3月2日は、灰の水曜日です。四旬節が始まります。今年は受難の主日(枝の主日)が4月10日、聖木曜日からの聖なる三日間は4月14日から16日、復活の主日は4月17日です。したがって聖霊降臨祭は6月5日ですが、この日に教区合同堅信式を行うかどうかについては、3月の司祭評議会で話し合う予定です。
灰の水曜日には、頭に灰を受けることになります。通常は、司祭は個別に言葉を唱えながら、額に灰を持って十字をするのですが、感染症への対応として、昨年に続き今年も、司祭はこの言葉を全員に向かって一度唱え、あとは沈黙のうちに、頭に灰をかけることになっています。
灰を頭に受け、それによって人間という存在が神の前でいかに小さなものであるのか、神の偉大な力の前でどれほど謙遜に生きていかなくてはならないものなのか、感じとっていただければと思います。司祭は、「回心して福音を信じなさい」、または「あなたはちりでありちりに帰っていくのです」と唱えます。
前者は、四旬節の持っている意味、つまりあらためて自分たちの信仰の原点を見つめ直し、神に向かってまっすぐに進めるように軌道修正をするということを明示しています。後者は、すでに触れたように、神の前で人間がいかに権勢を誇ろうとも、小さなむなしい存在であることを自覚して謙遜に生きるようにと諭しています。
なお3月2日午前10時からの関口教会での灰の水曜日ミサは、大司教司式ミサですが、その中で教皇様の意向に従ってウクライナの平和のために祈ります(なお通常の典礼ですので、平和のための特別な典礼を行うわけではありません)
四旬節は信仰の原点に立ち返る時ですから、これに合わせて、洗礼を志願する人たちも歩みをともにし、復活祭に洗礼を受けることが勧められています。このことから四旬節第一主日には、その年の復活祭に洗礼を受けるために準備をしてきた方々の洗礼志願式が、多くの小教区で行われます。四旬節は、自らの信仰を見つめ直すとともに、洗礼への準備をする方々を心に留めて祈りをいたしましょう。
四旬節にあたり教皇様はメッセージを発表されています。今年は少し長いのですが、「たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、善を行いましょう」(ガラテヤ6・9-10a)と言うタイトルになっています。教皇様のメッセージ全文はこちらの中央協議会へのリンクをどうぞ。
四旬節には、祈り、節制、愛の業が、伝統的に勧められています。その教会の伝統に倣って、四旬節には特別の愛の献金が行われてきました。日本の教会ではカリタスジャパンが、この四旬節愛の献金の担当になっております。詳しくはこちらのリンク、カリタスジャパンのサイトをご覧ください。
そして祈り、節制、愛の業ですから、その節制です。灰の水曜日は小斎と大斎の日と定められています。今年の大斎と小斎は、教皇様の呼びかけに応えて、特にウクライナの平和のために捧げましょう。これについては、こちらの中央協議会のホームページをご覧ください。なおこちらに私が書いた司教協議会会長の談話も掲載されていますので、ご一読ください。
大斎は、「1日に1回だけの十分な食事とそのほかに朝ともう1回わずかな食事をとることができ、満18歳以上満60歳未満の信者が守ります。」
小斎は、「肉類を食べないことですが、各自の判断で償いの他の形式、とくに愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行をもって代えることができ、満14歳以上の信者が守ります。」(中央協HPより)
四旬節にあたり、信仰を見つめ直しましょう。自分が信じている福音に従って生きるとはどういうことなのか、イエスの呼びかけに従って生きるとはどういうことなのか。祈りと黙想のうちに考える時にしたいと思います。
私たちの信仰は、ひとり隠れて生きるものではなく、イエスが弟子を集めたときから、共同体の中で生きる信仰です。教会における人間関係の中で、社会における人間関係の中で、家族の人間関係の中で、福音をどのように生きていくのかを、改めて考えてみたいと思います。
「全世界に行って福音を告げ知らせよ」という主からの宣教命令は、誰かのための命令ではなくて、「私たち一人ひとりへの命令」であることも忘れないようにいたしましょう。
(菊地大司教の日記)