・アルゼンチンの修道女たちが大司教ら司祭3人を「性的差別による虐待」で提訴(Crux)

(2022.4.29 Crux ローマ支局長 イネス・サン・マルティン)

 ローマ発= 教皇フランシスコのお膝元、アルゼンチンの大司教区で、修道女たちのグループが大司教などを相手取り、司祭から性的差別による虐待を受けたとして提訴した。

 アルゼン​​チンでは今年3月に、サルタ州オランの裁判所が、グスタボ・ザンチェッタ元司教に対し、2人の元神学生に継続的な性的虐待を犯したとして、4年6か月の禁固刑を言い渡している。

 今回の提訴があったのは、同国のサルタ大司教区。教区長であるマリオ・カルグネッロ大司教に対して、跣足カルメル会の聖ベルナルド修道院所属の修道女たちによってなされた。

 訴えの相手は、カルグネッロ大司教とサント・ドミンゴ教区のマルティン・デ・エリザルデ引退司教とルシオ・アジャヤ神父の3人。サルタ大司教区は、この件について沈黙しており、カルグネッロ大司教も、メディアの会見要請に応じていない。

 修道院の弁護士団は、訴状は特定の犯罪に焦点を当てていないが、「大司教自身あるいは他者の助けを借りた威圧的な要求と振る舞いで特徴付けられる、優越的な立場、高慢、”男らしさ”からもたらされる(大司教と修道女の間の)長年にわたる込み入った関係がある」と説明している。

 一方で被告弁護団は、こうした訴えを全面否定し、教会法に定めた修道院が守るべき資質への不服従そのものである、と決めつけている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.
2022年4月29日

・長崎教区、今度は教区事務局の元職員女性に「パワハラでPTSD発症」で訴えられる

(2022.4.28 カトリック・あい)

 教区司祭の女性信者へのわいせつ行為に関連して、長崎地方裁判所から被害女性に対する損害賠償を命じる判決を受けたばかりのカトリック長崎教区が、今度は、この被害女性のケアや教区の2億5000万円にのぼる巨額損失発生問題などの対応に当たっていた同教区事務局の元女性職員から26日、「複数の司祭からパワハラを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した」として損害賠償を求める訴えを起こされた。長崎新聞など新聞、テレビ各社が27日までに報じた。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、間違っても”不都合な真実”から目を背け、”嵐”が去るまでだんまりを決めるような無責任な態度は許されまい。

 相次ぐ裁判がらみの不祥事に、2月の長崎地裁判決の翌日に着座したばかりの中村倫明・大司教が、どのように原告女性たちに誠実な対応を示し、大きく低下した信頼の回復に取り組むか注目される。

 報道によると、原告の代理人弁護士が26日の提訴後に会見し、原告について、この長崎教区事務局の元職員の女性は、司祭などによる性的虐待や人権侵害などの信徒たちからの相談業務を担当していたが、複数の司祭からパワハラを繰り返し受け、PTSDを発症。2020年6月から休職を余儀なくされ、今年3月に退職したが、現在も就労可能な程度まで回復していない、という。

 原告女性は、弁護士を通じて、「宗教内部の特殊性を背景に、言葉にできないくらいの苦しみがあった。同じ痛みを抱えている人がいると思う。こういう立場になって初めて、被害者がいつもどれだけの思いで相談に来ていたか痛感した。一人でも多くの方々が被害者の方々と歩んでくだされば」と語っている。

 また弁護士は会見で、「宗教団体は信徒に対して聖職者に優位性があり、圧倒的な権威を持つ聖職者に盾つくことは難しい」「加害者、被害者双方の当事者がいる組織内で相談業務を担うこと自体が困難で、大司教区は担当者に精神的な圧力がかからないように配慮する義務があった」と説明している。

 2019年2月に長崎教区の司祭の多くが参加した会合で、女性は、この無断流用問題の経緯を説明させられが、参加した司祭などから、「自分の思い通りになると思うなよ」「一信者のくせに」と罵声を浴びせられ、ある参加者が元職員を「シスター」と呼び間違えると、「何がシスターだ」と嘲笑さえ起き、精神的に追い込まれ、PTSDを発症した。しかも、こうした対応を問題とする関係者の指摘にも、教区側は聴く耳を持たず、さらにこの会合の議事録として配布された文書には、女性を誹謗中傷するような事実無根の言葉が記載され、心の傷を深めた、という。

 今回の提訴と、2月に損害賠償を命じる判決が出た女性のケースに共通するのは、教皇フランシスコが繰り返し、司教や司祭たちに強調されている、弱い人たちの側に立ち、寄り添う心の欠落ではなかろうか。そして教皇が最も嫌われる”聖職者主義”から未だに脱することが出来ずにいる、少なくない司教、司祭の実態ではないだろうか。どこの信徒が好き好んで、自分の属する教会を訴えるだろうか。

 訴えるだけでも、大変な勇気と犠牲が伴うし、長期にわたる公判に加わる心理的苦痛は想像を絶する。彼女たちをそのような事態に追い込む前に、教区司教も、関係司祭も、なぜ、彼女たちの訴えに真摯に耳を傾け、心から謝罪し、心身のケアに努めようとしなかったのか。

 長崎地裁の2月22日の、長崎教区に原告女性に対し損害賠償の支払いを命じる判決が出た後、すでに2か月が経過している。関係者への取材によると、長崎教区はこの判決を不服として控訴することはしない、と裁判所側に伝え、判決が確定している。だが、当事者の長崎教区からは、この判決に関していまだに、何の発表もなく、長年この問題を追い続けてきたジャーナリストの質問にも応じる気配すらない、という。このような態度からうかがえるのは、原告女性への思いやりも含めて、何の反省もしていない、ということではないだろうか。これが、”迷える羊たち”の司牧者の態度だろうか。

 長崎教区は、今回の損害賠償を求める提訴について、報道各社の「訴状が届いていないのでコメントできない」と答えているというが、これは、2月の長崎地裁の判決が出た時の答えと同じだ。

 2月の判決に納得できないのなら、堂々と控訴して、原告の主張に反論すればいいし、判決を受け入れるのなら、公に謝罪し、賠償を行なうだけでなく、長崎教区の信徒としての”復権”を含む心身のケアに努めるべきだろう。今回の提訴についても、教区側が誠実に対応し、過ちを認め、教区事務局への復職、精神的ケアを含め、女性を教会に改めて迎え入れるなどに努めれば、女性に判決までの苦しく長い道のりを歩ませずに済む可能性も生まれるはずだ。

