・受刑者とともに捧げるミサ(「菊地大司教の日記」より)

2021年10月22日 (金)受刑者とともに捧げるミサ

  このところ恒例となってきた、NPO法人マザーハウス主催(代表:五十嵐弘志 さん)の「受刑者とともに捧げるミサ」が今年も企画され、10月16日(土)の午後に、聖イグナチオ・麹町教会で行われました。

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   マザーハウスのホームページには、次のように解説が掲載されています。

 「教皇フランシスコは「いつくしみの特別聖年」中の2016年11月6日(日)を、「受刑者の聖年」と定め、受刑者やその家族のため、そして刑務官や教誨師を含め、刑務所の内外で受刑者の支援に携わっているすべての人・機関のために祈るよう呼びかけました。理事長の五十嵐は、社会の人々と刑務所にいる受刑者が共に祈ることで孤独と犯罪から解放されると考え、菊地功大司教に受刑者と共に捧げるミサの司式を要請し、2018年10月に菊地功大司教とローマ教皇庁大使館の大使チェノットゥ大司教の共同司式にてミサを開催し、毎年、実施しています」

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   同法人のホームページには、当日のミサの様子のビデオも掲載されています。この時期ですので感染症対策のために、残念ながら      大勢の方に参加していただくことは出来ませんでしたが、当日の模様は配信され、多くの方が祈りの時をともにしてくださいました。

 

      以下、当日、用意していった説教の原稿ですが、上述のビデオを見ていただくとおわかりのように、ほとんど原稿通りに話してはおりませんでした。

( 受刑者とともに捧げるミサ   2021年10月16日 聖イグナチオ・麹町教会)

   昨年初めからすでに2年近く続いている感染症による困難な状況は、地球的規模で、人類社会に大きな影響を与えています。感染症対策のため、各国の政府によって取られたさまざまな政策によって、経済が悪化し、雇用関係が不安定になっている国も少なくありません。

   もちろん人類にとって未知の感染症ですから、誰ひとりとしてどのように対処するべきなのかについて正解を知っている人はおらず、また感染症の実際の健康への影響も、専門家の間にもさまざまな議論があります。わたしたちも目に見えないウイルスが相手ですから、一体どう対処したら良いのかが判然とせず、この2年近くは、本当に暗闇の中を手探りで歩んでいるような気持ちに包まれています。

  教会も大きな影響を受けています。教会は定期的に大勢の人が集まることで成り立ってきましたが、残念ながらそのこと自体を制限しなくてはならなくなり、活動が大きく制約されています。

  教皇フランシスコは、昨年、一時中断していた一般謁見を2020年9月2日に再開し、その日は少数の会衆を教皇宮殿の中庭に入れて、こう話されています。

  「このパンデミックは、わたしたちが頼り合っていることを浮き彫りにしました。わたしたちは皆、良くも悪くも、互いに結びついています。この危機から、以前よりよい状態で脱するためには、ともに協力しなければなりません」

   教皇様は、誰ひとり排除されない社会を実現し、すべてのいのちがその尊厳を守られるようにと働きかけてきましたが、特にこの感染症の困難に襲われてからは、地球的規模での連帯の必要性を強調されてきました。

   しかし残念ながら、連帯は実現せず、かえって孤立と孤独が激しくすすみ、いのちが危機に直面しています。

   今年2021年の復活祭にあたってのメッセージで、教皇様は次のように述べられました。

  「パンデミックはいまも猛威をふるっています。社会的、経済的な危機はいまだに深刻な状態にあり、とくに貧しい人に大きな影響を及ぼしています。それにもかかわらず、武力紛争と軍備拡張はとどまることを知りません。今、こんなことがあっていいはずがありません。」

  その上で教皇様は、「十字架にかけられ、復活された主は、仕事を失った人や、経済的な苦境に陥っても社会から適切な保護を受けられない人の心の支えです。」と呼びかけられます。今わたしたちの社会は、不安の暗闇の中に置き去りにされている恐怖から、他者に対する配慮をする余裕を心から奪い、不寛容な心は利己的になり、自分を守ることにばかり集中して、助けを必要として叫びを上げている人の存在を見えないものにしています。

  教皇様は「福音の喜び」で、教会のあるべき姿を、「出向いていく教会」であるとされました。自分の安全安心を守ろうとするのではなく、常に挑戦し続ける姿勢を教会に求めました。失敗を恐れずに、常に挑戦を続ける教会です。しかもその挑戦は、困難に直面し、誰かの助けを必要としている人のところへ駆けつける挑戦です。

  そして「福音の喜び」には、「イエスは弟子たちに、排他的な集団を作るようには言いませんでした」という言葉もあります。その上で教皇は、「教会は無償のあわれみの場でなければなりません。すべての人が受け入れられ、愛され、ゆるされ、福音に従うよい生活を送るよう励まされると感じられる場でなければならないのです」と指摘します。(114)

