・「教会は皆さんの情熱を必要としている」-シノドスの司教たちから世界の若者へ手紙

(2018.10.28 バチカン放送)

 3日から開かれていた「若者、信仰そして召命の識別」をテーマとしたシノドス(世界代表司教会議第15回通常総会)が28日、教皇フランシスコと参加司教たちによる閉会ミサで終了、閉会にあたって参加司教たちから世界の若者あての手紙が発表された。内容は以下の通り。

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世界代表司教会議・第15回通常総会  シノドス参加司教たちから若者たちへの手紙

 皆さん、世界の若者たちに、私たちシノドス参加司教は、希望と信頼と慰めの言葉をもって話しかけたいと思います。ここ数日、私たちは「永遠に若いキリスト」イエスの声に耳を傾けるために集いました。そして、イエスの中に、皆さんの多くの声、皆さんの喜びの叫び、嘆き、沈黙を認めました。

 皆さんの内的追求や、皆さんの不安定さを形作っている喜び、希望、悲しみ、苦悩を私たちは知っています。ここで皆さんに私たちの言葉を聞いて欲しいのです。それは、皆さんが、待ち望んでいることを、高い目標へと変容できるよう、そのために私たちは皆さんの喜びの協力者となりたいということです。自分たちの夢を、生活や人類の歴史の中で具体化させるために、皆さんが生きることへの意欲をもって、努力しようとしていることを、私たちはよく知っています。

 私たちの弱さが皆さんを失望させることがないように、脆さや罪が皆さんの信頼を妨げることがないようにと願っています。教会は、皆さんにとってお母さんです。教会は皆さんを見捨てず、新しい道や、山道を一緒に歩んでくれます。高みにある細い道では、聖霊がより強く吹き、無関心や、軽薄さ、落胆を吹き飛ばしてくれます。

 神が御子イエスを与えるほどに愛された世界が、物事や、たやすい成功、享楽に閉じこもり、最も弱い人々を押しつぶす時、皆さんは、世界が再び立ち上がり、その眼差しを愛と美と正義に再び向けることができるよう、助けてあげてください。

 1か月にわたって、私たちはここで皆さんの何人かと一緒に、そして私たちと結ばれた多くの皆さんは祈りと愛情をもって、共に歩んできました。今、私たちはそれぞれの地で、歩み続けたいと望んでいます。イエスは私たちを、そこに、弟子・宣教者として派遣されるのです。

 教会と世界は皆さんの情熱を緊急に必要としています。より弱い人々、貧しい人々、人生に傷ついた人たちの道のりを、共に寄り添う人となってください。

 皆さんは現在であり、そして、より輝ける未来です。

 2018年10月28日

2018年10月28日

・シノドス最終文書「若者たちは傷ついた教会を癒す助けができる」(Crux)

2018年10月28日

・シノドス*全体会議で司教たちが3部12章60ページの最終文書採択

(2018.10.27 VaticanNews)

 3日から開かれていた若者をテーマとするシノドス(全世界代表司教会議)第15回通常総会は27日午後の全体会議で、約一か月にわたる討議の結果をまとめた3部12章60ページの最終文書を採択した。

 採択後の記者会見で、シノドスの運営の責任者、セルジオ・ダ・ホーシャ枢機卿は「最終文書は大きな拍手の下に採択されました。これは、参加した司教たち、他の参加者たち、そして”特別な形での若者たち”の真のチームワークの結果です」と語った。最終文書は、そのようなチームワークで草案をもとに364か所の修正、追加がなされ、原案として全体会議に出され、詳細に、建設的に検討されたうえ、採択に必要な3分の2の支持を得て、正式文書となった。

 今回のシノドス最終文書の着想は、福音書記者ルカが記したエマオでの2人の弟子へのイエスの出現の出来事(ルカ福音書24章13∼32節)によっている。

(注:エマオはエルサレムから11㌔のところにある村。エルサレムでキリストが十字架上で亡くなった後、まだ復活を知らない二人の弟子がエマオに向かって、これまでの出来事を論じ合って歩いていた時、復活したイエスが近づいて来て、ともに歩いた。そして、先へ行こうとするイエスを彼らが引き留め、宿で食事の席に着き、イエスが賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになったとき、2人の目が開け、イエスだと分かった=絵画は、カラヴァッジオ作『エマオの晩餐』)

 最終文書は、ホーシャ枢機卿と特別秘書のジャコモ・コスタ神父、ロッサノ・サラ神父、および最終文書起草委員会のブルーノ・フォルテ司教から説明された。事前に発表された討議要綱をもとにし、3部構成で、主な内容は以下の通り。

第1部「”彼”は”彼ら”とともに歩んだ」

 最終文書の第1部では、若い人々の生活の具体的な諸側面を考察している。

 学校と小教区の重要性を強調し、多くの司祭と司教がオーバーワークとなっていることから、一般信徒が若者に寄り添う訓練を受ける必要があることを確認した。またカトリックの教育機関のかけがえのない役割にも言及。また、課題として、効果的でなく、生き生きとしていないことが多い召命への取り組み、とくに要理教育に関して、小教区の役割を再考する必要が指摘された。

 移民、性的虐待、”使い捨て文化”に関する若者の現実に関する記述も盛り込まれた。とくに、性的虐待に関しては次のように呼びかけた-「そうした虐待が繰り返されることのない、厳格な予防策の実施を固く約束する。まず、指導と教育の役割を担う人物の選定と編成から始める」。

 第1部では、このほか、芸術、音楽、スポーツについても、司牧の手段としての観点から言及されている。

第2部「”彼ら”の目は開かれた」

 第2部ではまず、若者たちを、主が自らを現わされる「聖書に基礎を置いた(神学的な)場」である、というシノドスの認識を示したうえ、若者たちのおかげで、教会は「鈍重さと対応の遅さ」を振り払い、自らを刷新することができる、としている。

 さらに、「(宣教の)使命」は、確実な、持続する幸せをもたらす賜物であるがゆえに、若者たちにとっての「確かな羅針盤」であること、「使命」の概念は「召命」と密接につながっており、洗礼による召命は聖性への呼びかけであること、を指摘している。

 また、別の二つの側面-「使命」の発展における助けと若者たちの召命は、寄り添いと識別の二つの側面をもっていることにも触れている。

第3部「”彼ら”は遅滞なく、発つ」

 シノドスの司教たちが示した人物は、復活したイエスに最初に出会ったマグダラのマリア。すべての若者たちは、様々に異なる人生の展望を持つ者も含めて、神の心の内にある、とした。

 「ともに歩む」ことは、司教たちが第3部で強調した教会会議の推進力だ。司教たちは、世界各国・各地域の司教協議会に対して、具体的に司牧面での課題解決を進める目的を持って、識別の手順を踏み続けるように促した。 “Synodality”の定義として示されたのは、(宣教の)使命を果たすための一つのスタイル-「私」から「私たち」に進むように、そして私たちの顔、感受性、素性、文化の多様性を考えるように、私たちを強く促すことだ。

 会議で繰り返された要望として、司教区と小教区の指導者たちが若者たちと若者たちのためにする訓練と実行を適切なものとするのを助ける各国レベルの「召命の要点についての若者司牧の指針」の取りまとめ、があったことも示された。

 また、若者たちが性の賜物を見出すために、彼らと歩みをともにする、家庭とキリスト教共同体の重要性も指摘され、現在の文化的な状況の中で「性に関するキリスト教的洞察のすばらしさ」を彼らに伝えることの難しさも、同時に示された。そして、「新たな人格形成の道の開発に具体的につながるような適切な方法」を見出すことが緊急の課題だ、としている。

 最後に、最終文書は、このシノドスで出された様々な課題は召命の推進力、聖性への招きとなったとし、「召命の様々な相違は、聖性への唯一の、普遍的な招きに集合される」と述べた。迫害に遭っても、福音への信仰を守るために命を捨てることもいとわない若者たちの聖性を通して、教会はその霊的熱情と使徒的活力を新たにすることができる、と強調している。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2018年10月28日

シノドス閉幕へ:若者たちから教皇に、感謝伝える催しと手紙

(2018.10.27 バチカン放送)

