・教皇、修道会などの長に非聖職者選ぶことを可能にする詔書

Pope Francis signing a letter (File photo)Pope Francis signing a letter (File photo) 

(2022.5.18 Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

 教皇フランシスコは18日に布告された詔書で、バチカンの奉献・使徒的生活会省に対し、聖職者でない者が修道会、修道院など宗教共同体の会長、院長など長を務めることを認める権限を与えられた。即日、発効する。

 教皇は就任以来、カトリック教会の刷新・活性化の一環として、バチカンの諸機関の統治に関する様々なポストに一般信徒が就かせる方策を次々を打ち出しておられるが、それからさらに一歩踏み込んだものとして注目される。

 詔書によれば、今回の変更は、教会法(CIC)の宗教コミュニティの聖職者による統治を定めた588条2項の規定を、一定の条件のもとに免除する、というもの。その条件とは以下の三点だ。

①奉献生活の会または使徒的生活の会の評議会議長は、評議会の同意のもとに、非聖職者を地域の共同体の統治者として指名できる。

②評議会会長は、評議会の同意を得て判断し、奉献・使徒的生活会省から書面による認可を受けた後、非聖職者を長として指名できる。

⓷非聖職者は、そのようなケースを規定する法に従って、評議会会長ないし長として選出されることができるが、選出にあたっては、奉献・使徒的生活会省からの書面による確認を必要とする。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2022年5月19日

・教皇、7月に、教会運営寄宿学校で先住民大量虐待発覚のカナダを訪問

(2022.5.14 カトリック・あい)

 教皇フランシスコが7月にカナダを訪問される。バチカン広報局が13日発表したところによると、カナダ訪問は市民および教会当局、先住民コミュニティからの招待を受けたもので、7月24日から30日まで一週間にエドモントン、ケベック、イカルイトの各都市を訪れる予定だ。

  カナダでは、19世紀から1970年代にかけて15万人以上の先住民族の子供たちが、カナダ社会への同化運動の一環として、国が資金提供するカトリックなどキリスト教の学校に通うことを強制された。現在のカナダ政府は、これらの学校では、児童、生徒たちが母国語を話すことで殴打される暴行が頻繁に起き、身体的および性的虐待が蔓延していたことを認めている。

 問題が表面化したのは、昨年6月にブリティッシュ・コロンビア州カムループスの先住民の子どもたちの寄宿学校の跡地の墓地から215人の遺体が、さらにサスカチュワン州レジーナで先住民の子供たちを収容していた寄宿学校で印のない751人の遺体が埋められているのを発見したことが、先住民の団体によって相次いで明らかにされたため。カナダ全土に大きな衝撃が広がり、先住民同化政策を推進した当時の政府、それに協力して学校運営に関わったカトリック教会の責任を問う声も高まった。

 さらに、カナダ全土に約130もあった同様の寄宿学校に収容されていた数千人の子供の行方が不明になっていることも明らかになって、関係者の間に「人道に対する犯罪だ」などと衝撃が広がり、トルドー首相は「心が痛む。我々は真実を認め、過去から学ばなければならない」とする声明を出している。

 教皇フランシスコも、昨年6月の主日の正午の祈りで「この悲しい発見は過去の苦しみを知ることでいっそう大きくなりました」とし、カナダ全土の先住民寄宿学校で亡くなったすべての子どもたちの魂を主に委ねるとともに、深い哀悼の意を示された。さらに、今年に入って、3月から4月にかけて先住民団体の代表やカナダの司教団と会われた際、彼らの言葉や証言を高く評価され、カナダを訪問し、現地で祈り、再会することに期待を表明されていた。

 13日のバチカン広報局の声明によると教皇が訪問を予定されている3か所のうちエドモントン市は、同国で先住民人口が最も多く、同市のあるアルバータ州には25のカトリック教会運営の寄宿学校があった。イカルイトは人口8000人弱の町だが、イヌイットの人口が3900人とカナダの都市の中で最も多い。またケベック州のサンタンヌ・ド・ボープレは北米で最も古く、最も人気のある巡礼地の1つで、カナダ全土および世界中から毎年先住民やその他の人々が集まる大聖堂がある。

2022年5月14日

・国連事務総長の”正教会の復活祭(24日)ウクライナ停戦”呼びかけに教皇も賛同

(2022.4.21 バチカン放送)

