・愛ある船旅への幻想曲 ㉞待降節にー「若者たちが『喜びにあふれた主役』になる教会」とは程遠い現実

 待降節に入った。今の季節、夕暮れ時は家々の灯りが、たいそう愛おしく感じる。夕焼け空はオレンジ色のコントラストで彩られ一日の終わりを祝福してくれる。そこに神はおられる。

 しかし、激しい紛争を経験する国々に、このような夕暮れの平安はないのだろう。人間の残酷さがエスカレートし、『人命の尊重』は忘れ去られ、美しい自然は悲しみ色に染まる。そこに神はおられるのかと問い、祈り続けて一日を終えるに違いない。

 11月26日「世界青年の日」にイスラエルとパレスチナの間で停戦が実現し、人質の一部が解放されたことを教皇フランシスコは、神に感謝された。そして、若者たちに、「あなたがたは世界の現在と未来です。教会活動で『喜びにあふれた主役』となるように」と励まされた。(「カトリック・あい」より)

 先日、若者たちと詩篇を分かち合っていた時、「人間って、何なんでしょう」と質問があった。人としての自分の在り方が、上司や年長者たちから理解されず、自分の中で何もかもがストレスとなり、仕事も手につかない状態になってしまう、と言う。「今まで自分が出会った人の口は正しいことを語らなかった」と、ダビデの詩に思いを馳せる彼である。

 自分の受けた苦しみを共有できる聖書の箇所に出会い、飾りのない感想を語る。今、彼にとって聖書は救いであり、彼の代弁者でもある。いつの世であれ、生きている限り、人は同じような苦しみを経験することを、神は教えてくださる。

 彼は、高校時代からキリスト教に興味を持ち、プロテスタント教会にも足を運んでいたそうだが、なるべくしてカトリック信徒になった、という。キリスト教への憧れもあったのだろうが、癒しを求めて教会を訪れたことも事実である。キリストとの出会いに喜びを感じ、精神的にも弱い自分を信仰によって強めていこう、と思った若者の一人であろう。

 そのカトリック教会は、今、社会にだけでなく、教会内でもさまざまな不安や疑問の声が錯綜している。「教会とは何なのか」-まずは聖職者と修道者に伺いたい。余りにも次から次へと不祥事が明るみに出、「どういうこと?」と信徒として、訳が分からないことばかりが相次いで起きる。

 挙げ句の果てに、ある司祭からは「今の教会は、信徒の至らなさが原因だ」と説教台から一方的に非難される始末。ミサにあずかり、福音説教から糧を得て、祝福の喜びを感じ、派遣されようとする信徒を、見事に裏切り、見当違いの”説教”を聞かされ、その挙句に、「嫌なら教会にも来なくていい」と言い放つ司祭さえもいる。

 教皇フランシスコは「司祭は教会の一部でしかありません。私たち皆が教会です」(2014年6月18日の一般謁見で)と言われ、「祈らず、神の言葉に耳を傾けず、毎日ミサをささげず、定期的に赦しの秘跡を受けない司教も、司祭も、やがてイエスとの一致も失い、教会の役に立たない凡庸な者、となるのです」(2014年3月26日の一般謁見で)と注意されている。

 このような教皇の言葉をどれほどの聖職者が聴き、真剣に受け止めているのだろうか。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2023年12月1日

・Chris Kyogetuの宗教と文学⑧「私の聖家族ー太宰治『パンドラの匣』から」

 献身とは、ただ、やたらに絶望的な感傷でわが身を殺す事では決してない。大違いである。献身とは、わが身を、最も華やかに永遠に生かす事である。人間は、この純粋の献身に依ってのみ不滅である。太宰治:「パンドラの匣」

 よく飼っている猫のことを小説にしたら?と言われるけれども、それが「まだ」できない。と言うのは、あまりにも可愛く、愛おしくて、語彙力が低下してしまうからだった。何もかも全てが愛おしいのだ。我が家にいる猫のアダムは4歳で、0歳の頃から一緒にいるので4年、一緒にいる。

 私自身が2018年に事故があり、それから長い療養生活に入ったけれども2019年に、立ち直ろうとも出来ず、何もかも気力がなくなってしまって、ほとんど、太宰治か、もしくはゴッホと同じような心境になっていた。

 そのような心境になった時の彼らと、年齢が近かったせいかもしれない。人生で派手に奪われたことが3度あったが、これが3度目だった。もう3度目となると、若い頃のように強くもなれなかった。むしろ、もう世界中から嫌われて、未練なく消えたい、いや。でも感謝している人もいるのでどうしようか-そんなことに取り憑かれていたようだった。確実だったことは、「希望」が何もなかった。

 そんな最中で立ち寄った場所で白目をむいて眠っている子猫がいた。「あの子、大丈夫ですか?」と係の人を呼んだら、「眠っているだけだから、大丈夫ですよ」と言って見せてくれた。猫には瞼が二重にあることを私は初めて知った。ぱっちり目を開けた時に、この子は綺麗な青い目をしていた。それはまるで天の国を知っているような純粋な存在に見え、初めて会ったのに、初めてではない存在に思えて、惹き込まれてしまった。それが今の「アダム」だった。今まで動物なんか飼えないと思っていたけれども、何かを愛そうとすることは何らかの治療の入り口に建てたのかもしれない。

 この場合、ただ、愛するだけではなく、尽くさなければならないのは、決まっていた。自分一人で生活をするのなら、別に困らない食生活や、部屋の清潔度も自分だけのことだったので、非常に、今思えば、だらしがないものだった。それが愛おしい存在のための「責任」が伴うと、そうではない。もしも、まだ青春や人生を謳歌していないという不満があるのなら、これらの責任は窮屈になるかもしれないことだが、私の場合は、それが窮屈になるということはなく、むしろ楽しくなった。それが救いにすら思えた。苦しいのは精神なのか肉体なのか、両方悪かったので、悪循環を辿って下り坂だった私に、漸く転機が訪れたのだ。

 2020年頃は、ある病気で免疫力が下がっていたようで、指に膿が溜まることが度々あった。当時はパソコンで文章を書くのも痛かった。足も頻繁につる。物事を抽象的なことを考えようとすると、頭が捩れたように痛かった。心臓の薬か、心因性か、辛い以前に、自分の身の上で何が起きているのか分からなかった。入眠も思うようにいかず、動悸を激しくするような悪夢を見て起きる。何が悪いから今の状況なのか、分からなくなった。コロナでアルコールが全部売り切れたので、香水で指の消毒をした。ピンクの香水は青い色素があるので、手が青くなった。アルコールがずっと在庫切れ、段々と痛々しい指になってしまったが、そんな中でもアダムだけは育てていった。

 このご時世、迂闊に一部分だけを語ると「病気の癖に、ペットを飼うな」などと言われそうなところだが、そういうことを「公に」アピールさえしなければいい。全てがSNSや、誰かにウケるためだけにあるわけでもなく、アダムに関してはシャッターチャンスや企画力を考えずに、ただ共に暮らしていた。 私の回復は、アダムとの出会いがきっかけで、始まった。部屋を綺麗にする、アダムへのご飯を必ず、水を交換する、定期検診、長毛種なので念入りなブラッシング、爪切り、お風呂、(もしくは美容院)そして次は私自身も治さなければならない。自動であげられる餌やり機を当時は拒んでしまった。どうしても自分の手であげたかった。

