・教皇、 モザンビークで 貧しい人々の支援施設訪問

 

教皇フランシスコ、貧しい人々の支援施設を訪問 2019年9月5日 モザンビーク・マプト教皇フランシスコ、貧しい人々の支援施設を訪問  (@Vatican Media)

 教皇フランシスコは5日、モザンビーク首都マプト郊外の貧しい人々の支援施設「マタイ25の家」を訪問された。

 施設の入り口でフィリペ・ニュシ大統領に迎えられた教皇は、運営に携わる司祭や修道女たちの説明に耳を傾け、支援を受けている子どもたちや若者と笑顔で交流された。

 「マタイ25の家」は、マタイ福音書25章のキリストの言葉、「私の兄弟であるこの最も小さな者の一人にしたのは、私にしてくれたこと」にちなんで名づけられ、貧しい人や助けを必要とする人に対する支援・奉仕活動をしている。

 駐モザンビーク・バチカン大使館の発案をもとに同国のカトリック教会と約20の修道会の協力を得て運営され、具体的には、生活に困難を抱える若者やストリートチルドレンに、食事や、衛生・医療の機会を与えることを活動の中心とし、施設の職員たちは毎晩、多くのボランティアと市内を回り、助けを必要とする人に温かい食事や宿泊所を提供している。

 教皇はこの日、ご自身がブエノスアイレス大司教時代から育て、現在は世界各地に広がっている教育運動「スコラス・オクレンティス」のモザンビーク支部関係者ともお会いになった。

 

2019年9月6日

・「神の呼びかけを受けた所に立ち戻りなさい」-教皇、モザンビークの聖職者たちと会見

教皇フランシスコとモザンビークの教会関係者との出会い 2019年9月5日 マプトのカテドラルで教皇フランシスコとモザンビークの教会関係者との出会い 2019年9月5日 マプトのカテドラルで  (Vatican Media)

(2019.9.5 バチカン放送)

 モザンビーク訪問中の教皇フランシスコは5日、首都マプトで、同国のカトリック教会関係者とお会いになった。

 マプトのカテドラルで行われたこの集いには、モザンビーク全土から司教、司祭、修道者、神学生、カテキスタらが参加。司教、司祭、修道者の代表たちが、「一致した宣教的な教会」という目標を掲げつつ、「経済問題を抱え自分のことで手一杯の司祭たちのアイデンティティーの喪失」「奉献生活の素晴らしさの再発見の必要」などの問題を含め、自国の教会の現状を説明した。

 これに対して、教皇は講話の中で、「司祭のアイデンティティーの危機に立ち向かうには、”重要で荘厳な場所”から外に出て、”自分が神の呼びかけを受けた場所”に戻ることが必要です」と強調され、「司祭は”人々の間で最も貧しく、神の支えがなければ最も小さく無力な存在”であるべきです…おとめマリアが神のお告げに『はい』と答えた場所、『ナザレ』に立ち返ることが、自分のアイデンティティーを取り戻し、司牧者=弟子=宣教者としての自覚を新たにする道となるでしょう」と努力を求められた。

 さらに、教皇は司祭たちに対して、「自分たちの疲れの原因は何かを突き止め」「神の目に有意義と思われることだけを選択しながら、自らの召命を新たにする」ように促され、マリアのエリザベト訪問のエピソードに「出会い、対話、奉仕」の要素を指摘された教皇は「モザンビークの教会が、分裂のあるところに解決と尊重の態度、協力や対話をもたらす、マリアの訪問の精神を持った教会」になるよう激励された。

 モザンビークのカトリック教会は、12教区、信者数は約762万人で全人口の約28%を占めている。

(編集「カトリック・あい」)

2019年9月6日

・教皇、モザンビーク要人たちと会見、「平和のための勇気」を讃える

 4日夕にモザンビーク入りされた教皇フランシスコは5日、首都マプトの大統領官邸でフィリペ・ニュシ大統領との会談の後、官邸内のホールで、同国の要人たちとお会いになった。

 教皇はこの集いで、「美しい自然と豊かな文化、生きる喜びに満ちた国民によって祝福された国、モザンビーク」を訪問できたことに心からの喜びを表明。また、先に同国を相次いで襲った二つのサイクロンによって深刻な被害を受けた地方に連帯を示され、被災された人々を中心に置いた復興が行われるよう求めるとともに、カトリック教会として復興に協力することを誓われた。

 さらに教皇は、モザンビークが長い内戦を経て1992年にローマで締結された包括和平協定以来、平和を目指し、「国内の課題と向き合うための最良の道」として和解の努力を続けてきた、モザンビークの人々の「平和のための勇気」を讃えらえた。

 そして、平和とは「単に戦争が無い状態ではなく、社会から疎外され、忘れられた兄弟たちが尊厳を取り戻し、一人ひとりが社会の主役である、と感じられるための、「責任ある、絶え間ない取り組みを必要とするものです」と訴えるとともに、「機会の平等の欠如が、様々な形の暴力や戦争を招く原因とならないように、注意を怠らないで」と求められた。

 また、教皇は「モザンビークの平和は、医療をはじめ社会の様々な分野に発展をもたらしています」とされたうえで、「人々が必要としている制度を整える中で、特に、人口の大きな部分を占める若者たちの教育に力を注ぐように。住居のない家族、仕事のない労働者、土地を持たない農業従事者らを助けることが希望と、尊厳、平和の未来につながるように」とさらなる努力を促された。

 モザンビークの豊かな自然にも言及され、「自然を守ることは、生活を守ること」として、環境問題に対して特別な関心を払うように願われた。

(編集「カトリック・あい」)

 

2019年9月5日

・教皇、モザンビークに到着、空港で大統領夫妻が出迎え、歓迎式

(2019.9.4バチカン放送)

Pope Francis arrives in MaputoPope Francis arrives in Maputo 

 教皇は、第31回目の海外司牧訪問(イタリアを除く)として、9月4日から10日まで、モザンビーク、マダガスカル、モーリシャスの3国を訪問。初日の4日夕、モザンビークの首都マプトの空港に到着された教皇は、フィリペ・ニュシ大統領と夫人に迎えられ、子どもたちから花束を受け取られ、笑顔で祝福を与えられた。

 空港での歓迎式には、同国の政府、教会の関係者が出席。教皇は若者たちによる伝統舞踏をご覧になった。その後、特別車パパモービルで、滞在先となるマプト市内のバチカン大使館へ向かわれた。夜の市街では、沿道の鈴なりの人々が楽器のリズムや、踊り、歓声で、教皇の訪問を熱く歓迎した。

 教皇はモザンビーク滞在中、大統領官邸訪問、各界代表との会見、諸宗教の若者たちとの出会い、カトリック司教・司祭・修道者・神学生らとの集い、貧しい人々の支援施設「マタイ25の家」訪問(9月5日)、病院訪問、競技場でのミサ(9月6日)などを予定している。

 モザンビークには、1988年9月に聖ヨハネ・パウロ2世が最初の訪問を行っている。教皇フランシスコの今回の訪問は、ローマ教皇として31年ぶり。モザンビークの宗教人口は、伝統宗教が半数を占め、カトリックは約28%、イスラム教約20%、この他、仏教、ヒンドゥー教、キリスト教諸派など。

(編集「カトリック・あい」)

 

2019年9月5日

・「謙遜の心をもって使命を果たします」-オロリッシュ新枢機卿が抱負+評論

 

 Archbishop Jean-Claude Hollerich S.J.Archbishop Jean-Claude Hollerich S.J. 