 「若者シノドス」の閉会を翌々日に控えた26日、全体会議の後半、参加の若者たちが教皇フランシスコに感謝を伝える催しが行われた。

 全体会議ではまず、第15回通常理事会のメンバー選出があり、管轄・地域別に16名の司教(東方典礼カトリック教会1、北米2、ラテンアメリカ3、欧州3、アフリカ3、オセアニア1、アジア3)が選ばれた。これに9月15日に発表されている新使徒憲章「エピスコパリス・コムニオ」に従い、次回シノドスのテーマにふさわしい教皇庁組織(省・評議会等)の責任者1名、教皇が指名するメンバー4名を加え、理事会メンバーは21名となる。

 全体会議の後半では、パウロ6世ホールのエントランスの広間で、シノドスに参加した若者たちによって、教皇フランシスコに対する感謝の催し行われた。イベントは事前の予定になかったもので、若者たちはフラッシュモブや音楽で、教皇や司教たちに喜びと感謝を伝え、シノドス事務局長のロレンツォ・バルディッセーリ枢機卿がピアノ演奏を披露するなど、会場には和やかな雰囲気が広がった。

 教皇に手渡された手紙で、若者たちは、教皇や司教たちとともに「小さな歴史的一片」を過ごした喜びと、自分たちの考えを述べる機会を与えてくれたことへの感謝とともに、「今日の世界は、私たち若者に、これまでにないチャンスとともに、多くの苦しみをもたらしています。これらの苦しみに対し、新しい答えと新しい愛のエネルギーが必要です。世界は、より良い社会のために働きながら、受け取るよりも与えることの幸せを生きる、希望の再生を必要としています」と訴えた。そして、教皇の「貧しい人々をはじめ、すべての人に開いた、外に向かう教会、野戦病院としての教会」という夢を共有し、自分たち自身も、平和と連帯の文化構築のために努力することを約束し、教皇が始めたその歩みを続けることができるよう祈った。

 手紙と花束を受け取った教皇は、若者たちに心からの大きな感謝を述べられ、皆に祝福を与えられた。

(編集「カトリック・あい」)

2018年10月28日

・シノドス最終週③「恵み」を、教区、小教区の今後にどう生かすか

(2018.10.26 VaticanNews Russell Pollitt, SJ)

*若者たちの声を聴き、思いを分かち合えた「恵み」の一か月

 「若者シノドス」最終週の26日の定例記者会見は、オーストリアのクリストフ・シェーンボルン枢機卿とアイルランドのイーモン・マーチン大司教の、今回のシノドスの感想から始まり、2人は、シノドスが始まる前は個人的にその成り行きを懸念していたが、これまでの会議は「恵み」の時となった、と口をそろえた。

 シェーンボルン枢機卿は、シノドス出席の指名を受けた時、1か月の長きにわたって任地のウイーンを離れることを心配したが、実際に出席してみて、「私を含めて司教たちにとって、全世界から集まり、若い人々の話を聴き、彼らと思いを分かち合うことは、素晴らしい経験だ、ということが分かりました。若者たちの経験や実生活の状況をたくさん耳にしました」と述べた。

 さらに枢機卿は、会議の雰囲気は、司教たちが答えを出すのではなく、若者たちの理想や夢に注意を向ける、というもので、「皆が和気あいあいとし、素晴らしい雰囲気と真に霊的な交わりがあります」と語った。そして、若者たちが示した勇気と意欲ゆえに、自分の宣教精神がより確固としたものになるだろう、と会議の意義を説明した。

 マーチン大司教は、そうした見方に同意して、「ここに来るまでは、会議の意味について懐疑的だったが、シノドスは恵みあふれる一か月になりました」と語り、「アイルランドでは、教会は若者たちとつながりをもためばならないのに、十分に働いて来なかった。教会は家庭と学校となつながりを持っているが、若者たちと関係することに苦労しています」としたうえで、今回のシノドスは「若者たちとのつながりをもつことについて多くの示唆を、自分に与えてくれました。このシノドスでの、教皇、司教たち、そして若者たちとの霊的な交わりが、本当の恵みです」と感謝を述べた。

 また、ケニアのアンソニー・ムヘリア大司教は「このシノドスは教会の普遍性、多様性と協働性についての特別な経験となりました」としたうえで、「このシノドスは炎、火のようです。若者たちとつながり、そうすることで教会に新たな命を与えようとする司教たちの熱意を、再び燃え上がらせたのです」と強調した。

*教会は”カウンターカルチャー”のメッセージを発すべきだ

 マーチン大司教はまた「今回のシノドスは、特別な教理に関わる問題については話さなかった。若者たちの視点から多くの問題に触れました」と説明。第一週の議論で、具体的に「貧困、人身売買、移民、どれほど多くの若者が道に迷い、焦燥感を強めているか、精神的な病、そして安定した基準の切望など、若者たちが苦痛を感じている内容を特定したが、その過程で、司教たちは、若者たちが溺れ、窒息されそうになっている世界に対して、教会がカウンターカルチャー(注:既存の慣習や価値観に縛られない”反体制文化”)のメッセージを発することの重要性を、感じた、と語った。

 さらに大司教は「教会に求められているのは、人々に対して、希望を持ち、命を大切にし、情熱をもって生きる理由を示すこと。いずれにしても、教会は流行を追い求めず、恐れることなく語り、社会が投げてくる穀粒に怯まずに進むことが必要です」と主張した。

*シノドスを終えた後の課題は

 ムヘリア大司教は、今回のシノドスの後の課題について「司教たちがシノドスの炎を若者たちに渡すことだ」とし、「私たちは希望を吹き込まねばなりません。この日曜日にシノドスが閉幕した時、何が起きるか。教会は、多くのハードルに直面している若者たちを助け、将来に大きな夢を抱くことができるようにする必要があります。教会全体を前に進めさせる大きな夢です」と強調。

 そして、「このことは、教会の対応の仕方を変えること、新たな冒険をすることを意味します。アジアとアフリカにはカトリックの若者たち多数がいる。彼らにはそれぞれの地域固有の課題もあるが、(注:冒険を成功させるために)シノドスは彼らと繋がらねばならない」と訴えた。

 シノドス後について、マーチン大司教は「シノドスで示された力、喜び、命をアイルランドの教会に持ち帰らねばならないことに、気が高ぶっています。(注:アイルランド駐在の)シノドスの大使とならねばなりません」と語り、「若者たちは、現代の教会と深く関わらねばならない。実社会で、彼らは政治、教育、治安、政府、法制度などの中に身を置いている。だから、彼らがすでに働き、関係を持っている様々な場の中から、社会を変えていくことができるように、教会は彼らと協働する必要がある」とも主張した。

 さらにマーチン大司教は、「若者たちが司牧の対象ではなく、彼ら自身が宣教活動の主役だ」ということがシノドスに来て分かるようになった、とし、「私自身、若者たちともっと深く関わりを持ち、彼らが宣教の使徒となることができるようにしなければならない、と自覚しました。これまで私は、若者たちと関わり、勇気づけることを十分にしてこなかった」と反省したうえ、「自分の教区、小教区に出かけ、あり方を考え直さねばならない」「問題は、アイルランドで、どのようにして、信仰に満たされた若者たちの、教会の意思決定への参加を具体的に進めるかです」と今後の課題にも言及した。

 キューバのエルドアン・アルベルト・オルテガ・レアル氏は「これまで教会は、若者たちが答えを見つけるのを助けようと努力してこなかった。これからの教会は、若者だけでなく、すべての人々と関わりを深め、活発にならねばならない」とし、「教会の人々は時として、過去の過ちを理解しません。でもシノドスのおかげて、私はよく理解できたように感じています」と語った。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

2018年10月27日

・シノドス最終週②「Synodality”(協働性)」と「性的虐待再発防止」が主題に

(2018.10.25 VaticanNews Russell Pollitt, SJ)

 「若者シノドス」は大詰めに近づき、25日の定例記者会見では、出席者から、教会を前進させるための方策としての「Synodality(協働性)」と「教会における性的虐待スキャンダル」が主なテーマとして取り上げられた。

Synodality(協働性)が発揮されたことを高く評価

 最初に発言したペルーのヘクトル・ミゲル・カブレヨス・ビダルテ大司教は、今回のシノドスについて、「素晴らしい協力がなされ、synodalityについての教会の理解が進みました」と評価。「synodalityがシノドスのキーワードとなり、聖霊の真の賜物となった」としたうえで、「教会はこの賜物をもとに働き、成長させねばなりません。司教たちに対して、教会における協力体制をさらに強くしていくことが求められているのです」と強調した。

