・「教皇は、フランシスコ教皇の『開放性と受容』の姿勢を引き継ぐ、と語られた」-LGBTQ支援のイエズス会士、レオ14世との会見後に

Pope Leo to maintain openness to LGBTQ, Jesuit advocate says

(2025.9.2 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

 ローマ発―カトリック教会が、女性の役割やLGBTQ(性的少数者)問題といった様々な激しい議論を呼ぶテーマを、”ポスト・フランシスコ”において、どう扱うか、世界が注目している。

 そうした中で、著名なLGBTQ擁護派のイエズス会士、ジェームズ・マーティン神父は1日の教皇レオ14世との会見後、Cruxに「レオ14世教皇は、LGBTQの人々に対するフランシスコ教皇の遺産、すなわち開放性と受容の姿勢を引き継ぐ、とおっしゃった」と語った。

 カトリック教会はこれまで、LGBTQに関する教義を改めたことはなく、反同性愛的な差別用語を使用したことで厳しく批判されたこともあるが、教皇フランシスコ教皇は、そうした人々を教会に受け入れることを言明されたことで、”LGBTQコミュニティの友”として評価を得ていた。

 LGBTQのカトリック信徒に教会を開くことの必要性を頻繁に強調され、同性愛者個人や支援団体とも面会された。在位中、マーティン神父とも数度にわたり非公開の会談を持ち、彼が主催あるいは参加する主要な行事や会議に支援のメッセージを送っていた。

 最近では、2021年から2024年にかけてフランシスコが主導された”シノドスの道”においても、世界代表司教会議(シノドス)総会などで、LGBTQを教会として受け入れるか否かで激しい議論となり、深刻な対立に発展した。このため、昨年10月のシノドス総会でまとめられた最終文書には、この問題についてほとんど言及されることがなかった。

 LGBTQ問題に関する世界の司教、司祭たちの合意形成の難しさは、この問題がいかに困難で火種となり得るかを示した。特にアフリカ、アジア、太平洋地域の多くの国々のように文化的に保守的な地域では、同性愛が依然としてタブー視されることが多い。2028年の教会会議まで続く”シノドスの道”の歩みで、これまでのところ何らかの合意に至れない状況を踏まえると、教会とその指導者たちがこのテーマをどう扱うかを見出すには、さらに長い道のりが残されているように見える。

 だが、マーティン神父は、レオ教皇がフランシスコ教皇のLGBTQコミュニティへのアプローチを継続する意向を示したことは「彼のシノダリティ(共働性)への願望に合致します。それは聴き、受け入れ、包摂することのすべてです」と述べ、1日の会見の印象を「非常にリラックスしており、昨年10月のシノドス総会時よりも、ずっと落ち着きと安らぎを感じさせた」とし、「教皇との対話は非常に有益であり、大きな希望を感じた」と語った。

 マーティン神父は現在、LGBTQ支援団体「La Tenda di Gionata」や世界各国のLGBTQ団体による巡礼に同行してローマに滞在中だ。巡礼のクライマックスは、イタリア司教協議会副会長が司式する特別ミサ、祈りの集い、そして教皇の日曜日のアンジェラス祈りを聴くためのサンピエトロ広場への行列となる。そして、教皇との会見は、10月の聖年行事へのLGBTQ+団体の参加に関する噂が飛び交う中でのことだった。

 先月、LGBTQ専門誌『Them magazine』が「レオ14世が、LGBTQ+支援団体『We Are Church』と会見予定」と報じたことで物議を醸した。この団体はカトリック改革派の連合組織だ。だが、当の団体は、新聞発表で、「一部メディアで報じられたような、10月に教皇レオ14世との会見に招待された事実はない」と否定。ただ、10月24~26日の『シノドスチーム聖年』行事への参加申請が受理されており、「これは、教会がすべての人の声に耳を傾けていることを示す前向きな兆候」と評価した。

 『We Are Church』のメンバー数名は、聖ペテロ大聖堂に聖なる扉から、他の参加者と共に入る予定だ。この記念行事へ参加は主に、公式の教区・教区長区・国家教会団体、あるいは司祭評議会や司牧評議会といった「教会団体」のメンバーとされており、カトリック教会における男女平等、司祭の独身の任意化、性道徳に関するカトリック教会の教義の変更を提唱する『We Are Church』のメンバーが、公式な立場でバチカン行事に参加するのは今回が初めてとなる。

 同団体は正式な教会関連団体に属していないため、参加には司教または司教協議会からの書面による承認が必要で、その承認を受けていたことになる。参加者たちは、教皇の一般謁見で締めくくられる聖年の行事の全日程に参加する。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年9月3日

・IPCがガザの現状を『壊滅的飢餓』と判断、住民を救うために主要国や国際機関に即時介入を訴え


Palestinians wait to receive food from charity kitchen in Khan YounisPalestinians wait to receive food from charity kitchen in Khan Younis  (HATEM KHALED)

(2025.8.22 Vatican News   Nathan Morley) 国連食糧農業機関(FAO)、カトリック救済サービス(CRS)などがパートナーの「総合的食料安全保障レベル分類(IPC」」が21日、食糧支援が枯渇しているガザについて、危機の段階を最高レベルのフェーズ5(壊滅的飢餓の状態)に引き上げた。

 IPCの報告書によると、ガザ地区では現在、50万人以上が壊滅的な飢餓の状態に直面しており、同地区の人口の54%に当たる107万人が、フェーズ4(緊急・人道的危機)に分類される食料不足に直面している。

 さらにこのままの状態では、9月下旬までに飢饉の状況が9月下旬までに9月末までに同地区の中部ディール・アルバラハや南部ハンユニスにも広がる、と警告。急性栄養失調が急激に増加しており、2026年半ばまでに、5歳未満の子供13万2000人が命を落とすリスクにさらされている、と指摘。

 報告書はまた、栄養支援を緊急に必要とする妊娠中および授乳中の女性5万5500人を特定しているが、これは、IPCが中東で飢饉を宣言した初めてのケースだ。

 こうした事態に対して、IPCは、ガザ全域に支援物資を届けるために「停戦が前提条件だ」と訴え、主要国や国際機関による即時介入を求めている。

 危機の原因として、IPCは、紛争の継続、大規模な避難民の発生、人道支援の制限など、人為的な要因を挙げているが、イスラエル当局は、「このIPC報告を偏向的で信頼できない」と無視する姿勢。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月24日

改・信徒も減っているが、聖職者などの減少深刻、“コロナ明け”もミサ参加者、新規受洗者回復せず―2024年度版「カトリック教会現勢」をもとに分析  

(2025.8.23 カトリック・あい)

 カトリック中央協議会がこのほど、2024年末時点の日本の教会の現状をまとめた 2024 年度版「カトリック教会現勢」を発表した。ただし、これは、もともとバチカンの要請を受けて毎年、半ば”義務的”にされているもの。日本の信者に、現状を理解してもらい、共に今後の教会のあり方を考え、福音宣教のための具体的な活動に役立てることを意図しておらず、データの分析もそれに基ずく説明も全くなされていない。

 だが、日本の教会の現状を客観的に知るためのデータはこの「現勢」しかないのも事実であり、「カトリック・あい」では、この限られた内容から、10年前の2014年の「現勢」などとも比較して、少しでも、関心を持たれる方々の現状理解に役立つべく、分析を試みた。

 

 

 

【日本の一般信徒数は20年間に7.7%減少、聖職者・修道者・神学生は34.8%も減っている】

 

 まず、2024年版「カトリック教会現勢」の発表データを過去に発表されたデータと合わせてみると、2024 年 12 月末現在の日本の聖職者、一般信徒などを合わせた「信者数」は41万2958 人。

  20年前の2004年の45万125人、10 年前の 2014年の 44 万 3646人より、それぞれ3万7167人(8.3%)、 3万688人(6.9%)減った。日本の総人口に占める割合は2004年は0.355%、2014 年は 0.345 %、2024年が 0.331 %で、小幅ながら日本の総人口の減少率を上回る減り方を続けていることが分かる。

