・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑱「”あれ”のある顔の女性」は、神への愛の表徴 

 筆者が毎日暗唱し、教訓・励みとしている14世紀ペルシャの詩人ハーフェズの詩の断片を、そのガザル(短形詩)全体とともに紹介している。しばらく、その続きである。

 

 「美女とは美しい髪や柳腰をいうだけではない “あれ”のある顔(かんばせ)の女性のとりこになろう 天国の妖精や絶世の美人の様(さま)は美しく華やか その美しさ華やかさには“何か”がある

 咲き始めた花よ(美女、神の象徴) 我が目の泉(涙)に気付けよ 汝に願いを懸けて目にあふれる涙を流している我を(助けよ) 汝が目や睫毛は弓矢の術において 弓持つ武者のいずれよりも強い 汝の美しさは輝く太陽にも勝る (太陽すら)手綱を保つことができない武者のよう

 心から絞り出される我が歌は人の心に響き汝(美女)も受け入れた 然り然り恋の歌には ひびきがある(苦しみ痛み) 修道の場で励む者に対して(導師よ)徳を吹聴するなかれ いかなる説教もなす時があり いかなる論義もなすところがある 恋の途においてはだれもが秘密の高みに達せられるわけではない おのおのの理解に応じて信ずるものだ 賢い鳥は野原を住処とはしない 春にはいつも(冷たい)秋が続くから(一時の幸せを追わない)

 賢ぶる者(導師)に伝えよ ハーフェズにその秘儀や論を売り込まないように われら(ハーフェズ)が歌も美しさや趣に こと欠かない」

 筆者が教訓にしているのこの詩の前半の自慢話は控えよ、というのは当然として、特に後半部分、議論のみならず、日常しゃべることでも、時と場所を心得るべきだ、という点は心に留めている。もっとも、なかなかそうはいかないのが凡人の常であり、自戒している。

 他方、ハーフェズの意図は自らの人生への姿勢、すなわち神への恋の道とそれにかける自らの生き方への自負である。求める美女の描写は肌理細かく微妙、まるで実際の恋の経験を踏まえて語っているかのようであるが、あくまで神への恋であり美女はその表徴である。

 美女の何とも言えぬ美しさを描写するのに、ハーフェズは「あれ」や「何か」(冒頭部分で“でくくった2つの言葉)という暗黙の了解を前提とする表現を用いている。“あれ”は、イスラム神秘主義道の専門用語であるが、後のペルシャ語文学では一般化されて、「感得できるものの言葉では、言い表せないもの」を意味するようになった。

 眼や睫毛は美女の象徴であり、その形状から弓矢にたとえられる。目は射る矢であり、睫毛は弓の形をしている。したがって「美女は弓矢の名手、いかなる弓の引き手にも負けない」と言って、その美しさと(魅)力を絶賛している。また「輝ける太陽も、美女の前では手綱さばきもままならない武者のようで、到底美女に太刀打ちできない」と述べている。そうした美女は、神でしかありえないであろう。

 続いて、神への恋の道を修行する場、修道場における先輩導師の腐敗ぶりに矛先を向け、彼らは修道場では格好よく徳を語り高説を吐くが、陰ではなにをしているのかと強く批判する。腐敗した導師を導師として認めないハーフェズに対して、導師たちも厳しく当たっていたようである。また存命当時から広くペルシャ文化の世界に知られていた詩人ハーフェズに対して、先輩導師たちのやっかみ、反発も強かったのであろう。

 それに対してハーフェズも「自分(詩作)こそ、神を求める道における苦しみや痛みを心の底から絞り出して歌っているから、人の心に訴えるのだ」と言って、導師たちに余計な説教(非難)はよしにしてくれ、と叫ぶ。それは、自らの生き方と詩人としての創造に対する強い自負の表明であり、「神への修行の道においては、誰もが目的を達せられるわけではない」とまで言っている。

(詩の翻訳は筆者)

(駒野欽一=元イラン大使)

2019年1月30日

・三輪先生の現代短評④アラン・コルバンの『静寂と沈黙の歴史』に触発されて

 平成31年1月28日午前4時、私は寝室の静寂から書斎の静寂へと身を移した。

 机上には気になった新聞記事の切り抜きが置かれている。防衛大学校の国分良成校長の教育理念の淵源が説かれている。範はイギリスのパブリックスクールにあり、「ノブレス・オブリージ」、「士官にして紳士」人のために一生を捧げる覚悟・知識・体力を備えた人間を涵養することを目標としている。

 『日経』(2019・1・21)の郵送による世論調査の結果は「信頼できる」日本の機関や団体、公職のなかで「トップ」が自衛隊であった。この2つの情報を繋ぐと、誰しもが防衛大学校の教育の成果と思わずにはいられないだろう。

 昨年の春、講演を頼まれて防衛大学校を訪れたことがある。広々としたキャンパスの戸外にも校舎内にも、豊かな静寂が満ちみちていることに、深い感銘を覚えた。

 ひるがえって自身の経験に照らして、旧制高校に同じ質の沈黙の時間帯はあったろうか。寮生にとって寝室の静寂はストームの暴力的喧噪で破られた。静寂は図書室内だけだったろうか。剣道場、柔道場に禅的な静寂はあったのだろうか。一大騒音の典型は「デカンショデカンショで半年や暮す、後の半年や寝て暮らす、ヨーイ、ヨーイデッカンショ」だった。寮生活はまさにこの造られた騒音と就寝という自然な沈黙と静寂の混淆であった。

 戦後旧制高校は廃絶され、その教育制度を惜しむ経験者はあまたいるが、その静寂を懐かしむ者はあまりいないようだ。それはどういう事か。

 戦前日本の教育の現場では沈黙と静寂は基本的徳目とされていたと思う。毎年何処かで旧制高校の卒業生による寮歌祭が開催されている。騒音による一体化の方が記憶に残り、懐かしがられている、という事なのであろうか。

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

2019年1月30日

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉗かけがえのない人生を大切に-名物教授の名物講座

 早稲田大学に、名物教授による名物講座がある。

 そんなの、珍しくもなんともないーと思い込まないでほしい。講座が設置されているのは、学部でも大学院でもない。社会人でも高齢者でも、誰もが自由
に通うことができる「早稲田大学オープンカレッジ」なのだ。

 講師を務めるのは、大槻宏樹・名誉教授。昭和8年、長野県生まれの名誉教授は、教育学とりわけ生涯学習・社会教育の権威で、オープンカレッジでは2000年度から「Death Education―死と向き合って生きる」と題する講座を約20年にわたって続けている。

 大槻講座を「死生学」と総括するのでは、かえってその対象を狭めてしまう。2018年度のカリキュラムを見ても、「他者と生きる」「〈生〉とは」「死は選べるか」「動物の死」「超高齢社会に〈老〉とは」「『きけわだつみのこえ』とその周辺」「在宅死と病院死」「墓と塔」「自死と無縁死」「生命倫理と優生思想」「遺言と辞世」――と実に幅広い視点から「生きることと死ぬこと」を学ぶ機会を与えてくれている。

 講座の狙いについて大槻名誉教授は、「死がタブー視されているのを直そうと思います。死ぬ時だけが尊厳ではないはずです。生きている時こそ尊厳であ
りたいものです。かけがえのない人生を大切に――という思いです」と語る。「Death Educationとは、死の準備教育ではありません。むしろ、死と向き
合って『生きる』ことに重点をおいています。生きるために、人と人との関係の大切さを知り、無理な自立よりも依存の大切さを学んでもらいたいのです」。

 ユニークなのは、講座の内容だけではない。毎回の講義終了後、名誉教授と受講生による茶話会を開くといったところは、まだ序の口だ。公式のカリキュラムにはない施設見学会や懇親会の開催、合宿旅行や自主勉強会などを受講生に企画させ、毎年の授業成果をまとめた論文集も、編集委員による数次の会議を経て発刊する。

