・Sr.岡のマリアの風 ㉚神学校の授業が終わり…ローマ、ポーランドへ

 今年度、神学校の授業が終わり、毎年のように、感謝・反省・祈り…という気持ちです。

 わたしなりに全力を傾けるので、ホッとして、感謝。同時に、自分の(いろいろな意味での)足りなさが見えて来るので、反省。さらに、短い間とはいえ、関わってきた神学生たち(すでに司祭になっている方々も含め)のために、祈る。

 何を祈るかというと…主よ、あなたの望みが行われますように!… そして、すべての司祭を、主の母マリアの、母のご保護に委ねて…

 7月4日から18日までの2週間、ローマ出張と、ポーランドの共同体訪問です。ローマでは、アジアとオセアニアのマリアン・アカデミー(MAAO)の責任者、デニス神父との話し合い。教皇庁立国際マリアン・アカデミー(PAMI)長官、神学院での先輩、ステファノ神父に相談ごと。そして、わたしの博士論文担当教授だったサルバトーレ・ペレッラ神父を母校に訪問…。

 ポーランドの、わたしたちの修道会の共同体(ストラホチナという小さな村にある)のシスターたちは、今、黙想会や巡礼に訪れる人々への奉仕で忙しい時期とか。でも、どんなに疲れていても、シスターたちは、マリア論の話を聞きたがる。わたしの方も、まさに「イエス・キリスト中心」を、日々の生活の中で生きている-祈り・奉仕…-シスターたちに、学ぶことが多くあります。

 どのような「旅」になるのか…

 祈りは、いつも同じです

 …主よ、あなたの望みが行われますように!… …聖母よ、わたしの中で「みことば」が実現するよう、助け、守ってください!…

*海外出張前・・定期健診

 健康診断で、骨が弱いと言われた。「あなたの年齢に対して、骨は、20歳くらい年を取っていますよ(!)。転んだら骨を折るかもしれないから気を付けてください。今から、薬を定期的に飲むことをお勧めします」…。

ということで、生まれて初めて「定期通院」を始めた。約一か月に一回、薬をもらうために、お医者さんのところに行く。優しいH先生は、「一か月、どうでしたか?何かあったら、何でも言ってくださいね」と言ってくださる。

 「あの~、骨とは全く関係ないのですが…」「いいですよ、何でも言ってください」…そこで、わたしは、H先生に、お腹をこわしたとか、風邪を引いたとか、海外出張の後、時差ボケで眠れないとか、ほんとうに骨とは全く関係ないことを「報告」する。H先生は「薬を出しましょうか?市販の薬よりも安いですよ」、と丁寧に処方してくださる。

 ということで、わたしは今、一か月に一回、健康チェックをしていただいている。自分ではよく見えないことも、お医者さんのH先生には見えるみたいだ。何度も行くうちに、わたしの体の傾向、癖(?)なども分かるのだろう。

 この前、風邪を引いたときは(そのくらいでは普通、病院には行かないが)、たまたま「定期通院」の時だったので、それを言ったら、「どんな症状ですか?咳が出ますか?のどが痛いですか?…」と、わたしの状態に合った薬を処方してくださった(それも、毎食後、四錠!あまり薬を飲まないわたしにとっては、何だか病人になった気分)。さすがに、病院の薬(?)。効き目は早かった。

***
月一回の、体のチェックが、こんなに大切だとは思わなかった。もっと目に見えない「心」のチェックは、もっと大切だな、と思った。放っておけば、どんどん流される。奉献生活者といえども、ぼ~っとしていたら、この世のロジックに簡単に振り回される。

 だから、祈り、なんだ。だから、奉献生活者は、日に数回、特に、朝、昼、晩、聖堂に、イエスの前に集まって、共同で、祈る。

 「共同の祈り」が始まる、少なくとも五分前には聖堂に行って、心を整えなさい、と言われる。バタバタと聖堂に入って、すぐ、共同の祈り、ではなく、仕事を後ろに残して、聖堂に行って、自分の席に座り、十字架の印をゆっくりとする。「主よ、あなたはわたしに、今、何をお望みですか?」「聖母マリア、わたしが、どんな逆境にあっても、あなたのように、ひたすら主の望みだけを求めていけるよう、助けてください」と、ゆっくりと祈る。

 朝、昼、晩、心の「チェック」をする。一日の終わりに、心のチェックをする。毎月一回、心のチェックをする。…

 教皇フランシスコは、「識別」について話すとき、先ず、主の前で、主のみことばに照らして、自分自身の心を見つめたら、今度は、周りにいる「知恵ある人」と対話、相談しなさい、と言う。知恵ある人とは、聖霊に導かれて、霊の識別をする賜物をいただいている人のことで、若くても、そのような人はいる、とパパは言う。体のチェックを、お医者さんにしてもらうように、心のチェックを、先ず、主の前で、そして、知恵ある人にしてもらう。

 その時、大切なのは、(体のばあいも、心のばあいも)嘘をつかない、率直であることだろう。良く見せようとしたり、言い訳を先に並べたりすると、だんだん、嘘になってくる。言葉で表現するのが恥ずかしいことであればあるほど、聖霊に祈りながら、率直に、そして安心して、心を開く。

 「知恵ある人」といっても(魔法使いではないので)、わたしが心を開かなければ、何がそこにあるのかは見えないだろう。わたしも、わたしを助けてくれる人も、みな、主の霊の協力者だ-と、わたしはイメージする。

 「すべてのものを一つに集める」キリストの霊。キリストの「集める」は、無理やりに、ではなく、自らをすべて差し出し、降り尽くした方の「集める」だ。
わたしの、月一回の、心の「チェック」は、そのキリストの心との「ぶれ」を認めることから始まるのだろう。だから、謙虚、柔和、忍耐、率直…

***
結局、海外出張前になっても、咳が止まらなかったので、またH先生のところに行った。「(出張が2週間なので)、念のため、2週間分、お薬出しておきましょうね。あとは、何かありますか?」と、いつものように優しい。「出張すると、時々、お腹をこわす…ことがある…」と言ったら、「分かりました、お腹の薬も2週間、処方しましょうね」。

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こんなことで、よかったのだろうか、主よ、わたしはあなたの望みだけを求めているでしょうか、と祈っていたら、誰かから、ポン、と、言葉が来る。メールが来る。わたしの祈りについては、知らないはずなのに、あたかも、その答えのように。

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神は、時に、ピリ辛で、時に優しさで、足りないばかりのわたしを、忍耐深く、あたたかく、導いてくださる。日々の何気ない出来事の中に、祈り求めていることの答えを見つける。
ご自分の民と、共に歩いてくださる神。本当に、十字架の傷をもって、傍らにいてくださる主キリスト。見えなくなったときに、いつでも、そっと、キリストに導いてくださる、聖母マリア。神との対話の中で、わたしを支えてくださる、たくさんの聖人、兄弟姉妹たち。

***
海外出張前と言っても、考えてみれば、わたしたち奉献生活者は、文字通り「着の身着のまま」で出かけられるはず。マリアの、エリザベト訪問のように。軽やかに、率直に、喜んで…。いつのまにか、あれも、これも…と、「旅慣れ」してしまったな~、と反省。

 大切なものが見えなくならないように、単純に、素朴に生きたい。「あなたのことばが、わたしのことばとなるように!」アーメン。

 

*二週間の出張の前に…今朝の独り言…

 いつくしみ深い父である神は…ご自分の「幸い」を共有するために…被造界を造り、人間を造った… 父である神は、ご自分が造ったものが、一つでも滅びることは、「幸い」に入らないことは、望まない…

 「分からんちゃん」の人間(わたしたち)は、父である神の心はいざ知らず…「滅び」に向かう道にばかり行きたがる… でも、父である神は、ほんとうに、真に、「すべての人の救い」を望んでいる… その、父の「思い」「心」を、ほんとうに、真に実現したのが、「子」である神、イエス・キリスト…「時が満ちた」ときに… 父が「子」に託した「思い」は、さらに、「悪い奴を滅ぼす」ことではなく、「悪い奴のためにも、すべてを、いのちまでも差し出す」ということだった…

 受肉から始まる、「神の降下-ケノーシス-」…どんなに、何度も考えても、思いめぐらしても、想像しても、祈っても…やっぱり「すごい」… 「神の降下」は、受肉で終わらない。それは、「過越-受難・死・復活-」にまで行く。

 そう、「復活」でさえも、「降下」だ。東方教会の「復活イコン」は、「陰府降り」と呼ばれる。まさに、闇の中で救い主・メシアを待っていた、アダムとエバから始まるすべ
ての人たちのところにまで降っていく、メシア・キリストの姿だ。

 キリストが「王」であるという真理は、十字架の「苦しむしもべ」の中に輝き出る。神の「力」「権力」は、滅ぼす力ではなく、救う力、まさに、「愛の力」だ。しかも、わけ隔てのない、「出来の悪い子らこそいつくしむ」父の愛の力だ。だから、「すべての人の」救い。

 その、父である神の心、子である神の心は、十字架上のメシアの最後のいのちの息吹-聖霊-を渡された「教会」に受け継がれていく。
十字架のもとで、「すべての人」の母となる使命を受けた、「生まれつつある教会」の「原型」、イエスの母マリアを通して、キリストの「思い」は、単なる概念でも、象徴で
もなく、具体的に、リアルに、受け継がれていく。

 「すべての人」の母となるよう呼ばれた、旧約の神の民、イスラエルの民。そのイスラエルの娘、マリア。キリストによって、実際に、ほんとうに、あがなわれた「すべての人」の母となるよう呼ばれた、キリストの民、教会。その「原型」、「初穂」であるマリア。マリアを通して、天地創造の「原型のペア-アダムとエバ-」から始まる、壮大な「契約」のプロジェクトが、引き継がれていく。最終目的、「天のエルサレム」、「完成、成就のペア-キリストと教会(神の民)-」に至るまで。

 ***
何を朝っぱらから、大きなことを考えているのか、と言われそうだけれど…。でも、これこそ、わたしたちが「共同体」で、今、わたしがいる、「この」共同体で、丸ごと、誰も欠けることなく、天の国に行くこと-神の永遠のいのちを共有すること-を、「真剣に」「本当に」心から望まなければならない理由だと、思う。

 「わたしは天国に入りたい」「わたしは救われたい」「あの人も、救われて欲しい」「でも、あの人は、知らない」「あの人と一緒に、天国に行きたくはない」… そんなこと、口に出してはいなくても、時に、そう思っているかのように行動しているわたしたち。

 「あんなことをする人は、神の救いに入らなくていい」「あんな恩知らず、滅んで自業自得だ」と、一瞬でも神が思ったなら、わたしたち誰一人として、神の国に入れなかった
だろう。悪魔の誘惑に負けて、ぼろぼろになったわたしたちを見捨てたなら、「神の降下」は、なかっただろう。神は、「降下」する必要など、なかっただろう。

 「共同体」は、わたしの共同体は、みんなが聖人みたいだから救われるのではない。「わたし」も含めて、みんな、「欠けている」。その欠けているわたしたちが丸ごと、天の国に、神のいのちに、入る。わたしは、それを、本当に望んでいるだろうか?