  今、教会は、この困難な現実の中で、命を守るために、積極的に出向いていき、助けを必要とする人たちとともに歩んでいかなくてはなりません。

  ちょうど今、教皇様は2023年の秋に開催される世界代表者司教会議の準備を、世界中の教会で、明日から始めるようにと指示をされています。明日、10月17日のミサの中で、それぞれの地におけるシノドスのプロセスが始まります。

   シノドスという言葉は、会議の名称ではなくて、そもそも「ともに歩む」事を意味しており、教皇様はまさしく教会が、「ともに歩む」教会であるようにと願っておられます。誰ひとり忘れられることのないように、神から愛されて命を与えられたわたしたちは、司教も、司祭も、修道者も信徒も、ともに支え合い、助け合いながら、互いの声に耳を傾けあい、歩んでいきたいと思います。

  わたしたちの歩みは、暗闇を彷徨う不確実な歩みではなく、わたしたちと共にいてくださる主とともに前進する歩みであり、神の民を導かれる聖霊の声に耳を傾けながらの前進です。

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  マタイ福音は、「求めなさい。そうすれば与えられる」と語るイエスの言葉を記しています。イエスはわたしたちに、求めること、探すこと、門をたたくことを求めます。問題は、一体わたしたちは何を求め、何を探し、どの門をたたくのかであります。

   同じ福音の記述の続きには、こう記されています。

  「あなた方の天の父は、求める者に良いものをくださるに違いない」

   すなわち、わたしたちは、自分がそうあってほしいと願うことを求めるのではなく、神が良しとされることを求めるときに、与えられるのです。神が望まれる命の生き方を実現しようと求め、探し、門をたたくときに、初めて神は答えてくださるのであって、わたしたちの自己実現や自己満足のために、欲望を満たす何かを探し求めても、それは与えられません。

  ですからわたしたちは、神が良しとされる生き方とは一体どのような生き方であるのか、神が良しとして定める道はどこにあるのか、神の国の門はどの門であるのか、つねに見極めながら、より良い方向へと進んでいかなくてはなりません。だからこそわたしたちは、この道を一緒になって歩むのです。その「一緒」には、神が良しとして創造されたすべてのいのちの尊厳が含まれています。排除されてもよい人は誰ひとりいません。互いに支え合いながら、わたしたちは一緒になって道を見いだし、歩んでいきたいと思います。

  今日このミサを捧げながら、過去を顧み許しを求めている人に善なる道が示されるように、祈りたいと思います。同時に犯罪の被害に遭われた方々の、心と体のいやしのために、祈ります。さらには、加害者のご家族、また被害者のご家族の方々の、いやしと生きる希望のために、祈りたいと思います。

  そして、すべての人が神の望まれる道を歩むことができるように、受刑者の方々に、また犯罪の被害者の方々に支援の手を差し伸べるすべての人のために、心から祈りたいと思います。キリストに従うわたしたち一人ひとりが、神が望まれるより良い道を、互いに支え合って、歩み続けることが出来ますように。

2021年10月23日

・「一人でも多くの青年が司祭の道を歩んでくれるように」菊地大司教の「司教の日記」より

 緊急事態宣言が解除となり、ミサの公開が再開しましたが、その直後の最初の堅信式が、10月3日に町田教会(主任司祭は林神父様)で行われ、17名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。感染症の状況の中、堅信式も何度も延期になり、皆さんよくぞ待ってくださいました。その忍耐と犠牲に、御父の豊かな報いと聖霊の祝福がありますように。

Machidaconf21d またこのミサの中では、教区の神学生である熊坂さんが、朗読奉仕者の選任を受けられました。

 司祭養成の過程では、まず哲学課程が終わったところで司祭助祭の候補者として認定を受けます。その後、朗読奉仕者と祭壇奉仕者の選任をそれぞれ受けて、助祭叙階に至ります。助祭叙階後は、短くても半年以上の助祭としての務めを経て、司祭に叙階されることになります。

 現在東京教区には4名の神学生がおり、東京カトリック神学院に在籍しています。熊坂さん、冨田さん、田町さん、今井さんの四名です。ご存じのように司祭になるためには、現在の養成課程では、最低でも7年間必要です。

 例えば、今日、志願者が現れたとしても、まず教区の中で、教区養成担当者による見極めの期間があり、その後、神学院の入学試験に通る必要があります。新しい養成課程では、神学院での勉学と養成をすべて修了して、初めて助祭に叙階され、助祭としての奉仕を半年以上経験してから司祭叙階。ですから司祭になるまでに、実際には8年近くがかかることになります。

 一人でも多くの青年が、教区の教会共同体を導く牧者として生きていく決断をし、司祭の道を歩んでくださるように、皆様のお祈りをお願いいたします。また司祭への道を進むべきかどうか悩んでいる青年がおられましたら、より良い識別ができるように励まし、また共に歩んでくださいますように。

