*書評*「証言・渡米一世の女性たち―明治、大正、昭和・日米の狭間に生きて」を読む

         森川海守(カトリック横浜教区・戸塚教会信徒)

 「証言・渡米一世の女性たち―明治、大正、昭和・日米の狭間に生きて―」(アイリーン・スナダ・サラソーン編、南條俊二・田中典子訳 燦葉出版社)は、明治時代に写真結婚、すなわち写真だけを見て生涯連れ添うパートナーと決め、ほとんど身一つでアメリカの西部、カリフォルニアやオレゴンといった州に渡った明治の渡米一世の女性たち11人の口述記録である。

 日系人社会の歴史を記録するために行われたプロジェクトの一つだが、23歳も年の離れた夫婦の例もあり、相当苦労された事例ばかりである。

 筆者も写真だけを見てお見合いしたことがある。実際に会ってみると、まるで相性のない相手と分かったことが何度あったことか。考えて見れば、写真だけを見て、アメリカに渡る。これを冒険と言わずして何と言おう。

 しかし、年の差も性格も、「こんなはずではなかった」という美醜も、長年連れ添ううちに現実を受け入れ、家族を作っていく。その過程を、読者は読み進めていく。ほとんどの方がアメリカの広大な土地を手に入れ、事業を、店舗を起こしている。その途中で夫が病に倒れ、無我夢中で家政婦等をしながら家族を支えた方々もいる。お金を借りて何十人と雇って鉱山経営され、結局は文無しになってしまった人とかの例も出て来る。夫の留守中に身の危険を感じた方もいる。

 日系人社会の最大の艱難辛苦は、日米開戦の突発により、ルーズベルト大統領のサイン一つで財産が没収され、強制収容所に収容されたことである。その11人の対応が詳述される。面白い、と言っては日系人に怒られるが、収容所では、江戸時代の踏み絵のように、アメリカに忠誠を誓うかどうかが問われ、その答え如何で待遇に差が出たことである。忠誠を誓った日系一世の方々の中には、日本軍と戦うのを嫌い、ヨーロッパ戦線で戦死した方々もおられる。

 強制収容は後にアメリカ人によって謝罪され、損害賠償を受けることになるが、戦中の日本軍の捕虜の扱いとは雲泥の差があることが明らかにされる。なんと、強制収容中、様々な習い事に通うこともできたのだ。

 読了感は、やはり広大な土地、広々とした家を彷彿とする。ちまちました日本とは違うなあ、というのが読み終わった後の感想である。

 なかなか面白くて興味深い証言集である。特に、写真だけ見て結婚相手を選び、しかも渡米してしまうところは、現在の結婚高齢化、生涯独身率の高さとは裏腹の面がある。結婚する前に、完全に相手のことが分かる訳ではなく、本書の女性たちのように、結婚はある意味、エイヤー、と冒険の出で立ちのところがある。

 しかし、不満はあっても、長年連れ添ううちにあるべき所に収まっていく。結婚相手探しでは「少しでも不満なところがあったら相手として選ばない」というのではなく、「ここで折り会えば後は我慢しよう」という、本書の渡米一世の女性たちの冒険心に習う必要があるのではないか。是非若い人に読んでもらいたい証言集である。社会学や人類学等を学ぶ学生の研究テーマともなり得る。

 筆者と比較すれば、筆者はタイに4年間暮らし、仕事をした経験があり、文化と言語の違う場所に住み込む辛さを知っている。それだけに、渡米一世のパイオニアの女性たちの勇敢さや度胸、言語習得の苦労を想像するに余りある。

 それにしても、11人の生涯、山あり谷あり。我が家も今後、どう家族の歴史をつづっていくのか。つづられていくのか。どんな精神があれば苦労を克服していけるのか。そんなことを考えた一冊になった。「苦労を乗り越えるにあたっては、キリスト教への信仰が、またアメリカ社会に受け入れてもらうのにも最適な宗教であった」との証言も貴重である。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年5月22日