusalemChurch of Holy Sepulchre in Jerusalem 

(2026.3.29  Vatican News)

   エルサレム・ラテン総大司教区と聖地守護局が29日、共同声明を出し、イスラエル警察当局により、エルサレムの聖墳墓教会への立ち入りを阻止されたことを明らかにするとともに、「不合理かつ著しくバランスを欠いた措置」と非難した。

 声明によると、受難の主日(枝に主日)の29日朝、エルサレム・ラテン総大司教のピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿が、聖地守護局長で 聖墳墓教会の公式守護者であるフランチェスコ・イエルポ神父(OFM)と共に、エルサレムの聖墳墓教会へ向かい、ミサを捧げようとしたところ、警察当局によって教会への立ち入りを阻止された。

 「行列や儀式の様相を一切伴わない形で、教会に向かって歩んでいたところ、警察当局に制止され、引き返すことを余儀なくされた」という。

 ピッツァバッラ枢機卿たちは声明で、「教会の指導者たちはこれまで何世紀にもわたって、聖墳墓教会で受難の主日(枝の主日)のミサを捧げてきた。それを阻まれたのは、今回が初めてだ」とし、今回の出来事は「重大な前例」となるものと位置づけ、復活の主日に至るこの聖週間にエルサレムに目を向ける「世界中の何十億もの人々の感情」を無視する行為だ、と強く抗議した。

*当局による制限を守ったにもかかわらず聖堂入りを阻止された

 

 声明によると、米国・イスラエルとイランの戦争が始まって以来、総大司教と聖地守護者は公の集会の中止、参列の禁止、そして「この復活祭の期間中、エルサレムと聖墳墓教会に目を向ける」世界中の数億人の信徒に向けて式典を中継するための準備を含めて、あらゆる制限を遵守し、全責任を持って行動してきた。

 にもかかわらず、カトリック教会および聖地における最高の教会的責任を担う二人の聖墳墓教会への入場を阻止することは、「明らかに不合理かつ著しく不均衡な措置… 不適切な考慮に汚された性急かつ根本的に欠陥のある決定は、合理性、信仰の自由、そしてStatus Quo(現状維持)の尊重という基本原則から著しく逸脱している」と批判した。

 そして、総主教と聖堂管理者は、聖地および世界中のキリスト教信徒に対し、「キリスト教暦において最も神聖な日の一つにおける祈りがこのように妨げられたこと」について「深い悲しみ」を表明した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年3月30日

・「事態は急速に制御不能に陥る可能性がある。自制を求める」米国のシカゴ大司教、米、イスラエルとイラクの爆撃の応酬に警告

(2026.3.5 Vatican News   Deborah Castellano Lubov) 

 米国のカトリック教会で指導的立場にあるシカゴ大司教ブラズ・クピッチ枢機卿は5日、Vatican Newsのインタビューで、米国やイスラエルに対し、不必要な軍事的エスカレーションを避け、事態が急速に制御不能に陥るのを防ぐよう、自制を呼びかけた。また、米国内での分断を克服し、法と人権が対立するのではなく一体となる形で、あらゆる民族の人間としての尊厳を守るよう強く訴えた。

 「一度攻撃で扉を開けてしまうと、それを閉じることは非常に難しく、事態は急速に制御不能に陥る可能性がある」-クピッチ枢機卿は、米国内外の緊張情勢を踏まえ、このように警告した。

 7日にテヘランなどイラン国内の複数の都市を標的とした米イスラエル共同の爆撃の後、イランは湾岸地域の様々な地域に対し報復攻撃を実施。ドーハ、マナマ、クウェートシティなどの都市を中心に、空港、建物、港湾、複数の民間施設を攻撃対象とした。8日の正午の祈りで、教皇レオ14世は「甚大な悲劇の可能性に直面」する中で、関係諸国に対し「取り返しのつかない深淵となる前に、暴力の連鎖を止める道義的責任を担うように」に訴えている。

 一問一答は次の通り。

 

