・ピオ12世の第二次大戦下の対応に焦点―10月にグレゴリアン大学主催の国際学術会議(Crux)

Undated file photo of Pope Pius XII. Pope Francis has ordered the online publication of 170 volumes of its “Jews” files from the recently opened Pope Pius XII archives, the Vatican announced Thursday, June 23, 2022, amid renewed debate about the legacy of its World War II-era pope. (Credit: AP.) 

(2023.7.13   Crux Staff)

   ローマ 発– 教皇ピオ12世とホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺)に関する彼の「沈黙」を巡る論争「Pius Wars」が、新たに公開された資料によって再燃して1年、イエズス会が運営する教皇庁立グレゴリアン大学が主催する大規模な国際学術会議が、10月に開かれることになった。

 この会議は、「教皇ピオ12世に関係する新資料と、ユダヤ人とキリスト教の関係にとってのその意味」と題され、10月9日から11日までローマで開かれる。共催者として、バチカン公文書館のほか、バチカン文化教育省、ユダヤ人との宗教関係委員会も名を連ね、イスラエルと米国の在バチカン大使館や米国の特使も協力者となっている。

 グレゴリアン大学がVaticanNewsを通して発表した資料によると、この会議には歴史学者と神学者の両方が参加し、ホロコースト中の教皇ピオ12世の役割だけでなく、より広範に「複数のレベルでの」カトリックとユダヤ人の関係に焦点を当てる予定という。

その他、会議では、反ユダヤ主義を非難し、カトリックの新時代の到来を告げた第二バチカン公会議の宣言「Nostra Aetate(キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度について)」の取りまとめに貢献した歴史的運動について、最近公開された資料で明らかにされたものすべて検討する予定。参加者名や具体的な議題などの詳細は、9月に明らかにするという。

*教皇フランシスコが命じたピオ12世下の資料公開を機に起きた論争

 

 教皇フランシスコは2020年3月、第二次世界大戦期を含め1939年から1958年まで続いたピオ12世の治世に関する約1600万ページに上る資料を研究者に公開するよう命じていた。

 この新資料に部分的に基づいて、おそらく19世紀と20世紀のイタリアの歴史に関する米国の第一人者とされているブラウン大学の歴史学者、デイビッド・ケルツァー教授は、著書『戦争中の教皇』の中で、1939年に教皇に選出された直後のピオ12世とアドルフ・ヒトラーの間で、これまで知られていなかった交渉があったことを明らかにした。

 著書の中で教授は、この交渉は、「ナチス支配地域におけるバチカンとカトリック教会の制度上の利益」を守るのと引き換えに、「ヒトラーやナチスに対する公の非難を避ける」というピウス12世治世下の”一般的なパターン”の予兆となった、と主張。ピオ12世の擁護者たちがしばしば主張しているように、教皇が舞台裏でユダヤ人の命を救うために働いていたのは事実」と認めつつ、「一般的にそうした努力は、主にカトリックに改宗したユダヤ人、あるいはカトリック教徒として生まれたユダヤ人に向けられたものだった」と指摘している。

 さらに、ピオ12世のこの問題に対する慎重な姿勢の例として、「1943年10月16日のナチス占領軍によるローマのユダヤ人一斉検挙に対してバチカンがより積極的に反応しなかったこと」を挙げた。

  バチカン当局はこれらの指摘に激しく反応、バチカンの日刊紙新聞「オッセルヴァトーレ・ロマーノ」はイタリアのモリーゼ大学の歴史家で国際関係の専門家のマッテオ・ルイージ・ナポリターノ教授の批判的論考を掲載。ケルツァー教授は、1939年のピウス12世とナチス当局との接触に関する自身の主張する”発見”の重要性を誇張しているが、このようなやり取りは外交書簡の交換は日常的に行われており、秘密ではなかった」と批判し、その内容も「カトリック教会とドイツ政府の1933年協定が、当時のチェコスロバキアやオーストラリアなどナチス・ドイツ占領地域まで対象として含むか否か、という専門的な協定解釈に関する問題だったが、占領地域での信教の自由に関してヒトラーが譲歩を求めたのに対し、ピオ12世は受け入れを拒み、交渉は決裂したのだ」と反論した。

 また、1943年のローマのユダヤ人追放に関しても、ナポリターノ教授は「ケルツァー教授の指摘は事実と違う」と批判。ケルツァー教授が著書で「ピオ12世はユダヤ人追放の三日後に駐バチカン米国大使と会見したが、このことについて何も語らず、懸念の欠如を示していた」と書いているのに対しても、「会見が行われたのは、ユダヤ人が一斉検挙された2日前だった」と主張した。

 *2020年時点でのバチカンの「ピオ12世擁護」は、教皇フランシスコの「ウクライナ問題中立姿勢」への批判対策?

 おそらく偶然ではないだろうが、ケルツァー教授の著書が出版されたのとほぼ同じ時期、2020年にバチカンは資料の一部を研究者が利用できるようにデジタル版にして公開した。内容は、スペインのあるユダヤ人難民がピオ12世に訴え、 強制収容所から脱出できるように助けを受け、母親のいる米国に渡り、化学者としてのキャリアを続けることができた、というものだった。

 バチカン関係筋の中には、バチカンがピオ12世を批判から守ることに異常に積極的な姿勢を示したのは、ウクライナ危機に対して、侵略者(この場合はロシア)に公の場で強い非難を控え、舞台裏の人道的取り組みを好む教皇フランシスコの外交的中立を維持する姿勢に非難の声が上がっていた時期と符合していた、と指摘する声もあった。言い換えれば、関係筋の中に、「ピオ12世を擁護することで、間接的にフランシスコを擁護している」との見方だ。

  10月の国際学術会議の発表資料は、会議が「Pius Wars」の泥沼にはまるのを避ける努力を示唆しているが、(ピオ12世の第二次大戦中の対応をめぐって)緊張が表面化するのはおそらく避けられないだろう。バチカン関係者たちは、戦時下の教皇の中の”栄光の道”を妨げていると認識されている問題に関するヒントを含め、この会議で何が明らかになるか、に細心の注意を払うことになるだろう。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2023年7月13日