 一連の長崎教区の対応は、同教区だけでなく、日本の教会の信頼を大きく傷つけている。真面目に教会を思い、信徒として日々を送っている人の間にも、司教、司祭の振る舞いに疑問をもち、それを見て見ぬふりをする自らの教区の聖職者たちにも批判的な目を向ける動きも出ている。もはや長崎教区だけで済む問題ではなくなっていることを、関係者は強く認識する必要があるだろう。

 

 

 

 

 

2022年4月28日

・「性的虐待の深刻な現実に目覚めよ」バチカン専門家がイタリア司教団の対応遅れ批判(LaCroix)

(2022.3.29 La Croix  Loup Besmond de Senneville | Italy)

 イタリアのカトリック教会、そして一般社会は、未成年者の性的虐待の現実に立ち向かうのに時間がかかっている。そうした状況に変化の兆しがある、と多くの関係者が希望的観測をする中で、教会のリーダーである司教団には、対処への努力がまだ十分になされていない、という厳しい見方がある。

 その一人が、教皇フランシスコが2014年に設置された未成年者保護のための教皇庁委員会で委員を務めるErnesto Caffoだ。児童心理学者のCaffoは、子どもの権利を促進し子どもや青少年に対するあらゆる種類の虐待や暴力と戦うイタリアの非営利団体「SOS ! Telefono Azzurro」の代表を務め、欧州児童青年精神医学会(ESCAP)元会長、2008年から「国際行方不明および搾取された子供センター(ICMEC)」の理事を務めている。

以下は、La Croixとのインタビューでの一問一答。

La Croix:イタリアでは教会の未成年性的虐待に関する認識が高まっていますか?

Ernesto Caffo:そうですね。2年前、イタリアの司教協議会はこの問題について、ルールを全面的に改め、具体的な取り組みをコロナ禍の中でも進めていますが、主な対応が始まったのは、特に、ドイツとフランスで聖職者による性的虐待の報告が出た後でした。

 教会の内外から対応への圧力が強まっていますが、司教に”主権”があるため、教皇によって奨励されている具体策で足並みがなかなかそろいません。司教協議会のレベルで決定を下すだけでは十分ではない。一部の司教が積極的でも、他の司教はそれほど積極的ではありません。

 誰もが、性的虐待の被害者にもっと注意を払い、「敵」ではなく、「耳を傾けなければならない相手」と見るようにしなければなりません。被害者たちは自分たちを襲った悲劇に対し、黙ったままという経験を頻繁にしています。教皇フランシスコが強く促しておられるように、私たちは、犠牲者たちに中心的な役割を与えねばなりません。

La Croix:司教たちの中には、被害を受けた方々と過去に起来た悲劇を軽視することにつながるとしても、まず、再発を防ぐべきだ、と主張する方もいます。

Ernesto Caffo:その通りです。再発を防ぐための教育を含む措置を取るべきことは言うまでもありませんが、過去に何が起きたか理解するためにできる限りのことをする必要がある。その努力を通して、問題の透明性を確保し、将来に備える答えを見つけることができます。多くの被害者は、自分の受けた悲劇に対する答えを求めています。それは、彼らがこれまで、訴えを、受け入れてもらったり、聴いてもらったりする経験がなかったからです。

La Croix:司教たちは過去の性的虐待被害者との和解の重要性を認識していますか?

Ernesto Caffo:多くの司教は、そうです。しかし、司教たちが皆、”防御的”な態度よりも”建設的”な態度をとるよう促すために、この動きを増幅する必要があります。司教たちは、性的虐待の責任を特定した後、現実を直視し、何が起きたかを理解し、すべての側面を分析し、そこから学ばねばなりません。

La Croix:イタリアの司教たちは教会における未成年性的虐待に関する説明に着手すべきでしょうか?

Ernesto Caffo:イタリアは、性的だけでなく、教会に限らない、あらゆる形の虐待に対する取り組みを行なう必要があります。性的虐待はイタリア社会全体で、あらゆる分野で、そして長い間、問題となってきたことから、幅広い取り組みが必要です。ですから、調査を命じる責任は政府または議会にあります。その調査の一部として、教会は自分の範囲の中で、恐れと抵抗を排除して、調査を行わねばなりません。

La Croix:政府・議会と教会の二重の取り組みは可能な限り早期に始めるべきですが、イタリアの国民はその用意がありますか?

Ernesto Caffo:ごく少数の人々は、多くの賛同者を得ないまま、何年もこの問題について話し合ってきました。それが国民の間、教会関係者の間になかなか広がらないのは、性的虐待の現実を直視することを望まないイタリアの文化特有の事情があるからです。専門家の警告にもかかわらず、性に関連するすべての問題は、強い抵抗を引き起こします。これは、メディアによって示されたこの問題への関心の低さに反映されています。

 最近、スペインの司教たちに対応を促す調査報告書が出ましたが、イタリアでは想像できないような内容でした。性的虐待はあたかも目に見えないかのようです。この文脈で、教会の役割は、この重大な問題を最前線に持ってくることです。私たちは皆、性的虐問題に,目を覚まさねばなりません。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2022年4月2日

・聖職者による性的虐待ー長崎教区は賠償命令、仙台教区は和解勧告、問われる新教区長2人の対応

(2022.3.27 カトリック・あい)

 ウクライナにおけるロシア軍の罪もない市民、女性や子供たちを巻き込んだ残虐非道な攻撃が続き、教皇フランシスコの25日のバチカン・聖ペトロ大聖堂での共同回心式に合わせた、ウクライナの速やかな平和回復を聖母マリアに祈る奉献に、日本を含む世界の教会が参加した(ことになっている)。

 だが、日本の教会には、もう一つ、ウクライナ問題に比べれば”小さい”が、その信頼に関わる差し迫った課題がある。長崎、仙台両教区での聖職者の女性信者に対する性的虐待にからんだ裁判への、両教区の対応だ。

 

