・教皇、大阪大司教区と高松教区を合併し「大阪・高松大司教区」にー教区の再編・統合含む抜本改革が司教団の緊急課題

(2023.8.16 カトリック・あい)

 教皇フランシスコはローマ時間8月15日正午、大阪教区と高松教区を合併し、新たに大阪・高松大司教区を設立、その初代大司教として前田万葉枢機卿を任命することを発表された。新しい教区の日本語における正式名称は、後日、大阪教区より発表される予定。

 日本の教会は、戦後になって1947年に琉球使徒座管理区(後に那覇教区)、1961年に宮崎知牧区改編される形で大分教区が誕生したのを除くと、第二次世界大戦前の1936年までに出来た教区体制が事実上、この90年以上にわたる教会内外の大きな変化の中で、変わらずに続いてきた。

 今、日本の教会は、信徒の教会離れ、信徒数の減少・高齢化、司祭の減少・高齢化などが深刻化しており、希望ある将来につなげるための、教区の再編・統合も含めて、抜本的な体制改革が緊急の課題となっている。司教団が、今回の大阪、高松の教区合併を”一過性の現象”に終わらせず、この課題に真剣に取り組む契機とすることが求められる。

 なお、16日午前10時時点で、この合併について、大阪、高松いずれの教区の公式ホームページには一言も掲載されておらず、まず情報が提供されるべき小教区、信徒たちには知らされていないようだ。ここにも、教皇フランシスコが繰り返し訴えておられる「Synodal(共に歩む、共働的)教会」の理念からかけ離れた高位聖職者の意識が見て取れ、日本の教会改革にはまず、高位聖職者の意識改革から始めねばならないことを、図らずも示しているようだ。

 

*信徒数4位の大阪教区が最少の高松教区を”吸収合併”したが、日本にはまだ15の教区

 

 事実上”吸収合併”されることになった高松教区は、1904年、徳島、香川、愛媛、高知の四国4県は、大阪教区から分離されて四国使徒座知牧区となったのが始まりで119年の歴史を持つ。1949年に知牧区長館が徳島市から高松市に移され、1963年9月に司教区に昇格して高松教区となった。

 カトリック中央協議会が公表している「カトリック教会現勢」の最新版(2022年)によると、大阪教区の信徒数は東京教区、長崎教区、横浜教区に次いで第4位の4万6817人、司祭数は東京教区に次いで2位の148人。高松教区の信徒数は全国16教区の中で最も少ない4208人、日本最大の小教区、東京・麹町教会の4分の1にも満たず、司祭数は13位の34人。合併後の大阪・高松教区ではそれぞれ、5万1015人、182人となるが、順位に変化はない。

 なお大阪教区は大阪、兵庫、和歌山の3府県、高松教区は徳島、香川、愛媛、高知の四国4県を管轄しており、合併により新教区の管轄は7府県、、管轄都道府県数では日本最大の教区となる。

 また大阪教区は教区長の前田大司教・枢機卿と酒井補佐司教で、高松教区は教区長の諏訪司教が2022年9月に定年で退任し、空位。このため、司教職に関係する人事は、前田・大阪大司教がそのまま、大阪・高松大司教となる以外に変わりはない。

 今回の合併で、日本のカトリック教会の教区数は16教区(3大司教区・13教区)から15教区(3大司教区・12教区)に一つ減る。

 

*東京・麹町教会の信徒数よりも少ない教区が7つもある

 ちなみに、日本の小教区で信徒数が最も多いのは東京教区の麹町教会で1万7152人(2019年12月末現在。次が長崎教区の浦上教会で約7000人と言われている=公表データが見つからない)。麹町教会一つよりも信徒数の少ない教区は、札幌(1万4958人)、仙台(9196人)、鹿児島(8420人)、新潟(6676人)、那覇(6132人)、大分(5607人)、高松(4208人)と7つ。今回の合併で、一つ減るが、麹町教会よりも信徒数が少ない教区が高松を除いでも6つもある現状は、信徒数も、司祭の数も減り続ける中で考え直す必要があるようだ。

 

*ミサ参加者、受洗者、司祭数など激減の中で、教区によってばらつきも

 

 先ごろカトリック中央協議会が公表した「カトリック教会現勢」を10年前に公表された「現勢」と合わせて算定した結果は、別掲しているが、ここで改めて説明すると、2022 年 12 月末現在の日本の聖職者、一般信徒などを合わせた「信者数」は」42 万 2450 人で、10 年前の 2012 年の 44 万 4441人より 2万1991人、 4.95%減った。日本の総人口に占める割合は2022年が 0.335 %、2012 年は 0.351 %で、毎年、小幅ながら日本の総人口の減少を上回る減り方を続けている。またミサ参加者は、日本でコロナ大感染が始まる直前の2019年と比べて、主日、復活祭、クリスマスともに4割前後も激減しており、信者減少に対する長期的な取り組みと共に、コロナ禍で激減したミサ参加者、教会を離れた信徒を、どのように回復するのかも、教会にとって大きな課題となっていることが明瞭に浮かび上がっている。

 全国で16ある教区別に見ると、信徒数が最も多いのは東京で9万2001人、これに長崎の5万6826人、横浜の5万2929人、大阪の4万6817人が続き、最も少ないのは高松の4208人など、1万人未満が大分、那覇、新潟、仙台、鹿児島をあわせて6教区もある。2012年から10年間で減り方が最も大きいのは仙台の11.04%で、これに札幌9.70%、大阪9.20%、鹿児島8.22%、それに長崎の7.80%が次いでおり、減少数では長崎が4808人と最も多くなっている。

 ちなみに東京は2.38%の減少にとどまり、那覇とさいたまは、それぞれ4.16%、2.43%の増加。特に後者は、外国人の顕著な流入が影響していると見られる。

 

*”中心教会”の一つであるはずの長崎教区が…

 

 聖職者・修道者・神学生の減り方を教区別に見ると、大幅な減少率の中で、教区によるばらつきがみられ、最も大幅な減少率を示したのは仙台で44.03%、ついで、新潟、福岡、鹿児島、高松が30%を超えている。大きく落ち込むなかでもばらつきがみられるのは、2022年までの十年間の主日のミサ参加者の減り方で、東京が51.92%と半減しているほか、札幌が48.15%、横浜が46.17%、鹿児島が41.87%、長崎が41.58%を4割を上回る減少。対して、大阪は12.17%の減少にとどまっている。

 年間の受洗者数を見ると、2022年の全国総数4089人のうち、トップは東京の996人、ついで横浜527人、名古屋503人、大阪419人で、信徒数で2位の長崎は237人にとどまっている。2012年に比べた受洗者の減り方もっとも大幅なのは鹿児島で64%、次いで新潟60.52%、長崎が52.88%で三番目に大きい落ち込み。対して、広島2.75%、名古屋2.90%、さいたま3.85%と小幅の落ち込みにとどまる教区もある。

 以上の教区別の動きを見ると、特に日本のカトリック教会の中心教区の一つとされてきた長崎が、信徒数の減少、主日のミサ参加者の減少、新規受洗者の減少率がそろって大幅になっているのが目立つ。その原因として考えられることについて、ここでは明らかにすることは避けるが、当事者も含めて心当たりの方も少なくないだろう。一言で言えば、信頼回復の努力、体制の見直しも含めた抜本的な教会改革、その前提として高位聖職者の意識改革が必要、ということではなかろうか。

 