 信者数を、信徒数と聖職者・修道者・神学生数で分けてみると、信徒数(在籍数)は40万7345人で、2004年の44万1514人、2014年の43万6291人よりも、それぞれ3万4169人(7.7%)、2万8946人(6.6%)の減少。

 聖職者・修道者・神学生は同様に、2024年5613人、2004年8611人、2014年7355人で、20年間に2998人(34.8%)、10年間で1742人(23.1%)と信徒数を大きく上回る深刻な落ち込みになっている。

 司教を除く、教区・修道会・宣教会の司祭の数は2014年の1380人から2024年に1259人と10年間の減少者数は121人(8.8%)にとどまっているが、これは逆に言えば、司祭以外の神学生、修道者などが大きく減っていることを意味する。

  しかも、司祭の高齢化、病弱化はこの10年、20年で急速に進んでおり、単に司祭数ではわからない司牧活動が困難な司祭の増加も続いているはずだ。年齢別のデータが無い限り、正確な実態把握も、今後の予測も不可能だが、司牧活動可能な聖職者はこの数字よりもさらに減っており、今後も続くと推定される。

 

 

 

【コロナで激減したミサ参加者、受洗者数などは、今も回復せず、”教会離れ”が常態化?】

 

 一般信徒の在籍数は40万7345人で、十年前の43万6291人より2万8946人(7.1%)減り、さらに居所不明者を除く信徒実数では、36万3239人で、十年前の39万3264人より3万35人(8.3%)減っている。

    2020年に日本で始まったコロナ大感染の影響について直接分析したデータは「現勢」には皆無だが、新型コロナ発生直前の2019年のミサ参加者を見ると、主日は10万6915人、復活祭は17万965人、クリスマスは21万7664人。それが、翌年2020年には、それぞれ6万1391人、14万965人、9万9980人に落ち込んだが、主日のミサや復活祭、クリスマスのミサも正常に戻った2024年は7万8171人、13万909人、15万8837人と、2019年に比べて2割以上低い水準にとどまっている。

  コロナが終息しても、いったん教会を離れた信徒は、教会からの積極的な働きかけもないまま、戻る機会を失うケースが多いのではないか。コロナ大感染の長期化で、信徒の高齢化、脆弱化が進んだことも考えられるが、子供たちの姿がほとんど見られなくなった教会もある。「教会に子供たちが来なくなった」と嘆く信徒もいるようだ。

  年間の全国受洗者数を見ても、2014年の5712人から、新型コロナ蔓延の2020年に3502人に落ち込んだ後、2023年に4158人まで回復しかけたものの、2024年はまた減って3922人と、コロナ前の7割の水準だ。こうした数字からも、”教会離れ“が常態化しつつある懸念がある。

  こうした事態を司教団も司祭も、一般信徒も深刻に取られ、原因解明とともに、積極的な具体策を考え、実行する必要があるだろう。それこそ、教会のメンバーが司教も、司祭も、一般信徒も、共に歩む”シノドスの道“で取り組むべき重要テーマではなかろうか。

 

 

 

【教区別信徒数、「札幌」は10年で2割減、1割以上減が「長崎」など4教区。7教区が東京・麹町教会より少ない】

 

 また、全国で15ある教区別に見ると、信徒数が最も多いのは東京で9万2270人、これに長崎の5万5215人、横浜の5万2187人、大阪・高松の4万8676人が続き、大分が最も少なくて5489人、1万人未満が新潟、仙台、大分、那覇、鹿児島をあわせて5教区もある。ちなみに小教区の信徒数で最大は東京教区の麹町教会の信徒数は2019年12月31日現在の数字しか公開されていないが、1万7152人。

 仮に「2024年現勢」の各教区の信徒数と比べると、京都(1万6980人)、札幌(1万3430人)、仙台(8822人)、鹿児島7876人、新潟(6548人)、那覇(6133人)、大分(5489人)と日本の全15教区のうち半分近い7教区が、麹町教会という一つの小教区の信徒数を下回っていることになる。

 

 2023年8月に教皇フランシスコが、その時点で最少の信徒数で、財政的にも赤字に苦しんでいた高松教区の大阪教区への事実上の吸収合併を発表、同年10月に「大阪・高松教区」の設立ミサが行われたが、その時点でも、全国的な信徒減少、司祭減少、そして多くの教区での財政悪化が続く中で、信徒数に比べて多すぎる教区の再編を求める声が出ていたが、その後も、全く司教団の中で議論されていないようだ。

 

 そうしている間にも、教区レベルで見た信徒の減少は続いており、2014年から2024年の十年間の減少率をみると、「札幌」が18,7%と二割近い落ち込みとなっているほか、合併した「大阪・高松」が14.6%、「仙台」が12.5%と大幅な減少。東京と並ぶ中心教区である長崎が11.0%も減っている。外国人の流入が主因と思われる(国籍別信徒のデータがないので、特定はできないが)信徒の増加を続けていた「さいたま」も今回は0.8%の微減。15教区中、「沖縄」のみが2.05%の増加となっているが、「さいたま」同様、その原因を分析するデータはない。

 

 

 

 

【聖職者・修道者・神学生は10年間で「仙台」で8割減、「福岡」7割減、「京都」「新潟」「鹿児島」も5割超え。東京も26.4%減少】

 

 聖職者・修道者・神学生の減り方は、教区別に見るとさらに激しい。最大の減少率を示したのは「仙台」で83.1%、ついで「福岡」が69.1%、「京都」「新潟」「鹿児島」も50%を超える減少、「さいたま」「那覇」も4割台の減少。15教区中最多の聖職者・修道者・神学生をもつ「東京」が26.4%、「横浜」も34.3%の減少だ。最も減少率が低いのは「長崎」だが、それでも9.0%の減少率となっている。

 

(終わりに)

 日本の信徒や司祭が日本の教会の現状を理解し、今後の在り方を考える資料として役立てるために、適切なデータの取りまとめ、分析を含めた情報の開示は、必要不可欠が。

 だが、それがなされていない。毎年8月ごろにカトリック中央協議会のホームページに前年度の数字が発表されているものの、よほど関心のある信者でもない限り引き出すのは容易でない。しかもその内容はデータとグラフのみで、分析や解説などの文章は一切なく、データの意味を読み取ろうとすれば、過去の「現勢」を引き出し、比較、分析を自分でしなければならない。

 

 理由は簡単だ。もともとバチカンに報告を義務付けられているデータだから、半ば義務的にまとめているだけで、日本の教会の現状を正しく把握し、今後の対応を考えるという、日本の信者全員にとって重要な課題の取り組みに役立つデータとする、という意識が欠落したまま、現在に至っているためだ。グラフが添えられているのが”工夫”と言えば工夫だが、とても分析に足るようなものにはなっていない。

 

 データのとり方も、十年一日で、日本の教会をめぐる環境の大きな変化に対応した工夫なども皆無。信徒、聖職者の高齢化、若者の教会離れ、外国人信者の増加などを客観的に知るための年齢別の数字、国籍別の数字などが欠落したままだ。このようなデータがあれば、AI技術などを活用すれば、5年先、10先の日本の教会の姿を予測することも可能だし、具体的な対策を立てるのも容易になるはずだ。

 教区によってかなりの差があるが、外国人信徒の占める割合が大幅になっている首都圏のある教区の場合、小教区によってはほとんどが外国人信徒で占められ、日本人信徒の居場所がなくなっているような話も聞く。しかも、教会維持費を負担する慣習が無いのか、パーティーなどにはお金を使っても、教会の維持管理の負担は限られ、小教区の会計は慢性的な赤字になっている、というところもある、と言われる。このような実態は、今の公表データでは全く把握できない。

 