 問:教皇の平和への貢献とは何でしょうか。教皇は8日の正午の祈りで、熱意あふれる訴えをされました。今日の世界的な緊張の中で、この言葉はどれほど重要なのでしょうか。

 答:聖父様がなさっていることは、第二次世界大戦以降、各国が緊張や紛争、対立に対処するために合意してきた原則を単に想起させることに他なりません。この80年間、国連をはじめとする諸機関を通じて、人権を尊重しつつも、紛争が様々な形で取り上げられる中で国家の主権も尊重する道筋と能力を築いてまいりました。聖父がなさっているのは、私たちがそのすべてを失わないよう、その原点に立ち返るよう呼びかけているのです。実際、その合意が失われつつあるという脅威が存在します。これが聖父が果たしている重要な役割です。この合意が崩壊した場合の事態を懸念する多くの人々の代弁者として、教皇様は語っておられるのだと思います。

 

 

 問:中東での最近の情勢を受け、世界は大きな緊張と恐怖の日々を経験しています。この状況下で、どのように日々を過ごされていますか。また、祈りはどのようなものでしょうか。

 答:私はトービン枢機卿(ニューアーク大司教)とマケルロイ枢機卿(ワシントンD.C.大司教)と共に、まさにこれらの問題について声明を発表しました。例えばグリーンランドやベネズエラについて米政府が威嚇的な行動をとった時にです。私たちは、米政府が方針を変えなければ、実際にはさらに事態が悪化する、と予測しました。そしてそれは人々の生活に影響を及ぼしています。

 今回のイランへの介入では、すでにほぼ千人が命を落としています。また、困難を解決する手段として武器が用いられる様子も目にしています。そのような手法を取り始めた時、私たちは後戻りが非常に困難な道を歩み始めるのです。この特定の局面において、その傾向がますます顕著になっています。ですから、人々は恐れているのだと思います。事態がどのように終結するのか見当もつかず、状況は瞬く間に制御不能に陥りかねません。

 

 

 問:おっしゃっられたように、今日では多くの人々が、戦争が再び国際紛争解決の常態化した手段となりつつあることを受け入れているかもしれません。こうした方々にはどのようなお言葉をかけられますか?

 答:世界は過去にその道を歩んだことがあると申し上げたいと思います。第一次世界大戦がサラエボでの皇太子暗殺事件から始まったことを思い出しましょう。その後、フランツ・ヨーゼフ皇帝がオーストリア帝国を代表して宣戦布告したことで、事態は巨大な戦争へと発展しました。皇帝はこれが問題を迅速に解決する手段だと考えていたのです。しかし結果は、何百万もの人命が失われる恐ろしい紛争が数年も続くこととなりました。つまり、一度その扉を開けてしまえば、再び閉じることは非常に困難なのです。

 

 

 問:主権国家に対する軍事攻撃はどのような条件下であれば正当化されるとお考えでしょうか?

 答:差し迫った脅威が存在せず、それを排除する必要性がない場合、なぜそのような行動を取るのかは極めて疑問です。私の理解する限り、この国で起こっていた事態には差し迫った脅威は含まれていませんでした。数ヶ月前の空爆により、イランの核能力、すなわちイラン政府の核関連施設は無力化されたと伝えられています。したがって、国家の主権は非常に重要です。ウクライナ戦争に関しても同様の問題が生じております。国家主権という原則が侵害されるならば、いかなる口実でも戦争を遂行できることになってしまいます。これは第二次世界大戦以来の国際社会の合意の一部であり、私たちが守り抜かねばならない原則です。

 

 

 問:教皇レオ14世が在バチカンの外交団に向けて演説されてから10日後、ご指摘の通り、あなたと他の二人の米国の枢機卿が共同声明を発表されました。そこでは戦争を拒否し、米国の外交政策が平和、人間の尊厳、宗教的自由に基づいて行われるよう訴えられました。この書簡は、ベネズエラ、ウクライナ、グリーンランドにおける出来事が、軍事力と平和の意味について根本的な疑問を投げかけていることを示唆していました。中東における最近の攻撃を踏まえ、カトリック教会はエスカレーションではなく外交を促進する上で、どのような役割を果たすべきでしょうか?

