・バチカンで枢機卿ら10人、3法人被告の巨額不正取引事件裁判始まるー27人の弁護団、前途多難

(2021.7.27 Crux   ROME BUREAU CHIEF Inés San Martín)

 ローマ発ー前列聖省長官のベッチウ枢機卿ら10人と3つの企業体を被告とする巨額不動産不正取引事件のバチカンでの裁判が27日開始されたが、7時間にわたる初公判が行われたものの、手続き上の問題と弁護側の証人急増などが起き、審理をいったん中断、10月5日に再開することになった。

 裁判は、2014年当時、バチカン国務省の権限下にあったバチカンの資産管理・運用に関する不正について、バチカン検察当局による2年にわたる捜査を基に行われるもの。その対象には、世界の無数の信徒たちから集められた献金も含まれている。

 ベッチウ被告ら9人と金融機関など3法人はバチカンが絡むロンドンの不動産4億ドルの購入に関連して、恐喝、詐欺、横領、および職権乱用を含むいくつかの犯罪で起訴されている。ベッチウ被告は、バチカンの検察当局判所によって起訴され、裁判にかけられるバチカンの歴史初の枢機卿となった。

 これまで避けられていた枢機卿を被告として、あえてバチカンの法廷の場に引き出したのは、教皇フランシスコが進めるバチカン改革のもとで、資産管理・運用を含むに対しても例外なく厳しい措置を取る姿勢の表れだ。

 27日の初公判に被告として出廷したのは、ベッチウ枢機卿と、その元秘書のマウロ・カルリノ神父の2人。 バチカン美術館の建物内部にこのために造られた法廷には、27人の被告代理人弁護団のほか、3人の利害関係弁護士が出席。うち半数が発言した。

 バチカンの国務次官として教皇の参謀役も務めたことがあるベッチウは、検察官に対する証言やメディアとの会見での発言で、バチカン関係者二人を名誉棄損で訴えることを言明するなど、”逆襲”の姿勢も見せている。

 またこの日の公判に、二人以外、のイタリア人信徒セシリア・マログナ、バチカンの金融情報ユニット(AIF)の前トップ、レネ・ブリュハルト、前補佐役のトムマソ・ディ・ルザなど他の被告は欠席した。

 そして、公判で、被告の弁護団は、捜査の過程に誤りー検察当局が期限までに起訴理由を説明する全ての書類を提出していない、起訴内容で問われている犯罪はバチカン市国内で為されたものでないなどーがあることを理由に 提訴を棄却するよう動議を出した。

 提訴の中心になっているのは、ロンドンの高級住宅街チェルシー地区の不動産に対するバチカン国務省の不正投資。バチカンは、この投資で数百万ドルの損失を出したと言われているが、これに関与したとされている被告全員が、不正行為があったことを否定している。

 有罪判決が出れば、被告たちは懲役刑、罰金刑、またはその両方に刑に処せられる。

 

(解説)巨額不正事件裁判は、論点を巧みに避けるのか- バチカン司法当局は力量不足?

(2021.7.28  Crux Editor  John L. Allen Jr.)

 ローマ発ー27日始まったバチカンの”世紀の裁判”は、ベッチウ枢機卿ら10人と3つの企業体について、詐欺と横領の罪に問うもの。初公判には、バチカン美術館の内部に作られた法廷に30人の弁護士、うち27人か被告たちを弁護するために出廷した。彼らは全員が無報酬で、無罪を勝ち取るために全力を尽くす構えだ。

 残念ながら、この裁判は、「法と秩序のバチカン」ではない。公判開始当日に、弁護団が、提訴内容の不備を理由に棄却を申し立て、審理は中断、10月5日に再開することを余儀なくされた。場合によっては、さらに延期される可能性がある。