 なので、夜中起こされることがあっても、私は愛情を注ぐことが重要だと思った。本来「定時にご飯をあげること」が望ましいもので、私のように欲しかったらあげるというのは躾としては賛否両論だが、人間が様々な育て方があり、合う合わないがあるように、私はあの子の「声」を信じた。家に来たとき、自分で水を飲もうとしないので、私が母猫のように四つん這いになって水を飲んだら、飲むようになった。舌はザラザラしていて、初めて舐めてくれた時、とても幸せになれた。

 「ペットの気持ち」などを特集している記事があると毎回読んでしまう。猫にとっての好きだという仕草なんかが当てはまれば、最高に嬉しい。あの子の「寂しい」を受け入れなければならないし、あの子が過剰に依存になれば辛くなるので、躾けるときは躾ける。この子はちゃんと分かってくれる時は分かってくれる、ダイエットだって頑張って適正体重になってくれた。私の子は賢いと信じている。

 体や心で「愛している」と伝えることで毎日が精一杯で、疲れていて意識を失いそうになっても、愛している、と言っていた。「生まれてきてくれて、ありがとう」と、あの子の姿を見るたびに言ってしまう。4年間、毎日のように言っている。本当に世の中が嫌なニュースばかりな時、それでも、この子が生まれてきた、ということだけで、頑張れる気がする。いつしか何処で人生を間違えたのか、という問いすら消えたのは、アダムに会えるのは私一人だからだ。その運命の地点に辿り着けるのは、私一人なのだ。だから、あの時の不幸も、あの時の嫌なことも全て、通り道だったと思える。「見る」べきことは降りかかる出来事だけではなく「意志」も見つけることだと、そう思う。

 太宰治の「パンドラの匣」は、血を吐いていたのを隠していた「ひばり」が終戦をきっかけに「健康道場」という療養施設に入るところから始まる。そこで、「君」という詩人に手紙を書いていた。新しい新人の看護師の「竹ちゃん」が美人だと皆が騒ぐが、ひばりは、マア坊という看護師の方が気になっていると書いていた。ただこの話は太宰治の特徴である恋愛模様だけではなかった。

 まず、「健康道場」とは何なのか。それは定かにはなっていない。サナトリウムともまた違い「道場」というだけあって「やっとるか」という掛け声があり、皆、「あだ名」で呼ばれる。そして、誰か一人、死んでいくのを見送る。その場所は、外に出られるのか、それとも死を待つ場所なのか、読者は分からない。竹ちゃんの結婚をきっかけに、「ひばり」は、マア坊ではなく竹ちゃんが好きだった事実が発覚する。それでも、竹ちゃんの幸せを願って最後は冒頭部分の「献身」についてのことが書かれてある。

 タイトルとなっている「パンドラの箱」とは、ギリシャ神話の話で、プロメテウスが登場する。プロメテウスはシモーヌ・ヴェイユも「イエス」的な立ち位置として、キリスト教観前の思索として登場する。プロメテウスは人間を愛したこと、そしてゼウスの命令に背いて「火」を与えたことに彼女は感じていたことがあったようだ。プロメテウスはゼウスに殺される前に、弟のエピメテウスに火を与えた後のこと全てを託した。ゼウスはプロメテウスを処分した後に、エピメテウスに「パンドラの箱」を渡した。エペメテウスは、言いつけを破り、箱を開けてしまうと病気、憎悪、妬み、悪意などの「人間の様々な悪」が飛び散ってしまった。それでも、一つだけ残っていたものがあった。それが「希望」であり、プロメテウスが残したものだった。

 太宰も作中にこのように書いている「正直に言う事にしよう。人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。それはもうパンドラの匣以来、オリムポスの神々に依よっても規定せられている事実だ」

 太宰の文章が特段に好きだというわけではないが、私はあまり日本人の作家を知らないところがあるので、話すとしたら誰が良いだろうか、と思って太宰治を選んだ。太宰治が好きだという読者は他の文豪の愛読者よりも、太宰が「クズの作家」として認知されているせいか、張り合う「知性」が無いせいか、人柄が温厚だなと選んだところがある。

 見習うべき点とか、尊敬する点として太宰を見るのではなく、ネタとして弄るところに親しみが湧きやすい。作者自身、弱さやクズさを、よく理解している。それは、自覚という点では多いに彼は正直ではないだろうか。希望にも欺かれるが、絶望にも欺かれる、というのは、既に戦後と吐血という時点で、パンドラの匣は開いていたのだろう。社会から遮断された中で適切な治療というものが何なのか、上半身裸になって寒風摩擦をすることなのか、具体的な治療法が分からないまま、それでも「希望」となったものは、主人公にとって恋愛を通過点とし、恋に敗れた相手への幸せを願うこと、「献身」への気づきだったように思う。

 天へ通じる道はイエスを通るが、そのイエスを通る際にも色んな事がある。狭き門に入るために、どれほど私たちは小さくならなければならないのだろうか。例えば、カトリックの様々な問題を考えると、何も進んでいないと思うこともあれば、それでも誠意を尽くそうとしている人たちもいる。そのことも忘れてはならないが、絶望と希望は表裏一体なのかもしれない。深い絶望があっても、常に希望はあるのだと思う。もしかしたら、今、見えない存在に気づくことがあるのかもしれない。

 2019年に、自分の絶望の裏には、アダムが生まれていた、という「希望」を知った。太宰の最期のように、作品で生きる糧のような良い言葉が思いついたとしても、一大決心がついたとしても、その気づきが一切が過ぎていくように、すぐにでも考えが変わってしまうこともあるのかもしれない。それでも、絶対に変わらない、変えられないものもあったりする。それが信仰であって欲しいものであるし、それが私のアダムへの愛情であって欲しいとも思う。

 今年の夏に、奇跡的に検査結果が異常なしになった。指に膿が溜まるのも気づいたら治っていて、アルコールが品切れになったことですら忘れていた。変な健康詐欺だと思われたくないので、これ以上は掘り下げないけれども、アダムがいなかったら、辛い食事制限や自制ができなかったのかもしれない。

 苦しい上に、治療で、またさらに苦しいことが待っていた。それでも、逃げた先には何もなかったことも知っている。人生で初めて逃げてしまいたかった数年間の償いは、終わったのだろうか。それは兎も角、アダムは、綺麗な青い目に、ピンクの鼻に、とても温かい。どうしてこんな綺麗な子が私の目の前にいるのだろう、と思う。何がなんても、この子と共にすると決めている。

 降誕祭に向けて、今月はそのように変わらない「愛情」について考えることにしたいと思う。これが私の聖家族。

(Chris Kyogetu)

2023年11月30日

“シノドスの道”に思う ⑥第16回総会第一会期の総括文書を『カトリック・あい』試訳で読む

 10月に約一か月かけて行われた世界代表司教会議(シノドス)第16回総会第一会期の総括文書を読んでの第一印象は、地方段階、大陸段階の報告が人々の切実な思いが伝えられるものだったのに対して、上から目線の、教えようとする、やはり、これまで通りの”司教文書”だ、ということでした。