*裁判所から賠償命令を受けた長崎教区、一か月たっても対応が見えない

 長崎教区のケースについては、2月22日に長崎地方裁判所が、すでに教区司祭からの性的虐待で心身症に陥っていたにもかかわらず、高見大司教(当時)の心無い言葉で、さらに深刻な精神的打撃を受けたとの原告女性の主張を認め、長崎教区に対して賠償命令を出しいるが、教区側がどう対応するのか、したのか、いまだに明らかではないようだ。

 仙台教区のケースは、原告女性が2020年9月、仙台司法裁判所に、加害者司祭(当時)を「被害者原告に対する性的虐待の直接的な加害者」、司教(当時)を「加害者を指導・監督すべき仙台教区裁治権者としての注意義務違反、原告被害者への不適切な発言および対応による二次被害の加害者」、カトリック仙台教区を「信徒への安全配慮義務違反、本件事案の調査義務違反、被害事実の隠蔽、加害者への適切な処分ならびに被害者への適切な対応についての不作為があった」として、三者を相手取り、損賠賠償を求める民事訴訟を起こした。

 原告は、被告三者の違法行為により、①身体的虐待を受け、②PTSDを発症したのみならず、③その後の被告らによる不適切な対応により多大な精神的苦痛を与えられた、と訴えている。被告加害者自体が、本来なら刑事責任が問われるべき事案であるものの、既に刑事時効が成立しているところから、事実の確定を求めるため、やむを得ず除斥期間の経過していない損害賠償請求事件として訴えた。

*仙台教区は裁判所から和解勧告を受け、話し合いを始めたが…

 結審を迎えた今月初めに、仙台地方裁判所の担当判事から原告、被告双方に対し、和解のための話し合いに入るよう提案があり、双方が同意して、和解に向けた手続きが始まっている。

 今月23日に非公開で行われた仙台地裁での、双方からの和解条件についての一回目の聴取では、原告側から、①司教が公的な場での真摯な謝罪をする、聖職者による性的虐待の再発防止に、外部機関の点検を受けつつ、教区全体で具体的に取り組む、②原告に対する教区の信徒たちの誤解を解くため、原告が虐待事件の真実を語る場を設けるーなど、具体的な提案をした、という。

*被告側の和解素案は”加害”に反省なく、「対応に欠ける所があったが…事案に鑑みて和解する」と

 問題は、教区側が代理人弁護士を通して出した和解条件の”素案”だ。教区側はその具体的内容を明らかにしていないが、関係者によれば、その概要は、①この訴訟は、原告が被告から性的侵害行為を受けたとして提起され、被告らはその事実を全面的に否認している②だが、教区が設置した第三者調査委員会が、原告の主張する性的侵害行為は「存在した可能性が高い」と判断しているので、「事案の性格に鑑みて」和解する⓷第三者委員会の報告書が出されたのに対して、速やかに対応すべき点で欠けるところがあったことを謝罪する④被告の仙台教区は、原告が教区の元信者であって、その信者が「性的侵害行為」の申告を行ったことを考慮して「解決金」を支払う、ということのようだ。

 要すれば、「自分たちは悪くないが、第三者委員会が『性的虐待が存在した可能性が高い』との判断を出しているので、和解する、第三者委員会の報告に速やかに対応すべき点で欠けることがあったことは反省する」という内容で、被告たちとしては、あくまで性的虐待行為を認めず、謝罪もしない、反省するところがあるのは「速やかに対応しなかった」ことだけ。しかも、被告をどういうわけか「元信者」と決めつけ、信者だったから「解決金」で片を付ける、というように読み取れる、まさに「血も涙もない」対応。これが聖職者の取るべき態度のなか、あきれてものが言えない、とは、このことではないか。

 そもそも、性的虐待行為を第三者が目撃しているケースは少ないし、まして教会やその施設内での行為であれば、そのようなことはまずありえない。第三者の証言を得られることはなく、時が経過していれば、”証拠”も残らない。状況証拠の積み重ねも困難とすれば、残るのは、加害者本人とその上司である司教の誠実な答え、被害者に対するいたわりの姿勢しかない。被害者は、司教や司祭への批判を受け付けられないばかりか、聖職者に”逆らう”ことを悪と見なすような教会の雰囲気の中で、長い間苦しみ、しかも、その間に、さまざまな無理解、いやがらせにあって来た、とすればなおさらだ。

*「性的虐待行為があった可能性が高い」と5年前に独立委員会が報告している

 ありえないことだが、仮に百歩譲って、被告側に重大な非が無い、としても、原告の女性がこれほどの精神的な痛みを受け続けてきたことまでは否定できまい。まして、2016年7月に教区が設置した第三者委員会がその年の10月に「性的虐待行為があった可能性が高い」と判断する報告書を出しているのだ。

 被告側は、唯一の謝罪理由を「速やかに対応すべき点で欠けるところがあったこと」としているようだが、原告女性が損害賠償を求めて訴えた2020年9月の段階で、第三者委員会の報告が出てから、すでに4年も経っていたことになる。それは「速やかに…欠けるところがあった」と謝罪して済ませられることだろうか。なぜ、真摯な反省と、心からの謝罪ができなかったのだろうか。放っておけば、いずれ忘れ去られると考えたのだろうか。相手を思いやる心があり、それを示したなら、そもそも、原告女性が、さらに大きな苦痛を伴う提訴に至ることはなかったに違いない。

 裁判所から、判決で決定的なダメージを受ける事態に至る前に和解するように勧められたのに、教区側の和解条件が伝えられる内容であるとすれば、なぜ、原告女性にさらなる苦痛をもたらすような対応をせねばならないのか。仮にも「(教会内の事情をよく理解しない)弁護士に任せてあるので」という思いがあったとすれば、お門違いだ。あくまで被告当事者は教区や二人の聖職者なのだ。

 一言付け加えれば、この独立調査委員会の報告には、加害司祭が司祭叙階後、原告女性以外の女性とも性交渉が複数あったことを認める供述をしている、と書かれているようだ。当時、教区長の座にあった司教は当然、2016年10月に出されたこの報告を読んでいたはずだし、このことも、少なくともその時点で知ったに違いない。だとすれば、その後も、その司祭に何の処分もせずに放置したことは、教会法上の重大な監督義務違反となるのではなかろうか。

*”不都合な真実”に目を背け続けて、3月18日の「祈りと償いの日」にどういう意味?