(2019.9.2 VaticanNews Manuela Affejee and Linda Bordoni )

 10月5日の枢機卿会議で叙任されることが決まった13人の枢機卿の1人で、元上智大学副学長のジャン・クロード・オロリッシュ・ルクセンブルグ大司教が1日午後、教皇フランシスコの新任発表の後、VaticanNewsの電話インタビューに応じた。

 オロリッシュ大司教は、1日正午の祈りの中で教皇が発表された新枢機卿の中に自分が含まれているのを知ってまったく驚いた、という。

 「私は今、一週間の休暇でポルトガルにいますが、日曜朝のミサを終えて教会から出ようとすると、お祝いの言葉が寄せられ始めました… でも、どうして祝ってくれているのか、私は分からなかったのです」と語った。

 そして、枢機卿に選ばれたというニュースを聴いて、最初に頭に浮かんだのは、この日のミサで読まれた福音書、「祝宴に招待されたものが、なぜ、上席を選ぶべきでないか」(ルカ福音書14章7節から)についてイエスが語られた例え話だった、という。

 「これは、教会に仕える使命を果たし続ける中で、私がいつも心に留めていることなのです… いつも、この福音のことばに耳を傾けることができるように、そして枢機卿として、教皇に、教会に、そして神の教会を形作っている全ての女性たち、男性たちに真に仕える者となります」と大司教は誓った。

 

 オロリッシュ大司教がVaticanNewsの電話インタビューで語られた言葉は、まさに彼の本心だと思う。筆者が大司教に近しく接したのは十数年前、バンコクで勤務していた時のこと。当時大司教は上智大学の学術交流担当副学長としてしばしばタイを訪問され、そのたびに、私たち卒業生、バンコク・ソフィア会の夕食会に出てくださった。そこで、どのような会話がされたのか、詳細は記憶していないが、ソフトで、謙虚で、何でも気楽に話せる司祭だ、という印象が強く残っている。

 中学、高校、大学と10年にわたってイエズス会の学校に世話になり、卒業後もOBとして様々な関わりを持ち続けた筆者は、親しく接させていただいたイエズス会士が何十人といるが、第一印象が「シャープ」「切れ者」で、どちらかというと近寄りがたい方(後になってそうでないことが分かったが)が少なくなかった。そうした中で、大司教は稀有な存在だった、と言ってもいい。

 何回かバンコクにおいでになった時。大司教(当時は副学長)のリーダーとしての将来に期待を強めていた筆者は、疲れ気味で、少々おなかも出てきたように見えたのが心配になり、「あまり無理しないで。それと、もう少し運動した方がいいですよ」とご忠告申し上げると、少し恥ずかしそうに、「ええ、そうですね」と答えられたのを記憶している。

 8年前に前教皇ベネディクト16世から故郷、ルクセンブルグの大司教に抜擢され、さらに昨年春からは全欧州の司教団のトップに立った。聖職者による未成年性的虐待、と隠ぺいの事実が次から次へ、国から国へと発覚し、教会の信用が失墜、ミサに出る信徒も減少が続く欧州で、教会のかじ取りをするのは至難の業だろう。

 そして、教皇フランシスコの教会改革路線に抵抗する高位聖職者も目立つ中で、今回、枢機卿という、多くの難題解決に苦闘する教皇を同じイエズス会士の側近として補佐する役割も担うことになった。「教皇に、教会に、そして神の教会を形作っている全ての女性たち、男性たちに真に仕える者」となることを誓ったオロリッシュ新枢機卿が、その「謙虚さ」の真価を発揮するのはこれからだ。

(南條俊二)

 

2019年9月3日

・教皇が13人の枢機卿を新任-オロリッシュ・ルクセンブルグ大司教(元上智大学副学長も)

(2019.9.1 カトリック・あい)

 教皇フランシスコは1日、サンピエトロ広場での正午の祈りの後、「10月5日に枢機卿会議を開き、13人の枢機卿を新たに任命する」と発表した。

 枢機卿に任命されるのは以下の大司教9人、司教3人と司祭1人。この中にはイエズス会士で元上智大学教授、元同大副学長、上智学院理事のジャン・クロード・オロリッシュ=ルクセンブルグ大司教が含まれている。年齢別では50代が2人、60代が5人、70代が3人、教皇選挙権を持たない80代が3人となっている。また13人のうち修道会出身者は7人で過半数を占めている。

 なお、イギリスの有力カトリック・メディアTabletは、1日付けで、10月5日の枢機卿会議で新たに10人の教皇選挙権を持つ枢機卿が誕生すると、10月15日時点で80歳未満で教皇選挙権を持つ枢機卿の総数は128人、うち教皇フランシスコが選任した枢機卿は66人となり、過半数を超えることになる、とし、「枢機卿の選任は、教皇が自身の取り組みを治世後も継続するために最も重要なもの。教皇は今回の選任によって、自らが敷いた路線を教会がとり続けるのを確実にしようとしている」とコメントしている。

*教皇が突然の枢機卿会議招集発表ー有力”同盟者”たちを枢機卿に(解説・Crux)

ローマ発-教皇フランシスコが10月5日に枢機卿会議を開き、13人の新枢機卿を任命することを発表したが、このうちの何人かは教皇の有力”同盟者”と広く考えられている人々だ。また、13人には米国出身者が入っていない。

 新枢機卿13人のうち、次期教皇選挙の投票権適格者は10人で、3人はフランシスコと同じイエズス会士だ。

また、80歳以上で教皇選挙の投票権がない”名誉”枢機卿3人に、英国のマイケル・フィッツジェラルド大司教が含まれているのが注目される。

 大司教は、かつてバチカンでイスラム教の主導的な専門家であり、バチカン諸宗教対話評議会の前議長で、2006年に前教皇ベネディクト16世によってエジプト大使に”左遷”され、当時、多くの関係者から、彼のイスラム教に対する”ハト派政策”に対する懲罰人事とみられていた。このため、今回の枢機卿任命は、フィッツジェラルド大司教の“失地”を回復し、イスラム教社会との積極的な対話、交流姿勢を再評価したものと受け止められている。

 フィッツジェラルド大司教の後を継いでバチカン諸宗教対話評議会議長となっているミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット司教も枢機卿になる。同議長に就任する前から、バチカンとエジプトのアル・ザハル・モスクと大学の対話を担当し、イスラム教スンニ派に対するバチカンのパイプとみられていた。

 イタリア・ボローニャのマッテオ・ズッピ 大司教も枢機卿になるが、1968年にローマで発足した聖エギディオ共同体の会員。カトリック教会で起きているいわゆる「新しい動き」で教皇フランシスコの”お気に入り”と見なされている。

 カナダ人のイエズス会士、マイケル・チェルニー神父は、バチカン人間開発の部署・移民、難民担当次官として、教皇のこの問題の右腕として活躍している。彼の枢機卿への昇格は、枢機卿団の中におけるフランシスコの重要な支援者となることを意味するだろう。

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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*新枢機卿の名前と経歴は以下の通り。

(2019.9.1 VaticanNews)

① ミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット司教(67)=聖心のコンボニ宣教師会士=(バチカン諸宗教対話評議会会長)

②ジョゼ・トレンティーノ・メドンサ大司教(54)(バチカン図書館・機密文書館館長)

③イグナチウス・スハルヨ・ハルジョアトモジョ大司教(69)(ジャカルタ大司教)

④ホアン・デラ・カリダ・ガルシア・ロドリゲス大司教(71)(ハバナ・サンクリストバル大司教)

⑤フリドリン・アンボンゴ・ベスング大司教(59)=カプチン・フランシスコ修道会士(コンゴ・キンシャサ大司教)

⑥ジャン・クロード・オロリッシュ大司教(61)=イエズス会士(ルクセンブルグ大司教)

⑦アルバロ・L・ラマッツィーニ・イメリ司教(72)(グアテマラ・ウェウェテナンゴ司教)

⑧マッテオ・ズッピ 大司教(64)(イタリア・ボローニャ大司教)

⑨クリストバル・ロペス・ロメロ大司教(67)=サレジオ会士(モロッコ・ラバト大司教) 

⑩マイケル・チェルニー神父(73)=イエズス会士=(バチカン人間開発の部署・移民、難民部門次官補)

⑪マイケル・ルイス・フィッツジェラルド大司教(82)( 前バチカン駐エジプト大使)

⑫シジタス・タムケビチウス大司教(81)=イエズス会士( リトアニア・カウナス名誉大司教)

⑬エウジェニオ・ダル・コルソ司教(80)=神の摂理の 姉妹会士(アンゴラ・ベンゲラ名誉司教)

