☩「人道支援の確保、平和的解決を」教皇、 スーダン内戦で訴え

スーダンの内戦でダルフール地方から隣国チャド国境に向かう避難民 2023年10月26日スーダンの内戦でダルフール地方から隣国チャド国境に向かう避難民 2023年10月26日  (ZOHRA BENSEMRA)

(2023.11.12 バチカン放送)

 教皇フランシスコは、11月12日(日)の正午の祈りの集いで、激化するスーダンの紛争に平和的解決を見出す必要をアピールされた。

 スーダンではダルフール地方における政府軍と準軍事組織との武力衝突が再燃している。教皇は、スーダンで続いている内戦が、ここ数か月、多くの犠牲者と、国内避難民、国外難民を出し、人道的に深刻な状況をもたらしていることに憂慮を表明された。

 スーダン国民の苦しみに精神的寄り添いを示しながら、教皇は地域の責任者らに、「人道支援へのアクセスを保証し、国際社会の協力のもと平和的解決を模索するように」と願われ、「試練の中にある私たちの兄弟たちを忘れないようにしましょう」と信者たちに呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年11月13日

☩「直ちに戦闘停止を!苦しんでいるパレスチナ人たち、イスラエル人たちに寄り添おう」教皇、12日の正午の祈りで訴え

Convoy carrying humanitarian aid for Gaza on its way to the Rafah crossingConvoy carrying humanitarian aid for Gaza on its way to the Rafah crossing  (ANSA)

(2023.11.12  Vatican News)

   教皇フランシスコは12日日曜の正午の祈りで、「戦乱に苦しむパレスチナ人たちやイスラエル人たちのことを、日々思い起こされ、彼らのために祈っています」とされ、戦闘の即時停止、負傷者の救護、そして、すべての人への人道支援を訴えられた。

 教皇は正午の祈りのために聖ペトロ広場に集まった信者たちに対して、イスラエルとパレスチナで続いている極めて深刻な状況について語られ、パレスチナ人やイスラエル人など、苦しんでいるすべての人たちに常に寄り添っていることを強調された。

 そして、 毎日、彼らのことを思い起して祈っておられ、「この暗い瞬間」には彼らに「抱擁」を差し伸べている、として、 「武器の使用止められますように。武器は決して平和をもたらしません。紛争が拡大しませんように! 十分! もう十分です。兄弟たち! ガザにおいて、負傷者が直ちに救出され、民間人が保護され、さらに多くの人道援助物資が被災住民に届けられるように。 高齢者や子供を含む人質が解放されますように」と祈られた。

 そして「キリスト教徒、ユダヤ人、イスラム教徒、民族や宗教を問わず、すべての人間は神聖であり、神の目から見て貴重であり、平和に生きる権利を持っています」。 希望を失わず、人間性が心の固さよりも勝てるように祈り、たゆまぬ努力をしようではありませんか」と訴えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年11月12日

☩「正当防衛の権利は譲れない、だが命を脅かされる人々を守る責任も」教皇、パリ平和フォーラムにメッセージ

パレスチナ・ガザ地区南部で避難生活を送る人々 2023年11月9日パレスチナ・ガザ地区南部で避難生活を送る人々 2023年11月9日 

 教皇フランシスコは10日、パリで開催中の第6回パリ平和フォーラムに、パロリン国務長官を通してメッセージをおくられた。

 教皇は、「国際協力を促進するために、大陸間の対話を強化するこの出会いが正義と連帯に満ちた平和な世界の構築に貢献できるように」と期待を述べられた。また、今回のフォーラムが非常に痛ましい世界情勢を背景に開かれたことに言及され、「武力紛争の拡大に伴い、人々の苦しみや、環境をも含めた被害が増す中、この集いが希望のしるしとなること、を願われた。

 そして、このフォーラムを通して採択される取り組みが、テロリズムや、暴力、戦争に苦しむ人々の叫びへの傾聴を基礎とした、誠実な対話を育てることに役立つようにと希望され、「平和の構築は、時間のかかる忍耐強い仕事であり、恒久の平和は、毎日人間の尊厳の理解と尊重と促進を通して築いていくもの」と述べられた。

 さらに、「世界人権宣言」が国連で採択されて75年が経つが、「そこで宣言された内容は、まだ現実には満たされていません… 子供たちを含めて、いったいどれだけの人が基本的人権を持たず、どれだけ多くの人が紛争のために、水や食料はもとより、信教の自由や、医療や住居、教育や労働の最も基本的権利さえ奪われているでしょうか。どれだけの子供たちが、直接、間接に戦闘に関わらざるを得ず、心と体に一生消えない傷を負っているのでしょうか」とフォーラム参加者たちに問い掛けられた。

 教皇は、「譲ることのできない正当防衛の権利」を明言しつつ、「命が脅かされている人々を守る責任」を強調され、「戦争は常に人類の敗北と言わざるを得ません… 平和は、武器によってではなく、忍耐強い傾聴と対話と協力によって作り出すもの。武器を収め、死と破壊の道具の生産と取り引きを考え直し、平和の論理が勝る日まで、段階的かつ統合的な軍縮に向かって歩みだすように」と訴えられた。

(編集「カトリック・あい)