 3月18日の、聖職者による性的虐待被害者のための「祈りと償いの日」を前に、日本の教会を代表する司教協議会会長の菊地・東京大司教は日本の全信徒に宛てたメッセージの中で、「命を賜物として与えてくださった神を信じる私たちには、命の尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。残念ながら模範であるはずの聖職者が命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という、人間の尊厳を辱め、蹂躙する行為に及ぶ事例が、世界各地で多数報告されています…。日本の教会も例外ではありません」と反省している。

 そのうえで、「世界中の教会に多くの被害者がおられる、といわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」と言明している。

 だが、先のような教区レベルの対応を見ると、菊地会長のメッセージに込められた誠意ある姿勢とは大きな乖離が感じられ、その言明も空虚に響く。残念ながら、司教協議会会長の呼びかけにもかかわらず、教区、小教区レベルで「祈りと償いの日」に積極的に応じたところは、あまりなく、あっても一言の祈りで済ませたところが少なくなかったようだ。

 にもかかわらず、「祈りと償いの日」に関する「カトリック・あい」の報道には、読者から大きな関心が寄せられ、”コロナ”や”ウクライナ”の中にあっても、閲覧件数が多数に上っている。それだけ、日本の聖職者による性的虐待、司教など高位聖職者の対応の問題を深刻に受け止め、彼らの今後の振る舞いを注視している、ということでもある。

*長崎、仙台の二人の新教区長の判断に関心が向けられている

 二つの教区に代表されるような心ない対応を続けていては、教会内外の人たちの教会や聖職者に対する信用が一段と落ちるばかりだ。そのことを、司教や司祭たちはどこまで分かっているのだろうか。いつまで、”不都合な真実”に目を背ける習慣から抜け出られずにいるのだろうか。

 フランスの独立調査委員会が昨年10月、同国の聖職者による大規模、かつ長期にわたる性的虐待の実態を明らかにした際、教皇フランシスコは直後の一般謁見で、「これは恥ずべきこと」と強く批判し、「被害者の方々が受けた心身の傷を深く悲しみます…。被害者を中心に置いた対応をすることができなかった『教会のあまりにも長期にわたる過ち』を深く恥じます」と教会を代表して、被害者たちに率直に謝罪された。聖職者による性的虐待撲滅にかけた教皇の思いを、どれほど真剣に受け止めているのだろうか。

 3月19日、仙台教区では、2020年3月に平賀司教が引退して以来、約2年の間空席となって教区長・司教ポストにエドガル・ガクタン司教が就任した。長崎教区長には、一足先に、中村倫明・新大司教が補佐司教から昇格している。新たにリーダーとなった方々には、速やかに、被害者(教区側に言わせれば、「と称している人」=これは長崎地裁が長崎教区に出した賠償命令の根拠となった高見・大司教=当時=の言葉でもあるが)の立場に立った、公正かつ”心”のある判断による和解の実現で”模範”を示し、仙台教区はもとより、長崎問題なども合わせて、損なわれた日本の教会の信用を回復するために、具体的な努力を始めることが期待される。

(「カトリック・あい」南條俊二)

2022年3月27日

(性的虐待・読者の反響)”形”を整えただけで中身は無し、教区にやる気無し-”聖職者主義”の壁も

(2022.3.22 カトリック・あい)

 18日の日本のカトリック教会の「聖職者による性虐待被害者への祈りと償いの日」を前に「カトリック・あい」に掲載した評論は、多くの方が閲覧され、この問題への関心の高さが改めて示されています。そうした読者の方からメールをいただきましたので、ご本人のプライバシー保護のために匿名としたうえで、以下に掲載いたします。

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 「性虐待被害者への償い」についての「カトリック・あい」の評論を読ましていただきました。私も、自分の教区の対応を見ていて、同様の感想を持っています。この日を前にしての教区本部の呼びかけは何もありませんでした。教区報の3月の「行事予定」に「18日に性虐待…償いの日」とあるだけ。昨年もそうでした。司教も、教区本部もやるきがないのです。

 教区でこれまでになされたのは、2020年4月に性虐待防止教区規程および宣言の通達が出されただけでした。司教協議会への提出の締め切りに間に合わせるために、急いで作成したもので、他教区の文書をほとんどそのまま借用したもの。コロナ対策を優先すべき大変な時期であるにもかかわらず、司祭会議は映画鑑賞でした。

 それ以来、今年に至るまでの約2年間、信徒には、この問題について説明は全くありません。昨年も今年も、「償いの日」に関して、司教からメッセージが出されたこともありません。ホームページに、中央協議会の記事が紹介されているだけです。

 「子どもと女性の人権相談室」は作られましたが、相談の件数はもちろんのこと、内容、対応すら一切公表されていません。担当者に相談件数について尋ねても答えてくれない、という話を知人から聞きました。

 2年前の「宣言」には、聖職者による性的虐待問題を扱う「第三者機関」、「規程」には「第三者委員会」の設置が書いてありましたが、これらの組織が本当に設置されているか不明です。設置されたとの広報もありません。

 要するに、”形”を整えただけで、中身は空っぽということです。長崎教区の問題も「対岸の火事」。そこから教訓を得ようとする意識も感じられません。教皇が世界の教会に参加を訴えておられる来年秋の世界代表司教会議に向けた「シノドスの道」の歩みにも、司教には本気で取り組む熱意を感じません。昨年暮れに意見書の締め切りを決めたままで、現在どうなっているのか、報告がありません。シノドス前会議をやる予定もないので、担当司祭がひとりで報告書を作成して、司教団に送るのではないかと危惧しています。

 教区の現状を憂いている信徒・司祭は複数おり、そういう方々と連帯して、何とか現状を打開したいと試みてはいるのですが、なかなか進めません。「聖職者中心主義」が浸透しているため、司教や教区本部に抗することにためらいがあるのです。

(西日本のある教区の男性信徒より)

2022年3月23日

・「問題の重大さを多くの方に理解していただきたい」菊地大司教が「性虐待被害者のための日」に改めてメッセージ

(2022.3.18 カトリック・あい)

 菊地・東京大司教(カトリック日本司教協議会会長)は、18日のカトリック教会「性虐待被害者のための祈りと償いの日」に当たって、「司教の日記」のページに以下のメッセージを掲載した。全文以下の通り。

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 16日の夜遅く、東京の司教館も、ミシミシと音を立てながら、かなり揺れました。東北をまたも襲った大きな地震です。被害を受けられた皆様に、お見舞い申しあげます。