 ***
先日、共同の祈りの先唱者(当番)が、祈りを間違えた(というより、その日にするはずではなかった祈りを始めた)。みんな、ちょっと、「あれっ?」と思った。新しく就任
した院長シスターは、助けを求めるように、きょろきょろ。オルガン当番だったわたしと、目が合う。

 暗黙のうちに、「でも…いいよね。せっかく、祈りを始めたんだし、姉妹たちも、最初はちょっと心もとなげに、でも、だんだん声を大きくして祈り出したし…」。 …というわけで、結構長い祈りだったが、姉妹一同、最後まで「祈り上げた」。

 祈りが全部終わった後で、先唱当番のシスターにちょっと教えてあげる。彼女も、祈り始めたものの、みなが小さい声だったので、「なんで~、もっと大きな声出してよ」と思
ってた、「えっ?わたしが間違えたのか」と。そして、二人で大笑い。共同体って、そういうものではないか、と思った。

 間違いを指摘することも出来るけど、まあ、みんな、「欠けた者同士」だし、祈ってわるいってことではないし、一緒に付き合って、祈りましょう…そして、声を合わせて祈っ
ているうちに、間違えたなどということは忘れて、一緒に主に心を向けている…という感じ。

 主は、そんな「欠けた者同士」で受け入れ合っている共同体の祈りを、ほほえんで受け入れてくれたのではないか…(実際、それは、「イエスのみ心の連祷」だったし…)

 ***
明日の朝から、二週間の海外出張。

 この地上の「信仰の旅」を共に歩んでいる、「共同体」の存在がなつかしくなるだろう(いつも、そうだから)。でも今回、半分は、ポーランドの自分たちの共同体だから、二
週間ずっと、何か少し「緊張」している必要はない。感謝。

 「遺言」ではないけれど、長期出張の前は、やはり、ちょっと立ち止まって、共同体の姉妹たちに「ありがとう」と言いたい。二週間後に帰ってきたら、「また、よろしくお願
いします」、と…「欠けた者」同士、それでも、いっしょに天の国に向かって、また歩いて生きましょう!…主よ、あなたの望みが、行われますように!母マリアよ、わたしたちの、よろよろの信仰の歩みを支えてください。教会が、キリストが集めるすべての人々の救いの「場」となりますように!
アーメン

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年7月1日 | カテゴリー :

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑪「美女」と「葡萄酒」の続き

 ペルシャの大詩人ハーフェズの詩に繰り返し登場する「美女」と「葡萄酒」についての続きである。

 ハーフェズは、神への愛の道の実践を自らの人生とし、美女と葡萄酒に仮託してその生きざまを詩的に表現した。神への愛の道は、至福よりもむしろ苦難や苦痛に満ちていた。しかしそれが自分の人生である以上進むほかに道はない。

 「すき間がある限り すべてを埋め尽くせ」である。

 愛は報われずとも、進むほかにない。「汝のもとに赴けば何をも耐えるほかにない 何者をも成就できなければ最後は恥じるほかにない」

 従って、「汝(美女)が千里の道ほどに自分を裏切っても 自分は汝の心と身に危害が及ばないよう願う」覚悟である。これが神の愛への道を求めるハーフェズの人生への心構えであるが、それは、「痛みの激しさはいかなる説明も描写もかなわない」。

 そうした中での慰み、あるいは救いは、「嗚呼、汝(美女)がおでこに皺を寄せれば(それだけで)自分は力が抜けてしまう しかし それはまた、汝の身と心からのメッセージを示唆するもの」。

 美女がおでこに皺をよせ不快を示すだけで、自分の心は引き裂かれてしまうが、しかし、美女の振る舞い、美女が反応を示すこと自体、同時に何か自分へのメッセージを示すものと受け止めることである。

 もとより、そう受け取る背景には、「人生における良きことも悪しきことも 喜び悲しむ必要があるのか この世界の出来事はすべて跡形もなくなる」、また、「天国の宮殿は この世の行為の褒美として与えられるもの 我は無頼漢にして乞食 道の長老がいれば十分 流れのほとりに座して時の流れを見よ それだけで移ろう世界は自分にとって十分」との見えざる世界への深い信念がある。

 ここでいう無頼漢、あるいは乞食とは、実際のそれではなく、富や権力など移ろう世界に惑わされず、唯一絶対と信じる神のみを求める生き方、すなわち神以外のすべてを捨て去って世の柵から自由に生きる人生、ハーフェズ自身のことである。

 このハーフェズの詩句は、ほぼ同時代の日本の知識人の生き方を思い起こさせる。もとより、唯一絶対神という考え方は異なるものの、鴨長明が小さな庵に座して、変転極まりない世のありさまを「方丈記」で、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」と、ハーフェズと似たような人生観を吐露したのは13世紀の初めであり、ハーフェズのほぼ一世紀半前のことである。そのことはあとでまた触れる。

 ハーフェズが描き上げた美女は、イランの伝統芸術である細密画(ミニアチュール)の格好の題材となっている。イラン美女の典型であるが、そこでは顔、唇、目・瞳、まつ毛、黒髪、うなじ、えくぼが微細に描かれている。

 次回は同じくハーフェズの詩で多用される葡萄酒についてである。

(ペルシャ詩の翻訳はいずれも筆者)(駒野欽一=国際大学特任教授、元イラン大使)

・三輪先生の国際関係論 ㉚「クローデルの日本愛」

 ポール・クローデルは、大東亜会議の共同宣言を、日本民族の精神の高貴さの証として 評価したのではないか。

 かつて、大正から昭和にかけて駐日フランス大使を務めたことのある詩人外交官Paul Claudel (1868-1955)は、日本人について、次のように語ったことがある。

 「大東亜戦争」中の事で、1943年11月23日の事であっ た。この月の6日には、日本軍が占領「解放」した諸民族の国家代表を東京に集めて開催した「大東亜会議」は、共同宣言を発していた。それはチャーチルとローズヴェルトの1940年8月にはっした「大西洋憲章」 を超える理念を盛り込んだ戦争目的の表明であった。23日のクローデルの語りは、この共同宣言を評価しての言葉であっ たのではないか。

 彼はこう言っていたのである。「もし、この戦争に生き残る価値のある 民族があるとすれば、それは日本民族である。彼らは物質的には貧しいが、高貴な精神の持ち主である・・・」。

 この発言は、1943年11月23日、つまり東京の「大東亜宣言」から2週間余たってのことだったのである。それはPrincesse Helene Shakowskoyの家で、クローデルとポール・ヴァレリー(詩人でアカ デミー会員、クローデルも1946年4月4日には、アカデミー会員に選出されている)が話した内容の一部である。記録に残っているところから原文で示せば、以下のとおりである。

 Un peuple pour lequel je souhaite qu’il ne soit jamais ecrase,c’est le peuple japonais. Il ne faut pas que disparaisse une antique civilisation si interessante. Nul peuple ne merite mieux sa prodigieuse expansion. Ils sont pauvre, mais nobles, quoique si nombreux.(アクサンは省略)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

・Sr.石野のバチカン放送今昔 ㉔結びに代えて

 これまで二年ほど、コラム「バチカン放送・今昔」を担当させていただきました。お読みくださったみなさまに心より御礼を申し上げます。少ない字数の中で、思ったことを十分表現できず、舌足らず文章になったこともあり、読んでいらしてご理解に苦しまれたところもおありになったのではないかと思っております。どうかその点ご容赦ください。

 バチカンでの働きは、ずいぶん昔のことなのに、時間の隔たりを少しも感じないで、つい最近の出来事のように、いろいろの場面を思い出しながら、一コマ一コマを楽しく書かせていただきました。

 バチカン放送に勤務当初は、放送局があまりののんびりムードに、「放送は秒刻み」という日本の常識にとらわれていた私は驚きました。「何とか、日本の通念を貫こう」と頑張りましたが、緊張と疲労が募るばかりでした。

 「朱に染まれば赤くなれ」。いつか知らないうちに、というよりは自覚してだんだんと、日本的繊細さを失い、イタリア色に染まりながら、それでも楽しく仕事をしていました。そのうち放送局も少しずつ改革が行われ、だいぶ日本の放送感覚に近いものに変わってきました。

 現在は、バチカンの広報関係は、放送、新聞、テレビ、広報室などが一本化されたと聞いています。どのようになったのか、詳細は分かりませんが、永遠の都ローマの中心にあるバチカンにも改革・変革の波は押し寄せてきているようです。たとえどんなに変化しようとも、教皇様に直接お仕えできたバチカン放送での思い出は、私の心の中で、一生涯生き続けることでしょう。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女、元バチカン放送日本語課記者兼アナウンサー)

 *「カトリック・あい」よりお知らせ‥Sr石野のコラムは「Sr.石野のあれこれ思い出」という新たなタイトルで8月以降も随時継続させていただきます。お楽しみに)

2018年6月27日 | カテゴリー :