 答:もちろん、世界中の外交使節団を通じて継続される外交努力は極めて重要です。人々を結びつけるだけでなく、第一手情報という、現時点でまさに重要な情報を我々に提供してくれるからです。教皇様も1月9日の外交団へのご挨拶でこの点を触れられました。その核心は「我々は相対主義の時代に入りつつあり、真実が単なる意見の問題に堕している」という言葉に集約されます。真実が意見に矮小化されるのです。もし我々が真実を語ることに真摯に向き合わなければ、幻想の世界に生きるはめになるでしょう。したがって、聖座、すなわち教皇様は、世論やいわゆるフェイクニュースに流されるのではなく、真に真実であるものを認識するよう、世界に向けて呼びかけられるのです。

 

 

 問:米国では社会、そして教会さえもが、かなり二極化しているように見えます。教会は、分裂ではなく、結束の力となるにはどうすればよいのでしょうか?また、教皇はより大きな結束を育むのに役立っているのでしょうか?

 答:それは非常に重要な問いだと思います。今年初めに三人の枢機卿が声明を発表した際、私たちは実際に、人々が現状を理解するための言葉を提供したいと決断しました。教皇も同様のことをなさっていると思います。なぜなら、単に人物や個人を攻撃し始めると、その基盤を失ってしまうからです。

 私たちが信徒への奉仕としてできることは、現状を理解する手助けをすること、これらの問題の本質と、公共の善のために生きる原則を無視する際に何が危機に晒されるのかを、信徒が認識し枠組みを構築できる言葉を提供することです。そして実際に、これら全てを成し遂げ信徒に届けられれば、前進が可能となります。そうすれば分断を打破できると確信しております。重要なのは、人々に現実を理解してもらうことです。それが大きな貢献となります。

 

 

 問:ここ数ヶ月、米国教会は政府の移民政策に介入せざるを得ない状況が頻発し、移民を守るために声を上げてきました。どのような原則を再確認したいとお考えですか?

 答:そうですね、中心にあるのは、先ほどおっしゃっていた「人間の尊厳への敬意」です。これが核心的な原則です。人間の尊厳は、単に人々を集め込む方法においてのみ尊重されるべきものではありません。家族を引き裂くとき、長年にわたり不法滞在しながらも家族だけでなく社会全体の生計に多大な貢献をしてきた人々の事実を尊重しないとき、そして人間性を否定するような言葉で彼らを貶めるときにも、人間の尊厳は問題となります。そうした行為は人間の尊厳を侵害するものであり、私たちが声を上げた理由です。

 特に昨年11月に米国の司教協議会が発表した声明には、「無差別な集団強制送還に反対する」との一文が含まれていました。この主張は世界の注目を集め、我々の国民に問題の深刻さを理解させる助けとなりました。なぜなら実際に起こっていたのは、人々がここに来た様々な事情を考慮せず、またわが国が長きにわたって重大な移民制度改革の必要性を無視してきた事実を無視した、無差別な大量送還だったからです。

 

 

 問:移民政策は世論を深く分断する政治問題です。法の尊重と個人の権利尊重を両立させる道筋とは何でしょうか?

 答:私たちは常に、国家には自国と国境を守り、安全を確保する義務と権利があると言ってきました。しかし、人々の尊厳を損なうような代償を払って行うことはできません。義務と権利は両立可能です。互いに矛盾するものではなく、調和して実現できます。過去にも私たちはそれを成し遂げてきました。

 人々の権利が侵害されないよう、また、ミネソタ州で見られたようにコミュニティが分断され、人々が「これは間違っている」と声を上げ、都市で市民的不穏が生じるような状況に陥ることなく、恐怖の中で生きる必要がないようにできるのです。より良い方法があるのです。だからこそ私たちは一貫して、立法府と行政に対し、意義ある移民改革の実施を訴えてきました。彼らがその責務を果たせば、この問題に対処できるのです。

 

 

 問:現代において、特に信仰が党派的な手段として利用されがちな状況下で、カトリック教徒はどのように政治に関与すべきでしょうか?

 答:政治的な党派の見解のために福音の教えを妥協してはならないと確信しています。私たちがもたらすべきは福音の真理そのものです。先ほど申し上げた通り、教会の指導者たる私たちが果たすべき役割は、信徒の方々がこれらの問題を議論する際に用いるべき言葉遣いを理解する手助けをすることです。

 もし党派的な政治の言語、あるいは特定の政策を推進しようとする政府の言語を用いてしまえば、私たちは道を失ってしまいます。これらの問題は、福音の教えというレンズを通して見る必要があると考えます。それが司教たち、教会の教師たちの役割であり、私たちが何者であるか、なぜキリスト者として福音の核心的価値観に基づいて発言し行動するのかを人々に思い出させることです。