(菊地功=きくち・いさお=東京大司教)

(編集「カトリック・あい」)

2021年10月10日

・Sr.岡のマリアの風 (68) ”シノドスの歩み”が始まる前に

 「原稿、書いてください。独り言『でも』いいから…」と、最近、言われるようになった。つまり「独り言さえ 出て来ない期間が、長~く続いているのだろう。水が枯渇したのか、「土」(私)が干からび過ぎて、雨が降ってもはねのけてしまうのか…。でも、原稿書かなきゃ…そんなことを考えていたら、今朝、独り言の芽が出てきた。その芽から出発して書いてみよう。

 教皇フランシスコは、アシジの聖フランシスコの心で、すべての人、さらに、被造界において生けるものすべては「兄弟姉妹」だ、と訴える。

 …で、「そうか!」と思う。「すべての人は兄弟姉妹」が、何で「そうか!」と思うのか、兄弟姉妹だから「兄弟げんか」もあるよね~ということだ。昨日、何でもないことで口げんかになった。いまだに、どうしてそうなったのか、よく分からない。というより、私の何気ない、ひと言が原因だったようだが、それでもなぜ相手が、その私のひと言に反応して怒り出したのか 分からない。

 教皇フランシスコは、「家庭の中で何か言い争いがあったら、寝る前に互いに「ごめんなさい」と言ってください、争ったままで次の日まで持ち越さないでください」と言われる。

 私は、それで、謝ったか、と言うと、謝っていない。「何で~?何の悪気もなく言ったことで、相手が怒ったとしても、どうしてわざわざ『私が』謝らなければならないの?」というのが正直な心。それに、何で怒ったのよ~…という話になると、また「兄弟げんか」が、ぶり返しそうだし。

 これが私の弱さなんだ、とつくづく思う。

 教皇はしばしば言われる。「危機(crisis)」は、私たちにとって必要です。それは嫌でも自分自身の弱さと直面させてくれるから、と。さらに教皇は、問題は、その「危機」から、どのように出るのか、新たな生き方を選び、それを生きる自覚と責任を負う覚悟があるのか、それとも、熱が冷めたらまた元の「居心地
の良い自分の巣」に戻ってしまうのか、と問いかけられる。

 教皇フランシスコは10月10日、バチカンでのミサ聖祭をもって、公式に「シノダリティー」についてのシノドスの歩みを開会する。「シノダリティー」という、分かったような分からないような言葉に、いろいろな説明がなされているが、教皇がリフレインのように繰り返す言葉が、その「こころ」を表しているのだろう。「一緒に歩む」「互いに耳を傾け合う」「率直で謙虚な対話」「違いを豊かさとして迎え入れる」「誰も排斥しない」…

 これらの言葉を聞いていると、一つのイメージが浮かぶ。そしてそれはまさに、開会ミサの前日、10月9日に開かれる「シノダリティー」について考察する集まりの冒頭で宣言される神の言葉( 使徒言行録1章 9~20節)から来るイメージだ。

 イエスの復活、昇天の後、使徒たちが、「先生(イエス)」と最後の過越の食事(最後の晩餐)をした場所、エルサレムの「高間」で 「婦人たちや、イエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、心を合わせてひたすら祈っていた」(同14節)場面。使徒たちと共に祈っているイエスの母。独り言なので許していただきたいが、私の思考は、そこから急に、教皇フランシスコの文書の一節にジャンプする。

 教皇は、イエスの母マリアのさまざまなイメージを示しているが、その中でも特に、すべての人の母、特にキリストを信じるすべての人の母、つまり「教会の母」のイメージが優先的だ、と私には思われる。

 教皇職のモットー(目標、指針)を表しているとも言える、最初の使徒的勧告『福音の喜び』(2013項)からも明らかではないか。それは次のように響く。

 聖霊とともにマリアは民の中に常ににおられます。祈るためにマリアは弟子たちを集め(使徒言行録1章 14節)、聖霊降臨において起きた宣教の爆発的な盛り上がりを可能にしたのです。マリアは、福音をのべ伝える教会の母です。マリアを抜きにしては、新たな福音宣教の精神を十分に理解することはできません(『福音の喜び』284項)。

 司教も、司祭も、修道者も、信徒も「共に歩む」教会。キリストにあがなわれた、同じ兄弟姉妹として。唯一の霊に導かれて歩んでいる兄弟姉妹として。

 冒頭の「兄弟げんか」でも明らかなように、口で言うのは簡単だけど、現実は、かなり難しい。日々の小さな「兄弟げんか」は、私たちに、自分の弱さを受け入れる訓練の機会を差し出してくれるのだろう。