 国連のグテーレス事務総長が19日、ウクライナのギリシャ典礼カトリック教会の最高責任者、シェウチューク大司教との合意のもとに、ロシア、ウクライナ両国指導者に対して、正教会暦で24日の復活祭を機とする停戦の呼びかけを行ったが、教皇フランシスコもこの呼びかけに賛同された。バチカン広報局が21日発表した。

 教皇は10日の「受難の主日」に、復活祭停戦を呼びかけておられたが、カトリック教会歴の17日の停戦は実現せず、ロシア軍のウクライナのマウリポリなど東部地域を中心とした軍事攻撃は止まる気配がない。

 教皇と教皇庁は、ロシア軍の攻撃で避難できずにいるマウリポリなどの人々に人道回廊を確保し、平和を切望する人々の叫びに耳を傾け、一刻も早く平和を回復させるよう、関係国指導者に願い、「神にできないことは何一つない」(ルカ福音書1,章37節)の確信のうちに、主に祈り続けている。

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月22日

・聖金曜日・主の受難ー「『あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる』というイエスの警告を思い起こそう」

(2022.4.15 バチカン放送)

 聖金曜日の15日夕方(日本時間16日未明)、教皇フランシスコはバチカンの聖ペトロ大聖堂で、イエス・キリストの十字架上の死を記念する「主の受難の儀式」を行われた。

 イエスの受難と死を深く観想するこの儀式は、祭壇前で頭を垂れた教皇の沈黙の祈りと共に始まり、みことばの祭儀では、ヨハネ福音書の「イエスが、ユダの裏切りで逮捕される場面から、十字架上の死、墓に葬られるまでの箇所」(18章1節-19章42節)が3人の助祭により朗唱され、イエスが息を引き取られる場面では、朗読者と会衆が沈黙のうちに跪き、頭を下げた。

 これに続き、教皇付説教師ラニエーレ・カンタラメッサ枢機卿による説教が行われた。

 枢機卿はまず、「今年の復活祭は、『喜びの鐘の音』ではなく、『死と破壊をもたらす砲弾の爆発の音』のもとで迎えることになった」と述べ、ピラトが流させた血や、シロアムの塔の倒壊で亡くなった人々に触れたイエスが「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」(ルカ福音書13章5節)と警告されたことを思い起こしながら、「『その剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す』(イザヤ書2章4節)ことがされなければ、また同じことが繰り返されます」と訴えた。

 そして、「世界は目まぐるしく動き、そしてすべては過ぎさり、過去のものとなっていきますが、そうした時の動きに引きずられることなく、足を地につけているためには、『過ぎ去るもの』から、『過ぎ去らないもの』へと移る必要があります」と強調。「今年の復活祭を真の『過ぎ越し』とし、決して変わることのない方ー神ーへと移りましょう」と全ての司祭、信徒に寄りかけた。

 説教に次いで、聖金曜日の盛式共同祈願が行なわれ、後半の儀式では、十字架を手にした助祭が、大聖堂の入り口から祭壇に向かって進みつつ、三度にわたり歩を止め十字架を高く掲げ、その度に参列者を十字架の崇敬へと招いた。

 十字架は助祭によって教皇のもとに運ばれた。十字架を前にたたずんだ教皇は、長い沈黙の祈りを捧げ、十字架につけられたイエスに接吻された。最後に十字架は祭壇前にもたらされ、参列者は十字架を見つめ祈った。聖体拝領の後、会衆は静かに解散し、「主の受難の儀式」は終了した。

(編集「カトリック・あい」=引用された聖書の箇所の日本語訳は「聖書協会・共同訳」を使用)

2022年4月16日

・聖金曜日・十字架の道行き: ウクライナ、ロシアの家族も参加、「兄弟に振り上げた拳を収めさせてください」と教皇

Pope Francis leads the Via Crucis on Good Friday 2018 

(2022.4.15 Vatican News  Devin Watkins)

   教皇フランシスコが15日の聖金曜日に、ローマのコロッセオで十字架の道行きを主宰され、新型コロナ感染の影響で2019年以来3年ぶりの開催となった道行きには、1万人を超す信徒たちが参加。ウクライナから戦火を逃れてきた家族など15組の家族が代表して、戦争の恐怖や生活の上での苦難などを分かち合った。