 

 

 問:あなたはシカゴ大司教区の大司教であり、教皇レオ14世が生まれ、生涯の一時期を過ごした街の指導者です。世界教会に教皇を輩出したことは、シカゴにとってどのような意味を持つのでしょうか。また、この「風の街」は、教皇の在位初年度をどのように経験してきたのでしょうか。

 答:私たち米国人から教皇を出したことに、正当な誇りがあると思います。単にシカゴ出身であるという事実だけでなく、彼の生涯はある意味でシカゴの文化によって形作られました。シカゴの人々は勤勉で、家族を愛し、この街そのものの国際的な趣を大切にしています。例えばシカゴでは26言語でミサが行われています。これら全てが聖父様の人格の一部なのです。私たちはこれに大きな誇りを感じております。

 6月14日にはシカゴ・ホワイトソックスのスタジアムで祝賀会を開催し、何千人もの人々が集まりました。中にはカトリック信徒でない方々もいらっしゃいましたが、皆、教皇の選出を誇りに思う気持ちを表すためでした。また、特に若者にとっては、教皇が制作されたビデオメッセージで若者に向けて語りかけたことで、自らの信仰の本質を見つめ直すきっかけとなった点も大きいでしょう。例えば先週行われた四つの式典における選出の儀式では、20歳から35歳の若者の教会への参加が20%増加し、洗礼を受ける選択をしたり、教会との完全な交わりに入ったりする姿が見られました。人々の心に何かが動き始めているのです。それは聖霊の働きですが、同時に聖父の選出も影響していると考えます。

 

 

 問:他にお付け加えになりたいことはありますか?

 答:この激動の時代において、私たち世界の人々、そして世界にいるキリスト教徒として、福音にしっかりと寄り添い続けることが肝要だと存じます。それが私たちの光となるでしょう。進むべき道が分からず、混乱することもあるかもしれませんが、イエスが「私は道である」と語られたことを忘れてはなりません。

 ですから、私たちは党派的な政治や特定の国の政策論争ではなく、福音書が語る教えに耳を傾けなければなりません。聖職者としての私たちの使命は、信徒の方々に私たちが真に信じていること、そしてその理由を伝えることです。しかし福音書に忠実であるならば、私たちは世界の政治や行動に影響を与えることができるのです。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年3月6日

・ロシアの侵略戦争に苦しむウクライナへカリタスの祈りと行動を伴う連帯

The prayer gathering at the Cathedral of the Resurrection in KyivThe prayer gathering at the Cathedral of the Resurrection in Kyiv 
(2026.2.26 Vatican News   Svitlana Dukhovych)

 ロシアによる軍事侵攻が5年目に入ったのを機にウクライナで実施された「国家祈祷の日」にあたって、同国のカトリック支援組織カリタスの関係者たちがキエフに集結。平和を祈り人道支援の必要性を確認するするとともに、世界中が示した並外れた連帯に感謝した。

 悲しみと希望、連帯感が交錯する雰囲気の中、2月24日、キエフのギリシャ・カトリック復活大聖堂で祈りの集いが開催された。

 この行事は、2022年2月24日のロシアによるウクライナ全面侵攻記念日に合わせて実施された「国家祈祷の日」に際し、カリス・ウクライナ(ギリシャ・カトリック教会)とカリス・スペス・ウクライナ(ローマ・カトリック教会)が、カリス・インターナショナルおよびカリス・ヨーロッパのパートナー団体と共に推進したものである。

 出席者には、ウクライナ駐在教皇大使ヴィスヴァルダス・クルボカス大司教、カリタス・スペス・ウクライナ会長オレクサンドル・ヤズロヴェツキー司教、カリタス・スペス・ウクライナ事務局長ヴィアチェスラフ・グリネヴィチ神父、カリタス・ウクライナネットワーク・アイデンティティ部長アンドリー・ナヒルニャク神父らがいた。

 国際パートナーの代表者やカリタス・インターナショナル、カリタス・ヨーロッパの代表者も、対面とオンラインで参加し、祈りと具体的な行動を通じて紛争の影響を受けた人々を揺るぎなく支援し続ける慈善ネットワークの証しとなった。