 さらに2007年からは、受講年を問わず歴代の受講生たちが自由に参加できる研究発表会を11月に開催。年度末3月には、歴代の受講生が集うメガ同窓会も開かれる。同窓会組織を維持・運営するのは各期の世話役を務める幹事たち……。まさしく、大学のゼミとそのOB会のような集まりになっている。

 あまたあるカルチャーセンターの講座と同様、大学の教室内限りで離合集散するのが当たり前の公開講座で、実に「濃い」相互交流を実現していると言えるだろう。

 縁あって1月中旬、大槻名誉教授宅を訪ねた。その日は、受講生たちが名誉教授宅を訪ね、ちゃんこ鍋をごちそうになるという、これも大槻講座の「正月
行事」の日だった。

 四方の壁がびっしりと本で埋まる書斎に、いくつものテーブルを並べ、あつあつの鍋とおせち料理をいただき、受講生らが手土産に持ち寄った酒を開けていく。名誉教授を囲む形でそろった受講生たちは、おおむね60歳代以上。初孫の話をしながらワインに手を伸ばす教え子を前に、相好を崩して鍋をすすめる80歳代の恩師の姿……。「かけがえのない人生を大切に」という言葉が改めて思い起こされる冬の一日だった。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が昨夏、文庫化された。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

2019年1月26日

・菊地大司教の日記㊸「シノダリティ」について/東京教区修女連新年研修会@イグナチオ教会

2019年1月21日

シノダリティについて

 東京教区の皆様には、新年の教区ニュースの冒頭でお願いしているとおり、宣教司牧の基本方針を策定するために、今年の聖霊降臨までに、多くの方の意見を伺いたいとお願いしているところです。(教区ニュースへのリンクです

 具体的なお願いの詳細については、あらためて短い文書で、月末までに、各小教区にお願いをいたします。

 でもその前に、今回のご意見を伺うに当たって、是非とも心にとめて頂きたい言葉があります。それが、「シノダリティ」です。

 昨年10月のシノドス閉会ミサ後のお告げの祈りでの、教皇様のメッセージを、是非ともお読みください。このリンクに、中央協議会の翻訳があります。是非、ご一読を。

 その中で、教皇様は、次のように言われます。

「それは『いやしと希望』のときであり、何よりも『傾聴』のときでした。傾聴するためには、時間、注意力、さらには心と気持ちを開け放つことが必要です。しかしその行程は、日々、いやしに変わっていきました」

 互いの話に耳を傾け合うことの重要性です。その上で、

「傾聴というこの基本的な手だてを通して、わたしたちは現実を解釈し、現代のしるしを把握しようとしました。そして、みことばと聖霊の光のもとに、『共同体としての識別』が行われました。それは、主からカトリック教会に与えられたもっとも素晴らしいたまものの一つです。つまり、まったく異なる状況にある人々の発言や表情を集め、つねに福音の光のもとに、その現象の利点と複雑性を考慮に入れながら解釈しようとしたのです」

 神の求める道はどこにあるのかを、識別するのです。それも一人でそうするのではなく、共同体としての識別です。そして、

「書面の文書を作成することを第一の目的としない『シノドス様式』です。書面の文書も貴重で有益なものですが、それ以上に、現状に即した司牧的選択をするために、老若男女が集まり、協力しながら傾聴と識別を行う方法を推進することが重要です」

 「シノドス様式」と訳されている「シノダリティ」。東京教区の宣教司牧の方針を定めるに当たっても、シノダリティの道を歩みたいと思います。互いの意見に耳を傾けあい、共同体としての識別を重ねたいのです。

 ですから、今回、意見を求めるにあったては、個々人の方のご意見ではなくて、二人三人が集まって形成する「共同体」の識別の結果を伺いたいと願っています。小教区全体では無理としても、何らかの形での複数の方の互いの分かち合いと傾聴と、その上での識別の結果をお聞かせ願えればと思います。

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2019年1月12日 (土)

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 東京教区の修道女連盟主催で、毎年この時期に行われる新年研修会と新年の感謝ミサが本日1月12日午前9時半から午後3時まで、四谷のイグナチオ教会を会場に開催され、教区内の各地から300名を超えるシスター方が集まりました。

 今年のテーマは、「真の喜びに生きる教会」で、ミサと講話を今年もまた私が担当。昨年も初めてでしたので、ミサと講話を担当しましたが、そのときに話しきれなかったことが多々あったので、(たぶんそういう意味でも)、今年もミサと講話を担当することに。

Shujof1903

 テーマは、着座して一年以上が過ぎ、教区の宣教司牧の方針を確立する段階に入ったこともあり、現在の課題について話すことが主眼でした。同時に、先般青年たちの召命や信仰をテーマとしたシノドスがあったことから、「青年と召命」もサブテーマに。

 とはいえ、シノドスの最終文書の英語訳は数日前に発表されたばかりで、今回には読み込みが間に合いません。

 そこで、シノドス最終日の教皇様のメッセージ(お告げの祈り)と、閉会時に発表された短いメッセージを基にして、いくつかお話しさせて頂きました。

 その中で触れたのは、シノダリティ(シノドス様式とかシノドス的とか)のことです。

 今回のシノドスの終わりに当たっての教皇様のメッセージには、今回は参加者と青年たちがともに道を歩みながら互いに傾聴を心がけ、聖霊に導かれて識別を行い、神の呼びかけに応えることを目指したのであり、文書を作成することが最終目的ではなかったと言う言葉がありました。

 多くの人が互いの話に耳を傾けあい、自らの体験を分かち合い、祈りをともにし、神の民として一緒に道を歩みながら識別を重ねるところに、シノダリティの本質があるのだと言うことでしょう。

 教会のあShujof1905り方を考えるときに、この点を教皇様はしばしば強調されているように思います。

 東京教区にあっても、宣教司牧の方針を定めるに当たって、そういったともに歩みをともにし、互いに耳を傾け合って、祈りのうちに識別を進める道を進みたいと思います。

 準備してくださったシスター方と、イグナチオ教会の皆さんに感謝します。

 ところで、2019年度の教区の人事異動に関して、第一次の人事発表が、教区ホームページに掲載されていますので、ご覧ください。このあと、修道会なども含めて、数次にわたり、人事異動が発表されることになります。

(菊地功=きくち・いさお=東京教区大司教)

2019年1月13日

・Sr.阿部のバンコク通信㉘活気に満ちたタイの市場に活力をもらう!

  いつも活気に満ち、早朝から人々の生気で賑わう市場、私のタイでの生活になくてはならない足繁く通うお気に入りの場所です。自転車で買い出しに行く度に、喝が入り、命が湧いてくるのを感じます。

  駐車場に止めてキャスター付きの鞄を引いて、値段と品を見定めながら市場を先ずは一巡り。とにかく広い。ある時、どっさり魚を買って預け、後で持って帰ろうとして、店が見つからず困ったこともありました

 今は通い慣れた横丁、良い品をいい値段で買出し、前の籠、後ろの荷台、ハンドルにもフラフラするぐらいぶら下げて、汗だくで帰ります。帰ってから仕分け、使い勝手を考えながら捌いたり拵えたり、生きているって感じしますね。姉妹たちの食事の世話は大切な仕事、家庭と宣教の足場作りで、私は企画編集の傍、炊事

の役も兼ねています。

    この市場は「インチャルーン」と言う名で、バンコク郊外にある最大の私設市場。総面積15,000平方メートルの敷地には、約1,600店が軒を連ね、野菜、肉、魚、米、果物などタイ各地から集まるあらゆる食料品を中心に、衣料品雑貨、あらゆる日常品が揃っていて、1日2万人のお客さんで賑わうとか

     タイの国土は日本と逆、平地の割合が広く、歌にもある様に「種を巻けば必ず芽を出し豊かに実」り~で、産地と結ばれた市場には新鮮な食材が常に豊富に並んでいます。生活を支える活気ある市場が、タイ中のここそこにあり、人々が交錯する生活の銀座です。

 今年は猪年、タイでは豚です。人の命を養ってくれるありがたい生き物の数々、感謝して頂き、嬉々として生きて行きましょう。

 コラム愛読者の皆さん、謹賀新年!