 ケープ・ベルデのアーリンド・ゴメス・フルタド枢機卿は「今回のシノドスで印象に残った経験は、霊的交わりです」とし、「これを模範として、自分の教区でも活用していきたい」と述べた。また今回のシノドスの進め方は「参加者が喜びと霊的交わりの中で議論を進めるのに役立ち、これこそ、教会が追い求めるべき前進の方法だ」と高く評価した。

 一般信徒の代表としてブラジルから参加したルカス・バルボザ・ガラルド氏は「今回のシノドスはとても自由な雰囲気で喜びに満ちていました。若者たちの声も聴いてもらうことができました」と語り、「シノドスが閉幕した後も、このような取り組みが続くことを確信しています」と述べた。

*聖職者による性的虐待スキャンダルへの対応は-イタリア司教団は11月に会議開く 

 この記者会見の発言者たちがそろって、口にしたのは、聖職者による弱者に対する性的虐待に関してだった。

 ガラルド氏は「被害者やその同僚たちが証言した内容はとても酷いものでした。若者として、とても辛い」としたうえで、「このような教会は、私が知っている教会、私が子供の時に、信じることを経験した教会ではない、今回のシノドスで経験した『共に旅する』教会でもありません」と語り、「友人たちは、性的虐待が世界中の教会で起きているように言いますが、今のような状況の中で教会を弁護するのは難しい。虐待をする教会はイエス・キリストの教会ではない、別ものです」と訴えた。

 ビダルテ大司教は「ひどく損なわれたのは、子供たちの身体だけでなく、心もです。本当に辛い」と心中を告白し、「このようなことはすべての教会でなく、一部の教会でなされた、と考えるといいでしょう」とする一方で、「教会は生まれ変わって、現在の状況から抜け出す必要があります」と述べた。

 フルタド枢機卿は「これは教会にとって大変なスキャンダルですが、社会全体の問題でもあります」とし、この問題を根絶するために、教会と社会が協力し合わねばならない、と訴えた。さらに、この問題は我々にとって受け入れがたいものだが、この問題を除去するように、社会を助ける必要がある、と語った。

 また、イタリアのガルテロ・バセッティ枢機卿は「性的虐待はキリストの体全体を傷つけました。起きた事ゆえに、教会全体が苦しんでいます」と語り、「教会は、捜査当局、司法当局と協力することも含めて、この責任を取る必要があります」と言明。

「再発防止が最重要の課題であり、各神学校は、司祭、修道者を志願する者に対して、人間科学のあらゆる手段を使って、犠牲者を生まないようにする必要がある。起きてしまったことを報告するだけでは駄目です。予防のためにあらゆる可能な手段をとらねばなりません」と訴え、そうしたことのために、イタリアの司教団が11月にまる一日にかけて、議論を深めることを決めた、と今後の取り組みにも言及した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2018年10月26日

・シノドス最終週:最終文書の草稿をもとに討議、若者たちへの手紙も検討

(2018.10.24 VaticanNews Russell Pollitt, SJ)

 「若者シノドス」最終週の24日は全体会議で最終文書の草稿を基に討議を行った。シノドスから若者たちに宛てた手紙の草稿も読まれた。この手紙は28日のシノドスを締めくくるミサで朗読される予定だ。24日の定例会見での出席者の発言は次の通り。

*アフリカの教会は信徒で一杯、でも教会の外に出た若者は…

 アフリカの教会について、カメルーンのアンドリュー・ンケア・フアンヤ司教は「教会の中は信徒でいっぱいで、若者たち全員を収容するスペースもじゅうぶんではありません」と語ったうえで、「問題は、喜びにあふれた祝典が何時間か続いた後です。若者たちは教会を出て、失業、不十分な医療、貧困、そして戦乱の世界に戻っていくのです」と指摘した。

 一方で、家庭の重要性についての理解は、アフリカでは「まだ、とてもしっかりしている。伝統的な価値は、教会における価値として、世代から次の世代へ伝えられ、若者たちは今でも年長者に従っています」と強調。

 なぜアフリカの教会は盛んなのか、との記者団の問いに対しては、「教会共同体が、アフリカの暮らしの中心にあるからだと思います。アフリカでは、信徒たちは個人主義の”侵入”と闘っている。自分を一度大きな家の中に閉じ込め、高い壁を作ってしまうと、共同体や人と人とのつながりが失われてしまいます。共同体としての教会と家庭は、アフリカではとてもしっかりしている。共同体、人と人とのつながりが失われたら、教会は空になるでしょう」と答えた。

 また、ンケア司教は「教会は、曖昧さのない言葉で話さねばならない。若者たちに真実を話さねばなりません。真実が流されないようにすることが重要です」。そして付け加えた-「とくに、デリケートな問題については」と。

*「神」が、抽象的な概念にとどまっている

 関連して、ポーランドのグレゴシェ・リス大司教は「ポーランドの教会が空、ということはない。若者たちの50パーセントは教会に行き、定期的に告解をしています。しかし、このことが、彼らがイエスを”知っている”ということを必ずしも意味しないのです」とし、多くの若者たちにとって、12年のカテキズムを終えた後、「神」は依然として抽象的概念にとどまっている、と問題を指摘。「若者たちは信仰について少しも分かっていない。若者たちに『価値』について聞くと、『家庭が価値です』と答えます。残念ながら、『信仰』は彼らのリストから外れているのです。たしかに、家庭は、人と人のつながりのゆえに重要ですが」と語り、クリスマスと復活祭という宗教行事を例に挙げ、「若者たちは、こうした行事を重要な『家庭の祝い』であり、宗教的な祝いとは考えないのです」と言い、これは裁くようなことではなく、「考えに入れておくべき重要な点です」と付け加えた。

*若者たちの”実存的”な決断に寄り添う必要

 ドイツのラインハルト・マルクス枢機卿は、まず「教皇フランシスコは、シノドスを教会を前進させる世界全体で取り組むための手段の一つとして使うことを決意されているのです」と前置きして、「15歳から28歳の若者たちを熟視することが重要なカギです。なぜなら、その時期が、人間にとって、実存的な決断をする時だからです」と述べ、「この年頃の若者たちは感受性の強い時期にあり、それを教会は理解せねばなりません」として、「彼らに十分、寄り添わなければ、教会は宣教のための場を失うでしょう」と警告した。

*女性の教会における役割は

 女性の役割について質問された枢機卿は、「変化と進歩なしに、人は前進することはできません」としたうえで、「教会における女性の役割は、教会全体にとって重要な問題です。女性は、教会の政策決定の過程に実際に参加する必要があります」と語り、30年前に、こうした考えは反対を受けたが、「ありがたいことに、私は、それにはまって動けなくなる、ということはありませんでした」と語った。

 さらに、枢機卿は「教会は、時の動きと女性平等の進展を理解せねばならない。それは福音の光の中で、神が教会に与えられた賜物です。女性が潜在的に持っているものを活用しなかったら、私たちは愚か者になっていたでしょう」とし、「私たちが愚かでなかったことを、神に感謝します」と述べた。

*性的行為はイデオロギー的な理由で、不当に利用されてはならない

 シノドスの最終文書に、「LGBTI」という頭文字の言葉(注:生まれつき生殖系の構造に変異がある、あるいは男性あるいは女性を特定する染色体パターンが一般的なものと合致していない人を指し、男性、女性のどちらとしても認知できるし、あるいはいずれの性にも属さないと認知することも可能な人を指す)が使われるのか、という記者団の質問に対しては、ンケア司教は「使用する言葉に注意が必要です。教会はある種のイデオロギーに反対する唯一の声。助けを受けるための妊娠中絶政策に必要とされるプログラムがありますが、それは受け入れられません」としたうえで、「最終文書に『LGBTI』という言葉をつかうことに私は賛成しない。私の教区の若者たちの99.9パーセントは、その意味を知らないでしょう。この言葉が最終文書で使われたら、人々に説明するために、この慣れない言葉に習熟する時間が必要になるでしょう」と否定的な考えを示した。