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉑ この仕事でよかった…

 新人の介護福祉士の日常を描き、その成長ぶりを通じて「介護の仕事」のやりがいや喜びを描いた映画「ケアニン~あなたでよかった~」(鈴木浩介監督)の上映を支援する動きが全国に広がっている。

 映画の主人公は、21歳の男性・大森圭。高校卒業後、これといって希望する進路を見いだせなかった圭は、漠然とした思いから介護の専門学校へ通い、郊外にある小さな介護施設で「ケアニン」(ケアする人)として働き始める。

 圭が就職先に選んだのは、「小規模多機能型居宅介護」の施設で、「通い」「宿泊」「訪問」を一つの事業所で一体的に提供するサービス拠点だ。しかし圭は、認知症を患う利用者たちとなかなかコミュニケーションが取れず、トイレの世話が必要な利用者に怒鳴られたり、施設の利用を考える家族から不安な目で見られたりするなど悪戦苦闘を続ける。

 「どこにやりがいがあるのか?」「自分は何のために仕事をしているのか?」と、介護の職場を選んだことを毎日のように後悔する圭。そんなある日、彼は79歳の元幼稚園教諭・敬子のケアをメインで担当する。利用者と家族との間に立ち、先輩スタッフの協力も仰ぎながら、試行錯誤の末に敬子と向き合うことを学んでいく――。

 映画は2017年6月に劇場公開されてから、ちょうど1年が経過した。全国約30館での公開はおおむね終了したものの、今も自主上映の形でスクリーンにかけられ、全国各地の公共ホールや学校、福祉関係施設などで多数の観客を呼び込んでいる。この7月以降、首都圏だけでも文京区、大田区、府中市、日野市、横浜市、鎌倉市などで上映会が企画されている。

 この作品を通じて学ぶことは数多い。介護することの意味、家族としての認知症患者への接し方、看取りのあり方……。しかし、それ以上に強く感じられるのは、<多くの人に介護の現場を知ってもらい、介護職のネガティブな印象を払拭したい>という制作側の思いにほかならない。
映画は社会問題を描く作品制作で定評のある「ワンダーラボラトリー」(東京)などが手がけた。山国秀幸プロデューサーは、約30か所にのぼる介護施設などに取材し、職員から聞き取ったエピソードをもとに原作を執筆したという。

 厚生労働省は、団塊の世代(1947~49年生まれ)が75歳以上になる2025年には、介護職員が約38万人不足するとの見通しを示している。介護サービスの利用者は約253万人に達するのに、現在の採用ペースでは約215万人しか確保できないという試算だ。どの施設でも離職率は高く、介護をめぐる人材確保の状況は非常に厳しいものがある。

 筆者が今年1月に上梓した医療小説『ディア・ペイシェント』(幻冬舎)では、26歳の介護職員・瀬戸翔太が、日々のつらい仕事に悩んだ末に病院を辞めるシーンを描いた。介護の仕事を辞してしまう瀬戸翔太と、続ける道を選ぶ大森圭。そのいずれもが、紛れもない現実の若者の姿である。ただ、医療・介護の現場に立つ者としては、圭のように「この仕事でよかった」と考える介護スタッフがひとりでも増えてくれることを切に望みたい。そのために私たちは、さらに社会は、どのような具体策を講じるべきか? ぜひとも多くの人に考えてもらいたい。

(みなみきょうこ・医師、作家: クレーム集中病院を舞台に、医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月に刊行。http://www.gentosha.co.jp/book/b11411.html 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

2018年6月26日 | カテゴリー :

・「正義の戦争」の是非を問われた教皇の、絶妙な答えとは

 教皇フランシスコが、世界教会協議会(WCC)創設70周年の教会一致を祈る集いに出席のためジュネーブへ一日巡礼の旅をされたが、21日夕の帰国途上の機上会見で、短いがきわめて注目される記者団とのやり取りがあった。それは、「教会が『正義の戦争』論から距離を置く可能性はあるのか」との問いに対しての、教皇の絶妙な返答である。

 記者団の「正義の戦争」論には直接お答えにならず、このように話されたのだ。「第三次世界大戦があれば、それは核兵器によって戦われることになる、と私たちは知っています」。そして、「第四次、というもの」があれば「棒を使っての戦いとなるでしょう」と。核兵器による世界大戦は、地球に壊滅的な被害をもたらし、原始時代に戻ってしまうだろう。仮に生き残る人がいて、また戦争をしようとしても、銃も刀さえも残っていない。わずかに使えるのは棒きれだけ…

 この教皇の答え方がなぜ絶妙だ、と思ったのか。それは、ファリサイ派とヘロデ派の人々がイエスに、どう答えても攻撃できると考えて、皇帝の税金ついて、質問した場面を連想したからだ。「正義の戦争」という言葉は、歴史的に見ても、戦争を正当化するために利用されてきた。だから、「正義の戦争」という言葉を詳細な定義もないまま、支持するような発言をすれば、「教皇は戦争を是認している」とたたく材料を、マスコミに提供することになる。

 だが、記者団の問いを肯定し、「正義の戦争」は認められない、というニュアンスで語れば、第二バチカン公会議が決めた「現代世界憲章」の関連個所も、同公会議30周年を記念して教皇ヨハネ・パウロ二世が公布し、現在もカトリック教会の具体的な教義の基本となっている「カトリック教会のカテキズム」の関連個所も否定することになり、世界の現状を無視しているようにも受け取られかねない。

 「現代世界憲章」では、1596項で「戦争は、人間の状況から根絶やしにされたわけではない。戦争の危険が存在し、しかも十分な力と権限を持つ国際的権力が存在しない間は、平和的解決のあらゆる手段を講じたうえであれば、政府に対して正当防衛権を拒否することはできないであろう」という判断を示している。

 そして、「カトリック教会のカテキズム」は第3編「キリストと一致して生きる」第2部「神の十戒」第5項「第五のおきて」の3「平和の擁護」で、で「一人ひとりの国民及び為政者は、戦争を回避するために努力しなければなりません」(2308項)としたうえで、現代世界憲章の先の言葉を引用。「軍事力による正当防衛を行使できるための厳密な条件というものが、真剣に検討されなければなりません。…行使には、以下のすべての条件がそろっている必要があります」(2309項)と述べ、条件として①国あるいは諸国家に及ぼす攻撃者側の破壊行為が持続的であり、しかも重大で、明確であること②他のすべての手段を使っても攻撃を終わらすことが不可能であるか、効果をもたらさないことが明白であること③成功すると信じられるだけの十分な条件がそろっていること④武器を使用しても、除去しようとする外よりもさらに重大な害や混乱が生じないこと⑤現代の兵器の破壊力は強大なので、該当条件には極めて慎重に考慮すること-を挙げている。

 同項では続けて「戦争を倫理的に正当化する以上の諸条件がそろっているか否かを慎重に判断することは、共通善についての責任をゆだねられている人たちの任務」とし、「このような場合、政治をつかさどる者には、祖国防衛に必要な任務を国民に課す権利と義務があります。職業軍人として祖国の防衛に従事する人々は、国民の安全と自由を守るための奉仕者です。自分の任務を正しく果たすとき、共通善並びに平和の維持に真に貢献するのです」(2310項)と言明しているのだ。

 短い飛行時間の間の記者会見で、しかも、かなりの時間が「プロテスタントである配偶者に対する聖体拝領についてのドイツ司教団の前向きの姿勢」についての是非、という微妙な質問への対応にかなりの時間が撮られた後の、この質問である。本来なら、上記のような内容をご説明になったうえで、これらに記述された内容に変更はない、とお話しになれば、良かったかもしれないが、時間がなさすぎる。中途半端な答えでは、微妙な問題に誤解を生む。それよりも、先日も米国と北朝鮮の間で一時、核戦争の危険性が高まるなど、ますます深刻化する核の脅威を抑えることが先決、という日ごろからのお気持ちを表すことが、限られた時間の中では適当、と判断されたのだろう。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が18日発表した2018年版「世界の核軍備に関する年次報告」によると、世界の核保有国は米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9か国で、2018年年初現在の保有核弾頭の合計は推定1万4465発に上っている。

 弾頭数自体は、一年前の1万4935発よりも総数では米ロ中心にわずかに減っているが、そうした中で、中国だけは弾頭数を前年より10発多い280発に増やし、北朝鮮も10∼20発保有、米本土を狙う大陸間弾道弾(ICBM)の開発に合わせて、これに搭載する核弾頭の小型化も進めている。先の米朝首脳会談で、北朝鮮側は「半島の非核化」という抽象的な言明をしたものの、現在保有している核兵器を廃棄する、とは言っていない。

 北朝鮮は9番目の核武装国として既成事実化に成功し、中国は年二けたの軍事予算の大幅伸びを続ける中で、4つの空母打撃群を日本海からインド洋に至る広範な海域に展開すべく建造を進めているが、核兵器による武装を当然、前提としているだろう。ロシアも爆撃機搭載の長距離・高精度の極超音速核ミサイルを開発していることが明らかになるなど、事実上の独裁国による核攻撃力の近代化・強化の動きが目立っているのだ。

 教皇の世界的な視野の広い、公平かつ冷静な現状認識、そしていつもご自身が繰り返されておられる識別力に、先の機上会見の短いやり取りであらためて敬意と共感をもったのは、私だけではない、と思いたい。

 そして、それにつけても、悲しい思いを新たにしてしまうのは、こうした”不都合な真実”に目をつぶり、(中国や北朝鮮であれば、党や政府の批判者はたちまち逮捕され、極刑に付されるところだが、そのような相手への批判は皆無のまま)自分は絶対安全な場に身を置き、特定の政党の主張とほとんど異なることのない、もっぱら政府・与党を的にした「反自民」「反安保」「憲法改正反対」という半世紀前と同じ主張を繰りかえし、それに異議を唱える声に耳を貸そうともしない、教会の一部の上層部も含めた人々のことだ。彼らには、自分たちが国民一般の問題意識から乖離した存在になっている、という自覚もないのだろうか。

