「愛国心の迷妄」を考えるとき、その筆頭に来るのは新渡戸稲造である。
そもそも彼の研究発表の第一発は、英文の日米交渉史The Intercourse Between the United States and Japan: A Historical Sketch である。1891年をもってジョンズホプキンス大学出版局から出版されている。
冒頭に出てくる徳川斉昭(1800-1860)の文書の英訳が、まるで出鱈目で、一種の捏造文書になっている。斉昭に、愛国的拡張主義者の発言をさせている。「・・・わが日本国の国旗が他国に翻ったことはあっても、侵略国の国旗が吾が国土に翻った試しは皆無である」ーそういう意味の事を、新渡戸は記しているのである。
斉昭の原文には「旗」という文字は出てくるが、上記如きことは何も言っていないのである。贔屓の引き倒しも良いところである。学者人生のそもそもの発端で、こんな捏造をしてしまった稲造の公的発言はよくいって「ひねくれたもの」に成らざるを得なかったであろう。悪くすれば「嘘の上塗り」に堕すことになったであろう。
これが私が新渡戸の公的生涯に下す評価の通奏低音である。
(2021. 5 .1記)
(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大博士)