2023年11月11日

☩「無関心から抜け出し、声なき女性たちの声となろう」教皇が、女性への暴力反対キャンペーンの催しにメッセージ

女性に対する暴力反対キャンペーンに、教皇のメッセージ女性に対する暴力反対キャンペーンに、教皇のメッセージ 

 教皇フランシスコが9日、イタリア放送協会と暴力被害者女性の支援団体共催の「男性による女性への暴力に反対するキャンペーン」にメッセージを寄せられた。

 メッセージの中で教皇は、社会にはびこる女性に対する暴力を根絶する必要を説きつつ、「女性に対する偏見や不正義、根底にある文化やメンタリティー」がその土壌となっている、と語られた。

 そして「あまりに多くの場所・状況の中で、女性たちは軽視され、物のように捉えられています。人が物のように扱われるところに尊厳はなく、『何でも思い通りになり、その存在を消すことさえできる所有物』のように考えられることになります」と強調。

 「いったいどれだけの女性が、暴力の悲劇に打ち負かされ、ひどい扱いを受け、奴隷化され、その心身と命を自由にできると考える者たちの横暴の犠牲になっていることでしょうか」と嘆かれ、マスメディアの対応について、「女性の尊厳と立場の向上を支持しながら、一方で、快楽主義や消費主義のメッセージを伝え続けている」と批判された。

 また教皇は、「『支配』のあるところに『虐待』があります… 囚われの状態を必要とする愛は、愛ではありません。主は、私を完全な尊厳のうちに自由にすることをお望みになります」と強調。女性に対する心身の虐待を無くすため、男女が「互いを尊重し認め合う、均衡の取れた関係のあり方」を再発見する必要がある、とされ、「声なき女性たちの声となり、無関心から抜け出し、あらゆるレベルで勇気と決断をもって行動しましょう」と呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年11月10日

◎教皇連続講話「使徒的熱意について」㉕「神の僕・マドレーヌ・デルブルは貧しい人々と福音の喜びを分かち合った」

Pope Francis delivers his catechesis at the weekly General AudiencePope Francis delivers his catechesis at the weekly General Audience  (Vatican Media)

(2023.11.8 Vatican News  Deborah Castellano Lubov)

 8日水曜日の一般謁見で、教皇フランシスコは「使徒的熱意について」の連続講話を続けられた。

 今回は、その模範として、パリ郊外の貧しい人々の間で30年以上暮らし、祈り、働いた20世紀のフランスの社会活動家、作家、神秘家の「神の僕・マドレーヌ・デルブレル」を取り上げ、その生涯を使徒的熱意を体現するものとして讃え、信仰の喜びを他の人々と分かち合った彼女に倣うよう、信者たちを促された。

 神の僕マドレーヌ・デルブレルは1904年にフランスのミュシダンという町で生まれ、労働者階級出身である父ジュールと、有産階級(ブルジョワ)出身の母リュシルの元で育ったが、無神論者だった両親の影響で信仰から離れ、17歳で自分も無神論者となった。その後、ソルボンヌ大学で学び、一人のキリスト教徒との出会いで回心し、信仰の道に入った。

 教皇は、「マドレーヌは友人たちの証しを通してキリストに出会い、回心後は教会と世界の中心で神に完全に捧げる人生を歩むことを選びました」と回想され、「彼女は神を求めて出発し、心の中に感じていた深い渇きを声にしました。 そうすることで、神が自分を求めている、と理解するようになったのです」と振り返られた。

 そして、「怠惰を克服し、キリストに従う 信仰の喜びが、彼女に、教会と世界において神に与えられた人生の選択を成熟させ、ひたすら、『人々の生活』を姉妹として分かち合うように導きました」と語られ、彼女が神に対して、「たとえ怠惰から今の状態のままでいたい思う時も、人生の旅であなたと共に歩むために、先に進まねばなりません」と語りかけた時、どのように「詩的に」イエスに呼びかけたかを、回想された。

 「 マドレーヌは、貧しい人々の窮状と、人生の意味を見つけようと苦悩する姿に深く感動しました。 彼女の使徒的熱意の模範は、『福音の喜びを他の人々と分かち合う』という、洗礼を受けた私たち自身の使命を思い起こさせてくれます」と説かれ、彼女の生き方は、「『神の愛』と『すべての兄弟姉妹への愛』という二つの戒めを忠実に守る中で成長するように、と私たちを鼓舞するのです」と付け加えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年11月8日

☩「戦火にある国々のために、ひたすら平和の実現を祈り、行動しよう」教皇、水曜一般謁見で、再度訴え

An elderly citizen views the consequences of Israeli airstrikes on Gaza CityAn elderly citizen views the consequences of Israeli airstrikes on Gaza City  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年11月8日

☩「あなたがたの命は、あなたがたを心から愛する神からの贈り物!」教皇、世界の子供たち7500人との集いで

 そのうえで、子供たちに、「あなたがたに会うたびに、いつも新しいことを教えてもらえるので、私はいつも幸せです…」とされたうえで、「人生は贈り物です!神は、私たちを愛してくださっています!私たちは皆、兄弟姉妹です!」と声を上げるように促された。

