・「神様がくれた贈り物」㊱『聖母被昇天の祝日と終戦記念日が同じ8月15日なのは…』

 まだ、カトリックの信者になっていなかった夏、初めて聖母被昇天の祝日ミサにあずかった。8月15日の朝、自宅を出る私が母に、「ミサに行ってきます」と伝えると、「お盆の時期にミサがあるのね」と言われた。だが、私がもっと気になったのは、終戦記念日と重なっていたことだった。

*****

 私の祖父母は、4人とも、戦争を体験した世代だった。祖父母たちから、戦争について詳しいことを聞く機会はあまりなかったが、一度だけ、ちゃんと話を聞くチャンスがめぐってきた。

 それは、私が小学4年生くらいだった時、担任の先生から、「おじいちゃんとおばあちゃんから、戦争の話を聞こう!」という宿題が出されたからだった。私は、どんな話が出てくるのか、あまり深く考えずに、祖父母たちにすぐ電話をかけた。

 父方の祖父母は、交代で電話口に出て、話をしてくれた。父方の祖父は、特攻隊に行くための訓練をしていたそうだ。祖父は、「あと数日、戦争が長く続いていたら、パパもまいちゃんも生まれてなかったんだよ」と話した。

 その話自体は、私が幼い頃から繰り返し聞いたエピソードだった。けれども、授業で、特攻隊について『飛行機に乗り、爆弾を抱えたまま、敵にぶつかることで相手を倒すため、帰りの燃料は持っていかなかった』ことを改めて知り、印象がガラリと変わった。

 父方の祖母は、実家がお寺だったため、多くの人が避難に来たそうだ。食べるものがほとんどない中で、避難してきた大勢の人たちに食べさせようと、たくさん工夫をしたそうだ。食べられるものは何でも食べ、サツマイモのつるさえも、料理に使ったそうだ。

 一方、母方の祖父母からは、「疎開したけど、あんまり覚えてない」と言われ、話をほとんど聞けなかった。しかし、その数年後の夏、祖母の家で二人でのんびりテレビを見ていたら、偶然、広島の原爆の映像が流れた。ふと横を見ると、いつも気丈に振る舞う祖母が、黙って大粒の涙を流していた。私は、その様子に気づかない振りをして、テレビに視線を戻した。

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 冒頭に述べたあの日から、終戦記念日が、マリア様が天に昇られた日と重なることについて、ずっと気になっていた。つい最近、スペインの血を引く友人から、「マリア様は、日本を守っておられるから、私は日本にいることができてラッキーなの」と言われて、はっとした。自分の中で、すとんと腑に落ちる感覚があった。

 私も、私の両親も、戦争を体験していないが、決して繰り返してはいけないと、理解している。これからも、私たちが正しい選択をし、平和を受け継いで行けるよう、今日もマリア様の取り次ぎを願い、眠りにつきたい。

(東京教区信徒:三品麻衣)

2026年8月13日

Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉗「何事にも『神の意が働いている』という教えを除くと、人生は意味を失う」ー福者アルベリオーネの金言

 何事が起きも、どんな状況に在っても、最終的に受諾し、腑に落ちる考え方、というか、信念があり、書にしたため、頭上に掲げて生きています。

「何事にも『神の意が働いている』という教えを除いてしまうと、人生は意味を失い、人の悪意と力に弄ばれて、ただ、闇雲に進んで行くだけになってしまいます』(福者ヤコボ・アルベリオーネ)。

 実に納得させてくれる人生後半戦を支える金言です。あらゆる事態、全ての営みの鉱脈に「神の意」を信じる事が、人生に深い根拠と動じない安らぎを与えてくれる。数えきれない出会いと体験、歳を重ねて、ますます深まる実感です。

 聖パウロ会の創立者(1884-1971)、福者アルベリオーネ神父は、広報メディアによる福音宣教に献身する修道会を、新たな世紀に入る1900∼1901年の夜、聖体の前で祈りの内に閃きを受け、1914年聖パウロ会、翌年女子パウロ会を創立しました。

 お導きで女子パウロ会に入会して養成を受け、アルベリオーネ神父の生き方考え方に引き込まれ、魅せられて生きてきました。創立者の神学理念に徹した信心、現実的で具体的な霊性と宣教手法は、この道を断念し迷う時もありましたが、文明の利器を使って福音を宣べ伝える献身の道を、この方に惹かれ走り続けて来て、今、感慨無量です。

 生成AI が闊歩する社会状況においても、『イエスの喜びの福音』のために奉献生活を生きることに、迷いはありません。

 先日、「家庭の友」6月の特集号で「生成AI について考える」と題するサレジオ会の阿部仲麻呂師の記事を熟読し、活が入りました。生成AIが 急速な勢いで、ここそこに。凄い時代になったものですね。「電力がなければ、生成AI はガラクタになるのも事実であり、人間の活躍は今後も価値があります」との記事の結びに納得、ほっとしました。

 効率優先のAI 社会にあっても、人間の輝き、閃きが、一人ひとりの『声と顔』が、生き生きし、「自分で決断して主体的な挑戦をする姿勢」が、決して失われないよう、日々祈り奉献し続けよう、と心を新た

しています。

 創立者の、さらに励まされる一言、『知恵と力、心を、全て注ぎ込んでなすべき事にあたる。その時人は今を最高に生きる』を心に明記し、精一杯の捧げる人生を生きたいです。

 読者の皆さん、暑い日が続きます、お身体大事にお励みください。心からの祈りの声援を送っています。

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年8月7日

・「余白の想い」⑦イエスは、「恐怖と脅し」でなく、「存在そのもののやさしさ」への神体験の通り道だ  


昔、カトリック入門講座で使われていた『カトリック公教要理入門』という本について、どうしても書いておきたいことがある。

 この入門書には、少なくとも二つ、見過ごせない欠陥がある。

 一つは、「真理そのもの」と、その「真理についての説明」を、ほとんど無批判に同一視していること。

 もう一つは、「どのような命題の叙述も、本来は相対的でしかありえない」という、ごく当たり前の事実を、最初から無かったかのように扱っていることである。

 究極の神の真理が、信条や教理といった定型文の中にそのまま濃縮されうる、と本気で考えるのは、滑稽だ。しかも、それは、単に「笑い話」で済むような誤解ではない。霊的には、ほとんど「自殺行為」だとさえ思う。

 その当然の帰結として、カトリック、そしてキリスト教は、かつてにも増して、今日の世界から遊離した、現実感のない存在になってしまった。

 ここで、私の友人の宗教体験を一つだけ挙げておきたい。

 奥多摩に登山に出掛けた彼は、途中で道に迷い、山頂から下る途中で日が暮れ始めた。疲れたので少し休もうと、尾根の途中で腰を下ろした時、夕暮れの柔らかな光に包まれる体験をした。

 その時ふいに、「柔らかな暖かさで、全身が包まれた。平和で、安らかで、心に包まれていた」といい、同時に「自分を生んだ『存在』そのものの、やさしさ、あたたかさに抱かれているのを体験した」と語ってくれた。