 今週末の土曜日はガクタン司教様の司教叙階式で仙台へ行かなくてはならないのですが、当初予定していたのは新幹線でしたので、別の移動手段を思案中です。

 3月18日は、今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。東京教区での呼びかけと、司教協議会会長名での呼びかけ文を、以下に再掲いたします。なお東京教区では、できる限り多くの方に祈り、またことの重大さを理解していただきたく、次の主日である20日に、この「祈りと償いの日」の教皇様の意向に合わせてミサを捧げることにしており、わたしも関口教会10時のミサを司式させていただく予定です。

 なおこれに関連した教皇庁の諸文書が中央協議会のホームページに掲載されています。また改訂された教会法の翻訳なども掲載されています。ご参照ください。(教会法の翻訳は、基本的には現在出版されている教会報における用語翻訳と整合性を持つようにしてありますが、一部変更されているものもあり、今後、ラテン語用語の邦訳の見直しから、教会法全体の翻訳見直しへと作業が継続する見込みです)

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*東京教区の皆様 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 四旬節の第二金曜日は、日本の教会における「性虐待被害者のための祈りと償いの日」と定められています。今年は3月18日(金)がその日となります。

 この数年間、世界各地の教会において、聖職者による性虐待のケースが報告されるようになり、調査の結果、同様の事例が多数、過去にさかのぼって存在することが明らかになりました。加えて、聖職者によるそういった行為には、保護の対象である未成年者への性虐待行為もあることが明らかになりました。これは日本の教会も例外ではありません。さらには司教や修道会の責任者が、事実を隠蔽しようとした事例の報告も相次いでいます。

 教皇様は、命の尊厳を守る立場から、これらの事実に目を背けることのないようにと指示をされ、世界中の教会が、この数年、対応のための制度を整えています。東京大司教区でも、すでに対応委員会や窓口を設けていますが、その制度をさらに整える努力を続けてまいります。

 もちろん制度を整えたからといって、すべてが解決するわけではありません。制度を正しくふさわしく運用するための啓発活動が必要ですし、さらに一番大切なことは、被害を受けられた方々の尊厳が回復されるために手を尽くすことであると思います。

 命の尊厳を守るはずの聖職者がこのような正反対の行為をしたことに、心から謝罪いたします。これからも東京大司教区において、すべての人の命の尊厳を守るために、取り組んでいく決意を新たにいたします。

 今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたり、東京大司教区では当日の3月18日(金)、またはその直後の3月20日(日)に、それぞれの教会において、教皇様の意向に合わせてミサを捧げるものとします。なおミサにあたっては、「赦しの奉献文」を使うものとします。

 また3月20日(日)の関口教会10時のミサを大司教司式ミサとし、この意向で捧げます。

 日本の司教団は昨年、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を改訂し、中央協議会のホームページで公開しています。このガイドラインは対象を「教会で宣教や司牧に携わるすべての人」、つまり司祭や修道者だけでなく、教会関連施設で奉仕するすべての職員やボランティアとしています。教会共同体のすべての方が、この問題を自分自身のこととして、ともに考え、祈り、行動してくださるようにお願いいたします。

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*日本のカトリック信者の皆様 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 命を賜物として与えてくださった神を信じる私たちには、いのちの尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。

 残念ながら模範であるはずの聖職者が命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という、人間の尊厳を辱め、蹂躙する行為に及ぶ事例が、世界各地で多数報告されています。中でも保護を必要とする未成年者に対する性虐待という、卑劣な行為を行った聖職者の存在も明らかになっています。日本の教会も例外ではありません。

 加えて司教をはじめとした教会の責任者が、聖職者のこうした加害行為を隠蔽した事例が、過去にさかのぼって世界各地で報告されています。

 教皇フランシスコは、聖職者によって引き起こされたこの問題に、教会全体が真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを請い、また被害にあった方々の尊厳の回復のために尽くすよう求めておられます。また特別の祈りの日である「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を設けるようにと、各国の司教団に指示をされました。日本の教会では、四旬節・第二金曜日を、この祈りと償いの日と定めました。2022年にあっては、来る3月18日(金)がこの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。

 日本の司教団は、2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました。昨年12月には、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を作成し、日本の教会に委ねられている未成年者の命を守る使命を果たす決意を新たにしています。今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けてまいります。

 今、シノドスの道を共に歩んでいる教会は、互いに耳を傾けあい、支え合いながら、連帯の絆に結ばれた共同体であることを目指しています。日本の教会が、命の尊厳を守り抜くための努力を怠らない教会共同体であるように、努めて参ります。

 世界中の教会に多くの被害者がおられる、といわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います。

 どうぞ、四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りを捧げてくださいますようにお願いいたします。

2022年2月17日 日本カトリック司教協議会 会長 菊地功

2022年3月18日

(評論)「性虐待被害者のための祈りと償いの日」―「祈り」で済ませてはならない

(2022.3.17 カトリック・あい)

  18日は今回で6回目となる日本のカトリック教会の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」だ。だが、中央協議会のホームページを検索して出てくるのは、司教協議会会長名の2月17日付けの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」への参加呼びかけのみだ。東京教区では、菊地大司教が20日に東京カテドラル・関口教会で、祈りと償いのミサを奉げるが、その他の教区の対応は、中央協議会のページを見る限り判然としない。

  

*司教協議会会長の呼びかけは出されているが…

 中央協議会の担当部門と思しき「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」のページには、「祈りと償いの日」がスタートした2017年当時に作成したのと同じ文面のリーフレット配布の告知があるだけだ。各教区の関連行事予定を調べると、なんと2018年3月の札幌、仙台、名古屋、長崎のものがいまだに載せられたままになっているだけで、今年の予定のまとめは皆無である。

  司教協議会会長名の呼びかけでは「私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」とし、「四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りをささげてくださいますようにお願いいたします」としているが、この呼びかけが全国の司教、司祭、そして信徒にどこまで届いているのか。疑問を持たざるを得ない。

 だが、日本の教会が置かれている状況は、このような無関心のまま、「祈りと償いの日」を、祈りだけで“やり過ごせる”環境にはない。

 

