声明は「8月6日と9日は広島と長崎の原爆投下75周年を記念する日。戦争で核兵器が使用された最初の、そして最後となることを希望する日です」とし、「21世紀は、国家および非国家主体の地政学的な対立、兵器の高度化が進み、国際的な軍縮の取り決めが侵食され続けています。米国の司教団は、核軍縮の進展を求める切迫した呼びかけを、改めて行います」と言明。
「米国の教会は、キリスト・イエスの救いの犠牲による神の賜物である、私たちの世界の平和への明確な呼びかけと謙虚な祈りを宣言します… 恐れと不信と紛争は、『平和と正義が永遠に君臨する』という信仰と祈りによる、私たちの共同の取り組みによって、取って代わられなければならない」と訴えた。
*米国を批判、注文を付けるが、日本はどうなのか
これを日本の司教団の代表としてCNSのインタビューで語った高見大司教の言葉と比べれば、その差は歴然としている。中央協議会ニュースに7月29日付で掲載した内容によれば、大司教は「アメリカは、キリストの教える平和の真髄を正しく理解し、実践する必要があります」と言わずもがなの説教。
「アメリカ国民のほとんどの人は、自分や家族のいのち、あるいは国を守る為には、武器が『是非必要である』と確信しているように思えます」と決めつけ、「武器の所有ではない方法で平和を作ることをぜひ模索してほしいです」と、何の具体策も示さずに”お願い”。
「平和は、一人ひとりの心の問題とは言え、神への信仰、人間関係、社会環境、地球環境など、生活環境全体が、より充実したものになることが必要条件」と結んでいる。
米国や米国民への批判や注文はしたものの、日本の教会としての世界やアジア、日本を巡る具体的な現状の把握もなく、具体的な平和への道筋も示さず、きれいごとの羅列だけで、何の説得力もない。当然ながら、米国司教団の先のメッセージは伝えたバチカン放送の英語版にも、日本語版にも(「CNSがいかなる形の転載も禁じている、と中央協議会ニュースが書いているからか)掲載されていない。
*日本の各教区の取り組みは…
東京、広島、長崎の教区ホームページをみたところ、。広島教区は「平和の糸をつむぐⅡ~すべてのいのちを守るため~」というテーマで、5日午後からビデオ・メッセージによる基調講演、分科会、平和祈願ミサなどを世界平和記念聖堂で予定。ウイルス感染拡大防止のために、平和行事は規模を縮小し、一般の参加者は教区内に限定し、Youtubeなどで動画配信する一方、平和発信を強めるために、他教区を代表する枢機卿、大司教、司教たちの参加を求めている。
東京教区は、今年度の平和旬間は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために、講演会、平和巡礼ウォーク、祈りのリレー等の例年の行事は中止するが、「平和を願う」ミサは8日に非公開・動画配信の形でを菊地・大司教司式で行う予定だ。
だが、長崎教区は、ホームページを見る限り、「広島・長崎原爆75周年カトリック平和祈念行事」として、先に述べたジョージタウン大学バークレイ宗教・平和・国際情勢研究センターが3日に行った高見大司教の発言も2分ほど放送されたオンライン・イベントの紹介だけしか案内がない。これは長崎教区が原爆投下75周年を迎えての「平和記念行事」とは、とてもいえまい。
【資料】
*原爆投下の米科学者、投下から60年ぶりに現地広島訪問・被爆者との対話
*米国・ジョージタウン大学バークレイ宗教・平和・国際情勢研究センター3日行った平和構築について考えるオンラインイベント(放送時間は全体で30分足らず、高見大司教の話は2分余り。締めくくりは、長崎純心女子高等学校の生徒による「千羽鶴」の合唱、日米二人の司教が平和のための祈りを唱えた)