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2019年1月2日

・菊地大司教の日記㊷喜びと希望、そして平安に満ちた年となりますように

2019年1月 1日 (火)

 みなさま、新年あけましておめでとうございます。

 2019年が、神様からの祝福と護りのうちに、みなさまそれぞれにとって、喜びと希望、そして平安に満ちた年となりますように、お祈り申し上げます。

 2019年1月1日の深夜零時、年が明けてすぐに、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、神の母聖マリアの祝日のミサを捧げました。深夜にもかかわらず、聖堂に一杯の方が参列してくださいました。

Nymidmass1901
2019年は、教皇フランシスコの来日が期待されている年です。最終的にはバチカンと日本政府の交渉によって、実現するかどうかは決まるのですが、現時点では、教皇様をはじめ教皇庁の方々は、訪日実現に向けて動いてくださっています。実現を信じながら、わたしたちは、単に訪問のときだけの準備をするのではなく、訪問が日本における福音宣教をさらに強める契機となるように、事前に霊的にも良い準備をしていきたいと思います。

 その手始めとして、教皇フランシスコの書かれた文書を、あらためて読み直すことなどはどうでしょうか。ひとりでは難しくても、何人かのグループで、例えば「福音の喜び」などや、または文庫で出ている説教集などを読んでみる会を開いてみるのはいかがでしょう。日本にお迎えする教皇が、どのような教会のあり方を望んでおられるのか、学ぶことは大切だと思います。

 勉強はちょっと、と言う方には、ぜひとも、教皇様のために、また教皇様の意向のために、祈ることができます。これもひとりでは大変かも知れませんが、何人かのグループで、例えばロザリオを一緒に唱えることもできるでしょう。教皇様は、常々、ご自分のために祈ってほしいと願われています。

 また、2019年は、日本にあっては平成の時代が終わり、今上天皇が譲位され、新しい時代が始まる年でもあります。憲法の精神が豊かに生かされ、新しい国民統合の象徴をいただき、世界に誇る平和国家日本の存在が強められることを、心から祈ります。

 東日本大震災の発生から、この3月で8年となります。被災した各県の復興状況は異なりますが、日本の教会全体としての関わりは、様々な地域で、様々なレベルで継続されています。東京教区が関わる南相馬にあっては、取り組みが新たな次元に入ろうとしています。これからも歩みをともにする道を進みたいと思います。東北以外にも、昨年は全国各地で災害が続きました。教会の様々な取り組みをもって、いのちの与え主である神の、誰ひとり忘れてはいないと言う思いを、目に見える形にしていくことができればと思います。

 創造主としての神が望まれる世界秩序が実現しない限り、本当の平和はあり得ないと思います。残念ながら、神が望まれる世界のあり方とは異なる方向に向かう出来事は、各地に数限りなく存在しています。神の御旨に誠実にしたがって、生きる勇気を願いたいと思います。

Nymidmass1903
以下、深夜ミサの説教の原稿です。

 お集まりの皆さん、新年明けましておめでとうございます。

 主イエスの降誕の出来事を喜びのうちに記念する私たちは、それから一週間がたったこの日、1月1日に、神の母である聖マリアを記念します。

 先ほど朗読された福音には、主イエスの誕生の夜、羊飼いたちが天使に導かれて聖家族のもとに駆けつけ、そこで目の当たりにした神による不思議なわざを、今度はさらに多くの人たちに告げ知らせていった様が描かれておりました。福音には「不思議に思った」と記されていますが、実際にはどうだったのでしょう。

 今でも、世界各地では、常識を裏切るような出来事がしばしば発生し、そのたびごとに私たちは大騒ぎをいたします。よりよい対応ができずに、たとえば予想を上回るような大災害が発生すると、「想定外」などといった言葉も使われます。そういった「想定外」の出来事が起こるとき、今の時代にはインターネットをはじめとした様々なコミュニケーション手段があるのですから、出来事のインパクトが大きければ大きいほど、多くの人を巻き込んだ騒ぎとなります。多くの人が熱狂します。

 もし仮に、2000年前にそのようなコミュニケーション手段があったとしたら、天使に導かれて聖家族に到達した羊飼いの話はあっという間に広まり、ちょっとした騒ぎを巻き起こしていたのかもしれません。

 でもわたしたちは、そういった熱狂が一時的であることを、体験を持って知っています。熱はあっという間に冷めてしまい、そうなると誰も起こった出来事に関心を持たなくなってしまう。

 羊飼いたちにしても、そうであったかもしれません。その晩起こった出来事の不思議さを耳にした人たちは、一時的に興奮し熱狂したのかもしれませんが、それはすぐに忘れ去られていったことでしょう。それを福音は、「不思議に思った」という言葉で記します。

 それに対して神の母である聖マリアは、出来事にいちいち興奮することなく、「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」のだと福音は記します。

 すべての出来事は神の御手の中にあって起こっています。起こる出来事のいくつかを通じて、神はご自分の計画を示されることでしょう。興奮していては、熱狂していては、その神の声を聞き分けることはできません。熱狂は、結局はイエスを十字架につけて殺してしまったのです。

 マリアは、観想のうちに落ち着きながら、神の思いを識別する姿の模範を私たちに示します。

 いちいち例を挙げるまでもなく、諸外国との関係にあっても、国内で起こる様々な出来事にあっても、私たちは、圧倒的な情報の前で一喜一憂し、時に興奮し、熱狂のうちにあっという間の判断を下してしまいます。落ち着きましょう。私たちが興奮して焦って、人間の思い通りに何かを進めても、それが神の計画にかなうものとは限らない、どころか、しばしば反対の結果になるのです。

 教皇フランシスコはこのことを、「時間は空間に勝る」という言葉で示されています。

 使徒的勧告『福音の喜び』に、平和を実現するための4つの原理というのがあって、最初に言われているのがこの「時間は空間に勝る」という原理です。

 教皇はこの原理について、こう言います。
「この原理は、早急に結果を出さず、長期的な取り組みを可能にします。…空間を優先することは、現時点ですべてを解決しようとする、あるいは、権力と自己主張が及ぶ空間すべてを我が物にしようとする愚かな行動へと人を導きます。」(『福音の喜び』223)

 マリアは、熱狂のうちに興奮して拙速な判断をすることなく、時間を優先して、落ち着きのうちに、神の御旨を知ろうとする謙遜な姿の模範を示しています。

 「時間は空間に勝る」は、平和を実現するための四つの原理の一つでありましたが、この1月1日を教会は、世界平和の日とも定めています。今年の世界平和の日にあたり、教皇フランシスコは、「よい政治は平和に寄与する」という題名のメッセージを発表され、政治に携わる人々に語りかけ、また多くの人がよりよい政治の実現に関心を寄せるようにと呼びかけられています。

 その中で教皇様は、まず次のように指摘されます。
「平和をもたらすことは、キリストの弟子の使命の核心です。そしてその相手は、人類の歴史に刻まれた悲劇と暴力のただ中で、平和を願い求めるすべての人です」。

 その上で、政治の果たすべき役割の重要性に触れながら、次のように政治に対する前向きな期待を述べられています。「人間のいのちと自由、尊厳に対する根本的な敬意のもとに行われるとき、政治は愛のわざの卓越したかたちとなるにちがいありません」

 そして、政治家の理想的な姿を表現するものとして、2002年に死去したベトナム出身のフランシスコ・ザヴィエル・ヴァン・トゥアン枢機卿の「政治家の真福八端」を掲げます。こう書いてあります。