*長崎教区は損害賠償命令に、仙台教区は和解調停勧告”に速やかに応える必要

  具体的に言えば、聖職者の性的虐待に関する民事訴訟が、確認されているだけで長崎教区、仙台教区の二件があり、それらへの、両教区の速やかな対応が求められる。

 長崎では、2月22日に長崎地方裁判所で「2018年に司祭からわいせつ行為を受けたことで発症したPTSD(心的外傷後ストレス障害)を、高見大司教(当時)の不用意な発言でさらに悪化させ、精神的な苦痛を受けた」とする原告の訴えを認め、長崎教区に賠償を命じる判決が出された。

 だが、この判決を受け入れるのか、不当として上告するのか、1か月近く経った今も、新しく大司教に就任した後任の教区長から判断が出たとは聞いていない。

  仙台地方裁判所では、やはり司祭から性的虐待を受けたとする被害者が仙台教区を訴えている裁判が、今月初めに最終段階を迎え、担当裁判官から、原告、被告双方に和解調停に応じるよう提案がされたという。原告側は調停に応じる意向を表明しているというが、仙台教区は、3月19日に新司教が叙階されるまで、司教空席であるためか、まだ判断は出ていないようだ。

  いずれの件も、原告となった女性たちは、教区側から訴えをまともに受け入れてもらえず、長い間苦しんだ末に、周囲の教会関係者からの無言の圧力や、冷たい視線を浴びながら、やむを得ずの提訴となった、といわれている。教区が被告となった裁判をこれ以上長引かせ、被害を訴えている信徒を、これ以上苦しめてはならない。

 司教協議会会長のメッセージにある「無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したい」という思いを、関係司教たちが本心から共有するのであれば、早急に、判決、あるいは和解調停を受け入れ、関係者による被害者への心からの謝罪、賠償、そして、今後の責任あるケアを決断すべきだろう。

 長崎、仙台両教区長はいずれも、新任。長崎は2月に大司教着座式を終えたばかり、仙台は19日に司教叙階式予定だが、過去のしがらみを断ち切り、多くの心ある信徒の信頼を回復するためにも、早急な判断が求められる。

 

*司教団にも具体的な取り組みが求められている

  日本の教会としても、目に見える具体的な対応が求められる。

 司教協議会会長の呼びかけでは「残念ながら模範であるはずの聖職者が、命の尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という人間の尊厳を辱め蹂躙する行為におよんだ事例が、世界各地で多数報告されています。…日本の教会も例外ではありません…。日本の司教団は2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました」としている。

 

*「”対応”してきた」と胸を張って言えるのか

  だが、果たして2002年以来、本当に具体的な目に見える対応をしてきたのだろうか。ガイドラインを作り、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」を設置し、さらに『未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン』を作成した、というが、先に述べたような長崎、仙台両教区に代表されるような対応を見ると、“仏作って魂入れず”の感を否めない。

  

*「聖職者の性的虐待問題の責任者」が見えない

  それが端的に表れているのは、誰が聖職者による性的虐待問題への対応にあたるか、という司教団の中の責任体制だ。中央協議会のホームページで、司教協議会の担当部署を見ると、司教協議会の中の社会司教委員会(委員長:勝谷太治・札幌教区司教)、副委員長:成井大介・新潟教区司教))のもとに、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」が置かれ、責任司教はヨゼフ・アベイヤ福岡教区司教、担当司教は松浦悟郎・名古屋教区司教と、この2人の分担は不明だが、少なくとも二人の司教が担当になっている。だが、どのような役割、責務があるか判然としない。

 

*司教協議会の”デスク”のHPに書かれているのは…

  さらに、「デスク」のページを開いて活動状況を調べると、3月16日現在で、見るべきものは、「2022年度『性虐待被害者のための祈りと償いの日』に関する日本カトリック司教協議会会長(菊地 功大司教)の呼びかけのみ。あとは、「2021年 性虐待被害者のための祈りと償いの日 (2021年3月5日) にあたり 動画」「司教協議会は2020年5月に、毎年9月1日から10月4日までを『すべてのいのちを守るための月間」と定めました」「2019年・・・・」と過去のものをそのまま残しているだけだ。

 極めつきは、「休業延長のお知らせ カトリック中央協議会は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、4月19日まで休業期間を延長いたします。 再開日あらためてお知らせいたします」という告示だ。今年のことかと思い、もう一度読みなおすと「2020年4月7日最終更新日」とある。なんと二年前の連絡が消去もせずに残されているのだ。コロナだから、何もしなくていい、ということなのだろうか。

 中央協議会や各教区に、デスクは作られ、電話番号などはHPに出ているが、どれほど機能しているのか、現況の活動、成果の説明はなく、判断のしようがない。それどころか、長崎教区などでの、性的虐待についての訴えへの対応について関係者の話を聴くと、「加害者を守るための部署になっている」との批判さえあるほどだ。

 

*”ガイドライン”には見直すべき点が多い

  『未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン』にも、幾つか首をかしげたくなる点がある。まず、名称が「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」となっているが、司教協議会での担当と思しき部署「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の名称との間に、大きなずれがある。「未成年イコール子ども」なのか?「弱い立場に置かれている成人イコール女性」なのか?そうではなかろう。

 また、「弱い立場に置かれている成人」とは誰を指すのか、ガイドラインを読んでも、非健常者を指すのか、健常者でも”伝統的価値観“の教会で”司祭の権威“に抵抗できないと考えて泣き寝入りする人まで対象とするのか、判然としない。仮に、健常者の成人が性的虐待を受けた場合、このデスクが受け付けられるのか。実際、長崎教区も、仙台教区も被害を訴えているのは、被害当時、成人女性の健常者だった。欧米人の場合、幼児や年少者に対する聖職者の性的虐待が目立つが、日本の場合、むしろ成人女性が被害に遭うケースが多いのではなかろうか。

 筆者が耳にしている性的不適切行為を働いた別の二人の司祭の場合も、被害者は成人女性だ。

 そもそも、成人の健常者は、「ガイドライン」や「デスク」の権利擁護の対象とならない、というのは、おかしな話だ。未成年は論外だが、年齢、性別に関係なく、誰に対しても聖職者による性的虐待は厳しく罰せられるべきだし、それを隠蔽したり、見て見ぬふりをしたりするような高位聖職者も責任を問われるべきではないか。

 「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」という名称自体、「聖職者による性的虐待に厳しく対応し、再発を防ぐ」という明確な意志の表明には、ほど遠い。

