・Sr.石野の思い出あれこれ ㉙イタリアから日本へ・”逆カルチャーショック”の中身

 ・Sr.石野の思い出あれこれ ㉙イタリアから日本へ・”逆カルチャーショック”の中身

 イタリアの生活に比べれば修道院の中でも外でも、日本のそれは清潔で几帳面で気持ちがよい。修道院の中では、規則はイタリアも日本もほぼ変わらず、それほど気にもならなかったが、いったん外に出ると、度を超して、窮屈に感じられる点も多々あった。

 6車線の広い道路、自動車一台通っていないので、横断していたら、どこかで笛を吹くのが聞こえた。ふと振り返ると、交通巡査が笛を口に当てたまま、手で私に「引き返せ」と合図をしている。「なぜ?」と思ったが引き返した。「ここは横断歩道ではない、横断歩道を渡りなさい」と仰せ。「一台の自動車も通っていないのに?」と、首をかしげながら、かなり離れた横断歩道まで歩いてから道を渡った。イタリアにも横断歩道はある。でも、どこでも横断できたのに…。

 地下鉄の中「…事故のため、3分ほど遅れて出発しました。お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と車内放送。「誰が急いでいるの?出勤時間でもないのに。静かにしてよ」と言いたくなってしまう。

 最近は、この車内放送も大分、少なくなったように思えるが、それでも続いている。イタリアでは、列車が2時間遅れても、何の放送もなかった。それがよい、と言うのでは決してないが、困ることだってある。手を取り足を取りと、親切が過剰になると、うるさくなる。

 イタリア人の「細かいことにこだわらない、おおらかな人間性と、ちょっとだらしのないところもあって、ぬるま湯につかっているような生活」から、急に「熱いお湯につかるような東京の生活」に戻った私は、いささか目を白黒させた。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

2020年11月30日

・竹内神父の「日曜午後の散歩道」①待降節を迎えて、”いのち”を整える

・竹内神父の「日曜午後の散歩道」①待降節を迎えて、”いのち”を整える

ペトロ岐部と187人の殉教者

 2008 年 11 月 24 日、長崎で催された「ペトロ岐部と 187 人の殉教者」の列福式に参加しました。朝から雨が断続的に降り続き、「大丈夫かな」と心配だったのですが、予定どおり 正午時に始まり、途中からは雨も上がって、ときどき日も差すほどとなり、約 3時間半に及んだ式は無事終わりました。

 彼らは、1603 年から 1639 年にかけて、日本の各地で自らのいのちを賭して、神の愛、あるいはまた、イエス・キリストを証しました。言葉にすれば簡単ですが、その意味するところは、広くて深い。ちなみに「殉教」とは、ギリシア語の「マルティリア」(martyria)に由来し、その意味は「証」です。ですから、殉教者とは、本来、「証人」を意味しています。

待つことへの招き

 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ福音書 12章24節)ー殉教者について語られるとき、しばしば耳にする言葉です。ここでは、言葉として明言されていませんが、二つのことが語られていると思います。一つは、個々のいのちは死を通してこそ、真のいのちー永遠のいのちーへと結ばれるということであり、もう一つは、その真のいのちへの道は、死を通してこそ証されるということです。

 待降節を迎えて、私たちは、終末的色彩の濃い聖書朗読が与えられます。今日は待降節第二主日ですが、第一朗読では、「荒れ野に主の道を備えよ」(イザヤ書 40章3 節参照)と語られます。その意味は、主が来られるから、主の歩まれる道を整えて準備していなさい、ということでしょうか。また、待降節における大切なテーマの一つである「待つ」ということに、心が向けられます。

 「待つ」という行為は、人間として美しい行為ですが、同時にまた、忍耐が求められるのも事実です。ともすれば、私たちは、忍耐を避けようしますが、実は、それによっていっそう深く神に与ることができます。なぜなら、神は、忍耐そのものだからです。「主は怒るに遅く、慈しみに富み、過ちと背きを赦す者」(民数記14章18節)。

主の道を備えた人々

 殉教者は、確かに、主の道を備えた人々だったと言えるでしょう。彼らは、神を見据えて生きていました。その神が、私たちに約束されたことーそれは、「平和」です(詩編 85章9 節参照)。この平和は、しかし、ただ単に何も起こらないとか、力と力が危うい均衡を保っているとか、あるいはまた、独裁者がすべてを支配している、といったようなことではありません。そこにはもっと積極的な意味があります。