        「自分の役割に対して高い意識と深い理解をもつ政治家は、幸いである。
信頼できる人柄の政治家は、幸いである。
自分の利益のためにではなく、共通善のために働く政治家は、幸いである。
一貫して忠実である政治家は、幸いである。
一致を実現する政治家は、幸いである。
抜本的改革を行うために尽力する政治家は、幸いである。
耳を傾けることのできる政治家は、幸いである。
ひるまない政治家は、幸いである」

 そして教皇様は、終わりにこう指摘されます。
「政治が平和に寄与するのは、各人のカリスマと能力を正当に評価し、それを明らかにするときです」

 新しい年の初めに当たり、この一年が私たちにとって、熱狂ではなく観想のうちに、神の御旨を識別する年となりますように、またすべての人が、それぞれに与えられたカリスマと能力を正当に評価され、それに十全に生きることのできる社会が実現しますように、ともに神の母である聖母マリアの取り次ぎのうちに、神の導きを祈りましょう。

1月の主な予定

2019年1月の主な予定です。

1月06日(日) 主の公現 (9:30新潟教会)

1月07日(月) 司祭評議会など (教区本部)

1月08日(火) カリタスジャパン会議 (全日、潮見)

1月09日(水) HIV/AIDSデスク会議 (午後、潮見)

1月10日(木) 常任司教委員会、カトリック新聞会議 (全日、潮見)

1月11日(金) ペトロの家会議 (午後、教区本部)

1月12日(土) 東京教区修女連新年研修会 (全日、麹町教会)

1月14日(月) 神言会聖霊会創立者記念日ミサ (午前中、吉祥寺教会)

1月14日(月) 新年の集いミサ (14時 カテドラル)

1月15日~19日 司教研修会 (海外)

1月20日(日) キリスト教一致祈祷集会 (14:30小金井教会)

1月21日(月) CTIC会議 (午前中 教区本部)、ロゴス点字図書館会議 (午後、潮見)

1月23日~24日 カリタスアジア理事会 (バンコク)

1月25日(金) 聖パウロの回心、祝日ミサ (夕方、聖パウロ女子修道会)

1月26日(土) 宣教司牧評議会 (14:30教区本部)

1月27日(日) 碑文谷教会ミサ (10:30)

1月28日(月) 司祭月例会 (午前中、教区本部)、教区社会部門連絡会(午後)、平和旬間拡大委員会 (夕方)

1月29日(火) WCRP(世界宗教者平和会議)日本委理事会 (10:30)

1月30日(水) カトリック新聞諮問委員会 (17:00潮見)

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教「司教の日記」より)

2019年1月1日

・Sr.岡のマリアの風㊲新年の独り言「今年もよろしくね!」

 「今年も、シスターの、聖霊の『あきらめ』に期待しています!」… 「は~っ?」少し経って…「ごめんなさい、間違えました。聖霊の『ひらめき』です!」ー新年早々、ポーランドのシスターとのやりとり。

 「あきらめ」と言えば、先日、一か月に一回の修道院会議で、韓国のシスターが「みなさん、『聖なるあきらめ』という言葉があります。この言葉を覚えましょう」と言っていた。

 日本人にとって「あきらめ」という言葉の響きは、何となくネガティブ、「静止状態」「後退」「無関心」…を連想する。でも、「聖なるあきらめ」(誰が言ったか知らないけれど)という言葉を聞いたとき、それはわたしにとって、とても新鮮で印象的だった。

 「わたしは、(または、この人、あの人は)ど~せ変わらない」という、ネガティブな「あきらめ」ではなく、「わたしも(または、この人、あの人も)一人ひとり、いただいた性格、キャラは、その人なりのユニークさであり、大切なもの。それは、変えなくてもいいし、変えようとしてはいけない」という、ポジティブな(?)「あきらめ」。

 この「聖なるあきらめ」を土台にすると、パパ・フランシスコが繰り返し言うところの、「わたしのエゴ」中心ではなく、「あなた(神)」、「あなた(他の人々)」中心、「あなた」の理屈、やり方に耳を傾け、理解しようとする態度(わたしの理屈、やり方が、当然正しい、というのではなく)が生まれるのだろう。

 一つの修道院に、さまざまな国籍のシスターたち。同じ日本人でも、育ってきた背景のまったく違うシスターたち。誤解もある、でも、豊かさも。だから、面白い。

 1月1日の朝食の最後に、みなで「一月一日」と「一寸法師」の歌を、大声で歌った。なぜ「一寸法師」かというと、昨年、「一月一日」の歌の楽譜に、その歌詞が載っていて、「なんで、それも歌わないの~?」ということになり、ついでに踊りも入って、楽しかったから。

 パパ・フランシスコは、「サプライズの神」という表現を好む。神さまが「サプライズ」なのだから、神さまを中心に集まって共に生きている、この共同体もまた、「サプライズ」の連続。

 こうやって、共同体の中で、「わたしのやり方」「わたしの好み」の「型」から「解放され」、少しずつ、神の子どもとして、自由になっていくのだろう。

 2019年、一人ひとりのシスターへの、最初の一言、最初の思いが、悪口ではなくて、良い言葉になりますように!

***

 殆ど「初夢」は覚えていたことがないが、今年の一月一日の朝(たぶん)見た夢は、強烈だった。

 海外出張で、カバンをどこかに忘れ、パスポートもお金もなく、滞在していた家にバスに乗ろうとしたら、何番のバスに乗ったらいいのか、どこで降りたらいいのかも分からない。まったく「陸の孤島」で、どうしていいのか分からない状態…で、目が覚めた。

 「恐れることはない。何を心配しているのか。あなたは小さく、足りないところばかり、分からないことばかりなのだから、わたしにすべてを委ね、信頼しなさい」という、神さまの「新年のメッセージ」のように感じた。(それでも、「正夢」でないことを願っているけれど…「海外+パスポート無し+お金無し」という経験は、さすがのわたしでも、まだ、ないし…)。

 ***

 聖書学のS神父が、イエスの「放蕩息子のたとえ」についての講話の中で、他の人の「成功」を、自分のことのように喜ぶことが、いかに難しいか、という話をしてくださった。特に、過去に「わたしも」同じことを一生懸命したのに、誰も目に留めてくれなかった、という状況で。

 「あの人」は、わたしと同じことをして、あんなに誉めてもらった。みんなが感謝している。わたしは、誰からも誉めてもらえず、感謝もされなかったのに。

 こういう時、「道」は二つある。

 (1)「わたし」は認めてもらえなかったのに、なんで「あの人」が認められるのか。「ずるい」「不公平」…。

 (2)「わたし」は認めてもらえなかったけれど、「あの人」は認めてもらえた。「うれしい」「感謝」…。

 放蕩息子のお父さん(神さま)は、祝宴まで開いて、とことん喜ぶのだから、すごい。この「天のお父さん」のようになるように、と、キリストに従うわたしたちは招かれている。

 イエス・マリア・ヨセフ、2019年、不足ばかりの貧しいわたしを、助けてください。あなたの「心の広さ」、「真の喜び」を、わたしが体験し、わたし自身がそれを生き、人々に運ぶことが出来ますように!アーメン!