 日本の教会の現状がよくわかるようなデータを司教も、司祭も、一般信徒も共有し、それそれの立場、環境から、それを補強するような意見を出し合い、これからの日本の教会、福音宣教の使命を果たす教会をどうすれば作って行けるのか、その具体的あり方を考え、実行していくのが、教皇フランシスコが始められた”シノドスの道“の日本での歩みではないのか。

 今の日本の司教団にはそのような問題意識も、具体的な対応も見られないのは極めて遺憾である、としか言いようがない。

(「カトリック・あい」代表・南條俊二)

2025年8月23日

(評論)教皇レオ14世最初の100日が経過し、関心は夏以降の日に移る(Crux)

(2025.8.17   Crux  Contributing Editor Christopher R. Altieri

 政治の世界で、特に議会制民主主義国家の首相とその政府、大統領とその新政権にとって、発足後の100日は重要な節目だ。

 政府が形成され、主要な人事が行われ、政策の優先課題が設定され、実行段階に入っている。100日時点では任期の方向性が定まっているはずで、具体的な政策実行に本格的に取り組む時期だ。だが、レオ14世教皇は今週末、5月8日の就任から100日目を迎えたが、バチカンからは特別な発表はなかった。

 これは驚くべきことではない。まずローマは第一に夏季休暇の真っ最中で、教皇は夏の離宮、カステル・ガンドルフォに滞在している。第二に、教皇職は、首相や大統領(または世俗的な君主)の職務とは、目的と範囲が根本的に異なる。教皇職の教会の生活における役割は、主に教会の教義を守り、教会内および信者間の秩序と調和を保証することにある。

 レオは、少なくとも、どのように統治するつもりかについて、いくつかの示唆を与えている。

 「私は兄弟としてあなたたちの前に立つ」と、レオは5月18日のミサでの説教で、教皇職の始まりを祝う際に述べた。「私は、あなたがたの信仰と喜びの僕として、神愛の道と共に歩むことを望みます。なぜなら、イエスは私たち全員が一つ家族として結ばれることを望んでおられるからです」。「愛と一致」とレオは述べた。「これらは、イエスがペテロに委ねた使命の二つの次元でです」。

 教皇就任の際の説教で、最初の印象よりもはるかに具体的な方針を示した、と言えるかもしれない。彼は、不和と憎しみ、暴力、恐怖—特に違いへの恐怖—の蔓延と、それらがもたらした傷跡について語った。フランシスコ教皇の言葉を借りて、レオは「地球の資源を搾取し、最も貧しい人々を 疎外する経済パラダイム」について言及した。

 「私たちの立場から言えば」とレオは述べた。「私たちは、世界における一致、共鳴、兄弟愛の小さな酵母になりたい」と。この三つ—一致、共鳴、兄弟愛—は、福音の柱であり、レオが形成されたアウグスティヌス の霊性の要だ。

 「私たちは世界に対して、謙虚さと喜びをもって言いたい—キリストを見よ!彼に近づけ!彼の言葉を受け入れよ!それは照らし、慰める!」と訴えた。 そして、「彼の愛の申し出に耳を傾け、彼の唯一の家族となれ」と言い、司教としてのモットーを提示した—「一つのキリストにおいて、私たちは一つである」。

 レオの最初の100日間は、法律や政策、人事において目立った変更はなかった。ウォーレン・G・ハーディングが言うところの「正常化への回帰」だった。(米オハイオ州の共和党員であるハーディングは、この表現を1920年の大統領選挙のスローガンとし、オハイオ州のジェームズ・コックスを大差で破って勝利した。ハーディングは、実は政治の無名人物ではなく、共和党の保守派と進歩派の両翼が受け入れられる妥協案として指名されたダークホース候補だった。)

 しかし、レオが印象を残していないわけではない。

 聖ペトロ広場での予定外の夜間の散歩と、若者のための聖年の開幕式で歓迎ミサに集まった数千人の若者たちへの即興の演説は、聴衆を鼓舞した。「あなたがたは地の塩です… 世界の光です!そして今日、あなたがたの声、熱意、叫び、すべてがイエス・キリストのために、地の果てまで響き渡るでしょう!」

 数日後、若者のための聖年の閉幕ミサ前の 徹夜祭 とミサで、レオはローマのトル・ヴェルガタ公園に集まった推定100万人の群衆を再び熱狂させた。

 フランシスコの独創的なスタイルは、極めて個人的で、莫大なエネルギーを放ったが、彼が”爆発的”だったのに対し、レオはむしろ、キリストに焦点を当て、エネルギーを集中させる傾向がある。

 レオは、いずれにせよカトリック教会の統治を任されている。彼が行動に移す際は、物事が比較的迅速に進むだろうが、レオは方法論的で正確であり、特に行動に移す際には万全の態勢を整えるだろう。次の100日、そしてその次の100日が注目すべき期間だ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月20日

2025年8月17日

(評論)レオ14世教皇の100日:論争を避けた穏やかな教皇職が浮き彫りに(Crux)

(2025.8.16 Crux   Nicole Winfield, Associated Press)

 ローマ発 — 教皇レオ14世は、最近開かれた聖年を記念する「青年の祝祭」で、数万人の若者たちを驚かせた即興の”教皇車パレード”は、前教皇フランシスコの12年間の治世を特徴付けた非公式な即興性がバチカンに戻ったかのような印象を与えた。

 しかし、その夜、レオが伝えたメッセージは、彼自身のものだった。レオは、流暢な英語、スペイン語、イタリア語で、若者たちに「あなたがたは、地球の塩、世界の光です」と語った。そして、どこへ行っても、希望とキリストへの信仰、そして平和の叫びを広めるよう、彼らを促した。

 ロバート・プレヴォストが教皇レオ14世として100日目を迎える今週末、彼の教皇職の輪郭が明らかになり始めている。それは主に、フランシスコとの連続性、そして変化の兆しが見られる部分だ。おそらく最大の印象は、フランシスコの12年間の時として激動となった教皇職の後で、教皇職に一定の「落ち着きと控えめ」が戻ってきたことだ。

 レオは、論争や教皇職を自分中心のものにするのを何よりも避け、「キリストと平和」に焦点を当てたい、と考えているようだ。

 それはまさに多くのカトリック信者が望んでいることであり、今日の教会が必要としていることに応えるものかもしれない。

 「彼は非常に率直ですが、自発的にマスコミの取材に応じるようなことはしていません」と、レオの母校であるヴィラノバ大学の神学・宗教学部長、ケビン・ヒューズ氏は語る。レオはフランシスコとは異なるスタイルを持っており、「それが多くの人々に安堵感をもたらしている」とヒューズ氏は電話インタビューで指摘した。 「教皇フランシスコを心から愛していた人々でさえ、常に少し息を詰まらせていました。次に何が飛び出すか、彼が何をするか分からなかったからです」。

*論争を避ける努力

 レオは、フランシスコの在位中に深まった分裂を修復するための努力を、最初の100日間で積極的に進めてきた。ほぼすべての場面で団結を呼びかけ、論争を避けてきた。彼の特徴的な課題である「AI(人工知能)がもたらす可能性と危険性に対峙する」という問題は、保守派と進歩派の両方が重要だ、と認めている。フランシスコの環境保護や移民への配慮は、保守派を疎遠にさせた。

 内政では、フランシスコの独裁的なスタイルがバチカンの一部で反発を招いていたのに対し、レオはバチカン官僚機構に対し、安心感と和解のメッセージを送った。

 「教皇は『来て、去る』が、教皇庁は残る」と、レオは5月8日の教皇選出直後、バチカン当局者に語った。

*フランシスコとの継続性は依然として否定できない

 しかし、レオは、史上初の生態学に触発されたミサを執り行うことで、フランシスコの”環境遺産”を確固たるものにした。さらに、ローマ北部の1000エーカーの土地を巨大な太陽光発電所に転換する計画に承認を与え、バチカン市国の電力需要を賄い、世界初の”カーボンニュートラル国家”にするという遺産を推進している。

