Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑩ 「人生130年」の隣国  

 

デビュー小説「サイレント・ブレス」の著者・南杏子さん(24日、東京都渋谷区で)∥稲垣政則撮影

 日野原重明先生が亡くなった。先生にはあるパーティーでお目にかかり、親しくお話をさせていただく機会に恵まれた。今から23 年前の1994年10 月。聖路加看護大学学長だった先生が、30 歳を過ぎて医学部に入り直した晩生の医学生にあたたかい言葉をかけて下さったことが忘れられない。当時、先生はすでに83 歳だった。105 歳の大往生に、今さらながら感慨がよみがえる。

  さて、日野原先生より26歳年上という<史上最高齢>の女性が隣国にいる。その人の名は、阿麗米罕・色依提(アーリーミーハン・サーイーティー)さん。中国の北西部にある新疆ウイグル自治区に住むウイグル族の女性で、1886 (明治19 )年6月25日生まれの満131歳とされる。

    ただ彼女の存在は、中国の国外ではほとんど知られていない。それには理由がある。19世紀の中国の戸籍は、信頼性が極めて低い。特に、少数民族が数多く暮らす地域の戸籍には過去にもさまざまな疑問が指摘されてきた。  2013年6 月のことだ。中国南部にある広西チワン族自治区で、ある女性が、<127歳と337 日の天寿を全うした>と伝えられた。その訃報の中で彼女は、「1946年に61歳で息子を出産した」とされている。これでは、戸籍そのものに疑問符がつくのは当然だ。

  とは言え<131歳>のサーイーティーさん本人は、「幸せ」を満喫している。「(中国共産党は)私と私の家族、孫やひ孫たちのために、素晴らしい誕生パーティーを開いてくれました。私は人生に満足しています。(共産党の)皆さんは、私に良くしてくれます。私のために家を建てて下さり、私はとても幸せです」。誕生日のたびに、サーイーティーさんのそんな談話が報じられる。長寿のお祝いの陰に、国家への「感謝」が強調されている印象だ。

  <史上最高齢女性>が住む新疆ウイグル自治区は、「シルクロードの十字路」という美しい別名とは裏腹に、イスラム教徒の少数民族ウイグル族と漢族などの民族対立が問題視されている。2009年には両者の衝突が「ウルムチ暴動」と呼ばれる武力衝突に発展し、中国当局の発表で197人が亡くなった。昨年、今年も住民同士の襲撃事件や爆破事件などが起きている。

  すべての民族が仲良く幸せに暮らし、世界一の長寿を祝う国――。暴力の応酬が続く中、サーイーティーさんの長寿を祝うことで「国威発揚」を図ろうとする中国当局のイメージ戦略が透けて見える。

  米カリフォルニア州に本拠のある国際的な研究者団体ジェロントロジー・リサーチ・グループは、現在の世界最高齢者をジャマイカに住む女性、バイオレット・ブラウンさん(117歳)と認定している。

  日本で100歳以上の「百寿者」は、この半世紀で300倍に激増し、5万人を突破した。私が勤める病院でも、100歳以上の患者さんは約20名にのぼる。「長寿社会」「長寿国家」「長寿世界」……。どのような表現をしたとしても、そこに生きる人それぞれが、日野原先生のように真の「幸せ」であってほしい。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。5月24日発売の日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」が収録されました。アマゾンへのリンクは、https://www.amazon.co.jp/dp/4344029992?tag=gentoshap-22

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2017年7月27日 | カテゴリー :