 こうした体験は、彼ひとりの特別な体験ではない。似たような宗教体験は他にも数多く報告されているが、それはここでは割愛する。

 ここで決定的に重要なのは、彼にとって「神」が、「存在そのもののやさしさ」として立ち現れた、という一点である。

 ところが、この事柄をカトリック要理の箇条書きに沿って「整理」し直した途端、すべては「無味乾燥な概念のかけら」に分解されてしまうだろう。

 条文としては整っているのかもしれない。しかし、そこから「存在そのもののやさしさ」は、きれいにこそげ落とされてしまう。

 さらに、もう一つ見逃せない点がある。

 例えば「神」との関係にかかわるカトリックの定型文として、「天国」「地獄」「煉獄」といった言葉がある。そこでは、神は、罪人を地獄に追いやる方であり、洗礼を受けていなければ、誰もが罪のうちにあり、神から断罪される、といった教えが繰り返し語られてきた。

 こうした図式は、長い年月にわたって、信徒を精神的に縛り上げるための格好の”武器”として、教会の手の中で使われ続けてきたのである。

 しかし、聖書を開けば、イエスは十字架上で隣にいた盗賊に向かって、「今日、あなたは私と一緒にパラダイスにいる」と告げている。

 この盗賊は、洗礼はおろか、教会なんてものとは無縁だった人間だ。

 それでもイエスは、彼を恐怖でねじ伏せるのではなく、最後の瞬間まで、神の側から受け入れている。ここでは、要理の箇条書きが想定している救いの条件が、あっさりと踏み越えられている。

 私がここで、はっきりと言っておきたいのは、恐怖と脅しは、人を従わせることはできても、決して人を根本から変えることはできない、ということである。

 人は、自分の弱さや罪深さに、本当に深く気づかされたときにしか、内側から変わることはない。

 恐怖と脅しに追い立てられて生まれた「悔悛」は、たいていの場合、状況が変われば、あっさりと「翻意」へとひっくり返る。そのことを、教会は本当は知っているはずなのに、なおも「恐怖」を手放そうとしない。

 

 最後に、今この時代において、どうしても書いておきたいことがある。

 ガリラヤに生きたイエスの生き方と死は、歴史学や聖書学など、多様な研究を通して、かつてよりも具体的な姿を現しつつある。にもかかわらず、「教会の権威だから」という理由だけで、その像をねじ曲げる権利を、誰が持っていると言えるだろうか。

 いかなる宗教的権威であれ、その主張や制度を、不問に付したまま受け入れることは、もはや許されるべきではない。

 ガリラヤに生きたイエスは、要理の箇条書きに押し込められるような人物ではなかった。

 彼は、私たちを根本的に解放した人であり、その生き方と死は、教会の条文や制度をはるかに超えて、今もなお問いかけ続けている。

 イエスは、恐怖と脅しによる支配へではなく、「存在そのもののやさしさ」へと私たちを開いていく、驚くべき神体験への通り道なのである。

 

 *参考文献:ハンス・キュンク著、福嶋 揚訳、「イエス」(へウレーカ、2024年)

(東京教区信徒 纐纈康兵)

 

2026年8月4日

【令和8年熊本地震 緊急支援】ピースウインズ・ジャパン「見えない被災者。在宅避難者に支援を、医療従事者に力を」

(2026.8.1 ピ-スウインズ・ジャパン)

 「これまで日本の災害の歴史で、“真夏の地震”の事例はほとんどありません。能登地震のときの寒さとはまた異なる、今だからこそ必要な支援と難しさがあります」

 令和6年能登半島地震で発災直後から現地入りし、2年半以上が経った現在も被災地、珠洲で支援活動を続けている橋本笙子は、熊本地震の状況についてこう表現しました。

 震度7の揺れによって一部地区ではインフラが破壊され、停電や断水が発生。復旧に時間がかかることも予想され、“暑さ”対策が被災者にも支援者にとっても大きな課題となっています。

 「水不足による熱中症や、避難所内での感染症、猛暑下での食中毒リスクなど、この夏の時期だからこそ起こりうる、あらゆることを想定して、支援の取りこぼしがないよう丁寧に、スピーディに支援を考えていくことが大切です」

 7月30日、支援活動開始から2日目。現場の混乱は続き、避難生活の長期化も予想されるなか、猛暑とも闘いながら命をつなぐ支援活動が続けられています。

“見えない被災者”に支援を届ける課題

 今、現地で大きな課題となっているのが“見えない被災者”の存在です。初日の支援活動後、八代市災害対策本部会議に出席し帰路についていたとき、市の職員から連絡が入りました。

 「ご自宅で具合が悪くなった方から連絡が入ったが、家族の事情でそのまま家の中で暮らしている方が居るので、一緒に訪問してくれないか」

 市からの緊急の要請に急遽、市職員と保健師に同行しその方の家に向かい診察。断水の上に停電で部屋のクーラーが効かず、比較的涼しい玄関先で過ごしている状況だったといいます。

 幸い会話することもでき緊急搬送することはなく、「今は病院も少しだけ落ち着き、救急車も呼べる状況に戻っているので、何かあったら我慢せずに些細なことでもすぐに連絡してくださいね」と伝え、家を離れたといいます(翌日から市職員と保健師がケアを継続)。

 稲葉医師が話を聞いたなかで問題視したのは、「避難所へ避難することを躊躇している」ことだといいます。今回、地震の影響でいくつかの避難所では室内の空調が効かず、また断水でトイレが使えない等、避難所の環境も悪いことから、潜在的に在宅避難されている方が多いことが予想されています。

 周辺の方に聞いても、エアコンや水のない避難所には行く気になれず、家も同じ状態なので敷地内で車中泊をしているという方がいました。

 避難所内で医療支援を行っている森田医師はこう話します。

 「今日から避難所の一画をお借りして診療を始めましたが、地震発生から一度も医療機関を受診されていない打撲やケガされた方が多かったです。

 特に高齢の方が多く、病気のお薬が足りない…というご相談をたくさん受けました。しかし、水だったり食事だったり、ベッドだったり、足りないものがたくさんあります。診療もしながら、まずは何が足りないのか、どういったものが必要なのかを確認して、それに必要なものを支援させていただくようにしていきたいと思っています。

 一方で、ご自宅で避難されている方もたくさんいらっしゃるようなので、今後はそういった外にいらっしゃる方の診察もできたらと思っています」

 災害関連死を防ぐ――そのためには、迅速に避難所に来てもらう環境を整備し、同時に避難所での臨時診療所だけでなく、出向く医療支援が求められています。

「寝ずに目の前の命を守った方々」を支援する

 2026年7月28日の発災から2日目。患者対応が逼迫しているので助けてほしいとの応援要請を受け、急ぎ熊本総合病院へ。看護師や医師のお話によると、地震の影響で院内のエレベーターは止まり、人手不足などの影響から患者搬送が難航しているとのこと。ピースウィンズのヘリコプターの活用の提案や人員構成の説明をしたのち、帰りがけに病院の副院長から「救急の人手が足りないので、看護師さんに手伝ってもらうことはできませんか」との相談がありました。

 空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の戸田看護師は、その足で院内の救急救命センターへ。これまでの状況報告を受け、発災直後から現在までの病院が逼迫した状況が伝えられました。