 フランシスコが始めたバチカン財務の透明性に関する規制を微調整し、他のいくつかの勅令を修正して一貫性と論理性を高めた。また、19世紀で最も影響力のある聖人の一人であるジョン・ヘンリー・ニューマンを「教会の博士」に列聖する決定をフランシスコと共に確認した。

 しかし、彼は前任者ような”座り込みの告白インタビュー”や、見出しを飾る即興の発言は一切行っていない。彼は、自分の前職を含む重要な人事も一切行っておらず、大きな海外出張も行っていない。

 先週、広島と長崎への米国による原子爆弾投下 80 周年に当たって、彼には、「核兵器の保有そのものを”不道徳”だ」とするフランシスコ教皇の斬新な発言に賛同するチャンスがあった。しかし、彼はそうしなかった。

 2025年1月に二度目の米国大統領に就任し、大統領令を次々と発令したもう一人のアメリカ人の世界のリーダー、ドナルド・トランプ氏と比べると、レオは、ほとんど人目に付かないように、ゆっくりと、慎重に、そして静かに新しい職務に就いている。

 レオは、69歳の自分に時間的余裕があること、そしてフランシスコの革命的な教皇職の後、カトリック教会には「少し”息抜き”が必要かもしれない」ということを理解しているようだ。レオをよく知るバチカンのある高官は、彼の教皇職は「教会に”穏やかな雨”のような効果をもたらすだろう」と予想している。

 ペルーのカトリックのカリスマ的団体のメンバー、マリア・イサベル・イバルセナ・クアリテ氏は、彼女や 100 万人以上の若者を、今月のローマでの聖年の「青年の祝祭」に引き寄せたのは、まさに「レオの教会の伝統、その秘跡、そしてキリストへの愛を静かに強調する姿勢でした」と語った。

 イバルセナ氏は、フランシスコ教皇がLGBTQ+のカトリック信者へのアプローチや同性カップルへの祝福承認で、「自分を含む若者たちを混乱させた」と言う。「そのような行為は、教皇がすべきことや教会が教えることを超えている」と彼女は考えている。

 レオ教皇は「結婚は男性と女性の間での秘跡だ」と強調している。「フランシスコは曖昧だったが、レオは明確です」と彼女は述べた。

*アウグスティヌス派の教皇

 

 聖ぺトロ大聖堂のロジアに初めて現れた時から、レオは、自身がまず第一に「聖アウグスティヌスの息子」だ、と主張してきた。これは、5世紀の初期キリスト教の神学者であり敬虔な人物であるヒッポの聖アウグスティヌスを指している。彼の作った規則に基づいて修道生活を送っていた修道士のグループが、13世紀に修道会・アウグスチノ会を「托鉢修道会」として設立した。

 初期キリスト教の他の主要な托鉢修道会—フランシスコ会、ドミニコ会、カルメル会—と同様に、アウグスチノ会は数世紀にわたり西欧で広まった。アウグスチノ会の霊性は、祈りの深い内面的生活、共同体での生活、神における真理を求めて共に旅する姿勢に根ざしている。

 レオは5月8日に教皇に選ばれて以来、ほぼすべての演説や説教で、何らかの形で聖アウグスティヌスを引用している。「彼がこれらのことを提示する仕方には、一種のアウグスティヌス的な風味を感じます」と、アウグスティヌス研究家のヒューズ教授は述べた。

 レオは、フィラデルフィア近郊のアウグスチノ会が運営するヴィラノバ大学を卒業後、同会に入会し、総長に二度選出された。今日に就任してからも、聖ぺトロ大聖堂に近いアウグスチノ会本部を数回訪問し、会員をバチカンに招いていることから、一部には、アウグスチノ会の”共同生活精神”を再現するかどうか注目する向きもある。

*フランシスコの姿を体現する宣教の教皇

 レオはフランシスコ教皇の時代を色濃く反映した人物でもある。フランシスコは2014年にプレヴォストをペルーのチクラヨ教区の司教に任命し、2023年にはバチカンで最も重要な役職の一つである司教省長官に任命した。振り返れば、フランシスコはプレヴォストを後継者の候補として見ていたようだ。

 フランシスコが2013年のコンクラーベで教皇に選出される前の演説で、当時のベルゴリオ枢機卿は、教会の現在の使命を説明する際、プレボストを次のように描写した—「教会は、自分自身を超えて、地理的な周辺だけでなく、存在の周辺へと向かうよう召されている」と。

 シカゴ出身のレオは、成人後をペルーの宣教師として過ごし、最終的にチクラヨの司教に就任した。「彼は『違いの統一』の体現者だ。なぜなら、彼は(米国という世界の)中心から来たが、周辺で活動しているからだ」と、ラテンアメリカ教皇庁委員会の秘書、エミルセ・クダは述べた。

 クダ氏は、ジョージタウン大学で開かれた最近の会議で、レオは「フランシスコが提唱する宣教的な教会の姿を、言葉と行動で体現している」と語っている。

 もっとも、レオがベルゴリオに負うものは多いものの、二人の関係は必ずしも良好ではなかった。

 例えば、プレボストは、自身がアウグスチノ会の総長だった頃、当時ブエノスアイレス大司教だったフランシスコから、「自分の教区での特定の職務にアウグスチノ会の神父を任命したいのだが」と相談を受け、こう返事をした、という。「ご相談は理解します、彼は立派な人物ですが、別のことをせねばなりません」。そして、「別のポストに転任させた」と、2024年に故郷のイリノイ州の信者たちに語った。

 そして、フランシスコが2013年に教皇に選ばれた時、「彼は私を覚えおられない、考えていた。いずれにせよ、あの時の意見の相違のため、決して私を司教に任命なさらないでしょう」と語っていた。だが、フランシスコは、教皇就任の翌年に彼を司教に任命しただけでなく、南米出身初の教皇となったフランシスコに続く、北米出身初の教皇となるための地盤を築いたのだった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月17日

・ガザで救援物資を求めるパレスチナ人、5月からこれまでに少なくとも1760人死亡、と国連

Palestinians wait to receive food from a charity kitchen, in Gaza CityPalestinians wait to receive food from a charity kitchen, in Gaza City 

 

2025年8月16日

・イスラエルと米国の「ガザ人道財団」が食料配給所でしているのは「組織的な殺害と人間性のはく奪」だー今すぐ中止を(国境なき医師団)

(2025.8.8 国境なき医師団ニュース)

「ガザ人道財団」の配給所で命がけで食料を得ようとする人びと=2025年7月25日 ⓒ MSF
(右の写真=「ガザ人道財団」の配給所で命がけで食料を得ようとする人びと=2025年7月25日 ⓒ MSF)

 

 パレスチナ・ガザ地区で医療援助を行う国境なき医師団(MSF)は、医療データ、患者の証言、2つのMSF診療所での目撃情報を元にした報告書「これは援助ではない──『ガザ人道財団』、組織的殺害の現場(This is not aid. This is orchestrated killing)」(英文)を発表。いわゆる「ガザ人道財団(GHF)」が運営する食料配給所において、イスラエル軍と米国の民間請負業者が、飢餓状態にあるパレスチナ人を狙った無差別な暴力行為を行っていると指摘する。
 MSFは、GHFによる配給制度の即時中止を求めるとともに、国連による援助物資配給の仕組みの回復を強く訴える。また、各国政府、特に米国、ならびに民間ドナーに対し、事実上『死の罠』であるGHFの施設に対する財政的・政治的支援の停止を呼びかる。