 折しも、10月3日、年間第27主日の、聖ペトロ広場に集まった人々との正午の祈りの中で、その日の福音箇所(マルコ福音書10章 2 ~16節)を黙想しながら、教皇フランシスコは率直に指摘している。

 キリストの弟子は、「小さな者たち」(助けを必要としている人々、お返しが出来ない貧しい人々)の中に主を見出すだけでなく(これは先週、年間第26主日の福音から)、さらに一歩進んで、「自分自身が小さな者であることを認める必要がある」と。

 つまり、「小さな者たちに奉仕する」だけでなく、私たち自身、主の前で、助けを必要としている者、小さな者であることを認めること。

 教皇はさらに言われる。私たち自身の小ささを見つめ、それを受け入れるとき、まさに「そこに」 私たちはイエスを見出すのです、と。私たちは、戦いや弱さの中で成長する。

 なぜなら、私たちの弱さこそが、神に心を開く原動力になるから。そして神に心を開く時、神の心で、人々に心を開くことが出来るようになるから。

 「問題を前にして自分自身が小さな者であると感じるとき、十字架や病気の前に小さな者であると感じるとき、労苦や孤独を経験するとき、失望してはなりません」、と教皇は言われる。まさにそれは、表面的な生き方の「仮面が剥がれるとき」であるから。「私たちの根源的な弱さ」―つまり、土の塵に過ぎない人間であること―が現れてくるときであるから。

 人間の根源的な弱さは「私たちの共通の土台、私たちの宝です。なぜなら 神と一緒なら、弱さ(脆さ)は障害物ではなく、機会だからです」。教皇はここで、 このように祈るのは善いことでしょう、と言って、ある祈り方を勧められる。

 「主よ、私の弱さ(脆さ)を見つめてください…」。この後、主の前に自分の弱さを列挙する。これが、神の前での善い態度です、と。

 だから、今日の私の祈り。

 「主よ、私の弱さを見つめてください。よく考えずに思いやりのない言葉を投げてしまうこと。それで傷つくのは相手が悪いと思ってしまうこと。相手の傷を感じることを恐れること。…つまり、私の心地よい巣の中に閉じこもりたくなること…」。

 教皇フランシスコの結びの言葉。

 「私たちが小さな者であるとき、私たちは、神のやさしさ(tenerezza)をより感じます。このやさしさは、私たちに平和を与え、私たちを成長させます。[…]このようにして私たちは大きくなります(成長します)。自分自身の自己満足という幻想のうぬぼれにおいてではなく―それは誰も成長させません―、御父にあらゆる希望を置くという強さにおいて。まさに小さな者たちがするように」。

 「小さな者の道」を示した、幼いイエスの聖テレジアの記念で始まった10月。主のあがないの業を見つめながら、主の慈しみに私たちの弱さを謙虚に委ねるロザリオの祈り。自分の小ささ、弱さを認めることによって、互いを兄弟姉妹として受け入れ、私たちのただ中におられる主に信頼して一緒に進む、神の民の歩み。

 今朝の独り言の「芽」は、けっこういろいろな思いを表に出してくれました。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

2021年10月6日

・愛ある船旅への幻想曲⑧  『シノドスの旅』への思い

 先ずは、『シノドス』準備文書の日本語訳を“カトリックあい”で即刻、掲載されたことに心からの感謝を伝えたい。

 フランシスコ教皇の『シノドス』への思いを一日も早く知りたい信徒は沢山いると私は思う。

 コロナ禍の中、私たちは、それぞれの生活を見直す時間を与えられた。会社や学校また買い物にさえも行くことができず、人との交流関係にも変化があったのではないだろうか。

 カトリック信徒としての日常にも少なからず変化があったはずだ。

 「神との交わりがより深くなった」「イエスが側にいてくれると前よりも感じるようになった」「聖霊の働きを信じ、守られていることを改めて感じている」。

 これらは若い信徒達が最近に語ってくれた言葉だ。私は、彼らとの“交わり”から沢山の学びがある。彼らは、“みことば”から日常での気づきを自然体で話す。時にネガティブな発表から“参加者たち”は議論することもある。そんな時、相手を思い遣る言葉からは“愛”を感じる。そして、私達は共に歩んでいるんだ、と実感する。教会は、このような小さな集まりこそ大事にし、前に進まねばならない、と私は思っている。

 今回の旅は、第二バチカン公会議が提起した教会「更新」を継承している。信徒にとっても興味深く、待っていた旅だ。時は流れ、社会生活も変わる。教会生活はどうだろう。教会とは?共同体とは?のテーマで何度小教区で分かち合ったことか。小教区での分かち合いに参加する信徒も減少しているのが現状ではないだろうか。「共に旅する」ことへの障害は何であるのか。

 今回の『シノドスへの旅』について、カトリック教会が真摯に向き合い、前に進もうとするなら、自由に全ての人の声を受け入れてくれる“広き門”への設置も必要ではないか、と思う私である。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2021年10月5日