 「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ福音書 20章19、21、26節)ーこれは、私たちに対するイエスの願いであり約束です。この言葉の背後には、「神がともにおられる」(インマヌエル)という意味が含まれています。「恐れるな。私があなたを贖った… あなたは私のもの… 私はあなたと共にいる」(イザヤ書 43章1~2節参照)ーこれは昔も今も、そしてこれからも、変わることのない神の約束です。

 「主の道を備えよ。その道筋をまっすぐにせよ」(マルコ福音書1章3節)。洗礼者ヨハネは、文字どおり、生涯をかけてこの言葉を生き抜きました。ヨハネは荒れ野で叫ぶ声、そしてイエスは、その声によって伝えられる神のみことばそのものです。「主の道を備えよ」ーそう語られるとき、改めて、ヨハネの生き方に学びたい、と思います。

(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」にしてあります「カトリック・あい」)

2020年11月30日

・菊地大司教の日記「週刊大司教を始めました」

2020年11月 9日 (月) 「週刊大司教」を始めました。

 2月27日からの公開ミサ中止に合わせて、3月1日から主日ミサをインターネット配信しておりました。配信の機器をそろえ実際に毎回配信をしてくださったボランティアスタッフや、聖歌を歌ってくださったシスター方、非公開の時には、広い大聖堂でミサに参加してくださったシスター方。そのほか多くの方の関わりと助力で成り立っていた配信でしたが、その分多くの方に負担をかけることになり、また教区の週末行事も再開されるところが出て、私自身のスケジュール調整が難しくなってきたこともあり、ひとたびお休みさせていただくことにいたしました。協力いただいた皆様に感謝します。

 その代わりになるかどうか分かりませんが、土曜日の晩に、「週刊大司教」と題して、10分程度の短いビデオを配信することにしました。主日の福音朗読とそれに基づく短いメッセージで構成しています。感染状況の変化に応じて、配信ミサが再開される可能性もありますが、当分はこちらを継続していこうと思います。制作は教区本部広報担当です。撮影場所は、大司教館の小聖堂です。(写真)なおYoutubeのアカウントは、配信ミサは関口教会のアカウントですが、週刊大司教は東京教区のアカウントになっています。(Youtubeのカトリック東京大司教区のアカウントをチャンネル登録くださるか、東京大司教区のホームページにリンクを掲載してあります)

 なお、主の降誕、12月24日と25日には、大司教司式ミサの配信が予定されています。詳細は追ってお知らせします。

2020年11月9日

・ガブリエルの信仰見聞思 ⑫「聖性」の始まりは「神の創造物である自分」を愛すること

 初めて聖人に関する本を読んだのは、堅信を授かった12歳の頃でした。父からお祝いにプレゼントしてくれた様々な聖人についての短い紹介集でしたが、読み始めると、とても興味をひかれ、それ以来、様々な聖人に関する本をより深く読むようになりました。

 様々な聖人のことについて、また聖人から学ぶようになるにつれ、彼らの個性や経歴はそれぞれ大きく異なるものの、神様への忠実な愛、そして隣人を愛する姿勢がとても似ていることがわかりました。教皇フランシスコが次のように美しく表現されています。

 「聖人たちは、光が異なる色合いで入ることができる教会の(ステンドグラスの)窓に例えることができます。彼らは、神の光を心の中に迎え入れ、それぞれの「色相」に従って、世に伝えています。しかし、彼らは皆透明で、神様の穏やかな光が通り抜けられるように、罪の汚れと闇を取り除くために、力を尽くし、努力していました」(2017年11月1日、日曜正午の祈りでの講話))。

 以前にこのコラムで教会の典礼暦について、お話ししたことがありますが(「日日好日」―典礼暦年を生きる)、聖人たちは、また、私が典礼暦が大好きな理由の1つです。神聖な点呼のように―例えば、ある日は幼きイエスの聖テレジア、次にアシジの聖フランシスコ、その次に、アヴィラの聖テレジア、聖イグナチオ(アンチオケ)、聖ヨハネ・パウロ二世教皇など―異なる個性や経歴を持った聖なる大先輩たちは、次々と行進して通り過ぎていき、私たちはついに「諸聖人の祭日」にたどり着きます。

 この日には教会の歴史上の列聖された聖人たちだけでなく、天国にいる数多くの無名の聖人や、日常生活の中で神様の光を輝かせている普通の善良な人々も、含まれています。このように、聖徒の栄光ある交わりは、私たちと共に祈り、私たちのために祈ってくれる膨大な数の信仰の同伴者を与えてくれています。