 祈りの集いの冒頭、カリタス・インターナショナルのアリステア・ダットン事務局長がビデオメッセージで集まった人々に語りかけた。彼は、この非常に困難な4年間を通じて、ウクライナのカリタス組織内で活動する全ての人々に対し、住民のニーズに応えるためのたゆまぬ忠実な奉仕に対して深い感謝の意を表明した。

 「ロシアが再びウクライナに侵攻したというニュースを聞いた時、我々の多くがどこにいたかを覚えていると確信している。再び、ヨーロッパの東の国境で戦争が勃発し、我々のウクライナの友人たち、兄弟姉妹たちは大きな苦しみを耐え忍んできた」と彼は続けた。「深い痛みと悲しみをもって、我々はウクライナでの戦争が4年目を迎えることを記す。この苦しみの深さを完全に表現できる者は誰もいないが、我々は連帯をもってあなたの側に寄り添い続けたいという思いを示せるのだ」

 ウクライナ国民の精神と勇気を強調しつつ、ダットンはカリタスが戦争が生み出したニーズへの具体的な対応を体現していると指摘した。「君たちこそが真のカリタスだ」と彼は断言した。「君たちは、自国で起きている事態により最も苦しむ貧しい者たちにとって、真の福音なのだ」

 カリタス・ヨーロッパのマリア・ニマン事務局長も、ウクライナのパートナーたちに対し、自身と欧州ネットワーク全体の近さを保証した。「今日、我々は命と家と愛する者を失った全ての人々を偲ぶ」と彼女はビデオメッセージで述べた。「心身ともに傷ついた全ての人々のために祈る。離散した家族と、この困難な時に平和を切望する人々のために祈る。我々は祈りをもって君たちと共にいる。揺るぎない献身をもって君たちの傍らに立ち、ウクライナのカリタス職員とボランティアを支援する。」

 ウクライナ駐在教皇大使、ヴィスヴァルダス・クルボカス大司教は、カリタス・ウクライナとカリタス・スペスが人道支援分野において国内で最も活発な組織の一つであると強調した。

 カリタス主催の祈りの集いは「積極的な愛」と「祈り」という二つの側面を結びつけると指摘。「私たち全員を祈りで一つにする日を持つことは非常に重要だ」と述べた。続いて、占領地域に住む人々、囚人、極度に困難な状況で働く医師、負傷者、そしてこの戦争で亡くなった人々のために祈るよう出席者に呼びかけた。

 共同祈祷の後、カリタス・ウクライナの副代表グリゴリー・セレシュチュクは、14歳になったばかりの息子について語った。「突然気づいたんだ。彼は我が国が平和だった生活を覚えていないと。これは正常ではない。少なくともここキエフでは、彼は学校に通う機会がある。ウクライナの他の地域では、この機会を持たない50万人の子供たちがいるのに」

 「21世紀において、一人暮らしの高齢者が自宅で亡くなることも、正常とは言えない」と副代表は指摘した。「キエフで100万人以上が暖房を失い、ハルキウ、ドニプロ、オデッサなど多くの都市で今も数万人がこの状況にあるのも正常ではない」

 4年という節目を越え、戦争終結への希望を表明したセレシュチュクはこう結んだ: 「ウクライナの膨大なニーズに直面し、我々の奉仕を続けるために必要な忍耐を、皆に願い、神に祈りたい。今日なお困窮の中で生きる1100万人もの人々について語っているのだ」

 カリタス・スペス・ウクライナの事務局長、ヴィャチェスラフ・グリネヴィチ神父(SAC)も、この4年間の紛争における自身の経験を振り返った。「私は出会った無数の瞳を覚えている。君を見つめるが、もはや世界を見失った瞳。蘇らせたいと願うが、無力感ゆえに叶わない視線だ。ハルキウの地下鉄駅で生まれた子供の瞳だ。まだ理解はできぬが、おそらく何かを感じ取っている」

 事務局長は続けた。「それは国境に立つ祖母の瞳だ。故郷から引き離され、もはやどの方向へ視線を向ければよいのかわからない。我々が希望を取り戻そうと努めてきた無数の瞳だ。涙を流す権利を持つ疲れた瞳。微笑み、感謝を表現し、抱擁する瞳。しかしそれらは同時に、神秘的でありながら現実的な意味で、主の瞳でもある。それこそが、今日我々が切実に必要とする希望を真に築く瞳なのだ。視線を伏せず、上へと向ける全ての人々を祈りの中で覚え、感謝したい。そこには我々の力があることを自覚しながら――主は全てを見渡し、揺るぎない御手をもって我々を支えてくださるのだ。」6