 それでも、この文書を3回、メモを取りながら読み返していくと、慣れてきて、下からの声を教会運営に反映させよう、具体化のための審議や研究を継続しよう、という意志が込められている、と思うようになりました。文中にもあるように、これは最終文書ではなく、「今後の識別に役立てるための道具」ですが、これをステップにして次の第2会期が持たれるのですから、丁寧に読む価値はありそうです。

*表面的には逆ピラミッドの教会にみえるが・・・

 「シノドス的教会の歩みは、神が第3千年期に期待しておられる歩みです」(教皇フランシスコ)。この言葉に始まった”シノドスの道”、共に歩む教会、第2千年期のヒエラルキーとは異なる逆ピラミッド型の教会という「下からの教会」、それを援助する組織構造に変わっていかなければならない(補完性の原理に従って!)、それが神の意思であると教皇も言い、われわれも希望を持ちたいが、今回の総括文書に、これからの教会が「下からの教会」、「逆ピラミッド」に変わりそうな気配はあるだろうか。

 とりあえず、第2部は「全員が弟子、全員が宣教者」という見出しで始まり、教会の構成員全体を述べたものなので、ここを見ていきます。全体は、8「教会は宣教(使命、派遣)」である」、9「教会の生活と宣教における女性」、10「奉献生活、信徒団体、信徒運動:カリスマ的しるし」、11「シノダルな教会における助祭と司祭」、12「教会の交わりにおける司教」、13「司教団体制におけ
るローマ司教」となっており、記述の順序は逆ピラミッドになっています。内容はどうでしょうか。地方教会のトップである「司教」の項を見てみましょう。

*司教の働きと権限は何か

 まず、12「教会の交わりにおける司教」の<一致した意見>のうちa,b,cを見てみます。 地方教会における、そして全体教会との関係の中での司教の働きと権限が述べられているからです。
aについて; 司教は使徒たちの後継者として「交わり」の奉仕に当たる存在であるとし、地方教会では教区民、司祭団、修道者などとの交わりの、そして他の司教たちやローマ司教との交わりの奉仕に当たるとする。

*言葉だけの<シノダル>にみえる

 bについて; 司教は福音宣教と典礼祭儀の責任、キリスト者共同体を導き、貧しい人々の司牧ケアをし、各種各様のカリスマと役務を識別し調整する仕事を持つ。特に新しい点はない。「一致の見える原理」が司教だと言うが、要するに司教自身の考えで全体が調和するように決めるということ。
「この役務はシノダルな仕方で実行される。すなわち統治が共同責任によって担われ、信仰深い神の民に聴くことによって教えを説き、謙虚さと回心によって聖化と祭儀執行がなされる時、シノダルな仕方といえるのである」 教会憲章20項などで、司教は統治、教え、祭儀の3つの権能(権力)を持つというのは周知の事実で、新しいことではない。なぜ「シノダルな仕方」と言えるのでしょうか?

 「共同責任によって担われ」は司祭団と一緒に、あるいは教区の司牧評議会などの諮問を経て、といったこれまでの組織の働きを念頭に置いているようです。また「神の民に聴くことによって」教えを説くという。どこで聴くのでしょうか。その機会をどこに設けるのでしょうか。法的、制度的な裏付けもなく、曖昧です。そして「謙虚さと回心によって」ミサその他の典礼祭儀を行なうこと、それらが「シノダルな仕方」なのだと言う。

 このシノドス参加メンバーは本気で言っているのでしょうが、典礼に心を込めることがシノダリティとは言えないでしょう。もっと信徒が能動的に参加できるように、典礼のあり方を変革することがシノダルな教会になるということではないでしょうか。

*「すべての人々」=信徒はどこにいるか?

 cについて; 次に「司教は地方教会で、シノダルな過程を生かし活性化していくという不可欠の役目を持っている」とし、「<すべての人々の、幾人かの、一人の>間の相互性を促進しながら・・・全信徒の参加、及び、より直接に識別と決定の過程に関わる幾人かの貢献を重んじることによって」とあるが、全信徒はどこでどのように参加するのでしょうか?また「幾人か」というのは、教区の司祭評議会や司牧評議会などでしょうが、主たるメンバーは司祭であり一般信徒はわずかな人数にとどまるのが実情でしょう。

 以上の内容で「シノダルな過程を活かして」いることになるのでしょうか。「シノダルな過程」は文章の単なる装飾句、読者を惑わす言葉にしか思えないのですが。

*ヒエラルキーの下のシノダリティにすぎない

 そして最後の一文「司教自らが採用するシノダルなアプローチ(取り組み方)と、彼が行使する権威の様式は、司祭と助祭、男女の一般信徒と奉献生活者がどのようにシノダルな過程に参加するかに決定的に影響するだろう。司教は全員のためのシノダリティの範例として召されている」 要するに、どのようなやり方がシノダルなのか、また教区民に提供されるシノダルな方法がどのようなものなのかは司教が決めるというのです。

 規範は司教にあるということです。これでシノダリティと言えるのでしょうか。これまで幾つかのシノドスに関する基本的な文書にあった中世の伝統「すべての人に関係することは、みんなで決められるべきだ」という原則は忘れられているように思われます。

*司教の考え次第で決まる

以上、12「教会の交わりにおける司教」のa,b,cを見てきましたが、大略すると、シノダリティの内容、従って定義も、司教の考えに沿って決まっていきそうな気がします。またこれまでの体制を変えることなく(ヒエラルキーの権力もそのままで)、ただシノダリティの精神をもって司教は教区を運営していく、ということらしい。自ら進んでシノダルにしていこう、と取り組む司教がいればの話になりそうです。ボッカルディ前教皇大使の言葉「教会位階こそが神の民の中に身を置き、すべての信者の声に耳を傾けながら、信者の一人として生きていくよう招かれているのです」がむなしく響いてきます。

*神の意思を知るには<民の声>に重点をおくべき

 第1部 2 f は三位一体の中の交わりと派遣から神の民のあり方を導きだそうとしていると筆者(西方の一司祭)は思います。父なる神の意思を知るためには「まず、聖書に記されている神の言葉に耳を傾けること、伝統と教会の教導職を受け入れること、そして時代のしるしを預言的に読み取ることの関係を、明確にする必要があります」と。伝統と教導職を受け入れることと言うのは上から目線であり、少し違和感を感じないでしょうか。

 これとほぼ同じことを前にも紹介しましたヘルダー社刊特集号にThomas Söding(*)が論じていますので簡略に紹介しますと—頂点に立つ一人の人がすべてを決める<ピラミッド>のイメージではなく、ガリラヤ湖で漁師が打つ<網>のイメージで考える。考えるべき幾つかの観点はそれぞれ孤立して存在しているわけではなく、緊密に関係し合う全体の複数の接合点のようなものである。

 第一に、神の言葉である聖書。旧約から新約へ歴史的に動的に発展している。私たちの解釈も時代に応じて発展する余地があるだろう。

 第二に伝統(伝承)。これも硬化したものではなく生命で満たされなければならない。Overbeck司教(*)の言葉によると「伝統」は動的な概念で、その核心において信仰の生ける伝達を持っ
ている。