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2019年1月1日

・Dr.南杏⼦の「サイレント・ブレス⽇記」㉖「♪おお友よ」そんな時…

 忘新年会、挨拶回り、冬のステージ観覧――。いずれも、⽇本の年末年始を彩る⾵物詩だ。昨年末、様々なステージを⽬指す⼈たちを陰で⽀える医師の物語「ステドク」シリーズの取材を兼ねて、ある市⺠合唱団によるベートーヴェンの交響曲第九番演奏会に⾜を運んだ。

 結団から20年以上の歴史を誇るこの合唱団に集う⼈たちは、「歓喜の歌」をこよなく愛し、年末のひのき舞台を⼤きな⽬標にして練習を重ねている。本番約2週間前の通し稽古、開演直前の声出し練習なども⾒せていただき、メンバーの熱気に直接触れる貴重な機会を得た。

 実は、練習を初めてのぞかせていただいた際、メンバーの顔ぶれを⾒て率直に感じたことは、「ご年配の⽅々が多い」ということだった。年の瀬に第九を歌い上げる市⺠合唱団は、全国の多くの都市で活動を続けているが、おしなべて⾼齢化が進んでいるのだという。練習⾒学を通じて親しくさせていただいたこの合唱団も、70歳代のメンバーはざら。80歳を超えた団員も珍しくない。そして皆さん、若々しい歌声を元気に響かせているのだった。

 趣味やレジャーそのものが多様化していることに加え、コミュニティーの構造も変わり、地域に根ざした活動をする若い⼈たちが少なくなっている現状もあるのだろう。ポジティブな側⾯もわすれてはならない。⻑きにわたってコーラスを続けられる健康なメンバーが増えているという幸福な側⾯と、そうしたメンバーを迎え⼊れる仲間たちが仲間として機能しているという地域のあたたかい環境を喜ぶ気持ちにもなる。

 そして迎えた演奏会の本番。⼤ホールのステージでは、頼もしい若⼿の交響楽団による第三楽章の演奏が終わった。演奏者の背後で合唱団のメンバーが静かに⽴ち上がり、ホール全体に歌声を響かせる。

 ♪おお友よ、このような旋律ではない! もっと⼼地よいものを歌おうではないか もっと喜びに満ち溢れるものを

 「歓喜の歌」はほとんどがシラーの詩だが、最初の3⾏だけはベートーヴェンが作詞したものだ。「もっと⼼地よいものを」「もっと喜びに満ち溢れるものを」――という歌詞は、それぞれの年齢を超えて、常に⾼みを⽬指す合唱団メンバーの思いと姿勢に重なるものがある。

 約100⼈の思いとハーモニーを合わせた歌声が⼤ホールの客席を包み、観客の⼼を魅了したことは⾔うまでもない。歌声に⼼から満⾜して会場を後にした。

 ただし、舞台上ではハプニングがひとつあった。第四楽章の終盤近くで、ある男性メンバーが、ステージ上で倒れたのだった。

 閉演の拍⼿が鳴りやまぬ中、私は急いで舞台袖から救護に回った。幸いなことに男性は、すみやかに意識を回復しており、転倒時に頭などを打った様⼦もない。念のため救急⾞で病院に搬送することになったが、⼤事に⾄ることはなかった。

 読者の皆さんに、得意になって武勇伝をお伝えしようと⾔うわけではない。何しろ、私は何もしなかった。なぜなら、すでに男性のもとへは、客席にいた医師や看護師が6⼈も駆け寄って⼿当てを⾏っていたのだ。いるところには、いるものである。

 年齢を超えて、さらに⾼みを⽬指そうとしているアクティビティーの⽮先、少しでも体調を崩したり、気分が悪くなったりしたら、遠慮なく声をあげてほしい。本⼈から「ヘルプ」のサインが発せられた時、あなたを助ける意思を持つ⼈は、意外と近くにいるはずだ。そうは⾔っても、安全第⼀は何よりも重要。

 新年会や挨拶回りの行き帰り、とりわけ暗い夜道には、「おお友よ」、くれぐれもご注意をいただきたい。

(みなみきょうこ=医師、作家: 終末期医療のあり⽅を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が、2018年7⽉12⽇に⽂庫化。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた⻑編⼩説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

2018年12月31日

・Sr.石野の思い出あれこれ⑥シスターになるか、ならないか-逡巡する心

 私はまだ18歳だった。私の人生はこれから。結婚についてはほとんど考えていなかったが、子供が好きで、好きで、小学校に入った時からいつも「小学校の先生になりたい」という強い希望を持っていた。

 その夢は大きかった。祖父が小学校の先生や校長をしていたので、そのDNAがあったのかもしれない。シスターの洗脳よろしく少しずつ修道生活について考え始めた時、「子供を扱う修道会なら、私の希望も実現できるかもしれない」と考えるようになった。

 でも、それは心の底に秘めてシスターには公言せず、いつも否定していた。ある日、私はシスターに言った。「シスターになるために、私はまだ若すぎます。まだしたいこともありますし、学びたいこともたくさんあります」と。

 するとシスターは答えた「あなたはまだ若い。花にたとえればまだ蕾です。その蕾をイエス様に差し上げたいと思いませんか?開ききったお花をイエス様に差し上げるより、蕾をさしあげて、イエス様の前で美しく開いた方がよいと思いませんか?」。

 「うーん」。心の中で唸って表面はにこにこしていた。言われてみれば確かにそう、でも、私はたとえ蕾でも、イエス様に差し上げるには早すぎる。表面は普通にしていたが、かなり衝撃を受けた。そこまでは考えてみなかった。

 でも確かに枯れかかった花をイエス様に差し上げるよりは、蕾を差し上げて、それが花開くのを見る方がずっと良い。洗礼の時のシスターにしても、どのシスターも名答をもっているものだ。

 私から笑いは消えた。片言英会話も笑いを提供してはくれなかった。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女、元バチカン放送日本語課記者兼アナウンサー)

2018年12月31日

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」(17)神への”恋”を実現する修行の要諦

 引き続き、筆者が毎日暗唱し、教訓・励みとしている14世紀ペルシャの大詩人ハーフェズの詩句である。

 「知らざるものよ 知ることのできるよう努力せよ 道を踏み出さなければいつ導くものになれるのか 愛の導師の導きで真実を求める道においては

 少年よ 急ぎ父親(導師)になれるよう努力せよ 修道の者のごとく 銅(無用のもの)から手を引け 恋の錬金術を手に入れ真金になれ

 惰眠と安逸をむさぼったため(本来の)自分から遊離した それならば惰眠と安逸をやめて(本来の)自分に戻ろう
真実の恋の光が汝の心と魂に降り注げばきっと地上の光よりも美しくなる

 ひとたび神の大海に浸れば 疑いなく 7つの大海の水も(汝の)髪一つ濡らすことはできない 汝の足から頭まですべてが神の光に包まれる

 威厳と威光(神の特性)の道に一心に邁進せよ 常に神の意を忘れず(神の意を)汝のものとするならば 正しい見方ができること疑いなし

 汝の存在の礎(生活)が失われようと 汝の心が乱されることをもはや恐れることはない

 ハーフェズよ 汝が神との邂逅を願うならば 徳(完璧)を求める(修道の)場に自らを置かなければならない」

       ・・・・・・・・

 筆者にとり、意味は明白であり、当然ですらあるが、実際においてはなかなかむつかしい。新たな道に乗り出す、といった大冒険ならずとも、毎日の勉強や些細な努力すらも、惰眠と安逸に流れてしまいかねない。そんなことでは目的や夢の成就はとてもおぼつかない、そのことを日々肝に命じている。

 他方、ハーフェズの意図するところは、自らの人生そのもの、人生に対する取り組み、すなわち神への恋を実現する道での修行の要諦を歌い上げるものである。その人生とは、(人を創造した)神から切り離されて別離と孤独を宿命とする人間として、それを克服するため神との再結合・融合を求め、本来の自分になれるよう努める生き方である。

 それが人生をよく生きることであり、完全な人間、徳の実現をかなえることになる。神との融合が実現すれば、大海の水すら人の髪ひとつ濡らすことはできず、神との恋が成就すれば愉悦に包まれた絶対的な人生が実現する。そうなれば、現実の生活の不足や不安、憂いなどは物の数ではなくなる。

 人生を生きるとは、よく生きるとは、そうした修道の人生を生きることである。実際の人生においては、修行が実を結ぶことは容易ではないが、裏切られても失望しても求め続けるほかにないのが人としての務め、宿命である。修道の場に踏みとどまる以外ない。そうした己の立場を理解し、修道の途に具体的に踏み出し、早く人をも導けるよう努めよ、と叱咤している。