*氏名の日本語表記、肩書はバチカン放送日本語版(2019.9.2)に倣い修正しました。ただし、⑫のタムケビチウス大司教の肩書はVaticanNews通りとします。

経歴の詳細(英文)は以下の通り。(VaticanNews)

1. Bishop Miguel Angel Ayuso Guixot, mccj – President of the Pontifical Council for Interreligious Dialogue – was born in Seville (Spain) in 1952. He professed final vows as a Combini Missionary in 1980 and was ordained a priest the same year, beginning his priestly life as a missionary in Egypt and Sudan until 2002. In 1982 he received a licentiate in Arab and Islamic studies at PISAI in Rome and in 2000, a doctorate in dogmatic theology from the University of Granada. He was professor of Islamic studies in Khartoum and in Cairo, and at the Pontifical Institute of Arab and Islamic studies where he eventually became Dean until 2012. He has led various interreligious meetings in Africa (Egypt, Sudan, Kenya, Ethiopia and Mozambique). On 20 June 2012, Pope Benedict XVI nominated him Secretary of the Pontifical Council for Interreligious Dialogue. He was consecrated Bishop in March of 2016 with the titular see of Luperciana. This past 25 May he was nominated President of the Pontifical council for Interreligious Dialogue. He has published books and articles in international journals. He knows Spanish, Arabic, English, French and Italian.

2. Archbishop José Tolentino Medonça – Archivist and Librarian of the Holy Roman Church – was born at Madeira in Portugal in 1965. He was ordained a priest for the Diocese of Funchal in 1990, and received a licentiate in Theology from the Universidade Católica Portuguesa in Lisbon in 1989, and a licentiate in Biblical Studies from the Pontifical Biblical Institute in Rome in 1992, followed by a Doctorate in Biblical Theology from the Universidade Católica Portuguesa in 2004. He then became a seminary professor at Funchal, then Rector of the Pontifical Portuguese College in Rome, then Vice Rector and Professor of  Universidade Católica Portuguesa, as well as being a visiting professor at the Università Cattoliche of Pernambuco and Rio de Janeiro as well as the Faculties of Philosophy and Theology at Belo Horizonte in Brazil. In 2011 he became a consultor for the Pontifical Council of Culture. On 26 June 2018, Pope Francis nominated him Archivist and Librarian of Holy Roman church, elevating him soon after to the dignity of Archbishop with the titular see of Suava. He has published numerous volumes and articles of a theological and exegetical nature, as well as several works of poetry.

3. Archbishop Ignatius Suharyo Hardjoatmodjo – Archbishop of Jakarta – is originally from Java, born in Sedayn in 1950 and ordained a priest in 1976. He obtained a degree in Biblical Theology from the Pontifical Urbaniana University in 1981 and was a professor of Sacred Scripture and Rector of the Pontifical Faculty of Theology “Wedabakti” of Yogyakarta. He was nominated Archbishop of Semarang in 1997 and was transferred to Jakarta as Coadjutor in 2009, becoming Archbishop on 2010. Since 2006 he has also been the Military Ordinary for Indonesia. He is the first member of the diocesan clergy to be named Archbishop of Jakarta. He is a current member of the Congregation for the Evangelization of Peoples and is the President of the Episcopal Conference of Indonesia.

4. Archbishop Juan de la Caridad García Rodríguez – Archbishop de San Cristóbal of Habana – was born in Camagüey in 1948. After finishing his studies in philosophy and theology at the Seminary of San Basilio de El Cobre and the Major Seminary of San Carlos y San Ambrosio in Havana, he was ordained to the priesthood in 1972. He served in parishes in Morón and Ciego de Avila before becoming pastor in parishes in Jatibonico and Morón, and then Vicar of what at that time was the Vicariate of Ciego-Morón. In 1989 he was named pastor of Florida and founded and became the Director of School for Missionaries in the Diocese of Camagüey. He was ordained Auxiliary Bishop of Camagüey with the titular see of Gummi in Proconsolare in 1997, and became its Archbishop in 2002. On 26 April 2016, Pope Francis nominated him Metropolitan Archbishop of San Cristóbal de La Habana.

5. Archbishop Fridolin Ambongo Besungu, o.f.m. cap – Archbishop of Kinshasa – was born in 1960 in Boto, in the Diocese of Molegbe. After completing courses in Philosophy at the Seminary of Bwamanda, he studied Theology at the Saint Eugène de Mazenod Institute and professed first vows as a Cappuchin Franciscan in 1981, followed by perpetual profession in 1987. He was ordained a priest in 1988 after which he graduated from the Accademia Alfonsiana with a degree in Moral Theology. He served as pastor in Bobito, Professor at the Catholic University of Kinshasa, then as a Major Superior within the Capuchin community in the Democratic Republic of the Congo. He also served as the President of the National Assembly of Major Superiors (ASUMA) and of the Circumscriptions of the Friars Minor Cappuchins in Africa (CONCAU). He became Bishop of Bokungu-Ikela in 2005 and afterward became Apostolic Administrator of Kole, and President of the Episcopal Commission “Justice and Peace”, Apostolic Administrator of Mbandaka-Bikoro and then its Archbishop in 2016. In June 2016 he became Vice President of the National Episcopal Conference of the Congo (CENCO) and on 6 February 2018, Pope Francis nominated him Coadjutor Archbishop of Kinshasa. In November of the same year, he became it’s Archbishop.

6. Archbishop Jean-Claude Höllerich, sj – Archbishop of Luxembourg – was born in 1958 in Differdange in the Grand Duchy of Luxembourg. His seminary formation took place in Rome at the Pontifical Gregorian University. In 1981, he entered the Jesuits and received his formation in the Jesuit Province of Southern Belgium and Luxembourg. After his novitiate at Namur and two years of practicum in Luxemburg (1983-85), he went to Japan where he studied the Japanese language and culture. From 1985-89 he studied theology at Tokyo’s Sophia University and finished his theological studies in Frankfurt (Germany) with a licentiate. On 21 April 1990 he was ordained a Jesuit priest and continued his studies of German and German literature at the Ludwig-Maximilians Universität in Munich, receiving a licentiate in 1994. He carried out various pastoral ministries with Jeunesse étudiante Chrétienne and Communautés Vie Chrétienne in Luxembourg, as a teacher at the French Vauban in Luxembourg, as a spiritual director of seminarians at the Major Seminary of Luxembourg, and Vocation Director. In 1994 he began teaching German and French as well as European studies at Tokyo’s Sophia University and in 1999 became the student Chaplain there. He became Rector of the Jesuit community there as well as Vice-Rector of the University for General and Student Affairs. He also served as Delegate of the Japanese Episcopal Conference for the preparation and participation in World Youth Day in Cologne in 2005. On 12 July 2011, Pope Benedict XVI nominated him Archbishop of Luxembourg.

7. Bishop Alvaro L. Ramazzini Imeri – Bishop of Huehuetenamgo – was born in Guatemala City in 1947 and was ordained a priest in 1971 for the Archdiocese of Guatemala after which he received a doctorate in Canon Law from the Pontifical Gregorian University. He became Professor and Rector of the Major National Seminary of Guatemala and Pastor of one of the largest parishes in the Archdiocese of Guatemala. He was ordained Bishop of San Marcos by St John Paul II in January 1989. He has served in various positions within the Episcopal Conference of Guatemala, including President from 2006-08. He participated in the CELAM Assembly in Aparecide in 2007 and in the Special Assembly of the Synod of Bishops for America in 1997. Currently, he presides over the Commission for Social Communication and the Pastoral Penitentiary Commission. Pope Benedict XVI nominated him as Bishop of Huehuetenango in 2012.