・ガブリエルの信仰見聞思㉒「聖ヨセフ、私たちのために祈ってください」

 私を育んでくれた母国のラ・サール会の小学校、中学校、高校では、全校朝礼や学校行事やお祝い事などの始まりに、必ずお祈りを捧げていました。中学校の守護聖人は聖ヨセフだったので、祈りの最後には必ず、「聖ヨセフ、私たちのために祈ってください」と言って、その執り成しをお願いしていました。

 また、学校の創立記念日や聖ヨセフの祭日を祝う時のミサでは、さらに「聖ヨセフの連願」も祈っていました。その頃から個人的なお祈りでも、自然に聖ヨセフの執り成しを求め、聖ヨセフに親しみを感じるようになりました。

*今年は12月8日まで聖ヨセフの特別年

 教皇ピオ九世が聖ヨセフを「普遍教会の保護者」とする宣言150周年を記念し、教皇フランシスコが宣言された「聖ヨセフの特別年」(2020年12月8日~2021年12月8日)は、あと2カ月で終了します。もちろん、それによって、「神の母マリアの夫」であり、「神の御子の養育者」に選ばれた聖ヨセフへの崇敬が終わるわけではありません。

 ただ、せっかくの「聖ヨセフ年」において、この「誉れ高いダビデの子孫」であり、神様が選ばれた特別な「キリストに仕えた方」のことをより深く知ったり、より一層の親近感を感じたり、彼の神なる主イエス・キリストに対する愛を大いに教わったりするこの大きな機会が、「もしかして十分に活かされていないうちに終了してしまうのでは」と勝手に思いますと、何だか寂しく感じます。昨今のコロナ禍にもたらされている、ミサの非公開や制限、諸活動の中止や自粛など広範に及ぶ影響で「特別年」らしきのお祝いや諸活動の開催ができず、「聖ヨセフ年」のことすら知らない信徒たちもいるらしく、とても残念に思います。

 聖ヨセフのことについて、福音書で記すところはわずかで、彼が発した言葉は一つも記されていないようです。一見にして目立たなく地味な存在であると思われがちかもしれませんが、実際には福音書のそのわずかな記述が聖ヨセフの重要な存在が大いに語られ、私たちが聖ヨセフからたくさんのことを教わることができると、歴代の教皇たちが私たちに教えられています。

*「聖ヨセフの連願」「教皇フランシスコの使徒的書簡」

 1909年に教皇聖ピオ十世によって全教会での使用が承認された「聖ヨセフの連願」にある聖ヨセフの呼び方がその大きな存在感を表しています。さらに今年の5月に新しい7つの呼び方が追加され―「贖い主の守護者」、「キリストに仕えた方」、「救いの奉仕者」、「困難なときの支え」、「国を追われた人の保護者」、「苦しむ人の保護者」、「貧しい人の保護者」―これらは、聖ヨセフの様々な姿について考察した、教皇聖パウロ六世、教皇聖ヨハネ・パウロ二世、そして教皇フランシスコの発言の中から選ばれたものです。

 「聖ヨセフの連願」(1)の祈りを通じ、福音書でわずかに書かれている聖ヨセフの姿と、私たちに教えていることをより深く知るようになるのではないかと思います。また、「聖ヨセフ年」を記念して、教皇フランシスコの使徒的書簡「父の心で」(2)―に挙げておられる7つの聖ヨセフの父親像の姿を黙想することによって、聖ヨセフについての理解をより深めることができるのではないか、と思います。

*聖ヨセフが言った大切な言葉

 最後に、「福音書を読んで、聖ヨセフは一言もしゃべっていない」と思っている人が多いかもしれませんが、実はそうではありません。福音書には聖ヨセフが少なくとも、ある大切な言葉を最初に公に告げ知らせた人だったと記されているのです。

 「…主の天使が(ヨセフの)夢に現れて言った。『ダビデの子ヨセフ、恐れずマリアを妻に迎えなさい。マリアに宿った子は聖霊の働きによるのである。/マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである』」(マタイ福音書1章20節~21節)。

 「八日がたって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。胎内に宿る前に天使から示された名である」(ルカ福音書2章21節)。

 ユダヤ教の習慣では、割礼の際に子供に名前をつける義務と権利を行使できるのは父親だけです(洗礼者聖ヨハネの父親であるザカリアも彼を「ヨハネ」と名付けた―ルカ福音書1章59節~69節参照)。すなわち、割礼の際、聖ヨセフは幼子キリストを「イエス」とはっきり言って名付けたと記されています。

 この御名は、唯一の救いのある名前なのです(使徒言行録4章12節参照)。その意味は、聖ヨセフの「お告げ」の時に明らかにされていました(マタイ福音書1章21節参照)。聖ヨセフは、幼子キリストの御名を付けることで、主イエスに対する法的な父親であることを宣言し、その御名を語ることによって、救い主と
しての幼子の使命を宣言したのです。

