・森司教のことば ㉑『自己中心的な教会は、イエスを自身の目的のために利用し 、イエスを外に出さない。これは病気だ』・・教皇の言葉

 カトリック教会の現状について心配し、将来どうなるのだろうと不安を抱く人は、少なくないのではなかろうか。

 現教皇もその一人である。あまり知られていないが、まだ一枢機卿でおられたとき、ベネデイクト16世が引退した直後の、次期教皇を選ぶための準備の枢機卿会議の中で、教会の現状を憂いて、「教会は病気だ」とまで発言されているのである。

 「自己中心的な教会は、イエスを自身の目的のために利用し、イエスを外に出さない。これは病気だ。教会機関のさまざまな悪なる現象はそこに原因がある。この自己中心主義は教会の刷新のエネルギーを奪っている」と述べ、そして最後に、「2つの教会像がある。一つは福音を述べ伝えるため、飛び出す教会だ。もう一つは社交界の教会だ。それは自身の世界に閉じこもり、自身のために生きる教会だ。それは魂の救済のために必要な教会の刷新や改革への希望の光を投げ捨ててしまっている」(2013年3月)と。

 この発言には、列席していた他の枢機卿たちはきっと驚き、中には、その発言に眉をひそめた方もおられたかもしれない。しかし、枢機卿団は、そのような枢機卿を敢えて教皇に選出したのである。

 「自己中心的な教会は、イエスを自身の目的のために利用し、イエスを外に出さない。こんな教会は、病気だ」という教皇の言葉の背後には、長いカトリック教会の歴史がある。

 先ずは、16世紀に教会が分裂した後の、プロテスタントからカトリック教会を守らなければならないという思いから生まれた教会の護教的な体質である。

 教会分裂を招いた責任は、無論、教皇をはじめとする高位聖職者たちの腐敗堕落といかがわしい免罪符の乱発にある。直接のきっかけは、メジチ家出身のレオ10世が、サンピエトロ大聖堂改築の資金集めのために免罪符を乱発したことだった。

 こうした教会の腐敗堕落を目の当たりにして、刷新しなければという声をあげたのがルターである。彼によって始まったプロテスタント運動は、基本的には、教会の刷新・改革を求めたモーブメントと理解すべきである。

 分裂の痛みを体験したカトリック教会も、トリエント公会議(1545〜1563)を招集し、刷新・改革を図ろうとする。混乱した当時の社会状況から断続的な開催になったが、18年の歳月をかけて、教会の浄化と刷新について話し合い、分裂のきっかけとなった聖職者たちの腐敗堕落を払拭するために厳しい規律を設け、掟を前面に打ち出して、教会全体の綱紀粛正を図ると同時に、プロテスタントとの違いを明確にするために教義をまとめ、トリエント公会議の要理として一般に示して、教えと規律を中心とした流れを生み出したのである。

 その姿勢は、徐々に教会の隅々にまで浸透し、そのお陰で教会は浄化され、新しく生まれ変わることが出来たが、結果としては、教えと規律で信者たちを縛り、教えと規律の枠をもって人々と世界と向き合う共同体を育ててしまうことになったのである。その姿勢が現代に至るまで受け継がれてきてしまっているのである。

 一般の人々に、カトリック教会は、心の清い人たちの集まりで、自分のように汚れた人間は相応しくないなどという印象を与えてしまったのは、このような背景があったからである。

 その後、カトリック教会の護教的な姿勢をさらに強固なものにしてしまったものは、近代主義との対峙である。近代主義とは、17世紀以降のヨーロッパ社会全体に芽生えた新しい価値観・世界観による、それまでにはなかった新しい流れである。

 それは、フランス革命の際に掲げられた『人間はみな自由・平等』であると言う理念と、ガリレオ問題に象徴される合理主義・実証主義と、それに産業革命とともに誕生した資本主義経済を柱とした社会の営みである。

 当時のカトリック教会は、合理主義・実証主義は聖書の信憑性への疑いを抱かせ、資本主義経済は人々の心を、富の豊かさに靡かせ、神から引き離して地上の幸せに引き寄せ、信教・信条の自由は、人々の教会離れを勢いづかせてしまう危険な毒として受け取ってしまったのである。

 教会は、そうした毒が教会全体に及ばないように、さまざまな手を打っていったのである。ピオ9世(1792〜1878)からはじまってピオ12世1876〜-1958)に至るまでの歴代教皇に共通するものは、教会内の引き締めと近代主義に対する断罪である。

 その中でも最も目立つのが、ピオ9世だ。彼は、機会がある毎にカトリック教会の絶対性を訴え、近代主義を厳しく断罪し続けます。いくつかの回勅をだしていくが、その中でも有名なものは、1864年12月8日に公布した回勅『クワンタ・クラ』(Quanta Cura)である。直訳すると『何と心配なことか!』になる。

 その中で教皇は、自由主義合理主義、実証主義、さらにはまだ芽生え始めたばかりの社会主義共産主義まで糾弾し、その回勅の公布に合わせて、「誤謬表」を発表する。それは、近代主義の考え方を80の命題にまとめ、過ちとして列挙したものである

 また、教会は一致団結して闘わなければならないと言う思いから、世界に散らばる教会を統合し、カトリック教会を、教皇をピラミッドの頂点とした、強固な中央集権的な組織に導いたのも、彼である。

 そんな教皇の下でその手足となって働くバチカンの省庁が、全世界の教会に対して非常に大きな影響力を持つようになったのも、このような背景からである。

 さらにまたピオ9世は、第一バチカンン公会議を招集し、教皇の不可謬権を信仰箇条として宣言する。教皇は不可謬であると言う教義は、教会が示し伝える教義に信者たちが疑義を抱くことなく受け取っていくことができるための根拠となったのである。

 こうして教会は、教義について疑うことも議論することも許されない、重々しい雰囲気に覆われるようになる。聖職者を始め信者たちの言動を監視し、それを取り締まる機関として検邪聖省が生まれたのも、この時期です。この時期、教会全体が、近代社会と対話も出来ず、思考停止のような状態になってしまった言っても言い過ぎではない。。

 教会が、単なる組織ではなく、キリストを頭とする神秘体であり、教会そのものが救いの秘跡である、教会に触れるものはキリストに触れる、などという教会の神秘的な側面を強く訴えたのが、ピオ12世である。つまり、教会に触れ、教会につながっていくことの重要性を強調したのである。

 しかし、社会の営みを世俗主義とした決めつけ、聖職者たちから教えを学び、教会につながることに救いがある、と強調し続けた教会が、世界の営みに対する影響力を失っていくのは、当然である。

 それは、第一次世界大戦、第二次世界大戦が勃発し、多くの町や村そして都市が破壊され、多くの人々が血を流し、多くの人命が奪われていく悲惨な状況に、何一つ手を打つことが出来なかったことからも、明らかである。

 ヨハネ23世の呼びかけによって開催された第二バチカン公会議後、頑なな教義主義、秘跡中心主義、そして権威主義はやわらいだことは確かである。それ以前の教会のありようと比べてみれば、自由な風が吹き始めたことは、誰もが認めるところであるが、トリエント公会議後、数百年と受け継がれてきた護教的な姿勢、教義や秘跡を中心とした姿勢は、今もって私たちの心の深くに刻まれおり、無意識のうちに、縛られ動かされてしまっていることも事実なのである。

 現教皇は、その弊害を、私たち以上に敏感に、そして痛切に感じ取っておられるのではないかと思う。カトリック教会が、今もって、教義主義、秘跡主義、権威主義から抜け出せず、複雑でしかも過酷な社会の仕組みの中でもがき苦しむ人々と直接向き合おうとしてないことに、現教皇は、苛立ち、そんな教会の姿を、「イエスを教えと規律の中に閉じ込めた自己中心的な教会」と断罪し、嘆かれたのだと私には思われるのである。

 教皇が、全教会に求めるものは、人への眼差しを中心にし、人への愛に軸足を置いた教会共同体への転換である。憐れみの特別聖年をよびかけたのも、そのためだと捉えていくべきである。

 (森一弘=もり・かずひろ=司教・真生会館理事長)⇒筆者のご都合により、5月号以降、しばらく休載いたします(「カトリック・あい」)

2018年4月16日 | カテゴリー :

・Sr 阿部のバンコク通信 ⑲タイ北部山岳民の村で「命をいただく」を実感

 今年も大阪教区、赤波江神父様の企画で、青年達一行を同伴し、タイ北部山岳民の村で10日ほど過ごしました。人間に本来秘められている感性、躍動する命が参加した皆の中に息づいているのを見て、心底嬉しく思いました。大自然の中、素朴で純な村の人々に抱かれ、心身ともに全開して生き生きです。
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(カレンの山でカレー作ってみんなにご馳走しました。)

   1人ずつ夫々の家族に迎えられ、寝食を共にし、農作業、家畜の世話を手伝い、子供達と思いっきり遊び、山や川で無邪気に楽しみました。皆んなの目が輝き、ほっぺが嬉しくて綻びっぱなし。毎日与る感謝の祭儀ミサは圧巻。日本、カレン、タイ語のチャンポン、響き渡る祈りと聖歌は腸にしみる味わい。

   国境も言葉の壁も超えて、同じ信仰で結ばれる体験は村人にも、日本の参加者にも、まさにカトリックを実感する機会、凄いことだと思いました。  家畜、果物、農作物、生花などで生計を立て、至極健康的な栽培をしています。日本の胡瓜や南瓜も見事に育っていて、思わず胡瓜をなま齧り。

   この村は、週一豚を買い、自分達で締めて捌き、皆で分担するとの事。ある日、300kg の巨体豚を絞める、というので皆で手伝いました。 見事な捌き。何も無駄にせず手際のよい作業には固唾を飲みました。捌きたてに醤油を付けて炙るステーキの美味しさ、「命をいただく」を名実共に体験。私は終始、巨大豚の頭の近くに立ち、嬉しそうに瞑っている目に見入り、感慨無量。

   聖木、金曜日の典礼に与り、イエスが聖体と十字架で人類への愛を告白、命を差し出す、感無量です。主の命の秘儀に、私をも与らせて下さい、アーメン。読者の皆さん、ご復活おめでとうございます。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2018年4月16日 | カテゴリー :

・菊地大司教の日記 ⑳ 岩手、岩手、そしてパナマ・・六本木チャペルセンターで堅信式

2018年4月10日 (火)

 岩手、岩手、そしてパナマ

  今日は岩手との絆を再確認させられた日でした。ちょっと大げさですが。

 昼過ぎに、4台の大型観光バスがカテドラル構内へ。教区本部の執務室の窓から、中学生とおぼしき制服姿の男女が降車してくるのが見えます。それぞれのクラスごとなのか、カテドラルを背景にまず記念撮影。その後、聖堂の中へ。何となく気になるものがあって、わたしも聖堂へ行ってみました。そのときにバスのフロントに張られた団体名は、なんと岩手県の某町立中学。岩手県です。私の故郷です。

 聖堂へ入ってみると、なんとマイクが立てられ、録音の準備が。職員によると、毎年この学校は、修学旅行の際にこの名建築を訪れ、さらにここで生のパイプオルガンの演奏を鑑賞し、さらに自分たちの合唱を録音していくのだとか。「岩手県は合唱が盛んなんです」とはカテドラル職員の弁。そうだったのか。知らなかった。練習が始まったので耳を澄ませていると、なんと歌い出したのは、典礼聖歌にも納められている高田三郎先生の「呼ばれています」であります。公立学校です。

 「呼ばれています いつも。聞こえていますか。いつも。はるかな遠い声だから、良い耳を良い耳を持たなければ」

すばらしい。その一言。東京のカテドラルの響きの素晴らしいこと。残響は7秒でしたっけ。明日もほかの学校が、修学旅行で来られるようです。

 今度は夕方に、後述のワールドユースデー関連の行事に出かけるためにタクシーを停めました。女性の運転手さん。後ろのドアのところには、「新人」のステッカーが。行き先を告げると、さて目白からどうやってそちらへ向かうのか逆に尋ねられました。「まだ慣れていないもので」と運転手さん。

