スーダンの内戦でダルフール地方から隣国チャド国境に向かう避難民 2023年10月26日 (ZOHRA BENSEMRA)
(2023.11.12 バチカン放送)
教皇フランシスコは、11月12日(日)の正午の祈りの集いで、激化するスーダンの紛争に平和的解決を見出す必要をアピールされた。
スーダンではダルフール地方における政府軍と準軍事組織との武力衝突が再燃している。教皇は、スーダンで続いている内戦が、ここ数か月、多くの犠牲者と、国内避難民、国外難民を出し、人道的に深刻な状況をもたらしていることに憂慮を表明された。
スーダン国民の苦しみに精神的寄り添いを示しながら、教皇は地域の責任者らに、「人道支援へのアクセスを保証し、国際社会の協力のもと平和的解決を模索するように」と願われ、「試練の中にある私たちの兄弟たちを忘れないようにしましょう」と信者たちに呼びかけられた。
(編集「カトリック・あい」)
パレスチナ・ガザ地区南部で避難生活を送る人々 2023年11月9日
(2023.11.10 バチカン放送)
教皇フランシスコは10日、パリで開催中の第6回パリ平和フォーラムに、パロリン国務長官を通してメッセージをおくられた。
教皇は、「国際協力を促進するために、大陸間の対話を強化するこの出会いが正義と連帯に満ちた平和な世界の構築に貢献できるように」と期待を述べられた。また、今回のフォーラムが非常に痛ましい世界情勢を背景に開かれたことに言及され、「武力紛争の拡大に伴い、人々の苦しみや、環境をも含めた被害が増す中、この集いが希望のしるしとなること、を願われた。
そして、このフォーラムを通して採択される取り組みが、テロリズムや、暴力、戦争に苦しむ人々の叫びへの傾聴を基礎とした、誠実な対話を育てることに役立つようにと希望され、「平和の構築は、時間のかかる忍耐強い仕事であり、恒久の平和は、毎日人間の尊厳の理解と尊重と促進を通して築いていくもの」と述べられた。
さらに、「世界人権宣言」が国連で採択されて75年が経つが、「そこで宣言された内容は、まだ現実には満たされていません… 子供たちを含めて、いったいどれだけの人が基本的人権を持たず、どれだけ多くの人が紛争のために、水や食料はもとより、信教の自由や、医療や住居、教育や労働の最も基本的権利さえ奪われているでしょうか。どれだけの子供たちが、直接、間接に戦闘に関わらざるを得ず、心と体に一生消えない傷を負っているのでしょうか」とフォーラム参加者たちに問い掛けられた。
教皇は、「譲ることのできない正当防衛の権利」を明言しつつ、「命が脅かされている人々を守る責任」を強調され、「戦争は常に人類の敗北と言わざるを得ません… 平和は、武器によってではなく、忍耐強い傾聴と対話と協力によって作り出すもの。武器を収め、死と破壊の道具の生産と取り引きを考え直し、平和の論理が勝る日まで、段階的かつ統合的な軍縮に向かって歩みだすように」と訴えられた。
(編集「カトリック・あい)
女性に対する暴力反対キャンペーンに、教皇のメッセージ
(2023.11.9 バチカン放送)
教皇フランシスコが9日、イタリア放送協会と暴力被害者女性の支援団体共催の「男性による女性への暴力に反対するキャンペーン」にメッセージを寄せられた。
メッセージの中で教皇は、社会にはびこる女性に対する暴力を根絶する必要を説きつつ、「女性に対する偏見や不正義、根底にある文化やメンタリティー」がその土壌となっている、と語られた。
そして「あまりに多くの場所・状況の中で、女性たちは軽視され、物のように捉えられています。人が物のように扱われるところに尊厳はなく、『何でも思い通りになり、その存在を消すことさえできる所有物』のように考えられることになります」と強調。
「いったいどれだけの女性が、暴力の悲劇に打ち負かされ、ひどい扱いを受け、奴隷化され、その心身と命を自由にできると考える者たちの横暴の犠牲になっていることでしょうか」と嘆かれ、マスメディアの対応について、「女性の尊厳と立場の向上を支持しながら、一方で、快楽主義や消費主義のメッセージを伝え続けている」と批判された。