 第三に「時のしるし」。元々はマタイによる福音書第16章3節にある言葉ですが、第二バチカン公会議文書の数か所に見えます。重要なことは「時のしるし」は教会の外でも「聖霊のしるし」としてあり得るという点です。

 そして第四に、「神の民の直観と声」です。これが忘れられかけているのではと危惧されます。神の民は「信仰の感覚」をもって真実を求め、うめいています。Vox populi vox dei(民の声は神の声)という格言をシノドス参加司教さん方はもっと重く受けとめるべきではないでしょうか。

 そして最後五番目に教導職Magisteriumと神学がきます。教導職の役割は信仰の単純かつ人を解放する真理を証言し、教会の素朴なメンバーに仕えることです。多様性が活かされるように「ローマのシノドス事務局が『自分たちは地方教会をシノダリティの創造で支援します』と言ったのは良いことである」とフランク・ロンジ(*)も言っていました。

 すべての人の中に「神からの種」は蒔かれています(『現代世界憲章』3)から、文化内に受肉した神学が求められていると思います。こういう訳で、シノドス参加司教さん方はもっと「民の声」をしっかり聴いて受け止めることが大切ではないでしょうか。そもそも司教中心の会議というのが、もう古すぎるのではあり、信徒も半分入れるべきでしょう。司教シノドスから神の民全員のシノドスに変化しなければならないと思われます。

 今回の総括文書、希望を持てる点も幾つかあると思いますが、今回は課題が残る点を述べました。

 注*Thomas Södingはボーフム大学新約学教授で国際神学委員会のメンバー(2004~2014)、またドイツカトリック者中央委員会の議長。フランク・ロンジはドイツ司教協議会で教義と教育部門のトップ、またドイツシノドスの道で事務局を指導する。 https://www.synodalerweg.de参照
*Overbeck司教については10月29日付けドイツ司教協議会のプレスリリース参照。第一会期終了直後に数名の参加司教と共に感想を寄せている。

 (西方の一司祭)

2023年11月30日

・神さまからの贈り物 ⑤「 『思いやり』のプレゼントは、何よりも嬉しい」

 12月で思い出すのは、学校でクリスマスの準備をしたことです。クリスマスを「ケーキを食べる日」だと勘違いしていた私が、その前から心や行動を捧げる期間として過ごす体験ができたのは、学校での行事があったからでした。それ以外にも、聖劇を演じる生徒がいたり、『しずけき』を全校生徒で歌ったり、とミッション系の学校ならではの懐かしい思い出がいっぱいです。

  もうすぐクリスマスという頃、私は生徒会の仕事として下校ギリギリまで校内冊子の編集をしていました。当時、生徒会の副会長だったので、前期も経験のある自分がいろんな責任を負わなければならないと気負いすぎていました。その頃の私は体調を崩していて、授業はほぼすべて欠席していました。けれども、「生徒会の仕事には穴を開けられない」と感じ、役員たちには相談していませんでした。

  校内冊子の原稿締め切り日当日、連絡がうまくいかず、同学年の他の役員の私以外の全員が現場にいませんでした。想定外のトラブルも多発し、私はひとりでみじめな気持ちで原稿を集めていました。下校時間を過ぎてしまうと、私の学校はその日の放課後の活動をするための書類を出す必要がありましたが、それを書く余裕もありませんでした。

  巡回に来た先生が、私の様子を見て優しく声をかけました。「こんなに遅くまで、ひとりでどうしましたか?」 私はその時、涙を目にいっぱいためて堪えようとしたのは覚えていますが、耐えられたかどうかまでは覚えていません。

 その時の私は、欠席した他の役員たちとはもう一緒に仕事をしたくない、と思いました。けれども、後日、思わぬことが起きました。役員の中の1人が、わざわざ私のクラスまでやって来て、ドアの向こうから「まいちゃーん!」と私を呼びました。うっすらアイラインを引いた彼女でした。「クラスのみんなから聞いた。ずっと体調不良で授業休んでるって。どうしたの?大丈夫?」

 まさか心配してくれるとは、と驚きと安堵でいっぱいでした。 彼女は外見も内面も華やかで明るく、私とは違うタイプの人だと思っていました。だから、仲良くなれるかずっと不安に思っていました。でも仲良くなりたい気持ちはありました。私の方が彼女たちに対して小さな偏見を持ち、自分から壁を作っていたと気づきました。

  それをきっかけに、ゆっくりと変化が生まれました。透明のマスカラをつけた役員は、勉強の遅れた私に化学のノートを貸してくれました。色つきのリップをしていた役員は、最も大変な作業の切手の貼り直しの作業を私の分までやってくれました。とても嬉しい「思いやり」のクリスマスプレゼントでした。

 「彼女たちに、お化粧を教わりたかったなぁ」と、今の私なら言えるけれども、当時の私には難しかったです。でも、そうやって、年を重ねるごとに素直に自由になっていきたいです。

 Merry Christmas!そして、よい年の瀬をお過ごしください。

(東京教区信徒・三品麻衣)

2023年11月28日

・Sr.阿部のバンコク通信  (83)タイの名産「突っ掛け」と、タイ語版「マンガ聖書物語」の話

  「突っ掛けスリッパね、タイの輸出に値する代物だよ」。

 10年ほど前、タイをこよなく愛する友人宅を訪ねた折、玄関に並べた突っ掛け(足の爪先のほうをひっかけるようにして履く手軽な履物)を指さして、「安くて丈夫、激安セールでまとめて買ったの」と挨拶代わりの第一声。タイ人の履き物で目立つのは突っ掛け。この国に来て間もない頃、正式な場でも履いている人を普通に見かけて、ちょっと意外に感じました。お土産に突っ掛け、色もデザインも鮮やかで、どれにしたらいいか戸惑うほど、様々な突っ掛け。常夏の国、年中暑いタイの風土は”突っ掛け天国”なのです。

 「突っ掛け」の友人の家を訪ねたのは、講談社の社長さんへの紹介状を書いてもらうためでした。文庫『マンガ聖書物語』のタイ語翻訳出版を是非、実現したいと考えていた矢先の、幸せな摂理の出会いでした。友人は紹介状を書いてくれた上に、メールでも連絡してくれ、帰省の折に、東京の見上げるほど立派なビルの講談社本社に出向きました、途中で道に迷い、遅刻して…。

 「ただと言うわけにはいきませんよ」と言われて、「もちろんです」と。私の話を丁寧に聴いてくださり、国際室の担当者を呼んで、タイ語版の出版の話をまとめていただきました。作者の了解も得て、契約を交わし、出版の運びになったのです。版権使用料を払い、バンコクに帰って、日本漫画専門のタイ語翻訳者に翻訳を依頼し、編集作業を始めました。

 世界の漫画界では日本が第一人者、日本の法規定が国際標準であることも知りました。タイ国では、日本のマンガが最高の人気で、日本の漫画専門の出版社もあります。翻訳者もその出版社のベテランで、親友の友人。源氏物語のマンガなども手がけていて、仏教徒ですが、聖書を参考にしながら見事に翻訳してくれました。

 横書きなので左開きにするため、ページごとに原画をスキャンして裏返し、日本語の吹き出し文字を消してタイ語を入れるのですが、縦書きから横書きで、吹き出しの大きさが合わず、いろいろ工夫しながら学び、賢くなりました。ある日、体の中に稲妻が走りびっくり、右手が使えず左手で作業していましたが… 帯状疱疹で万事休止の事態。出版期限を延ばしていただき、完成しました。

 タイ語版『マンガ聖書物語』は旧約3巻、新約2巻セットで、各巻5000部。バンコクのブックフェアでも人気を呼び、大手の本屋さんも扱ってくれるようになりました。

 多くの友人たちとの関わり、助けで開けた小径(こみち)を「突っ掛け」を履いて歩く女の子の私を、摂理の御手が導いてくださったのです。タイ語版『マンガ聖書物語』は、この国中に広がり、読まれ、人々の、特に子供たちと若者の”ご馳走”になることができました。Deo Gratias!