 そこで、私も事前にグーグルマップなどで調べていたので、その知識を開陳して道を指示。走り出してから、「実は私も東京に来たばかりで、道はよく知らないんですけど」とわたしが言うところから会話が始まり、なんと運転手さんは岩手県から出てきて、半年前ほどからタクシーの運転を始めたとのこと。岩手です。私の故郷です。それから、目的地に着くまで、いかに東京の道がわからないかで話が盛り上がりました。彼女のイントネーションの懐かしいこと。

 岩手、岩手でした。

 そして目的地は駐日パナマ大使公邸。パナマと言えば、もちろん2019年1月のワールド・ユース・デーの開催地です。来年1月22日から27日まで、教皇フランシスコを迎えてパナマで開催されます。もちろんこの行事はカトリック教会の行事ですが、パナマ政府は全面的にバックアップしており、駐日パナマ大使館も、できるだけたくさんの青年たちにパナマへ出かけてほしいと、全面的に協力する姿勢を見せています。

 そして今夜は関係者を大使公邸に招いて、ワールド・ユース・デーをパナマ政府がいかに支援しているかを説明し、ついでにパナマ料理を味わい、さらにパナマ音楽を味わうひとときでした。ディアス大使が教区本部まで直々に招待においでになったので、私も出かけてきました。教会関係では、教皇庁大使館の参事官、都内の南米のシスターやこれまでワールド・ユース・デーに関わった方々、上智大学関係者が招かれ、それ以外の中米の大使館関係者や、たまたま来日中だったパナマ政府の港湾庁長官や、日本の外務省の中南米局長以下関係者が参加しました。

 1月の末で、大学生などは試験期間となるので難しいかもしれませんが、多くの方がパナマでのワールド・ユース・デーに参加されることを期待しています。

2018年4月 9日 (月)

 堅信式@フランシスカンチャペルセンター

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  復活節第二主日は、六本木にあるフランシスカンチャペルセンターで堅信式ミサでした。

 六本木なる地域にはほとんどなじみがなく、足を踏み入れるのも人生で二回目ですが、何というか、地域全体の雰囲気がほかとは何か異なる感じがする場所です。(なんと形容していいか)。そんな街の中にあるフランシスコ会の運営する小教区、チャペルセンターは、英語を話す信徒の方々のための教会です。女子パウロ会のホームページの教会の紹介記事に、次のように記されています。

 「第2次大戦後、六本木の元防衛庁の敷地内にGHQの建物があった。そこで働くアメリカ人兵士たちのために、フランシスコ会のニューヨーク管区から司祭たちが来日し、教会を開いたのがそのはじまりである。そして、それ以来、外国の方が多い六本木にあって、フランシスカン・チャペルセンターは、日本に住む外国の人たちのための宣教・司牧にあたっている」。足を踏み入れた瞬間から、どこか他の国に来たのかと思わせるような雰囲気。もちろん英語が飛び交っておりました。

 この日のミサでは25名の方が堅信の秘跡を受けられました。お一人のお父さんを除いてほかの24名はすべて小学生低学年ほどの少年少女。この日のミサで、初聖体も受けられました。男の子たちはスーツに身を包み、女の子たちは白いドレスに白いベール。ミサ後に写真撮影タイムがありましたので、ネットのどこかを探せば、あの数多いカメラのどれかの写真が、どこかに掲載されていることでしょう。

 ここでのミサはもちろん英語。とてもよく準備された聖歌隊があり、ピアノの伴奏と、さらにはトランペットやトロンボーンも加わり、壮大な聖歌の演奏でした。説教は英語でしたので、原稿の掲載はいたしませんが、英語の共同体も東京教区から切り離されて孤立して存在するのではなく、司教のもとで一つの教区共同体の一部として福音を告げる宣教者としての使命を果たしてほしいなどとお話しいたしました。

 明けて月曜日の今日は会議の日。午前中はほぼ毎月開催される司祭評議会。午後は宗教法人の責任役員会。東京教区は宗教法人立の幼稚園も多く運営しているので、責任役員会は教会の事案ばかりでなく、学校法人の理事会のような役目も果たしています。

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 ところで教皇様は、本日新しい回勅を発表されました。「聖性」について書かれており、タイトルは「Gaudete et exsultate (マタイ5章12節:新共同訳聖書では「喜びなさい。大いに喜びなさい。)」です。またこの数週間で要約などの記事が出てくることでしょうが、日本語訳はいつものように、時間がかかると思われますので、今しばらくのご辛抱を。

・菊地大司教の日記 ⑲「新しい場で働き始める皆さんに神様の守りと導きと祝福を」-4月5月の予定

2018年4月 5日 (木)

   東京は、あっという間に桜も散りました。4月に入り、学校や会社では新しい年度が始まり、各地の教会でも司祭の異動の季節となりました。

 東京教区は、わたしが着座して間もないこともあり、本当に必要な数カ所での異動といたしましたが、それでも数名の司祭には新しい場でのお仕事をお願いいたしました。新しい年度の初めに当たり、新しい場で働き始める皆さんに、神様の守りと導きと祝福を祈ります。

 この数日いろいろとありました。復活の主日は、浦野神父に連れられて本郷教会へ。表通りに面している本郷教会は、それでもこれだと指摘されなければ気がつかない佇まい。実は聖堂はこの裏手に隠れているのです。3階建てで、一階と二階が信徒会館やホール。三階が聖堂。そして裏手の道を挟んでもう一つの建物が司祭館や教室や、地域のための活動に使われている箇所など。復活徹夜祭に洗礼を受けられた三人の方を祝って、ミサ後には茶話会が開催されました。

 復活の月曜日は、年度初めと言うことで、東京教区が関わる二つの学校法人と教区立の幼稚園で採用された新人職員の方々への辞令授与式。その後、東京教区のカトリック幼児教育連盟主催で、新人教職員研修会が開催されました。午前中の基調講演は、長崎南山高校の西経一神父。ちなみに西神父は、わたしと同じ神言会の会員で、神学校ではわたしの2級ほど先輩ですが、今回の講師になったのは偶然で、わたしが呼んだわけではありません。話が上手な神父として有名な人物で、この日も思いっきり先生方を笑わせておられました。

 水曜日には、ペトロの家で生活されている東京教区の寺西神父様の誕生祝い。御年89歳は、元気です。準備されたチーズケーキのバースデーケーキに並べられた9本のろうそくを一気に吹き消されました。ちなみに寺西神父と司祭叙階の同級生が新潟の鎌田神父で、こちらも御年90歳。4月末には新潟で、司祭叙階のダイアモンド祝です。

 5日は朝から司教協議会で、毎月の常任司教委員会。いろんな議題がありましたが、例えば、先般教皇様が定められた聖霊降臨祭後の月曜日を「教会の母聖マリア」の義務の記念日にする件。そんなものはさっさと翻訳して発表をすれば良いと、待っておられる方も大勢いるのだと思います。でもこういうのは実は結構大変なのです。

 ラテン語からの翻訳では、以前に典礼で翻訳された日本語との整合性をとる必要があります。同じラテン語はなるべく同じ日本語にする必要があります。その上で、翻訳しなくてはならないのはミサの祈願文や入祭唱、拝領唱だけではありません。義務の記念日になったので、教会の祈りの読書課を用意しなくてはなりません。定められている読書の第2朗読は、第2バチカン公会議中のパウロ六世の説教。これはゼロからの翻訳です。

 さらに、今年から始めなくてはならないのですが、「毎日のミサ」はすでに印刷されていて、今から変更がききません。ではどうするかも決めなくてはなりません。これ以外にももう一つ、待たれていた典礼の訳語の問題があるのですが、そちらは著作権者の許諾が得られたので、教会が望むように読み替えることができるようになりました。このあたりはまた、中央協議会のホームページなどで公示されますので、またご覧ください。

 というわけで、4月と5月の主なわたしの予定です。なおこれ以外にも所用で不在のことがありますから、わたしに御用の際は、教区本部の事務局長にお問い合わせください。

 4月=8日フランシスカンチャペルセンター堅信式・9日司祭評議会(関口)・12日「師イエズスの友」研修会(関口)・15日 多摩東合同堅信式(調布)・16日 新潟教区司祭の集まり(新潟)・17日 カリタスジャパン会議(潮見)・20日 聖心女子学院始業ミサ・21日 習志野教会50周年 ・22日 世界召命祈願日ミサ(関口、14:30)・23日 司祭月例集会、顧問会(関口)・28日 (全国カトリック学校)校長・理事長・総長・管区長の集い ・29日 カルメル会司祭叙階式(上野毛)・30日 鎌田神父ダイアモンド祝(新潟)

 5月=1日 東星学園創立記念日ミサ(清瀬) ・6日 梅田教会ミサ ・7日 司祭評議会、CTIC運営委員会(関口)・10日 常任司教委員会(潮見)・12日 井手神父納骨式(府中)・14日から18日 国際カリタス理事会(ローマ)・20日 聖霊降臨、合同堅信式(関口)・21,22日 日本カトリック女性団体連盟総会(新潟)・23,24日 男子修道会宣教会管区長協議会総会(軽井沢)・25日 東日本大震災仙台教区サポート会議(仙台)・26日 宣教司牧評議会(関口)・27日 志村教会ミサ ・28日 司祭月例集会(関口)・29日 聖母学園理事会(新潟)・30日 WCRP関連会議 ・31日 ロゴス点字図書館理事会、HIV/AIDSデスク会議(潮見)

  (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・菊地大司教の日記 ⑱ご復活!新たな生き方へ出発する神の民でありたい

御復活おめでとうございます

 皆様、御復活おめでとうございます。

 暖かな復活祭になりました。東京はすでに桜も散り始めました。

 初めての関口での聖金曜日。やはり聖堂が物理的に大きいことや、そのため参加してくださる方の数が多いことから、新潟では経験したことのないことが起こります。たとえば十字架の崇敬の時に歌う典礼聖歌には、かなり多くの節が用意されていますが、新潟に限らず多くの教会では、崇敬の行列が終わってしまうために、かなりの節を飛ばして歌い、ちょうど良いくらいに合わせて最後の節に来るようにするのが、聖歌隊長の腕の見せ所です。しかし関口では、すべて歌いきってもまだ崇敬の列が終わらない。いや、驚きました。しかも一度に4名ずつも崇敬に並ぶにもかかわらずです。

 この日は古郡神父に説教をお願いしました。たとえばサンピエトロの教皇様司式の聖金曜日の受難の祭儀は、このところいつもカンタラメッサ神父さんの説教です。それに負けないほどに力のこもった良い説教を、古郡神父から聞かせてもらいました。

 そして復活徹夜祭。30名ほどのかたが洗礼を受けられました。すみません、正確に数えておけば良かったのですが、それくらいでした。多いです。要理を担当したグループごとに洗礼を行うので、西川神父と古郡神父はそれぞれご自分が担当した方々に洗礼を授け、私はシスターなどが担当された方々8名に洗礼を授けさせていただきました。

 この8名の中には、全くの偶然なのですが、私の中学時代からの友人が含まれておりました。このような形で、東京で再会し、しかも洗礼を授けさせていただくことになろうとは、思ってもみませんでした。洗礼を受けられた皆さん、おめでとうございます。

 復活の主日は、浦野神父が担当している本郷教会へ。マンションのようなたたずまいの立派な建物でびっくり。ミサ後には、復活徹夜祭で洗礼を受けられた3名の方々を囲んで、茶話会も行われました。おめでとうございます。

 以下、復活徹夜祭の関口での説教の原稿です。

 今宵、主イエスの復活を祝うわたしたちは、旧約聖書における出エジプトの出来事を記した聖書の言葉を聞きました。神はモーセにこう言われたと記されていました。「なぜ、私に向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい」。神に選ばれたイスラエルの民がエジプトにおける奴隷の状態から解放されるためには、いまの現実を完全に離れ、具体的にそして物理的に体を使って移動し、新たな地へ向かって出発することが求められたのです。

