【12月の教皇と日本の教会の祈りの意向】

教皇の意向: 非営利団体のボランティアのために

*人間開発に携わる非営利団体のボランティアが、共通善に献身する人々に出会い、国際協力の新しい道を常に探し出すことができますように。

 教皇フランシスコは、この祈りの意向をめぐり、ビデオメッセージで次のように話された。(2022.12.1 バチカン放送)

  「世界は、共通善の追求に取り組むボランティアや組織を必要としています。そうです。今日、多くの人が消し去ろうとしている言葉、それは『献身』です。連帯に満ちたボランティアとなることは、私たちを自由にします。私たちを他者の必要、正義の要求、貧しい人の擁護、被造物の保護へと開きます。それは、眼差しや、注意深い傾聴、寄り添いをもって『慈しみを作り出す人』になるということです」

「ボランティアであるとは、あなたが奉仕する人々と一緒に働くということです。人々のためだけではなく、人々と共にです。人々と共に働くということです。ボランティア組織の仕事は、組織間や国々との協力のもとに働く時、より効果を発揮します。共に働くことで、限られたリソースにもかかわらず、最良を尽くし、希望を増やす、という奇跡を実現できるのです。私たちには希望を増やしていくことが大いに必要です」

「祈りましょう。人間開発に携わる非営利団体のボランティアが、共通善に献身する人々に出会い、国際協力の新しい道を常に探し出すことができますように」

日本の教会の意向: 苦難の中にある子どもたちのために

*いじめやさまざまな虐待の犠牲となった子どもたちに、幼子イエスの愛と恵みが注がれ、ふさわしい援助を得ることができますように。

2022年11月30日

■11月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 苦しんでいる子どもたちのために

*苦しんでいる子どもたち、とりわけ家を失ったり、孤児となったり、戦争の犠牲となった子どもたちが、教育を受けることを保証され、また家庭の愛に触れる機会に恵まれますように。

(2022.11.1 バチカン放送)
 教皇フランシスコは、2022年11月の祈りの意向について、ビデオメッセージをおくられ、次のように語られた。

**********

いまだに無数の少年少女たちが奴隷に近い状態を生き、苦しんでいます。

彼らは単なる数字ではありません。それぞれの名前と顔、神から与えられたアイデンティーを持った人間です。

あまりにもしばしば、私たちは自らの責任を忘れ、搾取されるこれらの子どもたちを前に目を背けてしまいます。彼らには遊び、勉強し、夢を見る権利もありません。家庭の温かささえ知ることがありません。

疎外され、家族から見捨てられ、教育も医療ケアも受けられない子どもたち一人ひとりが、一つの叫びです。その叫びは神に上げられ、私たち大人が築き上げたシステムを訴えています。

見捨てられた子どもは、私たちの責任です。

子どもたちが一人ぼっちで見捨てられたように感じることがこれ以上あってはなりません。神が彼らを決してお忘れにならないことを知るために、教育を受け、家族の愛を感じる必要があります。

祈りましょう。苦しんでいる子どもたち、とりわけ家を失ったり、孤児となったり、戦争の犠牲となった子どもたちが、教育を受けることを保証され、また家庭の愛に触れる機会に恵まれますように。

(編集「カトリック・あい」)

 

 

日本の教会の意向: 海外宣教者のために

*海外で宣教活動に従事する司祭、修道者、信徒が、厳しい状況にあっても、主に対する信頼と希望に支えられて、奉仕する力を保ち続けることができますように。

2022年10月30日

■10月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: すべての人に開かれた教会であるように

*信仰にあふれ、福音を宣べ伝える力に満ちた教会が、連帯、友愛、歓待の共同体として、常にシノドス(世界代表司教会議)の雰囲気のうちに生きることができますように。

 

 

(2022.10.3 バチカン放送)教皇フランシスコは、この祈りの意向について、ビデオメッセージで次のように話された。

・「シノドスをする」とはどういうことでしょうか。それは「共に歩む」ということです。「シノド」とは、ギリシア語で「共に歩む」こと、「同じ道を歩む」ことを意味します。  そして、これが第三千年期の教会に神が望まれていることです。歩む民として、共に旅する自覚を取り戻すことです。