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年2月27日

・聖フランシスコの全身遺骨が期間限定で公開。地元アッシジにとって複雑な喜び(CRUX)

(2026.2.22 Crux    Nicole Winfield, Associated Press)

2026年2月23日

・「無実の人々を殺し、殺人ドローンのボタンを押す者たちを止めるよう、祈って欲しい」ーウクライナの高位聖職者が訴え

(2026.2.21  Vatican News )

   ロシアがウクライナ侵略戦争を始めて2月24で5年目に入るのを前に、ウクライナのドネツク管区総主教代理、マクシム・リャブハ司教が21日、Vatican Newsのインタビューに応じ、現地の教区や共同体での生活がどう続いているか、医薬品や発電機が人々に命を吹き込んでいる様子、そしてウクライナに希望と信仰が今も存在していることを強調した。

 司教は、ロシア軍による爆撃や暴力が続く中でも、司教は信徒たちから「あらゆる困難にもかかわらず、兄弟愛や友情、相互支援を実践できている」という話を聞き続けていると説明。紛争のさなかにあっても若者たちが希望を失っていない点を強調し、「彼らは、生きる勇気を持つ者であり、実現すべき夢を持つ者であり、未来へのビジョンを持つ者です… 彼らの話を聞き、彼らの人生の一部と感じる者たちに勇気を与えている」と語った。

 以下は、インタビューの内容。

問:教区の状況はいかがですか?最も困難な地域はどこですか?

答:私たちドネツク管区における状況は確かに極めて厳しい。この冬は、2014年に我々の領土で戦争が始まって以来、最も過酷なものの一つです。ロシア軍がエネルギー施設を爆撃したため、極めて困難な状況に直面しています。全域で1日20時間以上も停電が続いているのです。薪ストーブで暖を取ることに慣れた村々では、まだ地域支援が残っているため多少は楽ですが…。最も困難な状況は都市部。多くの高層ビルには独立した暖房システムがなく、停電は暖房・水道・生活必需品の不足を招いています。政府は攻撃の被害に対処するため、全力を尽くしている。技術支援スタッフは市民の生活環境を回復すべく、不可能を可能にする努力を続けています。

問:人道支援はどのように提供されていますか?十分な資源はありますか?

答:様々な方法で支援を試みています。神に感謝してます。神は教会を非常に偉大な存在として構想されたからです。教会の普遍性により、私たちと直接関係が無くても、心と思考と祈り、そして具体的な支援行動を通じて寄り添ってくれる多くの友人がいます。様々な組織が発電機の燃料購入を支援してくれる。これまでにも、支援が必要な全ての教区や共同体に発電機を提供してくれた友人たちがいました。今も友人たちが発電機を送ってくれており、村や都市の民家に住む教区民に配布できました。これらの発電機の一部は、児童センターや教理学校など、私たちが運営する様々な活動にも使われています。

 この極めて困難な時期において、私たちの教会のあらゆる空間は、回復と希望と支えの場となっています。可能な限りの支援を行う教区コミュニティに加え、カリタス・ネットワークも存在します。ドネツク総主教区には7つの大規模カリタスセンターがあり、管轄区域内の様々な都市や村で支援を提供しています。これは人々を助けるための大きな資源。様々な組織を通じて、人生の困難な時期を過ごすウクライナの人々に寄り添おうとする全ての支援者に、深く感謝しています。

 例えばある組織から電話があり、「現状を教えてください。生活はどうなっているのですか?」と尋ねられ、状況を説明すると、「医薬品で支援できます」と言われました。それで私たちはインフルエンザやその他の病気に対する必須医薬品を各教区で配布する手配ができました。これは今日、世界がウクライナとそこに住む私たちに向けて手を差し伸べている数多くの方法の一つに過ぎません。

問:ここ数ヶ月で、あなたの教区内の都市や村から多くの人々が避難しましたか?

答:都市や村での動きを見ると、大規模な避難がされているとは言えません。ザポリージャは今も平穏な生活を送っていますし、都市を離れた者もいます。主にドネツク州の前線に近い村の住民は、避難を余儀なくされています。多くの家族が安全な場所を求めて徐々に村を離れています。もっとも、人々は行き来していますし、状況が少し落ち着くと、多くの家族が村や都市に戻り始めます。

問:司牧活動はどのように行われていますか?司祭や聖職者はこうした深刻な課題にどう向き合っているのでしょうか?