 古い生き方からまったく異なる新しい生き方への「過ぎこし」によって解放は実現します。しかしその「過ぎこし」は、与えられるのではなく、イスラエルの人々がモーセとともに自ら行動することによって、初めて達成されたのです。神の愛といつくしみは、待って願っているだけでは実現しない。それはまず出発という行動を必要とするのです。

 「あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを探している」。先ほど朗読された福音に記された神の使いの言葉です。イエスの復活を告げるこの言葉は、単に「あなたがたはイエスを捜しているが」といえばよいものを、わざわざ「十字架につけられたナザレのイエス」と形容しています。つまり、復活されたイエスと、これまでの弟子たちが知っているあのナザレ出身で十字架上で殺されていったイエスとは同一ではない、全く異なる生命に生きている存在なのだということを、この言葉は示唆します。その上で、過去との決別を促すように、その過去のイエスは「ここにはいない」と宣言するのです。主イエスを失ったという悲しみと絶望に至ったこの場所にとどまり続けるのではなく、全く新しい生き方へと出発するようにと、行動を促します。それが、エルサレムを離れてガリラヤへ旅立つよう、弟子たちに命じる言葉です。

 わたしたちの信仰は、恵みが与えられるのを座して待ち続ける受け身の信仰ではなく、その恵みの中に生きるために積極的に行動するよう促される信仰であります。しかも、神がイスラエルの民全体に旅立ちを求めたように、わたしたち信仰に生きる者が皆で生み出す信仰共同体が、全体として行動することを促されているのです。

 教皇フランシスコは、旅立ち行動する教会共同体を、「出向いていく教会」という言葉で表されました。「『出向いていく教会』は、宣教する弟子たちの共同体です」と「福音の喜び」に記されています。あらためて言うまでもなく、わたしたちキリストにおける信仰に生きる者には、自らが信じる福音をすべての人に伝えていく務めが与えられています。ですから「出向いていく教会」とは福音を告げ知らせる教会であります。そのことを教皇フランシスコは、こう記しています。

 「福音を宣教する共同体は、行いと態度によって他者の日常の中に入っていき、身近な者となり、必要とあらば自分をむなしくしてへりくだり、人間の生活を受け入れ、人々のうちに苦しむキリストのからだに触れるのです。・・・福音宣教する共同体には『寄り添う』用意があり、それがつらく長いものであっても、すべての道のりを人類とともに歩みます。」

 もう50年以上前、1965年12月に、第二バチカン公会議が採択した現代世界憲章の冒頭で、教会は高らかに次のように宣言しました。

 「現代の人々の喜びと希望、苦悩と不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある」

 わたしたちは、それぞれの時代の現実における、人々の「喜びと希望、苦悩と不安」に寄り添うために、「出向いていく教会」であります。

 それでは人間が生きていく人生の中で、一番の喜びと希望とはいったい何なのでしょう。もちろん、それぞれの方にとって自分の喜びや希望があることではありましょうが、しかし信仰の立場にとって一番の喜びと希望は、人間の命の誕生とその尊厳が護られることであります。なぜならば、本日一番最初の創世記の朗読で耳にしたように、神はわたしたちの命を、神ご自身の似姿として、そして良いものとして創造された。私たちの命を至高の賜物として創造されたと、信仰者は信じているからです。その最高の賜物が誕生し、十全に育まれるようにと、その尊厳が護られること以上の、喜びと希望はありません。

 しかし現実はどうなのでしょうか。いま、神の賜物である人間の命は、その始まりから終わりまで、大切にされ、その尊厳は護られているのでしょうか。

 世界の各地では、今このときも地域紛争はやむことがなく、特に将来を担うはずの子どもたちを中心に賜物である命は危機にさらされています。どこに生きるどの命であっても、神が愛され大切にされているのだから、それは徹底的に護られなくてはなりません。どのような形であれ、暴力的な手段で命が奪い取られるような状況や、その尊厳がないがしろにされるような事態に、教会は賛同できません。

 私たちの国にあっても、近年、命の尊厳をどう考えているのか理解できない大量殺人ともいうべき事件を耳にすることもありました。障害とともに生きる方々の施設で、19名が殺害されるという事件も発生し、その後には、その殺害行為を正当化する考えに同調する論調が、インターネット上を中心に少なからず見られました。その現実が、日本における命に対する価値観が、身勝手で利己的なものになってしまったことを強く感じさせます。命が持つ価値を人間が決めることができるという考え方に、教会は賛同できません。

 「現代の人々の喜びと希望、苦悩と不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある」

 教会共同体は、社会の現実の中にあって、困難に直面し、生きることに困難を感じている方々に寄り添い、すべての命を大切にし、人間の尊厳を尊重する価値観のために、積極的に「出向いていく教会」でありたいと思います。信仰にあって神と共に歩む人生を送るために、人間中心の価値観に生きた過去と決別し、新たな生き方へと出発する神の民でありたいと思います。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・菊地大司教の日記 ⑰主の晩餐@聖木曜日「信仰者の熱い思いとは・・」

Chrism18013月29日 聖香油ミサ・主の晩餐・洗足式・@聖木曜日

 復活祭を前にした聖なる三日間となりました。聖木曜日の主の晩餐のミサを前にして、聖香油ミサが行われました。

 新潟教区の聖香油ミサは水曜日の午前10時から新潟教会で。東京教区は木曜日の午前10時半から関口教会で、それぞれ行われました。新潟教区は、遠いところでは車での移動は6から7時間、本数の限りなく少ない電車は乗り継いで5時間半という秋田県の北部にも教会がいくつかありますので、さすがに聖木曜日に集まるのは不可能です。毎年この時期に、火曜日には司祭評議会を行い、そのまま宿泊していただいて翌水曜日に聖香油ミサをしてきました。

Chrism1805 聖香油ミサでは、秘跡の執行に必要な油、洗礼志願者の油、病者の油、そして聖香油の三つが祝福されます。さらにミサ中には、その教区で働く司祭団が、叙階式の誓いを思い起こしながら初心に立ち返り、その誓いを新たにいたします。

 さすが東京と新潟では、信徒の数も司祭の数も規模が違います。油の量も、かなり異なっておりました。(写真:左右は東京、下は新潟)

 聖木曜日の主の晩餐は、やはり東京カテドラルの関口教会でミサを捧げました。ミサは関口教会と韓人教会の合同で行われ、聖堂はいっぱいとなりました。説教の後の洗足式は男性も女性もいて12名。近頃、床に膝をつくと激痛が走るようになってきたので、今回は膝パッドを手に入れ、万全の体制で臨みました。

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 ミサ後には御聖体を、カテドラルの左側にあるマリア祭壇に安置。しばらく聖体礼拝のひとときがもたれました。

 30日、聖金曜日と明日の復活徹夜祭。関口教会はともに私の司式で、午後7時からです。

 以下、29日の主の晩餐のミサの説教の原稿です。(写真は聖香油ミサです)

 この聖堂は、毎日多くの方が訪れます。観光で立ち寄られる国内外の方々。数日前にもありましたが、コンサートのために訪れる方々。結婚式で訪れる方も少なくありません。また有名な建築家の作品であることから、建築を学んでおられる方なども訪問されます。聖堂の中に足を踏み入れる人の数で言ったなら、日本有数の訪問者を誇る聖堂の一つであろうと思います。新潟のカテドラルも、1927年献堂の90年を超える歴史のある建物ですから、新潟の観光案内などには掲載されていますので、それなりに観光で訪れる方もおられますが、この関口の聖堂には適いません。

 毎日のようにそれほど多くの方が訪れるこの聖堂。訪れてくださる方々の、特にキリスト者ではない方々の心には、いったい何が残されるのでしょうか。素晴らしい建築だ。聖なる雰囲気だ。圧倒された、などなど、様々な感想があるのだと思います。

 この聖堂は、単なる礼拝の場所にとどまるのではなく、はたまた素晴らしい建築作品であるだけではなく、さらには荘厳な雰囲気の場所であるだけではなく、ここにあるキリスト者の信仰共同体を象徴する共同体の目に見える体であります。教会はただ冷たく物質的に立っている建築物ではなく、その中に育て上げられる教会共同体の精神を反映しながらここに建っております。この聖堂が醸し出す雰囲気は、常にそこに満ちあふれている信仰共同体の雰囲気そのものであります。

 パウロはコリント人への手紙の中で、最後の晩餐における主イエスの言葉を詳細に伝えています。イエスご自身は、実際にパンを手に取り、また杯を手にとって秘跡を制定されたのですから、その場でそれらを実際に示しながら、「このパン、この杯」と言われたことに、何の不思議もありません。でも、パウロはその後に続けて、あらためて自分の言葉として「このパンを食べこの杯を飲むごとに」と、「このパン、この杯」と特定して話を進めています。それは、どこにでもあるパンや杯なのではなく、イエスの体と御血となった「このパン、この杯」なのだと明確に示すためです。見た目には同じパンと杯であっても、それは全く異なる存在として特別な意味を持っているのだということを明確にするためです。

 おなじようにこの聖堂も、単なる大きなホールなのではなく、私たちにとって「この聖堂」として、そこには特別な固有の意味があるはずです。それは、私たち信仰共同体があかしをしようとする信仰のしるしとしての意味であります。

 パンと杯は、イエスの弟子たちへの切々たる愛のほとばしる思いに満ちた秘跡制定の言葉によって、特別な存在となり、特別な意味を持つようになりました。残される弟子たちへの痛いまでの愛の思いが込められたのは、「私の記念」という言葉であります。「私の思い、言葉、行いを忘れるな」というイエスの切々たる思いが込められた、「記念」という言葉です。その激しいイエスの思いを持って、ただのパンと杯は、「このパンと、この杯」になったのです。

 ですから、この聖堂もそのままでは特別な意味を持つ存在とはなりません。この聖堂が、単なる建物や大きなホールから、はたまたホテル付属の結婚式場から、「この聖堂」になるためには、私たち信仰共同体の切々たる熱い思いが必要であります。信仰のあかしをしようとする、ほとばしるような神への熱い思いが必要です。私たちの信仰共同体には、そのほとばしるような熱い思いがありますでしょうか。そして信仰共同体が熱い思いに満たされるためには、それを生み出している私たち一人ひとりが、やはり熱い思いに満たされていなくてはなりません。

 それを教皇フランシスコは使徒的勧告「福音の喜び」の冒頭で、こう記されています。

 「福音の喜びは、イエスに出会う人々の心と生活全体を満たします。イエスの差し出す救いを受け入れる者は、罪と悲しみ、内面的なむなしさと孤独から解放されるのです」

 教皇様が指摘されるように、私たち信仰者の熱い思いとは、イエスと出会った喜びによって生み出される熱意であります。そしてそれは自分ひとりのものではないことを、教皇様は次のように続けられます。

 「このむなしさは、楽な方を好む貪欲な心を持ったり、薄っぺらな快楽を病的なほどに求めたり、自己に閉じこもったりすることから生じます。内的生活が自己の関心のみに閉ざされていると、もはや他者に関心を示したり、貧しい人のことを考えたり、神の声に耳を傾けたり、神の愛がもたらす甘美な喜びを味わうこともなくなり、ついには、善を行う熱意も失ってしまうのです」

 このパンを食べこの杯を飲むとき、私たちは主の死を告げ知らせるとパウロは記します。それはすなわち、イエスの受難と死と復活によってもたらされた新しい命に生きる喜び、それを多くの人に告げ知らせることでもあります。

 私たちは、信仰者として一人ひとりが、そして一人ひとりでは力が足りない、力が不足している、またそれぞれ役割が異なるので、共同体という一つの体として全体で、このイエスとの出会いの喜びを熱くなって伝える存在でありましょうか。私たちがそうならなければ、この聖堂にはその熱意が満ちあふれることもなく、訪れてくださる多くの方の心にその熱意が伝わることもありません。

 主の晩餐のミサの福音は、イエスによる愛の奉仕の場面の朗読です。実際に足を洗うかどうかは別にして、互いに謙遜になり、互いを助け合うこと、互いに奉仕し合うこと、その大切さを自ら模範を持って示す主の姿です。