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2023年11月8日

・Chris Kyogetuの宗教と文学  ⑦ジェーン・エアによる詩篇23章(メタファーについて)

 私は主の家に住もう 日の続く限り(詩篇23章6節)

 小説には色んな思惑が仕込まれている。作り話と見せかけて、社会性や著者の実話が根底として垣間見えることがある。表現や創造した世界は。数学者でもない作家が、––読者を騙し抜いて「天才数学者」を書くことが出来るのか––要するに著者自身の知覚を超えられるのか、ということだが、これは文学でも永遠の議論なのかもしれない。

 「アナリーゼ(日本語では『楽曲分析』)」というものがあるが、そこまでもいかずに単なる直感で、これは著者の実話じゃないのかな、と感じるところがある。

 例えば、アンデルセンの「雪の女王」の屋根裏部屋の植木鉢に植えられている薔薇の話があった。アンデルセンはデンマークなので、イギリスの庭文化と比較はできないが、大体、西洋圏は庭に花を育てるが、「屋根裏」というところで狭さ、貧しさが、綿密な描写によって現れていた。非常に丁寧にアンデルセンはその描写していた。実際に、彼の日記を読んでみると、アンデルセンの実家の母親が屋根裏の鉢に「野菜」を育てていたのがモデルで、それを彼の童話は「薔薇」にしたのだ。これはアンデルセンの「優しい感性」だったのではないかと思う。

 次に実話の根底が見えたのはジェーン・エアの親友、ヘレンがチフスで亡くなるシーンだった。これは映画でも、美しく撮影されている。(シャーロット・ゲンズブール主演版、ミア・ワシコウスカ主演版)まずは、原作でもここに至るまで綿密な自然描写が施されている。イギリスの庭は生活圏にある自然で、「主人の顔」とも言われているが、これは、バルザックの「セラフィタ」のように登山で行く遠くの自然とは違う、また違う描写なのだ。それにはバルザック自身、登山が趣味だったことも表れている。

 「ジェーン・エア」では、実際に著者の姉、二人が肺結核で亡くなっていることを元にしている。「ジェーン・エア」はシャーロット・ブロンテの作品で、当時、女性の作家は売れないだろう、と中性的な名前で売られていたことで有名である。ジェーンは両親を失い、親戚に引き取られたが、酷い扱いを受けるようになった。そして厄介払いのように、ジェーンを孤児院に引き取らせる。そこは宗教的抑圧が酷く、現代で言えば「虐待」とも言えるところだった。

 19世紀当時のイギリスは「孤児」の人権が著しく低く、その問題を題材に扱っている作品は、イギリス作品で他にも存在する。有名なのはディケンズの「オリバーツイスト」やバーネットの「小公女」「秘密の花園」である。

 ジェーンの学校でチフスが流行っていて、学校でも学級閉鎖のようになっていた。そしてジェーンの親友ヘレンもチフスを患い、隔離された。ヘレンは信心深く、ジェーンは忍び込んで声をひそめて彼女と最期の会話をする。

 ”Are you going somewhere, Helen? Are you going home?(あなたはどこへ行くというの?あなたのお家?)”

 ”Yes; to my long home — my last home(そうよ、私の遠い家よ、私の行き着く先よ)”

 「私の遠い家」、これは詩篇23章の「神の家」のことだろう。詩篇23章について、ベネディクト16世の解説が良かったので引用する。

 「詩編作者がいうとおり、神は詩編作者を『青草の原』、『憩いの水』へと導きます。そこではすべてが満ちあふれ、豊かに与えられます。主が羊飼いなら、欠乏と死の場所である荒れ野にいても、根本的ないのちが存在することを確信できます。そして、『何も欠けることがない』ということができます。実際、羊飼いは羊の群れを心にかけ、自分の歩調と必要を羊に合わせます。彼は羊たちとともに歩み、生活します。自分が必要とすることではなく、羊の群れが必要とすることに注意を払いながら、『正しい』道、すなわち彼らにふさわしいところへと導きます。自分の群れの安全が羊飼いの第一の目的であり、この目的に従って彼は群れを導くのです」。

 ジェーン・エアに話は戻るが、彼女の親友ヘレンも、この酷い経営の孤児院で、どんな目に遭っていたか、どんな苦難を知っているのかのかも表れている。ジェーンも自分もあなたのところへ行ったら会えるかと尋ねると、親友はこのように返した。

 ”You will come to the same region of happiness: be received by the same mighty, universal Parent, no doubt, dear Jane(あなたは同じ幸福に行くことができるのよ、それは力強い、私たちの両親の元に。ジェーン、大好きよ)” と、彼女は答えたが、これはルカによる福音書23章42、43節にあった。

 イエスが処刑される時に、他に二人の囚人がいた。一人はイエスを罵ったが、もう一人はイエスに「イエスよ、あなたが御国へ行かれる時は、私を思い出してください」。囚人は「自分は天の国に行けないのだろう」とあきらめていたのだ。だがイエスは、「あなたは今日、私と一緒に楽園にいる」と答えられた。

 ヘレンの台詞はこの影響を受けているのだとは思う。

 メタファーについて、日本語での「比喩」とメタファーについて、単純に英訳の「metaphor」とは訳せないものがある。日本語では「薔薇のように綺麗だ」という比喩と、文脈や背景、真理まで汲み取るメタファーがある。例えば、「彼は獅子のように勇敢だ」という日本語の比喩表現を英語にすると、「He is brave like a lion」となるが、「He is a lion」とすると、日本語でいうメタファーと言える。聖書でもこのように後者の比喩とメタファーは存在する。

 神は「光」、「岩」に例えられるが、これらはいずれも、「置換」ではなく、英語で言えば「like~(のようだ)」とは違う。比喩は、言葉や表現を使って何かを暗示するが、広く受け入れられ定着するとともに、「魚」といえばイエスだ、という「象徴」ともなる。(それはまるで、聖霊が魅せるペルソナのようである)

 小説と、聖書という異なる物を照らし合わせるときに、たとえ詩篇の23章を扱っていたとしても、全く別の書物として直接的な対応関係は無い。私の文学性は、文学とは「聖書の下」だと思っているし、小説家は、特にキリスト教作家になるのであれば、作家の感性は、神の「道具」だとも思っている。