*戦前、20年余りの間に11の教区が新たに作られたが、戦後78年で減る教区はただ一つ

 日本の現在のカトリック教会は1846年(弘化3年)に日本代牧区が設置されたことに始まり、1876年(明治9年)に、近畿、中国、四国、九州を管轄する「南緯代理区」と、中部、関東、東北、北海道を管轄する「北緯代理区」の”2教区体制”に分けられ、前者は1888年に「南緯代理区」(九州管轄、1891年に長崎教区に名称変更)と「中部代理区」(近畿、中国、四国管轄、1891年に「中部教区」)に、後者は1891年に「東京大司教区」(関東7県、中部9県管轄)と「函館教区」(北海道、東北管轄)の”4教区体制”となった。

 1900年代に入って、1904年に中部教区から「四国知牧区」が分かれた。その後、函館教区から1912年に「新潟知牧区」、1915年に「札幌知牧区」が分かれ、1923年に中部教区から「広島代理区」が分かれ、それより一年前の1922年に東京教区から「名古屋知牧区」が分かれ、さらに長崎教区から1927年に「鹿児島教区」と「福岡教区」が分かれ、1935年に「宮崎知牧区」(後に再編されて「大分教区」に)が分かれた。1937年に中部教区から「京都知牧区」が、東京教区から「横浜教区」が分かれ、1939年にはさらに、横浜教区から「浦和知牧区(現在のさいたま教区)」が分かれた。1936年に函館から仙台に司教座が移され、事実上の「仙台教区」が生まれるといった具合に、20年余りの間に11教区というm「異常ともいえる速さで速い分離・独立が繰り返された。

 戦後になって、1947年に琉球使徒座管理区(後に「那覇教区」)、1961年に長崎教区から「大分教区」が分かれて誕生したが、現在の教区の体制は、戦前、1936年までに事実上、出来上がっていたわけで、逆に、大分教区誕生以来、教会内外の環境激変の中で、60年以上も、新たな再編統合に全く手を付けてこなかったことが奇異に感じられる。

 ちなみに、第二バチカン公会議での、世界に開かれ、共に歩む教会を目指す改革の方針決定を受けて、今から半世紀前、日本の司教団の中にも積極的な取り組みの動きがあり、具体的には、東京教区と横浜教区を再編・合併して「首都圏教区」とし、日本の教会改革の推進力とするアイデアが浮上したが、多くの司教たちの反対で日の目を見ることができなかった。

 再編統合の動きが、自分たちの関係する教区にも広がり、教区が削減、教区長である司教ポストも削減されるのは困る、自分の任期中にそのようなことがあっては困る、というのが、反対者たちの”本音”との見方もあったが、それが真実とすれば、誠に低レベル、目先の自分の利害しか考えない、聖職者にあるまじき対応だったといえよう。このようなことが、繰り返されないよう願いたい。

 

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 なお、日本時間8月16日午前9時過ぎにバチカンのホームページに掲載された内容、公式英語訳は以下の通り。上記の信徒数などに若干の違いがあるが、これは定義の違い、日本からの報告の時期の違いなどによるものと思われるが、大きな差はない。

Erection of the metropolitan archdiocese of Osaka-Takamatsu, Japan, and appointment of first metropolitan archbishop

The Holy Father has erected the new metropolitan archdiocese of Osaka-Takamatsu, Japan, by incorporating the archdiocese of Osaka and the diocese of Takamatsu.

The Holy Father has appointed His Eminence Cardinal Thomas Aquino Manyo Maeda, until now archbishop of the archdiocese of Osaka, as first metropolitan archbishop of the new archdiocese of Osaka-Takamatsu.

Curriculum Vitae

His Eminence Thomas Aquino Manyo Maeda was born on 3 March 1949 in Tsuwasaki, Kami Goto, Prefecture of Nagasaki, in the archdiocese of the same name. After completing his studies at the Nanzan High School of Nagasaki, he entered the Saint Sulpice Major Seminary of Fukuoka.

He was ordained a priest on 19 March 1975 and incardinated in the archdiocese of Nagasaki.

On 13 June 2011 he was appointed bishop of the diocese of Hiroshima, and received episcopal consecration on the following 23 September. Since 2014 he has served as metropolitan archbishop of Osaka, and was created a cardinal on 28 June 2018, of the Title of San Pudenziana.

Statistical data

Osaka Takamatsu Osaka-Takamatsu
Area (km sq) 15,031 18,804 33,835
Inhabitants 15,307,909 3,766,866 19,074,755
Catholics 47,170 (0.31%) 4,243 (0.11%) 51,413 (0.27%)
Parishes 77 28 105
Diocesan priests 48 19 67
Religious priests 90 16 106
Permanent deacons 1 3 4
Major seminarians 3 0 3
Men religious 17 1 18
Women religious 543 49 592
Educational institutes 91 27 118
Charitable institutes 89 24 113

 

2023年8月16日

・教皇の来年元旦の世界平和メッセージのテーマ「AI(人工知能)と平和」でバチカン総合人間開発省が声明

People taking photos and videos of Pope Francis at the weekly General AudiencePeople taking photos and videos of Pope Francis at the weekly General Audience  (AFP or licensors)

 バチカンの総合人間開発省が8日、声明を発表し、来年2024年元旦の「世界平和の日」に教皇フランシスコが出されるメッセージが「AI(人工知能)と平和」となることを明らかにする共に、「破壊的な可能性と、プラスの効果をもつAIの新技術の意味についてのオープンな対話」を呼びかける教皇の意向を強調している。

 AIについては、最近、それが持つ潜在的な大きな可能性と共に、情報の恣意的な摂取、改ざん、公共の安全や福祉を脅かす懸念が強まっており、教皇のメッセージのテーマが、AIのプラス面を強調しているように受け取られかねない、との懸念から、メッセージ発出の5か月も前に、異例の声明を出したもの、と見られる。(この項、「カトリック・あい」)

 声明では「AIの分野での目覚ましい進歩」と、それが「人間の活動、個人生活、社会生活、政治、経済に与える影響が急速に増大している」とし、教皇は元旦のメッセージで、「破壊的な可能性とプラスの効果という相反する潜在性を備えたAIなどの新技術の意味についてのオープンな対話」を呼びかけ、「最も脆弱で排除された人々を犠牲にして、そのような機器の製造と使用に暴力と差別の論理が根付かないように」十分な配慮が必要であると強調することにされている、と述べた。

 さらに声明は、「AIを人類に奉仕させ、私たちの共通の家の保護に役立てることを目的とし、AIの概念と利用を責任ある方法で方向付ける必要性」についても触れ、その目的は、倫理的な配慮」を「教育と法律」の分野にまで広げなければ達成できない」と強調している。

 そして、「個人の尊厳の保護と、人類家族全体に実質的に開かれた友愛への配慮」が、「世界の正義と平和の促進に貢献するための技術開発にとって不可欠な条件である」と述べて、生命は締めくくられている。

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 カトリック教会は 毎年1月1日、聖母マリアの祝日を「世界平和の日」とすることが、 1967 年に教皇パウロ 6 世によって定められ、平和構築の取り組みに関連して重要な主題について考えるようすべての人々に奨励する教皇からのメッセージが発出されることになっている。今年のメッセージで、教皇フランシスコは、「誰も一人では救われない。 共に新型コロナウイルス感染症と闘い、平和の道を一緒に歩み始めよう」だった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年8月9日

【教皇 ポルトガル訪問最終日】教皇、6日午後、世界青年の日(WYD)大会ボランティアとの集いの後、帰国

(2023.8.6 バチカン放送)

 6日、ポルトガル訪問の最終日を迎えられた教皇フランシスコは、午前、リスボン市内のテージョ公園で、世界青年の日(WYD)大会の記念ミサ(閉会ミサ)を捧げられた後、午後、リスボン郊外、パッセイオ・マリティモ・デ・アルジェスで、WYD大会のボランティアたちとお会いになった。そして、フィーゴ・マドゥーロ軍用飛行場で見送りを受けた教皇は、特別機でリスボンを後にし、ローマへ戻られた。