 そしてその愛の奉仕は、御聖体の秘跡とともにあるのです。あらためて教皇ベネディクト16世の回勅「神は愛」の言葉を引用します。

 「教会の本質はその三つの務めによって表されます。すなわち、神の言葉を告げ知らせることとあかし、秘跡を祝うこと、そして愛の奉仕を行うことです。これらの三つの務めは、それぞれが互いの前提となり、また互いに切り離すことができないものです」

 教会にはありとあらゆる方面で、愛の奉仕の業に励んでおられる方が大勢おられます。奉仕に努められている多くの方に心から敬意を表します。同時に、その一つ一つの働きは、たとえ団体は異なっていても、それに携わる信仰者にとっては、一つのキリストの体の一部としてなされているのだということを心にとめていただきたいと、いつも願っています。それは愛の奉仕の業は、教会の大事な務めとして、福音宣教や典礼と切り離すことはできないからです。

 さて、この聖堂を訪れる方々に、私たち信仰者の熱意を感じ取っていただけるように、私たち信仰共同体にとっての「この聖堂」にするために、この三つの務めを充実させながら、教会共同体を信仰において神に対する熱い思いに満たされた共同体に育てて参りましょう。私たちには、あの晩の、イエスの熱い思いを、主が再び来られる日まで、伝えていく務めがあるのですから。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑧詩的創作で生み出した「美しい娘」「葡萄酒」とは

ハーフェズの詩的創造力の源泉として、神の愛を求める修業と並んで、ハーフェズの世の欺瞞と不正に対する怒りを指摘したが、その関連で、前回のコラムでは、次の詩句を紹介した。

 「美しき娘よ 公正の酒壺から葡萄酒を小さな杯に分けてくれ乞食(真摯に道に励む者、正直者)が 世界をひっくり返さないように」を少し説明しておこう。

 ハーフェズが、その詩的創作で生み出した工夫が「美しい娘」と「葡萄酒」である。いずれも神への愛の魅力と成就の困難さ(美女との恋愛)、および神への愛の陶酔(葡萄酒)の象徴として登場する。ここでいう公正の壺とは、時の権力者が、徴税逃れのごまかしを抑えるために、規定量の葡萄酒が入る壺を作り、その量に応じて課税するために用いたものである。

 引用の詩句では、不正や欺瞞が取り締まられ、正義が実現されるよう訴えるとともに、同時に自らの神への愛の成就とその愉悦を、美女からの葡萄酒に仮託して懇願している。正義が実現されなければ社会は混乱を増さざるを得ず、また葡萄酒(神への愛の成就から得られる愉悦)が得られなければ、道の修行者(ハーフェズ)は苦しみ、のたうち回ることになる、と述べている。

 ハーフェズの詩的生き様の背景にあるその宗教観・人生観を今一度見ていこう。ハーフェズが実践したイスラーム神秘主義の世界では、神の唯一性の帰結として、神以外のすべての存在はうつろう現象である。神との一体を求める修業、すなわち神を愛しぬくことは自己を滅却することであり、その神を捉える主体は心である。

 2回目のコラムで取り上げた、「長い間こころは 世界を見透かす杯を 我々に求めた自ら持てるものを よそ者に求めたもの皆が生み出される根源の宝を 海(道)にさまよった者に求めた」を思い出してほしい。

 改めてこの詩句を解釈すれば、次のようになる。

 「こころ」は、ここでは自分と解すればよい。「我々」は自分の頭(知識)と考えればわかりやすい。「世界を見透かす杯」とは、すなわち神であり、「杯を得る」とは神への愛を成就することである。神のために自己のすべてを葬り去ることである(自己滅却)。それによりすべてを見通せるようになる。「自ら持てる者」とは、神を捉えることのできる主体すなわち自分の心であり、「よそ者」とは、自分の頭(知識)である。「もの皆が生み出される根源の宝」とは、万物の創造主である神のこと、それを求めるのに、「道にさまよった者」、すなわち、自身の頭や知識に頼った。

 そんなことで、神への愛が成就されることはない。「よそ者」あるいは「さまよった者」とは、知識であり教科書である。また物知り顔の導師もいる。「心」に捉えられるべき神は、知識によっては得られないことを、ハーフェズは繰り返し歌っている。教科書を読んで実現できることではない。教科書的な知識はかえって邪魔になる。自ら実践し体得しなければならないからである。それは有害ですらある。「心よ 知識の害毒によって一生が失われた100ある素地も生かされなかった」のである。

 「我が知識の書すべてを 葡萄酒で洗い流そう 宇宙は我が知ったかぶりに 復讐するものだ」。ここで葡萄酒というのは 神の愛に酔うこと、一心不乱に神への愛に邁進することであるが、葡萄酒ついては、別に改めて述べる。

 (ペルシャ詩の翻訳はいずれも筆者)(駒野欽一=国際大学特任教授、元イラン大使)

・Sr.石野のバチカン放送今昔 ㉑歴史的イベントの教皇・日本語ミサ、だが実況中継できず

 

 東京の後楽園で捧げられた野外ミサには4万人が参加した。参加を希望しながらも、人員超過で中には入れず、後楽園の外でミサに与った人も少なくなかった。主式はもちろん教皇様。ミサは日本語で行われた。教皇は一回も間違わず、流暢な日本語で、ミサを進められた。公共放送のNHKは、特殊の宗教行事の放送が禁じられている。

 だから、このミサは日本では公に放送されなかった。わたしたちバチカン放送関係者はNHKのご好意で、モニターによって、ミサの全部をフォローすることが出来た。教皇のミサのためには、ラテン語の公式ミサ典礼書と同じように赤い布で覆われた固い表紙が着いているきれいなミサ典書が数冊準備された。

 中は、ラテン語とローマ字の日本語が対訳になっている。ミサが終わるまで、そのミサ典礼書は一般公開されなかった。ミサが終わってからわたしたちはそれを一緒にいたNHKの放送関係者に披露した。厚くはないけれど立派なものだった。

 わたしたちが日本についてから、何くれと心にかけて世話をしてくれていたNHKの海外部長さんは、それをじっと見ていらしたが、しばらくして口を開いた。

 「ミサはカトリックの宗教行事であることは確かだ。だから放送は出来なかった。だが2000年の歴史の中でローマ教皇が、日本で日本語のミサを捧げるというのは歴史始まって以来、初めてのこと。これを、宗教行事としてではなく、歴史的イベントとして申請すれば、放送の許可が出たかもしれない」と感慨深そうに言われた。-そうだったのか。気が付くのが遅すぎた。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女、元バチカン放送日本語課記者兼アナウンサー)

2018年3月27日 | カテゴリー :

・Sr.岡のマリアの風 ㉖聖週間-パパ・フランシスコと共に

 Aさん、メールをありがとうございます。パパ・フランシスコが、今、若者に求めていることは、本当の意味での「若者」たちに訴えていることですね。

 パパは、「生き延びる」ことだけを考えて、現状に対して「あきらめ」、「無関心」、「怠惰な」態度を取っている人は、たとえ年齢が若くても、年寄りであり、いつでも、どこからでも、どんな状況からも、また新たに、人々の善のために、自分のエゴから出て行く人は、たとえ高齢であっても「若者」だ、と言っていますね。

 無関心、あきらめ、自分さえよければいい、という心が、人を、霊的「年寄り」にし、もはや、その人は、「枯れて行く」しか道がない、と。

 日々、わたしの心に、ズ~ン、ドシ~ン、とくる言葉です。つねに目覚めていること。それは、わたしたちの力では不可能です。
何でもうまくいっている時はいいけれど、人から理解されない、物事が思ったとおりに行かない時、「目覚めていること」-自分の良心に対して-は、自分の力では、不可能ではないとしたら、かなり、難しい。

 ましてわたしたちは、今(聖週間)、人目には、「ヒーロー(英雄)」からは、遠くかけ離れた、「みじめで、貧しい」主に、沈黙のうちに従うよう、招かれています。
イエスに、もっとも近くから従った弟子の一人、ペトロは、「先生」-イエス-を、三度、「知らない」と言います。

 わたしたちは、「え~、ペトロ、何で~?」と口に出して言った後、気が付きます。イエスが、誰であるか、分からなくなったペトロ、それは実に、「わたしたち」の姿である、と。
もし、「先生」‐イエス-が、たとえ捕らえられたとしても、「勇ましく」、「弱い」先生を守るのが、自分の務めだと思っていたペトロは、先生を助けるために、戦ったかもしれません。

 でも、今、目の前にいるのは、不正に訴えられ、しかも、弟子の一人から裏切られたにも関わらず、抵抗しようともせず、一言も語らず、不条理な嫉妬と憎しみに燃えた人々に、捕らえられ、引きずられて行くに任せている、一人の「みじめな人間まるで、世の悪に対して戦わず、敗北を認めたかのような、「弱い先生」。

 ペトロは、「そんな人は知らない」と言います。それは、ある意味で、ペトロの本心だったでしょう。力強いわざと言葉をもって、悪魔を追い出し、病人を癒し、祭司長たちを論破した、偉大な先生、使徒たちの「誇り」であった、イエス。この「格好いい」先生に、ペトロは、命をかけて従う、と宣言しました。

 でも、今、ペトロが目の前で「見て」いるのは、そんな先生ではない。ペトロが 思い描いていた メシア・救い主の姿ではない。だから、ペトロは混乱し、「そんな人は知らない」と、宣言します。そして、鶏が鳴く…

 ヨセフ・ラッツィンガーは書いています。
(最高法院で、大祭司とそこに集まった評議員たちは)、イエスを愚弄し、打ちすえることによって、神のしもべとしてのイエスの受けるべき定めを言葉どおりに満たしたということに、気が付いていませんでした。
屈辱と栄光は神秘的な形で互いに繋がっています。正に、打ちすえられた者として、イエスは人の子なのであり、雲に乗って神のもとから現れ、人の子の国、神に由来する人間性の国を打ち立てるのです。マタイによれば、イエスは衝撃的な逆説によって、「今から、あなたたちは、人の子が…見るであろう」(マタい福音書26章 64節)と言ったのです。「今から」、新しいことが始まるのです。
歴史を通してずっと、人々は損なわれたイエスの顔を見上げ、まさにそこに神の栄光を認めて来たのです。その同じ時に、ペトロは三度目に、イエスとは何の関係もない、と誓ったのです。「するとすぐ、鶏が再び鳴いた。そして、ペトロは思い出した…」(マタい福音書14章 72節)
鶏の鳴き声は夜の終わりのしるしと見られています。一日が始まるのです。ペトロにとっても、鶏の鳴き声は、彼が沈んでいった魂の夜の終わりを意味していました。鶏の鳴き声によって、否認についてのイエスの言葉が突然、ペトロの頭に蘇ります。そして、恐ろしい現実に立ち会わされます。
ルカはそれに更に付け加えます。この瞬間、刑の宣告を受け、縄目を受けたイエスは、ピラトの法廷に移るために連行されます。イエスとペトロはすれ違います。イエスの眼差しは、裏切りの弟子の視線を通し心の奥にまで達します。
そしてペトロは、「外に出て、激しく泣いた」(ルカ福音書22章 62節)のです。
(『ナザレのイエス』、第二巻、春秋社2013年、21頁)。

 わたしたちにとって、わたしにとって、「はい、わたしはここにいます。主よ、あなたのおことばどおり、わたしの身になりますように。あなたのお望みが、このあなたのしもべ(はしため)であるわたしを通して 行われますように」と、日々、言い続けることは、容易いことではありません。特に、何か特別な時ではなく、まさに、日々の、毎日の、「普通」の生活の中で、それを言い続けることは、決して容易いことではありません。

 ゲッセマニの園での、イエスが捕らえられる場面は、ペトロにとっては、あまりに「陳腐な」場面だったかもしれません。「あなたはメシアです」と、ペトロに宣言させたのは、父である神の恵みの力でした。その、同じ父である神が、今、ご自分のメシアが、敵どもの手に引かれて行くときに、彼を助けるために、天の大軍を遣わすことも、しない。何か、当たり前のように、悪の力が勝り、無実の善人が、悪人として引かれていく。あまりに「陳腐」な場面ではないか…。