 そのためには人の常である惰眠と安逸を排し、また修行にとって無用なもの(現世の権力や財、名声など)に気をひかれないで、ひたすら本来の自己発見(神との融合)に努めよ、そうすれば絶対的な境地を得られるのだ、と自らに言い聞かせている。

(翻訳は筆者)(駒野欽一=元イラン大使)

2018年12月31日

・三輪先生の年頭所感

*年頭妄語戒

 旧約聖書のシラ書に言う。「子よ、年老いた父親の面倒を見よ。生きている間、彼を悲しませてはならない。自分が活力にあふれているからといって、彼を軽蔑してはならない」。

 90歳を目前にした今、私が切実に感じていることが、そのまま表現されている。素晴らしい聖典である。なんと人間臭いことか。なんと現代的な訓戒であることか。ユダヤ人の智慧者の気遣いの深遠さよ、温かさよ。

 紀元前3世紀に東アジアの賢人荀子は言った。「美意延年」-心楽しめば長生きする、と。此処の「美」は、「楽しむ」の意味らしいが、「日ごろ美しきものを愛でて暮らす人は長生きする」と読み込んでみたい。

 「至福奉仕」のキリスト教的訓えに対して、古典ギリシャは「至福観賞」の世界、と旧制高校の倫理学教師に聴いた覚えがある。このいわば二刀流を人生を開くよすがとすれば、見場もいい青年紳士道になるのだろうが、青年の多くは、知らず知らず、「至福観賞」に偏るのだろうか。

 

*・・・そして、日米関係の今への懸念

 昭和16年12月8日、日本時間で「未明」、大日本帝国崩壊への第一歩が軍艦マーチと共に踏み出された。アメリカ大統領が歴史に残る“破廉恥なinfamy”と命名した真珠湾攻撃の大戦果に日本国民は前後を忘れて沸き返った。それが平成30年のこの記念日は、何事もなく「普通」の日として明けそして暮れた。

 これで良かったのだろうか。日本国民にとって、そしてトランプ大統領のアメリカにとって。

 前大統領オバマさんは広島の原爆記念施設を訪れたし、安倍総理も真珠湾で海底に眠る撃沈された米軍艦に向けて慰霊謝罪の意を込めた花輪をを献じたし…。強固な日米同盟の現状を映していた。中国の南シナ海における覇権に対する日米の西太平洋=インド洋のオープン・シー堅持の明確な意思表示であった。これでバランスオブパワーによる現状安定が構築されたわけだろうに。

(2019年1月1日記す)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

2018年12月31日

・菊地大司教の日記㊶「すべての命は、神から愛され、使命を与えられて生まれてきた」

2018年12月25日 (火)


主イエスの降誕、おめでとうございます。

 みなさま、お一人お一人にとって、またみなさまのご家族にとって、心の暖まるひとときが与えられる、素晴らしいクリスマスとなりますように。

 またこのクリスマスの時期に、インドネシアでは大きな津波がありました。2004年にもインドネシアでは、クリスマスに大きな地震があり津波の大きな被害が出ています。被害を受けられた方々のため、特に亡くなられた方々のためにお祈りいたしましょう。

Christmas1803
関口の東京カテドラルでは、12月24日は、午後5時、午後7時、午後10時、そして深夜零時にミサが行われました。わたしは、午後7時のミサを担当いたしました。晴れていたものの、とても寒い晩でしたが、パイプいすがすべて埋まり、立ち見も出るほどで、千人を超える方がミサに与ってくださったのではないでしょうか。聖体拝領のときにも、だいたい6割以上が祝福を求める方でした。

Christmas1805 ミサは、幼子の像を抱いて、聖堂後ろからロウソクに導かれて入堂するキャンドルサービスに始まり、幼子を祭壇前の飼い葉桶に安置して、少女たち(献金少女と呼ばれているようです)が、カップローソクを100近く並べていきました。

以下、昨晩7時のミサの説教の原稿です。

主の降誕(夜半のミサ)東京カテドラル聖マリア大聖堂 2018年12月24日

お集まりの皆さん、主イエスの誕生、おめでとうございます。

誕生したばかりの幼子は、旅の途上にありました。両親が普通の生活を営んでいた故郷の街での誕生ではなく、旅の途上でありました。加えてその日、この家族には、安心して泊る場所さえ与えられなかった。心の安まらない状況で不安を抱え、そしていのちの誕生という人生における重大な出来事に直面したとき、この家族が抱える不安は、どれほどだったでしょう。助けてくれる知り合いとて見つからない土地で、どれほどの不安を抱えていたことでしょう。

それに追い打ちをかけるようにこの家族は、今宵の不安な出来事の直後に、次には迫害を避けていのちを守るために、エジプトへ避難する旅に出かけなくてはならなかったのです。どれほど心細く、不安であったことか。

クリスマスのお祝いは、明るいイルミネーションに照らされることで、なにやら明るく楽しいイベントになっていますが、その根底には暗闇の中にある不安が存在します。

いま、21世紀の現代社会にあって、同じように不安を抱え、心細さのなかで旅を続ける家族が、世界にはどれほどいることでしょう。

いったい、明日の自分はどうなるのだろう。家族に希望を見いだすことができるだろうか。果たして明るい将来はあるのだろうか。不安の中に、家族とともに、またはただひとりで、旅を続ける人が多くおられます。

紛争の地にあって、毎日のいのちの危険から逃れるために、旅に出ざるを得なかった人。政治の対立に翻弄されて、生きる場を失った人。国際関係の波間で、人間の尊厳を奪われ、自らの意思に反して旅に出ざるを得なかった人。厳しい経済環境の中で、生きるために旅に出る選択をせざるを得なかった人。愛する家族と一緒になるため、愛する人と一緒に生きていくために、法律の枠を超えて旅に出る人。

不安の中にも旅立つ理由には、他人が推し量ることのできないそれぞれの事情があることでしょう。それは一人一人の旅人にとって、いのちをかけた決断をするだけの事情であったことだと思います。それはわたしたちも想像してみればわかることですが、単に観光のために海外へ出かけるだけでも簡単ではありません。母国を離れ、未知の国へと旅に出ることが、どれほど大きな不安を伴うものであることか。暗闇の中に足を踏み出すことほど、不安なことはありません。

キリスト教にとって、人間のいのちは神からの贈り物、賜物です。神はそれを条件をつけずに、わたしたちに与えられました。キリスト教の信仰は、完全である神が、自らの似姿としていのちを創造されたところに、人間の尊厳の源泉を見ています。そして神は、すべてのいのちを、大切なもの、かけがえのないものとして愛され、すべてのいのちがどんな条件にあったとしても、より良く生きられることを願われています。ですからキリスト教の信仰は、人間のいのちの価値は、人間が判断して決めるものではなく、神のみ手にゆだねられているのだと考えます。

ともすると今の時代、社会の役に立たないいのちには、存在する価値がないと決めつけようとすることがある。そう感じさせる事件や言動が見られるようになりました。まるで自分が生み出したものであるかのように、人間のいのちの値踏みをすることが、果たして正しいことだといえるでしょうか。

神は、大切でいとおしく思っている人間のいのちの尊厳を、明確に示すために、自ら進んで人間となられました。完全な神が、自ら不完全な人間となることで、人間のいのちが神にとってどれほど大切な存在であるのかを示されました。

神は、そうするために、どのような方法でも選ぶことができたことでしょう。

しかし神は、人間の尊厳がいのちにあることを示すために、幼子として誕生されました。親からの保護がなければ自分では生き抜くことが難しい頼りない存在の中に、人間の尊厳があることを示されました。だからすべてのいのちは、どのような状態にあっても、どのような条件の下にあっても尊厳があり、その尊厳は守られなくてはならないと、キリスト教は考えます。

さらに神は、旅路にあって暗闇の不安におののく家族に誕生されました。それによって、神は、すべての不安におののく家族に対して、自らが暗闇に輝く希望の光であることを示されました。ともに歩まれる希望の光であることを示されました。