"Children meet the Pope" event on 6 November 2023教皇はさらに、世界各地から集まったこの子供たちの集まりは、「まさにイエスが用意された『大きな家』での兄弟姉妹の再会であり、普遍的な教会がすべての人を受け入れることを象徴していまする」と述べられ、「子供たちがどこの出身であっても、常に歓迎され、愛され、受け入れられている、と感じられる環境を作り出すことの重要性」を強調された。

教皇は、「この会場に集まった子供たちの皆さん一人一人と直接挨拶したいのですが、人数が多いので難しい」としつつ、「私の言葉と祝福を、ここにいるあなたがた子供たちすべてに、そして、あなたがた通して世界中の子供たちに届けます」と語られ、さらに、戦争、飢餓、病気、気候変動、貧困で苦しんでいる子供たちへの愛と同情を、参加者全員と分かち合われた。

 あいさつの最後に教皇は、会合に参加した子供たちに、「あなたがたの命は、神からの素晴らしい贈り物であり、神はあなたがたを心から愛しておられること、そして、皆が共にいて言葉を交わし、分かち合い、与え合うことが、素晴らしい経験であることを、いつも忘れないように」と励まされた。そして、「聖母マリアに祈りなさい。そうすれば 「聖母があなたを助けてくださいます。いつも聖母マリアに祈りなさい」 と促された。さらに、子供たちに、環境への配慮や世界で良いことを行う方法などについて、分からないことがあったら、積極的に質問するように求められた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年11月7日

☩「私たちが、福音の信頼される証人となっているか?」年間第31主日の正午の祈りで

(2023.11.5  Vatican News)

 教皇フランシスコは年間第31主日、5日の正午の祈りに先立つ説教で、福音の信頼できる証人になるために自分が説いていることを実践するとともに、誠実な心のために内面の生活を育てねばならない、と説かれた。

 説教でこの日の福音(マタイ23章1-12節)を取り上げられた教皇は、イエスが宗教指導者たちに警告された「説教はするが、実践しない」「行いはすべて、他人に見てもらうために行う」という”二枚舌的行為”に焦点を当てられた、イエスが異議を唱えられた、この宗教指導者の日々の生活におけるこのような振る舞いは、私たちにとっても、「証言の信憑性と、人として、そしてキリスト教徒としての信頼を危険にさらす心の二面性」として注意すべきこと、と指摘。

 そして、「 私たち自身の弱さを考えると、自分が他者に説いていることを実践するのは必ずしも容易ではないこと」を認めたうえで、「これは、私たちが人生で、社会、教会で責任ある役割を担っているときに特に当てはまります」と警告。「二枚舌は『ノー』です!。このルールは、司祭、牧師、政治家、教師、または親にとって常に有効です。自分の言うこと、他人に説教することは、まず自分自身がそれを実践することに専念してください」 と信者たち求められた。そさらに、「尊敬される教師になるためには、聖パウロ六世が私たちに求められたように、自分自身が信頼できる証人になることです」と強調された。

 また教皇は、二枚舌的な振る舞いの結果、内面よりも外面が優先されるようになることを指摘され、 「二枚舌の中に生きていた当時の律法学者とファリサイ派の人々は、外面的な評判を守るために、自分たちの(言うこととすることの)矛盾を隠することを気にかけていました。人々が彼ら本心を知っていたら、恥をかき、すべての信頼を失ったでしょうから。だから、彼らは、多くの人に正義の人と見られるように努め、内面の汚れを隠すために、美しい外見を示すことで面目を保とうとしたのです」と指摘。

 ひるがえって、現代の人々、特に、私たちキリスト教徒にとっても「外見を内面よりも優先する、というのは酷いことです」とされ、「教会の中でも、信頼できるキリスト教徒であるために内面に気を配るべきなのに、外見の面目を保とうとする誘惑に駆られることがあることは、否定できません」と注意された。

  最後に、教皇は、信者たちに、自分自身の振る舞いについていくつかの質問を自問するよう勧められた-「私たちは、自分が説いていることを実践しようとしていますか? それとも、二枚舌で生きていますか? 私たちは、自分がどれほど非の打ち所がないかを外見で示すことだけに関心をもっていますか。それとも、心の誠実さで内面の生活も培っていますか?」

 そして、私たちが福音の信頼できる証人となるよう聖母マリアに助けを求めて説教を締めくくられた。 「聖母に目を向けましょう。 神の御心に忠実かつ謙虚な心を持って生きた彼女が、私たちが、福音の信頼できる証人となるよう助けてくださいますように」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2023年11月5日

☩「聖地での戦いを止め、人質の解放を!」教皇、年間第31主日に改めて訴え

A Palestinian man sits on the rubble of a building at the Maghazi refugee camp in GazaA Palestinian man sits on the rubble of a building at the Maghazi refugee camp in Gaza  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年11月5日

☩All Souls’ Day(死者の日)のミサで「戦争で断ち切られた人々の人生のために祈る」

(2023.11.2    Vatican News  Joseph Tulloch)

 ガザ、ウクライナ、イエメンなどで戦争が激化し続ける中、教皇フランシスコはAll Souls’ Day(死者の日)の2日朝、ローマのテスタッチョ地区にある「ローマ戦争墓地」(英連邦諸国の戦没軍人たちが葬られている)でミサを捧げられ、説教で、「私たちより先に亡くなった人々、特に戦争によって人生を断ち切られた人々を心から悼み、神の王国での再会を望んでいます」と語られた。