    今年は教皇の使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」の公布5周年を祝う家族年であることから、カトリックのボランティア団体や共同体に関わる15の家族が14留それぞれの瞑想のテーマを書いた。「不満、不安、欠乏、心に負った傷」だけでなく、「勇気、許し、祈り、そして希望…」。世界中のすべての家族の暮らしに関連するこれらのテーマは、今回のコロッセオでの聖金曜日の十字架の道行きにおける瞑想の基調となった。

 

*「父なる主の平和の家」で一つの家族となる

 十字架の道行きは、Adoramus Te(We Adore You)から始まり、教皇フランシスコが、苦しみとキリストの十字架に隠された力、そして家庭生活の多くの側面と試練の中で見出された希望を思い起こさせる開式の祈りを唱えられ、その中で「復活されたイエスは、人類に救いの賜物をくださり、皆の涙を拭き、『愛と平和のあなたの家に住む一つの大家族』にすることを約束されました」と語られた。

 道行きの14の留ではそれぞれに、代表する家族が十字架を担い、祈りの意向と共に福音書の箇所を唱え、全員で黙想した。そして教皇が祈りで各留を締めくくり、聖歌隊は Stabat Mater「悲しみの聖母歌った。

*戦争で引き裂かれたウクライナとロシアの女性二人が共に十字架を担って…

 十字架の道の14留のそれぞれの黙祷のテーマは、カトリックのボランティアグループに関係する15の家族によって書かれ、世界中の家族が直面している試練と苦難のさまざまな側面を表現した。

 黙祷のハイライトは、2人の女性ーロシア人のアルビナとウクライナ人のイリーナーが十字架を共に運ぶ第13留だった。準備された祈りの言葉の代わりになされた長い沈黙は、どのような言葉よりも雄弁に二人の思い、家族の思いを伝えた。二人はローマで看護師をしている友達同士だが、十字架を共に担い、戦火にある兄弟姉妹たちすべての苦しみ、平和と和解への強い希望を表す瞳で互いを見つめていた。一瞬の沈黙のうちに、参加者全員が神の平和の賜物をくださるように祈った。

*苦しみの闇の中に福音の光

 十字架の道行きの間、教皇は説教も、ご自分の思いを語ることもせず、家族の代表たちが、それぞれの体験を語れるようになさった。そして道行きの最後に、「喜びと悲しみ、試練と希望の中で、福音の光がすべての家族の心に照らし続けられるように。あなたを遠ざけようとする私たちの”反抗的な心”に、赦しと平和が打ち勝つようにしてください」と次のように、神に祈られた。

 「主よ、私たちの反抗的な心を、あなた自身の心に向けるようにしてください。そうしてくだされば、私たちは平和の計画を追求することを学ぶことができます。敵対する者同士が握手をするように、互いに赦し合うように励ましてください。憎しみのあるところに和解がもたらされるように、兄弟に振り上げた兄弟の拳を収めさせてください。私たちがキリストの十字架の敵として振る舞うことを絶対にしないように、私たちがキリストの復活の栄光を分かち合うことができますように。アーメン」

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*家族生活の歩みの中で

 黙祷は、家族生活の歩みを反映する形で、十字架の道行き第一留は、若いカップルの経済的な苦労から親としての試練、そして喪失の痛みから戦争のような非常に困難な状況へと進む。若いカップルは、友人の結婚が失敗するのを目の当たりにする、彼らの愛はまだ試練に遭っていない、そして彼らの目的を達成するための闘いを含む彼らの困難を映す形で、十字架の道行きが始まる。

 「結婚は”ロマンチックな冒険”にととまらず、”ゲッセマネの園”でもあります。他の人のために体を壊す前に私たちが感じる苦痛があります」

 そして第二留。宣教活動に携わる家族は、戦争の恐ろしさを目の当たりにし、暴力で対抗するやり方に共感を覚え、神の摂理を信頼することの難しさを痛感している。日々、キリストの兄弟姉妹の中で、キリストを裏切る誘惑に抵抗するのに苦労し続けている。

*子供のない老夫婦と子供たち

 

*戦争がもたらす死と破壊

 第13留の言葉は、現在の政治的状況からは互いに対立するウクライナとロシアの家族によって書かれた。両方の家族は、死と破壊の痛みについて述べている。戦いによって、人生がどのように意味を失い、憎しみが絶望と沈黙に道を譲るように見えるかーそして、二つの家族が、共に、イエスの死を印す第13留へ十字架を運ぶ。