 「カトリック教会のカテキズム」は、「『どのような身分と地位にあっても、すべてのキリスト信者がキリスト教の生活の完成と完全な愛に至るよう召されています』。すべての人が聖性へと召されています」(2013項)と教えてくれています。つまり、私たち全員が例外なく、聖人になるように招かれているのですが、教皇フランシスコが次のように述べられています。

 「私たちはしばしば、聖性とは、日常の事柄から身を引き、多くの時間を祈りに費やすことができる人だけのものであると考えがちです。そうではないのです。私たちは皆、どこにいても、愛をもって生活し、すべてのことにおいて、証しすることによって、聖なる者となるように招かれているのです」(2018年3月19日、使徒的勧告「喜びに喜べ――現代世界における聖性」)。

 確かに、私自身もかつて「多くの時間を祈りに費やすことができない自分には、どうすれば聖性に至ることができるのか」と思ったことがありますが、故トーマス・マートン(アメリカのトラピスト修道会司祭、作家)が次のように言っています。

 「私にとって、聖なる者となることは、自分自身になることを意味する」(著書「観想の種」より)。この言葉に出会った時、とても深い感銘を受け、徐々に正しい認識を持つことに導かれるようになりました。

 言い換えれば、「聖なる者になるためには、まず自分自身になることから始まるのだ」ということです。私たちはしばしば、他の人の聖性の解釈に基づいて、自分がそうではない誰かになろうとしていることに気が付くかもしれません。そのため、自分自身が聖なる者になることができるとは、信じがたいことなのではないでしょうか。

 「自分自身になること」という理解の核心は、神様の御前に、自分が何者であるかを受け入れることです。

 「まことにあなたは私のはらわたを造り/母の胎内で私を編み上げた。あなたに感謝します。/私は畏れ多いほどに/驚くべきものに造り上げられた」と詩編(139章13節~14節)にあります。

 聖性の始まりは、神様の創造物として自分を愛することです。それは、自分自身のすべてを意味します。自分の中にあって欲しくないと思う部分さえも、神様がお創りにならなかったらよかった、と思う部分さえも、自分が嘆いている部分さえも含まれています。

 私たちの創り主である神様は、私たちの弱さや,苦労したり、挫折したりしているところを含め、私たちのすべてを愛しておられます。往々にして、これらの弱さこそが、聖性に至る最も重要な道なのではないかと思います。なぜなら、私たちの弱さこそ、私たちが完全に神様に依存していることを思い出させてくれるからです。

 神様が私自分自身になることを望まれると信じることは、私にとって素晴らしい解放感を与えてくれた気がしました。私は常に霊的に成長するように召されているのですが、神様はどのような状況でも、私自分自身になることだけを求めておられます。そのため、友人の悩みを聞いたり、苦しんでいる人や困っている人に出会ったりするときに、「アッシジの聖フランチェスコや聖クララ、ロヨラの聖イグナチオなら、どうするだろう」と問う必要はありません。

 確かに、偉大な聖人たちは、私にとってキリスト者としての行動の模範となることができます。しかし、神様はその特定の状況に彼らを置かれたのではありません。主はご自分の神秘的な知恵により、私に与えてくださった能力と技術、そして私の弱点と限界をもって、私をそのような状況に置かれたのです。従って、より良い問いは、「神様の子供であり、キリスト者である私が何をすべきか」ということではないでしょうか。

 小さな一歩一歩を踏み出し、聖性の小さな振る舞いをしていきましょう。聖徒たちの交わりの中で、キリストの光が、私たち一人ひとりを通して、無数の色で輝きますように。

(ガブリエル・ギデオン=シンガポールで生まれて育ち、現在日本に住むカトリック信徒)

2020年11月4日

・Sr.阿部のバンコク通信㊾ 満月の夜、美しい水の祭典

 10~11月の満月の夜、タイ国では美しい水の祭典が行われます、今年は10月31日に当たり、ローイクラトーンと呼ばれんる水に感謝を捧げるお祭りがタイ全土で祝われました。4月のタイ正月に次ぐ祭日です。

 リーダー格が拘束されたこともあり、勢いを失い、多少穏やかになった暴徒の集会はさておき、人々はバナナの茎と葉に蓮などの花で素敵に拵え、ローソクと線香を点した灯籠を手に水辺に赴き、感謝と願いを込めて河面に浮かべました。夜の水辺に流れる光る灯籠、なんとも美しい光景です。