また教皇は、「『支配』のあるところに『虐待』があります… 囚われの状態を必要とする愛は、愛ではありません。主は、私を完全な尊厳のうちに自由にすることをお望みになります」と強調。女性に対する心身の虐待を無くすため、男女が「互いを尊重し認め合う、均衡の取れた関係のあり方」を再発見する必要がある、とされ、「声なき女性たちの声となり、無関心から抜け出し、あらゆるレベルで勇気と決断をもって行動しましょう」と呼びかけられた。
(編集「カトリック・あい」)
Pope Francis delivers his catechesis at the weekly General Audience (Vatican Media)
(2023.11.8 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
8日水曜日の一般謁見で、教皇フランシスコは「使徒的熱意について」の連続講話を続けられた。
今回は、その模範として、パリ郊外の貧しい人々の間で30年以上暮らし、祈り、働いた20世紀のフランスの社会活動家、作家、神秘家の「神の僕・ マドレーヌ・デルブレル」を取り上げ、その生涯を使徒的熱意を体現するものとして讃え、信仰の喜びを他の人々と分かち合った彼女に倣うよう、信者たちを促された。
神の僕マドレーヌ・デルブレルは1904年にフランスのミュシダンという町で生まれ、労働者階級出身である父ジュールと、有産階級(ブルジョワ)出身の母リュシルの元で育ったが、無神論者だった 両親の影響で信仰から離れ、17歳で自分も無神論者となった。その後、ソルボンヌ大学で学び、 一人のキリスト教徒との出会いで回心し、信仰の道に入った。
教皇は、「マドレーヌは友人たちの証しを通してキリストに出会い、回心後は教会と世界の中心で神に完全に捧げる人生を歩むことを選びました」と回想され、 「彼女は神を求めて出発し、心の中に感じていた深い渇きを声にしました。 そうすることで、神が自分を求めている、と理解するようになったのです」と振り返られた。
そして、「怠惰を克服し、 キリストに従う 信仰の喜びが、彼女に、教会と世界において神に与えられた人生の選択を成熟させ、ひたすら、『人々の生活』を姉妹として分かち合うように導きました」と語られ、彼女が神に対して、 「たとえ怠惰から今の状態のままでいたい思う時も、 人生の旅であなたと共に歩むために、先に進まねばなりません」と語りかけた時、 どのように「詩的に」イエスに呼びかけたかを、回想された。
「 マドレーヌは、貧しい人々の窮状と、人生の意味を見つけようと苦悩する姿に深く感動しました。 彼女の使徒的熱意の模範は、『福音の喜びを他の人々と分かち合う』という、洗礼を受けた私たち自身の使命を思い起こさせてくれます」と説かれ、彼女の生き方は、「『 神の愛』と『すべての兄弟姉妹への愛』という二つの戒めを忠実に守る中で成長するように、と私たちを鼓舞するのです」と付け加えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
A Palestinian man sits on the rubble of a building at the Maghazi refugee camp in Gaza (ANSA)
(2023/11/5 Vatican News Devin Watkins and Nathan Morley)
教皇フランシスコは年間第31主日の5日、正午の祈りで、”イスラエル・ハマス戦”の即時停戦、ハマスによる人質の解放を訴えるとともに、ウクライナを含む世界各地で戦争に苦んでいる人々のために、戦いの停止を祈られた。
教皇は、「子供たちのことを考えてください。この戦争、そしてウクライナやその他の紛争が”未来”を殺しているのです」とされ、戦いを 「神の名において止めてください。停戦してください!」と関係国の指導者たちに、強く求められた。
さらに、「紛争が絶対にこれ以上、激化しないように。傷ついた人たちを助け、特に極めて悲惨な状態にあるガザの住民に援助を届けるために、あらゆる可能な手段を動員する必要があります」と強調。