(以下は「バチカン放送」による)

 時折雨が降る中、厳かにとり行われたミサには、軍関係者や遺族、ローマの行政関係者や市民など、およそ300人が参列。教皇はミサの説教で、この死者の日に「記憶」と「希望」という2つの言葉を示された。

 教皇は、「地上の旅を終え、神の慈しみの中に迎え入れられた人々の記憶を心に留める」よう、参列者を促すとともに、「主とすべての人々との出会いに向かうこの人生の歩みを、希望をもって見つめ、信仰に基づく、決して失うことのない希望をもって、毎日を前進するように」と励まされた。

 また、この墓地に埋葬されている戦没者たちの多くが20歳から30歳前後の年齢であることに触れ、これらの人々の「突然断ち切られた人生」を悼むと同時に、残された家族の悲しみに思いをはせられた。そして、「現在でも、私たちの近くで同じことが起きています」と今日も世界中で続いている戦争に目を向け、「これらの戦争が、何の意識も持たずに命を破壊している」ことを悲しまれた。

 そのうえで教皇は、「今日、亡くなった人々を思い、記憶と希望を保ちながら、主に平和を願いましょう…これ以上、人々が戦争のために命を落とすことがないように」と祈られた。

 また、「多くの無実の人、多くの兵士が亡くなっている。何のためにですか? 戦争は常に敗北です。完全な勝利など存在しません。たとえ相手に勝っても、その裏には常に犠牲という敗北があるのです」と説かれ、最後に、すべての死者を神に託し、「神が私たちに憐みと、神の御元で皆に会えるという希望をくださいますように」と願われた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年11月2日

☩「人の英知が戦争の拡大を避けると信じる・今月下旬始まるドバイCOP28に出席する」教皇、イタリア国営放送と会見

Pope Francis during the interview with Tg1Pope Francis during the interview with Tg1 

(2023.11.1  Vatican News)

 教皇フランシスコは1日放映されたイタリア国営放送の番組で、司会者のインタビューに応じ、ガザ地区での危機的な状況から、ロシアによるウクライナ軍事侵略はじめ世界で起きている紛争、さらに10月29日に閉幕したシノドス総会第一会期でも議論になった「教会における女性の役割」、「司祭の独身制」、「同性愛者のカップル」などにも、質問に答えられた。

 

*ハマスとイスラエルの戦いを止める賢明な解決策は

 まず、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃で始まり、イスラエル軍のガザ地区への地上攻撃に発展、日に日に多くの死者が双方に出ている事態に対して、教皇は、「すべての戦争は敗北です… 戦争では何も解決しない。すべては平和と対話によって得られるのです」とされたうえで、「(ハマスの戦闘員はイスラエルの)キブツに侵入し、人質を連れ去り、そこにひた人たちを殺した。これに対してイスラエル軍も拉致された人質を救うために、(ガザを)攻撃する。 戦争では、一方の”平手打ち”が他方の”平手打ち”を引き起こします。 その応酬は一段と激しくなり、続きます。 共に生きなければならない二つの民族の間の賢明な解決策…それは 2 つの民族、2 つの国家です。 オスロ合意*は、極めて限定された2つの国家と特別な地位を持つエルサレムを認める、ということでした」

*オスロ合意=1993年にイスラエルパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意された一連の協定。正式には暫定自治政府原則の宣言という。主な内容とされているのは①イスラエルを国家として、PLOをパレスチナの自治政府として相互に承認する②イスラエルが占領した地域から暫定的に撤退し、5年にわたって自治政府による自治を認める。その5年の間に今後の詳細を協議する―というものだった。

 

*世界中の戦争の裏で儲けているのは「兵器産業」だ

 教皇は、先週の「平和への祈り」を思い起しつつ、「世界は今、とても暗い時を経験しています」とされ、「人ははっきりと反省する能力を見つけることができていない。 先の世界大戦が終わった1945 年から現在に至るまで、次から次へと”敗戦”が続いており、戦争は止まりません。そうした中で、最も深刻な問題は『兵器産業』の存在です。 ある会合で出会った投資の専門家は『今、最も儲かっている投資先は兵器産業だ』と言っていました」と指摘された。

 また教皇は、ガザにいる宗教者たちと毎日電話で話している、とし、 「エジプト人の小教区助任司祭、ユスフ神父に毎日、電話しています。彼はこう言いました-『この小教区には563人が住んでおり、全員がキリスト教徒かイスラム教徒です。 マザー・テレサの『神の愛の宣教者会』のシスターたちが病気やけがをした子供たちの世話をしています。私は小教区の人たちに寄り添うことを心ががけていますが、ありがたいことに、イスラエル軍は今のところ、私たちを尊重してくれています』と」。

*教皇に就任した時の悪夢がまた繰り返されている・・このような事態に「慣れて」はならない

 そして、「私が今も覚えているのは、教皇になりたての時に、今回と同じような戦闘が、シリアで戦争が起きたことでした。聖ペトロ広場で、平和回復のために祈りを捧げ、そこにはキリスト教徒だけでなくイスラム教徒もいました。イスラム教徒は祈るために絨毯を持って来ました。とても難しい瞬間でした。 申し上げたくありませんが、あえて言います。あなた方は、『それ』に慣れています、残念ですが、『それ』に慣れています。でも、慣れてはいけないのです」と強調された。