*子どもへの銃撃も

 イスラエルと米国の代理機関である GHFは食料の配給を軍事化しており、その現場で発生した暴力によりMSFの2つの診療所には多数の負傷者が搬送されている。これらの診療所で MSF スタッフが目撃した恐怖の状況を、報告書は伝えている。
 2025年6月7日から7月24日の間に、GHFが運営する配給所の近くにあるガザ南部のMSFマワシ診療所とアル・アタール診療所に、28人の死者を含む1380人の負傷者が運ばれた。この7週間の間に、MSFは銃創を負った71人の子どもを治療し、そのうち25人は15歳未満だった。家族の中で動ける唯一の男性として、10代の少年たちが家族の食料を得るために危険な場所に送り出されている状況が浮かび上がる。
 その15歳未満の患者には、弾丸が腹部を貫通した12歳の少年や、胸部に銃創を負った8歳の少女を含む5人の少女も含まれる。

 MSF事務局長のラケル・アヨラはこう話す。

「食料を手に入れようとして胸を撃たれた子どもたち。混乱の中で押しつぶされ窒息死した人びと。配給所でひとまとめに銃撃された群衆。MSFの54年近くの活動の中で、このような無防備な民間人に対する組織的な暴力は、ほとんど見たことがありません」。

 「GHF の『援助』を装った配給所は、残虐行為の実験場と化しています。この状況は今すぐ止めなければなりません」(MSF事務局長 ラケル・アヨラ)
MSFのマワシ診療所にはGHFの配給所で銃撃を受けた人びとが運ばれている=2025年8月3日 ⓒ Nour Alsaqqa/MSF
(左の写真=MSFのマワシ診療所にはGHFの配給所で銃撃を受けた人びとが運ばれている=2025年8月3日 ⓒ Nour) Alsaqqa/MSF

*医療データが示す意図的な攻撃

 

 マワシ地区の診療所に搬送された患者の銃創を初期診断した結果、頭部と首の銃創が 11%、胸部、腹部、背中の銃創が 19% を占めた。一方、ハンユニスの配給所から搬送されてきた人びとは、下肢に銃弾による負傷を負っているケースが圧倒的に多かった。こうした負傷の明確なパターンは、この攻撃が配給所内とその周辺にいる人びとを意図的に狙ったものであり、偶発的あるいは無差別な発砲ではないことを強く示している。
 MSF のマワシ診療所で治療を受けたモハメド・リアド・タバシさんは語る。「私たちは虐殺されています。私は10 回近く負傷しました。そして私の周りに 20 近い死体が横たわっていたのをこの目で見ました。全員が頭やお腹を撃たれていました」。
 今年5 月、イスラエル当局は、国連主導の人道援助活動を解体し、GHF が運営する軍事的な食料配給制度へ置き換えようとした。GHF が運営する 4 つの配給所はすべて、イスラエル軍が完全に支配する地域にあり、米国の民間軍事会社によって「警備」されている。
 GHF は、イスラエル政府と米国政府によって「革新的な解決策」として宣伝されてきた。「ガザでの援助の流用」や「国連の失敗」という根拠のない主張に答えるものだとされた。この施設は、3 月 2 日に始まったガザ地区を全面封鎖するジェノサイド(集団殺害)の一環として、イスラエル当局がガザに対して実施している飢餓政策を制度化した、まさに死の計画に他ならない。

*GHF を阻止するための国際社会の対応は不十分

 この制度は人びとから尊厳を奪おうとしている。MSFは7週間にわたり、GHFの配給現場での混乱の中で負傷した196人の患者を治療した。患者には、重度の頭部外傷を負った5歳の少年や、群衆の中で窒息死したと思われる女性もいた。

 配給所で食料を確保できた人びとは、食料が手に入らず飢えつつある人びとによる暴力的な略奪や盗難の危険にさらされることが少なくない。MSFは、患者登録に新しい略称「BBO」を追加した。「Beaten By Others──他者に殴打された」の略で、群衆の押し合いの中で負傷したり、物資を受け取った直後に殴られたり、物資を奪われたりした人びとを指す。これは、意図的な人間性のはく奪だ。

 ガザのMSF緊急対応コーディネーター、アイトール・ザバルゴゲアスコアはこう話す。「8月1日、米国の中東特使がGHFの現場を訪問したその日、15歳のマフムード・ジャマル・アル・アターが、アル・シャクースのGHF現場周辺で食料を手に入れようとしたところ、殺害されました。彼は胸を銃弾で撃たれ、MSFのマワシ診療所に搬送されました。私たちは、これらの施設で殺害され、負傷した人びとのごく一部しか治療できません。子どもたちを殺害することは、意図的な行為以外の何物でもありません」。

 「非難の声や解体を求める声にもかかわらず、GHF を阻止するための国際社会の対応は、まったく不十分なままです」(MSF緊急対応コーディネーター アイトール・ザバルゴゲアスコア)

 本報告書がまとめられた後、7月27日から8月2日の間にも、GHFの現場で銃弾や破片、暴行、刺傷による負傷を負った186人が、MSFのマワシ診療所とアル・アタール診療所で治療を受けた。そのうち2人が死亡した。8月3日、MSFの診療所にはさらに3人の負傷者が運び込まれ、1人は首に銃弾を受け、2人は頭部に銃弾を受けていた。

2025年8月13日

☩「被爆者の方々の喪失と苦悩は、『より安全な世界を作り、平和の心を育てなさい』と私たちに呼びかけている」ー被爆80年にあたって教皇レオ14世と米国巡礼団のマッケロイ枢機卿のメッセージ(長崎・平和祈願ミサで)

(2025.8.9  カトリック長崎教区)

【教皇レオ 14 世のメッセージに先立つモリ―ナ教皇大使の挨拶】2025 年 8 月 9 日 長崎

 私たちは、今、広島と長崎への原子爆弾投下から 80 周年を迎え、日本および世界にとって極めて重要な日々を過ごしています。全国で、これらの悲惨な出来事を追悼し、犠牲者を偲び、平和への共通の決意を新たにする式典や儀式が行われています。

 今週、私たちは京都近郊の比叡山から広島へ、そして今ここに長崎に集い、苦しみと命を失った人々、そしてすべての民族の恒久平和のために、特別な祈りを捧げてきました。昨日、さまざまな宗教の信徒と共に爆心地公園で、そして今朝は平和公園で、行政関係者、宗教指導者、被爆者、戦争のない世界を求めるすべての人々と共に祈りを捧げました。今夜も、私たちは同じ人類家族の一員として、常に平和を求めて闘ってきた者として、再び平和のために祈ります。この祈りは決して終わってはならない祈りです。

 バチカンの外務局長であるポール・ギャラガー大司教が深い言葉で表現されたように、「聖座(教皇庁)は常に『平和という勇気』を美徳として促進してきました。平和を築くことは戦争を仕掛けることよりも勇気が要ります。後者は常に敗北です。対立ではなく出会いを選ぶ勇気、暴力ではなく対話を選ぶ勇気、敵意ではなく交渉を選ぶ勇気、偽善ではなく誠実さを選ぶ勇気です」。

 これらの言葉は、特にこの聖なる場所で、私たちの心に深く響きます。なぜなら、聖ヨハネ・パウロ二世が広島で語った「戦争は人間の業である」という忘れがたい言葉のように、平和もまた、人間の業であり得るし、そしてそうあるべきだからです。

 人類への希望を失わないでください。しかし、フランシスコ教皇が言われたように、希望は「単に物事が起こるのを待つ受動的な徳ではありません。それは、物事を実現するために働く最も積極的な徳です」 (2024 年 12 月 11 日一般謁見)。そして、聖霊は私たちに、望まれることが実現するように祈るように促しています。

 私たちは平和のために努力し、欺かれない希望の証人となるよう努めましょう。

 この同じ希望の精神で、レオ 14 世教皇は、私たちと共に祈りと連帯を結び、日本国民だけでなく、今日ここに集う世界中の人々への励ましと平和のメッセージを送られました。そのメッセージは、和解の道を進むよう、死ではなく命を選ぶよう、そして平和が可能であると信じるよう呼びかけるものです。