 宗教から離れ、自由表現が認められる中で、何故、このような選択肢を取ったのかについては、今回は割愛させてもらうが、文学表現は、メタファーによって、聖書との対応性、そして関連性を持たせるのである。「ジェーン・エア」でのジェーンとヘレンの二人は、神の家を巡ってこの世での最期の会話と自覚している。ヘレンにとっての「羊飼い」は、自分自身のことだったのかもしれない。彼女は神のみを見ていたわけでは無いのかもしれない。そこに彼女が「自己中心的」でなかったことも、表れている。ヘレンが死の淵でジェーンに「神の家」に行く、ということを語る際、幼くして、先に行く者として、彼女は大切な親友のために、そうなろうとした。

 私の解釈になるが、彼女たちの一喜一憂や言葉が、全部が聖書の影響だ、と言い切ってしまうのもまた、「つまらない」のかもしれない。何故、聖書の言葉を使うのか。何故、影響を受けているか、そこまでメタファーを拾う必要があるのか、その疑問は、まずイエスがゴルゴタの十字架上で亡くなる時に叫ばれた(マルコ福音書15章34節)とされる「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか)は、詩篇の22章2節を使っているところから説明すると、言いやすい。

 物語と聖書はメタファーによって包括されている状態ではあるが、別々の存在であって設計図のように正確に因果関係が決められているわけではない。メタファーはプロパガンダにも使われた過去があるほど横暴な解釈もあるので、全てを肯定できるわけではないが、何故、この言葉が出てくるのか? と考えるときに、感性や感情というものがどういう経路で湧いてくるのか、明確に全部の説明ができないが、とてもその人を「愛している」とき、何がその人を最善に喜ばせられるのか、その上で、そのような言葉が出てくるのではないのかと思う。

 もっとも、「主」を愛している、という証しとして、人を愛することは難しい。人には苦難の中で、感情や言葉が歪むことがある。それでも主に見せられる心で、人を愛することがどれほど重要なのか、信仰を持つものは知っていなければならない。

 聖書と文学、それは信仰を透過し、学者が必要とする根拠をすり抜けながら、「魂」が表出する。ジェーンが朝起きると、親友は旅立っていた。朝を迎えた者と、旅立った者、世界が再び見えた者と、そうでない者。ジェーンは勝手に忍び込んでも、大人たちに怒られなかった。それよりも彼女の存在を無視して、ヘレンの遺体の処理で騒がしかった。まるで映像技術がこの当時からあったように、このシーンは大人たちの言葉がかき消されている。

 孤児院は衛生面や虐待の多くの隠蔽で忙しくて、悲しむ暇がなく、風景に溶け込んでいく。死んだ親友に魂があったこと、それを知っているのは、ジェーンだけだった。その重さに気づけるかどうか。メタファーの行き先は「神の家」かどうか、読者に委ねられている。

 ベネディクト16世の285回目の一般謁見講話はhttps://www.cbcj.catholic.jp/2011/10/05/8346/

(詩篇23章1‐6節)

主は私の羊飼い。私は乏しいことがない。

主は私を緑の野に伏させ  憩いの汀に伴われる。

主は私の魂を生き返らせ  御名にふさわしく、正しい道へと導かれる。

たとえ死の陰の谷を歩むとも  私は災いを恐れない。

あなたは私と共におられ  あなたの鞭と杖が私を慰める。

私を苦しめる者の前で  あなたは私に食卓を整えられる。

私の頭に油を注ぎ 私の杯を満たされる。

命ある限り 恵みと慈しみが私を追う。

私は主の家に住もう 日の続くかぎり

(Chris Kyogetu=聖書の引用は「聖書協会・共同訳」を使用)

2023年10月31日

・神様からの贈り物 ④「もう一度、誰かの『守護の天使』になりたい」

  今年初めに、高校の恩師から葉書が届いた。校長先生だったシスターが昨年末亡くなった、とのことだった。葉書には「最後にシスターと話したのはいつでしたか?私が話したのは、電話であなたのことでした」とあった。その文章が目に入った瞬間、どっと涙があふれた。

  2017年末から2018年にかけて、私は怒涛の月日を過ごしていた。暴力、裏切り、辱しめ、それらに対する怒りを、ここでひとつひとつ説明するのは苦しすぎる。雪崩のように不幸がやってきた。やがて私は「自分に生きる価値はない。世界には、私に生きてほしいと思っている人はいない」と思い込むようになった。

  生きる気力を失った私は、シスターにすべてを正直に知らせた。私が高校を離れる時、「神の家族だと思っています」—そう言葉をかけてくれたことを思い出したからだ。

  シスターからはすぐに返事が来て、その日から、私のために毎晩ロザリオを一環捧げます、と約束してくださった。私は、そのことに感謝する余裕もなく、ただ涙を流しながら、布団の中でロザリオを握りしめていた。自分の命が逃げていかないように、ぎゅっとつかんで離さないようにしていた。

  祈りの輪は広がった。仏教、バハイ教、その他決まった信仰を持たない人なども含め、宗教を超えた人たちが私のために『主の祈り』を唱えてくれた。その数は、私の把握している数以上になるだろう。

  2019年12月、母校でシスターと共にクリスマスを祝った。聖体拝領の時には、「私は脚が悪いのでエスコートしてほしい」とお願いした。その日、シスターは周囲に、私のことを「彼女は私の『守護の天使』なの」と紹介してくれた。とても光栄なことだった。「誰からも必要とされていない」と感じていた私にとって、素晴らしい役割を与えられた幸福を、噛み締めた。あの日の気持ちを思い出すと、今でも胸がいっぱいになる。

  2023年秋、手紙を整理していたら、シスターからの最後のクリスマスカードを見つけた。母校のマリア像が印刷されていたカードには「麻衣さんが、今、あなたを理解する人々に囲まれ、穏やかに過ごしている様子が分かり、とても安心しています」という言葉があった。今もお守りのようにその葉書を持ち歩いている。

  改めて思うことがある。「もう一度、誰かの『守護の天使』になりたい」。そして、誰かに「私の守護の天使」になってほしい。そうやって、愛し愛されたい。神さまが私にそうしてくださったように。

  いつか天国でシスターと再会した時に「あなたのおかげで頑張れました!」と胸を張ってお礼が言えるように、今日を大切に生きていく、と決めている。

(カトリック東京教区信徒・三品麻衣)

2023年10月31日

・ 愛ある船旅への幻想曲 ㉝「教会が堕落すれば、キリストに近づく道を人々に閉ざすことになる」

 今年の夏は、ほとんどの人が暑さに辟易とされたのではないだろうか。私も体調不良と戦う日々であった。「ようやく涼しくなった」と言いたいところだが、私の場合は「急に寒くなった」と言いたい。合服の出番なく、冬服が自分の存在を、私にアピールするのである。

 今、社会生活での温度差はどうだろう。庶民の私たちの知る術もない理由から絶対にあってはならない戦争が始まる。独占欲の塊となったトップたちに正統性はなくなり、対立は長期化し、かけがえのない命を勝手に奪われていく国々の姿を私たちは知っている。日本で住む私たちにとっても遠い国の問題ではないはずだが、自分にはどうする事もできない問題だとたかを括り日々の報道にさえも興味を示さない人々がなんと多いことか。