8. Archbishop Matteo Zuppi – Archbishop of Bologna – was born in Rome in 1955 and was ordained for the Diocese of Palestrina in 1981 after pursuing seminary studies at the diocesan seminary of Palestrina and the Lateran University. He subsequently studied Philosophy at the University of Rome where he became incardinated in 1988. In 2006, he received the honorary title of Chaplain of His Holiness. His various assignments have been: Rector of the Church of the Holy Cross (alla Lungara) from 1983-2012, Member of the Presbyteral Council from 1995 to 2012, Assistant Pastor of Santa Maria in Trastevere from 1981-2000 and then Pastor from 2000 to 2010, Prefect of the 3rd Prefecture of Rome from 2005-2010, Assistant Ecclesiastic General of the Community of St Egidio from 2000 to 2012, Parish of Sts Simon and Jude parish in Torre Angela from 2010 to 2012, and from 2011 to 2012 Prefect of the 17th Prefecture of Rome. He became an Auxiliary Bishop of Rome in 2012 with the titular see of Villanova. On 27 October 2015, Pope Francis nominated him Metropolitan Archbishop of Bologna.

9. Archbishop Cristóbal López Romero, sdb – Archbishop of Rabat – was born in 1952 in Vélez-Rubio of the Diocese of Almería in Spain. He entered the Salesians in 1964 and studied Philosophy and Theology in the Salesian Seminary in Barcelona. He professed first vows as a Salesian in 1968, followed by solemn profession in 1974, after which he was ordained a priest in 1979. In 1982 he obtained a licentiate in Information Sciences in the School of Journalism from the Autonomous University of Barcelona. He has carried out the following assignments: from 1979-1984 pastoral ministry toward the marginalized in Barcellona; from 1984-1986, youth ministry at the Salesian College in Asunción in Paraguay; from 1986-1992, as provincial delegate for pastoral vocation work in Asunción; from 1991-1992, : Director of the Salesian Bulletin of Asunción; from 1992-1994 he was a pastor in Asunción; from 1994-2000 he was Provincial of the Salesian’s province in Paraguay; from 2000-2002 he was the Director of the Community and ministered pastorally and as a teacher at the College in Asunción; from 2002-2003 he was Minister of the Paraguayan Missions; from 2003-2011, head of pastoral parish and school ministry in the Professional Formation Center  at Kénitra, Morocco; from 2011-2014 he was provincial of the Salesian Province in Bolivia; in 2014 he became Provincial of the Salesian Province of Mary Help of Christians in Spain. On 29 December 2017, Pope Francis nominated him Archbishop of Rabat, Morocco

10. Father Michael Czerny, sj – Undersecretary of the Migrants and Refugees Section of the Dicastery for Promoting Integral Human Development – was born in the formerCzechoslovakia in 1946 and entered the Society of Jesus in 1963. In 1973 he was ordained a priest of the Canadian Province of Jesuits and in 1978 obtained a doctorate in Interdisciplinary Studies at the University of Chicago. In 1979, he founded the Jesuit Centre for Faith and Justice and directed it until 1989 when he was transferred in 1991 to San Salvador after the assassination of the Jesuits at the Central American University where he became Vice Rector of the University and Director of the Institute for Human Rights. From 1992-2002 he carried out the role as Secretary for Social Justice at the General Curia of the Jesuits and afterwards founded and directed the African Jesuit AIDS Network (AJAN), a network sustained by the Jesuits in Africa committed to respond to the HIS/AIDS epidemic there. Beginning in 2005 he taught at Hekima College at the Catholic University of Eastern Africa in Nairobi, collaborating with the Episcopal Conference of Kenya. In 2009, Pope Benedict XVI nominated him an expert for the Second Synod of African Bishops. Since 2010 he has been a consultor for the Pontifical Council for Justice and Peace. and in December 2016, Pope Francis nominated him Undersecretary of the Migrant and Refugees Section of the Dicastery for Promoting Integral Human Development. In October 2018 he was a Member of the Synod of Bishops on Young People and in 2019 he became a special secretary for the Synod on the Amazon.

11. Archbishop Michael Louis Fitzgerald – Former Apostolic Nuncio of Egypt – was born in Walsall in 1937 and entered the Society of the Missionaries of Africa (White Fathers) in 1950 and was ordained a priest in 1961. In 1987 he was nominated secretary to what was then the Secretariat for Non-Christians which became the Pontifical Council for Interreligious Dialogue in 1988. In 1991 he was ordained Bishop and received the titular see of Nepte. In 2002 he was nominated President of the Pontifical Council for Interreligious Dialogue and was elevated to the rank of Archbishoop. St John Paul II then nominated him as a Member of the Pontifical Council for Promoting the Unity of Christians and in 2004 as a Member of the Pontifical Council for Culture. Pope Benedict XVI nominated him as Apostolic Nuncio of Egypt in 2006 where he remained until he resigned in 2012, having reached the age limit.

12. Archbishop Sigitas Tamkevicius, sj – Archbishop Emeritus of Kaunas – was born in 1938 in Gudonys in the region of Lazdijai in the Ukraine and was ordained a priest in 1962. He then carried out various assignments as parochial vicar of Alytus, Lazdijai, Kudirkos, Naumiestis, Prieani, and Simmas. In 1968 he entered the Society of Jesus. He was arrested in 1983 for anti-soviet propaganda and agitating the people and spent 10 years in the prison work camps of Perm and Mordovia. After being exiled to Siberia until his release in 1988, he was nominated Rector of the Interdiocesan Seminary of Kaunas in 1990. He was consecrated auxiliary Bishop of Kaunas in 1991 and became its Archbishop in 1996. From 1999-2002 and from 2005-2014 he served as the President of the Episcopal Conference of Lithuania, and as its Vice President from 2002-2005. Having reached the age limit, Pope Francis accepted his resignation as Archbishop in 2015.

13. Bishop Eugenio Dal Corso, psdp – Bishop Emeritus of Benguela – was born in 1939. He decided to become a missionary due to his studies at the Don Calabria Institute in Verona. After he was ordained a priest in 1963, he was sent to Rome to complete his studies in Dogmatic Theology. While studying, he carried out pastoral ministry in the parish of the Madonna di Campagna in Verona and subsequently in Naples. In 1975 he began his life as a  missionary. Argentina was his first destination, in Laferrere, a province of Buenos Aires where he remained for 11 years until his transfer to Luanda in Angola where he dedicated himself to the weakest populations. In 1995 he was nominated as Coadjutor Bishop of Saurino and in 1997 became its Bishop. On 12 February 2008 he was nominated Bishop of Benguela where he remained until he resigned because of reaching the age limit.

 

2019年9月1日

・教皇、「世界平和の共同文書」目標実現の委員会をUAEが設けたことに喜び表明

教皇フランシスコとアフマド・アル・タイーブ師  2019年2月4日 アブダビで開催の諸宗教の集いで教皇フランシスコとアフマド・アル・タイーブ師 2019年2月4日 アブダビで開催の諸宗教の集いで  (ANSA)

(2019.8.26 バチカン放送)

 教皇フランシスコは26日、今年2月のアラブ首長国連邦(UAE)訪問の際に署名された共同文書の目標実現をめざす高等委員会が同国に設立されたことに、喜びを表明された。

 共同文書「世界平和のための人類の兄弟愛」は、2019年2月4日、アブダビで開催された諸宗教の集いにおいて、教皇とアル=アズハルのグランド・イマーム、アフマド・アル・タイーブ師によって署名されたが、アラブ首長国連邦は共同文書の内容の実現を目指すための高等委員会を設置したことを先日、発表していた。

 バチカンのマテオ・ブルーニ広報局長は26日発表した声明で、「教皇フランシスコは、この高等委員会設立の知らせを喜びをもって受け取られた」とし、「しばしば悪や憎しみ、分裂がニュースとなることが多い中で、隠された、大海のような多くの善があり、それが育っているということは、対話や、相互理解、宗教の異なる人々とすべての善意の人々による兄弟愛と平和の世界の構築に、希望を抱かせるものです」という教皇の言葉を伝えた。

 広報局長はまた、「教皇はこの文書を普及させるための委員会の活動を励ますとともに、人類の兄弟愛を実現するためのアラブ首長国連邦の具体的な努力に感謝され、このような率先した取り組みが世界に広がることを望んでおられます」と説明した。

(編集「カトリック・あい」)

2019年8月27日

・11月の教皇訪日-公式発表の遅れは詳細な日程の詰めが終わらないため(Crux)

Francis casts his eyes to Asia for potential papal trips

Japanese teenagers Uchiyama Koshiro, from Nagasaki, left, and Matsuda Koharu, from Hiroshima, both 16, hold historical photos, including a photo by U.S. photographer Joseph Roger O’Donnell of child victims, bottom left, of the atomic bombings in Nagasaki and Hiroshima, as they pose with Pope Francis at his weekly general audience in St. Peter’s Square, at the Vatican, Wednesday, June 19, 2019. (Credict: AP Photo/Andrew Medichini.)