さらに、ハマスに捕らえられている 200人以上のイスラエル人などの人質の解放を求め、 「人質の中には子供たちも多くいます。早く 家族の元に戻れるようにしてください!」と訴えられた。
そして、すべての人に、戦争を終わらせるために勇気を結集するよう呼びかけ、 「『もう十分だ』と言える強さを、私たちが持てるように祈りましょう」と語られた。
(2023.11.2 Vatican News Joseph Tulloch)
ガザ、ウクライナ、イエメンなどで戦争が激化し続ける中、教皇フランシスコはAll Souls’ Day(死者の日)の2日朝、ローマのテスタッチョ地区にある「ローマ戦争墓地」(英連邦諸国の戦没軍人たちが葬られている)でミサを捧げられ、説教で、「私たちより先に亡くなった人々、特に戦争によって人生を断ち切られた人々を心から悼み、神の王国での再会を望んでいます」と語られた。
(以下は「バチカン放送」による)
時折雨が降る中、厳かにとり行われたミサには、軍関係者や遺族、ローマの行政関係者や市民など、およそ300人が参列。教皇はミサの説教で、この死者の日に「記憶」と「希望」という2つの言葉を示された。
教皇は、「地上の旅を終え、神の慈しみの中に迎え入れられた人々の記憶を心に留める」よう、参列者を促すとともに、「主とすべての人々との出会いに向かうこの人生の歩みを、希望をもって見つめ、信仰に基づく、決して失うことのない希望をもって、毎日を前進するように」と励まされた。
また、この墓地に埋葬されている戦没者たちの多くが20歳から30歳前後の年齢であることに触れ、これらの人々の「突然断ち切られた人生」を悼むと同時に、残された家族の悲しみに思いをはせられた。そして、「現在でも、私たちの近くで同じことが起きています」と今日も世界中で続いている戦争に目を向け、「これらの戦争が、何の意識も持たずに命を破壊している」ことを悲しまれた。
そのうえで教皇は、「今日、亡くなった人々を思い、記憶と希望を保ちながら、主に平和を願いましょう…これ以上、人々が戦争のために命を落とすことがないように」と祈られた。
また、「多くの無実の人、多くの兵士が亡くなっている。何のためにですか? 戦争は常に敗北です。完全な勝利など存在しません。たとえ相手に勝っても、その裏には常に犠牲という敗北があるのです」と説かれ、最後に、すべての死者を神に託し、「神が私たちに憐みと、神の御元で皆に会えるという希望をくださいますように」と願われた。
(編集「カトリック・あい」)
Pope Francis during the interview with Tg1
(2023.11.1 Vatican News)
教皇フランシスコは1日放映されたイタリア国営放送の 番組で、司会者のインタビューに応じ、ガザ地区での危機的な状況から、ロシアによるウクライナ軍事侵略はじめ世界で起きている紛争、さらに10月29日に閉幕したシノドス総会第一会期でも議論になった「教会における女性の役割」、「司祭の独身制」、「同性愛者のカップル」などにも、質問に答えられた。
*ハマスとイスラエルの戦いを止める賢明な解決策は
まず、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃で始まり、イスラエル軍のガザ地区への地上攻撃に発展、日に日に多くの死者が双方に出ている事態に対して、教皇は、「すべての戦争は敗北です… 戦争では何も解決しない。 すべては平和と対話によって得られるのです」とされたうえで、「(ハマスの戦闘員はイスラエルの)キブツに侵入し、人質を連れ去り、そこにひた人たちを殺した。これに対してイスラエル軍も拉致された人質を救うために、(ガザを)攻撃する。 戦争では、一方の”平手打ち”が他方の”平手打ち”を引き起こします。 その応酬は一段と激しくなり、続きます。 共に生きなければならない二つの民族の間の 賢明な解決策…それは 2 つの民族、2 つの国家です。 オスロ合意*は、極めて限定された2つの国家と特別な地位を持つエルサレムを認める、ということでした」