神は希望の光。いのちの道しるべ。暗闇に輝く光。すべての不安をぬぐい去る力です。

教会は、クリスマスにあたって、あらためていのちを守り抜くことを呼びかけます。危機にさらされているすべていのちを守り抜くことを呼びかけます。その尊厳がそこなわれることのないよう、社会の状況が改善されるように呼びかけます。そして、旅にある人たちが、その安全を守られ、いのちの尊厳を奪われることのないように、歩みをともにすることを呼びかけます。

Christmas1804 クリスマスを祝うこの時期、世界の各地には、美しく飾り付けられたクリスマスツリーが数多く見受けられます。普段はキリスト教とそれほど縁のない日本においても、全国各地に美しく飾り付けられたクリスマスツリーがあります。

ツリーには様々なデコレーションがあることでしょうが、やはり一番伝統的なのはイルミネーションなどの明かりによる飾りであり、そしれ当然ですが、明かりは暗闇の中でこそ、美しく輝きます。

クリスマスツリーこそは、わたしたちがクリスマスに何を祝っているのかを、はっきりと教えてくれる存在です。暗闇の中に輝く光、すなわち人生の様々な不安を打ち破る希望の光は、イエス・キリストにあるのだと言うことを、その存在で教えているのです。

この時期、街角で、暗闇の中で様々に輝くクリスマスツリーを目にするとき、それがいのちの希望を示していること、それを通じていのちの大切さを説いていること、さらにはそのいのちが、すべて例外なく大切にされ、互いに助け合うように求められていること。それをどうぞ思い出してください。クリスマスに確認するべき愛は、助けを必要としている人への愛です。いのちの危機にさらされている人たちへの愛です。孤独と言う暗闇のうちにいる人への愛です。

すべてのいのちは、神の似姿として、よいものとして、例外なく神から愛され、神から使命を与えられてこの世界に誕生しました。誰一人として、その存在を無視されたり、排除されてもよい人はありません。神から与えられた使命を十全に生きることのできないような社会の現実も、そのままで容認されてよいはずがありません。夢物語の理想に聞こえるかもしれません。でも神はその夢物語のようなクリスマスの誕生物語の中で、今宵、ここに集まった皆さんに、語りかけておられます。

(菊地功・東京大司教「司教の日記」より)

2018年12月26日

・菊地大司教の日記㊵澤田和夫神父様、白寿の感謝ミサ

2018年12月 8日 (土)

 東京教区の名物司祭のひとりであるヨハネ澤田和夫神父様は、1919年12月9日の生まれです。すなわち、明日で99歳。白寿であります。

 8日午後2時半から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、澤田和夫神父様の白寿を祝い、感謝のミサが捧げられ、神父様とこれまで様々な出会いのあった多くの方々が参加してくださいました。その中には、岡田名誉大司教をはじめ司祭や修道者も多く、また信徒ではない方、様々な身体的であったり精神的困難を抱えて生きておられる方などなど、これまでの澤田神父様の人生を象徴するようなバラエティーに富んだ方々が集まりました。

Sawada1801

 澤田神父様は、このところ車椅子での生活をされており、日曜日にはそのまま関口教会の主日ミサに会衆席から参加されておられます。今日は、屈強な侍者の青年たちが多数集まり、澤田神父様を、車椅子ごと内陣へ持ち上げ、久しぶりの共同司式となりました。

 ミサ後には、ケルンホールで茶話会が行われ、神父様は、お元気にケーキのロウソクの炎を吹き消されておりました。

Sawada1802 神父様、お誕生日おめでとうございます。次は来年の100歳の誕生日を目指して、これからもお元気でお過ごしくださいますように。

以下本日の説教の原稿です。

 司祭が長年忠実にその務めを果たしてきたことを祝うとき、私たちは、神からの呼びかけ、すなわち召命に前向きに応えている人生そのものをお祝いいたします。ですから、澤田神父様の99歳の誕生日を祝うこのミサで、まずは召命について少し考えてみましょう。

 召命は、私たちが神の望まれる生き方を選択することにあり、その中には司祭や修道者となる生き方もありますが、私たちキリストに従う者にはすべからく、何らかの神からの呼びかけがあり、すなわち召命があります。私たちひとりひとりは、その召命に忠実に生きるようにと招かれています。

 私たちは、人生の中にあって幾度となく、どのように生きていくのか選択を迫られ、決断を重ねていきます。司祭や修道者になることだけではなく、わたしたちが神に従う者としてどのような生き方を選ぶべきなのか、どのような生き方へと招かれているのか、その神の呼びかけに耳を傾ける努力を続けることは、すべてのキリスト者に共通している大事な務めです。

 召命のために祈るのは、単に、司祭が増えるようにとか、修道者が増えるようにと祈ることだけなのではありません。そうではなくて、キリストに従う者すべてが、神からの呼びかけを識別しながら、最善の道を見いだすことができるようにと、兄弟姉妹皆のために祈ることでもあります。

 澤田神父様は1951年の12月に叙階されていますので、99年の人生のうち、ほぼすべてとも言うべき70年近くを司祭として奉仕されてきました。司祭が長年にわたり教会へ、社会へ、そして多くの人々へ奉仕されたことに感謝をささげるとき、私たちは、召命に生きる姿の模範をそこに見いだします。召命は、司祭であれ信徒であれ、キリストに従うすべての者に与えられているのですから、澤田神父様のように、長年にわたって司祭が忠実にその使命に生きる姿は、勇気を持って神からの呼びかけに応え生きる姿として、すべてのキリスト者の模範であります。

 司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」とカテキズムには記されています。すなわち司祭には、三つの重要な役割があるということです。

 一つ目は「福音を宣教すること」。二つ目が「信者を司牧すること」。そして三つ目が、「神の祭礼を執行する」ことです。この三つの務めすべてに忠実に生きる司祭の姿は、すべてのキリスト者にとって生きる姿勢への模範を示すものでもあります。

 私たちは、司祭の示す模範に倣って福音を宣教したい。私たちは司祭の示す模範に倣って教会共同体を育て上げたい。そして私たちは司祭の示す模範に従って聖なる者でありたい。

 多くの方々が、澤田神父様の70年に及ぶ司祭生活の中で、様々な出会いの体験から、この三つの司祭の務めにおいて、大きな影響を受けられてきたことと思います。勇気を持って、司祭としての召命に応え、忠実に生きてきた人生の模範であります。

 神からの呼びかけに、謙遜のうちにも勇気を持って応えられた最高の模範は、聖母マリアの生き方であります。

教皇フランシスコは、聖母マリアは祈りと観想のうちに、密やかに生きる信仰生活の姿を示しているだけではなく、その霊的な土台の上に、助けを必要とする他者のために積極的に行動する力強い信仰者の姿の模範でもあると指摘されます。

 使徒的勧告「福音の喜び」の終わりに、次のように記しています。
「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です。・・・教会の福音宣教の活動には、マリアという生き方があります。というのは、マリアへと目を向けるたびに、優しさと愛情の革命的な力をあらためて信じるようになるからです」(288)。

 聖母マリアの人生を見れば、それは決して弱さのうちに恐れているような生き方ではありません。それどころか、神から選ばれ救い主の母となるというすさまじいまでの人生の転換点にあって、「私は主のはしためです。お言葉通りに、この身になりますように」と、恐れることなくその運命を受け入れ、主イエスとともに歩み、その受難の苦しみをともにしながら死と復活に立ち会い、そして聖霊降臨の時に弟子たちとともに祈ることで、教会の歴史の始まりにも重要な位置を占めるのです。教会にとって、これほどに強い存在はありません。まさしく、信仰における「革命的な力」を身をもって表された方です。