 彼らは祈る。「私たちは朝起きて少しの間、幸せを感じますが、その後、突然、これらすべてに自分自身を満たすのがどれほど難しいかを考えます。主よ、どこにおられますか? 死と分裂の沈黙の中で私たちに話しかけてください。私たちが平和を築く者に、兄弟姉妹になること、そして爆弾が破壊したものを立て直すことを、私たちに教えてください」

 

*戦争避難民は陽の光を求めている

 第15留は、戦争のために故郷を追われた避難民の家族からの言葉だ。

 自宅では、家族は大切な存在だった。だが、今は、単なる”番号””分類”だ。カトリック教徒であることさえも、避難民であることの次に置かれる。そして、子供たちが、爆弾、血、迫害を見ることのない人生の機会をえるように、毎日のように、親たちが命を落としている。

 「私たちが諦めないなら、それは、墓の入り口をふさいでいる大きな石が、いつか転がされることを、知っているからです」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2022年4月12日

・「時代遅れの国粋主義的関心に閉じこもる権力者がもたらす戦争の闇。だが平和の夢を消してはならない」教皇、マルタの各界代表に

(2022.4.2 バチカン放送)

  マルタ訪問中の教皇フランシスコは2日、首都バレッタの大統領官邸でヴェッラ大統領、アベラ首相と会談後、同国の各界代表と会見された。

  教皇は、各界代表への挨拶の中で、マルタが「地中海の中心」と定義されるのは、「その位置だけでなく、この地で交差してきた歴史や文化が作り出す活気と文化によるもの」とされたうえで、マルタの社会や政治を特徴づけてきた「様々な世界からの風(影響)」を、古地図に描かれる羅針図(コンパスローズ)をイメージしながら語られた。

 そして、「北から吹く風、それは欧州から来るものです」として、特に、平和を守ることにおいて「一致した大きな家族の家としての欧州連合の存在」を示され、「この地は、正義や社会平等の価値、環境保護を推進する最前線にあります」。

 さらに、「この北の風は、時に西方の風と共に吹く。そこからは自由と民主主義の大きな価値を得る一方で、進歩への熱望によって、『自らのルーツを切り離す危険』に注意しなくてはなりません」とされ、「健全な発展のためには、記憶を守り、世代間の調和を醸し、画一化やイデオロギー的植民地主義に飲み込まれないように努め、すべての人の尊厳と命を尊重する必要があります」と説かれた。

 次に南方に目を向けた教皇は、「希望を求めて欧州にやって来る多くの兄弟姉妹の存在」に言及され、「福音の精神の下にこれらの人々を受け入れるマルタ政府と国民」に感謝を表されるとともに、「地中海が再び、『連帯の舞台』となるために、欧州の共同責任を必要としています。地中海を『文明の墓場』にしてはなりません」と訴えられた。

 そして、ロシアの軍事侵略で危機に陥っているウクライナに思いをはせ、戦火を逃れ、国際社会に助けを求めているウクライナの人々を温かく受け入れるようアピール。さらに、「陽がのぼる東からは、暗い戦争の風が吹いて来ている。他国を侵略、残酷な市街戦を展開し、核兵器の使用をほのめかして威嚇するようなことは、遠い過去のこと、と私たちは考えていました。戦争の冷たい風は、ただ死と破壊と憎しみをもたらすだけ」と強調。

 「時代遅れの国粋主義的な関心に閉じこもった権力者が紛争を起こす中で、普通の人々は未来を築く必要を感じています」とされ、「今、戦争の闇が人類の上に降りて来ています。そうした中にあっても、平和の夢を消してはなりません」と呼びかけられた。

 また、レバノン、シリア、イエメンなど、様々な問題や暴力に引き裂かれた中東の国々にも思いをはせた教皇は、「マルタの共存と調和の力を、これらの国々も必要としています。マルタが神の助けの下に、地中海の心臓として、希望と、命へのいたわり、他者の受け入れ、平和への熱望を、鼓動として響かせていただきたい」と願われた。

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月3日

・「『ウクライナの首都訪問』は机上にある」教皇、マルタへの機上で同行記者団に

Pope Francis speaks to reporters aboard the papal plane to MaltaPope Francis speaks to reporters aboard the papal plane to Malta  (Vatican Media)