 とはいえ、世界中には平和を訴える団体が多々存在する。それらの団体の中には疑問視せざるを得ない組織体制がある事も否めない事実なのだが、彼らは断固として「平和運動を行なっている」と自負するのである。そして、それはまかり通る。過去の日本に於いても、表面上は平和を掲げながら実際は、二枚舌を持つ政治家のふるまいがあったとかなかったとか。会心の笑みで全世界に向かって平気で嘘をつかれては困るのである。しかし、日本人は、自国への評価が下がる問題にさえ、深く真相を知ろうともせずに、都合よく騙されてしまう、いや、騙されたふりができる国民性を併せ持っているのかもしれない。

 今、日本のカトリック教会は平和をどう説くのだろう、と思ってしまう。「平和」とは、ただ戦争がない状態だけではなく、他者との間で積極的に互いを尊重し、いたわり合いながら生きていくことを、聖書は教えている、と私は思っている。だが、今回のカトリック大阪高松大司教区設立への流れは”平和的”だったのだろうか。

 バチカンからの正式な文書がない状態で、信徒への通達文書は作成され、突然にバチカンから大阪と高松の合併が発表されたような内容だった。設立式で読まれた大勅書には「前高松教区長・諏訪榮治郎司教の願いを受けた前田枢機卿の要請を教皇フランシスコが受け入れた」と記されていた。これが真実であろう。一部の信徒たちの推論は正しかったわけだ。

 司教たちの事前相談と事前協議は数年前から行われ、聖職者自らがシノドスを無視する白々しさから密約を交わし、さも降って湧いたような合併劇を演出し、信徒を翻弄させ、服従のみを強いる間違った位階制度の在り方を見せつけた。同時に経過報告も反省も謝罪もない司教の退任劇がYouTubeで流れ、ここまでやられては脱帽であり、「たいしたこと」だ。そして、権力の横行を支える聖職者たちの姿を見ながら、ソクラテスの「不知の自覚(注:自分が常識的な知識すらない状態であることを認めて、自覚すること)」を思い起し、こんな茶番には付き合えないと思った私である。

 だが、当日の設立式に参加している信者らの拍手は、これからの大司教区を共に歩もうとする純粋な心からの祝福だろう。カトリック教会に対してなんの疑いもなく、「全て正しい」と思う信者たちだろう。

 それを見た聖職者たちの喜色満面の笑顔は何なんだったのだろう。信徒の意見を聞かなかった教会、今回の合併劇がそれを物語っているというのに、だ。イエスが涙を流された聖書箇所を、聖職者そして教会運営に携わる信徒には、是非とも思い出していただきたい。そして、先日亡くなられた森司教と教皇の次の言葉を、私たちと共に、かみしめて欲しい。

 「もし、教会が堕落すれば、キリストに近づく道を、人々に閉ざすことにもなるのです。キリスト信者という名をかたる者が、倫理的に堕落していたり、おかしなふるまいをすれば、一般の人々は、そこに近づくことを避けてしまいます。過去の歴史の中で、教会は幾度も、こうした過ちを繰り返し、キリストの期待を裏切り、人々につまづきを与えてきました。過去の教皇、司教、司祭あるいは信者たちの心ない言動が、救いを求める人々とキリストとの出会いの障害となった事実を否定することはできないでしょう」(森一弘著(新しいカトリック入門)「続・愛とゆるしと祈りと」第一部 教会について)

 「真実、神は、全能者は、ご自分を誰かに擁護してもらう必要はなく、人々を恐れおののかせるためにご自分の名が使われることを、望んではおられません」(2019.2.04 教皇フランシスコ・『世界平和のための人類の兄弟愛』に関する共同宣言)

(西の憂うるパヴァーヌ)

2023年10月31日

・“シノドスの道”に思う ⑤シノドスの進むべき方向をドイツの視点から考える・その1

 今回は、ドイツのシノドスの歩みから見て何が考えられるか、を見てみたいと思います。明治以降、ドイツは日本のカトリック・プロテスタント双方の教会にとって教師の位置にありました。そのドイツのカトリック教会はどのように進もうとしているのか。

 

*ドイツのカトリック教会の現状

 まず手短にドイツの現状を見てみます。1991年、ドイツのキリスト教人口(カトリックとプロテスタント合わせて)は、総人口の71%でしたが、2020年には53.2%になり、2021年には総人口の半数以下になりました。ある統計研究部門のサイトによると、2000年は12万人がカトリック教会から脱会、2010年は14万人、2014年は17万人、2016年は16万人、2019年は22万人、2021年は38万人、2022年は52万人脱会しています。

 ドイツ・シノドス文書(2022年2月)の中に「2019年だけでも50万人以上が、二つの主要なキリスト教会のどちらかの会員であることを止めた。272771人がカトリック教会を去った。教会を去る人の数は1990年以降倍加した。そしてこの傾向は続いている」とあります。二つとはカトリックと福音主義プロテスタント教会のことです。「去る」「脱会」とは教会に行かないだけでなく、公的に教会税(所得税の8~9%)を払わないことをも意味します。

*ドイツの「シノドスの道」の始まり

 ドイツが自主的に始めたシノドスの名称は「シノドスの道」と言います。この取り組みのきっかけは性的虐待問題でした。2018年に、聖職者による性的虐待と教会当局による隠ぺいの原因等を司教たちの委託を受けて各専門家が研究した『MHG研究』の出版。これに基づいて、危機打開のためには自由で公開の討論が必要であると司教協議会総会で認められ、「シノドスの道」は始まりました。

 2019年12月に始まり、2020年に第1回目のシノドス集会。それが続けられていって2022年9月に第4回シノドス集会。2023年も第5回目が少しずつ開催されています。この取り組みは2つの団体すなわちドイツ司教協議会と一般信徒組織である「ドイツカトリック者中央委員会(ZdK)」との共同作業として行なわれています。両者は2019年にそれぞれの総会で両者に共通する「シノドスの道」の規約を作って共に歩むことを決めました。なお、この歩みは、ローマ主導の第16回世界シノドスに参加しながら、並行してなされています。

*ドイツの「シノドスの道」の構成

 さて「シノドスの道」は4つの会合から成ります。1,シノドス集会、2,シノドス委員会、3,拡大シノドス委員会、4,シノドス・フォーラム。以下、簡略して紹介します。「シノドス集会」の構成員は、司教協議会のメンバー(約100名)とZdK69名、修道会から    10名、教区司祭会議の代表27名、15名の若者、それぞれ10名以下の男女その他から成る。合計約230名。シノドス集会が最高の会合であり、様々な決議(決定)を行なう。メンバーは等しい投票権を持つ。

 「シノドス委員会」は、教区司教(司教協議会の議長・副議長を含む)27名、ZdKから議長・副議長を含む27名、両者から選ばれた20名から成る。フォーラムの構成、及び 集会等で議論されるテーマシノドス・フォーラムは、以下に述べる4つの課題を議論するための4つのフォーラムであり、シノドス集会から選ばれた約30名。フォーラムにおいても皆平等の投票権を持つ。ここで討議後、集会に上げる。ドイツカトリック者中央委員会ZdKは一般信徒の組織である。ZdKについては次回、もう少し詳しく説明します。

 フォーラムや集会は次の4つのテーマを扱う—①力(権力)と力(権力)の分散―宣教への共同参画と参入について ②今日における司祭の存在(司祭的存在)について ③教会における女性の奉仕と役務について ④継続する関係における生活―セクシャリティとパートナーシップにおける生ける愛について