*中東、ウクライナ、イエメン、ミャンマー… 悲惨な争いが世界に広がるのを、人の英知で止められる、と思いたい

 現在、イスラエルとパレスチナで起きている悲惨な争いが、世界に広がる可能性について聞かれた教皇は、「そうなれば、多くのものと多くの命に終わりをもたらすことになる。 人間の英知が、そうした事態になるのを止めると思います。 はい、拡大する可能性がないとは言えませんが… 」と答えられ、さらに、「この戦争は、イスラエル、パレスチナ、聖地、エルサレムが意味することのゆえに、私たちに影響を与えます。 ウクライナで続いている戦いも、近くで行われているので、私たちにも影響を与えています。私たちが直接、影響を受けない戦争も、世界中にたくさん起きている。 イエメン、ミャンマーなどなど。 世界は戦争状態にありますが、その裏に兵器産業があることを、改めて申し上げたい」と指摘された。

*「反ユダヤ主義」はまだ過ぎ去っていない

 

 関連して「反ユダヤ主義」について聞かれた教皇は、「残念なことに、今も、何か反ユダヤ主義的なものが常に存在します… 第二次世界大戦中に起きたユダヤ人大量虐殺。600万人が殺害され、奴隷化されたことを知るだけでは必ずしも十分ではないし、それ(その背景にあった反ユダヤ主義)はまだ過ぎ去っていません」と語った。

 

 

ウクライナ紛争

 

  ウクライナ和平への取り組みについては、「私はウクライナ国民のことをいつも思っています… 彼らは『殉教の民』であり、スターリンの時代にも非常に厳しい迫害を受けました。このことについて書かれた本を読みましたが、それはひどいものでした、… 彼らはかつて多くの苦しみを負わされ、今、それを追体験させされている。 私は彼らのことを理解していますし、ゼレンスキー大統領を受け入れました。彼の立場は理解していますが、今は平和が必要です。 しばらく立ち止まって、和平合意を模索してもらいたい。和平合意こそがこの問題に対する、ウクライナ、ロシア双方にとっての、本当の解決策です」と強調した。

 そして、 教皇はロシアが軍事侵攻を開始した昨年2月のことを思い起こされ、「信仰が開始された2日目、私はロシア大使館に出かけました。そして、『何かの役に立つならプーチン大統領のもとに喜んで行きます』と約束した… その時から、私はロシア大使館との間で話し合いができるようになり、ロシア、ウクライナ間の捕虜の交換が実現しました。しかし、対話はそこで止まってしまった。ロシアのラブロフ外相はこう言ってきたのです-『モスクワにおいでになるなら感謝するが、その必要はありません』と教皇自らの”対話路線”が不調に終わったことを説明された。

 

*教会における女性の役割は極めて重要性だが、女性司祭には神学的問題がある

 

  先のシノドス総会第一会期では、女性の教会における役割も大きなテーマになったが、教皇は「バチカンでは、すでに多くの女性が働いています。 たとえば、バチカン市国のナンバーツーはシスターで、実質的な最高責任者です。 経済評議会は6人の枢機卿と6人の一般信徒で構成されていますが、一般信徒6人のうち5 人が女性です。 そして、奉献・使徒的生活会省と総合人間開発省の次官も女性。司教を選ぶ委員会にも3人の女性がいます。女性たちは、私たち男性が理解できないことを理解しています。状況に対する特別な能力を持っており、それが必要とされています。 私は、女性たちが教会の通常の活動に組み込まれるべきだ、と確信しています」と強調。

 さらに、女性の司祭叙階については、「そこには行政的ではなく、神学的な問題があります。 女性は教会で何でもできます。統治責任者のポストに置くことも可能ですが、 神学的、司牧的観点から見ると、女性の司祭叙階は別の問題です。『 Petrine principle(使徒ペトロの原則)』は管轄権の原則です。 『Marian principle(マリアの原則)』はもっと重要です。教会は女性であり、教会は花嫁であり、教会は男性ではないからです。このことを理解するには、神学が必要です。そして、『女性の教会と教会における女性』の力は、男性の司祭職よりも、もっと強く、もっと重要です。 教会は女性であり、それゆえ、マリアはペテロよりも重要です。 しかし、これを機能主義に還元しようとしたら、私たちは負けてしまいます」と説かれた。

 

*シノドスと司祭の独身制

 シノダリティ(共働性)をテーマとしたシノドス総会第一会期にについて、教皇は、「結果は『肯定的』です。私たちは、完全に自由に、すべてについて話し合いました。これは素晴らしいことです」と評価したうえで、 「そして、総括文書を作成することができました。この文書は、来年10月の総会第二会期に向けて検討する必要があります。家族をテーマにした以前のシノドス総会と同様、今回も2段階のシノドス総会になります」と語られた。

 そして、「 私たちは、聖パウロ六世が第二バチカン公会議の終わりに希望されたシノダリティの実践にまさに到達したと信じています。聖パウロ六世は、東方教会が保持していたシノダリティの側面を西方教会が失ったことに気づいていました」とされた。。

 

*同性愛者のカップルについては

 