 勇気と謙虚さを持って、そしてヒロシマとナガサキの記憶が決して消えることなく、正義、慈しみ、平和に根ざした未来を築くための原動力となることを信じて、この任務に共に取り組みましょう。

 では、教皇様のメッセージと挨拶を読み上げます

 

【教皇レオ 14 世からの被爆 80 年にあたってのメッセージ】

 広島と長崎への原爆投下から 80 年を迎える祈念の集いに参加しておられる皆様に、心からのご挨拶を申し上げます。とくに、被爆者の方々に対して、深い敬意と親しみを込めてお伝えしたいと思います。被爆者の方々が体験した喪失と苦悩は、私たちにとって「より安全な世界を作り、平和の心を育てなさい」と呼びかけている大切な声です。

 あの 1945 年 8 月の出来事から長い年月が経ちましたが、広島と長崎の町は今もなお、核兵器がもたらした恐ろしさを、私たちに伝え続けています。街の風景、学校、家庭には、目に見える傷跡と、心の中に残る傷跡があります。このような意味で、私は、愛する前任者・教皇フランシスコがしばしば繰り返していた「戦争は、いつでも人類にとっての敗北です」という言葉を、改めて思い起こしています。

 長崎で被爆した医師・永井隆博士は、「愛の人とは、武器を持たない勇気ある人です」と記しておられます。まことの平和には勇気が求められます。とくに計り知れない破壊をもたらす武器を手放す勇気です。核兵器は、私たち人間の尊厳を傷つけるものであり、神が創造された世界の美しさと調和をも壊してしまいます。私たちはこの調和を保護する使命があります。

 世界のあちこちで緊張や争いが高まっている今、広島と長崎は「記憶のしるし」として、相手を破壊する力によって安全を保つという幻想を捨てるよう、私たちに語りかけているのです。その代わりに、私たちは、正義、兄弟姉妹愛、そして共通善にもとづく世界の倫理をつくらなければなりません。

 この厳粛な祈念の日が、国際社会に対して、全人類家族のための持続可能な平和―すなわち、「武器のない平和、武器を取り除く平和」―を追求する決意を新たにする呼びかけとなることを、私は心から祈ります。

 この祈念を共にする皆様の上に、神の豊かな祝福がありますように。

 バチカンより、2025 年 7 月 14 日 レオ 14 世

【平和祈願祭ミサにおけるロバート・マッケロイ枢機卿の挨拶】  2025年8月9日

 3年前に初めて長崎を訪れた時、深く感動した出来事が三つありました。一つは、日本二十六聖人記念館を訪れたことです。二つ目は、長崎原爆資料館を訪れたことです。そして三つ目は、ここ浦上天主堂を訪れたことです。

 二十六聖人記念館では、信仰を深く尊び、そのために命を捧げる覚悟をもった人々のカトリック信仰の深さを知ることができました。彼らの勇気と犠牲、強さ、そしてキリストへの愛の物語は、日本における教会の古いルーツを証しするものであり、この町で今日に至るまで続くカトリック共同体の活力の証しです。苦難の巡礼の道を歩む中で、彼らはイエス・キリストと永続的かつ感動的な結びつきを築き、それはイエス・キリストから受けた愛について思いを巡らす私たちすべてに恵みを放っています。

 原爆資料館は、私の祖国が日本国民に対して行った正当化できない爆撃と、現代世界を脅かす核兵器の力を私に語りかけました。忘れることのできないあの日々についての証言は、既存の核兵器システムの近代化と新たな国家間の核兵器の拡散を通じて私たちを飲み込もうとする核の狂気の流れから離れるように、世界全体に警鐘を鳴らしています。

 被爆者の数は減りつつありますが、彼らの英雄的な証言は、今私たちが直視しようとしない危険を思い起こさせる日本の良心として、世界に対して存在し続けています。

 二十六聖人記念館訪問が、私に日本の教会のルーツを思い起こさせ、原爆資料館訪問が私たち人間がその最悪の局面において犯し得る野蛮さを思い起こさせた一方で、私に最も深い印象を残したのはこの大聖堂でした。なぜなら、その核心に、純粋で希薄化されていない希望が宿っていたからです。それは、過去の大惨事を忘れたり軽視したりすることなく、その中に恵み、愛、そして勇気を見出す希望です。

 この場所に、この大聖堂を再建する決断、その実現を可能にしたカトリック共同体の犠牲、そしてこの地に活気ある信仰の共同体が再興されたことは、私にとって、神が人間のあらゆる苦しみに対して勝利を収められた証しであり、神が私たちに常に同伴され、特に最も苦難の時に近くにいて下さるという約束の証しでした。この共同体、そしてこの場所が栄え喜びに満ちていることは、特に今日、圧倒的な事実です。

 私にとって、3年前に訪問した三つの場所は、世界における真の平和の基盤を示しているように思えます。二十六聖人記念館は、平和の創造主であり平和の王子である神への真の信仰の必要性を示しています。原爆資料館は、戦争を引き起こし、憎しみを煽り、深い傷を負わせる悲惨な人間の過ちを認識する必要性を訴えています。そして、この大聖堂の再建は、平和が最も遠くに感じられる時でも、私たちを導く希望の星として、圧倒的な希望を象徴しています。

 したがって、本質的に、この長崎の教会は、主が復活された後最初の言葉で私たちに呼びかけた平和への旅路に忠実であり続けるよう、私たちすべてを導く灯台なのです。

 米国へ帰るにあたり、私の心には、信仰、勇気、慈愛、そして喜びの記憶が、新たにそして深く刻まれています。その素晴らしい贈り物に対し、中村大司教様と日本の教会の皆様に、心から感謝申し上げます。主が皆様を常に祝福されますように。

2025年8月10日

・飢餓線上のガザ地区で7日までに飢死者が197人、国連がイスラエルに、人道支援物資輸送の全面解除を要求

A Palestinian woman searches the sand for legumes in Nuseirat in the Central Gaza StripA Palestinian woman searches the sand for legumes in Nuseirat in the Central Gaza Strip  (AFP or licensors)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月8日

・訪日した米国の平和巡礼団のクピッチ枢機卿、広島、長崎への原爆投下は国際法とカトリックの教義からみて「深刻な欠陥」と

2025年8月7日

・「餓死者が出る中で、食料も医療支援物資も尽き、医師を含めた支援側も空腹と疲労の極致に」ガザで活動する「国境なき医師団」の医師が訴え

 

2025年7月26日

(評論)教皇レオ14世は前任者が推進した「シノダリティ(共働性)」をどうするかー6月29日の聖ペトロ・聖パウロ使徒の祝日ミサに注目(Crux)

Pope Leo XIV wearing a pallium holds Mass during the formal inauguration of his pontificate in St. Peter’s Square (Credit: Alessandra Tarantino/AP.)