・シノドス的なスタイルを持った教会は、耳を傾ける教会、ただ聞くのではない、傾聴する教会です。 多様性のうちに互いに耳を傾け合い、教会の外にいる人に扉を開くことです。 それは意見を集めることでも、議会を設けることでもありません。シノドスは調査ではありません。「主役である聖霊に耳を傾けること」「祈ること」です。祈ることなしに、シノドスはありえません。

・寄り添う教会となるために、この機会を有効に用いましょう。「寄り添い」とは神のスタイルです。そして、注意深く耳を傾け、”シノドスの道”を歩んでいるすべての神の民に感謝しましょう。

・祈りましょう。信仰にあふれ、福音を宣べ伝える力に満ちた教会が、連帯、友愛、歓待の共同体として、常にシノドス(世界代表司教会議)の雰囲気のうちに生きることができますように。

(編集「カトリック・あい」)

 

 

 

日本の教会の意向: 医療従事者のために

*医療従事者のために祈ります。コロナ禍の中で、病床にある人や高齢者のために働く人々が、看護や介護を通して神の愛を伝えることができますように。

2022年9月30日

■9月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 死刑の廃止のために

人間の尊厳を侵害している死刑制度が、すべての国で法的に廃止されますように。

(2022.9.1 バチカン放送)

教皇フランシスコは、この祈りの意向をめぐり、ビデオの中で次のように述べられた。

**********

世界では、死刑制度への反対が日々広がっています。教会にとって、これは希望のしるしです。

法的に見て、死刑制度は必要ではありません。社会は、犯罪者が自らの罪をあがなう可能性を完全に取り上げることなしに、犯罪を効果的に抑制することができます。

すべての法的判決は、希望の窓であるべきです。死刑は犠牲者に正義をもたらすことなく、むしろ復讐を促します。そして、起こりうる誤審を償うあらゆる可能性を妨げてしまいます。

また、別の面から言えば、死刑は、生命という私たちが受け取った最も大切な賜物を壊してしまう意味で、倫理的に受け入れられません。

最後の瞬間まで、人は回心、し変わることができる、ということを忘れないようにしましょう。福音の光に照らして、死刑制度は認めがたいものです。「殺してはならない」という戒めは、無実の人にも、罪のある人にも言えることなのです。こうしたことから、全世界における死刑制度廃止のために力を合わせるよう、すべての善意の人にお願いします。

祈りましょう。人間の尊厳を侵害している死刑制度が、すべての国で法的に廃止されますように。

 

 

 

日本の教会の意向: 高齢者について

高齢者が、社会でも、教会の中でも、それぞれの役割を通して、生き生きと生活できますように。

2022年8月31日

■8月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 小規模事業のために

*中小規模の事業体が、経済的社会的危機にあっても、その事業を継続する道を見い出し、地域社会に奉仕することができますように。

(2022.8.2 バチカン放送)

教皇フランシスコは、この祈りの意向について、ビデオメッセージの中で次のように話された。

「新型コロナの世界的感染と戦争の影響で、世界は社会的、経済的な大きな危機に直面しています。私たちはまだそれを理解していません。これによる深刻な被害を受けた人々の中には、中小企業家たちがいます。それは、商業、手工業、清掃、運送、その他、多くの分野の人たちです。彼らは高額所得者や権力者のリストには出てこない人たちです。しかし、困難にもかかわらず、自らの社会責任を果たしながら、雇用の機会を生み出しています。資産を納税回避地に隠したりせず、共通善に投資する人々です。彼らは皆、底辺から、いつでもより良い創造性が生まれてくる場所から、物事を変えるために、非常に大きな創造力を捧げています。勇気と努力、犠牲をもって、幸福と機会と仕事を生み出しながら、人生に投資しています。祈りましょう。中小規模の事業体が、経済的社会的危機にあっても、その事業を継続する道を見いだし、地域社会に奉仕することができますように」(編集「カトリック・あい」)

 

日本の教会の意向: 世界の平和

*戦争、内戦が続く国々や地域、とくにミャンマー、シリア、パレスチナ、アフガニスタンの人々に平和と安定がもたらされますように。

2022年7月30日

7月の教皇と日本の教会の祈りの意向

 

