・バチカンが前向きな中国との暫定合意は「何も成果を生んでいない」と専門家が批判(CRUX)

(2020.9.7 Crux SENIOR CORRESPONDENT Elise Ann Allen

 ROME –今月下旬に期限を迎える中国との司教任命に関する暫定合意ーバチカンは延長する姿勢を見せているが、カトリックの中国問題の有力専門家は、「バチカンの中国との対話に前向きな姿勢は理解できるが、暫定合意からこれまで2年間に何も目に見える成果は出ていない」と無条件の延長に否定的な考えを示している。

 カトリックのアジアでの有力ニュース・メディア Asia News の代表で、中国本土での宣教活動の経験を持つベルナルド・セルベッラ神父は、4日開かれたカトリック系の自主組織 Acton Institute主催のオンライン会議で語ったもの。

*バチカンは暫定合意を”賛美”しているが、中国側は”沈黙”を続けている

 神父は、新型コロナウイルスの世界的大感染と香港への中国国家安全維持法導入という事態の中に中国を位置付けたうえで、「バチカンの関係幹部の多くは暫定合意を肯定的にとらえ、成果を生んでいる、としていますが、一方の中国はこの暫定合意について何も発言していません」と指摘。その証拠として、中国共産党機関紙の人民日報の系列英語新聞であるGlobal Timesに掲載された記事が「バチカンは暫定合意を称賛している、と書く一方で、中国政府の幹部への言及や、その発言は載せていない」ことを挙げた。

 このように、中国が暫定合意について沈黙を続けているということから、二つのことが考えられるー中国共産党が「暫定合意を自分たちにとって有益なもの」と考えている、あるいは、「かけ金の高さに見合う形で、すべてを期待する」というサインをバチカンに送っているか。この場合の「すべて」とは、「バチカンが、中国がやることに全て同意し、台湾との対話を止めねばならない」ということを意味すると考えられる、と述べた。

*中国の狙いはバチカンと外交関係を樹立し、台湾と断交させること

 そして、「中国の外相がバチカンとの関係樹立に強い関心をもっていることが、中国側の根本的な動機であるのは、確かなこと… なぜなら、(注:台湾との断交を意味する)バチカンと中国の外交関係樹立が、欧州で唯一の大使館をバチカンに置いている(注:外交関係を維持している)台湾を、欧州から完全に追い出すことになるからです」と中国の狙いを説明した。

 現在、台湾と外交関係を結んでいるのは、世界でわずかに15か国。欧州ではバチカンただ一国だ。毛沢東によって1949年、中国に共産党政権が樹立されて以来、聖ヨハネ・パウロ2世やベネディクト16世を含む歴代の教皇による試みにもかかわらず、中国との外交関係の扉は閉じられている。

 セルベッラ神父は「バチカンが中国と対話に魅力を感じている理由は、理解できます… 中国がバチカンとの外交関係を望んだことはなく、常に窓を閉めていた。対話を希望しなかった。だから、極めて細い対話の糸を手にしたバチカンが、それを大事にしようとするのは分かります」としながら、「暫定合意後これまで2年の間に、少しの成果も出ていません」と否定的な見方をした。

*中国側が認めた司教は、合意前に決まっていた

 「暫定合意は、新司教を任命するためのものであるはずですが、合意後に新たに司教とされた者は事実上、一人もいません。この2年間で、2人が司教に任命され、3人が中国政府に司教として認められましたが、いずれも、実際は、2018年秋の暫定合意以前に司教に選ばれていた人たちばかりです… 今後の結果には期待したいが、これまでのことは暫定合意による成果とはいえません」と言明。

 また神父は、新型コロナウイルスの大感染の視点から、アジア地域において近年、自分が注目する要素が三つあり、そのいくらかは、新型コロナと香港での抗議活動の中で一段と明確になっている、とし、「中国を含むアジアの経済が新型コロナによって屈服させられただけでなく、リーダーたちが傲慢さを増しています」と指摘した。

*中国、パキスタン、タイ…新型コロナ禍で加速する独裁の動き

 そして、「それは彼らにとって、『公明正大な人物だ』というポーズを続ける必要が、もはやなくなった、ということを意味するように思われます… 彼らは皆、今後何十年も続くであろう独裁の信奉者に変容しつつある」と述べ、こうした新しい流れの犠牲者として、中国、パキスタン、タイを挙げ、その結果、「リーダーたちは、いとも簡単に、国際社会の批判を受けることなく、人権を、とくに小数派の人々の権利を抑圧することになり得るのです」と警告した。

 こうした傾向をとともに、最近目立ってきているのは、「自分の人生や仕事に意味を見出したい」と希望する若い人々の間に、伝統的、固定的な見方をしない者が増えていること、であり、「アジアの文化は伝統時に共同体社会の中心に位置付けられてきたが、若い人々の間には、『自分たちを取り巻く状況が自分個人にとってどういうことを意味するのか』に関心が絞られる傾向が高まっている… この非常に新しい傾向が、アジアの多くの地域で動揺を生み出している」と述べた。

*香港の若者たちは自由のために活動を続けている

 そして、その顕著な例は、「13,4歳の若年層も含む若者たちが中心になって大規模な抗議行動を展開して来た香港に表れている。香港では、昨年6月以来の抗議活動で、中国本土への犯人引き渡しを認める法案を撤回させることに成功したものの、それを受けた中国政府が、国家安全維持法の香港への導入という”直接介入”に踏み切り、同法を根拠に、抗議活動を「テロ」「政府転覆」「外国勢力による内政干渉」などの罪で抑え込みに出ている。

 「香港の若者たちは、中国政府、香港行政府による人権抑圧に抗議することで、自分たちを様々な危険に晒すことを余儀なくされている。職を奪われ、高校や大学から追い出される危険もある。それでも、活動を続けるのは、何のためでしょうか。自由のためなのです… 彼らは、宗教的原理主義、イデオロギーに打ち勝ちたい、と考えています」と説明。

 さらに、「中国では、誰も共産主義を信じていない。誰も、です。多くの人は、共産主義を信じているのではなく、社会的な便益を得るために、”共産主義の木”の下に身を置いているのです」としたうえで、「中国では、あなたのような人は常に有罪とされ、無実を証明しなければなりません。(注:民主主義国のように)有罪が証明されるまで、罪に問われない、のではない。その逆です… すべては党に奉仕するのです」と述べ、そのような中国の”支配下”に置かれつつある香港の人々に懸念を示した。

*急拡大するアジアの教会、だが6割の国で信教の自由が侵されている

 また神父は、急速な拡大が目立つアジア地域のカトリック教会の現状に触れ、世界人口の半分以上、約30億人ないし40億人がいるアジアに、約1億2000万人から1億3000万人のカトリック教徒がいるが、「アジア諸国の少なくとも6割は信教の自由に問題を抱えています。迫害され、宗教の自由を制限される教会は、毎年5%づつ増加えている」と問題を指摘する一方、欧州の教会については、「キリスト教徒の移民・難民が流入しているおかげで、欧州全体としての信徒数は、横ばいを維持していますが、アジアやアフリカなど他の地域と比べ、福音宣教の勢いはほとんどありません」と指摘した。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年9月8日