 また、「性的行為についての説明についてどの様な議論がされたか。ドイツの教会でどのようなやり方がされているか」との問いに対して、マルクス枢機卿は、「シノドスで議論はされましたが、今回のシノドスは性行為が主たるテーマではない。『寄り添い』の一側面としての扱いだった。外部からは、これを話し合うように、との声がありました」としたうえで、性行為の問題はイデオロギー的な理由で使おうとする人々に警鐘を鳴らした。そして「教会は、誰にでも理解できる言葉を使う必要があります。教会は人々に寄り添うものであり、文化を均一にするものではない。今回のシノドスは言葉についての会議ではなく、若者たちに教会としてもっともよく寄り添うことについての会議なのです」と強調。「イエスにとって、性行為は人間全体の一つの側面であり、全体ではありません」と付け加えた。

 聖職者による性的虐待問題については、枢機卿は「このシノドス以前にドイツで協議されました。シノドスでも議論されましたが、教会が姿勢を改める必要がある』と述べ、「虐待は性的なものだけでなく、権力の乱用もあります。教皇フランシスコが繰り返し言われているように」と付言した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2018年10月25日

・シノドス、最終文書で「性的虐待」「女性」「聴く」どう扱うか、「欧米中心」に懸念も(Crux)

(2018.10.24 Crux Senior Correspondent Elise Harris

 ローマ発-「若者シノドス」は最終週に入り、最終文書のとりまとめの協議に入った。協議での争点は、教会内外から強い関心を持たれているテーマについてどのように扱うか、若者たちの日常生活にどのように適合させていくか、に絞られているようだ。

 これまでの討議では、すでに明らかにされている言語別グループの討議結果に多かれ少なかれ沿ったものになるように見られている。そして、このシノドス前に出された討議要領に倣って、「見て、判断し、行動する」という形式をとることになりそうだ。

 最終文書に盛り込まれる大きなテーマとしては、聖職者による未成年性的虐待が引き起こしている教会の危機、女性の役割を高める必要性、若者たちへの寄り添い、そして、若者たちの声を聴く必要性、などがある。

 性的虐待による危機は、今回のシノドスを通してずっと扱われ続けた大きな問題の一つであり、会議では、いくつかの言及のされ方に対して熱烈に支持する声が上がっていた。最終文書作成に関係する筋がCruxに語ったところによれば、最終文書では、性的虐待を「罪」であり「犯罪」であるとし、関係者の説明責任にも触れ、性的虐待問題が表面化した際の対応に教会が時として失敗してきたことにも言及する、という。

 ただし、最終文書では、性的虐待の訴え受けた司教や他の高位聖職者たちに説明責任ーそれが、この問題に関して性的虐待の被害者と再発防止のための制度改革を求める人々の強い要求だったのだが-を課す具体的な方法の提示には踏み込まない、という。

 「聖職者主義」は、「説明責任の欠如」とともに、性的虐待が危機を引き起こしている大きな原因とされ、教皇フランシスコも“zero tolerance(不正に対して容赦しない)”政策を強化すべきことを強く主張していたが、シノドス関係者によると、最終文書に盛り込むべき表現しついて、主張が分かれており、アジア・アフリカの司教たちの中に「自分たちの地域では、欧米のような大きな問題になっていないので、抑え目の表現にしてもらいたい」とする異見もある。

 言語別グループの小会議での議論でも、若者たちの抱える課題と、いかに対応すべきかについて、事前の討議要綱は欧米に焦点が当たりすぎ、「欧州中心主義」になっていると、懸念する声が出ていた。少なくとも、幾人かの高位聖職者は現在も、そうした認識をもち、「それ以外の意見」が除かれるのではないか、と心配している。

 最終文書草案ではまた、同性愛、ジェンダー、LGBT(性的マイノリティ)の共同体への対応-もともとの草案にはLGBTという言葉自体はつかわれていないが-についても触れられている。

 女性とその教会での役割、とくに政策決定への女性の参加を高めることについては、シノドスの議論の重要な点となっており、最終文書でも重視されることになるとみられる。関係筋がCruxに明らかにしたところでは、最終文書草案では女性の教会活動への寄与、とくに母親の寄与については、十分に評価されていない、という。

 今回のシノドスには35人の若者が参加し、若者に対する積極的な姿勢を示したものとして高く評価されていたが、参加者の中にはCruxに対して、最終文書草案には、若者の司牧について、司教はじめ教会の指導者たちがとるべき実践的な対応に言及されていない、と指摘する向きもある。

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 最終文書の決定方法について、すでに発表されている進め方は、シノドス最終日前日の27日午後に、出席した司教たちが原案のパラグラフごとの採決に参加し、3分の2の賛成票を得て、決定する、としている。今年決められた新たな方式に基づき、最終文書は教皇フランシスコによる承認を経て、カトリック教会の通常の教導権の指針となる。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

2018年10月25日

・「少女人身売買の原因に、中国の”一人っ子政策”」とミャンマーの枢機卿訴え

(2018.10.23 Crux Senior Correspondent  Elise Harris)

 ローマ発ー「若者シノドス」出席中のミャンマーのチャールズ・ボー枢機卿は23日、記者団の「若い女性たちのために何ができるか」との問いに、ミャンマーにおける最大の課題は、 若い女性たちを人身売買の犠牲になることから守ること、とするとともに、人身売買が、中国の”一人っ子”政策によって加速されていることを明らかにした。

 ボー枢機卿は「このシノドスで、私は自分の国の状況について話しました。若者が置かれている状況は、ここ欧州とアジアではとても違いますが、特にミャンマーは違うのです」と語り、「私の国では、宗教関係の集まりと教会の支援の下に、若い女性たち、少女たちを人身売買の被害から守ることに全力を挙げています」と説明。

 そして、女性たちの人身売買のルートは「ミャンマーからタイ、とくにミャンマーから中国が目立ちます。中国政府の”一人っ子”政策のために、残酷にも、少女たち、女性たちが中国に売買されていく」と悲惨な現状を述べ、ミャンマーでは、教育の不足、貧困、麻薬など多くの問題に苦しめられているが、今、全力を挙げて取り組まねばならないは「女性たち、少女たちが人身売買さないように支援することなのです」と強調した。

 中国の”一人っ子”政策は、人口増加を抑えるために、毛沢東時代の1979年に導入され、子供を独りとすることが産児制限とともに、厳しく指導された。そうした中で、堕胎や不妊手術も強制され、何十年にもわたってそのような政策が続けられた。多くの夫婦は二人目の子供ができても中絶を選択し、その大半は女の子で、人権活動家たちからは、”女性殺し”として抗議する声も出ていた。この政策は2013年に緩和され、夫婦のいずれかが”一人っ子”の場合は第二子が認められるようになったが、産児制限と”女性殺し”は問題として続いている。

 

 

 

2018年10月24日

・11月から新年1月にかけての教皇の行事予定発表

(2018.10.23 バチカン放送)

 教皇儀典室は、来月11月から新年2019年の1月にかけての、教皇フランシスコによる主要な儀式や行事を発表した。

 それによると、教皇フランシスコは11月2日(金)、カトリック教会の典礼暦における「死者の日」の午後、ローマのラウレンティーノ墓地でミサを捧げられる。

・11月3日(土)午前には、教皇はバチカンの聖ペトロ大聖堂で、この1年間に亡くなった枢機卿と司教らをミサの中で追悼される。

・11月18日(日)、カトリック教会の「貧しい人のための世界祈願日」にあたり、教皇は午前、聖ペトロ大聖堂でミサを司式される。。

・12月に入り、8日(土)「無原罪の聖マリア」の祭日、教皇はローマ市内スペイン広場を訪問。聖母に捧げたモニュメントの前で祈られる。

・12月12日(水)、「グアダルーペの聖母」の祝日には、午後から聖ペトロ大聖堂でラテンアメリカのための教皇ミサがとり行われる。

・12月24日(月)夜、バチカンの聖ペトロ大聖堂で「主の降誕」の深夜ミサが教皇によって祝われる。

・12月25日(火)、「主の降誕」の日、教皇は正午に聖ペトロ大聖堂の中央バルコニーより、降誕祭のメッセージと、ローマと全世界に向けた祝福(ウルビ・エト・オルビ)をおくられる。

・12月31日(月)夕方、教皇は、翌1月1日の「神の母聖マリア」の祭日の前晩の祈りを聖ペトロ大聖堂で行なわれる。この中で、過ぎた1年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」が捧げられる。