 さらに、このガイドラインでは、肝心の「監査」についての記述に「日本カトリック司教協議会は、各教区における本ガイドラインの遵守状況を確認し、監査結果を公表する」とあるが、「監査」を具体的に、何を、誰が、どの組織が監査するのか、どのような頻度でするのか、結果の公表をするのかしないのか、指摘された問題への対応はどこがするのか、問題の責任者の処遇はどうするのか、など肝心の点が不明だ。

 また、このガイドラインは昨年12月に作成された、と会長のメッセージは説明しているが、ガイドラインの本文を見ると、「2021年2月17日の司教協議会総会で承認された」とある。なぜ、司教協議会総会で承認されたものが、10か月も公表されなかったのか。しかも、3月16日の時点でも、このガイドラインは、小教区レベルには全く周知徹底していない。

 ガイドラインの末尾に「今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けて参ります」とあるが、以上のような問題を真摯に受け止め、早急に見直し、さらに具体的で、説得力のある肉付けをしてもらいたい。

 

*司教団として最優先すべきは、明確な役割、権限をもつ性的虐待問題担当部署の設置、担当司教の選任

  3月11日にHPに掲載された会報3月号によると、司教協議会は今年1月13日に開いた定例常任司教委員会で、「聖職者による性虐待問題に取り組むための体制について 子どもと女性の権利擁護のためのデスクからの提案である『未成年者と弱い立場におかれている成人 を保護するためのガイドライン』推進のために司教協議会会長を責任者として修道会・宣教会との連携、神学校での養成、司祭生涯養成、教区間などの横断的なつながりを推進する組織を作ることを承認し、今後組織体制を整えていくことを申し合わせた」とある。

 だが、それよりも先に手を付けるべきは、「聖職者による性虐待問題に取り組むための体制」を抜本的に見直し、外部からもはっきり認識されるような名称の部署の新設、その役割、権限を明確にする規定を作ったうえで、そのトップとしての責任司教を決めることだ。司教協議会の核となる体制が明確さを欠いたまま、会長を責任者とした外部組織との連携、教区館などの横断的つながりなどは、とても実のある形では進められまい。

 

*公正な調査、提言能力のある独立委員会の設置も必要だ

  さらに、大事なのは、フランスやドイツなど欧州各国で相次いで実績を挙げている、司教協議会から独立した調査、提言能力を持つ法律などの専門家による独立調査委員会の設置だ。司教協議会や教区の性的虐待相談窓口にもたらされた訴えを独立委員会の公正な調査に委ねることができれば、調査への信頼度も増す。

 

*不完全な”アンケート調査”から二年、何がなされたのか

  司教協議会では2019年6月から「聖職者による未成年者への性虐待の対応に関するアンケート」を開始したが、”後処理”に時間がかかり、翌2020年4月になってその結果をまとめ、発表したが、その内容は、2020年2月末日の時点で、全16教区ならびに全40の男子修道会・宣教会、55の女子修道会・宣教会から得た回答では、1950年代から2010年代に「聖職者より性虐待を受けた」とされる訴えは16件、加害聖職者は、教区司祭7名、修道会・宣教会司祭8名、他1名は不明。加害を認めたものが4件、否認が5件、不明が7件。加害聖職者の措置(事件発覚時)は、職務停止は2件に過ぎず、退会も1件のみ。異動で済ましたものが8件(国内外含)、ほか5件は不明という内容。強制調査権も何もない、ただ報告を受動的に受け取る”アンケート“の弱さが露呈した。

 この発表文では「本調査によって訴えが上がってこなかった教区・修道会・宣教会においても、『被害がない』という短絡的な捉え方をするべきではない。被害者が安心して声を上げられる環境かどうかを見直し、教会全体として、性虐待・性暴力根絶に向けた、たゆまぬ努力が必要である」と述べられているが、具体的にどのような行程表を作り、形だけでない内実を伴った取り組みをしようとしているのか、各教区に何を期待するのか、明確な説明は皆無だった。

 アンケート結果の発表から2年も経って、出てきたのは「ガイドライン」だけ。「被害者が安心して声を上げられる環境かどうかを見直し、教会全体として、性虐待・性暴力根絶に向けた、たゆまぬ努力」がされてきたとはとても言えない。

 

*これ以上の司教団の”不作為”があってはならない

  ちょうどこの数年は、高見・長崎大司教が司教協議会会長を務めていた時期と重なる。信徒に性的虐待をしたとされる聖職者、そして彼を監督、指導すべき立場にあり、いったんは和解しようとした被害者を心無い言動によって傷つけて裁判となり、裁判所から教区に損害賠償命令を出されるに至った。

 そうした事情にコロナ禍での教会指導者たちの動きの鈍さが重なって、このような結果となった、とも考えられるが、長崎、仙台両教区における裁判に代表されるように、対応次第で教会に対する信頼を大きく損ないかねない事態も起きている。コロナ禍を理由にした、これ以上の“不作為”があってはならない。

 

*司教団の新体制に、祈りと”有言実行”を期待する

  「世界中の教会に多くの(聖職者による性的虐待の)被害者がおられるといわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神の慈しみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、私たち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います」。

 2月に司教協議会の会長に就任した菊地・東京大司教は、「性虐待被害者のための祈りと償いの日」への参加呼びかけを、このように結んでいる。新会長と日本の司教全員が共に「信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動」、実績を示すことを望んでやまない。

 

(「カトリック・あい」代表・南條俊二)

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2022年3月17日

・アルゼンチンで元司教が、性的虐待で禁固4年半の有罪判決(Crux)

(2022.3.4 Crux  Rome Bureau Chief   Inés San Martín)

ローマ発–アルゼン​​チン・サルタ州オランの裁判所が4日、グスタボ・ザンチェッタ元司教に対し、2人の元神学生に継続的な性的虐待を犯したとして、4年6か月の禁固刑を言い渡した。

 パブロ・リベロ検事は、元司教を有罪とし、即時拘禁を求めるのに先立って、「被害者が被った被害の大きさについて判断することはできないが、我々には、正義を守る立場から社会に答える義務がある」と述べた。

 アルゼンチン北部のオラン教区の元司教であるザンチェッタは、被害者たちから性的迫害の訴えを受けた際、訴えの内容を否定する自分の主張を教皇フランシスコは支持してくれている、と”友情”を誇ってさえいた。