 今回のポルトガル訪問は、首都リスボンで開かれたカトリックの若者たちの祭典「世界青年の日(WYD)大会の各種公式行事への参加を主な目的としていた。2日から5日間にわたるポルトガル訪問で、教皇はWYD大会の諸公式行事の会場となったリスボンを拠点に、カスカイスへの訪問、ファティマ巡礼などを交えながら、様々な形で若者たちとの交流を深めた。

 また、教皇はポルトガル滞在中、マルセロ・レベロ・デ・ソウザ大統領をはじめ、同国の各界要人や、カトリック教会を代表する人々とも会見された。

 ポルトガル訪問最終日、教皇は午前中リスボンのテジョ公園でワールドユースデー大会閉会に伴う記念ミサをとり行い、午後にはパッセイオ・マリティモ・デ・アルジェスで大会ボランティアたちの労をねぎらわれた。

 そして、教皇は夕方、フィーゴ・マドゥーロ軍用飛行場で大統領や教会関係者に見送られ、現地時間18時20分、特別機でリスボンを後にされた。

 教皇を乗せた特別機は、同日午後9時40分、ローマ・フィウミチーノ国際空港に到着。ご自身の第42回海外司牧訪問(イタリアを除く)を終えられた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年8月7日

・教皇、ポルトガル訪問とWYDリスボン大会を前に、聖母に保護を祈る

ローマの聖マリア大聖堂に伝わる聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」の前で祈る教皇フランシスコ ローマの聖マリア大聖堂に伝わる聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」の前で祈る教皇フランシスコ  

 ポルトガル司牧訪問を2日後に控えた7月31日、教皇フランシスコはローマの聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)を訪問され、今回の訪問とその主たる目的である世界青年の日(WYD)リスボン大会の成功と保護を聖母マリアに祈られた。

 教皇は、同大聖堂の聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」(ローマ人の救い、の意味)が掲げられたボルゲーゼ礼拝堂に入られ、始まるポルトガル訪問と、WYDリスボン大会を聖母の保護に託して祈られた。

 教皇が「サルス・ポプリ・ロマーニ」の前で祈りの時を持たれたのは、これで109回目。海外訪問の前後をはじめ、様々な機会に、教皇はこのイコンの前で祈って来られた。最近では、6月16日、ローマのアゴスティーノ・ジェメッリ総合病院を退院し、バチカンに戻る途中、聖マリア大聖堂に立ち寄り、感謝の祈りを捧げられている。

(編集「カトリック・あい」)

2023年8月1日

・教皇とベトナム国家主席が、ベトナム駐在のバチカン代表と駐在事務所設置に関する取り決め―「新たなスタート」と国務長官

教皇フランシスコとベトナムのヴォー・ヴァン・トゥオン国家主席 2023年7月27日 バチカン宮殿教皇フランシスコとベトナムのヴォー・ヴァン・トゥオン国家主席 2023年7月27日 バチカン宮殿  (Vatican Media)

 取り決めは、ベトナムとバチカンの3月31日の第10回合同会議の成果をふまえ、両国関係の発展継続を願ったもので、トゥオン主席は教皇と会見の後、ピエトロ・パロリン国務長官と会談し、両国関係の大きな進展と、ベトナムにおけるカトリック共同体のこれまでの貢献に、双方から大きな満足が示された。

 また、ベトナム駐在のバチカン代表が合意によって与えられた役割を果たし、同国のカトリック信者たちが法令を遵守し、教会の教えに基づきながら「国家と共に歩む」という召命を実現し、「良きカトリック信者、良き市民」として国の発展に寄与できるよう支えることについて、互いの信頼を表明。ベトナム駐在のバチカン代表が、ベトナムとの関係を発展させるための橋となることが期待された。

 ベトナムとバチカンの外交関係は、1975年に中断したが、1990年以降、関係改善のきざしが見られ、ベネディクト16世が2011年に、同国に駐在しない形でのバチカンの代表を任命した。今回、同国駐在の代表と事務所に関する取り決めが結ばれた。

 パロリン国務長官は27日、バチカンの記者団に対して、今回のベトナム駐在のバチカン代表と事務所設置は、「”ゴール”ではなく、新たなスタート」であることを強調し、次のように語った。。

 「今回の取り決めに至った歩みの本質的要素は、次の2つの言葉に要約できます-教皇ヨハネ23世の『互いに尊敬し合うために、互いを知る』という言葉と、教皇フランシスコの『プロセスを開始し、それを妨げない』という言葉です。ベトナム政府との関係の開始は、バチカンの正義と平和評議会議長、ロジェ・エチェガライ枢機卿(当時)がベトナムを公式訪問した1989年にさかのぼります。教皇ヨハネ・パウロ2世の考えは、教会の教えの特徴であると同時に教会が日々証しする『正義と平和』を通して、対話の道を切り開くことにありました。バチカン使節のベトナム訪問が毎年行われるようになり、その目的は「政府との接触を保つこと」「ベトナムの諸教区の共同体と出会うこと」の二つでした。そして1996年に、司教任命に関する方法を明確にするための会談が始まりました。バチカンの外務局次官としてこれらの訪問に携わった私にとって、素晴らしい思い出です。

 2009年12月に、ベトナムのグエン・ミン・チエット国家主席がベネディクト16世と会見するためバチカンを訪れ、これを機会にベトナムとバチカンの共同作業グループが形成されました。その共同作業の成果として、バチカンのベトナム担当代表をシンガポールに置くという形で、非駐在のバチカン代表の設置が決まり、2011年1月13日、代表としてレオポルド・ジレッリ大司教が任命されました。

 強調したいのは、これらの研究や作業を進める双方担当者に、互いの尊重と前進への意志が共有されていた、ということです。自分たちの立場を率直に述べ、相手の立場とその主張に、誠意をもって対応して来ました。そして、これからのバチカンとベトナムの関係については、何か別の目的を果たすために無理をしたり、急いだりせず、より良い結果を得るために話し合う姿勢を保ち、共に進み、歩み続けるように、希望します。今回の合意は単なる一つのゴールではなく、互いの尊重と信頼のうちに、新たなスタートを切ろうとするものです」

(編集「カトリック・あい」)

 

2023年7月31日

・23日の「祖父母と高齢者のための世界祈願日」を前に、バチカンが世界の教会、信徒に”全免償”付きで参加を呼び掛け

Pope Francis meets with elderly people at a General AudiencePope Francis meets with elderly people at a General Audience  (Vatican Media)

(2023.7.20  Vatican News By Edoardo Giribaldi)

 23日の「祖父母と高齢者のための世界祈願日」を前に、バチカンの命・信徒・家庭省」が世界の教会、信徒に対して、ミサへの参加や独居高齢者を慰問するなど、祈願日にふさわしい行為をするよう呼びかけている。

 今年で三回目となる「祖父母と高齢者のための世界祈願日」のテーマは、「その憐れみは代々に限りなく」(ルカ福音書1章50節)だ。

 年間第16主日となる23日は、教皇フランシスコが、ローマ時間午前10時から、聖ペトロ大聖堂で祈願ミサを捧げられ、イタリア全土の高齢者を中心に6000人以上が参加する見通しだ。高齢者の中には、「孫や家族を連れた祖父母、退職者や住宅型特別養護老人ホームで暮らす高齢者、小教区、教区、団体生活で活動している多くの高齢者」が含まれる。