(2018.6.24 「カトリック・あい」南條俊二)

2018年6月24日

・梅田君、君はよくやった-僕たちは君の死を無駄にしない-新幹線刺殺事件

 梅田君、君はよくやった。仕事を終え、あと何時間かで、奥さんのもとに帰ろうとしていた新幹線で、暴漢に襲われている女性を助けようとして、君は命を捧げた。その時、君はどんな気持ちだったろう。僕だったら… どうしただろう。見て見ぬふりをして、逃げたかもしれない。でも、君は、自分の安全を考えずに、体を動かした。心ないマスコミの報道も一部にあったようだが、そういう興味本位、あるいは善人ずらをした、無責任な記事を書いた者にも、自分ならどうしたか、一度考えてもらいたいものだ。

 僕は、君と同じ高校をずっと前に卒業した。当時は、まだ、山岳部などもあって、中学一年で入部し、T大進学などそっちのけで、体力作りに励み、山に登っていた。「山の男の十の掟」というのがあって、毎土曜日の部活の前に全員で唱えていた-我らは山岳を愛敬す、我らは心身ともに清かるべし… 我らは兄弟献身愛をもって助け合う…。山岳部は無くなったが、その心は、今も、この学校のキーワード―Men for Others, with Others( 他者のために、他者とともに生きる), Agure Contra( 逃げたい気持ちとたたかい、なすべきことに専念する) -などに引き継がれているように思う。

 十数年前、OB会が主催していた”先輩による社会学講義”とでもいう、高校一年生、二年生を対象にしたゼミの講師に招かれて、新聞記者としての経験や考えている事などについて話をしたことがあった。二年生はまあまともに話を聞いてくれて、質問などもしてくれたが、一年生は昼食直後だったこともあったのか、半数以上が居眠りしてしまい、「こんなふやけた態度で、仮にT大には入れても、まともな社会人になれるのだろうか」と不安に思ったのを覚えている。

 君はその世代かも知れない。あるいは、そのゼミに参加していたかもしれない。しかし、君は、決してふやけてなどいなかった。無謀だったかも知れない。しかし、あのような状態で、安全か、危険か、説得して止めさせらるのか、考える時間はなかったに違いない。まさに、とっさの判断。でも、心の底に、Men for Others, with Othersがなければ、瞬間的にあのような行動を起こすことはなかっただろう。

 君の奥さんには言う言葉もないが、君は本当に立派だ。君を、この世界を作った存在は、君をたたえ、君を抱き締めているに違いない。

 そして、君の死を無駄には絶対にできない。あのような愚かな、あまりにも愚かな、残虐行為に走った者が、二度と現れることのないようにする必要がある。警備を厳重にするなど、再発防止の当面の措置は当然だが、根本的には、彼を生み、育てた家庭と周囲の環境について思いを致す必要があるだろう。

 教皇フランシスコは使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」で、人の成長における家庭の重要性を説き、そして、その後の説教でも、家庭が神の計画の中心に置かれていることを、一人ひとりを大切にする社会の原点としての家庭教育の重要性を繰り返し説かれている。それは、現代の社会が、そうした神の願いとはかけ離れていることの裏返しでもある。残虐で独りよがりの事件を起こした男は、それを生んだ家庭は、社会は、僕たちから遠い存在ではない。

 梅田君、今回の悲劇を、他人ごとではない、僕たち自身の問題として、皆が考える機会となるように、助けてほしい。 合掌。

(「カトリック・あい」南條俊二)

 

2018年6月18日

・Sr.岡のマリアの風 ㉙M.T.さんの葬儀…ありのままに…

 むつみの家 -重症心身障がい者施設-に8歳の時に入所し、昨日、31歳で帰天したM.T.さん。本部のシスターたちと一緒に、通夜、葬儀に参列した

 M.T.さんの障害は非常に重く、痙攣すると、足が背中につくほどエビなりになり、何とかリラックスさせてあげたいと、医者、看護師はじめ、すべての職員が心を砕いてきたそうだ。

 話すことは出来なかったが、体の調子が少し良いときのM.T.さんの「ほほえみ」は、周りにいる人たちを「癒して」くれた、と、お別れ会で看護師長さんが涙ながらに語り、ひつぎの中のM.T.さんに、何度も「ありがとう」と言っていた。

 葬儀 施設ホールでの「お別れ会」 には、家族、親族、職員と共に、むつみの家の入所者の方々が ベッドや車いすで運ばれ、参列した。家族も、職員も、献花の花に囲まれた、ひつぎの中M.T.さんを見ながら、手を合わせ、泣いていた。

 普通、この世で人々が「望むこと」-お金、権力、地位、快適な生活、幸せな結婚-の、どれ一つも約束されず、痙攣で苦しみ、ベッドの上で看護される、M.T.さんの、文字通り「生き抜いた」一生。そのM.T.さんの、まったく野心も利害もない、ありのままの「ほほえみ」が、周りのわたしたちの心を癒した。優秀なお医者さんや看護師さんたちが、この、「何も出来なかった」、でも「ほほえみ」をくれた、M.T.さんとの別れに涙する。

 看護師長さんは、「もっと一緒にいたかった。もっと生きていてほしかった」と、率直に言っていた。

 施設のホールでの、簡素な「お別れ会」。ベージュ色の、小さな、優しい表情で手を広げているマリア像の、その、開かれた手に囲まれるように、M.T.さんの棺が置かれていた。M.T.さんの顔は、どこか静かで、おだやかだった。その、生き抜いた「いのち」は、多くの人々の優しさによって受け入れられ、抱きしめられてきたのだ、と感じた。

 「いのち」の不思議さ… 一つの、本当に、この世に「たった一つのいのち」の神秘。さまざまな障がいをもった方々と接していると、与えるよりも、与えられるものが、いかに大きいかを知らされ、驚かされる。

 食事も排泄も一人では出来ず、痙攣でエビなりになり、苦しい、痛い… それが、31年間、毎日。そのMTさんを、少しでも楽にしてあげたい、と、お医者さん、看護士さん、スタッフたちは一生懸命だった。そして、M.T.さんが、楽になって「ほほえむ」と、周りがパァっと明るくなり、苦労も忘れる。そんな、毎日。

 何の解釈も、何のコメントも要らない。「いのち」の不思議さを、分析したり、切り刻んだりすることは、出来ないから。今日、一つの、生き抜いたいのちが、天に帰っていった。たくさんの、たくさんの人々に感動を与えながら。

 「いのち」は不思議だ。そんなに大切な、この世にたった一つの「いのち」をいただいているわたし、わたしたち。その「いのち」を一瞬一瞬生きて、生かされているわたし、わたしたち。

 M.T.さんに、そして、M.T.さんに関わってきた家族、スタッフの皆さんに「ありがとう」。

祈りつつ

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年6月18日 | カテゴリー :

・三輪先生の国際関係論 ㉙「改竄」-歴史研究に大切な文書類を日本人はどう扱ってきたか

  奄美群島出身の郷土史研究家によれば、流刑にされた西郷吉之助は決して英雄的ヒュウマニストではなく、植民地支配の小役人が考えそうな、島民の搾取で、薩摩の貧乏侍の生活の足しにすることを考えたりしていたことが、知られているという。

 そのような搾取の実態を示している当時の文書は、維新後の新日本発生と共に、跡形も無く破棄抹殺処分されてしまった、という。恥の文化が歴史の、言うならば、「改竄」に肩入れしている紛れも無い一例である。この一つの例を知るに及んで、世界の文明化社会のスタンダードと比較して、私は日本人とはいかにも矮小な国民ではないか、との想いを今更のように感じずにはいられない。

 世界の文明化社会のスタンダードといったが、その一例はフランスの場合である。以下の事は、ヴェトナム出身で、北海道大学で歴史研究で博士号を取得した人から学んだ事である。それは今から20年も昔のことになるだろうか、カナダのアルバータ大学で教授として日本史を講じていた彼から直接聞いた話である。彼は言った-「フランスは大帝国でした」と。

 「大帝国」の資格とは何か。彼は続けた。「フランスの仏領インドシナ支配の記録は、フランス本土の文書館に細大漏らさず、総て収められています。誰でもがそれを閲覧することが出来ます。其処にはフランスの植民地支配の良き事も悪しき事も、等しく記録として残されています。そうしようと思えば、『実証的』にフランスの名誉を貶めることが出来るわけです」と。

 これが、彼が言おうとした「大帝国」のいわれだった。

 その意味で、「西郷」にも「薩摩」にも、「大帝国」の属性から外れている点が見いだされる、と言うのが、この小論の一つの大切な結論である。(2018. 6 .5)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

・Sr 阿部のバンコク通信㉑ドリアン…天国の味!