*オスロ合意=1993年にイスラエル とパレスチナ解放機構 (PLO)の間で同意された一連の協定。正式には暫定自治政府原則の宣言という。主な内容とされているのは① イスラエル を国家として、PLO をパレスチナの自治政府として相互に承認 する②イスラエルが占領した地域から暫定的に撤退し、5年にわたって自治政府による自治を認める。その5年の間に今後の詳細を協議する―というものだった。
*世界中の戦争の裏で儲けているのは「兵器産業」だ
教皇は、先週の「平和への祈り」を思い起しつつ、「世界は今、とても暗い時を経験しています」とされ、 「人ははっきりと反省する能力を見つけることができていない。 先の世界大戦が終わった 1945 年から現在に至るまで、次から次へと”敗戦”が続いており、戦争は止まりません。そうした中で、 最も深刻な問題は『兵器産業』の存在です。 ある会合で出会った投資の専門家は『今、最も儲かっている投資先は兵器産業だ』と言っていました」と指摘された。
また教皇は、ガザにいる宗教者たちと毎日電話で話している、とし、 「エジプト人の小教区助任司祭、ユスフ神父に毎日、電話しています。彼はこう言いました-『この小教区には563人が住んでおり、全員がキリスト教徒かイスラム教徒です。 マザー・テレサの『神の愛の宣教者会』のシスターたちが病気やけがをした子供たちの世話をしています。私は小教区の人たちに寄り添うことを心ががけていますが、ありがたいことに、イスラエル軍は今のところ、私たちを尊重してくれています』と」。
*教皇に就任した時の悪夢がまた繰り返されている・・このような事態に「慣れて」はならない
そして、「私が今も覚えているのは、教皇になりたての時に、今回と同じような戦闘が、シリアで戦争が起きたことでした。聖ペトロ広場で、平和回復のために祈りを捧げ、そこにはキリスト教徒だけでなくイスラム教徒もいました。イスラム教徒は祈るために絨毯を持って来ました。 とても難しい瞬間でした。 申し上げたくありませんが、あえて言います。あなた方は、『それ』に慣れています、残念ですが、『それ』に慣れています。でも、 慣れてはいけないのです」と強調された。
*中東、ウクライナ、イエメン、ミャンマー… 悲惨な争いが世界に広がるのを、人の英知で止められる、と思いたい
現在、イスラエルとパレスチナで起きている悲惨な争いが、世界に広がる可能性について聞かれた教皇は、 「そうなれば、多くのものと多くの命に終わりをもたらすことになる。 人間の英知が、そうした事態になるのを止めると思います。 はい、拡大する可能性がないとは言えませんが… 」と答えられ、さらに、「この戦争は、イスラエル、パレスチナ、聖地、エルサレムが意味することのゆえに、私たちに影響を与えます。 ウクライナで続いている戦いも、近くで行われているので、私たちにも影響を与えています。 私たちが直接、影響を受けない戦争も、世界中にたくさん起きている。 イエメン、ミ ャンマーなどなど。 世界は戦争状態にありますが、その裏に兵器産業があることを、改めて申し上げたい」と指摘された。
*「反ユダヤ主義」はまだ過ぎ去っていない
関連して「反ユダヤ主義」について聞かれた教皇は、「残念なことに、今も、 何か反ユダヤ主義的なものが常に存在します… 第二次世界大戦中に起きたユダヤ人大量虐殺。600万人が殺害され、奴隷化されたことを知るだけでは必ずしも十分ではないし、それ(その背景にあった反ユダヤ主義)はまだ過ぎ去っていません」と語った。
*ウクライナ紛争
ウクライナ和平への取り組みについては、「私はウクライナ国民のことをいつも思っています… 彼らは『 殉教の民』であり、スターリンの時代にも非常に厳しい迫害を受けました。 このことについて書かれた本を読みましたが、それはひどいものでした、… 彼らはかつて多くの苦しみを負わされ、今、それを追体験させされている。 私は彼らのことを理解していますし、ゼレンスキー大統領を受け入れました。彼の立場は理解していますが、今は平和が必要です。 しばらく立ち止まって、和平合意を模索してもらいたい。和平合意こそがこの問題に対する、ウクライナ、ロシア双方にとっての、本当の解決策です」と強調した。