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 13世紀スコータイ王朝時代、川からの恵みに感謝し、王妃が美しい灯籠を川面に浮かべ流したのが始まりです。水位が最も高いこの時期の満月の夜、ローイ(浮かべ流す)クラトーン(灯籠)のお祭りが行われるようになりました。

 タイに住んでいると、水=ナム(นำ้)の付く言葉や熟語が非常に多いことに気付きます。真心を「ナムチャイ(นำ้ใจ) =水の心」、優しい心の人を「水の心を持つ人」と言います。

 基本的に農耕民のタイ国の人々、川や運河に沿って生活し、主要河川を船で行き来して発展して来た国です。水の恩恵を平素に有り難く思う気持ち、水との深い切っても切れない関わりと意識が、祭典を身近に感じ祝っているのだと思います。魂の汚れを洗い流し、浄めるという意味をも含むローイクラトーンのお祭り、安らぎ喜びを感じ、素敵だな、と思います。

 混乱の渦巻く世の中から、天に立ち昇る人々の祈りの燻り… 閉ざされた天空がパッと開き、魂が命の呼吸をするローイクラトーンの様なお祭り、日本の巷でも楽しめるのではないでしょうか。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

⁂写真は、タイ観光庁のものを使用しました=「カトリック・あい」

2020年11月3日

・菊地大司教の日記・小金井教会でヨハネ会誓願式と金祝、ダイヤモンド祝

2020年11月 1日 (日) ヨハネ会誓願式@小金井教会

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 10月31日土曜日の午後2時から、小金井教会で、福音史家聖ヨハネ布教修道会の誓願式が行われました。通常は略して「ヨハネ会」と呼ばれるシスター方は、社会福祉法人を通じて、主に桜町病院を中心とした諸施設に関わってきました。同修道会の歴史は、こちらのホームページをご覧ください。

 この日は、同会はじめてとなるベトナム出身のシスターが初誓願をたてることになり、東京近隣のベトナム出身の司祭たちが集まりました。感染症対策のため、一般の方を招くことができず、聖堂内は主にシスターたちが間隔を空けて座り、歌唱も最低限としました。

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 初誓願を宣立されたのは、シスターピア・レ・ティ・トゥ・フォンさん。おめでとうございます。

 そして同じミサの中で、有期誓願を更新したシスターが二人、誓願の金祝をお一人が祝い、さらに60年であるダイアモンド祝を三人のシスターがお祝いされました。金祝とダイアモンド祝のシスター方は、それぞれがあらためて誓願生活への決意の言葉を述べられました。

 コロナ禍にあって、命の危機に具体的に直面してきた私たちは、何かしらの不安を抱えて生きています。先行きが不透明なため、闇の中でさまよい続けているような状況です。その中で、孤独のうちに孤立する人、必要な助けが得られない人、命を生き続けることに力尽きてしまう人、様々な側面から神の賜物であるいのちは危機にさらされています。

 教会はその中にあって、いのちの希望を高く掲げたいと思います。その教会で、率先して人生をかけていのちの希望をあかしする奉献生活者の存在は重要です。

 教皇ヨハネパウYohane20fロ二世は、使徒的勧告「奉献生活」に、「他の人々がいのちと希望を持つことができるために、自分のいのちを費やすことができる人々も必要です」と記し、奉献生活者が教会にとって重要な存在であることを指摘されました。

 誓願に従い、清貧・貞潔・従順を懸命に生き、福音をあかしする存在として闇の中に輝かれますように。

2020年11月2日

・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記㊹ いつ・どこで書くのか?

 「医者の仕事もしているのに、いったい⼩説をいつ書くのか?」という質問をよく受ける。

 ⼩説を書く場所は、主に2か所。平⽇は、往復3時間の通勤電⾞の中だ。スマートフォンのおかげで、メールを打つようにどこでも⼩説を書けるようになった。以前から⼩型のワープロ機を使って⾞内で書いてはいたが、⼤進歩だ。

 問題は、座席に座れない場合である。吊⾰につかまると書くことができないので、転ばないように、背中をもたれさせられるコーナーに⽴つか、銀の⼿すりの前に⽴って⼿⾸で体を⽀えられる場所を確保している。それでも、他の乗客から「移動しろ」と⾔わんばかりにグイグイ押されることがある。いつの間にか既得権意識が⽣まれている私は、銀ポールにしがみついて後⽅を空け、「背中側を通り抜けてもらえませんか?」と全⾝で訴える。迷惑をおかけしているとしたら、ごめんなさい、と思いつつ。