 救急外来は、発災後も助けが必要な方はすべて受け入れる基本方針のもと、次々と搬送されてくる患者の対応に追われ、文字通り不眠不休で従事。用意したトリアージタグ400枚が一晩明けると無くなっていたほど、外来患者の対応に追われていたといいます。戸田看護師が訪れたときは、まさに束の間の休息のようなタイミングで、待機中の看護師らと少しだけ談笑。疲弊した医師や看護師たちの顔には、わずかばかりの笑みがこぼれました。

 戸田看護師は、逼迫した状況のなかでも地元の住民の命を必死で守ってきた医療重視者に対する、支援者としての自身の姿勢をこう話しました。

 「寝ずに目の前の命を守った方々。そこに支援に入った私たちが疲れている姿を見せたくない。むしろ皆さんに何かクスッと笑ってもらえるような、気分が少しでも明るくなれるような話題を話して、空気を変えられたらと思っていました」

 その数分後、ふたたび次々と患者が搬送されてきました。救急外来は一気に慌ただしくなり、戸田看護師は救急車から降ろされた患者にやさしく声をかけながら、救急隊員らと共にセンター内に運び入れ、症状別にレントゲンなど必要な検査や処置へ引き継ぐと、次々に新たな患者を受け入れるためのサポートを行いました。

 市の職員も、病院ではたらく医療従事者も、被災した地域の人びとは、みな被災者です。病院は、命を救う地域の必要不可欠な機関。その機能を止めることがないようにサポートすることも、空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の大切な支援です。

必要な支援を、本当に必要な人に届ける。稲葉医師は、「医療・物資の両面で、できる支援はすべて考えていきたい」といいます。何ができるか、何が必要とされるのか。今後もニーズ調査に基づき、医療支援と並行して避難所等への支援も進めてまいります。

2026年8月2日

(読者投稿)「反シノドス的な鹿児島教区」続ー信徒から疑問の声噴出、意味不明の知牧区創立100年記念…で破綻しつつある「献金増額」

 鹿児島教区は、教区財政支援という名目で4月から献金増額を始めたが、既に迷走している。一つは、各小教区から疑問の声が出始めており、当初の維持費納入者への「毎月一口千円」増額が実現していない。「赤字の原因が説明されていない」「教区本部から毎年の会計報告がなされていない」「無駄な出費がなかったのかについて、身を切る改善が成されていない」「赤字額を維持費納入者数で割って計算した千円の増額は無神経ではないか」などと信徒からの疑問が噴出している。

 「財政赤字に窮したカトリック鹿児島教区が取った、あまりにも”反シノドス的”な「いきなりの献金増額要請」の筆者の投稿は5月18日に「カトリック・あい」で掲載いただいてから、これまでの累計閲覧件数は1560件。個別の閲覧件数としては前例があまりないほどだという。単純な比較はできないが、鹿児島の司祭、信徒の総計が子供たちも入れて約8000人。教区外も含めて、それだけの方が批判と共感を持って読んでくださっているというこどだ。

 最近では、「大口の寄付により、赤字が1500万円減った」という噂も出ており、そのためか、「増額は強制ではない」「千円未満でも良い」などと教区側の言い方も、トーンダウンしてきている。 一方で、「なるべく早い時期に教区から小教区に説明に伺う」(3月19日付司教文書)と約束したにもかかわらず、4か月経った今も果たしていない。信徒の疑問に対する説明責任を放棄していると言わざるを得ない。それどころか、鹿児島教区の教区報6月号・7月号では、「献金増額」について、ひと言も触れていない。

 もうひとつ、財政の問題とも絡んで、”反シノドス的”な、首をかしげたくなる教区の取り組みが進められようとしている。今年になって発表された「鹿児島使徒座知牧区設立百周年記念行事」だ。鹿児島教区は来年、2027年に使徒座知牧区設立百周年を迎えるが、ずっと前から分かっていたことだし、信者に周知徹底しながら、その内容も、司祭、信徒と相談しながら準備していくのが筋だろう。それを、今年になって、いきなり記念行事をする、という。

 「知牧区とは一体何なの」「記念行事をする意義はどこにあるのか」「”シノドスの道”の歩みもろくろくせずに、記念行事をするのはいかがなものか」「教区会計が赤字で大変だ、と言っておきながら、どうやって資金を捻出するのか」など、疑問の声があちこちから出ている。そのような疑問に答えることもせずに、そもそもやる意味があるのだろうか。

 鹿児島にキリスト教が伝えられたのは、1549年、フランシスコ・ザビエルによるが、使徒座知牧区は、1927年に長崎教区から分離する形で作られ、正式に司教区となったのは1955年だ。 使徒座知牧区は、カトリック教会の教区が設置されていない宣教地域に設立された管轄の一形態である。

 その百周年を祝う、というのだが、まず、何のために記念行事をやるのか。提案者である司教は、年頭の教区報1月号に「過去を振り返りながら、これからの鹿児島教区の伸び代を探っていきたい」と書いていた。全く意味不明。何人の司祭が、信徒が理解できるだろうか。当然、これでは、記念事業を行なう意義が、司祭にも信徒にも伝わらない。

 教区報6月号には、行事内容として「祈りのカード作成、カレンダー作成、前夜祭、来賓の食事会、祝賀会」などとある。福音の香りがしないイベントにすぎない。このような行事と、「過去を振り返りながら…伸び代を探っていく」のと、どう繋がるのか。早々と作成された「祈りのカード」は内容が抽象的で、信徒の現実感覚からかけ離れている。用語や表記にも誤りがあり、信徒にも一般市民にも訴える力がない。

 鹿児島教区は今、厳しい状況に置かれている。信徒・司祭ともに病気や高齢化などにより減少している。現在の小教区体制を維持することは物理的に不可能になりつつある。加えて教区財政はひっ迫している。目的も内容もはっきりしない「知牧区設立百周年記念」をしている場合ではない。シノダリティ(共働性)をテーマにした世界代表司教会議の最終文書をもとに、財政を含めた教区の抜本改革を進めることが先決だろう。

(日本の教会と鹿児島教区の前途を憂うる一信徒)

2026年7月31日

・「パトモスの風」 ⑭「創世記」2章の「エデンから流れ出て園を潤した川から分かれた四つのうち第一の川」を読み解く

 創世記を初めて読んだ時、私は2章の次のフレーズに感動したのを覚えています。目の前に突然、雄大な景色が思い浮かんだのです。しかし今、それは私に反省を求めています。

 「エデンから一つの川が流れ出て園を潤し、そこから分かれて四つの川となった。その第一のものの名はピションと言い、金を産出するハビラの全域を巡る川であった。その地の金は良質で、そこではまた、ブドラク香やカーネリアンも産出された。第二の川の名はギホンと言い、クシュの全域を巡る川であった。第三の川の名はティグリスと言い、アシュルの東の方を流れる川であり、第四の川はユーフラテスであった」(創世記2章10~14節)。

 神は、創世記1章で、「我々のかたち」(26節)に創造された人に、2章では、土の塵で人を形づくり(7節)、そこに命の息を吹き込まれ(同)、「我々の姿」を授けました。後にイエスが、「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真実をもって礼拝しなければならない」(ヨハネ福音書4章24節)と言われたように、人が神を礼拝するために、霊と真実をもって生きるようになるためでした。