そして、 教皇はロシアが軍事侵攻を開始した昨年2月のことを思い起こされ、「信仰が開始された2日目、私はロシア大使館に出かけました。そして、『何かの役に立つならプーチン大統領のもとに喜んで行きます』と約束した… その時から、私はロシア大使館との間で話し合いができるようになり、ロシア、ウクライナ間の捕虜の交換が実現しました。しかし、対話はそこで止まってしまった。ロシアのラブロフ外相はこう言ってきたのです- 『モスクワにおいでになるなら感謝するが、その必要はありません』と教皇自らの”対話路線”が不調に終わったことを説明された。
*教会における女性の役割は極めて重要性だが、女性司祭には神学的問題がある
先のシノドス総会第一会期では、女性の教会における役割も大きなテーマになったが、教皇は「バチカンでは、すでに多くの女性が働いています。 たとえば、バチカン市国のナンバーツーはシスターで、実質的な最高責任者です。 経済評議会は6人の枢機卿と6人の一般信徒で構成されていますが、 一般信徒6人のうち5 人が女性です。 そして、奉献・使徒的生活会省と総合人間開発省の次官も女性。 司教を選ぶ委員会にも3人の女性がいます。女性たちは、私たち男性が理解できないことを理解しています。状況に対する特別な能力を持っており、それが必要とされています。 私は、女性たちが教会の通常の活動に組み込まれるべきだ、と確信しています」と強調。
さらに、女性の司祭叙階については、「そこには行政的ではなく、神学的な問題があります。 女性は教会で何でもできます。統治責任者 のポストに置く ことも可能ですが、 神学的、司牧的観点から見ると、女性の司祭叙階は別の問題です。『 Petrine principle(使徒ペトロの原則)』は管轄権の原則です。 『Marian principle(マリアの原則)』はもっと重要です。教会は女性であり、教会は花嫁であり、教会は男性ではないからです。このことを理解するには、神学が必要です。そして、『女性の教会と教会における女性』の力は、男性の司祭職よりも、もっと強く、もっと重要です。 教会は女性であり、それゆえ、マリアはペテロよりも重要です。 しかし、これを機能主義に還元しようとしたら、私たちは負けてしまいます」と説かれた。
*シノドスと司祭の独身制
シノダリティ(共働性)をテーマとしたシノドス総会第一会期にについて、教皇は、「結果は『肯定的』です。 私たちは、完全に自由に、すべてについて話し合いました。これは素晴らしいことです」と評価したうえで、 「そして、総括文書を作成することができました。この文書は、来年10月の総会第二会期に向けて検討する必要があります。家族をテーマにした以前のシノドス総会と同様、今回も2段階のシノドス総会になります」と語られた。
そして、「 私たちは、聖パウロ六世が第二バチカン公会議の終わりに希望されたシノダリティの実践にまさに到達したと信じています。聖パウロ六世は、東方教会が保持していたシノダリティの側面を西方教会が失ったことに気づいていました」とされた。。
*同性愛者のカップルについては
今シノドス総会の前から高位聖職者の間で議論のあった同性愛者のカップルの問題について、教皇は「私が『みんな、みんな、みんな』と言うとき、それは人々のことです。 教会はあらゆる人を受け入れますが、彼らに、どのような人であるか尋ねません。 そして、誰もが、教会でキリスト教徒としての帰属意識を持って成長し、成熟します。確かに今、 このこと( 同性愛者のカップルの問題) について話すのはちょっとした流行になっています。 教会はあらゆる人を受け入れます。 『組織』が参加したい、という場合は別です。 原則は次のとおりです-『教会は洗礼を受けることのできるすべての人を受け入れる。 『組織』は洗礼を受けることができない 。 人々は、イエスだ』」
*聖職者による虐待は、性的であれ、どんな形も容認されない―小児性愛も含めてやるべきことはまだたくさんある