・2019年を迎え、1月1日(火)午前、教皇は、「神の母聖マリア」の祭日と、カトリック教会の「世界平和の日」のために、聖ペトロ大聖堂でミサを捧げられる。

・1月6日(日)、バチカンで「主の公現」の祭日の教皇ミサが司式される。

・1月13日(日)「主の洗礼」の祝日、システィーナ礼拝堂で教皇による赤ちゃんの洗礼式がとり行なわれる。

・1月23日(火)から同28日(月)、教皇はカトリック教会の「世界青年の日」(ワールドユースデー)参加のため、開催地パナマを司牧訪問される

2018年10月24日

・シノドス最終週:最終文書作成日程-22日の草案もとに検討を重ね、27日のパラグラフごとの投票で決定

(2018.10.22 VaticanNews  Russell Pollitt, SJ)

 3日から始まった「若者シノドス」は22日、最終週に入り、討議の成果をまとめた最終文書の第一次草案がまとめられた。23日朝の全体会議に提出され、23、24の両日の司教たちはじめ出席者の検討に委ねられる。検討結果をもとに25日に修正案が作られ、26日の全体会議でシノドスの新たな評議会のメンバーを選出し、彼らの手で練り直された最終案が、27日の全体会議に提示され、パラグラフごとの投票に付され、3分の2以上の支持を得た内容によって最終文書が完成する。

*「若者たちに赦しを乞わねばならない」と司教

 トルコのパオロ・ビゼッティ司教は、若者たちが今いる世界について言及し、「私たちは、若者たちが働き、自己を表現し、才能を使うことのできる生き生きした世界を用意して来なかった」とし、「たくさんの可能性を彼らから奪うような世界を作ったこと」について謝罪せねばならない、と語った。

 また、このシノドスの議論を通じて自分が痛感したのは、富んでいる世界にある教会と貧しい場所にある教会に大きな差がある、ということで、「貧しい地域に住む若者たち、特に8歳から10歳の子供たちにとって、絶望的な状況に置かれている中で、(注-召命の道を)選べない場合、信仰と識別について語ることは極めて難しい」と指摘した。

*「私たちは教会を変えねばならない」とサレジオ会総長

 また、サレジオ会のアンゲル・フェルナンデス・アルティメ総長は「私たちは変えなければならない。真剣に変革に取り組み、今よりもよい教会にしなければなりません」と述べ、「若者たちは、教会が信仰を証しする勇気のある証人になるように求めています」「その願いが向けられているのは、聖職者だけでなく、すべての大人です」と訴えた。

 ギニアのカトリック・スカウトの会員、エンリエッタ・カマラさんは、自身の改宗の体験について語った。彼女の家族はイスラム教徒だったが、カトリック・スカウトに入り、その活動を通して、カトリックに改宗することを選んだ。

 「仲間たちからたくさんの助けをもらいました。何の偏見もなく受け入れてもらい、若者たちと教会でつながることはとても意義のある経験になっています」と述べ、「母は今でも私がカトリックに改宗したことを喜んではくれませんが、スカウトの助けを受けているのです」と語った。

*「父性も母性も、姿が見えない」と若者たち

 ビゼッティ司教とアルティメ総長は、母性と父性が世界で見つからなくなっている、と指摘。

 アルティメ総長は「そうしたことで苦しめられている若者たちに出会っており、以前と変わらない暮らしをしているはずの家族の中にも、子供たちが必要としている『親』の存在がなくなっているケースがしばしばみられるようになっています」と語った。さらに、「教会のビジョンには弱さがある。教会は小教区だけでなく、学校、保護施設など、さまざまな場所に存在し、そのような場で、教会は、真に成熟した、健全な母性、父性をもって、若者たちに奉仕し、助けることができるのです」と述べた。

 *「若者たちを取り戻すために、地域別のシノドスを開くべきだ」

 米国のフランク・J・カッジアーノ司教は「シノドスはこれまで普遍的なレベルから物事を見て働いてきたが、各国、各地域の現地の教会のレベルで考える必要が生まれています」との認識を示し、「Synodality(協働制)はもう終わった、のではなく、現地において具体化されなばなりません」と強調した。

 そして、自分にとっての大きな問題は「自分の教区で協働制をどの様に進めていくか」である、とし、「若者たちを自分の教区の仲間に引き込み、彼らが一緒になって、前に進む道を見つけることができるようにしたい。教区レベルのシノドスあるいは会議が、世界レベルのシノドスの成果を前に進める手段の一つになる」と提案した。

 また司教は「若者たちが、新技術を使って-具体的には、実際の宣教の領域とすべき”デジタル大陸”の”専門家”として-教会に貢献できる」と述べ、今回のシノドスで、若者たちはその用意ができていることを示しており、「彼らが新たなエネルギーと力を教会で発揮することを期待したい。若者たちは、若者たちを最もよく宣教することができるのです」と訴えた。

 さらに、聖職者による性的虐待については「犯罪であり、罪。教会にはそのようなことについて、議論の余地は全くありません」とし、「私たちが信頼性と信用を作り直すと誓約していることを、若者たちに知ってもらう必要があります。信用を無くすと、取り戻すのは極めて困難です。一歩一歩やるしかない。将来にわたって、決意をもって取り組まねばならない課題です」

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2018年10月23日

・シノドス第3週終了:「若者たちは私たちが正々堂々と発言するのを望んでいる」

(2018・10.20 VaticanNews Russell Pollitt, SJ)

 「若者シノドス」第三週の最終日、20日の定例記者会見では、司教たちが若者たちに明確な発言の機会を与えていること、人々が故郷に留まり、十分な処遇を受けること、聖書の重要性、聖職者による性的虐待、同性愛への関心、などが会議の議論の主題となったことが説明された。

 会見の冒頭で、バチカン広報部門のパオロ・ルッフィーニ長官は、シノドスは第三週の議論を、若者への司牧的対応で締めくくった、とするとともに、「これまでの議論を基にした最終文書の原案は23日に全体会議に提示され、内容の検討、修正される」との見通しを明らかにした。

*「私たちの声を使って」と若者たち

 米国のブレーズ・キューピッチ枢機卿は「私は若者たちの言葉を語ることに最善を尽くします。なぜなら彼らが、司教たちにそうするように希望しているからです」と述べたうえで、「若者たちは戦争、貧困、失業、移住、武器取引、そして、問題を解決するために容易に武力紛争に手を染める諸政府について語りました。彼らは司教たちに、問題に対処しようとする諸政府に対して注目を浴びるような発言をするように求めています。司教たちに、世界の指導者たちに対して話をするように希望しています。なぜなら、彼らが、自分たちの未来、そして将来の世代が危機にさらされるような決定が今なされることを恐れているからです」と指摘した。

*人々には故郷に留まる権利がある

 キューピッチ枢機卿とパプアニューギニアのジョン・リバット枢機卿 は「多くの人が移り住むことを選んでいますが、人々には故郷に留まる権利、生活を向上していく権利があることも、私たちは認識せねばなりません。多くの人は、自分たちの言語や伝統などルーツから遠く離れたくはないのです」と口をそろえた。

*聖書が議論に深く関わってきた

 豪州のピーター・アンドリュー・コメンソリ大司教は、「全体会議でも、言語グループごとの小会議でも、シノドスの議論が活発になってきていることを実感しています。討議の内容が深くなっています」とし、その理由の一つとして、司教たちの話の内容に従来以上に聖書が深く関わってきていることを挙げ、「シノドスは、福音書が若者の現実の生活に語りかけていくことを願っているのです」と付け加えた。

*性的虐待への謝罪と信頼回復の努力で一致

 また、聖職者による性的虐待ついて、コメンソリ大司教は、シノドスの冒頭から議論された、としたうえで、「シノドスは、これを教会の犯した失敗であることを認め、事実として受け入れ、謝罪し、一致協力して信頼の回復に努めることを司教たちに求めました」と語り、さらに、来年2月に教皇が招集する全世界の司教協議会会長会議で、さらに議論が深化される、との見通しを示した。