(2025.6.12 Crux  Managing Editorr Charles Collins)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年6月16日

(評論)レオ14世の教皇就任1か月、「継続性とバランス」というユニークな手法で”ハネムーン”は続いている

(2025.6.9  Crux   Senior Correspondent   Elise Ann Allen)

 ローマ 発- 5月8日のローマ教皇レオ14世の選出から1か月が経ったが、「ハネムーンの期間 」はまだ続いている。

 いわゆる 「ロールシャッハ・テスト 」と呼ばれる教皇職の段階は、人々が教皇に好きなことを投影することができるとされるものだが、レオ14世がその治世への道を歩み始めているように見えることから、まだしばらく続きそうだ。

 就任からわずか4週間で、新教皇は冷静さと自制心を示し、大きな決断を下す前に現場の状況を把握し、物事がどう動くかを理解することを好んだ。また、バランス感覚を発揮し、前任者との明確な継続性を表明する一方で、自分自身の優先順位や個人的なスタイルを切り開いている。

 

 

*統一を目指す羊飼い

 

 前任の教皇たちと異なり、レオは「改革派」、「伝統主義者」、「リベラル派」、「保守派」など、多くの識者が熱望するカテゴリーには、簡単に当てはまらない。南米での豊富な経験、欧州での滞在経験、そしてアウグスチヌス修道会の総長として世界のさまざまな地域と接してきたことで、非常に”丸み”を帯びた視点を持つようになった。

 そしてレオ14世は、教皇就任後1か月にして、自らを「統一者であり、交わりを育もうとする奉仕者」としてのスタイルを取り始めている。

 5月8日、教皇選出後初めて聖ペトロ大聖堂のバルコニーから挨拶したレオ14世は、キリストに従うよう信者たちに促し、こう言った—「私たち一人ひとりが、対話と出会いを通して橋を架け、いつも平和な一つの民として結ばれるよう助けてください」と。

 そして、5月18日の教皇就任ミサの説教の中で、次のように述べた—「私は、自分自身の功績もなく選ばれました。そして今、恐れおののきながら、皆さんの信仰と喜びの僕となり、皆さんとともに神の愛の道を歩むことを望む兄弟として、皆さんのもとに来ました」と。

 レオ14世はその説教の中で、教皇としての司牧の優先事項の”道しるべ”のようなものを示した—「愛と一致、これがイエスからペトロに託された使命の二つの側面です」。その際、彼は 「不和 」と 「憎しみ、暴力、偏見、差異への恐れ、地球の資源を搾取し、最貧困層を疎外する経済パラダイムによって引き起こされる多くの傷 」を嘆いた。

 そして、このような背景から、教会に対する彼の最大の願いは、教会が 「和解した世界のための“パン種”となる一致と交わりのしるし 」であり、「世界の中での一致、交わり、友愛の小さな“パン種” 」となることである、と語り、さらに、「私たちは、違いを打ち消すのではなく、一人ひとりの個人的な歴史とすべての人々の社会的・宗教的文化を大切にする一致を実現するために、すべての人に神の愛を捧げるよう求められています 」と強調した。

*継続性と独自性

 レオ14世はまた、就任当初から前任のフランシスコ教皇との明確な”連続性”を示しており、最初の発言で「シノダル(共働的)な教会」を呼びかけ、フランシスコの対話と友愛の「架け橋を築く」という言葉を使い、聖マリア大聖堂にあるフランシスコ教皇の墓を訪れている。

 また、5月18日の就任説教を含め、演説や説教の中で教皇フランシスコの言葉を繰り返し引用し、環境、貧しい人々、移住者への配慮、より大きな世界的友愛の意識を求めるフランシスコの呼びかけに共鳴している。

 その一方で、レオ14世は、伝統的に教皇が着用する赤いマント「モツェッタ」を復活させるなど、教皇の服装の選択から、民衆の信心深さを自ら表現するなど個人的な献身に至るまで、教皇が自分自身であることも明らかにしている。

 教皇フランシスコは、ローマ人に愛され、歴史的にイエズス会士にも愛されてきた聖マリア大聖堂の有名なイコン「マリア・サルス・ポポリ」をたびたび訪れていたが、レオは教皇に就任した最初の週に、ジェナッツァーノにあるアウグスティノ会が運営する「善き助言の母」教会を訪れ、このタイトルを持つマリア像の前で祈りを捧げた。

 フランシスコは、バチカンの聖アンナ小教区を訪問した際、バチカンとイタリアの国境を越えて友人に挨拶に行ったり、移民の主な目的地であるイタリアのランペドゥーザ島への訪問したりすることを頑なに主張し、側近が訪問に反対すると、「自分でチケットを買って、行きます」と言い切った。

 一方、レオ14世は、枢機卿としてほぼ毎日昼食をとっていたローマのアウグスヌス会本部を突然訪れ、共同体とともに過ごし、アウグスチヌス会の総長である友人アレハンドロ・モラルの誕生日を祝うなど、レオなりに自発的に行動している。

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 これまでのところ、レオは内部的には、いかなる決定も急がず、むしろ時間をかけて現状を把握し、組織や人事の面で大きな変化を起こす前に、物事がどのように機能しているかを理解しようとしていることを示し、当分の間、すべてのバチカン各省の長官など留任させることを決めた。

 例えば、教皇庁未成年者・弱者保護委員会会長のショーン・オマリー枢機卿とデリケートな性虐待問題について話し合ったり、オプス・デイの指導者と面会して、フランシスコの下で発足したものの完了しなかったグループの改革について話し合ったりしている。

 レオはまた、イタリアのアンジェロ・ベッチュ枢機卿とも会っている。彼はバチカンの「世紀の裁判」で金融犯罪で有罪判決を受けたが、教皇フランシスコの教皇職の後期で最も論争となっていた人物の一人であり、先に教皇選挙から除外されたことでも論争を巻き起こした。

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 人事では、バチカン各省の長官を留任させる一方で、奉献・使徒的生活会省の次官にシスター、ティツィアーナ・メルレッティを任命している。80歳を迎えた生命アカデミー総裁のヴィンチェンツォ・パリア大司教をレンツォ・ペゴラロ大司教と交代させ、ヨハネ・パウロ2世結婚・家族科学神学研究所の理事長をバルダッサーレ・レイナ枢機卿からレンゾ・ペゴラーロ司教に交代させた。

 そして、まもなく、司教省における自身の後継長官の任命や、75歳という司教定年を過ぎている列聖、典礼秘跡、キリスト教一致推進、総合人間開発、命・信徒・家庭の各省長官の後継者の任命という、新教皇自身の判断による重要な人事に手を付けねばならなくなる。

*擁護者となる

 レオ14世の教皇就任後1か月は”平静さ”が特徴となっているが、カトリック教会にとって多忙な聖年暦の中で行動し、教皇職の重みを伴う発言力を暫定的に行使し始めている。

 ウクライナやガザの和平を繰り返し訴え、人質の返還や援助、停戦を求めるだけでなく、ウクライナのゼレンスキー大統領やロシアのプーチン大統領とも電話会談をし、和平実現を最優先させたいという強い意志を示している。

 それだけでなく、微妙で、反発を招く可能性のある政治的な問題についても発言し始めている。

 教会の運動体、諸団体、新しい共同体の人々が参加して行われた8日の聖霊降臨の祝日のミサの説教では、femicide(ジェンダーに関連した動機による故意の殺人)と政治的ナショナリズムを非難。他者との関係における 「境界を開く 」聖霊の役割について語り、聖霊は 「疑い、偏見、他者を操ろうとする欲望のような、私たちの関係を乱す、より深く隠された危険を変容させる 」と述べたうえで、「私は、不健全な支配欲が関係し、最近多く起きているfemicideが悲劇的な形で示しているように、暴力につながる事例の発生を、深い悲しみとともに思い起しています」と述べた。

 教皇のこのfemicideへの言及は、長年にわたって家庭内暴力とfemicideの多発に悩まされているイタリアの社会・政治界全体に反響を呼んだ。イタリア政府は現在、加害者の最高刑を終身刑に処するfemicide防止法を検討しているほどだ。

 教皇はまたこの説教で「人々の間の境界を開く」という聖霊の役割についても語り、聖霊は「障壁を打ち破り、無関心と憎しみの壁を破壊」し、代わりに「偏見」や「悲しいことに、今や政治的ナショナリズムの中にも現れつつある排他的な考え方」の余地を残さない愛を育む、と指摘した。

 ”擁護者”としての教皇レオ14世の発言は、女性差別と欧米を含む世界の大部分を席巻している民族主義的ポピュリズムの動きを非難した教皇フランシスコの思いのいくつかを反映させながら、徐々に彼自身のスタイルとトーンで主張を始めている。

 レオ14世の最初の1か月を特徴づけているのは、バランスと冷静さ、行動する前に考えること、静粛に針を動かすことだ。彼が統治のプロセスに本格的に取り組み、彼の主張がさらに具体化するようになればなるほど、教皇としての蜜月期は衰える可能性が高くなるが、これまでのところ、「あまり波紋を起こさずに決断や発言を行う能力」を発揮しているようだ。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年6月10日