教皇の意向: 高齢者のためにー7月24日は教会の「高齢者のための祈願日」

*ルーツと記憶を体現する高齢者の知識と経験が、希望と責任をもって将来を歩む若者の助けとなりますように。

 (2022.6.30 バチカン放送)
 教皇フランシスコは2022年7月の祈りの意向について、ビデオメッセージをおくられた。内容以下の通り。

 「私たちの中にいる高齢者の重要性を語らずして、家庭について話すことはできません。歴史の中で、私たち人類がこれほどまで多かったことはありません。しかし、この新しい人生の段階をどのように生きたらいいのか、についてはよく知られていません。高齢者を支援する計画は多くても、高齢者の人生のための計画はあまりないのです。高齢者は、いたわりや、内省、愛情に対し、しばしば特別な感受性を持っています。すでに”優しさの師”、あるいはこれから優しさの師になれるかもしれません。戦争に慣れたこの世界にあって、私たちは真の”優しさの革命”を必要としています。これについて、私たちは新しい世代に対して大きな責任を負っています。祖父母とお年寄りたちは、私たちの生活を育む糧、人々の隠れた知恵です。それゆえに、お年寄りたちを記念することは素晴らしいことです。こうして、私は高齢者たちに捧げる日を創設しました。高齢者たちが”優しさの師”となれるよう祈りましょう。ルーツと記憶を体現する高齢者の知識と経験が、希望と責任をもって将来を歩む若者の助けとなりますように」。

 

日本の教会の意向: 社会的孤立の予防

*分断されていく社会の中で孤立する人々、社会から切り捨てられていく人々に寄り添い、人とのきずなの中で生きる喜びを分かち合うことができますように。

2022年6月30日

6月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 家庭のために

*全世界のキリスト者の家庭が、無条件の愛を身をもって体験し、日々の生活の中で聖性を高めていくことができますように。

 (2022.6.2 バチカン放送)

「家庭は共に生きることを学ぶ場所です。それは最も若い人も、最も高齢の人も一緒に生きることです。一緒にいることを通して、若者、お年寄り、大人、子供たちが、違いの中に一致しながら、その生活の模範をもって福音を告げるのです。もちろん、完璧な家族は存在しません。いつも何らかの問題はあるものです。しかし、心配はいりません。過ちを恐れてはいけません。前進するために、過ちから学ぶ必要があります。神が私たちと共にいてくださることを忘れてはなりません。神は、家庭に、私たちが住む町に、私たちと一緒におられます。そして、神は私たちを注意深く見守り、荒れた海で舟が揺れるたびに、私たちと共にとどまってくださいます。家庭における愛は、私たち一人ひとりにとって、聖性への固有の道です。そのために、今月の世界家庭大会に合わせて、私はこのテーマを選びました。祈りましょう。全世界のキリスト者の家庭が、無条件の愛を身をもって体験し、日々の生活の中で聖性を高めていくことができますように」

 

 

日本の教会の意向: 地球環境保護

*人間の活動による環境破壊や気候変動の影響による自然災害の被害にあった人々を支援し、地球環境を保護する取り組みを推進していくことができますように。

2022年5月31日

5月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 信仰豊かな若者のために

・すべての若者が自らの召命を充分に生きることができるよう祈ります。よく聴き、深く識別し、信仰を貫き、奉仕に献身した聖母マリアの生き方を知ることができますように。

 5月の祈りの意向についての教皇フランシスコのビデオメッセージの言葉は次の通り。(2022.5.3 バチカン放送)

  「家庭について語るにあたり、まず若者たちに言葉を向けたいと思います。若い皆さんが共感できるような模範を考える時、私たちの母、マリアの姿が、その勇気、耳を傾ける力、献身的な奉仕と共にいつも頭に浮かんできます。

マリアは勇気と決意をもって、主に『はい』と答えました。何か新しいもの、より良い世界を築きたいと思う若者の皆さん、マリアの模範に倣い、リスクに挑戦しましょう。マリアに従うには、皆さんが可能と思うことではなく、イエスが何を皆さんにお望みなのかを、識別し発見しなくてはなりません。