   亜熱帯地方の果物、見たことのない珍しい色、形、味。タイに来て以来、創造主の傑作を味わい感嘆しています。

   人生初めて出会い味わった果物、例を挙げると、ドラゴンフルーツ、マンゴスチン、ジャックフルーツ、ドリアン、ローズアップル、グワバ、グゥアヤバノ、ランプターン、チコ、ノイナー、カスタードアップル、サントール、アボカド、パッションフルーツ、スターフルーツ、ライチ、パパイヤ、タマリンド、ロンコン…

  女王はドリアンです。「匂いは地獄で。味は天国」と言われ、乗物他持ち込み禁止区域が多い。棘で覆われずっしりと重く、落たてきたら頭蓋骨を破壊しかねない。

  タイに来て間もない頃、広報担当の故ピンピサン司教様の教区に招かれ、東北タイのウドンタニに姉妹たちと初の列車旅行。ベトナム戦争時に発展し、米軍が戦闘地域の至近距離に待機していた基地のあった街。今は基地は撤去され、健康で平和な街並です。

 司教館での会食の折、ドリアンが出され、早速、味わいました。「え?天国の味?」。独特の匂いと食感、食べてムカーッと熱くなり、吐き出しそうになりました。

 「神さま、この何処が天国の味ですか?私は今からここで生活し、働くのです」。再度食べてみたものの、やはり分かりません。「このどこが美味しい天国の味か、教えて下さい」と内心祈りながら、3度目の挑戦…「美味しい!」。感動しました。

 私の感覚に無かった美味の世界でした。クリーミーな味わい、地獄の匂いどころか魅力的な香り。ドリアンが嫌いでずっと避けていた在タイ30余年の人に、そんな体験を話したら、「シスター、良かったですね。美味しさがすぐ分かって…。避けていた長い過去を、私は悔いています、残念!」という応え。

 知らないものを「嫌い」という感覚で受け止めてはならない-自分の視野の外にある世界を意識すること-肝に銘じる体験でした。主の創造された大自然の中で自分を解放し、これからも「人生の大損失」を免れて生きて行きたいと思います。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2018年5月31日 | カテゴリー :

・菊地大司教の日記㉗6月-土曜日は六本木、日曜は築地・今月の予定・・

2018年6月 3日 (日)

土曜日は六本木、日曜は築地

土曜日は午前11時から、六本木のフランシスカンチャペルセンターで、東京教区内のそれぞれの小教区にあるフィリピン出身信徒の共同体の集まりであるGFGC (Gathering of Filipino Groups and Communities)の総会ミサでした。

Fccgfgc1801 この集まりは、何か独立した団体と言うよりも、基本的には各小教区共同体の枠組みの中で活動しているフィリピン人信徒のグループや共同体が、緩やかに集まっている組織です。

 ですから、各地の小教区において、その小教区共同体との関わりの中で活動することを目指している点で、私が理想としている小教区共同体における多様性と一致を具現化しているものだと感じます。

ミサは素晴らしい歌でした。ミサ後は、フィリピン文化に欠かせない(?)、写真撮影タイム。すべてのグループが入れ割り立ち替わり、私や司祭団を囲んで、写真を撮り続けました。

 ミサ後は地下のホールで、これまたフィリピン文化にとって欠かせない、持ち寄りの食事タイム。

 その後に、このグループについてのプレゼンテーションを皆で聞き、私から、これからの東京教区における滞日外国人司牧の方向性についての講演をし、最後には質疑応答となりました。

 参加してくださった皆さん、ありがとう。皆がそれぞれの場で、主から呼ばれ派遣された福音宣教者であることを常に心に刻んでいてください。

Tsukiji1804 そしてキリストの聖体の主日である今日は、築地教会で9時半の主日ミサでした。築地教会は、カテドラルが関口に定められるまで、初代から4代までの教区長の時代に、カテドラルとされていた教会です。教会は聖路加国際病院のすぐ隣り。近隣の都心部にあるホテルから、多くの海外からの観光客がミサに参加されていました。

Tsukiji1802 今日のミサは、すでに亡くなられた初代から第7代までの前任司教様方の追悼ミサを兼ね、祭壇の前に歴代の写真が飾られました。

 またミサ中には、二人の小学生の女の子が、初聖体を受けられました。おめでとうございます。ミサ後に、この二人を囲んで、旧幼稚園舎を改装したホールで茶話会となりました。特に幼児洗礼から育ってきた信徒には、初聖体は重要な秘跡であり、信仰育成の通過点です。今日、主ご自身が聖体を通じてともに歩みを始められた、その主のやさしさと愛に信頼しながら、そして主の「私を忘れないでいなさい」という言葉を胸に刻んで、次のステップである堅信の時まで、大切に信仰を生きてください。

2018年5月31日 (木)

聖母のご訪問@5月も終わりです

 5月最後の日は、聖母マリアのご訪問の祝日です。典礼の暦が改訂される前は他の時期に合ったようですが、現在は聖母の月である5月の最後を締めくくる祝日として、定められています。Visitation17
イエスの母となるマリアは、洗礼者ヨハネの母であるエリザベトを訪問されました。現在その地は、エルサレム郊外のエインカレム(エン・カレム)とされ、丘の上に聖母訪問の教会が建ち(写真上)、構内には各国語でマグニフィカトが掲示されています。

 ちなみに谷を挟んで反対側の丘の上には洗礼者ヨハネが誕生した教会があり、こちらにはベネディクトゥス(ザカリアの讃歌)が各国語で掲示されています。

 ところで、教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び」も他の教皇文書と同様、最後は聖母マリアへの言及で締めくくられています。ただし、「福音の喜び」における聖母への言及部分は、結構な分量となっており、教会の福音宣教への姿勢に関して教皇フランシスコが「聖母の存在を重要」だと考えていることが理解されます。

 教皇は、「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です」と、単に「教会の母」という伝統的な称号に留まらず、「福音を宣べ伝える教会の母」という呼び方をします。その上で、聖母マリアは、福音宣教の業において、「私たちとともに歩み、ともに闘い、神の愛で絶え間なく私たちを包んでくださる」方(同勧告286項)だと指摘します。すなわち、教会の福音宣教において、聖母は脇役ではなくてその中心に位置している重要な存在であることが示唆されているのです。

 さらに教皇フランシスコは、「教会の福音宣教の活動には、マリアという生き方があります。というのは、マリアへと目を向けるたびに、優しさと愛情の革命的な力をあらためて信じるようになるからです」(同288項)とも述べています。

 ここで指摘されている、「マリアという生き方」が福音宣教にとって重要な姿勢であるという指摘に注目したいと思います。いったい「マリアという生き方」という言葉で何を語っているのでしょうか。

 カテキズムには次のような指摘があります。「マリアは、しみやしわのない花嫁としての教会の神秘、つまり、その聖性を、私たちすべての者に先立って現しました。『教会のマリア的な面がペトロ的な面に先立っている』のはこのためです。(カトリック教会のカテキズム773項)」

 教会のペトロ的な面とは、ペトロの後継者であるローマ教皇に代表されるような使徒的な側面、目に見える地上の組織という側面です。

 教会のマリア的な面については、教皇ヨハネパウロ二世が使徒的書簡「女性の尊厳と使命」の中でこう指摘しています。「聖性の段階において教会の『かたどり』となるものは、ナザレのマリアであることを思い起こします。マリアは聖性への道において皆に『先行』するものです。彼女において『教会は、すでに完成に到達し、しみもしわもないもの』でした(27項)」。

 つまり聖母マリアこそはキリスト者が完成を目指して進むときに模範となる存在であり、教会のあるべき姿、「かたどり」なのだという指摘です。ですから教会にはマリア的な面があるというのです。

 教皇フランシスコは、教会のマリア的な面がペトロ的な面に先行することを強調しつつ、同時にマリア的な面こそが福音宣教をする教会にとっては不可欠であることをいっそう強調されていると考えることが出来ます。それほどまでに、教皇フランシスコが大切だと考える福音宣教における教会のマリア的な面は、「マリアという生き方」という言葉に表されています。

 聖母マリアがマグニフィカトにおいて「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」と歌い上げる理由は何でしょうか。それはそのすぐ後に記されている言葉から明らかです。それは主が「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったから」に他なりません。

 教皇フランシスコはこの言葉に、「謙虚さと優しさは、弱い者の徳ではなく、強い者のそれである」ことを見て取ります。そして続けます。「強い者は、自分の重要さを実感するために他者を虐げたりしません(「福音の喜び」288項)」。

 聖母マリアの人生を見れば、それは決して弱さのうちに恐れているような生き方ではありません。それどころか、神から選ばれ救い主の母となるというすさまじいまでの人生の転換点にあって、恐れることなくその運命を受け入れ、主イエスとともに歩み、その受難の苦しみをともにしながら死と復活に立ち会い、そして聖霊降臨の時に弟子たちとともに祈ることで、教会の歴史の始まりにも重要な位置を占めるのです。それほどの選びを受けた聖母マリアは、あくまでもその力を誇ることなく、謙虚さと優しさのうちに生きて行かれます。

 教皇の言葉は、現代社会が優先するさまざまな価値観への警鐘であることがしばしばですが、この部分にも、いったい本当に力のあるものはだれなのかという基準への警告が含まれているといえるでしょう。今の世界では、いったいどういう人が強いものだと考えられているのか。その判断基準は本当の強さに基づいているのか。本当の強さとは、謙虚さと優しさという徳のうちにあるのではないか。

 聖母の生きる姿に倣い、神のみ手にすべてをゆだねるところにすべては始まるという生き方。それはあきらめた弱い生き方ではなく、力ある生き方であることを、聖母は示しています。

明日から6月です。6月の主な予定を記しておきます。

  • 1日(金)板橋教会初金ミサ(10時)

  • 2日(土)フィリピン共同体・GFGCミサ(六本木、11時)

  • 3日(日)築地教会ミサ(9時半)

  • 4日~6日新潟教区司祭の集い(秋田県内)

  • 7日(木)常任司教委員会ほか(潮見)

  • 8日(金)日本カトリック大学連盟総会な

  • 9日(土)日本カトリック大学連盟ミサ(11時)、ロゴス点字図書館文化教室講演会(14時、ニコラバレ)

  • 10日(日)神田教会ミサ(10時)

  • 11日~14日カリタスアジア年次総会(バンコク)

  • 16日(土)故市川嘉男師納骨式(府中墓地、11時

  • 17日(日)吉祥寺教会堅信式(10時半)

  • 18日(月)司教顧問会ほか(教区本部)

  • 19日(火)カリタスジャパン会議(潮見)

  • 20日(水)横浜教区女性の会パスカ、ミサなど(10時半、関口)、(福)ブドウの木(ロゴス点字図書館)評議員会(14時、潮見)、オルガンコンサート挨拶(19時、関口)

  • 21日(木)カリタスジャパン会議(9時半、潮見)、(福)ゲマインダハウス評議員会(18時半、名古屋)

  • 23日(土)ペトロの家後援会ミサ(13時、関口)

  • 24日(日)麹町教会堅信式(15時半)

  • 25日(月)司祭金銀祝ミサ(11時、関口)

  • 26日(火)カリタスジャパン委員会(10時、潮見)