 今シノドス総会の前から高位聖職者の間で議論のあった同性愛者のカップルの問題について、教皇は「私が『みんな、みんな、みんな』と言うとき、それは人々のことです。 教会はあらゆる人を受け入れますが、彼らに、どのような人であるか尋ねません。 そして、誰もが、教会でキリスト教徒としての帰属意識を持って成長し、成熟します。確かに今、このこと(同性愛者のカップルの問題)について話すのはちょっとした流行になっています。 教会はあらゆる人を受け入れます。 『組織』が参加したい、という場合は別です。 原則は次のとおりです-『教会は洗礼を受けることのできるすべての人を受け入れる。 『組織』は洗礼を受けることができない 人々は、イエスだ』」

 

*聖職者による虐待は、性的であれ、どんな形も容認されない―小児性愛も含めてやるべきことはまだたくさんある

 聖職者による虐待問題については、教皇はベネディクト16世の仕事を引き継いでおり、 「たくさんの”大掃除”が行われました。 虐待でバチカンから追放された人もいました。前教皇はこれに関して勇気を持っていました。 その問題を自らの手で受け止め、多くの手順を踏んでから、それを完成させました。 この仕事は、これからも続きます。 虐待は、精神的虐待であれ、性的虐待であれ、その他のいかなるものであれ、容認されるべきではありません。 それは福音に反しています。 福音は、虐待ではなく奉仕であり、性的虐待だけでなく、他の種類の虐待についても、その研究で良い仕事をした多くの司教を見てきました」と述べた。

 また、教会は小児性愛と戦うために多くのことを行ってきたが、「やるべきことはまだたくさんある」ことを認めた。

*教皇として、一番難しかったのは…

 「これまでの教皇在任中に、一番難しいと感じたのは、何でしたか」との質問に、教皇は、「 私はこのようなこと(教皇職)に慣れていませんでしたし、間違いを犯して、相手に危害を及ぼすのではないか、という恐怖もありました。 大変でした。 簡単なことも、それほど簡単ではないことも、いくつかありました。 しかし、主は、常に私が問題を解決するよう、あるいは少なくとも忍耐を持って解決を待つよう助けてくださいました」とされ、「何が怖いのかと言えば、 聖地での戦争は怖いです。 この人たち、この物語はどうやって終わるのでしょう? 主の前で解決されるでしょうが、 恐怖が消えるわけではありません。 でも、当事者たちは、人間的な姿を保っています。 恐れを持つのは良いことです」と語られた。

 

*COP28のためにドバイに行きます

 教皇は、シノドス総会第一会期の初めの日に、環境問題に関するCOP28(国連気候変動枠組み条約締約国会議第28回会合)に向けた提言ともいえる使徒的勧告「Laudate Deum(神をほめたたえよ)」を出された。11月下旬にドバイで始まるCOP28に参加するかどうか、を聞かれて、 「はい、ドバイに行きます。 12月1日から12月3日まで休暇をとろうと思います。 私はドバイに3日間滞在します」と答えられた。

 そして、「数年以上前のこと、私がストラスブールの欧州議会に行った時、オランド仏大統領がロワイヤル環境相を迎えに寄越してくれました。彼女から、『環境について(パリ会議=2015年の国連気候変動枠組み条約締約国会議第21回会合=COP21)の前に何か準備しておられますか?』」と尋ねられました。それがきっかけになって、2015年のCOP21の前に(環境回勅)Laudato siを出したのです。その後、世界の環境問題への取り組みは後退しましたが、前に進む勇気が必要です」と強調された。

 

信仰が揺らいだことは…。

 また「 信仰が揺らいだことはあるか」との問いには、教皇は「『信仰を失う』という意味でしたら、そのような経験はありません」とされたうえで、「『揺らぎを感じずに暗い道を歩いている』という意味なら—主はどこにおられるのでしょうか? – あなたは、主が隠れておられるように感じますか、主はどこにお一人でおられるのですか? 私たちは彼の所に行ったり、来たりします。そして『主よ、どこにおられるのですか?なぜ、そこにとどまっておられないのですか?』と問いかけます。それで、あなたは、主が自分に語りかけてくださっているのを感じます。なぜなら、私は魔法の杖を持っていないからです。主は魔術師ではありません。それとは別の方です」と語られた。

 

  最後に教皇は、「アルゼンチンの2人の偉大なサッカー選手、マラドーナとメッシのうちどちらが好きですか」との問いに、「3番目はペレだと思います」と答えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年11月2日

☩「私たちは聖性に、賜物に、そして共にする旅に呼ばれている」-諸聖人の祝日に

 教皇フランシスコは1日の水曜恒例の一般謁見で、諸聖人の祝日に当たって、私たちが聖性に呼ばれていることを思い起こし、私たちがいただく神の賜物、常に私たちに寄り添う聖人たちと、私たちが共にする旅がいかなるものかを説かれた。

 また、講話の終わりに、教皇は「明日2日の朝、私は第二次世界大戦中の英連邦戦没者の墓地でミサを捧げます。 そして今日の戦争で苦しんでいる人々のために祈り続けましょう。 苦しんでいるウクライナ、パレスチナ、イスラエル、そして今も戦争が続いている他の多くの地域を忘れないようにしましょう」と強調された。