 もう1か所は、休⽇に書く場所として、もっぱら娘の部屋を使う。7年前、娘が他県の学⽣寮に下宿してから使われていない部屋だ。きれいに⽚付いている上にテーブルが広く、とても使いやすい。なので休みになると、この部屋にパソコンを持ち込み、娘の⼦供の頃の写真や部活のポスターなどに囲まれながら、平⽇に電⾞の中で書きためたシーンをまとめ上げる。そして休⽇の終わりには、パソコンや資料もろもろを元通りに⽚付けて撤収するのだ。

 けれど、最近は資料も増えてきて、にっちもさっちもいかなくなってきた。なのに「この部屋を執筆部屋にする」と宣⾔するのは気が引ける。というのも、娘は1か⽉か2か⽉に1回帰省し、そのたびに⾃室で過ごすからだ。部屋の使⽤については、まだ娘に既得権がある、と家族全員が認識している。部屋の呼び名もずっと「りりこの部屋」と、娘の愛称のままである。

 ⾃分の部屋がなくなるのは、娘も寂しいに違いない。かつて私⾃⾝も実家から私物が無くなるたびに、⼀抹の寂しさを覚えたものだ。居場所がなくなるような、思い出の品と共に⾃分も捨てられてしまったような――。

 ⺟親の思いを知ってか知らずか、コロナ禍で東京を離れたままだった娘が先⽇、半年ぶりに帰省したときのことだ。「部屋は⾃由に⽚付けていいよ―」と⾔ってきた。ならば、とゴミ袋を⽤意し、娘の使わなくなった物を⼀つ⼀つ⼿に取って考え込んでしまった。着られなくなった洋服にも、よく⼀緒に遊んだバドミントンのラケットにも、すべて思い出が宿っているからだ。

 意外なことに気が付いた。寂しいのは娘ではなく、⾃分だったのだ、ということに。「娘の既得権」というのは、家を離れた娘の思い出の品を⺟親の私が⽚付けられない⾔い訳に過ぎなかった――ということに。

 そんなこんなで、執筆場所だけでもあれこれと悩みながら⼩説を書き続けている。けれど、どんなにいい場所があったとしても、必ずしもスムーズに書き進められる⾃信はない。案外、こうした悩ましい環境と共存していることがスパイスとなり、作品作りに役⽴っているのかもしれない、と思ったりもする。

 5⼈の⼥性医師の⽣き⽅を医学部不正⼊試事件に絡めた最新作『ブラックウェルに憧れて』は、⽇常で感じる違和感の延⻑で書いた作品だ。私の今と共通するのは、⼥性医師の「居場所のなさ」。それが少しでも伝わると嬉しい。

 (みなみきょうこ・医師、作家: NHKでドラマ化された『ディア・ペイシェント~絆のカルテ』=幻冬舎=は、多くの皆さんにご視聴いただきました。⼼から感謝申し上げます。⾦沢を舞台に終末期医療や尊厳死を考える物語『いのちの停⾞場』=幻冬舎=は映画化が決定し、吉永⼩百合さん、松坂桃李さん、広瀬すずさん、⽯⽥ゆり⼦さん、⻄⽥敏⾏さんらが出演、東映系で2021年に全国公開されます)

2020年11月2日

・三輪先生の時々の思い ㉔米大統領選挙に見える「アメリカ文明の進歩」

 アメリカの大統領選挙、現職のトランプ対バイデン。バイデン氏はカトリック。カトリックが大統領になれば、アメリカの民主主義はバチカンのコントロールでゆがめられる、というWASP(White AngloSaxon, Protestant)支配下のアメリカに妄信があった。カトリック信徒J.F.ケネディーによってその迷妄は破られた。バチカンが変わったというより、社会一般が世俗化したためだろう。

 バイデン氏の方が数ポイントだけトランプ氏より世論調査の支持率が高いそうだ。アメリカ人の信奉する宗教による色分けは、メルティング・ポット的でなく、サラダボールだと言われてきたが、今やそんな事を言う者さえいない。

 ”Black Lives Matter””と人種差別問題が表面化している。しかし一昔前に比べれば、変化はポシティブな方向で進んできていると言えるだろう。アメリカ文明はその点で進歩してきているのではなかろうか。

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大博士)

2020年11月1日

・Sr.岡のマリアの風(56)死者の月に想う、帰天した人たちは私たちを見守り、助けてくれていると

帰天した家族、恩人、友人、直接会ったことはない先人たち…の顔を思い起こしていたら、なが~いリストが出来た。それが「年を重ねてきた」という意味だろう。 どれだけ多くの人々に支えられ、助けられ、叱咤され、今、この瞬間まで生かされてきたことか…