 しかし聖母マリアは、あくまでもその強さを誇ることなく、謙虚さと優しさのうちに生きて行かれます。ですから謙虚さと優しさは、弱い者の特徴なのではなくて、本当に強い者が持つ特徴である、と言うべきでしょう。

 教皇フランシスコの言葉は、現代社会が優先するさまざまな価値観への警鐘となっています。聖母マリアの生き方を語るとき、ここでも、いったい本当に力のあるものは誰なのか、という問いかけを通じて、この世の価値基準への警告を発していると感じます。今の世界では、いったいどういう人が強い者だと考えられているのか。その判断基準は、真の強さに基づいているのか。

 聖母マリアの生き方を見るときに、本当の強さとは、謙虚さと優しさという徳のうちにあるのだと分かります。それならば、私たちの世界は「謙虚さと優しさ」に満ちているでしょうか。残念ながらそうとはいえません。それよりも、自分たちが一番、自分たちこそが強いと虚勢を張って他者を排除し、困難に直面する人や助けを必要とする存在に手を差し伸べるどころか、不必要なものとして彼らに関心を寄せることもなく、排除すらしてしまう。そんな虚勢を張った強者の価値観が力を持ち始めてはいないでしょうか。虚勢を張った強者の価値観は、どこまでも自分本位で身勝手です。

 聖母マリアの生きる姿勢に倣いながら、私たちも謙虚さと優しさのうちに、神から与えられた召命に一生涯忠実に生きていきたいと思います。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(以上「司教の日記」より転載)

2018年12月10日

・菊地大司教の日記㊴ケルン教区に表敬訪問・故マイスナー枢機卿墓参

 11月28日から本日12月5日まで、東京教区と姉妹関係にあるドイツのケルン教区を、わたしと高木事務局長の二人で、表敬訪問してまいりました。今回は特に、1988年にケルン教区長に就任し2014年に引退され、昨年2017年7月に83歳で亡くなられた前ケルン教区大司教であるヨアキム・マイスナー枢機卿の墓参も重要な目的の一つでした。

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2014年7月からケルン教区大司教を務めておられるライナー・マリア・ヴェルキ枢機卿ともお会いし、ケルン大聖堂のミサをご一緒させていただき、またこれからの姉妹教区関係についてもゆっくりと意見を交わす機会がありました。時間を割いていただいた枢機卿に感謝です。(写真は、ヴェルキ枢機卿と)

 ケルン教区からの援助については、東京教区ホームページに次のような記載があります。

 『まだ第2次世界大戦の傷あとの癒えない1954年、当時ドイツのケルン大司教区の大司教であったヨゼフ・フリングス枢機卿(すうききょう)は、ケルン大司教区の精神的な復興と立ち直りを願い、教区内の信徒に大きな犠牲をささげることを求めました。そして その犠牲は、東京教区と友好関係を結び、その宣教活動と復興のための援助をするという形で実現されていきました』(詳しくは、こちらのリンク: 東京教区ホームページ

 この支援活動が、後にドイツの教会の海外支援組織であるミゼリオールの設立につながったというお話も伺いました。

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今回は一週間という時間がとれたため、ケルン教区が取り組んでいる様々な司牧のプログラムを見学させていただきました。主に訪れたのは;青年たちのための拠点教会での活動、教区神学生との対話、デュッセルドルフでの日本人会の方々やイエスのカリタス会のシスター方との交流とミサ、そして日本人家族5名の洗礼式。ボン市内の小教区での、いくつかの小教区の連合体の月に一回の特別なミサ(下の写真。聖パウロ教会で、ミサ後の対話集会。真ん中で立っているのが主任司祭)ケルン教区カトリック社会学研究所の活動。教区のメディア関係の活動。

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なかでも、ちょうど11月30日にケルン大聖堂で、教区女性連盟の100周年感謝ミサがあり、ヴェルキ枢機卿が司式されるとのことで、一緒に司式させていただくことができました。いやはや、ケルン大聖堂の巨大なこと。

 そして信徒の数も司祭の数も、東京教区とは比べものにならないくらい巨大なケルン教区ですが、やはり召命の減少には悩まされているようで、いくつかの教会をひとりの司祭が担当する制度が取り入れられ、信徒のリーダー養成などに、様々な取り組みがなされているように伺いました。

 またデュッセルドルフでイエスのカリタス会のシスター方が幼稚園の活動をしている小教区は、聖フランシスコ・ザビエルを守護の聖人としており、12月1日の夕方のミサで、ザビエルと日本の教会について、説教もさせていただきました。シスター方はケルン市内とデュッセルドルフの二カ所で活動されていましたが、このたびケルン市内は引き上げ、デュッセルドルフに集中されるそうで、教区の方々から、一部撤退を残念がる声が聞こえておりました。それほど、イエスのカリタス会のシスター方の活動と存在が評価されている証拠であると思います。

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ミサの説教は、日本語でしたが、ドイツ語に通訳してくださったのは、なんとフランシスコ会のフーベルト神父様。数年前まで新潟教区の直江津や高田で働いておられた神父様は、ドイツに帰られ80になられましたが、お元気で、日本語ミサの手伝いをしてくださっているとのこと。思いもかけない再会でした。

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 ケルン大聖堂の内陣一番奥には、東方の三賢者の聖遺物がおさめられた金の櫃が安置されています。この三賢者の聖遺物があることで、ケルンは一大巡礼地となったのだとか。今でも巡礼で訪れる人が後を絶たず、巡礼団には、内陣の中に入り、聖遺物をおさめた櫃の下を祈りのうちに歩いて通ることが許されます。

 この聖遺物を東京教区はケルン教区から一部分けていただき、その三賢者の聖遺物は、東京カテドラル聖マリア大聖堂に安置されています。

 ケルンからの東京への支援は、今ではミャンマーへの支援へとつながりました。次にミャンマーからさらに必要のある教会へと、つながっていくことでしょう。信仰における兄弟姉妹の輪が広がり強まっていくことを願っています。

ケルン教区の皆様に、感謝。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(以上「司教の日記」より転載)

2018年12月7日

・Sr.阿部のバンコク通信㉗来年は、タイのカトリック教会正式承認から350年

 「シャム国」として知られるタイ王国(1939年改称、現在はラマ10世が国王)は、仏教を国教とし、国民の94%が信奉する仏教国です。他の宗教の活動が制限を受けた時期もありましたが、現在は、信教の自由が保障され、宣教も容認されていて、今では30万余人の信心深いカトリック信徒に恵まれています。

    カトリックの信仰は、16世紀のアユタヤ王朝の時代にポルトガル船が国交を求めて入港したのが始まり(詳細な記録はありません)、とされています。その後、ドミニコ会、フランシスコ会、パリ外国宣教会、イエズス会の宣教師が、次々とタイ国を訪れました。

    宣教師の間で、仏教文化信仰に不寛容尊敬を欠く姿勢を持つ者があり、制裁を受けたりすることもあって暫くは沈滞の時期もありました。教皇庁は事態を問題視し、慎重に検討を続けたあと、寛容こそが大事な宣教姿勢」と現地の宣教師たちも認識するに至り、ナライ王時代の1669年に、教皇正座から正式にタイ国のカトリック教会が承認されました。そして特に教育、福祉部門に貢献しながら、カトリックの信仰がタイ国に根ざす形で発展し、現在に至っています。

    来年は教皇正座からタイ国のカトリック教会が承認されて350周年。記念の年を前に、全国の教会では、年間の感謝と決意の祈りが用意され、幟が掲げられ、日々の祈りが捧げられるなど、聖職者、信徒こぞって準備を進めています。

    タイの人々の信仰心は、単純素朴で感性豊か。一緒に祈り感謝の祭儀に与っていると、「頭でっかちで理屈っぽい信仰」が、「柔らかく優しい、素直な信仰心」に変えられていくのを感じます。私の理屈の座ではなく、心身に、主が語られるのを実感し、信仰宣言と宣教の意義を新たにする毎日です。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2018年11月30日 | カテゴリー :