 「エデンの園」は、私たち人にとって、神との原体験の記憶を指しているのかもしれないと思います。記憶は常に知識の宝庫です。ですから「エデンから一つの川が流れ出て園を潤し」とある「一つの川」は、神が人相応に授けられた、人間の知識なのだと考えます。それは、「我々の姿」を現す霊の領域ともつながっているために、その人全体を潤すことができます。

 そこで、「そこから分かれて四つの川となった」とある「四つの川」は、「我々のかたち」に創造された人の身体の全領域を巡っている4つの機能を指しているのではないか、と考えました。すると、第一の川、ピションは、「金を産出する」とある表現から、富である子孫をもうける生殖機能を象徴しているようです。それは自分自身の心身をコントロールするホルモンにも深く関わっています。

 神が、「我々のかたちに、我々の姿に人を造ろう」(創世記1章26節)と言われ、その身体とともに霊と真実を持って生きるようになる人を、子孫として産みだすための人の生殖機能は、「金を産出する」と言われるに相応しいものです。

 「その地の金は良質で」(2章12節)とあるように、そこには、すべての生き物にもある命の尊厳だけでなく、神の似姿として創造された人の、人としての尊厳を保証する恩恵が具体的に据えられていたのです。それが、「そこではまた、ブドラク香やカーネリアンも産出された」(同)とある言葉に暗示されていました。

 ブドラク香は、黄金に匹敵する貴重な交易品だったそうです。それは権力を表しています。また、「出エジプト記」で、祭司アロンが身につける胸当てやエフォドを飾る宝石の一つとして登場し、「ヨハネの黙示録」でもエルサレムの城壁の土台石の一つとして描かれているカーネリアンは、権威を表していると考えることができます。

 人の生殖機能に置かれたこれらの恩恵は、信者である誰もが、日常を聖霊と協働して生きることができる、という自分の信仰の力(権力)を養成しつつ、聖霊と協働する人が、輝き(権威)を持って生きることができるようになるためのものです。

 それは、すべての人が生まれながらに授かっている恩恵として現れるべきものでした。しかし、いつしかそれは、帰属欲求、承認欲求、自己実現欲求のような、高度な欲求を満足させるために、隣人を支配し、コントロールする欲望として表出し、実際に行為に至る者も出るようになっていった…。

 確かに、生き物たちは、種を存続させることによって、全能の神の永遠性を映しています。ですから、遺伝を実現する生殖機能は、自身の肉体を維持する機能と相まって、それと同等以上の重みがあると分かります。

 しかし、それだけではなく、ホルモンの分泌が深く関与するこの機能にこそ、人が自分自身を神に向けて準備する恩恵が授けられていたのです。権力と権威は、隣人を支配し、コントロールするためではなく、自分自身を聖霊の隣人として相応しく支配し、コントロールするための恩恵だったのです。

 私は、人間の生殖機能と行動について、もっと興味を持ち、より良く学ぶ努力をしていきたいと思います。そこに世界中で日常的に現れる「加害者と被害者」の秘密が、少しは明らかになるという気がするのです。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年7月31日

・「カトリック精神を広める」㉜勧めたい本紹介・15「カルメル山登攀(とうはん)」十字架の聖ヨハネ著、奥村一郎訳(ドン・ボスコ社刊)

 今回お勧めしたい本は、「カルメル山登攀(とうはん)」十字架の聖ヨハネ著、奥村一郎訳(1969年7月16日初版、ドン・ボスコ社刊)だ。

 カルメル山は、イスラエル国の北西部にあり、旧約聖書では、「列王記上」で預言者エリヤがバアルの預言者たちと対決し、勝利したと書かれている。13世紀に、ここにカルメル会という修道院が築かれた。著者の「十字架の聖ヨハネ」は、スペイン人で、9歳の時に母子家庭となり、孤児院で育てられ、25歳の時にカトリック司祭に叙階された。アビラのテレサと共にカルメル会の改革に尽くし、「跣足(せんそく)カルメル修道会」を創始した。

 本書は、526ページの大著であるが、執筆の目的は、「この地上において、できるかぎり、完全な神との愛の一致が持つ神的な光にまで霊魂を導くこと」にある。

 その反対が、新約聖書のヨハネの黙示録17章に出てくる「大淫婦(いんぷ)」バビロンに代表される「自然のものに楽しみを求めるとき、霊魂にきざす心と体の害の一つである、官能的な満足や楽しみ、さらに淫(みだ)らな気持ちへと誘われる害」である。

 聖人は言う。「どんなに聖なる人であっても、この楽しみの酒に少しでも酔うと、すぐに釘付けにされ、まるで酔っぱらいのように理性がくらんでしまい、旧約聖書の士師記16章に出てくるサムソンのように、その怪力の源であった毛髪を切り取られたが故に、その目をえぐられ、しまいには『おまえが、あの千人のペリシテ人を打ち倒した豪傑か?』とさげすまれてしまう。その害をすばやく消すためには、すぐに、神に仕える以外の喜びはどんなに空しいものであるか、また、どんなに危険で有害であるかを、思い起こさなくてはならない」。

 1962年から65年に開催された第二バチカン公会議は、「すべての人は聖性に召されている」と宣言したが、本書は聖性に至る道を指し示した指南書と言えよう。

(森川海守=もりかわうみまもる)noteに記事を書いています。ご覧いただければ幸いです。(https://note.com/mamoru_umi

2026年7月31日

・熊本地震緊急支援開始ーピースウィンズ・ジャパン、イオンモール要救助者確認へ医師現場入りの様子をYouTubeで公開中

 昨夜2時頃に現地へ到着した稲葉医師を中心に、医療支援活動を開始。報道でも伝えられているイオンモール熊本にて、稲葉医師が取り残された方の状態を確認しました。要救助者確認へ医師現場入りの様子をYouTubeで公開中です!

 現地では関係機関と連携しながら、一秒でも早く、一人でも多くの命を救うために、これまでの被災地での活動経験と平時に積み重ねてきた訓練の成果を最大限に発揮し、必要な支援を必要とされる人びとに届けられるように全力を尽くします。皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

活動の詳細はこちらから:https://lp.peace-winds.org/support_kumamoto_earthquake

【令和8年熊本地震 緊急支援】「今日は寝ていられないよな」不眠不休の支援活動が続く

(2026年07月29日 23:29 ピースウィンズ・ジャパン)

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 2026年7月28日、深夜。陸路と空路を使い、現地入りした空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の緊急支援チームは、爆発事故があったというイオンモール熊本に向かい、捜索救助活動に協力しました。

 イオンモール熊本周辺には、警察や消防のほかにも多くの報道陣が集まり、騒然とした雰囲気のなか捜索救助活動が続けられていました。警察・消防と連携しながら空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”のプロジェクトリーダー稲葉基高医師は、地震による倒壊で瓦礫のなかに取り残された要救助者の状態を確認する医療を担当。建物の中は「廃墟みたいな状況」だったといいます。

イオンモール熊本での過酷な状況

 7月28日16時27分ごろ、最大震度7を観測した地震から一夜明けた29日。被害状況が徐々に明らかになってきました。災害対策本部より9時30分に発表された情報によると、人的被害は39名(うち死亡3名、心肺停止5名、重症3名)。大規模な崩落が起きたイオンモール熊本では8名が救助されたが2名は死亡。80mの巨大煙突が倒壊した日本製紙八代工場では、鉄骨交じりの瓦礫が堆積し、救助活動は困難を極めている状態で、閉じ込まれていた11名のうち4名は救出されたものの、残り7名の安否は不明だと報告されました(29日9時30分時点)。