  • 27日~30日 ローマ

5月20日 教区合同堅信式@聖霊降臨の主日

 20日の聖霊降臨の主日は、東京カテドラルの関口教会で、午後2時半から教区合同堅信式が行われました。

 いくつの教会から信徒の方が来られたのかは数え忘れたのですが、(もちろん公式な記録は残っています)、少なくとも7つくらいの小教区から、206人の方が集まり、堅信の秘跡を受けられました。私にとって、200人を超える堅信式は、ガーナで働いていた30年ほど前以来、久しぶりのことでした。

 そのためにカテドラルに皆さん来られたのですから、司教が堅信を授けないわけには行きません。私ひとりですべての方に堅信を授けました。ですからミサ中の堅信の秘跡の部分だけで1時間以上かかり、結局2時半に始まったミサが終わり、記念撮影も終わったら、すでに5時を過ぎていました。参加した皆さん、おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。カテドラルに一緒に集まり、教区の共同体の一部としてともに歩んでいることを肌で感じていただけたのであれば、幸いです。

 以下、堅信式ミサの説教の原稿です。

私たちは、信仰に生きています。私たちが生きていくためには、例えば食事を誰かに代わりに食べてもらうことができないように、信仰に生きることも、誰かに変わってもらうことはできず、私たち一人ひとりの個人的な関わりと決断が必要です。その意味で、信仰に生きると言うことは、プライベートな個人的な事柄と言うこともできるでしょう。
しかし、第二バチカン公会議の教会憲章には、こう記されています。
「神は、人々を個別的に、まったく相互の関わりなしに聖化し救うのではなく、彼らを、真理に基づいて神を認め忠実に仕える一つの民として確立することを望んだ。(9)」
そして教皇フランシスコも、「福音のよろこび」の中で、こう言われます。
「神は人々を個々人としてではなく、民として呼び集めることをお選びになりました。一人で救われる人はいません。」(「福音の喜び」113)
わたしたちは、個人として信じると決断して受けたこの信仰を、一人で孤立して生きるのではなく、共同体の中でともに生きていくのです。それは神ご自身が、わたしたちを、一つの民、「神の民」として呼び集められたからに他なりません。教会にとって、信仰者が共に生きる共同体の存在はとても大切なものです。共同体なしに、教会はあり得ません。信仰者は個人として責任を持って信仰に生きるのですが、同時にその信仰を共同体の中で育むのです。
聖霊降臨の主日にあたり、多くの方がこのミサの中で堅信の秘跡を受けられます。聖霊の賜物をこの秘跡を通じて受けることで、キリスト教入信の秘跡が完結します。聖霊の賜物はそれぞれの方に、それぞれ固有の生き方の可能性を与えます。堅信の秘跡を受けることによって、いわば大人の信徒になるのですから、神からいただいた恵みに応える大人としての責務を自覚して行動してください。
五旬祭の日に、弟子たちは一つになって集まっていたと、第一朗読に記されていました。そこには共同体として一致している弟子たちの姿が描かれています。同時に集まりからは、主イエスを失い、戸惑いと恐れのうちに、社会の現実から自らを切り離し隠れようとしている、消極的な姿勢も垣間見ることができます。
しかし、その消極的だった弟子たちは、聖霊を受けることによって、「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」と記されています。
聖霊を受けることで、急に外国語がペラペラになるのであれば、そんな素晴らしいことはないのですが、残念ながらそういうことはなかなか起こらない。ではこの弟子たちに起こった変化には、どういう意味があったのか。
この弟子たちの様子を目撃した人々の言葉にこうあります。「彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」。
すなわち弟子たちは聖霊に満たされることによって、神の業を語り始めたのだけれど、それは人々が理解できる言葉であったということです。私は、たぶん、外国語を話したと言うことよりも、人々がわかる言葉で、福音を語り始めたことの方が大切であるように思います。
堅信の秘跡を受ける信仰者は、大人の信徒としての道を歩み始めます。大人の信仰には、与えられた賜物に応えていく責任が伴います。その責任とは、主イエス御自身が弟子たちを通じて私たちに与えられている、福音宣教の命令です。大人の信徒の責任は、福音宣教の務めを果たすこと、すなわち、神の業を人々がわかる言葉で語ることであります。
聖霊を受けた弟子たちがそうであったように、私たちも教会共同体において聖霊を受け、そこから外に向かって派遣されていくのです。ですから問題は、派遣されて出た社会の現実の中で、果たして私たちは、人々が理解できる言葉で福音を語っているのかどうかであります。
私は口べただから、何を語って良いのかわからない。そうかも知れません。実は、福音宣教は、雄弁に語ることだけなのではありません。問題は聖霊の賜物を受けて、どのように生き.その生きる姿勢であかしをするのかであります。
わたしたちは、自分の生きる姿を通じて、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。
わたしたちは、ほかの方々との関わりの中で、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。
わたしたちは、愛の奉仕の業を行うことで、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。
本日の第二の朗読、ガラテヤの教会への手紙でパウロは、霊の望むところと、肉の望むところは相反しているのだ。私たちは霊の導きに従って生きるのだ、と教えます。
肉の望むところとしてパウロは、具体的な様々な罪を掲げます。それらはすべて見てみると、結局は自分の欲望を中心とした、全くもって自分中心の利己的な欲望やそれに基づく罪ばかりであります。
それに対してパウロは、霊の結ぶ実として、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制を掲げます。これらは、自分の欲望を中心にするのではなく、誰か相手に対して良くしよう、仕えよう、奉仕しようとするときに必要な徳であります。他者中心の徳です。
すなわち私たちが、聖霊に促されて社会の現実の中で福音をあかしするとき、その言葉と行いは、自分中心ではなく、困難を抱えている人を中心に据えた、他者のために自らを犠牲にする行いによらなければなりません。まさしく、イエスご自身の人生は、他者のために自らを犠牲にする人生でありました。
一人ひとりの能力には限界があります。私たちはひとりでは完璧にはなることができません。でも私たちには互いを支え合う信仰の共同体があります。そしてなによりも、私たちを支え導く聖霊の照らしがあります。聖霊の導きに信頼しながら、そして共同体の支えに力づけられながら、勇気を持って、自らの言葉と行いで、福音をあかしして参りましょう。

 5月21・22日新潟―日本カトリック女性団体連盟第44回新潟総会

 この一週間は、なんとも忙しい一週間でした。21日の月曜日と22日の火曜日は新潟。23日の水曜日と24日の木曜日は軽井沢。そして25日の金曜日は仙台。さらに26日の土曜日は東京で宣教司牧評議会。今日の日曜日、三位一体の主日は、志村教会で堅信式でありました。

 新潟から軽井沢へ回って仙台へ行くためには、新幹線を乗り継いでいたのでは時間とお金がかかりすぎるので、とりあえず新潟と軽井沢へは自分で運転していくことに。関口を出発すると、本当に一度右折するだけで、まっすぐに練馬インターから関越道へ。道路がそのまままっすぐに関越道になるので、一度も右左折しません。何を言っているかというと、いわゆる都市伝説で、関口教会の近くにある故田中角栄邸から新潟の西山にある実家まで、車で移動するには三回しか曲がらない、といわれているのです。今回走ってみて、なるほどと思いました。実際私も、新潟中央インターで降りたので、関口から新潟教会前まで四回しか右左折しませんでした。

  新潟へ出かけたのは、日本カトリック女性団体連盟(日カ連)の第44回新潟総会に参加するため。昨年、まだ新潟教区司教であったときに、講演するように頼まれていました。

  21日は夕方の懇親会から参加。顧問の浜口司教とともに、舞台に『引きずり出されて』、仮装のうえで踊らさせられました。私が人生で一番苦手としているのが踊り、ダンス。そのまま、山形教会の千原神父の職人芸とも言うべきギター演奏で、歌まで歌わさせられました。歌は、ダ  ンスに比べれば、何百倍も得意なので構いません。

  翌22日は、朝から講演会。「いのちへのまなざし」をメインテーマに、どうして教会は人を助けるのか、カリタスジャパンでの活動で学んだことを中心にお話しさせていただきました。

   講演会後は派遣ミサ。新潟市内や近隣の司祭も参加してくださり、私と浜口司教の共同司式で、ミサを捧げました。参加してくださった全国の女性団体の方々、ありがとうございます。また準備に当たってくださった新潟の女性団体の皆様や小教区の皆様、ご苦労様でした。素晴らしい大会でした。

   残念ながら東京からは日カ連に加盟していないので、できれば何らかの形で、将来的に、東京のカトリックの女性団体も、全国とつながることができればと期待しています。

23・24日-男子修道会と宣教会の管区長、責任上長の全国会議

   水曜日と木曜日は、軽井沢の宣教クララ会修道院を会場に、全国で働く男子修道会と宣教会の管区長や責任上長の全国会議。修道会などは日本管区として独立しているところは『管区長』ですが、会員の減少から、多の国の地区と一緒になって管区を構成している会では、『地区長』などのタイトルを持っておられます。ほとんどの会が、東京に何らかの拠点を持っておられますが、例えば神言会やカルメル会のように、管区本部が名古屋にあったり、そのほかの町(例えば淳心会は姫路)にあるものもあります。

    今回でかけた理由は、これまた二年越しで、会長の柴田神父様(アウグスチノ会)から、講演を頼まれていたため。日本の教会で修道会が果たす役割について、質疑応答もあって、一時間のお話を三回。いろいろと意見交換もできました。  それぞれの修道会が会員の減少や高齢化という悩みを抱えるなかで、これからの日本の教会の福音宣教にどのような役割を果たしていくのかについて、今回同伴してくださった勝谷司教も交えて、良い話し合いができたと思います。初日には教皇大使も来られ、皆ど意見を交わして行かれました。

25日-仙台教区の東北大震災復興支援の会議

 金曜日は定例の仙台教区の東北大震災復興支援の会議。7年が経過し、全国の教会としての支援活動である震災から10年目が視野に入る中で、例えば大槌のように閉鎖となったボランティアベースや、活動を地元に移管した宮古での札幌教区の活動なども出てきています。釜石のベースは、すでにNPO法人として独立しました。これから、10年以降にどのように地元に引き継いでいくのか、方策を考える時期になってきました。もっとも、福島は事情が異なり、まだまだ先が見えません。東京教区ではCTVCが中心になって南相馬市の原町教会敷地内の拠点を設置しています。今後これをどのように地元に根付かせていくのかが、課題となってきますが、10年と言わずさらに長期の関わりが、必要だと感じています。

