(2023.5.14 Vatican News Devin Watkins)
教皇フランシスコは14日、復活節第6主日の正午の祈りの説教で、聖霊の働きを振り返られ、「神の御霊は私たちを無実の罪から守り、忠実な友人のように私たちの間違いをやさしく正してくれます」と語られた。
説教で教皇はこの日のミサで読まれたヨハネ福音書の箇所(14章15-21節)を取り上げ、まず、「この箇所で、イエスは聖霊を『パラクレートス』と呼んでおられますが、これは『慰める者』であると同時に『弁護者』、という意味で使われています」と述べられた。
そして、「これは、『聖霊が私たちを一人にしないこと』を意味します。聖霊は、被告人の側に立って助ける弁護人のように、私たちの近くにいるのです」とされ、「パラクレートス」である聖霊は、「私たちを決して見捨てず、私たちの生涯の伴侶、揺らぐことのない存在です」と強調。
聖霊が私たちのところに留まるのは、「私たちを愛しているふりをするのではなく、本当に私たちを愛してくださっているからです」と付け加えられた。
さらに、「聖霊は私たちを愛しており、真の忠実な友人として振る舞い、私たちに神の赦しと力をもたらしてくれるだけでなく、私たちが間違いを犯したときに正してくれるのです… 神が私たちの間違いを目にして、私たちを正すとき、優しくそうしてくださいます。心に語りかけるその声には、常に優しさと愛の温かさがある」とされ、「聖霊が私たちの間違いを正すとき、決して私たちに屈辱を与えたり、不信感を植え付けたりすることはしない。神は、『常に神のもとで成功できる』という確信を私たちにもたらすのです」と説かれた。
続けて教皇は、聖霊の第二の側面、すなわち私たちの「代弁者」としての聖霊について考察された。
「『パラクレートス』は、私たちを非難する人々から守り、さらに、自分自身に感謝せず、赦そうとしないときに、そうした自分からも守ってくれます。また、世が私たちを脇に追いやろうとするとき、あるいは悪魔、つまり”卓越した告発者”が私たちを役立たずの不幸な人間にしようとするときに、私たちの側に立ってくださいます」と述べ、聖霊は「イエスが私たちに語られたすべてのことを私たちに思い起させる」ことによって、それらの「非難」にどのように対応したらいいかを教えてくれる、と指摘された。
そして説教の最後に教皇は、「聖霊は、何よりもイエスが天におられる父について語られたことを、いつも私たちに思い起させます… イエスは御父を私たちに知らせ、御父の子供たちである私たちに対する御父の愛を、明らかにされました」と語られ、私たちの内に常におられる聖霊を呼び求め、たびたび聖霊に祈るように、信徒たちに勧められ、「聖母マリアが私たちを聖霊の声に従順にし、聖霊の臨在に敏感にしてくださいますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)