なぜこの4つなのか。2023年3月11日のシノドス集会で決議された序文から紹介しますと、性的虐待問題は個人的な罪過というだけでなく、教会の組織的・構造的なところからも生じていると考えられるからです。上長である責任者たちは、そのような組織や構造を容認し、守ってきたし、今もそれが続いている。福音を曖昧にしてしまう諸問題に、私たちは気付いた、と。

 それは、霊的・司牧的な関係の中での虐待、聖職者主義と不適格による権力の乱用、また女性を無視し、また男か女かのどちらかでなければならない、という教会の教えは、現実の人々の性の多様性を正しく受け止めてこなかったこと、つまり性的アイデンティティを正しく受容・評価しなかったことに起因していると判断した。そこからドイツの「シノドスの道」は取り組むべき4つのテーマを決めたのであると。

*集会での決定(決議文)の通過について

 シノドス集会は審議結果の最終的決定のため決議案を可決する。少なくともメンバーの3分の2が出席していれば、それは定足数を持つ。出席メンバーの3分の2(そのうちに司教協議会の出席メンバーの3分の2を含む)の賛成で決議案は可決する。
シノドス集会で可決した決議案はそれ自体としては法的効果を持っていない。法的効力を持つためには、司教協議会と個別教区司教の権威が法的規範を発布し、それぞれの権限の範囲内で教導権を行使することが必要である。以上、「シノドスの道」の概略です。司教も信徒も危機感を共有するところからスタートし、諸会合において、審議から決議文ができるまでは、聖職者も一般信徒も平等の権利を持って参加しています。<利害関係者(ステークホルダー)は誰でも十全な投票権を持って参加しない限り、連帯は生まれない>(フランツ・ヨゼフ・ボーデ司教)。「共に」の精神が、信徒も聖職者と平等の「一票の権利」によって真に生かされていると言えます。
ヒエラルキー的な「上から」の権威行使は最後の認可・発行の時のみです。しかしいずれ法的効力を持つことさえも司教と一般信徒の共同権限でという具合に、いずれ教会法も改訂されていくことを私たちは期待したい。

 

 

*第一のテーマについて第3シノドス集会からの抜粋

〇教会の権力構造、法的組織の改革は、法の支配に則った自由民主的な社会に適合す る形でなされる必要がある。人権を基礎に置いた民主的社会の標準を満たした上で、神のみ旨を探るべきである。

〇民主的な社会は自由と全人民の平等という尊厳の観念に基礎をおいている。すべての人に影響する決定は、皆で共になされなければならない。人類のこの認識は、人間は神の像に造られ、自由と責任を持っているという聖書の記述に基づいている(創世記1:26~28)。民主制の中に教会も組み込まれるべきである inculturation into democracy

〇現行の教会法では司教の権力は一元的な構造、一方的な支配関係になっている。しかし教会法第129条第2項に「信徒は、法の規定に従って、この権限の行使に協力することができる」とある。信徒の参加により透明性が増し、権力の制御も可能となる。立法、行政(執行)、司法(裁き)の分立のためにももっと信徒が統治等に加わるべきである。あらゆる面で信徒の能動的な「参加の権利」を具体的に規定し、明文化することが重要である。

〇第二バチカン公会議の「教会憲章」と同様に教会法も、洗礼に基づいて信者は真に平等であると語っている(第208条)。教会の権力の組織化においても、このことは認められ効力を持たねばならない。つまり参加の平等と、ミッションのための責任分担において。また権力の分散に関しては、まず役務者・奉仕者の行動を法律で効果的に縛る(限定する)ことである。また権力の監視を要求するのは、役務者・奉仕者の行動によって影響を受ける人々である。従って、人々には監視のための効果的な手段が付与されるべきである。

〇現行の教会法では、司教だけがシノドス(教会会議)において意思決定の権利を持っているが、この制限は克服されねばならない。司教の司牧的役務者としてのリーダーシップを否定することなしに、であるが。教会のシノダリティは司教の団体性以上のものである。

 以上、2022年2月と9月の第3及び第4シノドス集会における第1のテーマについてのみ、少し紹介しました。その進め方にしても、テーマの掘り下げ方にしても日本の教会とは隔世の感があると思います。ドイツは、シノダリティを推し進めないと、教会の明日はないという意識を持っていると感じますが、いかがでしょうか。 *https://www.synodalerweg.deによる。

(西方の一司祭)

2023年10月31日

・Sr.阿部のバンコク通信 (82)「信者になる人がいる」という不思議に主の働きを感じる

 先日、故粕谷甲一師のシリーズ物を読んでいて、意外な考えに出会いました。

  「いつも思うのですけれど、日本に信者が増えないのは不思議だというのではなく、信者になる人がいるというのが不思議ですね。…遠い死海のほとりの植民地で始まった宗教…教祖はたった3年しか働かないで無残に殺されてしまい、弟子もばらばら…そんな新興宗教かなんて山ほどありますね。みんな消えちゃうでしょう。その中で一番ぱっとしないキリスト教が消えないで、どういうわけか千年以上たってこのアジアに届いて…」

 タイに来て出会いがあって、数十人の信仰入門-洗礼のお世話をする機会があり、この『不思議』をいつも感じていました。粕谷師の言う『やはりそれは神さまの先手、その力が働いている』事に尽きると実感しています。人を通して求道者を私の所に導き、先手を打って働いておられる目に見えな神さまの不思議に触れるのです。

 昨年受洗してタイのカトリックの女性と結ばれた日本の青年、朝7時から10時に修道院まで通って信仰を学び、一緒に聖歌を歌い、祈りました。十字を切る仕草がしっくり身につく姿を見て、「あゝ、神さまと親しい触れ合いに導かれている。良かったなぁ」と思いました。

 先月、25年以上も前に信仰の手解きをして洗礼のお世話をした女性の方。タイのカトリックの男性と結ばれ、4人の素敵な子供たちのお母さんになっていました。久しぶりにお会いしたのは、19 歳で白血病で亡くなった3番目のお嬢さんの通夜の席。暖かい愛の涙の見送りで、家族の皆さんの信望愛の深い絆を感じました。

 毎日曜、家族でミサに与り、お墓参り、濃密に生き切った娘の人生から汲み尽くすことのできない宝を見つけ、大きな悲しみの中で希望を絶やさず、「娘の残した手造り珈琲淹れで、大好きな珈琲を味わっています」と語ってくれました。

 「あなたがたは『小さな群れ』、『パン種』」というイエスの言葉のように、粉に紛れて役割を果たす小さな信徒の存在、教会はその細やかな存続のために真剣に宣教するわけです。バンコク教区の受洗者は毎年200人ほどですが、タイ仏教社会の大海の一滴です。

 粕谷師の著書から思いがけない示唆を受け、宣教活動の動機を深く強く激励され、広い神の視野に導かれました。「1人ひとりの自由の領域に神様が働くのを手伝うのが宣教。神様に取って代わることではない」。その通りです!

 主よ、私を鍛え、福音のためにご自由にお使いください。

 (引用は、粕谷甲一著、女子パウロ会発行「キリスト教とは何か」シリーズより)

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2023年10月6日