 (以下は、「バチカン放送」)

 今日、諸聖人の祭日を祝うにあたり、聖性について、特に真の聖性が持つ2つの性質、「聖性とは賜物である」ということ、また「聖性とは歩みである」ということについて考えてみましょう。

 まず「聖性とは賜物である」。聖性は私たちが洗礼と共に受け取った、神の賜物です。それを育てるならば、私たちの人生を完全に変えることができます。聖人たちは到達不可能な、遠い彼方の英雄ではありません。彼らは私たちの友人であり、彼らの出発点もまた、私たちが受けたものと同じ洗礼なのです。

 よく振り返れば、私たちも必ず日常生活の中で聖人たちに出会っているはずです。それは、正しい人、キリスト教生活を真面目に単純さをもって生きている人、身近に暮らしている聖人たちです。

 聖性は、幸いな人生のためにすべての人に与えられた贈り物です。私たちが贈り物を受け取った時の、最初の反応は何でしょうか。幸福な気持ちを感じるでしょう。誰かが私たちを大切に思ってくれるからです。聖性の贈り物は私たちを幸せにします。神が私たちを慈しんでくださるからです。

 だが、すべての贈り物は、感謝と責任をもって受け取らねばなりません。私たちはそれを無駄にしないように招かれています。洗礼を受けたすべての人は、その人生を通して、受け取った聖性を保ち、それを完成させるようにと召されています。それゆえに、「聖性とは歩みである」とも言えます。それは、共に助け合いながら、登山者のようにロープでつながり、一致して行く歩み。その歩みの最高の仲間とは、聖人たちです。

 聖人たちは、私たちの兄、姉として、いつも頼りにできる存在です。聖人たちは私たちを支え、私たちが道を誤る時、沈黙の存在をもってそれを正してくれます。聖人たちは信頼できる誠実な友人として、私たちのためを思ってくれます。私たちは、聖人の生涯に模範を見出し、彼らの祈りから助けと友情を受け取り、彼らと兄弟的な愛の絆を強めるのです。

 聖性とは歩みであり、賜物です。ここで自問しましょう-自分を聖性へと招き、それに到達するのを助ける聖霊を受けたことを思い出せるでしょうか。聖性の恵みを聖霊に感謝しているでしょうか。聖人たちを身近に感じ、彼らに向かって話しかけているでしょうか。聖人たちの生涯を知っているでしょうか。

 聖人たちの生涯を知り、それを行動の模範とすることは為になることです。祈りの中で、聖人たちに向かって話すことは、とても有益です。

 諸聖人の女王、マリアよ、私たちに受けた恵みの喜びを感じさせ、永遠への熱望をかき立ててください。

 

Tomorrow morning, I will celebrate Mass in the Cemetery for the Fallen of the Commonwealth during the Second World War.

And let us continue to pray for the populations who suffer due to today’s wars. Let us not forget tormented Ukraine, let us not forget Palestine, let us not forget Israel and let us not forget the many other regions where war still rages.

 

 

2023年11月1日

☩教皇、ガザ地区の戦闘停止、ハマスの人質解放を切望ー年間第29主日の正午の祈りで

A view of the remains of a mosque and houses destroyed by Israeli strikes in the central Gaza StripA view of the remains of a mosque and houses destroyed by Israeli strikes in the central Gaza Strip 

 

2023年10月29日

☩「聖母マリア、平和の道を追求するよう、世界の指導者たちを鼓舞してください」ー教皇、27日夜、世界の平和を求める祈り

 

(2023.10.27 Vatican News   Linda Bordoni)

Prayer for Peace

 27日を「世界の平和を求める祈り、断食、苦行の日」と定められた教皇フランシスコは同日夜、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、シノドス総会参加者をはじめ多くの信者たちとともに、1時間にわたる祈りを捧げられた。

 福音の朗読、瞑想、ロザリオの祈りなどが行われる中で、教皇は聖母マリアのイコンに目を向けられ、「私たちはあなたの前に立っておられす。 あなたは私たちの母親であり、あなたは私たちの戦いと傷をご存じです」と語りかけられた。

 そして、「平和の女王、あなたは私たちと私たちのために苦しんでおられます。あなたは私たちの世界を引き裂いている紛争や戦争に苦しんでいる多くの子供たちをご覧になり、私たちのために苦しんでおられます… そして、この暗い時に、私たちは自分自身と問題を、私たちの不安と恐怖をご存じのあなたの母の心に委ねます」と祈られた。

 また教皇は祈りの中で、光と希望の源である聖母マリアの優しさ、愛、そして試練にいつも応えられたことを思い起し、悲しみの夜を通して、主の復活の希望を持ち続けるための助けを祈られた。

 さらに、「平和の道から外れ、迷い込んだ私たち人間家族に慈悲の目を向けてください」とされ、混乱と大きな危険の中にある私たちの世界のために、平和の仲立ちとなってくださるように祈られ、「私たちに、人生を大切にし、あらゆる人の暮らしをケアし、戦争の愚かさを拒否することを教えてください…」と願われた。