 この問題に関連して、キューピッチ枢機卿は「若者たちは、司教たちが被害者たちに手を差し伸べ、説明責任を果たすことを求めています。被害者が誰ひとりとしてその対象から漏れることがないように、また司教たちがこの問題に”透明”であることを望んでいます」と若者たちの声を代弁した。さらに「来年2月の全世界の司教協議会会長会議で今後の対応について、確かなものが得られると確信しています。私自身も、申し立てを受ければ、権威を捨ててでも、調べを受けるつもりです」と決意を述べ、「人々、特に一般の信徒は、聖職者たちがこのように責任を明確にする求め、問題解決のためにそのような聖職者が必要だと、私は確信している」と強調した。また、同枢機卿とコメンソリ大司教は、それぞれの国における広範な聖職者による未成年者などに対する性的虐待について「同性愛が原因ではない」とし、両国のそれぞれの専門家による調査でもそれが確認された、と説明した。

*教会から離れた人々に、地域に合った対応が必要

 教会から離れた人々への対応についても、シノドスのテーマとなったが、コメンソリ大司教は「幅広い議論がされているが、それぞれの教区などのレベルで具体的な対応がなされる必要がある」とし、その理由を「若者たちが教会を去った理由について様々な観点から議論するとしても、地域による事情の違いもあり、それぞれの地域に合った対応を検討する必要があります」と付け加えた。

 リバット枢機卿は「多くの若者にとって、これは辛い問題であり、話し合うのが難しいと彼らも感じます。教会を離れたのが、友人であり家族だからです」とする一方、「若者たちは仲間を教会から去らせた原因は何なのか、について語り始めています」とも語った。

*同性愛については幅広い議論、皆が受け入れられる文書に

 また、今シノドスで取り上げられた同性愛の問題について、リバット枢機卿は「誰でも歓迎し、誰ひとりとして排除しないのが、教会のやり方。若者たちは、司教たちが同性愛についてよりよく理解できように助けてくれています」と述べたが、キューピッチ枢機卿は「同性愛については、かなり多くの異論がありました。最終文書の草稿では、参加者の意見を幅広くまとめたいと考えています。この問題に関する箇所全体がすべての人に語りかけ、同性愛者であることを自認している若者たちを含め、この文書が自分たちのためにある、と感じられるものであるようにまとめたいと思っています。私たちは、私たちとともにおられる神の慈しみの旅をしていることを忘れてはなりません」と強調し、コメンソリ大司教は「私たちは皆、罪人であり、神に見いだされることを願っているのだ、ということを忘れるべきではありません」と自戒を込めて締めくくった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」田中典子、南條俊二)

2018年10月21日

・シノドス第3週・言語別小会議の討議ー性的虐待、女性の役割などを最終文書に(Crux)

 

(2018.10.20 Crux Author)

ローマ発 – 3日から始まった「若者シノドス」が22日から最終週に入るが、言語別のグループによる小会議のこれまでの討議の報告が20日発表され、最終報告に盛り込むべき内容を実際的なものとすることに、いら立ちが強まってきているのが明らかになった。

 小会議で話し合われてきたテーマは、聖職者による性的虐待スキャンダル、教会における女性の公正な扱い、移民、環境、人身売買など広範にわたっているが、以下はCruxがまとめた言語別グループの討議の概要だ。

*ドイツ語グループ

 まず、問題となったのは「このシノドスが何を目指しているのか」だった。「このシノドスの後、何が変わるのか?若者たちとともにある教会への新たな道があるのか?司教たちが実行の約束をするのか?」と。

 そして、最終文書に二つの出席者の話-人身売買に関する英国のビンセント・ニコラス枢機卿の話と、世界の政治家たちへのアピールを提案した米シカゴのブレーズ・キューピック枢機卿の話-を盛り込むことが必要だ、とした。

 最終報告に盛り込むのを求めるこれ以外の表現は次のようなものだ。

・「教会の政策決定と指導の分野での女性の役割は著しく強化される必要がある、を私たちは確信する」。

・「性行為と強調の問題について教会が若者たちと真剣に話し合うことを、私たちは希望する」。

・「教区の若者たちが抱える具体的問題(隠された、あるいは表になった貧困、薬物中毒、少年少女の非行、青年期の移民、虐待や暴力による犠牲など)を察知し、緩和しようとする意志」を持たねばならない。

・教会は「若者たち、とくに恵まれない若者たちと定期的に顔を合わせようとする具体的な考え」を持つ必要がある。

  この他、 Youcat(青少年向けのカテキズムの本)を通してのカテキズム、環境に対する青年男女の責任、若者の教会参加、教会に関係する運動、芸術、教会であることの場としての繋がり、などについても提案があった。そして、カトリックにおける聖職者の性的虐待についても議論された。

 そして、参加者たちは「私たちは、このシノドスの最終文書が子供たち青年男女に対する性的虐待という劇的事件について明確な言葉なしに記述を始めることはない、と信じている」と述べるとともに、「私たち司教は、性的虐待の再発をより効果的に避け、被害者たちを十分にケアするため、明確、具体的に姿勢を改める決意をしないまま、自国に帰ることはできない、と考える」と言明した。

*英語グループ

 準備要綱の最終章は司牧活動のための実際的な指示と推奨について記されていたが、インド・ムンバイのオズワルド・グラチアスが座長を務めた英語グループAは、最終報告に向けた具体的な提案として、次のようなものを挙げた-「若者たちの最初の教師」としての父母、祖父母の実際的な力、カトリックの学校、大学における教師の育成と専属司祭に対する関心の強化、実際の決定権限を持てるような形での若者たちのミサ典礼と教会活動への参加の促進-など。そして、今回のシノドスで明らかになったことは、若者たちが単なる宣教の対象でなく、主体だ、ということだ、とした。

 また、教会の三重の経験-「神秘」「霊的交わり」「宣教の使命」‐をもとにした小教区の再考の必要性についても話し合われ、二つのグループでは、同性への関心と性別違和症候群の若者たちに接することも議論された。

 米国シカゴのブレーズ・キューピッチ枢機卿がリーダーのグループBで提案されたのは、「そうした問題と、『カトリック教会のカテキズム』の関連の章の線に沿ってそうした若者たちに対応する主な目標は別に論じる」ことだった。

 米国ヒューストン・ガルベストンのダニエル・ディナルド枢機卿が率いるグループは、次の内容を付け加えたー「ジェンダー、ライフスタイル、あるいは性的傾向などを理由にして、愛されていない、構ってもらえない、という感情を誰にもさせてはならない。だが、聖トマス・アクイナスが言っているように、愛は『他者の善を欲すること』を意味している。そして、これが、なぜ真の愛が、人生の転換、変化を求めることを排除しないのか、の理由です」と。

 最後に、複数のグループが支持したのは、「司教と司祭たちに、デジタル・メディアを若者たちと接する手段として使うように促すこと」。新たな、教会と関係を持たない人々に対して自由に使うことのできる最もいい装置でもある、とし、「YouTube や Facebookに掲載されるビデオは一日24時間、一週7日間、いつでも見ることができ、世界中の辺境や危険地域でも受信可能だ。とくに多くの良い結果をもたらす方法は、人気の高い、知的な文化にあるsemina verbi (seeds of the Word=神の御言葉の種)とみなされる中身を作ることだ」と、取りまとめ報告に書いている。

*イタリア語グループ

 複数のイタリア語のグループの議論の焦点は、若者たちが直面する諸課題に十分に対応し、性の問題、堕胎、特に女性と貧しい人々の軽視など、彼らにとって大きな問題に答えることの必要性だった。

 ローマ補佐司教のアンジェロ・デ・ドナティス枢機卿と教皇庁生命アカデミー総裁のビンセンゾ・パグリア大司教が率いる第一のグループは、イエスが信仰の中心に置かれたことの見本として、聖書に出てくるイエスのパンの奇跡を挙げた-「イエスが中心に置かれたことに、もっと注意を向ける必要があります。パンの奇跡のように、イエスは差し出されたわずかなもので奇跡を起こすことがおできになるのです」。

 このグループの参加者は、シノドス準備要綱の第三章で小教区の活動に若者たちを巻き込む多くの可能性とリスクについて、優先順位を付けずに長々とつづられている、とし、熟考すべき点として、福音の優位性、貧しい人々への聖職者の役割、典礼と聖体の重視、を指摘した。貧しい人々に対する聖職者の役割については「自主的な奉仕や社会福祉の補完などの制度を作り直す、という問題ではない。キリスト教のメッセージは、神は一人ひとりの人間を救うためにそばにおられるということの欠かせない証しをすることです」とした。