 ミサの終わりには、各大陸の代表1人ずつ計5人の高齢者が、8月初めにリスボンで開かれる世界青年の日(WYD)大会に参加する5人の若者に、「WYD巡礼者の十字架」を手渡す予定。これは、「世代から世代への信仰の伝達」を象徴しているだけでなく、「高齢者や祖父母が、大会へ旅立つ若者のために祈り、彼らに祝福をもって寄り添う決意の表明」でもある、と「命・信徒・家庭省」は声明で述べている。また聖ペトロ大聖堂での祈願ミサの参加者全員に、この日に捧げる祈りと教皇の祖父母や高齢者へのメッセージのコピーが贈られる。

 また同省は声明で、世界のすべての教区で、この祈願日に、祖父母や高齢者のためのミサを捧げ、あるいは独居高齢者を訪問するという2つの方法を示し、「これらの行為を行った人には全免償が与えられる」としている。

 バチカン以外でも、ブラジルの司教団がサンパウロ郊外のアパレシーダ聖母大聖堂で高齢者とともにミサを捧げるほか、カナダの司教団が「老人ホームの高齢者を慰問するよう若者たちに呼びかけるビデオ」を作成、放映している、という。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年7月21日

・ズッピ和平特使が訪米、バイデン大統領に教皇の書簡を手交、ロシアが連行のウクライナの子供たち帰還実現へ協力

File photo: Cardinal Matteo Zuppi with a portrait of Pope FrancisFile photo: Cardinal Matteo Zuppi with a portrait of Pope Francis 

(2023.7.19 Vatican News  By Salvatore Cernuzio & Devin Watkins)

    教皇フランシスコのウクライナ和平特使、マテオ・ズッピ枢機卿が17日から訪米し、18日、ホワイトハウスでバイデン米大統領と会談し、ロシアに連行されたウクライナの子供たちの帰還の方策などについて意見を交換した。

  ホワイトハウスの発表によると、会談は現地時間18日午後5時から約2時間半にわたって行われ、 大統領は、教皇の奉仕的な活動に感謝し、今後も世界を視野に入れた指導力を発揮してくれることへの希望を表明。また、先日の20人の新枢機卿発表に米国の大司教が加えられたことに歓迎を述べた。

  大統領と和平特使はまた、ロシアによるウクライナ軍事侵略が続いていることで、ウクライナの人々にもたらされている苦しみに対処する一環としての、バチカンによる人道援助の努力、さらに、2022年2月24日のロシアの軍事侵攻開始以来、ロシアに連行された推定1万9000人に上るウクライナの子供たちを本国に取り戻ためにバチカンが進めている活動についても意見を交換した。

 ロシアに抑留されているウクライナの子供たちの人数について、ウクライナ政府は、この数字よりもっと多い可能性がある、としているが、この問題は、ズッピ特使が6月上旬にウクライナの首都キエフを訪問した際、ゼレンスキー大統領ら同国高官と、同月下旬にモスクワを訪問した際にも、プーチン大統領の外交政策顧問、ウシャコフ氏、大統領府児童権利局長のリヴォヴァ=ベロワ氏とこの件について意見を交換。同局長は、自身のウエブサイトで、このことを確認するとともに、和平特使が「軍事作戦」に関連する人道問題と子どもの権利保護について語った、と述べていた。

(2023.7.19 Vatican News By Linda Bordoni)

 バチカン報道局は19日、ズッピ和平特使の3日間のワシントン訪問について声明を出し、特使がバイデン米大統領はじめ、ヘルシンキ委員会(米政府の独立機関、正式名称は「欧州における安全保障協力委員会」)の委員や米連邦議会議員と意見を交換、戦争で引き裂かれたウクライナ国民の苦しみを軽減し、平和への道を支持するという特使の使命を一歩進めた、と述べた。

 今回のワシントン訪問は、特使が6月、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談したキエフ訪問、ロシア正教総主教キリルや他の政府関係者らと会談したモスクワ訪問に続くものだ。

 報道局は声明で、和平特使は「教皇フランシスコから託された任務を継続するため、バイデン米大統領との会談も含め、バチカン国務事務局職員とともにワシントンを訪れた」とし、日を追って特使の活動を説明。まず初日、17日夜にワシントンに着いた特使は、駐米バチカン大使公邸で、米国カトリック司教協議会会長のブロリオ大司教と会い、 ロシアの軍事侵略で犠牲となっているウクライナの人々への対応、和平実現に向けたバチカンの対応について意見を交換した。

  翌18日朝、特使は、ピエール駐米バチカン大使、ホーガン首席公使とともに、ヘルシンキ委員会の委員たちと会談し、教皇から託された使命の性質とこれまでの取り組みについて説明し、より効果的にする方法についてお議論した。 そして、同日午後、ホワイトハウスでバイデン大統領の出迎えを受け、教皇からの書簡を大統領に手渡し、ロシアの軍事侵攻で苦しみ続けるウクライナの人々に教皇が深く悲しんでいることを伝えた。

 会談について、報道局発表は、「午後5時過ぎに始まり、1時間以上続いた会談は、誠意に満ち、相互に傾聴する真摯な雰囲気の中で行われた」とし、「特に人道支援の準備が整っていること、特に、 子どもたちと最も弱い立場にある人々のために、バチカンと米国の両者が共に、現在の緊急事態に対応し、和平の道を確実にすること、が確認された」としている。

 最終日の19日の朝、和平特使らバチカン代表団は、米議会の祈りの朝食会に出席し、和平特使から、ウクライナ和平、ウクライナの人々の支援に向けたバチカンのこれまでの様々な取り組みなどについて説明さら、朝食会主催者からは、「バチカンの努力に謝意が示され、平和のために努力する各個人の責任が強調された」という。

 また、Vatican Newsの取材に応じた、ピエール駐米大使は、ズッピ和平特使の枢機卿の今回の訪米を含めた活動が、特に「ロシアに連行されたウクライナの子供たち(の帰還実現)」に向けた進展につながること、への期待を表明した。

 また、バイデン大統領との会談について、「大統領は多くのことを聞き、教皇の取り組みについて満足していると述べた。またこの問題についての大統領と教皇の見解について、時間をかけて語り合った… ズッピ特使は、『たとえすべての問題がすぐに解決できないとしても、バチカンは問題解決に貢献する意思を持っている。問題が複雑であることも認識している』と強調した」と説明。「現時点ではまだ、具体的な成果は出ていないが、苦しんでいる人たちのためにあらゆる努力を続けることが重要。特使の訪米中の米側関係者たちのとの様々な出会いで、彼らがこの問題に強い関心を持っており、ウクライナの人々を助ける用意ができていることがはっきりした」と、訪米の成果を語った。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月19日

・「バチカンは、ロシア政府・軍による『組織的な戦争犯罪』に目を背けない」国務省のギャラガー外務局長が講演

バチカンの外務局長、ポール・リチャード・ギャラガー大司教バチカンの外務局長、ポール・リチャード・ギャラガー大司教  (AFP or licensors)

(2023.7.13 バチカン放送)

 バチカン国務省のギャラガー外務局長・大司教は13日、創刊30年を迎えるイタリアの国際政治雑誌「Limes」の「ウクライナ」特集号を紹介する催しで講演し、教皇フランシスコの平和をあきらめない姿勢について語った。

 外務局長はこの講演で、特にロシアによるウクライナ軍事侵略に対する教皇とバチカンの姿勢について説明。

 「教皇はこの現実を前にしてもあきらめることなく、確固として平和を信じ、すべての人を平和を織り成し、作り出す人となるように招いておられます」とし、教皇の言葉や態度を「無駄な平和主義」と解釈することは、教皇の持つビジョンと意向に適っていない、と強調した。

