(2017.8.20 CRUX Staff) フィリピンでは、ドゥトルテ大統領の強硬な麻薬撲滅作戦で、昨夏からこれまでに8000人が殺されており、その大半がスラムに住む若者たちだ。そして、カトリックの司教たちが、これを批判するリーダーとなり、この国で内紛が拡大する兆候が出ている。当局は否定しているが、大統領の支持を得たとする民間の武装集団による‶容疑者”殺害も起きている。
ドトゥルテ大統領は国民の約8割の支持を背景に強硬な発言を続け、一方で政治的なライバルたちは分裂し、混乱している。このような状況で、フィリピンのカトリック教会は今や急速に、この国で最強の、唯一ではないが、反対勢力となりつつある。
このほど、大統領による麻薬撲滅闘争で、一週間に「麻薬容疑者」として、17歳の少年を含む記録的な人数が殺害されたのを受けて、カトリック司教団は改めて、大統領に対する道徳的批判者として登場した。先週一週間に殺された81人のうち32人の死者を出したルソン島中部、ブラカン州の州都マロロスを管轄するホセ・オリベロス司教は、死者の大半は、大統領とその支持者たちが嫌う『裁判外の処刑』だった、と糾弾し、「私たちは麻薬関連の殺害が、全部ではないにしても、大半が『裁判外の処刑』だったことを注視しています」と語った。
大統領は16日、ブラカン州での厳しい取り締まりを正当化して「あれは素晴らしかった。我々が毎日32人しか殺さずに済むとすれば、この国の悩みは減ることになるだろう」と、批判に耳を貸すそぶりもないが、オリベロス司教は、殺害の行為の中には、単に、大統領の意向に沿おうとしてだけのものもある、とみており、「取り締まりに当たる警察当局が、なぜ一日にそのような殺害者を出すのか、その動機は分からないが・・おそらく、大統領の歓心を買うためだろう」と批判している。
一方、マニラ大都市圏の都市、カロオカンのパブロ・ビルジリオ・ダビド司教は、1970年代から1980年代に人権弾圧、独裁政治を欲しいままにしたマルコス政権を引き合いに出し、「マルコスの時代は、『共産主義者』が拉致、殺害を正当化するレッテルでした。今は、それが『麻薬容疑者』です。世界の文明社会のどこに、『麻薬容疑者』だから死刑に相当するという法律があるというのでしょう」とドトゥルテ政権を批判する。17日夜、マニラで警察当局の麻薬撲滅作戦中に殺された17歳の高校生の実家はカロオカンだ。当局は当初、「警官に向けて発砲したので、射殺された」と説明していたが、目撃者が、銃殺される前に、高校生は警察官から銃を渡され、走って逃げるように強要されていた、と証言、関係したとされる警察官3人が取り調べを受けている。
フィリピン司教協議会の副会長に先月就任したダビド司教は、大統領の麻薬容疑者は逮捕せず、射殺する、というやり方に拍手喝采した人も、次は自分の番、になると警告し、「自分が(麻薬容疑者の)リストに載っていると知って驚くかもしれません。誰にでも『麻薬容疑者』としてリストに載せられる可能性があるのです」「ある犠牲者の母親が、私に『私たちは、自分が‶価値のない″人間だと分かっています。そして誰も私たちのために立ち上がってくれないことも』と訴えました。それは私たちが、麻薬を利用する者は死に値する、という作り話を受け入れているようなものだ、と」。
麻薬問題はカトリック教会が大統領との間で抱えている唯一の問題ではない。大統領の同調者は最近、離婚と同性婚をともに合法化(現在フィリピンは、世界中でバチカンを除いて唯一の、離婚法を持たない国だ)する方策を明らかにするなど、教会にとって問題は他にもあるが、麻薬問題と大統領の強硬策が最大の問題であることに変わりはない。
フィリピンの司教協議会は2月に、現政権が恐怖の支配を行っていると批判する書簡を発表し、その中で「深刻に考えねばならないのは、このような誤った行為に対して多くの人々が無関心、あるいは、当然のように考え、さらにひどいことに、必要なこと、と考えていることです」と警告している。
大統領の麻薬撲滅作戦は国民多数の支持を得る位一方で、国際的な人権団体などから強い非難の声が上がっているが、フィリピン国内では、反対運動を組織化する強い社会的影響力をもつ組織体は、カトリック教会だけだった。教会員を使って、犠牲者の葬儀のための資金を集め、あとに残された人々の精神的なケアや生活支援、さらに、容疑をかけられた人を保護したり、家族も含めて、警察当局の取り締まりの手が及びにくい地域への移住などを助けている。また多くのカトリック信徒のグループが、麻薬常習者の更生支援などにも手を付けている。フィリピン最大の人権擁護の法律家集団Free Legal Assistance Groupと協力して、警察による暴力や過剰な取り締まりなどの証人や資料を集める訓練の実施も準備中だ。
1980年代にマルコス大統領を政権の座から追い落すのを先導したカトリック教会の役割を、現在の状況に期待する声が出るのは避けられないとしても、状況は当時と大きく異なっている、と言う指摘もある。
まず、教会自身の道徳的な権威は、最近の度重なる聖職者の腐敗や性的虐待事件で、ほころびを見せている。7月にも、マニラ都市圏の町で、小教区の主任司祭が13歳の少女と性的交渉をもつ手筈を整え、モーテルに行く途中で逮捕されている。幾人かの司教たちが麻薬撲滅作戦で先週、大量の死者が出たことを非難した後で、フィリピンのソーシャルメディアがそのようなスキャンダルを書き立てた。
そのような教会指導者たちに対するあからさまな嘲笑は、1980年代の伝説的指導者、マニラのジェイム・シン枢機卿の下では、考えられなかったことだ。さらに、司教たちが、全部とは言わないまでも、‶小者‶になってきている、との見方もある。フィリピン国民の9割がカトリック信徒だということは、ドトゥルテ大統領の支持者の大半はカトリック信徒だ、ということでもある。
ある小教区の主任司祭、ホセイト・サラビア神父は最近、このように言った。「自分の同僚の司祭たちの中には、ドトゥルテ大統領に投票し、今も彼を支持している者がいます。他の司祭たちは、大統領支持者のインターネットによる攻撃や武装集団に襲撃されるのを恐れて、だんまりを決め込んでいる」と。ダビド司教は「殺人をそのまま続けさせることはできません。私たちは、良心と魂を失ってしまいますから」と訴えるが・・。
ドトゥルテ大統領は、司教たちから起きている批判を退け、自己の方針を取り下げるサインも出していない。7月に出した国民に対する一般教書で、彼は「私は、どれほど時間がかかろうとも、この問題を解決する。違法な麻薬に対する戦いは続く・・戦いは、容赦なく、際限ないものになる。国際的、国内的な圧力にもかかわらず、戦いが止むことはないだろう」と語り、彼の容疑者リストに載っている全員に対して「選択肢は、刑務所行きか、地獄行きのどちらかだ」と不吉な警告を発している。
(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)
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