 聖ヨセフ、私たちのために祈ってください。

(ガブリエル・ギデオン=シンガポールで生まれ育ち、現在日本に住むカトリック信徒)

注:(1) 聖ヨセフの連願 https://www.cbcj.catholic.jp/wp-content/uploads/2021/02/joseph_rengan2.pdf(2) 教皇フランシスコ、使徒的書簡「父の心で」https://www.cbcj.catholic.jp/2021/02/18/22014/(カトリック中央協議会)

2021年10月2日

・竹内神父の午後の散歩道 ⑪赦しと和解に招かれて

誰かに忠告する、ということは、気の重いものです。伝えた方がいいだろうか、やはり、やめといた方がいいだろうか… と逡巡します。また、誰かから忠告されることも、(その指摘が当たっていても)どこか複雑な思いを感じます。

 忠告とは、「まごころをもって他人の過失・欠点を指摘して戒めさとすこと」(『広辞苑』第五版)と語られます。〝まごころをもって〟という点が、大切なのでしょう。なぜなら、もしそれがなければ、良い事態を招くどころか、むしろ、お互いの間にきしみや大きな溝が生まれる可能性もあるからです。

*神の光のもとで

 「マタイによる福音書」には、次のような言葉がありますー「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところでとがめなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる」(18章15節)。

 ここで「とがめなさい」と訳された言葉(エレンコー)には、次のような意味がありますー「光にさらす、明るみに出す、誤りを認めさせる、非難する、たしなめる」。この場合の光とは、神の光を意味するのでしょうか。兄弟が、何か罪を犯した場合、人間の思いで裁くのではなく、むしろ、神の光に任せること。

 そうすれば、その人を滅ぼすのではなく、むしろ、その人の命を得ることになる、と語られます。私たちの罪を真に明らかにできる方、それは、神だけです。ヨハネは、それゆえ、次のように語りますー「その方が来れば、罪について、義について、また裁きについて、世の誤りを明らかにする」(ヨハネによる福音書 16章8節)。ここで語られるその方とは、聖霊のことでしょう。

*父の御心とは

 先ほどのマタイの言葉の直前には、迷い出た羊のたとえ話が語られます。その羊の持ち主は、一心不乱に捜します。その心は、まさに、一人の罪人に対する神の心そのものです。「これらの小さな者が一人でも失われることは、天におられるあなたがたの父の御心ではない」(マタイによる福音書 18章14節)。

 父の御心とは、イエスも語るように、私たちの誰一人も滅びることなく、終わりの日に復活に与ることにあります(ヨハネによる福音書 6章35~40 節参
照)。「小さな者」とは、私たち一人ひとりに、ほかなりません。その私たちは、たとえどんなに誠実であろうとしても、過ちを犯し得る弱く不確かな存在です。パウロが語るように、自らの中に分裂を抱えています。

 「私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っています」(ローマの信徒への手紙 7章19節)。これが、私たちの現実の姿です。それゆえ、私たちに求め
られること、それは、互いに赦し合い受け入れ合うことであって、決して、裁いたり切り捨て合ったりすることではありません(マタイによる福音書 7章1~5節、エフェソの信徒への手紙 4章32節 参照)。

*命を得るために

 「忠告」ーそれは、罪を犯した兄弟を滅ぼすためではありません。むしろ、その人の命を得るためです。裁くためではなく、赦しと和解へと招くためです。それは、パウロが、次のように語るとおりです。「神はキリストにあって世を御自分と和解させ、人々に罪の責任を問うことなく、和解の言葉を私たちに委ねられたのです」(コリントの信徒への手紙二 5章19節)。

 この赦しと和解は、教会においてなされます。なぜなら、教会の中心には、まさにイエスがいるからです。「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」(マタイによる福音書 18章20節)。忠告の言葉が、自分ではなく、イエスからのものであることを、願い求めたいと思います。

(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)

2021年9月30日

・Sr.阿部のバンコク通信(60)「私をどうぞ」とタイに来て、もうすぐ30年

 自分が今、どこで、どうしているのか、ふと分からなくなり、自問することがあります。『タイのバンコク』の自分を意識し、我に帰るのですが、一瞬の不思議な感覚で、何とも説明しょうのない、宙ぶらりんの境地です。

 タイ国に来ることになったきっかけを振り返ると、摂理の織りなす綾に導かれて来た日々、驚くばかりです。

 聖パウロ女子修道会は、1915 年に福者アルベリオーネ神父により、イタリアのアルバで創立されました。前年に創立された男子聖パウロ会と共に、広報機関による福音宣教に献身し、現在50カ国で奉仕しています。