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 稲葉医師は、消防隊によって安全な場所まで救出された人の容態を観察。しかし残念ながらすでに息はなく、死亡が確認されたといいます。

 発災直後の被災地では、こうした過酷な現場が連続します。それでも「まだまだみんなあきらめていない」と、医療が求められる次の現場へと向かいました。

 「今日は寝ていられないよな、寝てる間に誰かが死んでしまう」。

 こうした不眠不休の救助活動が続けられています。

 約36,700戸で停電が発生、約56,815戸で断水

 ライフラインも広い範囲で破壊され、約36,700戸で停電が発生、約56,815戸で断水が報告され、一部地域では日中の水量を確保するため計画断水が実施されるなど、被害は拡大しています。

 こうした状況のなか、生命を守る病院も被害を受けています。

 稲葉医師を含む医療チームは、イオンモール熊本での活動を終えると、熊本総合病院からの協力要請を受け、救急救命センターのサポートに加わりました。病院は停電によりエレベーターが使用できず、階段を利用しながら患者を搬送したり、配管の損傷による断水を受けて、透析を必要とする患者をはじめ重症患者の緊急搬送が求められていましたが、その調整役を担う人員が不足し、搬送先が決まらず混乱を極めていました。

搬送手段を整備し、迅速に転院させないと命が守れない。

 稲葉医師が、引き受けたのは患者搬送の判断と調整です。総合病院の救急医や看護師らと連携して、まずは患者の状態を正確に把握、その時々の状況と一人ひとりの症状に適した最適な搬送手段を判断し、30人以上の患者を迅速に、安全に適切な医療機関へとつないでいきました。

 一方、ARROWSの看護師は、救急外来をサポート。運び込まれる患者を病院の医師や看護師と協力しながら病院の機能が途切れることがないように支援を行っています。

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 さらに医療や物資支援のニーズを調査するために、避難所での聞き取り調査も進めています。避難所にはスペースが足りず、通路やロビーで横になっている人が多く見られたという報告もあります。

何ができるか、何が必要とされるのか。今後もニーズ調査に基づき、医療支援と並行して避難所等への支援も進めてまいります。

 

 

2026年7月30日

(投稿)「死亡”事故”家族への心からの謝罪もない反基地活動家の一方的な話を聞くのが『沖縄平和学習』と言えるのか」

 長崎大司教区は今年も8月17日から19日にかけて「高校生・沖縄平和学習」を実施する予定である。しかし私は、この平和学習において高校生が毎年、辺野古テント村などで反基地活動家から一方的に話を聞かされるプログラムが漫然と続けられていることに、強い違和感を通り越して、不信感すら抱いている。

 「平和学習」とは本来、多様な立場の人々に触れ、話を聞き、生徒自身が考える力を育てるものであるはずだ。それが特定の政治的立場の宣伝の場と化しているのであれば、それはもはや「教育」とは呼べない。

 私は15年前、大学の課外授業で辺野古テント村を訪れた。その際、「希望すれば、活動家が操船するゴムボートに乗れる」とのことで、私も実際に乗った。ボートはかなりの速度で航行し、波浪注意報が出ていなかったため大事には至らなかったが、「安全面への配慮が十分になされている」とは、とても言い難かった。安全管理よりも”活動”そのものが優先されている、という印象は今でも鮮明だ。

 だが、私が本稿で問いたいのは、安全の問題だけではない。高校生を対象とした「平和学習」が、特定の立場の活動家による一方的な語りに支配され、「教育に必要な中立性」を完全に欠落させているのではないか、という点である。

 「平和学習」とは、特定の考えを生徒に「刷り込むための装置」ではない。様々な考えや価値観があることを認識し、自ら考え、判断する力を養うためのものでなければならないはずだ。ところが、長崎大司教区の「高校生・沖縄平和学習」は、辺野古テント村などで反基地活動家から話を聞く機会だけを毎年、律儀に用意する一方、基地と共に生きる地元住民、基地従業員、自衛隊関係者、安全保障の専門家といった異なる立場、考え方の人々の声を聞く機会がどれほど設けられているのか。ほとんど用意されていないのだろう。

 沖縄には、基地に反対する人だけでなく、基地との共存を選ぶ人、「沖縄の経済や日本全体の安全保障の観点から、基地は認めざるを得ない」と考える人も、「基地には反対だが、現実も見据えて判断せねばならない」という人も少なくない。沖縄の現実は、単純な基地反対で語れるほど、生やさしいものではない。

 沖縄や日本を取り巻く環境は戦後80年経った今、様変わりしている。中国、ロシア、そして北朝鮮という核兵器を持ち、軍事活動を活発化している専制独裁国が日本を取り巻き、日本の排他的経済水域を中国の軍艦が蹂躙し、尖閣列島のみならず、沖縄さえも自国の視野に入れようとする動きを強めている。ロシアは、全く正当性を欠いた軍事侵略をウクライナに続け、多大の死傷者を出している。

 このような中で、日本はどのようにして、そうした国の侵略の意図をくじき、平和を守ることができるのか。「平和学習」は、そのような現実、課題から目を背け、十年一日のように、ひたすら「平和」を叫び、「基地反対」を叫ぶだけの一方的な思考を、若者たちに刷り込んでいるのではないか。一部の政党や、一部の国を喜ばすことにもなりかねない。

 日本の若者たちには、多様な声、考えに触れる機会が保障されねばならない。教会が平和を尊ぶのは当然だが、現実の世界で、具体的にどのようにして、平和を維持し、育てていくのか、客観的に幅広い情報を集め、識別し、行動していく責任は、世界の、そして日本の、沖縄の一人ひとりにある。「平和」「基地反対」と叫べば、「平和」が守れるような幻想を、これから社会に出て、現実との対応を求められる若者たちに抱かせてはならない。

 さらに看過できないのは、この教育が現実の死者を出した出来事と”地続き”になっていることだ。

 2026年3月16日、辺野古沖で抗議船「不屈」と救助に向かった「平和丸」が転覆し、「不屈」船長で反基地活動家の金井創牧師と、「平和丸」に乗船していた同志社国際高校2年生の武石知華さんが死亡するという痛ましい”事故”が起きた。

 その2日前、金井牧師は、カトリック安里教会で「開会礼拝」を行っている。これは単なる偶然の”場所貸し”ではないのではないか。那覇教区は、どのような経緯と判断基準で、金井牧師に、安里教会聖堂の使用を認めたのか。教会という宗教施設が特定の政治活動家に使われた、と受け止める関係者もいる。教会はそうした疑念に答える責任があるだろう。

 二年前の6月28日には、安和桟橋の交差点で牛歩運動で交通妨害をしていた活動家を制止しようとした警備員の宇佐美芳和さんが、ダンプに巻き込まれて亡くなるという事件も起きている。

 いずれの事件についても、ヘリ基地反対協議会は武石さんや宇佐美さんの遺族に直接謝罪した形跡はなく、事件の検証や責任の所在を明らかにする姿勢も見せていない。それどころか安和桟橋の事件では、亡くなった警備員の勤務先の会社とダンプ運転手を相手に訴訟まで起こしている。人命や遺族への誠意より自らの活動の”正当性”を優先する姿勢は、キリストが示された思いやりや、いたわりの心から、程遠い。