聖職者による虐待問題については、教皇はベネディクト16世の仕事を引き継いでおり、 「たくさんの”大掃除”が行われました。 虐待でバチカンから追放された人もいました。前教皇は これに関して勇気を持っていました。 その問題を自らの手で受け止め、多くの手順を踏んでから、それを完成させました。 この仕事は、これからも続きます。 虐待は、精神的虐待であれ、性的虐待であれ、その他のいかなるものであれ、容認されるべきではありません。 それは福音に反しています。 福音は、虐待ではなく奉仕であり、性的虐待だけでなく、他の種類の虐待についても、その研究で良い仕事をした多くの司教を見てきました」と述べた。
また、教会は小児性愛と戦うために多くのことを行ってきたが、「やるべきことはまだたくさんある」ことを認めた。
*教皇として、一番難しかったのは…
「これまでの教皇在任中に、一番難しいと感じたのは、何でしたか」との質問に、教皇は、「 私はこのようなこと(教皇職)に慣れていませんでしたし、間違いを犯して、相手に危害を及ぼすのではないか、という恐怖もありました。 大変でした。 簡単なことも、それほど簡単ではないことも、いくつかありました。 しかし、主は、常に私が問題を解決するよう、あるいは少なくとも忍耐を持って解決を待つよう助けてくださいました」とされ、「 何が怖いのかと言えば、 聖地での戦争は怖いです。 この人たち、この物語はどうやって終わるのでしょう? 主の前で解決されるでしょうが、 恐怖が消えるわけではありません。 でも、当事者たちは、人間的な姿を保っています。 恐れを持つのは良いことです」と語られた。
*COP28のためにドバイに行きます
教皇は、シノドス総会第一会期の初めの日に、環境問題に関するCOP28( 国連気候変動枠組み条約締約国会議第28回会合) に向けた提言ともいえる 使徒的勧告「Laudate Deum(神をほめたたえよ)」を出された。11月下旬にドバイで始まるCOP28に参加するかどうか、を聞かれて、 「はい、ドバイに行きます。 12月1日から12月3日まで休暇をとろうと思います。 私はドバイに3日間滞在します」と答えられた。
そして、「 数年以上前のこと、私がストラスブールの欧州議会に行った時、オランド仏大統領がロワイヤル環境相を迎えに寄越してくれました。 彼女から、『環境について(パリ会議=2015年の国連気候変動枠組み条約締約国会議第21回会合=COP21)の前に何か準備しておられますか?』」と尋ねられました。それがきっかけになって、2015年のCOP21の前に(環境回勅)Laudato siを出したのです。その後、世界の環境問題への取り組みは後退しましたが、前に進む勇気が必要です」と強調された。
* 信仰が揺らいだことは…。
また「 信仰が揺らいだことはあるか」との問いには、教皇は「『信仰を失う』という意味でしたら、そのような経験はありません」とされたうえで、「『揺らぎ を感じずに暗い道を歩いている』という意味なら—主はどこにおられるのでしょうか? – あなたは、主が隠れておられるように感じますか、主はどこにお一人でおられるのですか? 私たちは彼の所に行ったり、来たりします。そして『主よ、どこにおられるのですか?なぜ、そこにとどまっておられないのですか?』と問いかけます。それで、あなたは、主が自分に語りかけてくださっているのを感じます。なぜなら、私は魔法の杖を持っていないからです。主は魔術師ではありません。それとは別の方です」と語られた。
最後に教皇は、「アルゼンチンの2人の偉大なサッカー選手、マラドーナとメッシのうちどちらが好きですか」との問いに、「3番目はペレだと思います」と答えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
A view of the remains of a mosque and houses destroyed by Israeli strikes in the central Gaza Strip
(2023.10. 29 Vatican News Francesca Merlo)