 「わたしが」思ったとおりに、物事が進まない、人々が動いてくれない、理解してくれない、ふさわしく評価してくれない… その時こそ、まさに、わたしは、主の「十字架の道行」を、主と共に、主の傍らで共に歩むよう、招かれているのだろう

 主の「十字架の道行」を、主の傍らで歩む、とは、主とともに、人々の罵声、嘲りを受け、「十字架から降りて来い、そうしたら信じてやろう」という人々の挑発を受け、同時に、主と共に、「主よ、あなたのみ国においでになるとき、わたしを思い起こしてください」という、泥の中から咲き出る花のような真摯な声を聞き、あがないの十字架のもとで生まれつつある教会の姿-母と愛する弟子-を観想する…ということだろう。

 「わたしが」思い描く、メシア・救い主の姿と、父である神の思いの中にある、メシア・救い主の姿の、何と違うことか!
「わたしのメシア像」と、父である神の「メシア像」。その間の、越えることの出来ない淵を埋めたのが、真の神でありながら、わたしたちと「同じ」、真の人であるメシア、イエス・キリストである。

 神と人との間に横たわる深淵に、自らを「橋」として、神と人との出会いの「場」として捧げたのが-自分の命を捧げるまでに-、父のみ心に徹底的に従った、子、イエスの姿だ。
わたしたちは、「その」イエスに、従うよう、招かれている。

 特に、この聖週間。14名の若者たちによって編纂された、パパ・フランシスコが司式する、今年(2018年)の「十字架の道行」(聖金曜日)のテキスト。神学者でもなく、過去に書かれた著作からでもなく、若者たち-16歳から27歳まで-によって作られた、「十字架の道行」のテキスト。彼らは、共に、四つの福音の「受難物語」を読み、祈り、黙想し、このテキストを作り上げた。

 そこには、若者らしい、誤解を恐れない、率直で、ありのままの「出会い」がある。ゴルゴタに向かって歩むイエスとの出会い。そのイエスを取り囲む人々、一人ひとりとの出会い。若者たちは、自分自身を、その場に置き、イエスを「見つめ」、人々を見つめ、イエスと「出会い」、自分自身に出会い、その出会いから生まれる「祈り」を、言葉にした。

 今朝、わたしは、若者たちの「十字架の道行」の一つを黙想しながら、ペトロと「出会う」。そして、ペトロを「見つめ」ながら、自分の中の、嘘、偽りを見つめ、イエスと「出会う」。

 ペトロは、自分に自信があった時は、イエスを見ていても、イエスに出会っていなかったのだろう。「わたしの」好きなイエスを見ていただけで、父のみ心を行うためだけに生きているイエスに出会っていなかった。

 父のみ心の実現のために、死ぬばかりに苦しい思いをしながら、エルサレムに上っていくイエスに従いながら、三年間、イエスの身近にいた弟子たちは、「だれが一番偉いか」と議論をしていた。それが、わたし、わたしたちである。そのことを認めて初めて、わたしは、イエスと「出会う」のだろう。

 ペトロは、イエスの眼差しに触れて、「初めて」イエスと「出会い」、自分に「出会い」、「外に出て、激しく泣いた」。ペトロは、このようにして、受難の主の神秘に対して、初めて目が開かれた。

 ペトロの涙こそ、わたしたちの涙。赦されても、赦されても、主を否み続けるわたしたちを、それでも、疲れずに赦してくださる主のまなざしに触れた、わたしたちの涙。
わたしは、つねに、「欠けた者」「足りない者」であることを率直に-決して卑屈にではなく-受け入れて初めて、「主よ、あなたのお望みが、わたしの中で行われますように」と真摯に祈ることが出来るのだろう。

 聖週間。今は、「恵みの時」。主の「十字架の道行」に従うわたしは、一人ではない。わたしは、共同体の姉妹たちとともに、「欠けた者」同志で、許し合い、いたわり合い、助け合いながら、共に、主イエスの「十字架の道行」に従っていく。

 主によって集められた「共同体」-教会-は、「わたし」の思うとおりにはいかない。「わたし」と合う人たちだけではない。「わたし」のリズムと違う。だから、恵みの場。だから、「散らされた神の子らを集めるために来た」キリストの心の、目に見えるしるし。だから…復活の主は、ご自分の「共同体」を通して、はたらく。

 ご自分のみ国-赦しといつくしみのみ国-を広めるために。「共同体」は、主の、受難・復活・死の、この世への「目に見える証し」として、招かれている。

 受難の主よ、聖週間の日々、あなたの沈黙の中に、深く入らせてください。父である神のみ心が実現するとき。それは、沈黙のとき。わたしたちの日々の騒音を超えた、三位一体の神の懐の中の、深い、沈黙。それは、冷たい沈黙でも、無関心の沈黙でも、あきらめの沈黙でもない。それは、愛するがあまり、いつくしむがあまり、沈黙せずにはいられない、苦しむ我が子を見つめる、母の沈黙。

 受難の主よ、あなたの沈黙が、わたしへの、わたしたちへの、計り知れない宇宙のような、深い海のような、あなたの「いつくしみの心」の沈黙であることを、分からせてください。

 受難の主よ、わたしたちの石の心、固い心を、あなたの十字架のあがないの死によって、肉の心、あなたの霊によって生かされる心に変えてください。

 受難の主よ、弱くみじめなわたしたちを、あわれんでください。あなたは真理そのものです。そしてあなたの真理は、冷酷な裁きではなく、赦すことをあきらめない、赦すことに決して疲れない、父である神の心の真理です。

 自分の罪、偽り、過ち、怠りに泣くわたしたちを、かえりみてください。あなたの十字架の傍らに立つ、あなたの母マリアのように、わたしたちも、あなたの恵みによって、闇と絶望の淵にあっても、「はい、わたしはここにいます。主よ、あなたの望みが、わたしの中に行われますように。

 わたしは、あなたのみ心だけを望みます、と言い続けることが出来ますように。アーメン。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年3月27日 | カテゴリー :

・菊地大司教の日記 ⑯聖週間始まる「十字架につけろ」に思う

3月25日 受難の主日@田園調布教会

  Palmsunday1801

 聖週間が始まりました。洗礼の準備をしておられる方々にとっては、重要な一週間ですし、信仰者にとっては、イエスの死と受難と復活こそが信じる事柄の基本でありますから、クリスマス以上に大切な一週間です。

 枝の主日とも呼ばれる受難の主日の今日、田園調布教会に生まれて初めて赴き、ミサを捧げることができました。写真は、フランシスコ会からの借り物です。

 そうですこの田園調布教会はフランシスコ会の担当で、昨日と今日、全国のフランシスコ会担当の小教区かた侍者のリーダーたちを集めて、講習会を開催していたのです。30名くらいの侍者が集まり、新潟の高田からも参加者がありました。

 ですから今日のミサは、侍者がいっぱい。ミサの最後にはフランシスコ会による侍者の認定証(ちゃんと等級付き)の授与までありました。一番上の等級になると、特製ジャンパーがもらえるのだとか。

Palmsunday1802

 で、私はこれに誘われたとき、悩みました。初めての聖週間だからカテドラルの関口教会でミサを司式すべきかとも思いましたが、なんと言っても侍者の集まりです。私の霊名はタルチシオで、この方は初代教会のローマの殉教者ですが、御聖体を守って殺害されたことから、侍者の保護の聖人であります。ですから侍者の集まりと言われると行かないわけにもいかない。というわけで、初めての田園調布教会訪問となりました。

 ミサ後には、残った信徒の方々との茶話会もありました。たくさん写真を撮っていただいて、感謝します。

 以下本日の説教の原稿です。

 その日、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と問いかけるピラトに対して、群衆は「十字架につけろ」と盛んに激しく繰り返し叫んだと、福音には記されていました。

 「十字架につけろ」いう短い叫びは、深く考えるまでもなく、なんとなく興奮して集まった人々にはわかりやすいフレーズですから、瞬く間に人々の心をとらえ、大きなうねりとなっていきました。

 この大きなうねりを前にしたとき、「落ち着いて考えてみよう」とか「イエスの言うことも聞いてみよう」などという理性的な言葉は力を失います。大きな波に飲み込まれてしまいます。

   どんな理性的な言葉も群衆を落ち着かせることはできない、という現実に直面したとき、ピラトは、その大きな波に抵抗することをやめてしまいます。捕らえられていた犯罪者を釈放し、神の子を十字架につけて殺すために渡したのです。

 「十字架につけろ」という短い叫びは大きな波となって、集まった人々の興奮を倍増させました。考えてみれば、今日の入堂行列の前の福音朗読にあるように、同じエルサレムの町で同じ時期に起こった出来事ですから、「十字架につけろ」と叫ぶ群衆というのは、その数日前に、イエスを喜びの声を上げて迎えた群衆でもあります。数日前に、イエスを賛美し、喜んでエルサレムに迎え入れたことなど、この大きな波は、人々の記憶からすっかり忘れ去らせてしまいます。

 聖書が記している、この「群衆」という存在。それは、自分自身の頭を使って自分としての判断をすることを停止した人々、その集まりを象徴しています。その時々の大きな波に飲み込まれて、喜んでみたり悲しんだり。どちらにしろ、大切なことは興奮していることであって、その興奮を生み出している原因が何であるのか、を考えることはしない。なぜなら手間のかかる面倒なことだからです。

 その日、「十字架につけろ」と叫んでいる群衆に、たとえば今の時代のようなテレビのレポーターがそこにいたとして、一人ひとりにインタビューをしたら、どんな答えが返ってくるでしょう。「十字架につけてイエスを殺せなんて、そんな大それたことは言ったつもりはない」とか、「イエスに死んでほしいなんて、実は思ってもいない」などという、無責任な返事があるかも知れません。みんなの興奮に同調して叫んだ言葉への責任など、誰が感じるでしょう。

 今の時代、スマホに象徴されるような様々なコミュニケーション手段を、私たちは持っています。それを利用した言葉のやりとりの中で、どうしても気にかかることがいくつかあります。

 それは、まず第一に、なるべく「短い言葉」で交わすやりとりであります。なかでも、自分の感情を隠さずに直接表すような、短いけれども激しい言葉が飛び交っている様を、ネット上に目撃することがあります。短い言葉のやりとりが,時として、無責任な言葉の投げつけあいに発展することもよくあることです。長い文章であれば、じっくりと考えなければ意味が通じないので、何回も読み返してみたりする可能性もあるでしょう。しかし短いフレーズは、「十字架につけろ」と同じように、直感的にわかりやすいのです。だから深く考えることもなく、相手に送ってしまう。

 短い言葉の投げ合いは,時に人を極端に感情的にさせます。感情的な短い言葉のやりとりは,結局は罵詈雑言の投げつけ合いに発展する可能性を秘めています。短い言葉の投げつけあいで興奮してしまっているやりとりを見るときに、イエスを「十字架につけろ」と叫んで盛り上がっている現代の「群衆」の姿をそこに見るような思いがします。短いフレーズの投げつけあいの世界は、興奮という波のうねりは生み出しても、その言葉から広がる背後の広い世界に目を向けさせることはありません。でも人間は、その広い世界で生きているのです。

 教皇様は、本日の世界青年の日にあたり、メッセージを発表されています。今年のテーマは「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた」というルカ福音書の言葉です。

 メッセージの中で教皇様は、聖母マリアが天使からお告げを受けたときに、その驚くべき内容に「恐れ」を感じたであろうとして、次のように書いておられます。

 「それでは若者の皆さんはどんな恐れを抱いているでしょうか。何が皆さんを心底、悩ませているのでしょうか。多くの皆さんが抱いている「根本的な」恐れは、自分という人間が愛されても、好かれても、受け入れられてもいないのではないかという恐れです。