 長崎大司教区は、まさにそうした団体・人物を高校生に接触させ、事実上の偏向教育を施している、と判断されても仕方がないだろう。

 誤解のないよう記しておくが、沖縄平和学習そのものを否定するつもりはない。戦争の歴史を学び、平和について考える機会は高校生にとって重要である。しかし、その教育が特定の立場に偏り続ける限り、幅広い知識を得て、自ら識別し、具体的な行動につなげる力を育てる、という、私たちが考える「沖縄平和学習」の本来の目的には程遠い。それどころか、生徒たちを、そのような”反対運動”の人々の一方的な考え、主張の代弁者に仕立て上げるだけではないか。

 長崎大司教区、そして受け入れ側である那覇教区には、どのような基準で訪問先や講師を選定し、高校生にどのような視点を提供しているのかを、信徒や保護者に対して明確に説明し、改めて行く責任がある。辺野古をめぐる二つの死亡事件を受けて、これまでの平和学習の内容や在り方について実際に検証を行ったのか否かについても、曖昧にせず明らかにすべきである。加えて、金井創牧師に安里教会聖堂を貸与した経緯、そして司祭・シスターが辺野古・高江の活動に度々参加してきた実態についても、那覇教区は説明責任から逃れることはできない。

 高校生が平和について真に深く考えるためには、一つの立場だけでなく、多様な価値観と現実に触れることが不可欠である。教会が「平和をつくる人は幸いである」と説くのであれば、その平和教育こそ対話と多角的な視点を体現するものでなければならない。そうでなければ、その言葉は空虚な標語に過ぎない。私はこのことを、長崎大司教区と那覇教区の双方に対して、逃げずに問い続けたい。

 なお、ある仲間が、長崎、那覇両教区に対して、「辺野古基地建設容認の地元住民の声も聞くべきではないか」「辺野古と安和桟橋でおきた二つの死亡事故に、どう向き合っているのか」、質問状を送った。だが、両教区からの、質問に対する回答はまったくない。この”沈黙”こそが、すべてを物語っている。

 ちなみに那覇教区長のウエイン・バーント司教は、先月23日の沖縄慰霊の日のへ和巡礼に先立つミサの説教で、この二つの死亡事故には一切触れず、「与那国から辺戸岬まで基地も、武器も要らない、戦闘機も飛んでほしくない」と繰り返すだけだった。現在の国際情勢の中で、その様に唱えるだけで、沖縄の、日本の、そして世界の平和が守れる、と本気で信じている、とはとても思われないが…

(南の島の一信徒)

 

2026年7月7日

Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉖修道会会員の高齢化、減少、AIの台頭、でも危機の中に福音宣教のチャンスがある

 「刈り入れは多いが働く人は少ない。だから、刈り入れのために働く人を送ってかださるように、刈り入れの主に祈り求めなさい」(マタイ福音書9章37-38節)。

 この福音のイエスの勧めに励まされ、祈り続けて久しい。司祭、修道者の道を志す人々の増減の波を見ると、戦後の勢いは凄く、信仰に導かれ受洗後献身を志し、修道会や神学院に入る人が多い。第二回バチカン公会議後、信徒の使徒職が開かれ、活発になると「福音のため独身を生きる」イエスに従う人が少なくなります。

 この道を選ばなくても、宣教に献身できるようになったからです。公会議後、すべての修道者に再選択(退会)の機会が与えられましたが、私も、続いて入会した妹も、メディアを駆使して宣教をする聖パウロ女子修道会会員として生きる決意をし、奉献しました。

 現在は100人を切る女子パウロ会の日本人会員。平均年齢も高 く、書院、修道院も惜しまれながら閉じ、オンラインや通信販売、日東販やAmazonなどの取次ぎ流通業者を介しての福音宣教が、主流になっています。

 福音宣教の使命は教会の生命線、ぶれずに存続する2000年の歴史が語っています。イエスが弟子に声をかけ始められた教会、今日も「遣わされ」「宣べ伝える者」により「善い知らせ」(ローマの信徒への手紙10章14-15節)を世に宣べ伝え続けています。

 1549年、1人の宣教師、聖フランシスコ・ザビエルにより日本にもたらされた福音は、250年間の禁教令を生き延び、477年を経た今日も、福音の種が撒き続けられています。イエス自身「恐れることはない、小さい群れよ」(ルカ福音書12章32節)と呼びかけられましたが、約42万人のカトリック信徒の教会共同体、確かに小さな群れですが、外国籍の信徒も増え、「カトリック(普遍)」の名に相応しく、日本の津々浦々に生き生きと存続しています。

 長い間、留守にしていた日本に帰って来て、頻繁に聞く嘆きのセレナーデ、会員の高齢化と減少、活動の縮小。少子化、デジタル化、人工知能(AI )時代の到来で福音宣教に尻込みする現実もあります。

 寄せ来る生成AIの威力、データを基にした効率・正確・最適な答えがモノを言うようになって、今年の世界広報の日のメッセージ、レオ14世教皇の『人間の声と顔』を取り戻す呼び掛けには、魂が、ずしんと揺さぶられました。

 『顔と声は神聖なもの』『神から与えられた』人間の『固有で二つとないアイデンティティ』。『創造的なプロセスを放棄し、自らの精神的機能と想像力を機械に委ねることは…人格として成長するために与えられたタレントを埋もれさせ…顔を隠し、声を封じることを意味するのです』(第60回「世界広報の日」教皇メッセージ 人間の声と顔を守る)。

 ずばり、私たち「コミュニケーションの使徒の使命」の今日の課題です。コミュニケーション・メディアの聖化と福音宣教のために、たとえささやかな存在でも、捧げ、誓った者の祈りを聞いて下さる方を信じています。

 

 女子パウロ会のローマ総本部には、毎年終生誓願の準備(第二修練)のため全世界から該当シスターが集まります。今年は15人が修練を終え終生誓願。コンゴ、ベトナム、ケニア、パキスタン、ドイツ、中国、米国、マレーシア、ナイジェリア、べネズエラの10カ国から。本当に嬉しい感動すべき出来事です。

 AI時代の危機の中に、福音宣教のチャンスを見つけながら、人間社会の交わりに命と愛が通うよう祈り、感謝と福音の喜びのセレナーデを奏でながら励みましょう。嘆く事はありません。聖霊のナビが教会を確実に導いています。

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年7月6日

「余白の想い」(6)”信仰”は現実から離れると「妄想」に、主体性のない”信仰”は単なる「自己満足」

 日本はキリスト者が少ないと言われているが、それにしても、様々なクリスチャンが存在する。その一例を挙げる。

 ”信仰”と言っているものは、単なる妄想ではないか、と思われるような人がいる。一方、嬉しいことがあったりすると、「神さまはいらっしゃる」と喜んだりする。それ自体は悪いことではない。

 熱狂的、狂信的とも言える”信仰”を持つ人は、人権侵害に対しても「これは神の御心だ」と言い出す。LGBTQ+についても、物凄く偏屈な態度である。聖書には「神の意志がはっきり書かれている」と言い、またミサ聖祭は「信仰に必要な事柄がすべてある」と言い出す。が、こうした態度は必ず他者を傷つける。そこには謙遜さはない。要するに自分達が「正しい」と思い込み、その「正しさ」を信じることが”信仰”であり、その”信仰”は絶対なのである。

 こうなると、はたして「信仰」とは何なのか、と問いたくなるし、同時に本当に必要なのかと思いたくもなる。キリスト者は、自分の望んでいることを正当化するために、神という幻想を利用しているに過ぎないのではないか?