教皇フランシスコは29日の正午の祈りで、聖地、特に人道的大惨事が起きているガザ地区での戦闘の終結と、ハマスに拘束されている人質の解放を強く求められた。
教皇は聖ペトロ広場に集まったすべての人に、イスラエルとパレスチナの悲惨な状況にある人々のために、そして速やかな戦闘停止を祈り続けるよう、呼びかけ、として、 人道支援のためのガザ地区への立ち入りをを認めること、人質全員を解放することを、関係国の指導者たちに訴えられた。
ガザ地区の状況はここ数日間激化を続けている。 ハマスがイスラエルに多くの死傷者を出す攻撃を行って以来、双方の武力行使で 7200人以上の死者が確認されている。イスラエル軍は同地区への地上侵攻を始めているが、教皇は 「兄弟たちよ、やめてください。 火を止めなさい。 戦争はいつも敗北です。いつもです」と訴えられ、 「誰もがすべての武器を手放す希望を決して諦めませんように」と願われた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2023.10.25 バチカン放送)
教皇フランシスコは25日の水曜恒例の一般謁見で「使徒的熱意について」の連続講話を続けられ、今回はその証し人として、「スラブ人の使徒」である聖チリロ隠世修道者と聖メトジオ司教を取り上げられた。
講話の要旨は次のとおり。
**********
今日は東方で「スラブの使徒」としてよく知られる二人の兄弟聖人、聖チリロと聖メトジオについて語りましょう。
2人は、9世紀のギリシャに生まれ、政治的な出世の道を捨て、修道生活をおくりました。しかし、彼らの隠遁生活は長くは続きません。モラヴィアに宣教師として派遣されたからです。モラヴィアは、当時様々な民族から成り、一部はすでに福音化されていましたが、多くの異教的な習慣や伝統が多く残っていました。聖人たちは「土地の言葉でキリスト教信仰について説明して欲しい」と君主から依頼されたのです。
チリロとメトジオが最初に取り組んだのは、人々の文化を深く学ぶことでした。信仰は文化に根付くべきであり、文化は福音化されるべきです。チリロは、彼らに「アルファベットを使えるか」と聞くと、「ノー」でした。そこで、聖書や典礼書を訳すためにグラゴル文字が考案され、そのおかげで、人々にとってキリスト教信仰はもう「外国のもの」ではなく、自分たちの言葉で話される、自分たちの信仰となったのでした。
しかし、そのうち、あるラテン語派の人々が「スラブ人への説教を独占するものだ」と批判し、「神を賛美するには、十字架に書かれた3つの言語、ヘブライ語とギリシャ語とラテン語でなくてはならない」と主張しました。
「神はすべての民族に、それぞれの言葉でご自身を称えて欲しいと思っておられる」とチリロは力強く答え、メトジオと共に教皇に願い出て、スラブ語の典礼書の許可をもらった。教皇はその典礼書を聖マリア大聖堂の祭壇に置き、彼らと共にこの本に従い、主を賛美して歌いました。
チリロはその数日後に亡くなり、彼の聖遺物は今もローマの聖クレメンテ教会で崇敬されています。メトジオは、司教に叙階され、スラブの地に派遣されました。そこで大きな苦しみを受け、投獄されましたが、神の御言葉は鎖で縛られることなく、人々の間に広がって行ったのです。
この二人の福音宣教者の証しを見つめましょう。聖ヨハネ・パウロ2世は、聖チリロと聖メトジオを「ヨーロッパの保護者」とすることを望み、回勅「スラブ人の使徒」の中で、彼らの証しの3つの重要な点を指摘しました。その一つは、「一致」です。ギリシャ人、教皇、スラブ人が協力し合ったように、その時代、ヨーロッパには分裂することなく、福音宣教のために協力し合うキリスト教がありました。二つ目の重要な点は、「インカルチュレーション」。先にも述べたように、福音宣教と文化は堅固に結びつくものです。三つ目は「自由」。福音宣教には自由な精神が求められ、それはまた勇気も必要とます。自由で勇気のある人は、それを妨げる多くの物事にしばられることがありません。ない。
私たちも、他者のために「愛における自由」の道具となることができるよう、スラブ人の使徒、聖チリロと聖メトジオに助けを祈りましょう。
(編集「カトリック・あい」)