 これはバチカンにとって歴史的な裁判になる。なぜなら、バチカン市国の法律に基づく罪を犯したとして、これまでは司法の”圏外”に置かれてきた枢機卿が初めて起訴され、仲間の枢機卿たちではなく、一般信徒もかかわる司法当局によって裁かれるのも、初めてのことだからだ。これは、教皇フランシスコが4月に出されたバチカン改革関連の新たな指針の成果でもある。

 検察当局による500ページに上る起訴状は、大部分が、2014年に始まるバチカン国務省によるロンドンでの4億ドルに上る不動産取引に関わる不正疑惑の解明で占められているーいかがわしいイタリアの金融業者が、法外な料金でバチカンを”搾取”するやり方でベッチウや他の被告と共謀、教皇の”参謀長”としてのベッチウのもとで、「腐敗した、略奪的な金儲けのシステム」を働かせた、としている。

 当局の頭痛のタネになりそうなのは、被告弁護団を率いる、バチカン国務省の元財務担当者でローマの著名な弁護士事務所の代表、ルイージ・パネラ弁護士だ。公判初日に早くも、検察側の起訴内容の不備をついて、棄却を申し立てた。その時系列による指摘は次のようなものだ。

 7月3日に、被告側弁護士はバチカンから起訴状について通知を受けた。起訴状の全文はバチカン裁判所で、その内容を確認したうえで、複写できる、とされ、弁護側が公判で使用する資料は7月23日午後零時半までに裁判所に提出することが命じられた→ 7月5日に、被告側弁護士が裁判所に出頭したが、書類の準備ができていない旨、告げられた→2日後、の7日、すべての被告側弁護士は、起訴状全文を入手できないことを理由に、弁護資料の提出期限を延長すること、27日に予定する公判開始を延期するよう申し立てた→9日、被告側弁護士は起訴状の裏付け資料、約29,000ページの覚書、銀行取引明細書、検察の面接記録などを入手。だが、一部のファイルが欠落、あるいは開くことができないことが判明した→14日、被告側弁護士は、追加の資料のコピーを入手したが、なお、いくつかの項目が不足→15日、被告側弁護士は、23日の初公判を延期するよう再度、申し立て、裁判所は、発生した手続き上の問題に対処するために、23日に予定通り初公判を開く旨、弁護側に通知→22日になっても、起訴に関連する多くの資料がまだ、弁護側に提供されなかった。

 ”列車をダイヤ通り走らせる”という点では、縁起の良い始まりではない。27日の初公判を受けて、裁判所は、検察側に、弁護側が求めている捜査資料のとりまとめ、提供を、8月10日までに行うよう命じた。さらに弁護側に、必要な補足資料を明示し、検察側は9月21日までにそれに応じるよう、指示した。また弁護側に、8月4日までに弁護資料を裁判所に提出するよう求めた。 バチカンの検察官と裁判官の小さな集団が、今回の裁判の大きさ、重さ、複雑さに十分に対処できるのか、時間が明らかにするだろう。

 教皇フランシスコは、彼らが対処できると希望している。ベッチウ自身と同様、この裁判の結果に賭けているのだ。ベッチウは有罪判決が出れば、実刑が罰金刑になるが、教皇にとっては、思うように進まないバチカンの財政・金融改革の推進力になる。裁判が公正で透明と見なされ、有罪判決が下されれば、改革が機能する証しになる。だが、ベッチウら被告全員が無罪になったり、検察官や裁判官が素人であることを露見したりし、裁判全体が”茶番劇”とみなされれば、改革者として教皇の威信は危機に瀕する可能性がある。

 何はともあれ、このことは、公判が10月まで延ばされたという事実にもかかわらず、今からそれまでの期間が、正当性が認知されるかどうかの運命の分かれ道となるかも知れない。検察当局と裁判所の少ないスタッフが、伝統的な8月の夏の休暇をあまりにも魅惑的に過ごす計画を立てない(注:裁判にとって重要な期間を無駄に過ごすことのない)よう希望したい。将来、時間外労働を余儀なくされるかも知れないからだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2021年7月29日