 そして、「教皇を動かしているのは、『対話と平和を可能にしたい』という強い思いであり、『教会は”政治的言語”ではなく、”イエスの言語”を用いて対応する』という原則に基づくもの、と指摘。「当然ながら、バチカンは、ロシア政府・軍による『組織的な戦争犯罪』に目を背けない。『侵略した国』を『侵略されている国』と同列に扱うことは、バチカンの意図するところではない」と言明した。

 さらに、教皇の態度と言葉は、「単なる『平和のレトリック』ではない。力強く勇気ある『平和の預言』だ」と強調。具体的に、駐ウクライナ・バチカン大使は戦争が始まっても首都キーウから離れず、教皇は支援援助省長官クライェフスキ枢機卿を繰り返しウクライナに派遣し、苦しむ人々に「寄り添いと慈愛の抱擁」をもたらしていることなどを挙げた。

 最後に外務局長は、ロシアの軍事侵略がもたらしているウクライナの惨状がこれ以上進まないように、一刻も早く停止するよう関係国指導者たちに呼び掛け、「あらゆる戦争は、いかなるものでも、どこにおいても、常に、人類の敗北だ」という教皇フランシスコの言葉を引用して、講演を終えた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年7月14日

(解説)21人の新枢機卿、世界の周辺地域からも―教皇が予想外の”7月人事”(Vatican News)

Pope Francis announces a consistory for the creation of new cardinals on 30 SeptemberPope Francis announces a consistory for the creation of new cardinals on 30 September  (Vatican Media)

(2023.7.10 Vatican News  Andrea Tornielli)

 新しい枢機卿の多くが世界の”周辺地域”から選ばれ、叙任のための枢機卿会議が、世界代表司教会議(シノドス)総会の直前、9月に招集されることが注目を集めている。

 バチカン関係者の多くは、2023年がフランシスコによる9回目の新枢機卿叙任式で終わると確信していた。7月に枢機卿会議で21人の枢機卿の新任が発表されるとは誰も予想していなかったのだ。そして、新枢機卿叙任のための枢機卿会議が招集される9月末。 それは、シノダリティ(共働性)をテーマにした2期にわたるシノドス総会の1期目が開催される直前に当たる。

 21人の新枢機卿をみると、18人が80歳未満で、次の教皇選挙で選挙人となる可能性がある。教理、司教、東方教会の3省の新長官がそろってリストに載る一方で、世界各地の大司教の名前も並んでいる。

 米国とイタリアに駐在する2人のバチカン大使―77歳のクリストフ・ピエール大司教と76歳のエミール・パウル・チェリグ大司教―もリストに載ったが、現地駐在の大使が、枢機卿に昇格するのは2016年11月の駐シリア大使以来。2人に共通するのは、外交官としての任務の終わりに近づいている高位聖職者であること。特に注目に値するのは、米国の教会における新司教の選任で教皇と協力し、重要な役割を果たし、今後も果たし続けるといわれる「優れた平衡感覚」を持ったピエール大使の枢機卿入りだ。

 ラテン典礼教会初のエルサレム総大司教として枢機卿に選ばれたピエルバッティスタ・ピッツァバラ師も注目される。憎しみ、衝突、暴力の温床であり続ける地、聖地の卓越した「母」教会であるラテン典礼教会は、今や、国家の統治への関与においても功績を残してる。

 教皇の世界の 周辺部と最前線の教会に対する高い関心との関連では、昨年2月に訪問された南スーダン・ジュバのスティーブン・ムラ大司教、 南アフリカ・ケープタウンのスティーブン・ブリスリン大司教、タンザニア・タボラのプロタセ・ルガンブア補佐大司教の、アフリカ3大都市のカトリック教会のトップが枢機卿に選ばれた。

 ほかにも、香港の教区長に就任したばかりのイエズス会士、周守仁司教やサレジオ会のアンヘル・フェルナンデス・アルティメ総長も新枢機卿のリストに載った。

 80歳以上で新枢機卿に選ばれた人の中には、移民・難民の保護・司牧協議会の元議長のアゴスティーノ・マルケット大司教、第二バチカン公会議で顧問を務めた高齢のカプチン会修道士、懺悔司祭のルイス・ドリ師もいる。2人とも、 フランシスコが教皇選出前から懇意だった。

 9月30日の枢機卿会議での叙任式で教皇選挙権を持つ枢機卿の総数は137人となる。地域別の内訳は、欧州53人(うちイタリア15人)、北米15人(米11人、加4人)、中南米24人、アフリカ19人。 アジア 23 人、オセアニア 3 人だ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月11日

・新枢機卿任命ー教皇選挙権持つ枢機卿は137人、うち4分の3はフランシスコの任命に(Crux)

(2023.7.9 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

Pope names 21 new cardinals, including an American and his envoy to the U.S.

ローマ発 – 教皇負担シスコが9日発表した21人の新枢機卿には、教皇の主要な”同盟者”数名と米国にとって特別な関心のある人物2名が含まれている。
 具体的には、米国シカゴ出身でキャリアの多くをペルーで過ごしたバチカン司教省の新長官、ロバート・プレボスト大司教と、2016年からバチカンの特使を務めているフランスのクリストフ・ピエール大司教がいる。

また、
他にも、さまざまな称号や地位を持つ世界中の聖職者を枢機卿に任命してきた教皇フランシスコの才能を反映した注目すべき名前が含まれており、それには教皇の重要な”同盟者”も数名含まれ、バチカン東方教会省長官のイタリア人、クラウディオ・グジェロッティ大司教もその一人だ。

つい数日前にバチカン教理省の長官に指名され、9月中旬にその職に就くビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教。
香港のイエズス会士の周守仁司教、アルゼンチン・コルドバのイエズス会士のアンヘル・シクスト・ロッシ大司教もそうだ。

リストにはイタリア、南アフリカ、コロンビア、マレーシア、タンザニア、それに教皇が今年初めに訪問された南スーダンの高位聖職者も含まれている。

 

 新枢機卿21人のうち、教皇選挙権を持つ80歳未満が18人、選挙権を持たない80歳以上が3人。 今回の発表で、教皇選挙権を持つ枢機卿は現時点で137人となり、教皇パウロ6世が定めた選挙権のある枢機卿数の上限、120人を17人上回ることになる。 9月30日の時点で、教皇フランシスコの任命による”有権者”は枢機卿全体の4分の3弱だ。

 新枢機卿叙任のための枢機卿会議は9月30日に開かれるが、これはシノダリティ(共働性)をテーマに2期にわたって開かれる世界代表司教会議(シノドス)第16回総会の第一期が始まる4日前に当たる。教皇が2021年10月から世界規模で始めた”シノドスの道”の総仕上げとなるシノドス総会前に、”同盟者”を多く含む新枢機卿を叙任することは、世界の”周縁地域”の優先と、カトリック教会における教皇自身の成果の確立、という、教皇の二つの願望を反映している。

(写真は2022年8月の前回の新枢機卿叙任式=Credit: Associated Press/Andrew Medichini)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

2023年7月10日

・教皇、新たに枢機卿21人を選任、シノドス総会直前の9月30日の枢機卿会議で叙任式

Pope Francis embracing a cardinal at a recent consistoryPope Francis embracing a cardinal at a recent consistory  (AFP or licensors)

 新枢機卿21人(教皇選挙の投票権を持つ80歳未満の枢機卿18名、投票権を持たない80歳以上の枢機卿3名)のリストは以下の通り。(発表順、名前(年齢)・役職または司牧担当教区・出身国・および修道者の場合は所属修道会)。