 深い感謝とともに、彼らが、あるいは道半ばで、あるいは生涯かかって伝え、証ししてくださった大切な「宝」を、今度はわたしが、わたしたちが伝え、証ししていかなければならない、という責任を感じる。 そうやって、世の初めから今まで、そして世の終わり(完成)の時まで、わたしたちは小さなモザイクの一片として、唯一の大きなモザイク画――神の夢――を作り続けていくのだろう。

 なぜ、カトリック教会は聖人たちに祈るの?と、ときどき質問を受ける。たぶん、この質問自体が、何か「違う」のかも… キリストの教会は、その誕生の時から、罪や弱さを持ちながらも、キリストの恵みに支えられ、「変容」され、生き抜き、キリストに「似たもの」となった人たちを信仰の先輩、模範として崇敬してきた。カトリック教会が…ではなく、キリストの教会は、そうやって成長してきた。 つまり、カトリック教会とプロテスタント教会が分かれてしまった以前から。

 東方正教会は、カトリック教会以上に諸聖人たちの交わりを「生きている」と言えるだろう。「一人ぼっちでいるキリストなど想像できない」と東方教会の信徒は言う。実際、今年の始め訪れたルーマニアで教会に入るたびに、壁面全体に描かれた聖人たちの絵に圧倒された。 それは、聖堂だけではなく、食堂でも、個人の部屋でも。 東方教会の兄弟姉妹たちは、地上の教会と天の教会の交わりを「実際に」感じながら生きているんだ、と感じたものだ。

 キリスト教でなくても、例えばわたしは、何か難しい問題が起こった時、自然に、亡くなった父に話しかけている。「お父さん、助けてね。わたしがあきらめずに先に進めるよう、守ってね」…と。 また、先日、道半ばに帰天された神父さまに、わたしはすでに「ご保護」を祈り求めている。でも、それは、何か複雑な神学議論を考えてではなく、ごく自然に。

 そういうことって、ないだろうか?今朝、出張前に、お墓参りに行ってきた。帰天した先人、兄弟姉妹たちは、確かにわたしたちを見守り、助けてくださっている、とわたしは感じる。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

 

 

2020年11月1日

・Sr.石野の思い出あれこれ ㉘日本に戻るー逆カルチャーショック!

 1週間のマニラ滞在を終え、いよいよ日本へ。たとえ2年間とはいえ、食べ物から言語、文化、生活習慣まですべてが異なるヨーロッパでの生活から日本へ。

 イタリアでの2年間、私は特別に困ったこともなければ、ホームシックにかかったこともないほど、イタリアでの生活に溶け込み、エンジョイして幸せな日々を過ごしてきた。そして今、日本へ。やっぱり日本は故国、日本に近づくにつれ、感動が込み上げてきた。そんな中、日本に帰ったら志願者の養成担当になるという、総長からいただいた宿題が時々心の中で頭を持ち上げ、気分を重くした。

 羽田に到着。修道院の院長やシスターたちが迎えに来てくれていた。久しぶりに踏んだ日本の地。感激ひとしおだった。そして懐かしい顔や声。修道院に着くと、考えていた以上の数の志願者たちが、私たちを迎えてくれた。嬉しいのと同時に、さあこれからと思うと、身の引き締まる思いがした。

 翌日、父が修道院を訪ねてくれた。「ただいま帰りました」と応接間で挨拶する私に、父は「お帰り、元気そうだね。何か必要なものはあるか?」と尋ねてくれた。これをそばで見ていたイタリア人の院長が、「二年も離れていたのに、キスも抱擁もしない」と、驚いてイタリア人の間に吹聴した。

 そして、この事はニュースになって海を渡り、イタリアにまで飛んだ。まだキリスト教の土着化とか文化受容などが問題になっていない頃のことだったから、イタリア的メンタリティーで、とても冷たく感じられ、理解できなかったのだ。私の方は、日本人として当たり前のことが、大きなニュースになって海を渡り、イタリアまで飛んだことに驚いた。二年間に日本は変わっていた。

 イタリアに着いたときは、スムーズにすべてに溶け込めたのに、日本に帰ってきたときは、逆カルチャーショックにあって戸惑った。

( 石野澪子=いしの・みおこ=聖パウロ女子修道会修道女)

2020年10月31日