(評論)難題抱える教皇庁生命アカデミーの新総裁にぺゴラロ大司教任命(Crux)

(2025.5.29 Crux   Senior Correspondent Elise Ann Allen)

ローマ発– 教皇庁生命アカデミー(PAV)は27日、イタリア人で生命倫理の専門家で医師でもあるレンツォ・ペゴラロ大司教が新会長に任命されたと発表した。2016年から会長を務めていたヴィンチェンツォ・パリア大司教が4月に80歳を迎え、退任したのを受けたもの。

 ペゴラロ新会長は声明で、レオ14世教皇に会長任命に謝意を示すとともに、パリア大司教とその前任者であるイグナシオ・カルラスコ・デ・パウラ大司教と共に仕事をしたことは、「故教皇フランシスコの運営とテーマに関する指針に沿った、興味深く刺激的なものだった」と述べ、PAVが近年取り上げたテーマと方法論に沿って活動を継続し、「生命アカデミーの広範で卓越した国際的・宗教間協力の会員団体の専門性をさらに高めていく」と抱負を語った。

 さらに、「特に、生命倫理、教皇フランシスコが推進された学際的アプローチを通じた科学分野との対話、人工知能とバイオテクノロジー、および人間の生命のすべての段階における尊重と尊厳の促進というテーマを強調したい」と述べた。

 ペゴラロ新会長の任命は、教皇フランシスコが亡くなる前に検討されていた可能性が高い。教皇庁の役職は、80歳となった時点で自動的に終了することになったおり、教皇レオ14世は、フランシスコの既定路線を受け継いだもの、との見方もできる。

 新会長が「教皇フランシスコが推進する学際的アプローチを通じた科学分野との対話」の継続を強調した点は、パリア前会長との連続性を示している。前会長は、教皇フランシスコの在任中、近年、学会の範囲と目的を転換する動きを示していた。PAVは近年、科学的研究と対話の分野における学際的研究機関へと緩やかな移行を遂げており、教皇庁の科学アカデミーや社会科学アカデミーに似た形態に近づいている。

 後者の2つの機関では、キリスト教徒でない者や、教会の教えと著しく異なる見解を持つ無神論者や非信者も、それぞれの分野での科学への卓越した貢献を理由に会員に任命されている。このような緩やかな以降に加え、パリア前会長のいくつかの発言、文書、声明が、彼の在任期間中、特に最近5年ほどで浮上した様々な論争の的となっていた。

 例えば2022年7月、PAVは「生命の神学倫理:聖書、伝統、課題、実践」という書籍の出版で論議を巻き起こした。この書籍は過去のアカデミーでの議論の要約として位置付けられていたが、選りすぐられたメンバーによって作成されたもので、道徳規範(例えば避妊の禁止)とそれらの規範の具体的な牧会的適用との区別を主張する神学者の論文が含まれており、論争の的に。一部の論文には、特定の状況下で夫婦が人工避妊や人工生殖方法を選択することが正当化される可能性を暗示する内容が含まれていた。

 一部の学者は、「より保守的な立場の会員が文書の作成に参画しなかったか、参画した会員が文書の方向性を見極めた後、参加を辞退した」ことを明らかにした。その年の8月、PAVは、同アカデミーの公式ツイッターアカウントから投稿されたツイートにより、さらなる批判に直面した。

 そのツイートは、1968年に教皇パウロ6世が発表した回勅『Humanae Vitae』(人間の生命)——結婚に関する教会の教義を再確認し、人工避妊の禁止を堅持した文書——が教皇の不可謬性(教皇の誤り得ない教義)の対象外であり、変更可能なものであることを示唆する内容だった。

保守派の専門家たちは同年12月、教会の避妊禁止を擁護し、『Humanae Vitae』の全体を保持するよう主張する反論会議を組織した。2022年10月、パリア前会長が擁護した教皇フランシスコのPAV理事への任命を巡る論争も発生しました。任命されたマリアナ・マッツゥカトは、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのイノベーションと公共価値の経済学教授で、公けに中絶を支持し、米国の 最高裁の『ロー対ウェイド』判決の破棄を非難した人物だ。

2023年4月、パリアはペルージャのジャーナリズム・フェスティバルでの「安楽死に関する発言」でさらに論争を巻き起こした。安楽死と自殺幇助への個人的な反対を強調しつつも、イタリアで長年議論の的となっている自殺幇助を規制する法律の制定条件を提示しました。

 2024年8月、PAVは「終末期に関する小辞典」と題した文書を発表し、植物状態の患者への食事と水分補給の提供に関する規制を緩和した。教会が安楽死と自殺幇助への反対を再確認する一方、いわゆる「積極的治療」に関するバチカンの方針に新たな柔軟性が示された。

 特に、植物状態にある個人への食事と水分補給の提供義務に関する点で、バチカンは従来の立場から一歩踏み込んだ姿勢を示した。ペゴラロ新会長の任命は、ほとんどの観測筋によって比較的 routine な人事と見られています。これは、教皇がバチカン部門の長官や長官が退任する際、その次席を昇進させるのが通例であり、この任命はレオ教皇が選出される前に既に決定されていた可能性が高いからだ。

 その点で、レオ教皇がペゴラロの後任予定者として誰を副総裁に任命するかが、PAVの今後の方向性に関する教皇自身の考えを反映するより明確な指標となるだろうが、ペゴラロの任命は、最近の論争を受けてPAV内の学者たち之间に存在する複雑な感情をどう扱うかについて、疑問を投げかけている。

 一部の学者は、2005年から2008年までアカデミーを率いた保守派のエリオ・スグレッチア枢機卿の時代に戻りることを望んでいる。最近採用された柔軟性と対話的なアプローチは、多くのメンバーに不安を与えているからだ。

 ペゴラロ新会長は1985年にパドヴァ大学で医学と外科学の学位を取得し、道徳神学の修士号と生命倫理の上級コースの修了証書を取得している。科学的な観点からは、少なくとも一部のメンバーから、より強力な科学的資格を有していると評価されているため、歓迎される任命だ。

 彼はまた、欧州の医療と生命倫理の分野で高い評価を受けており、1993年に北イタリア神学部の生命倫理担当教授に就任し、ランツァ財団の倫理・生命倫理・環境倫理の先進研究センター(Lanza Foundation: Center for Advanced Studies in Ethics, Bioethics, and Environmental Ethics)の事務局長を務めている。また、1998年から欧州医療哲学・医療ケア学会会員であり、2005年から2007年まで同学会会長を務めている。2000年からローマのバンビーノ・ジェズ小児病院で看護倫理学教授を務めており、欧州医療倫理センター協会会員であり、2010年から2013年まで同協会の会長を務めた。さらに、国際倫理教育協会会員でもある。2011年には、教皇生命アカデミーの事務局長に任命された。

 また、神父としての地位を過度に強調せず、教会の教義を過度に押し付けない姿勢から、欧州の生命倫理学界で尊敬を集めている。そして世俗的な同僚から尊重されながら、自身の主張を明確に伝えることができている。2人の異なるアプローチを持つPAV会長の下で勤務し、両者と良好な関係を築いたペゴラロは、単に能力があり科学的に精通しているだけでなく、多様な人格や意見の中で円滑に働ける人物と見られている。。

 しかし、彼の立場に関する疑問も残っている。例えば、彼の安楽死に関する立場や、その立法化への支持、彼が提唱する「科学分野との対話」や「学際的アプローチ」の具体的な内容などだ。ぺゴラロが具体何を行うかはまだ不明ですが、確実なのは、彼は政治的・教会的分断が深刻な状況下で任期を開始し、この分断はPAV内部でも特に近年の一連の論争を経て顕著になっており、この状況を乗り切ることは容易ではないということだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年5月30日