 つまり、「信仰」とは逆説的に言えば、「神についてほとんど分かっていないし、本当に正しいことが何か、ということさえ分かっていないこと」を自覚するためのものだ、と思う。

 ここで、言いたいことは、「人間は完全ではない」ということ。私は、「神から見れば、ひょっとしたら、間違っているかもしれない」と常に思っている。自信たっぷりの信仰は危ない。信仰が現実から離れた時、「妄想」になる。

 そもそも「信仰」というこの言葉自体が好きではない。この語を分ければ、「信じて」、「仰ぐ」となる。何とも軽薄だと思う。イエスにおいて、「我が信を置く」、これで充分である。
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付言

 鹿児島教区で信徒に、一方的に献金増額を要請した件。まさに司祭中心主義、至上主義ここに極まる。誰の責任か。その大半は信徒にある。日本のカトリック信徒はあまりにも主体性がなさ過ぎる。また、健全な意味での自己批判もない。

 神父に対して、いい年した男が「神父さま」と呼ぶの聞いて、身震いしたことを覚えている。右顧左眄もいいところである。信徒は何時になったら主体性をもつのだろうか。主体性のない信仰、それは単なる自己満足に過ぎない。

(東京教区信徒 纐纈康兵)

2026年7月1日

「パトモスの風」⑬娘から悪霊を追い出すようイエスに願う女性の言葉に、神が「極めて良かった」と言われた世界が映っていた

 創世記は、「我々のかたちに、我々の姿に人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう」(創世記1章26節)という神の言葉で、御心を明かしました。

 そして、「神は人を自分のかたちに創造された。/神のかたちにこれを創造し/男と女に創造された」(1章27節)とあります。続く「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」(1章28節)という神の命じられた言葉を見ると、上記の御心と異なっている箇所が目に留まります。

 人を創造して、「海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう」とありましたが、命じられた言葉は、「地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」となっています。「地に満ちて、これを従わせよ」が新たに付け加えられて、「家畜」が除かれています。

 他にも除外されている生き物たちがいます。神が第5の日に創造された大きな海の怪獣や、第6の日、人を創造しようと思い立たれる前に創造された地の獣です。しかしそれらは、今も人が従わせるのには現実的ではありません。「家畜」は、初めから人に従うように創造されていたので「除かれていた」と考えられますが、創世記にこのように記した理由があったに違いありません。

 神が人に、「地に満ちて、これを従わせよ」と命じられた理由が、「家畜」にあったのです。続く創世記の言葉は、「神は言われた。『私は全地の面にある、種をつけるあらゆる草と、種をつけて実がなるあらゆる木を、あなたがたに与えた。それはあなたがたの食物となる。また、地のあらゆる獣、空のあらゆる鳥、地を這う命あるあらゆるものに、すべての青草を食物として与えた。そのようになった」(1章29~30節)とあって、確かにここに「家畜」という言葉はありません。

 「家畜」のために誰が食物を用意するのか… エデンの園の土を耕し、守る者とされたことの奥に、このようなことが隠されていたことを、そして、創造の初めから、人と家畜がこんなふうに関わるようにされていたことに、私は気付かず、思ったこともありませんでした。しかし、ここから神が、造られたすべてのものを御覧になって、それは「極めて良かった」と思われた世界が見えてくる気がします。

 神は、人も、他の動物も、すべての命の必要を満たすことがおできになります。そして、「神である主は、エデンの園から彼を追い出された。人がそこから取られた土を耕すためである」(3章23節)とあるように、人は、園を追い出された後も土を耕してきました。人々は家畜と共に生きてきたのです。

 福音書には、「幼い娘から悪霊を追い出してください」と願う女とイエスのやり取りが、次のように書かれています。「イエスは言われた。『まず、子どもたちに十分に食べさせるべきである。子どもたちのパンを取って、小犬に投げてやるのはよくない』。女は答えて言った。『主よ、食卓の下の小犬でも、子どものパン屑はいただきます』。そこで、イエスは言われた。『その言葉で十分である。行きなさい。悪霊はあなたの娘から出て行った』」(マルコ福音書7章27~29節)。

 この物語は、前の場面に続けて書かれたものでした。そこでは、昔の人の言い伝えにこだわるファリサイ派の人々や律法学者たちと議論し、その内容を、たとえをもって群衆に教えられましたが、それを聞いていた弟子たちさえも理解しなかったことを知ったイエスは、「人から出て来るもの、これが人を汚す。中から、つまり人の心から、悪い思いが出て来る」(7章20~21節)と諭されました。

 女に「その言葉で十分である」と言われたイエスには、「人の心から、悪い思いが出て来る」と諭された場面とのコントラストを見ておられたのではないでしょうか。「主よ、食卓の下の小犬でも、子ども
のパン屑はいただきます」と答えた女の言葉には、造られたすべてのものを御覧になって、それは「極めて良かった」と言われた世界が映っていたのだ。と思います。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年6月30日

「愛ある船旅への幻想曲」(65)「二極化」が言われる中で…バチカンも、”シノドスの道”も、遠くなっている

 最近は至る所で、大きく捉えて「二極化している」と言われている。

  自分ではどうにもならないと思う問題等も多いだろうが、その場その場で自分の考えを問われた時には、今の状況を熟慮し、過去の歴史的な流れも学んだ上でどのような答えを出すべきか、真摯に考える必要があるのではないだろうか。

  相手がある問題には決して一方的な判断をしてはならない。反対側の意見を十分聞くことは隣人を愛するための基本だろう。答えを出すための過程こそ大切であり、自分自身が成長するためにも、人の意見はありがたいと思っている。

 教皇はシノドスへの取り組み方や感想等を精力的に発信されているが、少なくとも今年に入ってから所属教会でシノドスの『シ』も、誰からも聞いたことがない… バチカンは遠い。

 「カトリック・あい」で「ドイツ司教団の信徒によるミサ中の説教の特例許可申請をバチカンが却下した」という記事を読んだが、私たちの地区は(豊かなのか?)ミサ司式者が司祭であっても、助祭や修道者が説教をする。また、信徒による集会祭儀が行われていた小教区は信徒が説教をしていた。説教に関しては、いろんな状況から与えられた方法があるのは存じてはいるが、このように”自由”にやっていいものか、今一度、説明が欲しい。

 また、バチカン典礼秘跡省が説教に関して、司祭の「継続的な要請を促進することの重要性」を強調したとあるが、是非ともそう願いたい。

 カトリック教会は、位階制度があるので二極化にはならない、と私は思っている。第二バチカン公会議で「教会の刷新」が求められ、当初は日本の教会でもさまざまな場面で聖職者や信徒が対等な立場で議論し結論を出すこと行われたようだが、最近はそうしたことがなくなってきているように思う。