 ローマ発ー教皇フランシスコにとって、 アジアは今年後半と2021年の外国訪問の主眼となりそうだ。まだ公式発表はされていないが、今年11月にタイと日本を訪問されるだろうことは広く信じられている。

 両国とも、カトリック信徒の全人口に占める割合は0.5パーセントにすぎず、日本は神道の伝統が強く残っており、タイにはイスラム教徒とヒンズー教も少数ながら重要な地位を占めいる、という違いがあるものの、いずれも仏教徒が多数を占めている。

 また2021年には、教皇はフィリピン再訪を招待されている。同国はアジア最大、世界でもブラジル、メキシコに次ぐ第三のカトリック人口を持つ国だ。2015年に訪問された際には、熱帯の嵐に向かって飛行機で飛び、訪問中の最後のミサには、歴代教皇の歴史の中で最大の600万人が参加した。

 在ローマの関係筋がCruxに明らかにしたところによると、教皇の日本訪問は確実だが、公式発表が遅れているのは、日程と詳細な計画などが確定していないためだ。現時点の計画では、訪日は11月23日から26日までで、訪問地は東京、広島、長崎となっている。

 さらにここ何か月か噂に上ってきたのは、11月20日から23日にかけてのタイ訪問だ。この情報は、現地タイの新聞で広く報道されているが、これまでのところ、未確認である。

 バチカンのマッテオ・ブルーニ報道官はCruxに「年内の外国訪問で(注:すでに発表されている国を除いて)現在検討されているのは、日本訪問だけです」とし、2021年のフィリピン訪問に関しては「来年2020年の外国訪問の日程も決まっていないのに、2021年はとても」と語った。

 教皇は、キリスト教が急速に拡大しているアジアに特別の関心を常に持たれているが、日本訪問は教皇にとって長年の夢を実現するものだ。彼は、イエズス会士になりたての時、宣教師として日本に行くことを希望していたが、健康上の理由から実現できなかった。

 日本のカトリック教会は、21万人が亡くなった広島、長崎の原爆犠牲者追悼とともに、8月6日から15日までを平和旬間としているが、司教協議会会長の高見三明大司教は、今年のメッセージで、「今年11月、教皇フランシスコが日本を訪問され、新たな平和メッセージを世界に向けて発信してくださるものと期待しています」と述べ、教皇は就任以来、折に触れて平和と核兵器廃絶について発言してこられた、として、2017年7月の国連総会での「核兵器禁止条約」採択に先立って教皇が同年3月に国連総会に送られたメッセージの次の箇所を引用した。

 「テロ、軍事力の差のある者同士の紛争、情報の安全確保、環境の問題、貧困などは、複雑に絡み合って、現代世界の平和と安全を脅かしているが、核の脅威はそのような課題に効果的に応えることはできません」「恐怖に基づく安定は、実際には恐怖をさらに増し、諸国民の信頼関係を損なうだけです。もしそうなら、その安定をどれだけ維持できるか自問すべきです」「平和は、正義、人間の全人的発展、基本的人権の尊重、被造物の保護、すべての人の社会生活への参加、諸国民間の信頼、平和を重んじる制度の促進、教育と福祉の恩恵に浴すること、対話と連帯の上に築かれなければなりません」。

 教皇フランシスコは、聖ヨハネ・パウロ2世教皇以来39年ぶりとなる日本訪問で、同様の平和アピールを発表されると期待されている。

 教皇がタイを訪問されるなら、それは同国(当時の国名はシャム)への宣教350周年の記念の年の訪問、となる。タイのカトリック人口は全人口の0.46パーセントだ。2013年に当時のインラック首相がバチカンで教皇を表敬した際、自国訪問を招請したが、翌年に首相を辞任し、汚職を防ぐことができなかったとして有罪となり、国外に逃亡したため、招請も事実上の立ち消えとなっていた。 プラユット現首相が教皇招請を有効としているのか不明だ。2014年の軍事クーデター以来、政治不安が続いているこの国への訪問には慎重な対応が求められるだろう。

 だが、訪問を計画した場合、政治レベルの判断で最も込み入った問題になるのはタイではなく、フィリピンだろう。

 ある関係者は、「フィリピンの司教団が、同国へのカトリック宣教開始500年を記念する2012年に自国を訪問してくれるよう公式の招請状を送った」とするCruxの報道を確認した。同国のニュースサイトPhilstar Globalによると、500年祭は、ポルトガルの探検家、マゼランが1521年にサント・ニーニョ(Sto. Nino=幼きイエス・キリスト)像をもたらしたセブ島-同島から、フィリピン列島への宣教が始まったーが予定されている、という。

 だが、教皇が、カトリック教会への口頭での敵意をあらわにするドトゥルテ大統領の公式招待を受けるかどうか、という問題がある。大統領は2016年に就任以来、麻薬取引撲滅に強権をふるい、何千人もの容疑者を裁判なしで処刑し、死刑制度の導入も言明しており、これを同国のカトリック司教団が強く非難し、険悪な関係にあるからだ。カトリック教会も、大統領から、「1950年代にある司祭がセ的虐待を行った」とする批判を受けている。今年3月に大統領は「我が国の司教たちは“穀つぶし”の”愚か者”だ」と言い、別の機会には、性的虐待をした司祭たちを「いけ好かない奴ら」と口を極めて非難し、「本当に殺すぞ…その方がいい」とまで言い切っている。

 だが、こうした緊張関係にあるにもかかわらず、司教協議会の幹部たちは、教皇が招待を受ける”いくらかの可能性”に希望を残している。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2019年8月11日

・バチカン福音宣教省がマカオに神学院開設、”新求道共同体の道”に運営委託(LaCroix)

(2019.8.5 LaCroix Vatican City  Claire Lesegretain=with Fides and Vatican news)

Cardinal Fernando Filoni, Prefect of the Congregation for the Evangelization of Peoples. (Photo by DAVID CHANG/EPA/MAXPPP)

 バチカン福音宣教省がこのほど、アジアにおける宣教を目的とした神学院をマカオに開設し、運営を Neocatechumenal Way(新求道共同体の道)委ねることを決めた。.

 同省のフェルナンド・フィローニ長官がバチカンの Fides news agencyとのインタビューで明らかにしたもので、同共同体運営のレデンプトリス・マーテル神学校はアジア地域のための司祭育成を進めることになる、と述べた。

 7月29日付けで、福音宣教省が来年9月にマカオに神学院を開設し、アジアにおける宣教活動をする司祭を育てることになった、と報じている。

 マカオに神学院を開設することについて、VaticanNewsは、マカオは長い間、ポルトガルの植民地となり、1999年12月に中国に返還されたが、「アジアにおける宣教の歴史の中でマカオは重要な地位を占めており、イエズス会士のマテオ・リッチ、フランシスコ・ザビエル、アレッサンドロ・ヴァリニア―ノもマカオを通って、中国や日本に向かった歴史がある」と、神学校開設の意義を強調。

 フィローニ長官も「このような経過も考慮し、私たちは現地のステファン・リー・ブン・サン司教に、神学院開設を打診。司教は、教区の司祭たちとの協議をもとに、前向きに対応してくださった」と説明した。