*80歳未満の新枢機卿

1.ロバート・フランシス・プレヴォスト大司教(67)(教皇庁司教省長官・米国出身、聖アウグスティノ会)

2.クラウディオ・グジェロッティ大司教(67)(教皇庁東方教会省長官・イタリア出身)

3.ヴィクトール・マヌエル・フェルナンデス大司教(60)(教皇庁教理省長官、アルゼンチン出身)

4.エミル・ポール・チェリッグ大司教(76)(教皇大使、スイス出身)

5.クリストフ・ルイ・イヴ・ジョルジュ・ピエール大司教(77)(教皇大使、フランス出身)

6.ピエルバッティスタ・ピッツァバッラ大司教(58)(エルサレム・ラテン典礼総大司教、イタリア出身、フランシスコ会)

7.ステファン・ブリスリン大司教(66)(ケープタウン大司教区、南アフリカ出身)

8. アンヘル・シクスト・ロッシ大司教(64)(コルドバ大司教区、アルゼンチン出身)

9.ルイス・ホセ・ルエダ・アパリシオ大司教(61)(ボゴタ大司教区、コロンビア出身)

10.グルゼゴルズ・リシ大司教(59)(ウッチ大司教区、ポーランド出身)

11.ステファン・アメユ・マーティン・ムラ大司教(59)(ジュバ大司教区、南スーダン出身 )

12.ホセ・コボ・カノ大司教(57)(マドリッド大司教区、スペイン出身)

13.プロタセ・ルガンブワ大司教(63)(タボラ大司教区・協働大司教、タンザニア出身)

14.セバスティアン・フランシス司教(71)(ペナン教区、マレーシア出身)

15.周守仁司教(63)(香港教区、香港出身、イエズス会)

16.フランソワ・グザヴィエ・ブスティジョ司教(55)(アジャクシオ教区(フランス)、スペイン出身、コンベンツアル聖フランシスコ修道会)

17.アメリコ・マヌエル・アルヴェス・アグイアル司教(49)(リスボン大司教区・補佐司教、ポルトガル出身)

18.アンヘル・フェルナンデス・アルティメ神父(62)(サレジオ修道会総長、スペイン出身、サレジオ修道会)

*80歳以上の新枢機卿

1.アゴスティーノ・マルケット大司教(82)(教皇大使・イタリア出身)

2.ディエゴ・ラファエル・パドロン・サンチェス大司教(84)(クマナ大司教区・名誉大司教、ベネズエラ出身)

3.ルイス・パスクアル・ドリ神父(96)(ブエノスアイレスのポンペイの聖母巡礼聖堂・聴罪司祭、アルゼンチン出身、カプチン・フランシスコ修道会)

【新枢機卿の略歴】

Here are brief biographies of the future cardinals whom Pope Francis has named from around the world, and will be given their ‘red hats’ on 30 September 2023.

By Vatican News

Here are brief biographies of the Church’s future cardinals. Vatican News will continue adding biographies, most of which are courtesy of the Cardinal elects’ local Churches. throughout the day

Archbishop Robert Francis Prevost, 67, was born in Chicago, Illinois, U.S., on 14 September 1955. He entered the novitiate of the Order of Saint Augustine (OSA) in 1977, in the province of Our Lady of Good Counsel in St. Louis, and made his solemn vows on 29 August 1981. He studied at the Catholic Theological Union in Chicago, graduating with a degree in Theology. In 1988 he was sent to the mission of Trujillo as director of the common formation project for Augustinian aspirants from the Vicariates of Chulucanas, Iquitos, and Apurímac. There he served as community prior (1988-1992), formation director (1988-1998), and teacher of the professed (1992-1998). In the Archdiocese of Trujillo, he was judicial vicar (1989-1998), and professor of Canon Law, Patristics, and Morals in the San Carlos e San Marcelo Major Seminary. In 1999 he was elected prior provincial of the “Mother of Good Counsel” Province. After two and a half years, the Ordinary General Chapter elected him prior general, a ministry the Order entrusted to him again at the 2007 Ordinary General Chapter. On 3 November 2014, Pope Francis appointed him Apostolic Administrator of the Diocese of Chiclayo and on 7 November he took canonical possession of the diocese. He was ordained Bishop of Chiclayo on 12 December 2014. On 15 April 2020, Pope Francis appointed him Apostolic Administrator of the Diocese of Callao. And in 2023. Pope Francis appointed him a Prefect of the Dicastery for Bishops.

Archbishop Claudio Gugerotti was born in Verona in 1955, Archbishop Gugerotti joined the Pius Society of Don Nicola Mazza and was ordained a priest in 1982. At the Ca’ Foscari University in Venice he received a degree in Oriental Languages and Literature, as well as a licence in liturgy at the Pontifical Athenaeum Sant’Anselmo and a doctorate in Oriental Ecclesiastical Sciences at the Pontifical Oriental Institute.Archbishop Gugerotti worked at the Congregation for Oriental Churches, starting in 1985. In 1997 Saint Pope John Paul II appointed him undersecretary of the Congregation. He was appointed an archbishop in 2002 and became Apostolic Nuncio of various countries where various Eastern Churches are located: 2002 in Georgia, Armenia and Azerbaijan; 2011 in Belarus; 2020 in Ukraine in 2015 and in 2020 in Great Britain. He has been Prefect of the Dicastery for Eastern Churches since January 2023.

Archbishop Victor Manuel Fernández was born on 18 July 1962 in Alcira Gigena, in the province of Córdoba, Argentina. He was ordained a priest on 15 August 1986 for the diocese of Villa de la Concepción del Río Cuarto, Argentina. He was awarded a licentiate in theology with biblical specialization from the Pontifical Gregorian University, Rome, and subsequently a doctorate in theology from the Faculty of Theology of Buenos Aires. From 1993 to 2000 he was parish priest of Santa Teresita in Río Cuarto, Córdoba. He was the founder and director of the Institute for Lay Formation and the Jesús Buen Pastor Formation Centre for Teachers in the same city. In his diocese he was also a seminary formator, director for ecumenism and director for catechesis. In 2007 he participated in the Fifth Conference of Latin American Bishops (Aparecida) as a priest representing Argentina and later as a member of the drafting group for the final document. From 2008 to 2009 he was dean of the Faculty of Theology at the Pontifical Catholic University of Argentina and president of the Argentine Theological Society. From 2009 to 2018 he was rector of the Pontifical Catholic University of Argentina. On 13 May 2013 he was appointed archbishop by Pope Francis. He participated, as a member, in the 2014 and 2015 Synods of Bishops on the family, in which he was also part of the drafting groups. In the 2017 Assembly of the Episcopal Conference of Argentina, he was elected president of the Episcopal Commission for Faith and Culture (Doctrinal Commission). In June 2018 he assumed the office of archbishop of La Plata. He has been a member of the Pontifical Council for Culture and Consultor of the Congregation for Catholic Education. He is currently a member of the Dicastery for Culture and Education. He has published more than 300 books and scientific articles, many of which have been translated into various languages. These works demonstrate an important biblical foundation and a constant commitment to the dialogue between theology and culture, the evangelizing mission, spirituality and social issues.

Archbishop Emil Paul Tscherrig was born in Unterems, Switzerland, on Feb. 3, 1947 and ordained to the priesthood on April 11, 1974. He received his doctorate in canon law from the Pontifical Gregorian University and was incardinated in the diocese of Sion, Switzerland. Pope John Paul II appointed him a member of the Holy See’s diplomatic service in 1978, as secretary of the apostolic nunciature, serving in Uganda, South Korea, Mongolia and Bangladesh. As Apostolic Nuncio, he has served in Burundi (1996-2000), to Trinidad and Tobago, Dominican Republic, Jamaica, Grenada, Guyana, Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines and the Bahamas (2000-2004) and from 2001 also to Barbados, Antigua and Barbuda, Suriname and Saint Kitts and Nevis; South Korea and Mongolia (2004-2008); to the Nordic countries (Sweden, Denmark, Finland, Iceland and Norway, 2008-2012); to Argentina (2012-2017); to Italy and San Marino, the first non-Italian to hold the post (2017-).