答:幸い、私たちは司牧活動を通常通り行うことができています。戦争とあらゆる困難にもかかわらず、司祭と信徒は常に祈り、連帯し、互いに兄弟愛をもって活動しようと努めています。日曜日の祈りと毎日のミサは、状況が許す限り定期的に捧げられていますが、ロシア軍の攻撃で、残念ながらいくつかの教区を失っています。しかし可能な限り、人々は祈りを続けている。他にも様々な活動があります。子供や若者、家族向けの教理教育。祈りの母の会やコロンバス騎士団など、様々な共同体のための祈りの集い。これらのグループは全て、定期的な集会の維持に努めています。

 様々な研修の機会もあります。例えば先月は、ドネツク管区の各教区で司祭を補佐する青年指導者や祭壇奉仕者向けの研修を実施しました。四旬節の始まりも祝いました。教会が実践しようとする全ての定期的な活動を推進し遂行しているのです。

問:あなたは管区の教区を頻繁に訪問し、青年を含むあらゆる年齢層の人々と会っている。若者たちはどんな話をしますか?

答:教区訪問は大きな家族として集う機会です。教区を訪れるたび、礼拝後に教会が今経験していること―様々な行事や活動など―を共有するよう心がけている。これにより、教会がある各地の人々がより広い視野を持ち、教会の現実に対する感度を高められるのです。

 また個人的な対話の瞬間もある。人々はよく「私たちの未来はどうなるのか」と問う。同時に彼らは希望も語る。神は私たちを支え助ける方法を考えずに命を与えたはずがない、と。多くの人々が美しいものも共有してくれる。あらゆる困難の中でも実現している兄弟愛、友情、相互支援だ。こうした瞬間こそ、偉大な人間性が示されています。

 若者と話す時、彼らはよく人生の意味や希望の意味を問う。夢を語り、心で感じることに忠実でありながら、この荒れた世界をどう進み、どう生き抜くかについて助言を求める。夢を持ち、人生に対する非常に深く明確な感覚を持つ若者たちを見るたびに、私は心を動かされる。

 ここ戦場において、私は多くの若者に出会います。生きる勇気を持つ者、叶えたい夢を持つ者、そして未来へのビジョンを持つ者だ。彼らの言葉に耳を傾け、彼らの人生の一部を感じ取る者たちに勇気を与えるビジョンです。

問:ロシアの大規模侵攻4周年を迎えるにあたり、Vatican Newsの読者や視聴者に伝えたいことは何でしょう。

 大規模侵攻開始から4周年を考える時、「神が民を見捨てていない」という思いに胸が熱くなります。悪は強大な力で現れ、実際、悪が人間の生を通じて働くことを許す罪は非常に強力です。それでも、ウクライナ国民が侵略者から感じる憎悪の大きさにもかかわらず、神が私たちを見捨てていないことが分かります。

 例えばザポリージャ。2023年10月以来、多くの人々がこう言ってきました。「明日か明後日にはロシア軍が街全体を破壊する。あなたがたは、もうここにはいない。死の地域となり、全てが消し去られる」と。でも2026年2月の今、この街では生活が続いています。

 戦争にもかかわらず、ここで続く生活の物語は数多い。神の御手によって人の心が改心することを阻むものは何もないと信じています。私たちの祈りは全てこの方向に向けられている。人の回心が命と平和をもたらすからです。時に思うこともあります―「この悪を打ち破る神の力と信じる者は少ない」と。しかし「悪に打ち勝つ」という夢と希望は、私たちが経験しているあらゆる恐怖や困難よりも強いのです。

 Vatican Newsの読者や視聴者にお願いしたいのは、「私たちを支えてほしい」ということです。この祈り、人間の心の回心を求める絶え間ない祈りの中で、兄弟愛を感じさせてほしい。なぜなら、命を奪う者たち、無実の人々を殺すために爆弾を送るボタンを押す者たちは、止めなければならないからです。私たちは、すべての人の目が命に向けられ、心が神に開かれるよう祈っています。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年2月21日