 ザンチェッタは2013年に教皇フランシスコによって司教に叙階され、オラン教区長に任命されたが、2017年に53歳で「健康上の理由」から辞任。その数か月後、教皇は、彼をバチカンの金融資産を管理する使徒座財産管理局(APSA)の評議員に任命していた。

 バチカンのスポークスマンは、ザンチェッタが、教皇庁入りした際、性的虐待を働いた、との申し立てを聞いていなかったが、翌年の2018年に、「性的違法行為」と「経済的不正行為」の両方で告訴されたことが公表された。2019年に教皇フランシスコはあるメディアとの会見で、「私が彼に辞任を求める前に、告発がありました。告発後、すぐに彼と告発者を呼んで、事情を説明させました」と語っていた。

 告訴状には、同性愛ポルノとザンチェッタの露骨な性的画像の存在を示す被告の電話が含まれおり、弁護側は、電話は盗聴されたもの、と主張したが、それがかえって疑惑を強める結果となり、教皇は被告に、教皇庁を離れ、帰国するよう言い渡した、という。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2022年3月6日

・「性虐待被害者のための祈りと償い」東京教区、20日は関口教会で菊地大司教司式ミサ、各教会も18日ないし20日にミサを

(2022.3.4  カトリック・あい)

 3月18日は日本のカトリック教会の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」だが、菊地・東京大司教は4日、東京教区の教会、司祭、信徒に今年の方針について以下のメッセージを出した。菊地大司教が20日に東京カテドラル・関口教会で、祈りと償いのミサを奉げるととともに、各教会も18日ないし20日にミサを奉げるよう求めている。

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東京教区の皆様

 2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 四旬節の第二金曜日は、日本の教会における「性虐待被害者のための祈りと償いの日」と定められています。今年は3月18日(金)がその日となります。

 この数年間、世界各地の教会において、聖職者による性虐待のケースが報告されるようになり、調査の結果、同様の事例が多数、過去にさかのぼって存在することが明らかになりました。加えて、聖職者によるそういった行為には、保護の対象である未成年者への性虐待行為もあることが明らかになりました。これは日本の教会も例外ではありません。さらには司教や修道会の責任者が、事実を隠蔽しようとした事例の報告も相次いでいます。

 教皇様は、いのちの尊厳を守る立場から、これらの事実に目を背けることのないようにと指示をされ、世界中の教会が、この数年、対応のための制度を整えています。東京大司教区でも、すでに対応委員会や窓口を設けていますが、その制度をさらに整える努力を続けてまいります。

 もちろん制度を整えたからと言ってすべてが解決するわけではありません。制度を正しくふさわしく運用するための啓発活動が必要ですし、さらに一番大切なことは、被害を受けられた方々の尊厳が回復されるために手を尽くすことであると思います。

 いのちの尊厳を守るはずの聖職者がこのような正反対の行為をしたことに、心から謝罪いたします。これからも東京大司教区において、すべての人のいのちの尊厳を守るために、取り組んでいく決意を新たにいたします。

 今年の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたり、東京大司教区では当日の3月18日(金)、またはその直後の3月20日(日)に、それぞれの教会において、教皇様の意向に合わせてミサを捧げるものとします。なおミサにあたっては、「ゆるしの奉献文」を使うものとします。

 また3月20日(日)の関口教会10時のミサを大司教司式ミサとし、この意向で捧げます。

 日本の司教団は昨年、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を改訂し、中央協議会のホームページで公開しています。このガイドラインは対象を「教会で宣教や司牧に携わるすべての人」、つまり司祭や修道者だけでなく、教会関連施設で奉仕するすべての職員やボランティアとしています。教会共同体のすべての方が、この問題を自分自身のこととして、ともに考え、祈り、行動してくださるようにお願いいたします。

 なお、司教協議会会長としての呼びかけ文も、私の名前で公開されています。以下に掲載いたしますので、ご一読ください。

 カトリック東京大司教区 大司教 菊地功

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日本のカトリック信者の皆様

2022年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 いのちを賜物として与えてくださった神を信じるわたしたちには、いのちの尊厳を守る務めがあります。教会の聖職者には、その務めを率先して果たすことが求められるのは言うまでもありません。

 残念ながら模範であるはずの聖職者が、いのちの尊厳をないがしろにする行為、とりわけ性虐待という人間の尊厳を辱め蹂躙する行為におよんだ事例が、世界各地で多数報告されています。なかでも保護を必要とする未成年者に対する性虐待という、卑劣な行為を行った聖職者の存在も明らかになっています。日本の教会も例外ではありません。

 教皇フランシスコは、聖職者によって引き起こされたこの問題に、教会全体が真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを請い、また被害にあった方々の尊厳の回復のために尽くすよう求めておられます。また特別の祈りの日である「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を設けるようにと、各国の司教団に指示をされました。日本の教会では、四旬節・第二金曜日を、この祈りと償いの日と定めました。2022年にあっては、来る3月18日(金)がこの「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたります。

 日本の司教団は、2002年以来、ガイドラインの制定や、「子どもと女性の権利擁護のためのデスク」の設置など、対応にあたってきました。昨年12月には、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を作成し、日本の教会に委ねられている未成年者のいのちを守る使命を果たす決意を新たにしています。今後も、よりふさわしい制度とするために、常に見直しと整備を続けてまいります。

 いまシノドスの道をともに歩んでいる教会は、互いに耳を傾けあい、支え合いながら、連帯の絆に結ばれた共同体であることを目指しています。日本の教会が、いのちの尊厳を守り抜くための努力を怠らない教会共同体であるように、努めて参ります。

 世界中の教会に多くの被害者がおられるといわれます。無関心や隠蔽も含め、教会の罪を認めるとともに、被害を受けられた方々が神のいつくしみの手による癒やしに包まれますように、ともに祈ります。同時に、わたしたち聖職者がこのような罪を繰り返すことのないように、信仰における決意を新たにし、愛のうちに祈り、行動したいと思います。

 どうぞ、四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りをささげてくださいますようにお願いいたします。

2022年2月17日
日本カトリック司教協議会 会長
菊地 功

2022年3月4日

・独でも、少女たちを性的虐待のカトリック司祭に懲役12年の有罪判決(Crux)

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2022年2月26日