 神学校の名称は「レデンプトリス・マーテル」神学院で、 Neocatechumenal Way(新求同共同体の道)が運営する。同団体は、スペインのマドリードで1964年に芸術家のキコ・アルグエロが福音宣教を目的に創設。カトリック教会が不在、少数の国に教会の存在を確立したり、世俗化が進み困難な状況の中にあるカトリック共同体の存在を強めるために、証しと暮らしを通して、彼らのメンバーを働かせることに主眼を置いている、という。一方で、同団体は、バチカンの福音宣教省に”教会法上、依拠”している、とフィローニ長官は説明。福音宣教省は、現在も、教皇ウルバノ13世が1627年に設立し、アジア、アフリカから170人の学生を受け入れているウルバノ大学の運営権限を持っている。

 長官は「教会の宣教の歴史の中で、アジアに福音を伝えるために、様々な形や様式が取られてきた」とし、イエズス会士、ドミニコ会士、フランシスコ会士などや、様々な会が活動してきたことを挙げ、(注:ピオ12世の1957年の)回勅『フィデイ・ドヌム(信仰の贈り物)』発出と司祭、教区間の協力などが進み、「今、聖霊は、私たちがこれから経験するであろう新たな形を示されています」と述べた。、

 また、福音宣教省がこの新たな神学院をNeocathecumenateに託す理由について、長官は「委託を受ける能力」と「アジアでの宣教のための司祭育成の長い経験」を挙げ、「この大陸での、福音宣教には、特定の育成-特に、アジアの状況と言語についての深い知識を育てることーが必要だ」と説明した。

 そして、この新神学院設立は、新たな1000年期の初めに、「偉大な諸宗教の揺り籠(注:となった歴史的背景)と素晴らしい文化的感性が、この大陸を福音化する」と言明された「聖ヨハネ・パウロ2世の直感」を明確に示すものであり、キリスト教が始まって最初の1000年の間に、キリストの十字架が欧州の土に、次の1000年期はアメリカとアフリカの地に根付いたように、第三の1000年期には、この広大で活力あふれる大陸で、信仰の大きな実りが刈り取られることを、私たちは願うことができる」と、ヨハネ・パウロ2世は1999年に使徒的勧告 Ecclesia in Asia(アジアにおける教会))」で述べている。

 長官によれば、教皇フランシスコは、前任者の業績を受け継ぎ、「司祭育成の学校は、非中央集権化の考えかたにより、異なった大陸に設けることができる」と確信しておられる、という。そして、今回のマカオへの開設が最初の一歩となる、という。「今後、同じような神学校が、福音宣教省の手で、他の大陸にも誕生することになるでしょう」と語り、司祭育成は「哲学、神学を学び、各地を巡回する宣教活動を通して」なされ、「現地教会にとって貴重な司牧の助けとなるだろう」とも語った。

 また、この神学院の神学生は、使徒的な友愛の会や修道会に属さず、アジアの様々な教区で、「現地司教の要請に従って」教区に入籍し、神学生として勉強を始める段階から、その国の言語と文化を学ぶことになるだろう、とも述べた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

 

*東京に計画され、抵抗にあって断念した神学院をマカオに-宗教弾圧強める中国政府・共産党との関係は

(2019.8.7「カトリック・あい」解説)

 バチカン福音宣教省はもともと、「アジアにおける福音宣教のための司祭養成」を目的にNeocatechumenal Way(新求道共同体の道)に委託する形で、「レデンプトーリス・マーテル神学院」を東京に本拠地とすることを計画し、決定の形で昨年夏、日本の司教団に一方的に通知、これに司教団の中から難色を示す声が出され、紆余曲折の挙句、今年6月、福音宣教省のフィローニ長官から「教皇様ならびに新求道共同体の道の代表と協議の結果、同計画を見直すことを決定した」と事実上の計画撤回の通知が、菊地・東京大司教宛てに伝えられていた。「レデンプトーリス・マーテル神学院」のマカオ設置の決定は、同省のこのような経過を踏まえた判断とみられる。

 日本ではかつて、同団体の神学院が高松教区に設立されていたが、小教区に派遣されたNeocatechumenal Way共同体の司祭たちが、独自の司牧を展開し、信徒たちの間に深刻な分裂をもたらした結果、日本の司教団が閉鎖を求め、2009年にいったん閉鎖された。

 その際、再開を希望する場合は、混乱が繰り返されないよう十分な事前協議が必要と伝えていた。だが、その後、当事者であるネオカテクーメナートの責任者やバチカンの福音宣教省から、誠意のある説明が日本の司教団にあった、あるいは突っ込んだ話し合いがされた、とは伝えられておらず、そうした中での、一方的ともいえる神学院の再設置通告に、過去の問題の再燃を懸念する日本の司教団の中から強い難色を示す声が出ていた。

 今回のマカオへの新神学院設置で、日本との関係では問題がひとまず終わったことになるが、懸念されることが二つある。一つは、日本を含むアジアの宣教の指導、調整の権限を持つバチカン福音宣教省(長官と次官補がNeocatechumenal Wayのメンバーと言われる)が、今後、日本の教会にどのような対応をするのか、”意趣返し”のようなことをーこのようなことを考えざるを得ないこと自体、福音宣教の立場から全く情けない話だがーしてくるのではないか、という懸念だ。すでにその兆候が具体的にみられる、との見方もある。

 このことより、深く懸念されるのは、福音宣教省が「アジア宣教の司祭育成の拠点」としてNeocatechumenal Wayの神学院を開設するマカオの地政学的問題だ。ポルトガルの植民地だったマカオは、英国の植民地だった香港とともに、1999年に中国に返還され、それまでの民主的な政治・社会制度を維持する中国の特別行政区とされている。だが、香港で現在大きな抵抗運動が起きている中国政府による”本土への併合”の動きは早晩、マカオについても起きるだろう。

 香港の人々が抵抗しているのは、中国本土で進行する信教の自由を含む人権の弾圧の動きが、本土への併合で、香港でも現実のものとなる可能性が強いためだ。同様の危険が目前に予想されるマカオに神学院を置き、しかも、将来の本土への育成司祭の派遣を念頭に置こうとする福音宣教省とNeocatechumenal Wayは、現実をどのように見、どのように対応しようとしているのだろうか。新疆ウイグル地区でのイスラム教徒弾圧に象徴される中国政府・共産党の政策を受け入れ、”中国化”に協力し、カトリックやプロテスタントの”地下教会”の粉砕に協力し、”福音宣教”を進めるのがいい、と考えているのだろうか。

 杞憂に終わることを祈りたい。

 

 

2019年8月7日

・経済・社会危機続くエリトリアでカトリック系病院の強制閉鎖相次ぐ-修道院も、神学校も

(2019.7.26 バチカン放送)

 アフリカ北東部のエリトリア政府がカトリック系の医療施設を相次いで強制的に閉鎖していることに対し、教皇庁立基金「苦しむ教会への助け」は26日、強い危機感を表明した。

 同基金によれば、ここ数週間でカトリックの修道会や教区が運営する22の医療施設が閉じられた。「国家を社会事業の唯一の運営者とする」と定めた法律を根拠としており、2017年から2018年にかけて既に8つの施設が没収。現地の関係者は、これらの病院の閉鎖後、患者の移送は行われず、地元の住民たちは医療サービスを受けることができなくなっている、と窮状を訴えている。

 エリトリアのカトリック人口は、全体の5%に過ぎないが、カトリック系の病院は宗教の区別なく、患者の治療にあたってきた。

 病院と共に隣接の修道院なども閉鎖され、修道者たちは別の修道院に移ることを余儀なくされているが、政府は40歳以下の女性、および兵役経験のない50歳以下の男性の海外渡航を禁じており、海外の修道院に移ることもできない。

 病院に加え、現在心配されているのは、エリトリア国内に50あるカトリック系の学校と100以上ある幼児施設だ。存続の成否は、新学期が始まる9月にならないと分からない、という。エリトリアで唯一の神学校は既に閉鎖され、司祭志願者が勉強できる場所は無くなった。閉鎖前に在校生の名前を警察に提出することを拒否した司祭1名と、修道女1名が逮捕されている。