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月3日

・「互いを受け入れることは、永遠の挑戦」教皇、マルタ・ゴゾ島のタ・ピヌ巡礼聖堂で祈り


(2022.4.2 バチカン放送)

 教皇フランシスコがマルタ訪問初日の2日午後、ゴゾ島の巡礼地、タ・ピヌを訪問され、祈りの集いを持たれた。

 およそ3千人の信者たちに迎えられてタ・ピヌの聖堂に到着された教皇は、聖堂内の礼拝堂に掲げられた聖母画に金の薔薇を捧げられ、信者たちと共に、聖母が願ったように「アヴェ・マリア」の祈りを3回唱えられた。

 次いで、教皇は聖堂前の広場での集いで、マルタの信者の代表者たちが語る信仰の体験に耳を傾けられ、説教で、「イエスの十字架上の受難の時、それは終わりではなく、新しい命の始まりをしるすものでした」とされ、「十字架上で私たちに両腕を開き、ご自身の死を通して、私たちを永遠の命の喜びへと導く、キリストの慈しみの愛を観想するように」と促された。

 そして、タ・ピヌのかつての小さな教会が、今や多くの巡礼者が訪れるマルタ共和国の国立巡礼聖堂となった歴史を思い起こされ、「ここでは人々は聖母に悲しみや喜びを託し、皆が受け入れてもらうことの喜びを感じることができます」と話された。そして、「失われたかのように思われたが、今、信仰と希望の再生の地となったこの場所で、私たちもイエスの時、救いの時への招きを受け入れ、信仰と教会の宣教を新たにしましょう」と呼びかけられた。

 さらに、霊的・司牧的豊かさに恵まれたマルタの教会の貴重な歴史に触れる一方で、「教会生活を”単なる過去の遺産”として生きるのではなく、”大きな未来の構築”に向かうものとするように」と願われた。

 また教皇は、十字架の下でイエスが、弟子ヨハネを御母に、御母をヨハネに託されたことに注目され、「教会の皆が唯一の家族として、互いに受け入れ合い、愛し合うことの大切さ」を指摘され、「互いを受け入れることは、キリストの名において、永遠の挑戦です」とされたうえで、「地中海の十字路に位置し、使徒言行録に記された素晴らしい人間性を持つマルタの人々が、これからも貧しさや暴力に苦しむ人々、困難にある人々を受け入れ続けることができるように」と祈られた。

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 タ・ピヌ巡礼聖堂の起源は少なくとも16世紀にさかのぼる。この時代、すでに聖母に捧げた小さな礼拝堂が建っていたが、完全に荒廃していたために、1575年、マルタを視察に訪れた教皇特使に取り壊しを命じられた。しかし、その作業が始まったとたんに作業員が腕を負傷した。これにしるしを見た人々は取り壊しを中止。後に、礼拝堂は小さな教会として修復・再建された。1883年に一人の農婦が「アヴェ・マリアを3回唱えてください」との聖母の声を聞いて以来、病者の快癒など特別な出来事が続き、さらに、1887年、ゴゾ島は奇跡的にコレラ感染を逃れたことから、タ・ピヌには次第にマルタ全土から信者が訪れるようになった。1931年、同地に新しい巡礼聖堂が献堂された。

 1990年、教皇聖ヨハネ・パウロ2世はタ・ピヌの巡礼聖堂を訪問している。教皇フランシスコが訪問したこの日、4月2日は、聖ヨハネ・パウロ2世の命日でもある。

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月3日

・教皇フランシスコ、2日間のマルタ訪問開始ー大統領。首相と会見

(2022.4.2 バチカン放送)

 教皇フランシスコが2日、マルタ共和国への訪問を二日間の日程で開始された。

 同日午前8時半過ぎ、ローマのフィウミチーノ空港から特別機で出発された教皇は、約1時間半の飛行の後、午前10時前にマルタ国際空港に到着された。

 出発前のローマは悪天候だったが、到着したマルタでは晴れ間も見られ、空港で、教皇は、ヴェッラ大統領や現地の司教たちの出迎えを受け、子どもたちから花束を受け取られた。空港での歓迎式の後、教皇は首都バレッタの大統領官邸に向かわれた。