   今日、多くの若者が人為的で実現不可能になりがちな標準に合わせるために、本来の姿とは別の姿にならなければならないと感じています。自分の姿を「画像修正」し続け、仮面と偽りのアイデンティティの後ろに隠れ、まるで自分自身を「偽造(フェイク)」しているかのようです。多くの人が出来るだけ多くの「いいね」を得ようとやっきになっています。自分が不十分であるという心情から、多くの恐れや不安が生じています。」

 教皇様は、自分自身の存在に自信がないという恐れの中で、人から好かれたいという願いが、私たちをフェイクな生き方に招き入れていると指摘しています。

   私が心配する第二の点はこの教皇様の指摘に関係します。つまり、私たちは本当の人生を生きているのかどうか。フェイクニュースという言葉が有名になりましたが、少し前なら誰も信じなかったような嘘であっても、インターネットでまことしやかに流されるとあっという間に拡散して、群衆は興奮してしまう。中身は、あの人が悪いとか、あれが諸悪の根源だとか、わかりやすい単純な方があっという間に拡散します。まさしく現代の「群衆」による「十字架につけろ」という叫びです。

 そもそも私たち自身も、自分を偽ってフェイクな生き方をしていないか。みんなと一緒になって興奮している私は、本当に本物の私なのだろうか。立ち止まって、落ち着いて考えてみる必要があります。

 教皇様は、メッセージの中で、実際に人と話をすることの重要さを説いて次のようにアドバイスされています。

 「さまざまな選択肢をしっかり見極め選べるよう助けてくれる、同じ信仰をもつ経験豊富な兄弟姉妹に相談するのです。少年サムエルは、主の声を聞いても、すぐにはそのことが分からず、老祭司エリのもとに三度駆け寄りました。エリは最後に、主の呼びかけに対する正しい答えをほのめかします。

 「もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。もし疑いをもったら、教会に頼ることができることを思い出してください」

 教皇様は、信仰を同じくする多くの方と、実際にリアルに具体的に関わり、よく言葉を交わすことで、ふさわしい道を見いだすことができると教えられます。

 みなさん、受難の主日にあたって、あらためて自分の生き方を見直してみましょう。私はどちら側に立っているのでしょうか。それが興奮の波に巻き込まれ、「十字架につけろ」と叫んでいる「群衆」の側ではないことを祈ります。心落ち着けて、サムエルのように「主よ、お話しください。しもべは聞いております」と答える側に立ち続けることができるように、神様に心を強めていただきましょう。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑱ 転ばぬ先の、その先に…

 ギリシャ神話に登場するスフィンクスは、美しい女性の顔と乳房を備えながら、ライオンの体とワシの翼を持つ異形の存在だ。

 このスフィンクスが、山路を行く旅人を捕らえて質したという「謎かけ」については良く知られている。「朝は四本足、昼は二本足、夕べは三本足になるものは何か?」という問いである。

スフィンクスの謎かけには、誤った答えを出して食べられてしまう旅人が相次ぐ。そうした中で、ひとりオイディプスが「答えは人間――赤ん坊の時はハイハイの四つ足で進み、成長して二足で歩くようになり、年老いてからは杖をつく」と真理を言い当てたとされている。

 ではオイディプスの答えに、「夕べ」の人間が強く抵抗したらどうなるか?

 ある事情があって、ステージに立つ必要のある70歳代の女性。足のふらつきや膝の痛みを抱え、さらに筋肉の萎縮や関節の硬化で歩行が著しく困難な状況にある。だが彼女は、「命をかけても自分の足でステージに立ちたい」と涙ながらに言い張り、杖や車椅子の使用を拒否する。その時、彼女からサポートを求められた医師は……。

 3月22日発売の「小説現代」4月号(講談社)では、そんなギリギリの状態にある患者と向き合うことになった医師・菜々子の物語「転ばぬ先の、その先に」という小説を書いた。さまざまな困難を抱えながらステージを目指す人たちを、医療の面から支えようとする医師=ステドク=を主人公に据えた連作短編シリーズの第3作だ。

 まず、高齢者の転倒については、厳しい現実があることを指摘したい。「転倒は死の前触れ」と指摘する医師は多い。厚生労働省の国民生活基礎調査(2016年)をもとに、40歳以上で介護が必要になった原因を見ると、「骨折・転倒」は、「認知症」「脳血管疾患」「高齢による衰弱(フレイル)」に次ぐ第4位。実に全体の約12%を占める。

 しかも年齢層が上がるにつれて、骨折・転倒の割合は増加する傾向が見られる。「全国で毎年7000人以上が転倒や転落が原因で死亡している」とするデータもある転倒で起きる深刻な骨折としては、大腿骨頸部骨折(太ももの骨の股に近い部分の骨折)や脊椎圧迫骨折(背骨がつぶれる)などがある。大腿骨頸部骨折の大半は、屋内で発生している。住み慣れた家の中を歩く際にも要注意だ。

 知恵の実を食べることを人間に教えたヘビは、神の怒りを買い、歩くための足を奪われてしまったと旧約聖書にある。皮肉なことにヘビは転倒から「自由」になり、一方の私たちは常に転倒のリスクにさらされる。2014年に設立され、転倒防止に向けた運動プログラムの普及などに力を入れる「日本転倒予防学会」のホームページでも、<2本足で歩行する人間にとって、立った位置からの「転倒」は避けることのできない宿命かもしれません>と記されている。

 ならば、「転ばぬ先」にどのような備えをするべきか?

 「転びやすい場所を知る」「転倒予防体操を始める」「家の中を整理する」「骨粗鬆症を治療する」「つまずきにくい靴を買う」「杖を使ってみる」――。
幸いなことに、効果が期待できる取り組みはいくつもある。健康寿命を延ばす賢い工夫が数々ある。これを活かさない手はないだろう。なにしろ、はるか昔に<知恵の実>を食べてしまった私たちなのだから。

 (みなみきょうこ・医師、作家: クレーム集中病院を舞台に、医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月に刊行。http://www.gentosha.co.jp/book/b11411.html 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

2018年3月26日 | カテゴリー :

・Sr.岡のマリアの風 ㉕聖週間の始めに・・黙想と十字架の道行きのために

本部修道院、聖週間の始めに-「賛美の集い」のための覚書―
[祭壇まで行列。各々、四旬節に書いた「手紙」を祭壇前の籠に入れる]
[始めの祈り](祭壇の前で)
主イエスよ、 あなたは、旧約の預言者たちが預言したように、ろばに乗って、ご自分の都、聖なるエルサレムに、王として、メシア・救い主としてお入りになります。
あなたが「王」である、とは、 仕える者であることです。
あなたが「王」である、とは、 わたしたちを、わたしを愛して 命までも捧げることです。
わたしたちの、固く冷たい心が、この聖なる一週間、あなたの一つ一つのしぐさ、言葉、まなざしに触れて、生きた、肉の心に変えられますように。
アーメン

[黙想のために]
今年、2018年は、若者たちについてのシノドス(世界司教会議)が開かれます。パパ・フランシスコは、その前に、若者たち自身による準備の集いを、バチカンで開催しました。

 若者たち自身が、自分たちに出来ることを、自分たちの手で、共に行うことによって、教会共同体に新たな力を与えることが出来るように、と。
このパパの思いは、若者たちだけでなく、教会を形づくるすべての信徒、わたしたちにも向けられています。自分たちに出来ることを、自分たちの手で、共に行うことによって、教会共同体を、すこしでも前に進ませることが出来るように。同じ、一つの目的に向かって。「散らされた神の子ら」を集めるために、十字架に「上げられ」、ご自分の命を捧げ尽くした主に従いながら。

 教皇は、毎年、ローマのコロセウム(円形競技場)で、十字架の道行を司式します。その時に使うテキストを、パパは、今年、若者たち自身が創るように提案し、それは、16歳から27歳までの14人の若者たち(そのうちの9人は高校生)によって、熱意をもって受け入れられました。

 「見ること-出会うこと-祈ること」を鍵として、14人の若者たちは、一つずつの留の黙想を、自分の言葉にしていきました。
わたしたちも、今、自分の心を一番打つ「留」の場面に留まり、聖週間の間、自分の黙想を言葉にして表していけるなら、わたしがイエスとより深く出会う助けになると思います。

*この「十字架の道行」のパンフレット(バチカンHPより)の導入部分を、皆さんと分かち合いたいと思います。[以下、イタリア語より試訳]

 今年の「十字架の道行」の儀式の、14留の黙想は、16歳から27歳の間の、14人の若者たちによって作られました ですから、二つの主要な新しさがあります。第一の新しさは、過去の著作から取られたものではないこと、書いた人たちの年齢-若者、青年(彼らの中の9人は、Roma Pilo Albertelliの高校生)に関連して。第二の新しさは、この作業の「合唱性」―たくさんのトーンや響きの異なる声のシンフォニーであること-。そこには、名無しの「若者たち」ではなく、ヴァレリオ、マリア、マルゲリタ、フランチェスコ、キアラ、グレタ…がいます。

 彼らは、彼らの年齢に典型的な熱意をもって、若い世代に捧げられた2018年の中で、パパ・フランシスコから提案されたこのチャレンジ(挑戦)を受け入れました。

 彼らは机の周りに集まって、四つの福音によるキリストの受難のテキストを読みました。それから、「十字架の道行」の場面の前に自分たちを置き、その場面を「見つめました」。朗読の後、必要な間をとりながら、若者たちの一人ひとりは、どの「場面」が特に心を打ったかを表現しました。このようにして、より単純に自然に、一つひとつの留がふりわけられました。
鍵となる三つの言葉、三つの動詞が、これらのテキストの展開を印しました:先ず、すでにふれたように、見ること、そして、出会うこと、最後に 祈ること若者は、見ることを望みます。世界を見る、すべてを見る。

 「聖金曜日」の場面は、その残酷さをもっても強烈です:それを見ることは、反感を引き起こすことも出来るし、または、あわれみ(いつくしみ)、ゆえに、出会いに行くよう促すことも出来ます。まさに、イエスが福音の中で、毎日-そしてこの日、最後の日にも-行ったように。イエスは、ピラトに出会い、ヘロデに

 出会い、祭司たち、番人たち、ご自分の母、キレネ人、エルサレムの女性たち、2人の強盗―彼の歩みの最後の同伴者たち-に出会います
若い時、毎日が、誰かに出会う機会となり、一つひとつの出会いは、新しく、驚きに満ちています。もはや誰にも会いたくなくなるとき、人は年を取ります。信頼をもって心を開くことよ、人を閉じ込める恐れが勝つ時、人は年を取ります。変わることの恐れ。なぜなら、出会うことは変わることを求めるから、新しい目をもって、再び歩みを始める準備をすることを求めるから。

 最後に、見ることと、出会うことは、祈ることへと促す。なぜなら、見ること、出会うことは、いつくしみ(あわれみ)を生みだすから―たとえ、あわれみに欠けているような世界においても、人々の、無分別な(良識を欠いた)怒り、卑劣な行為、怠慢を放っておくような、今日のような日の中でも-。
もし、イエスに心から従うなら-たとえ、十字架の神秘的な歩みを通してでも-、その時、勇気と信頼が再び生まれます。そして、見た後、出会いに開かれた後、わたしたちは祈る恵みを体験するでしょう。もはや一人だけではなく、共に祈る恵みを。

「道行」の14の留の黙想のために、若者たちが選んだ聖書の箇所は、皆さんに配布したプリントの通りです。[表参照]
第一留:イエスは死を宣告される V:ルカによる福音(23 22 25
第二留:イエス、十字架を負わされる(Maria Tagliaferri e Margherita Di Marco作:マルコによる福音(8 34 35
第三留:イエス、初めて倒れる(Caterina Benincasa作):預言者イザヤの書 53 4
第四留:イエス、母と出会う(Agnese Brunetti作):ルカによる福音(2 34 35
第五留:キレネ人シモンが、イエスを助け、十字架を運ぶ(Chiara Mancini作):ルカによる福音(23 26
第六留:ヴェロニカがイエスのみ顔をぬぐう(Cecilia Nardini作):預言者イザヤの書(53 2 3
第七留:イエス、二度目に倒れる(Francesco Porceddu作):預言者イザヤの書(53 8 10
第八留:イエス、エルサレムの女性たちと出会う(Sofia Russo作):ルカによる福音(23 27 31
第九留:イエス、三度目に倒れる(Chiara Bartolucci作):預言者イザヤの書(53 5 6
第十留:イエス、衣をはぎ取られる(Greta Giglio作):ヨハネによる福音(19 23
第十一留:イエス、十字架にくぎ付けにされる(Greta Sandri作):ルカによる福音(23 33 34
第十二留:イエス、十字架上で息を引き取る(Dante Monda作):ルカによる福音(23 44 47
第十三留:イエス、十字架から降ろされる(Flavia De Angelis作:ヨハネによる福音(19 38 40
第十四留:イエス、墓に置かれる(Marta Croppo作):ヨハネによる福音(19 41 42