 10年以上前に同様の圧力を受けたエリトリア国内の正教会は、国家に教会のすべての献金を差し出し、司祭らは政府から給料を受け取ることになった。2006年にアントニオス総主教が自宅監禁され、別の総主教が政府によって立てられてからだというが、アントニオス総主教は現在も自由を与えられていない。同国のあるカトリック関係者は「政府は我々の教会にも同様のことを試みたが、私たちはそれを拒絶した。我々の教会は『唯一の独立した声』であり、それだけに当局にとって目ざわりな存在になっている」と語った。

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注*エリトリアでは1991年に発足した臨時政府が,基本的人権及び複数政党制を保障する民主的憲法を制定し,1993年5月にエチオピアからの独立を宣言した。だが独立後,30年にわたって内戦やエチオピアとの国境紛争などが続き、難民・避難民の大量発生,紛争地域のインフラ破壊等,経済・社会が深刻な打撃を受けた。政府は英国や日本などから援助を受け、インフラ修復を含む経済再建に取り組もうとしているものの、就業人口の多くが生産性の低い農業,牧畜業に従事し,食料の7割を輸入ないし援助に依存し続けている状態。近年では,さらに深刻な干ばつ被害を頻繁に受けるなど、厳しい状況が続いており、それが、一部に”アフリカの北朝鮮”とも言われる強権政治の背景にある、との見方もある。(「カトリック・あい」)

2019年7月28日

・バチカン広報の部署の副報道局長にクリスティアーネ・マレー女史

(2019.7.25 バチカン放送)

 教皇フランシスコは25日、バチカンの広報の部署の新しい副報道局長としてクリスティアーネ・マレー氏を任命された。

 マレー女史は1962年生まれでブラジル出身。リオデジャネイロ・カトリック大学で経営学を修め、1995年にバチカン放送局に入局。以後、ブラジル向けのニュース番組制作、またWebサイト、バチカン・ニュースのポルトガル語ページの編集、およびソーシャルメディアを担当してきた。

 ここ10年来、アマゾン地域におけるカトリック教会の活動に関心を深め、教皇の司牧訪問の特派員を数回にわたり務め、2018年4月からは、今年10月にバチカンで開催予定の「アマゾン周辺地域のための特別シノドス」の準備で、バチカンのシノドス事務局に協力してきた。

 18日の、マテオ・ブルーニ氏の報道局長への任命に続き、副報道局長にクリスティアーネ・マレー氏が任命されたことで、バチカンの広報の部署の報道局の指導体制が整った。

(編集「カトリック・あい」)

2019年7月25日

・「人道的な悲劇の拡大を止め、和平を」-教皇、シリアのアサド大統領に要請

(2019.7.23 バチカン放送)

 教皇フランシスコが、シリアのアサド大統領に、人的被害の拡大を止め、国際共同体の協力のもと、対話を通した和平プロセスを取り戻すよう呼びかけられた。教皇はこのメッセージを6月28日付けの書簡の形にされ、22日にダマスカスを訪問したバチカン「人間開発の部署」長官のピーター・タークソン枢機卿によって大統領に手渡された。

 バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿がVaticanNewsに語ったところによると、教皇はこの書簡で、市民の人命の保護と、学校、病院など基本的な社会基盤の維持を願われ、特にシリア北西部イドリブにおける人道的悲劇の拡大を止めるよう求めるとともに、避難民の安全な帰還のための具体的な保証、拘束者の解放、離散家族の情報アクセスへの援助、政治的理由で収監された人々への人道的配慮を希望している。

 パロリン枢機卿は、教皇はこの書簡で「和解」という言葉を何度も用いながら、「シリアが長い内戦の後で兄弟愛を取り戻し、和解をもって分裂と憎しみを乗り越えるよう祈られている」と話した。

 枢機卿の発言などを伝えるVaticanNewsは次の通り。

(編集「カトリック・あい」)

(2019.7.22 Vatican News Andrea Tornielli)

 Acts of war and bombardments against defenseless civilians continue to occur in Syria. With dozens of health facilities destroyed or closed in Idlib Province, Pope Francis asks Cardinal Turkson to deliver a letter to the Syrian President.
 Protection of civilian life, an end to the humanitarian catastrophe in Idlib Province, concrete initiatives for a safe return of displaced persons, the release of detainees and access for families to information regarding their loved ones, and humane conditions for political prisoners. All this and a renewed appeal for a resumption of dialogue and negotiations with the involvement of the international community.

 These are the concerns and concrete requests contained in a letter that Pope Francis addressed to Syrian President Bashar Hafez al-Assad. The Pope’s letter, dated 28 June 2019, was delivered only hours ago by Cardinal Peter Kodwo Appiah Turkson, Prefect of the Dicastery for Promoting Integral Human Development.

The Cardinal, bearing the missive written in English, was accompanied by Fr. Nicola Riccardi, O.F.M., Undersecretary of the Dicastery for Promoting Integral Human Development, and by Cardinal Mario Zenari, the Apostolic Nuncio to Syria.

Cardinal Secretary of State Pietro Parolin, the Pope’s primary collaborator, spoke to Vatican News about the content and purpose of the letter.

Q: Your Eminence, why did the Pope decide to write to President Assad?

Cardinal Parolin: “At the heart of this new initiative lies Pope Francis’ and the Holy See’s concern for the emergency humanitarian situation in Syria, in particular in Idlib Province. More than 3 million people live in the area, of which 1.3 million are internally displaced, forced by the long conflict in Syria to find refuge in the area, which last year was declared demilitarized. The recent military offensive has added to the already extreme living conditions they had to endure in the camps, forcing many of them to flee. The Pope follows with apprehension and great sorrow the tragic fate of the civilian population, children in particular, caught up in the bloody fighting. Unfortunately, the war grinds on – it has not ended: the bombings continue, various health facilities have been destroyed in that area, while many others have had to suspend their activities, either completely or partially.”

Q: What is the Pope asking of President Assad in the letter that was delivered?

“Pope Francis renews his appeal for the protection of civilian life and the preservation of the main infrastructures, such as schools, hospitals, and health facilities. What is happening is intolerable and inhuman. The Holy Father asks the President to do everything possible to put an end to this humanitarian catastrophe, in order to protect the defenseless population, especially those who are most vulnerable, in respect for international humanitarian law”.

Q: From what you have said, it seems that the intent of the papal initiative is not “political”. Is that true?

“Yes, it is. As I have already explained, the concern is humanitarian-based. The Pope continues to pray that Syria may regain a climate of fraternity after these long years of war, and that reconciliation may prevail over division and hatred. In his letter, the Holy Father uses the word ‘reconciliation’ three times: this is his objective, for the good of that country and its defenseless population. The Pope encourages President Bashar al-Assad to carry out significant gestures in this urgent process of reconciliation, and he offers concrete examples. He cites, for example, creating the conditions needed for the safe return of exiles and internally displaced persons, and for all those who wish to return to the country after having been forced to leave. He also mentions the release of prisoners and the access of families to information about their loved ones.”

Q: Another dramatic issue is that of political prisoners. Does the Pope mention this topic?

“Yes, Pope Francis is particularly concerned about the situation of political prisoners, to whom – he affirms –humane conditions cannot be denied. In March 2018, the Independent International Commission of Inquiry on the Syrian Arab Republic published a report on this issue, saying there are tens of thousands of people who have been arbitrarily detained. At times – in unofficial prisons and in unknown places – they are allegedly subjected to various forms of torture without any legal assistance or contact with their families. The report notes that, unfortunately, many of them die in prison, while others are summarily executed.”

Q: What then is the purpose of this new initiative by Francis?

“The Holy See has always insisted on the need to seek an appropriate political solution to end the conflict, overcoming partisan interests. And this must be done using the instruments of diplomacy, dialogue, and negotiation, along with the assistance of the international community. We have had to learn once again that war generates war and violence incites violence – as the Pope has said many times, and as he repeats also in this letter. Unfortunately, we are concerned about the stalemate in the negotiation process – especially that seen in Geneva – for a political solution to the crisis. That is why, in the letter sent to President Assad, the Holy Father encourages him to show good will and to work towards finding viable solutions, putting an end to a conflict which has lasted far too long and which has led to the loss of numerous innocent lives”.