 そして、聖母マリアがしばしば私たちに祈りと悔い改めを促されたことを思い起こされ、私たちの世俗的な気晴らしがしばしば私たちを惑わせたことを顧み、「私たちをもう一度助けてください。自分自身だけでは、私たちは成功できません。 あなたの御子がいなければ、私たちは何もできません。あなたは私たちを。私たちの平和であるイエスに連れ戻してくださいます」と語りかけられた。

 続けて教皇は、「慈しみの母、私たちは慈悲を訴えます! 平和の女王、私たちは平和を求めて訴えます! 憎しみによって投獄された人々の心に触れてください。紛争を掻き立てる人々の心を改めてください… 子供たちの涙を乾かし、年配の人、孤独な人、傷を負った人、病いの人を力づけてください。自分の土地と愛する人から離れさせられた人たちを守ってください」と聖母マリアに懇願された。

Prayer for peace

 さらに、私たち自身と私たちが持っているすべてのものを聖母マリアの無原罪の心に信頼して委ね、教皇は祈られた—「私たちは、あなたに教会を捧げ、教会がイエスの愛を証しする中で、調和のしるし、平和

の道具となってくださるように。あなたに、私たちの世界、特に戦争の国と地域を捧げます」。

 教皇は、「きらめく光が紛争の暗い夜を照してくれるように、国家の指導者たちが平和の道を求めるように」と祈られ、聖母マリアに次のように執り成しを願われた。「すべての人々の女王、邪悪な者に唆され、力と憎しみで目が見えなくなっている、あなたの子供たちを和解させてください。あなたは、すべての者のそばにおられ、私たちの距離を短くされます。 誰もに思いやりを示されるあなたは、互いを大切にすることを私たちに教えてくださいます。 主の優しい愛を明らかにされるあなたは、私たちを主の慰めと平和の証人となさいます。 平和の女王、私たちの心に、神の調和の賜物を贈り物に注いでくださいい」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

 

2023年10月28日

◎教皇連続講話「使徒的熱意について」㉔”スラブ人の使徒”聖チリロと聖メトジオに「愛における自由」の道具となることを学ぼう

(2023.10.25 バチカン放送)

  教皇フランシスコは25日の水曜恒例の一般謁見で「使徒的熱意について」の連続講話を続けられ、今回はその証し人として、「スラブ人の使徒」である聖チリロ隠世修道者と聖メトジオ司教を取り上げられた。

 講話の要旨は次のとおり。

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 今日は東方で「スラブの使徒」としてよく知られる二人の兄弟聖人、聖チリロと聖メトジオについて語りましょう。

 2人は、9世紀のギリシャに生まれ、政治的な出世の道を捨て、修道生活をおくりました。しかし、彼らの隠遁生活は長くは続きません。モラヴィアに宣教師として派遣されたからです。モラヴィアは、当時様々な民族から成り、一部はすでに福音化されていましたが、多くの異教的な習慣や伝統が多く残っていました。聖人たちは「土地の言葉でキリスト教信仰について説明して欲しい」と君主から依頼されたのです。

 チリロとメトジオが最初に取り組んだのは、人々の文化を深く学ぶことでした。信仰は文化に根付くべきであり、文化は福音化されるべきです。チリロは、彼らに「アルファベットを使えるか」と聞くと、「ノー」でした。そこで、聖書や典礼書を訳すためにグラゴル文字が考案され、そのおかげで、人々にとってキリスト教信仰はもう「外国のもの」ではなく、自分たちの言葉で話される、自分たちの信仰となったのでした。

 しかし、そのうち、あるラテン語派の人々が「スラブ人への説教を独占するものだ」と批判し、「神を賛美するには、十字架に書かれた3つの言語、ヘブライ語とギリシャ語とラテン語でなくてはならない」と主張しました。

 「神はすべての民族に、それぞれの言葉でご自身を称えて欲しいと思っておられる」とチリロは力強く答え、メトジオと共に教皇に願い出て、スラブ語の典礼書の許可をもらった。教皇はその典礼書を聖マリア大聖堂の祭壇に置き、彼らと共にこの本に従い、主を賛美して歌いました。

 チリロはその数日後に亡くなり、彼の聖遺物は今もローマの聖クレメンテ教会で崇敬されています。メトジオは、司教に叙階され、スラブの地に派遣されました。そこで大きな苦しみを受け、投獄されましたが、神の御言葉は鎖で縛られることなく、人々の間に広がって行ったのです。

 この二人の福音宣教者の証しを見つめましょう。聖ヨハネ・パウロ2世は、聖チリロと聖メトジオを「ヨーロッパの保護者」とすることを望み、回勅「スラブ人の使徒」の中で、彼らの証しの3つの重要な点を指摘しました。その一つは、「一致」です。ギリシャ人、教皇、スラブ人が協力し合ったように、その時代、ヨーロッパには分裂することなく、福音宣教のために協力し合うキリスト教がありました。二つ目の重要な点は、「インカルチュレーション」。先にも述べたように、福音宣教と文化は堅固に結びつくものです。三つ目は「自由」。福音宣教には自由な精神が求められ、それはまた勇気も必要とます。自由で勇気のある人は、それを妨げる多くの物事にしばられることがありません。ない。

 私たちも、他者のために「愛における自由」の道具となることができるよう、スラブ人の使徒、聖チリロと聖メトジオに助けを祈りましょう。

(編集「カトリック・あい」)

2023年10月26日