27日-志村教会での堅信式

  そして今日の日曜日、志村教会での堅信式。志村教会は、深水神父様が担当されています。ミサには100人近い方が集まり聖堂はいっぱい。東京教区の標準から言うと、小さい部類の小教区だと思いますが、例えば新潟教区であれば、十分に大きな小教区です。

 今日は9名の方が堅信を受けられました.。またそのうちのお一人は、今日が洗礼式。またお一人は今日が初聖体でもありました。堅信を受けられた方との関係で、イエズス会の竹内神父様(写真下)も共同司式に加わってくださいました。

ミサ後には、先日教区の司祭団でもお話ししたのと同じパワーポイント資料を使って、アフリカでの宣教の体験についてお話しさせていただき、その後、皆で祝賀会。堅信を受けられた皆さん、本当におめでとう。

・駒野大使の「ペルシャ大詩人のうた」⑩神への愛、シンボルとしての悩ましいほどの美女

 14世紀のペルシャの大詩人ハーフェズは、神への愛を歌い上げるのに、女性や葡萄酒をシンボルとして使う。美しく気ままな女性を神の属性である威厳(力)と美の体現者として、また捉え難き神の象徴として描き、さらに葡萄酒の陶酔を神の与える至福の象徴として扱う。象徴としての両者が組み合わさって、葡萄酒を客人にふるまう美女(ペルシャ語で「サーギィ」)の誕生となる。

 ハーフェズは美女(サーギィ)に迫り、彼女のしぐさに至福の瞬間(時)を覚えたかと思うと、突然落胆と失望に押しやられる。その振る舞いに一喜一憂する様子が繰り返し歌われる。美女の振る舞いは怪しく魅力的であり、また冷淡かつ頑なである。美女との振る舞いの描写は、人の恋愛と見間違えるばかりである。女性の美は、顔、唇、目・瞳、睫毛、黒髪・うなじ、えくぼに象徴される。

 「月のごとく太陽のごとき汝の顔 汝の黒髪に隠れて それは陽の光を遮る雲のよう」と苦難を予感しつつ、「ハーフェズよ 汝のさまよえる心はどこにあるのか しなやかに結ばれた (美女の)黒髪の束の中にある」というわけで、美女を切り離してはあり得ない人生である。

 まずはあやしくも悩ましいほどの美女の魅力である。「汝の甘い唇のごとく 心地よい生命の泉のほとり 汝の注ぐ甘き飲み物を前にしては 砂糖の甘みも敵わない絶対に-(永遠の)生命の泉の水は甘美な味、美女がその水を飲ませてくれるならばこれ以上の飲み物(至上の幸福)はない、ということになる。

 ハーフェズの詩の魅力とむつかしさの一旦は意味の多重性にあるが、これも一例である。この詩句は別の意味にも解釈されるが、それを理解するためにはペルシャ・アラブ文学の常識が必要になる。外国人にはむつかしいわけである。むつかしいことを承知の上で、一例として紹介すれば、上記詩句は次のような意味にもなる。

 ネザーミというペルシャの大詩人の作に「ホスローとシーリン」という悲恋物語があるが、もともとはアラブ世界の説話である。ホスローというペルシャの王子が、シーリンというキリスト教徒の娘に恋をする。それはシーリンが湖のほとりで入浴している姿を偶然目撃してからである。その美しさに一目惚れ、二人は愛し合うが結ばれず悲恋となる。シェークスピアの「ロメオとジュリエット」に比肩されるが、ハーフェズの上記の詩句は、この物語を踏まえたものである。

 「汝の甘い唇のごとく 心地よい生命の泉のほとり 汝の注ぐ甘き飲み物を前にしては 砂糖の甘みも敵わない絶対に」

 「汝」とは美女シーリンであり、シーリンは一般名詞として「甘い」という意味である。シーリンが入浴していた泉は生命の泉を呼ばれ、その水を飲めば永遠の生命が与えられる、と言われる。「砂糖」は、シーリンとの恋に絶望したホスローが一時心を寄せた女性の名前でもある。(「砂糖」はアラビア語でシュカル、英語のsugarの語源でもある。)上記の詩句は、恋人シーリンの甘美さ・魅力には、ホスローが一時心を寄せた女性「シュカル(砂糖)」など全く及ばない、ということになる。

 誰もが知る説話を交えることで、読者の理解は増し、詩人の思いはいっそう強調される。しかしながら、求める美女は甚だ厄介な存在であり、思うようには捉えられない。さればこそ、人生の苦闘とその詩的表現への昇華となる。

 「汝が漆黒の睫毛は 何千回も我が信仰を試すもの 怪しげに移ろう汝の目、汝の苦難はすべて我が代わりに受けよう」と覚悟する。

 黒い睫毛も移ろう目つきも、いずれも美女の特性、その魅力の表象であり、神への愛に生きるためには、美女が試みるあらゆる苦難に耐える意気込みを披歴するハーフェズである。

 (ペルシャ詩の翻訳はいずれも筆者)(駒野欽一=国際大学特任教授、元イラン大使)

・三輪先生の国際関係論 ㉘戦争が消し去ったもの

 浅田次郎『長い高い壁』を読了した。表紙にかけられた帯には、大きく「ここは戦場か、それとも殺人現場か」。そして細字で「浅田次郎初の戦場ミステリー」、「日中戦争下の万里の長城。探偵役を命じられた従軍作家が辿り着く驚愕の真相とは?」として太い字体で「この戦争に大義はあるのか―――」と問いかけている。そして読了してみれば、「大義」がなかったばかりか、一連の「殺人現場」だったことが知られるのである。

 この時、私は8歳、戦争は身近にあった。我が家に6名もの兵隊さんが臨時に宿泊していたのだ。松本の連隊の兵舎は平時の将兵で満杯であり、市内の余裕のある民家に宿泊したのだった。

 私の生家の洋品店の前で、記念写真が撮られていて、私は子供用の陸軍少尉の軍服を着ている。私が一番親しくなった東京は浅草で立派な家業を営んでいた、軍隊の位で下士官の曹長ではなかったかと思われる、凛々しくも穏やかな面差しで恰幅のいい軍服さえはち切れんばかりの堂々たる体躯の兵隊さんが、軍刀仕立てにした日本刀を椅子に座して携え、右隣に直立している小学2年生の私を抱き寄せるように腰に手をまわしている。

 私の子供の頃の写真帳には、その時この兵隊さんが私にくださった出征祝いのスナップ写真が何枚か張り付けられて残っている。出征祝いの幾条かの幟から、兵隊さんの姓名は「篠井儀徳」だとわかる。若妻と一緒に和服姿で寛いでいる写真、背後にはアメリカから輸入されていた子供の身丈は優に超える大きな電蓄ビィクトローラがでんとしている。二人にはまだ子供は無かったことが偲ばれる。だが「子ずき」の篠井さんは、僕をかわいがってくれたのだろう。僕が着ている軍服は七五三の衣装で、ズボンが短いのはゲートルを巻いておぎなっているが、両手は袖先を大きく越えて突出していた。

 大東亜戦争と呼称されていたあの「アジア太平洋戦争」で、最後はサイパンに向かうはずだった松本連隊は、戦況に応じて、テ二アンの守備についたが、米軍の猛攻を受け、上陸してきた米軍と激闘し、ついに残存兵1000名は敗戦の前年の1944年8月2日、玉砕して果てた。その時篠井さんはそこにいたのだろうか。東京のご自宅は45年3月10日の空爆で、潰えたのだろう。

 戦後も半世紀を過ぎた頃、ようよう私は、何とかこの兵隊さんの旧居を浅草に探り当て、頂いていた写真をお返ししたいと思った。でもそれは叶わなかった。

 戦争が消し去ったものは甚大だったのだ。(2018.5.28)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑳「ラジオ深夜便」のこと-6月21日放送に出演-

 ある新聞の投書に、在宅医療を受けながらラジオを聴いたという体験が描かれている。東京都内に住む70歳の女性がつづったものだ。

 <父は私と一緒に の「ラジオ深夜便」を聴いたものだった。末期がんのため在宅医療を受け、私が介護していた。父は「時間だよ」と言ってラジオをつけ、ベッドの中で番組を聴いた。午前3時台のコーナー「にっぽんの歌こころの歌」が大好きで、昭和の流行歌などを聴きながら、終わる頃には父も私も眠っていた>

 残された日々を住み慣れた家で静かに迎えようとする父と娘。だが父は夜、なかなか眠りにつくことができない。互いに寄り添う形で二人は、真夜中にラジオを聴く習慣に楽しみを見いだしていく――。投書からは、そんな父娘の静かな息づかいさえもうかがえる。二人が耳を傾ける番組が「ラジオ深夜便」であるというのも、大いにうなずける。投書の文章は、<その父は2年前、92歳で亡くなった>と続き、父の愛したラジオへ寄せる思いがつづられていく(2017年6月28日付読売新聞)。

 一般的に、人は年齢を重ねて高齢の域に達すると、若かった時代に比べて睡眠の時間が短くなってしまう。夜中に途中で目が覚めてしまったり(中途覚醒)、朝早く起きてしまったり(早朝覚醒)して、いわゆる不眠症状に悩まされる人が増えてくる。30歳代までは、中途覚醒と早期覚醒はともに25%程度とされるが、70歳以上ではいずれも40%になる。「高齢者の3割は不眠に悩む」などと言われるゆえんだ。

 眠れぬ高齢者が全国の各地に数多くいる日本。投書の主が父と聴いたという「ラジオ深夜便」は、平日の午後11時15分から午前5時まで、祝日は午後11時10分から午後5時までの約6時間、365日休まずに放送されている第1放送の名物番組だ。