2019年7月25日

・教皇、米の司教をセクハラと不適切な財務管理で懲罰処分(VaticanNews)

(2019.7.20 Vatican News)

 セクハラと不適切な財務管理について訴えられ、捜査を受けた米国の司教を、教皇フランシスコが懲罰処分にした、ことが明らかになった。

  米ウエストバージニア州のウィーリング・チャールストン教区は19日、マイケル・ブランズフィールド司教に対する”懲戒処分について”駐米バチカン大使館から声明を送付されたとして、その詳細を公表した。

 ブランズフィールド司教は2005年から2018年までウィーリング・チャールストン教区長を務めたが、2018年に75歳の定年を迎え、教皇に辞表を受理されていた。教皇はこれにともない、同教区の管理者としてボルチモアのウィリアム・ロリ大司教を任命し、ブランズフィールド司教についてのセクハラと不適切な財務管理についての訴えについて調査するよう指示していた。

 これより前、ロリ大司教はウィーリング・チャールストン教区の司祭、信徒に対して書簡を送り、「調査チームはブランズフィールド司教のセクハラ行為を訴えた人々による説明は信用できるものと判断した」などとする調査の結果を説明。さらに、「同司教は過剰かつ不適切な支出を繰り返していた」との判断も明らかにしていた。

 19日に明らかにされた駐米大使館の声明は「調査結果に基づいて」、教皇フランシスコがブランズフィールド司教に対するいくつかの懲戒措置を決定した。具体的には、ウィーリング・チャールストン教区内に居住すること、いかなる場所においてもミサ典礼を公けに司式すること、を禁じ、彼がもたらした損害のいくつかについて個人的な弁済を義務付け、「弁済の内容と程度は、今後任命される同教区の司教と協議して、決定されることになる」という。

 声明は、このように締めくくられている。「一連の具体的な措置を取ることで、聖座は、ウィーリング・チャールストン教区の司祭、修道者、そして一般信徒に対して、心からの配慮を表明する」。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

2019年7月22日

・月面着陸50周年-宇宙飛行士祝福されるパウロ6世の肉声公開、教皇フランシスコも言及

(2019.7.19 VaticanNews  Veronica Scarisbrick and Linda Bordoni) アポロ11号月着陸50年

Pope Paul VI watches the moonlanding on television on 20 July 1969 Pope Paul VI watches the moonlanding on television on 20 July 1969   (©CATHOLICPRESSPHOTO)

 1969年7月20日(日本時間21日)、米国の宇宙船アポロ11号から、二人の宇宙飛行士が月面に降り立った。その50周年を記念して、バチカン放送は、「月に打ち勝った」宇宙飛行士たちに祝福を送られた当時のパウロ6世教皇の肉声を公開した。(「カトリック・あい」注:https://www.vaticannews.va/en/vatican-city/news/2019-07/pope-paul-vi-moon-landing-50-anniversary.htmlでお聞きになれます)

 世界中の何百万という男性、女性、そして子供たちと同じように、パウロ6世は1969年7月20日の夜を、月面に降り立ち、歩いた世界で最初の人物、ニール・アームストロング氏の一挙手一投足を見守ることで過ごした。

 この歴史的な出来事から50年、科学者たちは人類がアポロ11号とその乗組員たちが成し遂げたものに匹敵する大事業に着手する必要がある、との考えで一致している。

 この出来事がもつ重要性は、時の教皇、パウロ6世にも分かっていた。そして、当時のニクソン大統領に祝電を送るよりも先に、月面着陸に関わった三人の宇宙飛行士たちに宇宙中継ですばやく祝福のメッセージを送られた最初の教皇となられたのだ。スカリスブリック記者は、この教皇の肉声の再放送の中で「パウロ6世教皇は宇宙飛行士たちに話しかけておられますー敬意を込めて、挨拶し、祝福を送ります、月の勝利者となった皆さんへ」と解説した。

 記者が指摘するように、パウロ6世教皇にとって、月面歩行は「神の業の偉大さ」を示すものであり、月は「私たちの夜の、ロマンチックな淡い明かり」だった。教皇は語られるー「夜の淡い明りとワタシ地の夢は、生きておられる聖霊の御声とともに、月にもたらされます」。

 小さなアポロ月着陸船が月の表面に近づき、脚を伸ばして着陸態勢に入ると、次に何が起こるかと、世界中の人々がテレビで流される不鮮明な画像を目を皿のようにして見つめた。教皇もその一人だった。バチカンの天体観測所を備えた夏の教皇別邸、カステル・ガンドルフォで、月面着陸の様子に見入っておられた。

 そして、アームストロング飛行士が月面に降り立つと、教皇は拍手を送り、言われたー「全カトリック教会とともに、私たちは祝福と祈りをもって、あなた方の側にいます」。

 パウロ6世は、それまでもしばしば、この天体観測所の望遠鏡で月をご覧になり、いつも宇宙への旅に特別の関心を示しておられた。教皇に就任されて最初のあいさつでも、宇宙への旅が人類にとって新たな時代の幕を開ける、と語られ、後には、ある宇宙飛行士に、月の表面に置くためのブロンズ製の盾を渡された。詩編の「主よ、我らの主よ 御名は全地でいかに力強いことか」(8章10節=聖書協会共同訳)という言葉を添えて。

 そのお返しに、教皇は月の石を手にした。その石は、今もカステル・ガンドルフォに保存されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

教皇フランシスコも「いっそう大きな目標へ共に進歩できるように」

(2019.7.22 バチカン放送)

 教皇フランシスコは21日、バチカンで行われた日曜正午の集いで、「人類初の月面着陸から50年」に触れられ、「人類の足が月面に触れた50年前のことが、昨日のように思い起こされます… この出来事は素晴らしい夢の実現でした」と話された。

 そして、「人類にとってのあの偉大な一歩が、いっそう大きな目標に向かって、共に進歩する望みをかきたててくれますように」と願い、「弱い立場の人々により多くの尊厳を、人々の間により正義を、わたしたちの共通の家である地球により多くの未来を」と祈られた。

 

 

2019年7月20日

・教皇、ベネズエラ情勢に強い懸念、政治指導者に和平への対話求める

(2019.7.14 VaticanNews  Linda Bordoni)  

  教皇フランシスコは14日正午の聖ペトロ広場でのお告げの祈りの説教の最後に、政治・社会不安が強まっているベネズエラに言及し、同国の政治指導者たちに対して、同国と地域全体の平和回復のために話し合い、合意するよう強く促した。

 教皇はその中で、「改めて、私は、打ち続く危機に打ちのめされている、愛するベネズエラの人々に親愛の情を示します」と述べ、広場に集まった信徒たちに、ご自分と共に、「主が同国の関係者たちを力づけ、教え導いてくださるように、それによって彼らが、自分の国と地域全体のために人々の苦しみを、できるだけ早く終わらせるような合意に達することができるように」と祈るよう求めた。

 この問題に関して、ベネズエラの司教団は11日にニコラス・マドゥーロ大統領に対して、正当性を欠いた行為をしているとして辞任を求め、可能な限り速やかに新大統領を選ぶよう要求した。同司教団が総会の最後に発表した使徒的勧告で、「正当性を欠き、対応を誤った統治の現実を目の当たりして、ベネズエラは憲法への回帰、国の行き先を変えることを強く求めている。そのために、正当性を欠いた形で権力を行使している者の退陣と、新たな共和国大統領のための選挙をできる限り早期に実施する必要がある」と言明している。

 マドゥーロ社会主義政権の下で、ベネズエラは暴力の騒乱によって社会秩序が著しく損なわれ、食料や薬品の不足、失業の増大、極度のインフレに見舞われている。そうした中で国外に逃避する人が続出し、その数は、2015年からこれまでに400万人を超えた。司教団はまた、国連人権委員会の報告を引用し、ベネズエラの現政権は違法な大量殺人を含めた様々な人権侵害を行っている、と強く非難している。

2019年7月15日