(2022.6.1 Vatican News staff writer)
教皇フランシスコは1日の一般謁見で、「老年の価値と意味について」をテーマとする講話を続けられ、「年配者は、粘り強い祈りと希望に満ちた主への献身の模範を提供することができる」と語られた。
教皇はまず、詩編71章にある心からの祈りー「わが主よ、あなたこそわが希望。主よ、私は若い時からあなたを信頼し…」(5節)を取り上げ、詩編作者が、歳をとるとともに体が弱まり、傷付きやすくなるのを感じ、神がそのような自分を守り、面倒をみてくださるよう哀願している、と説かれた。
そして、この年配者の作者の不安は、「自分たち年配者を『役に立たない存在』『社会にとっての負担』と見なす”使い捨て文化”の蔓延によって、自分たちの尊厳や権利さえ脅かされている』と考える」という、多くの人々に共通するもの、と指摘。
「メディアさえも、いかに年配者が詐欺のターゲットになり得るか、家庭においてさえも、保護も世話も受けられずに放っておかれるのか、を日々、報じています」と語られ、同じように、自分たちの尊厳が失われるのを恐れて、私たちが病気や高齢からくる脆弱さを隠そうとする誘惑に陥る可能性も指摘された。
さらに、今日の”近代文明”は、「病気の人、高齢の人にとって、とても居心地の悪いものであり、病人、年配者と愛に満ちた共生することへの配慮を欠く一方で、尊厳ある存在の境界線を定めるのに躍起になっている」と批判されたうえで、「増加を続け、しかも、私たちが住むこの世界を毒している”使い捨て文化”によって、しばしば見捨てられている年配者」をケアすることを、社会全体として、急がねばならない、と強調された。
続けて教皇は、「詩編作者は、神の契約への忠実さと先を見据えたケアへの信頼を改めて確認し、老いを敗北と見なしていた年配の彼は、主に対する信頼を取り戻しました」と語られ、「彼は、助けられる必要があると感じ、神に顔を向けます」として、次のように説かれた。
「年配者は、粘り強い祈りと希望に満ちた主への托身で、私たちすべての世代にとっての待望の模範となれます。 その存在と模範によって、彼らは人々の心を開き、より公正で人道的な社会ー人生のあらゆる段階にある人々を尊重し、共通善への貢献に価値を置く社会ーの建設に力を与えることができます」。
そして、「年配者は、その弱さによって、人生の他の段階にある人々に、主に自らを委ね、主の助けを呼び起こす必要があることを教えることができるのです」と付け加えられた。
講話の最後に教皇は、「老年には、生涯を通じて信頼できる方法について、私たちに教える”弱さの教導職”があります」とされ、「 老年は、共生とすべての善なるもののために不可欠な『私たち自身の文明の刷新のための決定的な地平を開く』ことについての教えを示すことができるのです」と強調された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)