 まさに広報の利器の誕生と成長を共にして来ましたが、要望に応じられず、断り続けて来たある時期の総会で、聖霊の招きに応じていない事態を反省し、派遣国を厳選し、15の国に会員を送ること決定。総長のその時の書状に感動し、50歳の誕生日を迎えた私は「残る人生を、新たな決意で福音宣教に捧げよう」と奮起しました。

 膨大な費用が必要。姉妹たちの協力で、休み時間に皆で資金作りの内職を始め、姉妹たちが「パウロ娘」としての宣教の熱意に燃えているのを感じ、本当にうれしく思いました。そもそも奉献の人生は幸せのはずなのに、時に惰性に流れ、くすぶる姿、悲しいですものね。

 私は特技無し、専門の養成も受けていない一介の修道者。海外に派遣されることなど考えもせず、ただ黙々と自分の全てを神様に捧げて人々に奉仕したいーただそれだけで精いっぱい生きていました。その私へ1993年、総長から手紙で『行ってくれませんか』と呼ばれたのです。

 海外のどこかの国で、人々と運命を共にして生きる、存在そのものを捧げる、そうした考え方があってもいいのではないかーそう考えるようになっていたので、喜んでお受けしました。

 「私をどうぞ」ー今日もそんな気持ちで、精いっぱいイエスの福音を生き、このタイで献身しています。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員=写真は「私が手掛けた本とCD」(左)と「愛読者の少年」(右)

 

2021年9月30日

・愛ある船旅への幻想曲⑦ 「 コロナ禍の中で感じる”ネット社会”の不安」

 コロナ禍の中、子供たちにとっては夏休みは夏休みであり、“はっきり”と学校に行かなくてもよい日が続き、少しは息抜きができたことだろう。しかし、今年の夏休みも又、今まで当たり前だったことができない過ごし方だったに違いない。いったい子供たち一人ひとりはどのように感じながら日々を過ごしているのだろう。

 新学期の始まりも各都道府県の学校によって日が違うようだ。明日の学校の予定も定かでない状況では、親子で落ち着かないだろう。また、親は学校からの連絡に何時も注意を払わねばならない。最近は、学校からの連絡手段もメールでの一斉送信、と聞いている。

 インターネットの普及から私たちの生活も変わらずを得ない。義務教育でも学校に行かずにオンライン授業を導入せねばならない昨今である。インターネット接続がなければ学校の授業も受けられない。デジタル社会で育つ子供たちは、これからどう成長していくのだろう。

 カトリック教会もYouTubeを利用してミサ、説教、分かち合いなどが配信されている。(司祭によっては趣味の番組作りなども配信しているようだ。)誰でもが、カトリック教会をネット上で自由に訪問することができる。世界中の教会の主日のミサに与ることができ、何度でも説教を聞くこともできるのだ。ある日本人信徒は、日本の教会を北から南へと順にアクセスして、今は一つの教会のミサに与っている。外国人信徒も同様に、英語圏から最終的に一つの教会を選んでいる。

 今の子供たちは、ネット社会からのスタート、と言えるだろう。必要な情報はネットから簡単に得ることができ、知らない人との接触もボタン一つで可能な時代だ。素晴らしい!と、思う事も多々あるが、今まで培ってきたコミュニティは希薄になり、自己愛と承認欲求がまかり通っているように感じるのは、私だけであろうか。バランスのとれた人間として生きていく為には何事にも苦労して学び、面倒くさく思わず、実体験を喜んでする教育が必要と私は思っている。

 神様は今、何を一番望んでいらっしゃるのか。神様のひとり言を“ちょっと”聞きたい私である。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2021年9月5日

・Sr.岡のマリアの風 (67)初めての本…初めから最後まで「感謝!」の本

   感謝の気持ちを表したい、と書き始めました。 宣伝しているように見えたら、ごめんなさい!

   K誌に連載していたエッセイをまとめてくださったものが本になります。K誌の私の記事の担当者のKさん、出版社のIさん、私の小さな記事を喜んで読んでくださっている姉妹たち、友人たち…これは「私の」本というより、多くの方々の「協働作業」の実りです。初めから最後まで「感謝!」の本。

なぜK誌の連載が始まったのか、それがなぜ今、本になったのか(しかも一般の出版社から)、そもそも、なぜ私が、神学の中でもひじょうにマイナーな「マリア論(Mariology)」を勉強することになったのか、「マリアの風」に乗って、キリストに従う日々の生活を生きるとは、どういうことか…いろいろな思いがこもった小さな本です。

 本が出版されることになった時、「売れなかったらどうしよう」と親心で心配してくれた修道会会長が、真っ先に日本人の姉妹たち全員に本を注文してくださいました(今でも「売れ残った分も引き取らなければだめかしら?」と、出版される前から心配しています)。

 先日、『マリア論オンライン講座』のスタッフが、目ざとく「シスターの本、通販で予約が始まっています!」と知らせてくれました。妹もお母さんも、キリスト信徒ではない従兄弟も読みたい、と注文してくれました。クラスメートのライン・グループの「本棚」でも紹介されたとか(どういうものか知りませんが…)。