Archbishop Christophe Pierre was born on January 30, 1946 in Rennes, France. He completed his primary education in Antisirabé, Madagascar, and his secondary schooling in Saint-Malo, France, and in Marrakech, Morocco. He attended the Major Seminary of the Archdiocese of Rennes (1963-1969) and the Catholic Institute of Paris (1969-1971). After performing Military Service, he was ordained a priest on April 5, 1970, in Saint-Malo, France and incardinated in the Archdiocese of Rennes. He was Parochial Vicar of the St. Peter and St. Paul Parish in Colombes, Diocese of Nanterre, France (1970-1973). He has a Master in Sacred Theology (Paris, 1971) and a Doctorate in Canon Law from the Pontifical Lateran University, Rome (1973-1977). He completed his studies at the Pontifical Ecclesiastical Academy, in Rome (1973-1977), and started his service in the Diplomatic Corps of the Holy See on March 5, 1977. He was appointed first to the Pontifical Representation in New Zealand and the Islands of the Pacific Ocean (1977-1981). Subsequently he served in Mozambique (1981); in Zimbabwe (1982-1986); in Cuba (1986-1989); in Brazil (1989-1991); at the Permanent Mission of the Holy See to the United Nations in Geneva, Switzerland (1991-1995). He was elected Titular Archbishop of Gunela on July 12, 1995, and received the Episcopal Consecration on September 24, 1995, in Saint-Malo, France. Archbishop Christophe Pierre was appointed Apostolic Nuncio to Haiti, on July 12, 1995, where he served until 1999. He has been the Apostolic Nuncio to Uganda (1999-2007) and then, the Apostolic Nuncio to Mexico (2007-2016). He was appointed as Apostolic Nuncio of the United States of America by His Holiness, Pope Francis on April 12, 2016.

Archbishop Pierbattista Pizzaballa was born in Cologno al Serio (Bergamo) on 21 April 1965, son of Pietro and Maria Maddalena Tadini. He attended Secondary School at the Minor Seminary “Le Grazie” of Rimini and obtained his diploma in classical studies at the Archiepiscopal Seminary of Ferrara on June 1984. He received the Franciscan religious habit on September 5, 1984, in Ferrara (Santo Spirito) and spent the year of novitiate at the Franciscan Shrine of La Verna (Arezzo, Italy). He made his Temporary Profession in La Verna, on September 7, 1985, and his Solemn Profession on October 10, 1989, in the Church of St. Anthony in Bologna. On September 15, 1990, he was ordained priest in the cathedral church of Bologna, with the imposition of hands of Cardinal Giacomo Biffi. After spending one year in Rome, he was transferred to the Holy Land, in Jerusalem, in October 1990. From July 2, 1999, he formally entered in service to the Custody of the Holy Land. After his philosophical-theological studies, he obtained a Licenciate Degree in Biblical Theology at the Studium Biblicum Franciscanum of Jerusalem. His Beatitude Pizzaballa is the Latin Patriarch of Jerusalem.

Vatican News will continue updating this list throughout the day

2023年7月9日

・バチカンの新教理省長官、「聖職者の性的虐待への対応は、訴えた人を信じ、適正な手続きを踏むこと」

    教皇フランシスコからバチカン教理省長官に任命されたビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教が6日、スペインのカトリックウェブサイトInfoVaticanaのインタビューに応じ、世界的な問題であり続けている聖職者による性的虐待、バチカンから批判されているドイツの”シノダルの道”の取り組み、同性婚への対応、そして自身がこれらの問題や新たな役割にどのように取り組むかについて語った。

 このインタビューで、大司教はまず、自身が教理省関係者に出した書簡で、これまで長官を務めて来たルイス・ラダリア・フェレール枢機卿の神学者としての、そして長官としての業績をたたえたうえで、自分は長官としての職務を、「イタリアの歌のように、『自分のやり方で』やる」と述べたことを明らかにし、「教皇フランシスコが強調される”シノダリティ(共働性)”から、決定を下す前にまず少し(他の人たちの意見に)耳を傾ける必要がありますが、教皇が私に送った手紙から、それに加えて考慮すべき事項があることも確かです」と語った。

*所管事項の聖職者による性的虐待にどう対処するか

 さらに、大司教はこのインタビューで、教皇から教理省長官就任を打診された際、断りの返事をしたことを明らかにし、「まず第一に、自分が(聖職者による性的虐待などに対処する)規律部門の職務を遂行するのに、ふさわしくないと思ったからです。私は教会法の専門家ではない。(アルゼンチンの)ラプラタの大司教になった時、こうした問題にどう対処したらいいか、分からなかったほどです」と、その理由を説明。

 そして、「この問題は複雑です。原則として、未成年虐待について訴えてきた人々を信じなければならないが、その一方で、時間のかかる適正な手続きなしに、司祭に有罪を宣告することはできない。すべての訴えを受ける時に、余計な干渉をしないように、できるだけ少ない言葉で対応する必要があります。ラプラタの大司教としての対応は、教会法の専門家の指導を受けるようにし、学ぶこと。それでも、訴えた人、訴えられた人のいずれかにとって公正でない判断をしてしまうのではないか、と恐れ、たいへん苦しみました」と語った。

 さらに、「教皇が私に『自分が希望するのは、あなたに教理省長官としての規律部門の仕事を任すことです』と言われ、さらに、長官任命の書簡でおっしゃっているように、『神学と信仰の伝達に個人として奉仕するように』と願われたことで、長官としての仕事に自信を感じました」と述べた。

 カトリック教会における性的虐待を追及するグループBishopAccountability.org は、大司教がこれまでラプラタの大司教を務めて来た際の、教区内の聖職者による性的虐待事件への対応に疑念があるとして、教理省長官就任について強い懸念を表明しているが、これに対して、ラプラタ大司教区の大司教付き広報担当者は、、大司教が性的虐待の加害者に寛大だった、という批判は当たらない、と強く否定している。

 ドイツの教会が進めている”シノドスの道”の取り組みの中で、既婚者の司祭叙階や女性の助祭叙階、離婚・再婚者の聖体拝領などを認めようとする動きが出ているのに対して、バチカンから批判が出ていることについては、「今こそ、私がこの問題をフォローし、(関係者の話に)耳を傾け、話し、相談する時が来ていると思います」としたうえで、「まず、ドイツの取り組みには、良いものがない、と思わないことです」と述べ、かつてラダリア現長官が「私たちに信仰を深めよう強制する”異端者”がいたらいい」と言ったことを取り上げ、「(”異端的”なドイツの取り組みは)取り上げられている課題を磨き、明確にし、成熟させる必要がある、としても、私たちに良い物を残してくれるでしょう」と語った。

 

 

*教理省が2年前に出した「同性婚の祝福不可」の判断について

 また、同性間結婚について、教理省が2021年に出した「カトリック教会は同性間結婚を祝福することはできない」とする宣言の有効性について聞かれた大司教は、「混乱をもたらすこと無いやり方で祝福がされるのであれば、そうすることについて分析検討されねばならないでしょう」とし、「私が中絶に断固として反対しているように… また私は、厳格な意味での『結婚』-新たらしい命を生み出す男性と女性という異性の二人の揺らぐことのない結婚―はただ一つの形態しかない、と理解しています」と言明。