 今日、ここで、Valerio De Felice作、第一留の黙想を聞きたいと思います。
[試訳]
第一留:イエスは死を宣告される
ルカによる福音(23 22 25

 ピラトは、三度彼らに向かって言った、「いったい、この男がどんな悪事を働いたというのか。この男には、死に値する罪は何も認められなかった。だから懲らしめたうえで、この男を釈放することにする」。しかし人々はあくまでイエスを十字架につけるよう主張し、大声で要求した。そして、とうとう彼らの声が勝ち、ピラトは彼らの要求を入れることにした。そして、彼らの要求どおり、暴動と殺人のかどで投獄されていた男を釈放し、イエスを彼らに引き渡し、思うままにさせた。

 イエスよ、わたしは、総督の前にいる、あなたを見つめている。総督は、三度、民の要求に反対しようと試み、最後には、民衆を前に-三度、尋ねられ、三度とも、あなたに反対した民衆を前に-、何も選ばないことを選んだ。
民衆、つまり、すべての人々、そしてつまり、誰でもない人々。群衆の中に隠れて、人は、自分の人格(自分自身)を見失い、その他の何千という声の一つになる。最初に、あなたを拒み、そして自分を拒む。自分の責任を、顔のない群衆の、変動する責任の中に分散させながら。
それにもかかわらず、人には責任がある。扇動者たちに迷わされ、人をあざむく、耳をつんざくような声をもって広がる悪に迷わされ、イエスよ、あなたを断罪する人となる。

 わたしたちは今日、そのような不正を前に、恐怖を覚え、そこから離れたいと望む。しかし、そのようにしながら、わたしたちは忘れてしまう。わたしが先ず、あなたではなく、バラバを救うことを選んだ、すべての時を。わたしたちの耳が、善の呼びかけに閉ざされていたとき、わたしたちの前の不正を見ないようにしたとき。

 この、人でいっぱいの広場の中で、たった一つの心でも、疑いを起こしたなら、たった一つの声でも、悪の何千もの声に反対して上げられたなら、十分だっただろう。人生が、わたしたちを、一つの選択の前に置くたびに、あの広場、あの間違いを思い起こそう。わたしたちの心に疑うことを許し、わたしたちの声に、声を上げるよう命じよう。

 主よ、あなたに願います、わたしたちの選択を見守ってください、それを、あなたの「光」で照らしてください、わたしたちの中に、自分を問いただす能力を磨いてください:

 「悪」だけが、決して疑いません。地面の中に根を降ろした木は、もし、「悪」によって水をかけられるなら、枯れてしまいます。
でも、あなたはわたしたちの根を、「天」に、そして枝を地上においてくださいます。

 あなたを認め、あなたに従うことが出来るように。
「主の祈り

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年3月26日 | カテゴリー :

・菊地大司教の日記 ⑭多摩全生園訪問・カリタスアジア理事会

◎3月18日・秋津教会、多摩全生園訪問

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四旬節第五主日、3月18日の日曜日は、秋津教会を訪問し、午前10時のミサを一緒にさせていただきました。この日はミサの中で、教会学校主催で今年度の卒業生(大学生から小学生まで)への祝福の祈りや記念品の贈呈も行われました(。写真上は秋津教会聖堂。下はミサ中の記念品の祝福)

 地理の感覚がまだつかめていないので、この日は車のナビゲーションに従って走行。関口の司教館からほぼ1時間15分ほどの距離です。途中までは首都高速を通り、途中から一般道に降りると埼玉県に。自衛隊の朝霞駐屯地などを通過して再び東京都へ舞い戻り清瀬駅前を通過して秋津教会へ。

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ここは社会福祉法人慈生会が運営する諸施設に隣接する場所、というか敷地内。教区立のベタニア修道女会がその運営母体となっていますが、ここに、乳児院と児童養護施設、病院と老人ホームが整備されています。乳児院と児童養護施設は先頃新築されたばかりとうかがいました。ミサ後に、シスターの案内をいただき、すべての施設を見学させていただきま した。

 秋津教会は、どちらかというと若い層も多い共同体で、この日はミサ後に信徒会館でランチサービスがあり、献金をいただきながら皆でテーブルを囲み、時間も忘れて交流するひとときがありましたが、子どもたちや青年も大勢テーブルを囲み、楽しいひとときでした。

秋津教会の主任司祭は、東京教区の天本神父です。

さてミサが終わり、昼食の交流会のあとに、慈生会の諸施設を見学させていただいた後、車で少し移動して、多摩全生園へ向かいました。

 ここは正式名称が、国立療養所多摩全生園。ホームページには園長の石井先生の挨拶が掲載されていますが、そこにこうあります。

「当園は正式名称を国立療養所多磨全生園(こくりつりょうようじょたまぜんしょうえん)といい、全国に13施設ある国立ハンセン病療養所の1つです」

「ハンセン病の患者さんは、これまで、偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきました。我が国においては、昭和28年(1953年)制定の「らい予防法」(新法)においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ、ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が公布、施行されたのは平成8年(1996年)でありました。

その後、平成13年(2001年)には、ハンセン病国家賠償訴訟に関する熊本地方裁判所の判決を契機として、ハンセン病療養所入所者等の精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表すため、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が公布、施行されました(平成18年〈2006年〉一部改正)。さらに、ハンセン病の患者であった者等の福祉の増進、名誉の回復等のための措置を講ずることにより、ハンセン病問題の解決の促進を図るため、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が、平成21年4月に施行されました。引き続き、ハンセン病の患者であった者等に対する偏見と差別のない社会の実現に向けた取り組みが求められています。」

 わたしが多摩全生園を訪れるのは、今回が二回目ですが、前回はほぼ40年前。1979年10月頃だったと記憶しています。

 その当時わたしはまだ神言修道会の修練士でした。毎年10月に、一ヶ月間の大黙想があり、その指導を上石神井のイエズス会の黙想の家でイエズス会司祭から受けることになっていました。

 その年の神言会の修練士は6名。ひとりを除いた5名が、小神学校上がりのまだ20歳そこそこの若造です。一ヶ月の大黙想は、20名ほどのシスターたちと一緒に行われ、ベテランシスターたちの熱心さに比べて、霊的に子どものような私たちは、なんともできの悪い連中だと、指導者からもシスターたちからも見られていたと思います。確かに大変未熟者でした。

 そんな大黙想の休日の日曜日、参加者全員でミサに出かけたのが多摩全生園のカトリック教会でした。細かいことはすべて忘れ去ってしまいましたが、鮮明に記憶しているのは、ミサの時に歌われた聖歌です。答唱の歌であったでしょうか、現在の典礼聖歌61番、「神は残された、不思議なわざの記念を」であったと思うのです。

その詩編唱、詩編111です。

 「心を尽くして神に感謝しよう。神をたたえる人の集いの中で。神の業は偉大。人はその業を尋ね求めて喜ぶ」

 一緒にミサに与っていた全生園の信徒の方が、なかなか出にくい声を思いっきり出しながら、振り絞るように、全身全霊で、言ってみればシャウトするように歌う詩編のこの言葉。

 いつも自分たちがミサの時に歌っているのとは、同じ言葉なのに迫力が全く違う。全身全霊を持って神をたたえるとはこういうことなのだ。神の業に包まれて喜びに浸るとはこういうことなのだ。そう心に響いてくる歌声でした。こんな迫力のある聖歌は、それまで一度も聞いたことがなかった。

 そこには、歌われている方々の人生のすべてが込められている。命のすべてが込められている。自分もそんな風に、全身全霊を込めて神に向かって叫びたい、と感じさせられる、いわば衝撃的な体験でした。

 この日のミサの中で、その思い出を少し話させていただきました。その当時の感動がよみがえって、ちょっと涙ぐんでしまいました。ミサ後の茶話会で、「それはきっとあの人だ」と教えていただきました。当時、高田三郎先生が歌唱指導に訪れて、やはりその全身全霊を込めて歌う声に接し、人生そのものを背負って歌われている方々に指導することはなにもないと言われたというお話もしてくださいました。その通りであったと思います。

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多摩全生園の信徒の方々に、感謝します。わたし自身の信仰の道にあって、本当に刺激的で力ある体験をいただきました。今回またこうしてミサのために戻ることができて、そのことにも感謝です。

3月18日 (日)カリタスアジア理事会@東京

20180314_113108 カリタスアジアの理事会が、久しぶりに東京で開催されました。

 カリタスアジアは、国際カリタスを形成する世界七つの地域の一つで、現在アジアにある23のカリタスが名を連ねています。カリタスジャパンもカリタスアジアの一員として、国際カリタスの連盟を形作っています。現在のカリタスアジアの責任者は、2011年からわたしが務めていて、一期4年で現在二期目。再選は二期までですから、2019年の5月でわたしの役目は終わることになります。

 カリタスアジアの事務局はタイの首都バンコクにあり、フィリピン出身の事務局長を始め、タイ、インドネシア、カンボジア出身の職員で、総勢5名がフルタイムで働いています。

 カリタスアジアはアジア全体を東、東南、南、中央の四つに分けており、その代表を持って理事会を構成しています。現在は、東がマカオ、東南がミャンマー、南がパキスタン、中央がモンゴルで、英語を公用語にして会議をしています。通常は理事会をバンコクで開催するのですが、今回は私の都合で、久しぶりに東京での開催としてもらいました。前回東京で開催したのは、私がまだ司教になる前に理事を務めていた2002年頃だったと記憶しています。

 今回は、3月14日の初日は朝から晩まで理事会の会議を行い、15日は福島へ出かけました。特に今回はローマにある国際カリタスの本部から事務局長のミシェル・ロワ氏が参加してくださったこともあり、ちょうど福島の原発事故から7年目のミサが15日に南相馬の原町教会で行われることでもあり、参加者全員で電車に乗り、上野からいわきを経由して富岡まで行き、そこからはカリタス南相馬の方の案内で被災地視察をしながら、最後は原町でミサに出席。

28942564_10156268328623979_46034554 カリタスアジア理事会メンバーと国際カリタスの事務局長は、事故から七年が経過した今でも避難せざるを得ない人が多くおられる現実や、分断された地域共同体の現状、また復興の進んでいない地域の現状を実際に目にされて、本当に驚いておられました。また国際カリタスのロワ事務局長は、あらためて世界的規模で原子力発電の必要性を見直す道を模索することの重要性を今回の視察で強く感じられ、帰りの道中は脱原発の道を模索することの重要性を強調されていました。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・菊地大司教の日記 ⑬あの日から7年・・一粒会総会

(2018.3.12 司教の日記より)

あの日から7年・・一粒会総会で

  東日本大震災発生から7年がたち、昨日は各地で祈りがささげられました。あらためて、大震災で亡くなられた多くの方々の永遠の安息を祈ります。また復興の過程で亡くなられた方々のためにも、心から祈ります。さらには、普通の生活を取り戻すために、日々取り組んでおられる多くの方々のためにも、神様の守りと導きを心から祈ります。

 昨日は午前10時から、カテドラルの関口教会で主日ミサを司式させていただき、そのなかで特に祈らせていただきました。なお、午後3時からは神学生の選任式がケルンホールで行われました。東京教区の小田神学生が祭壇奉仕者に、同じく東京教区の宮崎神学生が朗読奉仕者に、さらにレデンプトール会の下瀬神学生が朗読奉仕者に選任されました。この選任式は、東京教区の一粒会総会の前に行われ、総会参加者をはじめ、多くの方が参加し神学生のために祈ってくださいました。写真は、昨日の一粒会総会です。

