戦わずしても亡国、戦っても勝ち目が無いという時にはどうするのがいいか、という二者択一を迫られた時、日本の政策決定者はどうしたか。彼らはこう議論した。
戦って負けたほうがよい。正義に向かって立ち上がることのできた国民は、再度、三度でも立ち上がることができよう。しかし、立ち上がらずして亡国に至るときは、永遠の亡国であり、二度と再び国を興すことはできまい。
こう対米開戦に決したのは1941年9月4日の御前会議でのことであった。
この論理の組み立て方は、歴史研究に携わってきた私にとって、長く心に突き刺さっていた。戦後の復興のエネルギィーは確かにそこに発していたろう。しかしその蔭には250万人の戦没者がいる。特に敗戦が誰の目にもはっきりしていた最後の数ヶ月に飛び立った特別攻撃隊の戦士の若い命は痛ましい。
彼らの、祖国へ、父母へ、恋人への想いが、生き残った我々の心を過ぎるとき、我々は奮起したのだ。彼らが果たせなかった夢を彼らに代わって、実現しなくてはならないと。世界の人々に尊敬される、偉大な祖国を創出するのだと。
果たしてこの目標は何処まで達成できてきているのだろうか。敗戦記念日が近づく今日この頃、真摯にこの命題に向き合っていたい。
(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所所長)