 さらに、「このような(異性による)結婚と、比較できるものは他に何もありませんし、結婚という名前を使って他の何かを表現することは、良くもないし、正しくもない」とし、「何か別のことを表現しようとしたり、それを行動で表すようなことは避けねばなりません。ですから、混乱を助長するような典礼や祝福を避けることに大いに注意を払わねばならない、と思います」。ただ、「混乱を招かないような祝福の仕方があれは、分析・検討し、確認すべきでしょう」とも述べた。

 

*若い司祭時代に出した「キスの技法」というタイトルの本は…

 

 インタビューの最後に、大司教は、1990年代半ばの司祭の時に出版した『Heal Me With Your Mouth: The Art of Kissing(あなたの口で私を癒して-キスの技法』)についても批判があることについて、「(本を出したことを)後悔していません。これは神学の解説書ではありません。決して後悔することのない司牧的な試みでした」と述べつつ、出版社に再版しないよう求めたことを明らかにした。

 そして、この本について、「仲間に『なぜ婚前交渉を避けねばならないのか』を説明するのに苦労している若者たちを念頭に置いて書きました。キスは、セックスをしなくても出来る愛情表現のひとつです」と付け加え、「若者司牧のための、このささやかな本にある言葉ひとつを取り上げて、一神学者としての私を判断するのは、悪いやり方だと思いませんか」と逆に問い返している。

(翻訳・編集 南條俊二)

 

 

2023年7月8日

・「最優先事項は、ロシアに連れて行かれたウクライナの子供たちの帰国実現」と和平特使

Cardinal Matteo Maria ZuppiCardinal Matteo Maria Zuppi 

(2023.7.5 Vatican News  Roberto Paglialonga and Deborah Castellano Lubov )

    ロシアが続けている軍事侵攻からウクライナの平和を取り戻すため、教皇フランシスコの代理として先月、両国を訪れた和平特使のマッテオ・ズッピ枢機卿が4日夜、記者団との会見に応じ、現在の最優先事項は、(ロシアに拉致された)ウクライナの子供たちを故郷に戻すことであり、両国での政府高官や宗教関係者との会談結果などはすでに教皇フランシスコに報告している、と述べた。

 枢機卿は「最優先している注力しているのは、子供たちのような、もっとも不利な立場に置かれている人々のために働くことです」と述べ、必要なのは、彼らを助けるメカニズムを開始すること、強力な人道的な取り組みだ、と指摘。

 そして、「私たちはそのことを最も年少の、最も弱い人々から始めようとしています。子供たちがウクライナに戻れるようにしなければならない。そうして、次にすべきは、子供たちの実態を調べ、一番脆弱な者から、どのように連れ戻せるか、考えることです」と語った。

  枢機卿は、モスクワ訪問に先立つ6月5,6両日、キエフに飛び、聖ソフィア大聖堂での祈りを皮切りに、ゼレンスキー大統領はじめ政府の指導者たちと会談、ロシア軍によって数十人が虐殺されたブチャの集団墓地訪問のあと、議会の人権委員、ルビネツ氏と会い、ロシア軍の占領地域のウクライナ人の子供たちの問題や民間人を含むウクライナ人捕虜の状況について説明を聞いた。

 キエフ訪問の後、枢機卿は6月28日から30日にかけてモスクワ訪問。プーチン大統領の外交政策問題担当補佐官のウシャコフ氏や、児童権利委員リヴォヴァ=ベロワ氏などと、ロシア正教のキリル総主教ら教会関係とも会談。訪問後の声明で、ロシア政府関係者との会談では「(ウクライナへの軍事侵略がもたらしている悲惨な状況の)人道的側面と、切望されている和平を達成するための緊急性が強く強調された」、キリル総主教とも「実りある」会談を行い、「教皇の挨拶を伝え、平和的解決を促進する人道的取り組みについても話し合った」とした。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月6日

・教皇、「現代の殉教者」を研究、リスト化する委員会を設立

教皇フランシスコ、列聖省内に「新殉教者—信仰の証人委員会」を設立教皇フランシスコ、列聖省内に「新殉教者—信仰の証人委員会」を設立 

 教皇フランシスコは5日に発表した書簡で、バチカンの列聖省に「新殉教者—信仰の証人委員会」を設立された。 2025年の聖年を前に「過去四半世紀の間にキリストとその福音を証しするために殉教した人々」をリスト化するのが目的だ。

 「現代の殉教者」のリスト化は紀元2000年の大聖年を機会にすでに始められていた。委員会は過去四半世紀の殉教者の研究を行い、その研究は将来にも引き継がれていく、という。

 教会の歴史にはいつの時代にも殉教者の存在があり、今日も例外ではないことに触れながら、教皇は教会の黎明期よりも殉教者の数が多い今日の世界を見つめている。

 聖ヨハネ・パウロ2世が2000年の大聖年の準備のために記した使徒的書簡『紀元2000年の到来』の中で、「神の栄光のために命をささげた『無名戦士』」の記録を守るためにできる限りのことをしなくてはならない」とされ、2000年の5月にコロッセオで行われたエキュメニカルな集いで、キリスト教諸教会の代表らと共にこれらの殉教者たちを思い起こした、と今回の書簡で指摘。

 さらに教皇フランシスコはこの書簡で、2025年の聖年に殉教者らを思い起こすために同様の集いを開催する旨を明らかにしつつ、「こうした試みは殉教者認定をめぐる”新しい基準作り”を意図するものではなく、今日もキリスト教徒であるというだけで殺害されている人々の存在を認識し続けることを目指すものです」と述べておられる。

 そして、「殉教に至るまでに信仰を証しした兄弟姉妹たちの歴史的研究を続け、彼らをめぐる記憶がキリスト教共同体の宝として際立つことを希望すると共に、この研究がカトリック教会だけでなく、すべてのキリスト教徒に及ぶこと」を願われている。

(編集「カトリック・あい」)

2023年7月6日

・教皇の7,8月の公式予定発表ー7月23日に高齢者祈願日ミサ、8月にポルトガル、モンゴルを訪問

(2023.7.4 Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

  バチカン報道局が4日、教皇フランシスコの7月から8月にかけての公式日程を発表した。

 7月は伝統的に教皇の休息月とされ、ほとんどの活動を休止されるが、23日は「祖父母と高齢者のための世界祈願日」で、教皇は午前10時から聖ペトロ大聖堂でミサを司式される予定だ。この祈願日は、「祖父母や高齢者は世代間のつながりであり、人生の経験と信仰を若者に伝える存在であることを、忘れられがちな今、改めて思い起こす必要がある」との強い思いから、教皇が2021年に制定されたもの。

 今年の祈願日のテーマは「主の慈悲は時代から時代に至るまで」(ルカ福音書1章50節)で、8月1日からのポルトガルの首都リスボンで開かれる「世界青年の日(WYD)」世界大会のテーマとつながっている。

 WYD世界大会は8月2日から6日まで開かれるが、教皇は大会出席のためポルトガルを訪問され、首都リスボンをはじめ、毎年数百万人の巡礼者が訪れるマリア巡礼地、ファティマにも立ち寄られる予定だ。
 また8月31日から9月4日にかけて、歴代の教皇として初のモンゴル訪問をされる。 モンゴルのカトリック教徒は1500人弱だが、昨年8月に、首都ウランバートルの使徒座知牧区(カトリック教会教区がまだ設置されていない宣教地域に設立される管轄の形態)の長であるジオルジオ・マレンゴ師を同国初の枢機卿に任命されるなど、同国での教会活動を重視されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月5日