 私のエッセイ連載を拾ってくださった出版社の担当のIさん。百回以上続いている記事の中から幾つかを選んで、内容でくくって二部構成。何しろ、まとめて本になることなど考えずに書いているので、言葉や聖書引用を統一するだけでも大変です。

 ここは「心」でいいけれど そこはやっぱり「こころ」がいい、などという、ほとんど感覚的なこだわりがあります。 聖書引用も、この箇所は、この聖書の訳がいい…など Iさんは、それにいちいち付き合い、私が表現したいことを汲み、大切に大切に本にしてくださいました。

 そして、早く読みたい、と待っていてくださる友人たち。やはりこれは 協働作業 です。

 最後に、感謝しきれないほどの感謝を、M師に届けたい。マリアさまが大好きなM師に、推薦の「帯書き」を書いていただけないでしょうか、お忙しかったら無理にとは言いませんが…とびくびく連絡したら、すぐに返事をくださり、「喜んで。原稿を送ってください」、と また、「帯書き」のお礼にメールをすると、返事をくださり、何と原稿を全部読んでくださったと知り、心の芯が熱くなるとはこういうことか、という経験をしました。小さな者に目を留めてくださるまなざしに感謝しかありません。

 K誌の連載記事は、印刷された時点で私の手を離れ、聖霊が自由に読む方の心にささやいてくださる、と私はイメージしています。まさに「マリアの風に乗って…」という感じ。壮大な意味で、聖霊との協働作業です。聖霊に導かれて書いて、聖霊が読む人の心を動かしてくださる、という意味で。

 すべてに感謝しつつ、また、マリアさまが、読む人の心に母の温かさを伝え、周りの人を兄弟姉妹として大切にする心を育ててくださることを願いながら。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員/新刊書「マリアの風に乗って」は教育評論社刊、1650円です)

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2021年9月2日

・Sr.阿部のバンコク通信 (59)時代は変わり、タイ特産の珈琲を味わう

  タイ入りした1994年4月当初からこれまでを振り返ると、結構な移り変わりが見えて面白いです。

 「スカイトレイン」とも呼ばれる空中を走る電車が敷かれ、渋滞バンコクの行き来が便利になった。携帯-スマホが誕生し、電話ボックスを探さずとも済み、何処へでも道案内してもらい、長距離電話の費用も不要になった。支払い、金銭のやり取りもスマホで指先ひとつ。時間も労力も省け、人々は今やスマホいじりに夢中、のんびり空を眺める余裕ある姿も見かけなくなりました。

 食生活にも結構な変化。客に出すのは「冷たいお水」が決まりだったのが、今は「珈琲いかがですか」と。洒落た珈琲ショップが巷に続々開店、スーパーには迷うほどにさまざまな種類、メーカーのインスタント珈琲が並ぶ。「タイ人は一般的に珈琲を忌み嫌う」という私の第一印象でしたが、今では打ち消されしまいました。

 20世紀中頃、インドネシアから持ち帰った苗でタイ国の珈琲栽培が始まった、と言われます。1988年にはタイ王室が珈琲の栽培開発を企画。山岳の麻薬栽培地帯の貧しい人々が、森林と共生し環境を保護しながら、ぴったりの高地条件で珈琲の栽培を始めました。「ここは昔、木が1本もないアヘンのケシ畑」だったのが、30余年の歳月を経て、良質なアラビカ珈琲畑に変わりました。2014年の時点でタイ珈琲の生産量は世界18位、アジアで3位になっており、南部はロブスタ種、北部はアラビカ種、いずれも品質の良さで評価されています。

 2012 年6月のこと。年に一度タイに来られる福岡教区の川上神父様を囲んで、嬉しい日本語ミサがありました。その折、「アカ族村の初収穫の珈琲、持って行っていい?」と、タイのNGOで働く親友からの電話。ミサ後聖堂前で持参した豆と挽いた珈琲を紹介、どちらも完売となりました。

 友人はタイの貧しい人々の中で環境保護、村興し、AIDS対策などに長年取り組み、当時は珈琲豆の栽培で村の産業振興に力を注いでいたのです。

 日本に帰国する前に「注文よろしくね」と連絡先を置いていきました。《実に美味しい、飲み干して漂う優しい香り》、味を占めた仲間と、今も誘い合い続け、取り寄せています。アカ族のその村は何と、カトリックの村で、昨年はアカ山岳民初の司祭が誕生しました。ほんとうに嬉しいです。

 移り変わる世、今はコロナ禍で動きが取れない状況の中でも、心底から喜び響き合い、翻弄されずに生きていたいです。美味しい一杯の珈琲も、ひと役です。皆さん笑顔で頑張りましょう。

2021年9月1日