 バチカン福音宣教省長官のフェルナンド・フィローニ枢機卿の第2グループの参加者たちは、シノドスの作業文書は「欧米的なアプローチに傾き過ぎていながら、デジタルの世界の有益性と課題、信仰と科学の関係、広範に起きている『社会的、霊的、倫理的な方向感覚の喪失』などに対する言及が足りない」と指摘。具体的な課題として挙げたのは、薬物中毒と身体的、精神的な苦痛に苛まれた人々と同様に、「殺害に至るような男性的強さの犠牲にしばしばなっている」女性たちの軽視の現状だった。

 また、同性愛の傾向を持つ人々に「特別の配慮をし、寄り添うこと」の必要性、失業と雇用機会の不足によって若者たちに提起される諸問題、などにも言及した。性的行為、堕胎、社会的、倫理的な排除などの問題にも、『若者たちに軽視できない影響』を与えているオカルトとともに、触れた。

 バチカン文化評議会のトップ、ギアンフランコ・ラバシ、タラパーニがトップを務める第三グル―プは、若い移住者たち、とくに故郷を追われた若者たちの支援と、各地の教会を通じた支援の必要に言及した。また、最近、婚約ないし結婚した若いカップルのより良い育成と寄り添いの必要性、差別の排除の必要性、についても触れ、伊タラパーニのピエトロ・マリア・フラニエリ司教からは、四つの主要分野-自分自身の声に耳を傾ける中での幸せの探求、神の御言葉、人間を中心に置くこと、一人ひとりがせねばならない旅の認識、そして環境への配慮ーの指摘があった。

 他に強調されたのは、聖母マリアへの奉献の重要性、寄り添い、識別することのプログラムの開発の必要性、学問的な機関外のより良い聖書学的、神学的な形成の必要性、科学技術の活用、奉仕の重要性などだ。

 

*フランス語グループ

 デビット・マカリエ大司教が座長のフランス語のグループAは、若者の育成は司牧ケアと切り離して考えられるべきではない、と主張。そして、このシノドスのように親たちと若者たちが共に過ごすことが「どのようにして結婚の秘跡を生き、子供たちを教育していくか」についての証明に有益だということを強調した。

Aとは別のグループは、若者に対する司牧的な配慮を重視し、「16歳から30歳の若い人の生活は平坦ではない」ことを思い起こすことが重要、とし、「彼らは、成功、失敗、そして『試験に合格した』『社会人になった』『結婚し、家族ができた』など、決定的で幸福な人生の節目によって印をつけられる」との見方を示した。そして、そのような時に求められる霊的な対応には公式がないことを、教会は頭に入れておく必要がある、と指摘している。

 ま他別の二つのグループは、このシノドスの主題は若者にあるが、司牧の変革と刷新が教会全体の目的であるように、幅広い教会活動と若者の問題を完全に切り離して考えるものではない、ということが重要だ、と主張した。そして、「若者に対する前に、教会の全構成員が主イエスの歩かれた道をともに歩き、恵みに満ちた人生を進めることを示すことが、必要と言えないのだろうか」「『シノドス』という言葉は、『ともに歩む』ことを意味するのではないだろうか?」と問いかけている。

 他のグループも同じように、「教会共同体、小教区、あるいは司教区という組織を機能」させる中で、実際の政策決定の力と責任を持つことが重要だ、と指摘する一方で、一部に出ている若者たちの問題を専門に扱う部署をバチカンに新設する考え方については、「かえって、若者たちの乖離を進めてしまうリスクがある」として反対し、代わりに、「バチカンの省庁など全ての部署が、若者たちの声を聴き、自分たちの仕事に若者たちを取り込むことを、一般化すること」を提唱した。

 そして最後に、「各種の課題への対応を、聖職者たちに優位を与えることによってではなく、若者たちが抱いている希望を認識し、実現に努めることができるように育てることによって、教会の信仰と新たな文化的規範の間の対話を可能にする」ために、教会の社会教説の伝達者として働く力を若者たちがつけるようにすることを、提案し、「こうすることで、キリストの教会のイメージが『この世の友』に徐々に変貌していくのです」と結論した。

*スペイン語グループ

 バチカン教理省長官のラダリア・フェレール枢機卿が座長のスペイン語のグループBは、教会は「全ての人々と一体となり、寄り添うことを励ます心からの暖かい歓迎の態度」を取らねばならない、「その対象には、通常とは異なった性的な志向を持つ人も含み、彼らが信仰と神とのつながりの中で成長していくことができるようにすることが必要」と主張した。ただし、「歓迎の態度」は、性に対する教会の教えの変更を意味せず、次のような示唆をしているー「貞潔の徳は、人と神の愛の条件を整える喜ばしい確約であることを示す、バチカンが編み出した、性の問題に対する、人類学的な議論を伴った、組織的で明確な対応である」。

 女性の役割については、「女性が教会におして占めている場を『高く評価』し、「男性と同等の尊厳」を持っていることを確認。「互いに補い合い、教会共同体全体の活動を実り多いもの」にする、女性と男性の貢献は、ともに教会の司牧プログラムの中で考えられる必要がある、と主張した。同じ理由から、「教会の政策決定に積極的に加わることで、司牧的な識別に女性の参加の場を広げる」ことも提案した。

 新しい科学技術については、若者たちにとって「仮想現実と現実」に違いはない、教会はこのような「仮想現実化」すべてに「断固とした方針」で臨むべきだ、としている。

 これに加えて、教会は、”幼児ポルノ”や”サイバー虐め”など「オンライン犯罪」の犠牲者となる若者を助ける必要があり、具体的には、犠牲者への支援、犯罪を認識する手段や訓練の開発、「責任あるデジタル市民」の推進などを図るべきだ、と提案している。

 また、「団体制」の実践は教会の活動における恒久的なものになっており、受洗者と善意の人々すべての参加を促進し、「年齢、人生の段階、召命などに応じて、それぞれの教区、司教会議、普遍教会において、若者の積極的な参加を効果的で実際的なものにしている」と指摘している。

 ホンジュラスのオスカル・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿のいる第一グループも同様に、若者たちが単なる”受け手”ではなく、教会の使命を果たす主人公となる必要がある、とし、「主のよき知らせを伝え、宣教する役割を果たすように呼ばれている」と述べている。また、「変革」についても、「誰が?何のために?どこから?」と問いかけ、変革の呼びかけは、「今までやったことはすべて良くなかった」というような、これまでなされたことへの批判であってはならず、”プラス”の側面を見、これまでよりももっと良く、もっと奉仕できるようにすることを目標とすべきだ、とし、そのために「人の話を聴き、外に出て、識別をし、寄り添う」ことを求めている。

 またグループAは、自分たちの教会の信者席ががら空きなことを認め、それは人々の、とくに若者たちとの調和が欠けているため、と判断した。そして、この問題への対応として、ミサ典礼にもっとふさわしい聖歌を取り入れ、必要なら祈祷文も改定して、もっと参加したくなるような工夫の必要を強調した。「若者たちがミサを放棄したら、それは彼らが信仰を失う第一段階になる」と自らを戒めている。

*ポルトガル語グループ

 ブラジルのホアオ・ブラス・アビス枢機卿がリーダーのグループは「グローバリゼーションが、前向きの効果を持ってはいるが、時代に変化をもたらしている。それはまた、”傷ついた”社会を作り出し、教会は、「誰も置いてきぼりにしない」包括的な教会と社会を推進するために、“預言”を取り戻すよう求められている、と主張。

 各地の教会への巡礼と訪問のように「若者たちを惹きつけ、信仰を表明するような様々な形の”大勢が参加する信心業”」の重要性とともに、若者たちが教会の教義と道徳を知ることができる、司牧的な思いやりを持った場の必要性を指摘。「大勢が参加する信心業は、信仰を生きる正当な方法」とされた教皇フランシスコとの言葉を引用し、大きな「宣教の力」を持つことも付言した。

 また、現在あるバチカンの信徒・家庭・いのちの部署に加えて、若者の問題に関する世界的な規模の”評議会”ないしは”観測所”の設置の考えも示した。

 グループは、いくつかのテーマについて詳細な説明なしで25の課題を提起し、その中には若者司牧のネットワークの設置、心身障害者と若者たち、刑務所にいる若者たち、同性愛の若者たちの司牧ケア、若者たちの宣教経験、聖母マリアと若者、などが含まれている。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

2018年10月21日

・シノドス第3週:移民の若者と家族の現実への対応、デジタルの活用

(2018.10.19 VaticanNews Russell Pollitt, SJ)