そして、この識別において、皆さんの祖父母の言葉に耳を傾けることが大いに役立ちます。皆さんは祖父母の言葉の中に、今の問題を乗り越えるための知恵を見出すことができるでしょう。それらの言葉は皆さんの不安に対し、もっと大きな見方を与えてくれるでしょう。

兄弟姉妹たちよ、祈りましょう。すべての若者が自らの召命を充分に生きることができますように。よく聴き、深く識別し、信仰を貫き、奉仕に献身した聖母マリアの生き方を知ることができますように」

 

 

日本の教会の意向: 困窮者との連帯

・経済的な格差が広がる社会の中で、周縁に追いやられた人々と連帯し、支援していくことができますように。

2022年4月30日

4月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 医療従事者のために

*病者や高齢者のために、とりわけ最貧国で奉仕する医療従事者が、政府や地方自治体から適切な支援を受けることができますように。

 教皇フランシスコは、この祈りの意向について、ビデオメッセージで次のように話された。(2022.4.5 バチカン放送=編集「カトリック・あい」)

 「今月は医療従事者のために祈りましょう。 パンデミックは、医療従事者の献身と寛大さを私たちに示しました。これらの人々は、ボランティア、医療の世界で働く人々、司祭、修道者たちです。

一方で、このパンデミックは、すべての人が公共の良い医療システムにアクセスできるわけではないことをも明らかにしました。最も貧しい国々、弱い立場にある国々は、人々を苦しませ続ける多くの病気のために必要な治療を受けることができません。多くの場合、これはずさんなリソース管理や、真摯な政治的努力の欠如によるものです。

こうしたことから、皆がアクセスできる良い医療サービスは一つの優先課題であることを忘れないよう、世界のすべての国々の政府にお願いしたいと思います。

また、医療サービスとは単なる組織ではなく、他者の健康をケアするために人生を捧げる人々をも含んでいること、また、彼らがこのパンデミックで多くの患者の回復のために自らのいのちをも捧げたことを思い出したいと思います。

祈りましょう。病者や高齢者のために、とりわけ最貧国で奉仕する医療従事者が、政府や地方自治体から適切な支援を受けることができますように」

 

 

日本の教会の意向: 家庭

*すべての家庭の平安のために祈ります。とりわけ、悩みを抱え、きずなが揺らいでいる夫婦が互いに歩み寄り、和解への糸口を見出すことができますように。

2022年3月31日

◇3月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の祈りの意向: 生命倫理の課題へのキリスト者の対応

・キリスト者が直面している生命倫理の新しい課題のために祈ります。祈りと活動を通して、命の尊厳を守り続けることができますように。

(2022.3.9 バチカン放送)教皇フランシスコは9日、この祈りの意向について、ビデオメッセージの中で次のように述べられた。

「生命倫理の課題にキリスト教的回答を与えることができるように祈りましょう。 キリスト者が直面している生命倫理の新しい課題のために祈ります。祈りと活動をとおして、命の尊厳を守り続けることができますように。

科学は明らかに発展し、今日、生命倫理は、回答すべき一連の問題を、私たちに突きつけています。ダチョウのように頭を砂の中に隠すわけにはいかないのです。バイオテクノロジーの応用は、常に人間の尊厳を尊重することから始めなくてはなりません。たとえば、ヒト胚を使い捨ての素材のように扱い、”使い捨ての文化”に入れられることはあってはなりません。”使い捨ての文化”は、多くの被害をもたらします。

経済的利益が、生物医学の研究を左右することがあってはなりません。より深い繊細な識別をもって、大きな変化が起きようとしていることを理解しなければなりません。

科学技術の進歩を止めよう、と言っているのではありません。それを注意深く見守ること、人間の尊厳と進歩の両方を保護することが必要なのです。別の言い方をするなら、人間の尊厳を手放して、技術の進歩を得ようとしてはならない。双方が調和し合いながら、共にあることが重要なのです。

キリスト者が直面している生命倫理の新しい課題のために祈ります。祈りと社会的活動を通して、命の尊厳を守り続けることができますように」

(編集「カトリック・あい」)

 

 

 

日本の教会の祈りの意向: 召命

・私たちが、それぞれの職場や家庭の中で、自分に委ねられた召命を生きることができますように。

2022年2月28日