 そこにいる人(信者)によって、教会のイメージが違うことも分かっている。私が持つ聖職者のイメージの修正が求められているのも、分かっている。全て人間の問題であることも分かっている。しかし、宗教には自分が持つイメージが大切ではないのだろうか。

 私は、オーストリア・ウィーン出身の哲学者で英ケンブリッジ大学教授だったウィトゲンシュタインに興味津々である。彼がキリスト教の信仰を持っていなかったのは明らかであるが、非キリスト教的でもなかった(母親はカトリックで彼にも洗礼を授けているが)

 彼の文章はどこか私的な雰囲気があり、箴言集のようでもある、と言われている。ウィトゲンシュタインは狭い意味での哲学者というよりは、哲学、宗教、詩にまたがった作者の方に深い感銘を受け、なによりも芸術への関心にも積極的に実践する人物であったことが、私には大層な魅力となっている。

 西洋哲学は、「芸術とは?幸福とは?」と単純明快な本質の定義を求めがちだが、ウィトゲンシュタインはさまざまな概念から全体として一つのまとまりを構成する穏やかな類似性を比喩的に”家族的類似性”と呼んでいる。これは、私にとって納得のいく表現である。

 ただ、私は西洋の文化や言葉を100%理解できていないため、西洋哲学やキリスト教の『本質』も、どこまで理解できているのかが問題である。永遠の課題であろう。

 「聖書に書いてある天国とか神の国とは、どこか知られざる場所にある特殊な国や国域を指しているわけではない。どちらの国にしても愛が充ちている場を意味している。だから、ここに二人がいて愛しあっているならば、まさしくそこは天国であり、神の国なのだ。しかし、記載されている言葉を字義通りにしか理解できないと、宗教や倫理に使われる言葉や表現は奇妙なものになってしまう」(ウィトゲンシュタイン『倫理学講話』)

(西の憂うるパヴァーヌ)

2026年6月30日

・「カトリック精神を広める」㉛勧めたい本紹介・14 小崎登明著「十七歳の夏」(聖母文庫)

 今回お勧めしたい本は、 小崎登明(おざき·とうめい)著「十七歳の夏」(聖母文庫、1996年5月31日初版、聖母の騎士社)だ。

 著者の本名は田川幸一、カトリック聖母の騎士の修道士で、2021年93歳で死去された。昭和20年(1945年)8月、17歳の小崎氏は、三菱長崎兵器製作所の住吉トンネル工場で魚雷部品の製造中に被爆。爆心地から500メートルの自宅にいた母を亡くして「原爆孤児」となり、戦後、聖母の騎士修道院に入り、修道士となった。

 長年、月刊『聖母の騎士』の編集にたずさわり、聖母の騎士小学校·椿原中学校校長を経て、長崎·聖コルベ記念館に勤めておられた頃、筆者の家族総勢5人が記念館を訪問した時に本人にお会いし、本書の購入を勧められて買い求めた。

 本書によると、空襲を避けてトンネルの中に魚雷製造工場があり、原爆投下直後、小崎氏は昼夜二交代制で、たまたま昼間働いていて、無傷で助かった。「もし夜勤だったら、爆心地の自宅にいて、母と同じく原爆の猛烈な熱と爆風で跡形もなく、死んでいた」という。兵器工場では、一人の女子学生が足をはさまれ、もがいていた。仲間と共に助けようとしたが、飛行機の爆音がなり、女子学生を置き去りにして、逃げてしまった。10年後に、この女子学生に会った。あの後、お年寄りの男性が線路まで運んでくれて、行き来していた列車で病院に運ばれ助かった、とのこと。もし、あのまま置き去りにされたままだったら死んでいただろうという。長く彼の心の傷となっていた事の一つだ。

 もう一つの傷は、当時、工員の一人からいじめられ、原爆被災前日、仲間と共に決闘するまでになっていた。原爆直後、彼は腹部に重傷を負って横たわっていた。そばを通りかかった時、彼と分かり、既にキリスト教徒になっていたにもかかわらず、「ざまアみろ、くたばったのか」と叫び、軽蔑の目で彼を見下した。これが長く心の傷として残った。小崎氏はその後、原爆語り部の一人となって、本書に記された赤裸々な原爆孤児の様子を語り続けた。

 本書では、この他、永井隆博士と、人の身代わりになって飢餓刑を受けて亡くなり、聖人の位にあげられた聖コルベ神父との会話が心に残った。是非一読を勧めたい。 Amazonでも購入できる。

 (横浜教区信徒・森川海守=もりかわうみまもる)*誘惑の多い、また詐欺が蔓延するX(旧ツイッター)を止めて、noteに記事を書いています。ご覧頂ければ幸いです。https://note.com/mamoru_umi

2026年6月30日

・「神様がくれた贈り物」㉟『見知らぬ人を助けるために勇気が要る時代、でも善きサマリア人を見習いたい』

 先週、自身に起きたことである。

 私の目の前で、自転車に乗った男子小学生が、転んでしまった。ほんの数十秒の間に、頭の中で、「助けたい! けれども、どうしよう…」という考えが何度もぐるぐる回った。声をかけるか、悩みに悩んだ末、私の口からは「大丈夫ですか?」という、情けないほど小さい声が出た。男の子は、「はい!」と、はっきりと大きな声で、返事をした。膝の擦り傷は赤い血と黒い泥の汚れが混ざり、痛々しい。私の胸がぎゅうっと苦しくなった。

 同じ日本に住む、日本人同士なのに、誰かを助けることが難しい。そう感じることが多くなった。

***

 人を助けるのを躊躇するようになったのは、4、5年前、大型の家具店での出来事がきっかけだ。母親を見失った様子の女の子が涙を流して泣いていたので、私は、当たり前のこととして、「お母さんのこと、一緒に探そうか?」と女の子に声をかけた。「うん」という涙声で返事があった。私は「大丈夫だから」と声をかけた。

 しばらくすると、その母親らしき女性が、こちらに向かって歩いて来た。女性は、私のことを睨むように見て、女の子の腕をつかんで、そのまま去ってしまった。女性が咎めるような声で「知らない人としゃべったら、駄目だって、言ったでしょ?」と話したのが、聞こえてしまった。「まさか、こんな結末になるとは…」と、がっくり肩を落としてしまった。

***

 聖書に出てきたサマリア人は、ためらうことなく、強盗に襲われた人を助けた。普段のサマリア人は、ユダヤ人から、蔑む扱いを受けていたにも関わらず、当たり前のように困っている人に愛を注いだ。

 その人は、「サマリア人のくせに、さわるな!」や、「お前のようなサマリア人に助けられたくない!」など、差別的な発言が返ってくる心配をしなかったのだろうか?  あるいは、自分が傷つくような反応をされることを、不安に思わなかったのだろうか?

***

 見知らぬ人を助けることに対して、まだ恐怖が抜けきらない。「助けようとしたのに、怪しい人だと思われたらどうしよう?」「助けを拒絶されたら、どうしよう?」。そればかり、考えている。

 けれども、この考えは、自分にしか視点が向いていないのだ。自分の行動は、相手にとって、助けになるかもしれないし、そうならないかもしれない。半分の確率であっても、もし、相手の助けになるのなら、勇気を出して声をかけたい。神様、どうか私にその勇気をお与えください。アーメン。

(東京教区信徒:三品麻衣)

2026年6月30日