 一粒会は神学生の召命のために祈り、また養成のために献金をしてくださる組織です。神学生が司祭になるには最短でも6年かかります。その間、召命の道を歩んでいくためには、皆様のお祈りによる支えが不可欠です。加えて、具体的には養成の費用(神学院の運営費。授業料など)がかかりますので、そのための資金的面での支援もお願いしております。また東京教区では、すべての信徒の方が自動的に一粒会の会員となっております。どうぞ、将来の教会共同体に奉仕する司祭の誕生のために、お祈りと献金をよろしくお願いいたします。

以下、昨日の10時のミサの説教の原稿です。

 東北地方一帯、特に太平洋沿岸において巨大な地震と津波が発生し、日本全国だけにとどまらず世界中に衝撃を与えた2011年3月11日のあの日から、今日でちょうど7年となりました。あらためてこの大災害で亡くなられた多くの方々と、この7年間の復興の過程で亡くなられた方々の永遠の安息を祈りたいと思います。

 人生の中で、あの日あのとき、どこで何をしていたのかを明確に記憶している出来事は、それほど多くはありません。多くの方にとって、少なくともわたしは、あの日どこにいたのか、何をしていたのか、明確に記憶に残っています。それほどに、私たちにとって衝撃的な出来事でありました。

 7年前に、被災地の復興にこれほどの時間がかかるとは想像すらしておりませんでした。この7年という時間は決して短いものではありません。それにもかかわらず、いまだ報道などで「仮設住宅」にお住まいの方々のお話や、自主避難生活を続ける方々のお話を耳にいたします。その度ごとに、この災害による被害の甚大さをあらためて認識させられます。

 政府の復興庁の統計によれば、昨年12月の段階で、8万人近い方々がいまでも避難生活を送られているといいます。被災地の方々が、何か特別なことを求めているというわけではないと思うのです。ただただ、普通の生活を取り戻したい。しかるにこれほど多くの方が、その当たり前の願いを叶えることができずにいるということを、私たちは心にとめなくてはなりません。

 カトリック教会は、全国の教会をあげて、被災地復興支援に取り組んできました。オールジャパン体制などと呼んでおります。被災地はほとんどが仙台教区でありますので、仙台を中心に、各協会管区が仙台教区との協力の下、東北の各地に拠点を設けて、ボランティアの派遣などを行ってきました。これを、カリタスジャパンが国際カリタスとの協力の中で、資金的に支えてきました。

 被災地の復興には様々な段階がありますが、7年が経過した今、地域共同体の復活のため地元の方々の活動が中心になる中で、カトリック教会の支援活動も、地元の方々を中心とする体制へと変化を続けています。

 同時に、教会は震災10年目となる2021年3月までは、このオールジャパン体制での復興支援を継続することも決めております。それは、被災地で取り組まなくてはならないことがまだまだ多くあるということを再認識させられているからです。とりわけ、原子力発電所の事故の影響が残る福島県内では、復興の歩みにはさらなる時間が必要だと感じさせられます。昨年9月に被災地を訪れ、南相馬市などを視察されたバチカン福音宣教省長官のフィローニ枢機卿も、震災発生からこれほどの時間が経過しているにもかかわらず地域共同体が再生できていない現実をあらためて驚きとともに認識され、地域再生のために祈りを捧げるとともに、特に福島の実情を教皇フランシスコに報告されました。これからも被災地の皆さんに心を向け、復興のために祈りのうちに歩みをともにする決意を新たにしたいと思います。

 私たちの信仰は、絶望の淵から必ずや新しい希望が生み出されることを教えています。最高の指導者であったイエスが十字架で殺されていったという出来事を体験し、絶望の淵にあった弟子達に、イエスはご自身の復活の栄光を示して、その絶望の暗やみから新しい生命への希望が生まれることを示されました。これこそが私たちの信仰の基本です。

 今日の福音でイエスはニコデモに受難と死を通じた救いについて語りながら、「信じるものが皆、人の子によって永遠のいのちを得るためである」と語りかけます。パウロもエフェソの教会への手紙で、人間の自らの力ではなく、神が私たちを愛してくださるからこそ救いが与えられるのだと指摘します。

 私たちが何かをして成果を上げたから、そのご褒美として神から愛してもらえるのではなく、神が自らの似姿として創造されたこのいのちを、よいものとしてその始まりから愛し抜かれているからこそ、永遠のいのちへと招いてくださるのだ。それは人間が勝ち取ったものではなく、無償で与えられた神からの賜物であるとこの聖書の箇所は教えています。

 私たちの国を襲ったこの大災害に直面し、悲しみの淵に追いやられた多くの被災者の方々と歩みを共にしながら、私たちキリスト者には、希望のともしびを掲げる責務があります。そうでなければ、キリスト者と呼ばれる資格はないではありませんか。私たちを先に愛してくださった神が、自らを犠牲にして新しい生命への希望を与えてくださったのですから、その希望の光を多くの方に分かち合うのは私たちの責務です。とりわけ、困難に直面する多くの方に、光から遠ざけられている多くの人に、出かけていってその光を届けようとするのは、キリスト者の責務です。

 私たちが掲げることのできる希望のともしびの一つは、愛の奉仕のうちに助け合う人々の姿であると思います。キリスト者は、その性格が優しいから愛の奉仕を行うのではなく、先に神から愛されたからこそ、その愛を他者に分かち合わざるを得ない。そうせざるを得ないのです。助け合い支え合う姿は、それ自体が神の愛の生きたあかしであります。

 私たちの教会共同体が、この社会のただ中にあって、常に希望の光を高く掲げる存在となり得ているか、自らのあり方をも真摯に振り返ってみたいと思います。私たちは、教会として、神が、誰ひとり例外なく、いのちを与えられた存在をすべて愛しているのだ、すべての人によりよく生きてほしいのだ、すべてのいのちの尊厳が護られてほしいのだ、そのように願っているということを、その神のほとばしる人間への愛の思いを、具体的にあかしする存在でありたいのです。そして、神の愛をあかしする教会共同体を作り出すのは、誰かではなく、私たち一人ひとりの責務であることを、この四旬節の信仰の振り返りのうちに、あらためて心に刻みましょう。

 (菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

・菊地大司教の日記 ⑫主にささげる24時間@東京カテドラル

 2018年3月10日

  教皇フランシスコは、四旬節第四主日直前の金曜日夜から土曜日夜までの24時間を特別な祈りの時間として定め、2015年以来毎年、「主にささげる24時間」と名付けての取り組みを推奨してこられました。

 今年は、3月9日金曜日から10日土曜日まで、「ゆるしはあなたのもとにあり」という詩篇130編4節の言葉をテーマと定め、聖体礼拝とゆるしの秘跡の機会が提供されるようにと四旬節メッセージに記されています。

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東京カテドラル関口教会の地下聖堂では、3月10日土曜日の朝7時から行われるミサ後から、夕方午後6時に行われる同教会の主日のミサまでの間、聖体を顕示し、ともに祈る場といたします。

 今朝のミサはわたしが司式させていただきました。夕方まで御聖体は顕示されていますので、どうぞお祈りにお立ち寄りください。また、明日、3月11日の10時の関口教会主日ミサは、東日本大震災の復興のための祈りとして、わたしが司式いたします。

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以下、今朝のミサの説教です。

 私たち信仰者の生きる姿勢は、人間中心ではなく、神中心であります。しかしながら今や現代社会は人間中心になり、人類の知恵と知識と技術を持って世界をコントロールできるのだ、いのちでさえもコントロールできるのだと考えております。人間がすべての王様になったとき、そこに神の存在する場所はなくなってしまいます。

 たとえば7年前の大震災のような自然の脅威の前で、なすすべもなくおののくとき、人間は初めて世界をコントロールできるのは自分たちではなく、自分たちを遙かに超える力がそこには働いているのだと悟ります。そして神の存在に目を向けるのですが、残念ながら時間がたつにつれ、再び私たち人間は、神のことなど忘れ去り、人間中心の世界に舞い戻ってしまいます。人間が万能であり、その幸福をのみ追い求める価値観は、徐々に自分さえ良ければという自己中心主義に到達します。

 なぜなら、すべての人に同じように幸福を保証することなど人間の力では不可能だと、すぐに気がついてしまうからなのです。それならば、せめて自分だけは、と自己中心に陥るのです。そして教皇様がしばしば指摘されるように、自己中心主義は、他者への無関心を、とりわけ助けを必要とする弱い存在への無関心を生み出します。それはすなわち、愛の欠如でもあります。

 教皇様は今年の四旬節メッセージの中で、次のように指摘されます。
「使徒的勧告『福音の喜び』の中で、わたしはこの愛の欠如のもっとも顕著なしるしを描こうとしました。それらは怠惰な利己主義、実りをもたらさない悲観主義、孤立願望、互いに争い続けたいという欲望、表面的なものにしか関心をもたない世間一般の考え方などです。こうして、宣教的な情熱は失われていきます」

 人間中心主義に陥るとき、教会では宣教的な情熱すら失われるのだ、と教皇様は指摘されています。

 四旬節にあって私たち信仰者は、人間中心ではなく神中心で生きることの重要性を、今一度、思い起こしたいと思います。傷ついた私たちが立ち返るのは人間の知恵や知識や技術ではなく、いやしを与え、傷を包んでくださる主のもとだ、とホセアは預言します。

 人間の自己満足である生け贄をささげることや、焼き尽くす捧げ物を差し出すことではなく、愛であり、神を知ることであるとホセアは語り、人間中心ではなく神を中心にして生きるようにと、私たちを促しています。

 ルカ福音は、まさしく人間中心の見本であるかのようなファリサイ派の人を登場させます。この人物の正しさは、結局、神のためであるよりも自分の満足のためであることが、その言葉から明らかになります。しかし徴税人は、すべてを投げ出して自らを神の手の中にゆだねるのです。神中心に生きようとする姿勢であります。

 四旬節は、私たちがどのような姿勢で生きていくのかを、信仰の目であらためて見つめ直し、その上で神にすべてをゆだねきる決断を改めてするように、と私たちを招いています。そのための特別な時間として教皇様は、四旬節中に主の御前でじっくりと祈り、ゆるしの秘跡を通じてすべてを神にゆだねるように、と四旬節第四主日直前の金曜日夜から土曜日夜までの24時間を特別な祈りの時間として定め、2015年以来毎年、「主にささげる24時間」と名付けての取り組みを推奨してこられました。そして今年は、3月9日金曜日から10日土曜日まで、「ゆるしはあなたのもとにあり」という詩篇130編4節の言葉をテーマと定め、聖体礼拝とゆるしの秘跡の機会が提供されるように、と四旬節メッセージに記されています。

 教皇様がテーマとして取り上げられた詩篇130編の冒頭から、少し読んでみましょう。

「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。 主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。 主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら/主よ、誰が耐えましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあり/人はあなたを畏れ敬うのです。 わたしは主に望みをおき/わたしの魂は望みをおき/御言葉を待ち望みます」

 両手を大きく広げ、すべてをゆだねるようにと私たちを招いてくださる主の存在を感じさせるような詩編の言葉であります。神の前に素直に頭を垂れ、徴税人のようにすべてを神にゆだねきって、主にそれぞれの叫びを上げましょう。

 このミサから、今晩のミサまで一日、この聖堂で主イエスの現存である御聖体を顕示し、その御前で祈りながら、自分が人間中心となっていないか、振り返ってみましょう。御聖体のうちにおられる主イエスに、すべてをゆだねきることができているか、私たちの生き方を振り返ってみましょう。

 教会の伝統は私たちに、四旬節において「祈りと節制と愛の業」という三点をもって、信仰を見つめ直すように求めています。この四旬節、どのように信仰生活を過ごしているのか、今日のこの特別な祈りの日を通じて、ゆっくりと黙想いたしましょう。

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