・司祭の殺害、教会施設の略奪続くシエラレオネで、カトリック司教団、治安当局に安全確保求める

Sierra Leone attack on the Church, the cleargy and Church institutions

(2026.2.6  Vatican News   Sr. Christine Masivo, CPS)

    バチカン通信Fidesが6日報じたところによると、シエラレオネの司教団が先の同国でのカトリック司祭襲撃事件を受けて声明を出し、「私たちカトリック司教団は、司祭・修道者に対する一連の襲撃及び管区内の宣教施設略奪を断固として非難する」とし、治安当局に安全確保を強く求めた。

 同国では、2002年に内戦が終結した後も、強盗、殺人などの犯罪や政治的なデモなど暴徒化のリスクが高い状態が続いている。

 教会関係では、2025年1月27日、アッパー・バンバラ州ペンデンブにある聖母被昇天教会の司祭館で、ジェームズ・ジョシュア・ジャムリ神父が襲われ、手、頭、両膝に負傷した。加害者は逮捕され、警察の拘置中。

 また同年8月30日夜、ケネマの無原罪の御宿り教会の司祭、オーガスティン・ダウダ・アマドゥ神父が殺害され、シエラレオネのカトリック共同体に衝撃を与えた。

 これまでにアマドゥ神父殺害に関連して6人が逮捕された。被告らは、神父を殺害した司祭館から350ドル相当のノートパソコンと現金5,000シエラレオネ・レオンを盗んだ。

 司教団は声明で、チネドゥ神父殺害とジャミル神父襲撃から半年が経過した現在も、教会の宣教拠点や資産を狙った窃盗・強盗が増えている、とし、「これらの事件により、特に脆弱な立場にある者や貧しい人々を中心に、地域社会は不可欠なサービスを奪われている」と指摘。

 「武装強盗、住居侵入、宣教施設略奪によってトラウマを負った司祭、修道者、信徒たちとの揺るぎない連帯」を再確認し、「もうたくさんだ!」と訴えた。

 そして、声明の結びで、司教団は治安当局と警察に対し、さらなる暴力の防止とシエラレオネ全土における聖職者、修道共同体、教会機関の安全確保に向けた具体的な措置を講じるよう強く訴えた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年2月7日

・「ベツレヘムの光は世の光。私たち皆が光となることを決意する」ー主の降誕教会前の「飼い葉桶広場」に数千人が参集

(Latin Patriarch Pierbattista Pizzaballa, the top Catholic clergyman in the Holy Land, arrives at the Church of the Nativity, traditionally believed to be the birthplace of Jesus, on Christmas Eve, in the West Bank city of Bethlehem, Wednesday, Dec. 24, 2025. (Credit: Nasser Nasser/AP.)Thousands flock to Bethlehem to revive the Christmas spirit after 2 years of war in Gaza

(2025.12.25  Crux  Melanie LidmanAssociated Press)

 ベツレヘム(ヨルダン川西岸地区)― 主のご降誕の前日24日、ベツレヘムの主の降誕教会前の「飼い葉桶広場」に、キリスト教徒とイスラム教徒を含む数千人が集まった。ガザでの戦争が始まって2年間、控えめな祝賀が続いた後、聖地各地の家族たちが待ち望んだ祝祭の気運の高まりを告げる光景だった。

 キリスト教徒が「イエス・キリストの誕生の地」と信じているこの街では、これまで降誕祭の祝賀行事が中止されていたが、24日には巨大なクリスマスツリーが「飼い葉桶広場」に復活し、瓦礫と有刺鉄線に囲まれた幼子イエスの戦火の中での誕生シーンに一時的に取って代わり、ガザの苦難への追悼の意を表明した。

 聖地におけるカトリック教会の最高指導者であるピエルバッティスタ・ピッツァバラ枢機卿は、エルサレムからベツレヘムへの伝統的な行列の中で今年の祝賀行事を開始し、「光に満ちたクリスマス」を呼びかけた。

 ベツレヘムの主の生誕教会で主の降誕夜半ミサを捧げた枢機卿は「21日に主の降誕前のミサを捧げたガザ地区の小さなキリスト教共同体からの挨拶を携えて来ました。ガザでは、荒廃の中にあっても、再建への願いを目の当たりにしました」としたうえで、「私たち皆が共に、光となることを決意します。ベツレヘムの光は世界の光なのです」と強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年12月25日