 「若者シノドス」第三週の週末19日の定例記者会見では、移民の若者と家族の悲しい現実、教会はデジタルをどう使うかという問題が浮き彫りになった。

*教会に求められる移民の心のケア

 会見でまず発言したのは米国から若者代表として参加しているヤディラ・ビエイラさん。精神分析医など専門家とともに移民たちの世話をしているが、「移民の家族たちは心理的な不安、動揺、抑うつにさいなまれています。しばしば暴力にもつながります」と経験を語った。彼女は米国や他の国・地域で 移民たちの精神的な健康面でのケアをするよう教会に求めて来た。「教会は、家族を助けずに.若者たちを助けることはできません」とも述べた。

 彼女はまた、女性の役割についても言及し、「修道女たちがこのシノドスで議決権を与えられていないのは残念なことだと思います。女性たちは発言はできるが投票することができません。女性たちはとても重要な役割を持っており、教会員の霊的な成長に寄与しているのです」と訴えた。

 さらに、「LGBTI」*とされる若者たちの問題についても、「それを理由に教会から責められていると感じている人々を助けることも、教会の課題です。カトリック信徒の彼らは満足な司牧ケアを受けられず、教会は自分を必要としていないのだ、と感じています。それは大部分の信徒にとって真実ではない」と指摘した。

*注*世界の人口の2000人に1人は、生まれつき生殖系の構造に変異がある、もしくは男性あるいは女性を特定する染色体パターンが一般的なものと合致していない、といわれている。LGBTIの「I」が表す「Intersex」(インターセックス)とはこのような人を指し、男性、女性のどちらとしても認知できる、あるいはいずれの性にも属さないと認知できる。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーと同様に、インターセックスの人たちも認知、平等、人権を求めている。

 結婚してまだ間がない彼女はまた、自分の経験から「結婚する前は、人と寄り添うことはいいことだ、と考えていました。ですが今は、結婚した後の若い人たちに、教会がどのように寄り添っていくのか、を真剣に考える必要がある、と感じています」と語った。

 また、今回のシノドスでの司教たちの印象について、「他の人々の話を意欲的に聴き、学び、変わろうとする方も中にはいますが、それ以外の方は、まだそこまで行っていません」と厳しい評価を下した。

*殉教

 マロン典礼カトリック教会のヨゼフ・ナッファ司教は、会議で中東の現実について話し合われた、と述べ、「若者たちは、殉教するような事態に直面しても、信仰の証人になることを恐れません。教会は希望の一つ、現在の騒乱は信仰を証しする機会と考えています」と語った。

*デジタルの分野で聖職者としての務めを果たすには

 また、ナッファ司教はデジタルの分野での聖職者の務めについても言及し、自身が、若者たちとインターネットのオンラインでつながるアラビア語のプロジェクトを進めていることを明らかにした。

 このプロジェクトは、教会の教えに焦点を絞った「宗教科学研究所オンライン」で、刑務所にいる若者も含めて世界中の異なった場所にいる550人の学生たちが参加している、といい、「体が麻痺して親指しか使えない若者がその中にいることに、特に感動しています。このプロジェクトが始まる前は、この若者は寝たきりでしたが、今は世界中の人に触れられるようになった」とその効用を強調。このプロジェクトを通して、改宗する人も出てきている、と述べた。

 その一方で、現在、カトリック的な内容を伝えている、とするウエブサイトが多く存在するが、カトリックの教えを正確に伝えていない、という問題も指摘。「こうしたサイトをチェックし、カトリック教会の立場を反映するサイトかどうかを明確にするような部署を、バチカンに作る」ことを提案した。

 ガーナのエマヌエル・コフィ・フィアヌ司教も、デジタルの世界の活用に触れ、とくに神の言葉を若者たちに伝えることに関心がある、とし、「教会が、神の言葉を伝えるデジタル・プラットホームをもっと提供することが重要です。これは、若者たちを教育するだけでなく、宣教する者となるのを助けることにつながります」と主張した。

 .聖パウロ会のバルディル・ホセ・カストロ総長も、今シノドスの議論に参加した際、コミュニケーションに力点を置いたと述べ、「教会がデジタルの世界でどうのように生きるかが重要な問題です。これまで教会は対応を怠っていたわけではないが、まだまだやるべきことが沢山ある。世界規模のウエブは人間性を持ったウエブであるべきであり、教会は、この分野で、宣教の主役となるように若者たちを助けねばなりません」と主張。「若者たちはソーシャルメディアの世界の言葉と文法を知っている。教会が扉を開き、外の世界に手を差し伸べるのに、彼らは貢献できるのです」とこの分野での若者の役割を強調した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2018年10月20日

・教皇推奨のカトリック版”ポケモン・ゴー”登場-若者向け宣教に(Crux)

Follow JC Go!

Follow JC Go! (Follow to Jesus Christ and Go! o Sigue a Jesucristo y Adelante!)

(2018.10.19 Crux 

 このゲーム・アプリは、新たな福音宣教を推進する米国のthe Foundation Ramon Paneが、世界中で人気を博している日本の「ポケモン・ゴー」に触発され、来年1月にパナマで開かれるワールド・ユース・デイに向けて開発したもの。デザイナー、神学者、聖書の専門家、教会史の専門家、エンジニアなど43人が、2016年8月から延べ3万2000時間かけて開発した。開発費50万ドルはスポンサーや個人の寄付でまかなった、という。 Android か IOS のソフトがあれば、若者に限らず、世界中の誰でも無料で利用できる。

  16日に教皇の祝福を受け、推薦の言葉もいただいたー開催中のシノドスに参加している若者たちが、現代の科学技術を福音宣教の道具としてどのように活用したらいいか、について発言している。

⇒「カトリック・あい」:そのような現代の若者たちの声に応えたものとも言えるが、ゲームでどこまで信仰を学び、深めることができるのか。単なる無料ゲームに終わらなければいいが・・既に日本などで社会問題化している、周囲の人に危害を加えかねない”歩きスマホ族”、年配者や障がい者が来ても席を譲らないなど”周囲が見えないスマホ族”、果ては”スマホ中毒患者”の増加に拍車をかけないような配慮も必要だ。くれぐれも「藪を突いて蛇が出てくる」ことのないようにしてもらいたい。

(以下Crux英語原文続き)

Among other things, players will look for saints, Marian devotions and biblical figures in a virtual way, answering questions to have the characters they meet join their team, and also collecting things they need for their “virtual survival,” including water, food, but also spirituality. The spiritual payoff will come in the non-virtual world, with the app letting users know they’re near a church and that it’d be a good time to say a prayer.

“Never has the Church had a project like this … this is the Catholic app with the most advanced technology there is,” said Argentinian Ricardo Grzona, executive director of the Foudnation Ramon Pane.

Honduran Cardinal Óscar Andrés Rodríguez Maradiaga, president of the Foundation Ramon Pane, was supposed to be at the presentation, but a last-minute appointment, presumably related to the Synod of Bishops he’s participating in, kept him from attending.

However, he sent a video message in which he said: “At the synod we speak a lot about young people and technology, a more modern language. What young people want is to be active in taking the Gospel also to technology and have fun, learn and be evangelized through these channels.”

 According to Grzona, the app also comes with the support of the archbishop of Panama City, which will host the event, José Domingo Ulloa. It was Ulloa, the Argentine said, who wanted to make sure that technology is very much a part of WYD Panama.

“Everything today, language and relations, among young people, go through smartphones,” Grzona said. “We wanted to be there and propose to them an educational videogame, that is religious and interactive, and with which they can form evangelization teams.”

He gave the example of a player “finding” Moses, who will tell the player that, for him to become part of the team, the gamer has to answer the following question correctly: “Was it me who said: ‘My God, my God, why have your forsaken me?”

(Hint, the answer is no. According to the Gospels of Matthew and Mark, those words were said by Jesus right before his death, when he was on the Cross.)

In addition, the city-like map will have billboards like those often seen in the streets, but instead of having advertisements, they will have short videos with biblical explanations. When the players pass through a hospital in real life, the app will suggest they stop and say a prayer for the sick as a work of mercy.

Talking about introducing the app to the pope, Grzona said, “You know Francis is not a very technological person, but he was in awe, he understood the idea, what we were trying to do: combine technology with evangelization.”

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

2018年10月19日