 官邸では、ヴェッラ大統領、アベラ首相とそれぞれ会談を持たれ、官邸の芳名帳に、「地中海の中心で『まれなる人間性の脈打つ』マルタに巡礼者として迎えられました。国を治める人々に賢明といつくしみを、国民そして世界に一致と平和を神に祈ります」と記帳。この後、官邸の広間で、マルタの各界代表、および同国駐在外交団に挨拶をおくられた。

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 今回の訪問は、マルタ政府と同国の司教団の招きに応えるもの。教皇フランシスコにとって、36回目の海外司牧訪問で、マルタ共和国を訪問する3人目の教皇となる。マルタ側にとって、教皇を迎えるのは今回が4度目。これまで、聖ヨハネ・パウロ2世は1990年と2001年の2回、ベネディクト16世は2010年にマルタを訪れている。

 教皇のマルタ訪問は、4月2日、3日の2日間で、旅程は以下のとおり。

 4月2日(土)=午前、特別機でマルタへ出発。マルタ国際空港到着後、空港で歓迎式。⇒首都バレッタの官邸に大統領を表敬訪問。同官邸内で首相、および各界要人と会見⇒午後、ゴゾ島へ。タ・ピヌ巡礼聖堂で祈りの集い⇒夜、ラバトのバチカン大使館へ。

 4月3日(日)=午前、ラバトの大使館で、イエズス会会員らと私的な集い⇒ラバトの聖パウロ教会・「聖パウロの洞窟」訪問⇒フロリアーナの広場でミサ⇒午後、ハル・ファの移民センターで移民たちとの出会い⇒マルタ国際空港での送別式を経て、ローマへ。

2022年4月2日

・「搾取や尊厳の欠如で皆さんを傷つけた教会関係者の行為を恥に思う」カナダ先住民の代表団に

教皇フランシスコとカナダの先住民の使節団との出会い 2022年4月1日教皇フランシスコとカナダの先住民の使節団との出会い 2022年4月1日  (Vatican Media)

 教皇フランシスコが1日、バチカンを訪問中のカナダ先住民の代表団との出会いで、先住民たちを傷つけたカトリック関係者に代わって悲しみと恥の念を表された。

 カナダでは、以前の政府による「先住民同化政策」の下で、カトリック教会が運営する寄宿学校で多くの子供たちが亡くなり、無名のまま密かに埋葬され、最近になって大量の遺体が発見され、教会に対して真相を明らかにし、謝罪するよう求める運動が高まっている。

 代表団は教皇を始めとするバチカンの関係の高位聖職者に対して、真相究明や適切な対応を求めるために、バチカンを訪れているもので、イヌイット、メティス、ファーストネーションの3つのグループで構成され、ここ数日、バチカンに滞在、バチカン側と会合を重ねてきた。

 教皇はこの間、それぞれのグループと会見し、人々の苦しみの体験に耳を傾けてこられたが、1日は、教皇は代表団の全員と会見、”植民地主義的イデオロギー”によって、「カナダの先住民の多くの人が、独自の文化や伝統、土地や環境との結びつきを断たれ、家族と引き離されるという悲劇を体験させられたこと」に、ご自身の深い悲しみと恥の念を表明、「カナダの司教たちと謝罪のうちに一致したい」と話された。

 そして、「今回、皆さんの声を通し、先住民が受けた苦しみ、差別、搾取に、大きな悲しみをもって触れることができました」と述べ、特に「劣等感を植え付け、文化的アイデンティティーや伝統を根絶しようとする考え方」があったことを知ってショックを受けた、と語られ、「こうした体験が先住民の方々に与えた世代にわたるトラウマ」に強い痛みを覚えられた。

 さらに、「搾取や尊厳の欠如によって先住民たちを傷つけたカトリック関係者、特に教育責任者たちのために、悲しみと恥を感じます」とされ、「これらの行為のすべてはイエスの福音に反するもの」と強調された。

 最後に、教皇は、今回の代表団との出会いが、共に進むべきさらなる道を開くことを願いつつ、「兄弟愛の精神のもと透明性ある真相追求と癒しと和解の推進に取り組む」ように、司教はじめカトリック関係者に求められるとともに、「カナダの先住民の土地を訪れ、直接、寄り添いを伝えることができれることを願っています」と、カナダ訪問への意志を示された。

(編集「カトリック・あい」)

2022年4月2日