 放送開始は、1990年4月。企画のスタート当初から番組が目指しているところは、「若手のタレントが早口でしゃべりまくり、にぎやかに騒がしい民放ラジオ番組の逆を行こう」という制作陣の思いである やベテランのアナウンサーを番組のアンカーに起用し、「ゆっくりとしたテンポで話す」ことを番組の信条に据え、昭和歌謡やクラシック、ジャズなどの音楽で番組を彩り、文芸作品の朗読や、生活の知恵、人生を考えるロングインタビューなどをたっぷり聴かせる。そうした番組づくりが、高年齢層を中心とするファンの心をつかんだ。

 番組のリスナーは全国に300万人を数え、放送内容の再録やアンカーのエッセイなどを売り物とする月刊のファン雑誌「ラジオ深夜便」も、長引く出版不況の中で部数を伸長。10年前に比べて10万部も伸びて約15万部にも達するという。まさに「ラジオ深夜便」のマーケットは、超高齢社会の鉱脈を掘り当てたと言えるだろう。

  ――さて、最後に「手前味噌」の案内である。6月21日に放送予定の「ラジオ深夜便」のロングインタビュー・コーナー「明日へのことば」に出演する。望ましい終末期医療のあり方や介護の問題、私自身が30歳を過ぎて医学部に入り直したきっかけや医療小説を書く思いなどについて、さまざまにお話をさせていただく。ところが放送は、草木も幽霊も眠りたい午前4時台(!)。

 ただ、 「ラジオ深夜便」の公式ホームページにアクセスすれば、放送日から約1週間はどの時間帯でも聴くことができると聞かされ、「家族や友人に中途覚醒や早朝覚醒を強いることなく済みそうだ……」と少しだけ安堵した。

 (みなみきょうこ・医師、作家: クレーム集中病院を舞台に、医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月に刊行
。http://www.gentosha.co.jp/book/b11411.html 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

2018年5月27日 | カテゴリー :

・Sr.岡のマリアの風 ㉘三位一体の祭日に…リラックス法…

 山登りが好きなH神父。仕事の合間を縫って(本当に忙しい!)、休日には山登り。
「神父さま、休みの日に山登りなんて、いつ『休む』のですか?」という、わたしの「正直な」質問に対して、「いや~、山を登ることが、リラックスなんですよ」と、当たり
前のようにH神父。
「だって…疲れるでしょう?」…どうも、わたしとH神父の「感覚」がずれている、と感じながらも、さらに質問するわたしに、H神父は答える。

 「疲れ果てて、頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。それが、リラックスなんですよ」。

 H神父にしてみれば、この気持ち、わかんないだろうな~と言いたいところだろう。先日、N教会の主日のミサにあずかったとき、主任司祭H神父(山登りのH神父とは別の)が、説教の中で、ちょうど連休だったこともあり、「休む」ことについて話した。

 わたしたち日本人は忙しいから、連休、となると、忙しかった分「休まなくちゃ損」、つまり、「働いた分、取り戻さなければ、休まなければ…」と「忙しく」なる。で、結局、「休み疲れ」になり、その「休み疲れ」を取るために、また休まなければならない…という話。

 そして、「本当に休みたいなら、わたしは次のことをお勧めします」と、H神父流「休む業」とは…森の中に入って、「ボ~っと」すること。

 「何も考えてはいけないですよ。木が美しいとか、空気がさわやかとか、そんなことも考えない。とにかくボ~っとするんです」。「ボ~っとしていて、心の中から、わたしの存在の中心から、何か湧き上がってくるのを待つ」。「ああ、この『雑草』と呼ばれる草花は、神さまが命を与えてくださった場所で、けんかすることなく、譲り合いながら生きているんだな~」とか、「この木々は、誰からも世話されずに、それでも、神さまに向かって、天に向かって、ひたすら伸びているんだな~」とか…。

 「考えるんじゃないんですよ。考えてはいけません。自然にわきあがってくるまで、ボ~っとしているんです。わきあがってくる思いをもって、しぜ~んに、創造主である神さまを賛美するんです。すべてお恵みなんだな~と感謝するんです」。

 H神父いわく、これが「休む」ということ。山登りのH神父も。ボ~っとのH神父も、「見た目」違うけれど、同じことを言っているのかな~、とわたしは思った。

 頭が真っ白になること 体が疲れ果て、体の芯から真っ白になること。そのとき、わたしのこの存在、この体、この魂を造ってくださった方の懐で、わたしはすべて「委ね尽くして」リラックスする。ボ~っとする中で、わたしの存在から自然に湧き上がってくる「驚き。 どんなにささいなことでも、それは驚きだ、と言えるだろう 」に委ねる。「わたしが」休まなきゃ損…から、わたしを造ってくださった方の懐に、わたしを委ねる、への通過。

 今日、三位一体の祭日。朝、ロザリオ片手に外に出て歩いていると、二人の姉妹たち(シスター)が、黙々と草取りをしていた。「何をわざわざ休みの日に」…と思うのは、「休まなきゃ」派の考えることだろう。きっとこれが、このシスターたちにとっての「リラックス」なんだろう。

 先日、信徒のSさんは、N市内から、わざわざこの山奥の修道院に来てくださり、茂りすぎて収集がつかなくなっていたバラの剪定をし、植えたばかりの小さなゴーヤの苗に覆いかぶさっていたお茶の木の枝を切ってくださった。昨年、ゴーヤがカーテン状に伸びるために、網をかけてくれたのも、このSさんだ。「わざわざ、休みの日に…」。

 「わたしの時間」を、人のために使うなんて「もったいない」「損する」というのは、「ぶどう園のたとえ話」で、朝早くからやとわれて働いた人が、夕方遅く来て働いた人と同じ賃金をもらって、ぶつぶつ言うのと似ているような気がする。「最後の瞬間に来て、ちょっとだけ働いて、同じ賃金をもらうなら、朝から働いて『損した』」、という理屈。「放蕩息子」の話しも、そう。

 そして極めつきは、いわゆる「天国泥棒」と呼ばれている、十字架上のイエスから「あなたはわたしと一緒に、今日、天国にいる」と言われた強盗の話だろう。「わたしは、小さいころから、若いころから、 こんなに苦労して 信仰を守ってきた。それを、好き放題して、悪い事までしておきながら、最後に悪かったと思っただけで、天国に入れるなんて。わたしももっと、好きなことすればよかった。損した」、という理屈…。

 「一生懸命頑張り過ぎる」と、すべてが「恵み」であることを、忘れてしまうことがある。この、わたしの命そのものが、「恵み」であること、そもそも、わたしという存在そのものが「恵み」であることを、忘れてしまう。

 パパ・フランシスコは、今、毎週水曜日の一般謁見のカテキズムで、教会の「秘跡」について話している。「洗礼」によって、こんなに弱く、罪びとであるにも関わらず、「本当に」神の「子」としていただいたこと。これ以上の恵み、喜びはない、と、パパは強調する。

 この恵みに慣れ過ぎて、感謝できなくなると、教会の掟に「しばられず」、「自由に」遊べる人はいいな~、ということになる。このみじめなわたしたちが、どんなに信じられない「代償」をもってあがなわれたかを、考えなさい、そしてそれにふさわしく生きなさい、と使徒パウロは言う。

 大人になって洗礼の恵みをいただいたわたしにとって、洗礼、ミサ聖祭、ゆるしの秘跡の「無償」の恵みは、どんなに感謝しても、感謝し尽くせない。このように無限の恵みを前にしたら、どんなことが起こっても、「損をした」とは思えない。無償の洗礼の恵みによって、本当に「神の子」としていただいて、本当に「神のいのち-永遠のいのち-」をいただいたのだから。

 今日は、三位一体の神の神秘に「驚き」、賛美し、感謝する日。わたしたちの神が「孤独」の神ではなく、「交わり(コムニオ)」の神であると知ることは、何とすばらしいことでしょう、と、聖書学者A. Vanhoye枢機卿は書いている。わたしたちは実際に、洗礼によって、この「交わりの神-たがいに与え尽くす、愛の神-」の中に入る。

 Vanhoye枢機卿の言葉を、ちょっと聞いてみよう。

 「わたしたちの心は、この神の賜物への感謝でいっぱいになるはずです。もしかしたら、わたしたちは、三位一体の神のいのちにあずかっているという特権、その神秘の中に入れられているという特権について、十分に考えていないかもしれません 「考える」とは、知的な知識だけでなく、それに生き生きと(バイタルに)あずかること-それはより大切です-によって。神が、三つの「ペルソナ」の一致であると知ること自体、すでにわたしたちにとって大切な知識ですが、これらの神の「ペルソナ」との交わり(コムニオ)の中に生きるということは、さらにより尊いことです」

 「…わたしたちの、三位一体の神との関係は、わたしたちにとって、大きな喜びの源でありますが、同時に、深い要請の源でもあります。実際、真の愛は、わたしたちの人間としての全能力を使います わたしたち自身をすべて捧げることを要求します。神の愛は、炎のようです、だから、多くを要求します けれどそれは、わたしたちを恐れさせるべきではありません。そうではなく、わたしたちは信頼をもって前に進むことが出来ます。なぜなら、神の恵みがわたしたちを支え、愛の生活(愛する生き方)においてわたしたちを成長させるから。実に、愛の生活は、もっとも聖なる三位一体の神のいのち自身にあずかることです 」。

 そんな難しいこと言われても…と、言われるだろうか?でも、これはまさに、わたしたちの「いのち」がかかっていることだ。そして、わたしたちを通して、すべての人々の「いのち」がかかっていることだ。「わたし」は「丸ごと」恵み、まさに「恵みのかたまり」であることを、しばしば、特に、どうしようもなくなったとき、前が見えなくなったときに思い起こしたい。頭で考えることも大切だけれど、それ以上に、神の「懐」の中で、「ボ~っと」しながら、「頭が真っ白に」なりながら、この「丸ごと恵みの存在」を味わいたい。

 アーメン!

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女)

2018年5月27日 | カテゴリー :